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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1264107
審判番号 不服2009-15122  
総通号数 155 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-11-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-08-20 
確定日 2012-10-03 
事件の表示 特願2004-324021「鼻炎の処置のための医薬組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 6月 9日出願公開、特開2005-145963〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯

本願は,平成16年11月8日(パリ条約による優先権主張2003年11月13日、独,2003年12月2日,独)の出願であって、平成21年4月24日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成21年8月20日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

2 本願発明

本願請求項1に係る発明は、平成21年8月20付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載される事項により特定される、以下のとおりのものである。(以下「本願発明」という。)
「鼻炎の予防及び/または治療の局所的処置のための医薬組成物であって、前記医薬組成物が:
(a)局所的施与のために適しかつ粘膜への血管収縮作用及び/または腫脹減退作用を持つ、医薬組成物に基づいて0.001から1重量%の交感神経作用薬、ただし、前記交感神経作用薬はオキシメタゾリン塩酸塩である;
(b)医薬組成物に基づいて0.01から5重量%の酸性のグリコサミノグリカン、ただし、前記グリコサミノグリカンはヒアルロン酸のナトリウム塩である;及び
(c)医薬組成物に基づいて0.01から15重量%のデクスパンテノール;
を含むことを特徴とする医薬組成物。」

3 引用刊行物の記載の概要

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先権主張日前に頒布された、
「特開平9-176013号公報」(以下、「引用例1」という。)、「国際公開03/049747号」(以下、「引用例2」という。)には、各々、以下の記載がある。

「引用例1」
イ 「【請求項1】(a)局所的使用に好適である2-イミダゾリン構造を有する又はその生理的に許容しうる塩の交換神経作用薬;
(b1)パントテノール又はその誘導体、特にエステル;及び/又は
(b2)パントテン酸又はその生理的に許容しうる塩
を生理的濃度でかつ組合せて含有することを特徴とする急性鼻炎の局所的処置のための医薬製剤。
【請求項2】交換神経作用薬がオキシメタゾリン塩酸塩であることを特徴とする請求項1の医薬製剤。
【請求項3】交換神経作用薬がキシロメタゾリン塩酸塩であることを特徴とする請求項1の医薬製剤。
【請求項4】パントテノールがD(+)-パントテノール(デクスパンテノール)であることを特徴とする請求項1?3の何れか1項の医薬製剤。
【請求項5】交換神経作用薬(a)を、0.01?0.1重量%、好ましくは0.01?0.05重量%の量で含有することを特徴とする請求項1?4の何れか1項の医薬製剤。
【請求項6】成分(b1)及び/又は(2)を、0.2?10重量%、好ましくは0.2?5重量%の量で含有することを特徴とする請求項1?5の何れか1項の医薬製剤。」(特許請求の範囲 請求項1?6)

ロ 「急性鼻炎の処置のため利用しうる多数のα-交換神経作用薬がある、これらはそれらの血管収縮性のため、鼻に局所的投与後鼻粘膜の腫脹減退をもたらす。しかしながらこれらの物質を繰返し用いたとき、鼻粘膜の炎症性刺激を有する脱水症がしばしば見出されることがある。これは、脱水され、炎症を生じた状態で粘膜が、もはやそれらの保護及びフィルター機能を充分に維持できず、従って病原性微生物が露出された気道に達しうるので、感染の増大した危険を時々もたらす。」(段落0002)

ハ 「本発明は、既知の製剤の欠点、特に鼻粘膜の脱水症及び炎症性刺激を避ける急性鼻炎を処置するための医薬製剤を有効にする目的に基づいている。」(段落0003)

ニ 「抗炎症性効果及びデクスパンテノールによる感染に対する防御の向上は知られている・・・しかしながら、2-イミダゾリン構造を有するα-交換神経作用薬と組合せたパントテノール又はパントテン酸を含有する医薬製剤が、既知の単一製剤よりも急性鼻炎の処置のために非常に良好に適しているということ、そして相乗効果の結果として使用中に鼻粘膜の乾燥及び炎症性刺激を避けられることは予期できぬことであった。」(段落0006、7)

