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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1284032
審判番号 不服2011-10305  
総通号数 171 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-03-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-05-17 
確定日 2014-01-29 
事件の表示 特願2003-583466「線維症の処置におけるC5a受容体アンタゴニストの使用」拒絶査定不服審判事件〔平成15年10月23日国際公開、WO03/86448、平成17年10月 6日国内公表、特表2005-529872〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2003年4月7日(パリ条約による優先権主張 2002年4月8日 (AU)オーストラリア)を国際出願日とする出願であって、平成21年10月21日付けで手続補正がなされ、平成23年1月13日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年5月17日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

2.本願発明
本願の請求項1に係る発明は、平成21年10月21日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものであるところ、その発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりのものである。
「 【請求項1】
黄斑変性症の処置に用いる医薬品の製造のための以下の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストの使用:
【化1】



3.原査定の理由
一方、原査定の拒絶の理由は、以下のとおりのものである。
「理由1.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項(審決注:特許法第36条第4項第1号のこと)に規定する要件を満たしていない。
理由2.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

【理由1,2】について
A.請求項 1
補正後の請求項1に係る発明は、C5a受容体アンタゴニストである【化1】で示される構造を有する化合物が黄斑変性症の処置に有用であるというものである。
発明の詳細な説明には、当該化合物が、心臓線維症及び肺線維症状態の動物モデルにおいてその状態を改善し得ることが実施例をもって開示されているものの、かかる実験結果からだけでは、当該化合物が、黄斑変性症の処置に対しても有効であるか否かについては、当業者といえども知ることができない。また、発明の詳細な説明では、この点について理論的な説明もされていない。
そして、本願出願時の技術常識を考慮しても、当該化合物が黄斑変性症の処置に有効であるとは直ちには認められないから、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に発明として開示された範囲を超えることは明らかであるし、当業者が請求項1に係る発明について、容易に実施できる程度に発明の詳細な説明が記載されているともいえない。」

4.判断

4-1 特許法第36条第4項第1号に規定する要件(いわゆる実施可能要件)について

本願発明は、「黄斑変性症の処置に用いる医薬品の製造のため」の「【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニスト」の「使用」の発明であるが、この「使用」の発明は、使用する方法の発明であると解されるから、本願発明は、特許法第2条第3項第2号にいう方法の発明であるといえる。また、方法の発明における実施とは、その方法の使用をする行為である。そして、本願発明におけるその方法の使用とは、【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストを、黄斑変性症の処置に効果を奏するという薬理作用を有する医薬品を製造するための有効成分として使用すること、にほかならない。そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるためには、【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストが上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされている必要がある。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討するに、該発明の詳細な説明には、【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストが、上記薬理作用をもたらすことに関して、以下の(ア)?(ク)の記載がある。

(ア)「【0004】
最も重点的に研究されているGタンパク質共役受容体の1つは、C5aに対する受容体である。C5aは、損傷部位へ好中球およびマクロファージを集中させ、それらの形態を変化させる、最も強力な既知の走化性物質の1つであり;脱顆粒を誘導し;カルシウム動員、血管透過性(浮腫)および好中球凝集を増加し;平滑筋を収縮し;ヒスタミン、TNF-α、IL-1、IL-6、IL-8、プロスタグランジン、ロイコトリエン、およびリソソーム酵素などを含む炎症性仲介物質の放出を刺激し;酸素ラジカル類の形成を促進し;そして、抗体産生を増強する(GerardおよびGerard, 1994)。
【0005】
C5aの過剰発現または下方制御は、免疫系を介する炎症状態、例えば慢性関節リウマチ、成人呼吸窮迫症候群(ARDS)、全身性エリテマトーデス、組織不適合性、虚血性心臓疾患、再潅流損傷、敗血性ショック、乾癬、歯肉炎、アテローム性動脈硬化症、アルツハイマー疾患、肺損傷および体外透析後症候群などの病因、および様々な他の状態に関与する(Whaley 1987; Sim 1993)。
【0006】
C5aの炎症誘発作用を制限する物質は、慢性炎症およびそれに伴う苦痛ならびに組織損傷を抑制する可能性を有する。これらの理由により、C5aがその受容体に結合するのを防ぐ分子は、補体活性化によって促進される慢性の炎症性疾患を処置するために有用である。そのような化合物はまた、補体を介した免疫機構に対する価値のある新しい見識を提供する。」

