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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07D
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07D
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07D
管理番号 1261162
審判番号 不服2009-11760  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-06-29 
確定日 2012-08-08 
事件の表示 特願2002-565944「(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]ヘキサン、その組成物および使用」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 8月29日国際公開、WO02/66427、平成17年 1月13日国内公表、特表2005-500983〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

この出願(以下、「本願」という。)は、2002年 1月11日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2001年 1月11日(以下、「本願優先日」という。)、米国)を国際出願日とする出願であって、以降の手続は概略以下のとおりである。
平成17年 1月 7日 手続補正書
平成17年 2月 7日 手続補正書
平成20年 8月 5日付け 拒絶理由通知書
平成21年 2月12日 意見書
平成21年 3月25日付け 拒絶査定
平成21年 6月29日 審判請求書
平成21年 9月16日 手続補正書(審判請求書)

第2 本願発明

本願において、特許を受けようとする発明は、平成17年 2月 7日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?31に記載された事項により特定されるとおりのものであって、請求項1の記載は以下のとおりである(以下、請求項1に記載された事項により特定される発明を「本願発明」という。)。

「それぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩。」

第3 原査定の拒絶の理由

平成21年 3月25日付けの拒絶査定に記載された原査定の拒絶の理由は、「 この出願については、平成20年 8月 5日付け拒絶理由通知書に記載した理由1-3によって、拒絶をすべきものです。」というものであり、平成20年 8月 5日付け拒絶理由通知書には、理由1として、以下の記載がある。
「 理 由
1)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」
また、同拒絶理由通知書には、理由1について、対象請求項と引用文献が以下のとおり特定されている。
「理由1について
・請求項 1-19、28、29
・引用文献等 1、2」
「 引 用 文 献 等 一 覧
1.特開昭58-13568号公報
2.社団法人日本化学会 編,光学異性体の分離〔季刊化学総説No.6〕,
株式会社学会出版センター,1989年,p.2-3,5-7,9,212-213」
(以下、これら引用文献をそれぞれ記載された順に「刊行物1」「刊行物2」という。)
また、上記拒絶理由通知書の前に平成17年 2月 7日手続補正書が提出された後は、明細書及び特許請求の範囲についての手続補正書は提出されていない。

以上のことから、原査定の拒絶の理由は、「本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物1及び2に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない」という理由を含むものであると認められる。

第4 当審の判断

当審は、原査定の拒絶の理由のとおり、本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物1及び2に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであると判断する。
その理由は、以下のとおりである。

1 刊行物に記載された発明

刊行物1及び2は、本願の優先日前に頒布されたことが明らかなものであって、それぞれには、以下の記載がある。

(1)刊行物1の記載
(1ア)「更に本発明は上記式Iの新規化合物を用いる且つまた下記式II?VIの公知の光学的活性化合物を用いる温血動物における抑うつ症及びストレスを処置する方法に関する:

式中、R_(3)、R_(4)及びR_(5)は各々独立して水素、ハロ、C_(1)?C_(6)アルキル、C_(1)?C_(6)アルコキシ、トリフルオロメチル、ニトロ、アミノ、アセトアミド及びヒドロキシルからなる群より選らばれ:X_(2)は水素、C_(1)?C_(6)アルキル及び式 C_(m)H_(2m)Aの基から選らばれ、ここにmは0?3の整数であり、そしてAはフエニル、ハロフエニル、ナフチル、ノルボルネニル、アダマンチル及びp-フルオロベンゾイルからなる群より選らばれる、の化合物;そのラセミ混合物;その鏡像体;及びその無毒性の製剤上許容し得る塩;」(9頁左下欄下から4行?右下欄最下行)

(1イ)「これらの化合物の抗抑制剤特性を、塩基として表わされたテトラベナジンヘキサメートの30mg/kgの投薬量で投与して誘発された抑うつ症及び下垂症を妨げるその能力を測定することによつて試験した。………3匹またはそれ以上のマウスが診査行動のテトラベナジン誘発抑うつ症から保護された場合に、化合物は活性であるとみなした。本発明の代表的な化合物についてのこの試験結果を第I表に示した。」(15頁右下欄8行?16頁左上欄6行)

(1ウ)16頁右上欄の第I表には、「化合物」の欄に「1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩」との記載があり、結果の欄には「活性」と記載されている。

