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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1264836
審判番号 不服2011-19455  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-09-08 
確定日 2012-10-17 
事件の表示 特願2006-540699号「薄膜加熱素子」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 6月 2日国際公開、WO2005/051042、平成19年 5月17日国内公表、特表2007-512665号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、2004年11月11日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2003年11月20日、欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって 、平成23年4月28日付けで拒絶査定がなされ(発送:5月10日)、これに対し、平成23年9月8日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、その審判の請求と同時に手続補正がなされたものである。

第2.平成23年9月8日付け手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成23年9月8日付け手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の請求項1に記載された発明
平成23年9月8日付け手続補正(以下「本件補正」という。)により特許請求の範囲の請求項1は、次のとおりに補正された。

「【請求項1】
少なくとも、アルミニウムの基体、ゾル-ゲル前駆物質を主材料とする電気絶縁層、及び、2μmよりも小さい厚さを備えた電気抵抗層を含み、前記電気抵抗層は、無機材料からなり、化学蒸着(CVD)、物理蒸着(PVD)、マグネトロンスパッタリング、溶射又は湿式の化学技術によって前記電気絶縁層に設けられる、膜の加熱素子。」(下線部は補正箇所である。)

上記補正は、補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「電気抵抗層」に関して「化学蒸着(CVD)、物理蒸着(PVD)、マグネトロンスパッタリング、溶射又は湿式の化学技術によって前記電気絶縁層に設けられる」との限定を付すものであって、補正後の請求項1に記載された発明は、補正前の請求項1に記載された発明と、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることが出来るものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について、以下に検討する。

2.引用刊行物とその記載事項
(1)本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平3-276589号公報(以下「刊行物1」という。)には、図面と共に、以下の記載がある。

ア.「母材の上に、絶縁層、電極層、発熱層を順次被着形成することにより、一体化構造の薄膜ヒータが製造される。」(第2頁左下欄第7行?第9行、下線は当審にて付与、以下同じ。)

イ.「[母材加工工程]
先ず、第1図Aに示すように、後述の薄膜発熱層を保持する目的のための母材10を用意する。
この母材10は、前記保持のための強度を有すると共に、熱伝導性の良い部材、例えばアルミニウムで構成されている。この母材10は、例えば8インチの半導体ウェーハを加熱するものの場合、縦及び横の長さが210?250mm、厚さが0.1?15mm、好ましくは1?5mmの範囲の方形状の板に加工される。この母材10の材質としては、アルミニウムのほか、強度及び熱伝送性の点で好適なものならどのようなものも使用でき、例えばSUSも使用できる。さらには、セラミックスやエンジニアプラスチックも使用可能である。
[第1絶縁層形成工程]
次に、この例の場合、母材10はアルミニウムで電気導電性を有するものであるので、第1図Bに示すように、この母材10の底面を除く上面及び側周面に第1の絶縁層11を被着形成する。この絶縁層11の材質としては、電気的絶縁及び熱伝導の良好なものが好ましく、例えば特殊セラミック例えばアルミナ、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ジルコニア等が用いられる。この第1の絶縁層11の厚さは、10?100μmとされ、プラズマ溶射、爆発溶射(爆射)により母材10の表面に被着される。なお、母材10がセラミックス等の絶縁性を有する部材で構成されている場合には、この第1の絶縁層11を被着する工程は不要である。
[電極層形成工程]
次に、第1図Cに示すように、絶縁層11上において、方形の母材10の例えば横方向の両端部位置に電極層12.13を側面部にまで渡って被着形成する。この電極層12,13は、例えば銅やアルミニウムの良導電体金属を、例えば0.01?1mm、好ましくは0.1mmの厚さで被着する。被着方法は、溶射、爆射のほか、電気メッキ、蒸着、スパッターによって行うことができる。
[発熱層形成工程]
次に、第1図Dに示すように、電極層12,13が形成された絶縁層11の上に、側周面部を除いて発熱層14を被着形成する。この発熱層14は、例えばサーメットで形成される。そして、発熱層14の厚さは、0.1?200μm好ましくは0.5?50μmとされ、例えば蒸着、CVD、プラズマ溶射、爆射によって被着形成できる。
なお、発熱層14の材質は、クロム、ニッケル、白金、タンタル、タングステン、スズ、鉄、鉛、アルメル、ベリリウム、アンチモン、インジウム、クロメル、コバルト、ストロンチウム、ロジウム、パラジウム、マグネシウム、モリブデン、リチウム、ルビジウム等の金属単体やカーボンブラック、グラファイトなどに代表される炭素系材料の単体、ニクロム、ステンレス、ステンレススチール、青銅、黄銅等合金、ポリマーグラフトカーボン等のポリマー系複合材料、ケイ化モリブデンなどの複合セラミック材料であってもよい。要は、導電性を有するとともに、通電によって発熱抵抗体として機能して熱源となり得るものであれば良い。これらの材料のうちのいずれのものを選択するかは、加熱すべき被処理体の熱処理温度に応じて適宜決定すれば良い。なお、発熱層14の厚さはポリッシュあるいは研磨して所望の厚さに容易にトリミング(修正)することができる。」(第2頁左下欄第15行?第3頁右上欄第18行)