(イ)「【0008】
線維症、すなわち繊維芽細胞の内部成長および異常な傷を形成する細胞外マトリックスの生産は、外傷、外科的介入、伝染病および病理学的状態を含む多くの原因に起因し得る。線維症は、糖尿病および高血圧症から生じる炎症を含む慢性炎症などの状態の結果であるが、炎症がない状態でも生じうる。それは多様な組織、例えば肺、腎臓、肝臓および心臓で起こりうるが、これに限定されない。線維症は、傷ついた組織の物理的特性を変化させる異常な量の細胞外マトリックスの形成によって、そのような状態下での機能の損失に寄与する。例えば、糖尿病または高血圧誘導性心臓線維症は、心拍出量の減少に寄与する心室壁の硬化を伴う。」

(ウ)「【0014】
Gタンパク質共役受容体であるC5a受容体の過剰発現または下方制御は、炎症などの免疫系を介する事象に関与している。C5a受容体アンタゴニストなどのC5a受容体の活性に影響する物質は、炎症事象を調節する可能性を有し、治療的または予防的行為の手段を提供し得るが、現在までに線維症の処置または予防の可能性を有する物質は見つかっていない。」

(エ)「【0018】
より好ましいC5a受容体アンタゴニストは、ペプチドまたはペプチド模倣化合物であり、さらに好ましくは環状ペプチドまたは環状ペプチド模倣化合物である。さらにより好ましくい化合物は、PCT/AU98/00490またはPCT/AU02/01427に記載の環状ペプチドまたは環状ペプチド模倣化合物である。
【0019】
・・・
【0020】
・・・
【0021】
・・・
【0022】
最も好ましい化合物は、以下の化学式で表される、PCT/AU98/00490に開示されている特定のPMX53化合物である。
【化2】



(オ)「【0029】
(発明の詳しい説明)
本発明の目的に関して、用語「線維症状態」とは線維症障害、例えば多発性硬化症、増殖性ビトロ網膜症を含む網膜疾患、および黄斑変性症、強皮症、硬化性腹膜炎、トラウマ、やけど、化学療法、放射線療法、感染または外科手術から生じる線維症および主な組織、例えば腎臓、肝臓、心臓または肺などの線維症を意味する。」

(カ)「【0056】
(実施例1)
L-NAME誘導心臓線維症におけるC5a受容体アンタゴニストの効果
オスのWistarラット(8週齢)を、クイーンズランド大学の中央動物飼育室から入手した。前記ラットに、以下の化学式のPMX53と称されるC5a受容体アンタゴニストを投与した:
【化3】