(1エ)「必要に応じて、個々のジアステレオマー及び光学的異性体化合物を、ジアステレオマーの場合には普通の分離及び精製によつて、光学的異性体の場合には普通の分割方法によつて単離することができる。最適の物理的、または物理化学的分離方法及び分割方法は当該分野に精通せる者にとつては十分にその範囲内にある慣例の試行錯誤によつて見出すことができる。」(15頁右上欄2?9行)

(1オ)「実施例23
1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩
………融点180?181℃の無色の結晶として1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩を得た。」(33頁左上欄4行?右下欄下から4行)

(2)刊行物2の記載
(2ア)「研究の精密化に伴い,医薬品,農薬,食品,飼料,香料などの分野で光学活性体を扱うことの重要性が日ごとに増大していることはいうまでもない.光学活性体が対掌体により生理活性をまったく異にする場合が多いからである.たとえばグルタミン酸の場合,L体(S)には旨味があるが,D体(R)には旨味はなく,酸味が感じられるだけである.不幸な事件のために有名になってしまったサリドマイド(N-phthaloylglutamimide)も,(R)体は催奇形性をもたないが(S)体には強い催奇形性があり,ラセミ体を実用に供したことが悲惨な薬害事件(Wiedrmann syndromeの爆発的出現)をひき起こす原因となった.さらに,対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである.」(2頁3行?12行)

(2イ)「その後,ラセミ体を光学活性体に分割することは飛躍的に進歩し,現在では実用性の高いさまざまな方法が開発されている.それらの方法を分類すると,以下のようになる.
○1 結晶化法---自然分晶法を含め次の方法がある.
優先晶出法
ジアステレオマー法
○2 クロマトグラフィーを用いる方法---カラム中の不斉中心との相互作用を利用するという意味で,ジアステレオマー法と同じ原理に基づくといえる.
○3 酵素を用いる方法---対掌体の一方が消失してまう場合もあるので必ずしも「分ける」とはいえない面もあるが,必要なものを取出す観点からはきわめて有効である.
○4 包接化合物法---本章では省略する」(3頁12?21行、注 上記において、「○1」などは○の中に数字があることなどを表す。)

(2ウ)「1.2 ジアステレオマー法
カルボン酸のラセミ体に光学活性の塩基(たとえばアルカロイド)を加えると,形成された塩には塩基に由来するもう一つの不斉中心が存在するため,右旋性のカルボン酸と左旋性のカルボン酸が鏡像関係でなくなる.新たに生じた両者の立体関係をジアステレオマー(diastereomer)という.通常,ジアステレオマーは融点,結晶形,溶解度などの物理的諸性質が異なり,分別結晶で分離できる場合が多い.……………
ラセミ塩基を分割する場合もまったく同じことであり,分割剤として光学活性な酸性物質を用いればよい.酒石酸,ジベンゾイル酒石酸,マンデル酸,リンゴ酸などの光学活性カルボン酸がよく用いられるが,時として塩基性の弱いアミンのカルボン酸塩が結晶しにくい場合がある.カンファースルホン酸,ブロモカンファースルホン酸あるいはビナフトール(2,2'-dihydroxy-1,1'-binaphthalene)から容易に合成できるビナフチルリン酸の(+)体,(-)体は,官能基として酸性の強い無機オキシ酸部分をもっているので,塩基性の弱いアミンの分割に効果的である.」(5頁下から9行?6頁下から4行)

(2エ)「薬理活性の発現には医薬品と受容体の双方の立体構造が重要な役割を演じ,不斉をもつ薬物ではその鏡像体によって受容体との結合のしやすさに差があり,これにより薬理活性の強さに差を生じることになる.場合によっては,まったく異なった薬理作用を示すこともある.さらに薬物が受容体に到達するまでに各種の酵素によって分解されて活性を失ったり,逆により活性の強い形に変換される場合もあり,その分解あるいは変換の速さが鏡像体によって大きく異なることがしばしば認められていて,これも薬理活性の差となって現れる.また,分解物が毒性をもつ場合には,鏡像体によって異なった副作用を示すこととなる.…………最近では製造承認を得るために,ラセミ体の薬物については,それぞれの光学異性体の吸収,分布,代謝,排泄など薬物動態を検討した資料の提出が求められている.」(212頁13行?213頁17行)

