• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A63B
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A63B
審判 全部無効 特174条1項  A63B
審判 全部無効 2項進歩性  A63B
管理番号 1273584
審判番号 無効2012-800078  
総通号数 162 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-06-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-05-18 
確定日 2013-05-09 
事件の表示 上記当事者間の特許第3986736号発明「野球用バット」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3986736号は、平成12年8月4日に出願され、平成19年7月20日に設定登録がなされたものである。
そして、本件無効審判請求に係る手続の経緯は、以下のとおりである。
平成24年5月18日 無効審判請求、尋問事項書、検証物提出書提出
平成24年8月20日 答弁書提出
平成24年10月16日 上申書提出(請求人)
平成24年10月18日 口頭審尋
平成24年11月21日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
平成24年11月22日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
平成24年12月14日 上申書、指示説明書提出(請求人)
平成25年1月4日 弁駁書提出(請求人)
平成25年1月10日 上申書提出(請求人)
平成25年1月18日 口頭審理陳述要領書(2)、尋問事項書提出(被請求人)
平成25年1月22日 上申書提出(請求人)
平成25年1月29日 口頭審理陳述要領書提出(3)(被請求人)
平成25年1月29日及び30日 口頭審理及び証拠調べ
平成25年2月13日 上申書提出(請求人)

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次のとおりのものである(以下、それぞれ「本件特許発明1」、「本件特許発明2」、「本件特許発明3」という。また、これらを総称して「本件特許発明」という。)。
「【請求項1】
打球部、テーパー部およびグリップ部を備える野球用バットであって、
前記グリップ部における一次モーメントの値が300g・m以上370g・m以下であり、
前記グリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値が1.9kg・cm・s^(2)以上2.18kg・cm・s^(2)以下であり、
総質量が900g以上1100g以下であり、
前記野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントが550kg・cm^(2)以上750kg・cm^(2)以下であり、
前記打球部から前記グリップ部までの側壁を構成する外殻部材を備え、
前記打球部における外殻部材の厚みは、前記テーパー部における前記外殻部材の厚みより厚く、
前記グリップ部における前記外殻部材の厚みは、前記打球部における前記外殻部材の厚みより厚い、野球用バット。
【請求項2】
前記グリップ部における一次モーメントの値が300g・m以上350g・m以下であり、
前記グリップ部慣性モーメント評価値が1.9kg・cm・s^(2)以上2.08kg・cm・s^(2)以下である、請求項1に記載の野球用バット。
【請求項3】
前記グリップ部における前記外殻部材の最大断面積は、前記野球用バットにおける前記外殻部材の最小断面積を超え、かつ前記最小断面積の150%以下である、請求項1または2に記載の野球用バット。」

第3 請求人の主張及び証拠方法
請求人は、「特許第3986736号発明の請求項1ないし3に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、無効理由の概要は以下の1ないし6のとおりであって、本件特許は無効とすべきである旨主張している。
1.本件特許発明1は、検甲第1号証のものに、周知の技術を前提に、甲第4号証に記載の発明及び周知の事実を適用した程度のもの、または周知の事実及び公然実施の事実を適用した程度のものであるから、本件特許発明1の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。(以下「無効理由1」という。)
2.本件特許発明2は、検甲第1号証のものに、周知の技術を前提に、甲第4号証に記載の発明及び周知の事実を適用した程度のもの、または周知の事実及び公然実施の事実を適用した程度のものであるから、本件特許発明2の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。(以下「無効理由2」という。)
3.本件特許発明3は、検甲第1号証のものに、公然実施の事実を適用すると共に、周知の技術を前提に、甲第4号証に記載の発明及び周知の事実を適用した程度のもの、または周知の事実及び公然実施の事実を適用した程度のものであるから、本件特許発明3の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。(以下「無効理由3」という。)
4.本件特許の請求項1の「前記打球部における外殻部材の厚みは、前記テーパー部における前記外殻部材の厚みより厚く」との補正は、本件特許の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、また、上記請求項1を引用する本件特許の請求項2及び上記請求項1または2を引用する本件特許の請求項3についても同様のことがいえる。
したがって,本件特許発明の特許は特許法第17条の2第3項の規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。(以下「無効理由(4)」という。)
5.本件特許明細書の発明の詳細な説明には、各種モーメント値と各部の厚み又は断面積との関係について、具体的説明がない。
また、数値限定の発明であるにもかかわらず、野球用バットの総質量、各種モーメント値の下限値及び上限値の設定についての定量的な事項が説明されていないため、当該数値限定の値の規定と本件特許発明の課題との実質的な関係が正確に理解できない。
また、その数値限定による効果の具体的内容もきわめて漠然と説明されているに過ぎない。
したがって、本件特許発明の技術上の意義を正確に理解することができないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、本件特許発明の特許は特許法第36条第4項の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。(以下「無効理由5」という。)
6.本件特許の請求項1ないし3の記載は、各種モーメント値と各部の厚み又は断面積の比との関係が明確でない。
したがって、本件特許の請求項1ないし3の記載は、本件特許発明を明確に記載したものとはいえず、本件特許発明の特許は特許法第36条第6項第2号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。(以下「無効理由6」という。)

