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審決分類 審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01L
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01L
管理番号 1283030
審判番号 不服2012-23221  
総通号数 170 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-02-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-11-26 
確定日 2013-12-25 
事件の表示 特願2012-136741「元素内包フラーレントムソン素子」拒絶査定不服審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は、平成24年6月18日の出願であって、平成24年7月10日付けで拒絶理由が通知され、同年8月14日に意見書及び手続補正書が提出され、同年8月27日付けで拒絶査定がなされた。
これに対して、同年11月26日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、手続補正書が提出され、平成25年2月13日付けで審尋がなされ、前記審尋に対する回答書は提出されなかったが、同年4月11日に意見書が提出された。
その後、当審において、同年7月1日付けで、平成24年11月26日に提出された手続補正書による補正の却下がなされるとともに、拒絶理由が通知され、同年8月30日に意見書及び手続補正書が提出され、同年9月20日に、同年8月30日に提出された手続補正書を補正の対象とする手続補正書が提出された。

2 本願発明
本願の請求項1ないし3に係る発明は、平成25年9月20日に提出された手続補正書によって補正された平成25年8月30日に提出された手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された事項により特定されるとおりのものであって、請求項1?3に係る発明(以下それぞれ「本願発明1」?「本願発明3」という。)は、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
中空の炭素ケージ内に金属原子がトラップされた元素内包フラーレントムソン素子おいて、該金属原子がn型半導体とp型半導体からなる元素内包フラーレントムソン素子に直流電圧が印加されてなることを特徴とする元素内包フラーレントムソン素子。
【請求項2】
元素内包フラーレントムソン素子のn型半導体の発熱部にもう一つの元素内包フラーレントムソン素子のp型半導体の発熱部が接続されたことを特徴とする請求項1記載の元素内包フラーレントムソン素子。
【請求項3】
元素内包フラーレントムソン素子のp型半導体の吸熱部にもう一つの元素内包フラーレントムソン素子のn型半導体の吸熱部が接続されたことを特徴とする請求項1記載の元素内包フラーレントムソン素子。」

3 当審の拒絶理由
当審において平成25年7月1日付けで通知した拒絶理由の要点は、平成24年8月14日付けでした手続補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず(以下「理由I」という。)、本件出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず(以下「理由II」という。)、また、本件出願は、発明の詳細な説明の記載(合議体注:「特許請求の範囲の記載」の誤記でした。)が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない(以下「理由III」という。)、というものである。
上記の理由I?IIIの詳細は以下のとおりである。

3-1 新規事項追加禁止の要件違反(理由I)について
3-1-1 新規事項の追加であると判断された補正事項のうち主要なもの
平成24年8月14日付けでした手続補正による補正(以下「本件補正1」という。)は、本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)について補正するものであり、本件補正1が補正事項a?補正事項mを含むものであるところ、これら補正事項のうち、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものであると判断された補正事項a,d,mを除くと、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではないと判断された補正事項(即ち、新規事項の追加であると判断された補正事項)は、補正事項b,c,e,f,g,h,i,j,k,lであり、このうちの主要なものを挙げると次のとおりである。

ア 補正事項b
本件補正1前の請求項1の「金属原子」、段落【0014】の「金属(半導体)内包フラーレン」を、それぞれ本件補正1後の請求項1の「半金属原子」、段落【0014】の「半金属(半導体)内包フラーレン」とする。

イ 補正事項e
本件補正1前の請求項1?3と段落【0011】?【0015】に記載された「n型半導体」、「p型半導体」を、それぞれ本件補正1後の請求項1?3と段落【0011】?【0015】に記載された「電子過剰半金属原子」、「電子欠損半金属原子」とする。

ウ 補正事項f
本件補正1前の段落【0001】及び【0006】に記載された「一つの原子として振る舞う」を、本件補正1後の段落【0001】に記載された「一つの原子(super-atom:1個の半金属内包フラーレンの中にヘテロ接合を形成する自己組織化機能を有する超原子)として振る舞う」及び【0006】に記載された「一つの原子(super-atom:1個の半金属内包フラーレンの中にヘテロ接合を形成した超原子)として振る舞う」とする。

エ 補正事項h
本件補正1前の段落【0014】に記載された「元素内包フラーレン100は、籠の中、すなわちフラーレン殻の内部の半導体Ge原子101の二つ結合腕の一つと水素原子102が結合した構造をとることで電子が1個不足し、Ge原子101はp型半導体となる。Ge原子103には三つの結合腕に三つの水素原子104、105、106が結合している。負の電荷を持つ電子を1個多く持つので電子が余り、自由電子が増えn型半導体となる。」を、本件補正1後の段落【0014】に記載された「元素内包フラーレン100は、籠の中、すなわちフラーレン殻の内部の半導体Ge原子101の四つ結合腕に水素原子102、103、104、105が結合し、その一つの水素原子105と水素原子106が結合した構造をとることで電子が1個過剰となり、Ge原子101は電子過剰半金属原子となる。Ge原子107には三つの結合腕に三つの水素原子108、109、110が結合している。負の電荷を持つ電子が1個不足するので、電子が少ない電子欠損半金属原子となる。」とする。

オ 補正事項i
本件補正1前の段落【0014】に記載された「第一原理分子動力学法によるシミュレーションで元素内包フラーレン100にDC電圧107として5mVを印加した時」を、本件補正1後の段落【0014】に記載された「第一原理分子動力学法によるシミュレーションで元素内包フラーレン100の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源111として5mVを印加した時」とする。

カ 補正事項j
本件補正1前の段落【0015】に記載された「この元素内包フラーレン201と元素内包フラーレン202にDC電圧203、204を印加すると、元素内包フラーレン201は吸熱部、元素内包フラーレン202は発熱部となる。」を、本件補正1後の段落【0015】に記載された「この元素内包フラーレン201と元素内包フラーレン202の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源203、204を印加すると、元素内包フラーレン201の吸熱部は205、発熱部は206、元素内包フラーレン202は発熱部207、吸熱部は208となる。」とする。

キ 補正事項k
本件補正1前の段落【0015】に記載された「元素内包フラーレン201の最殻フラーレンと3個の水素原子が結合したGe原子(n型半導体)と最殻フラーレンからなる元素内包フラーレントムソン素子201と元素内包フラーレン202にDC電圧203、204を各々5mV印加すると」を、本件補正1後の段落【0015】に記載された「元素内包フラーレン201の最殻フラーレンと、四個の水素原子が結合したGe原子(電子過剰半金属原子)の一つの水素原子に水素原子を結合させたH-H結合と、Ge原子(電子欠損半金属原子)には三つの結合腕に三つの水素原子が結合して、この元素内包フラーレン内でpn接合状態が実現される。元素内包フラーレントムソン素子201と元素内包フラーレントムソン素子202にDC電圧203、204を各々5mV印加すると」とする。