ホ 「更に本発明による製剤は、追加的に一種以上の他の薬理的に活性な物質も含有できる。特にパントテン酸作用を有する更に別の化合物を、遊離の形で及び/又は誘導体の形で含有することができる。」(段落0015)

ヘ 「オキシメタゾリン及びデクスパンテノールの組合せでの鼻炎の処置について
Dr W. Kehrl Hamburg - Eppendorf の大学病院のHNO診療所
オキシメタゾリンは、α-交換神経作用薬群に属する、これはそれらの血管収縮性のため、局所投与後、鼻炎の処置における鼻粘膜腫脹減退のため治療的に使用される。“リバンド効果”の結果として、オキシメタゾリンの反復使用後、鼻粘膜の炎症性刺激での薬物関連鼻炎が生じうる。その結果として、オキシメタゾリンの治療投与のための種々の可能性が大きく制限される。鼻粘膜にオキシメタゾリンと組合せてデクスパンテノールの局所投与をしたとき、臨床的顕性治候性応答が、比較的短い処置時間後でさえも記録されたことが驚いたことに見出された。
方法
鼻炎を有する10人の患者を、オキシメタゾリン鼻スプレー(0.05%)、及びデクスパンテノール-オキシメタゾリン鼻スプレー(5.0+0.05%)で両方処置した。鼻膨潤の症候での改良に基づいて、全ての患者においてオキシメタゾリンの血管収縮効果を示すことが明らかにできてきた。オキシメタゾリンから発生する刺激効果は、組合せの投与後は報告されず、そのことから患者の大なるコンプライアンスが生じたことを知ったことはきわだってかつ驚いたことであった。組合せでの処置後、鼻腫脹減退効果は、予期したものより臨床的に著しく明らかであることを証明した。これは、長く続けた組合せでの処置後の臨床効果及び同時に明らかに良好な作用が達成できたことで支持された。治療試験のこれらの結果から見て、単一物質での治療は、明らかに良好な臨床効果を有する組合せを用いて継続させるため3日?7日後通常終了させた。
結論
治療試験の結果、個々の活性化合物の程度を明らかに越えた鼻炎の処置における臨床的印象効果をもたらす血管収縮オキシメタゾリン及びデクスパンテノールの作用の相乗性を指摘する。」(段落0029?0032)

なお、引用例1中の「交換神経」は、「交感神経」の誤記と認められる。

「引用例2」(独文のため、翻訳文で示す。)
ト 「【請求項1】少なくともパンテノールおよび/またはパントテン酸、ならびにヒアルロン酸および/またはヒアルロン酸塩、ならびに必要に応じてさらなる薬学的な助剤を含む、薬学的組成物。
【請求項2】請求項1に記載の薬学的組成物であって、各場合において薬学的組成物の総重量に関して、ヒアルロン酸の量および/またはヒアルロン酸塩の量が約0.005重量%?約5重量%、好ましくは約0.01重量%?約1重量%であることを特徴とする、薬学的組成物。
(請求項3略)
【請求項4】請求項1?3のいずれかに記載の薬学的組成物であって、ヒアルロン酸塩がヒアルロン酸ナトリウムであることを特徴とする、薬学的組成物。
【請求項5】請求項1?4のいずれかに記載の薬学的組成物であって、薬学的組成物の総重量に関して、パンテノールおよび/またはパントテン酸の量が約0.5重量%?10重量%、好ましくは約2重量%?5重量%であることを特徴とする、薬学的組成物。
【請求項6】請求項1?5のいずれかに記載の薬学的組成物であって、パンテノールがデクスパンテノールの形態にあることを特徴とする、薬学的組成物。
(請求項7、8略)
【請求項9】眼科学的なおよび/または鼻科学的な機能障害の処置のための、請求項1?8のいずれかに記載の薬学的組成物の使用。
(請求項10、11略)
【請求項12】請求項9に記載の使用であって、鼻科学的な機能障害が、鼻粘膜の乾きの現象に関連されることを特徴とする、使用。
【請求項13】請求項9または請求項12に記載の使用であって、鼻科学的な機能障害が、慢性鼻炎、乾燥性鼻炎、およびそれらの複合型の形態からなる群より選択されることを特徴とする、使用。」(特許請求の範囲)

