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審決分類 |
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01M 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01M 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 H01M |
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管理番号 | 1274543 |
審判番号 | 不服2012-20228 |
総通号数 | 163 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2013-07-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2012-10-15 |
確定日 | 2013-05-23 |
事件の表示 | 特願2005-374709「燃料電池システム」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 7月12日出願公開,特開2007-179786〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は,平成17年12月27日の出願であって,平成24年7月18日付で拒絶査定がなされ,これに対し,同年10月15日に拒絶査定不服審判請求がなされると共に,同日付手続補正書による手続補正(以下,「本件補正」という。)がなされたものである。 2.本件補正についての補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 本件補正を却下する。 [理由] (1)補正後の本願の発明 本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は, 「電解質膜を挟んで配置された燃料極および酸化剤極を備え,該燃料極および該酸化剤極にそれぞれ供給される燃料ガスおよび酸化剤ガスの電気化学反応により発電を行う発電セルと, 前記発電セルに燃料ガスを供給する燃料ガス供給手段と, 前記発電セルに酸化剤ガスを供給する酸化剤ガス供給手段と, 前記発電セルが複数積層された燃料電池スタックと, 前記燃料電池スタックから電流を取り出す通電手段と, 前記燃料電池スタック内に少なくとも2つ以上配置されて,前記発電セルの電圧を計測する電圧計測手段と, 起動時に,前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給しない状態で前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,少なくとも2つ以上の前記電圧計測手段で得られる各電圧の内で最も低い電圧の最低値がゼロボルト以上になるように前記通電手段を制御し,その後前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給して発電を開始する制御手段と, を有し, 前記制御手段は,前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,前記電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルトよりも高い所定値以上となってから前記通電手段によって前記燃料電池スタックから電流を取り出すことを特徴とする燃料電池システム。」 と補正された。 上記補正は,請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「通電手段によって燃料電池スタックから電流を取り出す」条件の「電圧計測手段で得られる電圧の最低値」について「ゼロボルト以上であって所定値以上となってから」から「ゼロボルトよりも高い所定値以上となってから」へと限定するものであって,審判請求書において審判請求人が主張するように,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下,単に「改正前の特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 そこで,本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下,「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。 (2)引用例 原査定の拒絶の理由に引用された特開2005-158557号公報(以下,「引用例」という。)には,図面と共に次の事項が記載されている。 ・「【0002】 燃料電池は,水素ガスなどの燃料ガスと酸素を有する酸化剤ガスとを電解質を介して電気化学的に反応させ,電解質両面に設けた電極間から電気エネルギを直接取り出すものである。特に固体高分子電解質を用いた固体高分子型燃料電池は,動作温度が低く,取り扱いが容易なことから電動車両用の電源として注目されている。