以上を総合すると、刊行物1には、次の発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)が記載されているものと認められる。

「少なくとも、アルミニウムの母材10、アルミナ、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ジルコニア等の特殊セラミックからなる絶縁層11、及び0.5?50μmの発熱層14を含み、前記発熱層は金属単体や合金からなり、蒸着、CVD、プラズマ溶射、爆射によって絶縁層11に被着される、薄膜ヒータ。」

(2)本願の優先日前に頒布された刊行物である国際公開第02/085072号パンフレット(以下「刊行物2」という。)には、図面と共に、以下の記載がある。

ウ.「It is an aim of the present invention to provide for a heating element according to the preamble which has a relatively high breakdown voltage. In particular, the present invention aims to provide for a heating element, the substrate of which comprises aluminum or anodized aluminum. It will be clear that the term aluminum comprises both aluminum and alloys of aluminum. Furthermore, the present invention aims to provide for an electrical domestic appliance including such a heating element, as well as to a method of manufacturing the heating element.

These and other objects of the invention are achieved by a heating element according to thepreamble which is characterized in that the electrically insulating layer comprises a layer which is obtained by means of a sol-gel process.

By applying an electrically insulating layer comprising a so-called sol-gel layer several advantages are achieved. First of all, the sol-gel layer shows excellent electrically insulating properties. The carbon content of sol-gel materials is sufficiently low to prevent the formation of a carbonized conductive track in case of failure of the heating, thereby providing a safe heating element. Also, sol-gel materials have a high thermal conductivity which is in the order of magnitude of 0.5-2 W/m/°K. Furthermore, sol-gel material can be processed at temperatures below 400℃, which makes this material suitable to be applied directly to aluminum substrates. 」(明細書第1頁第18行?第2頁第6行)

[審決注:日本語訳は、刊行物2の対応日本出願である特願2002-582665号(特表2004-519832号)における、本件審判請求人による訳を用いた。]

本発明の目的は、相対的に高い降伏電圧を持つ前文による加熱素子を提供することにある。とりわけ、本発明は、基材がアルミニウム又は陽極酸化アルミニウムを有する加熱素子を提供することを目的とする。アルミニウムという用語がアルミニウムとアルミニウムの合金との両方を含むことは明らかであろう。更に、本発明は、このような加熱素子を含む家庭用電気器具、及び該加熱素子の製造方法を提供することを目的とする。

本発明のこれら及び他の目的は、電気絶縁性層がゾル・ゲルプロセスによって得られる層を有することを特徴とする加熱素子により達成される。

所謂ゾル・ゲル層を有する電気絶縁性層を塗布することにより、幾つかの利点が達成される。まず第1に、前記ゾル・ゲル層は優れた電気絶縁特性を示す。ゾル・ゲル材料の炭素含有量は、加熱の失敗の場合に炭化伝導性トラックの形成を防止するのに十分低く、それによって、安全な加熱素子を提供する。また、ゾル・ゲル材料は高い熱伝導性を持ち、該熱伝導性は略々0.5乃至2W/m/°K程度の大きさである。更に、ゾル・ゲル材料は400℃未満の温度で処理され得る。このことは、この材料をアルミニウム基材に直接的に塗布されるのに適当にする。

エ.「The heating element 1 as shown in figure 1 is built up of a substrate 2, an insulating layer 3, and a resistive layer 6.

