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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01M
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01M
管理番号 1280997
審判番号 不服2012-12295  
総通号数 168 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-12-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-06-29 
確定日 2013-10-28 
事件の表示 特願2006-544361「増湿されない空気を対向供給される膜燃料電池」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 6月30日国際公開,WO2005/060031,平成19年 6月14日国内公表,特表2007-515759〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は,平成16年12月17日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2003年12月19日,イタリア)を国際出願日とする出願であって,平成24年2月27日付で拒絶査定がなされ,これに対し,同年6月29日に拒絶査定不服審判請求がなされると共に,同日付手続補正書による手続補正(以下,「本件補正」という。)がなされたものである。

2.本件補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]
(1)補正後の本願の発明
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は,
「双極板により境界決めされる膜燃料電池において,
カソードコンパートメントとアノードコンパートメントとを有し,上記カソードコンパートメントが底部から頂部へ空気を乾燥状態で供給するための手段を有し,上記アノードコンパートメントが頂部から底部へ水素含有燃料を供給するための手段を有し,当該カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つが多孔性の材料で構成された隙間の空いた流れ領域の分配器を有することを特徴とする電池。」
と補正された。

上記補正は,審判請求書において審判請求人が主張するように,請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「分配器」について,拡散層等を除くように,「多孔性の材料で構成された流れ分配器」としていたものを「多孔性の材料で構成された隙間の空いた流れ領域の分配器」として限定するものを含むものであって,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下,単に「改正前の特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下,「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(2)引用例
(a)原査定の拒絶の理由に引用された特開2002-42844号公報(以下,「引用例1」という。)には,図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0007】本発明の燃料電池は固体高分子電解質型燃料電池10である。固体高分子電解質型燃料電池10は,イオン交換膜からなる電解質膜11とこの膜11の一面に配置された触媒層12および拡散層13からなる電極14(アノード,燃料極)および膜11の他面に配置された触媒層15および拡散層16からなる電極17(カソード,空気極)とからなる膜-電極接合体(MEA:Membrane-Electrode Assembly )と,電極14,17に燃料ガス(水素)および酸化ガス(酸素,通常は空気)を供給するための流体通路を形成するセパレータ18とを,交互に配置し,これらMEAとセパレータ18からなる単電池の積層体を締め付けて一体化したスタックからなる。図1,図2は単電池を示している。燃料ガスの水素は,純水素でもよく,または天然ガスを改質して生成した水素でもよい。通常,前者は水分を含まず,後者は水分を含む。
【0008】水生成反応で生じる熱で昇温する燃料電池10を冷却するために,単電池間には,各単電池毎にあるいは複数個の単電池毎に,セパレータ18間に,冷却媒体(通常は冷却水)が流れる流路(図示例では冷却水路)19が形成されている。セパレータ18は,複数の単電池を積層する場合の燃料極のガスと空気極のガスの混合を防止するための仕切り板,燃料極のガスと冷却媒体との仕切り板,および空気極のガスと冷却媒体との仕切り板として働くとともに,直列結合された単電池の電気通路(集電体)として働く。セパレータ18は,炭素板,または金属板に導電性セラミックスをコーティングしたものからなる。図1,図2は,一面に酸化ガス(空気)流路20が形成され他面に冷却水路19が形成されたセパレータ18を示しているが,このセパレータ18に合わせられる次の単電池(図示せず)のセパレータには,上記冷却水路19に面する側の一面に上記冷却水路19と協同する冷却水路が形成され,他面に水素流路21が形成されることになる。」

