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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12P
管理番号 1280236
審判番号 不服2011-7573  
総通号数 168 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-12-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-04-11 
確定日 2013-10-10 
事件の表示 特願2005-217065「(メタ)アクリル酸ヒドロキシエステルの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 2月 8日出願公開、特開2007- 28995〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成17年7月27日の出願であって,平成22年7月27日付けの拒絶理由通知に対して,同年9月30日に意見書,手続補正書が提出され,平成23年1月24日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,同年4月11日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

第2 本願発明
本願請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,平成22年9月30日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載からみて,次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
下記一般式(1)
CH_(2)=CR^(1)COOR^(2) (1)
(式中,R^(1)はメチル基,R^(2)はビニル基を示す)で表されるメタクリル酸エステルとグリセリンを極性有機溶媒中,リパーゼの存在下でエステル交換反応させることを特徴とする下記一般式(2)
(CH_(2)=CR^(1)COOCH_(2))_(2)CHOH (2)
(式中,R^(1)はメチル基を示す)で表されるメタクリル酸ヒドロキシエステルの製造方法。」

第3 引用刊行物記載の事項
原査定の拒絶理由に引用され,本願出願前に頒布された刊行物である特開2004-275064号公報(以下,「刊行物1」という。)には,次の事項が記載されている。
なお,下線は当審にて付記したものである。

(刊1-1)
「【請求項1】
極性溶媒中,リパーゼの存在下,アルコールとビニル(メタ)アクリレートをエステル合成反応させることを特徴とする(メタ)アクリル酸エステルの製造方法。」

(刊1-2)
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は(メタ)アクリル酸エステルの製造方法に関する。なお,本発明でいう(メタ)アクリル酸エステルは,アクリル酸エステル,メタアクリル酸エステル又は両者を含む意味で使用される。」

(刊1-3)
「【0002】
【従来の技術】
(メタ)アクリル酸エステルは種々の工業材料となり得る高分子を合成するための単量体として極めて重要である。高分子重合物は光・熱硬化特性や耐光性・光学的性質に優れることから,感光性材料,光学材料,有機ガラス及び接着剤等に広く用いられている。またメタクリル酸エステルと他の単量体を共重合して得られる高分子重合物は,塗料,接着剤およびフィルム等の架橋材として,反応性成分,ゴム改質材として利用されている。
【0003】
このような(メタ)アクリル酸エステルの代表的な工業的製造方法として,硫酸や有機スルホン酸を触媒に用いたアルコールとカルボン酸との反応がある。この方法は,副反応による収率低下や煩雑な精製操作が必要となるなど効率が悪い。さらに廃水処理等により作業環境が汚染されやすく環境公害の要因となるという欠点を有する。そのため,簡便な方法で得ることのできる高純度な(メタ)アクリル酸エステルの製造方法が望まれていた。
【0004】
一方,硫酸や有機スルホン酸を触媒に用いた合成方法の替わりに,リパーゼを用いたエステル合成方法が広く検討されている。リパーゼを用いたエステル合成反応において,反応の基質にアクリル酸を用いた場合,エステルは得ることは出来ないといわれている。そこで,特許文献1ではアクリル酸エステル生産菌による(メタ)アクリル酸エステルの製造方法が提案されたが,原料として使用できるアルコールは炭素数1?8の直鎖状アルコールに限定されている。また,特許文献2ではリパーゼを用い,アルコールと(メタ)アクリル酸エステルとのエステル交換反応によって製造するという報告があるが,基質であるアルコールがグリセリン及びグリセリン誘導体,炭素原子数12から22と限定されており,更に反応率が低く未反応物が生じる。更に,非特許文献1では固定化リパーゼを用いて無極性溶媒中でアクリル酸エステルを製造することが可能であるとの報告がなされたが,この方法は副反応物であるアルデヒドの反応阻害効果により基質であるアルコールの炭素数が8個以上では,反応率が著しく低下し,より炭素数の多いアルコールを基質に用いることは困難であった。また,炭素数が8個以下の場合でも最高で66%程度の転化率である。」

