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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B21J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B21J
管理番号 1264050
審判番号 不服2011-27526  
総通号数 155 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-11-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-12-21 
確定日 2012-10-04 
事件の表示 特願2005-348807「内燃機関ピストンの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 6月21日出願公開、特開2007-152375〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、平成17年12月2日の特許出願であって、同23年2月18日付けで拒絶の理由が通知され、その指定期間内の同23年4月22日に意見書とともに特許請求の範囲及び明細書について手続補正書が提出されたが、同23年9月29日付けで拒絶をすべき旨の査定がされた。
これに対し、同23年12月21日に本件審判の請求がされるとともに特許請求の範囲及び明細書について再度手続補正書が提出され、同24年4月9日付けで審尋がなされ、同24年6月5日に回答書が提出されたものである。

第2 平成23年12月21日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成23年12月21日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の内容の概要
平成23年12月21日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲について補正をするとともにそれに関連して明細書の一部について補正をするものであって、特許請求の範囲の請求項1について補正前後の記載を補正箇所に下線を付して示すと以下のとおりである。

(1)補正前
内燃機関ピストンを製造する内燃機関ピストンの製造方法において、
寸法バラツキが公差±0.3mmであり、体積バラツキを有する切断品を素材として、ヘッド面にバルブリセスおよび突出部を有する天井部と、この天井部のヘッド面と反対側に連なるピンボス部、スカート部と、前記ピンボス部の左右端と前記スカート部の左右端とを連結又は接続するリブとで構成されている内燃機関ピストンの前記ピンボス部と前記スカート部とを前方押出し密閉鍛造工法によって成形する際に、前記ピンボス部先端のノックアウト部および/または前記スカート部先端に余肉部を設けるとともに、この余肉部に主成形方向と反対方向に所定の背圧を、背圧ストロークの開始点を余肉部切断予定位置よりも上方に設定し、終点を体積が最大の前記切断品の余肉部先端以内に設定した条件で背圧発生手段により加え、
前記切断品の体積が規定値の中心値よりも大きい場合に、前記背圧ストローク範囲内で前記余肉部へメタルが過多分だけ流入し、前記切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の増分として吸収され、前記切断品の体積が少ない場合に、前記背圧ストローク範囲内で前記余肉部へのメタルの流入が少なくなり、前記切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の減分として吸収されるようにし、前記切断品の体積バラツキを前記余肉部への流れ込み量に置き換えて調整することで、前記内燃機関ピストンの寸法バラツキから前記切断品の体積バラツキの影響を排除し、前記天井部の肉厚公差を±0.15mmとした、
ことを特徴とする内燃機関ピストンの製造方法。

(2)補正後
内燃機関ピストンを製造する内燃機関ピストンの製造方法において、
寸法バラツキが公差±0.3mmであり、体積バラツキを有するアルミニウム合金鋳造棒の切断品を素材として、ヘッド面にバルブリセスおよび突出部を有する天井部と、この天井部のヘッド面と反対側に連なるピンボス部、スカート部と、前記ピンボス部の左右端と前記スカート部の左右端とを連結又は接続するリブとで構成されている内燃機関ピストンの前記ピンボス部と前記スカート部とを前方押出し密閉鍛造工法によって成形する際に、前記ピンボス部先端のノックアウト部および/または前記スカート部先端に余肉部を設けるとともに、この余肉部に主成形方向と反対方向に所定の背圧を、背圧ストロークの開始点を余肉部切断予定位置よりも上方に設定し、終点を体積が最大の前記切断品の余肉部先端以内に設定した条件で背圧発生手段により加え、
前記切断品の体積が規定値の中心値よりも大きい場合に、前記背圧ストローク範囲内で前記余肉部へメタルが過多分だけ流入し、前記切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の増分として吸収され、前記切断品の体積が少ない場合に、前記背圧ストローク範囲内で前記余肉部へのメタルの流入が少なくなり、前記切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の減分として吸収されるようにし、前記切断品の体積バラツキを前記余肉部への流れ込み量に置き換えて調整することで、前記内燃機関ピストンの寸法バラツキから前記切断品の体積バラツキの影響を排除し、前記天井部の肉厚公差を±0.15mmとした、
ことを特徴とする内燃機関ピストンの製造方法。

