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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1264679
審判番号 不服2009-15509  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-08-25 
確定日 2012-10-09 
事件の表示 特願2007-197638「がん関連遺伝子活性化能を有するペプチド」拒絶査定不服審判事件〔平成19年12月20日出願公開、特開2007-325599〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成17年12月8日に出願した特願2005-354589号の一部を、特許法第44条第1項の規定により、平成19年7月30日に新たに特許出願したものであり、その請求項1に係る発明は、平成21年8月25日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「ヒト扁平上皮ガン細胞膜表面由来のペプチドであって、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチドからなる、ガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤。」(以下、「本願発明」という。)

第2.拒絶の理由
拒絶の理由の概要は、
1.この出願の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、
2.この出願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしてない、
というものである。

第3.特許法第36条第4項第1号
1.本願発明について
本願発明に関し、明細書には、
「すなわち、本発明の課題は、がん細胞周辺の正常細胞に作用し、正常細胞のがん関連遺伝子を活性化してがんの増殖を促進する機能を有する因子とその対応する遺伝子を見出して、その正常細胞におけるがん関連遺伝子の活性化機能を実証し、さらに、この因子とその対応する遺伝子の有用な用途を開発することにある。」(段落【0006】)、
「本発明のペプチドは、ヒト扁平上皮がん細胞膜表面由来のもので、特に、ヒト正常細胞における、がん関連遺伝子の活性化能を有する点で極めて画期的なものである。本発明のペプチドに対する細胞、組織の感受性は、正常細胞のがん化あるいはがんの進行を予想するための指標となり、ガン化傾向あるいはガンの悪性度を判定するための有用な診断剤となる。」(段落【0009】)、
「本発明のペプチドは、以下のアミノ酸配列を有し、ヒトがん関連遺伝子を活性化する機能を有する。
Gln-Pro-Gln-Phe-Gly-Arg-Arg-Met-Glu-Ser-Lys(配列番号1)」(段落【0010】)、及び、
「本発明のペプチドはそれ自体有用であり、本発明の該ペプチドは、例えば正常細胞、組織のガン化傾向(がんへの成り易さ:がん化危険度)の判定、ガンか否かが不明である場合の判定、あるいはガンの悪性化度の判定等を行うための診断薬として用いられる。
上記の各種判定は、本発明のペプチドを手術切除試料あるいは試験穿刺試料として採取したヒト細胞、組織に接触させ、この接触により、がん関連遺伝子の検出あるいはその発現程度、若しくは遺伝子の発現パターンの変化等をみることにより行う。本発明のペプチドに対する細胞、組織の感受性は、例えば、正常組織、細胞のガン化傾向(がんへの成り易さ:がん化危険度)あるいはガンの悪性化度を反映する。」(段落【0014】)
と記載されている(下線は合議体が付与した。)。
したがって、本願発明は、ヒト扁平上皮ガン細胞膜表面由来の、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチドが、正常細胞のがん関連遺伝子を活性化してがんの増殖を促進する機能を有する因子であるとし、当該ペプチドを細胞や組織等の試料に接触させ、当該試料における、イ)がん関連遺伝子の検出あるいはその発現程度、ロ)遺伝子の発現パターンの変化等、をみることで、本願発明のペプチドに対する感受性を検証し、ガンへの成りやすさあるいはガンの悪性度を評価するものとしてなされた発明といえる。

