• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
管理番号 1264140
審判番号 不服2008-31153  
総通号数 155 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-11-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-12-09 
確定日 2012-10-05 
事件の表示 平成11年特許願第103270号「ファーネスカーボンブラック、該カーボンブラックの製造法および該カーボンブラックを含有するタイヤ」拒絶査定不服審判事件〔平成11年12月7日出願公開、特開平11-335585〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は1999年4月9日〔パリ条約による優先権主張外国庁受理1998年4月9日(DE)ドイツ、1998年9月2日(DE)ドイツ、及び1998年9月25日(US)米国〕を国際出願日とする出願であって、
平成20年5月12日付けの拒絶理由通知に対し、平成20年8月20日付けで意見書の提出がなされ、
平成20年9月8日付けの拒絶査定に対し、平成20年12月9日付けで審判請求がなされ、
平成23年11月9日付けの当審による拒絶理由通知に対し、平成24年4月11日付けで意見書とともに誤訳訂正書の提出がなされたものである。

2.本願発明
本願請求項1?4に係る発明は、平成24年4月11日付けの誤訳訂正により補正された明細書(以下、当該補正後の明細書を「本願明細書」という。)及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。
そして、本願請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「CTAB値20?190m^(2)/gおよび24M4-DBP吸収量40?140ml/100gを有し、かつ次の組成:

を有するSSBR/BRゴムコンパウンド中に配合される場合に、関係式
tanδ_(0)/tanδ_(60) > 2.76-6.7×10^(-3)×CTAB
を満足するtanδ_(0)/tanδ_(60)比を有し、その際、tanδ_(60)の値は同一のCTAB表面積および24M4-DBP吸収量を有するASTMカーボンブラックの値より常に低いファーネスカーボンブラックにおいて、
粒度分布曲線が400000nm^(3)未満の絶対勾配を有し、この絶対勾配ASは、カーボンブラックの測定された凝集体の粒度分布から、次式:
【数1】

ことを特徴とする、ファーネスカーボンブラック。」

3.審判合議体による拒絶の理由
平成23年11月9日付けの当審による拒絶理由通知書(以下、「先の拒絶理由通知書」という。)に示した拒絶の理由は、
『理由1:この出願の請求項1?4に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
理由2:この出願の請求項1?4に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?4に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
理由3:この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1?2号の規定に適合するものではなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。
理由4:この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。』
という理由1?4からなるものである。