・「【0010】本発明の燃料電池10では,酸化ガスにも,燃料ガス(水素)にも,それらの供給経路に,これらのガスを加湿するための加湿装置は設けられない。ただし,燃料ガスが他の燃料を水蒸気で改質して生成した水素の場合は,特別に加湿装置で加湿しなくても,自然に加湿されており,それは本発明の燃料ガスに含む。
【0011】本発明の燃料電池10では,酸化ガス(空気)の流れ方向がセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定されている。すなわち,酸化ガスはセル面内の酸化ガス流路20の入口が冷却水路Iに近い側に設定され,酸化ガス流路20の出口が冷却水路Iに近い側に設定される。これによって,酸化ガスはセル面内の酸化ガス流路20に冷却水路Iに近い側から流入し,冷却水路Iに近い側から流出する。
【0012】これによって,反応生成水は酸化ガス流路20内で,低温の酸化ガス出口側で凝縮して液滴となり,自重で高温の酸化ガス入口側に移動するか(実施例1),あるいはそれより酸化ガス流れ方向上流側に移動し(実施例2),そこで蒸散されて酸化ガスの湿度を上げる(加湿する)とともに,酸化ガスとともに酸化ガス出口側に流れ,上記を繰り返し,酸化ガス流路20(セル面内の酸化ガス流路,またはセル面内の酸化ガス流路とそれより上流側の酸化ガス流路を含めた酸化ガス流路)内で自己循環するようになる。
【0013】酸化ガスの流れ方向は,重力の向きと逆向き(斜め逆向きを含む)とされている。これによって,低温の酸化ガス出口側で凝縮してできた液滴は,自重によって酸化ガス流路20内を流下し(酸化ガス流路20が傾斜している場合は斜めに流下する),高温の酸化ガス入口側に移動する。したがって,酸化ガス出口側から酸化ガス入口側への液滴の移動に,特別な強制的移動装置を設ける必要がなく,スペース上,コスト上問題にならない。」

・「【0014】・・・ただし,酸化珪素は電気絶縁体であるので,セパレータ18の電極との接触面の電気導通を確保するために,セパレータ18の電極との接触面にはマスキングをしてコーティングするか,コーティング後,乾燥前に,セパレータ18の電極との接触面のコーティングを除去する。」

・「【0017】この意味で,燃料ガスが純水素からなる場合は,燃料ガスの流れ方向をセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定することが望ましい。これによって,燃料ガス中の水蒸気が低温部である出口部で凝縮してできた液滴は自重で高温部である入口部に向かい,再び蒸発して水素流路21中を自己循環するようにする。燃料ガスが他の燃料を改質(たとえば,水蒸気で改質)してできた水素である場合,燃料ガス中には改質時に混合した水分があるが,その量が多量であって,かえって液滴によって水素流路21が詰まるおそれがある場合は,燃料ガスの流れ方向をセル面内温度分布の低温側より高温側へ向かう方向に設定し,出口を入口より下方に設定することが望ましい。これによって,凝縮してできた液滴は出口に向かい,高温で蒸発されるか,蒸発されないものはそのまま出口から出ていくようにする。
【0018】上記の全実施例にわたって共通する構成によって,何れの実施例においてもつぎの作用が得られる。酸化ガス(空気)の流れ方向をセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定したため,低温部である酸化ガス出口側で反応生成水の蒸気が凝縮して液滴になり,自重で高温部である入口側に移動して蒸発して酸化ガスを加湿する。これによって,反応生成水はMEA面内で自己循環し,自己加湿が行われ,安定的無加湿運転が行われる。図3は,特別な加湿装置を設けないで自己加湿とした本発明の燃料電池と,両極無加湿の従来の燃料電池との,電圧/電流密度特性の傾向を示している。ただし,運転温度はセル面内平均で80℃の場合である。この図からわかるように,本発明では電流密度,電圧が従来より大となり,電圧大により発電効率が上がり,電流密度大により電気出力が上がる。」

・図1には,燃料電池の単電池の一部を断面表示した断面図が図示されている。

これらの記載事項及び図示内容を総合すると,引用例1には次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。

「セパレータ18により仕切りされる固体高分子電解質型燃料電池10において,
カソード側とアノード側とを有し,上記カソード側が空気の流れの方向をセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定し,重力の向きと逆向きとした空気を加湿装置は設けずに供給するための空気流路20を含む供給経路を有し,上記アノード側が水素を供給するための水素流路21を含む供給経路を有し,当該カソード側が空気流路20と拡散層16を有する電池。」

(b)同じく,引用された特開平8-255619号公報(以下,「引用例2」という。)には,図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0011】
【作用】この構成では,過剰の加湿水および生成水による目詰まりがなく,電極への均一でかつ高いガス供給能を実現し,かつ電極平面全体で集電するため内部抵抗を低減させることができ,高出力な燃料電池を提供することができる。・・・さらに配流板が複雑な加工や金型を要さないため安価な燃料電池を提供できる。」