2.本願明細書の記載
本願明細書には、(1)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド(以下、「本願関連ペプチド」という)が、ヒト扁平上皮がん細胞膜表面に由来すること(実施例1)、(2)人工合成された本願関連ペプチドをヒト正常末梢血単核球培養系に添加、共培養し、当該単核球のmRNAを抽出し、DNAチップを用いてヒト遺伝子について、本願関連ペプチド処理による遺伝子発現量の変化を測定したところ、がん遺伝子及び液性免疫機構と関連する免疫系遺伝子と分類されている遺伝子において発現増幅が観察され、その一方で、がん抑制遺伝子や抗がん免疫に関与する免疫系遺伝子の発現減少が観察されたこと(実施例4a))、正常リンパ球に対し、人工合成された本願関連ペプチド処理を同様に施し、DNAチップを用いて解析した結果、ヒト扁平上皮がん細胞UTC-8の細胞表面由来のHPCL精製により得られたペプチドの処理により発現の増減が観察された遺伝子(表1?3)の評価結果と同様な、がん化誘導的ながん関連遺伝子の発現状態が観察されたこと(実施例6)が記載されている。
また、(3)人工合成された本願関連ペプチドと、被験者8名から採取したそれぞれのヒト正常末梢血単核球を7時間共培養し、当該単核球のトータルmRNAを抽出し、当該処理前後のトータルmRNAの量の変化と、喫煙、がんとの関係に関する実験例及びその結果(実施例4b)、【表5】)が記載されており、その結果に関し、「表5の結果によれば、H.S.及びE.E.においては、顕著にトータルmRNAが減少していた。H.S.は10年以上喫煙を続けていた常習的な喫煙者であり、M.SはトータルmRNAの減少率こそ低いものの、もともとのトータルmRNA(pre total RNA)量が少なく、この点にすでに長年の喫煙の影響が出ている。E.E.は、喫煙者ではないが、父親が喫煙常習者であり、長年の副流煙による受動喫煙が結果に表われたものと推察される。H.T.やM.O.はいずれも副流煙による受動喫煙者であり受動喫煙の程度に比例して(H.T.>M.O.)該ペプチドに対する反応性が亢進していた。また、一方、K.K.は、減少率が低く、また、pre total RNA量は極めて少ないが、この被験者は、すでに抗がん剤や放射線照射を限界量受けた癌患者であり、全般的な遺伝子の翻訳に傷害が顕著で、健常者とは全く異なる結果を示した。この表4の結果は、本発明のペプチドの添加前後のトータルmRNAの変化量を分析することによっても、効果的にガン化診断を行えることを示している。」(段落【0050】)と記載されている。(下線は、合議体が付与した。)
さらに、(4)人工合成された本願関連ペプチドを用いて各種の細胞を7時間処理し、当該細胞からトータルRNAを抽出し、該トータルRNAを逆転写したcDNAプールを鋳型に、配列番号1のアミノ酸配列に由来するフォワードプライマー(11アミノ酸又は7アミノ酸をコード)とオリゴdT配列からなるリバースプライマーを用いてPCRを行い、得られたPCR産物を電気泳動したことが記載されている。そのうち、11アミノ酸をコードするフォワードプライマーを用いた電気泳動の結果が図2に示されており、「 図2(A)のLane 4の子宮頸がん細胞のパターンに見られるスメアーが観察されるタイプは本ペプチドに相補的な遺伝子配列が広範な遺伝子サイズのプールで存在していることを示していた。したがって、このような反応傾向を示すものは、がん化しやすい状態と考えられた。」(段落【0056】)、「2)上記をふまえて各laneを検討するとオリジナルな遺伝子パターンから本ペプチド処理によって安定的パターンが崩れてスメアーが拡大する傾向のもの〔図2(A)のLane 5-6、図2(B)のLane 4-5、 同Lane6-7、 同 Lane8-9〕はがん化しやすい傾向と判断できた。実際、図2(A)のLane 5-6 血液提供者は10年以上喫煙を続けている青年であった。」(段落【0057】)、及び、「3)これに比較して、図2(B)のLane2-3の遺伝子変異は本ペプチド処理によっても起こりにくく、がんになりにくい形質を持っていると考えられた。事実、この血液提供者は健康な20台の青年であった。」(段落【0058】)との分析がなされている。また、本願関連ペプチドのうち1?7番目のアミノ酸配列(7アミノ酸)をコードするDNAをフォワードプライマーとして用いた場合の電気泳動の結果が図3に示されており、「この結果から以下のことが判明した。
1)a)の全配列の分析時と同様に図3(A)のLane 3のUTC-8,図3(A)の lane 4の子宮頚部がんはスメアーを示した。
2)図3(B)のLane 2-3, 同Lane 4-5ではペプチド処理によるスメアー状変化が見られず正常パターンを示した。
3)図3(A)のLane 5-6、 同Lane7-8、図3(B)の Lane6-7、同Lane 8-9はペプチド処理前後で顕著な遺伝子発現パターンの変化を示した。」(段落【0059】)、「以上から、正常細胞のがん化傾向は本ペプチド処理によってどの程度その遺伝子パターンに変化が誘導されるかを比較検討すれば判定できることが明らかとなった。」(段落【0060】)と記載されている。(下線は、合議体が付与した。)

