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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C09D
管理番号 1267614
審判番号 不服2010-11148  
総通号数 158 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-02-22 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-05-25 
確定日 2012-12-20 
事件の表示 特願2004-530006「ビスマス化合物含有電着塗料(ETL)」拒絶査定不服審判事件〔平成16年3月4日国際公開、WO2004/018580、平成17年11月17日国内公表、特表2005-534795〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成15年7月9日(パリ条約による優先権主張 2002年8月8日 ドイツ連邦共和国)を国際出願日とする特許出願であって、平成21年6月1日付けで拒絶理由が通知され、同年11月11日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成22年1月22日付けで拒絶をすべき旨の査定がされ、それに対して、同年5月25日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

2.本願発明
本願の請求項1?11に係る発明は、平成21年11月11日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?11にそれぞれ記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は以下のとおりである。
「ビスマス化合物含有電着塗料(ETL)において、以下:
(A)(潜在的)カチオン性又はアニオン性基と、以下
(i)熱的に自己架橋反応し得る反応性官能基か、又は自己架橋性バインダー中に存在する相補的反応性官能基と熱的に架橋反応し得る反応性官能基、又は
(ii)異種架橋性バインダーの場合には、架橋剤(B)中に存在する相補的反応性官能基と熱的に架橋反応し得る反応性官能基
とを有する、少なくとも1種の自己架橋性及び/又は異種架橋性バインダー
(B)場合により、相補的反応性官能基を含有する少なくとも1種の架橋剤、及び
(C)実験式C_(7)H_(5)O_(4)Biの次サリチル酸ビスマス
を含有することを特徴とする、ビスマス化合物含有電着塗料(ETL)。」

3.原査定の拒絶理由の概要
これに対して、原査定における拒絶理由は、平成21年6月1日付け拒絶理由通知書に記載した理由1、すなわち、本願に係る発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。
引用文献
1.特表平10-510312号公報
2.特表平9-502225号公報
3.化学大辞典3(縮刷版),共立出版株式会社,1989年8月15日,p.870(「サリチルさんビスマス」の項参照)

4.原査定の拒絶理由についての判断
(1)引用文献
刊行物1:特表平10-510312号公報(原査定における引用文献1)

周知技術を示す文献:
化学大辞典3(縮刷版),共立出版株式会社,1989年8月15日,p.870右欄の「サリチルさんビスマス」の項(同引用文献3)

(2)刊行物の記載事項
[刊行物1]
摘示1-1.「一つまたはそれより多い陰極付着性バインダー、望むならバインダー用の一つまたはそれより多い架橋剤、望むなら一つまたはそれより多い有機溶媒、一つまたはそれより多い顔料および望むなら体質顔料を水とともに含有する濃厚物であって、顔料および随意的な体質顔料と望むなら存在する架橋剤をバインダーに加えたものとの重量比が0.01:1?0.4:1である時に、上記濃厚物の固体含有率が35?50wt%であり、またその粘度が回転粘度測定法により20℃そして剪断勾配が150秒^(-1)で測定して100?500mPa・秒であり、またその溶媒含有率が固体含有率に関連して0?20wt%より少ないことを特徴とする、陰極付着性電着塗装ラッカー浴を製造しまたこれを補充するために好適である濃厚物。」(特許請求の範囲の請求項1)