・「【0013】(実施例1)図1は本発明の実施例の単電池の断面図を示したものである。
【0014】固体高分子電解質膜(米国Du Pont社製,Nafion117)1の両側に正極2及び負極3を接合した単位セル4の外側に三次元網状を有する多孔質カーボンからなる配流板5(米国 Energy Research andGeneration,Inc社製,Duocel,RVC-100PPI,3倍圧縮品)を配置し,ガス不透性のガラス状カーボンからなるセパレータ6で挟み込んで単電池Aを作製した。図4に3次元網状多孔質カーボンの外観図を示す。この単電池Aの放電試験を,燃料に水素,酸化剤に酸素を用いて大気圧,セル温度50℃で行った。」

・「【0018】(比較例)図3は本発明の比較例の単電池の断面図を示したものである。配流板とセパレータにガス不透性のガラス状カーボンからなるリブ付きセパレータ9を用いた以外は(実施例1)と全く同じであり,これを単電池Eとし,(実施例1)と同様の放電試験を行った。」

・「【0020】本実施例に用いた配流板の空隙率は,単電池A,C及びDでは92%,単電池Bでは80%である。そのため,本実施例の3次元網目状多孔質カーボンを用いると,電極へより多量の反応ガスが供給され,さらにリブ加工がなく電極面積全体に配流板が接触するため反応ガスが均一に供給されて,高電流密度での電池電圧並びに限界電流密度が向上した。また,単電池Bの配流板は空隙率が他の実施例の配流板より小さいが限界電流密度が大きいのは,フッ素樹脂による撥水処理によって水による目詰まりが起こりにくくなり,反応ガスの供給がより円滑に行われたためである。・・・」

・「【0021】また比較例の配流板はリブで集電するため電極との接触面積が電極面積の半分程度であるが,本実施例の配流板はリブがなく電極平面全体に接触して集電するために,電池の内部抵抗が低減することが可能となった。・・・」

・図1には,実施例1で用いる単電池の断面図が,図3には,比較例の単電池の断面図が,図4には,三次元網状多孔質カーボンの外観図がそれぞれ図示されている。

これらの記載事項及び図示内容を総合すると,引用例2には次の事項(以下,「引用例2記載事項」という。)が記載されていると認めることができる。

「固体高分子電解質膜を用いる燃料電池において,電極面積全体に三次元網状多孔質カーボンからなる配流板が,ガス不透性のガラス状カーボンからなるセパレータ6で挟み込んで接触するため反応ガスが均一に供給されて,電池の内部抵抗が低減する燃料電池。」

