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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1262088
審判番号 不服2011-10614  
総通号数 154 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-10-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-05-20 
確定日 2012-08-23 
事件の表示 特願2006-129637「電界効果トランジスタ及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成19年11月22日出願公開、特開2007-305630〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成18年5月8日の出願であって、平成23年1月31日に手続補正がなされ、同年2月15日付けで拒絶査定がなされ、それに対して、同年5月20日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日に手続補正がなされ、その後当審において、平成24年2月16日付けで審尋がなされ、同年4月23日に回答書が提出されたものである。

2.補正の却下の決定
【補正の却下の決定の結論】
平成23年5月20日になされた手続補正を却下する。

【理由】
(1)補正の内容
平成23年5月20日になされた手続補正(以下「本件補正」という。)は、補正前の特許請求の範囲の請求項1ないし8を、補正後の特許請求の範囲の請求項1ないし6に補正するとともに、明細書を補正するものであり、そのうちの補正前後の請求項は、以下のとおりである。

(補正前)
「【請求項1】
基板と、
前記基板の上に形成され、p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ、前記基板と格子定数が異なり前記基板と異種の材料からなるp型の窒化物系化合物半導体層と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層上に形成された絶縁膜と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層をチャネル層とするために前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極と、
前記絶縁膜上に形成されたゲート電極と、
を有し、
前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である
電界効果トランジスタ。
【請求項2】
前記p型のドーパントと前記n型のドーパントのドーピング濃度の比は、略2:1である
請求項1記載の電界効果トランジスタ。
【請求項3】
前記p型のドーパントのドーピング濃度は、2×10^(16)cm^(-3)以上、2×10^(19)cm^(-3)以下である
請求項1又は請求項2記載の電界効果トランジスタ。
【請求項4】
前記p型の窒化物系化合物半導体層は、Al_(1-x-y)Ga_(x)In_(y)N(0≦x、y≦1、0≦x+y<1)からなる
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項5】
前記p型のドーパントは、Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra,Zn,Cd,Hgのうち一種類以上であり、
前記n型のドーパントは、C,Si,Ge,Sn,Pb,O,S,Se,Te,Poのうち一種類以上である
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項6】
前記絶縁膜は、SiO_(2),Al_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),MgO,Sc_(2)O_(3),Gd_(2)O_(3)の酸化物からなる層、Si_(3)N_(4),AlN,SiON,AlONの窒化物からなる層のうち一種類以上の層により構成される
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項7】
基板の上に、p型のドーパントとともにn型のドーパントを濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下となるように同時にドーピングしながら前記基板と格子定数が異なる異種の材料であるp型の窒化物系化合物半導体層を形成するステップと、
前記p型の窒化物系化合物半導体層の上に絶縁膜を形成するステップと、
前記p型の窒化物系化合物半導体層をチャネル層とするために前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続するようにソース電極及びドレイン電極とを形成するステップと、
前記絶縁膜上にゲート電極を形成するステップと、
を有する電界効果トランジスタの製造方法。
【請求項8】
前記p型の窒化物系化合物半導体層にドーピングされたドーパントを活性化する熱処理を行うステップをさらに有する
請求項7記載の電界効果トランジスタの製造方法。」

(補正後)
「【請求項1】
Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる基板と、
前記基板の上に形成され、p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ、チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層上に形成された絶縁膜と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極と、
前記絶縁膜上に形成されたゲート電極と、
を有し、
前記p型の窒化物系化合物半導体層は0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さを有し、
前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度の比が略2:1であり、
前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である
電界効果トランジスタ。
【請求項2】
前記p型の窒化物系化合物半導体層は、GaN,InGaN,AlGaN,AlGaInN,AlInN,AlN,InNの何れか一つの材料からなる
請求項1に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項3】
前記p型のドーパントは、Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Ra,Zn,Cd,Hgのうち一種類以上であり、
前記n型のドーパントは、C,Si,Ge,Sn,Pb,O,S,Se,Te,Poのうち一種類以上である
請求項1または2に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項4】
前記絶縁膜は、SiO_(2),Al_(2)O_(3),Ga_(2)O_(3),MgO,Sc_(2)O_(3),Gd_(2)O_(3)の酸化物からなる層、Si_(3)N_(4),AlN,SiON,AlONの窒化物からなる層のうち一種類以上の層により構成される
請求項1から3のいずれか一項に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項5】
Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる基板の上に、p型のドーパントとn型のドーパントとを、濃度比が略2:1で、濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下となるように同時にドーピングしながら、チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層を0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さに形成するステップと、
前記p型の窒化物系化合物半導体層の上に絶縁膜を形成するステップと、
前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続するようにソース電極及びドレイン電極とを形成するステップと、
前記絶縁膜上にゲート電極を形成するステップと、
を有する電界効果トランジスタの製造方法。
【請求項6】
前記p型の窒化物系化合物半導体層にドーピングされたドーパントを活性化する熱処理を行うステップをさらに有する
請求項5に記載の電界効果トランジスタの製造方法。」

(2)補正事項の整理
(補正事項a)
(補正事項a-1)
補正前の請求項1の「基板と、」を、補正後の請求項1の「Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる基板と、」と補正したこと。

(補正事項a-2)
補正前の請求項1の「前記基板の上に形成され、p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ、前記基板と格子定数が異なり前記基板と異種の材料からなるp型の窒化物系化合物半導体層と、」を、補正後の請求項1の「前記基板の上に形成され、p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ、チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層と、」と補正したこと。