2 刊行物1に記載された発明
摘示(1オ)によれば、刊行物1には、1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩を製造したことが記載されている。摘示(1ア)における一般式のビシクロ環構造は、3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンで表されるものと一致し、刊行物1における、1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサンとは、1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンと同じものを指すと認められる。そうすると、刊行物1には、「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン塩酸塩」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比
塩酸塩は、製薬上許容される塩であることは当業者に明らかであるから、引用発明の1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン塩酸塩は、1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンの製薬上許容される塩に該当する。そこで、本願発明1と引用発明を対比すると、両者は
「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩」
である点において一致し、以下の点で相違する。
<相違点>
本願発明は、(-)-エナンチオマーを実質的に含まない、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩であるのに対し、引用発明はいずれのエナンチオマーの含有量も明らかにされていない点

4 相違点についての判断
1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンが1対のエナンチオマーとして存在することは、その化学構造から当業者に明らかである。また、1対のエナンチオマーのそれぞれは(+)と(-)の反対符号の旋光性を示す、すなわち、光学活性なものであることは、化学の分野における技術常識である。そして、刊行物1においては、エナンチオマーを特定して記載していないことから、引用発明の化合物は、エナンチオマーの等量混合物であるラセミ体であると認められる。
刊行物1に記載された式II?VIで表される化合物は、抑うつ症及びストレスを処置する方法に用いられるものであり(摘示(1ア))、引用発明の化合物は、一般式IIにおけるX_(2)が水素で、R_(3)?R_(5)が、水素、3-クロロ、4-クロロである場合に該当する化合物の塩酸塩である。そして、刊行物1には、化合物の薬理作用を、テトラベナジンヘキサメートで誘発された抑うつ症及び下垂症を妨げるその能力を測定することによつて試験し(摘示(1イ))、1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩は「活性」であったこと(摘示(1ウ))が記載されている。これらの記載からみて、引用発明の化合物は、抑うつ症の処置などに有用な医薬化合物であるといえる。
刊行物2は、光学活性体、すなわち、エナンチオマー(対掌体)に関する総説であり、当該分野における本願優先日における技術常識を示すものであると認められる。刊行物2の記載によれば、エナンチオマーの性質については、「対掌体により生理活性をまったく異にする場合が多い」ことに加え、「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があること」(摘示(2ア))、「薬物が受容体に到達するまでに各種の酵素によって分解されて活性を失ったり,逆により活性の強い形に変換される場合もあり,その分解あるいは変換の速さが鏡像体によって大きく異なることがしばしば認められ」ることが知られ、「製造承認を得るために,ラセミ体の薬物については,それぞれの光学異性体の吸収,分布,代謝,排泄など薬物動態を検討した資料の提出が求められ」(摘示(2エ))るようになっていた。そうすると、本願優先日において、化学物質の薬理活性や副作用などの生物活性や代謝、排泄などの薬物動態には、様々な相関関係があることから、エナンチオマーの存在する医薬化合物については、ラセミ体だけでなく、各エナンチオマーについても、目的とする薬理効果や副作用等について検討を行うことが普通に行われるようになっていたことが認められる。
また、引用発明が記載された刊行物1の摘示(1エ)にも、必要に応じて個々の光学的異性体化合物、すなわち、エナンチオマーを普通の分割方法によって分割することが記載されており、刊行物2の摘示(2イ)に記載されたように、エナンチオマーを分離する実用性の高いさまざまな方法が既に開発され、刊行物2の摘示(2イ)には、本願明細書において本願発明の物を得た2つの方法のそれぞれに相当する結晶化法、クロマトグラフィーを用いる方法が挙げられ、結晶化法について、摘示(2ウ)には、本願明細書に記載された結晶化法でも用いている「ジベンゾイル酒石酸」が「よく用いられる酸」として具体的に挙げられている。
そうすると、その化学構造から1対のエナンチオマーの存在が明らかな医薬化合物である引用発明について、その各エナンチオマーを薬理効果や副作用等の観点から評価するために、刊行物2に例示されたような周知慣用の方法によってこれらを分離精製して、(+)-エナンチオマーについては、(-)-エナンチオマーを実質的に含有しないものとすることは、当業者が容易になし得たことである。

5 本願発明の効果について
本願明細書には、ノルエピネフリン輸送体結合アッセイ及びセロトニン輸送体結合アッセイの結果が以下のとおり記載されている。

「 【0062】
6.1.2.結果
表1:ノルエピネフリン輸送体結合アッセイ
化合物
Ki
(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHCl
1.42×10^(-7)
(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHCl
8.20×10^(-8)
(±)-デスメチルイミプラミンHCl
1.13×10^(-9)
表1のデータは、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClが、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClと比べて有意に大きいノルエピネフリン取り込み部位に対する親和性を有することを示している。………(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩は、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩と比較して、患者のうつ病の治療または再発予防に対して有意に高い活性を有するであろう。」

