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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61N
管理番号 1285231
審判番号 不服2013-5893  
総通号数 172 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-04-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-04-02 
確定日 2014-02-26 
事件の表示 特願2010-280459号「脳ペースメーカー及びそれに利用した電極線」拒絶査定不服審判事件〔平成24年1月19日出願公開、特開2012-11172号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 I.手続の経緯
本願は、平成22年12月16日(パリ条約による優先権主張 平成22年7月5日 (CN)中国)の出願であって、平成24年8月8日付けで拒絶理由を通知したところ、同年11月14日付けで意見書が提出されたが、同年11月29日付けで拒絶査定がなされたところ、同査定を不服として平成25年4月2日に拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正がなされたものである。

II.平成25年4月2日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成25年4月2日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[補正却下の理由]
1.補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、次のように補正された。
「パルス発生器と、電極と、少なくとも一本の電極線と、を備える脳ペースメーカーにおいて、
前記電極線は、前記電極とパルス発生器とを連結しており、
単一の前記電極線は、本体及び絶縁層を含み、
前記絶縁層は前記本体の外表面に被覆され、
前記本体は、複数の零距離でねじれたカーボンナノチューブワイヤを含み、
前記カーボンナノチューブワイヤは、複数のカーボンナノチューブからなることを特徴とする脳ペースメーカー。」(下線部は補正個所を示す。)

2.特許法第17条の2第3項(新規事項の追加の有無)、第4項(発明の特別な技術的特徴の変更の有無)及び第5項(補正の目的の適否)について
本件補正は、特許法第17条の2第3項及び第4項に規定する要件を満たすものである。
そして、本件補正は、補正前の請求項1,2を削除して補正前の請求項3,4を補正後の請求項1,2とし、補正前の請求項3に記載した発明を特定するために必要な事項である「カーボンナノチューブワイヤ」について、「複数の零距離でねじれた」との限定を付加する旨のものであり、かつ、補正後の請求項1に記載された発明は、補正前の請求項3に記載された発明と、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、本件補正は、特許法第17条の2第5項第1号の請求項の削除及び第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

3.特許法第17条の2第6項(独立特許要件)について
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)、以下に検討する。

3-1.引用例の記載事項
(1)国際公開第2010/055421号
本願の優先権主張日前に頒布された刊行物であり、原査定の拒絶の理由に引用された国際公開第2010/055421号(以下、「引用例1」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。(なお、翻訳文として引用例1のパテントファミリーである特表2012-508635号公報を援用し、摘示箇所に対応する記載を『』内に示す。)
引1ア:「FIELD
[0001] The present invention relates generally to the field of interacting with biological tissue through the use of electrical probes, and more particularly to interacting with a neurological target through the use of microelectrode probes.
BACKGROUND
[0002] Neurostimulation is a category of medical devices that are used to transfer electric charge or electrical fields to tissue and result in a physiological change which benefits the patient, or performs a physiological measurement. Neurostimulation is used today in the cochlea, the retina, the peripheral nerve system, the spme, the bram and other parts of the body.
[0003] In a particular application of Neurostimulation, conductive electrodes are placed in contact with certain deep brain structures m order to treat certain neurological conditions In the case of stimulating the Subthalamic Nucleus, for example, as described in U S Pat No 5,716,377, or the Globus Palhdus, for example, as described m U S Pat No 5,683,422, the therapy can treat the symptoms of Movement Disorders such as Parkinson's disease, Essential Tremor or Dystonia In the case of stimulating the cerebellum, Hippocampus and other bram structures, the therapy can treat the symptoms of Epilepsy [Theodore, W H , Fisher, R S , "Bram stimulation for epilepsy", Lancet Neurology, 3 (2), pp 111-118, (2004) ].
[0004] An implantable pulse generator supplies the electrical signal to the electrode lead in contact with the brain structure All components are placed surgically.」
『【0001】
分野
本発明は一般に、電気プローブの使用を通じた生物学的組織との相互作用の分野、より特別には、微小電極プローブの使用を通じた神経標的との相互作用に関する。
【背景技術】
【0002】
背景
神経刺激は、電荷または電界を組織に移動して、患者に有利である生理学的変化を生じさせるために、または生理学的測定を行うために使用される、医療機器の分類である。神経刺激は今日、蝸牛、網膜、末梢神経系、脊椎、脳および身体の他の部分に使用されている。
【0003】
神経刺激の特定の用途では、ある種の神経状態を処置するために、導電性電極をある種の脳深部構造と接触して設置する。例えば米国特許第5,716,377号(特許文献1)に記載のように視床下核を刺激する場合、または例えば米国特許第5,683,422号(特許文献2)に記載のように淡蒼球を刺激する場合、治療はパーキンソン病、本態性振戦またはジストニアなどの運動障害の症状を処置することができる。小脳、海馬および他の脳構造を刺激する場合、治療はてんかんの症状を処置することができる[Theodore, W. H., Fisher, R. S., "Brain stimulation for epilepsy", Lancet Neurology, 3 (2), pp. 111-118, (2004).(非特許文献1)]。
【0004】
埋め込み式パルス発生器は、脳構造と接触した電極リードに電気信号を供給する。すべての部品は外科的に設置される。』

