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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 判示事項別分類コード:13 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1264791
審判番号 不服2010-2059  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-01-29 
確定日 2012-10-17 
事件の表示 特願2002-592930「手術の結果として発生した神経損傷を治療するための方法」拒絶査定不服審判事件〔平成14年12月 5日国際公開,WO02/96420,平成17年 1月 6日国内公表,特表2005-500270〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

本願は,平成14年(2002年)5月29日(パリ条約による優先権主張2001年5月29日,米国)を国際出願日とする出願であって,平成21年1月7日付けの拒絶理由通知に対して,その指定期間内には応答がないまま同年9月18日付けで拒絶査定がなされ,これに対し平成22年1月29日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに,同日付けで手続補正がなされたものである。

第2 平成22年1月29日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]

平成22年1月29日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)を却下する。

[理由]

1.補正事項

本件補正は,特許請求の範囲について次のとおり補正するものである。

「 【請求項1】
前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための医薬品の製造における式XXVIII:
【化1】

(式中、
R1は、C1-C6直鎖または分岐鎖アルキル、C2-C6直鎖または分岐鎖アルケニル、C3-C6シクロアルキルまたはAr1であり、ここで該アルキルまたはアルケニルは非置換であるか、あるいはC3-C6シクロアルキルまたはAr2によって置換され; Ar1およびAr2は、独立して、2-フリル、2-チエニル、またはフェニルであり;
Xは、酸素であり;
Yは、酸素であり;
Zは、水素、C1-C6直鎖または分岐鎖アルキル、またはC2-C6直鎖または分岐鎖アルケニルであり、ここで該Zは、それぞれ水素およびC1-C4アルコキシから成る群より独立に選択される1またはそれ以上の置換基を持つ、2-フリル、2-チエニル、C3-C6シクロアルキル、ピリジル、およびフェニルから成る群より独立に選択される1またはそれ以上の置換基によって置換され;
nは、1である)
の化合物、またはその薬学的に許容される塩の使用。
【請求項2】
神経損傷が哺乳動物の陰茎海綿体神経への損傷である、請求項1の使用。
【請求項3】
神経損傷が哺乳動物の勃起不全を引き起こす、請求項1の使用。
【請求項4】
化合物が:
3-(2,5-ジメトキシフェニル)-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(2,5-ジメトキシフェニル)-1-プロプ-2-(E)-エニル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジン-カルボキシラート;
2-(3,4,5-トリメトキシフェニル)-1-エチル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(2-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(4-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-フェニル-1-プロピル(2S)-1-(2-tert-ブチル-1,2-ジオキソエチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-フェニル-1-プロピル(2S)-1-(2-シクロヘキシルエチル-1,2-ジオキソエチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(2-シクロヘキシルエチル-1,2-ジオキソエチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(2-tert-ブチル-1,2-ジオキソエチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3,3-ジフェニル-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(2-シクロヘキシル-1,2-ジオキソエチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-N-([2-チエニル]グリオキシル)ピロリジンカルボキシラート;
3,3-ジフェニル-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソブチル)-2-ピロリジンカルボキシラート;
3,3-ジフェニル-1-プロピル(2S)-1-シクロヘキシルグリオキシル-2-ピロリジンカルボキシラート;
3,3-ジフェニル-1-プロピル(2S)-1-(2-チエニル)グリオキシル-2-ピロリジンカルボキシラート;および
その薬学的に許容される塩から成る群より選択される、請求項1に記載の使用。
【請求項5】
前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための医薬品の製造における式XXVIII:
【化2】

(式中、
R1は、C1-C6直鎖または分岐鎖アルキルであり;
Xは、酸素であり;
Yは、酸素であり;
Zは、水素、C1-C6直鎖または分岐鎖アルキルであり、ここで該Zは、それぞれ水素およびC1-C4アルコキシから成る群より独立に選択される1またはそれ以上の置換基を持つ、1またはそれ以上の置換基ピリジルによって置換され;
nは、1である)
の化合物、またはその薬学的に許容される塩の使用。
【請求項6】
前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための医薬品の製造における式LXIV:
【化3】

(式中、
nは、1であり;
Xは、Oであり;
R1は、C1-C6直鎖または分岐鎖アルキルであり;
Dは、結合であり;
R2は、カルボン酸である)
の化合物、またはその薬学的に許容される塩の使用。
【請求項7】
前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための医薬品の製造における3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラート、またはその薬学的に許容される塩の使用。
【請求項8】
前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための医薬品の製造における(2S)-1-(1,2-ジオキソ-3,3-ジメチルペンチル)-2-ピロリジンカルボン酸、またはその薬学的に許容される塩の使用。
【請求項9】
神経損傷が哺乳動物の陰茎海綿体神経への損傷である、請求項6?8のいずれか一項に記載の使用。
【請求項10】
神経損傷が哺乳動物の勃起不全を引き起こす、請求項6?8のいずれか一項に記載の使用。」