(刊1-4)
「【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は,(メタ)アクリル酸エステルを簡便,且つ高純度,高収率で製造しうる製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明は,極性有機溶媒中,リパーゼの存在下,アルコールとビニル(メタ)アクリレートをエステル合成反応させることを特徴とする(メタ)アクリル酸エステルの製造方法である。また,本発明は,アルコールが1級又は2級の1価アルコール又は多価アルコールである前記の(メタ)アクリル酸エステルの製造方法である。
【0008】
【発明の実施の形態】
以下,本発明について詳細に説明する。
本発明の製造方法は,ビニル(メタ)アクリレートとアルコールをいわゆるエステル交換反応に付し,該アルコールの(メタ)アクリレートとするものである。本発明において用いられるアルコールは,1級又は2級アルコールが選択される。また,1個以上の水酸基をもつアルコールが使用できるが,1?5個が好ましい。」

(刊1-5)
「【0009】
本発明において用いられるリパーゼは,細菌由来のものが選択される。リパーゼの起源としてAlcaligenes. sp. , Candida cylindracea nov. sp. , Aspergillus niger , Mucor javanicus.等に由来するリパーゼを用いることが可能である。本発明において用いられるリパーゼは種々のものが市販されており,本発明では,これらの市販品をそのまま用いることができる。反応に用いるリパーゼはエステル合成能,エステル交換能を有するものであれば使用することができる。具体例としては,リパーゼQL,リパーゼQLM (名糖産業社製),キラザイムL-2,c-f,c2,lyo(ロシュ・ダイアグノスティック社製)を挙げることができる。リパーゼは粉末又は公知の担体に固定化されたもの等何れでもよい。使用したリパーゼは,洗浄及び乾燥することにより繰り返し使用可能である。」

(刊1-6)
「【0010】
本発明において用いられる有機溶媒としては,特に極性溶媒を選択する。それにより副反応物であるアセトアルデヒドの反応阻害を抑えることができ,目的とする(メタ)アクリル酸エステルを高収率で得ることができる。このような溶媒として,例えばイソプロピルエーテル,ジエチルエーテルやt-ブチルメチルエーテル等のエーテル系溶媒,t-ブチルアルコール等の3級アルコール系溶媒を挙げることができる。極性有機溶媒は,基質のアルコールを溶解し,(メタ)アクリル酸ビニルを溶解することが望ましい。
【0011】
本発明を実施するには,反応容器に基質であるアルコールを入れ,更に有機溶媒を加え混合液とする。混合液中のアルコールの濃度は約0.04?0.4モル/リットルとなるように調整する(この濃度範囲が最も反応性が高い)。次いで,得られた混合液に,メタクリル酸ビニルを水酸基1に対して1?2当量加え,更にリパーゼをアルコールに対して約5?50重量%となるように加える。リパーゼを添加した混合液を混和し,室温で攪拌することにより,メタクリル酸エステル化反応を行う。反応時間は,通常3時間から20日間であるが,反応温度,リパーゼの量及び溶媒等を変えることにより,反応時間を短縮することも可能である。
【0012】
本発明を実施する反応システムはバッチ式,カラムを通過させる連続方式等いかなる方式でも可能である。」

(刊1-7)
「【0013】
反応終了後,反応混合液は,通常,リパーゼだけが縣濁している状態となっているので,リパーゼをろ過除去し,ろ液を濃縮することで,目的物を高純度且つ高収率で得ることが可能である。」

