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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01S
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01S
管理番号 1265445
審判番号 不服2011-19907  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-09-14 
確定日 2012-11-01 
事件の表示 特願2008- 76331「半導体光素子を作製する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成21年10月 8日出願公開、特開2009-231602〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成20年3月24日の出願であって、平成23年3月18日に手続補正がなされたが、同年6月29日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年9月14日に拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正がなされたものである(以下、この平成23年9月14日になされた手続補正を「本件補正」という。)。

第2 本件補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲である
「 【請求項1】
半導体光素子を作製する方法であって、
III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第1のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第1の工程と、
III族としてガリウム及びインジウムを含むと共にV族としてヒ素及び窒素を含む第2のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第2の工程と、
III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第3のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第3の工程と、
前記第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した後に、当該成長した第1?第3のIII-V化合物半導体層に対して熱アニールを行う第4の工程と、
前記熱アニールを行った後に、0.5度/秒以下の速度で、当該熱アニール後の第1?第3のIII-V化合物半導体層の温度を低下させる第5の工程と、
を備えることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記第2のIII-V化合物半導体層は、GaInNAs、GaInNAsP、GaInNAsSbのいずれかからなる、ことを特徴とする請求項1に記載された方法。
【請求項3】
前記第1のIII-V化合物半導体層は、GaAsおよびGaNAsのいずれかからなり、
前記第3のIII-V化合物半導体層は、GaAsおよびGaNAsのいずれかからなる、ことを特徴とする請求項2に記載された方法。
【請求項4】
前記第2のIII-V化合物半導体層は、量子井戸構造における井戸層である、ことを特徴とする請求項1?3の何れかに記載された方法。
【請求項5】
前記第1及び第3のIII-V化合物半導体層は、量子井戸構造における障壁層または光閉じ込め層である、ことを特徴とする請求項4に記載された方法。」



「 【請求項1】
半導体光素子を作製する方法であって、
III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第1のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第1の工程と、
III族としてガリウム及びインジウムを含むと共にV族としてヒ素及び窒素を含む第2のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第2の工程と、
III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第3のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第3の工程と、
前記第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した後に、当該成長した第1?第3のIII-V化合物半導体層に対して、当該第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した成長温度よりも高い温度であって、且つ摂氏550度以上摂氏750度以下の温度を印加して熱アニールを行う第4の工程と、
前記熱アニールを行った後に、0.5度/秒以下の速度で、当該熱アニール後の第1?第3のIII-V化合物半導体層の温度を低下させる第5の工程と、
を備えることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記第2のIII-V化合物半導体層は、GaInNAs、GaInNAsP、GaInNAsSbのいずれかからなる、ことを特徴とする請求項1に記載された方法。
【請求項3】
前記第1のIII-V化合物半導体層は、GaAsおよびGaNAsのいずれかからなり、
前記第3のIII-V化合物半導体層は、GaAsおよびGaNAsのいずれかからなる、ことを特徴とする請求項2に記載された方法。
【請求項4】
前記第2のIII-V化合物半導体層は、量子井戸構造における井戸層である、ことを特徴とする請求項1?3の何れかに記載された方法。
【請求項5】
前記第1及び第3のIII-V化合物半導体層は、量子井戸構造における障壁層または光閉じ込め層である、ことを特徴とする請求項4に記載された方法。」

と補正するものである。

本件補正後の請求項1に係る発明は、本件補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項を全て含み、さらにその「熱アニール」に関して、「当該第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した成長温度よりも高い温度であって、且つ摂氏550度以上摂氏750度以下の温度を印加して」との限定を付したものであるから、本件補正は、平成23年法律第63号改正附則第2条第18項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「平成23年改正前特許法」という。)第17条の2第5項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められるので、以下に、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)について、独立特許要件の検討を行う。

2 刊行物の記載

(1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開平11-274083号公報(以下「刊行物1」という。)には、以下の記載がある(下線は、審決で付した。以下同じ。)。

ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、一般に化合物半導体装置に関するものであり、より特定的には、Ga_(1-x) In_(x )N_(y )As_(1-y )およびGaN_(y) As_(1-y) 結晶薄膜を素子の一部に有する化合物半導体装置に関する。この発明は、またそのような化合物半導体装置の製造方法に関する。」

イ 「【0002】
【従来の技術】近年、V族元素として窒素を含んだIII-V族混晶半導体が新規半導体材料として注目されている。この材料によれば、窒素と構成元素の濃度を適切に選ぶことにより、Si、GaAs、InP、GaP基板上にミスフィット転位を発生させることなく、エピタキシャル成長が可能である。
【0003】たとえば、特開平6-334168号公報には、Si基板上にIII-V族混晶半導体をエピタキシ成長させ、Si電子素子とのモノリシック化を行なう例が記載されている。特開平6-037355号公報には、GaAs、InP、GaP基板上に、GaInNAs、AlGaNAs、GaNAsをエピタキシ成長させた例が記載されている。特開平9-283857号公報には、GaAs基板上にGaInNAs薄膜結晶をエピタキシ成長させ、半導体レーザを作製した例が挙げられている。
【0004】GaAs基板上に窒素を含んだIII-V族混晶半導体、たとえばGa_(1-x) In_(x) N_(y) As_(1-y) 、GaN_(y) As_(1-y) を用いて光学素子、電子素子を作製する利点として、以下の点が考えられる。従来までは、GaAs基板に格子整合する混晶半導体は、GaAsよりもバンドギャップが大きいものがほとんどであった。たとえば、AlGaAs、GaInPなどが挙げられる。ここで新しい材料であるGa_(1-x )In_(x) N_(y) As_(1-y) 、GaN_(y) As_(1-y) はGaAsよりバンドギャップを小さくできる利点がある。
【0005】また、Ga_(1-x) In_(x) N_(y) As_(1-y) では、インジウム組成x、窒素濃度yを、GaN_(y) As_(1-y) では窒素濃度を変えることで、バンドギャップを連続的に変えることができる利点もある。この材料を他の材料と組合せ、多層構造を作製すると、これまでは実現ができなかったGaAsの発光波長よりも長波長の光学素子が作製可能である。たとえば、Ga_(x) In_(1-x) N_(y) As_(1-y) 、GaN_(y) As_(1-y)を活性層に用いることにより、光ファイバ通信に用いられる波長1.3μm、1.55μmでレーザ発振する半導体レーザが作製可能である。また、赤外光を検出する受光ダイオードが作製可能である。
【0006】図1に、Ga_(0.85)In_(0.15)N_(0.05)As_(0.95)を用いた半導体レーザの例(a)と受光ダイオードの例(b)を示す。上記の組成により、半導体レーザでは、光ファイバを用いた光通信に使われる1.3μmでのレーザ光発振が可能である。
【0007】Ga_(0.85)In_(0.15)N_(0.05)As_(0.95)は、光が励起される活性層に用いられている。受光ダイオードは、キャリア濃度が高いp型、キャリア濃度が低いn型、キャリア濃度が高いn型を積層したp-i-n構造をGa_(0.85)In_(0.15)N_(0.05)As_(0.95)材料により構成すると、1.3μmまでの赤外光が検出可能である。」

