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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
管理番号 1258883
審判番号 不服2008-23506  
総通号数 152 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-08-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-09-12 
確定日 2012-06-19 
事件の表示 特願2004-63600「コーティング組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成17年3月3日出願公開、特開2005-54166〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成16年3月8日の出願(パリ条約による優先権主張 2003年8月1日 米国(US))であって,平成19年8月30日付けで拒絶理由が通知され,平成20年2月29日に意見書及び手続補正書が提出され,同年6月9日付けで拒絶査定がされ,これに対して同年9月12日に審判が請求され,平成23年9月29日付けで当審において拒絶理由が通知され,平成24年1月4日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明は,平成24年1月4日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1により特定される次のとおりのものである(以下,本願請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。

「【請求項1】
乾燥している時にコーティングとして適した水性組成物の製造方法であって、
(a)少なくとも1つのエチレン性不飽和モノマーの重合によって製造され、かつ-80℃?110℃のガラス転移温度を有する少なくとも1つの水性ポリマーを供給する工程、および
(b)前記少なくとも1つのポリマーの乾燥重量を基準にして、少なくとも10重量ppmの少なくとも1つの配位剤を前記少なくとも1つの水性ポリマーに添加する工程
を含み、前記水性組成物は、前記少なくとも1つのポリマーの乾燥重量を基準にして、0?100重量ppmのアンモニア化合物を含む方法。」

第3 当審における拒絶の理由の概要
平成23年9月29日付けで通知された拒絶の理由の概要は,本願発明は,その出願前に日本国内において頒布された下記の刊行物2,4,5に記載された発明に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との理由を含むものである。

第4 刊行物及びその記載事項
刊行物2:特開平9-118840号公報(平成23年9月29日付けの拒絶理由通知で引用した刊行物2)
刊行物4:特開2002-126621号公報(同拒絶理由通知で引用した刊行物4)
刊行物5:特開2002-363497号公報(同拒絶理由通知で引用した刊行物5)

