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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07H
管理番号 1268965
審判番号 不服2011-2290  
総通号数 159 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-03-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-02-01 
確定日 2013-01-17 
事件の表示 特願2004-89150「立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法」拒絶査定不服審判事件〔平成17年4月7日出願公開、特開2005-89441〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成16年3月25日(優先権主張 平成15年8月8日)の出願であって,平成22年5月11日付けで拒絶理由が通知され,同年7月22日に意見書及び手続補正書が提出されたが,同年10月26日付けで拒絶査定がされ,平成23年2月1日に拒絶査定に対する審判が請求されると同時に手続補正書が提出され,平成24年6月27日付けで審尋がなされ,それに対して回答がなかったものである。

第2 平成23年2月1日付けの手続補正の適否
1 補正の内容
平成23年2月1日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)は,平成22年7月22日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1において,
「一般式(1)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイトと、一般式(2)で表されるヌクレオシドとを、一般式(3)で表される活性化剤を用いて縮合した後、求電子試薬との反応及び脱保護を行うことを特徴とする、一般式(4)又は(5)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法。
【化1】

[一般式(1)中の記号の意味は下記のとおり。」を
「一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイトと、一般式(2)で表されるヌクレオシドとを、一般式(3)で表される活性化剤を用いて縮合した後、求電子試薬との反応及び脱保護を行うことを特徴とする、一般式(4)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法、又は
一般式(1b)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイトと、一般式(2)で表されるヌクレオシドとを、一般式(3)で表される活性化剤を用いて縮合した後、求電子試薬との反応及び脱保護を行うことを特徴とする、一般式(5)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法。

[一般式(1a)及び(1b)中の記号の意味は下記のとおり。」と補正するととともに,


」を


」と補正するものである。

2 新規事項及び補正の目的
(1)新規事項について
出願当初の特許請求の範囲に記載される「一般式(1)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」には,光学異性体(R体とS体)である「一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」又は「一般式(1b)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」を含むことは当業者に自明なことであり,また,出願当初の特許請求の範囲に記載された「一般式(4)」,「一般式(5)」の化学構造が,それぞれ,光学異性体である本件補正後の「一般式(4)」,「一般式(5)」の化学構造を意味することも当業者に自明であるから,本件補正は新規事項には当たらない。

(2)補正の目的
原査定の備考欄において,「本願請求項1-3の記載は、原料化合物がR体かS体かを特定しておらず、ボラノ化ヌクレオチド類縁体もR体かS体かを特定していないため、例えば、原料化合物がR体の場合にボラノ化ヌクレオチド類縁体もR体であるということを明確に把握することができないからである。」との指摘がなされている。
これに対して,本件補正は,補正前の請求項1の「一般式(1)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」を,該一般式(1)に含まれることが当業者に自明な2つの光学異性体である「一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」又は「一般式(1b)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」に明確化することで,これらと,「一般式(2)で表されるヌクレオシドとを、一般式(3)で表される活性化剤を用いて縮合した後、求電子試薬との反応及び脱保護を行うこと」により,それぞれ対応する「一般式(4)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体」又は「一般式(5)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体」が製造されることを明確にしたものと認める。
また,本件補正の「一般式(4)」,「一般式(5)」に関する化学構造式の補正も,補正前の「一般式(4)」,「一般式(5)」の化学構造のP原子を不斉中心とする立体配置が,光学異性体であることが明確となるようにしたものと認める。
そうすると,本件補正は,上記の原査定の指摘に対して,「一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」から「一般式(4)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体」が,また,「一般式(1b)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト」から「一般式(5)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体」が,それぞれ製造されることを明確化するためになされたものと認められるから,特許法第17条の2第4項第4号に規定する「明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る)」に該当する。

3 まとめ
以上のとおりであるから,本件補正は,特許法第17条の2第3項から第5項までの規定に違反するものではない。

第3 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,平成23年2月1日付けの手続補正により適法に補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイトと、一般式(2)で表されるヌクレオシドとを、一般式(3)で表される活性化剤を用いて縮合した後、求電子試薬との反応及び脱保護を行うことを特徴とする、一般式(4)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法、又は
一般式(1b)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイトと、一般式(2)で表されるヌクレオシドとを、一般式(3)で表される活性化剤を用いて縮合した後、求電子試薬との反応及び脱保護を行うことを特徴とする、一般式(5)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法。
【化1】

[一般式(1a)及び(1b)中の記号の意味は下記のとおり。
R^(1)は炭素数1?3の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、又は炭素数6?14のアリール基を示す。
R^(2)は水素原子、炭素数1?3の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、又は炭素数6?14のアリール基を示す。
R^(3)は炭素数1?3の直鎖又は分岐アルキル基を示す。
R^(4)は水酸基の保護基を示す。
Bsは式:
【化2】

で表されるチミン、アデニン、シトシン、若しくはグアニン、又はアミノ基が保護されたアデニン、シトシン、若しくはグアニンを示す。]
【化3】

[一般式(2)中、R^(5)は水酸基の保護基、Bsは一般式(1)と同じ意味を示す。
一般式(3)中の記号の意味は下記のとおり。
X^(-)はBF_(4)^(-)、PF_(6)^(-)、TfO^(-)(TfはCF_(3)SO_(2)を表す。以下同じ。)、Tf_(2)N^(-)、AsF_(6)^(-)又はSbF_(6)^(-)を示す。
R^(6)及びR^(7)は同一又は異なっていてもよい、炭素数1?5の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基を示す。
R^(6)及びR^(7)は窒素原子と共に炭素数3?7のモノシクロ構造を形成しても良い。]
【化4】