摘示1-2.「本発明の陰極電着塗装ラッカー組成物はただ一つの成分からなる。この組成物は撹拌しなくてさえ貯蔵中に驚くほど安定であり、また陰極電着塗装ラッカー浴を最初調製するため、および作業中でありまた電着によって固体の減耗してしまったこのような浴の固体含有率を補うための両方に好適である。
陰極電着塗装ラッカー浴を調製するために使用できる、陽イオンバインダーおよび望むなら架橋剤を含有する陰極電着塗装ラッカー分散液が知られている。陽イオンバインダーは陽イオン基を含む、あるいは陽イオン基例えばアミノ基、アンモニウム基例えば第4級アンモニウム基、ホスホニウム基および(または)スルホニウム基へと転化可能な塩基性基を含むバインダーである。塩基性基を有するバインダーが好ましい。アミノ基のように窒素を含む塩基性基が特に好ましい。これらの基は第4級化された形で存在してよく、あるいは当該技術に熟達する者にとって周知であるように、慣用の中和剤例えば有機モノカルボン酸例えば乳酸、蟻酸、酢酸によって陽イオン基へと転化されてよい。このような塩基性樹脂は例えば、第1級、第2級および(または)第3級アミノ基を含む樹脂である。このような樹脂のアミン価は例えば約20?250mg KOH/gである。樹脂の重量平均分子量(M_(w))は300?10000であるのが好ましい。このような樹脂の例には、アミノ(メタ)アクリレート樹脂、アミノエポキシ樹脂、末端二重結合を有するアミノエポキシ樹脂、第1級OH基を有するアミノエポキシ樹脂、アミノポリウレタン樹脂、アミノ基を含むポリブタジエン樹脂または変性されたエポキシ樹脂/二酸化炭素/アミンの反応生成物がある。これらの樹脂は自己架橋性であってよくあるいは既知の架橋剤と混合される。このような架橋剤の例はアミノ樹脂、ブロックされたポリイソシアネート、末端二重結合を有する架橋剤、ポリエポキシ化合物または、トランスエステル化可能なそして(あるいは)トランスアミド化可能な基を含む架橋剤である。」(7頁9行?8頁4行)

摘示1-3.「本発明の特に好ましい陰極電着塗装ラッカー濃厚物は、ビスマス酸塩としてそして(または)有機ビスマス錯体の形のそして(または)有機カルボン酸のビスマス塩として、ビスマスが触媒として添加されて含有される濃厚物である。これらは本出願人の未だ公にされていないドイツ特許出願P 43 30 002.2の明細書に記載されている。塩は有機のモノカルボン酸またはポリカルボン酸の塩である。錯体化配位子の例としてアセチルアセトンをあげることができる。しかしながら一つまたはそれより多くの錯体化基を有する別な有機錯体化剤もまた可能である。本発明の目的のために使用できるビスマス塩が誘導される好適な有機カルボン酸の例は、芳香族、芳香脂肪族および脂肪族のモノカルボン酸またはジカルボン酸である。好ましいビスマス塩は、特に二つより多い炭素原子を有する有機モノカルボン酸のビスマス塩、とりわけヒドロキシカルボン酸の塩である。この例はサリチル酸ビスマス、4-ヒドロキシ安息香酸ビスマス、乳酸ビスマス、ジメチロールプロピオン酸ビスマスである。脂肪族ヒドロキシカルボン酸のビスマス塩が特に好適である。陰極電着塗装ラッカー濃厚物中のビスマス化合物の量は、この濃厚物のバインダー固体含有率に関連して、ビスマスとして計算するとして例えば0.1?5wt%、望ましくは0.5?3.0wt%であろう。ビスマス化合物は、水性相または分散相中に溶解された本発明の陰極電着塗装ラッカー濃厚物中に、微細粒子として、例えばコロイドの形であるいは粉砕された粉末として、存在してよい。ビスマス化合物は少なくとも部分的に水溶性であるのが好ましく、特に、水溶性であるのが好ましい。
上記のビスマス化合物は様々な方法で陰極電着塗装ラッカー濃厚物中に含ませることができる。例えばビスマス化合物は中和されたバインダー溶液に望むなら高温で添加され、次いでかなりの量の希釈剤としての水を添加することにより陰極電着塗装ラッカー分散液に転換する以前に、撹拌によって均一化されてよい。例えば乳酸またはジメチロールプロピオン酸のようなヒドロキシカルボン酸がバインダーのための中和剤として使用される場合、適当な量の酸化ビスマスまたは水酸化ビスマスを使用することもでき、この場合対応するビスマス塩が生成される。
例として、例えば上述した顔料ペーストの着色剤の成分として、ビスマス化合物を陰極電着塗装ラッカー濃厚物中に含ませることもできる。もしビスマス化合物水溶性であるかあるいは可溶化剤中に溶解されるなら、それは仕上げられた陰極電着塗装ラッカーバインダー分散液が着色される以前にこれに添加されてよくあるいは仕上げられた陰極電着塗装ラッカー濃厚物そのものに添加されてよい。」(12頁2行?13頁7行)