3.当審の判断
ここで、本願の請求項1に係る診断剤を当業者が実施できる程度に本願明細書に明確かつ十分に記載されているといえるためには、本願関連ペプチドを含む剤が「ガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤」として使えると当業者が高い蓋然性をもって認識できる程度に本願明細書が明確かつ十分に記載されていなければならない。本願発明は単なるペプチド自体の発明ではなく、当該ペプチドを用いた「ガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤」の発明であって、それが実施可能要件を満たすか否かは、ペプチドが「使用できる」かどうかではなく「ガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤」として「使用できる」かどうかの問題であるから、明細書の記載及び技術常識から当業者が「ガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤」として「使用できる」と高い蓋然性をもって認識できることが必要である。
さらに、「ガンへの成り易さ」と「ガンの悪性化度」は診断剤の用途に関する選択肢であるから、本願発明が使用できるというためには、双方の用途に使用できることが必要とされるものである。
技術常識を踏まえれば、「ガンへの成り易さ」とはガンになる可能性が高いかどうかであり、また、「ガンの悪性化度」とはガンの増殖・転移・再発しやすさを意味するものと解釈される。
よって、これらを判定するための診断剤として使用できることを示すためには、当該ペプチドからなる剤を用いて得られる生化学的試験結果(DNAチップを用いたがん関連遺伝子発現の検出結果、mRNA量の減少率、及び、遺伝子発現パターンの変化等)に基づき、ガンになる可能性が高いという診断、あるいは、ガンが増殖・転移・再発しやすいという診断がなされた場合に、実際にその診断通りの結果となったこと、すなわち、ガンになったこと、あるいは、増殖・転移・再発が起こったことを、当業者が実際の診断に用いることができると認識する程度の確からしさで示す必要がある。そのためには、生化学的試験結果と、ガンになることあるいはガンの増殖・転移・再発が生じることを結びつける生化学的メカニズムに基づく合理的な説明、あるいは、診断に用いることができる程度の確からしさの根拠となるに十分な検体数等に基づいた統計学的実証、またはそれらの組み合わせによる合理的な説明が必要である。