In the embodiment shown, the substrate 2 comprises an aluminum alloy which is used for a sole plate of an iron. Said substrate 2 is covered with a layer 3 of an electrically insulating material. In the present case, the electrically insulating layer 3 consists of a first layer 4 which is obtained by means of sol-gel process, as well as a second layer 5 which comprises a thermoplastic resin. In this case, the thermoplastic resin comprises polyimide.

Sol gel materials can be cured at temperatures below 400℃,which makes it possible to apply said materials directly on an aluminum substrate. As the sol-gel layer 4 has a low carbon content, the creation of a conductive track is prevented, even in case of failure of the heating element. Thus, the insulating properties of the sol-gel layer 4 remain intact, even in extreme situations. Moreover, the thermal; conductivity of sol-gel materials is quite high and is in the order of magnitude of 0.5-2 W/m/°K.

As a result of certain requirements on heating elements the thickness of the electrically insulating layer has to be about 30-60μm . As it is difficult to build up such a thick layer by means of sol-gel techniques, a polyimide layer 5 is applied on top of the sol-gel layer in order to provide for the desired thickness. However, the sol-gel layer is as thick as possible in order to make use of all its advantages as disclosed in the above.

Example:

Method of manufacturing a heating element according to the present invention

The method of manufacturing the heating element according to the present invention at least comprises the following steps:

- providing a substrate;
- applying an electrically insulating layer on said substrate; and
- applying a resistive layer on top of the electrically insulating layer. 」(明細書第4頁第1行?第27行)

図1に示されているような加熱素子1は、基材2、絶縁性層3及び抵抗性層6から構築されている。
図示されている実施例において、基材2は、アイロンの底板に用いられるアルミニウム合金を有する。前記基材は、電気絶縁性材料の層3で被覆される。本例の場合には、電気絶縁性層3は、ゾル・ゲルプロセスによって得られる第1層4及び熱可塑性樹脂を有する第2層5から成る。この場合には、熱可塑性樹脂はポリイミドを有する。

ゾル・ゲル材料は400℃未満の温度で硬化し得る。このことはアルミニウム基材上に直接的に前記材料を塗布することを可能にする。ゾル・ゲル層4は炭素含有量が低いので、加熱素子の故障の場合でも伝導性トラックの生成が防止される。斯くして、ゾル・ゲル層4の絶縁特性は、極端な状況においても依然として損なわれない。更に、ゾル・ゲル材料の熱伝導性は非常に高く、略々0.5乃至2W/m/°K程度の大きさである。

加熱素子における或る要求のため、電気絶縁性層の厚さは約30乃至60μmでなければならない。ゾル・ゲル技術によってこのような厚い層を構築するのは困難であるので、所望の厚さを与えるためにゾル・ゲル層の上にポリイミド層5が塗布される。しかしながら、上記のゾル・ゲル層の利点の全てを活用するためにゾル・ゲル層は可能な限り厚い。

例:
本発明による加熱素子の製造方法
本発明による加熱素子の製造方法は、少なくとも、
-基材を設けるステップ、
-前記基材上に電気絶縁性層を塗布するステップ、及び
-前記電気絶縁性層の上に抵抗性層を塗布するステップを有する

オ.「Application of a first sol-gel layer on the substrate

The sol-gel layer was applied on the aluminum surface within 2 hours after cleaning of the aluminum substrate.

The sol-gel layer was applied on the aluminum substrate by means of spin coating. Alternatively the sol gel layer may be applied by spray coating. The procedure used in the present example was spin coating during 5 s at 400 (low) rpm followed by spin coating during 10 s at 800 (high) rpm, yielding a final thickness of the sol-gel layer of about 3-4 μm in one run. The coated substrate was thermally treated (dried) at 100℃ for 10 min to remove the solvent. This was done on a hotplate inside a clean room. After the drying stage, the substrate coated with sol-gel material is cured at 375℃ in a muffle furnace under air atmosphere during 20 min.」(明細書第5頁第31行?第6頁第8行)