[周知技術を示す文献]
摘示2.「サリチルさんビスマス ??酸?? [^(英)bismuth salicylate ^(独)Wismutsalicylat] 正塩のほかに塩基性塩が知られているが,通常サリチル酸ビスマスというときは塩基性塩Bi(C_(7)H_(5)O_(3))・Oをさしていることが多い.これはまた次サリチル酸ビスマス(Bismutum subsalicylicum)といわれることもある.[1] Bi(C_(7)H_(5)O_(3))_(3)=620.35.製法 硝酸ビスマスとマンニットの水溶液にサリチル酸ナトリウム水溶液を冷時加える.性質 無水塩:無色柱状晶.水に溶けにくく加水分解しやすい.1.5水塩:無色結晶.220°で分解しない.二水塩:無色結晶.水に不溶.エタノールに微溶.濃塩酸に可溶.[2] 塩基性塩 製法 ビスマス(III)塩水溶液にサリチル酸ナトリウムを加えるとBiO(C_(7)H_(5)O_(3))が,硝酸ビスマスにサリチル酸ナトリウムを加え、酸性反応がなくなるまでアンモニア水を加えるとBi(OH)(C_(7)H_(5)O_(3))_(2)が,酸化ビスマス(III)をサリチル酸水溶液とゆっくりと熱するとBi_(2)O_(3)・3C_(7)H_(6)O_(3)が得られる.性質 BiO(C_(7)H_(5)O_(3)):無色細かい柱状晶.水,エタノールにほとんど不溶.沸騰水では分解.アルカリでも分解しやすい.Bi(OH)(C_(7)H_(5)O_(3))_(2):無色の粉末.水に可溶.冷時水溶液は中性.Bi_(2)O_(3)・3(C_(7)H_(5)O_(3)):無色透明な柱状晶.用途 駆梅薬.注意 有毒.」

(3)刊行物1に記載された発明
刊行物1には、摘示1-1及び1-2の記載からみて、
「陰極付着性バインダーとして、陽イオン基を含む、あるいは陽イオン基へと転換可能な塩基性基を含む陽イオンバインダー、望むならブロックされたポリイソシアネートであるバインダー用の架橋剤、望むなら有機溶媒、顔料及び望むなら体質顔料を水とともに含有する、陰極付着性電着塗装ラッカー浴を製造し又はこれを補充するために好適である濃厚物」
の発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されている。

(4)対比
本願発明1と刊行物1発明とを対比する。
刊行物1発明の「陰極付着性バインダーとして、陽イオン基を含む、あるいは陽イオン基へと転換可能な塩基性基を含む陽イオンバインダー」は、本願発明1の「(潜在的)カチオン性基を有するバインダー」に該当することは自明であり、また、「自己架橋性であってもよくあるいは既知の架橋剤と混合される」(摘示1-2)ものであるから、「自己架橋性及び/又は異種架橋性バインダー」に該当する。
また、刊行物1発明の「望むならブロックされたポリイソシアネートであるバインダー用の架橋剤」は、本願明細書に「架橋剤(B)として、適当な相補的反応性官能基を含有する全ての慣用かつ公知の架橋剤が該当する。……殊に有利に、ブロックトポリイソシアネートが使用される。」(段落0033)と記載されていることからみて、本願発明1の「(B)場合により、相補的反応性官能基を含有する少なくとも1種の架橋剤」に該当する。
さらに、刊行物1発明の「陰極付着正電着塗装ラッカー浴を製造しまたこれを補充するために好適である濃厚物」は「電着塗料(ETL)」に相当する。
そうすると、両者は
「ビスマス化合物含有電着塗料(ETL)において、以下:
(A)(潜在的)カチオン性又はアニオン性基を有する、少なくとも1種の自己架橋性及び/又は異種架橋性バインダー、及び
(B)場合により、相補的反応性官能基を含有する少なくとも1種の架橋剤
を含有する、ビスマス化合物含有電着塗料(ETL)。」
で一致し、以下の点で相違するものと認められる。