3-1-2 補正事項が新規事項の追加の補正にあたると判断された理由
上記3-1-1に記載した補正事項b,e,f,h,i,j,kについて、新規事項の追加の補正にあたると判断された理由は以下のとおりである。

ア 補正事項bについて
当初明細書等には、本件補正1前の「金属原子」及び「金属(半導体)」が、それぞれ「半金属原子」及び「半金属(半導体)」であることは、記載されていない。
そして、本件補正1前の請求項1の「金属原子」や段落【0014】の「金属(半導体)内包フラーレン」における「金属原子」または「金属」とは、実施例1を説明した段落【0014】に記載されているように、「Ge原子」と「Si原子」を含むものであって、「電子が1個不足し、Ge原子101はp型半導体とな」ったり、「自由電子が増えn型半導体とな」ったり、「リンやホウ素をイオン打ち込みを行」なうことによって「n型半導体やp型半導体」となる特徴を有するものである。
一方、請求人が平成24年8月14日に提出した意見書において、「半金属元素」の意味を岩波理化学辞典から、下記のとおり、引用するとともに、本件補正1前の「金属元素」とは「半金属元素」のことであると説明している。岩波理化学辞典の上記説明によれば「半金属元素」はケイ素やゲルマニウムを含むものではあるが、「半金属元素」にはその他にも例えばホウ素やテルルも含むものと説明されており、これらホウ素やテルルが本件補正前の「金属原子」または「金属(半導体)」に含まれる元素であることが、上記特徴に関する記載やその他の当初明細書等の記載を参照しても、自明な事項であるということはできない。

岩波理化学辞典(第5版、第361頁より引用)
「半金属元素」 類金属元素,メタロイドともいう。元素の分類上,非金属元素ではあるが,金属元素の傾向を示すものを指す。単体の変態の中に金属性を示すものがある。ハロゲン元素や酸素など電気陰性度の大きい元素と化合物をつくるときは極性の大きいものが多く,しかも自身が陽性成分となるなどの特色がある。周期表上で金属元素との境界付近の元素がこれに当る。ホウ素,ケイ素,ゲルマニウム,ヒ素,アンチモン,セレン,テルルなど。

また、「半導体用語辞典」(発行所:日刊工業新聞社、1999年3月20日発行)によれば、「半金属」について、「注目する性質によって定義範囲が異なる」と説明されていることから、「半金属」に含まれる元素の範囲が必ずしも明確ではないと言えるので、本件補正前の「金属元素」(合議体注:「金属原子」の誤記でした。)または「金属」が、本件補正後の「半金属元素」(合議体注:「半金属原子」の誤記でした。)のことであるということはできない。
以上から、本件補正前の「金属原子」または「金属」が、「半金属」であることは、当初明細書等に記載された事項ではなく、また、当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえない。
したがって、補正事項bについての補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものではないから、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
よって、補正事項bは、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

イ 補正事項eについて
当初明細書等には、「n型半導体」、「p型半導体」がそれぞれ「電子過剰半金属原子」、「電子欠損半金属原子」であることは記載されていない。
また、「半導体」と「半金属」は異なる概念であり、それぞれに属する具体的な元素も同じものであるとはいえないから、本件補正1前の「n型半導体」、「p型半導体」をそれぞれ本件補正1後の「電子過剰半金属原子」、「電子欠損半金属原子」とすることは、当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえない。
以上から、本件補正1前の「n型半導体」、「p型半導体」が、本件補正後の「電子過剰半金属原子」、「電子欠損半金属原子」であることは、当初明細書等に記載された事項ではなく、また、当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえない。
したがって、補正事項eについての補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものではないから、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
よって、補正事項eは、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

ウ 補正事項fについて
当初明細書等の段落【0001】には「本発明は、金属内包フラーレンにより太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得できる一つの原子として振る舞う元素内包フラーレントムソン素子から構成される。」と、段落【0006】には「C60は、炭素原子を頂点にもつ5角形12個と6角形20個からなる「切頭十二面体」で、直径10Åのサッカーボール型分子である。C60は、ほぼ球形なのでその結晶は最密構造と呼ばれる構造を組む。最密構造は単体金属結晶の場合によく見られるが、この事実は、一つのフラーレンがまさに一つの原子として振る舞うことを示している。」と記載されているが、上記「一つの原子として振る舞う」「金属内包フラーレントムソン素子」が「1個の半金属内包フラーレンの中にヘテロ接合を形成する自己組織化機能を有する超原子」であることについて、当初明細書等には記載も示唆もされておらず、出願時において周知の技術事項であるとも認められない。
したがって、補正事項fについての補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものではないから、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
よって、補正事項fは、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

エ 補正事項hについて
本件補正1前の段落【0014】の記載「元素内包フラーレン100は、籠の中、すなわちフラーレン殻の内部の半導体Ge原子101の二つ結合腕の一つと水素原子102が結合した構造をとることで電子が1個不足し、Ge原子101はp型半導体となる。Ge原子103には三つの結合腕に三つの水素原子104、105、106が結合している。負の電荷を持つ電子を1個多く持つので電子が余り、自由電子が増えn型半導体となる。」によれば、元素内包フラーレン100には、Ge原子に一つの水素原子が結合してp型半導体となったGe原子(以下「GeH^(+)」という。)と、Ge原子に三つの水素原子が結合してn型半導体となったGe原子(以下「GeH_(3)^(-)」という。)からなる二つの原子が含まれることが記載されている。
そして、本件補正1後の段落【0014】は「元素内包フラーレン100は、籠の中、すなわちフラーレン殻の内部の半導体Ge原子101の四つ結合腕に水素原子102、103、104、105が結合し、その一つの水素原子105と水素原子106が結合した構造をとることで電子が1個過剰となり、Ge原子101は電子過剰半金属原子となる。Ge原子107には三つの結合腕に三つの水素原子108、109、110が結合している。負の電荷を持つ電子が1個不足するので、電子が少ない電子欠損半金属原子となる。」と補正されたので、元素内包フラーレン100は、Ge原子に五つの水素原子が結合して電子過剰半金属原子となったGe原子(以下「GeH_(5)^(-)」という。)と、Ge原子に三つの水素原子が結合して電子欠損半金属原子となったGe原子(以下「GeH_(3)^(+)」という。)からなる二つの原子を含むものとなった。
しかしながら、当初明細書等には、元素内包フラーレン100に含まれる二つの原子が、「GeH^(+)」及び「GeH_(3)^(-)」ではなく、「GeH_(3)^(+)」及び「GeH_(5)^(-)」であることについて、記載も示唆もされておらず、出願時において周知の技術事項であるということもできない。
したがって、補正事項hについての補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものではないから、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
よって、補正事項hは、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

