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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1268940
審判番号 不服2012-11136  
総通号数 159 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-03-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-06-14 
確定日 2013-01-16 
事件の表示 特願2002-532686「非病原性又は病原性インフルエンザAサブタイプH5ウイルス検出キット」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 4月11日国際公開、WO02/29118、平成16年 4月 2日国内公表、特表2004-509648〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 本願発明
本願は、2001年9月27日(パリ条約による優先権主張2000年10月5日、中国)を国際出願日とする出願であって、その請求項1?23に係る発明は、平成23年10月26日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?23に記載された事項により特定されるものと認められるところ、そのうち請求項1及び18に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」及び「本願発明18」という。)は、それぞれ以下のとおりのものである。

「【請求項1】 生体サンプル中の、ヘマグルチニン遺伝子を含むインフルエンザAサブタイプH5ウイルスを検出するためのキットであって、以下の:
(i)上記生体サンプルからH5ウイルスのRNA分子を単離し、そして単離されたRNA分子をそこから生成するための単離作用物質;
(ii)前記H5ウイルスの単離されたRNA分子を増幅し、そして検出のための増幅されたターゲット分子を生成するための核酸増幅作用物質、ここで、該核酸増幅作用物質は、
以下の:
(a)以下の:
(1)配列番号1、配列番号2及び配列番号3のDNA配列のいずれか1つから成る、第1のDNA配列;及び
(2)RNAポリメラーゼのプロモーターDNA配列を含む、第2のDNA配列、から成る、第1の精製・単離されたDNA分子、ここで、配列番号1、配列番号2及び、配列番号3のDNA配列はそれぞれ、ヘマグルチニン遺伝子の1107?1132、1060?1140及び1040?1160の領域に結合可能であり;並びに
(b)以下の:
(1)前記H5ウイルスのRNA配列の少なくとも一部をコードし、かつ配列番号5、配列番号6、配列番号7、配列番号9、配列番号10及び配列番号11のDNA配列のいずれか1つから成る、第3のDNA配列;及び
(2)検出分子に結合するための第4のDNA配列、から成る、第2の精製・単離されたDNA分子、ここで、配列番号5、配列番号6、配列番号7、配列番号9、配列番号10及び配列番号11のDNA配列はそれぞれ、ヘマグルチニン遺伝子の914?940、866?961、846?981、1017?1042、970?1063及び950?1083の領域に結合可能であり;
を含み;そして、
(iii)上記ターゲット分子を検出するための核酸検出作用物質であって上記検出分子を含むもの、
を含む、前記キット。」

「【請求項18】 以下の:
(i)ヘマグルチニン遺伝子を含むインフルエンザAサブタイプH5ウイルスのRNA配列の少なくとも一部をコードする第1のDNA配列;及び
(ii)検出分子に結合するための第2のDNA配列、
を含む精製・単離されたDNA分子又は相補的DNA分子であって、
上記精製・単離されたDNA分子が、上記H5ウイルスの少なくとも一部に相補的なDNA配列を含むDNA分子に結合するとき、上記精製・単離されたDNA分子を、酵素とDNAヌクレオチドの存在下で伸長させて、以下の:
(a)上記H5ウイルスのRNA配列の少なくとも一部をコードする第1のDNA配列;及び
(b)検出分子に結合するための第2のDNA配列、
を含むDNA配列を作製し、
ここで、上記第1のDNA配列が、それぞれが、ヘマグルチニン遺伝子の914?940、866?961、846?981、1017?1042、970?1063及び950?1083の領域に結合可能である、配列番号5、6、7、9、10及び11に示すDNA配列の少なくとも1つを含む、前記精製・単離されたDNA分子又は相補的DNA分子。

第2 引用例の記載事項
本願の優先日前に頒布された、Lancet,1998,vol.351,p.467-471(原審における文献3。以下、「引用例」という。)には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審で付加した(以下、同様とする。)。また、原文は英文のため、訳文を示す。

