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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1265255
審判番号 不服2009-6276  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-03-24 
確定日 2012-10-24 
事件の表示 特願2003-557603「免疫反応の変化を生じるプロテアーゼ、ならびにその製造および利用方法」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 7月17日国際公開、WO03/57246、平成17年 5月19日国内公表、特表2005-514026〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明
本願は,2002年12月20日(パリ条約による優先権主張2001年12月31日,米国)を国際出願日とする出願であって,平成20年12月16日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成21年3月24日に拒絶査定に対する審判請求がなされ,その後平成23年12月6日付けで,当審において拒絶理由が通知され,これに対し平成24年4月13日に意見書が提出されるとともに特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。
その請求項1及び9に係る発明(以下,「本願発明1」及び「本願発明9」という。)は,平成24年4月13日の手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて,以下のとおりのものである。

「【請求項1】
B細胞エピトープを含む対象プロテアーゼの変異体であって、
当該変異体は、改変B細胞エピトープを有する点で対象プロテアーゼとは異なり、それによって、当該変異体は、ヒトにおいて当該プロテアーゼに基づく免疫反応の変化を示し、前記改変B細胞エピトープが、バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンの46乃至60番目の第1のエピトープ、86番目乃至100番目の第3のエピトープ、210番目乃至225番目の第7のエピトープから選択される1つ以上のエピトープ領域において、1つ以上のアミノ酸が置換されていることを特徴とする、当該変異体。」及び
「【請求項9】
清浄用組成物、パーソナルケア製品、及び医薬品よりなる群から選ばれる組成物であって、請求項1に記載の変異体を含む当該組成物。」

第2 本願発明1の新規性について

1.引用文献
当審における拒絶の理由に引例1として引用された,本願優先日前の2001年8月16日に頒布された刊行物である国際公開第01/59130号(以下,「引例1」という。)には,以下の事項が記載されている。
(1)「ズブチリシンは細菌または菌類プロテアーゼであり、一般的に蛋白質またはペプチドのペプチド結合を切断するように働いている。本明細書で使用する場合、“ズブチリシン”とは天然に存在するズブチリシンまたは組換えズブチリシンを意味している。……従って、本明細書のズブチリシンはズブチリシン関連プロテアーゼの触媒三連構造を持っているセリン プロテアーゼを指している。例としては図3に同定されているズブチリシンが含まれるが、それらに限定されるわけではない。一般的におよび本発明の目的のために、プロテアーゼ中のアミノ酸の番号付けは、図1に示されている成熟バシラス アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)ズブチリシン配列に割り当てられた番号に対応している。」(11ページ12?26行)
(2)「本明細書で使用されたアミノ酸位置番号は、図1に示された成熟バシラス アミロリクエファシエンスズブチリシン配列に割り当てられた番号に対応している。しかしながら、本発明はこの特定のズブチリシンの突然変異に限定されるわけではなく、バシラス アミロリクエファシエンスズブチリシン中の特定の同定された残基と“等価”である位置にアミノ酸残基を含んでいる前駆体プロテアーゼにも拡張される。」(12ページ10?16行)
(3)「本発明の最も適した態様は、以下の位置に対応している、置換残基の特別の組み合わせを含んでいる:バシラス アミロリケファシエンスズブチリシンの,
N76D/S103A/V104I/G159D/K170D/Y171Q/S173D;
V68A/N76D/S103A/V104I/G159D/K170D/Y171Q/S173D/Q236H;
V68A/N76D/S103A/V104I/G159D/K170D/Y171Q/S173D/Q236H/Q245R;
V68A/N76D/S103A/V104I/G159D/K170D/Y171Q/S173D/A232V/Q236H/Q245R;及び
V68A/N76D/S103A/V104I/G159D/K170D/Y171Q/S173D/T213R/A232V/Q236H/Q245R/T260A。
これらの置換は好適にはバシラス レンタス(組換え体又は天然型)ズブチリシンで行われるが、置換は任意のバシラス蛋白質で行ってもよい。
変異体蛋白質で得られたスクリーニングの結果に基づくと、バシラス アミロリケファシエンスズブチリシンの、上で注目した突然変異は、そのような変異体酵素の蛋白分解活性、これらの酵素の性能及び/又は安定性、及び清浄又は洗浄性能のために重要である。」(19ページ38行?20ページ10行)
(4)「本発明の蛋白質は、その前駆体蛋白質と比較した場合、修飾された免疫原性を示している。好適な態様において、蛋白質は減少したアレルゲン性を示している。別の態様において、蛋白質は増加したアレルゲン性を示している。免疫原性の増加は、B細胞または体液性免疫学的応答の増加により、T細胞または細胞性免疫学的応答の増加により、またはBおよびT細胞両方の免疫学的応答の増加により証明される。当業者は本発明の蛋白質の使用は、大部分、蛋白質の免疫学的特性で決定されるであろうことを容易に理解するであろう。例えば、減少したアレルゲン性を示す酵素は清浄組成物に使用できる。“清浄組成物”とは織物、食器、コンタクトレンズ、他の固形物質、髪(シャンプー)、皮膚(石鹸およびクリーム)などのような物質から望まれない化合物を除去するために使用できる組成物である。」(19ページ38行?20ページ10行)