[一般式(4)及び一般式(5)中の記号の意味は下記のとおり。
YはBH_(3)^(-)Z^(+)を示す(Z^(+)はアンモニウムイオン、第1級?第4級の低級アルキルアンモニウムイオン又は1価金属イオンを示す)。
Bsは一般式(1)と同じ意味を示し、各式中の2個のBsは同一でも異なっていても良い。]」

第4 原査定の拒絶理由の概要
原査定の拒絶の理由は,本願発明は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないという理由を含むものであり,「下記の刊行物」として,以下の刊行物が引用されている。
刊行物1:J.AM.CHEM.SOC.,2003年 6月14日,125(27),pp.8307-8317 (原査定における引用文献1である。)
刊行物2:Tetrahedron Letters,1999年,vol.40,pp.2041-2044 (原査定における引用文献3である。)

第5 当審の判断
1 刊行物の記載事項
(1)刊行物1の記載事項
本願の優先日前に日本国内又は外国において頒布されたか,又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった刊行物1には,以下の事項が記載されている。なお,日本語訳は当審による仮訳である。
(1a)「Oligodeoxyribonucleoside phosphorothioates (PS-ODNs) have
been recognized as antisense drugs, and further studies and
clinical applications have also been tried for various diseases.^(1)」(8307頁左欄第2?4行)
「オリゴデオキシヌクレオシドホスホロチオエート(PS-ODNs)はアンチセンスドラッグとして認識されつつあり,さらなる研究及び治療法も様々な疾病に対して試みられている。」
(1b)「2-Chlorooxazaphospholidine derivatives 3a-f were
synthesized from 2a-f and phosphorus trichloride according to
the procedure described in the literature,^(6a) and allowed to react
with 5'-O-(tert-butyldiphenylsilyl)thymidine
[5'-O-(TBDPS)thymidine] (4) under various reaction
conditions to prepare the nucleoside 3'-O-oxazaphospholidine
derivatives 5a-f (Table 1).」(8308頁左欄第54行?右欄第3行)
「2-クロロオキサアザホスホリジン誘導体3a-fは2a-fと三塩化リンから文献^(6a)に記載される手法によって合成され,5’-O-(tert-ブチルジフェニルシリル)チミジン[5’-O-(TBDPS)チミジン](4)と様々な反応条件下で反応させて,ヌクレオシド3’-O-オキサアザホスホリジン誘導体5a-fを調製した(表1)。」
(1c)「To investigate the effect of the oxazaphospholidine ring
structure on the diastereoselectivity of the condensation,
diastereopuer 5'-O-(TBDPS)thymidine 3'-O-oxazaphospholidine
derivatives 5a-d were allowed to react with
3'-O-(tert-buthyldimethylsilyl)thimidine [3'-O-(TBDMS)-thymidine](7)
in the presence of 1d, and the reactions were monitored by ^(31)P NMR
spectroscopy.」(8310頁右欄第36行?8311頁左欄第3行)
「縮合の立体異性選択性についてのオキサアザホスホリジン環構造の効果を研究するため,ジアステレオマーとして純粋な5’-O-(TBDPS)チミジン3’-O-オキサアザホスホリジン誘導体5a-dは,1dの存在下,3’-O-(tert-ブチルジメチルシリル)チミジン[3’-O-(TBDMS)チミジン](7)と反応させられ,反応は^(31)P-NMRスペクトルでモニターされた。」
(1d)「Effect of the Activators on the Diastereoselective
Condensation. Next, the effect of the activators on the condensation
reaction was determined. Diastereopure (Rp)-5a was allowed to
condense with 7 in the presence of a series of the new
activators 1a-n, and the reactions were monitored by ^(31)P NMR
spectroscopy. The results are summarized in Table 5. All of the
reactions were completed within 5 min.」(8311頁左欄第31?37行)
「ジアステレオマー選択的縮合の活性化剤の効果
次に,縮合反応における活性化剤の効果が決められた。ジアステレオマー(Rp)-5aは7と,各種の新しい活性化剤1a-nの存在下で縮合され,反応は^(31)P-NMRスペクトルでモニターされた。結果は表5にまとめられている。反応はすべて5分以内に終了した。」
(1e)「