上記の観点を踏まえ、本願明細書の記載について検討する。
前記2.(2)は、前記1.イ)の態様による診断に対応する実施例であり、前記2.(3)及び(4)は、前記1.ロ)の態様による診断に対応する実施例と解される。
まず、上記2.(2)について検討する。
本願出願日当時、ガンの発生、増殖・転移・再発等のメカニズムは明確でなく、ガン状態にある試料において正常試料に比して何らかの遺伝子が増減するという事象は観察されたとしても、逆に、ガンに関連する遺伝子が増減されれば、通常ガンが発生あるいは増殖・転移・再発するという技術常識があったとは認められない。仮に、実施例4a)の結果が、本願関連ペプチドとガンの関連性を示唆し、本願関連ペプチドがガンに関する診断剤の研究開発に有用である可能性を示すものだとしても、実施例4a)の結果として示される【表4-1】?【表4-3】において増減が示されている特定の遺伝子群の、ガンの発生、増殖・転移・再発におけるメカニズムにおける役割は不明であり、当該遺伝子群がそのように増減すればガンになる可能性が高くなる、あるいは、増殖・転移・再発しやすくなるとの技術常識もなく、かつ、実際にそれらの特定の遺伝子群がそのような増減をすれば実際に高い割合をもってガンとなったこと等が示されているわけでもない。したがって、本願関連ペプチドを含む剤がガンになる可能性が高いかどうかや増殖・転移・再発しやすいかどうかを診断する診断剤として使えるものと、この実験結果をもとに当業者が高い蓋然性をもって認識できるとまでは認められない。そもそも、本願関連ペプチドを接触させることにより、増減することが示されている【表4-1】?【表4-3】の多数の遺伝子において、具体的にどの程度の個数・組み合わせの遺伝子が、どの程度の倍率で増加しあるいは減少すれば、ガンへなりやすい、あるいは、悪性化していると診断できるのかさえ、この実施例では不明である。

次に、2.(3)及び(4)について検討する。
本願明細書においては、副流煙の程度がガンに成り易さと比例していること、及び、喫煙者のほうが喫煙をしない健常者よりもがんに成り易いことを前提として議論がなされているが、疫学的に喫煙とガン化の関連が知られているとしても、ガンになる可能性が高いかどうかには個体差も当然影響するものであるから、(3)において、わずか、2名の喫煙者、3名の副流煙による受動喫煙者、及び、2名の健常者の比較において観察される事象、並びに、(4)において、わずか、2つのガン試料、2名の喫煙者、1名の副流煙による受動喫煙者、及び、3種の正常細胞の比較において観察される事象に基づいて、本願関連ペプチドとガンになる可能性の高さとを関連づけることはできない。よって、個体差が不明である以上、単に数名程度からの検体数と喫煙との関係を分析しただけでは、実施例4b)におけるトータルmRNAの変化量や実施例5におけるスメアなバンドパターンとがんになる可能性との相関を示したことにはならない。また、これらの実施例においてはガンの検体も用いられているが、実施例4b)では1検体、実施例5では2検体のみであるから、これらの特定少数の検体について生じた事象が、ガンになる可能性やガンが増殖・転移・再発しやすいこととの相関を有する事象であると高い蓋然性をもっていえるものとは認められない。
上述の通り、個体差の存在から、明細書に示される少数例の数値を比較することに技術的に意味は認められないが、一応、明細書の記載に則ってさらに詳細に検討してみると、【表5】に示される(3)の結果からは、トータルmRNA量の減少率が「55.8%」とされる喫煙者M.S.と、「88.9%」とされる副流煙による受動喫煙者E.E.を比較すると、E.E.の方がペプチド処理に対する感受性が高く、ガンになりやすい等と診断されると解釈されるものと思われるが、一方、(4)の結果からは、M.S.はバンドの変化が生じるのに対し、E.E.に関しては「図3(B)のLane 2-3, 同Lane 4-5ではペプチド処理によるスメアー状変化が見られず正常パターンを示した。」(段落【0059】)と記載されているように、E.E.についての結果である「図3(B)のLane 2-3」については、ガンになりやすいとは診断されないことが記載されている。
したがって、同一個体からの試料であっても、本願関連ペプチドを用いた診断が、本願明細書の2種の診断法により異なる結果となることが示されているといえる。
さらに【表5】の結果について検討してみると、喫煙者M.S.は、トータルRNA量の減少率が「55.8%」と被験者8名中最も低い数値を示すものであって、そうすると、本願関連ペプチドに対する感受性が最も低いから、がんに最も成りにくい等と診断されると解釈される。また、副流煙による受動喫煙者であるM.O.及び喫煙のない健常者であるM.A.を比較してみると、両者のトータルRNA量の減少率は、それぞれ「66.4%」及び「66.3%」であって、ほぼ同等の数値を示すから、がんに成り易さ等についても、ほぼ同等であると診断されると解釈される。しかし、これらの診断結果は、いずれも、本願の前提である喫煙者のほうが喫煙をしない健常者よりもがんに成り易い等ということと矛盾する結果となっており、明細書段落【0050】の記載「この表4の結果は、本発明のペプチドの添加前後のトータルmRNAの変化量を分析することによっても、効果的にガン化診断を行えることを示している。」(なお、「表4」は「表5」の誤りと認められる。)を支持する結果となっているとは認めることはできない。
しかも、(4)について、「腎ジンメサンギウム」を試料とした場合の実験結果をみると、11アミノ酸に対応するフォワードプライマーを用いた結果は、図2(B)lane4,5により、「がん化しやすい傾向と判断できた。」(段落【0057】)と記載される一方、7アミノ酸に対応するフォワードプライマーを用いた結果は、図3(B)lane4,5により、「ペプチド処理によるスメアー状変化が見られず正常パターンを示した。」(段落【0059】)と記載されており、同じサンプルに対するフォワードプライマーの長さを変更しただけの実験結果が、相反する結果となっていることからも、本願関連ペプチドは、ガンのなりやすさ等の診断剤として、当業者に実施可能であると認められるものとはいえない。