オ 補正事項iについて
本件補正1前の段落【0014】に記載された「第一原理分子動力学法によるシミュレーションで元素内包フラーレン100にDC電圧107として5mVを印加した時、ナノ接合トムソン素子に流れる電流は2nAであった。」によれば、元素内包フラーレンへのDC電圧の印加はシミュレーションとして行われたと記載されているのみであり、元素内包フラーレンにDC電圧を印加する方法については全く記載されていない。
したがって、本件補正1後の段落【0014】に記載された「第一原理分子動力学法によるシミュレーションで元素内包フラーレン100の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源111として5mVを印加した時、ナノ接合トムソン素子に流れる電流は2nAであった。」の下線部については、当初明細書等には記載も示唆もされていない。
また、平成24年7月10日付けの拒絶理由通知書において引用例3として引用された”Shannon K. Yee, 外3名,Thermoelectricity in Fullerene-Metal Heterojunctions,Nano Letters,2011年9月1日,Vol. 11,p. 4089-4094”に、Metal STM Tipによってフラーレン分子に電圧を印加することが記載されているように、ナノプローブでフラーレン分子にDC電圧を印加することが周知の技術事項であったとしても、「第一原理分子動力学法によるシミュレーション」において「ナノプローブでDC電源」「を印加」することが周知の技術事項であるとは認められない。
したがって、補正事項iについての補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものではないから、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
よって、補正事項iは、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

カ 補正事項jについて
本件補正1前の段落【0015】に記載された「この元素内包フラーレン201と元素内包フラーレン202にDC電圧203、204を印加すると、元素内包フラーレン201は吸熱部、元素内包フラーレン202は発熱部となる。」によれば、2つの元素内包フラーレン201,202は、それぞれ吸熱部と発熱部になると記載されており、本件補正1前の図2も参照すると、吸熱部となるフラーレン201と、発熱部となるフラーレン202が接続されている。
一方、本件補正1後の段落【0015】に記載された「この元素内包フラーレン201と元素内包フラーレン202の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源203、204を印加すると、元素内包フラーレン201の吸熱部は205、発熱部は206、元素内包フラーレン202は発熱部207、吸熱部は208となる。」によれば、2つの元素内包フラーレン201と202はいずれも吸熱部と発熱部の両者を備えており、本件補正後の図2も参照すると、フラーレン201の発熱部206と、フラーレン202の発熱部207が接続されている。
つまり、本件補正1前と本件補正1後には、実施例2について、全く異なる内容の発明が記載されており、しかも、平成24年8月14日付けの意見書において、その補正の根拠は何ら説明されていないものではあるが、実施例1についての出願当初の段落【0014】の記載によれば、元素内包フラーレンの両端部に吸熱部と発熱部が生じているのであるから、実施例1の上記記載に照らしてみると、本件補正1前の実施例2の接続に関する上記記載は実施例1の内容と明らかに矛盾しており、本件補正1後の実施例2の接続に関する上記記載であれば実施例1の上記記載と矛盾がなくなる。
また、本件補正前の段落【0015】には「また、n型半導体原子からなる元素内包フラーレントムソン素子の吸熱部にp型半導体原子からなる元素内包フラーレントムソン素子の吸熱部が接触した場合、発熱システムとして動作する。」と、2つの元素内包フラーレントムソン素子の吸熱部同士を接続させることにより発熱システムとして動作させることが記載されており、通電方向を逆にした場合には吸熱部と発熱部が反転することを考慮すると、2つの元素内包フラーレンがいずれも吸熱部と発熱部の両者を備えており、発熱部同士を接続することは、誤記の訂正を目的とする補正に該当している。
したがって、補正事項jのうち、2つの元素内包フラーレントムソン素子がいずれも吸熱部と発熱部の両者を備えており、発熱部同士を接続することついては、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものであるということができる。
しかしながら、補正事項jのうち、「この元素内包フラーレン201と元素内包フラーレン202の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源203、204を印加する」ことを追加した点については、上記オで検討したと同様の理由により、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
したがって、補正事項jは、全体としてみると、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものではないから、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
よって、補正事項jは、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

キ 補正事項kについて
上記エの補正事項hについての検討において記載した理由と同様の理由により、補正事項kについての補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものではないから、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。
よって、補正事項kは、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

3-2 実施可能要件違反及び委任省令要件違反(理由II)について
3-2-1 請求項1に係る発明において、素子の両端部に吸熱部と発熱部を生じる点についての実現性について
請求項1に係る発明は、実施例1として記載された発明に相当するものであると認められるところ、実施例1について記載された段落【0014】には「第一原理分子動力学法によるシミュレーションで元素内包フラーレン100の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源111として5mVを印加した時、ナノ接合トムソン素子に流れる電流は2nAであった。元素内包フラーレン100の両端部には、温度差10℃の吸熱部と発熱部が生じている。」と記載されているが、以下の考察から、本願発明の元素内包フラーレン100に直流電圧を印加しても、その両端部に吸熱部と発熱部が生じる点について実現性が疑わしいと考えられる。
実施例1として開示された元素内包フラーレン100は、本願の図1を参照すると、その上半分の殻内(以下「北半球」という。)には、p型半導体となったGe原子(「GeH^(+)」)が配置されており、その下半分の殻内(以下「南半球」という。)には、n型半導体となったGe原子(「GeH_(3)^(-)」)が配置されており、上端部(以下「北極」という。)に正電位が印加され、下端部(以下「南極」という。)に負電位が印加されているものである。
このような、p型半導体とn型半導体が直列に接続された素子は、ダイオードと言われる素子と同じ構成を有しているものと認められ、ダイオードは直流電圧を印加しても特に吸熱することはないから、本願発明においても吸熱部が生じることはないものと思われる。
また、p型半導体とn型半導体が金属を介して直列に接続された素子は、ペルチェ素子として知られている。このようなペルチェ素子のp型半導体端部に正電位を印加し、n型半導体端部に負電位を印加すると、p型半導体とn型半導体のいずれにおいても、半導体への多数キャリアの注入側が吸熱部となり、半導体からの多数キャリアの放出側が発熱部となるから、素子の両端部が吸熱部となり、素子の中心部が発熱部となる。
そこで、仮に、実施例1の元素内包フラーレン100が、上記ペルチェ素子と同様に機能するものとすれば、南極と北極が吸熱部となり、赤道にあたる部分が発熱部となるものと考えられる。
したがって、請求項1に係る発明の元素内包フラーレントムソン素子の両端部に吸熱部と発熱部が生じる点について、実施可能な程度に明確かつ十分に記載されているものとは認められない。

