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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A01N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A01N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A01N
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 A01N
管理番号 1283099
審判番号 不服2011-2487  
総通号数 170 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-02-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-02-02 
確定日 2013-12-11 
事件の表示 特願2007-512796「マイコトキシンの生成抑制方法」拒絶査定不服審判事件〔平成18年10月12日国際公開、WO2006/106742〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2006年3月29日〔優先権主張 2005年3月31日(JP)日本国〕を国際出願日とする出願であって、
平成22年7月27日付けの拒絶理由通知に対し、平成22年10月4日付けで意見書の提出とともに手続補正がなされ、
平成22年10月28日付けの拒絶査定に対し、平成23年2月2日付けで審判請求がなされるとともに手続補正がなされ、
平成24年6月27日付けの審尋に対し、平成24年8月31日付けで回答書の提出がなされ、
平成24年11月5日付けの審尋に対し、平成24年12月20日付けで回答書の提出が、平成24年12月21日付けで手続補足書の提出がなされたものである。

第2 平成23年2月2日付けの手続補正の補正の却下の決定
〔補正の却下の決定の結論〕
平成23年2月2日付けの手続補正を却下する。

〔理由〕
1.補正の内容
平成23年2月2日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、補正前の請求項10に独立形式で記載された
「ベンズイミダゾール系殺菌剤の、菌類の防除効果とは相関せずに、収穫後の作物中のマイコトキシン含量を減少せしめるための使用。」
を、補正後の請求項8において、
「チオファネートメチル剤の、菌類の防除効果とは相関せずに、収穫後の作物中のマイコトキシン含量を減少せしめるための使用。」
に改める補正を含むものである。

2.補正の適否
上記補正後の請求項8についての補正は、補正前の請求項10に記載された「ベンズイミダゾール系殺菌剤」という発明特定事項を、その下位概念としての「チオファネートメチル剤」に限定するものであって、補正前の請求項10に記載された発明とその補正後の請求項8に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、
当該補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮(第三十6条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものに該当する。
そこで、補正後の請求項8に記載されている発明(以下、「補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか否か)について以下に検討する。

3.新規性ないし進歩性について
(1)引用文献及びその記載事項
ア.文献1(農薬時代,2003年,第185号,22-27頁)
平成22年7月27日付けの拒絶理由通知において「引用文献1」として引用された上記文献1には、次の記載がある。

摘記1a:第23頁左欄第13行?右欄第2行
「北海道で発生する主要な赤かび病菌はFusarium graminearum、F. avenaceum、F. culmorumおよびMicrodochium nivaleの4種類である。」

摘記1b:第24頁右欄第3?7行
「道央地帯の春まき小麦で発生した病原菌のDON産生能を調査した結果、F. graminearumおよびF. culmorumはDON産生能を有したが、F. avenaceumとM. nivaleはDON産生能を有さなかった。」

イ.文献2(農薬時代,2003年,第185号,31-34頁)
平成22年7月27日付けの拒絶理由通知において「引用文献2」として引用された上記文献1には、次の記載がある。

摘記2a:第31頁右欄第3行?第32頁左欄第6行及び表1
「2.薬剤防除
現在、麦類赤かび病に対して登録のある薬剤は赤かび病の被害を軽減することを目的に選抜され、残留毒性等の試験に合格したものが農薬取締法に基づく農薬登録を受け、実際の防除に使用されている。しかしながら、これら薬剤がニバレノール(NIV)と、デオキシニバレノール(DON)等のマイコトキシン(図1)を軽減するか否かはほとんど明らかではない。したがって、既存の薬剤のマイコトキシン低減効果を早急に評価する必要がある。…薬剤とマイコトキシンの関係に関しては上田・芳澤(1988)の先駆的研究がある。それによると、…赤かび病の発生が少なく、一般に薬剤散布の必要性がないと見なされる場合でも、DON、NIVの汚染は認められたが、トップジンM剤散布により極めて有効に低減することができたと報告している。