相違点1:
本願発明1では「(A)(潜在的)カチオン性又はアニオン性基を有する自己架橋性及び/又は異種架橋性バインダー」がさらに「(i)熱的に自己架橋反応し得る反応性官能基か、又は自己架橋性バインダー中に存在する相補的反応性官能基と熱的に架橋反応し得る反応性官能基、又は(ii)異種架橋性バインダーの場合には、架橋剤(B)中に存在する相補的反応性官能基と熱的に架橋反応し得る反応性官能基を有する」ものであることが特定されているが、刊行物1発明では、そのような反応性官能基について規定されていない点。

相違点2:
本願発明1は、「(C)実験式C_(7)H_(5)O_(4)Biの次サリチル酸ビスマス」をさらに含有するものであるのに対し、刊行物1発明では、「次サリチル酸ビスマス」を含有することについての記載がない点。

(5)相違点に対する判断
(ア)相違点1について
刊行物1には、、摘示1-2に記載されるとおり、「陽イオンバインダーは陽イオン基を含む、あるいは陽イオン基例えば、アミノ基、アンモニウム基例えば第4級アンモニウム基、……へと転化可能な塩基性基を含むバインダーである。塩基性を有するバインダーが好ましい。アミノ基のように窒素を含む塩基性基が特に好ましい。これらの基は第4級化された形で存在してよく、あるいは当該技術に熟達する者にとって周知であるように、慣用の中和剤例えば有機モノカルボン酸例えば乳酸、蟻酸、酢酸によって陽イオン基へと転化されてよい。このような塩基性樹脂は例えば、第1級、第2級および(または)第3級アミノ基を含む樹脂である。このような樹脂のアミン価は例えば約20?250mg KOH/gである。樹脂の重量平均分子量(M_(w))は300?10000であるのが好ましい。このような樹脂の例には、アミノ(メタ)アクリレート樹脂、アミノエポキシ樹脂、末端二重結合を有するアミノエポキシ樹脂、第1級OH基を有するアミノエポキシ樹脂、アミノ基を含むポリブタジエン樹脂または変性されたエポキシ樹脂/二酸化炭素/アミンの反応生成物がある。これらの樹脂は自己架橋性であってよくあるいは既知の架橋剤と混合される。」(摘示1-2)との記載がある。
ここで、「自己架橋性」であれば、「(i)自己架橋反応し得る反応性官能基か、自己架橋性バインダー中に存在する相補的反応性官能基と架橋反応し得る反応性官能基」を有することは当然であり、その際、「架橋反応」が「熱的」に進行するものを選択することは格別なことではない。
また、刊行物1には、架橋剤として「ブロックされたポリイソシアネート」(摘示1-2)が挙げられているが、そうであれば、バインダー樹脂に架橋剤中の「ブロックされたイソシアネート基」と熱的に反応する基、例えば、「ヒドロキシル基」や「アミノ基」を有することは必然であるといえ、そのようなバインダー樹脂の例として「アミノ(メタ)アクリレート樹脂、アミノエポキシ樹脂、末端二重結合を有するアミノエポキシ樹脂、第1級OH基を有するアミノエポキシ樹脂、アミノ基を含むポリブタジエン樹脂または変性されたエポキシ樹脂/二酸化炭素/アミンの反応生成物」が挙げられていることからすると、刊行物1発明の「陽イオンバインダー」は「(ii)異種架橋性バインダーの場合には、架橋剤(B)中に存在する相補的反応性官能基と熱的に架橋反応し得る反応性官能基」を有するものといえる。
そうすると、相違点1については、実質的に相違点ではないか、そうでないとしても当業者が容易に想到し得ることにすぎない。

