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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H02P
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H02P
管理番号 1268676
審判番号 不服2012-3742  
総通号数 159 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-03-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-02-27 
確定日 2013-01-10 
事件の表示 特願2006-283552「モータ装置」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 5月 1日出願公開、特開2008-104267〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成18年10月18日の出願であって、平成23年6月9日付けで拒絶の理由が通知され(発送日:平成23年6月14日)、これに対し、平成23年8月5日付けで意見書及び手続補正書が提出され、その後、平成23年12月26日付けで拒絶査定がなされ(発送日:平成24年1月10日)、これに対し、平成24年2月27日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日付けで手続補正書が提出されたものである。


2.平成24年2月27日付けの手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]
(1)補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、
「コイル(Lu,Lv,Lw)が相毎に巻回された複数の突極を有する固定子(2)と、上記固定子(2)の上記コイル(Lu,Lv,Lw)に電流を供給することにより上記固定子(2)の上記突極に生じた磁気吸引力により回転する複数の突極を有する回転子(1)とを有するモータ部(10)と、
上記モータ部(10)の上記固定子(2)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に電圧を印加するインバータ部(22)と、
上記インバータ部(22)から上記モータ部(10)の上記固定子(2)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を検出する電流検出部(CTu,CTv,CTw)と、
上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された上記モータ部(10)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、上記インバータ部(22)を制御すると共に、上記モータ部(10)の上記回転子(1)の停止状態から起動するときに、上記モータ部(10)の上記回転子(1)が停止している状態において上記インバータ部(22)から上記モータ部(10)の上記固定子(2)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に対して同一の電圧パルスを同時に印加するインバータ制御部(23a)と、
上記インバータ部(22)からの上記同一の電圧パルスの印加時に上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された上記モータ部(10)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、上記固定子(2)に対する上記回転子(1)の回転位置を同定する回転位置同定部(23d)と、
上記インバータ部(22)からの上記同一の電圧パルスの印加時に上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流の電流偏差を求める電流偏差部(23b)と
を備え、
上記インバータ部(22)から上記同一の電圧パルスを印加する直前と直後の上記インバータ部(22)のオフ状態において、上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により上記固定子(2)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を1回ずつ検出して、
上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された相毎の2つの電流の偏差を上記電流偏差として上記電流偏差部(23b)により求め、
上記電流偏差部(23b)により求められた上記電流偏差に基づいて、上記回転位置同定部(23d)は、上記固定子(2)に対する上記回転子(1)の回転位置を同定すると共に、
上記インバータ制御部(23a)は、上記回転位置同定部(23d)により同定された上記固定子(2)に対する上記回転子(1)の回転位置に基づいて、上記回転子(1)を回転させる電圧を出力するように上記インバータ部(22)を制御して上記モータ部(10)を起動する起動制御部を有することを特徴とするモータ装置。」
と補正された。
上記補正は、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「上記インバータ部(22)から上記モータ部(10)の上記固定子(2)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に対して同一の電圧パルスを同時に印加する」態様について「上記モータ部(10)の上記回転子(1)が停止している状態において」との限定を付加するものであって、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(2)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2005-229724号公報(以下「引用例」という。)には、図面とともに次の事項が記載されている。

・「【請求項1】
スイッチトリラクタンスモータの制御装置において、前記スイッチトリラクタンスモータに電力を供給し始める直後の微少時間は前記スイッチトリラクタンスモータの全ての相に同時に同一の電圧を印加する始動電圧印加手段と、前記微少期間直後の時点における前記スイッチトリラクタンスモータの全ての相の電流を検出する電流検出手段と、該電流検出手段の出力より前記スイッチトリラクタンスモータの回転子の位置を推定演算する位置推定手段とを具備することを特徴とするスイッチトリラクタンスモータの制御装置。」