すなわち,燃料電池車両は,高圧水素タンク,液体水素タンク,水素吸蔵合金タンクなどの水素貯蔵装置を車両に搭載し,そこから供給される水素と,酸素を含む空気とを燃料電池に送り込んで反応させ,燃料電池から取り出した電気エネルギで駆動輪につながるモータを駆動するものであり,排出物質は水だけであるという究極のクリーン車両である。」 ・「【0019】 次に図面を参照して,本発明の実施例を詳細に説明する。以下に説明する各実施例は,燃料電池車両用に好適な燃料電池システムである。 【実施例1】 【0020】 図2は,本発明に係る燃料電池システムの実施例1を示すシステム構成図である。燃料電池(本体)1は,アノード1aとカソード1bとが固体高分子の電解質膜1cを挟んで対向して設けられている。 【0021】 また,燃料電池1内部のアノード1a,カソード1bとそれぞれ多孔質のセパレータ1d,1eを介して,純水極1f,1gが設けられている。純水極1f,1gには,後述するように加湿用の純水が供給され,多孔質のセパレータ1d,1eを介してアノードの水素ガス,カソードの空気をそれぞれ加湿できるようになっている。 【0022】 燃料電池1のアノード1aに水素ガスが,カソード1bに空気が供給され,以下に示す電極反応が進行され,電力が発電される。 【0023】 (化2) アノード(水素極):H_(2) → 2H^(+) +2e^(-) …(3) カソード(酸素極):2H^(+) +2e^(-) +(1/2)O_(2) → H_(2)O …(4) アノード1aへの水素供給は,水素タンク2から水素タンク元弁3,減圧弁301,水素供給弁4を通じてなされる。水素タンク2から供給される高圧水素は,減圧弁301で機械的に所定の圧力まで減圧され,水素供給弁4によりさらに所望の水素圧力まで減圧されて燃料電池のアノード1aへ供給される。エゼクタ5は,アノード1aで消費されなかった水素(アノードオフガス)を再循環させるために設置される。」 ・「【0026】 カソード1bへの空気は,コンプレッサ9により供給される。カソード1bの空気圧力は空気圧力制御部20が圧力センサ6bで検出した圧力をフィードバックして空気調圧弁10を駆動することによって制御される。」 ・「【0028】 燃料電池システム全体を制御するコントローラ30は,カソード1bの空気圧力を制御する空気圧力制御部20,アノード1aの水素圧力を制御する水素圧力制御部21,及び本発明の特徴である,燃料電池システムの起動時あるいは停止時に,カソード1bの空気供給を停止した状態でアノード1aに水素供給しながら燃料電池1から電力を取り出すように制御するとともに取り出し電力の目標値である目標取出電力値を演算するカソード酸素消費制御部(カソード酸素消費制御手段)22を備えている。 【0029】 電圧センサ(電圧検出手段)16は,燃料電池1の電圧を検出して,カソード酸素消費制御部22入力する。 【0030】 カソード酸素消費制御部22は,電圧センサ16によって検出された電圧値に応じて目標取出電力値を演算する電圧フィードバック制御部22aを備えている。 【0031】 また特に限定されないが本実施例では,コントローラ30は,CPUとプログラムROMと作業用RAMとI/Oインタフェースとを備えたマイクロプロセッサで構成されている。 【0032】 パワーマネージャー13は,通常発電時に,燃料電池1から電力を取り出して車両を駆動するモータ(図示しない)へ電力を供給するとともに,カソード酸素消費制御時に,カソード酸素消費制御部22が演算した目標取出電力に応じて燃料電池1から電力を取り出す負荷制御装置である。 【0033】 カソード酸素消費制御部22は,燃料電池システムの起動時にコンプレッサ9からカソード1bへの空気供給を停止,かつ空気調圧弁10を閉じておき,アノード1aへの水素供給のみとし,燃料電池から電力を取り出して,カソードの酸素を消費させるカソード酸素消費制御を行う。 【0034】 また,カソード酸素消費制御部22は,電圧フィードバック制御部22aを有し,電圧センサ16で計測された燃料電池1の総電圧と目標設定電圧との差をフィードバックして目標取出電力値を演算し,この目標取出電力値をパワーマネージャー13に指示して,カソード酸素消費制御中の燃料電池1の総電圧を安定化させる。」 ・「【0043】 コンプレッサ9を停止,空気調圧弁10を閉止したカソード1bに空気を供給しない状態で,水素タンク元弁3及びパージ弁7を開いて,水素供給弁4から圧力調整した水素をアノード1aに供給開始されると,カソード1bを含む空気系内に残留した酸素と,アノード1aに供給された水素により燃料電池1の電圧(セル電圧の合計値である総電圧)が立ち上がってくる。 【0044】 この燃料電池電1の圧は,電圧センサ16で検出され,計測電圧(電圧検出値)が電圧フィードバック制御部22aへ入力される。電圧フィードバックによって燃料電池1から取り出す目標取出電力値が制御され,パワーマネージャー13は,この目標取出電力に応じて燃料電池1から電力を取り出す。これにより,燃料電池1の電圧は,目標設定電圧に追従して劣化防止電圧の範囲内に維持される。