また、上記無効理由を立証するための証拠方法は、以下のとおりである。
(証拠方法)
[書証]
甲第1号証の1:検甲第1号証の野球用バットを撮影した写真
甲第1号証の2の1:検甲第1号証の野球用バットの慣性モーメントを平成23年12月22日にゼットクリエイト株式会社の社員時枝健一が測定した結果を示す実験成績書
甲第1号証の2の2:検甲第1号証の野球用バットの重量と重心位置を平成23年11月5日乃至6日に藤井金属化工株式会社の代表者藤井宏康が測定した結果を示す実験成績書
甲第1号証の3の1:佐々木株式会社(1987年4月1日株式会社エスエスケイに改称)が発行した1979年版のカタログの一部
甲第1号証の3の2:佐々木株式会社(1987年4月1日株式会社エスエスケイに改称)が発行した1980年版のカタログの一部
甲第1号証の3の3:佐々木株式会社(1987年4月1日株式会社エスエスケイに改称)が発行した1981年版のカタログの一部
甲第1号証の4:1979年4月7日に検甲第1号証の野球用バットにサインをした当時和歌山県立箕島高校の野球選手であった北野敏史が、大阪法務局の公証人役場で平成24年2月14日に宣誓した宣誓供述書
甲第1号証の5:第51回選抜高等学校野球大会(1979年)決勝戦で、北野選手がサイクル安打を達成して和歌山県立箕島高校が優勝した記事が掲載された1979年4月8日付け朝日新聞の情報
甲第1号証の6:第51回選抜高等学校野球大会(1979年)決勝戦で、北野選手がサイクル安打を達成して和歌山県立箕島高校が優勝したことを示す情報サイトの画像コピー
甲第1号証の7:日本高等学校野球連盟が高校野球用具の使用制限について発令した通達
甲第1号証の8:請求人代表者藤井宏康が野球用バットの製造に関与することで得た経験についての陳述書
甲第2号証:特開平6-182010号公報
甲第3号証:特開平10-248978号公報
甲第4号証:特開昭51-129328号公報
甲第5号証:実願平5-31581号(実開平6-83056号)のCD-ROM
甲第6号証の1:1997年7月11日に藤井金属化工株式会社が財団法人日本高等学校野球連盟に提出した硬式野球用金属バットの申請書において、品番CS-9840と品番WF-9840の野球用バットの打球部、テーパー部、グリップ部の外径及び肉厚を測定したデータ
甲第6号証の2:甲第6号証の1に記載したデータから計算した断面積のデータ
甲第6号証の3の1:株式会社エスエスケイが発行した1997年版の野球用バットのカタログの一部
甲第6号証の3の2:株式会社エスエスケイが発行した1998年版の野球用バットのカタログの一部
甲第6号証の3の3:株式会社エスエスケイが発行した1999年版の野球用バットのカタログの一部
甲第6号証の3の4:株式会社エスエスケイが発行した2000年版の野球用バットのカタログの一部
(以上、審判請求書に添付して提出された。)
甲第7号証:特開昭48-166号公報
(以上、平成24年12月14日付け上申書に添付して提出された。)
なお、被請求人は、甲第1の1ないし7号証の成立を認めている。

[検証]
検甲第1号証:金属バット
[人証]
証人 北野 敏史
証人 長島 純一郎
証人 中西 周三
証人 佐藤 一孝
証人 藤井 宏康

第4 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、上記請求人の主張に対し、本件特許を無効とすべき理由はない旨の主張をしている。

また、上記無効理由に反論するための証拠方法は、以下のとおりである。
(証拠方法)
[書証]
乙第1号証:通知書
乙第2号証:通知書(乙第1号証)と同時発送の測定データ
(以上、答弁書に添付して提出された。)
なお、請求人は、乙第1及び2号証の成立を認めている。

第5 検甲1号証について
検甲1号証について、検証の結果、明らかになった事項は、以下のとおりである。
1.バットの打球部に,ローマ字で「ALLPOINT」と太文字で記載されている。
2.「ALL」の文字の下方に間隔を隔ててローマ字で「SSK」と記載されている。
3.「SSK」の文字の下方に縦書きで「和歌山県立箕島高校 北野敏史」と記載されている。
4.「北野敏史」の文字の下方に「1979.4.7」の数字が記載されている。
5.「7902」の数字が記載されている。
6.バットに「YB-HA」の記載や刻印はない。