引1イ:「[0095] A perspective view of the portion of a human anatomy is illustrated in FIG. 2, showing implantation of an exemplary elongated microelectrode probe assembly 124 position for mteraction with a neurological target located deep within the brain. A distal portion of the microelectrode probe assembly 124 is positioned at the neurological target 130, in this instance located within the human brain 132 In some embodiments the proximal end of the microelectrode probe assembly 124 is connected to a first medical device 128. For example, the first medical device 128 may include an electronic assembly implanted external to the brain 132 to minimize invasion into the brain and flesh or to facilitate wireless access to the electronic assembly 128. Alternatively or in addition, a second medical device, which again may include an electromc assembly such as a pulse generator 122 can be implanted at a remote portion of the subject body. As shown, a second electromc assembly 122 is implanted within a chest cavity 120. When one or more medical devices, such as the exemplary pulse generator 122 are located remotely in this manner, a cable 126 may also be implanted within the subject's body to interconnect the pulse generator 122 to the electronic assembly 128, when present or directly to cylindrical contacts located at the proximal end of the microelectrode probe assembly 124 」
『【0036】
ヒトの解剖学的組織の一部の斜視図を図2に図示するものであり、この図は脳内深部に位置する神経標的との相互作用のための例示的な細長い微小電極プローブアセンブリ124の埋め込み位置を示す。微小電極プローブアセンブリ124の遠位部は、この場合はヒト脳132内に位置する神経標的130に位置決めされる。いくつかの態様では、微小電極プローブアセンブリ124の近位端は第1の医療機器128に接続される。例えば、第1の医療機器128は電子アセンブリを含み得るものであり、これは脳および肉体への侵襲を最小化するかまたは電子アセンブリ128への無線アクセスを容易にするために、脳132の外側に埋め込まれる。あるいはまたはさらに、パルス発生器122などの電子アセンブリをやはり含み得る第2の医療機器を、対象の身体の遠隔部分に埋め込むことができる。図示するように、第2の電子アセンブリ122が胸部空洞120内に埋め込まれる。例示的パルス発生器122などの1つまたは複数の医療機器がこのように遠隔に位置する場合、ケーブル126を対象の体内に埋め込んで、パルス発生器122を電子アセンブリ128が存在する場合はそれに相互接続するか、または微小電極プローブアセンブリ124の近位端に位置する円柱状接点に直接相互接続してもよい。』

引1a:引1アの「本発明は・・・微小電極プローブの使用を通じた神経標的との相互作用に関する。」との記載、引1アの「神経刺激は、電荷または電界を組織に移動して、患者に有利である生理学的変化を生じさせるために・・・使用される」との記載、引1アの「神経刺激の特定の用途では、ある種の神経状態を処置するために、導電性電極をある種の脳深部構造と接触して設置する。例えば・・・視床下核を刺激する場合、または例えば・・・淡蒼球を刺激する場合、治療はパーキンソン病、本態性振戦またはジストニアなどの運動障害の症状を処置することができる。小脳、海馬および他の脳構造を刺激する場合、治療はてんかんの症状を処置することができる」との記載からして、引用例1には、「患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置」が記載されているといえる。