【0057】
ラットに前記物質を投与量1mg/kg/日にて4日間経口投与し、さらに4週間ニトロ-L-アルギニンメチルエステル(L-NAME)を処置し、すなわち全部で32日間のアンタゴニスト処置を行った。L-NAME投与は、一酸化窒素(NO)の生産阻害の結果、高血圧および心臓再構築を生じる。
【0058】
・・・
【0059】
・・・
【0060】
・・・
【0061】
・・・
【0062】
L-NAME処置の4週間後に、心エコー検査によってインビボで、そして以下に記載の分離したランゲンドルフ(Langendorff)心臓調製液を用いてインビトロで心臓機能測定した。コラーゲン沈着を、以下に記載のようにpicrosiriusレッド染色した心臓スライスのレーザー共焦点顕微鏡を用いた画像分析によって測定した。
【0063】
・・・
【0064】
a)コラーゲン分布
コラーゲン分布を、繊維性コラーゲンを選択的に染色するpicrosiriusレッド(ピクリン酸中に0.1% シリウスレッド F3BA)で染色された心臓および腎臓部分の画像分析によって測定した。・・・結果を図5、6および7に示す。
【0065】
・・・
【0066】
C5a受容体アンタゴニスト処置は、コラーゲン沈着の増加を減衰する。C5aアンタゴニスト処置したラットにて、L-NAMEのみを処置したラットで観察された増加と比較して、L-NAME処置が左心室間質および血管周囲領域をそれぞれ23%および43%増加した。同様の結果が、右心室にて観察され、L-NAMEのC5a受容体アンタゴニスト処置が間質および血管周囲領域それぞれにて44%および37%にコラーゲン沈着を制限した。腎臓では、L-NAMEラットに対するC5aアンタゴニスト投与が間質で30%にコラーゲン沈着を制限し、そしてL-NAME処置したラットにて観察された糸球体コラーゲン凝縮の増加を正常化した。
【0067】
図9に示したように、L-NAME処置は、左心室および右心室両方に大きな炎症性細胞浸潤を引き起こした。炎症性細胞数の30倍の増加が、L-NAME処置に続く左心室および右心室両方の間質および血管周囲領域にて観察された。C5a受容体アンタゴニスト処置は、L-NAME処置に続く左心室および右心室への炎症性細胞浸潤を防止した。炎症性細胞型または腎臓浸潤における利用可能性についてはこれまでのところ情報がない。
【0068】
b)心エコー検査分析
心臓機能を従来の方法である心エコー検査を用いてインビボで測定した。
・・・
【0069】
・・・L-NAMEラットのC5a受容体アンタゴニスト処置は、左心室壁圧の増加および左心室間質容量の減少を正常化した。この処置はまた、E/A率、心臓拡張容量および心拍出量を顕著に正常化した。これらの結果を図9に示す。
【0070】
c)単離したランゲンドルフ(Langendorff)心臓調製液
ランゲンドルフ(Langendorff)の単離した心臓調製液をエキソビボ(生体外)における左心室の拡張期弾性を決定するために用いた。
・・・
【0071】
・・・
【0072】
・・・
【0073】
・・・
【0074】
・・・
【0075】
L-NAME処置は、対照と比較して心室の拡張弾性定数を顕著に増加した。発生圧力および収縮性は、L-NAME処置により変化しなかった。C5a受容体アンタゴニスト処置は、収縮性または発生圧力を変化することなくL-NAME処置ラットの拡張弾性定数の増加を阻害した。これらの結果を図10および図11に示す。」