ウ 「【0010】
【発明が解決しようとする課題】これまでに、この材料は、ガス原料を用いた分子線エピタキシ(MBE)(コンドウ他、JJAP35(1996)1273)、有機金属気相成長法(OMCVD)(サトウ他、JJAP36(1997)2671)により成長されているが、窒素濃度を高くすると、光学的特性が劣化することが確認されている。
【0011】光学特性の良否を判断する方法に蛍光特性(フォトルミネッセンス)を測定する方法がある。Ga_(1-x )In_(x )N_(y )As_(1-y) 、GaN_(y) As_(1-y) の評価には、アルゴンレーザが発生する波長514nmの光を照射し、結晶から出てくる蛍光の強度を測定する方法が一般的である。
【0012】結晶中に欠陥や不純物が存在すると、蛍光を阻害し、強度が弱くなる。強度を測定することで、光学特性の良否が判断できる。また、蛍光の波長に対する広がり(一般に、ピーク半値幅と呼ばれている。)は、結晶性の良否と相関がある。ピーク半値幅が狭い場合、結晶性がよい。
【0013】表1に、530℃成長の、インジウムを含まないGaN_(x) As_(1-x) の蛍光強度と窒素組成の相関関係(測定室温)を示す。窒素濃度が高くなるに従い、急激に蛍光の強度が弱くなり、光学特性が劣化することがわかる。窒素濃度が高いと、全く蛍光が確認されない。
【0014】
【表1】
【0015】表2に、530℃成長のGa_(0.965) In_(0.05)N_(y) As_(1-y) の蛍光強度と窒素組成yの相関関係(測定室温)を示す。
【0016】
【表2】
【0017】表2から明らかなように、上述と同様の傾向がGaInNAsでも確認されている。
【0018】表3に、530℃成長のGaNAsの比抵抗と窒素組成の相関関係(測定室温)を示す。
【0019】
【表3】
【0020】表4に、530℃成長のGaInNAsの比抵抗と窒素組成のと相関関係(測定室温)を示す。
【0021】
【表4】
【0022】表3および表4から明らかなように、GaN_(x) As_(1-x )、GaInNAsともに窒素濃度が高くなるに従い、比抵抗が大きくなり、電気特性が劣化する。
【0023】このように、光学特性、電気的特性が悪い薄膜結晶を、前述の発光素子として用いた場合、素子の動作特性、信頼性を著しく劣化させる。受光素子の場合、受光感度が低くなり、微弱な光の検出ができない。また、発光素子の場合、光の発光強度が弱くなる。また、特に半導体レーザでは連続的なレーザ光発振ができない。発光受光素子、電子素子いずれの場合も、抵抗率が高い層が多層膜中に存在すると、電気的に動作しない場合がある。
【0024】それゆえに、この発明の目的は、実用に十分な水素不純物が少なく、高い光学特性、電気特性を有するGa_(1-x) In_(x )N_(y) As_(1-y) 、GaN_(y) As_(1-y) 結晶を有する化合物半導体装置を提供することにある。
【0025】この発明の他の目的は、水素不純物が多い場合も、窒素-水素結合を切断する熱処理、水素濃度を低減する熱処理により、結晶の高品質化が計られ、電気特性、光学特性が良好な光学素子を得ることができる製造方法を提供することにある。
【0026】この発明のさらに他の目的は、水素不純物が少ない場合も、熱処理により窒化物結晶固有の問題を解決し、良好な結晶を提供することができる製造方法を提供することにある。
【0027】この発明のさらに他の目的は、結晶成長に引続いて、熱処理を行なうことで、結晶成長の省時間と省エネルギにも有利であり、素子の大量生産が可能となる製造方法を提供することにある。」

エ 「【0051】
【実施例】実施例1
成長には、石英製の横型反応炉を用いた。基板として、半絶縁性GaAs(001)基板を用いた。III族のGa,In原料としてトリエチルガリウム(TEG)、トリメチルインジウム(TMIn)を、V族のN,As,P原料としてジメチルヒドラジン(DMHy)、ターシャリブチルアルシン(TBAs)、ターシャリブチルフォスフィン(TBP)を用いた。キャリアガスには水素を用いた。成長炉内の圧力は、76Torrに設定した、成長温度は、530℃、550℃、600℃の3水準で変えた。
【0052】以下の条件で、GaAs(001)基板に格子整合したGa_(0.9 )In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) 結晶を得ることができた。[TBAs]/([TEG]+[TMI(審決注:「TMIn」の誤記と考えられる。)])モル供給比=1.8で固定として、成長温度530、550、600℃では、[DMHy]/([DMHy]+[TBAs])モル供給比を、それぞれ0.98,0.982,0.985とすることでGaAs(001)基板に格子整合した。また、それぞれの成長温度で、上記のモル供給比を増減させることによって窒素濃度を調整した。
【0053】図2,3および図6,7には結果が挙げられていないが、GaAs(001)基板に格子整合した、In濃度がより高いGa_(0.85)In_(0.15)N_(0.053 )As_(0.947)結晶は、[TBAs]/[TEG]+[TMI(審決注:「TMIn」の誤記と考えられる。)]モル供給比=2で固定として、成長温度530、600℃では、[DMHy]/([DMHy]+[TBAs])モル供給比を、それぞれ0.984,0.987とすることで、GaAs(001)基板に格子整合したGaInNAs結晶が得られた。
【0054】次に、GaNAs結晶の成長方法は以下のとおりである。[TBAs]/[TEG]モル供給比=5で固定とし、[DMHy]/([DMHy]+[TBAs])モル供給比を0.256-0.9の間で窒素濃度に合わせて変化させた。成長温度は、530,550,600℃の3水準を用いた。
【0055】図5に、実際に作製した素子構造を示す。(a)は、光学特性評価用ダブルヘテロ(DH)構造を示す図であり、(b)は電気的特性評価用単層構造を示す図である。
【0056】光学特性の測定には、図5(a)の、半導体レーザの構造を簡略化したGaInNAsおよびGaNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まったダブルヘテロ構造(DH構造)を用いた。これを用い、光学特性の変化を、蛍光の強度を測定することにより調べた。簡略化した構造を用いた理由は、図1に示すような実際のレーザ構造を用いると、GaInNAsおよびGaNAs結晶からの蛍光が上下の材料種が異なる層で散乱吸収され、測定が精密に行なえないためである。
【0057】上下のGaAs層は、100nmとし、GaInNAsおよびGaNAs層は500nmとした。また、電気的特性測定用には、図5(b)に示す、受光ダイオードを簡略化したGaInNAsおよびGaNAs薄膜結晶単層を用いた。これは、実際の構造を用いると、p型とn型が接合を形成する実際の構造では、他の層の特性の変化も計測されるためである。測定は、室温でホール測定法と呼ばれる方法を用いた。GaInNAs層およびGaNAs層の厚みは500nmとした。
【0058】作製した試料の蛍光強度の測定には、アルゴンレーザで発生する波長514nmの光を照射し、結晶から出てくる蛍光強度をゲルマニウム製検出器により評価した。また、SIMSによる不純物濃度の分析には、セシウムイオンを試料に照射し、スパッタされる水素負イオン(H- )を検出した。絶対濃度は、同時に検出されるAsイオンと比較校正することで算出した。測定系の校正は、別途作製したNイオンをGaAs薄膜に注入した校正試料を用い注意深く行なった。
【0059】実施の形態で説明した図2と図3を参照して、GaNAsでは、600℃での成長の場合、窒素濃度を1.8×10^(19)?1.5×10^(21)の範囲で変化させたが、水素濃度は2.9×10^(17)?1.1×10^(18)と低濃度となっている。この試料の蛍光強度は、InGaAsPの強度を20とすると、GaNAsは2.3?26となり、どの窒素濃度においても実用可能な蛍光強度が得られている。
【0060】一方、530℃では、水素濃度と蛍光強度に強い相関がある。窒素濃度が1.8×10^(19)?1.0×10^(20)と低い範囲では、水素濃度は3.8×10^(17)?2.7×10^(18)であり、蛍光強度も1.8?14となった。一方、窒素濃度が1.9×10^(20)?5.5×10^(20)と高い範囲では、水素濃度が5.9×10^(18)?1.9×10^(19)となり、蛍光強度も0.09?0.87と低くなり、実用に十分ではない。
【0061】GaInNAsをGa_(0.9) In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) の組成で成長した場合、成長温度530、550、600℃では、窒素濃度が7.2×10^(20)で水素濃度6.2×10^(19)、8.9×10^(18)、8.2×10^(17)となり、それぞれ蛍光強度は0(検出限界以下)、0、2.4となる。したがって、水素濃度が5×10^(18)以下の場合のみ、実用に十分な蛍光強度が得られている。」