」(8311頁右欄,Table5)
「表5.(Rp)-5aと7との1a-n存在下での縮合
・・・
番号 1 R^(1) A^(-) (Sp)-8a:(Rp)-8a^(a)・・・
6 f (CH_(2))_(4) TfO^(-) >99:1(139.8)
・・・
^(a)括弧内は8aの^(31)Pの化学シフトである。・・・」
(1f)「Conversion to (Rp)- and (Sp)-Dithymidine
Phosphorothioates. Diastereopure dinucleoside phosphite 8a, obtained
by the condensation of (Rp)-5a (1.2 equiv) with 7 in the presence
of 1f, was treated with acetic anhydride and pyridine for the
acetylation of the methylamino function, which was essential to
prevent side reactions, and then sulfurized by the Beaucage
reagent (Scheme 1).^(13) Although a pair of signals was
observed in the ^(31)P NMR spectra of 9 and 10, the phenomenon
would be attributable to the existence of acetamide rotamers.^(5b)
The acetylated chiral auxiliary could be removed by treatment
with 10 equiv of DBU for 30 min at 50 °C to afford 5'-O- and
3'-O-silylated dithymidine phosphorothioate 11 in excellent yield
without any epimerization.^(7) Alternatively, the chiral auxiliary was
found to be removed by treatment with 25% NH_(3)-pyridine for 30
min at 55 °C.^(5b) The diastereomer ratio (dr) of 11 was
determined to be >99:1 by ^(31)P NMR spectroscopy. Finally,
the 5'-O- and 3'-O-silyl groups were removed by treatment with
3HF-Et_(3)N^(14) to afford fully deprotected dimer 12a. The resultant
dimer was almost diastereopure (dr =>99.5:0.5), and the
P-configuration of the dimer was found to be Sp by RP-HPLC
analysis.^(15) Diastereopure (Rp)-12a could also be obtained from
(Sp)-5a according to the same procedure. The exclusive
production of (Rp)-12a and (Sp)-12a from (Sp)-5a and (Rp)
-5a, respectively, in the presence of 1f strongly indicates that
the condensation of 5a with 7 in the presence of 1f proceeds with
complete inversion of configuration at the phosphorus atom, upon
assuming that the sulfurization by the Beaucage reagent and the
removal of the chiral auxiliary by DBU treatment proceed with
retention of configuration.」(8311頁右欄第12行?8312頁左欄第9行)
「(Rp)-及び(Sp)-ジチミジンホスホロチオエートへの変換
純粋なジアステレオマーであるジヌクレオシドホスファイト8aは,(Rp)-5a(1.2当量)と7とを1fの存在下で縮合することで得られた。これを,副反応を防ぐために必須であるメチルアミノ基のアセチル化のために無水酢酸とピリジンとで処理し,それからBeaucage試薬で硫化した(スキーム1)。^(13) 9と10の^(31)P-NMRスペクトルでは,一対のシグナルが観察されたが,この現象はアセトアミドの回転異性体の存在に起因するものと思われる。^(5b) アセチル化されたキラル補助基は,10当量のDBUで30分間50℃で処理することで脱離させることができ,5’-O-,3’-O-シリル化ジチミジンホスホロチオエート11が高収率で異性化を起こすことなく生じた。ほかにも,キラル補助基は25%NH_(3)-ピリジンで30分間55℃で処理することで脱離することも見いだされた。11のジアステレオマーの比(dr)は^(31)P-NMRスペクトルによって,>99:1と決定された。最後に,5’-O-と3’-O-のシリル基が3HF-Et_(3)N^(14)で処理することで脱離され,完全に脱保護された二量体12aが生じた。目的物の二量体は,ほぼ純粋なジアステレオマー(dr)=>99.5:0.5)であって,二量体のPの配置は,RP-HPLC分析によってSpであることが見いだされた。^(15) 純粋なジアステレオマーである(Rp)-12aも,(Sp)-5aから同じ工程にしたがって得ることができた。(Sp)-5a及び(Rp)-5aから,それぞれ(Rp)-12a及び(Sp)-12aが1fの存在下で排他的に製造されることは,5aと7との1f存在下での縮合が燐原子の配置の完全な反転が進行することを強く示唆し,Beaucage試薬による硫化及びDBU処理によるキラル補助基の脱離は配置が維持されたまま進行することが推定される。」
(1g)「

」(8312頁左欄,Scheme1)
「スキーム1.(Rp)及び(Sp)ジチミジンホスホロチオエート(Rp)-12a及び(Sp)-12aの合成
(図面は省略する。)」