(キ)「【0078】
(実施例2)
ブレオマイシン誘導肺線維症に対するPMX53の効果
肺に炎症を引き起こす急性および慢性疾患は、肺線維症を特徴とする不可逆過程を生じさせ得る。肺線維症のラットモデルに対するPMX53の効果を、Taylor et al (2002)に記載の適した方法を用いて評価した。
【0079】
ブレオマイシンは、ヒトにおける肺線維症の原因として周知の抗腫瘍薬である(Thrall et al, 1978)。ラットにおけるブレオマイシン誘導肺線維症は、短期間の実験で高成功率を成す十分に確立されたモデルである。ブレオマイシンは、TGF-β、PGE2、顆粒細胞-マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)、インシュリン様成長因子などの放出の原因となり、I型肺胞上皮細胞(AEC)に毒性損傷を引き起こす。このことは、炎症性細胞、例えばPMN、マクロファージ、および繊維芽細胞などの間葉細胞に大規模な活性化を誘導し、過修復過程に寄与し肺における線維症につながる。PMX53はC5a受容体アンタゴニストであり、PMN、単球、マクロファージなどの炎症性細胞の浸潤および活性化を効果的に阻害し、よって反応性の酸素種、およびIL-1ならびにPLA2などの炎症性仲介物質の放出を減じる。その結果、ロイコトリエンおよびプロスタグランジンなどのいくつかの因子の放出の減少により、局所的組織損害を防止する。我々はPMX53アンタゴニストが、ブレオマイシン誘導肺線維症を抑制する効果を有するか否かについて調べた。
【0080】
6週齢のオスのWistarラットを用いた。前記ラットを5つのグループに分けた:
グループ1:ブレオマイシン投与のみ(n=9)
グループ2:生理食塩水投与のみ(n=3)
グループ3:200μl水分(経口摂取)(1日栄養補給)に投与濃度10mg/kgでPMX53およびブレオマイシン投与(n=9)
グループ4:経口でPMX53(グループ3の投与量)および生理食塩水投与(n=3)
グループ5:その他のグループとして同じ環境下に置いた未処置のラット(n=3)
薬剤処置したラットには、ブレオマイシン投与前に3日間薬剤を与えた。
【0081】
・・・
【0082】
・・・
【0083】
・・・肺におけるコラーゲン沈着を評価するため、コラーゲンをヘマトキシリンおよびエオシン(H&E)、およびPicroシリウスレッド(PR)染色した。PRで染色されたコラーゲン量について、局在化した明画像をグレイスケールに変換し、1つの画像当たりの白色画素の総数(コラーゲン特異的)を、全画素領域の割合とした。前記手法を、肺胞領域における4つの領域、および1試料当たりの気管支周辺および血管における2つの領域の合計に応用した(Wangら、2000)。それぞれのラットの右肺の最大肺葉(4つの肺葉由来)を選択した。データを、「シオン・イメージ」プログラムを用いて分析した。
【0084】
ヒドロキシプロリン分析は、Christensenら(2000)の方法によって行った。
・・・
【0085】
・・・ラットモデルにて、ブレオマイシン誘導肺線維症に伴う2つの段階が存在した。
【0086】
1.急性肺炎症:
ブレオマイシンの気管内注入は、2日?3日目のラットにて明らかに急性肺炎症を誘導した。薬剤処置群のラット4匹および非処置群の4匹は極めて重篤であり、7?9日後に安楽死した。図12および13に示すように、肺に広範な白い斑点状の病変と異常な肥大が見られた。体重に対する肺重量比は、ラットが薬剤処置または非処置かどうかにかかわらず、ブレオマイシン処置したラットにて顕著に増加した。結果を表1にまとめた。
・・・
【0087】
・・・
【0088】
薬剤処置および非処置のグループ間に組織学的な顕著な相違いはない。ブレオマイシンを注入した肺におけるコラーゲン沈着は、通常の肺(P<0.01、n=3);生理食塩水注入肺(P<0.01、n=3);そして、生理食塩水注入とPMX53を処置した肺(P<0.01、n=3)と比較して著しい増加を示した。しかし、薬剤処理したグループと非処理のグループの顕著な差異はなかった(P>0.01、n=4)。これらの結果を図15にまとめた。
【0089】
2.肺線維症
ブレオマイシンの気管内注入から18日後に、浮腫の大きさがブレオマイシン注入した肺で縮小し、そして肺/体重比率は、ブレオマイシン・グループと非ブレオマイシン・グループのどちらも、あるいは薬剤処置グループと非処置グループのどちらも顕著な差異はなかった(データ非表示)。図16に示したように、ラットを薬剤処置したかしていないかに関わらず、急性炎症段階と比較して、ほとんどのラットにて肺における炎症性損傷はより小さく、低密度になった。図17aに示したように、肺損傷における多くの炎症性細胞(大部分は肺胞マクロファージ)、および赤血球が未だ存在していた。肺胞壁の厚さは増加し、図17bに示したように、肺の肺胞隔壁にフィブリノゲン堆積が存在した。1匹の薬剤処置ラットおよび1匹の非薬剤処置ラットが、さらに観察される著しい肺線維症損傷と混合した肺炎症性損傷を有していた。個々のラットにて変化したコラーゲン量およびコラーゲンの核酸、および各肺における損傷数の相違により、H&F染色したスライドの肺組織におけるコラーゲン沈着量を評価することは難しかった。図21?30に示し表2にまとめたように、PR染色は、肺におけるコラーゲン沈着の評価のためのH&F染色より有用であった。
・・・
【0090】
しかし同じ理由により、それはコラーゲン容量の比較分析のための正確な測定法ではない。ヒドロキシプロリン分析の結果を図19にまとめた。ブレオマイシン注入により、ラット肺のヒドロキシプロリン濃度が顕著に増加した(P<0.01、n=3、正常なラットとの比較;P<0.01、n=3、生理食塩水注入したラットとの比較;P<0.01、n=3、薬剤処置ラットに生理食塩水注入したものとの比較)。PMX53により、ブレオマイシン誘導ヒドロキシプロリン濃度が顕著に減少した(P<0.05、n=4、ブレオマイシン注入したラットとの比較)。
【0091】
ブレオマイシンによって誘導された毒性肺炎症を阻害するPMX53の障害として、ブレオマイシン誘導毒性炎症が、補足系(「補体系」の誤訳:審決注)の単純な活性化によってではなく、異なる経路を介して、または複雑な細胞間相互作用を介して発症することが示唆されうる。I型AEC損傷、II型AEC増殖、繊維芽細胞増殖、およびPGE2、TGF-β1、およびGM-CSFなどの数種のサイトカイニンの放出は、PFに主要な役割を果たすと考えられる。
【0092】
18日後、ブレオマイシン注入した肺は、顕著に増加したヒドロキシプロリン濃度およびPR染色により示されるコラーゲン沈着によって示されるように、線維症を呈した。我々は組織学またはPR染色によって確認することが困難であったが、PMX53がヒドロキシプロリン濃度を顕著に減少することを発見した。DNAとヒドロキシプロリン変化がブレオマイシン注入後14?21日の間に生じることをほとんどの研究が実証したため、18日目では組織的な変化が明白になるには早すぎるが、4週後には組織学的証拠が存在する可能性がある。
【0093】
しかし、ブレオマイシン誘導ヒドロキシプロリン堆積のPMX53による顕著な減少は、ブレオマイシン誘導PFにおけるC5aの役割は完全には理解されていないが、C5aカスケードの活性化が線維症の進行に関係し得ることを示唆する。本明細書中で、本発明を明瞭にし理解を助ける目的で幾らか詳細に説明したが、本明細書に開示した発明の概念の範囲を逸脱することなく、ここに記載した態様および方法を様々に修飾しおよび改変しうることは、当業者にとって明らかである。」