オ 「【0062】実施例2
実施例1で挙げた成長方法で成長温度を530℃とした場合、Ga_(1-x) In_(x)N_(y) As_(1-y) ,GaN_(y) As_(1-y) ともに結晶中の水素濃度が1cm^(3) あたり5×10^(18)個以上となる(図2と図3参照)。
【0063】この条件で、実施例1で説明した測定構造を成長終了後、下記の条件で再加熱し、光学特性と電気的特性の測定を行なった。
【0064】この熱処理では、表面から、Asが蒸発するのを防止するため、プラズマCVD法により、SiN膜を100nm成長した。SiN膜は、熱処理後に5%フッ酸で除去した。
【0065】上記の構造を、水素雰囲気中、圧力を76Torrにし、熱処理した。熱処理には、石英製の加熱炉を用いた。以下に、GaN_(0.012) As_(0.988) の試料を熱処理した例を示す。熱処理温度が300、500、600、650、700、750、800、850、900、1100℃の10水準で行なった例を示す。室温から最高到達温度までの昇温速度は1分間あたり80℃である。熱処理温度に達した後、温度を10分間保持する。この後、室温まで1分間あたり80℃の降温速度で室温まで冷却する。
【0066】表6に、熱処理温度に対する、蛍光の強度を示す。
【0067】
【表6】(略)
【0068】未処理の場合に比較し、300℃以上700℃以下までは、熱処理温度を上げるに従い、蛍光強度が向上する。700℃より高い温度では、蛍光強度が下がるが、未処理の場合に比較して蛍光強度が高い。
【0069】実施の形態で説明したように、図4は、この試料中の水素-窒素結合、蛍光強度の変化を示す。700℃の熱処理で水素-窒素結合は完全に切断され、実用に十分な蛍光強度が得られることがわかる。表6に示すように、水素濃度は700℃の熱処理では低下せず、800℃以上の熱処理が必要であることがわかる。
【0070】次に、GaNAs,GaInNAsの2試料を、上記の実験で蛍光強度が最高であった温度700℃で熱処理し、熱処理時間を10秒から2時間まで変化させた。
【0071】結果を表7に示す。
【0072】
【表7】(略)
【0073】ここでは、同じ試料を繰返し熱処理し、横軸の熱処理時間は到達温度での積算時間である。用いた装置は、急速加熱が可能なrapid thermal annealing (RTA)装置を用いた。雰囲気は窒素中で、圧力は760Torrとした。
【0074】表7を参照して、熱処理10秒で実用に十分な蛍光強度が得られる。熱処理時間を増やすに従い、蛍光強度が上がることが確認された。
【0075】図2および図3で説明した蛍光強度の窒素濃度の関係から、実用に十分な蛍光強度を有しない試料について、700℃の熱処理を施した。その結果、図6(GaNAsの場合)と図7(GaInNAsの場合)を参照して、GaNAs,GaInNAsともに蛍光強度か改善され、実用に十分な特性が得られた。
【0076】表8に、熱処理温度に対する比抵抗の変化を示す。
【0077】
【表8】(略)
【0078】測定した試料は、Ga_(0.9) In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) である。300℃以上800℃以下までは、到達温度を上げるに従い、比抵抗が低下する。800℃より高く、1100℃以下では、温度を上げるに従い、比抵抗はほぼ一定である。」

カ 「【0079】実施例3
成長炉での熱処理に関するものである。
【0080】実施例1に挙げた成長方法により、実施例2に挙げた成長温度530℃で、GaN_(0.012) As_(0.988) ,Ga_(0.9) In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) DH構造を成長した。熱処理をしない状態では、十分な蛍光特性が得られないが、DH構造を成長終了後、降温することなく熱処理を行なった。
【0081】図8は、素子構造を成長後、再加熱する場合の温度プロファイルを示す。図9は、素子構造を成長後、降温することなく熱処理する場合の熱処理の時間と温度およびガス供給の変化を示す。DH構造成長終了時には、最上層のGaAs層を成長するため、水素、TMG、TBAsのガスを試料上に供給している。熱処理時には、GaAs層からのAs抜けを防止するために、温度を変化させる際に水素とTBAsのみを供給する。熱処理温度は、700℃と900℃の2種類とした。熱処理温度で10分間保持後、室温まで冷却した。冷却時、300℃でTBAsの供給を停止した。
【0082】この熱処理後、蛍光強度を測定した。結果を表9に示す。
【0083】
【表9】(略)
【0084】表9から明らかなように、実用に十分な蛍光強度が得られることがわかった。表9に、SIMSの結果を合わせて示す。700℃では、水素濃度の大きな低下は見られなかったが、蛍光強度は向上している。700℃では、水素-窒素結合により赤外吸収は0であった。900℃では、水素濃度が1桁以上低下し、蛍光強度も改善されている。」