・「【0002】
スイッチトリラクタンスモータを制御する場合、固定子の突極部と回転子の突極部との位置関係によってトルク方向が変わるので、回転子の位置を検出する位置検出器が必要となる。位置検出器には、アブソリュート型とインクリメント型がある。アブソリュート型は、回転子の絶対位置を出力することができるが高価である。従って、回転子の移動量しか出力できないが安価なインクリメント型が採用されている。位置信号は、インクリメント型位置検出器の出力を積算することで得ることができる。
【0003】
しかしながら、アブソリュート型であれば電源投入直後に位置を知ることが出来るが、インクリメント型ではそれが不可能であり、従って始動時の位置が不明となる。 ・・・
【0004】
インクリメント型位置検出器を用いた場合、電源投入直後の回転子の位置が不明である。従って特定の相のみを励磁して落ち着いてから通常運転へ移行する方法が採用されているが、これでは始動時の回転方向が特定できないという問題点がある。
【0005】
また、静止摩擦や負荷トルクが存在する場合は、特定の相のみを励磁して落ち着いた状態でも完全に回転子の突極歯と固定子の突極歯が合致しないので、インクリメント型位置検出器の出力の積算値を正しい値にプリセットすることができなくなり、その後の通常運転においても位置誤差を含んだままとなり、運転効率などの特性が悪くなる。」

・「【0008】
始動電圧印加手段により、始動直後の微少期間t1だけスイッチトリラクタンスモータの全ての相に同時に同一の電圧を印加する。図2は、3相の巻き線が施されたスイッチトリラクタンスモータの場合に、始動電圧印加手段により印加された電圧波形例(Vu,Vv,Vw)を示している。すると、例えば図2の破線で示された電流(Iu,Iv,Iw)が流れ、電流検出手段は、微少期間直後の各相の電流値(図2の黒丸の値のIup,Ivp,Iwp)を出力する。
【0009】
回転子位置θと電流検出手段の出力であるIup,Ivp,Iwpの関係は、固定子極数6で回転子極数4のスイッチトリラクタンスモータの場合に例えば図3のようになる。これは回転子の突極歯と固定子の突極歯との位置関係により磁気抵抗が変化するためである。位置推定手段は、まずIup,Ivp,Iwpの大小関係により回転子位置の図3に示されるAからFまでの6つの領域を判別する。例えば図2の場合はIup>Iwp>Ivpなので図3より領域Cに回転子位置があることが判明する。図3のAの領域で小さい方の2相の電流の比Kと位置θとの関係を図4のように予め求めてテーブル化しておく。次に位置推定手段は、電流検出手段の出力の中で小さい方の2つの電流の比K(図2の場合はIvpとIwpとの比のK=Ivp/Iwp)を求め、得られたKによって図4のテーブルを参照して仮の回転子位置θ’を求め、図5の各領域に基づいた式で回転子位置θを求める。
【0010】
ここで電流比Kを求める際に小さい方の2つの電流を用いたが、大きい方の2つを用いても、最大と最小の2つを用いても差し支えない。その際は、図4のテーブルもそれに合ったものに変更する必要がある。
【0011】
以上説明したように、本発明の手段により、始動直後の回転子位置を求めることができるので、逆転することなく滑らかにモータを回転させることができる。また、静止摩擦や負荷トルクが存在する場合でも位置推定手段の出力は正確な位置を得ることができるので、インクリメント型位置検出器の出力の積算値を始動直後に位置推定手段の出力でプリセットすることで、その後の運転において位置誤差を残す恐れがなく、効率低下などの特性劣化を招く恐れがない。」