2 補正の適否
本件補正のうち特許請求の範囲の請求項1についてする補正は、素材としての切断品について「アルミニウム合金鋳造棒の」という限定を付加するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とすることが明らかであるので、さらに、補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「補正発明」という。)が特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるか否かについて検討する。

(1)補正発明
補正発明は、本件補正により補正された明細書及び願書に添付した図面の記載からみて、上記1(2)に示す特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりの「内燃機関ピストンの製造方法」であると認める。

(2)刊行物
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本件出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開2000-210752号公報(以下「刊行物1」という。)及び特開2003-251431号公報(以下「刊行物2」という。)の記載内容は、それぞれ以下のとおりである。

ア 刊行物1
刊行物1には「内燃機関用のピストン及びその製造方法」に関連して以下の事項が記載されている。

(ア)段落0001?0002
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、レシプロ型式のエンジン等の内燃機関に使用されるピストンの構成に関する。
【0002】
【従来の技術】例えば乗用車やオートバイのエンジンに使用されるピストンでは、鋳造により形成されているものが多くあるが、近年ではアルミ合金等を使用した鍛造により形成されたピストンが現れてきている。」

(イ)段落0006?0009
「【0006】[II]鍛造装置としては、油圧により金型を押圧する油圧プレス式、及びクランク機構等により金型を一定のストロークで押圧する機械プレス式がある。ピストンの鍛造を行う場合、鍛造前の素材の体積(厚み)にバラ付きが発生していることがある(例えば円柱状の素材を所定幅ずつに切断して、鍛造前の素材を円盤状に形成した場合、例えば鍛造前の素材の外径が100mmであれば、厚みに±0.25mm程度のバラ付きが発生し、鍛造前の素材の重量として±5g程度のバラ付きが発生することがある)。
【0007】従って、金型のスカート部に対応する部分を開放せずに閉じておくと、特に鍛造前の素材の体積(厚み)が所定値よりも大きなものになっていれば、金型の容積に対して素材が多すぎる状態となる。このような状態になると油圧プレス式の鍛造装置では、素材が非常に高い圧力になり、金型がピストン軸芯方向の所定位置まで移動できない状態になって、金型の耐久性の低下やピストンの精度低下に発展するおそれがある。機械プレス式の鍛造装置では、素材が非常に高い圧力になっても、金型がピストン軸芯方向の所定位置まで無理に移動させられようとする状態となって、鍛造装置自身や金型の耐久性の低下、及びピストンの精度低下に発展するおそれがある(例えば、金型が取り付けられているスライド部が下死点(所定位置)の付近で過負荷を受けて、スライド部を駆動するクランク、シャフト及び偏芯シャフト等が変形し、金型が下死点(所定位置)まで移動できないような状態の生じることがある)。
【0008】これに対して請求項1及び5の特徴によると、前項[I]に記載のように金型のスカート部に対応する部分においてピストン軸芯方向での端部が開放されているので、前述のように金型の容積に対して素材が多すぎる状態になって、素材が非常に高い圧力になろうとすれば、金型のスカート部に対応する部分に余分な素材が入り込むようになる。
【0009】これにより請求項1及び5の特徴によると、金型のスカート部に対応する部分に余分な素材が入り込むことにより、素材が非常に高い圧力になる状態を回避することができるので、油圧プレス式の鍛造装置において金型がピストン軸芯方向の所定位置まで移動できないと言う状態が未然に回避されるのであり、機械プレス式の鍛造装置において金型がピストン軸芯方向の所定位置まで無理に移動させられようとする状態が(所定位置まで移動できない状態)未然に回避される。」