そして,上記補正の補正事項は次のとおりである。

(ア)請求項1?14及び22?25を削除する。(補正事項1)

(イ)請求項15及び19における「前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための方法であって、そのような治療を必要とする哺乳動物に」,及び,「の化合物、またはその薬学的に許容される塩、エステルまたは溶媒和物を投与することを含む方法。」を,それぞれ,「前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための医薬品の製造における」,及び,「の化合物、またはその薬学的に許容される塩の使用。」と補正をする。また,他の請求項の末尾の「方法」を「使用」と補正する。(補正事項2)

(ウ)請求項15及び19における化合物について,その範囲を減縮する。(補正事項3)

(エ)請求項15における化合物について,その範囲をさらに減縮して新たな請求項(補正後の請求項5)とする。また,請求項15及び19について,化合物を1つに限定して新たな請求項(補正後の請求項7,8)とする。(補正事項4)

(オ)上記補正にともなって,請求項の番号を整理する。(補正事項5)

2.補正の目的について

(1)補正事項2について

補正事項2は,補正前の「化合物を投与することを含む治療方法」の発明を,「医薬の製造における化合物の使用(方法)」の発明に補正するものである。
化合物の範囲については,補正事項3によって減縮されてはいるものの,化合物が使用される態様についてみれば,補正前は,患者の治療すなわち医療の分野であるのに対し,補正後は,医薬品の製造すなわち製造業の分野であるから,補正の前後では発明の産業上の利用分野及び解決すべき課題が同一ではない。

(2)補正事項4について

発明特定事項である化合物の範囲についてみると,補正後の請求項5,7は,補正前の請求項15における化合物の範囲を減縮したものであり,補正後の請求項8も同様に補正前の請求項19における化合物の範囲を減縮したものである。
しかしながら,請求項15及び19について,化合物の範囲を減縮したものである補正後の請求項1及び6が別に存在しており,補正後の請求項5,7の範囲は補正後の請求項1の範囲に,補正後の請求項8の範囲は補正後の請求項6の範囲に,それぞれ包含されている。
してみれば,補正事項4によって補正された請求項5,7及び8は,新たに追加された請求項であるから,補正事項4はいわゆる増項補正に相当する。

そうすると,本件補正における補正事項2及び4は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下,単に「特許法」という。)第17条の2第4項第2号に掲げられる「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とする補正には該当しない。
また,補正事項2及び4は,誤記の訂正あるいは明りょうでない記載の釈明を目的とする補正にも該当しない。
したがって,本件補正は,特許法第17条の2第4項の規定に違反するから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.独立特許要件について

本件補正について,上記補正事項3についてみれば,特許法第17条の2第4項第2号に掲げられる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当するということができる。
そこで,補正後の請求項1に係る発明(以下,「本件補正発明」という。)について,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(同法第17条の2第5項で準用する同法126条第5項の規定に適合するか)について検討する。

(1)引用刊行物

原査定の拒絶の理由で引用された,本件優先日前に頒布された刊行物である国際公開第00/32588号(以下,「引用例」という)には,以下の事項が記載されている。(英文のため訳文で記す。)

(a)第1頁第12?21行
「1.発明の分野
本発明は、N-複素環式化合物の新規カルボン酸およびカルボン酸アイソスター、それらの製造、医薬組成物でのそれらの包含、およびそれらの製造、および動物における、神経学上の障害を防止および/または治療するため;……(略)……の使用法に関する。」

(b)第1頁第23?34行
「2.先行技術の説明
神経学上の背景
FK506およびラパマイシンのようなピコモル濃度の免疫抑制剤が、PC12細胞および感覚神経細胞、特に、脊髄神経節細胞(DRG)で軸索伸長を刺激することが分かった。……(略)……。全動物実験で、FK506は、顔面神経傷害に続く神経再生を刺激し、そして坐骨神経の病巣を有する動物における機能回復を生じることが示された。」

(c)第42頁第23行?第43頁第19行
「本発明の神経栄養性化合物は、神経学上の障害についての、または種々の末梢神経障害および神経変性に関連する神経学上の障害でのような神経再生および成長を刺激することが望まれる他の理由についての治療を受けている患者に経時的に投与できる。本発明の化合物は、種々の哺乳類の神経学上の障害を治療するためヒト以外の哺乳類に投与することもできる。
本発明の新規化合物は、優れた程度の神経栄養性活性を保有する。この活性は、損傷を受けた神経単位の刺激、神経再生の促進、神経変性の防止、および神経変性および末梢神経障害に関連して知られる数種の神経学上の障害の治療に有用である。治療され得る神経学上の障害としては、制限されないが、三叉神経痛、舌咽神経痛、ベル麻痺、重症筋無力症、筋ジストロフィー、筋萎縮側索硬化症、進行性筋萎縮、進行性延髄遺伝性筋萎縮、ヘルニア様、断裂または脱出した無脊椎椎間板症候群、頚椎症、叢障害、胸郭出口破壊症候群;鉛、ダプソン、マダニ、ポルフィリン症またはグライン-バーレ症候群によって引き起こされるもののような末梢神経障害、多発性硬化症、発作および発作に関連した虚血、神経性パロパシー、他の神経変性疾病、運動ニューロン疾病、坐骨挫傷、末梢神経単位障害、特に糖尿病に関連した神経単位障害、脊椎損傷および顔面神経挫傷、ハンティングトン病、アルツハイマー病、およびパーキンソン病が挙げられる。」