・「【0013】
図1は、本発明の1実施例のブロック図である。駆動回路4は、スイッチ8で選択されたスイッチング信号に従って直流電源5をスイッチトリラクタンスモータ1の3相巻き線Lu,Lv,Lwに印加する。インクリメント型位置検出器2は、スイッチトリラクタンスモータ1の回転子位置の変化に対応したパルス列を出力する。始動直後において、スイッチ8は始動電圧印加手段7の出力を選択して駆動回路4へ出力する。すると、図2に示されるような電圧が微少期間t1だけ各巻線に印加される。
【0014】
t1終了時点において、電流検出手段3は各相の電流を検出してIup,Ivp,Iwpとして出力する。
【0015】
位置推定手段9は、Iup,Ivp,Iwpを入力し、その大小関係により図3に示される6つの領域を判別する。また小さい方の2つの電流比Kを求めて図4のテーブルを参照して仮の位置θ’を求めて、図5に示されている領域に応じた計算式により回転子位置θを求めて出力する。
【0016】
パルス積算器10は、インクリメント型位置検出器2の出力パルスを積算して回転子位置θを出力するが、t1終了時点には位置推定手段9の出力の値にプリセットする。
【0017】
スイッチ8は、t1終了後にトルク制御器6の出力を選択して駆動回路4へ出力する。トルク制御器6は、パルス積算器10の出力の回転子位置θに基づいて、スイッチトリラクタンスモータ1が入力したトルク指令Trefに追従するような制御信号を出力する。」

そして、これらの記載事項及び図示内容から、次の事項を認めることができる。
・図1には、複数の突極部を有する固定子と複数の突極部を有する回転子が示されており、スイッチトリラクタンスモータであることから、上記固定子の複数の上記突極部は巻線(Lu,Lv,Lw)が相毎に巻回されたものであり、上記固定子の上記巻線(Lu,Lv,Lw)に電流を供給することにより上記固定子の上記突極部に生じた磁気吸引力により回転子が回転することは明らかである。

・【請求項1】、【0008】及び【0013】によれば、始動電圧印加手段(7)によって、スイッチトリラクタンスモータに電力を供給し始める直後に、駆動回路(4)から上記スイッチトリラクタンスモータの固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に対して同一の微少期間(t1)の電圧を同時に印加することが示されている。
また、【0016】ないし【0017】によれば、トルク制御器(6)によって、インクリメント型位置検出器(2)の出力パルスを積算するパルス積算器(10)の出力である回転子位置(θ)に基づいて、駆動回路(4)を制御することが示されている。
さらに、【0013】ないし【0017】及び図1によれば、スイッチ(8)によって、トルク制御器(6)出力と始動電圧印加手段(7)の出力とを選択して駆動回路(4)へ出力することが示されていることから、トルク制御器(6)、始動電圧印加手段(7)及びスイッチ(8)が制御手段を構成しているものといえる。

よって、これらの記載事項及び図示内容を総合すると、引用例には、次の事項からなる発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。
「巻線(Lu,Lv,Lw)が相毎に巻回された複数の突極部を有する固定子と、上記固定子の上記巻線(Lu,Lv,Lw)に電流を供給することにより上記固定子の上記突極部に生じた磁気吸引力により回転する複数の突極部を有する回転子とを有するスイッチトリラクタンスモータと、
上記スイッチトリラクタンスモータの上記固定子の上記各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に電圧を印加する駆動回路(4)と、
上記駆動回路(4)から上記スイッチトリラクタンスモータの上記固定子の上記各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を検出する電流検出手段部(3)と、
インクリメント型位置検出器(2)の出力パルスを積算するパルス積算器(10)の出力である回転子位置(θ)に基づいて、上記駆動回路(4)を制御すると共に、上記スイッチトリラクタンスモータに電力を供給し始める直後に、上記駆動回路(4)から上記スイッチトリラクタンスモータの上記固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に対して同一の微少期間(t1)の電圧を同時に印加する、トルク制御器(6)、始動電圧印加手段(7)及びスイッチ(8)により構成された制御手段と、
上記駆動回路(4)からの上記同一の微少期間(t1)の電圧の印加時に上記電流検出手段部(3)により検出された上記スイッチトリラクタンスモータの上記各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、上記固定子に対する上記回転子の回転子位置(θ)を求める位置推定手段(9)と
を備え、
上記駆動回路(4)から上記同一の微少期間(t1)の電圧を印加する直後の上記駆動回路(4)のオフ状態において、上記電流検出手段部(3)により上記固定子の上記各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を検出して、
上記電流検出手段部(3)により検出された上記固定子の上記各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、上記位置推定手段(9)は、上記固定子に対する上記回転子の回転子位置(θ)を求めると共に、
上記制御手段は、上記位置推定手段(9)により求められ、上記パルス積算器(10)にプリセットされた後、上記パルス積算器(10)において上記インクリメント型位置検出器(2)の出力パルスを積算して出力される上記固定子に対する上記回転子の回転子位置(θ)に基づいて、トルク指令(Tref)に追従するような制御信号を上記駆動回路(4)に出力する上記トルク制御器(6)を有するスイッチトリラクタンスモータとその制御装置からなる装置。」