基材上への第1のゾル・ゲル層の塗布
ゾル・ゲル層は、アルミニウム基材の洗浄後2時間以内にアルミニウム表面上に塗布された。

ゾル・ゲル層はスピンコーティングによってアルミニウム基材上に塗布された。他の例においては、ゾル・ゲル層はスプレーコーティングによって塗布され得る。本例において用いられた手順は、400rpm(低速)での5秒間のスピンコーティングに続いて800rpm(高速)での10秒間のスピンコーティングをするものであり、1回(one run)で約3乃至4μmのゾル・ゲル層の最終的厚みをもたらす。被覆された基材は、溶媒を取り除くために100℃で10分間熱的に処理された(乾燥された)。これはクリーンルーム内のホットプレート上でなされた。乾燥段階後、ゾル・ゲル材料で被覆された基材は、20分間空気雰囲気下のマッフル炉おいて375℃で硬化した。

カ.「Application of the resistive layer on top of the electrically insulating layer

The resistive or heat generating layer is applied using the screen printing technique. In the present case the resistive layer comprises a heat-generating track. The heat-generating track is a mixture of carbon and PAA (Pyre-M.L. RC-5019). This mixture behaves as a paste, as required for the screen printing process. The layer need to be dried at 80℃ for 10 minutes to flash off the NMP. 」(明細書第6頁第30行?第7頁第2行)

電気絶縁性層の上への抵抗性層の塗布
抵抗性層又は熱生成層はスクリーン印刷技術を用いて塗布される。本例の場合には、抵抗性層は熱生成トラックを有する。熱生成トラックは、炭素とPAA(Pyre-M.L. RC-5019)との混合物である。この混合物は、スクリーン印刷プロセスのために必要とされるようなペーストとして作用する。この層はNMPをフラッシュ・オフするために80℃で10分間乾燥される必要がある。

以上を総合すると、刊行物2には、加熱素子においてアルミニウム基材に対し高温の悪影響を与えずに絶縁材層を塗布、成形可能とした発明として、次の発明(以下「刊行物2記載の発明」という。)が記載されているものと認められる。

「アルミニウム基材2に電気絶縁層としてゾル・ゲル材料を塗布し、(その上に電気絶縁層としてポリイミド層を塗布し、さらに)その上に抵抗性層を塗布した加熱素子。」

3.発明の対比
本願補正発明と刊行物1記載の発明を対比すると、刊行物1記載の発明における「母材10」は本願補正発明における「基体」に相当し、以下同様に、「絶縁層11」は「電気絶縁層」に、「発熱層14」は「電気抵抗層」に、「金属単体や合金」は「無機材料」に、「蒸着、CVD、プラズマ溶射、爆射によって」は「化学蒸着(CVD)、物理蒸着(PVD)、溶射によって」に、「被着される」は「設けられる」に、「薄膜ヒータ」は「膜の加熱素子」に、各々相当する。

したがって、両者の一致点、相違点は、次のとおりである。

(一致点)
少なくとも、アルミニウムの基体、電気絶縁層、及び、電気抵抗層を含み、前記電気抵抗層は、無機材料からなり、化学蒸着(CVD)、物理蒸着(PVD)、溶射によって前記電気絶縁層に設けられる、膜の加熱素子。

(相違点1)
「電気絶縁層」の材質が、本願補正発明においては「ゾル-ゲル前駆物質を主材料とするもの 」であるのに対し、刊行物1記載の発明においては「アルミナ、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ジルコニア等の特殊セラミック」である点。

(相違点2)
(蒸着等で絶縁層に設けられる無機材料からなる)電気抵抗層の厚さが、本願補正発明においては「2μmよりも小さい厚さ」であるのに対し、刊行物1記載の発明においては「0.5?50μm」である点。

4.当審の判断
そこで、上記各相違点につき検討する。

(相違点1について)
刊行物1記載の発明の実施例においては、電気絶縁層である「アルミナ、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ジルコニア等の特殊セラミック」は、アルミニウムの基体に「プラズマ溶射、爆発溶射(爆射)により 」被着されている(摘記事項イ[第1絶縁層形成工程]参照)。

これは、アルミナ、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ジルコニア等の特殊セラミックの溶融温度が2000℃以上の高温であるため、融点が660℃であるアルミニウム基体への悪影響を抑える手段として、被着方法として、溶射粒子の保つ熱量が少ない「プラズマ溶射、爆発溶射(爆射)」を採用しているものと解される。

