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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12Q
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12Q
管理番号 1273536
審判番号 不服2009-10645  
総通号数 162 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-06-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-06-04 
確定日 2013-04-15 
事件の表示 平成10年特許願第542780号「多数の微生物ファミリーを同定するためのユニバーサルテストシステムおよびその使用」拒絶査定不服審判事件〔平成10年10月15日国際公開、WO98/45469、平成12年9月26日国内公表、特表2000-512508〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成10年3月16日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1997年4月10日、米国(US))を国際出願日とする出願であって、平成19年8月17日付で拒絶理由が通知され、同年11月15日に手続補正がなされるとともに同日に意見書が提出されたが、平成21年3月17日付で拒絶査定がされ、これに対し、同年6月4日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに同日に手続補正がなされ、平成23年2月7日付で審尋が通知され、同年4月18日に回答書が提出されたものである。

第2 平成21年6月4日の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成21年6月4日の手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 補正後の本願発明
本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1、
「サンプル中に存在し得る広く分岐した微生物の少なくとも二つの群の中からある微生物を同定することができる、サンプル中の微生物を同定するためのシステムであって、
あらかじめ定めた数の反応チャンバー中に配置された非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合わせを含み、めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたらし、そして
生化学テストの組合わせからの検出可能な産物がサンプル中の微生物を同定するために使用される
ことを特徴とする前記テストシステム。」
を、
「サンプル中に存在し得る、i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌を含む広く分岐した微生物群の中からある微生物を同定することができるシステムであって、あらかじめ定めた数の反応チャンバー中に配置された非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合せを含み、めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたらし、そして
生化学テストの組合せからの検出可能な産物が確率行列を用いてサンプル中の微生物をその種へ同定することを特徴とする前記テストシステム。」
と補正することを含むものである。

上記補正は、請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「広く分岐した微生物の少なくとも二つの群」について「i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌を含む広く分岐した微生物群」と、広く分岐した微生物の群が、i)?vii)の微生物を含む群であることに特定する記載を挿入し、広く分岐した微生物の少なくとも二つの群に含まれる微生物を特定し、明確化したものであるから、不明りょうな記載の釈明に該当する。
また、「サンプル中の微生物を同定するためのシステム」を「システム」とするとともに、「生化学テストの組合わせからの検出可能な産物がサンプル中の微生物を同定するために使用されることを特徴とする前記テストシステム」について「生化学テストの組合せからの検出可能な産物が確率行列を用いてサンプル中の微生物をその種へ同定することを特徴とする前記テストシステム」と、確率行列を用い種へ同定すると減縮したものである。
そして、その補正前の当該請求項に記載された発明と、その補正後の当該請求項に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一である。
よって、上記補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2 引用例の記載事項及び引用例記載の発明
原査定の拒絶の理由に引用され本願の優先日前である昭和61年4月1日に頒布された「特開昭61-63297号公報」(原査定の引用文献2。以下、「引用例」という。)には、次の事項が記載されている。

(a)「固形平板培地に接種した微生物の炭水化物分解試験により微生物を同定する方法において、多種同時接種器により多種類の微生物を同時に接種して試験することを特徴とする微生物の簡易同定試験法。」(特許請求の範囲)

(b)「産業上の利用分野:
この発明は、多種類の微生物を多種同時接種器により固形平板培地に同時に接種し、これら微生物の炭水化物分解試験により、多種類の微生物を同定する方法に関するものであり、ヒトや動物などの細菌感染症の起因菌の判定等に利用される。」(1頁左下欄下から9?4行)

(c)「従来技術:
炭水化物分解試験法は微生物の同定に際し繁用されている方法であり、従来は被検菌を試験管中の液体培地またはシヤーレ中の平板培地に一種類ずつ手作業により接種して行われていた。
従来技術の解決すべき問題点:
炭水化物分解試験法は、種々の炭水化物についての微生物の分解能を検査することにより微生物を同定する方法であるため、多種類の微生物を従来技術により同定する場合には、同定すべき微生物の種類の数に炭水化物の種類の数を乗じた数の試験が必要であり、非常に煩雑であるばかりでなく、多数の試験器具や多量の試験用培地を必要とし、特に使い捨ての試験器具が広く用いられている今日では極めて不経済でもあつた。
問題点を解決するための手段:
この発明は上記のような従来技術の問題点を解決するためになされたものである。
すなわち、この発明の方法は、同一の試験用培地に多数の被検微生物を同時に接種し、これら微生物の炭水化物分解能を同時に判定することにより行われる。」(1頁左下欄下から3行?同頁右下欄下から2行)

(d)「また、この発明の方法で用いられる多種同時接種器としては、MIC測定に使用されているマルチポイント・イノキユレータをそのまゝ利用することができる。
なお、この発明の方法において、上記マルチポイント・イノキユレータの各白金耳に対応した位置に菌液収容部としての凹みを有する平板を使用すると、より一層効率的である。
この発明の方法の実施に際しては、まずヒトまたは動物等から採取し、分離した被検菌を含有する菌液を上記平板の凹みに注入する。このとき、各凹みには被検菌の混同を防止するための記号を適宜付しておくのがよい。次いで、これらの被検菌を別に用意されている炭水化物分解試験用平板培地に、マルチポイント・イノキユレータを用いて同時に接取し、所定の条件下に培養したのち、各種の炭水化物に対する各被検菌の分解能を判定し、炭水化物分解試験の結果を集約したインデツクスに基いて各被検菌を同定する。なお、マルチポイント・イノキユレータを用いた被検菌の接種は、これを用いてMICを測定する場合と同様の手順で行われ、また、接種後の各被検菌の培養、各被検菌の炭水化物分解能の判定およびインデックスによる各被検菌の同定も従来技術による同定試験法の場合と同様に行われる。」(2頁左上欄4行?同頁右上欄8行)