(d)第69頁第13行?第70頁第10行
「視神経切断に続く網膜神経節細胞の生存および軸索の瀕死からの帰還の阻止
哺乳類の視神経の切断は、短期間の不全型の再生を生じるが、しかし軸化神経細胞の大半は死滅し、そして多くの残存する神経節細胞から得られる軸索は、視神経頭を超えて枝枯れする。本実施例は、視神経切断に続くGPI-1046の神経保護効果を試験するための設計された。
成体雄Sprague Dawleyのラットにおける網膜の神経節細胞を、外側膝状体背側核へのフルオロ金注入によって逆行的に標識し、そして4日後、視神経を、眼球の5mm後で切断した。動物の群は、28日間、皮下注射による10mg/kg/日のGPI-1046または媒体のいずれかを投与された。全実験動物および対照を、切断の90日後に犠牲にした。
90日までに、フルオロ金で標識された神経節細胞のわずか?10%だけが生存したが、しかしこれらの神経細胞の半分未満が、RT97ニューロフィラメントの免疫組織化学で検出されるとおり、視神経頭を過ぎて伸びた軸索を維持した。GPI-1046の処置をしたものでは、中程度の神経細胞体の神経保護を生じて25%の神経節細胞が救われ、そして、実質的に全ての保護された神経細胞における軸索がその切断された神経の基部側切断端で維持された。これらの結果は、FKBPニューロイムノフィリンリガンドGPI-1046を用いた処置が、中枢神経系路の損傷に続く病理過程に根本的な変化を生じさせたことを示す。
これらの結果は、小分子FKBPニューロイムノフィリンリガンドGPI-1046が、培養下において神経突起成長を増強し、末梢神経の再生を増強し、また、部分的な求心路遮断に続く中枢神経系での発芽を刺激することも示す。」

(e)第70頁第12?25行
「インビボの網膜神経節細胞および視神経軸索試験
網膜の神経節細胞および視神経軸索での変性の減少または予防の範囲は、視神経に対する機械的損傷を模倣する手術的な視神経切断を利用した視覚消失モデルで決定された。網膜神経節細胞の神経保護および視神経軸索密度に対する数種のN-複素環式誘導体ニューロイムノフィリンFKBPリガンドの効果は、14日間および28日間のN-複素環式誘導体ニューロイムノフィリンFKBPリガンド処置を比較して実験的に測定された。網膜神経節細胞および視神経軸索に対するN-複素環式誘導体ニューロイムノフィリンFKBPリガンドの処置の効果は相関した。」