4.理由3?4について
(1)記載不備に関する指摘事項について
先の拒絶理由通知書に示した拒絶の理由においては、
その「1.(1)」の不備として、『(1)本願請求項1に記載された…「同一のCTAB表面積および24M4-DBP吸収量を有するASTMカーボンブラック」という発明特定事項について、例えば、本願明細書の段落0084の「第5表」及び添付図面の「図2」に示されたC7?C9の「N220」というASTMカーボンブラックの各々は、C7のtanδ_(60)が0.284であり、C9のtanδ_(60)が0.296であるなど、同じ「N220」というASTMカーボンブラックであったとしても、その「tanδ_(60)」というパラメータの値に変動が生じており、…本願請求項1に記載された各種のパラメータの値に変動が生じ得ることから、上記…「同一のCTAB表面積および24M4-DBP吸収量を有するASTMカーボンブラック」という発明特定事項を含む本願請求項1の記載は、特許を受けようとする発明を明確に規定し得ているものではない。したがって、本願請求項1及びその従属項の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではない。』という不備、
その「1.(2)」の不備として、『(2)…本願明細書の発明の詳細な説明において、本願発明の具体例とされるB2、B4、B6及びB7の各々について、B2については、本願明細書の段落0063の【表2】の「第2表 例1(比較カーボンブラック)および例2のカーボンブラックの製造のための反応器パラメータ」の「反応器パラメータ」の項目において、その「急冷位置」及び「反応器出口での温度」の欄が非開示になっており、B4、B6及びB7の各々については、当該「急冷位置」及び「反応器出口での温度」の項目を含む全ての「反応器パラメータ」の内容が非開示になっていることから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても、本願請求項1?4に記載された発明の「ファーネスカーボンブラック」が、具体的にどのような手法を用いて製造されたのか、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分な記載がなされているとは認められない。…したがって、…本願明細書の発明の詳細な説明は、本願請求項1?4に係る発明について実施可能要件を満たし得る程度の記載がなされていないことから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。』という不備、
その「1.(3)」の不備として、『(3e)第五に、本願明細書の段落0063の【表2】に記載された「例1」の具体例における「燃焼空気」ないし「反応器出口での温度」などの「反応器パラメータ」については、下記刊行物1(原査定の引用例1に同じ。)の「例3」の具体例の「反応器パラメータ」と同一である(摘記1c)にもかかわらず、刊行物1の「B3」のもの(及び本願明細書に添付された【図2】の「B1」のもの)のCTABは「114.5m^(2)/g」となっているのに対して(摘記1d及び1f)、本願明細書の段落0084の【表8】の「第5表」における「E1」は「112.7m^(2)/g」となっているので、本願明細書の発明の詳細な説明は、技術的に著しく意味不明な記載となっており、本願明細書に記載された「反応器パラメータ」等の開示によっては、本願請求項1に記載される特定の「関係式」及び「絶対勾配」の特殊パラメータを満たし得る「ファーネスカーボンブラック」を当業者が実施可能な程度に再現し得ないものと認められる。したがって、…本願明細書の発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願請求項1?4に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものではないという点において、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。』という不備、及び、
その「1.(5)」の不備として、『(5)…就中、本願請求項1に記載された「400000nm^(3)未満の絶対勾配」というパラメータの数値範囲については、歪度が「負」である場合のものの全てをも含んでおり、一般的なカーボンブラックの従来品の「絶対勾配」の数値範囲が10万nm^(3)未満であることをも顧慮するに、本願請求項1の「絶対勾配AS」の数値範囲として、10万nm^(3)以上40万nm^(3)未満という非常に大きな値、並びに「負」の数値範囲の全てを含む本願請求項1?4に係る発明の全てが、本願明細書の段落0030に記載された「高負荷下での減少した摩耗性」という課題を解決し得るとは認められない。また、本願優先権主張日前の技術水準(必要ならば、…特開平2-182738号公報の第2頁左下欄の「24M4DBP吸油量は…85ml/100g未満では耐摩耗性が低くなり」との記載を参照されたい。)からみて、本願請求項1に記載されたCTAB値及び24M4-DBP吸収量の数値範囲の下限値は、上記「高負荷下での減少した摩耗性」という課題に照らして、著しく低い数値範囲にあるものといわざるを得ない。このため、本願明細書の発明の詳細な説明の具体例を含む全ての記載、及び本願優先権主張日前の技術水準における技術常識を参酌しても、本願請求項1?4に係る発明を、本願請求項1?4に記載された全ての範囲にまで、一般化することができない。したがって、本願請求項1?4の記載は、本願明細書の発明の詳細な説明に発明として実質的に記載していない範囲についてまで特許を請求しようとするものであるから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。』という不備が指摘されている。

(2)本願発明の明確性要件について
上記「1.(1)」の不備の指摘に対して、審判請求人は、平成24年4月11日付けの意見書において、『N220カーボンブラックがそのようにごく僅かな偏差を示すことは、発明特定事項を不明確にするものではなく、本願明細書が実際の実験結果に基づいており、かつ理論的なものに基づいていないことをはっきりと示しているに過ぎません。…したがって、当業者は、「tanδ_(60)の値は同一のCTAB表面積および24M4-DBP吸収量を有するASTMカーボンブラックの値より常に低い」という特定事項が一義的に、これらの標準カーボンブラックに対する特徴的なパラメータであることを当業者はじかに理解できます。』との釈明をしている。
しかしながら、「同一のCTAB表面積および24M4-DBP吸収量を有するASTMカーボンブラック」の「tanδ_(60)の値」が変動するということは、本願発明の特殊パラメータを一義的に定義し得ないことに他ならないから、本願発明の技術的な範囲を明確に認定することはできない。
してみると、本願請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではない。
したがって、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないから、先の拒絶理由通知書の「理由3」に示した拒絶の理由を解消し得ない。