(e)「発明の効果:
この発明の方法では、多種同時接種器を用いることにより、20ないし30種もの被検菌を同時に同定することができ、作業の手間や時間が省けて効率的であるばかりでなく、試験器具や試験用培地を大いに節約でき省資源の面でも極めて有効である。」(2頁右上欄9?15行)

(f)「実施例1
ラクトバチルス属に属する各種保存株ならびに鶏および豚の腸内容物または糞便から分離した野外株を用いて、9種類の糖について、従来の試験管法とこの発明の方法とを比較した。
試験方法:
糖としてサツカロース、セロビオース、マンニトール、メリビオース、サリシン、トレハロース、マルトース、ラクトースおよびガラクトースを用いて次の組成割合で試験用培地を調製した。
GAM糖分解用半流動培地^(※1) 52.5g/l
寒天 13.5g/l
ブロムクレゾールパープル 0.05g/l
糖 10.0g/l
これらの試験用培地を浅型シヤーレに15ml以上それぞれ注入し、平板とした。各平板に保存株8種、鶏分離株21種および豚分離株18種をマルチポイント・イノキユレータを用いてそれぞれ同時に接種し、37℃で3日間嫌気培養した。判定は毎日行い、変色しないものを「-」、変色がはつきり確認できないものを「±」、変色が確認できるものを「+」、変色が明瞭であるものを「++」、そして変色が非常に明瞭であるものを「+++」とした。
これらの判定結果をインデツクスと照合し、菌種を同定した。
試験結果:
試験結果を表1?3に示す。ここで同定された菌種は、従来の試験管法により同定した菌種とすべて一致した。

実施例2
スタフイロコツカス属に属する各種保存株および牛乳汁由米の野外株を用いて、10種類の糖について、市販の同定用キツト・アピスタフ^(※2)を用いた方法(A法)とこの発明の方法(P法)とを比較した。
試験方法:
使用した糖の種類が一部異なるほかは、上記の実施例1と同じ。
試験結果:
試験結果を表4に示す。ここで同定された菌種は、市販の同定用キツトを用いて同定した菌種とすべて一致した。

(注)※1:日水製薬株式会社
※2:商標、アスカ純薬株式会社販売」(2頁右上欄下から2行?7頁2行)

引用例の上記(f)によると、実施例1では、「9種類の糖について、従来の試験管法とこの発明の方法とを比較した。・・・これらの試験用培地を浅型シヤーレに15ml以上それぞれ注入し、平板とした。」とあり、実施例2では、「10種類の糖について」実施例1と同様に実施したことが記載されている。そして、前記糖は炭水化物であるから、試験用培地を注入する浅型シャーレは炭水化物の種類ごとに複数用意されているといえる。
そうすると、引用例の上記(a)、(d)、及び(f)の記載からみて、引用例には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「ヒトまたは動物等から採取し、分離した被検菌を含有する菌液をマルチポイント・イノキュレータの各白金耳に対応した位置に菌液収容部としての凹みを有する平板の凹みに注入し、次いで、これらの被検菌を別に用意されている浅型シャーレに注入し平板とした各種の炭水化物をそれぞれ含有した複数の炭水化物分解試験用平板培地に、マルチポイント・イノキュレータを用いて各平板培地ごとに同時に接種し、所定の条件下に培養したのち、各種の炭水化物に対する各被検菌の分解能を判定し、炭水化物分解試験の結果を集約したインデックスに基いて各被検菌を同定する、微生物の簡易同定試験法。」

3 対比
そこで、以下に本願補正発明と引用発明とを対比する。

(1)本願補正発明の「サンプル中に存在し得る、i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌を含む広く分岐した微生物群の中からある微生物を同定することができるシステム」について

引用発明の「ヒトまたは動物等から採取し、分離した被検菌を含有する菌液」は、「各被検菌を同定する、微生物の簡易同定試験法」における同定される対象であるから、「サンプル」といえ、「被検菌」は微生物である。また、前記試験法は所定の機器を用いて実施するものであるから、「テストシステム」ということができる。
一方、本願明細書には、「ここで使用されるサンプルは、選択的もしくは非選択的培地上で生育したコロニーから得られた微生物のサスペンジョン、もっとも好ましくは実質上純粋な培養物のサスペンジョンを含む。」(13頁6?9行)、「ユニバーサルテストパネル上でテストすべきサンプルは微生物の実質上純粋な単離物から得た微生物サスペンジョンである。実質上純粋な単離物はいくつかのよく知られた方法によって得られる。例えば一方法において、サンプルは所望の微生物群の生育を支持することができる液体、固体または半固体培地で前培養される。もっと詳しくは、サンプルは実質上純粋な微生物の単離物がそれから得られるコロニーを得るため、選択的固形または半固形培地上で前培養することができる。もし望むならば、実質上純粋な単離物は所望の微生物の数を増やすためさらに選択されることができる。」(25頁7?15行)と記載されているように、サンプルは微生物の純粋な単離物を意味している。
そうすると、本願補正発明の「サンプル中に存在し得る、i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌を含む広く分岐した微生物群の中からある微生物を同定する」ということは、サンプル中に上記7種類の菌を含む微生物群が存在することを意図するのではなく、微生物の純粋な単離物であるサンプル中に存在する微生物が、上記7種類を含む微生物群のなかのどの微生物であるかを同定することと解される。
このことは、審判請求人が平成19年11月15日に提出した意見書の「5.理由 本発明について」の「本発明は、ある微生物が多数の分岐微生物群の一つ、例えば分岐ファミリーまたは群の中の嫌気性菌、イースト、偏好性菌、ブドウ状菌、連鎖球菌および腸内細菌のどれに属するかを同定するためのユニバーサルテストシステムおよびその使用方法に関する。例えば感染症に関連して同定を必要とするサンプル中の微生物は、明細書第5頁の表Iに掲げられる少なくとも6種類のファミリーに分類し得る。・・・本発明は、1種類のテストシステムをもって、ある細菌が例えば6種類のファミリーのうちのどのファミリーに属するかを同定することを可能にする。」、平成21年6月4日に提出した審判請求書の「3.1.2 本発明の背景」の「本発明は、ある微生物が多数の広く分岐した微生物群のどれに属するかを同定することができるユニバーサルテストシステムおよび方法に関する。ここで同定することができる広く分岐した微生物群は、イースト、嫌気性細菌、偏好性細菌、腸内細菌、ブドウ球菌、連鎖球菌および腸内球菌を含んでいる。・・・勿論サンプル中には同定を必要とする他のファミリーに属する微生物も存在し得る。・・・本発明は、1種類のテストシステムで、サンプル中の微生物が上で述べた広く分岐した微生物群中のどの微生物であるかを種のレベルまで同定することを可能にする。これまでこのようなユニバーサルなテストシステムおよび方法は存在しなかった。」という主張とも一致する。