(f)第73頁第6行?第77頁第5行
「図6.GPI 1046は、視神経切断の後、網膜神経節細胞の死に対して中程度の保護を供する
眼球から5mmでの視神経の完全切断は、網膜神経節細胞のひどい変性を生じ、損傷の90日後に正常な神経節細胞の>87%の消失が示された。フルオロ金で標識された神経節細胞で生き残ったものは,媒体での処置の場合(大型白色形態)、変性細胞の残骸を消化してフルオロ金を取り込む小さな小グリア細胞の集団の中において、ほとんど存在しなかった(図6A)。14日間のGPI 1046での処置は、切断後の90日間生存した網膜神経節細胞の密度に,小さいが有意ではない増加を生じさせたが、しかし切断後の最初の28日間のGPI 1046での処置は、傷つきやすい神経節細胞に対し12.6%という中程度であるが有意な保護を生じさせた(図6B)。
図7.GPI 1046処置継続は、切断後の視神経軸索の変性の過程に著しく影響を及ぼす
同じ症例から得られる視神経の基部側切断端での視神経軸索密度の実験は、GPI 1046処置によって与えられるいっそう劇的な保護を表わす。切断の90日後、視神経内に残った神経節細胞はほとんどなく(図7B)、正常な集団のわずか5.6%であった。軸索の消失は、網膜神経節細胞の死と、わずかな生存する神経節細胞の?70%の軸索が網膜そのものへ退行または「枝枯れ」することとの両方に反映する(表1)。視神経切断後の最初の14日間GPI 1046での処置は、小さいが有意な5.3%の視神経軸索の保護を生じさせた(図7D、表1)が、しかし、28日間の同じ用量のGPI 1046での処置は、救った網膜神経節細胞の圧倒的多数(81.4%)に対し視神経軸索の保護を生じさせた(図7C、表1)。
図8.GPI 1046処置は、神経節細胞体より視神経軸索で大きな影響を生じる
この要約図は、図6の神経節細胞保護から得られるデータおよび視神経軸索保護の高画質顕微鏡写真(図8AおよびB、上部パネル)を示す。GPI 1046での28日処置は、大径、及び,特に中小径の視神経軸索の密度における明らかな増加を生じた(図8CおよびD、下部パネル)。
図9.視神経切断後の28日間のGPI 1046処置は、基部側切断端でのミエリン変性を防止する
ミエリン塩基性タンパク質の免疫組織化学は、正常な視神経でのミエリン化軸索の束(暗く標識された「島」)を標識する(図9A、上部左側)。切断の90日後、媒体による処置場合には、広範囲のミエリンの変性がはっきりと確認され、束構造の喪失および多数の大きく濃い変性ミエリン形態の出現によって特徴づけられる(図9B、上部右側)。視神経切断後の最初の14日間におけるGPI 1046での処置は、ミエリン変性のパターンを変えず(図9C、下部左パネル)、そして、ミエリン密度において有意でない1.6%の量的回復を生じさせた(表1)。GPI 1046での処置過程を延長して,視神経切断後の最初の28日間とすると、視神経の基部側切断端でのミエリン塩基性タンパク質についての束染色パターンの劇的な保護を生じ、そして変性ミエリン形態の密度を減少させ(図9D、下部右側パネル)、ミエリン密度の’70%の回復が示された(表1)。
図10.……(略)……
図11.視神経切断後の28日間のGPI 1046処置は、末端側切断端でのミエリン変性を防止する
視神経の完全な切断は、末端側のセグメント(神経節細胞体から切断された軸索断片)の変性、およびそれらのミエリン鞘の変性に至る。切断の90日後(図11B)、ミエリン塩基性タンパク質の免疫組織化学は、束構造(正常な視神経に存在する、図11A)のほぼ全ての消失、および数多くの濃い変性ミエリン形態の存在を明らかにする。定量では、切断した末端側切断端の断面積は、31%収縮し、そしてそのミエリンのおよそ1/2が消失することが明らかになる(表1)。切断後の最初の14日間のGPI 1046での処置は、末端側切断端の収縮に対して保護しなかったが、しかし,変性ミエリン形態の密度が、高いままであるにもかかわらず、ミエリンの密度をわずかに増加させた(図11C、表1)。最初の28日を通してのGPI 1046処置は、ミエリン標識の束のパターンの劇的な保護を生じ、変性ミエリン形態の密度を減少させ、切断神経の末端側切断端の断面の収縮を防ぎ、そして正常レベルの?99%でミエリンレベルを維持した(図11D、表1)。」

(g)第77頁第28行?第79頁最下行
「視神経切断に続く変性からの網膜神経節細胞の軸索の保護
視神経切断に続く変性から網膜神経節細胞の軸索を保護する上で様々なイムノフィリンリガンドのシリーズから得られる個々の化合物の効力は、表VIに規定される。



(h)請求の範囲,請求項8,9
「8.a)有効な量のN-複素環式カルボン酸またはカルボン酸アイソスター;および
b)製薬学上許容し得る担体
を含む医薬組成物。」
9.N-複素環式カルボン酸またはカルボン酸アイソスターが、化合物(I):

(式中、
nは、1-3である;
Xは、OまたはSのいずれかである;
R_(1)は、C_(1)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルキルまたはアルケニル、C_(2)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルケニル、アリール、ヘテロアリール、炭素環、または複素環から構成される群から選択される;
Dは、結合、またはC_(1)-C_(10)直鎖または分岐鎖アルキル、C_(2)-C_(10)アルケニルまたはC_(2)-C_(10)アルキニルである;
R_(2)は、カルボン酸またはカルボン酸アイソスターである;および
該アルキル、アルケニル、アルキニル、アリール、ヘテロアリール、炭素環、または複素環が、随意的に、R^(3)から構成される群から選択される1つまたはそれ以上の置換基で置換されており、ここで
R^(3)は、独立に水素、ヒドロキシ、ハロ、ハロアルキル、チオカルボニル、アルコキシ、アルケノキシ、アルキルアリールオキシ、アリールオキシ、アリールアルキルオキシ、シアノ、ニトロ、イミノ、アルキルアミノ、アミノアルキル、スルフヒドリル、チオアルキル、アルキルチオ、スルホニル、C_(1)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルキル、C_(2)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルケニルまたはアルキニル、アリール、アラルキル、ヘテロアリール、炭素環、複素環、およびCO_(2)R^(7)(式中、R^(7)は、水素またはC_(1)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルキルまたはC_(2)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルケニルである)である)
で表わされる化合物、医薬上許容し得る塩、エステル、またはその溶媒和物を包含する請求項8に記載の医薬組成物。」