(補正事項a-3)
補正前の請求項1の「前記p型の窒化物系化合物半導体層をチャネル層とするために前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極と、」を、補正後の請求項1の「前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極と、」と補正したこと。

(補正事項a-4)
補正前の請求項1の「前記絶縁膜上に形成されたゲート電極と、を有し、」を、補正後の請求項1の「前記絶縁膜上に形成されたゲート電極と、を有し、前記p型の窒化物系化合物半導体層は0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さを有し、」と補正したこと。

(補正事項a-5)
補正前の請求項1の「前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である」を、補正後の請求項1の「前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度の比が略2:1であり、前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である」と補正したこと。

(補正事項b)
補正前の請求項2及び3を削除するとともに、当該削除に伴って、請求項の番号及び引用する請求項の番号を修正したこと。

(補正事項c)
補正前の請求項4の「前記p型の窒化物系化合物半導体層は、Al_(1-x-y)Ga_(x)In_(y)N(0≦x、y≦1、0≦x+y<1)からなる」を、補正後の請求項2の「前記p型の窒化物系化合物半導体層は、GaN,InGaN,AlGaN,AlGaInN,AlInN,AlN,InNの何れか一つの材料からなる」と補正したこと。

(補正事項d)
(補正事項d-1)
補正前の請求項7の「基板の上に、」を、補正後の請求項5の「Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる基板の上に、」と補正したこと。

(補正事項d-2)
補正前の請求項7の「p型のドーパントとともにn型のドーパントを濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下となるように同時にドーピングしながら」を、補正後の請求項5の「p型のドーパントとn型のドーパントとを、濃度比が略2:1で、濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下となるように同時にドーピングしながら、」と補正したこと。

(補正事項d-3)
補正前の請求項7の「前記基板と格子定数が異なる異種の材料であるp型の窒化物系化合物半導体層を形成する」を、補正後の請求項5の「チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層を0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さに形成する」と補正したこと。

(3)新規事項追加の有無及び補正の目的の適否についての検討
(3-1)補正事項aについて
(補正事項a-1)
補正事項a-1は、補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項である「基板」について、「Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる」と限定的に減縮する事項を付加する補正である。
そして、この補正は、本願の願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。また、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面を「当初明細書等」という。)の【0042】段落の記載に基づく補正である。
したがって、補正事項a-1は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、補正事項a-1は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項(以下「特許法第17条の2第3項」という。)に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしており、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項(以下「特許法第17条の2第4項第2号」という。)に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(補正事項a-2)
補正事項a-2は、補正前の請求項1の発明特定事項である「p型の窒化物系化合物半導体層」について、「前記基板と格子定数が異なり前記基板と異種の材料からなる」という事項を削除するとともに、「チャネル層となる」と限定する事項を付加する補正であるところ、前記「前記基板と格子定数が異なり前記基板と異種の材料からなる」という事項を削除する補正部分は、補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項を限定するものでないから、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しない。また、補正事項a-2が、特許法第17条の2第4項のその他のいずれの号に掲げる事項を目的とするものにも該当しないことは明らかである。
したがって、補正事項a-2は、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていない。
なお、補正事項a-2のうち、「チャネル層となる」と限定する事項を付加する補正部分は、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとともに、当初明細書の【0031】段落の記載に基づく補正であるから、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしている。

(補正事項a-3)
補正事項a-3は、補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項である「前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極」について、「前記p型の窒化物系化合物半導体層をチャネル層とするために」という事項を削除する補正であり、補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項を限定するものでないから、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しない。また、補正事項a-2が、特許法第17条の2第4項のその他のいずれの号に掲げる事項を目的とするものにも該当しないことは明らかである。
したがって、補正事項a-3は、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていない。

(補正事項a-4)
補正事項a-4は、補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項である「p型の窒化物系化合物半導体層」について、「0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さを有し」と限定的に減縮する事項を付加する補正である。
そして、この補正は、当初明細書の【0043】段落の記載に基づく補正である。
したがって、補正事項a-4は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしており、同法同条第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(補正事項a-5)
補正事項a-5は、補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項である「p型のドーパント」と「n型のドーパント」の「濃度」について、「濃度の比が略2:1であり」と限定的に減縮する事項を付加する補正である。
そして、この補正は、当初明細書の【0022】段落の記載に基づく補正である。
したがって、補正事項a-5は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしており、同法同条第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(3-2)補正事項bについて
補正事項bは、特許法第17条の2第4項第1号に掲げる請求項の削除を目的とするものに該当する。

(3-2)補正事項cについて
補正事項cは、補正前の請求項4に係る発明の発明特定事項である「p型の窒化物系化合物半導体層」の具体的な組成「Al_(1-x-y)Ga_(x)In_(y)N(0≦x、y≦1、0≦x+y<1)」を、「GaN,InGaN,AlGaN,AlGaInN,AlInN,AlN,InNの何れか一つの材料」と書き換えるものであり、実質的な補正ではない。