(ウ)段落0020?0021
「【0020】このように金型のスカート部に対応する部分にも素材が不足なく流れ込むようになれば、鍛造前の素材の体積(厚み)が少し大きめであっても、余分な素材が金型のスカート部に対応する部分に入り込み、開放されたピストン軸芯方向での端部から余分な素材が出るような状態になる。従って、例えば金型のヘッド部に対応する部分に素材が多すぎると言う状態を避けて、ピストン軸芯方向に移動する金型が所定位置まで移動することができるのであり、ヘッド部の厚みのバラ付きを抑えることができる(例えば、ピストンの外径が100mmであれば、ヘッド部の厚みのバラ付きは±0.1mm以内となる)。
【0021】これにより、請求項9の特徴のように、鍛造後においてスカート部のピストン軸芯方向での端部を所定位置で切り落とすことによって、設計された形状のピストンを得ることができるのであり、ヘッド部の厚みのバラ付きが抑えられていることによって、ピストンの重量のバラ付きが抑えられる。・・・。」

(エ)段落0024?0025
「【0024】
【発明の実施の形態】図1(イ)(ロ)は、乗用車やオートバイ等の4サイクルのエンジンに使用されるピストンの本体1を示しており、後述するように本体1に機械加工が施されて、ピストンが得られるのであり、本体1はアルミ合金を材料として鍛造によって製作される。
【0025】次に、前述のようにして鍛造された本体1について説明する。図1(イ),2,4に示すようにヘッド部5の表側において、凹部状のバルブリセス6が4つ形成されており、図2の紙面右又は左側の一方の一対のバルブリセス6が吸気バルブ(図示せず)用で、他方の一対のバルブリセス6が排気バルブ(図示せず)用である。4つのバルブリセス6に亘る外周面部7が、ピストン軸芯方向に直交する平面に形成され、中央面部8が緩やかな凹面状に形成されており、中央面部8の中央に円錐状の凸部9が形成されている。」

(オ)段落0027
「【0027】図1(ロ),3,4に示すようにヘッド部5の裏側において、ヘッド部5の裏側の外周部から図4の紙面下方(ピストン軸芯方向)に延出される縦壁状のスカート部11が、180°位相が異なるように一対形成されており、ヘッド部5の表側の一対のバルブリセス6の間に対向するヘッド部5の裏側に、スカート部11が位置している(図1(イ)参照)。一対のスカート部11の間に少し大きめのブロック状のピンボス部12が形成され、スカート部11とピンボス部12とを接続するように縦壁状のリブ13が形成されている。」

(カ)段落0029?0031
「【0029】次に、本体1の鍛造について説明する。図6及び図7に示すように内面が円筒状のガイド部2に、本体1のヘッド部5の裏側(コンロッド側)を鍛造する第2金型4が固定され、本体1のヘッド部5の表側(シリンダヘッド側)を鍛造する第1金型3が、ガイド部2に沿って移動操作自在に支持されている。・・・。図1(イ)に示すヘッド部5のバルブリセス6に対応する4つの凸部3b、及びヘッド部5の凸部9に対応する1つの凹部3cが、第1金型3に形成されている。
【0030】図6及び図7に示すように第2金型4において、図1(ロ)に示すピンボス部12に対応する2つの凹部4a、リブ13に対応する4つの凹部4b、スカート部11に対応する2つの凹部4c、・・・が形成されており、第2金型4の凹部4aに押し出しロッド17がスライド操作自在に支持されている。第2金型4の凹部4a,4bは底部4e,4fを備えており、・・・。第2金型4の凹部4cは底部を備えておらず、図6の紙面右側に開放されており、第2金型4の凹部4cの端部にテーパー面4hが形成されて先細り状に構成されている。
【0031】以上の構成により、所定の板厚を持った円盤状のアルミ合金素材(図示せず)を第2金型4に置き、第1金型3を図6の紙面左側から紙面右方に移動操作することによって、ガイド部2、第1及び第2金型3,4により本体1を鍛造する。この場合、第1金型3の移動方向(鍛造方向)が、ピストン軸芯方向(エンジンのシリンダでピストンが往復移動する方向)に設定されている。」