摘記2b:第32頁左欄第6行?第33頁左欄第9行及び表2
「筆者も昨年、圃場試験においてトップジッンM水和剤のマイコトキシン低減効果を検討した。九州の主要小麦品種であるチクゴイズミを用いて、4月12日(開花始め)、4月19日、4月26日の計3回、それぞれ所定濃度の供試薬剤に展着剤(ダイン、5000倍)を加用し、杓型噴霧器を用いて150l/10a散布した。接種は赤かび病菌(Fusariumu graminearum H3菌株)をCMC液体培地で25℃、7日間振盪培養し、分生胞子を形成させ5×10^(5)/mlに胞子濃度を調整した。これを背負い式の噴霧器を用いて4月16日に100l/10a散布した。調査は5月8日(出穂34日後)に各試験区50穂について、発病穂率と罹病程度を図2の基準(Ban and Suenaga,2000)で調査し、発病度(Σ発病株率×罹病程度)を求めた。その結果、無処理区では、ほぼ確実に感染・発病し、調査時の平均発病穂率が96%の多発生となった。…
トップジンM水和剤処理区は発病穂率、発病度とも有意に減少し、発病度から求めた防除価は77.8となった(表2)。テブコナゾールフロアブル処理区はさらに効果が高く防除価は88.4となった。マイコトキシン汚染量に関しても両薬剤とも十分な低減効果が認められ、無処理区ではDON濃度が暫定基準を超える2.45ppmであったのが、いずれも基準値(1.1ppm)以下に低減した。NIVについても低減効果が確認された。



ウ.文献A〔日植病報 54:476-482(1988)〕
平成23年5月13日付けの前置報告書において「文献A」として提示された上記文献Aには、次の記載がある。

摘記A1:第476頁右欄第12行?第477頁第4行
「その結果,チオファネートメチル剤(トップシンM)がトリコテセン系マイコトキシンによるムギ類の汚染を効率的に抑制することを認めた。また,圃場において赤かび病の発生を認めない場合でも麦粒からはマイコトキシンが検出されるが,薬剤散布によってこれを有効に抑止しうる,という興味ある結果が得られたので,その概要を報告する。」

摘記A2:第480頁右欄第14?16行
「Table2の結果で注目されることは,発病がきわめて低く抑えられたにもかかわらず,F粒率は高くマイコトキシンによる汚染も起こったことである。これは,被害率や発病頴花率を指標にするだけでは,赤かび病菌による汚染やトキシン汚染を予測し得ないことを示唆しており,重要な意味をもつので,今後さらに検討する必要がある。また,1982年のヒノデハダカやダイセンゴールドのように発病が認められない場合(Table1)や1987年のように発病もなくFusarium汚染が極めて低いような場合(Table3)は,一般に薬剤散布の必要性はないと判断されている。しかし,このような場合であってもマイコトキシンは低レベルながらも産生されるが,トップジン水和剤や粉剤の2回散布により,きわめて効率的に抑制されたことは注目される。」

摘記A3:第479頁の表2(和訳で示す。)
「表2.小麦と大麦の赤カビ病罹病率及び生物毒素汚染におけるトップジンMの効果(1983)
──────────────────────────────────
大麦/小麦 殺菌剤 %赤カビ病 %F菌の マイコトキシン…ppm
による被害 感染穀粒 … NIV …
Daisen- Control 1.2 77 … 0.672
gold ^(e)) Topsin-M 0.1 76 … 0.571
──────────────────────────────────
…b-g)表1の脚注参照。」

摘記A4:第480頁の表3(和訳で示す。)
「表3.大麦(ヒノデハダカ)の赤カビ病罹病率及び生物毒素汚染におけるトップジンM及び湿潤性硫黄の効果(1987)
──────────────────────────────────
殺菌剤 %赤カビ病 … %非感染 マイコトキシン…ppb
による被害 の穀粒 DON NIV
対照(未処理) 0.0 … 10.7 13 9 …
トップジンM(粉剤) 0.0 … 11.3 ND^(*) ND^(*) …
──────────────────────────────────
…ND=非検出(4ppb未満)。」

エ.文献B〔J. Antibact. Antifung. Agents. Vol.20, No.5, pp.247-250, 1992〕
平成23年5月13日付けの前置報告書において「文献B」として提示された上記文献Bには、次の記載がある。

摘記B1:第247頁右欄第3行?第248頁左欄第11行
「著者らは…ムギの出穂期にチオファネートメチル剤〔dimethyl 4,4'-O-phenylenebis (3-thioallopanate)、商品名トップジンM、以下TMとする〕を散布することにより、赤かび病の発生が効率的に阻止されるとともにマイコトキシン産生も抑制されることを明らかにした^(8))。…本研究では主要なトリコテセン系マイコトキシンであるDONおよびNIVを産生するF. graminearum2菌株に対するTMおよびその代謝物MBC(methyl 2-benzimidazolecarbamate)のマイコトキシン産生に及ぼす効果をin vitro実験で検討したので報告する。」