キ 「【0085】実施例4
実施例4は、低水素濃度の構造の熱処理に関する。実施例1に挙げた成長方法により、成長温度600℃で、GaN_(0.012 )As_(0.988) ,Ga_(0.9) In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) DH構造を成長した。熱処理をしない状態でも、十分な蛍光特性が得られているが、熱処理を施し、結晶性の改善を行なった。このときの成長条件では、水素濃度は5×10^(18)個以下になることが、実施例1で確認されている。
【0086】実施例2で説明した熱処理を用い、水素雰囲気中でDH構造の熱処理を行なった。結果を表10に示す。
【0087】
【表10】(略)
【0088】表10から明らかなように、熱処理温度は、500、700、800、900、1100℃の5水準とした。それぞれの温度で、蛍光強度に大きな変化は観察されないが、温度を上げるに従い、蛍光強度の半値幅が小さくなることが確認された。
【0089】同様の熱処理を、DH構造成長後降温することなく、引続き行なった。実施例1で示した成長方法でDH構造を成長後、実施例3に示した温度、ガス供給方法により熱処理を施した。熱処理温度は、700℃、900℃である。結果を表11に示す。
【0090】
【表11】(略)
【0091】表11から明らかなように、いずれの場合も、蛍光強度の半値幅が小さくなることが確認された。これは、熱処理により結晶性の改善が進んだためであると考えられる。これにより、より信頼性が高いレーザダイオードなどの作製が可能である。」

ク 上記イを踏まえて、図1(b)を見ると、Ga_(0.85)In_(0.15)N_(0.05)As_(0.95)を用いた半導体レーザは、GaInNAs活性層の上下がGaAsガイドで挟まれた構造であることが見てとれる。

(2)原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開2005-136421号公報(以下「刊行物2」という。)には、以下の記載がある。

ア 「【0001】
本願は、半導体デバイスの製造、特に、半導体発光デバイスのアクティブ領域の製造に関する。本願は、例えば、窒化物材料系、例えば、(Al、Ga、In)N系などにおける発光デバイスの製造に適用され得る。」

イ 「【発明の効果】
【0040】
本発明の方法は、バリア層およびさらなる層のそれぞれを成長させる前に、それぞれ別個にアニーリングする。その結果、全てのバリア層が成長した後に1回のアニーリングステップを用いる従来の工程よりも、バリア層における結晶欠陥および転位の除去において有効である。」

ウ 「【0043】
本発明の製造方法を、図1に示す構造を有するレーザデバイスの製造を参照しながら説明する。製造方法は、MBE(分子ビームエピタキシャル)成長工程を参照しながら説明されるが、他の成長技術が用いられてもよい。本発明は、(Al、Ga、In)N材料系におけるレーザデバイスの製造を参照しながら説明される。
【0044】
最初に、適切な基板がクリーニングされ、用意される。図2?5の方法において、サファイアベース2の上に成長したn型ドープされたGaNエピタキシャル層3を含むテンプレート基板1が用いられるが、この方法は、この特定の基板において用いられることに限定されない。クリーニングされ、用意された基板は、その後、MBE成長装置の成長チャンバに導入される。
【0045】
その後、第1のクラッド層5の上に堆積されたバリア層11を少なくとも含む半導体層が、第1の成長工程において、基板1の上に成長される。この実施形態において、基板1の上に、バッファ層4、第1のクラッド層5、および第1の光導波層6がこの順序で成長しているが、本発明はこの特定の層構造に限定されない。その後、第1のバリア層11は、第1の光導波層6の上に成長する。第1の成長ステップによって得られた構造を図2に示す。
【0046】
材料の堆積はその後停止され、成長チャンバ内の温度は、第1のバリア層の成長温度よりも高いアニーリング温度で第1のバリア層をアニーリングするように上昇させられる。MBE装置内の成長温度は、例えば、基板1が載せられている加熱されたサセプタによって決定され得、基板温度は、サセプタ温度を変更することによって変更される。あるいは、基板は、成長チャンバ内に設けられている加熱素子からの放射によって直接加熱され得、基板温度はヒーターの出力を増大または低減することによって変更されてもよい。
【0047】
アニーリングステップの持続時間は、アニーリング温度に依存する。低いアニーリング温度が用いられる場合、アニーリングステップは、概して長く、高いアニーリング温度が用いられる場合、アニーリングステップの持続時間は比較的短い。バリア層のアニーリング温度は、少なくとも、その層の成長温度よりも少なくとも50℃高い必要があるが、特に、最も良好な結果はバリア層の成長温度よりも200℃高いアニーリング温度を用いることによって得られる。600℃の成長温度で成長したバリア層の場合、良好な結果は、この層を約900℃のアニーリング温度で20秒間アニーリングすることによって得られる。
【0048】
基板温度を所望のアニーリング温度まで上げる速度と、アニーリングステップの後の基板温度を下げる速度とは、基板または基板上に成長した層において大きな熱応力を引き起こすことを避けるために、充分に低く保たれる必要があることに留意されたい。40℃/分以下の温度傾斜速度が適切であることが分かっている。従って、上記の例におけるアニーリングステップの持続時間が20秒間であるにもかかわらず、基板温度を600℃の成長温度から900℃のアニーリング温度まで上昇させるために、約10分間かかり、アニーリングステップの後に、基板温度を次の層の成長に適した温度まで下げるためにさらに約10分間かかる。
【0049】
第1の基板11がアニーリングされた後、材料の堆積が再開される。第2の成長ステップにおいて、第1の量子井戸層12は、第1のバリア層11の上に成長する。その後、第1の量子井戸層の上に他のバリア層13が成長する。バリア層13は、いかに説明するように、完成した構造においては2つの量子井戸層の間に堆積されるので、「中間」バリア層と呼ばれる。第2の成長ステップによって得られる構造を図3に示す。一般的には、第1のバリア層11がアニーリングされた後、成長チャンバの温度は、第1の量子井戸層12が成長する前に下げられる。
【0050】
その後、材料の堆積は停止され、成長チャンバ内の温度は、中間バリア層13をその成長温度よりも高いアニーリング温度でアニーリングするように上昇させられる。このアニーリングステップの温度および持続時間は、下方のAlGaNバリア層11のアニーリングのステップに関して上述した温度および持続時間に対応する。
【0051】
中間バリア層13がアニーリングされた後、材料の堆積が再開される。第3の成長ステップにおいて、第2の量子井戸層14が、中間バリア層13の上に成長する。その後、さらなる中間バリア層15が第2の量子井戸層の上に成長する。第3の成長ステップによって得られる構造を図4に示す。一般的には、中間バリア層13がアニーリングされた後、成長チャンバの温度は、第1の量子井戸層12が成長する前に下げられる。
【0052】
その後、材料の堆積は停止され、成長チャンバ内の温度は、中間バリア層15をその成長温度よりも高いアニーリング温度でアニーリングするように上昇させられる。このアニーリングステップの温度および持続時間は、下方のAlGaNバリア層11のアニーリングのステップに関して上述した温度および持続時間に対応する。
【0053】
中間バリア層15がアニーリングされた後、材料の堆積が再開される。第4の成長ステップにおいて、第3の量子井戸層16が、バリア層15の上に成長する。その後、最後のバリア層17が第3の量子井戸層16の上に成長し、活性領域7を完成させる。第4の成長ステップによって得られる構造を図5に示す。一般的には、中間バリア層15がアニーリングされた後、成長チャンバの温度は、第3の量子井戸層16が成長する前に下げられる。
【0054】
その後、材料の堆積は停止され、成長チャンバ内の温度は、最後のバリア層17をその成長温度よりも高いアニーリング温度でアニーリングするように上昇させられる。このアニーリングステップの温度および持続時間は、下方のAlGaNバリア層11のアニーリングのステップに関して上述した温度および持続時間に対応する。
【0055】
最終的に、再度、材料の堆積が再開される。最後のバリア層17の上に、第2の光導波領域8、第2のクラッド領域9、およびキャップ層10が、この順序で成長し、図1に示すレーザ構造を提供する。一般的には、最後のバリア層17がアニーリングされた後、成長チャンバの温度は、第2の光導波領域8が成長する前に下げられる。」