(3)対比
そこで、本願補正発明と引用発明とを、その機能・作用からみて比較する。
・後者の「巻線(Lu,Lv,Lw)」は前者の「コイル(Lu,Lv,Lw)」に相当し、以下同様に、「突極部」は「突極」に、「スイッチトリラクタンスモータ」は「モータ部(10)」に、「駆動回路(4)」は「インバータ部(22)」に、「電流検出手段部(3)」は「電流検出部(CTu,CTv,CTw)」に、それぞれ相当する。

・後者の「インクリメント型位置検出器(2)の出力パルスを積算するパルス積算器(10)の出力である回転子位置(θ)に基づいて、駆動回路(4)を制御する」態様と、前者の「電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出されたモータ部(10)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、インバータ部(22)を制御する」態様とは、「所定の変量に基づいて、インバータ部を制御する」との概念で共通する。

・後者の「微少期間(t1)の電圧」は前者の「電圧パルス」に相当し、後者の「スイッチトリラクタンスモータに電力を供給し始める直後に、駆動回路(4)から上記スイッチトリラクタンスモータの固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に対して同一の微少期間(t1)の電圧を同時に印加する」態様と、前者の「モータ部(10)の回転子(1)の停止状態から起動するときに、上記モータ部(10)の上記回転子(1)が停止している状態においてインバータ部(22)から上記モータ部(10)の固定子(2)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に対して同一の電圧パルスを同時に印加する」態様とは、「モータ部の回転子の停止状態から起動するときに、インバータ部から上記モータ部の固定子の各相のコイルに対して同一の電圧パルスを同時に印加する」との概念で共通する。

・後者の「トルク制御器(6)、始動電圧印加手段(7)及びスイッチ(8)により構成された制御手段」は前者の「インバータ制御部(23a)」に相当する。

・後者の「回転子位置(θ)」は前者の「回転位置」に、後者の「求める」は前者の「同定する」にそれぞれ相当し、後者の「駆動回路(4)からの同一の微少期間(t1)の電圧の印加時に電流検出手段部(3)により検出された上記スイッチトリラクタンスモータの各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、固定子に対する回転子の回転子位置(θ)を求める」態様は、前者の「インバータ部(22)からの同一の電圧パルスの印加時に電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出されたモータ部(10)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、固定子(2)に対する回転子(1)の回転位置を同定する」態様に相当する。

・後者の「位置推定手段(9)」は「回転位置同定部(23d)」に相当する。

・後者の「駆動回路(4)から同一の微少期間(t1)の電圧を印加する直後の上記駆動回路(4)のオフ状態において、電流検出手段部(3)により固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を検出」する態様と、前者の「インバータ部(22)から同一の電圧パルスを印加する直前と直後の上記インバータ部(22)のオフ状態において、電流検出部(CTu,CTv,CTw)により固定子(2)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を1回ずつ検出」する態様とは、「インバータ部からの同一の電圧パルスの印加時に、上記インバータ部のオフ状態において、電流検出部により固定子の各相のコイルに流れる電流を検出」するとの概念で共通する。