(イ)相違点2について
刊行物1には、陰極電着塗装ラッカー濃厚物に有機カルボン酸のビスマス塩を触媒として添加されることが好ましい旨記載されており(摘示1-3)、好ましいビスマス塩として「サリチル酸ビスマス、4-ヒドロキシ安息香酸ビスマス、乳酸ビスマス、ジメチロールプロピオン酸ビスマス」が挙げられている(摘示1-3)。
ここで、上記した周知技術を示す文献には、「サリチル酸ビスマス」について、「通常サリチル酸ビスマスというときは塩基性塩Bi(C_(7)H_(5)O_(3))・Oをさしていることが多い。これはまた次サリチル酸ビスマス(Bismutum subsalicylicum)といわれることもある。」(摘示2)と記載されていることや、刊行物1においてビスマス塩として「ジメチロールプロピオン酸ビスマス」が例示されているが(摘示1-3)、実施例(摘示せず)において使用されているのは、「ビスマスジメチロールプロピオネートビスハイドロオキサイド」すなわち「ジメチロールプロピオン酸ビスマスの塩基性塩」のみであり、そうすると、塩基性塩であっても単に「ジメチロールプロピオン酸ビスマス」と称しているものと解されることなどにかんがみれば、刊行物1における「サリチル酸ビスマス」も同様にその塩基性塩である「次サリチル酸ビスマス」を含む概念として記載されているものと解される。(少なくとも、刊行物1における「サリチル酸ビスマス」との用語自体が、概念的に「次サリチル酸ビスマス」とは別異の化合物のみを意味するものものであるとか、また、概念的に「次サリチル酸ビスマス」を排除するものであるとすることは妥当ではない。)
ところで、上記した周知技術を示す文献によれば、「次サリチル酸ビスマス」は「水,……にほとんど不溶」とされるものであり、これに対し、刊行物1には「ビスマス化合物は少なくとも部分的に水溶性であるのが好ましく、特に、水溶性であるのが好ましい。」(摘示1-3)と記載されているものではある。しかしながら、刊行物1では、その一方で「ビスマス化合物は、水性相または分散相中に溶解された本発明の陰極電着塗装ラッカー濃厚物中に、微細粒子として、例えばコロイドの形であるいは粉砕された粉末として、存在してよい。」(摘示1-3)とも記載されていて、このことは、水溶性のビスマス化合物とともに、水不溶性のビスマス化合物の使用も念頭においたものと解せられるから、刊行物1における用語「サリチル酸ビスマス」が、通常この語によって指し示すことが多いとされる「次サリチル酸ビスマス」を排除しているものと解することは妥当性を欠くものである。
すなわち、刊行物1においてビスマス化合物として例示されている「サリチル酸ビスマス」は、この語が「次サリチル酸ビスマス」を意味していると断定できるものではないが、少なくとも、概念的には「次サリチル酸ビスマス」を含むものと解釈されることに加えて、このような水不溶性塩を使用することについても刊行物1には言及されているのであるから、当業者がこのような刊行物1の記載を見たならば、刊行物1において「添加することが好ましい」とされているビスマス化合物として、「次サリチル酸ビスマス」を添加することを容易に想到するものといえる。
そして、「次サリチル酸ビスマス」を採用することによる効果も格別なものであることは示されていない。