エ 「【0069】
しかし、本発明は、MBE成長とともに用いられることに限定されず、例えば、有機金属気相成長法(MOCVD)などの他の成長技術にも適用され得る。
【0070】
本発明は、(Al、Ga、In)N材料系におけるデバイスの製造を参照しながら説明されてきた。しかし、本発明は、この特定の材料系に限定されず、他の窒化物材料系に適用され得る。」

(3)原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開2004-165564号公報(以下「刊行物3」という。)には、以下の記載がある。

ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、窒化ガリウム結晶基板の製造方法と窒化ガリウム結晶基板及びそれを備えた窒化ガリウム系半導体素子に関し、特に、平坦性に優れる窒化ガリウム結晶基板を、珪素単結晶基板上に形成したリン化硼素系の非晶質層上に成長させた窒化ガリウム結晶層から製造する方法に関する。」

イ 「【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意努力検討した結果、気相成長法により成長させた厚膜の窒化ガリウム結晶層を基に窒化ガリウム結晶基板を製造するに際し、窒化ガリウム結晶層を成長させる基板をサファイア基板から珪素単結晶基板へ変更し、この珪素単結晶基板上に、窒化ガリウム結晶層を気相成長させるための下地層となるリン化硼素系の非晶質層、窒化ガリウム結晶層を順次成膜し、成長後の窒化ガリウム結晶層に熱処理を施すことにより、大口径で、転位密度が低く、かつ結晶品質に優れ、しかも「反り」が充分に小さな窒化ガリウム結晶基板が得られることを見出し、本発明に至った。」

ウ 「【0043】
本実施形態では、「反り」の小さい窒化ガリウム結晶基板を得るために、窒化ガリウム結晶層に熱処理(anneal)を施す。
一般に、熱膨張率が相違する珪素単結晶基板を付帯した状態で窒化ガリウム結晶層に熱処理を施しても、「反り」の小さい窒化ガリウム結晶基板を得るのは難しい。そこで、本実施形態では、窒化ガリウム結晶層から珪素単結晶基板及び非晶質層を除去し、これらから窒化ガリウム結晶層を分離した状態で、熱処理を施す。
【0044】
例えば、上記の非晶質層上に単量体のリン化硼素結晶層を介して窒化ガリウム結晶層を形成した場合にあっては、非晶質層を除去する際にリン化硼素結晶層をも併せて除去するのが好ましい。また、珪素単結晶基板は湿式エッチング等の化学的方法により除去することができる。この湿式エッチングには、例えば、フッ化水素酸(HF)と硝酸(HNO3)とを混合したフッ化水素酸-硝酸混液が好適に用いられる。このフッ化水素酸-硝酸混液を用いた場合の珪素単結晶の概略のエッチング速度は公知文献により知られている(「半導体シリコン結晶工学」、(株)丸善)、平成5年9月30日発行、113?114頁参照)。
【0045】
また、この珪素単結晶基板は、ドライ(dry)エッチング等により除去することもできる。例えば、三塩化硼素(BCl3)などのハロゲン化物を使用するプラズマ(plasma)エッチングにより除去することができる。
また、ダイヤモンド(diamond)、炭化珪素(SiC)、窒化硼素(BN)、アルミナ(Al2O3)等の酸化物、等からなる高硬度の砥粒を使用して機械的な研磨により研削して除去することもできる。
特に、硼素(B)とリン(P)とを含むリン化硼素非晶質層及びリン化硼素結晶層は、化学的安定性が高いため、化学薬品による湿式エッチングよりも、プラズマエッチングや機械的な研磨を利用して除去するのが効果的である。
【0046】
熱処理温度としては、650℃以上かつ1150℃以下が好適である。その理由は、650℃未満の低温では、窒化ガリウム結晶層に「反り」を低減するに充分な焼き鈍しを施すことができず、また、1150℃を超える高温では、窒化ガリウム結晶層からの窒素の離脱が顕著となり、平滑な表面の窒化ガリウム結晶基板を製造するには不都合となるからである。窒化ガリウム結晶層からの窒素の離脱を抑制するには、窒素原子を含む雰囲気内で熱処理を施すのが効果的である。
【0047】
この窒素原子を含む雰囲気としては、熱解離により窒素原子を放出する含窒素分子を含む気体を用いて構成することができる。例えば、アンモニア(NH3)、ヒドラジン(N2H2)等の含窒素分子を含む水素(H2)ガス、窒素(N2)ガス、アルゴン(Ar)やヘリウム(He)等の不活性気体とからなる混合気体を利用することができる。
【0048】
熱処理温度を高温とする程、混合気体に占める含窒素分子の体積分率を大とした混合雰囲気が窒化ガリウム結晶層からの窒素の揮散を抑制するのに効力を奏する。したがって、熱処理温度を高温とする程、含窒素分子の体積分率を大とする混合雰囲気を利用すると好結果が得られる。例えば、1000℃以上の温度で窒化ガリウム結晶層に熱処理を施す場合、アンモニア-アルゴン混合雰囲気を構成する含窒素分子(この場合はアンモニア)の体積分率を50%以上とするのが好ましい。なお、高温での熱処理は、含窒素分子の体積分率を100%とする、すなわち含窒素分子のみの雰囲気中で実施しても差し支えはない。上記の体積分率とは、混合雰囲気をなす気体の総体積に対する含窒素分子の体積の比率のことである。単純には、混合気体をなす気体の総流量に対する含窒素分子気体の流量の比率で表される。
【0049】
熱処理時間は、熱処理により窒化ガリウム結晶層の表面の平滑性が損なわれないように、短時間に留めておくのがよい。特に、熱処理温度が高温である程、熱処理時間は短縮するのがよい。また、雰囲気に対しては、含窒素分子の体積分率が小さい程、熱処理時間は短く設定するのがよい。例えば、アンモニアを体積分率にして40%含むアンモニア-水素混合雰囲気中においては、850℃にて1時間、熱処理を施すのが好ましい。また、アンモニア(NH3:体積分率=70%)-アルゴン(Ar:体積分率=30%)雰囲気中においては、1050℃で30分間、熱処理を施す例を挙げることができる。
【0050】
熱処理は、全工程を必ずしも一定の温度で施す必要はなく、例えば、650℃以上かつ1150℃以下の温度範囲で、温度を昇温しつつ、あるいは逆に降温しつつ熱処理を施すこともできる。
温度を変化させつつ熱処理を実施する場合にあっては、昇温速度や降温速度は適宣選択することができる。なお、熱処理中の急激な温度変化は、窒化ガリウム結晶層に熱歪を生じさせるので、この熱歪の発生を回避するためには、一般には、毎分1℃?5℃程度の緩慢な速度で昇温あるいは降温するのが望ましい。
【0051】
この様に、窒化ガリウム結晶層から珪素単結晶基板及び非晶質層を除去し、分離した窒化ガリウム結晶層に熱処理を施すことにより、窒素の離脱による窒化ガリウム結晶層の表面状態の劣化を回避しつつ、「反り」を減少させ、平坦性に優れたものとする。これにより、この窒化ガリウム結晶層は、平坦性に優れた窒化ガリウム結晶基板となる。
【0052】
熱処理を施した後の窒化ガリウム結晶層は、含窒素分子を含む雰囲気中にて冷却する。特に、熱処理温度から650℃に至るまで、含窒素分子を含む雰囲気中で冷却すると、窒化ガリウム結晶層からの窒素の離脱を確実に抑制することができる。また、この窒化ガリウム結晶層は、熱処理に利用した含窒素分子とは異なる含窒素分子を含む雰囲気中で冷却することもできる。
特に、窒化ガリウム結晶層の熱処理の雰囲気と同一の雰囲気にて冷却すれば、簡便に冷却操作を敢行でき得て利便である。例えば、アンモニア(NH3:体積分率=60%)-窒素(N2:体積分率=40%)混合雰囲気中で熱処理を実施した後、アンモニア(NH3:体積分率=30%)-窒素(N2:体積分率=70%)混合雰囲気中で熱処理温度から650℃まで冷却する等である。
【0053】
冷却時の雰囲気を構成する含窒素分子の体積分率は、熱処理時の雰囲気を構成する含窒素分子の体積分率より小さくても構わない。ただし、含窒素分子の体積分率を零(=0)とした混合雰囲気は好ましくない。650℃からそれ以下の所定の温度までの冷却は、水素(H2)、窒素(N2)、不活性気体等からなる含窒素分子を含まない雰囲気中で実施することができる。特に、水素を含まない雰囲気は、熱処理時あるいは冷却時に窒化ガリウム結晶層内に水素(水素原子)が侵入した場合に、その水素を結晶の外部へ拡散させるに有効に作用する。」