引1b:引1a、引1イの「例示的パルス発生器122などの1つまたは複数の医療機器がこのように遠隔に位置する場合、ケーブル126を対象の体内に埋め込んで、パルス発生器122を・・・微小電極プローブアセンブリ124の近位端に位置する円柱状接点に直接相互接続してもよい。」との記載からして、引用例1には、
「埋込式パルス発生器と、微小電極プローブアセンブリと、少なくとも一本のケーブルと、を備え患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置において、
前記ケーブルは、前記微小電極プローブアセンブリと埋込式パルス発生器とを連結している、
患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置。」
が記載されているといえる。

これら記載事項及び図示内容を総合すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されている。
「埋込式パルス発生器と、微小電極プローブアセンブリと、少なくとも一本のケーブルと、を備え患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置において、
前記ケーブルは、前記微小電極プローブアセンブリと埋込式パルス発生器とを連結している、
患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置。」

(2)国際公開2009/065171号
本願の優先権主張日前に頒布された刊行物であり、原査定の拒絶の理由に引用された国際公開2009/065171号(以下、「引用例2」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。(なお、『』内に当審による仮訳を示す。)
引2ア:「TECHNICAL FIELD
This invention relates to implants having electrodes and/or contacts for conducting electrical signals and/or delivering energy directly to one or more parts of a patient's body.」(1頁3?5行)
『技術分野
本願発明は、患者の体の1つ又はそれ以上の部分に直接的に電気信号を伝える及び/又はエネルギーを供給する電極及び/又は接点を有するインプラントに関するものである。』

引2イ:「BACKGROUND
Medical implants are used in many areas of medicine to enhance the length and/or quality of the life of the implant recipient. Such implants include pacemakers, controlled drug delivery implants and cochlear implants.」(1頁24?27行)
『背景
医療インプラントはインプラント受容者の人生の長さ及び/又は質を高める医療の多くの領域で使用されている。そのようなインプラントは、ペースメーカー、制御された薬剤供給インプラント及び蝸牛インプラントを含む。』

引2ウ:「SUMMARY
According to one aspect of the present invention, there is provided a device for implanting into the body of a patient, the device comprising:
a stimulator for converting an input signal to an electrical signal;
at least one wire of an electrode electrically connected to the stimulator for receiving the electrical signal;
and;
an electrode contact of the electrode electrically connected to the at least one wire for operationally contacting a part of the body of the patient to deliver the electrical signal; wherein
at least a portion of one of the at least one wire and/or the electrode contact is made from Carbon Nanotubes (CNTs).」(2頁12?21行)
『要約
本願発明の1つの態様によれば、患者の体に移植する装置が提供され、該装置は、
入力信号を電気信号へ変換する刺激装置;
電気信号を受け取るために刺激装置へ電気的に接続された電極の少なくとも1本のワイヤ;
電気信号を供給するために患者の身体の一部に機能的に接触する、少なくとも1本のワイヤに電気的に接続された電極の電極接点;
からなるものであって、
少なくとも1本のワイヤ及び又は電極接点の1つの一部は複数のカーボンナノチューブから作られている。』

引2エ:「In one form, the entire at least one wire is made from the CNTs.」(2頁30行)
『1つの態様において、1本のワイヤの全体が複数のカーボンナノチューブで作られている。』

引2オ:「According to a second aspect of the present invention, there is provided a method of manufacturing an electrode array for a medical implant, the method comprising:
connecting a wire made at least partially from Carbon Nanotubes (CNTs) forming the conducting wire to an element made at least partially from Carbon Nanotubes (CNTs) forming the electrode contact.」(3頁1?5行)
『本願発明の二つ目の態様によれば、医療インプラントのための電極アレイを製造する方法が提供され、該方法は、
導電ワイヤを形成する複数のカーボンナノチューブから少なくとも部分的に作られたワイヤを、電極接点を形成する複数のカーボンナノチューブから少なくとも部分的に作られた要素に接続する
ことからなる。』