(3-3)補正事項dについて
(補正事項d-1)
補正事項d-1は、補正前の請求項7の発明特定事項である「基板」について、「Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる」と限定的に減縮する事項を付加する補正である。
そして、この補正は、当初明細書の【0042】段落の記載に基づく補正である。
したがって、補正事項d-1は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしており、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(補正事項d-2)
補正事項d-2は、補正前の請求項7の発明特定事項である「「p型のドーパント」と「n型のドーパント」を「同時にドーピング」することについて、「濃度比が略2:1で」と限定的に減縮する事項を付加する補正である。
そして、この補正は、当初明細書の【0022】段落の記載に基づく補正である。
したがって、補正事項d-2は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしており、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(補正事項d-3)
補正事項d-3は、補正前の請求項7の発明特定事項である「p型の窒化物系化合物半導体層」について、「前記基板と格子定数が異なる異種の材料である」という事項を削除するとともに、「チャネル層となる」及び「0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さ」と限定する事項を付加する補正であるところ、前記「前記基板と格子定数が異なる異種の材料である」という事項を削除する補正部分は、補正前の請求項7に係る発明の発明特定事項を限定するものでないから、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しない。また、補正事項d-3が、特許法第17条の2第4項のその他のいずれの号に掲げる事項を目的とするものにも該当しないことは明らかである。
したがって、補正事項d-3は、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていない。
なお、補正事項d-3のうち、「チャネル層となる」及び「0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さ」と限定する事項を付加する補正部分は、各々当初明細書の【0031】及び【0043】段落の記載に基づく補正であるから、これらの補正部分は、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとともに、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしている。

(3-4)新規事項追加の有無及び補正の目的の適否についてのまとめ
以上、検討したとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第3号に規定する要件を満たす。
しかしながら、本件補正のうちの補正事項a-2、補正事項a-3及び補正事項d-3は、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていないから、本件補正は、同法同条同項に規定する要件を満たしていない。

(4)独立特許要件について
(4-1)検討の前提
上記(3)において検討したとおり、補正事項a-2、補正事項a-3及び補正事項d-3は、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていないが、仮に、この補正が当該要件を満たすものであるとした場合、本件補正は、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものを含むものであるから、本件補正が、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか否かについて、一応検討する。

(4-2)補正後の請求項1に係る発明
本件補正による補正後の請求項1ないし6に係る発明は、本件補正により補正された明細書、請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載されている事項により特定されるとおりのものであって、そのうちの補正後の請求項1に係る発明(以下「補正後の発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載されている事項により特定される上記2.(1)の補正後の請求項1として記載したとおりのものである。

(4-3)引用刊行物に記載された発明
原査定の拒絶の理由に引用され、本願の出願前である平成16年6月10日に日本国内で頒布された刊行物である特開2004-165387号公報(以下「引用刊行物」という。)には、図1ないし5とともに、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当合議体において付加したものである。(以下同様。)

「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明はGaN系電界効果トランジスタに関するものである。更に詳しくは、動作時のオン抵抗が非常に小さく大電流動作が可能である新規なGaN系電界効果トランジスタに関するものである。」
「【0015】
【発明の実施の形態】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を詳細に説明する。図1は、本発明に係る電界効果トランジスタの一実施形態の断面図である。すなわち、半絶縁性シリコン基板1上に、例えばGaNから成るバッファ層2、電界効果トランジスタのチャネル層3となるアンドープGaN層が形成されている。アンドープGaN層(チャネル層3)の上にはアンドープAlGaN層(電子供給層4)、ゲート電極Gが形成されている。そして、ソース、ドレインに相当する部分のアンドープGaN層(チャネル層3)がエッチングされ、エッチングされた部分に、n型不純物であるSiが高濃度でドーピングされてなるn-InGaNのコンタクト層6が埋め込まれ、コンタクト層6の表面にソース電極S、ドレイン電極Dが形成されている。
【0016】
ここで、チャネルの長さLに相当するアンドープGaN層(チャネル層3)の表面にはアンドープAlGaN層(電子供給層4)がヘテロ接合しているため、接合している部分の界面には2次元電子ガス9が発生する。そのため、2次元電子ガス9がキャリアとなってチャネル層3は導電性を示すようになる。なお、キャリアたる二次元電子ガス9の分布の範囲は、コンタクト層6が埋め込まれたエッチング部分の深さよりも浅い。また、コンタクト層6を構成する材料がInGaNであるため、チャネル層3を構成するGaNよりもバンドギャップが小さく、また、コンタクト層6の導電型はn型であるため、2次元電子ガス9の電子と同一の導電性を示す。
【0017】上記電界効果トランジスタは以下のようにして作成することが可能である。即ち、
1)成長室とパターニング室を有する超高真空装置を用いて、分子線エピタキシャル成長法で以下のようなエピタキシャルウェハを作製した。半絶縁性シリコン基板1上に、ジメチルヒドラジン(5×10^(-5)Torr)とGa(5×10^(-7)Torr)を用いて、成長温度640℃で5nmの厚さのGaNバッファ層2を積層する。次いで、GaNバッファ層2の上に、アンモニア(5×10^(-5)Torr)、Ga(5×10^(-7)Torr)を用いて、成長温度780℃で500nmの厚さのアンドープGaN層(チャネル層3)を積層する。次いで、アンドープGaN層(チャネル層3)上に、アンモニア(5×10^(-5)Torr)、Ga(5×10^(-7)Torr)、Al(1×10^(-7)Torr)を用いて、成長温度850℃で20nmの厚さのアンドープAlGaN層(電子供給層4)を積層する(図2)。
2)次いで、プラズマCVD装置を用いて、上記エピタキシャルウェハ上にSiO_(2 )層5を堆積させた後、フォトリソグラフィと化学エッチングを用いてゲート部をマスクし、ソース、ドレインとなる部分に開口部を開ける(図3)。なお、エッチングの深さは、70nmとした。
【0018】
3)次に、ソース、ドレインとなる開口部にSiドープのn-InGaNコンタクト層6を埋め込む(図4)。装置は、MOCVD装置を用い、1×10^(19)?5×10^(20)cm^(-3)のドーピング濃度とし、厚さが100nm程度となるようにした。コンタクト層6を埋め込み後、アンドープAlGaN層(電子供給層4)上のSiO_(2)膜5をフッ酸で除去した後、再び、全面に再び全体の表面にプラズマCVD法でSiO_(2)膜を形成した。
【0019】
4)そしてまず、パターニングを行って、ゲート電極を形成すべき箇所のSiO_(2)膜をマスクにして、ソース電極とドレイン電極を形成すべき箇所を開口してn-InGaN層6の表面を表出させ、そこに、Alを蒸着してソース電極Sとドレイン電極Dを形成した。次いで、前記マスクを除去し、逆に、ソース電極S、ドレイン電極Dの上を覆い、ゲートとなる部分に開口部を設けたSiO_(2 ) マスクを形成し、Auを蒸着してゲート電極Gを形成し、図1に示した電界効果トランジスタを製作した。
【0020】
このGaN系電界効果トランジスタの電流-電圧特性を調べたところ、ソースドレイン間の耐圧は650Vであった。ゲートバイアス電圧が+5Vの時点でソースドレイン間の電流(I_(ds))は20Aに達した。このとき、ソース-ドレイン間に加えた電圧は0.2Vである。また、このGaN系電界効果トランジスタのオン抵抗は耐圧600Vにおいて5mΩ・cm^(2)と非常に小さい値であった。(チップ面積は4×5mm^(2)である。)
【0021】
上述した本発明の実施の形態では、チャネル層3として、アンドープGaN層(チャネル層3)とアンドープAlGaN層(電子供給層4)をヘテロ接合させたものを用い、接合界面に2次元電子ガス9を発生させて導電性を示すようにしていた。しかしながら、チャネル層3はこれに限定されるものではなく、導電性を示す半導体層であれば何でも良い。
【0022】
例えば、図5のようMgをドープしたキャリア濃度1×10^(16)?1×10^(20 ) cm^(-3) のp型の導電性を示すGaN半導体層をチャネル層3に用いても良い。なお、Mgに代えてBe、C,Znを用いても良い。この場合、ゲート電極GとGaN半導体層(チャネル層3)の間に絶縁膜7を成膜する。絶縁膜7として例えば、SiO_(2)を用い、スパッタ法などで成膜する。絶縁膜7を成膜することにより、ゲートGに電圧を加えたときにチャネル層3に反転層が生じ、ソース-ドレイン間を流れる電流を制御することができる。なお、コンタクト層6を埋め込むためのエッチングの深さは、オン抵抗が下がるようにGaN半導体層(チャネル層3)の底部よりも深くなるようにする。」