(キ)段落0034
「【0034】これにより、図1(ロ)に示すように、ピンボス部12の端部12b及びリブ13の端部13bが、第2金型4の凹部4a,4bの底部4e,4fによって規制を受けた成形端に形成され・・・。スカート部11の端部11aは、第2金型4の凹部4cの規制を受けない自由端に形成される。」

(ク)段落0038
「【0038】[発明の実施の別形態]・・・。図6及び図7に示す第2金型4において、第2金型の凹部4cを完全に開放するのではなく、鍛造時に第2金型4の凹部4cの空気が、ある程度絞られた通路(絞り弁)(図示せず)を通って抜けるようにして、第2金型4の凹部4cから抜ける空気にある程度の抵抗を与えることにより、鍛造時に第2金型4の凹部4cにアルミ合金素材が入り込み過ぎ、テーパー面4hを越えて図6の紙面右方に入り込み過ぎると言う状態を防止するように構成してもよい。」

刊行物1記載の事項を技術常識を考慮しながら補正発明に照らして整理すると、刊行物1には以下の発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)が記載されていると認める。

「内燃機関ピストンを製造する内燃機関ピストンの製造方法において、
厚みに±0.25mm程度のバラ付きが発生し、重量として±5g程度のバラ付きが発生することがあるアルミ合金の円柱状の部材を所定幅ずつに切断した切断品を素材として、表側表面にバルブリセス6および凸部9を有するヘッド部5と、このヘッド部5の裏側に連なるピンボス部12、スカート部11と、前記ピンボス部12と前記スカート部11とを接続するリブ13とで構成されている内燃機関ピストンの前記ピンボス部12と前記スカート部11とを円筒状のガイド部2に沿ってピストン軸芯方向に移動する第1金型3とヘッド部5の裏側を鍛造する前記ガイド部2に固定された第2金型4とによって成形する際に、前記第2金型4の前記ピンボス部12に対応する凹部4aには底部4eを備える一方、前記第2金型4の前記スカート部11に対応する凹部4cには底部を備えずにピストン軸芯方向での端部を開放して、素材の厚みが所定値よりも大きい場合に前記凹部4cに余分な素材が入り込むようにするとともに素材が入り込み過ぎないように前記凹部4cから抜け出る空気に抵抗を与える絞り弁を設けて、ピストン軸芯方向に移動する第1金型3が所定位置まで移動することができるようにしてヘッド部5の厚みのバラ付きを±0.1mm以内とした、
内燃機関ピストンの製造方法。」

イ 刊行物2
刊行物2には、以下の事項が記載されている。

(ア)段落0001
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は薄肉のカップ形状を有するユニバーサルジョイントのヨークの製造方法に関し、更に、詳しくは、ヨーク製造方法及び上記製造方法に用いる鍛造用金型並びに上記金型で鍛造された素形材に関するものである。」

(イ)段落0004?0005
「【0004】図13では上ボルスターに支持された上金型2にはシャフトへ接続するカップ形状を、下ボルスター5上の下金型4は十字軸と接続するピンボス形状に各々形成する構成となっている。下金型4に向かって上金型2が下降し、アルミニウム素材6を挟み込み、上金型と下金型によって形成される空間より上下金型の形状を転写して成形するものである。下金型に投入されたアルミニウム素材は予備潤滑した予加熱していない素材である。図14に従来の冷間鍛造工法で用いられる金型構成図を鍛造成形完了する上金型2の下死点における状態を示している。鍛造品7の上金型側に形成されるカップ形状は上金型によって拘束されない自由端鍛造となっている。尚、3はストリッパーを示す。
【0005】従って、この工法により成形された鍛造品7は、図16(a)に示すように、カップ形状部41は自由端鍛造されるためピンボス部43へ素材がより多く塑性流動するためにピンボス部の反対側のカップ形状部41への素材塑性流動が少なくなり、余肉の耳の高さがそろわず後工程の機械加工で形状を整えることが必要となり、その結果、切削加工代が多く材料歩留まりが低下していた。」