(2)刊行物2の記載事項
本願の優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物2には,以下の事項が記載されている。なお,日本語訳は当審による仮訳である。
(2a)「Recently introduced by our group, the oligonucleoside
boranophosphates represent a novel type of chiral analog of
phosphodiester oligomers in which one of the nonbriding oxygens has
been replaced by borane group(-BH_(3))[1-4]. These compounds, being
isoelectronic and isostructureal with methylphosphonates and
negatively charged like normal phosphodiester nucleic acids, are
now subject of growing interest of several research groups [5-7] as
promising research tools in DNA sequencing [6], in antisense and
therapeutic applications, and in boron neutron capture therapy.」(2041頁第1?6行)
「我々のグループが最近報告したように,オリゴヌクレオシドボラノホスフェートは,新タイプのホスホジエステルオリゴマーのキラル類縁体に当たるもので,結合していない酸素の一つがボラノ基(-BH_(3))によって置換されたものである[1-4]。これらの化合物は,メチルホスホネートと等電子,同形であり,通常のホスホジエステル核酸のように負に帯電しており,アンチセンス及び治療用途において,またホウ素中性子捕捉療法において,DNA配列の有望なサーチツールとして[6],今や,いくつかの研究グループの興味の主題となっている[5-7]。」
(2b)「Recently, we reported a new method for the synthesis of
nucleoside boranophospates by boronation of as H-phosphates
internucleotidic bond following in situ silylation [3,4]. In this
paper we describe a procedure for the assignment of absolute
configuration of dithymidine boranophosphate by chemical
correlation via H-phosphonate intermediates. The method is based on
the findings that sulfurization and methylation of dinucleoside
H-phosphonates occour stereospecifically and that dinucleoside
H-Phosphonate diesters can be conveniently separated into the Rp
and Sp diastereomers using silica gel chromatography[9,10].」(2041頁第15?20行)
「最近,我々は,生体内でのシリル化に続きH-ホスホネートのヌクレオシド間結合をボロン化することでヌクレオシドボラノホスフェートを合成する新たな方法を報告した[3,4]。この論文で,我々はH-ホスホネート中間体を経由して,化学的な相互関係によるジチミジンボラノホスフェートの絶対配置を定める手順について述べた。この方法はジヌクレオシドH-ホスホネートの硫化及びメチル化が立体特異的に起き,ジヌクレオシドH-ホスホネートジエステルをシリカゲルクロマトグラフィーを用いて,RpとSpのジアステレオマーに簡単に分離できるという発見に基づくものである[9,10]。」
(2c)「As outlined in Scheme 1, the boronation procedure involves
silylation with bis-trimethylsilylacetamide (BSA) followed by a
borane exchange reaction with boran-diisopropylethylamine complex
(DIPEA:BH_(3)). Silylation proceeds with retention of the configuration
around the phosphorus atom [10]. The addition of a borane group to
Lewis bases proceeds stereospecifically [11], preseving the
stereochemistry at the base. The final alkaline hydrolysis of the
silyl ester would not change the phosphorus configuration.
Therefore, starting with one isomer of H-phosphonate diester, the
boronation procedure should afford only one isomer of the
boranophosphate diester with the same absolute configuration.」(2041頁第21?27行)
「スキーム1に概略が示されるように,ボラノ化の手順はbis-トリメチルシリルアセトアミド(BSA)によるシリル化とそれに続くボラン-ジイソプロピルエチルアミン錯体(DIPEA:BH_(3))によるボラン置換反応を含む。シリル化はリン原子の周りの配置が維持されたまま進行する[10]。ボラン基のルイス塩基への付加は立体特異的に進行し[11],塩基の立体化学が保存される。最後のシリルエステルのアルカリ加水分解はリンの配置を変えないと考えられる。そのため,H-ホスホネートジエステルの一方の異性体から始めれば,ボラノ化の手順は同じ絶対配置を持つ1つのみのボラノホスフェート異性体を生じるであろう。」
(2d)「Silylation of the separate dithymidine H-phosphonate
diastereomers 1b and 2b with BSA was stereospecific. The ratios of
silylated isomers (98:2 for 1b and 92:8 for 2b, see Fig. 1b,f) were
same as the ratios of H-phosphonate isomers. Subsequent in situ
boranation with 20 eq. DIPEA:BH_(3) resulted in formation of
boranophosphate triesters 4b and 5b. The ^(31)P-NMR resonances of
these species appears as broad peaks (Fig. 1c,g). Due to peak
broadening [14] the chemical shifts for isomers were not
sufficiently different (σ=104.4 ppm for 4b and 104.6 ppm for 5b)
to allow the diastereometic ratio to be determined. Without
isolation of intermediates, the compounds obtained were treated
with water to remove the silyl group from the boranophosphate,
deprotected, and analyzed by RP HPLC (Fig.2).」(2043頁第10?17行)
「分離されたジチミジンH-ホスホネートジアステレオマー1b,2bのBSAによるシリル化は立体特異的であった。シリル化された異性体の比(1bの場合は98:2,2bの場合は92:8,図1b,f参照)はH-ホスホネート異性体の比と同じであった。それに続く生体内の20当量のDIPEA:BH_(3)によるボラノ化は,ボラノホスフェートトリエステル4b,5bを形成した。これらの種の^(31)P-NMRはブロードなピークとして示される(図1c,g)。ピークがブロード化したため[14],異性体の化学シフトはその違いをみるには不十分(4bの場合σ=104.4ppm,5bの場合σ=104.6ppm)で,ジアステレオマーの比を決定することができなかった。中間体を単離することなく,得られた化合物を水で処理してボラノホスフェートからシリル基を除去し,脱保護し,RP-HPLCで分析した(図2)。」
(2e)「The diastereomeric purity of the resulting ditymidine
boranophosphates, as judged from HPLC analysis (Fig.2) and ^(1)H-NMR
spectra, was exactly the same as for the original preparations of
H-phosphonate diesters (Fig.1a). This agreement makes it possible
to say that the boronatuion reaction via H-phosphonate
intermediates proceeds stereospecifically with retention of
configuration assignment of dithymidine boranophosphate [8].」(2044頁第8?16行)
「目的物のジチミジンボラノホスフェートのジアステレオマーとしての純度は,HPLC分析(図2)と^(1)H-NMRスペクトルから決められたが,原料のH-ホスホネートジエステルの調製物と全く同じであった。この一致は,H-ホスホネート中間体経由のボラノ化反応が配置を維持したまま立体特異的に進行するということができることを意味しており,我々の以前にしたジチミジンボラノホスフェートの配置決定を立証するものである[8]。」

2 刊行物1に記載された発明(引用発明)
刊行物1には,「(Rp)-5a」である,


」と,「7」である,


」とを,「1f」である


」の存在下で縮合して,「8a」である


」を得ることが記載されている(摘記1f,1g参照)。
刊行物1には,さらに,「8a」を,「メチルアミノ基のアセチル化のために無水酢酸とピリジンとで処理」した後に,「Beaucage試薬で硫化し」,その「アセチル化されたキラル補助基」をDBUで脱離させて,「5’-O-,3’-O-シリル化ジチミジンホスホロチオエート11」を得て,最後に,「5’-O-と3’-O-のシリル基が3HF-Et_(3)Nで処理することで脱離」されて,「完全に脱保護された二量体12a」の「Sp体」である,


」を得たことが記載されている(摘記1f,1g参照)。
そうすると,刊行物1には,
「以下の式で表される(Rp)-5a(以下,「化合物(Rp)-5a」と略する。)と,