チ 「 薬学的組成物は特に、乾いた、乾燥した、または慢性的に乾燥した、鼻の粘膜の処置に十分に適切である。」(2頁38、39行)

リ 「鼻の粘膜は、例えば、空調管理の効いた空間または乗り物において、または例えば、冬に過熱された過度の乾燥空間および部屋において、乾きを被り得る。不自然に乾燥した環境において、鼻の粘膜は、吸入した空気を予め湿潤するその任務をもはや果たし得ない。次いで、鼻の粘膜は鼻かぜを被る場合のように腫れて閉じる。従って、分泌作用はもはや形成されないが、乾燥したかさぶたが形成され、これは容易に鼻の粘膜において、出血性の割れ目を生じる。鼻血がまたおそらく生じ得る。」(3頁1?8行)

ヌ 「鼻の粘膜の乾きはまた、例えば、作業場でのほこりによって、またはタバコの煙、ホルムアルデヒド、イオウ酸化物、窒素酸化物などのような汚染物質によって促進される。さらに、鼻の粘膜の乾きはまた、風邪またはアレルギーの間に鼻中隔の屈曲または粘膜の炎症に起因し得る。乾燥粘膜細胞は次々と死んでいく。さらに病原体が乾いた粘膜によって身体を通過し得る。極端な症例は、死んだ粘膜細胞がその下に軟骨組織をもはや十分に供給しないので、中隔に穴が形成され得る。」(3頁10?19行)

ル 「鼻の粘膜の乾きはまた、例えば、腫れを低減する風邪薬の継続した使用のような薬物治療上の影響にも起因し得る。」(3頁21?23行)

オ 「本発明に従う薬学的組成物は、二重効果を極めて有利に有する。一方では、ヒアルロン酸またはその塩が鼻の粘膜の乾きを中和する高い水結合能を有する。他方では、パンテノールおよび/またはパントテン酸は、例えば「鼻ほり」によるような、例えば形成されたかさぶたの機械的な除去に起因して、損傷がすでに鼻粘膜に対して生じていた場合、創傷のより速い治癒を提供する。」(3頁29?37行)

ワ 「従って、本発明に従う組成物は、環境因子によって引き起こされる、鼻の粘膜の乾きの場合において、およびまた病理学的に誘導される鼻粘膜の乾きに関して、使用される。」(4頁1?3行)

カ 「鼻の粘膜への水分の供給と粘膜の速い乾きの予防の同時作用、およびまた改善された創傷治癒効果は、粘膜の腫れの迅速な減少、減少されたそう痒、および「つまりのない鼻」を生じ、これを介して問題のヒトは再び呼吸し得る。」(4頁5?9行)

ヨ 「本発明に従う組成物は、鼻の粘膜の乾燥および/または乾きを伴なうヒトの場合において、速い治癒および問題の緩和を生じる。」(4頁11?13行)

タ 「本発明に従う薬学的組成物は、慢性鼻炎、乾燥性鼻炎、乾燥性前鼻炎、およびそれらの複合型の形態の処置において、特に有利に使用され得る。」(4頁15?17行)

レ 「最後に、用量に依存して、ヒアルロン酸は、酸素ラジカルによる細胞への障害に関して防御作用を示す。遊離酸素ラジカルは、創傷の治癒プロセスを遅延し、従って炎症状態において重要な役割を果たす。」(8頁20?22行)