摘記B2:第249頁左欄第7?11行
「TMが微生物的変換により活性体MBCに代謝されることはすでに知られている^(8),9))ので、培地に添加されたTMそのものの作用よりは、Fusarium菌により代謝変換されたMBCによる抑制の可能性が示唆された。」

摘記B3:第250頁左欄第1?4行
「増殖菌体に対するMBCの生育抑制効果は弱いにもかかわらず、MBC2?5ppm添加におけるトキシン産生阻止率は無添加区に対し70?75%とかなり抑制されることが明らかとなった。」

オ.文献C(農薬時代,2003年,第185号,28-30頁)
平成23年5月13日付けの前置報告書において「文献C」として提示された上記文献Cには、次の記載がある。

摘記C1:第29頁左欄第8?15行
「本病病原菌を含めたFusarium属菌はマイコトキシンを産生する場合があることから^(5))、本病が発生した圃場から収穫された麦粒はマイコトキシンに汚染されている可能性が高く、圃場での小麦の本病の発生程度と麦粒中のマイコトキシン濃度には正の相関がある場合が多い^(6))。しかし、外観健全粒からもマイコトキシンが検出される場合もあり、本病病原菌でも菌株によってはマイコトキシンを産生しないものもある^(5))。そして、M. nivaleはマイコトキシンを産生しない^(7))。このため、本病の発生程度、粒の被害程度とマイコトキシンの汚染程度との間に正の相関がない場合も考えられる。」

摘記C2:第30頁左欄第11?16行
「著者ら^(15))の試験ではチオファネートメチル剤の予防的散布は、メチル-2-ベンゾイミダゾールカーバメイト(MBC)耐性のM. nivaleを除き本病病原菌のいずれの菌種による赤かび病に対しても高い防除価を示した。」

(2)文献2に記載された発明
摘記2bの「トップジッンM水和剤のマイコトキシン低減効果を検討した。九州の主要小麦品種であるチクゴイズミを用いて、4月12日(開花始め)、4月19日、4月26日の計3回、それぞれ所定濃度の供試薬剤…を…散布した。接種は赤かび病菌…を…4月16日に…散布した。調査は5月8日…に各試験区50穂について…調査し、…無処理区では、ほぼ確実に感染・発病し、…トップジンM水和剤処理区は発病穂率、発病度とも有意に減少し、…防除価は77.8となった(表2)。テブコナゾールフロアブル処理区はさらに効果が高く防除価は88.4となった。マイコトキシン汚染量に関しても両薬剤とも十分な低減効果が認められ、無処理区ではDON濃度が暫定基準を超える2.45ppmであったのが、いずれも基準値(1.1ppm)以下に低減した。NIVについても低減効果が確認された。」との記載からみて、文献2には、
『小麦品種(チクゴイズミ)に、4月12日、4月19日、4月26日の計3回供試薬剤(トップジンM水和剤)を散布し、4月16日に赤かび病菌を散布し、5月8日に調査し、トップジンM水和剤処理区の発病穂率、発病度が有意に減少するとともに、マイコトキシン汚染量に十分な低減効果が認められた、マイコトキシン低減効果の調査。』という具体的な調査(以下、「文献2の具体的な調査」という。)が記載されるとともに、
『小麦品種(チクゴイズミ)に、供試薬剤(トップジンM水和剤)を散布し、トップジンM水和剤処理区の発病穂率、発病度、及びマイコトキシン汚染量に低減効果が認められた調査。』についての発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(3)対比
補正発明と引用発明とを対比するに、
引用発明の「供試薬剤(トップジンM水和剤)」は、摘記A1の「チオファネートメチル剤(トップシンM)」との記載、及び摘記B1の「チオファネートメチル剤…商品名トップジンM」との記載、並びに本願明細書の段落0013の「上記ベンズイミダゾール系殺菌剤としては、…チオファネートメチル剤(トップジン(商標名)…)を好適に例示することができる。」との記載からみて、補正発明の「チオファネートメチル剤」に相当し、
引用発明の「小麦品種(チクゴイズミ)」の「マイコトキシン汚染量」は、収穫後の作物を対象にそのデータを測定していることが自明であるから、補正発明の「収穫後の作物中のマイコトキシン含量」に相当し、
引用発明の「マイコトキシン汚染量に低減効果が認められた調査」は、摘記2bの「圃場試験においてトップジッンM水和剤のマイコトキシン低減効果を検討した。」との記載からみて、作物中のマイコトキシンの低減を目的として、トップジンM水和剤(チオファネートメチル剤)を使用しているものと認められるから、補正発明の「マイコトキシン含量を減少せしめるための使用」に相当する。
してみると、両者は、『チオファネートメチル剤の、収穫後の作物中のマイコトキシン含量を減少せしめるための使用。』に関するものである点において一致し、
その使用が、補正発明においては「菌類の防除効果とは相関せずに」とされているのに対して、引用発明においては「発病穂率、発病度」にも低減効果(有意の減少)が認められたとされ、当該「菌類の防除効果とは相関せずに」という特定がなされていない点においてのみ一応相違する。