(ウ)段落0021?0022
「【0021】本発明のユニバーサルジョイントのヨークの製造に用いる鍛造装置の構成の一例を図8をもとに説明する。鍛造装置は、鍛造機(221)と、上金型(103)と、下金型(105)とを含むものである。上金型103の上部には、背圧力発生手段の一例として空圧シリンダー(231)を内蔵している。・・・。
【0022】図8の鋳造装置の上金型103の一例を図4に示す。上金型103はカップ形状部の内側を形成するセンターパンチ(66)と、背圧力をかけながらカップ形状先端を形成するリングノック(67)と、背圧力を発生する手段としてガスクッション(74)と、センターパンチ66を支持する受圧板(70)と、センターパンチ(66)などを支え上ボルスター(1)に固定するパンチホルダー(69)などから構成されている。ガスクッション(74)は、例えば、空圧シリンダー圧力伝達軸(68)、空圧シリンダー(71)、空圧シリンダー気体封入部(72)から構成されるものを用いることができる。リングノック67は空圧シリンダー圧力伝達軸68を介して空圧シリンダー71から発生する背圧力を受けている。このため、リングノック67は、空圧シリンダー圧力より大きい力を受けることにより上金型とは相対的に後方に可動することができるようになっている。」

(エ)段落0032?0033
「【0032】図2に示すように下金型65内部に鍛造用素材6は投入される。図1に示すように上金型103が下降してくる。ここで、上金型の一部を構成するリングノック67が下金型65に先ず最初に嵌合し上金型と下金型の同軸の精度が確保される。
【0033】さらに上金型が下降して、素材は下金型と上金型により形成される閉塞した空間にはさみこまれる。成形の初期状態においては主にピンボス部形成への素材の塑性流動がおこり、上金型のリングノック67には空圧シリンダー71からの背圧力がかかっているためカップ形成部への素材の塑性流動は抑制される。この時、カップ状成形部の先端にリングノック67を介して単位面積当り0.5kg/mm^(2)以上の背圧力がかかっている。ピンボス成形部への素材の充満率が75%以上となった後、リングノックが後方に可動する。・・・。」

(オ)段落0038
「【0038】成型工程が進みピンボス成形部への素材の充満がほぼ完了した状態で、さらに上金型103は下降を続けると共に、上金型リングノック67にかかる空圧シリンダー71からの圧力より成形の圧力が大きくなるためにリングノックは上端まで後退し、図3に示したようにカップ成形部へもメタルが充満した状態となる。ガスクッションによる背圧力の場合、リングノック67後退が進むにつれて空圧シリンダー74からの背圧力は初期背圧力の120?220%にまで上昇し、この上昇分によりカップ成形部へのメタルの充満をしながら、ピンボス成形部の未充満部へのメタルの充満が行なわれ、成形が完了する。カップ形状部の成形とともにピンボス成形部の未充満部の充満を促進するので好ましい。成形終了時のカップ先端の背圧力が高いのでカップ先端高さのバラツキが小さくなり好ましい。」

刊行物2記載の事項を整理すると刊行物2には以下の事項(以下「刊行物2記載事項」という。)が記載されていると認める。

「カップ形状を有するユニバーサルジョイントのヨークの製造方法において、余肉部を有するカップ形状部を自由端鍛造することに代えて、上金型103をカップ形状部の内側を形成するセンターパンチ66と、このセンターパンチ66を取り囲んで移動可能に設けられ背圧力をかけながらカップ形状先端を形成するリングノック67と、背圧力を発生する手段としてガスクッション74等で構成し、前記センターパンチ66とリングノック67及び下金型65とで形成される密閉区間内でカップ形状部41を鍛造すること。」

