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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C08J
管理番号 1277207
審判番号 不服2011-26771  
総通号数 165 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-09-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-12-12 
確定日 2013-07-24 
事件の表示 特願2001- 6692「炭素繊維強化スタンパブルシート、その製造方法、及びその成形品」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 7月31日出願公開、特開2002-212311〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯

本願は、平成13年1月15日を出願日とする出願であって、平成22年8月13日付けで拒絶理由が通知され、同年10月20日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成23年9月5日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年12月12日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

第2.本願発明

本願の請求項1?8に係る発明は、平成22年10月20日提出の手続補正書により補正された明細書及び図面(以下、「本願明細書等」という。)の記載からみて、本願明細書等の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定されるとおりものと認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。

「熱可塑性繊維と集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にある不織布中に、不織布を構成する熱可塑性繊維に由来しない熱可塑性樹脂(以下、「非繊維系熱可塑性樹脂」という)を含有する炭素繊維強化スタンパブルシートであり、不織布を構成する熱可塑性繊維及び非繊維系熱可塑性樹脂が溶融固化した状態にあることを特徴とする、炭素繊維強化スタンパブルシート。」

第3.原査定の拒絶の理由の概要

原査定の拒絶の理由とされた平成22年8月13日付け拒絶理由通知書に記載した理由2の概要は、本願の請求項1-8に係る発明は、引用文献1(特開平3-166910号公報)に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

第4.原査定の拒絶の理由の妥当性についての検討

1.引用文献1の記載事項

引用文献1には、以下の記載が認められる。

(摘示1)
「強化用繊維マットと熱可塑性樹脂シートを重ね合わせて積層し、加熱しながら樹脂層を軟化溶融状態で加圧し、次いで冷却・加圧しながら樹脂を固化させる繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法において、予めマトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維の混紡マット状物を作り、これに第3成分であるバインダーを加えて圧縮することにより混紡シート状物となし、ついで該シート状物とマトリックスとなる熱可塑性樹脂シートを積層して、当該熱可塑性樹脂の軟化溶融温度以上の温度領域で加熱・加圧することを特徴とする炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法。」(特許請求の範囲)

(摘示2)
「本発明は、炭素繊維を強化材とし、熱可塑性樹脂を母材(マトリックス)とするスタンピング(プレス成形,打抜き加工)可能な炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法に関する。」(第1頁左欄第20行?右欄第3行)

(摘示3)
「熱可塑性樹脂を結合材とする繊維強化熱可塑性樹脂シートはスタンパブルシ一トと呼ばれ、威形用中間素材として各方面で使用されている。・・・
従来、これらの繊維(主としてガラス繊維)強化熱可塑性樹脂シートの製造は、ドライプロセス法とウェットプロセス法により実施されている。・・・一方ドライプロセス法では加熱加圧により樹脂をマットに含浸させる工程で、樹脂がマットに十分廻りこまない箇所が生じる、あるいは欠陥,ボイドが発生する上に、さらにウェットプロセス法に比較して表面が荒れるという欠点がある半面、ウェットプロセス法に比べて使用可能な繊維長が大きくなるので、製品の強度及び耐衝撃性からみると有利である。・・・
また強化用繊維として炭素繊維を使用する場合、ガラス繊維と比較すると可撓性,取扱い性に劣り、特に加熱加圧する工程において繊維の損傷あるいは折損による短繊維化が起こり、期待したほどの製品品質が得られない傾向がある。」(第1頁右欄第5行?第2頁左下欄第13行)

(摘示4)
「本発明の目的はドライプロセス法において、強化用繊維として炭素繊維を、マトリックスとして熱可塑性樹脂を用いて、曲げ強度や衝撃強度等の機械的性質及び表面品質に優れた均一性の高い構造を有する炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法を提案することである。」(第2頁左下欄第15?20行)