(4)判断
上記相違点について検討する。
平成22年10月28日付けの拒絶査定の備考欄の『しかしながら、本願発明と引用文献1-3に記載された発明とは、使用する殺菌剤、対象作物、用途・目的(マイコトキシン類の生成抑制)等の実施の態様について互いに区別できるものではない。そして、上記のように具体的な実施の態様が同じであれば、当然に同じ作用効果が得られるから、引用文献1-3に記載された発明においても、同様に「菌類の防除効果とは相関せずに」マイコトキシン類の生成が抑制されているものと認める。したがって、引用文献1-3に記載されたようなベンズイミダゾール系殺菌剤等を用いるマイコトキシン類の生成抑制において、マイコトキシン類の生成の抑制が「菌類の防除効果とは相関せずに」行われるという作用効果を新たに認識し、これを発明特定事項として表現したとしても、このような作用効果は引用文献1-3に記載された発明も本来的に有しているものであるから、この点は両発明の相違点となるものではなく、よって、出願人の上記主張は採用することができない。』との指摘にあるように、
補正発明と引用発明は、
使用する殺菌剤が両者とも「チオファネートメチル剤」であるという点において一致し、
本願明細書の段落0021の「作物としては、穀類、…中でも麦類を好適に例示することができる。また、麦類としては、小麦、大麦…等を具体的に例示することができる。」との記載にあるように、対象作物が両者とも「小麦」であるという点において一致し、
用途・目的が両者とも「マイコトキシン含量を減少せしめる」という点において一致する。
してみると、両者の具体的な実施の態様が同じであるから、引用発明においても、同様に「菌類の防除効果とは相関せずに」マイコトキシン含量を減少せしめるために「チオファネートメチル剤」が「使用」されているものと認められる。
したがって、上記相違点について実質的な差異は認められない。

さらに検討するに、摘記A2の「発病がきわめて低く抑えられたにもかかわらず,F粒率は高くマイコトキシンによる汚染も起こった」との記載にもあるように、発病率が低減しても、F粒率(Fusarium汚染粒率)が高く、マイコトキシン汚染が起こる場合もあることが、普通に知られているところ、
引用発明において「発病穂率、発病度」が有意に減少していることと、引用発明における『Fusarium菌類』の防除効果とに、明確な因果関係ないし相関が成り立つとは認められないので、
引用発明における「供試薬剤(トップジンM水和剤)」の使用による「マイコトキシン汚染量」の「低減効果」が、各種の菌類、特に『Fusarium菌類』の防除効果と相関しているものとは認められない。
また、摘記2aの「赤かび病の発生が少なく、一般に薬剤散布の必要性がないと見なされる場合でも、DON、NIVの汚染は認められたが、トップジンM剤散布により極めて有効に低減することができたと報告している。」との記載からみて、
引用発明における「供試薬剤(トップジンM水和剤)」の使用による「マイコトキシン汚染量」の「低減効果」それ自体は、発病率とマイコトキシン汚染量との相関を前提にしたものではなく、各種の菌類(F.avenaceumのようなDON産生能を有さない『Fusarium菌類』を含む)の防除効果と、マイコトキシン汚染量の低減効果との間の相関関係を考慮したものでもない。