(3)対比
そこで,本願補正発明と引用発明とを対比する。

まず,その機能からして,後者の「セパレータ18」は前者の「双極板」に相当する。同様に,後者の「仕切り」は前者の「境界決め」に相当する。
つぎに,後者の「固体高分子電解質型燃料電池10」は,イオン交換膜からなる電解質膜11を有する燃料電池である(例えば,引用例1の段落【0007】の「固体高分子電解質型燃料電池10は,イオン交換膜からなる電解質膜11とこの膜11の一面に配置された触媒層12および拡散層13からなる電極14(アノード,燃料極)および膜11の他面に配置された触媒層15および拡散層16からなる電極17(カソード,空気極)とからなる膜-電極接合体(MEA:Membrane-Electrode Assembly )と,電極14,17に燃料ガス(水素)および酸化ガス(酸素,通常は空気)を供給するための流体通路を形成するセパレータ18とを,交互に配置し,これらMEAとセパレータ18からなる単電池の積層体を締め付けて一体化したスタックからなる。」等の記載参照。)から,結局,後者の「固体高分子電解質型燃料電池10」は前者の「膜燃料電池」に相当する。
続いて,後者の「空気の流れの方向をセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定し,重力の向きと逆向きとした」態様に関し,「重力の向きと逆向き」であるから「底部から頂部へ」の方向であることは技術的に自明であって,結局,後者の「空気の流れの方向をセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定し,重力の向きと逆向きとした」態様は前者の「底部から頂部へ」の態様に相当する。また,前者の「乾燥状態で」の態様は,本願の明細書の記載(例えば,段落【0011】の「外部的に増湿されていない空気で作動できる燃料電池」及び段落【0018】の「大気の湿気だけを含む供給される空気(以下,乾燥空気という)」等参照。)からすると,大気の湿気だけを含む増湿されていない状態での態様と解せ,一方,後者の「加湿装置は設けずに」の態様も大気の湿気だけを含む増湿されていない状態での態様と解せるから,結局,後者の「加湿装置は設けずに」の態様は,前者の「乾燥状態で」の態様に相当する。さらに,後者の「空気流路20を含む供給経路」は,空気を供給するためのものであるから,前者の空気を供給するための「手段」に相当する。そうすると,後者の「カソード側」は空気の流れの方向をセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定し,重力の向きと逆向きとした空気を加湿装置は設けずに供給するための空気流路20を含む供給経路を有するから,前者の「カソードコンパートメント」に相当する。すなわち,後者の「カソード側が空気の流れの方向をセル面内温度分布の高温側より低温側へ向かう方向に設定し,重力の向きと逆向きとした空気を加湿装置は設けずに供給するための空気流路20を含む供給経路を有」する態様は,前者の「カソードコンパートメントが底部から頂部へ空気を乾燥状態で供給するための手段を有」する態様に相当する。
同様に,後者の「アノード側」は前者の「アノードコンパートメント」に相当し,後者の「水素」は前者の「水素含有燃料」に相当し,後者の「水素流路21を含む供給経路」は前者の水素含有燃料を供給するための「手段」に相当する。そうすると,後者の「アノード側が水素を供給するための水素流路21を含む供給経路を有」する態様と,前者の「アノードコンパートメントが頂部から底部へ水素含有燃料を供給するための手段を有」する態様とは,「アノードコンパートメントが水素含有燃料を供給するための手段を有」する態様の概念で共通している。
そして,後者の「カソード側」は前者の「カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つ」に相当する。また,前者の「分配器」は,本願の明細書の記載(例えば,段落【0012】の「膜燃料電池は垂直に位置する双極板と,内部の供給ガス流れ分配器と,触媒アノード及びカソードと,光子伝導性の膜と,冷却装置とを備え,」及び段落【0020】の「ガス特に空気を均一に分配するために多孔性形式の素子の上述の能力からの利点を得る」等参照。)からすると,触媒電極へガスを分配する機能を有し,後者の「空気流路20と拡散層16」は,触媒層15に空気を供給する(例えば,引用例1の段落【0007】の「固体高分子電解質型燃料電池10は,イオン交換膜からなる電解質膜11とこの膜11の一面に配置された触媒層12および拡散層13からなる電極14(アノード,燃料極)および膜11の他面に配置された触媒層15および拡散層16からなる電極17(カソード,空気極)とからなる膜-電極接合体(MEA:Membrane-Electrode Assembly )と,電極14,17に燃料ガス(水素)および酸化ガス(酸素,通常は空気)を供給するための流体通路を形成するセパレータ18とを,交互に配置し,これらMEAとセパレータ18からなる単電池の積層体を締め付けて一体化したスタックからなる。」等の記載参照。)機能,すなわち,電極へガスを供給する機能を有する。したがって,この電極へガスを供給・分配する機能からして,後者の「空気流路20と拡散層16」は,前者の「分配器」に相当する。そうすると,結局,後者の「カソード側が空気流路20と拡散層16を有する」態様と前者の「カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つが多孔性の材料で構成された隙間の空いた流れ領域の分配器を有する」態様とは,「カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つが分配器を有する」態様の概念で共通している。

したがって,両者は,

「双極板により境界決めされる膜燃料電池において,
カソードコンパートメントとアノードコンパートメントとを有し,上記カソードコンパートメントが底部から頂部へ空気を乾燥状態で供給するための手段を有し,上記アノードコンパートメントが水素含有燃料を供給するための手段を有し,当該カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つが分配器を有する電池。」