(4)原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開10-265299号公報(以下「刊行物4」という。)には、以下の記載がある。

ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ZnS、ZnS_(x) Se_(1-x) 、Zn_(y) Cd_(1-y) Se等のII-VI 族化合物単結晶にドナー不純物であるIII 族元素をドープするための熱処理方法、特にアニール方法に関し、例えば青色発光素子などの光電子デバイスに利用されるZnSeバルク単結晶の低抵抗化に適したアニール方法に関する。」

イ 「【0002】
【従来の技術】従来、ZnSe単結晶を低抵抗化する方法としては、ZnSe単結晶をZn融液中で加熱処理して低抵抗のZnSe単結晶を得ることが提案された(J. Phys.D: Appl. Phys.,Vol.9, 1976, pp.799?810 )。しかし、この熱処理方法ではZnSe単結晶の転位密度が増大したり、クラックが発生するなど、結晶性が著しく悪化するという問題があった。この方法を追試すると、転位密度は熱処理前の10^(4) cm^(-2)のオーダーから熱処理後の10^(6)cm^(-2)のオーダーに増加した。
【0003】また、ZnSe単結晶を低抵抗化するもう1つの方法としては、ZnSe単結晶をZnと共にアンプル中に封入し、直接Znに接触しない状態で1000℃以上に加熱して処理することが提案された(特開平3─193700号公報)。しかし、この方法を追試すると、ドナー不純物を添加せずに、上記のように熱処理すると、ZnSe単結晶の結晶性に熱処理前と比較して劣化は見られなかったが、要求される低抵抗化を計るためには極めて長い時間が必要であり、普通の処理時間の程度では、0.5?1Ωcm程度に低下するだけで、その値にもバラツキが生ずるという問題があった。
【0004】そして、上記の方法では、Zn蒸気がZnSe単結晶表面に凝縮して固化すると、ZnとZnSe単結晶の熱膨張率の差によって、界面に応力が発生するため、ZnSe単結晶の結晶性が悪化する。また、得られる単結晶の比抵抗値は、化合物半導体成長時に取り込まれる微量のドナー不純物に大きく左右され、熱処理によってはドナー不純物の量を制御できないため、比抵抗値を十分に低下させることができず、かつ比抵抗値にバラツキを生ずる。
【0005】さらに、急激な冷却を施す場合は、ZnSe単結晶内に大きな温度勾配が生ずるため、ZnSe単結晶の結晶性が悪化する。仮に、蒸気源としてIII 族元素を使用しても蒸気圧が低いため、十分にZnSe単結晶内に拡散させることができず、十分な比抵抗値を得ることができない。」

ウ 「【0021】
【発明の実施の形態】本発明では、II-VI 族化合物単結晶表面に、ドナー不純物であるIII 族元素又はIII 族元素を含む化合物の膜を形成した後、その単結晶と該単結晶を構成するII族元素を密閉容器内に入れ、両者が接触しない状態で加熱処理することにより、結晶性を悪化させることなく、II-VI 族化合物半導体単結晶の比抵抗値を容易に制御可能にした。」

エ 「【0040】熱処理後の冷却速度は、10?200℃/分の範囲が適当である。Zn雰囲気中での熱処理では高温でZn空孔が減少し、低温では増加する。Zn空孔が減少するとアクセプター濃度が減少するので、その状態を保持したまま急激に冷却する方が比抵抗値を減少させる効果は大きい。しかし、急激な冷却は単結晶中の熱歪みを増大するので、結晶性の悪化を招かないような上記の範囲の速度で冷却することが好ましい。」

オ 「【0042】
【実施例】
〔実施例1〕ZnSe単結晶を(100) 面に平行にスライサーで切断し、10mm角で厚さ1mmの板状結晶を得た。この板状結晶の比抵抗値は、高抵抗のためホール測定法では測定することができず、ホール測定法の測定範囲の上限値10^(5) Ωcmを超えていた。転位密度は表面を鏡面研磨後、ブロム-メタノールでエッチングし、現れるエッチピット密度(EPD)によって評価した。熱処理前の転位密度は50000cm^(-2)であった。また、蒸着する面は、鏡面研磨を施しておらず、面内全体にわたる凹凸を触針式段差計で測定したところ、凹の部分と凸の部分の高低差で面内平均値が8500Åであった。
【0043】この結晶表面を十分に洗浄した後、1×10^(-6)Torrの真空槽内で表面全体にAlを1000Å厚さに蒸着した。この板状結晶と0.1gのZnを内容積15cm^(3) の石英アンプル中に封入し、真空度が2×10^(-8)Torrになった時にアンプルを封止した。その後、このアンプルを均一な温度プロファイルに設定した電気炉に投入して熱処理を行った。熱処理温度は950℃、7日間熱処理した後、10℃/分の速度で室温まで冷却した。」

3 引用発明

(1)前記2(1)エによれば、図5(a)に示された構造は、実施例1により作製されたものと認められるから、刊行物1には、図5(a)に示された構造を作製する方法として、以下のものが記載されていると認められる。