第6 主な各甲号証に記載されている事項
1.甲第1号証の2の1
検甲第1号証の野球用バットのグリップ部の慣性モーメントを測定した結果、その値が、2060kg・cm^(2)であったこと、またこれらの値、及び甲第1号証の2の2に記載されている検甲第1号証の野球用バットの重量と重心位置の測定値を基に計算することにより、グリップ部における一次モーメントの値、グリップ部慣性モーメント評価値、及び重心まわり慣性モーメントが、それぞれ368.8g・m、2.101kg・cm・s^(2)、及び607kg・cm^(2)であったことが記載されている。
2.甲第1号証の2の2
検甲第1号証の野球用バットの重量と重心位置を測定した結果、それぞれの値が、936g、504mmであったことが記載されている。
3.甲第2号証
「本発明のFRP製バットでは、グリップエンドから略30cmまでの位置に相当するグリップ部のFRP層の肉厚を打球部からシャフト部に連なる部分の肉厚よりも厚く形成することにより、グリップ部の曲げ剛性を、略10×105Kg/cm^(2)以上になるように設定するものである。」(段落【0006】)
「前記FRP製バット1において、グリップエンド2から略30cmまでの位置に相当するグリップ部3のFRP層6の肉厚をシャフト部4から打球部5に連なる部分の肉厚よりも厚く形成したことを特徴とするFRP製バットである。」(段落【0010】)
4.甲第3号証
「バット1の打球部3において、バット先端部2から50?200mmの部位3aの平均肉厚が、該部位3aの前後の部位3b、3c(バット先端部2から0?50mmの部位、乃至は200?300mmの部位)の平均肉厚よりも厚いことを特徴とするバット1である。」(段落【0020】)
「打球部3であるバット先端部2から125?175mmの部位の平均肉厚が他の打球部(バット先端部2から0?125mmの部位、乃至はバット先端部2から175?300mmの部位)の平均肉厚よりも厚いので、強度を損なうこともなく、また打球部3の中心に質量が集中することからボールとの衝突に際し、硬式野球用バットの有効質量が増大し、反発特性が一層高くなるものである。」(段落【0021】)
5.甲第4号証
「金属パイプ製の野球用バットにおいては、打球部(大径部である)が厚くなり、グリップ部(小径部である)が薄いことが望ましい構成とされるのに対して、このスウェージングの技術によればそれが全く反対の、打球部が薄くグリップ部が厚くなる傾向が避けられないことがこの技術の欠点としてあげられるし、」(第1頁右下欄第13?19行)
「この発明の金属バットおよびその製法は従来のスウェージング加工による金属バットの欠点を改良して金属バットの成形を素管の材質を劣化させることを防止しながら、外形、厚さ、グリップエンドを自由に成形させたもので、今後飛躍的に需要が増大される金属製野球バットの性能向上と、安全性に大きな貢献をなす有用な発明である。」(第2頁左下欄第14?20行)
6.甲第5号証
「従来の金属製バットは、アルミパイプをスエージング加工により細くしぼり込みバットの形状に成形していた。しかし、真っ直なパイプをバットの形状にすると、グリップ側の寸法変形量が大きい個所は極端に肉厚が厚くなり、また、このような変形により、テーパー部とグリップ部にクラックや皺が発生したり、打球部より肉厚が厚くなるという傾向があった。」(段落【0002】)
「また、テーパー部とグリップ部が打球部より肉厚が厚くなるという欠点を解消し、テーパー部とグリップ部の肉厚を打球部と同等にするため、段付抽伸加工により、予め外径が段階的に細くした段付き管を製作し、ついでスエージング加工を行う場合もあった。」(段落【0003】)
「本考案の金属製バットは、テーパー部とグリップ部の肉厚が打球部と同等な均一なものからなり、またテーパー部とグリップ部を含む全断面が長手方向に整然と配列された金属組織からなることにより、強度が上った。また強度の上ることにより、軽くて強い金属製バットとなった。」(段落【0020】)
7.甲第6号証の2
品番CS-9840-95の野球用バットの打球部、及びテーパー部の肉厚を測定した結果、それぞれ3.13?3.20mm、2.03?3.04mmの範囲であったこと、またこれらの値、及び外径の測定値を基に計算することにより、グリップ部の断面積、前記野球用バットの最小断面積が、それぞれ139.7mm^(2)、138.5mm^(2)であったことが記載されている。
品番WF9840-39の野球用バットの打球部、テーパー部の肉厚、及び外径の測定値を基に計算することにより、グリップ部の断面積、前記野球用バットの最小断面積が、それぞれ138.5mm^(2)、137.9mm^(2)であったことが記載されている。
8.甲第7号証
「従来金属バットを製造するには、均一肉厚の材料金属パイプをスウェーヂング加工してバット形状に成形しているので、小径側(握り部側)の肉厚が大きくなるのみならず、この肉厚を薄くする為にドリルで孔を大きくした場合にはバットの小径部と大径部の肉厚が不連続かつ不均等になり、折損の原因となったのである。
然るにこの発明は、予め製品の厚さを考慮して材料金属パイプの肉厚をスピーニング加工によって調整し、然る後スウェーヂングマシンで成形することにより必要部分(大径部)は厚く、不必要部分は比較的薄くすると共に、肉厚の変化に拘らず内壁に連続性を保有させ、折損又は変形の原因のない金属バットの製造に成功したのである。」(第1頁左下欄第11行?右下欄第5行)
「硬球用バットはその性質上打撃部(大径部)の肉厚を大きくする必要があり、そのまま肉厚を厚くして手許側(小径部)へ連続して肉厚を変化させることが望ましいのである。」(第1頁右下欄第18行?第2頁左上欄第1行)
「先ずスピーニング加工によって金属パイプを前処理し、然る後にスウェーヂング加工してバット形状に絞ったので、大径部を所望の肉厚にし得ると共に、小径部の肉厚を比較的薄くし得る効果がある。」(第2頁左上欄第12?16行)