(3)本願発明の実施可能要件について
上記「1.(2)」及び「1.(3)」の不備の指摘に対して、審判請求人は、平成24年4月11日付けの意見書において、『当業者は、まさに例E1と例B2との比較から、本願発明に到達するためにしなければならないことについての明確な教示が得られます。特に、目標とするパラメータ、すなわち分布曲線の絶対勾配は一義的に定義されており、当業者に測定可能であり、本願明細書も請求項自体も、所望の結果に到達するためにどのプロセスパラメータを変えなければならないかについての明らかな定義を含んでいます。…したがって、絶対勾配が100000?400000nm^(3)の数値範囲にあるカーボンブラックが過度の試行錯誤をしなければ発明を実施できないとのご指摘は、反転カーボンブラックには当てはまらないことは明らかです。…(3e)段落0063に記載の例1の反応器パラメータと、刊行物1の例3の具体例の反応器パラメータが同一であるにもかかわらず、CTABが著しく異なることが指摘されました。しかし、この違いは、カーボンブラックを製造する際に通常生じるプロセス変動に過ぎません。』との釈明をしている。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の実施例に相当するカーボンブラックを得るための「反応器出口での温度」などのプロセスパラメータが非開示になっており、本願明細書の比較例に相当する「E1(訂正前の例1)」と刊行物1の実施例に相当する「例3(第5表のB3)」の具体例は、開示された10個の反応器パラメータが完全に同一であるにも関わらず、そのCTAB値、24M4-DBP吸収量、tanδ_(0)/tanδ_(60)比などのパラメータが相互に異なっている。
してみると、上記意見書の『所望の結果に到達するためにどのプロセスパラメータを変えなければならないかについての明らかな定義を含んでいます。』との釈明は妥当ではない。
そして、本願明細書の「E1」と刊行物1の「例3」のカーボンブラックが、相互に異なるCTAB値等のパラメータを具備するに至った原因は、本願明細書の段落0063の表2(刊行物1の段落0048の表2)に開示された10種の反応器パラメータ以外の未開示の条件ないしパラメータが異なっていることに起因している可能性が否定できないところ、このような『未開示の条件ないしパラメータ』を根拠として、本願明細書の「E1」のカーボンブラックは、本願明細書の段落0098に示される「439649nm^(3)」又は「438794nm^(3)」という、従来品のカーボンブラック(本願明細書の段落0037の「標準のASTMカーボンブラックの絶対勾配は100000nm^(3)未満」との記載を参照。)に比べて非常に大きな値の絶対勾配ASを具備するに至ったものと推認される。
かくして、本願明細書の発明の詳細な説明には、当該『本願明細書の段落0063の表2(刊行物1の段落0048の表2)に開示された10種の反応器パラメータ以外の未開示の条件ないしパラメータ』が明らかにされていないので、刊行物1の「例3」とは異なるパラメータを有するとともに従来品のカーボンブラックに比べて非常に大きな値の絶対勾配ASを有する本願発明の比較例に相当する「E1」のカーボンブラックをどのように製造し得るのか不明であり、ましてや、本願明細書の段落0098?0099の第6表及び第6表の補遺に示された本願発明の実施例に相当するB2、B4、B6及びB7のカーボンブラックをどのように製造し得るのかは不明である。
してみると、上記意見書の『絶対勾配が100000?400000nm^(3)の数値範囲にあるカーボンブラックが過度の試行錯誤をしなければ発明を実施できないとのご指摘は、反転カーボンブラックには当てはまらないことは明らかです。』との釈明は妥当ではない。
ひっきょう、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願発明の特殊パラメータを満たすカーボンブラックを得るための「反応器出口での温度」を含む各種のプロセスパラメータ等についての開示に不備があり、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められない。
したがって、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから、先の拒絶理由通知書の「理由4」に示した拒絶の理由を解消し得ない。