(摘示5)
「次いで得られた混紡シート状物を、熱可塑性シート状物と重ね合わせて積層し、当該熱可塑性樹脂の軟化溶融温度以上の温度領域で加熱・加圧し、混紡シート内の熱可塑性樹脂と表面の熱可塑性樹脂シートにより強化繊維層に樹脂を十分含浸させた後、冷却しながら圧力を加え樹脂を固化させて炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートを得る。
本発明においてはこのように予め熱可塑性樹脂繊維を混紡により炭素繊維層中に均一に分散させているため、加熱溶融時に繊維層内への樹脂の廻り込みが速やかで、かつ十分に行うことができる。」(第3頁左下欄第7?17行)

(摘示6)
「<実施例>
第1表に示す石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維に、ポリプロピレン樹脂の繊維(単糸径10μm)を第2表に示す配合比率で平均的に両者を分散させて、汎用の開繊機であるコーミングローラーにより開繊しながら、飛散する綿状体を風洞を通してネットコンベア上にサクション吸引により堆積させ、混紡マット状物を得た。得られたマット状物にエポキシ樹脂の水分散液を噴霧し、対繊維(炭素繊維とポリプロピレン樹脂の繊維)重量%で3%になるようにエボキシ樹脂の付着量を制御した。これを110℃の温度条件下脱水乾燥しながらローラーにより圧縮して混紡シートを作成した。得られた圧縮シートと熱可塑性樹脂シート(ポリプロピレン)を第3表に示す条件で重ね合わせて積層し、ダブルスチールベルトの間に扶持し、210℃に保持した加熱帯域でローラーにより加圧・ニツビングした後、加圧しつつ冷却し炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートとした。得られたスタンパブルシ一トの評価結果を第3表に示したが、本発明によれば従来法で製造したものと比較して、曲げ強度,耐衝撃性に優れ、表面品質も良好なことは明らかである。」(第3頁右下欄第12行?第4頁左上欄第14行)

(摘示7)
「前述したごとく、本発明により製造される炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートは、予めマトリックスとなる熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維を混紡しているために加熱加圧成形時において、補強繊維層内への樹脂の含浸を均一かつ速やかに行うことができ、繊維の偏在,欠陥の発生などが抑えられ、得られるシートも均一な寸法,物性が得られる。」(第5頁左上欄第2?8行)

2.引用文献1に記載された発明

引用文献1には、摘示1の記載からみて、「強化用繊維マットと熱可塑性樹脂シートを重ね合わせて積層し、加熱しながら樹脂層を軟化溶融状態で加圧し、次いで冷却・加圧しながら樹脂を固化させる繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法において、予めマトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維の混紡マット状物を作り、これに第3成分であるバインダーを加えて圧縮することにより混紡シート状物となし、ついで該シート状物とマトリックスとなる熱可塑性樹脂シートを積層して、当該熱可塑性樹脂の軟化溶融温度以上の温度領域で加熱・加圧することを特徴とする炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法」が記載されており、摘示2?3の記載からみて、引用文献1に記載された発明は、炭素繊維を強化材とし、熱可塑性樹脂をマトリックスとするスタンパブルシートの製造方法に関するものであることが記載されている。
したがって、引用文献1には、
「強化用繊維マットと熱可塑性樹脂シートを重ね合わせて積層し、加熱しながら樹脂層を軟化溶融状態で加圧し、次いで冷却・加圧しながら樹脂を固化させる繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法において、予めマトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維の混紡マット状物を作り、これに第3成分であるバインダーを加えて圧縮することにより混紡シート状物となし、ついで該シート状物とマトリックスとなる熱可塑性樹脂シートを積層して、当該熱可塑性樹脂の軟化溶融温度以上の温度領域で加熱・加圧することによって得られる炭素繊維強化スタンパブルシート」
なる発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