以上のことから、引用発明の「ヒトまたは動物等から採取し、分離した被検菌を含有する菌液」を用いて「各被検菌を同定する、微生物の簡易同定試験法」と、本願補正発明の「サンプル中に存在し得る、i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌を含む広く分岐した微生物群の中からある微生物を同定することができるシステム」とは、「サンプル中に存在し得る、ある微生物を同定することができるシステム」である点で共通する。

(2)本願補正発明の「あらかじめ定めた数の反応チャンバー中に配置された非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合せを含み、めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたら」すことについて

ア 「反応チャンバー」について、本願明細書には、「好ましい具体例においては、反応チャンバーはここでは“パネル”と呼ぶ単一ハウジング、すなわちマイクロタイタープレート内に配置される。パネル中の反応チャンバーの数は特定の使用に応じて変わり得る。反応チャンバーは所望により開放またはカバーされる。」(13頁16?20行)と記載されており、好ましい具体例においては、反応チャンバーはマイクロタイタープレートのような単一のハウジングに配置されることが示されている。
しかしながら、本願補正発明においては、反応チャンバーが何に配置されているかは特定されていない。
したがって、反応チャンバーがハウジング内に配置されることなく独立して配置され、多数の別々の反応チャンバーが「あらかじめ定めた数」あるものも包含されるといえる。
また、「チャンバー」とは、<http://ejje.weblio.jp/content/chamber>の“ライフサイエンス辞書”によると、「chamber チャンバー,容器,房」を意味し、同じURLの“学術用語英和対訳集”によると、「chamber 室」を意味するとされている。
以上のことから、本願補正発明の「反応チャンバー」とは、反応容器又は反応室といえる。

イ 本願補正発明の「非冗長」について、本願明細書には、「ここで使用される非冗長とは、あらかじめ定めた生化学テストの単一バッテリーは、先行技術において知られているように、各ファミリーおよび/または群のためにファミリー特異性または群特異性処方に基づかないことを意味する。むしろ本発明の各生化学テストはファミリーおよび群非依存的である。好ましくは、一つの基質は一つのパネル上で1回より多く使用されない。しかしながらある場合には、同じ基質が何回も、例えば異なる緩衝システム中に含まれることが望ましいことがある。」(19頁最下行?20頁8行)と記載されている。
また、審判請求人が平成23年4月18日に提出した回答書によると、「2.本願発明が特許法第29条第2項の規定に該当しない理由」の「2.1 本発明の構成」に、「これらのテストシステムはあらかじめ定めた数の反応チャンバー内に配置された非冗長生化学テストのあらかじめ定めたバッテリー(組合わせ)を含む。生化学テストはあらかじめ定めた技術的特徴を有し、生化学テストの組合わせは非冗長であるように、そして広く分岐した微生物の中からある微生物を同定できるように設計される。そのような生化学テストの組合わせの例が表VIに記載されている。この組合わせの例は、96ウエルマイクロプレートの各ウエルへ各自が配置された96種類の酵素または酵素群のための基質を含んでいる。」と記載され、「2.3 引用例3記載の発明」には、「同じ基質に作用する微生物の4種からなる群から特定の1種を同定しようと望む場合微生物毎に同じ生化学テストを4回繰り返すことを要する。これは非冗長生化学テストではない。しかも生化学テストは、作用物質の不存在下と存在下の両方について行わなければならないので、組合わされる生化学テストのすべてが非冗長生化学テストではない。」と記載されている。
これらの記載から、本願補正発明の「非冗長生化学テスト」とは、一つの基質が1回より多く使用されないことであって、同じ生化学テストを繰り返すものではないこと、微生物のファミリー又は群に依存しないものであることが理解できるから、「生化学テスト」の内容が、微生物のファミリー又は群に依存せず、重複していないことを意味すると解される。
なお、このことは、本願の国際特許出願明細書の原文を参酌すると、「非冗長」は、「non-redundant」とあり、<http://ejje.weblio.jp/content/redundant>の“ライフサイエンス辞書”によると、「redundant 重複性の,冗長な」とある。そうすると、「non-redundant」は、非重複性、非冗長のことを意味するといえるから、先の解釈とも相違しない。
そして、本願明細書を参酌しても、これと反するような記載はない。