1 刊行物2の記載事項
本願の優先日前に頒布された刊行物2には以下の事項が記載されている。
(2-a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】鉄イオンをキレート化することが可能であり、実質的に無色の錯体を生成させるキレート化剤を含有する水性路面標識ペイント。
【請求項2】鉄イオンをキレート化することが可能なキレート化剤が、1種以上のPO(OH)_(2)基を有する化合物またはEDTAを含む請求項1記載の水性路面標識ペイント。
【請求項3】鉄イオンをキレート化することが可能なキレート化剤が、アミノ-トリス-メチレンホスホン酸である、請求項2記載の水性路面標識ペイント。
【請求項4】ペイントがポリマー固形分の全重量に基づいて、0.1?5重量%の前記キレート化剤を含有している、請求項1記載の水性路面標識ペイント。」
(2-b)「【0006】本発明は、鉄イオンをキレート化することが可能であり、実質的に無色の錯体を生成させるキレート化剤を含有する水性路面標識ペイントを提供する。更に、本発明はその一態様として、水性路面標識ペイントの中に、鉄イオンをキレート化して実質的に無色の錯体を生成させるキレート化剤を混合することを含む、水性路面標識ペイントの路面上に新しく適用された路面標識の黄変を減少させまたは防止する方法を提供する。」
(2-c)「【0014】本発明の水性路面標識ペイントは、水性媒質中に分散された、または溶解された1種以上の重合体を含有している。そのような重合体は、当業界においてよく知られている。
【0015】好ましくは、分散されまたは溶解された重合体は、水性媒質中において、アルキル(メタ)アクリレート単量体例えば(C_(1)?C_(20))アルキル(メタ)アクリレート単量体の少なくとも1種を共重合することによって乳化重合される。本明細書で使用される、用語「(C_(1)?C_(20))アルキル」は、1つの基につき1?20個の炭素原子を有するアルキル置換基を示している。適当な(C_(1)?C_(20))アルキル(メタ)アクリレート単量体には、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、セチル(メタ)アクリレート、エイコシル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、オレイル(メタ)アクリレート、パルミチル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレートのようなアクリル酸エステル単量体およびメタクリル酸エステル単量体、例えば、酢酸ビニル、ビニルプロピオネート、ビニルネオノナノエート(vinyl neononanoate)、ビニルネオデカノエート(vinyl neodecanoate)、ビニル-2-エチルヘキサノエート、ビニルピバレート(vinyl pivalate)、ビニルバーサテート(vinyl versatate)、またはそれらの混合物のようなビニルエステル単量体、が包含される。」
(2-d)「【0026】好ましくキレート化剤には、ホスホン酸アンモニウムおよびホスホン酸アルカリ金属塩またはホスホン酸(1個以上のPO(OH)_(2)を有する化合物)およびエチレンジアミン四酢酸が包含される。特に好ましいものは、アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸(モンサント ケミカル社より、商標名「DEQUEST(登録商標)2000」として販売されている)である。」
(2-e)「【0031】実施例
本発明の実施例1?5は、次の配合物に基づいている:
【表1】
表1
成分 ・・・ 実施例2および5
・・・ 重量(g/l)
結合剤^((1)) ・・・ 487.0
顔料分散剤^((2)) ・・・ 8.4
キレート化剤^((3)) ・・・ 24.3
非シリコーン消泡剤^((4)) ・・・ 4.0
水 ・・・ 44.7
二酸化チタン顔料^((5)) ・・・ 265.0
炭酸カルシウム5ミクロン^((6)) ・・・ 394.0
炭酸カルシウム10ミクロン^((7))・・・ 394.0
【0032】上記の諸成分を、滑らかになるまで20分間混合し、次いで、次の諸成分を添加して実施例1?5の調製物を完成させた:
【表2】
表2
成分 実施例1?5
重量(g/l)
凍結-融解安定剤^((8)) 26.0
造膜助剤^((9)) 23.0
水 10.0
塩基^((10)) 0.2
非シリコーン消泡剤^((4)) 1.0
水 25.0
全量 1718.0」
(2-f)「【0033】上記の表1および2に記載された成分を以下に列挙した:(1)は、ローム アンド ハース カンパニーによって供給されたPRIMAL(登録商標)E-2706(50%)ポリマーエマルションである。(2)は、ローム アンド ハース カンパニーによって供給された顔料分散剤であるOROTAN(登録商標)901(30%)である。(3)は、水45gと28%アンモニア溶液15gとを混合し、次いで、DEQUEST(登録商標)2000(50%濃度)40gを加え、pH9.5にすることによって配合されたキレート化剤である。中和することができなかったのでアンモニアは最後に加えなかった。(4)は、ドリュ アメロイド ネダーランドB.V.(Drew Ameroid Nederland B.V.,Triathlonstrasse 33,3078 HX Rotterdam,The Netherlands)によって供給されたDREW(商標)TG4250非シリコーン消泡剤である。(5)は、チオキサイド社によって供給されたTITAN(商標)TR92二酸化チタン白色顔料である。(6)は、オムヤ、プルエス-スツアウファーAG(Omya,Pluess-Stauffer AG,CH-4665 Offringen,Switzerland)によって供給されたDURCAL(商標)5充填剤である。(7)は、オムヤ、プルエス-スツアウファーAGによって供給されたDURCAL(商標)10充填剤である。(8)は、エタノールである。(9)は、イーストマン ケミカル カンパニーによって供給されたTEXANOL(登録商標)造膜助剤である。(10)は、配合物のpHを9.5に調節するのに使用されたアンモニアである。」
(2-g)「【0035】380マイクロメーターの厚さを有するように実施例1?3の塗料をガラス表面に適用し、そして1時間乾燥させ、その点において、トラフィック標識上の鉄による黄変の影響を擬製するために、FeSO_(4 )溶液(FeSO_(4 )・7H_(2)O の3g、水1997g、25%硫酸6滴)の10滴を塗料表面に適用した。次いで乾燥後、塗料を目視で黄変について測定した。その結果を次の表3に示した:
【表3】
表3
実施例No. キレート化剤 顔料分散剤 2時間後の黄変 16時間後の黄変
1 なし あり 黄色 黄色
2 あり あり 白色 白色
3 あり なし オフホワイト オフホワイト
【0036】上記の表に示された結果によれば、キレート化剤を含有する組成物(実施例3)をトラッキングペイントに利用した際には、キレート化剤を含有しない組成物(実施例1)と比較して、有意な黄変は観察されなかった。しかし、組成物が、キレート化剤だけでなく顔料分散剤も含有するときは(実施例2)、実施例3と比較してさらに塗料の黄変を減少させることが観察された。」