(a)(第467ページ左欄第1?26行)
「要約
背景 鳥インフルエンザAウイルス(サブタイプ H5N1)によるヒトへの感染が、最近香港において報告された。我々は最初の12人の患者の臨床所見、及び迅速なウイルス診断の選択肢について報告する。
・・・(中略)・・・
知見 H5特異的逆転写PCRアッセイ(RT-PCR)が、呼吸器からの検体において迅速なウイルスの検出に有用であった。」

(b)(第468ページ右欄第4?16行)
「呼吸器からの検体はインフルエンザA H5N1のヘマグルチニン遺伝子に特異的なRT-PCRアッセイによって試験された。PCRプライマーの設計は、インフルエンザAウイルスA/Turkey/England/50-92/91株(GenBank アクセッション番号S68489)のゲノム配列に基づいた。フォワードプライマー(943-963位)はGCC ACT CCA CAA TAT ACA CCCであり、リバースプライマー(1300-1277位)はCAA ATT CTC TAT CCT CCT TTC CAAであり、これは遺伝子特異的な逆転写のプライマーとしても機能した。これらのプライマーは358塩基対のDNA断片を増幅するものと予想された。サザンブロット・ハイブリダイゼーションによる、PCRアンプリコンの確認に用いられたオリゴヌクレオチドプローブ(1126-1107位)は、ATA CCA ACC GTC TAC CAT TCであった。」

(c)(第471ページ左欄第12?27行)
「少数の患者に基づく結果の予備的な正確を認めつつも、H5特異的なRT-PCRは、この感染の迅速な診断のための、有力な手法であると思われる。RT-PCRはGenBankから取得可能である鳥H5配列の保存配列に相補的なプライマーに基づいて行った。・・・(中略)・・・今回の大流行の初期において、ヒトH5N1ウイルス配列はほとんど利用可能でなく、またヒトH5配列の変動性が不明であったため、我々はGenBankから取得可能な5つの鳥H5配列における、高度に保存された領域に基づいた、当初のプライマーを使い続けることとした。」

第3 周知技術
本願の優先日前の周知技術を示す以下の文献には、次の事項が記載されている。

(A)遺伝子医学,1998,vol.2,no.1,p.105-110(原審における文献4。以下、「周知例A」という。)

(Aa)(第105ページ右欄第8?15行)
「PCR法の特徴は,DNAを鋳型として増幅することを基本としている為,RNAを鋳型とした場合,様々な工夫を要する。それに対し,NASBAはRNAからダイレクトに増幅反応が起こるため,RNAを鋳型とした研究にはもっとも向いているといえる。更に,PCRのように変性工程を含まないので,熱サイクルを必要とせず,一定温度で,増幅できる。」

(Ab)(第106ページ左欄第7?24行)
「I.NASBA原理の概略
・・・(中略)・・・反応溶液は,主に2本の標準特異プライマーと3種の酵素(AMV reverse transcriptase (AMV-RT),RNaseH,T7 RNA polymerase)からなる。NASBAに用いる2本のプライマーのうち,プライマー1(P1)は,5’側にT7 RNA polymeraseのプロモーター配列と,3’側に標的RNAに相補的な配列を持ち,プライマー2(P2)は,P1がプライミングしてできたcDNA鎖に相補的な配列を持つ.この2本のプライマーを用いることにより増幅が行われる。」

(Ac)(第106ページ右欄最終行?第107ページ第18行)
「以上のような反応様式から得られるNASBAの特徴を以下に示す.
△(当審注:原文は横向きの三角であるが、以下、表記の都合上「△」で表す。)T7 RNA polymeraseは1回に数百?数千コピーを産生するので,標的RNAが1コピーでもわずか3サイクルで10^(6)?10^(9)コピーに増幅される.
△変性工程を含まないので,PCRのように変性,アニール,伸長の各工程での温度変化を必要としない.つまり,一定温度に保温しておくだけで増幅反応が起こる.
△変性操作を行わないので,RNAの1本鎖からしか増幅しない.よって,RNA特異的増幅が可能である.・・・(中略)・・・
△AMV-RT,T7 RNA polymeraseの組み合わせによる複製の正確性は高く,増幅配列に間違いが少ない・・・(中略)・・・
△得られる増幅産物は1本鎖のRNAであるため,変性工程を必要とせず,増幅後の検出工程に進むことが可能である.」