・後者の「電流検出手段部(3)により検出された固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、位置推定手段(9)は、上記固定子に対する回転子の回転子位置(θ)を求める」態様と、前者の「電流偏差部(23b)により求められた電流偏差に基づいて、回転位置同定部(23d)は、固定子(2)に対する回転子(1)の回転位置を同定する」態様とは、「検出された固定子の各相のコイルに流れる電流に関する変量に基づいて、回転位置同定部は、上記固定子に対する回転子の回転位置を同定する」との概念で共通する。

・後者の「制御手段は、位置推定手段(9)により求められ、パルス積算器(10)にプリセットされた後、上記パルス積算器(10)においてインクリメント型位置検出器(2)の出力パルスを積算して出力される固定子に対する回転子の回転子位置(θ)に基づいて、トルク指令(Tref)に追従するような制御信号を駆動回路(4)に出力するトルク制御器(6)を有する」態様については、スイッチトリラクタンスモータを起動する際、トルク制御器(6)が、位置推定手段(9)により求められ、パルス積算器(10)にプリセットされた固定子に対する回転子の回転子位置(θ)に基づいて、上記回転子を回転させる電圧を出力するように駆動回路(4)を制御するものと認められるから、前者の「インバータ制御部(23a)は、回転位置同定部(23d)により同定された固定子(2)に対する回転子(1)の回転位置に基づいて、上記回転子(1)を回転させる電圧を出力するようにインバータ部(22)を制御してモータ部(10)を起動する起動制御部を有する」態様に相当する。

・後者の「スイッチトリラクタンスモータとその制御装置からなる装置」は前者の「モータ装置」に相当する。

したがって、両者は、
「コイルが相毎に巻回された複数の突極を有する固定子と、上記固定子の上記コイルに電流を供給することにより上記固定子の上記突極に生じた磁気吸引力により回転する複数の突極を有する回転子とを有するモータ部と、
上記モータ部の上記固定子の上記各相のコイルに電圧を印加するインバータ部と、
上記インバータ部から上記モータ部の上記固定子の上記各相のコイルに流れる電流を検出する電流検出部と、
所定の変量に基づいて、上記インバータ部を制御すると共に、上記モータ部の上記回転子の停止状態から起動するときに、上記インバータ部から上記モータ部の上記固定子の各相のコイルに対して同一の電圧パルスを同時に印加するインバータ制御部と、
上記インバータ部からの上記同一の電圧パルスの印加時に上記電流検出部により検出された上記モータ部の上記各相のコイルに流れる電流に基づいて、上記固定子に対する上記回転子の回転位置を同定する回転位置同定部と、
を備え、
上記インバータ部からの上記同一の電圧パルスの印加時に、上記インバータ部のオフ状態において、上記電流検出部により上記固定子の上記各相のコイルに流れる電流を検出して、
検出された上記固定子の上記各相のコイルに流れる電流に関する変量に基づいて、上記回転位置同定部は、上記固定子に対する上記回転子の回転位置を同定すると共に、
上記インバータ制御部は、上記回転位置同定部により同定された上記固定子に対する上記回転子の回転位置に基づいて、上記回転子を回転させる電圧を出力するように上記インバータ部を制御して上記モータ部を起動する起動制御部を有するモータ装置。」
の点で一致し、以下の点で相違していると認められる。

[相違点1]
インバータ制御部が、所定の変量に基づいて、インバータ部を制御することに関し、本願補正発明では、電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出されたモータ部(10)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、インバータ部を制御するのに対して、引用発明では、インクリメント型位置検出器(2)の出力パルスを積算するパルス積算器(10)の出力である回転子位置(θ)に基づいて、駆動回路(4)(インバータ部)を制御する点。