(刊1-8)
「【0015】
実施例1
かく拌装置を備えた反応容器に,基質として1,4-シクロヘキサンジメタノール72gとアクリル酸ビニル147g,t-ブチルメチルエーテル1250ml及びリパーゼ(QLM,名糖産業社製)25gの混合物を入れ,室温で5時間攪拌して反応させた。リパーゼをろ別した後,反応液を減圧下で濃縮し,反応生成物であるアクリル酸エステル,すなわち1,4-シクロヘキサンジメタノールジアクリレート123gを得た。収率は98%であった。このアクリル酸エステルをガスクロマトグラフィーシステムを用いて分析した結果,目的物は>99%の純度であった。
【0016】
実施例2
基質としてトリシクロ[5.2.1.0.2,6]デカンジメタノール41gとアクリル酸ビニル58g,t-ブチルメチルエーテル500ml及びリパーゼ(QLM,名糖産業社製)6gの混合物を反応容器に入れ,室温で5時間攪拌して反応させた。リパーゼをろ別した後,反応液を減圧下で濃縮し,反応生成物であるアクリル酸エステル,すなわちトリシクロ[5.2.1.0.2,6]デカンジメタノールジアクリレート54gを得た。収率は98%,純度は>99%であった。
【0017】
実施例3
反応容器に基質として1,4-シクロヘキサンジメタノール72gとメタクリル酸ビニル224g,t-ブチルメチルエーテル1250ml及びリパーゼ(QLM,名糖産業社製)25gの混合物を入れ,室温で7時間攪拌して反応させた。リパーゼをろ別した後,反応液を減圧下で濃縮し,反応生成物であるメタクリル酸エステル,すなわち1,4-シクロヘキサンジメタノールジメタクリレート139gを得た。収率は99%,純度は>99%であった。
【0018】
実施例4
反応容器に基質として,トリシクロ[5.2.1.0.2,6]デカンジメタノール41gとメタクリル酸ビニル67g,t-ブチルメチルエーテル500ml及び固定化リパーゼ(L-2,Roche社製)6gの混合溶液を用い,実験例1と同様の方法により,反応生成物67gを得た。反応生成物であるメタクリル酸エステルの収率96%であり,純度は>99%であった。
【0019】
実施例5
反応容器に基質としてパラキシレングリコール110gとメタクリル酸ビニル300g,t-ブチルメチルエーテル3.2L及びリパーゼ(QLM,名糖産業社製)40gの混合物を入れ,室温で8時間攪拌して反応させた。リパーゼをろ別した後,反応液を減圧下で濃縮し反応生成物であるメタクリル酸エステル,すなわちパラキシレングリコールジメタクリレート205gを得た。収率は94%であり,純度>99%であった。」

(刊1-9)
「【0020】
【発明の効果】
本発明により感光性材料,光学材料,有機ガラスよび接着剤等に使用可能な(メタ)アクリル酸エステルの製造を簡便且つ高純度,高収率で行うことができる。また本発明の各種メタクリル酸エステルの合成方法は,酵素を用いて温和に反応が行えるので,過酷な反応条件下で行う化学触媒を用いる場合と比較して,極めて安全である。加えて反応液をろ過し,濃縮するだけで簡便に目的物を得ることができる。基質にメタクリル酸ビニルを用いることにより,逆反応が抑えられ,目的物を高純度且つ高収率で得ることが可能である。」

第4 刊行物1記載の発明
刊行物1には,摘示(刊1-1)の「請求項1」のとおり,次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「極性溶媒中,リパーゼの存在下,アルコールとビニル(メタ)アクリレートをエステル合成反応させることを特徴とする(メタ)アクリル酸エステルの製造方法。」

第5 対比
本願発明と引用発明を対比する。

1 溶媒について
刊行物1には,「本発明において用いられる有機溶媒としては,特に極性溶媒を選択する。・・・極性有機溶媒は,基質のアルコールを溶解し,(メタ)アクリル酸ビニルを溶解することが望ましい。」(摘示(刊1-6))と記載されていることから,刊行物1に記載の「極性溶媒」は,本願発明の「極性有機溶媒」に相当する。