ソ 「ヒアルロン酸またはヒアルロン酸塩の抗炎症性効果、およびヒアルロン酸またはヒアルロン酸塩によって与えられる、酸素ラジカルの有害な影響からの防御は、本発明に従う薬学的組成物中のパンテノールまたはパントテン酸の作用と、相乗的な関係において協同する。」(8頁24?28行)
ツ 「極めて有利なことに、デクスパンテノールは、水を結合する特性を有する。このことは、ヒアルロン酸および/またはヒアルロン酸塩の水を結合する特性を有利に補足する。さらに、ヒアルロン酸および/またはヒアルロン酸塩、ならびにパントテン酸および/またはパンテノール、特にデクスパンテノールの創傷治癒を促進する効果は、角膜上皮の上皮病変を処置するにおいて、これまでに理解されていない様式において互いに補足する。」(11頁12行?17行)

4 対比・判断

上記摘記事項イの請求項6に係る発明は、その発明特定事項について、同請求項において引用されている請求項1?5の記載を当てはめてみると、「(a)局所的使用に好適である交感神経作用薬であるオキシメタゾリン塩酸塩を0.01?0.1重量%;
(b1)D(+)-パントテノール(デクスパンテノール)を0.2?10重量%
の量で組み合わせて含有することを特徴とする急性鼻炎の局所的処置のための医薬製剤。」と表現することができ、また、上記医薬製剤の実施例として、オキシメタゾリン塩酸塩とデクスパンテノールとを含有する鼻スプレーや鼻軟膏が引用例1に記載されているから(段落0022?0032)、引用例1には、上記医薬製剤に係る発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認める。
本願発明と引用発明とを対比する。
本願発明と引用発明は、ともに、「交感神経作用薬であるオキシメタゾリン塩酸塩とデクスパンテノールを含むことを特徴とする局所的処置のための医薬組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点
(1)本願発明においては、鼻炎の予防及び/または治療の局所的処置のための医薬組成物とされているのに対して、引用発明においては、急性鼻炎の局所的処置のための医薬組成物とされている点
(2)本願発明においては、ヒアルロン酸のナトリウム塩を、医薬組成物に基づいて0.01から5重量%含むとされているのに対して、引用発明においては、記載がない点
(3)本願発明においては、オキシメタゾリン塩酸塩、デクスパンテノールを、医薬組成物に基づいて、各々、0.001から1重量%、0.01から15重量%含むとされているのに対して、引用発明においては、各々、0.01?0.1重量%、0.2?10重量%含むとされている点
で相違する。

そこで、上記相違点(1)?(3)、並びに、本願発明の効果について、以下検討する。
4-1 相違点(1)について
本願明細書には、「本発明は全ての形式の鼻炎、特に急性鼻炎並びに慢性鼻炎の予防及び/または治療の局所的処置のための前記医薬組成物の使用に関する。」(段落0001)と記載されており、その記載によれば、本願発明における「鼻炎」は、「急性鼻炎」を含むものであるから、本願発明と引用発明とはともに急性鼻炎を処置対象としているものでありこの点において両発明に異なるところはない。
また、引用発明が、急性鼻炎を「予防する、あるいは治療するためのものである」との明示的な記載は、引用例1にはなされていない。しかし、引用発明は、交感神経作用薬であるオキシメタゾリンが有する粘膜への血管収縮作用または腫脹減退作用を期待して、その塩酸塩であるオキシメタゾリン塩酸塩を含有する医薬組成物を局所的に投与することにより急性鼻炎を処置するものであるから(摘記事項ヘ)、当然に、急性鼻炎を予防及び/または治療するために局所的処置されているものと認められ、「予防及び/または治療の局所的処置」である点においても両発明に違いははない。
よって、相違点(1)は実質的な相違点ではない。