起動時間短縮のために,水素流量を途中で増量した場合にも,目標取出電力値が水素流量に応じてフィードフォワードで補正されて増大され,燃料電池電圧が目標設定電圧に安定化される。 【0045】 図5は,本実施例における燃料電池システムの起動時の制御を説明するフローチャートである。まず,ステップS10で,水素タンク元弁3が開かれるとともに水素供給弁4に供給圧力が指定されて,燃料電池1のアノード1aへ所定圧力の水素供給が開始される。このとき水素系に入り込んでいる空気を排出して水素置換をするため,パージ弁7を開いて,希釈ブロア15を作動させる。 【0046】 次いで,ステップS12で,電圧センサ16のより燃料電池1の総電圧が検出され電圧フィードバック制御部22aへ入力される。ステップS14では,電圧フィードバック制御部22aにより,総電圧に基づいて燃料電池1から取り出すべき目標取出電力値が演算される。ステップS16で,電圧フィードバック制御部22aから目標取出電力値をパワーマネージャー13に指示して,パワーマネージャー13が燃料電池1から電力を取り出す。 ・・・ 【0051】 アノードの水素置換が終了すると,ステップS24で,コンプレッサ9と空気調圧弁10を駆動して,カソード1bへ空気供給を開始し,最後にステップS26で,通常発電を開始して,起動時の制御を終了する。」 ・「【0054】 また,電力取り出し過ぎで電圧がマイナス側にずれるとアノード側で水素欠乏を起こす。水素がないと,アノード側の触媒の炭素と水の化学反応が生じて,プロトンH^(+)が生成され,このとき炭素が触媒から奪われる。本発明によれば,電圧が低下した場合には目標取出電力値が小さくなるように演算され,電圧低下を抑制し,アノード側の触媒の劣化を抑制することができる。」 ・「【0066】 次に,本発明に係る燃料電池システムの実施例3を説明する。実施例3のシステム構成は,図2に示した実施例1のシステム構成と同様である。ただし,燃料電池1の電圧を検出する電圧センサ16は,燃料電池1の各セル毎のセル電圧を検出する点が実施例1と異なっている。 【0067】 図8,図9は,本実施例における電圧センサ16のセル電圧計測値に基づいた目標取出電力値の演算方法を説明する制御ブロック図である。 【0068】 図8は,電圧センサ16が検出した各セルの電圧値の最高値が劣化防止電圧閾値を超えないように制御する場合の例である。電圧センサ16が検出した各セル毎のセル電圧の計測値(V1 ,V2 ,…,Vn)からセレクトハイ部141により,セル電圧の最高電圧Vmax が選択される。次いで,予め記憶した制御マップ142の検索又は計算式により,最高電圧Vmax に対応する単セル当たりの目標設定電圧を求める。定数乗算器143は,単セル当たりの目標設定電圧に,セル数nを乗じて,燃料電池全体の目標設定電圧Vtを算出する。減算器144は,燃料電池の総電圧の計測電圧Vから目標設定電圧Vtを減算して,PI制御器145へ入力する。PI制御器145は,PI制御により目標取出電力を算出する。 【0069】 本実施例では,制御マップ142の記憶パターンにより,各セル電圧の計測値の最高値が劣化防止電圧閾値(0.4V)に近づくと目標設定電圧を低く設定し,全セルの総電圧を下げるように制御する。 【0070】 これにより,図10に示すように,セル電圧の最高値が劣化防止電圧閾値1を超えるような場合であっても,本実施例の制御によって,図11のようにセル電圧の最高値が劣化防止電圧閾値1を超えないように抑えられる。 【0071】 図9は,セル電圧の最低値が劣化防止電圧閾値2(<劣化防止電圧閾値1)を下まわらないように制御する場合の例である。図9において,図8のセレクトハイ部141に代えて,セレクトロー部151,図8の制御マップ142に代えて,制御マップ152が用いられている。その他の構成は,図8と同様である。 【0072】 図9の例では,電圧センサ16による各セルの計測電圧値の最低値が劣化防止電圧閾値2(0V)に近づくと目標設定電圧を高く設定し,全セルの総電圧を上げるように制御する。」 ・「【0080】 図13において,電圧センサ16が検出した各セル毎のセル電圧の計測値(V1 ,V2 ,…,Vn)からセル電圧の最高電圧Vmax を選択するセレクトハイ部171と,劣化防止電圧閾値(0.4V)-0.05V をセル数倍する定数乗算器172と,セレクトハイ部171が選択したセル電圧の最高電圧Vmax をセル数倍する定数乗算器173と,定数乗算器173の出力から定数乗算器172の出力を減算する減算器174と,燃料電池の総電圧を計測した計測電圧Vと目標設定電圧Vtの差を計算する減算器175,減算器174の出力または減算器175の出力を選択して出力する切換部176と,切換部176の出力に基づいて目標取出電力値を演算するPI制御器177とが設けられている。」 ・「【0083】 また,実施例3によれば,燃料電池の各セル毎の電圧を検出し,各セルの最低電圧が第2の所定値を下まわらないように,該最低電圧に応じて燃料電池の目標取出電力値を制御するようにした。したがって,各セルの電圧ばらつきが考慮され,すべてのセル電圧が最低電圧を下まわらないようにすることができ,すべてのセルの水素欠乏によるアノード側の触媒の劣化を防止することができる。」 ・図1(a)には起動時の変量電池の模式図が図示され,図2には燃料電池システムのシステム構成図が図示され,図9には目標取出電力の演算例を示す制御ブロック図が図示され,図11には燃料電池システムを制御する(a)水素供給量,(b)燃料電池電圧,(c)取出電力,(d)カソード酸素量の各パラメータを示すタイムチャートが図示され,図11から,(a)の水素供給開始後に,(c)の取出電力が生じ始る際には,(b)の各セル電圧が劣化防止電圧閾値2(0V)を上まわっている,すなわちゼロボルト以上であって所定値以上であることが看てとれる。 ・燃料電池システムの技術常識,図2の記載内容及び段落【0023】の記載事項から,燃料電池システムはセルに燃料ガスを供給する燃料ガス供給手段を有し,同じく燃料電池システムの技術常識,図2の記載内容及び段落【0026】の記載事項から,セルに酸化剤ガスを供給する酸化剤ガス供給手段を有し,同じく燃料電池システムの技術常識,図2の記載内容及び段落【0067】の,特に「単セル当たりの目標設定電圧に,セル数nを乗じて,燃料電池全体の目標設定電圧Vtを算出する。」旨の記載事項から,セルが複数積層された燃料電池1を有することが看てとれる。 これらの記載事項及び図示内容を総合すると,引用例には,実施例2に係る次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。 「電解質膜1cを挟んで設けられたアノード1aおよびカソード1bを備え,該アノード1aおよび該カソード1bにそれぞれ供給される燃料ガスおよび酸化剤ガスの電気化学反応により発電を行うセルと, 前記セルに燃料ガスを供給する燃料ガス供給手段と, 前記セルに酸化剤ガスを供給する酸化剤ガス供給手段と, 前記セルが複数積層された燃料電池1と, 前記燃料電池1から電力を取り出すパワーマネージャー13と, 前記各セル毎のセル電圧を検出する電圧センサ16と, 起動時に,前記カソード1bに酸化剤ガスを供給しない状態で前記アノード1aに燃料ガスを供給した後に,前記電圧センサ16による各セルの計測電圧値の最低値が劣化防止電圧閾値2(0V)を下まわらないように前記パワーマネージャー13を指示し,その後前記カソード1bに酸化剤ガスを供給して通常発電を開始するコントローラ30と, を有し, 前記コントローラ30は,前記アノード1aに燃料ガスを供給した後に,前記パワーマネージャー13によって前記燃料電池1から電力を取り出す燃料電池システム。」 (3)対比 そこで,本願補正発明と引用発明とを対比する。 機能・構成からして,後者の「電解質膜1c」は前者の「電解質膜」に,後者の「設けられた」態様は前者の「配置された」態様に,後者の「アノード1a」は前者の「燃料極」に,後者の「カソード1b」は前者の「酸化剤極」に,後者の「セル」は前者の「発電セル」に,後者の「燃料電池1」は前者の「燃料電池スタック」に,後者の「電力」は電流と電圧との積であるから,「電力を取り出す」態様は前者の「電流を取り出す」態様に,後者の「パワーマネージャー13」は前者の「通電手段」に,後者の「各セル毎のセル電圧を検出する電圧センサ16」は前者の「発電セルの電圧を計測する電圧計測手段」に,後者の「電圧センサ16による各セルの計測電圧値の最低値」は前者の「電圧計測手段で得られる各電圧の内で最も低い電圧の最低値」及び「電圧計測手段で得られる電圧の最低値」に,後者の「劣化防止電圧閾値2(0V)を下まわらないように」する態様は前者の「ゼロボルト以上になるように」する態様に,後者の「指示」する態様は前者の「制御」する態様に,後者の「通常発電を開始」する態様は前者の「発電を開始」する態様に,後者の「コントローラ30」は前者の「制御手段」に,それぞれ相当している。 したがって,両者は, 「電解質膜を挟んで配置された燃料極および酸化剤極を備え,該燃料極および該酸化剤極にそれぞれ供給される燃料ガスおよび酸化剤ガスの電気化学反応により発電を行う発電セルと, 前記発電セルに燃料ガスを供給する燃料ガス供給手段と, 前記発電セルに酸化剤ガスを供給する酸化剤ガス供給手段と, 前記発電セルが複数積層された燃料電池スタックと, 前記燃料電池スタックから電流を取り出す通電手段と, 前記発電セルの電圧を計測する電圧計測手段と, 起動時に,前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給しない状態で前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,前記電圧計測手段で得られる各電圧の内で最も低い電圧の最低値がゼロボルト以上になるように前記通電手段を制御し,その後前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給して発電を開始する制御手段と, を有し, 前記制御手段は,前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,前記通電手段によって前記燃料電池スタックから電流を取り出す燃料電池システム。」 の点で一致し,以下の点で相違している。 [相違点1] 「発電セルの電圧を計測する電圧計測手段」に関し,本願補正発明は,「燃料電池スタック内に少なくとも2つ以上配置されて」いて「少なくとも2つ以上」であるのに対し,引用発明は,「各セル毎のセル電圧を検出する」もののどのように配置されているか不明である点。 [相違点2] 制御手段が通電手段によって燃料電池スタックから電流を取り出すことに関し,本願補正発明は,「電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルトよりも高い所定値以上となってから」としているのに対し,引用発明は,不明である点。 (4)判断 上記相違点について以下検討する。 ・相違点1について 本願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下,「当初明細書等」という。)の段落【0013】には,「燃料電池スタック1には,燃料電池スタック1の電圧を検出する手段として,電圧センサ(電圧計測手段)30を備えており,燃料電池スタック1のセル毎,或いは数セル毎に設置された構成により,各セル電圧または数セル単位の電圧および燃料電池スタック1の総電圧を検出している。また,燃料電池スタック1は,燃料電池スタックケース20内に設置されており,該燃料電池スタックケース20内または燃料電池スタックケース20の出口付近に燃料センサ34が設置されている。」と記載され,図2には,燃料電池スタック1のセル毎に設置された構成により,各セル電圧を検出する電圧センサ(電圧計測手段)30a-1?30a-Nが図示されており(本願の本件補正後の明細書及び図面においても同じ),本願補正発明の燃料電池スタック内に少なくとも2つ以上配置されていて少なくとも2つ以上である電圧計測手段の具体的態様として,燃料電池スタック1のセル毎に設置され,各セル電圧を検出する態様が例示されている。 このことからすると,上記燃料電池スタック1のセル毎に設置され,各セル電圧を検出する点においては,本願補正発明と引用発明とは実質的に相違していない。 そして,当初明細書等において,発電セルの電圧を計測する電圧計測手段を燃料電池スタック内に配置することにより格別な効果を奏する旨の記載はないし,発電セルの電圧を計測する電圧計測手段を燃料電池スタック内に配置するか,燃料電池スタック外に配置するかは組み立て性や計測精度などの事情により設計者が必要に応じて適宜設定し得る設計的事項にすぎない。 そうすると,引用発明を上記相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項にすぎないものというべきである。 ・相違点2について 引用発明は,起動時に,前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給しない状態で燃料極に燃料ガスを供給した後に,電圧計測手段で得られる各電圧の内で最も低い電圧の最低値がゼロボルト以上になるように通電手段を制御しているから,少なくとも,電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルト以上となってから電流を取り出すものである。 一方,引用例の段落【0071】-【0072】には,「図9は,セル電圧の最低値が劣化防止電圧閾値2(<劣化防止電圧閾値1)を下まわらないように制御する場合の例である。・・・図9の例では,電圧センサ16による各セルの計測電圧値の最低値が劣化防止電圧閾値2(0V)に近づくと目標設定電圧を高く設定し,全セルの総電圧を上げるように制御する。」と記載されており,セル電圧の最低値が0Vを下まわらないように各セルの計測電圧値の最低値が0Vになる前に制御しているから,その制御を行うときが,すなわちその制御実行の閾値が各セルの計測電圧値の最低値が0Vよりも高い値に設定されているといえるので,引用例には,上記相違点2に関し,本願補正発明と同様に,「電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルトよりも高い所定値以上となってから」とすることが示唆されているといえる。 また,引用例の図11から,(a)の水素供給開始後に,(c)の取出電力が生じ始る際には,(b)の各セル電圧が劣化防止電圧閾値2(0V)を上まわっている,すなわちゼロボルト以上であって所定値以上であることが看てとれるから,引用例には,上記相違点2に関し,本願補正発明と同様に,「電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルトよりも高い所定値以上となってから」とすることが示唆されているといえる。 さらに,引用例には,その段落【0070】,【0071】の記載から,セル電圧の最高値が劣化防止電圧閾値1(0.4V)を超えないように抑えられ,セル電圧の最低値が劣化防止電圧閾値2(0V)を下まわらないように制御するものが開示され,最高セル電圧が劣化防止電圧閾値を超えないように制御する別の例として,引用例の段落【0080】には,「図13において,電圧センサ16が検出した各セル毎のセル電圧の計測値(V1 ,V2 ,…,Vn)からセル電圧の最高電圧Vmax を選択するセレクトハイ部171と,劣化防止電圧閾値(0.4V)-0.05V をセル数倍する定数乗算器172と,セレクトハイ部171が選択したセル電圧の最高電圧Vmax をセル数倍する定数乗算器173と,定数乗算器173の出力から定数乗算器172の出力を減算する減算器174と,燃料電池の総電圧を計測した計測電圧Vと目標設定電圧Vtの差を計算する減算器175,減算器174の出力または減算器175の出力を選択して出力する切換部176と,切換部176の出力に基づいて目標取出電力値を演算するPI制御器177とが設けられている。」