(Ad)(第107ページ右欄第11?14行)
「すでに欧州ではHIV-1のNASBA定量キットが販売され(Organon Teknika),評価を受けている^(9)-13)).このキットは,抽出,NASBA,検出のトータルキットとなっており・・・(後略)」

(Ae)(108ページ左欄第8?17行)
「HIV-1 RNA定量法は,NASBA法以外にもPCR法(Amplicor:Rosch)^(14))とbDNA法(Quantiplex:Chiron)^(15))が市販されており、Coste^(16))らはこれら3種類の方法を比較している.60サンプルを用いて,陽性率はNASBA100%,PCR93.3%,bDNA68.3%,検出限界(log)はNASBA2.6,PCR2.6,bDNA4.0であった.検出可能な40サンプルについてその定量値を比較したところ,図2から分かるように,NASBA法は他法とほぼ同じ定量値を示し,PCR法に匹敵するかそれ以上のパフォーマンスを示している.」

(B)国際公開第00/00638号(国際公開日2000年1月6日。原審における文献1。原文が英文であるため、訳文を示す。)

(Ba)(請求の範囲)
「1 転写に基づく増幅アッセイの反応産物にタグを付ける方法であって、反応混合物に以下のものを加える工程を含み;
a.転写に基づく増幅反応において核酸プライマーとして機能しうる、少なくとも1つのオリゴヌクレオチド
b.適切な酵素
c.標的配列
次に同混合物を、標的配列の少なくとも一部の増幅を達成するために適切な温度で、適切な時間の間、インキュベートする方法において、上記少なくとも1つのオリゴヌクレオチドが、転写可能な、標的配列に関連しない配列要素を含むものである、上記方法。
2 転写に基づく増幅アッセイがNASBAアッセイであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
・・・(中略)・・・
6 請求項1-4のいずれかの方法を用いた、転写に基づく増幅アッセイにより増幅された核酸を検出するためのキットであって、上記転写可能な、標的配列に関連しない配列要素またはその相補配列にハイブリダイズ可能な核酸プローブを含むものである、上記キット。
7 核酸プローブが検出可能なラベルに連結されたものである、請求項6に記載のキット。
・・・(後略)」

(C)特表平6-502767号公報

(Ca)(第5ページ左上欄第3?7行)
「技術分野
本発明は一般に、核酸サンプル中の標的核酸セグメントを増幅するための方法とキットとに関する。本発明はまた、この方法とキットとの分子生物学、分子遺伝学、及び疾患の診断に用いられるような分析を含めた、核酸プローブハイブリダイゼーション分析における用途にも関する。」

(Cb)(第7ページ右下欄下から第2行?第8ページ左上欄第1行)
「第二に、プライマーの全てに対して、可変なサブセグメントは特定の非標的セグメントを任意に含むことができ、それによって増幅からのRNA生成物は核酸ブローブハイブリダイゼーション分析において検出されることができる。」

第4 本願発明1について
1.対比
上記記載事項(a)?(d)の記載から、引用例には「インフルエンザA H5N1のヘマグルチニン遺伝子に特異的なRT-PCRアッセイによって、インフルエンザAウイルス(サブタイプ H5N1)の検出方法であって、フォワードプライマー(943-963位)、リバースプライマー(1300-1277位)、オリゴヌクレオチドプローブ(1126-1107位)を用いる方法。」の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されているものと認められる。

本願発明1と引用発明1とを対比すると、引用発明1との一致点と相違点は、以下のとおりである。

[一致点]
両者が生体サンプル中の、ヘマグルチニン遺伝子を含むインフルエンザAサブタイプH5ウイルスを検出するために、以下の:
(ii)前記H5ウイルスの単離されたRNA分子を増幅し、そして検出のための増幅されたターゲット分子を生成するための核酸増幅作用物質;そして、
(iii)上記ターゲット分子を検出するための核酸検出作用物質
を用いる点。

[相違点]
(1)前者が生体サンプル中の、ヘマグルチニン遺伝子を含むインフルエンザAサブタイプH5ウイルスを検出するためのキットであるのに対し、後者が同ウイルスの検出方法である点。