2.対比
摘記した上記引例1の記載から明らかなように,そこには,バシラス アミロリケファシエンスズブチリシンの213番目のアミノ酸をアルギニンに置換する変異を含むプロテアーゼの変異体が記載され,このアミノ酸の置換は,210番目乃至225番目の第7のエピトープに含まれるエピトープ領域,すなわち本願発明1においてB細胞エピトープとして特定されている領域におけるものであるから,引例1に記載される変異体は,本願発明1における,改変B細胞エピトープを有する対象プロテアーゼの変異体に相当するものである。
そうすると,本願発明1と引例1に記載された発明を比較すると,両者は,「B細胞エピトープを含む対象プロテアーゼの変異体であって、当該変異体は、改変B細胞エピトープを有する点で対象プロテアーゼとは異なり、改変B細胞エピトープが、バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンの46乃至60番目の第1のエピトープ、86番目乃至100番目の第3のエピトープ、210番目乃至225番目の第7のエピトープから選択される1つ以上のエピトープ領域において、1つ以上のアミノ酸が置換されている変異体」である点で一致している。
しかし,本願発明1のプロテアーゼ変異体は,改変B細胞エピトープを有することによって、ヒトにおいて当該プロテアーゼに基づく免疫反応の変化を示すものであるのに対し,引例1の変異体は,213番目のアミノ酸をアルギニンに置換することによって,ヒトにおいて当該プロテアーゼに基づく免疫反応の変化を示すものかどうかが明らかでない点で、一応相違している。

3.判断
上記相違点について検討する。
バシラス アミロリケファシエンスズブチリシンの213番目のアミノ酸は,本願明細書において,「本発明は、B細胞エピトープを含む対象プロテアーゼの変異体であって、当該変異体は、改変B細胞エピトープを有する点で対象プロテアーゼとは異なり、それによって、当該変異体は、ヒトにおいて当該プロテアーゼに基づく免疫反応の変化を示し、対象プロテアーゼの当該B細胞エピトープが、バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンの46、…、213、…、及び260番目残基に対応する残基において少なくとも1のアミノ酸置換を含む、変異体を提供する。1の実施態様では、当該変異体により生じる免疫反応は、対象プロテアーゼによる免疫反応よりも弱いが、別の実施態様では、当該変異体により生じる免疫反応は、対象プロテアーゼによる免疫反応よりも強い。」(【0021】)と,変異により免疫反応の変化を示す箇所として説明されている。したがって,引例1には,213番目のアミノ酸をアルギニンに置換したプロテアーゼ変異体について,そのヒトにおける免疫反応の変化については記載はないものの,物自体としては,ヒトにおいて免疫反応の変化を示すものであるということができ,この点は,実質的相違とはいえない。
したがって,本願発明1は,引例1に記載された発明であり,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

