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審決分類 |
審判 全部無効 特29条の2 C22C |
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管理番号 | 1285354 |
審判番号 | 無効2013-800056 |
総通号数 | 172 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2014-04-25 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2013-04-02 |
確定日 | 2014-03-05 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第5022070号発明「高強度部材締結用タッピングねじの製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件特許第5022070号は、平成19年3月16日に特願2007-68021号として特許出願されたものであって、その請求項1に係る発明について、平成24年6月22日に特許権の設定登録がなされたものである。 そして、本件審判は、本件特許の請求項1に係る発明についての特許の無効を請求するものである。 以下、審判請求以降の手続の経緯を整理して示す。 平成25年 4月 2日付け 審判請求書の提出 6月20日付け 審判事件答弁書の提出 10月 2日付け 審理事項通知 11月 1日付け 口頭審理陳述要領書の提出(請求人より) 11月 8日付け 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人より) 11月25日 口頭審理 第2 本件特許発明 本件特許第5022070号の請求項1に係る発明は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 「締結しようとする鋼板の引張強度(N/mm^(2))に応じて表面硬さを調整する、高強度部材締結用タッピングねじの製造方法であって、 質量%で、C:0.01?0.15%、Si:0.2%以下、Mn:0.8?2%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cu:0.05?2%、Ni:0.05?2%、Al:0.02?0.1%、N:0.01%以下、更に、Ti:0.005?0.05%、Nb:0.005?0.05%、V:0.005?0.05%、Cr:2%以下、Mo:0.3%以下、B:0.0005?0.005%の一種または二種以上を含有し、残部、鉄及び不可避的不純物からなる鋼を熱間圧延後、冷間加工でねじ形状に成形し、 次いで浸炭焼入れ後焼戻し処理を行い、ねじの表面硬さ(HV1)が下記式を満し、かつねじの内部硬さが320超え?430HVで、表面から0.1mm位置における硬さが480HV以上で、内部の金属組織における旧オーステナイト結晶粒度をNo.8以上とすることを特徴とする高強度部材締結用タッピングねじの製造方法。 HV1≧HV2 ここで、HV1はねじの表面硬さ(ビッカース硬さ)で、HV2は{TS×3/9.81+160}×1.3で求まる値を小数点以下四捨五入した値とし、TSは締結しようとする鋼板の引張強度(N/mm^(2))とする。」(以下、「本件特許発明1」という。) 第3 請求人の主張 1)請求人は、審判請求書によれば、本件特許である、特許第5022070号の本件特許発明1についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として、審判請求書に添付して、以下の甲第1号証乃至甲第3号証を提出している。 甲第1号証;特願2007-214429号の願書に最初に添付した明細書 又は特許請求の範囲(特開2008-144266号として公 開) 甲第2号証;特願2006-310813号の願書に最初に添付した明細書 又は特許請求の範囲 甲第3号証;ヱトー株式会社のヱトーテクニカルレポート(2004年5月 ) 参考資料1;「低炭素浸炭用新素材G.T.O SWCH10AM」 2)そして、請求人が、審判請求書及び口頭審理(口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書を含む)において主張したことを整理すると、無効理由について、概ね次のように主張しているものと認める。 無効理由;本件特許発明1は、特許法第41条第2項の規定により本件特許出願の日前に特許出願されたとみなされ、本件特許出願後に出願公開された甲第1号証(特願2007-214429号の願書に最初に添付された明細書又は特許請求の範囲;特開2008-144266号として公開)に記載された発明のうち、特許法第41条第3号の規定により出願公開されたものとみなされる、優先権の基礎とされた先の出願である甲第2号証(特願2006-310813号の願書に最初に添付された明細書又は特許請求の範囲)に記載された発明(以下、「引用発明」という。)と同一であり、本件特許出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、本件特許出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないから、本件特許発明1に係る本件特許は、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものである。 したがって、上記本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。 第4 被請求人の主張 被請求人は、平成25年6月20日付けの答弁書において、本件特許無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、上記答弁書及び口頭審理(口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書を含む)において、上記無効理由に理由はないと主張し、証拠方法として、答弁書に添付して、以下の乙第1号証乃至乙第2号証を提出している。 