と記載されており,さらに,図13を参照すると,引用例には,各セル毎のセル電圧の計測値を,0.4Vを超えず0Vを下まわらないように制御するもので,セル電圧の最高電圧に係る閾値を0.4V-0.05Vとするものが示唆されている。このことは,セル電圧の最低電圧に係る閾値を0V+0.05Vとするものを示唆しているといえるから,引用例には,上記相違点2に関し,本願補正発明と同様に,「電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルトよりも高い所定値以上となってから」とすることが示唆されているといえる。 また,例えば,特開2005-158542号公報(段落【0033】また,このテーブルデータは,パワーマネージャ7により取出電力を取り出した時の燃料電池スタック1の電圧が,炭素被毒を引き起こす高電圧である第1所定電圧値を越えないような第1取出電力A1,当該第1取出電力A1に対応した第1目標水素圧力B1が設定されている。更に,このテーブルデータは,燃料電池スタック1から過剰な電力を取り出すことによる転極を防止するために,当該転極が発生する可能性がある取出電力よりも高い取出電力に相当する第2所定電圧値を下回らないような第2取出電力A2,当該第2取出電力A2に対応した第2目標水素圧力B2が設定されている。)にも開示されているように,転極が発生する可能性がある第2所定電圧値(「取出電力」が相当)よりも高い電圧値(「取出電力」が相当)に相当する第2所定電圧値を下回らないような電圧値(「第2取出電力A2」が相当)が設定されているようにすることは,燃料電池における転極防止の分野における周知技術である。 さらに,燃料電池の起動時に,セル電圧の最低値がゼロボルトになって直ぐに電流を取り出すと,セル電圧が負になることもあるということは,当業者にとって技術常識というべきことであって,これを避けるためにセル電圧の最低値がゼロボルトよりも高い所定値以上となってから燃料電池から電流を取り出すようにすることは格別のものとはいえない。 そして,一般的に制御における閾値を設定する場合,安全性を考慮して不感帯のようなものを設けて設定することは普通に行うことである。 そうすると,上記引用例の示唆及び周知技術からすれば,引用発明を上記相違点2に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項にすぎず、格別でないものというべきである。 そして,本願補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明,上記引用例の示唆及び上記周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものである。 したがって,本願補正発明は,引用発明,上記引用例の示唆及び上記周知技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 (5)むすび 以上のとおりであって,本件補正は,改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下を免れない。 3.本願の発明について 本件補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1に係る発明(以下,同項記載の発明を「本願発明」という。)は,平成24年5月31日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。 「電解質膜を挟んで配置された燃料極および酸化剤極を備え,該燃料極および該酸化剤極にそれぞれ供給される燃料ガスおよび酸化剤ガスの電気化学反応により発電を行う発電セルと, 前記発電セルに燃料ガスを供給する燃料ガス供給手段と, 前記発電セルに酸化剤ガスを供給する酸化剤ガス供給手段と, 前記発電セルが複数積層された燃料電池スタックと, 前記燃料電池スタックから電流を取り出す通電手段と, 前記燃料電池スタック内に少なくとも2つ以上配置されて,前記発電セルの電圧を計測する電圧計測手段と, 起動時に,前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給しない状態で前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,少なくとも2つ以上の前記電圧計測手段で得られる各電圧の内で最も低い電圧の最低値がゼロボルト以上になるように前記通電手段を制御し,その後前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給して発電を開始する制御手段と, を有し, 前記制御手段は,前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,前記電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルト以上であって所定値以上となってから前記通電手段によって前記燃料電池スタックから電流を取り出すことを特徴とする燃料電池システム。」 (1)引用例 原査定の拒絶の理由に引用された引用例,及び,その記載事項は,前記「2.(2)」に記載したとおりである。 (2)対比・判断 本願発明は,前記「2.(1)」で検討した本願補正発明における「通電手段によって燃料電池スタックから電流を取り出す」条件の「電圧計測手段で得られる電圧の最低値」について「ゼロボルトよりも高い所定値以上となってから」としていたものを「ゼロボルト以上であって所定値以上となってから」としたものである。 そこで,本願発明と,引用発明とを対比すると,前記「2.(3)」で検討したことからして,両者は, 「電解質膜を挟んで配置された燃料極および酸化剤極を備え,該燃料極および該酸化剤極にそれぞれ供給される燃料ガスおよび酸化剤ガスの電気化学反応により発電を行う発電セルと, 前記発電セルに燃料ガスを供給する燃料ガス供給手段と, 前記発電セルに酸化剤ガスを供給する酸化剤ガス供給手段と, 前記発電セルが複数積層された燃料電池スタックと, 前記燃料電池スタックから電流を取り出す通電手段と, 前記発電セルの電圧を計測する電圧計測手段と, 起動時に,前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給しない状態で前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,前記電圧計測手段で得られる各電圧の内で最も低い電圧の最低値がゼロボルト以上になるように前記通電手段を制御し,その後前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給して発電を開始する制御手段と, を有し, 前記制御手段は,前記燃料極に燃料ガスを供給した後に,前記通電手段によって前記燃料電池スタックから電流を取り出す燃料電池システム。」 の点で一致し,以下の点で相違している。 [相違点3] 「発電セルの電圧を計測する電圧計測手段」に関し,本願発明は,「燃料電池スタック内に少なくとも2つ以上配置されて」いて「少なくとも2つ以上」であるのに対し,引用発明は,「各セル毎のセル電圧を検出する」もののどのように配置されているか不明である点。 [相違点4] 制御手段が通電手段によって燃料電池スタックから電流を取り出すことに関し,本願発明は,「電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルト以上であって所定値以上となってから」としているのに対し,引用発明は,不明である点。 上記相違点について以下検討する。 ・相違点3について 相違点1に関し前記「2.(4)」で検討したのと同様であって,引用発明を上記相違点3に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項にすぎないものというべきである。 ・相違点4について 相違点2に関し前記「2.(4)」で検討したとおり,引用発明は,起動時に,前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給しない状態で燃料極に燃料ガスを供給した後に,電圧計測手段で得られる各電圧の内で最も低い電圧の最低値がゼロボルト以上になるように通電手段を制御しているから,少なくとも,電圧計測手段で得られる電圧の最低値がゼロボルト以上となってから電流を取り出すものであるから,上記相違点4は実質的な相違点ではない。 そして,本願発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明から当業者が予測し得る範囲内のものである。 したがって,本願発明は,引用発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 (3)むすび 以上のとおり,本願発明は,引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないため,本願は,同法第49条第2号の規定に該当し,拒絶をされるべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2013-03-18 |
結審通知日 | 2013-03-26 |
審決日 | 2013-04-08 |
出願番号 | 特願2005-374709(P2005-374709) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(H01M)
P 1 8・ 572- Z (H01M) P 1 8・ 575- Z (H01M) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 清水 康 |
特許庁審判長 |
田村 嘉章 |
特許庁審判官 |
川口 真一 堀川 一郎 |
発明の名称 | 燃料電池システム |
代理人 | 三好 秀和 |