3.対比

本願発明と引用発明とを対比する。

引用発明における「混紡シート状物」は、予めマトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維の混紡マット状物を作り、これに第3成分であるバインダーを加えて圧縮することにより得られるものであり、摘示6からみて、混紡マット状物の製造方法の具体例として、炭素繊維に、ポリプロピレン樹脂の繊維を、汎用の開繊機であるコーミングローラーにより開繊しながら、飛散する綿状体を風洞を通してネットコンベア上にサクション吸引により堆積させる方法が記載されていることから、本願発明における「不織布」に相当すると認められる。
また、引用発明における「マトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維」及び「マトリックスとなる熱可塑性樹脂シート」はそれぞれ、本願発明における「熱可塑性繊維」及び「非繊維系熱可塑性樹脂」に対応するものと認められる。そして、摘示5から、「熱可塑性樹脂の軟化溶融温度以上の温度領域で加熱・加圧し、混紡シート内の熱可塑性樹脂と表面の熱可塑性樹脂シートにより強化繊維層に樹脂を十分含浸させ」ており、引用発明の炭素繊維強化スタンパブルシートにおいて「マトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維」及び「マトリックスとなる熱可塑性樹脂シート」が溶融固化した状態にあることは明らかである。
したがって、両発明は、
「熱可塑性繊維と炭素繊維を含む不織布中に、非繊維系熱可塑性樹脂を含有する炭素繊維強化スタンパブルシートであり、不織布を構成する熱可塑性繊維及び非繊維系熱可塑性樹脂が溶融固化した状態にあることを特徴とする、炭素繊維強化スタンパブルシート。」
の点で一致し、以下の相違点で一応相違するものと認められる。

相違点(1)
不織布について、本願発明においては、熱可塑性繊維と集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にあるのに対し、引用発明においては、炭素繊維が集束した状態であり、熱可塑性繊維が炭素繊維に絡んだ状態であることについて格別特定していない点

相違点(2)
非繊維系熱可塑性樹脂について、本願発明においては、不織布を構成する熱可塑性繊維に由来しない熱可塑性樹脂であるのに対し、引用発明においては、格別特定していない点

4.相違点についての検討

上記相違点について検討する。

相違点(1)について
引用文献1には、不織布は「予め熱可塑性樹脂繊維を混紡により炭素繊維層中に均一に分散させている」(摘示5)ものである旨記載されている。そして、不織布の製造方法の具体例として、炭素繊維とポリプロピレン樹脂の繊維を平均的に両者を分散させて、汎用の開繊機で開繊しながら、飛散する綿状体をネットコンベア状に堆積させて製造方法が記載されており(摘示6)、本願発明の繊維ウェブの製造方法も、引用文献1記載の製造方法と同様、炭素繊維と熱可塑性繊維が混綿し、汎用の開繊機で開繊しながら、繊維ウェブを形成しており、両者ともその他の処理を行う旨格別特定されていない。してみれば、引用文献1記載の不織布についても、熱可塑性繊維と集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にあるといえる。

この点に関して、請求人は、平成23年12月12日提出の審判請求書において、「しかし、本願の請求項1の発明は、集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にある不繊布を使用しているのに対して、引用文献1の発明においては、このような不織布を開示していない点で相違します。
引用文献1の発明は『表面品質に優れた均一性の高い構造を有する炭素繊維強化熱可塑怯樹脂シートの製造方法』(第2頁左下欄第18行?第20行)を提供するために、『マトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維との混紡マットを作ることにより、予め熱可塑性樹脂を強化繊維層内部に均一に分散させることになるため、加熱加圧工程において、強化繊維マット中への樹脂の含浸も十分でかつ均質なものが得られる』(第2頁右下欄第16行?第3頁左上欄第2行、第5頁左上欄第1行?第8行)という製造方法であります。
すなわち、熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とを均一に混合し、分散させることによって、前記目的を達成したものであります。
このことは、実施例において、石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維とポリプロピレン樹脂繊維とを平均的に両者を分散させ、汎用の開繊維であるコーミングローラーにより開繊して混紡マット状物を製造していることからも明らかであります。」(第10頁第9?25行)との主張がなされている。そして、上記主張の根拠として、(1)石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維を用いて、コーミングローラーにより開繊している点、及び、(2)炭素繊維と樹脂繊維とを平均的に両者を分散させる点、からそれぞれ具体的な主張が行われているところ、以下検討を行う。