第3 本願発明1の進歩性について

1.引用文献

(1)当審における拒絶の理由に引例2として引用された,本願優先日前に頒布された刊行物である特表平6-502994号公報(以下,「引例2」という。)には,以下の事項が記載されている。
(1-1)「1.人間を含む動物において、親分子により喚起される免疫応答と比べて低められた応答を喚起せしめるタンパク質変異体を生産する方法であって、免疫学及びタンパク質化学方法を利用して前記エピトープをエピトープ地図化し、エピトープを決定し、次いで前記エピトープのうちの少なくとも1つを、前記親タンパク質の発現をコードするDNA分子を突然変異させるか又は前記タンパク質の発現をコードするDNA分子を合成し、前記突然変異させたもしくは作製したDNA分子を次に適当な宿主へのトランスフェクションの形質転換のためのベクターの中に挿入するか(ここで前記ベクターは機能的である)又は前記突然変異させたもしくは作製したDNA分子を前記宿主のゲノムの中に機能的に組込むことを介して変化させ、前記タンパク質変異体をこの宿主の中で発現させ、そして回収する方法。
2.前記タンパク質が工業用酵素である、請求項1に記載の方法。
3.前記酵素の洗剤酵素、例えばプロテアーゼ、リパーゼ、セルラーゼ、アミラーゼ又はオキシダーゼである、請求項2に記載の方法。

6.請求項1?5のいづれか1項に記載の方法により生産したタンパク質変異体。
7.工業用酵素、例えば洗浄酵素、例えばプロテアーゼ、リパーゼ、セルラーゼ、アミラーゼ又はオキシダーゼ、処理酵素、例えばアミラーゼ、リアーゼ又はセルラーゼを含んで成る群より選ばれる、請求項6に記載のタンパク質変異体。
8.前記タンパク質がプロテアーゼである、請求項7に記載のタンパク質変異体。
9.前記プロテアーゼがズブチリシンプロテアーゼである、請求項8に記載のタンパク質変異体。
10.ズブチリシンBPN′、ズブチリシンアミロサッカリティカス、ズブチリシン168、ズブチリシンメセンテリコペプチダーゼ、ズブチリシンカルスバーグ、ズブチリシンDY、ズブチリシン309、ズブチリシン147、サーミターゼ、アクアリシン、バチルスPB92プロテアーゼ、プロテナーゼK、プロテアーゼTW7及びプロテアーゼTW3より選ばれる親酵素の変異体を表わしている、請求項9に記載のプロテアーゼ変異体。

20.請求項6?19のいづれか1項に記載の任意のタンパク質変異体を含んで成る組成物。
21.前記組成物が洗剤である、請求項20に記載の組成物。」(請求の範囲1?3,6?10,20及び21)
(1-2)「本発明に関して、タンパク質を免疫学及びタンパク質化学方法を利用してエピトープ地図化し、そして遺伝子工学を介して事実上それらのアミノ酸配列を変え、これによってそれらの免疫活性を変えてそれらの抗原性を弱くし、これにより本発明の酵素に対する暴露にかけられた人間を含む動物においてアレルギー反応が生ずる危険性が低められる。」(3ページ左上欄8?13行)
(1-3)「タンパク質の地図化の実施において、注目のタンパク質(対照タンパク質と呼ぶ)及び遺伝子工学又は化学改質によって作ったその変異体を抗体の生産のために利用する。抗体は抗原における種々のエピトープを認識し、そしてその他のしばしば対応する抗原と交差反応するポリクローナル(抗血清のような)、単一の抗原を認識するモノ特異性、単一のエピトープを認識するエピトープモノ特異性、又は単一のエピトープを認識し、そして抗体を生産する細胞と不死細胞、例えば癌細胞との融合を介して生産されるモノクローナルであることができる。」(4ページ右上欄18?26行)
(1-4)「実施例
選んだ対照タンパク質抗原はアルカリホスファターゼの変異体、ズブチリシン309,SP436であり、その作製及び生産はそれが示されている上記した国際公開番号WO/06279(NOVO INDUSTRI A/S)に詳しく記載されている(i)。SP436変異体は野生型ズブチリシン309に関してアミノ酸において2つの変化、即ち、G195E+ M222Aを含んで成る。国際特許出願PCT/DK90/00164 (NOVO NORDISC A/S)は遺伝子工学によって作った更なる変異体の生産を示している。野生型酵素は通常の発酵によって生産され、そして抗体はラットに由来するポリクローナルである。
SP436分子は269個のアミノ酸残基を含んで成るタンパク質であり、そしてこれはよく知られているズブチリシンBPN’と比べて6つの欠失を有している。種々のズブチリシンのアミノ酸配列についての更なる参考のため国際公開番号WO/06279(NOVO INDUSTRI A/S)及び国際特許出願PCT/DK90/00164 (NOVO NORDISK A/S)を再度参照されたい。ここではいくつかのプロテアーゼについてのアミノ酸配列、ズブチリシンBPN’の配列に基づくズブチリシン酵素についての番号付け、及びアミノ酸配列における変化を示すための表示法が記載されている。それに由来する番号付は及び表示法を本明細書及び添付の請求の範囲に採用する。
免疫
試験動物としてラットを選び、これはそれらが論文に従って、ヒトIgEをそのマスト及び好塩基性細胞膜上に結合させることができ、且つ、ヒトのマスト及び好塩基性細胞膜上に結合するであろうIgEを同時に有する唯一の正常な研究室動物であることの事実に基づく。
この動物を、3匹のラットづつの12のグループに分けた。免疫のため、野生型(wt)ズブチリシン309及びその11種の変異体を選んだ。これらを以下の表1に示す。」(4ページ右下欄下から3行?5ページ左上欄最下行)
(1-5)各種変異ズブチリシンの血清との反応性のデータ(例えば6頁表II)