「半導体レーザの構造を簡略化したGaInNAsおよびGaNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まった光学特性評価用ダブルヘテロ構造を作製する方法であって、
成長には、石英製の横型反応炉を用い、
基板として、半絶縁性GaAs(001)基板を用い、
III族のGa,In原料としてトリエチルガリウム(TEG)、トリメチルインジウム(TMIn)を、V族のN,As,P原料としてジメチルヒドラジン(DMHy)、ターシャリブチルアルシン(TBAs)、ターシャリブチルフォスフィン(TBP)を用い、
キャリアガスには水素を用い、
成長炉内の圧力は、76Torrに設定し、
[TBAs]/([TEG]+[TMIn])モル供給比=1.8で固定として、成長温度530、550、600℃で、[DMHy]/([DMHy]+[TBAs])モル供給比を、それぞれ0.98,0.982,0.985とすることでGaAs(001)基板に格子整合したGa_(0.9 )In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) 結晶を成長させるか、
または、[TBAs]/[TEG]モル供給比=5で固定とし、[DMHy]/([DMHy]+[TBAs])モル供給比を0.256-0.9の間で窒素濃度に合わせて変化させ、530,550,600℃の3水準の成長温度を用いてGaNAs結晶を成長させる方法。」

(2)前記2(1)オによれば、刊行物1に記載の実施例2は、実施例1で挙げた成長方法において、成長温度を530℃とし、実施例1で説明した構造の成長終了後、再加熱を行なうものである。そうすると、刊行物1には、実施例2の「GaNAs,GaInNAsの2試料を、上記の実験で蛍光強度が最高であった温度700℃で熱処理し、熱処理時間を10秒から2時間まで変化させた。」(【0070】参照。)もののうち、GaInNAsの試料を用いたものとして、以下のものが記載されていると認められる。

「半導体レーザの構造を簡略化したGaInNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まった光学特性評価用ダブルヘテロ構造を作製する方法であって、
成長には、石英製の横型反応炉を用い、
基板として、半絶縁性GaAs(001)基板を用い、
III族のGa,In原料としてトリエチルガリウム(TEG)、トリメチルインジウム(TMIn)を、V族のN,As,P原料としてジメチルヒドラジン(DMHy)、ターシャリブチルアルシン(TBAs)、ターシャリブチルフォスフィン(TBP)を用い、
キャリアガスには水素を用い、
成長炉内の圧力は、76Torrに設定し、
[TBAs]/([TEG]+[TMIn])モル供給比=1.8で固定として、成長温度530℃で、[DMHy]/([DMHy]+[TBAs])モル供給比を、0.98とすることでGaAs(001)基板に格子整合したGa_(0.9 )In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) 結晶を成長させ、
上記光学特性評価用ダブルヘテロ構造の成長終了後、温度700℃で、熱処理時間を10秒から2時間まで変化させて熱処理することにより、再加熱を行う方法。」(以下「引用発明」という。)

4 対比

本願補正発明と引用発明を対比する。

(1)引用発明の「半導体レーザの構造を簡略化したGaInNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まった光学特性評価用ダブルヘテロ構造」と本願補正発明の「半導体光素子」は、いずれも「半導体素子」である点で一致する。

(2)引用発明は、「半導体レーザの構造を簡略化したGaInNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まった光学特性評価用ダブルヘテロ構造を作製する方法」であるから、
「III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第1のIII-V化合物半導体層を成長する第1の工程と、
III族としてガリウム及びインジウムを含むと共にV族としてヒ素及び窒素を含む第2のIII-V化合物半導体層を成長する第2の工程と、
III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第3のIII-V化合物半導体層を成長する第3の工程」
を有するものと認められ、この点で本願補正発明と一致する。

(3)引用発明において、
「成長には、石英製の横型反応炉を用い、
基板として、半絶縁性GaAs(001)基板を用い、
III族のGa,In原料としてトリエチルガリウム(TEG)、トリメチルインジウム(TMIn)を、V族のN,As,P原料としてジメチルヒドラジン(DMHy)、ターシャリブチルアルシン(TBAs)、ターシャリブチルフォスフィン(TBP)を用い、
キャリアガスには水素を用い、
成長炉内の圧力は、76Torrに設定し、
[TBAs]/([TEG]+[TMIn])モル供給比=1.8で固定として、成長温度530℃で、[DMHy]/([DMHy]+[TBAs])モル供給比を、0.98とすることでGaAs(001)基板に格子整合したGa_(0.9 )In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) 結晶を成長させ」
ることは、本願補正発明の
「III族としてガリウム及びインジウムを含むと共にV族としてヒ素及び窒素を含む第2のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第2の工程」
に相当する。

(4)引用発明は、「成長温度530℃」で「Ga_(0.9 )In_(0.1) N_(0.035) As_(0.965) 結晶を成長させ」、「上記光学特性評価用ダブルヘテロ構造の成長終了後、温度700℃」で、「熱処理することにより、再加熱を行う」ものであるから、「前記第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した後に、当該成長した第1?第3のIII-V化合物半導体層に対して、当該第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した成長温度よりも高い温度であって、且つ摂氏700度の温度を印加して熱アニールを行う第4の工程」を備える点で、本願補正発明と一致する。

(5)以上によれば、両者は、

「半導体素子を作製する方法であって、
III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第1のIII-V化合物半導体層を成長する第1の工程と、
III族としてガリウム及びインジウムを含むと共にV族としてヒ素及び窒素を含む第2のIII-V化合物半導体層を有機金属気相成長法で成長する第2の工程と、
III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第3のIII-V化合物半導体層を成長する第3の工程と、
前記第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した後に、当該成長した第1?第3のIII-V化合物半導体層に対して、当該第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した成長温度よりも高い温度であって、且つ摂氏700度の温度を印加して熱アニールを行う第4の工程と、
を備える方法。」

で一致し、以下のアないしウの点で相違するものと認められる。

ア 本願補正発明は、半導体光素子を作製する方法であるのに対して、引用発明は、半導体レーザの構造を簡略化したGaInNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まった光学特性評価用ダブルヘテロ構造を作製する方法である点(以下「相違点1」という。)。

イ 第1及び第3の工程において、本願補正発明においては、有機金属気相成長法が用いられているのに対して、引用発明では、そのような限定がなされていない点(以下「相違点2」という。)。

ウ 本願補正発明が、「前記熱アニールを行った後に、0.5度/秒以下の速度で、当該熱アニール後の第1?第3のIII-V化合物半導体層の温度を低下させる第5の工程」を備えているのに対して、引用発明は、そのような工程を備えていない点(以下「相違点3」という。)。

5 判断

(1)相違点1について
上記2(1)ウないしキ(特に【0025】、【0056】を参照。)によれば、引用発明は、結晶の高品質化が図られ、電気特性、光学特性が良好な光学素子を得ることができる製造方法を提供するという目的の下になされた発明において、その方法によって製造される光学素子の光学特性を測定するために、半導体レーザの構造を簡略化した、GaInNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まったダブルヘテロ構造を作製する方法の一つの実施例であると認められる。そして、上記2(1)クによれば、刊行物1の図1(a)には、引用発明の方法によって作製される「(半導体レーザの構造を簡略化したGaInNAs薄膜結晶の、上下がGaAsで挟まった)ダブルヘテロ構造」と同様の構造である、GaInNAs活性層の上下がGaAsガイドで挟まれた半導体レーザが図示されている。してみれば、引用発明の方法を、半導体レーザすなわち半導体光素子の作製に用いることとし、相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到することができたことである。