引2カ:「In one form, the method further comprises coating the CNT conducting wire in an insulating material.」(3頁7行)
『1つの態様において、該方法はさらにカーボンナノチューブ導電ワイヤを絶縁材料で被覆することからなる。』

引2キ:「Certain embodiments of this invention will preferably have the following characteristics:
・higher electrical conductivity than conventional electrode arrays ( in one form, similar to, or better than Platinum (Pt) i.e., ?9.7*10^6 S/m, however, a lower conductivity may be suitable in other forms).
・sufficient tensile strength to withstand the stresses placed upon the electrode array during the manufacture, transport, and handling of its lead.
・sufficient flexibility to allow surgical insertion of its lead into a cochlea.」(5頁14?19行)
『本願発明の幾つかの実施例は好ましくは以下の特徴を有する。
・従来の電極配列に比べて高い電気伝導性(一つの形態において、プラチナ(Pt)と同様又はそれ以上すなわち、?9.7×10^(6)S/mであるが、他の形態においてはより低い電導性が適切かもしれない。)。
・製造時、輸送時、その導線の操作時に電極アレイにかかるストレスに耐えられる十分な引っ張り強さ。
・その導線を蝸牛に外科的に挿入することができる十分な柔軟性。』

引2ク:「Upon obtaining a supply of suitable CNT wire 1 (see Figure 1A), each CNT wirel is coated with a 1 to 5 um thick, outer electrically insulating barrier layer 11 (see Figure 1B). This forms an insulated CNT wire 10 for use in the electrode array.」(5頁35?37行)
『各カーボンナノチューブワイヤ1は、1?5um の厚さで、外側の電気的に絶縁するバリア層11(図1B参照)で被覆された、適当なカーボンナノチューブワイヤ1(図1Aを参照)の供給を得る。これは、電極アレイに使用するための絶縁されたカーボンナノチューブワイヤ10を形成する。』

引2ケ:「While the various aspects of the present invention have been described with specific reference to a cochlear implant and having dimensions suitable for insertion into the cochlea, it will be understood that the principles of the invention may be applied to other types of implantable leads for applications other than cochlear stimulation. For example:
ABI (Auditory Brainstem Implant, electrode for hearing, placed in the brainstem) such as Cochlear Corporation's Nucleus 24 [R] Multichannel Auditory Brainstem Implant (Multichannel ABI). The auditory brainstem implant consists of a small electrode that is applied to the brainstem where it stimulates acoustic nerves by means of electrical signals. The stimulating electrical signals are provided by a signal processor processing input sounds from a microphone located externally to the patient. This allows the patient to hear a certain degree of sound. Examples of such implants are shown in Figure 9.」(11頁9?18行)
『本願発明の様々な態様は、蝸牛インプラントに特に関連して記載され、蝸牛に挿入するのに適した寸法を有してきたが、本願発明の原理は、蝸牛刺激以外の応用のための他のタイプの移植可能な導線に適用することができるのが理解される。例えば:
Cochlear株式会社のNucleus 24 [R] Multichannel Auditory Brainstem Implant (Multichannel ABI)のようなABI(聴覚性脳幹インプラント、脳幹に設置される聴覚のための電極)である。聴覚性脳幹インプラントは脳幹に適用される小さい電極からなり、脳幹で該電極は電気信号により聴覚神経を刺激する。刺激電気信号は、患者の外部に位置するマイクロフォンからの入力音を処理する信号処理装置により供給される。この装置により、患者はある程度音を聞くことができる。そのようなインプラントの例が図9に示されている。』