また、2.(1)については、本願関連ペプチドが高転移性能を有するガン細胞由来であったとしても、当該ペプチドの転移性及びガン化のメカニズムにおける機能が不明であることから、そのことのみをもって本願関連ペプチドを含む剤がガンになる可能性が高いかどうかや増殖・転移・再発しやすいかどうかを診断する診断剤として使えるものと当業者が高い蓋然性をもって認識できるものとは認められない。

さらに、これらの実施例全体を総合して検討しても、生化学的試験結果と、ガンになることあるいはガンの増殖・転移・再発が生じることを結びつける生化学的メカニズムに基づく合理的な説明、あるいは、診断に用いることができる程度の確からしさの根拠となるに十分な検体数等に基づいた統計学的実証、またはそれらの組み合わせによる合理的な説明がなされているとは認められない。

よって、本願関連ペプチドを含む剤がガンになる可能性が高いかどうかや増殖・転移・再発しやすいかどうかを診断する診断剤として使えるものと、当業者が高い蓋然性をもって認識できるものとは認められない。

よって、本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識から当業者が本願関連ペプチドを含む剤をガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤として使用できると高い蓋然性をもって認識できるものとは認められない。
したがって,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

3.小括
よって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項の規定に違反するものである。

第4.特許法第36条第6項第1号
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件を満足するためには、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを比べて、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである必要がある。(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号判決(H17.11.1)参照)

1.当審の判断
本願発明の課題は、ヒト扁平上皮ガン細胞膜表面由来のペプチドであって、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチドからなる、ガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤の提供であると認められる。
しかしながら、上記したとおり(第2の項参照)、当業者の技術常識に照らしても、本願関連ペプチドが、ガンへの成り易さあるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤として使用できるものとは認められないから、本願発明は、当該課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとは認められない。

2.小括
したがって、本願発明に関し、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとは認められず、特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものである。

第5.審判請求人の主張
審判請求人は、平成21年6月11日付意見書において、以下の通りの主張をしている。

「このような高転移性能を有し、悪性化度の高いガン細胞から得られた本願ペプチドが広範なガン遺伝子の発現量増大及び免疫系遺伝子の発現量減少というガン関連遺伝子の大幅な発現変動をもたらした事実(本願明細書、表1-1?2、表2-1?2、表4-1?3)に、まず注目すべきであります。