の点で一致し,以下の点で相違している。

[相違点1]
水素含有燃料を供給するための手段に関し,本願補正発明は,水素含有燃料を供給する向きが「頂部から底部へ」と特定されているのに対し,引用発明では,特定されていない点。

[相違点2]
分配器に関し,本願補正発明は,「多孔性の材料で構成された隙間の空いた流れ領域の分配器」であるのに対し,引用発明は,「空気流路20と拡散層16」である点。

(4)判断
上記各相違点ついて以下検討する。

・相違点1について
引用例1の段落【0017】には,「燃料ガスが他の燃料を改質(たとえば,水蒸気で改質)してできた水素である場合,燃料ガス中には改質時に混合した水分があるが,その量が多量であって,かえって液滴によって水素流路21が詰まるおそれがある場合は,燃料ガスの流れ方向をセル面内温度分布の低温側より高温側へ向かう方向に設定し,出口を入口より下方に設定することが望ましい。」と記載されているから,引用発明の水素として改質してできた水素を採用する際には,セル面内温度分布の低温側より高温側へ向かう方向に設定し,出口を入口より下方に設定した水素含有燃料を供給するための手段とすることが示唆されている。すなわち,この「セル面内温度分布の低温側より高温側へ向かう方向に設定し,出口を入口より下方に設定」することにより,水素含有燃料を供給する向きを「頂部から底部へ」と特定することが示唆されている(以下,「引用例1の示唆1」という。)。
そうすると,上記引用例1の示唆1からすれば,引用発明の水素含有燃料を供給する向きとして上記相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

・相違点2について
まず,燃料電池において,電極へ反応ガスを均一に供給することや電気的な内部抵抗を低減させることは,例示するまでもなく,どちらも一般的な課題である。
そして,上記引用例2記載事項は,固体高分子電解質膜を用いる燃料電池において,反応ガスが均一に供給されて,電池の電気的な内部抵抗が低減するようにするため,電極に反応ガスを供給する配流板を,三次元網状多孔質カーボンからなるものとし,セパレータで挟み込んで電極面積全体に接触させるようにすることを示しており,本願補正発明の「カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つが多孔性の材料で構成された隙間の空いた流れ領域の分配器」を採用することを示しているものである。
さらに,引用例1には,例えば,段落【0008】に「一面に酸化ガス(空気)流路20が形成され他面に冷却水路19が形成されたセパレータ18」と記載されていること等からすると,セパレータ18と拡散層16とは,セパレータ18に形成された空気流路20を介して接触するものであり,少なくともセパレータ18と拡散層16とがその面積全体で接触するものでないと解せる。このことにより,引用発明が上記燃料電池における一般的な課題を内包するものといえる(以下,「引用例1の示唆2」という。)。

そうすると,引用発明において,上記燃料電池における一般的課題を解決する範囲内のものとして,上記引用例2記載事項に倣い,上記引用例1の示唆2を考慮して,引用発明の分配器として上記引用例2記載事項を採用し,上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。
そして,その際に,例えば,引用例2の段落【0011】に「過剰の加湿水および生成水による目詰まりがなく」等と記載されていることからすると,引用発明の分配器として上記引用例2記載事項を採用することにより,反応生成水の移動・自己循環が目詰まりにより妨げられる恐れはないといえるから,採用に際してその適用を阻害する要因もみあたらない。