(2)前者が、生体サンプルからH5ウイルスのRNA分子を単離し、そして単離されたRNA分子をそこから生成するための単離作用物質を含むのに対し、後者には当該構成が特定されていない点。

(3)核酸増幅作用物質、すなわちプライマーに含まれる、ヘマグルチニン遺伝子に結合する核酸配列が、前者の一方のプライマーでは、配列番号1?3のDNA配列のいずれか1つであり、他方のプライマーでは、配列番号5?7、9?11のDNA配列のいずれか1つであるのに対し、後者のプライマーではこれらと異なる核酸配列が用いられている点。

(4)前者の一方のプライマーには、RNAポリメラーゼのプロモーターDNA配列を含む、第2のDNA配列が含まれているのに対し、後者のプライマーにはこのようなDNA配列が含まれていない点。

(5)核酸検出作用物質に含まれる検出分子として、前者では第4のDNA配列に結合するオリゴヌクレオチドが用いられ、前者の他方のプライマーには、当該検出分子に結合するための第4のDNA配列が含まれているのに対し、後者では、増幅産物に結合するオリゴヌクレオチドプローブが用いられており、後者のプライマーには検出分子に結合するためのDNA配列が含まれていない点。

2.判断
(相違点(1)について)
ある検出方法に用いる試薬等を組み合わせてキットとすることは、一般に行われていることであるから、引用発明1の方法に用いるプローブ、プライマーあるいは他の試薬を組み合わせ、ヘマグルチニン遺伝子を含むインフルエンザAサブタイプH5ウイルスを検出するためのキットとして構成することは、当業者が容易になし得たことである。

(相違点(2)について)
RNA検体を増幅するキットにおいて、RNA分子に対する単離作用物質を加えることは、よく行われることである(例えば記載事項(Ad)等参照)から、引用発明1に基づくキットにこのような単離作用物質を加えることも、当業者が適宜なし得たことである。

(相違点(3)(4)について)
インフルエンザA サブタイプH5の感染についての検出方法の開発は、記載事項(c)にも記載されるとおり、当業者に周知の課題であったと認められ、また、上記インフルエンザウイルスがRNAウイルスであることも当業者に周知の事項であった。
一方、RNAの増幅を行う場合、PCRを用いた核酸の増幅方法(その代表的なものがRT-PCRである。)と比べ、RNAを鋳型とした増幅方法であるNASBAは、種々の利点(記載事項(Ac)参照)を有することも、当業者に周知の事項であったと認められる。
してみれば、インフルエンザA サブタイプH5のヘマグルチニン遺伝子断片の増幅方法として、引用発明1のRT-PCR法に代えて、NASBAを用い、そのために一方のプライマー1の5’側にT7 RNA polymeraseのプロモーター配列を組み込むこと(記載事項(Ab)参照)は、当業者が容易になし得たことである。
また、その際に、記載事項(c)に示されたように、GenBank等のデータベースの情報に基づき、インフルエンザA サブタイプH5のヘマグルチニン遺伝子の核酸配列における保存領域(例えば、引用例のプライマーやプローブで用いられている943-963位、1126-1107位、1300-1277位、あるいはその近傍の配列)等から、プライマーに用いる配列を選択し、ヘマグルチニン遺伝子の適当な断片を増幅するキットに用いることは、当業者が適宜なし得たことである。

(相違点(5)について)
核酸増幅を用いた核酸の検出キットにおいて、プライマー中に検出分子と結合する配列を組み込み、同配列と結合する検出分子を含むプローブを用いて、当該検出を行うことは、当業者に周知の技術である(記載事項(Ba)、(Ca)、(Cb)等参照)。
したがって、引用発明1のプライマー中に検出分子と結合する配列を組み込み、同配列と結合する検出分子を含むプローブを用いることは、当業者が容易になし得たことである。