3-2-2 請求項2、3に係る発明が冷却システムや発熱システムとして機能する点について
請求項1についての上記3-2-1で検討したとおり、請求項1に係る発明の元素内包フラーレントムソン素子に関して、その両端部に吸熱部と発熱部が生じる点について、実施可能性が極めて疑わしいから、そのような素子の発熱部同士(請求項2)または吸熱部同士(請求項3)を接続したとしても、実施例2として記載された冷却システムや発熱システムとして機能することはないものと考えられる。
したがって、請求項2、3に係る発明の元素内包フラーレントムソン素子に関して、冷却システムや発熱システムとなる点について、実施可能な程度に明確かつ十分に記載されているものとは認められない。

3-2-3 請求項2、3に係る発明の製造方法が不明である点について
実施例2として、2つの元素内包フラーレンの吸熱部同士を接続することが記載されているが、元素内包フラーレンの吸熱部同士を接続するための具体的製造方法が何ら記載されていない。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項2、3に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

3-2-4 請求項1?3に係る発明について、発明の課題が解決されていない点について
本願明細書の段落【0012】に発明の効果として、「本願発明の元素内包フラーレントムソン素子は、半導体技術により大面積に渡って元素内包フラーレントムソン素子を集積形成できることから、太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得でき、その工業的価値は極めて高い。」と記載されているが、本願明細書には実施例として、「DC電圧を印加」することにより「吸熱及び発熱を発現させるようにした熱電変換システム」である「元素内包フラーレントムソン素子」が記載されているのみであって、熱(温度差)をエネルギーに変換する素子や、そのような素子を大面積に渡って集積形成することについて、具体的な装置の構成や製造方法等が一切記載されていない。
ここで「太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得する」ということは、本願発明の効果であると同時に、課題にあたるものであるから、発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題とその解決手段との関係が当業者に理解可能な程度に記載されていない。
したがって、発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項第1号の規定による委任省令で定めるところにより記載されたものではない。

3-3 特許請求の範囲の不明りょうな記載(理由III)について
3-3-1 「トムソン素子」なる文言の意味について
一般にトムソン効果とは、温度勾配がある物質に電流を流すと、ジュール熱の発生以外に、温度勾配と電流に比例した熱の発生または吸収が起こる現象を言う。
一方、本願の請求項1?3には「元素内包フラーレントムソン素子」と記載され、トムソン素子とはトムソン効果を利用した素子を意味するものと認められるから、本願発明の「元素内包フラーレントムソン素子」は、温度勾配の下で動作させることを意味するものと認められる。
しかしながら、発明の詳細な説明には、元素内包フラーレンに直流電圧を印加して動作させることについて記載されているが、温度勾配を与えて動作させる点については記載されていない。
したがって、請求項1?3に記載された「トムソン素子」なる文言によって、どのような特徴を特定しようとしているのか不明である。

4 当審の拒絶理由に対する請求人の主張及び対応
請求人は、当審において平成25年7月1日付けで通知した拒絶理由(理由I?理由III)に対して、平成25年8月30日に提出した意見書と、平成25年9月20日に提出した手続補正書によって補正された平成25年8月30日に提出した手続補正書による補正(以下「本件補正2」という。)によって、以下のように主張及び対応している。

4-1 新規事項追加禁止の要件違反(理由I)に対する請求人の主張及び対応
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由Iについて]において、上記3-1で指摘した点について、表にまとめた形式で、補正事項b,c,e,f,g,h,i,j,k,lについて、「補正事項を削除します。」と説明するとともに、平成25年8月30日に提出した手続補正書において、上記補正事項のうち、上記3-1において主要なものとした補正事項については、以下のとおり対応している。

ア 補正事項bについての対応
本件補正2前の請求項1に記載された「半金属原子」を、本件補正2後の請求項2の「金属原子」に補正しているが、本件補正2前の段落【0014】の「半金属(半導体)内包フラーレン」については、何ら補正していない。

イ 補正事項eについての対応
本件補正2前の請求項1?3と段落【0011】?【0012】に記載された「電子過剰半金属原子」及び「電子欠損半金属原子」を、それぞれ、本件補正2後の請求項1?3と段落【0011】?【0012】の「n型半導体」及び「p型半導体」に補正しているが、本件補正2前の段落【0013】?【0015】の「電子過剰半金属原子」及び「電子欠損半金属原子」については、何ら補正していない。

ウ 補正事項fについての対応
本件補正2前の段落【0001】に記載された「一つの原子(super-atom:1個の半金属内包フラーレンの中にヘテロ接合を形成する自己組織化機能を有する超原子)として振る舞う」及び【0006】に記載された「一つの原子(super-atom:1個の半金属内包フラーレンの中にヘテロ接合を形成した超原子)として振る舞う」については、何ら補正していない。

エ 補正事項hについての対応
本件補正2前の段落【0014】に記載された「元素内包フラーレン100は、籠の中、すなわちフラーレン殻の内部の半導体Ge原子101の四つ結合腕に水素原子102、103、104、105が結合し、その一つの水素原子105と水素原子106が結合した構造をとることで電子が1個過剰となり、Ge原子101は電子過剰半金属原子となる。Ge原子107には三つの結合腕に三つの水素原子108、109、110が結合している。負の電荷を持つ電子が1個不足するので、電子が少ない電子欠損半金属原子となる。」については、何ら補正していない。

オ 補正事項iについての対応
本件補正2前の段落【0014】に記載された「第一原理分子動力学法によるシミュレーションで元素内包フラーレン100の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源111として5mVを印加した時」については、何ら補正していない。

カ 補正事項jについての対応
本件補正2前の段落【0015】に記載された「この元素内包フラーレン201と元素内包フラーレン202の半金属内包フラーレントムソン素子に10nm以下離してナノプローブでDC電源203、204を印加すると、元素内包フラーレン201の吸熱部は205、発熱部は206、元素内包フラーレン202は発熱部207、吸熱部は208となる。」については、何ら補正していない。

キ 補正事項kについての対応
本件補正2前の段落【0015】に記載された「元素内包フラーレン201の最殻フラーレンと、四個の水素原子が結合したGe原子(電子過剰半金属原子)の一つの水素原子に水素原子を結合させたH-H結合と、Ge原子(電子欠損半金属原子)には三つの結合腕に三つの水素原子が結合して、この元素内包フラーレン内でpn接合状態が実現される。元素内包フラーレントムソン素子201と元素内包フラーレントムソン素子202にDC電圧203、204を各々5mV印加すると」については、何ら補正していない。