(3)対比
補正発明と刊行物1記載の発明とを対比すると以下のとおりである。
刊行物1記載の発明の「アルミ合金の円柱状の部材」は、アルミニウム合金棒であるという限りで、補正発明の「アルミニウム合金鋳造棒」と共通している。
そして、刊行物1記載の発明において、アルミニウム合金棒の切断品である素材の「厚みに±0.25mm程度のバラ付きが発生」することは、素材の「寸法バラツキが所定の数値範囲」であるという限りで、補正発明において、素材の「寸法バラツキが公差±0.3mmである」ことと共通しており、また、刊行物1記載の発明において、素材に「重量として±5g程度のバラ付きが発生」することは、素材の体積バラツキに起因することが明らかである。
また、刊行物1記載の発明のピストンの「ヘッド部5」は、補正発明のピストンの「天井部」に相当することが明らかであり、以下同様に、「表側表面」は「ヘッド面」に、「凸部9」は「突出部」に、「ヘッド部5の裏側」は「天井部のヘッド面と反対側」に、「前記ピンボス部12と前記スカート部11とを接続するリブ13」は「前記ピンボス部の左右端と前記スカート部の左右端とを連結又は接続するリブ」に、それぞれ相当している。
また、刊行物1記載の発明において、ピンボス部12と前記スカート部11とを成形するに当たって、ピンボス部12と前記スカート部11とは、ピストン軸芯方向に移動する第1金型3によって同方向へ押出し鍛造されることからみて、「前方押出し鍛造工法によって成形」されているということができ、さらに、ピンボス部12については、第2金型4のピンボス部12に対応する凹部4aに底部4eが備えられていることからみて、「密閉鍛造工法によって成形」されているということができる。
そうしてみると、刊行物1記載の発明において、ピンボス部12とスカート部11とを「円筒状のガイド部2に沿ってピストン軸芯方向に移動する第1金型3とヘッド部5の裏側を鍛造する前記ガイド部2に固定された第2金型4とによって成形する」ことは、「ピンボス部とスカート部とを前方押出し鍛造工法によって、前記ピンボス部については前方押出し密閉鍛造工法によって成形する」という限りで、補正発明において、「ピンボス部とスカート部とを前方押出し密閉鍛造工法によって成形する」ことと共通している。
また、刊行物1記載の発明において、「第2金型4のスカート部11に対応する凹部4cには底部を備えずにピストン軸芯方向での端部を開放して、素材が入り込むようにする」ことは、スカート部先端に余肉部を設けることである。そして、刊行物1記載の発明において、「素材が入り込み過ぎないように凹部4cから抜け出る空気に抵抗を与え」ることは、前記余肉部に、主成形方向と反対方向に所定の背圧を加えることにほかならず、刊行物1記載の発明の前記空気に抵抗を与える「絞り弁」は、「背圧発生手段」ということができるものである。
さらに、刊行物1記載の発明において、「素材の厚みが所定値よりも大きい場合に凹部4cに余分な素材が入り込むようにする」ことは、素材である切断品の体積が規定値の中心値よりも大きい場合に、前記余肉部へメタルが過多分だけ流入し、前記切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の増分として吸収されることである。また、刊行物1には、素材の厚みが所定値よりも小さい場合、すなわち、切断品の体積が少ない場合については特段の記載がないが、その場合、余肉部へのメタルの流入が少なくなり、切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の減分として吸収されることは技術常識からみて明らかである。
そうしてみると、刊行物1記載の発明も、補正発明と同様に、「切断品の体積バラツキを余肉部への流れ込み量に置き換えて調整することで、内燃機関ピストンの寸法バラツキから切断品の体積バラツキの影響を排除」しているということができる。
また、刊行物1記載の発明において、「ヘッド部の厚みのバラ付きを±0.1mm以内」としたことは、「天井部の肉厚のバラツキを所定の数値範囲」としたという限りで、補正発明において、「天井部の肉厚公差を±0.15mm」としたことと共通している。