即ち、刊行物1記載の発明は、電気絶縁層をアルミニウム基体上に形成するに際し、高温の絶縁材料からの悪影響に配慮したものである。

また、刊行物2記載の発明と本願補正発明を対比すると、刊行物2記載の発明における「アルミニウム基材2」は本願補正発明における「アルミニウムの基体」に相当し、以下同様に、「ゾル・ゲル材料」は「ゾル-ゲル前駆物質」に、「抵抗性層」は「電気抵抗層」に、各々相当する。

よって、加熱素子においてアルミニウム基材に対し高温の悪影響を与えずに絶縁材を塗布、成形可能とした発明である、刊行物2記載の発明は、次のように言い換えることができる。

「アルミニウムの基体に電気絶縁層としてゾル-ゲル前駆物質を塗布し、その上に電気抵抗層を塗布した加熱素子。」

したがって、刊行物1記載の発明において、アルミニウム基材に対し高温の悪影響を与えずに絶縁材層を簡便に形成するために、「電気絶縁層」の材質を「アルミナ、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ジルコニア等の特殊セラミック(のプラズマ溶射、爆発溶射(爆射))」に代えて簡便な塗布を用いうる「ゾル-ゲル前駆物」とすることは、刊行物2記載の発明に倣って、当業者が、容易に想到し得た事項である。

(相違点2について)
刊行物1記載の発明における電気抵抗層の厚さ「0.5?50μm」の内「0.5より大きく2μmより小さい厚さ」の範囲は、本願補正発明においては「2μmよりも小さい厚さ」に包含されることから、相違点2は、実質的な相違点ではない。

しかし、ここでは、本願補正発明の数値範囲に関し、発明の詳細な説明中に記載された意味を踏まえて、予備的に検討する。

本願明細書の段落【0004】、【0005】には、フラットフィルム加熱素子を「抵抗層が2μmを超過する厚さを有する厚膜加熱素子」と「抵抗層が2μmよりも小さい厚さを有する薄膜加熱素子」に分割することができる旨記載されており、「2μm」は両型式の境界を規定するものとして記載されている。

よって、本願補正発明の「電気抵抗層の厚さが、2μmよりも小さい厚さ」という発明特定事項は、本願補正発明に係る「膜の加熱素子」が「(型式としては従来より周知の)薄膜加熱素子」であることを表しているものと解される。

まず、刊行物1の記載を検討するに、刊行物1に記載の発明は、文言上は「薄膜ヒータ」と記載され、かつその「0.5より大きく2μmより小さい厚さ」の範囲は、審判請求人の定義からみても明らかに「薄膜加熱素子」である。

また、本来、膜加熱素子の電気抵抗層の「厚さ」は、「幅」、「長さ」と共に、使用される「材料」と必要となる「抵抗値」に応じて、適宜決定されるべきものである[例えば、特開2000-286044号公報「ニッケル-リン合金めっき被膜の厚さも、必要とされる抵抗値、耐摩耗性等に応じて適宜選択すればよいが、一般には、0.1?1μm程度、好ましくは0.1?0.5μm程度とすればよい。」(段落【0069】)参照]。

さらに、「抵抗層が2μmよりも小さい厚さを有する薄膜加熱素子」自体も、
例えば、
特表2002-525829号公報「噴霧回数を変えて、約60Ω?400Ω以上のシート抵抗を得た。また、噴霧回数を変えると、2,000オングストローム単位と14,000オングストローム単位との間で膜厚を変えることができた。さらに、ガラスセラミック基体、アルミナ基体、シリカガラス基体や窒化珪素基体を始めとする各種基体に膜を形成した。」(段落【0027】)、
特開平4-357692号公報「この状態で、まず銀薄膜2を約50Åの厚さに形成し、さらにその上側全面にITO薄膜3を約300Åの厚さに形成した。この結果図2に示す透明導電性フィルムが得られた。」(段落【0018】)、
特開2000-286044号公報「ニッケル-リン合金めっき被膜の厚さも、必要とされる抵抗値、耐摩耗性等に応じて適宜選択すればよいが、一般には、0.1?1μm程度、好ましくは0.1?0.5μm程度とすればよい。」(段落【0069】)
と記載されているように、従来より周知の「膜加熱素子」である。

よって、刊行物1記載の発明の電気抵抗層の厚さを「2μmよりも小さい厚さ」、即ち従来より周知の「薄膜加熱素子」の範囲内の適宜の膜厚とすることは、使用される「材料」と必要となる「抵抗値」を加味して、当業者が、適宜、設定すべき事項である。