(2)一方、ガンはガン関連遺伝子のDNA変異だけではなく、ガン遺伝子の転写活性の増大(発現量の増大)によっても発症することは、技術常識であり、当業者に広く知られていることでありますので(参考資料1:別途郵送にて提出)、ガン遺伝子の発現量が増大すれば、ガン発症の可能性は高くなることは自明のことであると思料いたします。
例えば、本願ペプチドによって、顕著な発現量増大を示すSRC遺伝子(表1-1)あるいはVEGF遺伝子(表1-2)、MYCN遺伝子(表4-1)は、ガンに伴い発現量が増大する遺伝子であって、ガン治療の標的となっている遺伝子であります(参考資料2,3:別途郵送にて提出)。
さらに、例えば、上記VEGF遺伝子の発現量の多寡は、非小細胞肺ガンの生存率あるいは乳ガン発症の危険性と関係することを示す研究もなされています(参考資料4,5“DISCUSSION” 別途郵送にて提出)。これらの点からみれば、ガン遺伝子の発現量(増大)はガンの発症、進行に導くことは疑いようのない事実であるということができると思料いたします。
一方、上記本願明細書、表1-1?2、表2-1?2、表4-1?3は、ヒト正常末梢血単核球の培養系に本願ペプチドを添加して共培養し、上記単核球中の各ガン関連遺伝子の発現量を調べ、このような本願ペプチド処理をしていないヒト正常末梢血単核球の対応する遺伝子の発現量と比較した試験結果を示すものであり、上記試験結果は、本願ペプチドが、正常細胞を、ガン遺伝子の増大というガンの発症、進行に伴う現象と同様な結果に導いていることを示しております。しかも、上記したように本願ペプチドは高転移性、悪性度の高いガン細胞から得られたものであり、上記したように、ガン遺伝子の発現量の増大はガンの発症を引き起こすことを加えて考察すれば、本願ペプチドは、少なくとも正常な細胞をがん化方向に導くものであることは明白であると思料いたします。
拒絶理由においては、特定の遺伝子群のガンになるメカニズムにおける役割は不明である旨指摘されておりますが、個々のガン遺伝子のガン化メカニズムが明らかではなくとも、ガン遺伝子の発現量増大によりガン化することは広く知られており、本願明細書に試験例に記載されているように、本願ペプチドが広範なガン遺伝子の発現量を増大させ、ガン抑制に働く遺伝子の発現量を減少させている点からみれば、本願ペプチドが、正常細胞をガン化方向に導くものであることは否定できないものであります。また、明細書の記載要件としてメカニズムの解明は必ずしも必要はないと思います」

まず、参考資料2(タイトル「大阪大学大学院:理学研究科生物科学専攻:研究室紹介:詳細」)及び参考資料3(タイトル「遺伝子の過剰発現-HM's website」)については、本願出願日前に公知であったとは認められないので、これを本願出願日当時の技術常識を示す証拠として採用することはできない。
また、本願出願日前公知である参考資料1(Science & Technology Tren,May 2003 ,feature article 01,「[特集1]エピジェネティック・がん研究の必要性-ポストゲノム時代のがん研究」)を見ると、「がん細胞中の遺伝子発現レベルの「量的な変化」による発癌とは、がん抑制遺伝子やDNA修復遺伝子等の転写活性の低下または阻害により遺伝子およびタンパク質の量が減少し、正常な細胞周期の維持ができなくなってがん化を起こすことである。また、がん遺伝子の転写活性レベルが増大することによりがん遺伝子およびタンパクの量が増加し、やはり細胞周期の制御が不可能になってがん化を起こすこともある。」(4頁下から4行?最終行)と記載されており、このことから、がん抑制遺伝子の転写活性の低下や、がん遺伝子の転写活性の増大により、がん化を起こすことがあることが読み取れる。
また、本願出願日前に公知の参考資料4(Int J Cancer,2005 Jul 1,Vol.115,No.4,p.545-55)は、「非小細胞肺がん患者において、総シクロオキシゲナーゼ-2 mRNAレベルが血管内皮成長因子mRNAレベル、腫瘍血管形成、及び、予後に関連する」と表題した論文であるが、「腫瘍のVEGFのmRNA発現の高発現患者及び低発現患者間において、また、高度の腫瘍内微小血管患者及び低度の腫瘍内微小血管患者の間において、生存及び再発時間の有意な違いが存在する(それぞれp=0.0046及びp=0.0038)。」と記載され(Abstract21?23行)、同参考資料5(Mol Endocrinol,2005 Feb,Vol.19,No.2,p.312-26)には、「今回の発見による一つの推測としては、強力な血管新生因子であるVEGFの誘導は、プロゲスチンのホルモン補充療法を受けた女性の一群における、乳癌のリスクの増加に関与するかもしれない。プロゲスチンの投与は、すでに存在する病変や腫瘍における血管新生のスイッチを提供するのかもしれず、VEGFの増加が腫瘍の成長を引き起こすのかもしれない。」(Discussionの第10段落、審判請求人が指摘した箇所参照)と記載されている。
そうすると、がん抑制遺伝子や、がん遺伝子の転写活性レベルの増減により、がん化を起こすこと、また、特定の遺伝子のmRNAレベルが、特定の腫瘍において、がんの再発等と関連することや関連する可能性があることが本願出願日当時知られていたといえる。
しかしながら、がん遺伝子のmRNA量が増加しがん抑制遺伝子のmRNA量が低減すれば、発がんする可能性が示唆されるとは言えども、そのような遺伝子発現の増減が見られれば、「通常」と言える程度にガンが発症し、あるいは、増殖・再発・転移しやすくなるという技術常識があったとまでは認められない。