以下の式で表される7(以下,「化合物7」と略する。)とを,

以下の式で表される1f(以下,「化合物1f」と略する。)の存在下で縮合して,

以下の式で示される8a(以下,「化合物8a」と略する。)を得て,

これを,無水酢酸とピリジンとで処理してメチルアミノ基をアセチル化し,その後,Beaucage試薬で硫化し,アセチル化されたキラル補助基をDBUで脱離させて,5’-O-,3’-O-シリル化ジチミジンホスホロチオエートを得て,最後に,5’-O-と3’-O-のシリル基が3HF-Et_(3)Nで処理することで脱保護されて,以下の式で表される(Sp)-12a(以下,「化合物(Sp)-12a」と略する。)を製造する方法

」についての発明(以下,「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・判断
(1)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「化合物(Rp)-5a」は,「5’-O-(TBSPS)チミジン3’-O-オキサアザホスホリジン誘導体」(摘記1b参照)であって,「TBDPS」が「tert-ブチルジフェニルシリル」の略で(摘記1b参照),これは最終的に脱保護されて,化合物(Sp)-12aのOH基(水酸基)になるから,水酸基の保護基である。また,「Th」は「チミン」の意味であり,オキサアザホスホリジン環のNに置換する「メチル基」は,「炭素数1の直鎖アルキル基」であり,オキサアザホスホリジン環に置換する「Ph(フェニル基)」は,「炭素数6のアリール基」である。
そうすると,引用発明の「化合物(Rp)-5a」は,本願発明の「一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト

一般式(1a)中の記号の意味は下記のとおり。
R^(1)は炭素数6のアリール基を示す。
R^(2)は水素原子を示す。
R^(3)は炭素数1の直鎖アルキル基を示す。
R^(4)は水酸基の保護基を示す。
Bsは式:

で表されるチミンを示す。]」に相当する。
引用発明の「化合物7」は,「3’-O-(tertブチルジメチルシリル)チミジン[3’-O-(TBDMS)-チミジン]」(摘記1c参照)であって,「TBDMS」も最終的に脱保護されて化合物(Sp)-12aのOH基(水酸基)となるから,水酸基の保護基であり,「Th」は「チミン」のことであるから,本願発明の「一般式(2)で表されるヌクレオシド

一般式(2)中、R^(5)は水酸基の保護基、Bsは一般式(1)と同じ意味(チミン)を示す。」に相当する。
引用発明の「化合物1f」は,N原子と共に炭素数4のモノシクロ構造を有し,「活性化剤」(摘記1d参照)であるから,本願発明の「一般式(3)で表される活性化剤

一般式(3)中の記号の意味は下記のとおり。
X^(-)はTfO^(-)(TfはCF_(3)SO_(2)を表す。以下同じ。)を示す。
R^(6)及びR^(7)は窒素原子と共に炭素数4のモノシクロ構造を形成しても良い。]」に相当する。
さらに,引用発明の「Beaucage試薬」は,


」(摘記1g参照)であって,反応対象であるリン原子の電子対に対して付加反応(硫化反応)をするものであるから,求電子試薬ということができ,また,その後,引用発明では,「アセチル化されたキラル補助基をDBUで脱離させて,5’-O-,3’-O-シリル化ジチミジンホスホロチオエートを得て,最後に,5’-O-と3’-O-のシリル基が3HF-Et_(3)Nで処理することで脱保護されて」,化合物(Sp)-12aとなるから,本願発明の「求電子試薬との反応及び脱保護を行う」といえる。
また,引用発明の「化合物(Sp)-12a」は,ジヌクレオシドホスホロチオエートであって,リン原子が硫黄で修飾されたものであるから,本願発明の「リン原子修飾ヌクレオシド類縁体」に相当する。

そうすると,本願発明と引用発明とは,
「一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイトと、一般式(2)で表されるヌクレオシドとを、一般式(3)で表される活性化剤を用いて縮合した後、求電子試薬との反応及び脱保護を行うことを特徴とする、リン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法。

[一般式(1a)中の記号の意味は下記のとおり。
R^(1)は炭素数1?3の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、又は炭素数6?14のアリール基を示す。
R^(2)は水素原子、炭素数1?3の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、又は炭素数6?14のアリール基を示す。
R^(3)は炭素数1?3の直鎖又は分岐アルキル基を示す。
R^(4)は水酸基の保護基を示す。
Bsは式:

で表されるチミン、アデニン、シトシン、若しくはグアニン、又はアミノ基が保護されたアデニン、シトシン、若しくはグアニンを示す。]

[一般式(2)中、R^(5)は水酸基の保護基、Bsは一般式(1)と同じ意味を示す。
一般式(3)中の記号の意味は下記のとおり。
X^(-)はBF_(4)^(-)、PF_(6)^(-)、TfO^(-)(TfはCF_(3)SO_(2)を表す。以下同じ。)、Tf_(2)N^(-)、AsF_(6)^(-)又はSbF_(6)^(-)を示す。
R^(6)及びR^(7)は同一又は異なっていてもよい、炭素数1?5の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基を示す。
R^(6)及びR^(7)は窒素原子と共に炭素数3?7のモノシクロ構造を形成しても良い。]」である点で一致し,
製造される「リン原子修飾ヌクレオチド類縁体」が,前者は「一般式(4)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体