5.請求人の主張について
請求人は審判請求書の請求の理由において、以下のとおり主張している。
「審査官殿のご指摘通り、確かに、化学大辞典の「サリチルさんビスマス」の項には、「正塩のほかに塩基性塩が知られているが、通常サリチル酸ビスマスというときは塩基性塩Bi(C_(7)H_(5)O_(3))・Oを指していることが多い。」との記載があります。そして、この記載を、コーティング分野ではなく、あくまでも一般的に考慮した場合には、「サリチル酸ビスマス」から塩基性塩、すなわち、「次サリチル酸ビスマス」が念頭におかれる可能性が高いと認められます。しかしながら、化学大辞典の上記記載は、コーティングの分野の当業者の一般的な知識を正しく反映したものではありません。
ここで、引用文献1の発明者はドイツ連邦共和国、ヴツパータール在、クライン クラウスイエルク氏でありますが、この発明者は米国特許文献US5,670,441(以下に添付した参考資料1を参照)の発明者欄にも記載されております。当該特許文献は、水溶性ビスマス化合物を含有する組成物を提供するものです(米国特許文献US5,670,441、第2欄、第34?35行)。当該特許文献には、1以上の塩基性ビスマス化合物を水性酸中に溶解させることにより水溶性ビスマス化合物を製造することが教示されております(米国特許文献US5,670,441、第2欄、第49?50行)。水溶性ビスマス化合物を製造するのに有用な酸として幾つかの酸が挙げられており(米国特許文献US5,670,441、第3欄、第16?25行)、この中にはサリチル酸も含まれております。このように、引用文献1と上記米国特許文献の双方の発明者は、塩基性ビスマス化合物とサリチル酸とから溶解性の化合物を製造することが明らかです。
さらに、引用文献1、第12頁、第21?22行には、「ビスマス化合物は少なくとも部分的に水溶性であるのが好ましく、特に、水溶性であるのが好ましい」との記載があります。従って、引用文献1及び引用文献2においても同様に、実施例では高水溶性化合物が使用されております。従って、引用文献1及び引用文献2に接したコーティング分野の当業者は、ビスマスの水溶性塩を使用するとの教示を得るため、サリチル酸ビスマスを水溶性ビスマス塩として認識し、決して水不溶性の次サリチル酸ビスマスとは混同しないものと思料いたします。さらに、引用文献1?3のいずれにも水不溶性の次サリチル酸ビスマスを使用することは教示されておらず、引用文献1?3に接した当業者にとって、水不溶性の次サリチル酸ビスマスを使用する動機付けは全く存在しません。
従って、油状沈殿物による妨害や、混合時のバインダー又は顔料ペースト中への低い分配性といった公知技術の欠点を有しておらず、電着塗料へのビスマス化合物の単純かつ安定な導入を可能にし、かつこれから製造された電着塗料が良好な均展性を示し、表面的欠陥がなく、かつ良好な腐食防止を保証する、新規のビスマス化合物含有電着塗料(ETL)を見い出す、という技術的課題(本願明細書段落番号[0009])を解決するに当たり、本願発明者により新たに見出された水不溶性の次サリチル酸ビスマスの高い有用性は、従来技術に対して極めて意想外であり、また、従来技術に対する優れた貢献であるものと思料いたします。本願発明により、固体の粉末生成物が使用される場合にも、表面的欠陥がなく、良好な腐食防止性を示す優れた平滑な皮膜が得られることについては、本願明細書段落番号[0059]及び[0060]に明確に記載されております。このような、本願発明の電着塗料を製造する際に使用される顔料ペーストの貯蔵安定性や微生物による被害に対して高い耐性といった顕著な効果は、本願発明において特定の水不溶性の次サリチル酸ビスマスを採用することによって初めて奏されるものです。
従いまして、いわば技術思想が全く相違する発明が記載されている引用文献1?3に基づいては、いかに当該分野のいわゆる当業者であっても本願発明の構成に想到することは極めて困難であると言わざるをえません。さらに、水不溶性の次サリチル酸ビスマスを使用することについて記載はおろか示唆すらなされていない引用文献1?3記載の発明に比較して、水溶性ビスマス塩を用いることなくむしろ水不溶性の次サリチル酸ビスマスを用いることで奏される優れた効果は、当業者といえども予想を超えるものであることは言うまでもありません。」