[相違点2]
インバータ部からモータ部の固定子の各相のコイルに対して同一の電圧パルスを同時に印加することに関し、本願補正発明では、モータ部の回転子が停止している状態において行われるのに対して、引用発明では、そのような特定はされていない点。

[相違点3]
回転位置同定部が、固定子に対する回転子の回転位置を同定するのに、インバータ部からの同一の電圧パルスの印加時に、上記インバータ部のオフ状態において、電流検出部により上記固定子の各相のコイルに流れる電流を検出して、検出された上記固定子の上記各相のコイルに流れる電流に関する変量に基づいていることに関し、
本願補正発明では、インバータ部(22)からの同一の電圧パルスの印加時に電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流の電流偏差を求める電流偏差部(23b)を備え、上記インバータ部(22)から上記同一の電圧パルスを印加する直前と直後の上記インバータ部(22)のオフ状態において、上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により固定子(2)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を1回ずつ検出して、上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された相毎の2つの電流の偏差を上記電流偏差として上記電流偏差部(23b)により求め、上記電流偏差部(23b)により求められた上記電流偏差に基づいているのに対して、
引用発明では、駆動回路(4)から同一の微少期間(t1)の電圧を印加する直後の上記駆動回路(4)のオフ状態において、電流検出手段部(3)により固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を検出して、上記電流検出手段部(3)により検出された上記固定子の上記各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいている点。

(4)判断
上記相違点について検討する。
[相違点1について]
本願の明細書(特に、【0034】及び図3)の記載によれば、電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出されたモータ部(10)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流だけではなく、回転子(1)の位置を表す位置信号(θ)にも基づいて、インバータ部(22)を制御することが示されており、本願補正発明は、電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された上記モータ部(10)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流、及び、回転子(1)の回転位置に基づいてインバータ部(22)を制御するものも含むものである。
そして、引用発明は、パルス積算器(10)の出力である回転子位置(θ)(「回転位置」に相当)に基づいて、トルク指令(Tref)に追従するような制御信号を、スイッチトリラクタンスモータ(「モータ部」に相当)の固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)(「コイル」に相当)に電圧を印加する駆動回路(4)(「インバータ部」に相当)に出力するものであるところ、スイッチトリラクタンスモータにおいて、固定子の各相の巻線に流れる電流がトルクを決定する要因であることは技術常識である(必要であれば、特開2001-157490号公報(特に、【0003】?【0004】)を参照。)から、引用発明において、電流検出手段部(「電流検出部」に相当)により検出されたスイッチトリラクタンスモータの各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流、及び、パルス積算器(10)の出力である回転子位置(θ)に基づいて、駆動回路(4)を制御するようにして、上記相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは当業者が適宜なし得たものと認められる。(現に、特開2004-112914号公報(特に、【0009】)及び特開平8-103097号公報(特に、【0011】?【0013】及び図1)には、スイッチトリラクタンスモータにおいて、各相の巻線に流れる電流及び回転子の回転位置に基づいて、必要なトルクを発生させる制御を行うことが示されている。)

[相違点2について]
引用発明において、駆動回路(4)からスイッチトリラクタンスモータの固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に対して同一の微少期間(t1)の電圧(「パルス電圧」に相当)を同時に印加することは、スイッチトリラクタンスモータに電力を供給し始める直後に回転子位置(θ)を求めるために行われていることであり、電圧を印加する前に回転子は停止しており、電圧の印加中に回転子が停止状態を維持せずに回転してしまうと、磁気抵抗やそれに応じた固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)のインダクタンスが変化して電流検出手段部(3)(「電流検出部」に相当)の出力に影響し、回転子位置(θ)を正確に求められないことになるため、同一の微少期間(t1)の電圧の同時の印加は、スイッチトリラクタンスモータの回転子が停止している状態において行われるものと認められ、上記相違点2は実質的な相違ではない。