(i)請求の範囲,請求項16?14
「16.N-複素環式カルボン酸またはカルボン酸アイソスターの有効量を動物に投与して、損傷を受けた末梢神経の成長を刺激するか、または神経再生を促進することを特徴とする動物における神経学上の障害を治療する方法。
17.神経学上の障害が、物理的傷害または疾患状態による末梢神経性障害、脳に対する物理的損傷、脊椎に対する物理的損傷、脳損傷に関連した発作、および神経変性に関連する神経学上の障害から構成される群から選択される請求項16に記載の方法。
18.?23. ……(略)……
24.N-複素環式カルボン酸またはカルボン酸アイソスターが、式(I):

(式中、
nは、1-3である;
Xは、OまたはSのいずれかである;
R_(1)は、C_(1)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルキルまたはアルケニル、C_(2)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルケニル、アリール、ヘテロアリール、炭素環、または複素環から構成される群から選択される;
Dは、結合、またはC_(1)-C_(10)直鎖または分岐鎖アルキル、C_(2)-C_(10)アルケニルまたはC_(2)-C_(10)アルキニルである;
R_(2)は、カルボン酸またはカルボン酸アイソスターである;および
ここで、該アルキル、アルケニル、アルキニル、アリール、ヘテロアリール、炭素環または複素環は、随意的に、R^(3)から選択された1つまたはそれ以上の置換基で置換され、ここで
R^(3)は、水素、ヒドロキシ、ハロ、ハロアルキル、チオカルボニル、アルコキシ、アルケノキシ、アルキルアリールオキシ、アリールオキシ、アリールアルキルオキシ、シアノ、ニトロ、イミノ、アルキルアミノ、アミノアルキル、スルフヒドリル、チオアルキル、アルキルチオ、スルホニル、C_(1)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルキル、C_(2)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルケニルまたはアルキニル、アリール、アラルキル、ヘテロアリール、炭素環、複素環、およびCO_(2)R^(7)(式中、R^(7)は、水素またはC_(1)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルキルまたはC_(2)-C_(9)直鎖または分岐鎖アルケニルである)である)
を示す化合物、または医薬上許容し得る塩、エステル、またはその溶媒和物を包含する請求項16に記載の方法。」

(2)対比

引用例には,N-複素環式カルボン酸等と,製薬学上許容し得る担体とを含む医薬組成物であって,前記N-複素環式カルボン酸が,所定の構造式で表される化合物のエステル等を包含するものが記載されており((h)),また,同一の構造を有するN-複素環式カルボン酸を,動物に投与して、損傷を受けた末梢神経の成長を刺激するか、または神経再生を促進することを特徴とする動物における神経学上の障害を治療する方法についても記載され,神経学上の障害は、物理的傷害による末梢神経性障害を包含するものであるともされている((i))。さらに,引用例には,上記所定の構造式で表される化合物のエステルに対応することが明らかな以下の構造式を有する化合物A「GPI 1046」が記載されており((g)),視神経を切断する実験において当該化合物を用いて処置をしたものは,神経節細胞やその軸索が保護されたことが記載されている((d)?(f))。

化合物A:GPI 1046


これらのことから、引用例には、「化合物GPI 1064及び製薬学上許容し得る担体を含む医薬組成物であって,当該医薬組成物は,動物における物理的傷害による末梢神経性障害等の神経学上の障害を治療するために,動物に投与して,損傷を受けた末梢神経の成長を刺激するか、または神経再生を促進するもの。」についての発明が記載されているものと認められる。また,GPI 1064等のN-複素環式カルボン酸のエステルを有効成分とする医薬組成物が記載されていることから,当該医薬組成物の製造における当該有効成分の使用についても実質的に記載されているといえ,結局,引用例に記載された発明を,本願補正発明の表現に即して言い換えると,次のとおりとなる。

「物理的傷害による末梢神経性障害等の神経学上の障害を治療するための医薬組成物の製造におけるGPI 1064の使用。」(以下「引用発明1」という。)

そこで,本願補正発明と引用発明1とを比較すると,引用発明1における化合物「GPI 1046」及び「物理的障害による末梢神経性障害等の神経学上の障害を治療する」ことは,それぞれ,本願補正発明における「式XXVIII(構造式省略)の化合物」及び「神経損傷の治療,予防治療または防止」に相当する。
なお,審判請求人は,平成22年4月8日付けで手続補正された審判請求書において,「本願発明の化合物が3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラートであるのに対して、引用文献1及び2に記載の発明の化合物はそうではない」((3)(d)の項目)と主張しているが,引用例(すなわち,原審での上記「引用文献1」)に記載された化合物「GPI 1064」は,その化学構造式からみて,3-(3-ピリジル)-1-プロピル基が,(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボン酸のカルボキシル基とエステルを形成した構造である,3-(3-ピリジル)-1-プロピル(2S)-1-(3,3-ジメチル-1,2-ジオキソペンチル)-2-ピロリジンカルボキシラートに他ならないから,採用できない主張である。
したがって,本願補正発明と引用発明1は,ともに、