そして、本願補正発明の奏する効果も、刊行物1、2記載の発明から、当業者が予測できる程度のものであって、格別なものとはいえない。

したがって、本願補正発明は、刊行物1、2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

5.結び
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3.本願発明について
1.本願発明
本件補正は、前記のとおり却下されたので、本願の請求項1?8に係る発明は、平成23年2月2日付けの手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、そのうち本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
少なくとも、アルミニウムの基体、ゾル-ゲル前駆物質を主材料とする電気絶縁層、及び、2μmよりも小さい厚さを備えた電気抵抗層を含み、前記電気抵抗層は、無機材料からなる、膜の加熱素子。」

2.引用刊行物とその記載事項
原査定にて引用された刊行物2(国際公開第02/085072号パンフレット)の記載事項は、上記摘記事項ウ?カのとおりであり、総合すると、刊行物2には、加熱素子においてアルミニウム基材に対し高温の悪影響を与えずに絶縁材を塗布、成形可能とした発明として、以下の発明(刊行物2記載の発明)が記載されているものと認められる。

「アルミニウム基材2に電気絶縁層としてゾル・ゲル材料を塗布し、その上に電気絶縁層としてポリイミド層を塗布し、さらに、その上に抵抗性層をスクリーン印刷で塗布した加熱素子。」

3.発明の対比
本願発明と刊行物2記載の発明とを対比すると、刊行物2記載の発明における「アルミニウム基材2」は本願発明における「アルミニウムの基体」に相当し、以下同様に、「ゾル・ゲル材料」は「ゾル-ゲル前駆物質」に、「抵抗性層」は「電気抵抗層」に、「加熱素子」は「膜の加熱素子」に、各々相当する。

また、刊行物2記載の加熱素子は、第2の電気絶縁層として「ポリイミド層」を有しているが、少なくとも「アルミニウム基材2」、「電気絶縁層としてゾル・ゲル材料」、「抵抗性層」を有するものであることは、明らかである。

したがって、両者の一致点、相違点は、次のとおりである。

(一致点)
少なくとも、アルミニウムの基体、ゾル-ゲル前駆物質を主材料とする電気絶縁層、及び、電気抵抗層を含む、膜の加熱素子。

(相違点1)
電気抵抗層が、本願発明においては「2μmよりも小さい厚さを備えた」と特定されているのに対し、刊行物2記載の発明においては「スクリーン印刷で塗布した」ものであるとしか記載されていない点。

(相違点2)
電気抵抗層の材料が、本願発明においては「無機材料」と特定されているのに対し、刊行物2記載の発明においては不明である点。

4.当審の判断

以下に、各相違点につき検討する。

(相違点1について)
まず、刊行物2記載の発明における電気抵抗層の厚さの具体的数値を技術常識に基づき検討し、本願発明において、電気抵抗層膜厚を「2μmよりも小さい厚さ」と規定する意味を本願願明細書に基づき検討すると共に、両者の差異が実質的に何であるかを検討する。

技術常識によれば、刊行物2記載の発明のように「スクリーン印刷で塗布した」ものにおいては、膜厚は通常5?25μ程度(重ね塗りで膜厚を増加させることは可能)である。

また、本願明細書段落【0005】の定義によれば、電気抵抗層膜厚「2μm」は、「薄膜加熱素子(2μmよりも小さい厚さの電気抵抗層)」と「厚膜加熱素子(2μmを超過する厚さの電気抵抗層)」の境界を規定する数値である。

よって、本願発明と刊行物2記載の発明は、相違点1を有することにより電気抵抗層膜厚の大きさにおいて相違し、その結果、本願発明は「薄膜加熱素子(2μmよりも小さい厚さの電気抵抗層)」、刊行物2記載の発明は「厚膜加熱素子(2μmを超過する厚さの電気抵抗層)」を対象としていることとなる。

次いで、刊行物2記載の発明において、電気抵抗層膜厚を「2μmよりも小さい厚さ」とすることの容易性につき検討する。

本来、膜加熱素子の電気抵抗層の「厚さ」は、「幅」、「長さ」と共に、使用される「材料」と必要となる「抵抗値」に応じて、適宜決定されるべきものである[例えば、特開2000-286044号公報「ニッケル-リン合金めっき被膜の厚さも、必要とされる抵抗値、耐摩耗性等に応じて適宜選択すればよいが、一般には、0.1?1μm程度、好ましくは0.1?0.5μm程度とすればよい。」(段落【0069】)参照]。