そうすると、引用刊行物には、以下の発明(以下「刊行物発明」という。)が記載されているものと認められる。

「半絶縁性シリコン基板1上に、GaNから成るバッファ層2、Mgをドープしたキャリア濃度1×10^(16)?1×10^(20 ) cm^(-3) のp型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)が形成され、ゲート電極GとGaN半導体層(チャネル層3)の間に絶縁膜7が成膜され、ソース、ドレインに相当する部分のアンドープGaN層(チャネル層3)がエッチングされ、エッチングされた部分に、n型不純物であるSiが高濃度でドーピングされてなるn-InGaNのコンタクト層6が埋め込まれ、コンタクト層6の表面にソース電極S、ドレイン電極Dが形成されている、GaN系電界効果トランジスタ。」

(4-4)対比
(4-4-1)刊行物発明の「半絶縁性シリコン基板1」は、補正後の発明の「Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる基板」に相当する。

(4-4-2)刊行物発明の「Mgをドープした」「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」と補正後の発明の「p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ、チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層」とは、「p型のドーパント」「がドーピングされ、チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層」という点で共通する。そして、刊行物発明の「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」は、「半絶縁性シリコン基板1」の上に形成されている。

(4-4-3)刊行物発明の「絶縁膜7」及び「ゲート電極G」は、各々補正後の発明の「絶縁膜」及び「ゲート電極」に相当する。

(4-4-4)刊行物発明の「ソース電極S」及び「ドレイン電極D」は、各々補正後の発明の「ソース電極」及び「ドレイン電極」に相当する。そして、補正後の発明の「ソース電極S」及び「ドレイン電極D」は、「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」に電気的に接続されていることは明らかである。

(4-4-5)刊行物発明の「GaN系電界効果トランジスタ」は、補正後の発明の「電界効果トランジスタ」に相当する。

(4-4-6)そうすると、補正後の発明と刊行物発明とは、
「Si,サファイア,SiC,ZnOの何れか一つの材料からなる基板と、
前記基板の上に形成され、p型のドーパントがドーピングされ、チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層上に形成された絶縁膜と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極と、
前記絶縁膜上に形成されたゲート電極と、
を有する、
電界効果トランジスタ。」である点で一致し、次の4点で相違する。

(相違点1)補正後の発明の「チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層」には、「p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ」ているのに対し、
刊行物発明の「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」には、p型のドーパントである「Mg」しかドーピングされていない点。

(相違点2)補正後の発明の「p型の窒化物系化合物半導体層は0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さを有」するのに対し、刊行物発明では、「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」の厚みについて、特定されていない点。