(2)当審における拒絶の理由に引例3として引用された,本願優先日前の2001年2月1日に頒布された刊行物である国際公開第01/7575号(以下,「引例3」という。)には,以下の事項が記載されている。

(2-1)「プロテアーゼの免疫活性を緩和するためのアプローチの1つは、プロテアーゼの1又はそれより多くのエピトープの再設計を介するものである。エピトープは、抗体の結合又は主要組織適合複合体タンパク質(MHC)を介したT細胞への処理抗原の提示を介して免疫応答を惹起する抗原のアミノ酸領域である。エピトープにおける変化は、その抗原としての有効性に影響を及ぼすことができる。・・・。本発明者は、サブチリシンBPN’を含めて一般にサブチリシンとして知られているセリンプロテアーゼが、サブチリシンBPN’に相当するアミノ酸部位70?84はもとより、アミノ酸部位103?126及び220?246で顕著なエピトープ領域を有することを発見した。本発明者は、本明細書にてこのエピトープ領域に起因する免疫特性を緩和するために、かかるサブチリシンを遺伝的に再設計した。そのように行う中で、本発明者は低下した免疫応答を惹起するが、有効なクリーニング用プロテアーゼとしてその活性を維持しているサブチリシンを発見した。従って、本プロテアーゼは、洗濯用、食器用、硬質面用、スキンケア、ヘアケア、美容ケア、口内用及びコンタクトレンズ用の組成物を含むが、これに限定されない数種の組成物での使用に適切である。」(2ページ4?20行)
(2-2)「本発明者は、セリンプロテアーゼの中に3つのエピトープ領域を発見し、それは、サブチリシンBPN’の103?126位(本明細書では第1のエピトープ領域と呼ぶ)、220?246位(本明細書では第2のエピトープ領域と呼ぶ)、及び70?84位(本明細書では第3のエピトープ領域と呼ぶ)に相当する。本発明者は更に、1又はそれより多くのエピトープ領域における1又はそれより多くのアミノ酸の欠失及び/又は置換が、相当する野生型セリンプロテアーゼに比して低下したアレルギー反応及び/又は免疫応答を惹起する変異体を提供することを発見した。」(4ページ14?20行)と記載されている。