(本願発明1が奏する効果について)
本願明細書には、第一のプライマーである「プライマーA」に用いられる核酸配列の選択肢として、配列番号1?3のいずれかを(段落番号【0022】)、また第二のプライマーであるプライマーB(非病原性H5ウイルスの検出用)又はプライマーC(病原性H5ウイルス検出用)に用いられる核酸配列の選択肢として、それぞれ、配列番号5?7(段落番号【0025】)又は配列番号9?11(段落番号【0029】)を挙げている。
そして、これらのプライマーを用いた本願発明1が奏する効果について、段落番号【0057】には、プライマーA及びBを用いた検出キットによる非病原性H5ウイルスの検出の結果(表1)及びプライマーA及びCを用いた検出キットによる病原性H5ウイルスの検出の結果(表2)が示され、これらの表には陰性対象1?3及び患者からのサンプルについて、ルテニウム・ラベルを用いた検出プローブ(段落番号【0039】)を光電子増倍管を用いて検出した数値が示されている。
しかしながら、例えば上記記載事項(Ae)にもあるとおり、NASBA法を用いたRNA検体ウイルスの検出能力は、PCR法と同等又はそれ以上であることが当業者に周知であり、本願明細書に示された程度の検出結果は、当業者が予測し得た程度のことである。

以上の理由により、本願発明1は、当業者が引用例に基づいて容易に発明することができたものである。

3.請求人の主張について
請求人は本願発明1の進歩性について、審判請求書において以下の(ア)?(エ)の点を主張している。

(ア)審判請求書に添付された参考資料1(Collinsら)には、プライマーAとして本願発明1の配列番号1及び4、プライマーBとして、同配列番号8及び5、プライマーCとして同配列番号8及び9;第223頁、右欄、下から11行目?第224頁、左欄、第10行)を用いたNASBA法による検出が、AIVサブタイプH5に対して高度に特異的であり、等しい量の他の混入サブタイプ(H1など)の存在下においても、H5ウイルスが検出可能であることが実証されている。
そのことから、Collinsらは、NASBA法が成功するための鍵は、増幅反応のためのプライマーの最初の選択であり(第222頁、右欄、第16?18行)、また請求項1に記載のキットを用いたNASBA技術が、迅速、高感度、正確、堅調かつ再現性のよい、H5ウイルスのゲノムベースの検出方法であって、抗原ベースの方法(ELISA、免疫ペルオキシダーゼ、免疫蛍光など)や他のゲノムベースの方法(RT-PCR/DNAシークエンス法など)よりも有利であると結論している(第222頁、左欄、第5行?第22行、第223頁、右欄、下から11行目?第224頁、左欄、第10行、及び表1)。
ここで、Collinsらの実験においては、配列番号2及び3は用いられていないが、配列番号1?3は、ヌクレオチド1108?1132の領域を共有しており、当業者であれば、配列番号1のDNA配列を含む配列番号2又は3のDNA配列が、配列番号1を用いた場合と同様の効果を奏することは当然に理解できるものである。

(イ)審判請求書に添付された参考資料3(吉永ら)には、AIVサブタイプH5検出キットが高度に特異的であり、AIV陽性と判断できる試料の希釈倍率の比較に基づいて、慣用のRT-PCR検出法に比べて約1000倍の感度を示すと記載されている(第154頁、左欄、第10?13行、表1、2及び4)。そして、審判請求書に添付された参考資料4(Dr. Lauによる宣誓供述書)には、参考文献3に記載の研究において使用されたAIVウイルスサブタイプH5検出キットが、出願人によるキットであって、請求項1に規定された配列番号1?3のDNA配列を含むものであることを確認している。
周知例Aには、RT-PCR法に比較したNASBA法の感度は、「同等又はそれ以上」の範囲にとどまるとされるので、参考文献3で実証された1000倍という検出感度の相違は、請求項1にかかるキットの発明の、引用発明に基づく当業者の予測を超えた極めて有利な効果を示すものである。引用例及び周知例Aのいずれも、単離精製された本願発明1のプライマー(配列番号1?3、5?7及び9?11)についてのいかなる示唆も教示も与えてはおらず、極めて有利な効果を本願発明1は有する。

(ウ)本願発明1のキットは、特に、ホンコン、中国及び東南アジアの他の国の政府機関を含む多数の国及び地域で使用されてきたものであり、発明者らの研究は本願優先日以降、多くの文献中で引用されており、これに続く研究は、本願発明者らの文献の記載に基づいて構築されてきたのである。また、PubMedの検索による文献検索からも、NASBA法を用いたH5ウイルスの検出の分野における出願人の他の研究者に対する優位性が示唆される。