4-2 実施可能要件違反(理由II)に対する請求人の主張及び対応
4-2-1 請求項1に係る発明において、素子の両端部に吸熱部と発熱部を生じる点についての実現性について
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由IIについて]の「・請求項:1の備考2-1に対する意見」において、上記3-2-1で指摘した点について、参考文献2(Henry E.Duck worth,“Electricity & Magnetism”,Holt,Rinehart and Winston,1961)の183頁の説明を引用して、トムソン効果について次のとおり説明している。
「この実験では、電流はU-形に曲げられた鉄の棒を流れる。
巻き線コイル(R1とR2)は、図に示されているようにUの2つの周りに巻かれているバランス・ホイートストン・ブリッジは2本のアームを形成し、Uの下部Cは加熱されている。
これから2つの温度勾配ができる。AからCまでは、正の温度勾配、CからBまでは、負の温度勾配となる。この動作結果として、ブリッジはR1の抵抗はR2の抵抗より増えて不平衡状態になる。明らかに、R1は発熱し、R2は吸熱する。」
また、本願発明の元素内包フラーレントムソン素子について、「従来周知のダイオード素子やペルチェ素子とは異なっており、このトムソン素子の両端部に発生する吸熱部と発熱部が生じる機構を利用している。」と説明している。

4-2-2 請求項2、3に係る発明において、冷却システムや発熱システムとして機能する点についての実現性について
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由IIについて]の「・請求項:2、3の備考2-2に対する意見」において、上記3-2-2で指摘した点について、次のとおり反論している。
「請求項1についての上記備考2-1(当審注:上記4-2-1で引用している)で説明したとおり、請求項1に係る発明の元素内包フラーレントムソン素子に関して、その両端部に吸熱部と発熱部が生じる点を利用しており、そのような素子の発熱部同士(請求項2)または吸熱部同士(請求項3)を接続して、実施例2として記載された冷却システムや発熱システムとして機能する。
したがって、請求項2、3に係る発明の元素内包フラーレントムソン素子に関するトムソン素子であることから、冷却システムや発熱システムとなる点について、実施可能な程度に明確かつ十分に記載されている。」

4-2-3 請求項2、3に係る発明の製造方法が不明である点について
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由IIについて]の「・請求項:2、3の備考2-3に対する意見」において、上記3-2-3において指摘した点について、次のとおり反論している。
「実施例2として、2つの元素内包フラーレンの吸熱部同士を接続することが記載されているが、元素内包フラーレンの吸熱部同士を接続するためのトムソン素子であることは明らかである。」

4-2-4 請求項1?3に係る発明について、発明の課題が解決されていない点について
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由IIについて]の「・請求項:1?3の備考2-4に対する意見」において、上記3-2-4で指摘した点について、次のとおり反論している。
『本願明細書の段落【0012】に発明の効果として、「本願発明の元素内包フラーレントムソン素子は、半導体技術により大面積に渡って元素内包フラーレントムソン素子を集積形成できることから、太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得でき、その工業的価値は極めて高い。」と記載されているが、本願明細書には実施例として、「DC電圧を印加」することにより「吸熱及び発熱を発現させるようにした熱電変換システム」である「元素内包フラーレントムソン素子」が記載されているのみであるが、熱(温度差)をエネルギーに変換する素子や、そのような素子を大面積に渡って集積形成することについて、当事者であれば、具体的な装置の構成や製造方法等を解釈できる。
ここで「太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得する」ということは、本願発明の効果であると同時に、課題にあたるものであるから、発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題とその解決手段との関係が当業者に理解可能な程度に解釈できる。』

4-3 特許請求の範囲の不明りょうな記載(理由III)に対する請求人の主張及び対応
4-3-1 「トムソン素子」なる文言の意味について
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由3について]において、上記3-3-1で指摘した点について、次のとおり反論している。
『「トムソン素子」とは、トムソン効果を利用した熱電変換素子である。
参考文献の理化学辞典(岩波書店、第5版)の964頁?965頁には、「トムソン効果(Thomson effect)とは、不均一温度分布をもつ導体(または半導体)に電流を通すとき、導体内にジュール熱以外の熱の発生または吸収がおこる現象。トムソン(ケルビン卿)が発見した。(1856)単位時間に発生する熱量をQ,電流をI、温度差をΔTとすれば、比例関係 Q=θIΔTが成り立つ。比例定数θをトムソン係数あるいは電気の比熱といい、銅、亜鉛などは正、白金、鉄なでは負になる。鉛はθがほとんど0なので、熱起電力の比較のさいに基準物質とされる。ペルティエ係数p、熱電能ηとの間には、トムソンの関係式 θ=dp/dT?ηが成立することが熱力学から導かれる。」と説明されている。
1856年に発見されたこのトムソン素子(効果)は、ペルティエ素子(効果)ほど日本や米国ではなじみがない。本件を、段落【0011】・・・元素内包トムソン素子に外部から不均一温度分布として、加熱又は冷却をフラーレンに与え電流を流し、・・・・元素内包トムソン素子を実現できる。」する説明することで元素内包トムソン素子が実現できることを発明の詳細な説明とする。』

5 当審の判断
5-1 新規事項追加禁止の要件違反(理由I)についての当審の判断
5-1-1 各補正事項についての判断
ア 補正事項bについて
請求人は、平成25年8月30日付けで提出された意見書において、上記4-1で確認したように、補正事項bについては、補正事項を削除します、と記載している。
補正事項を削除する、とはいかなる補正をしようとしているか不明であるが、上記4-1 アに記載したように、本件補正2において、補正事項bに関して、本件補正2前の請求項1に記載された「半金属原子」を、出願当初の記載である、本件補正2後の「金属原子」に補正していることから、補正事項bが新規事項を追加する補正であることを認めて、出願当初の記載に戻す補正を行うことを意図しているものと認められる。
しかしながら、本件補正2前の段落【0014】に記載された「半金属(半導体)内包フラーレン」については、何ら補正されていないため、補正事項bに関して、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、とする拒絶理由が依然として解消されていない。

イ 補正事項eについて
請求人は、平成25年8月30日付けで提出された意見書において、上記4-1で確認したように、補正事項eについては、補正事項を削除します、と記載している。
補正事項を削除する、とはいかなる補正をしようとしているか不明であるが、上記4-1 イに記載したように、本件補正2において、補正事項eに関して、本件補正2前の請求項1?3と段落【0011】?【0012】に記載された「電子過剰半金属原子」及び「電子欠損半金属原子」については、それぞれ、出願当初の記載である、本件補正2後の「n型半導体」及び「p型半導体」に補正していることから、補正事項bと同様に、補正事項eが新規事項を追加する補正であることを認めて、出願当初の記載に戻す補正を行うことを意図しているものと認められる。
しかしながら、本件補正2前の段落【0013】?【0015】に記載された「電子過剰半金属原子」及び「電子欠損半金属原子」については、何ら補正されていないため、補正事項eに関して、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、とする拒絶理由が依然として解消されていない。