2.対比
上記の記載事項からみて,引例2には,バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンである,ズブチリシンBPN′などのエピトープを地図化し、そして遺伝子工学を介して事実上それらのアミノ酸配列を変え、これによってそれらの免疫活性を変えてそれらの抗原性を弱くし、これにより本発明の酵素に対する暴露にかけられた人間を含む動物においてアレルギー反応が生ずる危険性が低められることが記載されている。また,上記(1-3)の記載から,地図化される「エピトープ」とは,B細胞エピトープのことである。
そこで,本願発明1と,引例2に記載された,人間を含む動物においてアレルギー反応が生ずる危険性が低められ,ズブチリシンBPN′などのエピトープ地図化し、そして遺伝子工学を介して事実上それらのアミノ酸配列を変えた変異体の発明を比較すると,両者は,「B細胞エピトープを含む対象プロテアーゼの変異体であって、当該変異体は、改変B細胞エピトープを有する点で対象プロテアーゼとは異なり、それによって、当該変異体は、ヒトにおいて当該プロテアーゼに基づく免疫反応の変化を示し、前記改変B細胞エピトープが、バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンのエピトープ領域において、1つ以上のアミノ酸が置換されている、当該変異体。」である点で一致している。
しかし,両者は,人間を含む動物において免疫反応の変化を示す変異体について,本願発明1では,「バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンの46乃至60番目の第1のエピトープ、86番目乃至100番目の第3のエピトープ、210番目乃至225番目の第7のエピトープから選択される1つ以上のエピトープ領域において、1つ以上のアミノ酸が置換されている」という特定がされているのに対し,引例2には,バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンの第1,第3及び第7のエピトープ領域についての記載はなく,そのような特定の位置のアミノ酸を置換して得られる変異体や,該変異体が人間を含む動物において免疫反応の変化を示すことは記載されていない点で相違している。

3.判断
B細胞エピトープ領域の地図化は,当業者であれば慣用の方法により容易に行うことができることである(必要があれば,Clin. exp. Immunol., 86 (1991) p.6-12,Infection and Immunity, 60 (1992) p.2688-2693、Am. J. Respir. Cell Mol. Biol., 22(2000) p.344-351を参照。)。したがって,引例2の記載に基づき,「B細胞エピトープを含む対象プロテアーゼの変異体であって、当該変異体は、改変B細胞エピトープを有する点で対象プロテアーゼとは異なり、それによって、当該変異体は、ヒトにおいて当該プロテアーゼに基づく免疫反応の変化を示し、前記改変B細胞エピトープが、バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンのエピトープ領域において、1つ以上のアミノ酸が置換されている、当該変異体。」を実際に得ようとする当業者であれば,上記の慣用の方法を用いることにより,容易に本願発明1のエピトープ領域を見出すことができ,本願発明1のごとくすることができる。
また,引例3には,バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンの220?246位がエピトープ領域であることが記載されている(上記記載事項(2-2))のであるから,引例2の記載に基づき,バシラス・アミロリケファシエンス・ズブチリシンなどのプロテアーゼの変異体を得ようとする当業者であれば,引例3に記載された知見に基づき,この領域中のアミノ酸残基を置換することはなおさら容易に想到し得ることである。したがって,本願発明1のうち,220番目?225番目の領域のアミノ酸の1以上のアミノ酸を置換した変異体に関してはなおさらのこと,当業者は容易に本願発明1の変異体を得ることができる。
そして,本願の明細書には,本願発明1に含まれる変異体としては,3つの例が記載されている(【0229】)が,それがヒトにおいてどのような免疫反応の変化を示したかという点については具体的な記載がされていないから,本願発明1が格別顕著な効果を示すものとは認められない。
また,仮に,特定の配列の変異体が顕著な効果を有すると仮定したところで,本願発明1は,特定されたエピトープ領域のアミノ酸残基が変異した変異体のうち,ヒトにおいて当該プロテアーゼに基づく免疫反応の変化を示したものであれば,その程度を問わずすべて包含するのであるから,格別顕著な効果を奏さない変異体も包含していることは明らかである。
したがって,本願発明1は,引例2及び3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

なお,平成23年12月6日付け拒絶理由通知において,B細胞エピトープ領域を確認することは慣用の方法であることを指摘したが,平成24年4月13日の意見書において,請求人からB細胞エピトープ領域を確認することが容易でない旨の主張はなかった。