なお,請求人は,審判請求書及び回答書において,引用例2に関し,要するに,引用例2には,多孔性のスペーサを組み込むことにより,液滴の形成が防止され,そうしないとリブのあるセパレータのオキシダントの流路が塞がれてしまうこと,及び,予め加湿された反応ガス及び多孔性材料を用いるものであることが開示されており,引用発明及び引用例2に基づいて本願請求項1に係る発明に容易に想到することはできない旨主張しているが,例えば,引用例2の段落【0011】の「過剰の加湿水および生成水による目詰まり」に係る記載は,配流板の空隙率を特定したことにより,あるいは撥水処理により,「水による目詰まりが起こりにくくな」ることを記載したものであって,過剰の加湿水および生成水がある場合であっても目詰まりが起こりにくくなる作用を示したものであるから,引用例2に記載されたものは,過剰の加湿水および生成水の存在を必須とするものではなく,液滴が流れ領域を塞ぐことがないのであって液滴の形成自体を阻止するものでもないから,請求人の上記主張は採用できない。ここで,「リブのあるセパレータのオキシダントの流路が塞がれてしまう」との請求人の上記主張の本意は定かではないが,引用例2に記載されたものの「セパレータ6にはリブがある」と主張するものとも解せるところ,例えば,引用例2の段落【0018】の「(比較例)図3は本発明の比較例の単電池の断面図を示したものである。配流板とセパレータにガス不透性のガラス状カーボンからなるリブ付きセパレータ9を用いた以外は(実施例1)と全く同じであり,これを単電池Eとし,(実施例1)と同様の放電試験を行った。」との記載及び図1と図3の図示内容等を考慮すると,セパレータ6はリブ付きセパレータ9とは異なっており,セパレータ6にはリブがないと解するのが相当であるから,「セパレータ6にはリブがある」との主張はあたらない。仮に「セパレータ6にはリブがある」としても,集電するための内部抵抗を低減させるためにリブがないようにすることは技術的に自明であるから,引用例2記載事項は,本願補正発明の「カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つが多孔性の材料で構成された隙間の空いた流れ領域の分配器」を採用することを示しているものであるとした判断を左右するものではなく,結局,引用発明において,上記燃料電池における一般的課題を解決する範囲内のものとして,上記引用例2記載事項に倣い,上記引用例1の示唆2を考慮して,引用発明の分配器として上記引用例2記載事項を採用し,上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

そして,本願補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明,引用例1の示唆1,上記燃料電池における一般的課題,引用例2記載事項及び引用例1の示唆2から当業者が予測し得る範囲内のものである。

したがって,本願補正発明は,引用発明,引用例1の示唆1,上記燃料電池における一般的課題,引用例2記載事項及び引用例1の示唆2に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(5)むすび
以上のとおりであって,本件補正は,改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下を免れない。

3.本願の発明について
本件補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1に係る発明(以下,同項記載の発明を「本願発明」という。)は,平成23年12月28日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。
「双極板により境界決めされる膜燃料電池において,
カソードコンパートメントとアノードコンパートメントとを有し,上記カソードコンパートメントが底部から頂部へ空気を乾燥状態で供給するための手段を有し,上記アノードコンパートメントが頂部から底部へ水素含有燃料を供給するための手段を有し,当該カソード及びアノードコンパートメントのうちの少なくとも1つが多孔性の材料で構成された流れ分配器を有することを特徴とする電池。」

(1)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例,及び,その記載事項は,前記「2.(2)」に記載したとおりである。

(2)対比・判断
本願発明は,前記「2.(1)」で検討した本願補正発明における「分配器」について,「多孔性の材料で構成された隙間の空いた流れ領域の分配器」としていたものを「多孔性の材料で構成された流れ分配器」としたものに相当し,「2.(1)」に記載したとおり,本願補正発明は本願発明を限定したものである。

そうすると,本願発明の発明を特定するために必要な事項を全て含み,さらに他の発明を特定するために必要な事項を付加したものに相当する本願補正発明が,前記「2.(3)及び(4)」に記載したとおり,引用発明,引用例1の示唆1,上記燃料電池における一般的課題,引用例2記載事項及び引用例1の示唆2に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,引用発明,引用例1の示唆1,上記燃料電池における一般的課題,引用例2記載事項及び引用例1の示唆2に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおり,本願発明は,引用発明,引用例1の示唆1,上記燃料電池における一般的課題,引用例2記載事項及び引用例1の示唆2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないため,本願は,同法第49条第2号の規定に該当し,拒絶をされるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-06-05 
結審通知日 2013-06-06 
審決日 2013-06-18 
出願番号 特願2006-544361(P2006-544361)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01M)
P 1 8・ 575- Z (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 貞光 大樹長馬 望  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 新海 岳
平城 俊雅
発明の名称 増湿されない空気を対向供給される膜燃料電池  
代理人 小林 泰  
代理人 星野 修  
代理人 山崎 幸作  
代理人 小野 新次郎  
代理人 富田 博行  

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