本願補正発明の非冗長生化学テストの「あらかじめ定めた組合せ」について、本願明細書には、「ここで使用する“あらかじめ定めた”なる用語は、ある生化学反応がDFAまたは線状回帰のような既知の統計学的手法に従って選定されていることを意味する。・・・従って、ここで使用する“あらかじめ定めた生化学テストのバッテリー”は、適切な統計学的手法によって選定された生化学テストの群である。」(40頁1?6行)と定義されている。
また、これに関する具体例として、「本発明に従った他の好ましい具体例においては、非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合わせは、腸内細菌、非発酵細菌、・・・および偏好性細菌の少なくとも二つの中で微生物を同定することが可能である。・・・本発明のなお他の好ましい具体例においては、非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合わせは、嫌気性菌、イーストまたは偏好性細菌の少なくとも一つの中で、嫌気性菌およびイーストまたは偏好性細菌の中で、またはイーストおよび偏好性細菌の中で微生物を同定することが可能である。」(21頁18行?22頁14行)と記載されている。
これらの記載から、本願補正発明の「あらかじめ定めた組合せ」は、例えば、同定したい微生物がイーストと偏好性細菌のいずれに属するかを決定できる生化学テストの組合せであって、それが可能であると統計学的手法で選定されている組合せであるといえ、すなわち、ある微生物がどの微生物群に属するかを同定するかに応じて用いられる組合せといえる。
このことは、前記審判請求書の「3.1.4.1 引用例1」に関する主張の中で、「本発明において使用する『あらかじめ定めた』なる用語の意味は、明細書第40頁第1?6行に定義されているとおり、ある生化学反応がDFA(Discriminate Function Analysis)または線状回帰のような既知の統計学的手法に従って選定されていることを意味する。・・・つまりサンプル中の同定しようとする微生物が多数の分岐した群のどれに属するかによって生化学テストの組合せが統計学手法を用いて決定される。」と説明されていることとも一致する。

以上のことから、本願補正発明の「非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合せ」とは、ある微生物がどの微生物群に属するかを同定するかに応じて用いられる組合せの統計学的手法によって選定された生化学テストであって、各生化学テストの内容が、微生物のファミリー又は群に依存せず、重複していないことを意味すると理解できる。

ウ 本願補正発明の「めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたら」すとは、「酵素または酵素群が作用」とあるから、生化学テストは基質と酵素又は酵素群との反応を意味し、基質は反応の結果、検出可能な産物の生成をもたらすものを意味するといえる。
そして、「もしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたら」すとあるから、複数の生化学テストのうち、酵素と反応する基質を備えた反応チャンバーのみが、検出可能な産物を生成するものと解される。
そうすると、前記「酵素または酵素群」は、サンプル中の微生物に存在する酵素を意味するものといえ、これは、本願明細書の「本発明のテストシステムは一つの微生物の科または群、属および/または種に独特な酵素の存在を検出する、あらかじめ定めたテストの単一のバッテリーよりなる。」(1頁8?11行)と説明されていることとも相違しない。
よって、「めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたら」すとは、各生化学テストが、微生物に独特の酵素と反応する、又は反応しない基質を含んでおり、反応する基質の場合は反応チャンバー中に検出可能な産物が生成されることと解される。

エ 一方、引用例には、上記2(d)に、「この発明の方法において、上記マルチポイント・イノキユレータの各白金耳に対応した位置に菌液収容部としての凹みを有する平板を使用すると、より一層効率的である。この発明の方法の実施に際しては、まずヒトまたは動物等から採取し、分離した被検菌を含有する菌液を上記平板の凹みに注入する。このとき、各凹みには被検菌の混同を防止するための記号を適宜付しておくのがよい。次いで、これらの被検菌を別に用意されている炭水化物分解試験用平板培地に、マルチポイント・イノキユレータを用いて同時に接取し、所定の条件下に培養したのち、各種の炭水化物に対する各被検菌の分解能を判定し、炭水化物分解試験の結果を集約したインデツクスに基いて各被検菌を同定する。なお、マルチポイント・イノキユレータを用いた被検菌の接種は、これを用いてMICを測定する場合と同様の手順で行われ、また、接種後の各被検菌の培養、各被検菌の炭水化物分解能の判定およびインデックスによる各被検菌の同定も従来技術による同定試験法の場合と同様に行われる。」と記載されている。
このことから、引用発明においては、まず、多種類の被検菌をマルチポイント・イノキュレータの各白金耳に対応した位置に菌液収容部としての凹みを有する平板に入れておく。次いで、「これらの被検菌を別に用意されている炭水化物分解試験用平板培地に、マルチポイント・イノキユレータを用いて同時に接取し、所定の条件下に培養」するとあるから、前記凹みを有する平板とは別に、浅型シャーレに注入し平板とした炭水化物分解試験用平板培地を用意することが理解できる。
そして、浅型シャーレに注入し平板とした炭水化物分解試験用平板培地は、各種の炭水化物の数だけ複数用意されており、したがって、あらかじめ定めた数用意されているといえる。
その後、マルチポイント・イノキュレータを用いて多種類の被検菌が同時に各種の炭水化物分解試験用平板培地のそれぞれに接種されるものと解される。
また、引用発明の「浅型シャーレに注入し平板とした炭水化物分解試験用平板培地」における浅型シャーレは、「容器」であり、通例蓋がされ内部に部屋が形成されるから「室」ということができる。
そうすると、引用発明のあらかじめ定めた数用意された複数のものであるといえる「浅型シャーレに注入し平板とした炭水化物分解試験用平板培地」は、本願補正発明の「あらかじめ定めた数の反応チャンバー」に相当する。

オ 引用発明の「各種の炭水化物に対する各被検菌の分解能を判定」することは、上記2(f)の実施例1に「判定は毎日行い、変色しないものを『-』、変色がはっきり確認できないものを『±』、変色が確認できるものを『+』、変色が明瞭であるものを『++』、そして変色が非常に明瞭であるものを『+++』とした。」とあるとおり、各種の炭水化物分解試験用平板培地に用いられた各種炭水化物に対する各微生物の分解能を判定するものである。そして、炭水化物の分解は、微生物の有する酵素代謝によることは技術常識であるから、炭水化物と酵素との反応を判定に利用しているといえる。
そうすると、微生物に独特の酵素又は酵素群による炭水化物の分解能の違いを判定するものであるから、引用発明の「炭水化物分解試験」は、本願補正発明の「生化学テスト」に相当する。
また、引用発明の「炭水化物分解試験用平板培地」は、各種の炭水化物の数だけ用意されており、マルチポイント・イノキュレータを用いて多種類の被検菌が同時に各種の炭水化物分解試験用平板培地のそれぞれに接種されるものと解される。
そうしてみると、引用発明の「炭水化物分解試験用平板培地」は、接種される微生物の一種類についてみれば重複していないから、「非冗長」であるといえる。