2 刊行物4の記載事項
本願の優先日前に頒布された刊行物4には以下の事項が記載されている。
(4-a)「【0005】一方、塗料分野、特に自動車塗装分野においては、近年、環境負荷(VOC等)削減のため、水性塗料が注目されている。水性塗料は、一般的には、親水性官能基を有する水性の塗膜形成性樹脂及び硬化剤、更に、顔料と顔料分散樹脂とから得られる顔料分散ペースト等を、水やアルコール等の低公害の親水性媒体中に配合したものである。上記顔料分散樹脂として、水性塗料に配合する上記水性の塗膜形成性樹脂を一部使用することが一般的であるが、この塗膜形成性樹脂は、カルボキシル基、スルホン酸基等のアニオン性官能基が導入された樹脂に、対イオンとしてアミン等の塩基性物質を組み合わせたものが多く使用されている。しかしながら、上記3ウエット塗装システムにおいて、上述の対イオンとしてアミン等の塩基性物質を組み合わせた顔料分散樹脂を含む顔料分散ペーストを配合した水性塗料を使用すると、得られる塗膜が黄変するという問題点があった。」
(4-b)「【0066】本発明においては、上記顔料分散剤中に揮発性の塩基性物質を実質的に含まないようにすることによって、水性中塗り塗料から形成される中塗り塗膜中の揮発性の塩基性物質の量が少なくなり、得られる多層塗膜の黄変を抑えることができる。従って、3重量%を超えると、得られる多層塗膜が黄変し、仕上がり外観に劣る。好ましくは、揮発性の塩基性物質を全く含まない場合、即ち、従来一般的に使用されているアミン中和型の顔料分散樹脂を使用しない場合である。」
(4-c)「【0067】上記揮発性の塩基性物質とは、沸点が300℃以下の塩基性物質を意味するものである。例えば、無機及び有機の窒素含有塩基性物質を挙げることができる。上記無機塩基性物質としては、例えば、アンモニア等が挙げられ、上記有機塩基性物質としては、例えば、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、イソプロピルアミン、ジイソプロピルアミン、・・・のアミン類を挙げることができる。」
(4-d)「【0077】上記塗膜形成性樹脂としては特に限定されず、例えば、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂等が挙げられる。顔料分散性や作業性の点から、アクリル樹脂及び/又はポリエステル樹脂と、硬化剤としてアミノ樹脂及び/又はブロックイソシアネート樹脂を組み合わせたものが好ましい。上記塗膜形成性樹脂及び硬化剤はそれぞれ、1種のみ使用することもできるが、塗膜性能のバランス化を計るために、2種又はそれ以上の種類を使用することもできる。
【0078】上記塗膜形成性樹脂は、水溶性のものを使用するか、又は、分散樹脂、界面活性剤等の分散剤を適用して乳化分散することによって、水性中塗り塗料中に安定に存在せしめることができる。上記水性中塗り塗料は、更に、紫外線吸収剤;酸化防止剤;消泡剤;表面調整剤;ワキ防止剤等の添加剤成分を添加することができる。」

3 刊行物5の記載事項
本願の優先日前に頒布された刊行物5には以下の事項が記載されている。
(5-a)「【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、このような水性塗料組成物を下層として上層をウェットオンウェットで積層し焼き付けると塗膜の黄変を引き起こすという問題があった。水性塗料組成物を用いた積層塗膜の黄変の主たる原因は、下層側の水性塗料組成物中に含まれるアミンが、焼き付け時に揮発し、最終的に上層側塗膜に移行するためであり、移行したアミンは、上層塗膜の化学構造に影響し黄変を生じさせる。そこで、本発明は、上層塗膜への塩基性化合物の移行を抑制することにより、上層塗膜の黄変を抑制できる水性塗料組成物を提供することを目的とする。」