(4)本願発明のサポート要件について
上記「1.(5)」の不備の指摘に対して、審判請求人は、平成24年4月11日付けの意見書において、『本願発明の課題は、匹敵するCTAB値及び24M4-DBP値の場合にできるだけ高いtanδ_(0)/tanδ_(60)の比を有し、かつ同時に耐摩耗性の改善をもたらすカーボンブラックを提供することです。刊行物1から公知である反転カーボンブラックは、刊行物1自体から明らかであるように、特に標準ASTMカーボンブラックに比べて、確かに相対的に高いtanδ_(0)/tanδ_(60)の比を有していますが、しかし、本願請求項1に記載の範囲を上回る分布曲線の絶対勾配を有しています。本願明細書の特に第6表には、全ての標準ASTMカーボンブラックが、極めて低い絶対勾配を有し、これらの値は本願発明による例もはるかに低いのに対し、例1(補正後の例E1)の反転カーボンブラックあるいはB3及びB5(補正後のE3及びE5)は、本願請求項1に記載の上限を明らかに上回る絶対勾配を有することを示しています。したがって、本願明細書におけるこれらの実験データは、本願発明によるカーボンブラック並びに標準ASTMカーボンブラック及び刊行物1に記載のカーボンブラックの相違を示すのに十分であるものと考えます。』との釈明をしている。
しかしながら、本願明細書の段落0084?0085の第5表及び第5表の補遺に示されたカーボンブラックの具体例は、CTAB値が84.7?140.5m^(2)/gで、24M4-DBP吸収量が81.7?111.6ml/100gである場合のものに限られており、上記「1.(5)」の『特開平2-182738号公報の第2頁左下欄の「24M4DBP吸油量は…85ml/100g未満では耐摩耗性が低くなり」との記載…からみて、本願請求項1に記載されたCTAB値及び24M4-DBP吸収量の数値範囲の下限値は、上記「高負荷下での減少した摩耗性」という課題に照らして、著しく低い数値範囲にあるものといわざるを得ない。』との指摘に対して特段の釈明がなされていないところ、本願発明のCTAB値及び24M4-DBP吸収量の下限値近傍においては、十分な耐摩耗性の改善が与えられないことが本願出願時の技術常識になっていたものと認められるから、このような著しく低い数値範囲の下限値までをも含む本願発明が、上記「匹敵するCTAB値及び24M4-DBP値の場合にできるだけ高いtanδ_(0)/tanδ_(60)の比を有し、かつ同時に耐摩耗性の改善をもたらすカーボンブラックを提供すること」という本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識を統合しても、本願請求項1に記載されている事項により特定されるもの全てが、本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないから、本願請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
したがって、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないから、先の拒絶理由通知書の「理由3」に示した拒絶の理由を解消し得ない。

5.理由1?2について
(1)引用刊行物及びその記載事項
ア.刊行物1
先の拒絶理由通知書において「刊行物1」として引用された「特開平9-12921号公報」には、次の記載がある。

摘記1a:請求項1
「CTAB値80?180m^(2)/gおよび24M4-DBP吸収率80?140ml/100gを有するファーネスカーボンブラックにおいて、SSBR/BRゴムコンパウンドに配合した際のtanδ_(0)/tanδ_(60)比が方程式:
tanδ_(0)/tanδ_(60)>2.76?6.7×10^(-3)×CTAB
で示されかつtanδ_(60)値が同じCTAB表面積および24M4-DBP吸収率を有するASTMカーボンブラックの値よりも常に小さいこと特徴とするファーネスカーボンブラック。」

摘記1b(先の拒絶理由通知書の摘記1c):段落0048の第2表




摘記1c:段落0050の第3表




摘記1d:段落0066の第5表




摘記1e:第11頁の図1




イ.刊行物2
先の拒絶理由通知書において「刊行物2」として引用された「特開平6-228372号公報」には、次の記載がある。

摘記2a:段落0008?0009
「ΔD50/Dstは、凝集体分布のバラツキがシャープかブロードかを示す値である。一般に、ΔD50/Dstの値が小さい程、カーボンブラックの均一性が高まり、補強効果が増大する。AR(非対称成分率)(%)は、DCFカーブにおけるストークスモード径より小さい側のカーブと対称のカーブをストークスモード径を中心として大きい側に描いた時(図1の破線曲線)、そこから外れる、すなわち非対称となる部分(図1の斜線部分)のDCFカーブ全体に対する比率(%)である。…
各特性値は、図1に示すアグリゲート分布曲線より求めた。図1に示されるように、ARは1/2ピーク値より下部の大アグリゲート径に裾を引いた部分を中心に評価していることが判る。この部分(図1の斜線部分)が特に補強性を向上させる上で、問題となるところであり、これを少なくすることが重要である。」