(2)相違点2について
GaAsを有機金属気相成長法を用いて成長させることは周知の技術であり、引用発明は、GaInNAs薄膜結晶を有機金属気相成長法を用いて成長させるものであるから、当該GaInNAs薄膜結晶の上下を挟むGaAsについても有機金属気相成長法を用いて成長させることとし、相違点2に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できたことである。

(3)相違点3について
ア 一般に、熱処理は、温度を上昇及び低下させる過程を含むものであること、刊行物1の熱処理の時間と温度の変化を示す図8及び図9においても、温度を低下させる過程が示されていることに照らせば、引用発明の「熱処理」において、温度を低下させる過程が含まれることは明らかである。

イ 上記2(1)キによれば、刊行物1には、熱処理を施すことによって、結晶性が改善することが記載されていることに照らして、引用発明の「熱処理」によって、同様に結晶性が改善されるものと認められる。

ウ 上記2(2)ないし(4)によれば、半導体光素子の製造において、アニールまたは焼き鈍しの熱処理を行う際に、急激な冷却がなされると、結晶中に熱応力、熱歪が生じ、結晶性が悪化すること、それを避けるために、熱処理における冷却速度を低く保つことは、周知の技術である。

エ 上記イのとおり、引用発明において、熱処理によって結晶性が改善されることが期待できるのであるから、熱処理の温度を低下させる過程で、結晶中に熱応力、熱歪が生じ、結晶性が悪化することを避けるために、上記イの周知技術を適用して、温度を低下させる速度を低く保つことは、当業者が容易に想到できたことであって、温度を低下させる速度をどの程度まで低く保つかは、当業者が適宜決定しうる設計的事項にすぎない。
そして、刊行物3には、「毎分1℃?5℃(審決注:0.017℃?0.083℃毎秒)程度の緩慢な速度で昇温あるいは降温するのが望ましい。」(【0050】参照。)、刊行物4には、「熱処理後の冷却速度は、10?200℃/分(審決注:0.17?3.33℃/秒)の範囲が適当である。」(【0040】参照。)と記載されていることを踏まえると、引用発明の熱処理において、温度を低下させる速度を、0.5度/秒以下とすることに格別の困難があるとは認められない。

エ なお、請求人は、平成24年5月11日付け回答書(4頁15行-5頁23行)において、
「まず、これらの引用文献2?4に関しては、いずれの文献も、本願発明に係る材料(III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含むIII-V化合物半導体層)と異なる。本願の審査において、降温速度を開示するとして引用された文献のいずれも、本願発明に係る、III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含むIII-V化合物半導体を開示していない。つまり、審査における引用文献2?4の引用は、これまで、III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含むIII-V化合物半導体の熱処理に関して降温速度に着目されていないことを示している。
また、引用文献2?4(審決注:刊行物2?4)では、熱処理の対象物の特徴に基づく個々の技術課題を解消するために、降温速度又は冷却速度を決めている。これまでの説明から示されるように、引用文献2?4における熱処理(熱処理自体及び降温)が本願発明における熱処理の技術的意義と異なるのであるから、当業者にとって、引用文献1の熱処理及び降温を引用文献2?4における熱処理及び降温と置換することについては置換可能ではない。
さらに、既に説明したように、降温速度については引用発明個々の事情に基づき決定されている。すなわち、引用発明2では、サファイア基板とAlGaN層の熱膨張係数の違いに起因する熱応力を避けること及びAlGaN層の表面の熱処理である点にあり、引用発明3では、半導体素子を作製する結晶成長のための厚膜の結晶体(450μm程度の厚膜)及びこの結晶体を珪素単結晶基板上に成長することに起因する歪み(窒化ガリウム結晶内の歪み)を低減する点にあり、引用発明4では、構成元素としてZnを含む(III-V系材料ではない)II-VI系材料に固有の事情である。
熱処理及び降温の対象物が異なると共に熱処理及び降温の技術的意義が異なる引用発明を見ても、当業者は、本願発明の完成に至ることはないと考える。なぜなら、引用発明2?4はそれぞれの個々の事情に基づき降温又は冷却の速度を決定しており、この事情は本願発明における対象物の技術意義と異なるからである。したがって、当業者にとって、引用文献1の熱処理を引用文献2?4における熱処理と置換することについては置換容易ではない。
本願補正後の請求項1では、有機金属気相成長法で、III族としてガリウムを含むと共にV族としてヒ素を含む第1、第2、第3のIII-V化合物半導体を成長している。そして、第1?第3のIII-V化合物半導体を成長した後に、第1?第3のIII-V化合物半導体のアニールを行って、このアニールの後に第1?第3のIII-V化合物半導体の温度を低下させる。有機金属気相成長法の成長のため、第1?第3のIII-V化合物半導体には水素が残留する。この残留水素量を低減するためにアニールを行う。このアニールの温度及び降温により、発光特性及び信頼性が向上される(段落0005?0007、0048?0051)。本願発明を為すために、引用文献1?4は何らの知見を提供していない。また、引用文献1?4には、本願発明を為すための動機付けを提供しない。」
旨を主張する。

請求人の上記主張につき検討する。
刊行物2?4に記載の半導体の組成は引用発明のものと異なり、熱処理の具体的な作用も全く同じものという訳ではない。しかし、刊行物2?4に接した当業者であれば、引用発明においても、熱処理における温度の低下が急激に行われると、結晶中に熱応力、熱歪が生じ、結晶性が悪化するであろうことは、容易に予想し得たものと認められ、それを避けるために、熱処理における温度低下の速度を低く保つこととし、その速度をどの程度まで低く保つかは、当業者が適宜決定しうる設計的事項にすぎないことは、上記ウのとおりである。

6 むすび

以上のとおりであるから、本願補正発明は、当業者が刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明できたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

よって、本件補正は、平成23年改正前特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について

1 本願発明

本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成23年3月18日に補正された特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2[理由]1に、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1として示したとおりのものである。

2 判断

本願発明の発明特定事項を全て含み、さらにその「熱アニール」に関して、「当該第1?第3のIII-V化合物半導体層を成長した成長温度よりも高い温度であって、且つ摂氏550度以上摂氏750度以下の温度を印加して」との限定を付したものが本願補正発明であるところ、本願補正発明が前記第2[理由]2?7において検討したとおり、引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである以上、本願発明も引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであることは明らかである。

3 むすび

したがって、本願発明は、刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-08-31 
結審通知日 2012-09-04 
審決日 2012-09-18 
出願番号 特願2008-76331(P2008-76331)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01S)
P 1 8・ 575- Z (H01S)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 芝沼 隆太杉山 輝和  
特許庁審判長 小松 徹三
特許庁審判官 星野 浩一
北川 創
発明の名称 半導体光素子を作製する方法  
代理人 池田 正人  
代理人 近藤 伊知良  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 黒木 義樹  
代理人 城戸 博兒  

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