ウ 補正事項f,h,i,j,kについて
請求人は、平成25年8月30日付けで提出された意見書において、上記4-1で確認したように、補正事項f,h,i,j,kについては、補正事項を削除します、と記載している。補正事項を削除するとは、上記アとイで検討したように、出願当初の記載に戻す補正を行うことを意図しているものと認められる。
しかしながら、本件補正2において、明細書の段落【0001】、【0006】、【0014】、【0015】の記載に関しては何ら補正をしていないため、補正事項f,h,i,j,kに関して、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、とする拒絶理由が依然として解消されていない。

5-1-2 新規事項追加禁止の要件違反(理由I)についての判断のまとめ
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由Iについて]において、補正事項b,c,e,f,g,h,i,j,k,lのいずれについても、「補正事項を削除します。」と記載しているところ、補正事項を削除する、とはいかなる補正をしようとしているか不明であるが、上記5-1-1で検討したように、上記各補正事項が新規事項を追加する補正であることを認めて、出願当初の記載に戻す補正を行うことを意図しているものと認められる。
しかしながら、補正事項b,eによって補正された特許請求の範囲及び明細書については、本件補正2によって、その一部について出願当初の記載に戻す補正を行っているのみであり、補正事項b,eに関して、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、とする拒絶理由が依然として解消されていない。また、補正事項f,h,i,j,kによって補正された明細書の記載については、全く補正されていないため、補正事項f,h,i,j,kに関して、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、とする拒絶理由が依然として解消されていない。
したがって、補正事項b,e,f,h,i,j,kを含む、平成24年8月14日付けでした手続補正による補正(本件補正1)は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、とする拒絶理由が依然として解消されていない。

5-2 実施可能要件違反及び委任省令要件違反(理由II)についての当審の判断
5-2-1 本願発明1が素子の両端部に吸熱部と発熱部を生じる点についての実施可能性に関する判断
請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書の[理由IIについて]の「・請求項:1の備考2-1に対する意見」において、トムソン効果とは、不均等に加熱された導体に沿って流れる電流によって熱の発生または吸収が生じることを言い、本願発明の元素内包フラーレントムソン素子は、正及び負の温度勾配を与えた鉄の棒に直流電流を流した際に、素子の両端部に吸熱部と発熱部が生じる機構を利用している、と説明している。
そして、本願明細書の段落【0014】には「この元素内包フラーレン100に外部からDC電圧を加えると、元素内包フラーレンは、原子レベルのトムソン効果が生じ、フラーレンの両端で発熱と吸熱が生じる。」と記載されていることから、本願発明の元素内包フラーレントムソン素子がトムソン効果を利用する素子であることが明記されている。
したがって、本願明細書には、本願発明の元素内包フラーレントムソン素子を加熱して温度勾配を与える点について全く記載はされていないけれども、トムソン効果についての技術常識に基づけば、本願発明1の元素内包フラーレントムソン素子は、その両端に直流電圧を印加するとともに、不均一温度分布を与えることにより、元素内包フラーレントムソン素子の両端部に、吸熱部と発熱部を生じさせるものであることが、明らかになった。
よって、本願発明1が、素子の両端部に吸熱部と発熱部を生じる点についての実施可能性に対する疑いは、発明の原理の面からは解消した。
なお、本願発明1に関する、原理的な面における実施可能性についての疑いは上述のとおり解消しているが、製造方法の実施可能性についての疑いは、新規事項を追加する補正がなされていない、当初明細書等の記載に基づいて予備的に検討している、下記6-2、6-3、6-4において示されているように、解消していない。

5-2-2 本願発明2、3が、それぞれ、冷却システム及び発熱システムとして機能する点についての実施可能性に関する判断
上記5-2-1で検討したように、本願発明1の元素内包フラーレントムソン素子は、その両端に直流電圧を印加するとともに、不均一温度分布を与えることにより、その両端部に、吸熱部と発熱部を生じさせるものであることが明らかになったので、2つの元素内包フラーレントムソン素子の吸熱部同士を接続することによって、接続した素子の両端部を発熱部とすることができ、また、2つの元素内包フラーレントムソン素子の発熱部同士を接続することによって、接続した素子の両端部を吸熱部とすることができることが、明らかとなった。
よって、本願発明2、3について、冷却システムや発熱システムとして機能する点についての実施可能性に対する疑いは、発明の原理の面からは解消した。

5-2-3 本願発明2、3の製造方法の実施可能性に関する判断
上記5-2-2で検討したように、2つの元素内包フラーレントムソン素子の吸熱部同士を接続することによって、両端部を発熱部とすることができ、また、2つの元素内包フラーレントムソン素子の発熱部同士を接続することによって、両端部を吸熱部とすることができることが、原理的に可能であることが明らかとなったが、請求項2、3に係る発明の製造方法、すなわち、2つの元素内包フラーレントムソン素子の発熱部同士または吸熱部同士を接合するために必要な製造装置や具体的な製造工程については、本願明細書の発明の詳細な説明には全く記載されておらず、また、本願明細書及び図面の記載と、出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を製造しようとしても、どのように製造するかが全く理解できない。
そして、この点について、上記4-2-3に記載したように、請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書において、「実施例2として、2つの元素内包フラーレンの吸熱部同士を接続することが記載されているが、元素内包フラーレンの吸熱部同士を接続するためのトムソン素子であることは明らかである。」と言うのみであり、当業者が、明細書及び図面の記載と、出願時の技術常識に基づいて、本願発明2と本願発明3について、当業者が容易に製造することができたものであることについては、何の説明もしていない。
ここで、発明の実施可能要件を定める特許法第36条第4項第1号は、「・・・発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」と規定する。したがって、明細書及び図面に記載された事項と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤等を行う必要があるとき)には、実施可能要件は満たされない。ここで、発明の「実施」とは、「物の発明」の場合、その物を製造、使用することであるから、当業者がその物を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない。
したがって、「物の発明」である本願発明2と本願発明3の「元素内包フラーレントムソン素子」について、当業者が当該素子を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、発明の詳細な説明は、当業者が本願発明2と本願発明3を実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。