摘記2b:段落0018の【表1】




摘記2c:段落0020
「本発明によれば、従来のカーボンブラックを配合したゴム組成物に較べて、耐摩耗性及び弾性率に優れ、タイヤ用に好適な高補強性を有するゴム組成物とすることができる。」

摘記2d:第5頁の【図1】




ウ.刊行物3
先の拒絶理由通知書において「刊行物3」として引用された「特開昭62-57438号公報」には、次の記載がある。

摘記3a:第3頁右上欄第6?20行
「かくしてカーボンブラックの粒子を一定の範囲の大きさで均一化し、凝集体径を均一化することにより、カーボンブラック全体として高均質で、ポリマーとの活性度を高めた状態とすることができ、かかるカーボンブラックをポリマー中に混練すると、カーボンブラック同士がよりよく分離して均一にゴム中に分散し均質な配合ゴムが得られる。このようにしてカーボンブラックとカーボンブラック間のロスエネルギーが極めて小さく、発熱性が著しく改善される。また配合ゴムの疲労性についてもカーボン分散の均一な状態であることにより配合ゴム内のポリマー分子鎖の負担も均一に分担され、配合ゴム中の欠陥個所も減少し、凝集体強度が大で、疲労破壊現象が著しく改善されることを見出し、本発明を達成するに至った。」

エ.刊行物4
先の拒絶理由通知書において「刊行物4」として引用された「特開昭62-290739号公報」には、次の記載がある。

摘記4a:第2頁左上欄第3行?右上欄第4行
「タイヤ部位の中でも、道路と接触するタイヤ路面に当るトレッド部においては、タイヤ寿命の面から高い耐摩耗性と補強性が要求される。…
従来、カーボンブラックの重要な特性値として比表面積とストラクチャーがあることはよく知られている。一方の比表面積を大きくすることにより耐摩耗性、補強性は向上するが、反発弾性は低くなり、転動抵抗の増大や発熱性の悪化をもたらして、燃料消費性能の低下、内部発熱の状況によるタイヤ劣化の促進を招来する。」

摘記4b:第3頁左上欄第4?11行
「本発明者らは、カーボンブラックのアグリゲートサイズ分布指数sを種々に変化させ、さらに鋭意検討を続けたところ、sを0.11未満という分布の狭い側の範囲に保持せしめることにより、従来の同級品のカーボンブラックよりもずっと高い耐摩耗性、補強性を向上させたゴム組成物を与える効果のあることを見い出し、本発明に到達したものである。」

オ.周知例A
先の拒絶理由通知書の「1.(5)」の項において提示した「特開平2-182738号公報」という刊行物(以下、「周知例A」という。)には、次の記載がある。

摘記A1:第2頁左下欄第1?12行
「(2)カーボンブラック。
窒素比表面積(N_(2)SA)は、110?140m^(2)/gである。110m^(2)/g未満では60℃でのtanδが所望の水準に達せず、結果としてタイヤのグリップ力が低下し、操縦安定性が悪くなる。また、140m^(2)/gを越えるとtanδが高く、グリップ力は良くなるが、機械的強度(引張強さ)の低下が著しくなるという問題がある。
24MDBP吸油量は、85?95ml/100gである。85ml/100g未満では耐摩耗性が低くなり、実用に供するタイヤトレッド用ゴム組成物を得ることができない。」

摘記A2:第3頁左下欄第13?16行
「tanδは数値の大きい方が、タイヤのグリップ力が大きい。tanδ@0℃は湿潤路でのグリップ力の尺度であり、tanδ@60℃は乾燥路でのグリップ力の尺度である。」

(2)刊行物1に記載された発明
摘記1aの「方程式」の「?」は「-」の明らかな誤記と認められ、摘記1aの「SSBR/BRゴムコンパウンド」の具体的な組成は、摘記1cの「第3表:SSBR/BR試験調合」に記載された組成に相当するものと認められることから、刊行物1の請求項1には、
『CTAB値80?180m^(2)/gおよび24M4-DBP吸収率80?140ml/100gを有するファーネスカーボンブラックにおいて、試験調合が