したがって、補正発明と刊行物1記載の発明とは以下の点で一致しているということができる。

[一致点]
内燃機関ピストンを製造する内燃機関ピストンの製造方法において、
寸法バラツキが所定の数値範囲であり、体積バラツキを有するアルミニウム合金棒の切断品を素材として、ヘッド面にバルブリセスおよび突出部を有する天井部と、この天井部のヘッド面と反対側に連なるピンボス部、スカート部と、前記ピンボス部の左右端と前記スカート部の左右端とを連結又は接続するリブとで構成されている内燃機関ピストンの前記ピンボス部と前記スカート部とを前方押出し鍛造工法によって、前記ピンボス部については前方押出し密閉鍛造工法によって成形する際に、前記スカート部先端に余肉部を設けるとともに、この余肉部に主成形方向と反対方向に所定の背圧を背圧発生手段により加え、
前記切断品の体積が規定値の中心値よりも大きい場合に、前記余肉部へメタルが過多分だけ流入し、前記切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の増分として吸収され、前記切断品の体積が少ない場合に、前記余肉部へのメタルの流入が少なくなり、前記切断品の体積バラツキが前記余肉部体積の減分として吸収されるようにし、前記切断品の体積バラツキを前記余肉部への流れ込み量に置き換えて調整することで、前記内燃機関ピストンの寸法バラツキから前記切断品の体積バラツキの影響を排除し、前記天井部の肉厚のバラツキを所定の数値範囲とした、
内燃機関ピストンの製造方法である点。

そして、補正発明と刊行物1記載の発明とは以下の5点で相違しているということができる。
ア 相違点1
素材の寸法バラツキが、補正発明では、公差±0.3mmであるのに対して、刊行物1記載の発明では、±0.25mm程度である点。
イ 相違点2
素材として切断されるアルミニウム合金棒が、補正発明では、アルミニウム合金鋳造棒であるのに対して、刊行物1記載の発明では、鋳造棒であるのかどうか明らかでない点。
ウ 相違点3
補正発明では、ピンボス部とスカート部とを前方押出し密閉鍛造工法によって成形しているのに対して、刊行物1記載の発明では、ピンボス部については前方押出し密閉鍛造工法によって成形しているものの、背圧を加える余肉部を有するスカート部については「密閉」鍛造工法ではない点。
エ 相違点4
補正発明では、「背圧ストロークの開始点を余肉部切断予定位置よりも上方に設定し、終点を体積が最大の切断品の余肉部先端以内に設定した条件で」背圧を加え、「背圧ストロークの範囲内で」余肉部へのメタルの流入がなされているのに対して、刊行物1記載の発明では、そのようになっていない点。
オ 相違点5
天井部の肉厚のバラツキに関して、補正発明では、天井部の肉厚公差を±0.15mmとしているのに対して、刊行物1記載の発明では、そのバラツキが±0.1mm以内となるようにしている点。

(4)相違点の検討
ア 相違点1について
補正発明と刊行物1記載の発明との素材の寸法バラツキはごくわずかな量にすぎず、また、素材の寸法バラツキをどの程度とするかは、必要に応じて適宜選定すればよい単なる設計的事項であることからみて、刊行物1記載の発明の±0.25mm程度よりも広範囲である公差±0.3mmとすることに格別の困難性は見当たらない。

イ 相違点2について
アルミニウム合金棒を鋳造によって形成することは、例えば、特開2004-114140号公報の段落0027、特開2004-143476号公報の請求項1にみられるごとく周知であり、アルミニウム合金棒を鋳造製とすることにも格別の困難性は見当たらない。