[相違点3について]
本願補正発明において、「上記モータ部(10)の上記回転子(1)の停止状態から起動するときに、上記モータ部(10)の上記回転子(1)が停止している状態において上記インバータ部(22)から上記モータ部(10)の上記固定子(2)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に対して同一の電圧パルスを同時に印加する」ことには、回転子が停止している状態において同一の電圧パルスをu相、v相、w相のそれぞれのコイル(Lu,Lv,Lw)に同時に一回のみ印加するものが含まれる。
その場合、請求人が平成24年9月25日付けファクシミリ(最終頁の7?9行)において説明するように、同一の電圧パルスの印加前に固定子の各相のコイルに電流は流れないのである(コイルに流れる電流はゼロ値である)から、電流偏差部により求めた固定子の各相のコイルに流れる相毎の2つの電流の偏差は、インバータ部から同一の電圧パルスを印加する直後のインバータ部のオフ状態において、電流検出部により検出した固定子の各相のコイルに流れる電流の値と同じものとなる。

一方、引用発明は、引用例の図2に示されるとおり、駆動回路(4)から同一の微少期間(t1)の電圧を固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に同時に一回のみ印加するものであるから、同一の微少期間(t1)の電圧を印加する直前の固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)の電流値はゼロであり、駆動回路(4)から同一の微少期間(t1)の電圧を印加する直後の駆動回路(4)のオフ状態において、電流検出手段部(3)により検出される固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる電流は、駆動回路(4)から同一の微少期間(t1)の電圧の印加する直前と直後の駆動回路(4)のオフ状態において、固定子の各相の巻線(Lu,Lv,Lw)に流れる相毎の2つの電流の偏差と実質的に同じである。

そうすると、上記相違点3は、インバータ部から同一の電圧パルスを印加する直前のインバータ部のオフ状態において、固定子の各相のコイルに流れる電流(以下、「直前の電流」という。)が既知のゼロ値であるところ、直前の電流と、インバータ部から同一の電圧パルスを印加する直後のインバータ部のオフ状態において、固定子の各相のコイルに流れる電流(以下、「直後の電流」という。)との相毎の2つの電流の偏差を得るのに、本願補正発明では、直前の電流と直後の電流を1回ずつ検出し、電流偏差部により偏差を求めるのに対して、引用発明では、直前の電流は検出せず、検出した直後の電流から偏差を得る点で相違するものとなるが、既知の電流を検出するか否かは回路構成やコスト等に応じて当業者が任意に選択する事項と認められ、しかも、測定をする際に、ノイズや測定器の不正(狂い)等による誤差を解消するために、既知の基準量と測定量とを測定し、両者の偏差を求めて測定量の値を得ることは技術常識(例えば、JIS Z8103 : 2504 の置換法を参照。)であるから、引用発明において、直前の電流と直後の電流を1回ずつ検出し、電流偏差部により両者の偏差を求めることは当業者が適宜なし得ることと認められる。
よって、引用発明において、上記相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは当業者にとって容易である。

なお、請求人は、「本願の請求項1に係る発明の特徴は、モータ部の回転子が停止している状態において、インバータ部から同一の電圧パルスを印加する直前と直後のインバータ部がオフの状態で電流検出部により固定子の各相のコイルに流れる電流を1回ずつ検出して、検出された相毎の2つの電流の偏差を電流偏差として電流偏差部により求め、その電流偏差に基づいて、回転位置同定部が、固定子に対する回転子の回転位置を同定することによって、各相のコイルに流れる電流の検出時のインバータ部のスイッチングノイズの影響が低減されて、電流検出精度が向上することにより、回転子位置の推定精度を向上できるという点にあります。」(平成24年8月16日付け回答書の3頁12?19行)と主張するが、本願明細書中にスイッチングノイズについて明確な定義はされておらず、一般的な意味と解釈すると、スイッチングノイズはインバータ部のスイッチがオンまたはオフする時に発生するところ、インバータ部から同一の電圧パルスを印加する直後においては、スイッチがオフすることによりスイッチングノイズが発生するため、同一の電圧パルスを印加する直後の固定子の各相のコイルに流れる電流を検出すると、検出した出力にスイッチングノイズが含まれるから、請求人の上記主張に係る本願補正発明の構成によってはスイッチングノイズの影響を低減できるとは認められない。