(1)石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維を用いて、コーミングローラーにより開繊している点について、同審判請求書において、
「つまり、ピッチ系汎用グレードの炭素繊維は、集束剤の塗布をしないのが一般的であります。(参考文献1の大谷杉郎、大谷朝男共著「カーボンファイバ入門」、第87頁、昭和58年8月25日オーム社発行をご参照下さい。)
引用文献1(特開平3-166910号公報)の実施例に記載のコーミングローラーにより開繊する場合、サイジング剤が付着していない方が開繊性に優れていることは周知であります。
たとえば、特開平5-9853号公報の『・・・ コーミングローラ6に供給される。この際、多繊維条2は弛緩状態で供給されてもよいし、緊張状態で供給されてもよいが、好ましくは多繊維条2が、開繊する弛緩供給がよい。上述の多繊維条2としては好ましくは無ヨリであって、かつ各種サイジング剤である樹脂付着のないものがカット性と開繊性に優れている。・・・』
あるいは、特開平5-321050号公報の『・・・コーミングローラ5に送り込んでいる・・・さらにはサイジング剤などを含有しない方が、開繊性やカット性を向上させる上から好ましい。』
をご参照下さい。」(第10頁第26行?第12頁第14行)
との主張がなされている。
しかしながら、引用文献1の発明における炭素繊維について、実施例に記載された「石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維」に限定して解釈しているが、引用文献1の特許請求の範囲には「ピッチ系炭素繊維」ではなく「炭素繊維」なる特定事項が記載されており、引用文献1の他の記載をみても、「ピッチ系炭素繊維」に限定する旨何ら記載も示唆もされていない。したがって、引用発明における炭素繊維をピッチ系汎用グレードの炭素繊維であるとした、上記主張の根拠(1)はその前提から妥当ではない。そして、炭素繊維としては、例えばPAN系HPCF(高性能炭素繊維)については請求人が提示した参考文献1にも「市販されているカーボンファイバのうちHPCFは、ほとんど全部表面処理が施されている・・・繊維の糸扱いを良くするための集束剤の塗布である。」(第87頁第18?20行)と記載されているように、通常集束剤等による表面処理を行っており、炭素繊維は集束した状態であるものもあることから、仮に上記主張の根拠(1)の前提を炭素繊維一般としても、上記主張の根拠(1)は妥当ではない。よって、請求人の主張は認められない。
仮に、引用文献1の発明における炭素繊維が石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維に限定されたものであったとした場合について検討するに、請求人はピッチ系汎用グレードの炭素繊維について集束剤を塗布しないことが一般的である旨主張しているが、光学等方性・光学異方性ピッチのいずれの原料を用いたピッチ系炭素繊維、すなわちピッチ系汎用炭素繊維・高性能炭素繊維いずれについても、脆弱な前駆体繊維束を毛羽や糸切れを防いで安定に取り扱えるとともに、不融化処理の際の炭素繊維間の融着を防止し、得られた繊維の開繊性や機械的強度を向上させるべく、集束剤を適用することは本願出願前周知であり(例えば、特開昭59-199872号公報、特開昭62-28411号、特開昭62-117820号公報、特開平3-8809号公報公報参照)、ピッチ系汎用グレードの炭素繊維は集束剤の塗布をしないのが一般的であるとまではいえない。よって、請求人の主張は採用できない。
また、請求人は、引用文献1の実施例に記載のコーミングローラーにより開繊する場合、サイジング剤が付着していない方が開繊性に優れていることは周知であり、引用文献1の発明における炭素繊維が集束した状態ではない旨、請求人が提示した公報(特開平5-9853号公報、特開平5-321050号公報)に基づいて主張しているが、当該公報においても、PAN系炭素繊維ではあるが、コーミングローラーによる開繊工程の前に、開繊性やカット性を向上させるために脱サイジング工程が追加されている、すなわち、炭素繊維の製造において集束剤が適用されているといえる。そうであれば、「コーミングローラーにより開繊する」ことをもって、開繊に供する炭素繊維はサイジング剤が付着していない、すなわち炭素繊維が集束した状態ではないとまではいえない。よって、請求人の主張は採用できない。