そして、前記実施例1の試験用培地はブロムクレゾールパープルを用いており、これは酸塩基試薬として周知のものである。このことから、炭水化物が微生物に独特の酵素又は酵素群の作用により分解された場合、培地の水素イオン濃度(pH)が変化し変色が起きると理解され、その変色を検出して判定しているから、検出可能な産物が生成されているといえる。
この点は、本願明細書の基質の具体例を示す表VIに、「64.マンニトール(酸生産)」などが糖醗酵テスト用基質として例示されていることからも明らかである。
そうすると、炭水化物は酵素又は酵素群のための基質であり、酵素又は酵素群が作用すれば培地中に検出可能な産物の生成をもたらすものということができ、炭水化物分解試験用平板培地は浅型シャーレに注入し平板とされるから浅型シャーレ中に配置されているということができる。

カ 以上のことを総合すると、引用発明の「これらの被検菌を別に用意されている浅型シャーレに注入し平板とした各種の炭水化物をそれぞれ含有した複数の炭水化物分解試験用平板培地に、マルチポイント・イノキュレータを用いて各平板培地ごと同時に接種し、所定の条件下に培養したのち、各種の炭水化物に対する各被検菌の分解能を判定」することと、本願補正発明の「あらかじめ定めた数の反応チャンバー中に配置された非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合せを含み、めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたら」すこととは、「あらかじめ定めた数の反応チャンバー中に配置された非冗長生化学テストを含み、めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたら」すという点で共通する。

ここで、引用発明では、「マルチポイント・イノキュレータの各白金耳に対応した位置に菌液収容部としての凹みを有する平板の凹みに注入」する工程を有するものであるが、本願補正発明では、微生物をテストシステムにどのように適用するか特定されていない。
本願明細書の実施例1には、「接種濃度はパネル上のウエルをRENOK^(TM)ハイドレーター/イノキュレーターで接種した後0.08±0.01Artel読みに調節される。」(47頁11?14行)のように記載されており、あらかじめ調製したサンプルを接種器を用いて接種したことが理解できる。すなわち、本願補正発明でも調製したサンプルはどこかに収容し、それを何らかの接種器を用いて接種する工程を有するものといえる。
そうしてみると、引用発明の前記工程は本願補正発明に包含される。

(3)本願補正発明の「生化学テストの組合せからの検出可能な産物が確率行列を用いてサンプル中の微生物をその種へ同定することを特徴とする前記テストシステム」について

ア 本願補正発明の「確率行列」について、本願明細書には、「微生物を分類しそして同定するために使用するデーターベース(確率行列)」(7頁6?7行)と記載されている他、「確率行列は、微生物を同定するためサンプルのテストシステム(パネル)の結果がそれに対して比較されるあらかじめ定めた標準として使用される。」(15頁3?5行)と説明されている。
そして、「イーストおよび細菌の上で述べた種を使用してデータベースを構築するため、各種からの約30の単離物(?338単離物)は実施例3に開示されているような良く知られた統計学的手法によって同定された生化学テストのバッテリーでテストされる。テストの結果は次に、同定すべきすべてのファミリーのメンバーを含む単一データベースか、または各ファミリーに特異的なサブデータベースのシリーズよりなるデータベース(確率行列)にフォーマット化される。」(51頁5?12行)とも説明されている。
また、実施例3では、データを収集するためにテストを実施し、それを解析したことについて「データはMicroScan研究データ取得ソフトウエアを使用して集められ、・・・研究ソフトウエアにおいて人工蛍光単位(AFU)として集められた粗データは、次に慣用のフロッピーディスクを用いてASCIファイルフォーマットにおいて統計学的解析ソフトウエア(SAS)へ移された。」(52頁16?24行)と説明され、次いで確率行列の構築について、得られたデータを同定精度と関連づけて作成したことが説明されている。

これらの記載からみて、既知の各微生物について、統計学的手法を用いてあらかじめ定めた複数の基質の組合せで生化学テストを実行し、その結果をコンピュータソフトウエアなどを用いてデータベース化し、さらにそれを同定精度と関連づけて行列としたものを「確率行列」と表現したものと解される。

イ 他方、引用発明の「各種の炭水化物に対する各被検菌の分解能を判定し、炭水化物分解試験の結果を集約したインデックスに基いて各被検菌を同定する」ことは、上記2(f)に「これらの判定結果をインデツクスと照合し、菌種を同定した。」とあり、その結果を示す表1?3には、菌株(被検菌)を菌種まで同定したことが示されていることから、判定結果を別途既に作成してあったインデックスと照合して既知の微生物に同定することといえる。
そして、例えば表1から理解できるとおり、複数の糖に対する分解能のパターン(すなわち、生化学テストの組合せからの判定結果)に基づきそれぞれの種を同定しているから、炭水化物分解試験の結果を集約したインデックスは同定のために予め試験結果を集約して取得したデータといえる。
また、そもそも同定に用いるインデックスは、それがある程度の確からしさをもって特定の微生物を同定できるものであることは必然のことであり、統計学的に有意差のないような同定は同定とはいえないから、当然、同定に利用可能な炭水化物の組合せは、統計学的手法により裏付けられた組合せを含むものといえる。

一方、本願補正発明の「確率行列」も、「微生物を分類しそして同定するために使用するデーターベース(確率行列)」(7頁6?7行)と説明されているとおり、同定のために予め取得したデータを有するものといえる。

ウ そうしてみると、引用発明の、「各種の炭水化物に対する各被検菌の分解能を判定し、炭水化物分解試験の結果を集約したインデックスに基いて各被検菌を同定する、微生物の簡易同定試験法」と、本願補正発明の「生化学テストの組合せからの検出可能な産物が確率行列を用いてサンプル中の微生物をその種へ同定することを特徴とする前記テストシステム」とは、「生化学テストの組合せからの検出可能な産物が予め取得した同定のためのデータを用いてサンプル中の微生物をその種へ同定するテストシステム」という点で共通する。