引2a:引2ケの「導線」が他の記載事項項の「ワイヤ」と同じものを意味することは明らかであるから、引2ウの複数のカーボンナノチューブから作られているワイヤを含む「患者の体に移植する装置」についての記載、引2エの「1つの態様において、1本のワイヤの全体が複数のカーボンナノチューブで作られている。」との記載及び引2ケの「本願発明の原理は、蝸牛刺激以外の応用のための他のタイプの移植可能な導線に適用することができるのが理解される。例えば・・・ABI(聴覚性脳幹インプラント、脳幹に設置される聴覚のための電極)である。聴覚性脳幹インプラントは脳幹に適用される小さい電極からなり、脳幹で該電極は電気信号により聴覚神経を刺激する。刺激電気信号は、患者の外部に位置するマイクロフォンからの入力音を処理する信号処理装置により供給される。」との記載からして、引用例2には、
「刺激電気信号を供給する信号処理装置と、小さい電極と、少なくとも1本の導線と、を備え脳幹で聴覚神経を電気刺激する聴覚性脳幹インプラントにおいて、
前記導線は、前記電極と前記信号処理装置とを連結しており、
単一の導線は、複数のカーボンナノチューブからなるカーボンナノチューブワイヤを含み、
脳幹で聴覚神経を電気刺激する聴覚性脳幹インプラント。」
が記載されているといえる。

引2b:引2カの「1つの態様において、カーボンナノチューブ導電ワイヤを絶縁材料で被覆する」との記載、引2クの「各カーボンナノチューブワイヤ1は、1?5um の厚さで、外側の電気的に絶縁するバリア層11・・・で被覆された、適当なカーボンナノチューブワイヤ1・・・の供給を得る。」との記載及び図1の図示内容からして、引用例2には、引2aの「単一の導線」を、
「本体及び絶縁層を含み、
前記絶縁層は前記本体の外表面に被覆され、
前記本体は、カーボンナノチューブワイヤを含み、
前記カーボンナノチューブワイヤは複数のカーボンナノチューブからなる」ものとした態様が記載されているといえる。
【図1】


これら記載事項及び図示内容を総合すると、引用例2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されている。
「刺激電気信号を供給する信号処理装置と、小さい電極と、少なくとも1本の導線と、を備え脳幹で聴覚神経を電気刺激する聴覚性脳幹インプラントにおいて、
前記導線は、前記電極と前記信号処理装置とを連結しており、
単一の導線は、本体及び絶縁層を含み、
前記絶縁層は前記本体の外表面に被覆され、
前記本体は、カーボンナノチューブワイヤを含み、
前記カーボンナノチューブワイヤは複数のカーボンナノチューブからなる、
脳幹で聴覚神経を電気刺激する聴覚性脳幹インプラント。」

3-2.対比
本願補正発明と引用発明1とを対比する。
引用発明1の「埋込式パルス発生器」は本願補正発明の「パルス発生器」に相当し、以下同様に、「微小電極プローブアセンブリ」は「電極」に、「ケーブル」は「電極線」にそれぞれ相当する。

本件補正により補正された請求項1の記載において、「脳ペースメーカー」は「パルス発生器と、電極と、少なくとも一本の電極線と、を備える」と規定されているものの、「脳ペースメーカー」自体については規定されていない。
本願明細書においても、「脳ペースメーカー」について明確には規定されていないが、本願明細書の【背景技術】の欄における「従来の脳ペースメーカー1は、パルス発生器(刺激発生器)10と、電極(リード)11と、延長用電極(エクステンション)12と、を備えている。前記パルス発生器10は、電気回路と電池が内蔵された、治療用の電気刺激を発生する装置である。・・・「脳のペースメーカー」と呼ばれることもあるこの装置は、刺激に必要な電気信号を作り出す。前記電極11は脳内に挿入され、脳を電気刺激する。・・・これらの電気信号が、前記延長用電極12と前記電極11を通って脳深部に刺激を与える。」(【0004】)との記載、本願明細書の【発明を実施するための形態】の欄における「・・・前記パルス発生器20のパルス信号は、前記電極線21と前記電極22を通って患者の脳に刺激を与える。」(【0015】)との記載からして、本願補正発明の「脳ペースメーカー」は、「患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置」の程度の事項を意味すると解される。
そして、本願補正発明の「脳ペースメーカー」についての上記理解は本件補正により補正された請求項1の記載とも整合する。
そうすると、引用発明1の「埋込式パルス発生器と、微小電極プローブアセンブリと、少なくとも一本のケーブルと、を備え患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置」は、本願補正発明の「パルス発生器と、電極と、少なくとも一本の電極線と、を備える脳ペースメーカー」に相当する。