(2)炭素繊維と樹脂繊維とを平均的に両者を分散させる点について、同審判請求書において、
「引用文献1の発明は、先にも記載しましたように、『表面品質に優れた均一性の高い構造を有する炭素繊維強化熱可塑性樹脂シートの製造方法』(第2頁左下欄第18行?第20行)を提供することを目的とし、『マトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維との混紡マットを作ることにより、予め熱可塑性樹脂を強化繊維層内部に均一に分散させることになるため、加熱加圧工程において、強化繊維マット中への樹脂の含浸も十分でかつ均質なものが得られる』(第2頁右下欄第16行?第3頁左上欄第2行、第5頁左上欄第1行?第8行)という製造方法であります。
すなわち、熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とを均一に混合し、分散させることによって、前記目的を達成したものであります。
このことは、実施例において、炭素繊維とポリプロピレン樹脂繊維とを平均的に分散させて、混紡マット状物を製造していることによっても明らかであります。
このように、引用文献1の発明は、熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とを均一に混合し、分散させることを要旨とする発明でありますので、引用文献1の発明においては、本願の請求項1の発明のような、集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にある不織布を使用するということはあり得ません。」
との主張がなされている。
しかしながら、請求人が上記指摘した引用文献1における「マトリックスとなる熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維との混紡マットを作ることにより、予め熱可塑性樹脂を強化繊維層内部に均一に分散させることになるため、加熱加圧工程において、強化繊維マット中への樹脂の含浸も十分でかつ均質なものが得られる」との記載は、炭素繊維層内部に熱可塑性樹脂繊維が均一に分散した状態であることが記載されているのであり、すなわち、炭素繊維層内部に熱可塑性樹脂繊維が偏在せずに分散している状態を記載しているのであって、炭素繊維が分散して集束していない状態であるとは記載も示唆もなされていない。また、実施例において、「第2表に示す配合比率で平均的に両者を分散させて」なる記載がなされているが、第2表に示された配合比率はいずれも炭素繊維が熱可塑性樹脂繊維に対して過剰量配合されているものであり、この記載からも炭素繊維層内部に熱可塑性樹脂繊維が偏在せずに分散しているのであって、炭素繊維が分散して集束していない状態であるとはいえない。よって、請求人の主張は採用できない。

したがって、引用発明における不織布は、熱可塑性繊維と集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にあることから、相違点(1)は実質的な相違点ではない。