[一般式(4)中の記号の意味は下記のとおり。
YはBH_(3)^(- )Z^(+)を示す(Z^(+)はアンモニウムイオン、第1級?第4級の低級アルキルアンモニウムイオン又は1価金属イオンを示す)。
Bsは一般式(1)と同じ意味を示し、各式中の2個のBsは同一でも異なっていても良い。]」であるのに対して,後者が,
「化合物(Sp)-12a」である点(以下,「相違点」という。)で相違する。

(2)相違点の検討
上記相違点について検討する。
本願の明細書(出願当初の明細書から補正されておらず,以下,「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明の記載(段落【0053】?【0058】,実施例1,2参照)からみて,本願発明では,一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイトと,一般式(2)で表されるヌクレオシドとを縮合した後,求電子試薬として,「BH_(3)・THF」等の「ホウ素化剤」を用いて反応させ,その後,DBU等でキラル補助物質を除き,最後に水酸基の保護基を,(CH_(3)CH_(2))_(3)N・HF等で除くことにより,一般式(4)で表される立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体を得ている。
これに対して,引用発明では,化合物(Rp)-5a(一般式(1a)で表される光学活性なヌクレオシド3'-ホスホロアミダイト)と,化合物7(一般式(2)で表されるヌクレオシド)とを縮合した後,求電子試薬として,「Beaucage試薬」を用いて反応させ,その後,DBU等でキラル補助基を除き,最後に水酸基の保護基を,3HF-Et_(3)N((CH_(3)CH_(2))_(3)N・HFである)で除くことにより,「化合物(Sp)-12a」を得ている。
そうすると,上記相違点は,本願発明では,求電子試薬として「ホウ素化剤」を用いてボラン化し,キラル補助物質を除去,脱保護することによって,


」のYが「BH_(3)^(-)Z^(+)(Z^(+)はアンモニウムイオン、第1級から第4級の低級アルキルアンモニウムイオンを示す)」である「式(4)で表されるリン原子修飾ヌクレオチド類縁体」(ボラノホスフェート)を得ているのに対して,引用発明では,求電子試薬として「Beaucage試薬」を用いて硫化し,キラル補助物質を除去,脱保護することによって,


」のYが「S^(-)Z^(+)(Z^(+)はアンモニウムイオン)」である「化合物(Sp)-12aのリン原子修飾ヌクレオシド類縁体」(ホスホロチオエート)を得ているかの相違,すなわち,「リン原子修飾ヌクレオシチド類縁体」のリン原子と結合する「Y」を与える求電子試薬の違いによるものといえる。

刊行物1には,「オリゴデオキシヌクレオシドホスホロチオエート(PS-ODNs)はアンチセンスドラッグとして認識され」ていることが記載され(摘記1a参照),また,刊行物2には,「オリゴヌクレオシドボラノホスフェート」が「アンチセンス法及び治療用途において,またホウ素中性子捕捉療法において,DNA配列の有望なサーチツールとして,今や,いくつかの研究グループの興味の主題となっている」(摘記2a参照)と記載されているから,本願優先日において,オリゴヌクレオシドボラノホスフェートは,オリゴヌクレオシドホスホロチオエートと同様に,アンチセンス試薬として用いることができる化合物として当業者に認識されていたといえ,オリゴヌクレオシドホスホロチオエートと同様のアンチセンス試薬を得るため,引用発明において,ホスホチオエート結合に代えて,ボラノホスホネート結合を有する化合物を製造することは当業者が容易に想到することと認められる。
さらにいえば,ヌクレオシドボラノホスホネートが水溶性等の点でアンチセンス試薬として有利な性質を有することも,本願優先日において,よく知られていたと認められる(例えば,J. Am. Chem. Soc. 1998, vol.120, pp.9417-9427(請求人が意見書で提出した参考文献2),Tetrahedron Letters, 1998, vol.39, pp.3899-3902(審尋において引用された引用文献4)を参照)ことからしても,引用発明において,アンチセンス試薬として有効なさらなるヌクレオシドボラノホスホネートを,ヌクレオシドホスホロチオエートに代えて製造する動機付けが当業者にあったことは明らかである。
そして,刊行物2には,「ヌクレオシドボラノホスフェートを合成する新たな方法」として,「シリル化に続きH-ホスホネートのヌクレオシド間結合をボロン化する」ことが記載されており(摘記2b参照),「ジヌクレオシドH-ホスホネートの硫化及びメチル化が立体特異的に起きること」を発見したことが,この方法,すなわち,ボロン化する方法の基礎となったことも記載されている(摘記2b参照)から,ヌクレオシドボラノホスホネートの製造にあたっては,立体特異的な硫化反応が行われる引用発明のようなヌクレオシドホスホロチオエートの製造方法を基礎として,ヌクレオシドボラノホスホネートの製造方法を検討することは当業者が当然に行う設計変更である。
さらに,刊行物2には,「ボラノ化の手順はbis-トリメチルシリルアセトアミド(BSA)によるシリル化とそれに続くボラン-ジイソプロピルエチルアミン錯体(DIPEA:BH_(3))によるボラン置換反応を含」み,「シリル化はリン原子の周りの配置が維持されたまま進行」し,「ボラン基のルイス塩基への付加は立体特異的に進行し」,「塩基の立体化学が保存され」,「最後のシリルエステルのアルカリ加水分解はリンの配置を変えない」ことが記載されているところ(摘記2c参照),実際に,「ジチミジンH-ホスフェート」をシリル化して,原料である「H-ホススホネート」と同じ異性体比率のものを得て,その後,DIPEA:BH_(3)と反応させ,「ボラノホスホネートシリルエステル」を得て,単離することなく,シリル基を脱離し,脱保護して,「ジチミジンボラノホスフェート」を得,その「ジアステレオマーの純度」は,「原料のH-ホスホネートジエステルの調製物と全く同じ」となること,「H-ホスホネート中間体経由のボラノ化反応が立体配置を維持したまま立体特異的に進行する」ことも記載されている(摘記2d,2e参照)。
そして,刊行物2に記載される「DIPEA:BH_(3)」は明らかに「ホウ素化剤」で,リン原子の電子対に対して付加反応をするので,引用発明の「Beaucage試薬」と同様,本願発明の「求電子試薬」に相当する。また,引用発明における硫化反応は,刊行物1の「Beaucage試薬による硫化及びDBU処理によるキラル補助基の脱離は配置が維持されたまま進行することが推定される」(摘記1a参照)との記載から理解できるように立体特異的に,すなわち,リン原子の立体配置を維持したまま行われるところ,刊行物2に記載されるように,リン原子をボラノ化する際にも,同様にリン原子の立体配置を維持したまま行われることが知られているから,引用発明において,化合物(Rp)-5aと化合物7の縮合で生成された化合物8aのアセチル化物と反応させる求電子試薬を,ジヌクレオシドホスホチオエートを得るための「Beaucauge試薬」から,刊行物2に記載されるようなジヌクレオシドボラノホスホネートを得るための「DIPEA:BH_(3)」のようなホウ素化剤に置き換えて,リン原子の立体配置を維持したままボラノ化し,その後,引用発明と同様のキラル補助基の脱離,脱保護を行うことによって,リン原子の立体配置が維持された