次に、審判請求人は、以下のようにも主張している。
「(3)実施例4b)の試験は、本願ペプチドが正常の末梢血単核球をガン化方向に導く知見を得たことに基づき、複数の被験者巣から採取した細胞(ガン患者を含め全て正常細胞)
に対する本願ペプチドの影響を調べたものであります。
実施例4b)の試験結果によれば、非喫煙の健常者(M.A、S.G)と健常者であっても喫煙者、受動喫煙者(H.S、M.S、E,E)及びガン患者(K,K)は、本願ペプチド処理後のトータルmRNA量に極めて顕著な差異が認められます(表5)。本願ペプチドは、正常細胞をガン化方向に導くものであり、ガン化すればガン遺伝子、ガン抑制遺伝子のみならず様々な遺伝子の発現量が変化し(参考資料3)、トータルmRNAの量も当然変化しますので、この試験結果は、ガン化に対する抵抗力、すなわちガンになる可能性の高低を示していると解することができます。
上記試験結果によれば、実際に、ガン患者の正常細胞のmRNA量は極めて低く、正常細胞であってもガン化しやすいことを示しており、また、健常者であっても疫学的にガンになる可能性が高いとされている喫煙者及び受動喫煙者の場合は、非喫煙の健常者よりも明らかにmRNA量が低くなっており、これらの結果はガンについて一般的見解とも一致し、本願ペプチドがガンになる可能性が高いか低いかを診断するための診断剤として使用できることを示していると思料いたします。

(4)一方、実施例5の試験は、本願ペプチド処理した各種細胞から採取したRNAを逆転写して得られたDNAを、本発明のプチドの全長(11アミノ酸)及び部分(7アミノ酸)をコードする各DNAを組み合わせたプライマーセットで増幅し、増幅産物について電気泳動を行った結果を示しており、これによれば、子宮頸ガン細胞及びヒト扁平上皮細胞ガン樹立細胞株UTC-8の場合においては、スメアが観察され、喫煙常習者(HS,MS)の末梢血の場合にも本発明のペプチド処理前後でバンドパターンが大きく変化し、スメアも観察されている(HS,(図3(A)レーン5-6)。これに対して喫煙習慣のない健常者(EE)の場合には、本願ペプチド処理によっても安定なバンドパターンを得られ、ガン細胞及び喫煙常習者と明確な相違があることを示しており、この結果は、上記実施例4b)の結果とも符合するものであります。
したがって、以上述べたように、本願ペプチドは、高転移性で悪性度の高い細胞由来のものであり、正常細胞をガン化方向に誘導すること、及びこのようなガン化方向への誘導に対する抵抗性が、被験者によって明らかな差異を示したことを総合的にみれば、本願ペプチドは診断剤として使用できることは明らかと思料いたします。」