相違点(2)について
本願明細書等には、非繊維系熱可塑性樹脂について、「なお、不織布を構成する熱可塑性繊維の少なくとも1種類の熱可塑性樹脂と、非繊維系熱可塑性樹脂とが同系統の樹脂であると、熱可塑性樹脂同士の馴染みが良く、よりボイドが発生しにくい、機械的強度の優れるものである。特に、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリアミドの中から選ばれる樹脂からなることが好ましい。この出願発明の『同系統の樹脂』とは、ポリオレフィン系同士の熱可塑性樹脂であったり、同じ官能基を有する熱可塑性樹脂をいう。」(段落【0006】)と記載されているように、非繊維系熱可塑性樹脂として、熱可塑性繊維と同系統の樹脂が好ましい旨の記載があるものの、熱可塑性繊維に由来しないとする点についてその技術的意義について本願明細書等のその他の記載を参酌しても何ら記載も示唆もなされていない。
また、本願明細書等には、「この出願発明の炭素繊維強化スタンパブルシートを構成する不織布は、熱可塑性繊維と炭素繊維を含んでおり、この熱可塑性繊維は前述のような非繊維系熱可塑性樹脂の融点と同程度以下の熱可塑性樹脂を少なくとも1種類含んでいる。そのため、前述のような非繊維系熱可塑性樹脂を溶融させて含浸する際の熱によって、不織布を構成する熱可塑性繊維の一部又は全部が溶融するため、適度な空隙が形成され、非繊維系熱可塑性樹脂の含浸性に優れている。したがって、ボイドを発生することなく含浸でき、機械的強度の優れている炭素繊維強化スタンパブルシートであることができる。」(段落【0010】)と記載されているように、熱可塑性繊維と非繊維系熱可塑性樹脂が同程度の溶融温度であれば、不織布中にボイドを発生することなく含浸できるという効果を奏することが期待できるものであり、非繊維系熱可塑性樹脂が熱可塑性繊維に由来しないとする点に技術的意義は見いだせない。
そして、引用文献1には、従来の繊維強化熱可塑性樹脂シートのドライプロセス法における課題である、「樹脂がマットに十分廻りこまない箇所が生じる、あるいは欠陥,ボイドの発生する」(摘示3)という課題を解決し、「曲げ強度や衝撃強度などの機械的性質に優れた均一性の高い構造を有する炭素繊維強化熱可塑性樹脂シート」(摘示4)を製造するために、「熱可塑性樹脂の軟化溶融温度以上の温度領域で加熱・加圧し、混紡シート内の熱可塑性樹脂と表面の熱可塑性樹脂シートにより強化繊維層に樹脂を十分含浸させ」ることにより(摘示5)、「補強繊維層内への樹脂の含浸を均一かつ速やかに行うことができ、繊維の偏在,欠陥の発生などが抑えられ、得られるシートも均一な寸法,物性が得られる」(摘示7)ことが記載されている。してみると、引用文献1における混紡シート内の熱可塑性樹脂の繊維と表面の熱可塑性樹脂シートは同程度の溶融温度を有しており、その溶融温度以上での加熱・加圧工程により、本願発明と同様、炭素繊維層内に十分含浸することができ、欠陥やボイドの発生のない機械的強度の高い炭素繊維強化スタンパブルシートを得ることができるといえる。
そうであれば、本願明細書等及び引用文献1にはともに、ボイドの発生を防ぎ含浸させるために、不織布を構成する熱可塑性(樹脂の)繊維と非繊維系熱可塑性樹脂との溶融温度を同程度にするという課題解決手段において軌を一にしており、かかる解決手段の範囲において、そのような熱可塑性樹脂シートに用いる熱可塑性樹脂として、熱可塑性樹脂の繊維に由来しないものを採用することは当業者が必要に応じて適宜選択できるものと認められ、その効果も格別顕著なものとは認められない。

したがって、本願発明は、引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5.請求人の主張についての検討

請求人は、平成23年12月12日提出の審判請求書において、「しかし、本願の請求項1の発明は、集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にある不繊布を使用しているのに対して、引用文献1の発明においては、このような不織布を開示していない点で相違します。・・・
このことは、実施例において、石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維とポリプロピレン樹脂繊維とを平均的に両者を分散させ、汎用の開繊維であるコーミングローラーにより開繊して混紡マット状物を製造していることからも明らかであります。」(第10頁第9?25行)との主張がなされている。
しかしながら、上記第4.原査定の拒絶の理由の妥当性についての検討における4.相違点についての検討で述べたとおり、請求人の主張の根拠として具体的に主張が行われている、(1)石炭ピッチから製造された汎用グレードの炭素繊維を用いて、コーミングローラーにより開繊している点、及び、(2)炭素繊維と樹脂繊維とを平均的に両者を分散させる点について、いずれも請求人の主張は採用できない。よって、上記第4.原査定の拒絶の理由の妥当性についての検討に記載したとおり、引用文献1に記載された混紡シート状物は、熱可塑性繊維と集束した状態にある炭素繊維を含み、熱可塑性繊維がこの炭素繊維に絡んだ状態にある不織布であるといえる。
したがって、請求人の主張は認められない。

第6.むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって他の請求項に係る発明について更に検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-05-16 
結審通知日 2013-05-21 
審決日 2013-06-03 
出願番号 特願2001-6692(P2001-6692)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C08J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 加藤 幹佐々木 秀次  
特許庁審判長 渡辺 仁
特許庁審判官 塩見 篤史
大島 祥吾
発明の名称 炭素繊維強化スタンパブルシート、その製造方法、及びその成形品  
代理人 熊田 和生  
代理人 熊田 和生  
代理人 熊田 和生  

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