(YはBH_(3)^(-)Z^(+)(Z^(+)はアンモニウムイオン、第1?4級の低級アルキルアンモニウムイオンを示す)」,すなわち,本願発明の「一般式(4)で表される立体規則性のリン原子修飾ヌクレオチド類縁体」を製造することは当業者が容易に想到し得たことと認められる。

(3)効果について
本願発明の効果は,本願明細書の発明の詳細な説明からみて,「アンチセンス分子として有効な立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオシド類縁体・・・を高い収率で得ることができる」(段落【0032】参照)ことにあるものと認める。そして,発明の詳細な説明には,本願発明の実施例として,(2R,5R)-2-(5’-O-tert-ブチルジフェニルシリルチミジン-3’-イル)-3-メチル-5-フェニル-1,3,2-オキサアザホスホリジンと3’-O-tert-ブチルジメチルシリルチミジンを原料として,目的物の(R)トリエチルアンモニウム 5’-O-tert-ブチルジフェニルシリルチミジン-3’-イル 3’-O-ブチルジメチルシリルチミジン-5’-イル ボラノフォスフェートが収率51%で得られ、さらに最終生成物の(R)トリエチルアンモニウム チミジン-3’-イル チミジン-5’-イル-ボラノフォスフェートが,その61%の収率(原料からみれば31%の収率)で得られることが記載されている。
一方,引用発明においては,同じ原料である化合物(Rp)-5aと化合物7から,本願発明の最終生成物に対応する化合物(Sp)-12aが収率75%で得られている(摘記1g参照)。
引用発明は,ボラノ化反応ではなく,硫化反応であり,さらに,化合物8aをアセチル化して副反応を防いでいるため,本願発明と収率を単純に比較することはできないものの,引用発明では,中間体である化合物8aが>99:1で,Sp:Rpが立体特異的に生成すること(摘記1e参照)が,最終的な生成物である化合物(Sp)-12aを高い収率で得られることの要因となっているものと解され,ボラノ化反応が硫化反応よりも極端に収率が落ちる反応であるとの技術常識も見あたらないことからすれば,上述のボラノホスフェートの収率は,刊行物1,2の記載から当業者が予測し得ないほどの顕著な効果とは認められない。

4 小括
よって,本願発明は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1,2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(刊行物1に記載された発明と同じである)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。