(相違点3)補正後の発明では、「p型のドーパントと」「n型のドーパントとの濃度の比が略2:1であ」るのに対し、刊行物発明では、そのような特定はなされていない点。

(相違点4)補正後の発明では、「p型のドーパントと」「n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である」のに対し、刊行物発明では、そのような特定はなされていない点。

(4-5)判断
(4-5-1)相違点1、3及び4について
一般に、p型窒化物半導体を形成する際に、p型ドーパントと同時にn型ドーパントをドーピングすることにより、p型ドーパントを単独でドーピングしたときよりも、キャリア濃度を増加させ、低抵抗なp型窒化物半導体が得られるようにすることは、以下の周知例1ないし4に記載されているように、従来から周知の技術思想である。その際、p型ドーパントとn型ドーパントの濃度の比を、2:1にすることも、以下の周知例1ないし3に記載されているように、従来から周知である。

(周知例1)特開2002-50796号公報には、図2及び3とともに、以下の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はGaN系化合物半導体、AlGaAs系化合物半導体、InAlGaP系化合物半導体などの、発光ダイオードやレーザダイオード、太陽電池などに用いられ得るIII-V族化合物半導体装置に関する。さらに詳しくは、pn接合を介してドーパントが相互拡散するのを防止し、各半導体層が低抵抗で、優れた素子特性が得られる半導体発光素子や太陽電池など、光電変換素子のpn接合を有するIII-V族化合物半導体装置に関する。」
「【0006】本発明はこのよな問題を解決するためになされたもので、pn接合を形成したデバイスにしてもn型層およびp型層のキャリア濃度を高く維持し、また、活性層に接するn型層やp型層のキャリア濃度を下げなくても、活性層への不純物の拡散を抑制することができ、低抵抗で高効率の動作をするpn接合を有するIII-V族化合物半導体装置を提供することを目的とする。」
「【0020】p型層5は、n型層3とは逆に、GaNなどのIII-V族化合物にp型ドーパントのMgを多く、n型ドーパントのSiを少なくドーピングすることにより形成されている。すなわち、MgがSiより多くドーピングされることによりp型に形成され、たとえば図2に示される結合モデルのSiとMgとが逆になった構造で、GaNのGaの位置にMgとSiが入り、前述のn型の場合と同様に、Mg-N-Si-N-Mgの結合した状態になり、安定した状態でMgがp型ドーパントとして作用する。なお、このp型ドーパントの入り方も、前述のn型の場合と同様に、図3に示されるモデルで、ドナーとアダプタとが逆になるだけで、Mg:Si=(1.3?3):1になるようにドーピングされることが好ましい。
【0021】このMgとSiの両方をドーピングしたp型層5を成長するにも、MOCVD法の場合、前述のn型層3の場合と同様のガスを導入しながら、シクロペンタジエニルマグネシウム(Cp_(2)Mg)をシラン(SiH_(4))より2倍以上の割合で導入することにより得られる。すなわち、MgはSiより蒸発しやすいため、Mg:Siの割合を2:1程度にドーピングするには、MgのドーパントガスをSiのドーパントガスの2倍より多く導入する必要がある。そして、最終的にドーピングされるMgとSiの割合は、前述のように、Mg:Si=(1.3?3):1にすることが、Mgの熱拡散を防止する点および深いアクセプタが形成されるのを防止する点から好ましい。この場合は、とくにMgが蒸発しやすいため、アニール処理の温度を900℃以上に上げないように注意する必要がある。」
「【0024】本発明によれば、n型層3およびp型層5をそれぞれn型ドーパント(ドナー)またはp型ドーパント(アクセプタ)の単独のドーパントをドーピングするだけでなく、本来の導電型のドーパントを主としながらも反対導電型のドーパントも、主たるドーパントの半分程度同時にドーピングされている。そのため、化合物半導体中で、ドナーとアクセプタの相互の強い引力により結合して、熱や電場に対して移動し難い非常に安定した状態を維持し、ドナーまたはアクセプタとして作用する。その結果、半導体層を成長中の温度または成長後のアニール処理などによる温度上昇に対しても、相互拡散をすることなく、高い濃度のドナーおよびアクセプタを維持することができ、低抵抗の半導体層を実現することができる。とくに、n型層のキャリア濃度は、従来10^(19)?10^(20)cm^(-3)程度で飽和状態に達していると考えられていたが、本発明によれば、6×10^(20)cm^(-3)程度のキャリア濃度が得られ、2?3倍程度のキャリア濃度が得られた。またp型層に関しても、従来10^(18)cm^(-3)程度が限界であったのが、2?3×10^(20)cm^(-3)程度のキャリア濃度が得られた。」