2 反応原料となるビニルエステルについて
本願発明の反応原料となる
「下記一般式(1)
CH_(2)=CR^(1)COOR^(2) (1)
(式中,R^(1)はメチル基,R^(2)はビニル基を示す)で表されるメタクリル酸エステル」は,メタアクリル酸ビニルである。
引用発明の反応原料である「ビニル(メタ)アクリレート」は,刊行物1の「本発明の製造方法は,ビニル(メタ)アクリレートとアルコールをいわゆるエステル交換反応に付し,該アルコールの(メタ)アクリレートとするものである。」(摘示(刊1-4))、「本発明は(メタ)アクリル酸エステルの製造方法に関する。なお,本発明でいう(メタ)アクリル酸エステルは,アクリル酸エステル,メタアクリル酸エステル又は両者を含む意味で使用される。」(摘示(刊1-2))なる記載から,一般式で表すと,
CH_(2)=CR^(1)COOR^(2) (式中,R^(1)は水素原子又はメチル基,R^(2)はビニル基を示す)で表される(メタ)アクリル酸ビニルである。
そうすると,引用発明の「ビニル(メタ)アクリレート」は,本願発明の
「下記一般式(1)
CH_(2)=CR^(1)COOR^(2) (1)
(式中,R^(1)はメチル基,R^(2)はビニル基を示す)で表されるメタクリル酸エステル」とは,ビニルエステルである点で共通する。

3 反応原料となるアルコールについて
刊行物1には,「本発明は,アルコールが1級又は2級の1価アルコール又は多価アルコールである前記の(メタ)アクリル酸エステルの製造方法である。」,「1個以上の水酸基をもつアルコールが使用できるが,1?5個が好ましい。」(摘示(刊1-4))と記載されている。
そうすると,引用発明の「アルコール」は,本願発明の「グリセリン」とは,1個以上の水酸基をもつアルコールである点で共通する。

4 反応について
刊行物1には,「本発明の製造方法は,ビニル(メタ)アクリレートとアルコールをいわゆるエステル交換反応に付し,該アルコールの(メタ)アクリレートとするものである。」(摘示(刊1-4))と記載されており,また,引用発明の反応は,(メタ)アクリル酸エステルのアルコール部分を交換するものであるから,引用発明の「エステル合成反応」は,本願発明の「エステル交換反応」に相当する。
そして,「リパーゼの存在下」で反応させる点で一致する。

5 製造目的物について
本願発明の製造目的物である
「下記一般式(2)
(CH_(2)=CR^(1)COOCH_(2))_(2)CHOH (2)
(式中,R^(1)はメチル基を示す)で表されるメタクリル酸ヒドロキシエステル」は,グリセリン1,3-ジメタクリレートである。
すなわち,3個の水酸基を持つアルコールの,2個の水酸基がメタクリル酸エステルとなったものである。
引用発明の製造目的物である「(メタ)アクリル酸エステル」は,上記「2 反応原料となるビニルエステルについて」,「3 反応原料となるアルコールについて」,「4 反応について」から,一般式で表すと,
CH_(2)=CR^(1)COOR (式中,R^(1)は水素原子又はメチル基,Rはアルコール残基を示す)で表される(メタ)アクリル酸エステルである。
すなわち,1個以上の水酸基を持つアルコールの,少なくとも1個の水酸基が(メタ)アクリル酸エステルとなったものである。
そうすると,引用発明の「(メタ)アクリル酸エステル」は,本願発明の
「下記一般式(2)
(CH_(2)=CR^(1)COOCH_(2))_(2)CHOH (2)
(式中,R^(1)はメチル基を示す)で表されるメタクリル酸ヒドロキシエステル」とは,アルコールのエステルである点で共通する。

6 小括
したがって,両発明は,次の(一致点)及び(相違点1)?(相違点2)を有する。

(一致点)
「ビニルエステルと,1個以上の水酸基を持つアルコールを極性有機溶媒中,リパーゼの存在下でエステル交換反応させるアルコールのエステルの製造方法。」

(相違点1)
「ビニルエステル」が,本願発明では,「メタアクリル酸ビニル」であるのに対し,引用発明では,「メタアクリル酸ビニル」または「アクリル酸ビニル」のいずれかである点。

(相違点2)
「1個以上の水酸基を持つアルコール」が,本願発明では,「グリセリン」であって,得られる「アルコールのエステル」が「メタクリル酸ヒドロキシエステル」であるのに対し,引用発明では,いずれも特定されていない点。