また、膜の加熱素子(膜加熱素子)として、「厚膜加熱素子」と「薄膜加熱素子」が存在することは本願優先日前から周知であり、両者は「基体、(基体が絶縁体でない場合は絶縁層、)及び電気抵抗層の積層体」という共通基本構造を有しているため、一方に適用される技術は、他方に互換適用できる場合が多いことは技術常識である[例えば、特表平2-500097号公報「各加熱素子50は抵抗性材料の薄膜で作られており、そしてこれは非導電性支持具上に取り付けられている。スイッチ54が閉じられると、定電流パルスが加熱素子を流れる。薄膜加熱素子が示されているけれども、厚膜加熱素子も又この発明に従って使用され得ることは理解されるであろう。」(第3頁左上欄第6行?第10行)参照]。

さらに、「抵抗層が2μmよりも小さい厚さを有する薄膜加熱素子」自体も、
例えば、
特表2002-525829号公報「噴霧回数を変えて、約60Ω?400Ω以上のシート抵抗を得た。また、噴霧回数を変えると、2,000オングストローム単位と14,000オングストローム単位との間で膜厚を変えることができた。さらに、ガラスセラミック基体、アルミナ基体、シリカガラス基体や窒化珪素基体を始めとする各種基体に膜を形成した。」(段落【0027】)、
特開平4-357692号公報「この状態で、まず銀薄膜2を約50Åの厚さに形成し、さらにその上側全面にITO薄膜3を約300Åの厚さに形成した。この結果図2に示す透明導電性フィルムが得られた。」(段落【0018】)、
特開2000-286044号公報「ニッケル-リン合金めっき被膜の厚さも、必要とされる抵抗値、耐摩耗性等に応じて適宜選択すればよいが、一般には、0.1?1μm程度、好ましくは0.1?0.5μm程度とすればよい。」(段落【0069】)
と記載されているように、従来より周知の「膜加熱素子」であり、その製造に格別な困難を伴うものではない。

よって、上述のように、膜加熱素子の電気抵抗層の「厚さ」は適宜決定されるべきものであり、また、厚膜加熱素子と薄膜加熱素子に適用される技術の多くが、互換適用可能であり、かつ、加熱素子においてアルミニウム基材に対し高温の悪影響を与えずに絶縁材を塗布、成形可能とすることは厚膜加熱素子と薄膜加熱素子に共通する技術課題であるため、刊行物2記載の発明の電気抵抗層膜厚を「2μmよりも小さい厚さ」とすること、換言すると、加熱素子においてアルミニウム基材に対し高温の悪影響を与えずに絶縁材を塗布、成形可能とした発明として提示されている刊行物2記載の「厚膜加熱素子」の技術手段を「薄膜加熱素子」へ適用することは、当業者が、通常の創作能力の範囲内で、容易に想到し得た事項である。

(相違点2について)
膜加熱素子における電気抵抗層の材質として無機材料を使用することは、例えば、刊行物1における「金属単体」、「合金」(摘記事項イ)、相違点1についての検討でみた、特開平4-357692号公報(銀、ITO)、特開2000-286044号公報(ニッケル-リン合金)の記載にみられるように、本願優先日前から周知の技術手段である。

よって、刊行物2記載の発明において電気抵抗層の材料を「無機材料」とすることは、上記周知の技術手段に倣って、当業者が容易に想到し得た事項である。

また、本願発明により得られる効果も、刊行物2記載の発明、及び周知の技術手段から、当業者であれば、予測できる程度のものであって、格別なものとはいえない。

したがって、本願発明は、刊行物2記載の発明、及び周知の技術手段に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.結び
以上のとおり、本願発明は刊行物2記載の発明及び周知の技術手段に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-18 
結審通知日 2012-05-22 
審決日 2012-06-07 
出願番号 特願2006-540699(P2006-540699)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H05B)
P 1 8・ 121- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中里 翔平  
特許庁審判長 岡本 昌直
特許庁審判官 長浜 義憲
前田 仁
発明の名称 薄膜加熱素子  
代理人 津軽 進  
代理人 小松 広和  
代理人 笛田 秀仙  

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