(エ)同じRNAウイルスに属するものであっても、(周知例Aに記載のように)NASBA法によりHIV-1ウイルスが首尾よく測定できたからと言って、これがそのままH5ウイルスにもあてはまるかは、実際に試して見なければわからないことであり、いずれの引用文献もそのような示唆も教示も与えていない。

上記の主張について検討する。
(主張(ア)について)
本願の出願当初の明細書において明らかにしていなかった発明の効果について、進歩性の判断において、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは、出願人と第三者との公平を害する結果を招来するものであるから、特段の事情のない限り許されないというべきである。
この点、請求人が参考資料1を示して主張する、等しい量の他の混入サブタイプ(H1など)の存在下においても、H5ウイルスが検出可能であるという効果について、本願の出願当初の明細書には、「NASBAは、インフルエンザ・ウイルス・サブタイプH5の検出のための迅速で、高感度で、高度に特異的な方法である」こと(段落番号【0014】)や、「特異性と感度が高められた検出キットは、H5ウイルスに特異的であり、そしてサンプル中のH5ウイルスの濃度は、ウイルスは検出のためのターゲット分子に複製されるのでもはや重要ではないかもしれない」こと(段落番号【0058】)が記載されている。
しかしながら、等しい量の他の混入サブタイプ(H1など)の存在下においても、H5ウイルスが検出可能であるという具体的な効果については、出願当初の明細書の記載からは確認できない。
したがって、上記の効果について、出願後の参考資料1を参酌することを許容するような、特段の事情があるものとはいえない。

他方、請求人が主張する、NASBA法が、迅速、高感度、正確、堅調かつ再現性のよい、RNA検出方法であるという効果は、当業者に周知の事項であり(記載事項(Ac)、(Ae)等参照)、当業者の予測の範囲内である。
また、参考資料1に、NASBAが抗原ベースの方法(ELISA、免疫ペルオキシダーゼ、免疫蛍光など)や他のゲノムベースの方法(RT-PCR/DNAシークエンス法など)よりも、H5インフルエンザウイルスの検出に有利な点があるとは記載されている点についても、具体的には、RNA試料を直接増幅する点、4時間程度で行える迅速性の点、汚染物質の存在下でも高い再現性が得られる点等が挙げられているにとどまり(第222ページ左欄第5?22行)、これらのことも上記記載事項(Ac)、(Ae)に示される(標的RNAが1コピーでもわずか3サイクルで10^(6)?10^(9)コピーに増幅される点、複製の正確性は高く,増幅配列に間違いが少ない点、並びにHIV-1の検出においてRT-PCRよりも高い陽性率を示しうる点等)とおり、NASBA法の利点として、当業者が予測しうる程度の内容に過ぎない。

さらに、参考資料1には、配列番号1を有するプライマーの選択について、GenBankに登録されたA型サブタイプH5鳥インフルエンザウイルスの遺伝子を並べ、その中からHA1/HA2切断部位の両側100塩基以内の保存配列をプライマーとして用いたことが記載されている(第215ページ右欄下から第7行?最終行)。
しかし、これはインフルエンザウイルスのヘマグルチニン遺伝子のうち、類似する位置の保存配列を用いている点で、文献1(記載事項(c)参照)と同様の選択方法を用いたに過ぎず、かつ、本願発明1の各プライマーとそれ以外のプライマーの効果を比較した具体的な記載もなされていないから、本願発明1の各プライマーを用いることによる格別顕著な効果があるものとも認められない。

また、請求人は配列番号1?3が、ヘマグルチニン遺伝子のヌクレオチド1108?1132の領域を共有していることから、いずれも配列番号1のDNA配列を含む配列番号2又は3のDNA配列が、配列番号1を用いた場合と同様の効果を奏することは当然に理解できるものであると主張している。
しかしながら、プライマーの感度や増幅効率といった性能は、プライマーの長さや含まれる核酸配列によって大きく異なり得るから(もしそうでないとすれば、本願発明1の技術的特徴が、特定の核酸配列を用いたプライマーの選択であるとする主張の前提も崩れてしまう。)、配列番号2又は3のDNA配列(及びそれを用いたプライマー)が、配列番号1を用いた場合と同様の効果を奏するとは、直ちにはいえない。