「神経損傷の治療,予防治療または防止のための医薬品の製造における式XVIII(構造式省略)の化合物の使用」

であることで一致し,以下の点で相違している。

[相違点]本願補正発明では,神経損傷が「前立腺手術の結果として発生する」ものであるのに対し,引用発明1では,特定されていない点。

(3)判断

ア.相違点について

以下、相違点について検討するに先立ち,本願の優先権主張日における周知事項について検討する。
本願優先権主張日前に頒布されたことが明らかな以下の刊行物には,それぞれ,以下の事項が記載されている。なお,下線は当審が付加した。

・臨床成人病,第29巻第6号第785?790頁,1999年6月15日(以下,「周知例1」という。)

(a)要約欄第1?5行
「直腸癌,膀胱癌,前立腺癌などの骨盤腔内の臓器癌に対する手術では,自律神経を損傷することによる勃起障害や射精障害などの男性の性機能障害が起きる。性機能障害に関与する神経は腰内臓神経,上下腹神経叢,下腹神経,骨盤神経叢,骨盤内臓神経,仙骨内臓神経およびその臓側枝などである。上下腹神経層を損傷すると射精障害が,骨盤神経叢を損傷すると勃起障害が起きる。」

(b)第789頁左欄最下段落?同頁右欄第2段落
「膀胱癌・前立腺癌における神経温存手術
膀胱,前立腺へ分枝する神経は骨盤神経叢より出るが,性機能に関係する前立腺神経は前立腺被膜の外側,前立腺筋膜と直腸固有筋膜とがfusionして構成されるDenonvilliers筋膜の腹側,そして壁側骨盤筋膜の三者で形成される通路を通って前立腺に分布し,さらに前立腺の背外側を通って尿道膜様部と陰茎海綿体に達する。これらの神経のみを術中に視認することは難しく,神経は前立腺被膜の静脈に沿って走行するので,術中にはこの静脈と一緒にneurovascular bandleとして認識する。膀胱癌や前立腺癌での神経温存手術は,このneurovascular bundleを温存する手術である。
膀胱全摘術や前立腺全摘術ではこの神経を損傷することが多く,術後約90%のもので勃起障害が起きる^(5,6))。前立腺癌に対して神経温存手術を行った場合,63%^(7))あるいは71%^(8))のものに機能が温存されたと報告されている。」

・The Journal of Urology,第128巻第492?497頁,1982年(以下,「周知例2」という。英文のため訳文により記す。)

(a)要約欄第1?3行
「本研究は,前立腺全摘出術を受けた男性におけるインポテンスの原因を特定するためになされたものであり,この情報が当該合併症の予防への知見を提供するであろうことを期待するものである。」

(b)要約欄下から4?2行目
「我々は,前立腺全摘出術後のインポテンスは,陰茎海綿体への自律神経支配を提供する骨盤神経叢の損傷によって生じるものと結論する。」

・国際公開00/072871号(以下,「周知例3」という。英文のため訳文により記す。)

(a)第1頁第1段落
「本発明は,医薬品を製造するための神経栄養因子の使用に関するものであり,末梢神経症,自律性神経症,骨盤手術,骨盤外傷,陰茎の神経支配の発達障害,糖尿病などの末梢神経症を含む疾患の患者における骨盤部の末梢神経機能障害を処置するための促進性または抑制性の栄養扶助を提供するものである。さらに,本発明は,上記の機能障害および疾患を処置する方法を開示する。」

(b)第1頁第2?3段落
「勃起は主に神経仲介の血管系事象である。副交感神経系の骨盤神経が陰茎膨張に要する平滑筋の弛緩に一義的な重要性を有するが,交換神経系の下腹部神経も同様になんらかの役割を果たす。……(略)……。男性の正常な陰茎勃起は,無傷の神経支配,適当な血液供給,正常な勃起組織に依存する(Andersson, 1995)。従って,ニューロン性経路の断絶および神経筋接合部に関連する障害が,勃起機能障害を起こすようである(Batra, 1991)。
外科手術の進歩にかかわらず,やはり神経原性インポテンスは,前立腺,膀胱,直腸の根治的な手術における望ましくないがしばしば起きる結果である(Walsh, 1982)。インポテンスはまた,糖尿病などの自律性かつ感覚性の末梢神経障害における通常の症状である(Eardley, 1991)。臨床的に,陰茎神経の生存をはかり再生を高める分子を発見する必要がある。」