第7 当審の判断
1.検甲第1号証について
(1)公知性・公用性について
上記第5の3、及び4の検証の結果、並びに証人北野敏史の証言によれば、検甲第1号証は、証人北野敏史が和歌山県立箕島高校の野球部に在籍していた1979年4月7日に行われた第51回選抜高等学校野球の決勝戦で使用した野球用バットであるとの事実が認められる。
したがって、検甲第1号証の野球用バットは、1979年4月7日に証人北野敏史により使用されていたから、本件特許出願前に公然知られた状態であったものと認められる。

(2)構造について
請求人代表者藤井宏康の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第1号証の2の1、及び甲第1号証の2の2によれば、検甲第1号証の野球用バットの慣性モーメント、重量、及び重心位置が、それぞれ2060kg・cm^(2)、936g、及び504mmであり、またこれらの値を基に計算することにより、グリップ部における一次モーメントの値、グリップ部慣性モーメント評価値、及び重心まわり慣性モーメントが、それぞれ368.8g・m、2.101kg・cm・s^(2)、及び607kg・cm^(2)であるとの事実が認められる。
また、検甲第1号証が、打球部、テーパー部およびグリップ部を備えて、前記打球部から前記グリップ部までの側壁を構成する外殻部材を備えている野球用バットであることは明らかである。
したがって、検甲第1号証は、以下のとおりのものと認められる。
「打球部、テーパー部およびグリップ部を備える野球用バットであって、
前記グリップ部における一次モーメントの値が368.8g・mであり、
前記グリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値が2.101kg・cm・s^(2)であり、
総質量が936gであり、
前記野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントが607kg・cm^(2)であり、
前記打球部から前記グリップ部までの側壁を構成する外殻部材を備えている、
野球用バット。」(以下検討の便宜上「検甲第1号証発明」という。)

2.無効理由1について
(1)対比
本件特許発明1と検甲第1号証発明とを対比すると、両者は、
「打球部、テーパー部およびグリップ部を備える野球用バットであって、
前記グリップ部における一次モーメントの値が368.8g・mであり、
前記グリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値が2.101kg・cm・s^(2)であり、
総質量が936gであり、
前記野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントが607kg・cm^(2)であり、
前記打球部から前記グリップ部までの側壁を構成する外殻部材を備えている、
野球用バット。」
の点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本件特許発明1は、「打球部における外殻部材の厚みは、テーパー部における前記外殻部材の厚みより厚」いのに対し、検甲第1号証発明は、この点につき明らかでない点。
[相違点2]
本件特許発明1は、「グリップ部における外殻部材の厚みは、打球部における前記外殻部材の厚みより厚い」のに対し、検甲第1号証発明は、この点につき明らかでない点。

(2)判断
検甲第1号証発明は、野球用バットという物であって、グリップ部における一次モーメントの値、グリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値、総質量及び野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントを測定、計算すると、上記相違点1ないし2のとおり、グリップ部における一次モーメントの値として368.8g・m、前記グリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値として2.101kg・cm・s^(2)、総質量として936g、及び前記野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントとして607kg・cm^(2)という値(以下「各測定値」という。)を備えるものであるが、上記1(2)のとおり、検甲第1号証の測定、及び計算の結果、それぞれの値が本件特許発明1に包含される値であることが判明したものである。
そして、甲第1号証の1ないし甲第7号証をみても、検甲第1号証発明の上記各測定値を備えつつ、上記相違点1、及び2に係る本件特許発明1の発明特定事項を導き出す根拠を見いだすことできない。
したがって、検甲第1号証発明において、上記相違点1、及び2に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えるものとすることについて、当業者が容易に想到し得るものではない。
さらに、野球用バットという「物」そのものである検甲第1号証発明からは、直ちに上記各測定値を把握することはできないから、各測定値が技術的意義を持つものと理解することはできず、また検甲第1号証発明の課題や各測定値の技術意義を立証する証拠も存在しないから、検甲第1号証発明において、例えば、本件特許発明1の「振りやすく、十分な打球の飛距離を得る」といった課題を把握することはできず、相違点1、及び2に係る本件特許発明1の発明特定事項を適用しようとしても、検甲第1号証発明を起点として当業者が容易に想到することはできないものであり、またこれを適用する動機付けをすることはできないものであって、検甲第1号証発明を起点として、本件特許発明1に至るということはないともいえる。