以上によれば、本願補正発明と引用発明1とは次の点で一致する。
(一致点)
「パルス発生器と、電極と、少なくとも一本の電極線と、を備える脳ペースメーカーにおいて、
前記電極線は、前記電極とパルス発生器とを連結している、
脳ペースメーカー。」

そして、両者は次の点で相違する。
(相違点)
「少なくとも一本の電極線」につき、
本願補正発明では、「単一の前記電極線は、本体及び絶縁層を含み、
前記絶縁層は前記本体の外表面に被覆され、
前記本体は、複数の零距離でねじれたカーボンナノチューブワイヤを含み、
前記カーボンナノチューブワイヤは、複数のカーボンナノチューブからなる」のに対して、
引用発明1では、単一のケーブル(電極線)がカーボンナノチューブワイヤとその外表面に被覆された絶縁層を含んでおらず、相違点に係る本願補正発明の発明特定事項を有していない点。

3-3.判断
(1)上記相違点について検討する。
引用発明2の「刺激電気信号を供給する信号処理装置」は「電気信号発生器」といえ、「小さい電極」は「電極」といえ、「導線」は「電極線」といえ、「患者の脳幹で聴覚神経を電気刺激する聴覚性脳幹インプラント」は「患者の脳に電気刺激を与える装置」といえるから、引用発明2は、
「電気信号発生器と、電極と、少なくとも一本の電極線とを備える患者の脳に電気刺激を与える装置において、
前記電極線は、前記電極と前記電気信号発生器とを連結しており、
単一の導線は、本体及び絶縁層を含み、
前記絶縁層は前記本体の外表面に被覆され、
前記本体は、カーボンナノチューブワイヤを含み、
前記カーボンナノチューブワイヤは複数のカーボンナノチューブからなる、
患者の脳に電気刺激を与える装置。」といえる。