ウ 相違点3について
上記(2)のイで認定したように、刊行物2記載事項は、「カップ形状を有するユニバーサルジョイントのヨークの製造方法において、余肉部を有するカップ形状部を自由端鍛造することに代えて、上金型103をカップ形状部の内側を形成するセンターパンチ66と、このセンターパンチ66を取り囲んで移動可能に設けられ背圧力をかけながらカップ形状先端を形成するリングノック67と、背圧力を発生する手段としてガスクッション74等で構成し、前記センターパンチ66とリングノック67及び下金型65とで形成される密閉区間内でカップ形状部41を鍛造すること。」というものであり、これにより材料歩留まりの向上を図るものである。
材料歩留まりの向上は、刊行物1記載の発明でも望ましいことから、刊行物2記載事項を刊行物1記載の発明に適用して、第2金型4のスカート部11に対応する凹部4cの底部に背圧力をかけながら移動可能な部材を設けることによって、スカート部についても前方押出し密閉鍛造工法によって成形するように構成し、相違点3に係るものとすることに格別の困難性は見当たらない。

エ 相違点4について
上記(2)のア(ウ)に摘記したように刊行物1の段落【0021】には、鍛造後においてスカート部のピストン軸芯方向での端部を所定位置で切り落とすことが記載されており、背圧ストロークの開始点を余肉部切断予定位置よりも上方に設定することは、刊行物2記載の事項を刊行物1記載の発明に適用するに当たって、適宜なし得る単なる設計的事項にすぎない。
また、切断品鍛造後の余肉部先端位置は、鍛造前の切断品の体積に応じて一義的に決定される、すなわち、鍛造前の切断品の体積が大きければ余肉部先端位置は長くなり、前記体積が少なければ前記先端位置は短くなることを考慮すると、背圧ストロークの終点を体積が最大の切断品の余肉部先端以内に設定することに格別の困難性は見当たらない。
そして、背圧ストロークの開始点及び終点をこのように設定することによって、当然背圧ストロークの範囲内で余肉部へのメタルの流入がなされることになる。

オ 相違点5について
天井部の肉厚のバラツキをどの程度とするかは、必要に応じて適宜決定すればよい単なる設計的事項にすぎず、天井部の肉厚公差を刊行物1記載の発明の±0.1mm以内よりも広範囲である±0.15mmとすることに格別の困難性は見当たらない。

カ 補正発明の効果について
補正発明によってもたらされる効果も、刊行物1記載の発明、刊行物2記載の事項及び上記従来周知の事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではない。

キ したがって、補正発明は、刊行物1記載の発明、刊行物2記載の事項及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 むすび
よって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

4 補正案について
請求人は回答書で補正案を提示している。
補正案には法的根拠はないが、一応検討するに、補正案は、上記補正発明において、数値範囲をさらに特定するものである。
しかし、数値範囲は、実施にあたり当然特定が必要であって、しかもその範囲が格別とは認められないから、この点に困難性は認められない。

第3 本件出願の発明について
1 本件出願の発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本件出願の請求項に係る発明は、平成23年4月22日付け手続補正書により補正された明細書及び願書に添付した図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし請求項5に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、請求項1に係る発明(以下「本件出願の発明」という。)は、上記第2の1(1)に示す特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの「内燃機関ピストンの製造方法」である。

2 刊行物
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された刊行物及びその記載内容は、上記第2の2(2)に示したとおりである。

3 対比・検討
本件出願の発明は、上記第2の2で検討した補正発明から、素材としての切断品について「アルミニウム合金鋳造棒の」という限定を削除したものである。
そうすると、本件出願の発明を構成する事項の全てを含み、さらに他の限定を付加する補正発明が上記第2の2(4)キで示したとおり、刊行物1記載の発明、刊行物2記載の事項及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件出願の発明も同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
したがって、本件出願の発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件出願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきであるから、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-08-01 
結審通知日 2012-08-07 
審決日 2012-08-21 
出願番号 特願2005-348807(P2005-348807)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B21J)
P 1 8・ 575- Z (B21J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宇田川 辰郎  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 菅澤 洋二
長屋 陽二郎
発明の名称 内燃機関ピストンの製造方法  
代理人 福田 伸一  
代理人 福田 賢三  

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