第6 判断

1 相違点1について
刊行物1には,「本発明は(メタ)アクリル酸エステルの製造方法に関する。なお,本発明でいう(メタ)アクリル酸エステルは,アクリル酸エステル,メタアクリル酸エステル又は両者を含む意味で使用される。」と記載され(摘示(刊1-2)),また,実施例の1と2で「アクリル酸ビニル」,実施例の3?5で「メタクリル酸ビニル」が反応原料として用いられており,いずれも高い収率と純度で目的物を得られることも記載されている(摘示(刊1-8))。
そうしてみると,引用発明において,反応原料となるビニルエステルとして「メタアクリル酸ビニル」を選択することは,当業者が適宜なし得たことである。

2 相違点2について
(1)製造目的物と,対応する原料アルコールについて
刊行物1には,従来の技術として,製造目的物である(メタ)アクリル酸エステルについて,感光性材料,光学材料,有機ガラス及び接着剤等に用いられる高分子を合成するための単量体として極めて重要であり,簡便な方法で得ることのできる高純度な(メタ)アクリル酸エステルの製造方法が望まれており,リパーゼを用いる方法が広く検討されているが,リパーゼを用いたエステル合成反応では,原料として使用できるアルコールが限定されていたことが,記載されている(摘示(刊1-3))。これに対し,「本発明は,アルコールが1級又は2級の1価アルコール又は多価アルコールである前記の(メタ)アクリル酸エステルの製造方法である。」(摘示(刊1-4))と記載されているように,原料アルコールを限定しないものである。
一方,グリセリン1,3-ジメタクリレートは周知の化合物であって,接着剤等に用いられる高分子を合成するための重要な単量体である(メタ)アクリル酸エステルであることも,本願出願前に広く知られていた(下記刊行物A,及び刊行物B参照)。
化合物を高純度,高収率で製造しようとすることは化合物製造一般の当然の課題であるから,上記重要な単量体として周知のグリセリン1,3-ジメタクリレートを,簡便な方法で得ることのできる高純度な(メタ)アクリル酸エステルの製造方法である引用発明の方法で製造することは,当業者が適宜なし得たことである。
そして,引用発明において上記周知のグリセリン1,3-ジメタクリレートを製造するにあたり,対応する原料アルコールとしてグリセリンは当然の選択であるところ,刊行物1には,原料アルコールの選択肢として「多価アルコール」や「1?5個」の水酸基をもつアルコールが例示されている上(摘示(刊1-4)),基質であるアルコールの一例として「グリセリン」の記載もあり(摘示(刊1-3)),引用発明の方法をグリセリン1,3-ジメタクリレートの製造に適用することを妨げない。

(2)効果について
刊行物1には,1,4-シクロヘキサンジメタノールを反応原料アルコールとして用いた実施例の1と3で,「アクリル酸ビニル」を反応原料ビニルエステルとして用いた実施例1では収率98%,目的物純度は>99%であり,「メタクリル酸ビニル」を反応原料ビニルエステルとして用いた実施例3では収率99%,目的物純度は>99%であったことが記載されている(摘示(刊1-8))。そして,これらの高純度と高収率の理由について,「基質にメタクリル酸ビニルを用いることにより,逆反応が抑えられ,目的物を高純度且つ高収率で得ることが可能である。」(摘示(刊1-9))とも記載されている。
そうしてみると,基質にメタクリル酸ビニルを用いた本願発明のアルコール転化率>98%,目的物純度>98%という効果(明細書段落【0019】実施例1)は,刊行物1の記載から予測し得ないものではない。