4-2 相違点(2)(3)について
・医薬組成物へのヒアルロン酸のナトリウム塩の添加について
上記摘記事項ロ、への記載によれば、従来、オキシメタゾリンは、交感神経作用薬の有する血管収縮性のため、局所投与後、鼻粘膜腫脹減退作用を有し、急性鼻炎の治療に用いられていたものの、反復使用によって、鼻粘膜の炎症性刺激を有する脱水症がしばしば見いだされ、それら炎症性刺激に基づく薬物関連鼻炎が生じる結果、その投与が制限されていたことが理解できる。そして、引用例1に記載される発明は、そのような鼻粘膜の脱水症及び炎症性刺激を避ける急性鼻炎を処置するための医薬製剤を提供する目的でなされたものであるとされており(摘記事項ハ)、オキシメタゾリンを、パントテン酸作用を有する化合物、たとえばデクスパンテノールと組み合わせて投与すると、オキシメタゾリンから発生する刺激効果が見られず、予期した以上に著しく明らかな鼻腫脹減退効果が見られたとされている(摘記事項ヘ)。オキシメタゾリンの反復使用による鼻粘膜の症状について、引用例1においては、脱水症と表現されているが、この症状は、本願発明において、乾燥と表現されているのと同じ症状であり、鼻粘膜の乾燥として表現しうるものであると認められる。
ところで、引用例2には、乾燥性鼻炎等の乾燥した鼻粘膜の処置に、パンテノールおよび/またはパントテン酸、ならびにヒアルロン酸および/またはヒアルロン酸塩、ならびに必要に応じてさらなる薬学的な助剤を含む、薬学的組成物が有効であることが記載されている(摘記事項ト、チ)。そして、薬学的組成物の構成成分であるパンテノールとして、デクスパンテノールを、その総重量に関して0.5?10重量%、また、ヒアルロン酸塩として、ヒアルロン酸ナトリウムを、同0.005?5重量%含有させうることも記載されている(摘記事項ト)。
ここで、鼻の粘膜の乾きには、乾燥空間によって引き起こされるもののみならず、薬物治療に起因するものが含まれるとされており(摘記事項リ?ル)、引用例2記載の薬学的組成物には、薬物治療によって引き起こされる鼻粘膜の乾きを処置するために使用される場合もあることが認められる。
そして、引用例2には、パンテノールおよび/またはパントテン酸と、ヒアルロン酸および/またはヒアルロン酸塩とを含む薬学的組成物について、ヒアルロン酸またはその塩は鼻の粘膜の乾きを中和する高い水結合能を有し、パンテノールまたはパントテン酸は、鼻粘膜に生じた創傷のより速い治癒をもたらすこと(摘記事項オ)や、デクスパンテノールが有する水を結合する特性は、ヒアルロン酸またはヒアルロン酸塩が有する水を結合する特性を有利に補足するものであること(摘記事項ツ)が記載されており、これらの記載に接した当業者であれば、引用例2の請求項6に係る発明において、ヒアルロン酸塩の一種であるヒアルロン酸のナトリウム塩と、パンテノールの一種であるデクスパンテノールとの併用が、鼻の乾燥粘膜の処置において有利な効果をもたらすことを理解できるものと認められる。また、引用例1には、同引用例記載の製剤に追加的に一種以上の他の薬理的に活性な物質も含有できるとされており(摘記事項ホ)、引用発明に他の成分を配合することを排除しているものとは認められない。
そうすると、その使用において、鼻粘膜の脱水症、すなわち乾燥状態が引き起こされることが知られるオキシメタゾリン塩酸塩を薬物治療に用いるに際して、鼻粘膜の乾燥のより一層の回避を可能ならしめることを期待して、引用発明において用いられているデクスパンテノールに代えて、薬物治療によって引き起こされる乾燥した鼻粘膜の処置に有利に用いられるとされている、引用例2記載のデクスパンテノールとヒアルロン酸のナトリウム塩とを含む薬学的組成物を用いてみることは、当業者が容易になしうるものと認める。