(3)小括
よって、検甲第1号証発明において、上記相違点1、及び2に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えるものとすることが、当業者にとって容易に想到し得るものではないから、本件特許発明1についての特許は、無効理由1により無効とすることはできない。

3.無効理由2、及び3について
(1)本件特許発明2、及び3について検討すると、本件特許発明2、及び3は、本件特許発明1を引用するものであって、上記2のとおり、本件特許発明1が、当業者にとって容易に発明することができたものとはいえないのであるから、同様に本件特許発明2、及び3は、当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(2)小括
よって、本件特許発明2、及び3についての特許は、無効理由2、及び3により無効とすることはできない。

4.無効理由4について
(1)本件特許の願書に最初に添付した明細書には、「バット1は打球部からグリップ部までの側壁を構成する外殻部材としてのバット本体10を備える。」(段落【0078】)、「バット1では、図11に示した打球部におけるバット本体10の断面積はテーパー部におけるバット本体10の断面積より大きくなっている。」(段落【0080】)と記載されているように、打球部の断面積はテーパー部の断面積より大きいことが示されている。また、本件特許の願書に最初に添付した図2、及び10をみると、打球部とテーパー部とは、連続的に形成され、その境界において、両者の口径に大きな差はないことが理解できる。してみると、打球部とテーパー部との口径にほぼ差がない境界部位においても、打球部の断面積はテーパー部の断面積より大きいのであるから、グリップ部における外殻部材の厚みは、打球部における外殻部材の厚みより厚いことは明らかである。しかも、本件特許の願書に最初に添付した図10ないし12には、野球用バットの打球部における外殻部材の厚みが、テーパー部における外殻部材の厚みより厚くなっているものが示されている。
したがって、これらの記載事項、及び図示内容によれば、本件特許の願書に最初に添付した明細書、及び図面において、「打球部における外殻部材の厚みは、テーパー部における外殻部材の厚みより厚い」という事項は当業者にとって自明の事項である。
よって、本件特許の請求項1の「前記打球部における外殻部材の厚みは、前記テーパー部における前記外殻部材の厚みより厚く」との補正は、本件特許の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の補正であるから、新規事項の追加に該当しない。

(2)小括
以上のとおり、本件特許の請求項1に係る「前記打球部における外殻部材の厚みは、前記テーパー部における前記外殻部材の厚みより厚く」との補正は、新規事項の追加に該当しないから、無効理由4により本件特許を無効とすることはできない。