しかし、化学大辞典の記載(摘示2)に関し、請求人が主張する「コーティング分野ではなく、あくまでも一般的に考慮した場合には、「サリチル酸ビスマス」から「次サリチル酸ビスマス」が念頭におかれる可能性が高い」が、「コーティングの分野の当業者の一般的な知識を正しく反映したものではない」旨の見解は、コーティングの分野で一般的な取扱いとは異なる解釈をしなければならない理由が明らかではないことから採用できない。
また、刊行物1の発明者の他の出願に係る米国特許第5,670,441号明細書の記載を考慮すると引用文献1においても、「塩基性ビスマス化合物とサリチル酸とから溶解性の化合物を製造することが明らか」であるとの旨の請求人の主張についても、両文献は直接的には何の関連性もない文献であることに加え、同一発明者が、米国特許第5,670,441号明細書(優先権主張1994年7月1日)において「水溶性のサリチル酸ビスマス」を使用することについて記載していても、その約5ヶ月後に「微細粒子」すなわち水不溶性のビスマス化合物についても許容する内容の刊行物1(優先権主張 199411月30日)をさらに出願しているのであるから、発明者が同一人であるというだけでは、刊行物1の記載内容を米国特許第5,670,441号明細書の記載に基づいて「水溶性のサリチル酸ビスマス」に限定して解釈しなければならない理由にはなりえず、この主張も採用できない。
さらに、引用文献1には「ビスマス化合物は少なくとも部分的に水溶性であるのが好ましく、特に、水溶性であるのが好ましい。」との記載があるのは事実であるが、別途、「ビスマス化合物は、水性相または分散相中に溶解された本発明の陰極電着塗装ラッカー濃厚物中に、微細粒子として、例えばコロイドの形であるいは粉砕された粉末として、存在してよい。」と記載されているのも事実である。そもそも「サリチル酸ビスマス」の「正塩」であるBi(C_(7)H_(5)O_(3))_(3)であっても、水に不溶又は溶けにくいことが、上記周知技術を示す文献に記載されているから、「サリチル酸ビスマスを水溶性ビスマス塩として認識」することはないはずであり、「サリチル酸ビスマス」と称する一連のビスマス化合物(次サリチル酸ビスマスも含まれる)を使用する場合には「水不溶性」であることを当然のこととして認識しているものと解される。
また、請求人は、「油状沈殿物による妨害や、混合時のバインダー又は顔料ペースト中への低い分配性といった公知技術の欠点を有しておらず、電着塗料へのビスマス化合物の単純かつ安定な導入を可能にし、かつこれから製造された電着塗料が良好な均展性を示し、表面的欠陥がなく、かつ良好な腐食防止を保証する、新規のビスマス化合物含有電着塗料(ETL)を見い出す、という技術的課題(本願明細書段落番号[0009])を解決するに当たり、本願発明者により新たに見出された水不溶性の次サリチル酸ビスマスの高い有用性は、従来技術に対して極めて意想外であり」と述べているが、本願明細書の段落0009には、「本発明の課題は、EP0642558号に記載されている公知技術の欠点を有しておらず」と記載されており、「EP0642558号に記載されている公知技術の欠点」とは、本願明細書の段落0005に記載された「長鎖酸の容易に使用可能な塩、例えばオクタン酸ビスマス及びネオデカン酸ビスマスはカチオン性バインダーにおいて使用する際に油状沈殿物により妨害を引き起こす」及び「無機ビスマス化合物は、混合によりバインダー中または顔料ペースト中に単に劣悪に分配可能であるに過ぎず、この形では単にわずかに触媒として作用するに過ぎないはずである」との点をさしているものと解されるが、これは、EP0642558号に係る発明が解決しようとする課題であって、すでにEP0642558号により脂肪族ヒドロキシカルボン酸(乳酸、ジメチロールプロパン酸)のビスマス塩を使用することにより解決されているものである。
しかし、本願明細書には、脂肪族ヒドロキシカルボン酸のビスマス塩や水溶性のサリチル酸ビスマスを使用した場合に比べて「次サリチル酸ビスマス」が奏する効果については何ら確認していない。従って、効果についても請求人の主張をそのまま採用することはできない。

6.むすび
以上のとおりであるから、本願発明1は、刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-07-20 
結審通知日 2012-07-25 
審決日 2012-08-07 
出願番号 特願2004-530006(P2004-530006)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 藤原 浩子  
特許庁審判長 松浦 新司
特許庁審判官 小石 真弓
星野 紹英
発明の名称 ビスマス化合物含有電着塗料(ETL)  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 杉本 博司  
代理人 久野 琢也  
代理人 矢野 敏雄  
代理人 山崎 利臣  

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