そして、本願明細書の段落0027の処理1?3の「薬効防除価」は、正しくは6.4%、-7.4%、及び11.3%であって、これらは補正発明の「菌類の防除効果とは相関せずに」という発明特定事項を満たすものと認められるところ(平成24年12月20日付けの回答書を参照)、
引用発明(摘記2bの表2の「薬剤散布による赤かび病抑制とマイコトキシン産生低減」における具体例)は、具体的には、発病穂率及び罹病程度の調査並びに発病度の算出を行っているものの、本願明細書の段落0027の「赤かび病防除効果:1000粒中の感染粒数」という「薬効」若しくは補正発明の「菌類の防除効果」という発明特定事項における「菌類」の量そのものを測定しているものではないから、
本願明細書の「処理1?3」の「薬効防除価」に相当するパラメータ、ひいては補正発明の「菌類の防除効果」を想定ないし意識したものではなく、
摘記A2の「発病がきわめて低く抑えられたにもかかわらず,F粒率は高く」との記載、及び
摘記A3のダイセンゴールド(大麦)の事例〔チオファネートメチル剤の使用により、マイコトキシン含量(NIV濃度)を0.672ppmから0.571ppmに低下させる事例であって、その「発病度防除価」が100-(0.1/1.2)×100=91.7%となるのに対して「F粒率防除価」が100-(76/77)×100=1.3%にしかならない事例〕の結果を参酌するに、
引用発明の「発病度から求めた防除価」が「77.8」であるという結果から、引用発明が『菌類の防除効果と相関』してマイコトキシン含量を減少せしめているものであると直ちに解することはできない。

さらに、平成24年12月20日付けの回答書の『(3)(い)…そもそも、農薬は、植物に自然環境において散布されるものであり、全ての環境が厳密に制御されたシャーレの中の実験とは異なり、実験間の誤差が大きいものです。特に、本願実施例のように圃場において試験を行う場合には、植物の個体差、当該植物が生えている環境の差等により農薬の効き方に差が生じることに加えて、そもそも各個体に厳密に均一に農薬を散布することは非常に困難で…、かなりのばらつきがあることが普通です。』との主張を参酌するに、
引用発明の「供試薬剤(トップジンM水和剤)」は、チオファネートメチルに対する耐性を有する菌や有さない菌など、種々雑多の菌類がどのような割合で存在しているのかを予め想定し得ない環境の中で、専らマイコトキシン汚染量の低減効果のために使用されるものであるから、その供試薬剤(チオファネートメチル)が「菌類の防除効果とは相関せずに」使用されていることは明らかである。

したがって、補正発明は、文献2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

よしんば、引用発明の「供試薬剤(トップジンM水和剤)」の使用それ自体が「菌類の防除効果と相関」しているとしても、
摘記C1の「本病の発生程度、粒の被害程度とマイコトキシンの汚染程度との間に正の相関がない場合」との記載、
摘記2aの「赤かび病の発生が少なく、一般に薬剤散布の必要性がないと見なされる場合でも、DON、NIVの汚染は認められたが、トップジンM剤散布により極めて有効に低減することができた」との記載、
摘記A2の「発病がきわめて低く抑えられたにもかかわらず,F粒率は高くマイコトキシンによる汚染も起こったことである。これは,被害率や発病頴花率を指標にするだけでは,赤かび病菌による汚染やトキシン汚染を予測し得ないことを示唆しており,…一般に薬剤散布の必要性はないと判断されている…場合であってもマイコトキシンは低レベルながらも産生されるが,トップジン水和剤や粉剤の2回散布により,きわめて効率的に抑制されたことは注目される。」との記載にあるように、
マイコトキシンの汚染程度と赤かび病の発生程度に正の相関がない場合があることは普通に知られており、
摘記B3の「増殖菌体に対するMBCの生育抑制効果は弱いにもかかわらず、MBC2?5ppm添加におけるトキシン産生阻止率は無添加区に対し70?75%とかなり抑制されることが明らかとなった。」との記載にあるように、ベンズイミダゾール系殺菌化合物の一種であるMBC(チオファネートメチル剤が微生物的変換により代謝変換された活性体)が、菌類の防除効果とは相関せずに、収穫後の作物中のマイコトキシンの産生抑制のために使用されることも普通に知られているから、
引用発明の「供試薬剤(トップジンM水和剤)」の使用を『菌類の防除効果と相関せずに使用』する形態にしてみることは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内である。