のSSBR/BRゴムコンパウンドに配合した際のtanδ_(0)/tanδ_(60)比が方程式:
tanδ_(0)/tanδ_(60)>2.76-6.7×10^(-3)×CTAB
で示されかつtanδ_(60)値が同じCTAB表面積および24M4-DBP吸収率を有するASTMカーボンブラックの値よりも常に小さいこと特徴とするファーネスカーボンブラック。』についての発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

(3)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「CTAB値80?180m^(2)/gおよび24M4-DBP吸収率80?140ml/100gを有する」は、本願発明の「CTAB値20?190m^(2)/gおよび24M4-DBP吸収量40?140ml/100gを有し」に相当し、
引用発明の「試験調合」及びその表は、引用発明の表中の「芳香族油」が本願発明の表中の「芳香油」に相当するものと認められることから、本願発明の「次の組成」及びその表に相当し、
引用発明の「方程式」及びその式は、本願発明の「関係式」及びその式に合致し、
引用発明の「SSBR/BRゴムコンパウンドに配合した際のtanδ_(0)/tanδ_(60)比が…で示され」は、本願発明の「SSBR/BRゴムコンパウンド中に配合される場合に…を満足するtanδ_(0)/tanδ_(60)比を有し」に相当し、
引用発明の「tanδ_(60)値が同じCTAB表面積および24M4-DBP吸収率を有するASTMカーボンブラックの値よりも常に小さい」は、本願発明の「その際、tanδ_(60)の値は同一のCTAB表面積および24M4-DBP吸収量を有するASTMカーボンブラックの値より常に低い」に相当し、
引用発明の「ファーネスカーボンブラック」は、本願発明の「ファーネスカーボンブラック」に相当する。
してみると、本願発明と引用発明は、『CTAB値20?190m^(2)/gおよび24M4-DBP吸収量40?140ml/100gを有し、かつ次の組成:

を有するSSBR/BRゴムコンパウンド中に配合される場合に、関係式
tanδ_(0)/tanδ_(60) > 2.76-6.7×10^(-3)×CTAB
を満足するtanδ_(0)/tanδ_(60)比を有し、その際、tanδ_(60)の値は同一のCTAB表面積および24M4-DBP吸収量を有するASTMカーボンブラックの値より常に低いファーネスカーボンブラック。』に関するものである点において一致し、
カーボンブラックの粒度分布曲線が、本願発明においては「400000nm^(3)未満の絶対勾配を有し、この絶対勾配ASは、カーボンブラックの測定された凝集体の粒度分布から、次式:【数1】

」のに対して、引用発明においては当該「粒度分布曲線」の「絶対勾配AS」が特定されていない点においてのみ相違する。

(4)判断
上記相違点について検討する。

本願請求項1に記載された【数1】の関係式は、分布の左右対称性を表すための尺度として統計学的に普通に知られたものであって、左右対称の正規分布を示すものについてはゼロになることが普通に知られている。
また、例えば、刊行物2の表1に記載された比較例4の「N220のカーボンブラック」は、本願明細書の段落0098の「第6表 複数のカーボンブラックの粒度分布曲線の絶対勾配」についてのデータを参酌するに、その絶対勾配が25285nm^(3)程度のオーダーにあるものと推認することができるところ、本願出願時の一般的な技術水準におけるカーボンブラックの絶対勾配が、本願発明の「400000nm^(3)未満」という著しく高い上限値の条件から逸脱することは通常あり得ないものと認められる。
そして、引用発明の「ファーネスカーボンブラック」は、本願発明と同様な構造の反応器を用いて製造されたものであり(摘記1e)、得られたカーボンブラックのtanδ_(0)/tanδ_(60)の値も、本願明細書のB6(EB167)が2.258であるのに対して、刊行物1のB6が2.255であるなど(摘記1d)、その物性値も酷似することから、少なくとも刊行物1に記載された「B6」という具体例の絶対勾配は、本願発明の「400000nm^(3)未満」という条件を満たすものと推認される。
してみると、絶対勾配の数値範囲に関して、本願発明と引用発明とに実質的な差異は認められない。
したがって、本願発明は、刊行物1に実質的に記載された発明である。