・各成分の医薬組成物に対する配合割合について
本願発明を構成する各成分の医薬組成物に対する配合割合は、オキシメタゾリン塩酸塩、デクスパンテノールにあっては、各々、0.001から1重量%、0.01から15重量%であり、引用発明において規定される値である0.01?0.1重量%、0.2?10重量%を包含しており、実質的に同一である。そして、ヒアルロン酸のナトリウム塩の配合割合についてもみても、デクスパンテノールを約0.5重量%?10重量%含有するとされている引用例2には、約0.005重量%?約5重量%含有すると規定されているから、当業者が、引用例2に記載されているような従来使用されている含有割合の値を目安にして、鼻の粘膜の乾燥状態に対する医薬組成物の治療効果を考慮して適宜設定しうる程度の事項にすぎないものと認める。なお、仮に、引用発明中のデクスパンテノールに対して、引用例2の薬学的組成物におけるデクスパンテノールに対するのと同じ割合でヒアルロン酸のナトリウム塩を配合する場合には、ヒアルロン酸のナトリウム塩は、0.002?5重量%と換算され、この値もまた本願発明におけるヒアルロン酸のナトリウム塩の配合割合である0.01から5重量%と一部重複することとなる。

4-3 本願発明の効果について
本願明細書に記載の本願発明の効果も、引用例1、2の記載、及びヒアルロン酸が強い保水性を有する物質として点鼻剤において広く用いられる物質であるという、当業界における技術常識(特開平2-32013号公報、特開平5-320055号公報(これらはいずれも前置審査において指摘した文献である)から当業者が容易に予測し得たものにすぎないのであって、結局、本願発明が、当業者の予測を超えて格別の効果を奏し得たものと認めることはできない。