発明の詳細な説明において、黄斑変性症について記載されたのは、上記記載事項(オ)のみであり、本願発明の【化1】の構造式を有する化合物が黄斑変性症の処置に効果を奏するという薬理作用を直接確認できる記載はなされていない。そして、薬理作用を直接確認できるように、発明の詳細な説明に記載されているのは、当該【化1】の構造式を有する化合物が心臓線維症モデル及び肺線維症モデルにおいて効果を奏することだけである。

【化1】の構造式を有する化合物が、心臓線維症モデル及び肺線維症モデルにおいて効果を奏するという記載があることをもって、黄斑変性症にも同様に効果があると当業者が認識できるというためには、黄斑変性症と心臓線維症及び肺線維症とがその治療において共通しているとの前提が必要であり、例えば、黄斑変性症と心臓線維症及び肺線維症が共通するメカニズムで生じており、かつ、【化1】の構造式を有する化合物による心臓線維症モデル及び肺線維症モデルにおける効果が、その共通するメカニズムによってもたらされたことが、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から理解できる必要がある。

そこで、この点について検討すると、
記載事項(オ)には、「黄斑変性症」も「心臓または肺などの線維症」も用語「線維症状態」の例示として記載されていることから、黄斑変性症、心臓線維症及び肺線維症は「線維症状態」に包含される点で共通する。また、記載事項(イ)には「線維症、すなわち繊維芽細胞の内部成長および異常な傷を形成する細胞外マトリックスの生産は、外傷、外科的介入、伝染病および病理学的状態を含む多くの原因に起因し得る。線維症は、糖尿病および高血圧症から生じる炎症を含む慢性炎症などの状態の結果であるが、炎症がない状態でも生じうる。」と記載されており、この記載に接した当業者であれば、「線維症」は「繊維芽細胞の内部成長」や「細胞外マトリックスの生産」という現象としては共通するものの、その原因は様々であり、共通するメカニズムは知られていなかったものと理解できる。
さらに、その他の文献を見ても、黄斑変性症が線維症の1つとして治療されていたという技術常識は見当たらないし、種々の線維症における共通するメカニズムとして、C5aや補体系の関与が知られていたとの技術常識も見当たらない。