(4)以上のことを総合すると、両者は、次の(一致点)及び(相違点1)?(相違点3)を有する。

(一致点)
「サンプル中に存在し得る、ある微生物を同定することができるシステムであって、あらかじめ定めた数の反応チャンバー中に配置された非冗長生化学テストを含み、めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたらし、そして、生化学テストの組合せからの検出可能な産物が予め取得した同定のためのデータを用いてサンプル中の微生物をその種へ同定する前記テストシステム。」

(相違点1)
「ある微生物を同定すること」が、本願補正発明では、「i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌を含む広く分岐した微生物群の中から」同定するのに対し、引用発明では各被検菌を同定する点。

(相違点2)
「非冗長生化学テスト」が、本願補正発明では、「あらかじめ定めた組合せ」を含むものであるのに対し、引用発明では各種の炭水化物を用いて行う点。

(相違点3)
「予め取得した同定のためのデータ」が、本願補正発明のでは、「確率行列」であるのに対し、引用発明では、「インデックス」である点。

4 判断
そこで、以下に上記(相違点1)?(相違点3)について検討する。

(1)(相違点1)について
本願明細書には、「本発明は、生化学テストの単一(ユニバーサル)バッテリー、すなわち微生物の広く分岐した多数の群のどれか一つに属する一つの微生物を同定するためのテストシステムに関する。」(7頁16?18行)と、ユニバーサルである意義を示した上で、続けて、「これらの広く分岐した群の一つの特定の微生物の分類はそれら特定の微生物のための生育要求に大きく基づいている。」(同18?20行)と生育要求に言及し、その生育要求のある微生物の例として、「例えば、ブトウ球菌、連鎖球菌および腸内球菌は腸内菌および非発酵菌と同様な生育要求を持っている。過去においては、微生物の分岐群はめいめいのファミリーもしくは群に対して特異的に仕立てた良く知られた処方上の生育を観察することによって検出されていた(例えば、イースト、嫌気性細菌または偏好性細菌等のための特異性培地)。微生物の広く分岐した群またはファミリーの例は(i)イーストおよび嫌気性細菌、(ii)イーストおよびStaphylococcus sp.,Streptococcus sp.,および/またはEnterococcus sp.(iii)イーストおよび腸内細菌、(iv)イースト、嫌気性細菌および偏好性細菌、(v)偏好性細菌およびイースト,および(vi)嫌気性細菌および偏好性細菌よりなる。微生物の非分岐群またはファミリーの例は、例えば(i)腸内細菌および非発酵菌、(ii)Staphylococcus sp.,およびEnterococcus sp.,および(iii)NeisseriaおよびHaemophilusよりなる。」(7頁20行?8頁10行)ものを挙げている。
そうすると、本願補正発明において同定することができる微生物の種類を「i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌」と特定したことは、生育要求により区別できる微生物を単に例示したものに過ぎず、その菌の選択にその他の特段の技術的意義はないものと解される。

微生物は、種により代謝が異なり、生育に必要な栄養分も異なることは、例示するまでもなく技術常識である。
引用例の上記2(c)に従来技術として、「炭水化物分解試験法は微生物の同定に際し繁用されている方法であり、従来は被検菌を試験管中の液体培地またはシヤーレ中の平板培地に一種類ずつ手作業により接種して行われていた。」と記載されているように、生育に必要な栄養分として有機物の代謝、特に炭水化物の代謝に着目して微生物を同定することは、従来から汎用されていたことが理解される。
また、上記2(b)に「多種類の微生物を同定する方法に関するものであり、ヒトや動物などの細菌感染症の起因菌の判定等に利用される」と記載されていることからもわかるように、引用発明においては、同定し得る微生物の種類を限定しておらず、様々な微生物に適用できるものであるから、生育要求により区別できる微生物を例示したものといえ、いずれも炭水化物を代謝する細菌が含まれることが明らかな「i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌」を単に選ぶことで、本願補正発明のように規定することは、当業者が容易になし得たことである。

(2)(相違点2)について
「非冗長生化学テスト」に関する本願補正発明の「あらかじめ定めた組合せ」は、上記「第2 3 対比 (2) イ」で検討したとおり、ある微生物がどの微生物群に属するかを同定するかに応じて用いられる組合せの統計学的手法によって選定された生化学テストであって、各生化学テストの内容が、微生物のファミリー又は群に依存せず、重複していない組合せを意味すると解される。
それに対し、引用例の上記2(f)の実施例1ではラクトバチルス属を、実施例2ではスタフィロコッカス属を同定したことが示されており、それぞれ同定する微生物に応じて異なる糖の組合せを採用したことも示されている。
そして、上記(相違点1)で検討したとおり、微生物は生育に必要な栄養分が異なることが知られており、炭水化物以外のアルコール類や有機酸類、あるいは窒素源であるタンパク質やアミノ酸などが栄養分であることも技術常識である。
さらに、上記2(b)に「ヒトや動物などの細菌感染症の起因菌の判定等に利用される」こと、上記2(e)に「作業の手間や時間が省けて効率的である」ことが記載されているように、病原菌などを迅速に同定できる微生物の簡易同定試験に対する要求があることも当業者に共通の技術課題といえる。
そうしてみると、引用発明において、「i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌」を同定する目的で、試験用の培地に用いる栄養分として、炭水化物及び必要に応じ他の栄養分をも選択肢に加えて、同定が可能となる培地を選択して組み合わせる、すなわち、本願補正発明のように微生物のファミリー又は群に依存しない「あらかじめ定めた組合せ」とすることも、当業者が容易に想到し得たことである。
そして、この組合せの中に重複するものがなく、統計学的に有意差のある同定とすることは、当業者が当然行うことであって、格別なことではない。