第5 当審の判断
1 刊行物2に記載された発明(引用発明)
刊行物2には,実施例2の「調製物」として次の配合物,
「 重量(g/l)
結合剤^((1)) 487.0
顔料分散剤^((2)) 8.4
キレート化剤^((3)) 24.3
非シリコーン消泡剤^((4)) 4.0
水 44.7
二酸化チタン顔料^((5)) 265.0
炭酸カルシウム5ミクロン^((6)) 394.0
炭酸カルシウム10ミクロン^((7))394.0」
と,「次の諸成分を添加して」
「 重量(g/l)
凍結-融解安定剤^((8)) 26.0
造膜助剤^((9)) 23.0
水 10.0
塩基^((10)) 0.2
非シリコーン消泡剤^((4)) 1.0
水 25.0
全量 1718.0」
調製物を得ることが記載されている(摘記2-e参照)。
そして,これらの成分は,以下に列挙するものであって(摘記2-f参照),
「(1)は、ローム アンド ハース カンパニーによって供給されたPRIMAL(登録商標)E-2706(50%)ポリマーエマルションである。
・・・
(3)は、水45gと28%アンモニア溶液15gとを混合し、次いで、DEQUEST(登録商標)2000(50%濃度)40gを加え、pH9.5にすることによって配合されたキレート化剤である。中和することができなかったのでアンモニアは最後に加えなかった。
・・・
(8)は、エタノールである。
・・・
(10)は、配合物のpHを9.5に調節するのに使用されたアンモニアである。」,また,上記成分(3)の「DEQUEST(登録商標)2000」は,「アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸からなるキレート化剤」である(摘記2-d参照)。
さらに,審判請求書に添付された添付資料1(Primal(商標)E-2706の製品安全データシート)によれば,上記成分(1)の「PRIMAL(登録商標)E-2706(50%)ポリマーエマルション」は,0.3重量%以下のアンモニアを含有する,アクリルエマルションである。

そうすると,刊行物2には,
「次の成分を配合することからなる、調製物の製造方法。
結合剤(PRIMAL(登録商標)E-2706(50%)アクリルエマルション、0.3重量%以下のアンモニアを含有する) 487.0g/l
顔料分散剤 8.4g/l
キレート化剤(水45重量部と28%アンモニア溶液15重量部とを混合し、次いで、アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸(50%濃度)40重量部、からなるキレート化剤、pH9.5) 24.3g/l
非シリコーン消泡剤 4.0g/l
水 44.7g/l
二酸化チタン顔料 265.0g/l
炭酸カルシウム5ミクロン 394.0g/l
炭酸カルシウム10ミクロン 394.0g/l
凍結-融解安定剤(エタノール) 26.0g/l
造膜助剤 23.0g/l
水 10.0g/l
塩基(アンモニア) 0.2g/l
非シリコーン消泡剤 1.0g/l
水 25.0g/l
全量 1718.0g/l」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

2 対比・判断
(1)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「調製物」は、「水性路面標識ペイント」として使用されるもの(摘記2-a参照)であり,「水性塗料」といえるから,本願発明における「乾燥している時にコーティングとして適した水性組成物」に相当する。
引用発明の「結合剤(PRIMAL(登録商標)E-2706(50%)アクリルエマルション、0.3重量%以下のアンモニアを含有する)」は,本願発明の「少なくとも1つのエチレン性不飽和モノマーの重合によって製造された、水性ポリマー」に相当する。引用発明の塗料1l中における「50%アクリルエマルション」の「アクリル」ポリマーの含有量は,487.0gであり,引用発明の調製物1l中における「アクリル」ポリマーの乾燥重量は,243.5gとなる。
引用発明の「キレート化剤(水45重量部と28%アンモニア溶液15重量部とを混合し、次いで、アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸(50%濃度)40重量部、からなるキレート化剤、pH9.5)」の「アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸」は,本願明細書に「配位剤」として「アミノトリス(メチレンホスホン酸)」が例示されている(請求項2,【0035】)から,本願発明の「配位剤」に相当する。
引用発明の「キレート化剤」の「アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸」は,キレート化剤100重量部に対して,20重量部(40重量部の50%濃度)含有するものであり,「キレート化剤」は,調製物に24.3(g/l)配合するものであるから,引用発明の塗料1l中における「アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸」の添加量は,4.86gとなり,アクリルポリマーの乾燥重量243.5gに対して20000重量ppm(2.0重量%)となり,本願発明の配位剤の添加量「ポリマーの乾燥重量を基準にして、少なくとも10重量ppm」に相当する量である。
引用発明の「調製物」中のアンモニアの量について以下検討すると,「結合剤」に0.3重量%以下の「アンモニア」を含有するので,アンモニアは,調製物1lに1.46(487.0×0.003)g以下含まれ,アクリル重合体の乾燥重量243.5gに対して6000重量ppm(0.6重量%)以下である。さらに,調製物1l中の「キレート化剤」は「水45重量部と28%アンモニア溶液15重量部とを混合し」ているので,そのアンモニアの量は,1.4g(24.3×0.15×0.28)であり,アクリル重合体の乾燥重量243.5gから計算して,5668重量ppm(0.5668重量%)含んでいることになる。
また,調製物1l中の「塩基(アンモニア)」の配合量は,0.2gであり,アクリル重合体の乾燥重量243.5gに対して821重量ppm(0.0821重量%)である。
そして,これらの調製物中のアンモニアを合計すると,アクリルポリマーの乾燥重量を基準にして6510?12510重量ppmの範囲で含まれているといえる。