また、文献1に記載されるように、赤かび病の病原菌には、DON産生能を有する菌と有さない菌の2種類があることが普通に知られており(摘記1b)、文献Cに記載されるように、DON産生能を有さない菌(M. nivale)の中には、チオファネートメチル剤に対して耐性を獲得している耐性菌があることも普通に知られているところ(摘記C2)、
チオファネートメチル剤(トップジンM剤)の使用によって、DON産生能を有する菌が死滅して、マイコトキシン(DON)汚染量に低減効果が得られると同時に、当該供試薬剤に対する耐性を獲得したDON産生能を有さない菌が増殖して、病原菌全体の菌数が増大する場合もあり得ることは、当業者にとって容易に予測可能なことでしかないから、
引用発明の「供試薬剤(トップジンM水和剤)」の使用を『菌類の防除効果と相関せず』に使用する形態にしてみることは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内である。

そして、摘記A4には、大麦(ヒノデハダカ)の対照(未処理)及びトップジンM(粉剤)の結果において、非感染の穀粒率が10.7%から11.3%になっている事例、すなわち、感染粒率に基づく「菌類の防除効果」が防除価に換算して100-(88.7/89.3)×100=0.67%の相関しかなく、赤かび病の被害率も0.0%から0.0%と全く変化しないにもかかわらず、マイコトキシン含量が、DON濃度(13ppb)及びNIV濃度(9ppb)から、非検出(4ppb未満)へと有意に減少している事例が記載されているので、
文献Aには、『トップジンM(チオファネートメチル剤)の、菌類の防除効果に影響せずに、大麦(ヒノデハダカ)中のマイコトキシン含量(DON濃度及びNIV濃度)を減少せしめるための使用。』についての発明が記載されているものと認められる。
そうしてみると、引用発明の「供試薬剤(トップジンM水和剤)」の使用を『菌類の防除効果と相関せず』に使用する形態にしてみることは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内である。

したがって、補正発明は、文献2に記載された発明、並びに文献1及びA?Cに記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(5)審判請求人の主張について
ア.平成24年12月20日付けの回答書の『(ア)…文献1、2、A、Bには「チオファネートメチル剤を小麦に使用することによって、菌類を防除し、マイコトキシン含量を減少させた」ことが開示されているのであり、…後者の態様では、チオファネートメチル剤使用後に、そもそも植物個体に含まれている菌類の量が低減しています。そして、植物個体に感染している菌類の量は、感染粒数の測定等により容易に比較することが可能です。』との主張について、
文献2の記載は、摘記2aの「赤かび病の発生が少なく、一般に薬剤散布の必要性がないと見なされる場合でも、DON、NIVの汚染は認められたが、トップジンM剤散布により極めて有効に低減することができた」との記載にあるように、赤かび病の発生がなく、菌類の防除が必要性がない場合でも、チオファネートメチル剤の散布によりDON及びNIV汚染を有効に低減することを教示しており、引用発明(文献2に記載された発明)においては、発病穂率と罹病程度を調査しているものの、感染している菌類の量それ自体を調査していないから、菌類の量が低減しているか不明であり、菌類の防除効果との相関について直接的な言及をしているものでないことも明らかであるから、上記主張は採用できない。

イ.同回答書の『(イ)…審判官殿のご指摘の通り、文献A及び文献2には、赤カビ病の発病度と菌類の防除効果に相関がないことが記載されておりますが、…文献A…の記載は、赤カビ病の発病度とF粒率に相関がないことを示しているのであって、薬剤効果(F粒率)とマイコトキシン含量に相関がないことは示していません。…文献2…の記載は、赤カビ病の発病とDON汚染に相関がないことを示しているにすぎず、F粒率とDONやNIV含量との相関性については何ら言及しておりません。』との主張について、
補正発明の「菌類の防除効果とは相関せずに」という発明特定事項の「菌類」の種類は、必ずしも『Fusarium菌類』のみに限られるものではなく、摘記1bの「F. avenaceumとM. nivaleはDON産生能を有さなかった。」との記載にあるように、ある種の『Fusarium菌類』はDON汚染に何ら影響を与えるものではないことが普通に知られているから、補正発明の発明特定事項と関係のない上記主張は採用できない。

ウ.同回答書の『(ウ)…マイコトキシン類を産生しないM.nivaleが感染した場合に、マイコトキシンの汚染程度(マイコトキシン含量)と赤かび病の発病に正の相関がないという極めて基本的な知見が述べられているものです。…当然ですがマイコトキシン含量は、チオファネートメチル剤散布によっても変化せず、かつ防除効果も得られないであろうと予測されます。』との主張について、
補正発明の「菌類の防除効果とは相関せずに」という発明特定事項の「菌類」の種類は『Fusarium菌類』のみに限られるものではなく、チオファネートメチル耐性菌やDON産生能を有さない菌などの各種の菌類を除外するものではないから、補正発明の発明特定事項と関係のない上記主張は採用できない。