第4 明細書の記載要件について

1.平成23年12月6日付け拒絶理由通知
平成23年12月6日付け拒絶理由通知において,この出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号及び第6項第2号に規定する要件を満たしていないことが通知され,以下の点が指摘されている。
ア)本願明細書を見ても,具体的に変異体を作成し,そのプロテアーゼ活性と免疫原性を調べたことは記載されていないので,当業者が本願発明を実施するためには,本願で特定するエピトープ領域のアミノ酸様々な部位やそれを組み合わせた部位を他のアミノ酸に変異させたものを作成し,そのプロテアーゼ活性と免疫原性を調べてみるという,過度の試行錯誤を要し,当業者が本願発明を実施できる程度に明瞭かつ十分な記載が,発明の詳細な説明になされていないことになる。
また,請求項1には単に変異させる位置が記載されているだけであり,これらの位置をどのアミノ酸に置換させると,変異体の免疫反応用アレルゲン性がどのように変化(強くなるか,弱くなるか,変化しないか)するか予想できないので,変異体を明確に認識できるように記載されていないから,請求項1の特許請求の範囲の記載は明確でないことになる。
イ)請求項5は,免疫反応が強くなった変異体であるが,どのような有用性があって技術的意義があるものか不明であり,委任省令要件を満たしていない。
また,免疫反応が強くなった変異体を含む請求項1も同様であるし,請求項1や5を引用する請求項も同様である。

2.判断

ア)の点について:
本願発明1において特定されているエピトープ領域の46箇所のアミノ酸残基のうち1つを置換させたものだけでも,置換後のアミノ酸残基の種類を考慮すれば,800以上の種類がある。また,本願発明1は,「1つ以上のエピトープ領域において,1つ以上のアミノ酸が置換されている」変異体のうち,ヒトにおいて免疫反応の変化したものを包含するものであるから,複数位置のアミノ酸残基が置換されたものも含まれ,実際に,免疫反応の変化,すなわち「免疫原性反応の増強または低下」(【0046】)を調べなければならない変異体の種類は,天文学的な数の種類になる。このような膨大な種類の変異体について,ヒトにおける免疫反応の変化を調べるだけでも,当業者に過度の試行錯誤を強いるものである。また,そのような過度の試行錯誤を経なければ本願発明1に含まれる変異体であるか否かが決定できないのであるから,本願発明1に包含される範囲が不明確であるともいえる。

なお,請求人は平成24年4月13日の意見書において,「エピトープ内のアレルゲン性の変化した残基の決定方法については、実施例1及び2に具体的な説明がある」ことを主張しているが,決定方法が記載されているからといって,その方法により本願発明1に包含される変異体を決定することが過度の負担なく行えるということになるわけではない。また,記載された決定方法は,血清との反応性,すなわち抗原性を決定するものであり,免疫原性を決定するものではない。

イ)の点について:
請求人は,平成24年4月13日の意見書において,「このような変異体はIgEアレルギー反応をIgG仲介反応へとスイッチするアレルギー注射製剤等に有用である。」と主張する。
しかし,本願の請求項1を引用して特定される本願発明9は,清浄用組成物やパーソナルケア製品組成物を選択肢として包含するものである。そのような用途において,免疫反応が強くなった変異体に,どのような有用性があって技術的意義があるものかは,依然として不明である。

したがって,本願発明1及び9について,本願は,明細書及び図面の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず,本願発明1については,さらに同条第6項第2号に規定する要件も満たしていない。

第5 むすび
以上のとおり,本願発明1は,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるし,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
また,本願発明1については,本願は,明細書及び図面の記載が特許法第36条第4項第1号及び第6項第2号に規定する要件を満たしておらず,本願発明9については,本願は,明細書及び図面の記載が特許法第36条第4項第1号の委任省令要件を満たしていない。
したがって,本願に係る他の請求項について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-24 
結審通知日 2012-05-29 
審決日 2012-06-11 
出願番号 特願2003-557603(P2003-557603)
審決分類 P 1 8・ 113- WZ (C12N)
P 1 8・ 537- WZ (C12N)
P 1 8・ 536- WZ (C12N)
P 1 8・ 121- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福間 信子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 冨永 みどり
六笠 紀子
発明の名称 免疫反応の変化を生じるプロテアーゼ、ならびにその製造および利用方法  
代理人 山崎 行造  

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