そうすると,本願発明と引用発明とは,
「乾燥している時にコーティングとして適した水性組成物の製造方法であって、
(a)少なくとも1つのエチレン性不飽和モノマーの重合によって製造された少なくとも1つの水性ポリマー、および
(b)前記少なくとも1つのポリマーの乾燥重量を基準にして、少なくとも10重量ppmの少なくとも1つの配位剤を」混合する「方法」である点で一致している。
そして,両者は以下の点で一応相違している。
(i)本願発明の「少なくとも1つのエチレン性不飽和モノマーの重合によって製造される少なくとも1つの水性ポリマー」が「-80℃?110℃のガラス転移温度」を有するのに対して,
引用発明の「結合剤(PRIMAL(登録商標)E-2706(50%)アクリルエマルション、0.3重量%以下のアンモニアを含有する)」中のアクリルポリマーのガラス転移温度が明確でない点(以下「相違点(i)」という。)
(ii)本願発明の「水性組成物」は,前記少なくとも1つのポリマーの乾燥重量を基準にして,0?100重量ppmの「アンモニア化合物」を含むのに対して,
引用発明の「調製物」は,「アクリル」ポリマーの乾燥重量を基準にして「6510?12510重量ppm」,すなわち,100重量ppmよりも多い「アンモニア」を含む点(以下「相違点(ii)」という。)
(iii)本願発明においては,「少なくとも1つの水性ポリマーを供給する工程」と「少なくとも1つの配位剤を少なくとも1つの水性ポリマーに添加する工程」を含むのに対して,
引用発明においては,「結合剤(PRIMAL(登録商標)E-2706(50%)アクリルエマルション、0.3重量%以下のアンモニアを含有する)」と「キレート化剤(水45重量部と28%アンモニア溶液15重量部とを混合し、次いで、アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸(50%濃度)40重量部、からなるキレート化剤、pH9.5)」とを配合している点