しかしながら、上記「第2 3.当審の判断」で詳述したとおり、これらの実験結果をもって、本願発明が実施可能であり、かつ、明細書に記載したものとは認められない。さらに言うならば、請求人の上記の主張は、実施例4b)においては、喫煙者であるH.S及びM.Sと同群に区分しているE.Eが、実施例5においては、H.S及びM.Sとは「明確に相違がある」と結論づけており、両結果が矛盾している点でも、審判請求人の主張は採用できない。

さらに、審判請求人は、以下のように主張している。
「(5)拒絶理由においては、ガンになる可能性が高いかどうかは、個体差も影響するから、喫煙者において観察される事象が一義的にガンになる可能性が高いことを示す事象とはいえない旨指摘されております。しかし、本願ペプチドは、上記したように、正常細胞をガン化方向に導くものでありますので、本願ペプチドによるガン化方向への誘導に対し、抵抗性が高ければ、ガンになる可能性は低く、逆に低ければ、ガンになる可能性は高いといえるものと思います。このような抵抗性は、本願ぺプチド処理による細胞のトータルmRNA量の変化等を調べることにより可能であります(参考文献2)。すなわち、例えばガン患者の正常細胞の場合、非喫煙の健常者と比べ著しくmRNA量が低下しており、これらのmRNA量を指標にしてもガン化に対する抵抗性を知ることが可能であります。
一方、本出願人も当然のことながら、ガン化に対する抵抗力に対する個体差があり、また、診断後の生活習慣あるいはその後の環境変化もあり、本願の診断剤により、ガンになる可能性が高いと診断された被験者の全てが将来ガンになるなどとは思ってはおりませんが、本願発明の診断剤は「可能性」を調べるものであり、本願ペプチドの作用からみれば、少なくとも診断時点でのガンになる可能性が高いか低いかの判定は可能であると思料いたします。
また、拒絶理由においては、実施例において、診断に用いることができる程度の確からしさの根拠となる充分な検体数等に基づいた統計学的実証がなされていない旨指摘されております。
しかし、上記したとおり、本願ペプチドの作用からみれば、少なくとも診断時点でのガンになる可能性が高いか低いかの判定は可能であると思料いたします。
一方、統計学的実証については、本願発明の場合、診断の結果の実証は、将来、ガンにおいて実際にガンになったか否かを検証する必要があり、実際問題として不可能であり、このような実証を求めることは、出願人にとってあまりにも酷であり、従来の審査、審判に運用とも著しく相違し、公平ではないと思料いたします。」

しかしながら、本願ペプチドによるがん化方向への誘導に対する抵抗性は、本願ペプチド処理により細胞のトータルmRNA量の変化等を調べることにより可能とは認められないことについても、上で詳述した通りであり、本願明細書の記載及び当業者の技術常識を参酌しても、本願関連ペプチドを用いて、診断時点でのガンになる可能性が高いか低いかをある程度の確からしさをもって判定することができるとは認められない。

したがって、審判請求人の主張は採用できない。

第6.むすび
以上のとおりであるから、本願請求項1に記載の発明について、本願は、特許法第36条第4項第1号、及び、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、この出願は、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-08-07 
結審通知日 2012-08-13 
審決日 2012-08-27 
出願番号 特願2007-197638(P2007-197638)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C12N)
P 1 8・ 537- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 石丸 聡  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 鈴木 恵理子
田中 晴絵
発明の名称 がん関連遺伝子活性化能を有するペプチド  
代理人 武井 秀彦  

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