5.無効理由5について
(1)本件特許発明の技術的意義
ア.本件特許明細書には、以下の記載がある。
「また、総質量が900g以上というような比較的重いバットにおいては、特に上記のようなバットが振り難くなるという問題が顕著であった。」(段落【0008】)
「さらに、従来のバットでは、後述する重心まわりの慣性モーメントの値が小さいため、打球時にバットのぶれが発生するので、バットにおけるスイートエリア(ボールへエネルギーを有効に伝達することが可能なバットの打球領域)の広さがきわめて狭くなっていた。このようにスイートエリアが狭いバットでは、打球位置が少しでもずれるとボールの飛距離が伸びないという事態が発生する。」(段落【0009】)
「この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の目的は、振りやすく、十分な打球の飛距離を得ることが可能な野球用バットを提供することである。」(段落【0010】)
「【課題を解決するための手段】この発明の1の局面における野球用バットは、打球部、テーパー部およびグリップ部を備える野球用バットであって、グリップ部における一次モーメントの値が300g・m以上370g・m以下である。グリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値が1.9kg・cm・s2以上2.18kg・cm・s2以下である。総質量が900g以上1100g以下である。また、上記野球用バットでは、野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントが550kg・cm2以上750kg・cm2以下である。上記野球用バットは、打球部からグリップ部までの側壁を構成する外殻部材を備える。打球部における外殻部材の厚みは、テーパー部における外殻部材の厚みより厚く、グリップ部における外殻部材の厚みは、打球部における外殻部材の厚みより厚い。」(段落【0011】)
「発明者らは、以下説明するグリップ部の一次モーメント、グリップ部慣性モーメント評価値および重心まわり慣性モーメントというバットの特性が、バットの振りやすさおよびスイートエリアの広さと相関関係があるという知見に基づき、研究の結果本発明を完成するに至った。すなわち、一次モーメントとグリップ部慣性モーメント評価値とを小さくすることで、バットを振りやすくできると同時に、重心まわり慣性モーメントを大きくすることで、打球時のバットの重心まわりのぶれを低減することによりスイートエリアを大きくできることを発明者らは見出した。」(段落【0012】)
「なお、一次モーメントを低減するためには、バットの打球部の厚さを薄くして打球部の質量を低減する必要がある。そのため、一次モーメントが300g・mを下回る場合、バットの打球部の厚さが必要以上に薄くなるため、バットに十分な強度を持たせることが困難になる。」(段落【0017】)
「また、グリップ部慣性モーメント評価値が1.9kg・cm・s^(2)を下回る場合、900g以上という比較的重いバットにおいては、現状のバットの材質・形状から、打球部の肉厚を必要以上に薄くする事になるため、バットに十分な強度を持たせることが難しい。」(段落【0019】)
「また、バットの総質量を900g以上としたのは、以下のような理由による。すなわち、総質量が900g以上というような比較的重たいバットにおいては、従来上述のような一次モーメントおよびグリップ部慣性モーメント評価値の値を示すバットが無く、振り難いものしか存在していなかった。そのため、このような比較的重たいバットについてその振り難さを解消するという本発明が特に効果的だからである。」(段落【0021】)
「また、バットの総質量を1100g以下としたのは、上記のような一次モーメントおよびグリップ部慣性モーメント評価値の値の範囲を実現するためには、現状のバットの材質および形状から、実質的に実現可能なバットの質量の上限値が1100gだからである。」(段落【0022】)
「上記数式2に示すように、外力Nを一定とすると、重心まわり慣性モーメントI_(COM)が大きくなるほど角加速度ωが小さくなるので、バットなどの剛体15の回転が抑制されることになる。従って、バットの重心まわり慣性モーメントが上記のように550kg・cm^(2)以上であれば、打球時のバットの重心回りでの回転運動を確実に押さえることができるとともに、打球時にバットがボールに押し戻されることを防止できる。この結果、十分な広さのスイートエリアを備えるバットを得ることができる。」(段落【0026】)
「また、重心まわり慣性モーメントの上限値を750kg・cm^(2)としたのは、現状のバットの材質・形状から、実質的に実現可能な重心まわり慣性モーメントの値が750kg・cm^(2)と考えられるからである。」(段落【0027】)
「なお、グリップ部における一次モーメントの値が370g・mを超えると、もしくはグリップ部慣性モーメント評価値が2.18kg・cm・s^(2)を超えると、バットの打球部などの先端部が重くなりすぎるので、一般的なアマチュアの選手が十分なスイングスピードを確保できなくなる。そのため、ホームランとなるのに十分なボールの飛距離を確保する事が難しくなる。」(段落【0030】)
「上記1の局面における野球用バットでは、グリップ部における外殻部材の最大断面積は、野球用バットにおける外殻部材の最小断面積を超え、かつ外殻部材の最小断面積の150%以下であってもよい。」(段落【0034】)
「この場合、外殻部材におけるグリップ部の断面積をバットの他の領域の断面積より大きくする事で、グリップ部の重さを従来より重くできる。したがって、一次モーメント、グリップ部慣性モーメント評価値および重心まわり慣性モーメントが上記のような数値範囲となるバットを容易に得ることができる」(段落【0035】)
「次に、本発明によるバットの効果を確認するため、表1に示した実施例(A)と比較例(B)とについて、バットのスイングスピードおよび打撃されたボールの初速(打球初速)を測定した。測定方法としては、図8に示すように、被験者9が実施例(A)および比較例(B)のバットについてそれぞれティー8上に配置したボール7を打撃し、その打撃の際のバットのスイングスピードと打球の初速とを測定器6により測定した。実施例(A)および比較例(B)のバットについて、それぞれ5回測定を行なった。また、トップレベルのアマチュア野球選手について、測定を行なった。なお、図8はスイングスピードおよび打球初速の測定方法を説明するための模式図である。測定結果を表3に示す。」(段落【0071】)
「【表3】


」(段落【0072】)
「表3を参照して、本発明の実施例(A)のバットを用いた場合のほうが、スイングスピードおよび打球初速が向上していることがわかる。」(段落【0073】)
「上記測定を行なった被験者のスイングスピードとボールの飛距離との測定値を表4に示す。」(段落【0074】)
「【表4】