(2)相違点の検討
ア 相違点(i)について
刊行物2には、引用発明の「アクリル」ポリマーの「ガラス転移温度」について記載がないが,「アクリル」ポリマーは,「アルキル(メタ)アクリレート単量体」の「少なくとも1種を共重合」したものであり,「適当な(C_(1)?C_(20))アルキル(メタ)アクリレート単量体には、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、セチル(メタ)アクリレート、エイコシル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、オレイル(メタ)アクリレート、パルミチル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレートのようなアクリル酸エステル単量体およびメタクリル酸エステル単量体」(摘記2-c参照)が例示されているので,アクリル酸エステルポリマーが主成分になっていると認められる。
そして,このようなアクリル酸エステルポリマーのガラス転移点は、例えば,ポリアクリル酸メチル6℃,ポリアクリル酸エチル-24℃,ポリアクリル酸n-プロピル-45℃,ポリアクリル酸イソプロピル-3℃,ポリアクリル酸n-ブチル-55℃,ポリアクリル酸s-ブチル-20℃,ポリアクリル酸イソブチル-43℃,ポリアクリル酸t-ブチル43℃,ポリアクリル酸ヘキシル-57℃,ポリアクリル酸ヘプチル-60℃,ポリアクリル酸2-ヘプチル-38℃,ポリアクリル酸2-エチルヘキシル-50℃,ポリアクリル酸2-エチルブチル-50℃のように,いずれも-80℃?110℃の範囲内である。(必要であれば,塩川二朗監修,「MARUZENカーク・オスマー化学大辞典」,昭和63年9月20日,丸善株式会社発行,p.10?13,「アクリル酸エステルポリマー」の項の「表1」を参照)
このことからすれば,引用発明の「結合剤(PRIMAL(登録商標)E-2706(50%)アクリルエマルション、0.3重量%以下のアンモニアを含有する)」中のアクリルポリマーは,アクリル酸エステルポリマーを主成分に含み,このようなアクリル酸エステルポリマーのガラス転移温度は-80℃?110℃の範囲内にあるから,引用発明のアクリルポリマーのガラス転移温度も-80℃?110℃の範囲内であると推認できる。
したがって,相違点(i)は実質的な相違とは認められない。

イ 相違点(ii)の検討
本願発明の「アンモニア化合物」とは,「本願明細書において用いられている「アンモニア化合物」とは、アンモニアとして、アンモニウムイオンを含んでいるあらゆる化合物、あらゆる第一アミン、またはあらゆる第二アミンとして規定される。本明細書において用いられる「アンモニア化合物」は、第三アミンを包含しない。」(本願明細書【0018】)と記載されているように,アンモニウムイオンを含む化合物で,アンモニアのみならず,第一アミン,第二アミンも含むものである。
一方,刊行物4には,「アミン等の塩基性物質を組み合わせた顔料分散樹脂を含む顔料分散ペーストを配合した水性塗料を使用すると、得られる塗膜が黄変するという問題点があ」り(摘記4-a参照),「顔料分散剤中に揮発性の塩基性物質を実質的に含まないようにすることによって、水性中塗り塗料から形成される中塗り塗膜中の揮発性の塩基性物質の量が少なくなり、得られる多層塗膜の黄変を抑えることができる。」(摘記4-b参照)ことが記載されている。
また,刊行物5には,「水性塗料組成物を・・・積層し焼き付けると塗膜の黄変を引き起こすという問題があった。水性塗料組成物を用いた積層塗膜の黄変の主たる原因は、下層側の水性塗料組成物中に含まれるアミンが、焼き付け時に揮発し、最終的に上層側塗膜に移行するためであり、移行したアミンは、上層塗膜の化学構造に影響し黄変を生じさせる。」(摘記5-a参照)ことが記載されている。
刊行物4,5の上記記載は,中塗り塗膜や下層の塗料中に含まれるアミンが別の塗膜に揮発によって移行し,黄変を引き起こすものであるが,アミンが塗膜を黄変することに変わりはなく,上記記載は同時に,アミンが塗膜を形成する樹脂の化学構造に影響し黄変を生じさせることも示唆しているといえる。すると,刊行物4,5の上記記載から,塗膜が多層か否かに関わりなく,塗膜にアミンを含むと黄変が生じることが当業者に自明な事項として示唆されているものと認められる。
さらに,刊行物4には,「アミン等の塩基性物質」が「アンモニア・・・メチルアミン、ジメチルアミン」であることが例示(摘記4-c参照)され,「塗膜形成性樹脂」が「アクリル樹脂」で「乳化分散する」ものも例示され(摘記4-d参照)ており,アンモニア,メチルアミン(第一アミン),ジメチルアミン(第二アミン)などのアミン(本願発明の「アンモニア化合物」に相当する)がアクリルポリマーを含む塗膜を黄変させることも示唆されているといえる。
そして,引用発明においても,「黄変を減少させまたは防止する方法を提供する」ことを目的とするものである(摘記2-b参照)から,引用発明において,塗膜形成樹脂であるアクリルポリマーの「アンモニア化合物」による黄変を防ぐために,黄変の原因となる「アンモニア化合物」をコーティング用の水性組成物に可能な限り含まないようにすることは当業者が容易に想到し得たことといえる。
そうすると,引用発明において,「結合剤(PRIMAL(登録商標)E-2706(50%)アクリルエマルション、0.3重量%以下のアンモニアを含有する)」をアンモニアを含まないアクリルエマルションとしたり,「キレート化剤(水45重量部と28%アンモニア溶液15重量部とを混合し、次いで、アミノ-トリス-メチレン ホスホン酸(50%濃度)40重量部、からなるキレート化剤、pH9.5)」を,刊行物2に例示のある「ホスホン酸アルカリ金属塩」(摘記2-d参照)のようなアンモニアを使わないキレート剤としたり,「塩基(アンモニア)」をアンモニア化合物以外の,例えばアルカリ金属水酸化物のような周知の塩基に換えることによって,アンモニア化合物の含有量を0重量ppmあるいはこの値に極力近づけ,ポリマーの乾燥重量を基準にして0?100重量ppmとすることは,当業者が容易になし得たことと認められる。