次に、仮にこの点において相違するとしても、摘記2aの「AR(非対称成分率)(%)は、DCFカーブにおけるストークスモード径より小さい側のカーブと対称のカーブをストークスモード径を中心として大きい側に描いた時(図1の破線曲線)、そこから外れる、すなわち非対称となる部分(図1の斜線部分)のDCFカーブ全体に対する比率(%)である。…この部分(図1の斜線部分)が特に補強性を向上させる上で、問題となるところであり、これを少なくすることが重要である。」との記載、及び摘記2bの比較例4と実施例3の比較実験データにあるように、刊行物2には、非対称となる部分(図1の斜線部分)の面積であるARの数値範囲を少なくすることで補強性を向上させることができること、具体的には、同じ「カーボンブラックグレード」で対比した場合に、AR=30.0%のN220の耐摩耗指数が100であるのに対して、AR=8.1%のカーボンブラックDの耐摩耗指数が120に向上することが記載されており、刊行物3にも、カーボンブラックの粒子を均一化することで耐疲労性を向上できることが記載されており(摘記3a)、刊行物4にも、カーボンブラックの分布を狭い側の範囲に保持せしめることにより高い耐摩耗性、補強性を向上させる効果があることが記載されている(摘記4b)。
してみると、引用発明のカーボンブラックの粒度分布曲線の性状を、刊行物2?4に記載された発明のように可能な限り対称なもの(正規分布化や狭い側の範囲に保持せしめることによって極端に大きな粒子の存在を無くしたもの、すなわち、絶対勾配が400000nm^(3)未満のもの)にして、その耐摩耗性などの性状を改善することは、当業者が容易に想到し得ることと認められる。
そして、摘記A1の「24MDBP吸油量は、85?95ml/100gである。85ml/100g未満では耐摩耗性が低くなり、実用に供するタイヤトレッド用ゴム組成物を得ることができない。」との記載からみて、本願発明の『CTAB値20?190m^(2)/gおよび24M4-DBP吸収量40?140ml/100g』という極めて広範な範囲にまで、格別予想外の顕著な効果があるとは認められない。
したがって、本願発明は、刊行物1?4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)審判請求人の主張について
平成24年4月11日付けの意見書の『ご指摘のとおり、例1(補正後の例E1)は、刊行物1に記載されたプロセスパラメータにより製造されております。したがって、刊行物1に記載のカーボンブラックは、本願請求項1の範囲外である分布曲線の絶対勾配を示すことは十分に明らかです。」との主張について、
先の拒絶理由通知書の「1.(3e)」において指摘したように、本願明細書の「E1(訂正前の例1)」のカーボンブラックは、刊行物1の「例3(第5表のB3)」と同一のプロセスパラメータによって製造されているにもかかわらず、そのCTAB値は、本願明細書の「E1」においては「112.7」となっているのに対して、刊行物1の「例3」においては「114.5」となっているので、本願明細書の段落0063の表2(刊行物1の段落0048の表2)に開示された10種の反応器パラメータ以外の未開示の条件ないしパラメータにおいて、両者は相違する方法で製造されている蓋然性が高いものである。
したがって、本願明細書の「E1」のカーボンブラックの絶対勾配が、本願明細書の段落0098に示される「439649nm^(3)」又は「438794nm^(3)」という数値範囲にあることをもって、刊行物1の「例3」のカーボンブラックの絶対勾配が40万nm^(3)以上の数値範囲にあると推認することはできず、ましてや、刊行物1のB1?B6の具体例のいずれもが本願発明の数値範囲外の絶対勾配を有するとは認められないので、上記主張が妥当であるとは認められない。