(周知例2)特開平10-101496号公報には、図1とともに、以下の事項が記載されている。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、青色レーザ,青色発光素子等の材料として有用な低抵抗のp型GaN結晶を製造する方法に関する。」
「【0003】
【発明が解決しようとする課題】従来の方法では、GaNの結晶成長中にMg単独をドーピングしているため、10^(18)cm^(-3)程度しかドーピングできなかった。更にMgをドーピングしようとしても、補償機構によってキャリア濃度をこれ以上増やすことはできなかった。すなわち、Mg濃度が10^(18)cm^(-3)を超えると、Ga位置に入っていたMg原子が格子間位置に移り、それに伴ってn型(ドナー)となる。その結果、p型(アクセプター)のMgをn型(ドナー)である格子間位置のMgが相殺する。これは、MOCVD法でp型GaN結晶を育成するときも同様である。本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、n型ドーパントであるSiやOとp型ドーパントであるMg又はBeを同時にドーピングすることにより、10^(19)?10^(20)cm^(-3)の高濃度にドーピングした低抵抗のGaN単結晶作製を目的とする。」
「【0005】
【作用】n型ドーパントであるSi又はOとp型ドーパントであるMg又はBeを1:2の割合で同時にドーピングするとき、Ga位置を置換したSi又はN位置を置換したOに起因するドナー(Si^(-)_(Ga) 又はO^(-)_(N))とGa位置を置換したMg又はBeに起因するアクセプター(Mg^(+)_(Ga) 又はBe^(+)_(Ga) )が対を作り、静電エネルギー(+eと-eの対)による安定化が発生する。この静電エネルギーにより、更に付け加えてドープしたMg又はBeがより安定化する。その結果、Mg又はBe単独では10^(18)cm^(-3)程度しかドーピングできないGaNに対し、10^(19)?10^(20)cm^(-3)の高濃度にp型キャリア(正孔)をドーピングすることができる。Si又はOとMg又はBeとの同時ドーピングがp型キャリア濃度を上げるメカニズムを、本発明者は次のように推察した。すなわち、Si又はOとMg又はBeを1:2の割合で同時ドーピングするとき、図1のモデルに示すように、n型ドナーであるSiがGa位置を占め、n型ドナーであるOはN位置を占める。他方、p型アクセプターであるMg又はBeは、Ga位置を占める。そして、n型ドーパントであるSi又はOとp型ドーパントであるMg又はBeが1:1の対を形成し、この原子対の周りに更に1個のMg又はBe原子が配位し、アクセプターとして働く。その結果、高濃度までアクセプターが活性化し、p型ドーパントのMg又はBeを高濃度までドーピングさせることが可能となる。」

(周知例3)特開10-154829号公報には、図2とともに、以下の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、LED、LD等の発光デバイス、太陽電池、光センサー等の受光デバイスに応用される窒化物半導体素子を構成するp型窒化物半導体(In_(X)Al_(Y)Ga_(1-X-Y)N、0≦X、0≦Y、X+Y≦1)の成長方法とその方法を用いた窒化物半導体素子に関する。」
「【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかし、アニーリングによりp型層が得られたといっても、そのキャリア濃度は1×10^(18)/cm^(3)以下にしか過ぎず、さらにキャリア濃度の高いp型層が求められている。キャリア濃度の高いp型層が得られると、窒化物半導体を用いたLED、LD等のVfが極端に低下し、LDに至っては発熱量が少なくなるので連続発振が可能となる。従って、本発明の目的とするところは、キャリア濃度の高いp型窒化物半導体が得られる成長方法を提供することにより、そのp型窒化物半導体を用いた各種デバイスの発光効率、受光効率を向上させることにある。」
「【0017】図2はOとMgをドープして、アニーリングにより低抵抗なp型としたp型窒化物半導体層のO濃度と正孔キャリア濃度との関係を示す図である。これはMOCVD法により、MgとOとをドープしたGaNを成長させる際に、O源のガス流量を変えて、Mgを1×10^(20)/cm^(3)ドープしたGaN層に、Oを数々の濃度でドープしたGaN層を作製し、そのGaN層のキャリア濃度と、O濃度との関係を示している。
【0018】図2に示すように、p型GaNは、Mgを1×10^(20)/cm^(3)もドープしているにもかかわらず、キャリア濃度は3×10^(17)/cm^(3)しか過ぎない。これは正常なアクセプターとして作用しているp型不純物が如何に少ないかを示している。しかしながら、Oを1×10^(17)/cm^(3)付近(Mgに対して0.1%)以上ドープすることにより、キャリア濃度が2桁も上がり、5×10^(18)/cm^(3)?8×10^(19)/cm^(3)付近でほぼ一定となる。そして、ドープしたp型不純物の量と同じ程度になると、ドナーとアクセプターとが相殺するようになり、O濃度がp型不純物を超えると、n型となるために、正孔キャリア濃度は負の値となる。従って、p型不純物に対するOの好ましいドープ量は、0.1%以上で、p不純物量を超えない範囲が望ましく、さらに好ましくは0.5%以上、最も好ましくは5%以上、80%以下である。このようにp型不純物とOとを同時にドープするとキャリア濃度は2桁も向上するが、未だドープしたp型不純物の量だけのキャリア濃度を得ることは難しい。これはGaサイトに入っていないp型不純物がまだ数多く残っていることと、格子欠陥が多く存在するためと推察される。」
「【0033】
【発明の効果】本発明ではp型不純物に加えて、酸素をドープしていることにより、本質的に活性層に注入される正孔の数が増え、発光効率が向上することはもちろんのこと、p層のキャリア濃度が増加するので、p層と好ましいオーミックが得られる。このようなp層の上にp電極を形成すると、さらに接触抵抗を下げることができてVfを大幅に低下させることができる。このような本発明の技術は、LED、LDのような発光デバイスだけではなく、トランジスタ、FET、MOS等の窒化物半導体を用いた全ての電子デバイスに適用できることはいうまでもない。」