(3)審判請求人の主張について
ア グリセリンの選択エステル化について
審判請求人は,平成23年4月11日付け審判請求書において,(ア)「引用文献1において使用されるアルコールは,1?5価の1級又は2級のアルコールであり,かかるアルコールは膨大な数となるのに対し,実施例に記載されたものは2価のアルコールだけであり,3価のアルコール,特にグリセリンに関しては示唆さえありません。」,(イ)「本発明では,グリセリンの1級のヒドロキシ基だけをエステル化し,2級のヒドロキシ基はヒドロキシ基としてそのまま残すものであり,このような特異的な選択エステル化については,引用文献1には何も教えるものはありません。」と主張している。
しかしながら,上記(ア)については,上記「(1)製造目的物と,対応する原料アルコールについて」で検討したとおり,グリセリンは目的物の設定から当然に選択されるものであるし,ここに阻害要因があるとはいえない。
そして,(イ)について,刊行物1には,エステル交換反応に用いられるリパーゼについて,「本発明において用いられるリパーゼは,細菌由来のものが選択される。リパーゼの起源としてAlcaligenes.sp., Candida cylindracea nov.sp., Aspergillus niger, Mucor javanicus.等に由来するリパーゼを用いることが可能である。本発明において用いられるリパーゼは種々のものが市販されており,本発明では,これらの市販品をそのまま用いることができる。反応に用いるリパーゼはエステル合成能,エステル交換能を有するものであれば使用することができる。具体例としては,リパーゼQL,リパーゼQLM(名糖産業社製),キラザイムL-2,c-f,c2,lyo(ロシュ・ダイアグノスティック社製)を挙げることができる。リパーゼは粉末又は公知の担体に固定化されたもの等何れでもよい。使用したリパーゼは,洗浄及び乾燥することにより繰り返し使用可能である。」(摘示(刊1-5))と記載されている。
ここで,リパーゼには,トリグリセリドの1,3-位のエステル結合のみを認識する1,3-位特異的リパーゼと3つのエステル結合を全て認識する非特異的リパーゼとが存在し(刊D-1),例えばAlcaligenes.sp.,Aspergillus niger, Mucor javanicus.等に由来するリパーゼは,グリセリドの1位及び3位に対して位置特異性を有することが知られており(摘示(刊C-1),(刊E-1),(刊F-1),(刊G-1)),刊行物1に市販品として記載されたリパーゼQL,リパーゼQLM(名糖産業社製)は,Alcaligenes.sp.由来のリパーゼである(摘示(刊D-1),(刊E-1))。
そうしてみると,引用発明において,刊行物1に記載されたリパーゼQL等のAlcaligenes.sp.に由来するリパーゼ,Aspergillus niger, Mucor javanicus.等に由来するリパーゼ,すなわち,1,3-位特異的リパーゼが用いられることにより,必然的にグリセリン2位のヒドロキシル基が維持されることは,刊行物1に接した当業者であれば直ちに理解されることである。
したがって,これらの点についても,上記主張は採用できない。

イ 本願明細書の実施例1と参考例1の比較について
審判請求人は,平成23年4月11日付け審判請求書において,引用文献1ではアクリル酸エステルとメタクリル酸エステルの反応性が同等である旨記載されているが,本発明の反応では,メタクリル酸エステルが特に優れる結果が得られており,本願明細書の参考例1で,グリセリンに対し大過剰のアクリル酸メチルを使用したにも係らずグリセリンの転化率が低いのは,実施例1のメタリル酸ビニルを用いた反応に比べて加水分解反応が生じやすいためであり,このような効果を示す理由は,一般式(1)において,R^(1)をメチル基に,R^(2)をビニル基とし,アルコールをグリセリンとすることにより,特異的に加水分解反応が抑止できたものと推測されると主張している。
そして,「ビニルエステルよりメチルエステルの方が一般的には安定ということからすれば,参考例1は比較のための例として十分に有効と信じます。」とも述べている。
しかしながら,刊行物1には,上記「(2)効果について」で検討したとおり,「基質にメタクリル酸ビニルを用いることにより,逆反応が抑えられ,目的物を高純度且つ高収率で得ることが可能である。」(摘示(刊1-9))と記載されていることに加え,審判請求人の「ビニルエステルよりメチルエステルの方が一般的には安定」であるとの主張を参酌すれば,エステル交換反応により形成されたビニルアルコールが安定に残存しないことにより,安定に存在し続けるメチルアルコールよりも,逆反応に関与しないこと,すなわち,エステル交換反応における基質エステルのアルコール部分として優れていることが,当業者に理解される。
したがって,「R^(1)をメチル基に,R^(2)をビニル基とし,アルコールをグリセリンとすることにより,特異的に加水分解反応が抑止できた」とする上記推測は採用することができず,アクリル酸メチルを使用した参考例1よりも,メタリル酸ビニルを用いた実施例1が高純度且つ高収率であるとの効果は,刊行物1の記載,及び技術常識から予測し得るものである。