なお、審判請求人は、引用文献2(審決注:本審決の引用例1に同じ)はそれ自体で完成した発明概念を開示しているものであり、特異的な生理学的効果を示す追加の成分を引用文献2の医薬組成物に添加することは禁止されていると考えるべきであるし(平成23年8月3日付け回答書 P4 下から3行?最下行)、薬学的に活性な物質が添加される場合について、パントテン酸活性を有する化合物について言及しているにすぎず、全く異なる薬学的に活性な物質を医薬組成物に添加することをなんら教示しない(同回答書 P6 18?22行)とする。また、引用文献3(審決注:本審決の引用例2に同じ)は、ドライアイの治療に関するものであり、交感神経作用薬の使用は開示されていないばかりか、むしろ組織の乾燥を促進する交感神経作用薬はドライアイの治療に逆効果となるから、デクスパンテノールとヒアルロン酸ナトリウムとを含有する薬学的組成物に血管収縮作用や腫脹減退作用を持つ交換神経作用薬を加えることを禁止するものであるとして(同回答書 P3 13?23行)、結局、いずれの引用例にも本願発明の(a)?(c)の三成分の組合せ使用は開示されていない、と主張する。そして、三成分組成物に係る本願発明が、二成分組成物や一成分組成物と比較して、鼻炎及び炎症が一層迅速に減少されており、相乗効果を示すことは、本願明細書の薬理試験結果に関する記載(段落0040?0043)から明らかであるし(同回答書 P7 18?26行)、また、ヒアルロン酸とデクスパンテノールの組合せ使用がα-交感神経作用薬キシロメタゾンの副作用低減において顕著な相乗作用を示すことも平成21年8月20日付け審判請求書に添付したSonnemann博士の宣誓書の項目5に記載されている(同審判請求書 P13 28行?P14 4行)、と主張する。
しかし、引用例1には、前記したとおり、他の薬理学的に活性な物質も含有できることが記載されており(摘記事項ホ)、単に、他の成分の例として本願明細書に記載される化合物がパントテン酸の作用を有する化合物のみであることをもって、それ以外の成分は配合し得ないとか、添加することが禁止されていると結論付けうるものではない。また、引用例2には、ドライアイの治療に関する発明のみならず、鼻粘膜の乾燥の治療に関する発明が記載されている(摘記事項ト?タ)。引用例2記載の薬学的組成物は、薬物治療によって引き起こされる鼻粘膜の乾燥にも適用しうるものと認められることはすでに4-2に記載したとおりであり、そのような場合の鼻粘膜の乾燥は、治療に用いられた薬物によって引き起こされた病態であって、薬物治療を前提とするものである。これに対して、ドライアイの治療に関する審判請求人の上記主張は、薬物治療に起因するものではない乾燥病態の治療において、組織の乾燥を促進する交感神経作用薬はドライアイの治療に逆効果となるから配合しえないと主張するにすぎず、薬物治療によりもたらされる乾燥病態についての主張ではないから上記判断をなんら左右しない。そして、その効果についても、三成分組成物に係る本願発明が、鼻炎及び炎症が一層迅速に減少される点で、二成分組成物や一成分組成物と比較して優れているというが、引用例2には、同引用例記載の薬学的組成物の使用により、「粘膜の腫れの迅速な減少」、「速い治癒および問題の緩和」(摘記事項カ、ヨ)を達成しうることが記載されており、本願発明によって奏される効果と同種の効果がデクスパンテノールとヒアルロン酸ナトリウムとを含む組成物によってなし得ることが理解できるから、本願発明が当業者が予測しえない効果を奏し得たものと認めることはできない。また、前記Sonnemann博士の宣誓書の項目5に記載される試験結果は、有効成分として本願発明とは異なるキシロメタゾリン塩酸塩を含有する組成物についてのものであって、その試験結果をもって本願発明の相乗効果を論ずることはできないし、仮に、審判請求人が主張するように、キシロメタゾリン塩酸塩がオキシメタゾリン塩酸塩と等価であり、相互に直接匹敵するものであるとしても、同試験結果は、本願発明の鼻粘膜の症状、炎症刺激に対する治療作用が、二成分組成物や一成分組成物のそれと比べて優れていることを示すものの、引用例1に、オキシメタゾリンとデクスパンテノールとの組み合わせ処置による鼻腫脹減退効果は予期したものより顕著であった旨が記載されており(摘記事項ヘ)、二成分組成物が一成分組成物より効果が優れていることは当業者が予測しうるし、また、引用例2の記載から、デクスパンテノールとヒアルロン酸ナトリウムとは、抗炎症性効果において相乗的に協同すると認められるから(摘記事項レ、ソ)、本願発明が当業者の予測を超える効果を示す旨の審判請求人の主張は失当である。

なお,審判請求人は,平成23年8月3日付け回答書において、医薬組成物を、交感神経作用薬の施与によって生ずる炎症を伴う鼻粘膜の乾燥を阻止するためのものとする旨の補正案を提示している。しかし、そもそも、当該補正の申し出は、特許法に規定される補正ができる期間が過ぎたのちになされたものであって本来許されないものである。また、上記したように、オキシメタゾリン塩酸塩の投与によって、炎症を伴う鼻粘膜の乾燥が引き起こされることは、本願優先権主張日前にすでに当業者に周知の事項であることから、仮に、審判請求人が提示している補正案どおりに補正されたとしても、そのことによって本願発明が進歩性のある発明とされるものでもない。

5 むすび

以上のとおり、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明、並びに本願優先権主張日前の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-03-22 
結審通知日 2012-03-23 
審決日 2012-05-23 
出願番号 特願2004-324021(P2004-324021)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大久保 元浩  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 穴吹 智子
上條 のぶよ
発明の名称 鼻炎の処置のための医薬組成物  
代理人 風早 信昭  
代理人 浅野 典子  

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