次に、同意見書の『刊行物2?4によればより狭い粒度分布が改善された摩耗値をもたらすので、刊行物1のカーボンブラックの分布曲線の絶対勾配を小さくすることは当業者には容易に想到しうるとのご指摘ですが、しかし、そのような結果にならないことは、ASTMカーボンブラック、特に図6及び7で比較カーボンブラックとして使用されたカーボンブラックが、25,285nm^(3)の明らかにより少ない絶対勾配を有するのに対し、本願発明による例は10万台であり、かつ例1(補正後の例E1)が400,000nm^(3)を上回ることを見れば既にわかります。』との主張について、
本願明細書の段落0104?0107には、本願発明の比較例(E1)及び実施例(B2)並びに従来品のカーボンブラックN220(C9)の三者について「摩耗の評価」を行った事例が記載されているが、
本願明細書の段落0084の第5表に示されるCTAB表面積の数値で対比すると、比較例(E1)の「112.7」及び実施例(B2)の「111.0」に比して、従来品(C9)の「108.2」は、そのCTAB値のオーダーが有意に小さいので、これが主たる要因となって、摘記4aの「比表面積を大きくすることにより耐摩耗性、補強特性は向上する」との記載からも予測できるような結果、すなわち、CTAB表面積の数値が小さいために耐摩耗性が劣る結果になっている蓋然性が高い。
しかして、少なくとも上記「三者」を対比した結果によっては、同じ「カーボンブラックグレード」で対比した場合に、粒度分布曲線の性状が可能な限り対称なものの方が、その耐摩耗性などの性状を改善し得るという、刊行物2?4に明示された技術常識を否定することはできず、当該技術常識を引用発明に適用し得ない格別の阻害事由があるとも認められない。
したがって、上記主張は『同一のCTAB表面積を有するカーボンブラック』との前提を欠いた比較における議論なので、上記主張が妥当であるとは認められない。

さらに、同意見書の『本願発明によれば、湿った路面へのタイヤの良好な密着性並びに低いころがり抵抗を保証するために、tanδ_(0)/tanδ_(60)の比が高いことが必要です。本願発明の課題は、最も近い技術水準である刊行物1に比較して、tanδ_(0)/tanδ_(60)の高い比を維持しながら、カーボンブラックを含有するゴム混合物の摩耗挙動を改善することです。上記のご指摘は、その際、分布曲線の急勾配を変えることを試みる場合に、請求項1に記載のパラメータの組、すなわちtanδ_(0)/tanδ_(60)の比を一定に保持することは、かなり意図的に可能であることを前提としているように思われます。』との主張について、
刊行物1に記載された発明の「ファーネスカーボンブラック」は、本願発明と同様な構造の反応器を用いて製造されたものであり(摘記1e)、得られたカーボンブラックのtanδ_(0)/tanδ_(60)の値も、本願明細書のB6(EB167)が2.258であるのに対して、刊行物1のB6が2.255であるなど(摘記1d)、両者の物性値の各々が相互に酷似することから、少なくとも刊行物1に記載された発明の「B6」という具体例の絶対勾配は、本願発明の「400000nm^(3)未満」という条件を満たすものと推認され、なおかつ、刊行物1の発明の詳細な説明の記載は、その「B6」を含む具体例のカーボンブラックを得るための各種のプロセスパラメータの詳細を実施可能な程度に開示しているものである。
したがって、刊行物1に記載されたとおりの方法に従えば、本願発明に該当するものと推認される刊行物1に記載された「B6」という具体例のカーボンブラックを、作為的な手段を用いることなく普通に実施可能であると認められるから、上記主張が妥当であるとは認められない。

6.まとめ
以上総括するに、本願発明は、刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
また、本願発明は、刊行物1?4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願発明について、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たすものではないから、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、
同様に、本願発明について、本願特許請求の範囲の記載はサポート要件及び明確性要件を満たすものではないから、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。
したがって、その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-07 
結審通知日 2012-05-09 
審決日 2012-05-22 
出願番号 特願平11-103270
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C09C)
P 1 8・ 121- WZ (C09C)
P 1 8・ 536- WZ (C09C)
P 1 8・ 113- WZ (C09C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山田 泰之  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 小出 直也
木村 敏康
発明の名称 ファーネスカーボンブラック、該カーボンブラックの製造法および該カーボンブラックを含有するタイヤ  
代理人 久野 琢也  
代理人 高橋 佳大  
代理人 矢野 敏雄  
代理人 篠 良一  
代理人 二宮 浩康  
代理人 星 公弘  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