エ.同回答書の『(エ)…MBCはなるほど防除効果と相関せずにマイコトキシン産生を低減する効果があることを理解したとしても、チオファネートメチル剤によって、菌類が防除されずにマイコトキシン産生が低減される場合があることは容易に想到し得るものではなく』との主張について、
補正発明の「チオファネートメチル剤」は、補正前の「ベンズイミダゾール系殺菌剤」を限定的に減縮したものであって、MBCは「ベンズイミダゾール系殺菌剤」の一種であるから、上記主張は採用できない。

オ.同回答書の『(オ)…元々チオファネートメチル耐性を有するDON産生能を有さない菌が感染している植物に対しては、そもそもチオファネートメチル剤を散布しようとは当業者であれば考えません』との主張について、
引用発明(文献2に記載された発明)においては、感染している菌類の種類や量を調査しておらず、引用発明は、菌類がチオファネートメチル耐性菌やDON産生能を有さない菌などであるか否かを考慮せずに、すなわち、菌類の防除効果を考慮せずに、構わずチオファネートメチル剤を散布してマイコトキシン汚染量を低減しているから、上記主張は採用できない。

4.サポート要件について
摘記1bの記載にあるように、本願明細書の段落0026の「小麦赤カビ病の接種源」としての3種類の菌のうちの2種(F. graminearum及びF. culmorum)についてはDON産生能を有し、残りの1種(F. avenaceum)についてはDON産生能を有していないことが知られているところ、
本願明細書の表1の結果においては、その「赤かび病防除効果:1000粒中の感染粒数」について、上記「接種源」に含まれる3種類の菌の内訳が明らかにされておらず、
DON産生能と相関しない菌(F. avenaceum)を含めた感染粒数によっては、補正発明の「菌類の防除効果とは相関せずに、…マイコトキシン含量を減少せしめる」という作用機序を科学的に一般化することができない。
また、摘記2dの記載にあるように、マイコトキシンの種類としては「DON」及び「NIV」の2種類があることが知られているところ、
本願明細書の表1においてDON産生が減少しているからといって、NIV産生をも含めた上位概念としての「マイコトキシン」の生成抑制ないし含量減少の作用効果を科学的に一般化することができない。
したがって、本願請求項8の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に実質的に記載されたものではないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、補正後の出願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないので、補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができない。

5.まとめ
以上総括するに、補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであり、本件補正は、その余のことを検討するまでもなく、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、〔補正の却下の決定の結論〕のとおり決定する。

第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?11に係る発明は、平成22年10月4日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?11に記載された事項により特定されるとおりのものと認める。

2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、「この出願については、平成22年7月27日付け拒絶理由通知書に記載した理由1、2によって、拒絶をすべきものです。」というものであって、当該拒絶理由通知書には、
当該「理由1」として「この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。」との理由が示され、
当該「下記の請求項」として「・請求項 1-3、5-7、9-11」が指摘され、当該「下記の刊行物」として「・引用文献 1、2」が指摘されており、
拒絶理由通知時の請求項10は、拒絶査定時の請求項10に対応する。

3.引用文献及びその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された「引用文献2」及びその記載事項は、前記『第2 3.(1)イ.』に示したとおりである。

4.対比・判断
本願の請求項10に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、補正発明の「チオファネートメチル剤」という発明特定事項を、その上位概念としての「ベンズイミダゾール系殺菌剤」という発明特定事項に置き換えたものであって、本願発明は補正発明を包含するものであるから、上記『第2 3.』に示したのと同様の理由により、引用文献2(文献2)に記載された発明である。

5.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用文献2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができず、その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-01-29 
結審通知日 2013-02-05 
審決日 2013-02-18 
出願番号 特願2007-512796(P2007-512796)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (A01N)
P 1 8・ 113- Z (A01N)
P 1 8・ 575- Z (A01N)
P 1 8・ 121- Z (A01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 馬籠 朋広  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 東 裕子
木村 敏康
発明の名称 マイコトキシンの生成抑制方法  
代理人 志賀 正武  
代理人 西 和哉  
代理人 村山 靖彦  
代理人 鈴木 三義  
代理人 高橋 詔男  
代理人 渡邊 隆  

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