」(段落【0075】)
「表4に示したデータは、複数回の測定結果の平均値を示している。また、図9は、表4のデータに基づいてスイングスピードとボールの飛距離との関係を示すグラフである。表4および図9を参照して、ホームランとなるのに十分な飛距離である120mという飛距離を得るためには、少なくともスイングスピードが32.4?32.6m/s(メートル毎秒)程度必要であることがわかる。このため、表3からもわかるように、トップレベルのアマチュア選手において、比較例(B)のバットを用いるとホームランとなるのに十分な距離だけ打撃したボールを飛ばすことは難しい(ホームランとなる距離だけボールを飛ばせる可能性はあるがその確率はかなり低い)。一方、本発明の実施例(A)のバットを用いれば、スイングスピードが33.2m/sという十分な速さになるため、より高い確率でホームランとなるのに十分な距離だけボールを飛ばすことができる。また、スイングスピードが十分速くなっているので、多少スイートスポットをはずして打撃しても、十分なボールの飛距離を得ることができる。」(段落【0076】)
「図10?13を参照して、バット1は打球部とテーパー部とグリップ部とを備える。バット1は打球部からグリップ部までの側壁を構成する外殻部材としてのバット本体10を備える。グリップ部におけるバット本体10の最大断面積は、バット1におけるバット本体10の最小断面積を超え、かつ最小断面積の150%以下となっている。具体的には、バット1におけるバット本体10の最小断面積は図12に示されたテーパー部での横断面の断面積である。そして、グリップ部においては、バット1の内周側に段差部13が形成されている。この段差部13からグリップエンドにかけてグリップ部に位置するバット本体10の厚みは他のバットの領域におけるバット本体10の厚みより厚くなっている。そして、図13に示したグリップ部におけるバット本体10の横断面の面積は、図12に示したテーパー部における最小断面積より大きくなっている。」(段落【0078】)
「この場合、グリップ部におけるバット本体10の断面積をバットの他の領域の断面積より大きくする事で、グリップ部の重さを従来より重くできる。したがって、一次モーメントおよびグリップ部慣性モーメント評価値を従来より小さくできるので、より振りやすいバット1を得ることができる。また、重心から遠くに位置するグリップ部の質量が大きくなるので、重心まわり慣性モーメントを従来より容易に大きくできる。したがって、打球時にバットの重心まわりの回転を従来より抑制できる。」(段落【0079】)
「【発明の効果】本発明によれば、比較的重たいバットにおいて、グリップ部慣性モーメント評価値およびグリップ部での一次モーメントを小さくすると同時に、重心まわり慣性モーメントを従来より大きくすることにより、振りやすくかつスイートエリアの広いバットを得ることができる。」(段落【0090】)

イ.上記アによれば、本件特許発明の課題は、総質量が900g以上というような比較的重いバットにおいて、振りやすく、スイートエリアが広く十分な打球の飛距離を得ることにあるものと認められる。。
そして、上記の課題を解決するために、本件特許発明1、及び2にあっては、一次モーメント、グリップ部慣性モーメント評価値、及び重心まわり慣性モーメントの値を具体的に規定すると共に、グリップ部の厚みをテーパー部の厚み、及び打球部の厚みより厚くすることにより、さらに本件特許発明3にあっては、これらの事項に加えてグリップ部の断面積をバットのテーパー部、及び打球部の断面積より大きくすることにより、重心の位置をグリップ部寄りにして、比較的重いバットにおいて、一次モーメントとグリップ部慣性モーメント評価値とを従来より小さくすると同時に、重心まわり慣性モーメントを従来より大きくするものであると認められる。

(2)各種モーメント値と各部の厚み又は断面積との関係について
上記(1)イのとおりであるから、本件特許発明1、及び2にあっては、グリップ部の厚み、テーパー部の厚み、及び打球部の厚み、さらに本件特許発明3にあっては、これらの事項に加えてグリップ部の断面積をバットのテーパー部、及び打球部の断面積より大きくすることとグリップ部における一次モーメント、グリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値、及び野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントとの関係が示されているといえる。

(3)数値限定の値の規定と本件特許発明の課題との実質的な関係について
上記(1)ア(段落【0008】、【0021】、【0022】)によれば、本件特許発明の野球用バットの総重量の下限値を900g以上としたのは、従来総質量が900g以上というような比較的重いバットは、振り難くなるという課題が存在し、これを解決しようとするのが本件特許発明であるから、本件特許発明の前提となる重量として規定していることは明らかである。また、上記総重量の上限値を1100g以下としたのは、本件特許発明に特定される一次モーメント、及びグリップ部慣性モーメント評価値の値の範囲を実現するために、現状のバットの材質および形状を考慮して、実質的に実現可能な重量として規定していることが示されている。
してみると、本件特許明細書の記載から、本件特許発明の上記課題と総質量の下限値を900g以上と規定し、上限値を1100g以下と規定していることとの関係は明らかである。
また、上記(1)ア(段落【0017】、【0019】、【0030】)によれば、グリップ部における一次モーメントの値、及びグリップ部を通る軸まわりのグリップ部慣性モーメント評価値がより小さくなれば、バットを振りやすくなるが、バットを使用するためには十分な強度が必要になることから、上記一次モーメントの下限値を300g・m以上、及び上記グリップ部慣性モーメント評価値の下限値を1.9kg・cm・s^(2)以上と規定し、バットの打球部などの先端部が重くなりすぎるとバットを振りにくくなり、 十分なボールの飛距離を確保する事が難しくなるから、上記一次モーメントの上限値を370g・m以下、及び上記グリップ部慣性モーメント評価値の上限値を2.18kg・cm・s^(2)以下と規定していることが示されている。
してみると、本件特許発明の野球用バットを振りやすくすると課題を解決をし、実際にバットを使用するための強度やボールの飛距離を考慮して、上記一次モーメントの下限値を300g・m以上、及び上記グリップ部慣性モーメント評価値の下限値を1.9kg・cm・s^(2)以上と規定し、上限値をそれぞれ370g・m以下、及び2.18kg・cm・s^(2)以下と規定していることが理解できるから、本件特許明細書の記載から、本件特許発明の上記課題と上記一次モーメントの下限値を300g・m以上、及び上記グリップ部慣性モーメント評価値の下限値を1.9kg・cm・s^(2)以上と規定し、上限値をそれぞれ370g・m以下、及び2.18kg・cm・s^(2)以下と規定していることとの関係は明らかである。
また、上記(1)ア(段落【0026】、【0027】)によれば、野球用バットの重心を通る軸まわりの重心まわり慣性モーメントをより大きくすれば、打球時のバットの重心まわりのぶれを低減して、スイートエリアを大きくでき十分な打球の飛距離を得ることができるものであって、打球時のバットの重心回りでの回転運動を確実に押さえることができるとともに、打球時にバットがボールに押し戻されることを防止できる、つまり十分な打球の飛距離を得ることができる上記重心まわり慣性モーメントの下限値として550kg・cm^(2)以上と規定し、現状のバットの材質・形状を考慮して、実質的に実現可能な上記重心まわり慣性モーメントの上限値として750kg・cm^(2)以下と規定していることが示されている。
してみると、本件特許発明のスイートエリアが広く十分な打球の飛距離を得るとの課題を解決をし、実際にバットを使用やボールの飛距離を考慮して、上記重心まわり慣性モーメントの下限値を550kg・cm^(2)以上と規定し、上限値を750kg・cm^(2)以下と規定していることが理解できるから、本件特許明細書の記載から、本件特許発明の上記課題と上記一次モーメントの下限値を550kg・cm^(2)以上と規定し、上限値を750kg・cm^(2)以下と規定していることとの関係は明らかである。