一方、心臓線維症について、記載事項(カ)には、本願発明の【化1】の構造式を有する化合物により、L-NAME誘導心臓線維症の状態が改善されることが、具体的な薬理試験結果とともに記載されている。しかしながら、本願発明の【化1】の構造式を有する化合物が、いかなるメカニズムにより当該心臓線維症に対する作用を奏するのかについては、具体的な試験は行われていないし、論理的な説明もされていない。
また、肺線維症について、記載事項(キ)には、本願発明の【化1】の構造式を有する化合物によりブレオマイシン誘導肺線維症におけるヒドロキシプロリン堆積を顕著に減少させることが、具体的な薬理試験結果とともに記載されており、「ブレオマイシン誘導毒性炎症が、補足系(「補体系」の誤訳:審決注)の単純な活性化によってではなく、異なる経路を介して、または複雑な細胞間相互作用を介して発症することが示唆されうる。」「ブレオマイシン誘導PFにおけるC5aの役割は完全には理解されていないが、C5aカスケードの活性化が線維症の進行に関係し得ることを示唆する。」と記載されている。しかしながら、これらの記載の根拠となる試験結果は記載されていないから、本願発明の【化1】の構造式を有する化合物がブレオマイシン誘導肺線維症において作用を奏する際のメカニズムに関する上記記載については、単に請求人の見解を示したに過ぎず、推測の域を出ないものといえる。

そうすると、黄斑変性症と心臓線維症及び肺線維症とが治療方法において共通しているといえる根拠はなく、さらに、【化1】の構造式を有する化合物による心臓線維症モデル及び肺線維症モデルにおける効果が、どのようなメカニズムによってもたらされたか不明であるから、これらの記載に接した当業者が、本願発明の【化1】の構造式を有する化合物が黄斑変性症の処置に効果を奏するという薬理作用を示すことを認識できるとはいえない。

また、記載事項(ア)及び(ウ)によれば、「C5aは、・・最も強力な既知の走化性物質の1つであり」、「C5a受容体アンタゴニストなどのC5a受容体の活性に影響する物質は、炎症事象を調節する可能性を有し、治療的または予防的行為の手段を提供し得る」けれども、「本願出願時までに線維症の処置または予防の可能性を有する物質は見つかっていない」ことが記載されているし、その他の文献等にも、C5aアンタゴニストが線維症の処置又は予防をするとの技術常識は見当たらない。さらに、前述の通り、種々の線維症における共通するメカニズムとして、C5aや補体系の関与が知られていたとの技術常識も見当たらない。
したがって、【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストが黄斑変性症の処置に効果を奏するという薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であった、というような、上記薬理試験結果の記載がなされていなくても【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストが上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。

よって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。

4-2 特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)について

特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、本願明細書のサポート要件の存在は、本願出願人すなわち審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である。

ここで、本願発明は、上述のように、黄斑変性症の処置に用いる医薬品の製造のための【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストの使用の発明であるから、その課題は、【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストを医薬品の有効成分として使用することにより、黄斑変性症の処置に効果を奏するという薬理作用をもたらす医薬品を提供することにほかならない。
しかしながら、4-1で説示したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の【化1】の構造式を有する化合物が黄斑変性症の処置に効果を奏するという薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載がなされているとはいえないし、【化1】の構造式を有するC5a受容体アンタゴニストが黄斑変性症の処置に効果を奏するという薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であった、というような、上記薬理試験結果の記載がなされていなくても【化1】の構造式を有する5a受容体アンタゴニストが上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。

そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願発明の課題を解決できると認識できるか、または、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本願発明の課題を解決できるとはいえないから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。

5.むすび
以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-08-26 
結審通知日 2013-08-27 
審決日 2013-09-17 
出願番号 特願2003-583466(P2003-583466)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (A61K)
P 1 8・ 536- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中尾 忍  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 川口 裕美子
穴吹 智子
発明の名称 線維症の処置におけるC5a受容体アンタゴニストの使用  
代理人 冨田 憲史  
代理人 田中 光雄  
代理人 山中 伸一郎  
代理人 稲井 史生  
代理人 志賀 美苗  
代理人 中川 将之  
代理人 山崎 宏  

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