(3)(相違点3)について
一般的に、データをデータベース化することは、本願の優先日前から行われている慣用のデータ処理手法である。そして、データの照合をデータベースを用いて行うことも慣用されている
そうしてみると、引用発明において、同定に用いるインデックスのデータをデータベース化し、コンピュータソフトウエアなどを用いて処理すること、そして、その際に、同定の判別手法として、適宜公知の確率計算ソフトを利用し必要な条件を決定して最適化することによって、本願補正発明の確率行列を用いて同定することとすることは、当業者が容易になし得たことである。

(4)その他
上記「第2 3 対比 (2) ア」で検討したとおり、本願補正発明の「反応チャンバー」について、本願明細書には、「好ましい具体例においては、反応チャンバーはここでは“パネル”と呼ぶ単一ハウジング、すなわちマイクロタイタープレート内に配置される。パネル中の反応チャンバーの数は特定の使用に応じて変わり得る。反応チャンバーは所望により開放またはカバーされる。」(13頁16?20行)と記載されており、好ましい具体例においては、反応チャンバーはマイクロタイタープレートのような単一のハウジングに配置されることが示されている。
一方、引用発明の「浅型シャーレに注入し平板とした炭水化物分解試験用平板培地」は、別々に設けられていると解され、単一のハウジングに配置されているとはいえないため、上記本願明細書でいう好ましい具体例を意味するとすればこの点も相違しているで、念のため、以下に検討する。

上記の違いは、言い換えれば、本願補正発明は、マイクロタイタープレートのような単一のハウジングに配置されている複数の異なる基質に対し、単一の微生物を同時に適用して同定するものであるのに対し、引用発明は、単一の糖(基質)に対し、複数の微生物を同時に適用するとともに、これを異なる複数の基質に対して繰り返して行い、複数の微生物を同時に同定するものである点で相違するといえる。

しかしながら、引用例には、上記2(c)に、「炭水化物分解試験法は、種々の炭水化物についての微生物の分解能を検査することにより微生物を同定する方法であるため、多種類の微生物を従来技術により同定する場合には、同定すべき微生物の種類の数に炭水化物の種類の数を乗じた数の試験が必要であり、非常に煩雑であるばかりでなく、多数の試験器具や多量の試験用培地を必要とし、特に使い捨ての試験器具が広く用いられている今日では極めて不経済でもあつた。」ことから、「この発明の方法は、同一の試験用培地に多数の被検微生物を同時に接種し、これら微生物の炭水化物分解能を同時に判定することにより行われる。」という課題解決手段を採用したものである。
また、その効果として、上記2(e)に「この発明の方法では、多種同時接種器を用いることにより、20ないし30種もの被検菌を同時に同定することができ、作業の手間や時間が省けて効率的であるばかりでなく、試験器具や試験用培地を大いに節約でき省資源の面でも極めて有効である。」とも記載されている。
このように、微生物を同定しようとする当業者にとって、多数の試験を繰り返し行うことや、作業の手間や時間がかかるという課題を解決したいという技術課題が既に存在していたものである。
また、マイクロタイタープレートのような複数の培地を同時に準備し同定を行う手段は、多量の試料、試薬、培養等を必要とする場合や、その合理化、簡素化、検査時間の短縮等に有用な手段として、下記文献A及びBに従来技術として紹介されるように既に知られていた。

文献A:特開昭57-206398号公報
「近年、これらの生化学的性状を検査するに当り、区割した複数の小室を有する容器中の、各々の小室に前記の試験用培地を、それぞれ乾燥して収納した、一つの反応容器中に多項目の試験用培地をセット化したものが使用されている。これは、それぞれの試験用培地に純粋培養した菌懸濁液(被検菌)を接種し、培養後、呈する色調変化により同時に多項目の生化学的性状を検知し、被検菌の同定を行うもので、検査場所の合理化、検査後の廃棄処理の簡素化あるいは検査時間の短縮等に有用な方法である。」(2頁右上欄13行?同頁左下欄6行)
文献B:特開平8-166379号公報
「【0002】
【従来の技術】化学的試料を何等かの試薬と反応させる工程を含む化学的試験や、試料中で微生物を培養する工程を含む微生物学的試験などにおいて、特に多数の試料の処理、多数の試薬との反応あるいは多数の系における培養等を必要とする試験では、通常、反応あるいは培養容器として複数のウェルを設けたプラスチック製マイクロプレートが使用されている。
【0003】このようなマイクロプレートを使用する試験においては、プレート上の各ウェルのそれぞれにおいて個別の反応、微生物の培養等を行うものである。例えばマイクロプレートを使用する微量液体希釈法によるMIC測定においては複数のウェルに種々の濃度の抗菌薬を入れ、それぞれのウェルでの対象菌の生育を観察し最小発育阻止濃度を判定する。
【0004】このような試験に使用する試験用具として、例えば予め所定量の抗菌薬をマイクロプレートの各ウェルに分注し、乾燥したもの及びそのまま凍結保存したものが商品化されている。」

そうしてみると、引用発明において、単一の糖(基質)に対し、複数の微生物を適用するとともに、これを異なる複数の基質に対して繰り返し、複数の微生物を同時に同定するか、マイクロタイタープレートのような複数の基質を一体化したものに対し、単一の微生物を適用するとともに、異なる微生物は異なるマイクロタイタープレートで同様な操作を行うことにするかは、マイクロタイタープレートのような機器を用いることが、多数の試料や培地に用いられ、処理の合理化、簡素化、及び時間の短縮に有用であることが知られていたことから、当業者が適宜変更し得たことであり、格別なこととはいえない。