(c)第2頁第2段落
「ラットにおいてGDNF(当審注:「glial cell-line derived neurotrophic factor」,すなわち,グリア細胞株由来の神経栄養因子の略称。)およびその受容体のmRNA発現についての研究中に,本発明者は,GDNFおよびその受容体がネズミの陰茎の神経支配で役割を有することを示す結果を得た。この観察結果に促され,本発明者は,研究計画を続行して神経栄養因子についてさらに広範な有用性を見出すことができた。上記のいくつかの問題,すなわち骨盤部の末梢神経機能障害(限定でないが,勃起機能障害を含む)の処置に対する解決は,この予備的な観察を基にしている。」

(d)請求の範囲
「1.末梢神経機能障害の患者を処置する方法であって、処置を必要とする患者に促進性または抑制性の栄養機能として作用する医薬を、少なくとも1つの神経栄養因子またはその保存的に置換された変種を単独または併用で投与することにより、提供することを特徴とする方法。
2.神経栄養因子が、グリア細胞株由来の神経栄養因子(GDNF)ファミリー関連化合物またはニューロトロフィン、その受容体、その結合物質、および/または該因子およびその機能的部分をコードするヌクレオチド配列を含むことを特徴とする、請求項1の方法。
……(略)……
5.末梢神経機能障害が、神経症、糖尿病、急性陰茎打撲、陰茎手術、前立腺手術、膀胱手術および/または他の骨盤手術を含む疾患から生じることを特徴とする、請求項1の方法。
……(略)……」

これら,周知例1?3においては,前立腺の手術により,神経を損傷して,勃起障害を引き起こす場合があることが記載されている。このことから,本願優先権主張日前において,勃起障害を引き起こす原因である,前立腺手術の結果として発生する神経損傷の克服が,当業者に周知の課題であったということができる。

当該周知の事項を踏まえて,上記相違点について検討すれば,引用例には,「物理的障害による末梢神経性障害」等を含む神経学上の障害を治療することが記載されており,そして,具体的に,「機械的損傷を模倣する手術的な視神経切断を利用した視覚消失モデル」((e))を用いて,化合物GPI 1046の処置が神経細胞やその軸索を保護することを確認しているのであるから,引用例には,手術の結果として発生する神経損傷に対して化合物GPI 1046が治療効果を有することについて実質的に記載されているといえる。そして,前立腺手術により神経を損傷することがあるということは,上述のとおり本願優先権主張日前に周知の課題であったのであるから,当業者であれば,引用例の「物理的障害による末梢神経性障害」という記載から前立腺手術の結果として発生する神経損傷を想起し,そのような神経損傷に対して同様の処置を適用しようと想到することは,当業者にとって容易であるというべきである。

イ.効果について

引用例には,ラットを用いてインビボにおいて手術的に視神経を切断した実験で,化合物「GPI 1046」で処置をしたものにおいて,神経節細胞やその軸索の保護を実際に確認したことが記載されている((d)?(f))。また,引用例には,(c)に記載されるように,視神経に限らず,様々な体の部位における神経学上の障害に対して有用であることが示唆されていることに加え,(b)において,FK506及びラパマイシンのような薬剤が,実際に,軸索伸長を刺激し,また,FK506は顔面神経傷害に続く神経再生を刺激することが既知であったことについても記載されている。
これらの記載からみれば,顔面神経における傷害のような他の体の部位における神経損傷においても,神経栄養活性を有する薬剤により神経が再生することが既知である中で,化合物「GPI 1064」が実際に切断した視神経に対して神経保護を示したことが,引用例に記載されていたということであるから,当該化合物「GPI 1064」についての視神経以外の神経学上の障害に対する有用性は,単なる憶測ではなく,合理的根拠を伴ったものであるというべきである。
そうしてみると,神経細胞やその軸索の保護効果が,視神経に限らず他の末梢神経の神経障害に対しても奏されることは,当業者の予測の範囲内であるといえる。
また,特に本願優先権主張日時点の当業者の技術水準として,周知例3に記載されるように(特に(a),(c)及び(d)),勃起機能障害を含む骨盤部末梢神経機能障害に対して神経栄養因子を投与して処置することが当業者に知られていることからみて,前立腺手術の結果として発生する神経損傷が,他の部位の神経損傷とは異なった特異な状況を有するというわけではなく,他の部位における末梢神経性障害と同様であることが,本願優先権主張日前の技術水準であったということであるから,これを踏まえれば,なおのこと,本願補正発明の効果は,引用例の記載から,当業者が予測可能であったというべきものである。

よって,本願補正発明は,引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって,特許法第29条第2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(4)小括

以上のとおり,本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものと解したとしても,特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するから,同法第159条第1項の規定において準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

4.むすび

以上のとおりであるから,本件補正は,却下されるべきものである。

第3 本願発明について

1.本願発明

平成22年1月21日付けの手続補正は上記のとおり却下されたから,本願請求項15に係る発明は,出願当初の(すなわち,国際出願日における請求の範囲の翻訳文における)請求項15に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。

「【請求項15】
前立腺手術の結果として発生する神経損傷の治療、予防治療または防止のための方法であって、そのような治療を必要とする哺乳動物に式XXVIII:
【化5】