そして、本願補正発明の全体構成により奏される作用効果は、引用発明及び上記技術常識から当業者が予測し得る範囲内のものである。
したがって、本願補正発明は、引用発明及び上記技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(5)むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


3.本願発明について
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、平成23年8月5日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「コイル(Lu,Lv,Lw)が相毎に巻回された複数の突極を有する固定子(2)と、上記固定子(2)の上記コイル(Lu,Lv,Lw)に電流を供給することにより上記固定子(2)の上記突極に生じた磁気吸引力により回転する複数の突極を有する回転子(1)とを有するモータ部(10)と、
上記モータ部(10)の上記固定子(2)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に電圧を印加するインバータ部(22)と、
上記インバータ部(22)から上記モータ部(10)の上記固定子(2)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を検出する電流検出部(CTu,CTv,CTw)と、
上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された上記モータ部(10)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、上記インバータ部(22)を制御すると共に、上記モータ部(10)の上記回転子(1)の停止状態から起動するときに、上記インバータ部(22)から上記モータ部(10)の上記固定子(2)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に対して同一の電圧パルスを同時に印加するインバータ制御部(23a)と、
上記インバータ部(22)からの上記同一の電圧パルスの印加時に上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された上記モータ部(10)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流に基づいて、上記固定子(2)に対する上記回転子(1)の回転位置を同定する回転位置同定部(23d)と、
上記インバータ部(22)からの上記同一の電圧パルスの印加時に上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流の電流偏差を求める電流偏差部(23b)と
を備え、
上記インバータ部(22)から上記同一の電圧パルスを印加する直前と直後の上記インバータ部(22)のオフ状態において、上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により上記固定子(2)の上記各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に流れる電流を1回ずつ検出して、
上記電流検出部(CTu,CTv,CTw)により検出された相毎の2つの電流の偏差を上記電流偏差として上記電流偏差部(23b)により求め、
上記電流偏差部(23b)により求められた上記電流偏差に基づいて、上記回転位置同定部(23d)は、上記固定子(2)に対する上記回転子(1)の回転位置を同定すると共に、
上記インバータ制御部(23a)は、上記回転位置同定部(23d)により同定された上記固定子(2)に対する上記回転子(1)の回転位置に基づいて、上記回転子(1)を回転させる電圧を出力するように上記インバータ部(22)を制御して上記モータ部(10)を起動する起動制御部を有することを特徴とするモータ装置。」

(1)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例及びその記載事項は、前記「2.[理由](2)」に記載したとおりである。

(2)対比・判断
本願発明は、前記「2.[理由](1)」で検討した本願補正発明から「上記インバータ部(22)から上記モータ部(10)の上記固定子(2)の各相のコイル(Lu,Lv,Lw)に対して同一の電圧パルスを同時に印加する」態様について「上記モータ部(10)の上記回転子(1)が停止している状態において」との限定を省いたものである。
そうすると、本願発明の構成要件を全て含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「2.[理由](4)」に記載したとおり、引用発明及び上記技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明及び上記技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び上記技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-11-12 
結審通知日 2012-11-13 
審決日 2012-11-28 
出願番号 特願2006-283552(P2006-283552)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H02P)
P 1 8・ 121- Z (H02P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 齋藤 健児高橋 祐介  
特許庁審判長 堀川 一郎
特許庁審判官 槙原 進
藤井 昇
発明の名称 モータ装置  
代理人 田中 光雄  
代理人 仲倉 幸典  
代理人 山崎 宏  

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