「 【0065】
6.2.2.結果
表2:セロトニン輸送体結合アッセイ
化合物
Ki
(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHCl
1.18×10^(-7)
(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHCl
5.08×10^(-8)
(±)-デスメチルイミプラミンHCl
2.64×10^(-8)
表2のデータは、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClが、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClと比べて有意に大きいセロトニン取り込み部位に対する親和性を有することを示している。………(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩は、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩と比較して、患者のうつ病の治療または再発予防に対して有意に高い活性を有するであろう。」

上記表1及び2に記載されたKiについて、ラセミ体と(+)-エナンチオマーとで比をとると、ノルエピネフリン輸送体及びセロトニン輸送体に対するラセミ体のKiは、それぞれ、(+)-エナンチオマーのKiの1.73倍及び2.32倍であると認められる。しかし、刊行物2の摘示(2ア)の「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである.」との記載などからみると、ラセミ体と(+)-エナンチオマーとで、1.73倍及び2.32倍程度のKi値の違いがあることは、当業者の予測を超えるものではない。

6 請求人の主張について
請求人は、原査定の理由1に対し、審判請求書の「3.本願発明が特許されるべき理由」の「(1)理由1について」において概略以下のように述べ、本願発明は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない旨を主張している。

(1)「 米国引用文献1について特許されたときから約6又は7年後(引用文献1に係る出願日からかなり後)に、Dr. Epsteinは、米国引用文献1(注 米国特許第4,131,611号)に記載の方法を含む、その当時知られていたエナンチオマーを得るための方法を使用したが、それぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン又はその製薬上許容される塩を得ることはできなかった(デクラレーションの19を参照されたい)。それどころか、Dr. Epsteinによれば、その当時において50.5:49.5の(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンとその対応する(-)-エナンチオマーの混合物でさえ得ることはできなかったとしている(デクラレーションの19を参照されたい)。
従って、米国引用文献1について特許された時から約6又は7年後の、引用文献1の内容をも含む技術であっても、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン又はその製薬上許容される塩を得るためには十分ではなく、ましてやそれぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン又はその製薬上許容される塩を得ることなどできないと結論付けることができる(デクラレーションの19を参照されたい)。」

(2)「 本願発明の(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンは、引用文献1に記載のラセミ体の1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンよりも高いノルエピネフリン輸送体結合活性及びセロトニン輸送体結合活性を有している。………本願発明の(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンは、引用文献1に記載のラセミ体の1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンから予測することのできない高い活性を有する。一方のエナンチオマーの活性が他方のエナンチオマー又はラセミ体と比較して高いのか、又は低いのか、或いは活性自体を有しないのかを予測する方法や合理的な科学的根拠は従来技術において存在せず、このような活性を予測することはできない。」

(3)「また、以下の表1及び表2において(-)-エナンチオマー(DOV102,677)又は(+)-エナンチオマー(DOV21,947)のいずれかをヒト被験者に投与する第I相試験の結果を記載する。本試験は(+)-エナンチオマーが顕著に増強した薬物動態的特性を有することを示しており、この驚くべき結果はこれまでに報告されていない。この増強した薬物動態的特性としては最大血漿濃度(Cmax)、濃度曲線下面積(AUC)、及び薬物の血漿中半減期(t^(1/2))が挙げられ、(+)-エナンチオマーは(-)-エナンチオマーよりも大幅に高いCmax値、大きなAUC値、及びより長いt^(1/2)を有している。これらの各特性は両エナンチオマー間で明確に異なっており、(+)-エナンチオマーの高いCmax値、大きなAUC値、及び長いt^(1/2)は、それぞれ予測することのできない驚くべき特性である。これらの特性により、(-)-エナンチオマーやラセミ体と比べて、(+)-エナンチオマーを高性能で望ましい医薬とすることができる。両エナンチオマー間でのこれらの様々な薬物動態的特性の違いは従来技術から決して予測できるものではない。」