5-2-4 本願発明1?3が発明の課題を解決していない点についての判断
本願明細書の段落【0012】に、発明の効果として記載された、「本願発明の元素内包フラーレントムソン素子は、半導体技術により大面積に渡って元素内包フラーレントムソン素子を集積形成できることから、太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得する」ということは、本願発明の効果であると同時に、本願発明の課題であると理解できるところ、本願発明の「元素内包フラーレントムソン素子」は、「DC電圧を印加」することにより「吸熱及び発熱を発現させるようにした熱電変換システム」ではあるから、エネルギー(CD電圧)を温度差(吸熱及び発熱)に変換する素子であっても、熱(温度差)をエネルギーに変換する素子ではないから、発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題とその解決手段との関係が当業者に理解可能な程度に記載されていないとの指摘に対して、上記4-2-4に記載したように、請求人は、『本願明細書には実施例として、「DC電圧を印加」することにより「吸熱及び発熱を発現させるようにした熱電変換システム」である「元素内包フラーレントムソン素子」が記載されているのみであるが、熱(温度差)をエネルギーに変換する素子や、そのような素子を大面積に渡って集積形成することについて、当事者であれば、具体的な装置の構成や製造方法等を解釈できる。
ここで「太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得する」ということは、本願発明の効果であると同時に、課題にあたるものであるから、発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題とその解決手段との関係が当業者に理解可能な程度に解釈できる。』と反論している。
しかしながら、請求人は、上記反論において、「熱(温度差)をエネルギーに変換する素子や、そのような素子を大面積に渡って集積形成することについて、当事者であれば、具体的な装置の構成や製造方法等を解釈できる。」と主張するのみであり、上記「具体的な装置の構成や製造方法」をどのように「解釈」するかについて、何ら具体的な説明はしていない。
そもそも、本願発明の元素内包フラーレントムソン素子は、上記5-2-1の検討で明らかになったように、素子に温度勾配を与えた上でDC電圧を印加することにより、素子の両端部に吸熱部と発熱部を生じさせるものであって、温度勾配を与えることによって素子の両端部に電圧を生成するものではない。本願発明はトムソン効果を利用した素子であるが、トムソン効果によって発電できるという作用は知られておらず、トムソン効果によって発電できる理論的根拠も不明であり、トムソン効果によって実際に発電ができたとの実験結果も示されていないから、上記素子によって熱電変換することが可能であると認めることができない。そして、単一の上記素子による熱電変換ができないのであるから、仮に、複数の上記素子を大面積に渡って集積したとしても、「太陽光の平均照射電力に匹敵する非常に大きな熱電変換エネルギーを獲得」することはできないものと認められる。
したがって、請求人の上記反論は採用することができず、発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題とその解決手段との関係が当業者に理解可能な程度に記載されていないものと判断される。

5-2-5 実施可能要件違反及び委任省令要件違反(理由II)についての判断のまとめ
本願発明1の元素内包フラーレントムソン素子は、その両端に直流電圧を印加するとともに、不均一温度分布を与えることにより、上記素子の両端部に吸熱部と発熱部を生じさせるものであり、本願発明2,3の元素内包フラーレントムソン素子は、そのような2つの元素内包フラーレントムソン素子の各々の発熱部同士または吸熱部同士を接続することにより、接続した素子の両端部が吸熱部又は発熱部となるものであることは明らかになった。したがって、本願発明1?3についての実施可能要件違反の拒絶理由については、その発明の原理の面に関しては、解消した。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が、本願発明2、3の元素内包フラーレントムソン素子を実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、また、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明1?3の元素内包フラーレントムソン素子を用いて熱電変換することに関して、発明が解決しようとする課題とその解決手段との関係が当業者に理解可能な程度に記載されていないから、本件出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

5-3 特許請求の範囲の不明りょうな記載(理由III)について
上記5-2-1及び5-2-2の検討によって、また、上記4-3-1に記載した請求人の主張によって、本願発明1の元素内包フラーレントムソン素子は、トムソン効果を利用した素子であり、上記素子の両端に直流電圧を印加するとともに、不均一温度分を与えることにより、上記素子の両端部を吸熱部又は発熱部とするものであり、本願発明2,3の元素内包フラーレントムソン素子は、2つの元素内包フラーレントムソン素子の各々の発熱部同士または吸熱部同士を接続することにより、接合した素子の両端部を吸熱部又は発熱部とするものであることは明らかになった。
しかしながら、請求項1においては、そして、請求項1を引用する請求項2,3においても、「トムソン素子」の特徴である不均一温度分布を与える点について特定されていないから、依然として、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

6 平成25年7月1日付けの拒絶理由 において再掲した、平成24年7月10日付けの拒絶理由について
6-1 当初明細書等に基づく予備的な検討
上記5-1-2において検討したとおり、請求人は、平成25年8月30日に提出した意見書において、本件補正1に関して、補正事項b,c,e,f,g,h,i,j,k,lのいずれについても、「補正事項を削除します。」と記載しており、上記各補正事項が新規事項を追加する補正であることを認めて、出願当初の記載に戻す補正を行うことを表明しているものと認められるが、本件補正2によっては、上記補正事項のいくつかについては適切に補正されなかったため、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、とする拒絶理由が依然として解消されていない、との判断を行った。
そこで、仮に、平成25年8月30日に提出した手続補正書によって、上記補正事項の全てについて、上記意見書に記載のとおり、出願当初の記載に戻す補正が行われることによって、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとする拒絶理由が解消されていたとしても、平成25年7月1日付けの拒絶理由 において、 ≪平成24年7月10日付け拒絶理由通知書の拒絶理由の再掲≫ として記載した、特許法第36条第4項第1号並びに第6項第1号及び第6項第2号に規定する要件を満たしていないとの拒絶理由(以下「理由1」という。)のうち、少なくとも、(3)?(5)については依然として解消されないので、この点について以下に予備的に検討する。

6-2 理由1の(3)についての当審の判断
上記3-1-1において記載した、補正事項hに関して、仮に、本件補正1後の段落【0014】の記載である「元素内包フラーレン100は、籠の中、すなわちフラーレン殻の内部の半導体Ge原子101の四つ結合腕に水素原子102、103、104、105が結合し、その一つの水素原子105と水素原子106が結合した構造をとることで電子が1個過剰となり、Ge原子101は電子過剰半金属原子となる。Ge原子107には三つの結合腕に三つの水素原子108、109、110が結合している。負の電荷を持つ電子が1個不足するので、電子が少ない電子欠損半金属原子となる。」を、出願当初の記載である、本件補正1前の段落【0014】の「元素内包フラーレン100は、籠の中、すなわちフラーレン殻の内部の半導体Ge原子101の二つ結合腕の一つと水素原子102が結合した構造をとることで電子が1個不足し、Ge原子101はp型半導体となる。Ge原子103には三つの結合腕に三つの水素原子104、105、106が結合している。負の電荷を持つ電子を1個多く持つので電子が余り、自由電子が増えn型半導体となる。」なる記載に戻す補正がなされたものとする。
このとき、本願の明細書には、フラーレン殻の内部において、Ge原子に1つの水素原子を結合させることにより「p型半導体」を構成し、Ge原子に3つの水素原子を結合させることにより「n型半導体」を構成することが記載されることとなるが、このような結合によっては「p型半導体」と「n型半導体」の組合せを構成できないと考えられる。これは以下の理由による。
Ge原子は、最外殻電子数が4つであり、安定状態である最外殻電子数8つに対して4つ電子が不足しているので、Ge原子を3つの水素原子と結合させる場合には、3つの電子が水素から供給されるものの、安定状態である最外殻電子数8つに対して依然として1つの電子が不足している状態となる。また、Ge原子を1つの水素原子と結合させる場合には、1つの電子が水素から供給されるものの、安定状態である最外殻電子数8つに対して3つの電子が不足している状態となる。
したがって、Ge原子に3つの水素原子を結合させたものも、Ge原子に1つの水素原子を結合させたものも、いずれも電子が不足する状態になるので、両者とも同じ導電型の半導体となり、フラーレン殻の内部には、「n型半導体」と「p型半導体」の両者が存在することにはならないものと考えられる。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1?3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、本件出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