(5)本願補正発明の効果について
本願明細書には、本願補正発明の効果に関する記載として「従って、生化学テストの単一のバッテリーを使用することにより、そのため各テストバッテリーまたは組み合わせが微生物の特定の群もしくはファミリーに対し仕立てられている多数のテストバッテリーまたは商業的テストキットの使用を避けることによるような、微生物の多数の分岐群の任意の数のうちの一つへ属する微生物を分類しおよび/または同定するユニバーサルシステムを持つことが望ましいであろう。 本発明の概要 本発明は、各自普遍的処方を有する、生化学テストの単一のバッテリーを使用する、微生物の広く分岐した群の任意の一つへ属する微生物を同定する能力を始めて創出する。この万能なフォーマットは、15分程の短いインキュベーション時間、または8時間(1回作業出番)までに同定結果を提供する万能生化学システムを提供する。このテストは性質がクロモゲン/測色法、またはフルオロゲン/蛍光分析でよく、そして内眼的にまたは自動的に読み取ることができる。微生物を分類しそして同定するために使用するデーターベース(確率行列)は、同定すべきすべてのファミリーのメンバーを含む単一のデーターベースが、または各ファミリーに特異的なサブデーターベースのシリーズからなる。この確率行列は、以後時折りあらかじめ定めた標準と呼ばれる。ユーザーへこのシステムの一つの利益は、彼等は彼等の微生物同定需要の大部分のために、単一のテスト方法をどのように使用するかを学ぶことのみを要することである。第2に、ユーザーは彼等の微生物同定需要の大部分のために、多数の製品の在庫を管理するのではなく、一つの診断テストを注文しそして在庫することを要するのみである。」(6頁16行?7頁15行)と記載されている。

この点について、本願補正発明は、検出可能な産物がクロモゲン/測色法やフルオロゲン/蛍光分析法の検出対象であることに特定されているものではないから、本願補正発明の発明特定事項から直接奏される効果とはいえない。
また、測色法や蛍光分析法を微生物の同定に利用することは、特開平4-222596号公報(拒絶理由で使用した引用文献3)の請求項1に「その際基質は蛍光原基質および色原基質よりなる群から選ばれ」とあるように、本願の優先日前から知られていたことであり、同公報に「【0023】さらに本発明の目的は、極めて迅速かつ正確な同定システムを提供するために、微生物の酵素活性に作用する特性をもつ化合物を有利に利用することである。」とあるように、検出時間の短縮は、蛍光原基質を用いることで達成される効果であって、予測し得ないことともいえない。

さらに、上記「第2 4 (1)(相違点1)について」で検討したように、引用発明において「i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌」を同定することができるように構成することは、当業者が容易になし得たことであり、その結果、ユニバーサルテストシステムとすれば、それに伴う効果が得られることも予測し得たことである。
また、審判請求人の前記意見書にも、「もし同定しようとする微生物が6種類のファミリーのうち二つのファミリーのいずれかであることが推定される場合には、96種類の基質にすべてについてテストする必要はなく、その一部についてテストすれば良い。」と記載されているように、多数の製品の在庫を管理するか、無駄になる部分を多く有する可能性のある一つの製品を管理するかは、当業者が適宜検討して決定し得ることであって、単一のユニバーサルテストシステムとしたことに伴い、単一の操作手順を理解すればよく、多数の製品の在庫管理が不要となる効果を奏することも予測し得たことといえる。

したがって、本願補正発明は、引用例に記載された発明及び周知の事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

5 むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に違反するものであり、同法159条1項で準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成21年6月4日の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?26に係る発明は、平成19年11月15日の手続補正より補正された特許請求の範囲の請求項1?26に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、その請求項1に係る発明は以下のとおりのものである(以下、「本願発明」という。)。
「1.サンプル中に存在し得る広く分岐した微生物の少なくとも二つの群の中からある微生物を同定することができる、サンプル中の微生物を同定するためのシステムであって、
あらかじめ定めた数の反応チャンバー中に配置された非冗長生化学テストのあらかじめ定めた組合わせを含み、めいめいの生化学テストはある酵素または酵素群のための基質を含み、該基質はもしその酵素または酵素群が作用すれば反応チャンバー中に検出可能な産物の生成をもたらし、そして
生化学テストの組合わせからの検出可能な産物がサンプル中の微生物を同定するために使用される
ことを特徴とする前記テストシステム。」

2 引用例の記載事項及び引用例記載の発明
原査定の拒絶の理由に引用された引用例の記載事項及び引用例記載の発明は、前記「第2 2 引用例の記載事項及び引用例記載の発明」に記載したとおりである。

3 対比・判断
本願発明は、前記「第2 3 対比」で検討した本願補正発明に対し、「i)イースト、ii)嫌気性細菌、iii)ブドウ球菌、iv)連鎖球菌、v)腸内球菌、vi)腸内細菌およびvii)偏好性細菌を含む広く分岐した微生物群」を「広く分岐した微生物の少なくとも二つの群」に広げ、また、「システム」を「サンプル中の微生物を同定するためのシステム」とするとともに、「生化学テストの組合せからの検出可能な産物が確率行列を用いてサンプル中の微生物をその種へ同定することを特徴とする前記テストシステム」を「生化学テストの組合わせからの検出可能な産物がサンプル中の微生物を同定するために使用されることを特徴とする前記テストシステム」と広げたものである。
そうすると、本願発明の構成要件をすべて含み、そのうちの構成要件をさらに限定したものに相当する本願補正発明が、前記「第2 4 判断」に記載したとおり、引用例に記載された発明及び周知の事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により、引用例に記載された発明及び周知の事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例に記載された発明及び周知の事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-02-13 
結審通知日 2012-02-21 
審決日 2012-03-05 
出願番号 特願平10-542780
審決分類 P 1 8・ 575- Z (C12Q)
P 1 8・ 121- Z (C12Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福間 信子  
特許庁審判長 秋月 美紀子
特許庁審判官 郡山 順
関 美祝
発明の名称 多数の微生物ファミリーを同定するためのユニバーサルテストシステムおよびその使用  
代理人 赤岡 迪夫  

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