請求人の主張につき、以下で検討する。

請求人の主張(1)について
請求人の主張する(1)の点は、引用文献1(刊行物1)と同等の文献であるという米国引用文献1の内容に関するデクラレーションに基づき、刊行物1の内容と刊行物1の頒布時より後の技術常識を考慮しても、当業者がそれぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン又はその製薬上許容される塩を得ることができるとはいえないから、本願発明は刊行物1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない、というものであると認められる。
請求人はデクラレーションの19を提示して「米国引用文献1について特許されたときから約6又は7年後(引用文献1に係る出願日からかなり後)に、Dr.Epsteinは、米国引用文献1に記載の方法を含む、その当時知られていたエナンチオマーを得るための方法を使用したが、それぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン又はその製薬上許容される塩を得ることはできなかった。」と述べているが、具体的にどのような方法を使用した結果であるのか、明らかにしておらず、また、デクラレーションの19の記載を精査しても、その点は明らかでない。したがって、請求人の上記主張は、刊行物2に示されたような本願優先日における普通の方法によって実質的に(-)-エナンチオマーを含まない(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン又はその製薬上許容される塩を得ることができるとの認定を覆す根拠とはならない。
また、請求人はエナンチオマー分離の可能性を検討した時点につき、「米国引用文献1について特許されたときから約6又は7年後(引用文献1に係る出願日からかなり後)」と述べているが、そもそも、当該特許の発行日は1978年12月26日であるから、その6年後であっても、本願優先日である2001年1月11日の16年以上前である。特許法第29条第2項の適用に際しては、本願優先日時点の技術常識を前提とするものであるところ、請求人の主張は、前提とする技術常識のレベルを殊更に引き下げることによって本願発明の容易想到性を否定しようとするものであって、妥当性を欠くものである。
したがって、請求人の主張する上記(1)の点によっては、本願発明が刊行物1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでないということはできない。

請求人の主張(2)について
請求人の主張する(2)の点は、本願発明は、ノルエピネフリン輸送体結合活性及びセロトニン輸送体結合活性において、刊行物1に記載されたラセミ体から予測することのできない高い活性を有し、エナンチオマーの活性を予測する方法や合理的な科学的根拠は従来技術において存在せず、このような活性を予測することはできないことから、本願発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでないというものであると認められる。
しかし、本願発明がノルエピネフリン輸送体結合活性及びセロトニン輸送体結合活性において奏する効果が当業者の予測を超えるものでないことは、既に上記5で述べたとおりであるから、請求人の主張する上記(2)の点によっては、本願発明が刊行物1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでないということはできない。

請求人の主張(3)について
請求人の主張する(3)の点は、(-)-エナンチオマーと(+)-エナンチオマーについてのヒト被験者における第I相試験の結果である表1及び表2を審判請求書において提示して、(+)-エナンチオマーは、(-)-エナンチオマーと比較して、高いCmax値、大きなAUC値、及び長いt^(1/2)という、予測することのできない驚くべき特性を示すものであり、これらの特性により、(-)-エナンチオマーやラセミ体と比べて、(+)-エナンチオマーを高性能で望ましい医薬とすることができるという従来技術から予測できない効果を奏するものであるから、刊行物1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでないというものであると認められる。
しかし、本願明細書には、(+)-エナンチオマーが体内動態において優れた特性を示すものであることについて何ら記載されていないから、請求人が上記(3)においてヒト被験者における第I相試験の結果について述べる(+)-エナンチオマーは、(-)-エナンチオマーと比較して、高いCmax値、大きなAUC値、及び長いt^(1/2)という、予測することのできない驚くべき特性を示すという点は、本願明細書に記載された効果について説明するものではない。したがって、請求人の主張する(3)の点によって本願発明が刊行物1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでないということはできない。

7 まとめ
以上で検討したとおり、本願発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

第5 むすび

以上のとおり、本願発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、その余の点について検討するまでもなく、本願は、特許法第49条第2号に該当し、拒絶をすべきものである。
よって、上記結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-03-08 
結審通知日 2012-03-13 
審決日 2012-03-28 
出願番号 特願2002-565944(P2002-565944)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07D)
P 1 8・ 536- Z (C07D)
P 1 8・ 537- Z (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鳥居 福代  
特許庁審判長 柳 和子
特許庁審判官 本間 友孝
齋藤 恵
発明の名称 (+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]ヘキサン、その組成物および使用  
代理人 石井 貞次  
代理人 藤田 節  
代理人 新井 栄一  
代理人 平木 祐輔  

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