引用発明1の「患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置」も「患者の脳に電気刺激を与える装置」といえるとともに、引用発明1の「ケーブル」は電気を伝えるものであって、その電気伝導性が高い程望ましいことは明らかである。
他方、引用例2の(カーボンナノチューブワイヤを用いた)「本願発明の幾つかの実施例は好ましくは以下の特徴を有する。・・・高い電気伝導性・・・十分な引っ張り強さ・・・十分な柔軟性」との記載(引2キ)、本願の優先権主張日前に頒布された特表2008-523254号公報(以下「周知例1」という。)の「幾つかの実施例において、ナノチューブ糸はカーボンナノチューブを含む。本発明のその様なカーボンナノチューブは、以下の様な独特な特性および組み合わせ特性をもたらす:例えば、極度の強靭性、・・・高レベルの電気および熱伝導性・・・などである。」(【0058】)との記載及び「実施例11には、カーボンナノファイバー糸の高い電気伝導性を示す測定結果が与えられる。」(【0445】)との記載からして、引用発明2のカーボンナノチューブワイヤを含む導線の電気伝導性は高いといえる。
そうすると、引用発明1の患者の脳に治療用の電気刺激を与える装置(患者の脳に電気刺激を与える装置)における微小電極プローブアセンブリ(電極)と埋込式パルス発生器(電気信号発生器)とを連結するケーブル(電極線)に係る構成として、引用発明2の患者の脳幹で聴覚神経を電気刺激する聴覚性脳幹インプラント(患者の脳に電気刺激を与える装置)における小さい電極(電極)と刺激電気信号を供給する信号処理装置(電気信号発生器)とを連結するカーボンナノチューブワイヤを含む導線(電極線)に係る構成を採用することに格別の困難性は見出せない。
しかも、周知例1の上記記載に加えて、周知例1の「更に、これらのナノチューブ糸は直径1ミクロンの糸として紡糸でき、そして任意に合撚し、双糸、四子糸、および多子糸を形成することにより線密度(即ち、糸の単位長さ当たりの重さ)を高められる。」(【0058】)との記載及び「実施例12 本実施例は、(a)カーボンナノチューブの撚り糸は先行技術の高強度カーボンナノチューブ糸と比較して劇的に増加した弾性歪み領域を有すること、(b)この長い弾性領域により、糸の靱性に対して高い弾性的回復成分が提供されること・・・を示す。」(【0581】)との記載、本願の優先権主張日前に頒布された国際公開2009/137722号(以下「周知例2」という。なお、翻訳文として周知例2のパテントファミリーである特表2011-524604号公報を援用し、摘示箇所に対応する記載を『』内に示す。)の「Formation of Conducting Member
[00039] With reference now to Fig. 7, under steady-state production using a CVD process of the present invention, nanotubes 51 may be collected from within a synthesis chamber 52 and a yarn 53 may thereafter be formed. Specifically, as the nanotubes 51 emerge from the synthesis chamber 52, they may be collected into a bundle 54, fed into intake end 55 of a spindle 56, and subsequently spun or twisted into yarn 53 therewithin. It should be noted that a continual twist to the yarn 53 can build up sufficient angular stress to cause rotation near a point where new nanotubes 51 arrive at the spindle 56 to further the yarn formation process. Moreover, a continual tension may be applied to the yarn 53 or its advancement into collection chamber 58 may be permitted at a controlled rate, so as to allow its uptake circumferentially about a spool 57.
[00040] Typically, the formation of the yarn results from a bundling of nanotubes that may subsequently be tightly spun into a twisting yarn. Alternatively, a main twist of the yarn may be anchored at some point within system 10 and the collected nanotubes may be wound on to the twisting yarn. Both of these growth modes can be implemented in connection with the present invention. 」([00039]?[00040])
『【0024】・導電部材の形成 図7を参照して、本発明のCVD法を用いて定常状態の製造下で、ナノチューブ51を、合成チャンバ52内部から捕集してよく、その後、糸53を形成してよい。より詳細には、ナノチューブ51が合成チャンバ52から出てくると、それらは、捕集されて束54となり、スピンドル56の吸入端部55に送り込まれ、その後、その内部で回転されてまたはねじられて糸53となってよい。糸53への連続的なねじりは、糸形成プロセスを推進するように、新しいナノチューブ51がスピンドル56に到達する箇所近傍にて回転を生じさせるのに十分な、角度を有する(または角度のついた、angular)応力を増大させることができる。更に、糸巻き57の周囲を取り囲むように糸53を取り込むことができるように、連続的な張力を糸53に適用してよい、あるいは捕集チャンバ58への糸53の前進を制御した速度で行ってもよい。
【0025】一般的には、糸の形成は、ナノチューブの束から生じ、その束は、後にきつく回転させられて撚り糸となってよい。別の実施形態では、糸の主撚り部(main twist)をシステム10内部のある箇所に固定してよく、捕集したナノチューブを撚り糸に巻き付けてよい。これら双方の成長形態を本願発明と結び付けて実施することができる。」(【0024】?【0025】)との記載からして、複数のカーボンナノチューブワイヤを撚り合わせて導電部材とすること並びに該構成の導電部材が優れた靱性、導電性及び弾力性を有することは本願の優先権主張日の前に周知であったといえるから、引用発明1のケーブル(電極線)に係る構成として引用発明2のカーボンナノチューブワイヤを含む導線(電極線)に係る構成を採用するに当たり、電極線の本体を複数のカーボンナノチューブワイヤを撚り合わせた、つまり複数の零距離でねじれた構成とすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る設計事項である。

以上によれば、相違点に係る本願補正発明の発明特定事項は、当業者が引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて容易に想到し得るものである。