ウ 相違点(iii)の検討
引用発明において,「結合剤」と「キレート化剤」とを配合する,すなわち,両者を混合することは,結果的に,「結合剤」を供給し,「キレート化剤」を「結合剤」に添加することといえるので,本願発明の「水性ポリマーを供給する工程」及び「配位剤を少なくとも1つの水性ポリマーに添加する工程」と実質的に変わりはない。
仮に,相違するとしても,引用発明の「結合剤」と「キレート剤」が最終的に混合される以上,その添加順序をどうするかは当業者が適宜なし得る設計事項と認められ,「結合剤」を供給してから,それに「キレート剤」を添加するようにすることは当業者が適宜なし得たことと認められる。

3 本願発明の効果について
本願明細書(【0060】参照)には,実施例2?実施例5,比較例CA?比較例CEについての「黄色さのbパラメーター」が記載され,本願発明(実施例2?実施例5)は,この比較例に比べて,黄変性が少ないという効果を奏することが示されている。
しかしながら,刊行物2に,本願発明の「配位剤」に相当する「キレート剤」をコーティング用の水性組成物に含むことによって塗膜の黄変を防ぐことが記載されている(摘記2-b,2-g参照)し,刊行物4,5には,塗膜が多層か否かに関わりなく,アミン(アンモニア化合物)を塗膜に含むことによって塗膜の黄変が生じることが示唆されているといえるから,本願発明の「水性組成物」において「配位剤」を添加し,アンモニア化合物を「0?100重量ppm」とすることによって,黄変性を少なくするという効果は,これらの記載事項から,当業者が当然予測し得る効果にすぎない。