6-3 理由1の(4)についての当審の判断
平成24年7月10日付けで通知された拒絶理由において、理由1の(4)として、『本願の明細書には、フラーレン内部に2つのGe原子を内包させ、一方のGe原子には1つの水素原子を結合させ、他方のGe原子には3つの水素原子を結合させることが記載されているが、このような状態を選択的に作り出す方法について、本願明細書には「プラズマイオン照射方法で作製している。」(段落【0014】)という記載でしか開示されておらず、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤なしに作れるような具体的な開示がなされていない。本願明細書に記載されたプラズマイオン照射方法によって、フラーレンに2つのGe原子と4つの水素原子を注入することまでは仮に可能であるとしても、結果として、一方のGe原子に2つの水素原子が結合し、他方のGe原子にも水素原子が2つ結合したものができたり、2つのGe原子同士が共有結合した分子の外殻に水素原子が4つ結合したものができたりするものと考えられる。多数のフラーレンのうち、一方のGe原子に1つの水素原子が結合し、他方のGe原子に3つの水素原子が結合したものができる確率は仮にゼロではないとしても、本願明細書には、実際に作られたフラーレンの混合物から、どのようにして目的のものを単離するのかの具体的な開示がなされていない。』と指摘した。
この指摘に対して、請求人は、平成24年8月14日に提出された意見書において、「本願発明は、
ステップ1.GeH_(4)をフラーレン殻に内包させる。フラーレン殻のGeH_(4)に水素原子H1を結合させ、p型半導体に相当するGeH_(5)^(+)を作製する。
ステップ2.n型半導体に相当するGeH_(3)^(?)をステップ1のフラーレン殻に内包させる。
以上の製作過程でpn接合半金属内包フラーレンが得られる。
この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1-3に係る発明を実施することができる程度に記載します。」と記載している。
しかしながら、請求人は、上記理由1の(4)で指摘した、プラズマイオン照射方法によって作られた、様々な状態のGeを内包する多数のフラーレンの混合物から、どのようにして目的のものを単離するのかについての具体的な開示がなされていない、との指摘に対して、具体的な単離方法について何ら説明をしておらず、依然として、本願発明の製造方法が不明である。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1?3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、本件出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

6-4 理由1の(5)についての当審の判断
平成24年7月10日付けで通知された拒絶理由において、理由1の(5)として、『本願発明のフラーレントムソン素子を動作させるためには、フラーレンに内包された「n型半導体」及び「p型半導体」を電場の方向または温度勾配の方向に(直列になるように)配向させる必要があるものと認められる。しかしながら、本願の明細書には、そのようにフラーレンを配向させる方法の具体的な開示がなく、本願発明を実施するのに、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものと認められる。』と指摘した。
この指摘に対して、請求人は、平成24年8月14日に提出された意見書において、「本願発明のフラーレントムソン素子の動作作動を確認するためにナノプローブを10nm以下に近接させ、半金属内包フラーレンの特性を測定する。」と記載するとともに、図を示して、フラーレントムソン素子の対向する両端に2つのナノプローブを近接させて特性を測定することを説明している。
ここで、上記3-2-1で検討したように、平成25年8月30日に提出された意見書によって、本願発明のフラーレントムソン素子を動作させて吸熱部と発熱部を生じさせるためには、上記素子の炭素ケージ内に存在する「p型半導体」と「n型半導体」の間に、直流電圧を印加するとともに、温度勾配(不均一温度分布)を与える必要があることが明らかになっている。つまり、本願発明1の元素内包フラーレントムソン素子の炭素ケージ内に存在する「p型半導体」と「n型半導体」の積層方向を、直流電圧の印加方向のみでなく、温度勾配の方向に一致させる必要がある。
しかしながら、平成24年8月14日に提出された意見書、審判請求書、及び平成25年8月30日に提出された意見書のいずれにも、フラーレントムソン素子に、直流電圧を印加するとともに温度勾配を与える装置又は方法については説明されていない。本願発明1のフラーレントムソン素子を動作させて吸熱と発熱を発生させるためには、素子の対向する両端部に、2つのナノプローブを近接させて、該両端部に直流電圧を印加するとともに温度勾配を与える必要があるが、請求人が説明する上記の方法によっては、フラーレントムソン素子に直流電圧を印加するとともに温度勾配を与えることはできない。また、フラーレントムソン素子の対向する両端部に直流電圧を印加するとともに温度勾配を与えることができるような方法又は装置が当業者にとって周知であるとも認められない。
したがって、請求人が説明した上記特性の測定方法によっては、フラーレントムソン素子を正しく動作させることできず、特性の正しい測定はできないものと認められる。
また、仮に、請求人が説明した上記特性の測定方法において、フラーレントムソン素子に何らかの方法で温度勾配を与えることができたとしても、そのような方法は、単に、フラーレントムソン素子に内包された「n型半導体」及び「p型半導体」の位置、つまり、吸熱部と発熱部の位置を特定するにとどまる。本願発明のフラーレントムソン素子を吸熱・発熱装置として使用する際には、フラーレントムソン素子の吸熱部と発熱部を特定の方向に配向させる必要があるが、上記特性を測定する方法によっては、フラーレントムソン素子を移動や回転させることができないので、吸熱部と発熱部を特定の方向に配向することができないことは明らかである。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1?3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、本件出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

7 むすび
以上の次第で、平成24年8月14日付けでした手続補正による補正(本件補正1)は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず、また、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしていないから、本願は拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-10-30 
結審通知日 2013-10-31 
審決日 2013-11-13 
出願番号 特願2012-136741(P2012-136741)
審決分類 P 1 8・ 55- WZ (H01L)
P 1 8・ 536- WZ (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 長谷川 直也  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 鈴木 匡明
西脇 博志
発明の名称 元素内包フラーレントムソン素子  

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