第6 請求人の主張
1 請求人の主張の概要
請求人は,審判請求書において,以下の主張をしている。
(a)「平成22年7月22日付けの意見書で述べたとおり、本願の出願前の当業者には、ボラノ化反応はリン原子上の置換基の立体障害の影響を顕著に受けることから、立体を制御することが非常に困難であると理解されており、一方の硫化反応については、リン原子上の置換基の立体障害から受ける影響はボラノ化に比べて少ないことも理解されていた(Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids, 20, pp.789-95. 2001)。従って、引用文献1(審決注:刊行物1)の教示をみた当業者といえども、この引用文献1に記載された方法において硫化反応に代えてボラノ化反応を行った場合に、原料化合物の立体を保持したままボラノ化が進行するかどうかを予測することは不可能であったことは明らかであると思料する。
本願出願前に報告されているボラノホスフェートの製造方法においては、平成22年7月22日付けの意見書に添付した参考文献1(J. Am. Chem. Soc, 112, pp.9000-9001, 1990)及び参考文献2(J. Am. Chem. Soc., 120, pp.9417-9427, 1998)に示すように、リン酸の保護基としてメチル基又はトリメチルシリル基が用いられており、リン原子についての立体制御は達成されていない。これらの保護基は本願発明の方法において用いられている不斉補助基に比べて反応性が高く、立体を制御することが不可能な保護基であると理解されている(引用文献3(審決注:刊行物2)においても同様にトリメチルシリル基が用いられているが十分な立体制御は達成されていない)。また、本願明細書の段落番号[0009]に記載されているとおり、引用文献2の方法においてもリン原子に関して十分な立体制御は達成されていない。従って、本願出願前において当業者に理解されていたボラノホスフェートの化学は、上記の参考文献1及び2、並びに引用文献2及び3において示されている程度のものであると理解すべきことは明らかである。
一方、チオホスフェートについては本願出願前においても立体を制御する手段はいくつか知られており、例えば立体が制御された亜リン酸中間体を硫化する方法などが提案されていた(例えばTetrahedron Asymmetry, 6, pp.1051-1054,1995及びJ. Am. Chem. Soc., 120, pp.7156-7167, 1998など)。
従って、本願発明が完成された時点において、チオホスフェートとボラノホスフェートの化学に関して技術水準には大きな差があり、本願出願時の当業者には、ボラノ化では硫化に比べてリン原子上の置換基の立体障害の影響を受けやすく、リン原子の立体を制御することが硫化に比べて困難であるとの認識があったこと、及びチオホスフェートに関する知見をそのままボラノホスフェートの製造には適用できないとの認識があったことが理解される。」
(b)「本願発明は上記の技術水準において完成されたものであるが、上記の技術水準からみて、引用文献1に記載された方法においてボラノ化を行うにあたり当業者はいくつもの困難性、例えばリン原子における立体制御の困難性のほか、不斉補助基自体が還元されることによる副反応の進行や、核酸塩基部における副反応の進行などの困難性を予測するものと理解される。引用文献3においてはリン原子上に置換基がある場合でも硫化反応とボラノ化反応が同列にて行われているとしても、上記の技術常識からみて、ボラノ化を行うことは硫化反応に比べてはるかに困難であることを容易に理解するはずである。このような状況下において、本願発明者らは本願発明の方法においてはこのような問題が生じることなく、目的物を収率よく得ることができること見出して本願発明を完成させたのであり、そして、本願明細書に具体的に示されているように本願発明の方法は当業者が当然予期するような困難性を伴わない方法であることが明らかであり、この効果は補正後の請求項1において明確にされた発明特定事項から直接的に奏されるものであることから、本願発明が当業者にとって予測できない顕著な効果を奏するものであることも容易に理解されることである。」

2 検討
(1)主張(a)について
上記「第5 3(2)」で述べたように,刊行物2には,シリル化されたホスホネート中間体のボラノ化反応がリン原子の立体配置を維持したまま立体特異的に進行することについて記載されており,「本願出願時の当業者には、ボラノ化では硫化に比べてリン原子上の置換基の立体障害の影響を受けやすく、リン原子の立体を制御することが硫化に比べて困難であるとの認識があった」との主張は採用できない。
また,請求人は,提出した参考文献1,2では,「リン酸の保護基としてメチル基又はトリメチルシリル基が用いられており、リン原子についての立体制御は達成されていない」と述べているが,参考文献1,2については,立体特異性に関して特段の記載は見あたらず,「これらの保護基は本願発明の方法において用いられている不斉補助基に比べて反応性が高く、立体を制御することが不可能な保護基であると理解されている」とする根拠が記載されているとは認められない。また,平成24年6月27日付けの審尋でも指摘したように,参考文献1,2には,ボラノ化反応と硫化反応とを比較した記載も存在せず,いずれにしても,「本願出願時の当業者には、ボラノ化では硫化に比べてリン原子上の置換基の立体障害の影響を受けやすく、リン原子の立体を制御することが硫化に比べて困難であるとの認識があった」との主張は採用できない。
さらに,上記「第5 3(2)」で述べたように,刊行物2には,「ジヌクレオシドH-ホスホネートの硫化及びメチル化が立体特異的に起きること」が発見されたことが,ボロン化方法の基礎となったことも記載されていることからすれば,「チオホスフェートに関する知見をそのままボラノホスフェートの製造には適用できないとの認識」があったとも認めることができない。
そうすると,主張(a)は採用することができない。

(2)主張(b)について
請求人は刊行物1に記載された方法においてボラノ化を行うにあたり当業者は,上記主張(a)のリン原子における立体制御の困難性のほか,「不斉補助基自体が還元されることによる副反応の進行や、核酸塩基部における副反応の進行などの困難性を予測するものと理解される」と述べている。
「不斉補助基自体が還元されることによる副反応の進行」に関していえば,引用発明では,このような「副反応を防ぐために必須であるメチルアミノ基のアセチル化のために無水酢酸とピリジンとで処理し」ており(摘記1f,1g参照),不斉補助基自体が還元されることによる副反応の進行することの困難性はすでに解決されているといえる。
さらに,「核酸塩基部における副反応の進行」に関しては,刊行物2では,シリル化されたホスホネート中間体のボラノ化反応においても,核酸塩基部を有するところ,核酸塩基部における副反応の進行を特段考慮せずにボラノ化反応が行われていることからすれば,ボラノ化法を行うに当たり,核酸塩基部における副反応の進行の困難性を当業者が予測するとの認識があったとは認められない。
そして,本願発明の効果が刊行物1,2から予測できないほどの顕著な効果と認められないことは,上記「第5 3(3)」で述べたとおりである。
よって,主張(b)も採用できない。

第7 むすび
以上のとおりであるから,本願発明は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1,2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものであるから,その余の請求項について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり,審決する。
 
審理終結日 2012-11-16 
結審通知日 2012-11-20 
審決日 2012-12-03 
出願番号 特願2004-89150(P2004-89150)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 植原 克典  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 東 裕子
齋藤 恵
発明の名称 立体規則性の高いリン原子修飾ヌクレオチド類縁体の製造法  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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