(周知例4)特開2000-223741号公報には、以下の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、窒化物半導体を用いた青色/紫外発光素子に関し、特に高濃度ホール濃度を得ることにより、優れた発光特性並びに電気的特性を有する発光素子に関する。」
「【0016】窒化ガリウム系化合物半導体では、結晶成長時の窒素平衝蒸気圧が高いため、窒素空格子が形成され易い。その量は凡そ1×10^(17)/cm^(3)?1×10^(20)/cm^(3)と言われ、特定の不純物を添加しなければ一般的にn型伝導を呈する。この窒素空格子の生成数を極力低減するには、窒素源とするNH_(4)の蒸気圧を制御して平衝蒸気圧とすることが必要であり、通常この手段が採られている。このような性質を有する成長層の伝導型をp型に変換するには、アクセプタとなる不純物を添加してドナーを補償すればよいが、結晶成長雰囲気から成長層中にドープされるアクセプタ用原子はその周囲に存在するH^(+)と結合して、ドーパントの活性化を阻害する。またアクセプタ(A^(+))が電気的に単独で存在すると、静電エネルギーは不安定であり、アクセプタは変位や複合物の形成により自由エネルギーの最小化に向かい、補償効果が現れてくる。これによりアクセプタ濃度が増大することが妨げられる。しかし、本発明ではp型Ga_(1-z)Al_(z)N層6、P型GaN層7へのドーピングにおいて、TMGとTMAとアンモニアあるいはTMGとアンモニアとの原料ガスにドーパントガスとして、例えば、Cp_(2)Mg(シクロペンタジェニルマグネシュウム)とSiH_(4)(シラン)とを流量比で凡そ3:1の割合で供給することによって、p型伝導層のキャリヤー濃度を6×10^(20)/cm^(3)まで制御することが容易となった。このような効果が得られた理由は、ドープされた一部のSiが窒素格子位置に置換して浅いアクセプタを形成し、かつ大部分がIII族原子位置に置換して浅いドナーを形成したうえ、同じくIII族元素位置に置換したMgが浅いアクセプタとなり、このアクセプタ(Mg^(+))とドナー(Si^(-))とが対をなすため静電エネルギーが安定となる。この原子対のまわりに配位した一個のMgがアクセプタとして働く結果として、高濃度まで活性化するものと考えられる。また、アクセプタと静電結合せず孤立しているドナーは結晶中のH^(+)を中性化する作用を有し、p型導電層の導電率を高める効果をもった。」

したがって、刊行物発明において、「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」を形成する際に、このような周知の技術思想を適用することにより、補正後の発明のように、「p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ、チャネル層となるp型の窒化物系化合物半導体層」という構成とし、さらに、「前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度の比が略2:1であ」る構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。
ところで、不純物がドーピングされた半導体材料の電気的特性は、キャリア濃度によって決まるものであり、このキャリア濃度は、ドーピングされたドーパントの濃度(p型にドーパントとn型のドーパントが同時にドーピングされた場合は、それらの差)と各ドーパントの活性率、熱処理温度などの活性化条件によって決まることは、当業者にとって技術常識ともいえることである。しかしながら、補正後の発明には、「p型のドーパントと」「n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である」としか記載されておらず、このような限定のみでは、本願明細書の【0041】段落に記載された、「電界効果トランジスタ1がオンするためのしきい値電圧Vthを低く設定できるようになる。」、「界面準位の低減により余分なしきい値電圧のシフトを抑制できる。」という効果が得られるとはいえない。また仮に、不純物がドーピングされた半導体材料の電気的特性が、ドーピングされたドーパントの濃度(p型にドーパントとn型のドーパントが同時にドーピングされた場合は、それらの差)によって決定づけられるものであったとしても、本願明細書の【発明を実施するための最良の形態】には、
「【0041】
窒化物系化合物半導体層3にドーピングされたp型のドーパントとn型のドーパントのドーピング濃度の差は、1×10^(15)cm^(-3)?1×10^(17)cm^(-3)であることが望ましい。このような範囲に設定することにより、電界効果トランジスタ1がオンするためのしきい値電圧Vthを低く設定できるようになる。また、界面準位の低減により余分なしきい値電圧のシフトを抑制できる。」と記載されているのみで、このような数値範囲を採用することにより、従来と比べてどの程度「しきい値電圧Vthを低く設定でき」、「界面準位の低減により余分なしきい値電圧のシフトを抑制でき」たのかを裏付ける具体的な実験結果が記載されておらず、上記数値範囲に臨界的意義を認めることはできず、どの程度の数値範囲にするかということは、当業者が適宜設定し得る、単なる設計的事項にすぎない。そして、「p型のドーパントと」「n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下」という数値範囲も、半導体デバイスにおいて、通常行われるドーピング量からすれば、通常とりうる数値範囲にすぎない。
そうすると、刊行物発明においても、補正後の発明のように「前記p型のドーパントと前記n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である」構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。
よって、上記相違点1、3及び4は、当業者が容易になし得た範囲に含まれる程度のものである。