したがって、上記主張(ア)は採用できない。

(主張(イ)について)
上述のとおり、本願の出願当初の明細書において明らかにしていなかった発明の効果について、進歩性の判断において、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは、特段の事情のない限り許されないというべきである。
この点、上述したとおり、本願の出願当初の明細書には、本願発明1のキットの検出感度について、NASBA法が高感度な方法であること(段落番号【0014】)や、感度が高められた検出キットは、H5ウイルスに特異的であること(段落番号【0058】)、さらに実施例において、NASBAにより非病原性及び病原性H5ウイルスのサンプルRNAを増幅し、増幅産物をルテニウム・ラベルを用いて検出した数値が示され、陰性対照と比較されている(段落番号【0057】)。
このように、本願明細書には、「感度」の意味は定義されておらず、実施例において、陽性サンプルと陰性サンプルに対する検出用のラベルが示すシグナル強度の違いが示されているに過ぎず、NASBA法の検出限界値、あるいはRT-PCRとの比較については、何ら具体的な記載がなされていない。
一方、請求人が主張する「感度」は、試料の希釈倍率の比較に基づいたもの、すなわち、どれだけ少ない量のサンプルを検出できるかという検出限界を問題とするものであるから、請求人のいう「慣用のRT-PCR検出法に比べて約1000倍の感度を示す」との効果は、周知技術に基づいても、本願明細書から当業者が理解し得ないものである。
してみれば、本願明細書の記載からは、NASBA法の検出限界については、何ら読み取ることができないのであるから、「感度」という言葉のみから、「検出限界」という新たな意味を持ち出し、その効果について、出願後の参考文献3を参酌することを許容するような、特段の事情があるものとはいえない。

また、本願の出願当初の明細書には、例えば段落番号【0057】で示された実験におけるプライマーA、BまたはCが、どの核酸配列を用いたものであるのかが記載されていないなど、本願発明1において考えられる18(=3×(3+3))通りのプライマーペアのうちいずれのプライマーペアについても明確に記載されていないから、そのうち特定の組合せを拾い上げ、その効果についても、出願後の参考文献3を参酌することを許容するような、特段の事情があるものとはいえない。

さらに、参考資料3においては、本願明細書の配列番号5?7あるいは9?11を有するプライマーが用いられたかどうかすら明らかにされていないため、上記資料に示された効果が、そもそも本願発明1の奏する効果を示すものとはいえない。

加えて、上述のとおり、プライマーの性能はその具体的構造に依存して大きく異なることもあり得るから、仮に参考資料3の記載を参酌でき、かつそのプライマーAで用いられた核酸配列が配列番号1?3のいずれかに特定されたとしても、その効果を直ちに他の2つの核酸配列を用いたプライマーにまで拡張することはできず、本願発明1の範囲全体についてまで、格別顕著な効果があるとはいえない。

したがって、上記主張(イ)は採用できない。

(主張(ウ)について)
発明者らの研究が本願優先日以降、多くの文献中で引用されていることと、本願発明1の進歩性との間には、直接的な関係はないものであるから、上記主張(ウ)は採用できない。

(主張(エ)について)
NASBA法の原理からみて、同法はPCRと同様に、様々な核酸配列の検出に適用しうることが理解でき、一方で請求人の指摘する事項は、これに対する具体的な阻害事由を示すものとはいえないから、上記主張(エ)は採用できない。

第5 本願発明18について
1.対比
上記記載事項(a)?(c)から、引用例には「インフルエンザA H5N1のヘマグルチニン遺伝子に特異的なフォワードプライマー(943-963位)」の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されているものと認められる。
本願発明18と引用発明2を対比すると、後者のフォワードプライマーは「(i)ヘマグルチニン遺伝子を含むインフルエンザAサブタイプH5ウイルスのRNA配列の少なくとも一部をコードする第1のDNA配列」に相当し、また後者のフォワードプライマーは酵素とDNAヌクレオチドの存在下で伸長されるものであるから、上記両者は以下の一致点と相違点を有する。