(4)小括
そうすると,刊行物1発明において,反応原料であるビニルエステルとして,メタアクリル酸ビニルを用いて,周知の有用な化合物であるグリセリン1,3-ジメタクリレートの製造に適用し,その際,対応する原料アルコールとしてグリセリンを採用することは,当業者が容易に想到し得たものといえる。

刊行物A:特開昭58-131940号公報(原査定の周知例)
(刊A-1)
「本発明の目的は,上記した従来の嫌気性接着剤の有する問題点を解消し,接着力が良好で,耐熱性が極めて優れた新規化合物及びそれを用いた嫌気性接着剤を提供することにある。
即ち,本発明の新規化合物は,次式〔III〕;

(式中,R,R’及びR”は同一でも異なっていてもよく,水素原子,炭素原子数1?6個のアルキル基,アリル基又はそれらの誘導体を表す。)
で示されるジ-(アクリロイルオキシ-メチル)-ヒドロキシメタンであることを特徴とするものである。」(2頁右下欄5?最下行)

(刊A-2)
「本発明の嫌気性接着剤は,前記〔III〕式で示されるジ-(アクリロイルオキシ-メチル)-ヒドロキシメタン化合物,重合開始剤及び重合禁止剤を含有して成ることを特徴とするものである。」(3頁左下欄6?9行)

(刊A-3)
「実施例2
合成例により得た未蒸留のジ-(メタクロイルオキシ-メチル)-ヒドロキシメタンに過酸化物及び重合禁止剤を次の配合量で添加混合して均一液体とし,嫌気性接着剤を調製した。
ジ-(メタクロイルオキシ-メチル)-ヒドロキシメタン 100g
クメンヒドロペルオキシド 1.8g
ピロガロール 0.5g」
(5頁左下欄4?11行)

刊行物B:特開平9-227324号公報(原査定の周知例)
(刊B-1)
「【要約】
【課題】 数少ない成分を含有し,象牙質および琺瑯質に対して非常に高い接着値を可能にする,歯硬質物質の処置用の接着成分として使用するための配合物の提供。
【解決手段】 本発明の配合物は,
a)グリセリンジ(メタ)アクリレート 30?70重量%
b)水と混合しうる揮発性溶剤(例えば,アセトン) 70?30重量%
c)光活性剤(例えば,樟脳キノン) 0.01?2.5重量%
および
d)公知の添加剤(例えば,分散性シリカ) 0?40重量%
を含有することを特徴とする。」

(刊B-2)
「【0006】
【発明の実施の形態】本発明で使用されるグリセリンジ(メタ)アクリレートはグリセリンとアクリル酸およびメタクリル酸のジエステルである。例えば,次記の化合物を挙げることができる。
【0007】
【化1】



刊行物C:特開2001-252090号公報(原査定の周知例)
(刊C-1)
「【0011】位置特異的リパーゼのうち,1,3-リパーゼが特に好ましく,リゾプス(Rhizopus)属,アスペルギルス(Aspergillus)属,ムコール(Mucor)属の微生物由来のリパーゼ,すい臓リパーゼ等,より具体的にはリゾプス・デレマー(Rhizopus delemar):リゾプス・ジャポニカス(Rhizopus japonicus),リゾプス・ニベウス(Rhizopus niveus),アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger),ムコール・ジャバニカス(Mucor javanicus),ムコール・ミーハイ(Mucor miehei)等を起源とするリパーゼが好ましい。」