(4-5-2)相違点2について
本願明細書の【発明を実施するための最良の形態】には、
「【0043】
p型の窒化物系化合物半導体層3の厚さは、0.1?5μmの範囲であることが望ましい。0.1μm以下の場合では、p型のドーパントの濃度が1×10^(17)cm^(-3)以下の場合、表面および基板側から空間電荷層がのびてしまい、所望のキャリア濃度を得るのが困難である。また、0.1μm以下の場合では、基板2とp型の窒化物系化合物半導体層3の格子定数に差があることによる結晶欠陥の影響が出にくく、本発明の効果が現れにくい。5μm以上の場合では、基板2とp型の窒化物系化合物半導体層3の格子定数に差があることによる結晶欠陥の影響が顕著になり、本発明の効果がやはり現れにくい。」と記載されているのみで、このような数値範囲をはずれた場合との比較により、具体的にどの程度の効果があるのかを裏付ける実験結果が記載されておらず、上記数値範囲に臨界的意義を認めることはできず、どの程度の数値範囲にするかということは、当業者が適宜設定し得る、単なる設計的事項にすぎない。そして、引用刊行物の図1ないし4及び関連する記載には、HEMTではあるが、チャネル層3となるアンドープGaN層を、半絶縁シリコン基板1上に500nm積層することが記載されており、図5に記載されたMOSFET(刊行物発明)のチャネル層3の厚さを、「0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さ」にすることも、通常取りうる数値範囲にすぎない。
そうすると、刊行物発明においても、補正後の発明のように「p型の窒化物系化合物半導体層は0.1μmより大きく、5.0μmより小さい厚さを有」する構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。
よって、上記相違点2は、当業者が容易になし得た範囲に含まれる程度のものである。

(4-6)独立特許要件についてのまとめ
以上検討したとおり、補正後の発明と刊行物発明との相違点は、いずれも周知技術を勘案することにより、当業者が、容易に想到し得た範囲に含まれる程度のものにすぎず、補正後の発明は、引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際、独立して特許を受けることができない。

(5)補正の却下についてのむすび
本件補正は、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たさないものであり、また、仮に、そのような違反がなく、本件補正が特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとした場合においても、本件補正は、特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しないものである。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明
平成23年5月20日になされた手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし8に係る発明は、平成23年1月31日になされた手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載されている事項により特定されるとおりのものであって、そのうちの請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載されている事項により特定される上記2.(1)の補正前の請求項1として記載したとおりのものである。

4.刊行物に記載された発明
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された刊行物には、上記2.(4-3)に記載したとおりの事項及び発明(刊行物発明)が記載されているものと認められる。

5.対比
(5-1)刊行物発明の「半絶縁性シリコン基板1」は、本願発明の「基板」に相当する。

(5-2)刊行物発明の「Mgをドープした」「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」が、「半絶縁性シリコン基板1」と格子定数が異なり、「半絶縁性シリコン基板1」とは異種の材料であることは明らかである。したがって、刊行物発明の「Mgをドープした」「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」と本願発明の「p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ、」「基板と格子定数が異なり前記基板と異種の材料からなるp型の窒化物系化合物半導体層」とは、「p型のドーパント」「がドーピングされ、」「基板と格子定数が異なり前記基板と異種の材料からなるp型の窒化物系化合物半導体層」という点で共通する。また、刊行物発明の「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」は、「半絶縁性シリコン基板1」の上に形成されているといえる。

(5-3)刊行物発明の「絶縁膜7」及び「ゲート電極G」は、各々本願発明の「絶縁膜」及び「ゲート電極」に相当する。

(5-4)刊行物発明の「ソース電極S」及び「ドレイン電極D」は、各々本願発明の「ソース電極」及び「ドレイン電極」に相当する。そして、刊行物発明の「ソース電極S」及び「ドレイン電極D」は、「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」をチャネル層とするために、「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」に電気的に接続されていることは明らかである。

(5-5)刊行物発明の「GaN系電界効果トランジスタ」は、本願発明の「電界効果トランジスタ」に相当する。

(5-6)そうすると、本願発明と刊行物発明とは、
「基板と、
前記基板の上に形成され、p型のドーパントがドーピングされ、前記基板と格子定数が異なり前記基板と異種の材料からなるp型の窒化物系化合物半導体層と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層上に形成された絶縁膜と、
前記p型の窒化物系化合物半導体層をチャネル層とするために前記p型の窒化物系化合物半導体層と電気的に接続されたソース電極及びドレイン電極と、
前記絶縁膜上に形成されたゲート電極と、
を有する、
電界効果トランジスタ。」である点で一致し、次の2点で相違する。

(相違点5)
本願発明の「p型の窒化物系化合物半導体層」には、「p型のドーパントとともにn型のドーパントがドーピングされ」ているのに対し、刊行物発明の「p型の導電性を示すGaN半導体層(チャネル層3)」には、p型のドーパントである「Mg」しかドーピングされていない点。

(相違点6)本願発明では、「p型のドーパントと」「n型のドーパントとの濃度差が1×10^(15)cm^(-3)以上、1×10^(17)cm^(-3)以下である」のに対し、刊行物発明では、そのような特定はなされていない点。

6.判断
(6-1)相違点5および6について
相違点5及び相違点6は、各々補正後の発明と刊行物発明との相違点である上記相違点1及び4と同じであるから、上記(4-5-1)において検討したとおり、相違点5及び6は、当業者が容易になし得た範囲に含まれる程度のものである。

(6-2)まとめ
以上検討したとおり、本願発明と刊行物発明との相違点は、周知技術等を勘案することにより、当業者が、容易に想到し得た範囲に含まれる程度のものにすぎず、本願発明は、引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

7.むすび
以上のとおりであるから、本願は、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-06-20 
結審通知日 2012-06-26 
審決日 2012-07-09 
出願番号 特願2006-129637(P2006-129637)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松嶋 秀忠  
特許庁審判長 北島 健次
特許庁審判官 小野田 誠
西脇 博志
発明の名称 電界効果トランジスタ及びその製造方法  
代理人 佐藤 隆久  

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