[一致点]
両者が「以下の:
(i)ヘマグルチニン遺伝子を含むインフルエンザAサブタイプH5ウイルスのRNA配列の少なくとも一部をコードする第1のDNA配列;
を含む精製・単離されたDNA分子又は相補的DNA分子であって、
上記精製・単離されたDNA分子が、上記H5ウイルスの少なくとも一部に相補的なDNA配列を含むDNA分子に結合するとき、上記精製・単離されたDNA分子を、酵素とDNAヌクレオチドの存在下で伸長させて、以下の:
(a)上記H5ウイルスのRNA配列の少なくとも一部をコードする第1のDNA配列;
を含むDNA配列を作製する、
前記精製・単離されたDNA分子又は相補的DNA分子。」
である点。

[相違点]
(6)上記DNA分子に含まれる第1のDNA配列が、前者では配列番号5?7、9?11のDNA配列のいずれか1つであるのに対し、後者ではこれらと異なる核酸配列である点。

(7)前者のDNA分子には、検出分子に結合するための第2のDNA配列が含まれているのに対し、後者のDNA分子には、このようなDNA配列が含まれていない点。

2.判断
(相違点(6)について)
上記「第4 2.」の相違点(3)について述べたとおり、GenBank等のデータベースの情報に基づき、インフルエンザA サブタイプH5のヘマグルチニン遺伝子の核酸配列における保存領域(例えば、引用発明2で用いられている943-963位を含む配列や、その近傍の配列等)から、プライマーに用いる配列を選択することは、当業者が適宜なし得たことである(なお、本願の配列番号7のDNA配列(ヘマグルチニン遺伝子の846-981位)は引用発明2のDNA配列を含むものである)。

(相違点(7)について)
上記「第4 2.」の相違点(5)について述べたとおり、プライマー中に検出分子と結合する配列を組み込むことは当業者に周知の技術であるから、引用発明2のDNA分子中に、第2のDNA配列として検出分子と結合する配列を組み込むことは、当業者が容易になし得たことである。

(本願発明18が奏する効果について)
本願発明1について述べたとおり、本願明細書には、配列番号5?7又は配列番号9?11を有するプライマーを用いて非病原性及び病原性H5ウイルスを検出した結果(表1、2)が示されている。
しかしながら、ヘマグルチニン遺伝子の保存領域に基づくプライマーを用いて、H5ウイルスを高感度に検出できることは引用例の記載事項(a)?(c)にも示されているから、第1のDNA配列の選択による効果は当業者が予測し得る程度のことであり、また第2のDNA配列として検出分子と結合する配列を組み込んだことの効果も、周知技術に基づいて当業者が予測し得た程度のことである。

以上の理由により、本願発明18は、当業者が引用例に基づいて容易に発明することができたものである。

3.請求人の主張について
請求人の主張は「第4 3.」の(ア)?(エ)に示したとおりであるが、本願明細書には、本願発明18の各プライマーと、ヘマグルチニン遺伝子の保存領域に基づいて設計されうる、その他のプライマーの効果を比較した具体的な記載はなされておらず、そもそも本願発明18のプライマーの効果が示された実施例において、具体的にどのDNA配列を有するプライマーを用いたのかも示されていない。
さらに、上述のとおり、請求人が示した参考資料1、3を参酌することを許容するような、特段の事情があるものとはいえないところ、仮にこれらの資料を参酌しても、本願発明18の各プライマーと、ヘマグルチニン遺伝子の保存領域に基づいて設計されうるその他のプライマーの効果が比較されていないので、いずれの場合においても、本願発明18について当業者が予測し得ない格別顕著な効果があるものとは認められない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項1及び18に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
したがって、他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-08-16 
結審通知日 2012-08-21 
審決日 2012-09-03 
出願番号 特願2002-532686(P2002-532686)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 戸来 幸男  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 新留 豊
中島 庸子
発明の名称 非病原性又は病原性インフルエンザAサブタイプH5ウイルス検出キット  
代理人 青木 篤  
代理人 石田 敬  
代理人 越阪部 倫子  
代理人 古賀 哲次  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 福本 積  
代理人 中島 勝  

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