(式中、
R1は、C_(1)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルキル、C_(2)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルケニル、C_(3)-C_(6)シクロアルキルまたはAr_(1)であり、ここで該アルキルまたはアルケニルは非置換であるか、あるいはC_(3)-C_(6)シクロアルキルまたはAr_(2)によって置換され;
Ar_(1)およびAr_(2)は、独立して、2-フリル、2-チエニル、またはフェニルであり;
Xは、酸素または硫黄であり;
Yは、酸素またはNR_(2)であり、ここでR2は、直接結合、水素またはC_(1)-C_(6)アルキルであり;
Zは、水素、C_(1)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルキル、またはC_(2)-C_(6)直鎖または分岐鎖アルケニルであり、ここで該Zは、それぞれ水素およびC_(1)-C_(4)アルコキシから成る群より独立に選択される1またはそれ以上の置換基を持つ、2-フリル、2-チエニル、C_(3)-C_(6)シクロアルキル、ピリジル、およびフェニルから成る群より独立に選択される1またはそれ以上の置換基によって置換され;
nは、1または2である)
の化合物、またはその薬学的に許容される塩、エステルまたは溶媒和物を投与することを含む方法。」(以下,「本願発明」という。)

2.原査定の理由

原審の拒絶の理由の概要は,「この出願については、平成21年1月7日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶をすべきものです。」というものである。そして,前記拒絶理由通知書では,理由1として,「請求項1?25に係る発明は、人間の治療方法の発明であるから、産業上利用できる発明に該当しない」旨とともに,特許法第29条第1項柱書きに規定する要件を満たしていないこと,及び,理由2として,特許法第29条第2項の規定により特許をうけることができないことが指摘されている。

3.当審の判断

(1)理由1について

本願発明は,「治療、予防治療または防止のための方法」であって,そのような治療を必要とする「哺乳動物」に所定の化合物を「投与する工程を含む方法」に関するものである。本願発明における「哺乳動物」の用語については,一般に,人間を含むことが明らかである上に,本願明細書においても,

「本明細書で使用されるように、「温血動物」は、ヒト、ウマ、ブタ、ウシ、ネズミ、イヌまたはネコ種の成員(member)を含む哺乳動物を含む。ヒトの場合、「温血動物」という語は、「患者」とも呼ばれ得る。」(0076段落)(下線は,当審が付加した。)

と記載して,「哺乳動物」に「ヒト」が含まれることを明記しつつ,「ヒトの場合」に使用するとされる「患者」の用語を用いて,本願明細書0045段落及び0050段落において,「患者」に「投与」することを記載している。
そうしてみると,本願発明における「哺乳動物」に人間が含まれることは明らかであるから,本願発明は,人間の治療方法に該当するといわざるを得ないものである。
したがって,本願発明は,特許法第29条柱書に規定する産業上利用することができる発明に該当するものということはできない。

(2)理由2について

ア.引用刊行物

原審で通知した平成21年1月7日付け拒絶の理由に引用された刊行物及びその記載事項は,上記第2の3.(1)に記載したとおりである。

イ.対比・判断

上記引用例には,所定の化合物を投与して,治療をする方法についても記載されているから((i)),上記第2の3.(2)での対比を勘案すれば,引用例には,「化合物GPI 1064の有効量を動物に投与して,損傷を受けた末梢神経の成長を刺激するか,または神経再生を促進することを特徴とする動物における物理的傷害による末梢神経性障害等の神経学上の障害を治療する方法。」についての発明が記載されている(以下,「引用発明2」という。)。
そして,本願発明と引用発明2とを対比すると,両者は,

「神経損傷の治療,予防治療または防止のため方法であって,そのような治療を必要とする哺乳動物に式XVIII(構造式省略)の化合物を投与することを含む方法。」

であることで一致し,以下の点で相違する。

[相違点]本願発明では,神経損傷が「前立腺手術の結果として発生する」ものであるのに対し,引用発明2では,特定されていない点。

当該相違点は,上記第2の3.(3)での判断において検討したとおり,当業者が容易に想到できたことであるから,本願発明についても,同様の理由により,その優先権主張日前に頒布された刊行物である引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

4.むすび

以上のとおりであるから,本願請求項15に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。したがって,その余の請求項について論及するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-21 
結審通知日 2012-05-22 
審決日 2012-06-06 
出願番号 特願2002-592930(P2002-592930)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 57- Z (A61K)
P 1 8・ 13- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福井 悟  
特許庁審判長 横尾 俊一
特許庁審判官 大久保 元浩
中村 浩
発明の名称 手術の結果として発生した神経損傷を治療するための方法  
代理人 大森 規雄  
代理人 片山 英二  
代理人 鈴木 康仁  
代理人 片山 英二  
代理人 小林 浩  
代理人 小林 浩  
代理人 大森 規雄  
代理人 鈴木 康仁  

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