4 まとめ
したがって,本願発明は,日本国内において頒布された刊行物2,4,5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 請求人の主張について
1 請求人の主張の概要
請求人は,平成24年1月4日付けの意見書において,以下の主張をしている。
「刊行物5には、多層塗膜において揮発処理前にアミンを含んでいる層が黄変するということが技術常識として示されているのではありません。刊行物5には、揮発処理前にアミンを含んでいた層とは別の層が、揮発によって移行してきたアミンによって黄変することが技術常識として示されているのです。
・・・刊行物4のこれらの記載も、刊行物5におけるのと同様に、多層塗膜において揮発処理前にアミン等の塩基性物質を含んでいる層が黄変するということが技術常識として示されているのではなく、揮発処理前にアミン等の塩基性物質を含んでいた層とは別の層が、揮発によって移行してきた塩基性物質によって黄変することが技術常識として示されているのです。
すなわち、刊行物4および5の記載からみると、水性塗料中にアミンなどの塩基性物質が含まれると、その水性塗料から形成される塗膜自体が黄変することがこの技術分野の周知技術であったわけではありません。刊行物4および5の記載からみると、水性塗料中に揮発性アミンが含まれ、揮発処理が行われると、その水性塗料から形成される塗膜自体ではなく、その塗膜に隣接した塗膜が黄変することがこの技術分野の周知技術であったといえるのです。
よって、刊行物4の段落0066における「本発明においては、上記顔料分散剤中に揮発性の塩基性物質を実質的に含まないようにすることによって、水性中塗り塗料から形成される中塗り塗膜中の揮発性の塩基性物質の量が少なくなり、得られる多層塗膜の黄変を抑えることができる」という記載事項における、「顔料分散剤中に揮発性の塩基性物質を実質的に含まないようにする」という技術も、中塗り塗膜自体の黄変を抑制するための技術ではなく、多層塗膜中の他の層(上層)の黄変を抑制するための技術にすぎません。
以上のことから、多層塗膜中で揮発処理前にアミンを含んでいた層とは別の層の黄変を回避するための技術である刊行物4および5に記載された技術からは、組成物から形成されるコーティング自体の黄変を低減させることは当業者にとって自明でもないし、容易に想到できることでもありません。
また、刊行物2に記載される引用発明2Aおよび2Bの発明の目的が「水性路面標識ペイントの路面上に新しく適用された路面標識の黄変を減少させまたは防止する方法を提供する」ものであるとしても、刊行物4および5に記載の技術事項は多層塗膜中の他の層(上層)の黄変を抑制するための技術なのであって、組成物から形成されるコーティング自体の黄変を減少、防止するためにアンモニアの量を低減させることは当業者が容易になしえたことではありません。
また、上述のように刊行物4および5に記載の技術事項は多層塗膜中の他の層(上層)の黄変を抑制するための技術なのですから、本願発明において請求項1および5に「乾燥している時にコーティングとして適した水性組成物の製造方法」、請求項6に「乾燥している時にコーティングとしての使用に適した水性組成物」と記載されるように、組成物から形成されるコーティング自体の黄変性が少ないという本願発明の有利な効果は、刊行物4もしくは5に記載の周知技術から当業者が当然予測できる効果ではありません。例えば、本願発明の有利な効果は、刊行物4および5に記載の多層塗膜の技術事項とは異なる、単一層の塗膜の場合に黄変を抑制することを示しており、この単一層での黄変の抑制は刊行物4もしくは5に記載の周知技術から当業者が当然予測できる効果ではありません。
よって、引用発明2Aもしくは2Bと刊行物4もしくは5に記載の技術事項とを組み合わせたとしても、当業者は本願発明1?13を容易に発明することができません。」

2 検討
上記「第5 2(2)イ」で述べたように,刊行物4,5の記載は,中塗り塗膜や下層の塗料中に含まれるアミンが他の塗膜に揮発によって移行し,黄変を引き起こすものであるが,アミンが塗膜を黄変することに変わりはなく,すなわち,アミンを塗膜に含むと塗膜を形成する樹脂の化学構造に影響し黄変を生じさせることも示唆しているといえる。
そうすると,塗膜が多層でなくても,アミンを塗膜に含むと塗膜を形成する樹脂に影響して黄変を生じさせることが当業者に自明な事項として示唆されていたといえるから,「多層塗膜中で揮発処理前にアミンを含んでいた層とは別の層の黄変を回避するための技術である刊行物4および5に記載された技術からは、組成物から形成されるコーティング自体の黄変を低減させることは当業者にとって自明でもないし、容易に想到できることでも」ないという請求人の主張は採用することができない。
また,塗膜が多層でなくても(単一層であっても),塗膜にアミンを含むことにより黄変が生じることが刊行物4,5の記載から当業者にとって自明の事項として示唆されている以上,上記「第5 3」で述べたように,刊行物2,4,5の記載から,コーティング用の水性組成物から形成されるコーティング自体の黄変性が少ないという本願発明の効果は,当業者が当然予測し得たものといわざるを得ない。
そうすると,「本願発明の有利な効果は、刊行物4および5に記載の多層塗膜の技術事項とは異なる、単一層の塗膜の場合に黄変を抑制することを示しており、この単一層での黄変の抑制は刊行物4もしくは5に記載の周知技術から当業者が当然予測できる効果では」ないとの請求人の主張も採用することができない。

第7 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので,本願は,その他の請求項を検討するまでもなく,拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-01-23 
結審通知日 2012-01-24 
審決日 2012-02-08 
出願番号 特願2004-63600(P2004-63600)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 木村 敏康  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 村守 宏文
橋本 栄和
発明の名称 コーティング組成物  
代理人 特許業務法人センダ国際特許事務所  

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