刊行物D:特開2004-285182号公報(原査定の周知例)
(刊D-1)
「【0037】
市販の遊離型の酵素としては,タリパーゼ(田辺製薬製:リゾプス・オリゼ由来),ノボザイム388(ノボザイムズ製:リゾムコール・ミーハイ由来),リポザイムTL100L(ノボザイムズ製:テルモミセス・ラヌギノーサ由来),リパーゼQLM(名糖産業製:アルカリゲネス属由来)などが挙げられる。また,市販の固定化酵素としては,リポザイムRMIM(ノボザイムズ製:リゾムコール・ミーハイ由来),リポザイムTLIM(ノボザイムズ製:テルモミセス・ラヌギノーサ由来)などが挙げられる。
【0038】
また,リパーゼには,トリグリセリドの1,3-位のエステル結合のみを認識する1,3-位特異的リパーゼと3つのエステル結合を全て認識する非特異的リパーゼとが存在する。DPAを効率よくグリセロール中に取りこませるためには,非特異的酵素が好ましい。しかし,酵素反応中に自発的なアシル基転移が起こるため,トリグリセリドを合成したい場合でも,1,3-位特異的酵素を利用することができる。」

刊行物E:特開平7-79786号公報
(刊E-1)
「【0008】本発明において使用するリパーゼは,アルカリゲネス属に属する微生物の生産するリパーゼであって,実質的に無水条件下でかつ81?130℃でエステル交換活性を有するものであればいずれのものでも使用できる。このうち好ましいリパーゼは,アルカリゲネス エスピー(Alcaligenes sp. )菌株から得られるのリパーゼである。具体的には,特公昭58-36953号公報に記載され,微工研菌寄第2985号(FERM P-3187:FERM BP-2985)として寄託されているリパーゼ生産菌名糖PL-266号が生産するリパーゼQL(名糖産業(株)製)である。このリパーゼはグリセリドの1位および3位に対して位置特異性を有し,アルカリ側に至適pHを有する胆汁賦活性リパーゼであり,特公昭58-36953号公報に記載の酵素的性質を有する。」

刊行物F:特開平3-30686号公報
(刊F-1)
「本発明においては,この配合油を1,3位特異性を有するリパーゼを触媒としてエステル交換反応を行う。
本発明で用いられるリパーゼとしては,リゾープス(Rhizopus)属,アスペルギルス(Aspergillus)属,ムコール(Mucor)属,ペニシリウム(Penicillium)属,アルカリゲネス(Alcaligenes)属の属する微生物が生産するリパーゼを使用することができ,また少なくともこれらと同等の性質を有するリパーゼであれば,上記リパーゼの化学修飾物でも,合成されたものでも良く,何ら差し支えない。」(2頁左下欄6?18行)

刊行物G:特開昭62-61591号公報
(刊G-1)
「本発明で使用するリパーゼについては,リパーゼによるエステル交換反応で選択性が不良であると,アルカリ金属触媒を用いる従来のエステル交換反応に対する格別な優位性が認められないので,実用的には何らかの選択性,例えばグリセリドに作用する位置の選択性とか脂肪酸の種類に対する選択性などを有するものがよい。具体的には,リパーゼを生産する微生物としてはグリセリドの1,3位に特異性を有するリゾプス(Rhizopus)属,アスペルギルス(Aspergillus)属,ムコール(Mucor)属及び不飽和脂肪酸に特異性を有するゲオトリクム(Geotrichum)属の微生物(菌類)を用いるとよい。また,キャンディダ(Candida)属の微生物(酵母)を用いることもできる。例えばリゾプス・デレマー(Rhizopus delemar),リゾプス・ヤポニカス(Rhizopus japonicus),アスペルギルス・ニガー(Agpergillus nigar),ムコール・ヤポニカス(Mucor japonicus),ゲオトリクム・キャンディダム(Geotrichum candidum),キャンディダ・シリンドラシエ(Candida cylindracea)などである。」(4頁左上欄20行?左下欄1行)

第7 むすび
以上のとおり,本願発明は,刊行物1に記載された発明,及び周知の技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-08-08 
結審通知日 2013-08-13 
審決日 2013-08-26 
出願番号 特願2005-217065(P2005-217065)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊藤 佑一  
特許庁審判長 郡山 順
特許庁審判官 安藤 倫世
関 美祝
発明の名称 (メタ)アクリル酸ヒドロキシエステルの製造方法  
代理人 佐々木 一也  
代理人 中村 智廣  
代理人 成瀬 勝夫  
代理人 佐野 英一  

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