(2)請求人は、回答書(「[3]本願発明と引用発明との対比」の項)において、
拒絶査定は、引用例2(引用文献1)に脳ペースメーカー等の脳への適用が全く示唆されていない点を意図的に看過したものである旨主張し、
さらに、引用例1(引用文献2)の脳ペースメーカーの電極線を、他の引用文献に記載された電極線に置き換えることには当業者に全く動機が存在しない旨主張する。

そこで、請求人の上記主張について検討する。
引用例2(引用文献1)には、技術分野として「本願発明は、患者の体の1つ又はそれ以上の部分に直接的に電気信号を伝える及び/又はエネルギーを供給する電極及び/又は接点を有するインプラントに関するものである。」(引2ア)と記載され、要約として「患者の体に移植する装置」(引2ウ)が記載され、さらに「本願発明の原理は、蝸牛刺激以外の応用のための他のタイプの移植可能な導線に適用することができるのが理解される」(引2ケ)と記載され、その一例として引用発明2の「患者の脳幹で聴覚神経を電気刺激する聴覚性脳幹インプラント」が記載されていることからして、引用例2(引用文献1)に脳への適用が全く示唆されていないという請求人の主張は採用することができない。
また、引用発明1(引用文献2)のケーブルの電気伝導性が高い程望ましいことは明らかであって、引用発明2(引用文献1)のカーボンナノチューブワイヤを含む導線の電気導電性が高いこと、複数のカーボンナノチューブワイヤを撚り合わせて導電部材とすること並びに該構成の導電部材が優れた靱性、導電性及び弾力性を有することが本願の優先権主張日の前に周知であったことは、前記(1)で説示したとおりであるから、引用発明1(引用文献2)の脳ペースメーカーの電極線を、他の引用文献に記載された電極線に置き換えることには当業者に全く動機が存在しないという請求人の主張は採用することができない。

(3)本願補正発明の効果は、当業者が引用発明1、引用発明2及び周知技術から予測し得る範囲内のものである。

したがって、本願補正発明は当業者が引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて容易に発明をすることができたものである。

(4)まとめ
以上のとおり、本願補正発明は、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3-4.むすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

III.本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項3に係る発明(以下、同項記載の発明を、「本願発明」という。)は、出願時の特許請求の範囲の請求項3に記載される、以下のとおりのものである。
「パルス発生器と、電極と、少なくとも一本の電極線と、を備える脳ペースメーカーにおいて、
前記電極線は、前記電極とパルス発生器とを連結しており、
単一の前記電極線は、本体及び絶縁層を含み、
前記絶縁層は前記本体の外表面に被覆され、
前記本体は、複数のカーボンナノチューブからなるカーボンナノチューブワイヤを含むことを特徴とする脳ペースメーカー。」

IV.引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用例1、引用例2及び、その記載事項は、前記「II.独立特許要件3-1.引用例の記載事項」に記載したとおりである。

V.対比・判断
本願発明は、前記「II.1補正後の本願発明」の本願補正発明から、「カーボンナノチューブワイヤ」について「複数の零距離でねじれた」との限定を付加する旨の構成を省いたものである。
本願補正発明から上記構成を省いたものを引用発明1及び引用発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたことは、前記II.3-3に記載したとおりであるから、本願補正発明から上記構成を省いた本願発明は、本願補正発について前記II.3-3で検討したのと同様の理由で、引用発明1及び引用発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

VI.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明1及び引用発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-09-30 
結審通知日 2013-10-01 
審決日 2013-10-17 
出願番号 特願2010-280459(P2010-280459)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61N)
P 1 8・ 575- Z (A61N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 津田 真吾西村 泰英  
特許庁審判長 横林 秀治郎
特許庁審判官 本郷 徹
蓮井 雅之
発明の名称 脳ペースメーカー及びそれに利用した電極線  
代理人 村山 靖彦  
代理人 渡邊 隆  
代理人 実広 信哉  
代理人 志賀 正武  
代理人 渡邊 隆  
代理人 志賀 正武  
代理人 村山 靖彦  
代理人 実広 信哉  

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