(4)効果について
上記(1)イのとおり、本件特許明細書には、本件特許発明の課題が明確に記載され、上記(1)ア(段落【0090】)のとおり、「振りやすく、スイートエリアが広く十分な打球の飛距離を得ることができる」という本件特許発明の効果が明確に記載されているものと認められる。
そして、上記(1)ア(段落【0071】?【0076】)によれば、本件特許発明によるバットの効果の確認を行い、実施例(A)と比較例(B)とについて、バットのスイングスピード、及び打撃されたボールの初速(打球初速)を測定し、実施例(A)の方が、比較例(B)と比べて、スイングスピード、及び打球初速が向上している、つまり振りやすく、スイートエリアが広く十分な打球の飛距離を得られるという本件特許発明の上記効果を奏することが認められる。そして、このことに基づけば、実施例(A)に示される、バットの総質量が907g、グリップ部慣性モーメント評価値が2.12kg・cm・s^(2)、重心まわり慣性モーメントが691kg・cm^(2)、及びグリップ部での一次モーメントの値が355g・m(段落【0052】)の前後の範囲の特性を有するバットにおいて、相応に上記効果が奏されることは明らかであるから、本件特許の発明の詳細な説明の記載が、当業者においてその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとはいえない。
また、本件特許明細書の「上記1の局面における野球用バットでは、グリップ部における一次モーメントの値が300g・m以上350g・m以下であることが好ましく、グリップ部慣性モーメント評価値が1.9kg・cm・s^(2)以上2.08kg・cm・s^(2)以下であることが好ましい。」(段落【0031】)との記載によれば、本件特許発明2、及び3において、グリップ部における一次モーメントの上限値を350g・m以下と特定し、グリップ部慣性モーメント評価値の上限値を2.08kg・cm・s^(2)以下と特定したのは、上記一次モーメント、及びグリップ部慣性モーメント評価値の上限値を好適化したものであると理解できる。

(5)小括
以上のとおり、本件特許明細書の記載は、当業者においてその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、無効理由5により本件特許を無効とすることはできない。

6.無効理由6について
(1)本件特許の請求項1の記載内容自体に格別不明確なところは認められない。そして、本件特許発明の技術的意義は、上記5(1)?(3)で検討したとおりの点にあるものと認められる。
なお、請求人は、「各部の厚み又は断面積と各種モーメント値との関係が明確でない」旨主張するが、これらの事項が特定されるまでもなく、本件特許発明の技術的意義は理解できるものであるから、これらの事項が特定されなければ、本件特許発明が明確でないとはいえない。

(2)小括
よって、本件特許の請求項1ないし3の記載は、明確であるから、無効理由6により本件特許を無効とすることはできない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許発明1ないし3についての特許を無効にすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-03-12 
結審通知日 2013-03-14 
審決日 2013-03-26 
出願番号 特願2000-237274(P2000-237274)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (A63B)
P 1 113・ 537- Y (A63B)
P 1 113・ 55- Y (A63B)
P 1 113・ 536- Y (A63B)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 黒瀬 雅一
特許庁審判官 鈴木 秀幹
服部 秀男
登録日 2007-07-20 
登録番号 特許第3986736号(P3986736)
発明の名称 野球用バット  
代理人 深見 久郎  
代理人 吉田 昌司  
代理人 山田 裕文  
代理人 森田 俊雄  
代理人 草野 浩一  
代理人 草野 浩一  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