なお、被請求人は、証拠の成立について、甲第3号証は不知とした(第1回口頭審理調書を参照。)。 乙第1号証;鈴村暁男、浅川基男編著、機械材料・材料加工学 教科書シリ ーズ:1 基礎機械材料、培風館発行(2005年4月21日 )、16?17頁 乙第2号証;「JIS G 0557(2006) 鋼の浸炭硬化層深さ測 定方法」、JISハンドブック 1 鉄鋼I、(2011年1 月21日発行)、924?927頁 第5 無効理由についての検討 1.甲第1号証の記載事項 (1a)「【特許請求の範囲】 【請求項1】?【請求項3】 略 【請求項4】 引張り強さが80kg級?150kg級の高張力鋼板用のタッピンねじ類の製造方法であって、鋼材料をねじ形状に成形し、炉内雰囲気ガス量に対してNH_(3)を1.0?3.0%添加した連続ガス浸炭炉による浸炭窒化焼入れ処理を施した後、焼戻し処理を施して、表面硬さが600?900Hv、芯部硬さが300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mm、引張り強さ700?1500N/mm^(2)を有するタッピンねじ類を製造することを特徴とする高張力鋼板用のタッピンねじ類の製造方法。 【請求項5】 前記鋼材料として、C:0.05?0.20wt%、Si:0.20wt%以下、Mn:0.5?1.8wt%、P:0.015wt%以下、S:0.015wt%以下、Al:0.02?0.08wt%、N:0.0060wt%以下とCr:0.95wt%以下、Mo:0.30wt%以下、B:0.0005?0.0050wt%のうち少なくとも1種、及び/またはTi:0.005?0.050wt%、Nb:0.005?0.050wt%、V:0.005?0.050wt%、Ni:0.05?0.20wt%、Cu:0.05?0.20wt%のうち少なくとも1種を含有し、残部、鉄及び不可避的不純物からなる鋼を用い、熱間圧延した所定径のねじ素材を、冷間鍛造、転造加工を経てねじ形状に成形し、浸炭窒化焼入れ・焼戻し処理を施してなる請求項4記載の高張力鋼板用のタッピンねじ類の製造方法。 【請求項6】?【請求項7】 略」 (1b)「【0001】 本発明は、高張力鋼板用タッピンねじ類及びその製造方法に関するものである。 【背景技術】 【0002】 自動車の製造・組立には安全性・耐久性・経済性等が考慮された上で様々な方式がとられているが、各種ねじを用いての締結方式が多用されている。その中で、鋼板同士や、鋼板と部品等を連結立する場合に多く用いられているのが鋼製鋼板用タッピン類(以降「タッピンねじ類」と称する)による締結方式である。これは鋼板にプレス等で専用下穴をあけ、タッピンねじ類の雌ねじ成形機能を利用して締結する方式である。」 (1c)「【0025】 このように、連続ガス浸炭炉を使用して、浸炭窒化焼入れ・焼戻し処理を行うことで、低コスト・高品質の熱処理ができ、そして相手材に合った高い表面硬さを付与して耐摩耗性を高めるとともに、芯部硬さを300?450Hvに抑えて頭飛びが発生しないようにできるのである。表2に高張力鋼板の種類毎にタッピンねじとして要求される表面硬さと芯部硬さの関係を示している。本発明は、この表2に示した表面硬さと芯部硬さを備えたタッピンねじ類を提供するのである。 【0026】 【表2】 」 (1d)「【0048】 (19)有効硬化層深さ:0.05?0.70mm 高張力鋼板に雌ねじを成形する上で表面に所望の硬さを必要とするが、その硬化深さが浅すぎる雌ねじ成形性に劣り、深すぎると芯部の靭性が低下し亀裂進展が促進されるために0.05?0.70mmの範囲とする。因みに、M4の量産品では硬化深さは約0.3mmである。」 2.甲第2号証の記載事項 (2a)「【特許請求の範囲】 【請求項1】?【請求項3】 略 【請求項4】 引張り強さが80kg級?150kg級の高張力鋼用のタッピンねじの製造方法であって、鋼材料をねじ形状に成形し、炉内雰囲気ガス量に対してNH_(3)を1.0?3.0%添加した連続ガス浸炭炉による浸炭窒化焼入れ処理を施した後、焼戻し処理を施して、表面硬さが600?900Hv、芯部硬さが300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mm、引張り強さ700?1500N/mm^(2)を有するタッピンねじを製造することを特徴とする高張力鋼用のタッピンねじの製造方法。 【請求項5】 前記鋼材料として、C:0.05?0.20wt%、Si:0.20wt%以下、Mn:0.5?1.8wt%、P:0.015wt%以下、S:0.015wt%以下、Al:0.02?0.08wt%、N:0.0060wt%以下とCr:0.95wt%以下、Mo:0.30wt%以下、B:0.0005?0.0050wt%のうち少なくとも1種、及び/またはTi:0.005?0.050wt%、Nb:0.005?0.050wt%、V:0.005?0.050wt%、Ni:0.05?0.10wt%、Cu:0.05?0.10wt%のうち少なくとも1種を含有し、残部、鉄及び不可避的不純物からなる鋼を用い、熱間圧延した所定径のねじ素材を、冷間鍛造してねじ形状に成形し、浸炭窒化焼入れ・焼戻し処理を施してなる請求項4記載の高張力鋼用のタッピンねじの製造方法。 【請求項6】?【請求項7】 略」 (2b)「【0001】 本発明は、高張力鋼用タッピンねじ及びその製造方法に関するものである。 【背景技術】 【0002】 自動車の製造・組立には安全性・耐久性・経済性等が考慮された上で様々な方式がとられているが、各種ねじを用いての締結方式が多用されている。その中で、鋼板同士や、鋼板と部品等を連結立する場合に多く用いられているのが鋼製鋼板用タッピン類(以降「タッピンねじ」と称する)による締結方式である。これは鋼板にプレス等で専用下穴をあけ、タッピンねじの雌ねじ成形機能を利用して締結する方式である。」 (2c)「【0025】 このように、連続ガス浸炭炉を使用して、浸炭窒化焼入れ・焼戻し処理を行うことで、低コスト・高品質の熱処理ができ、そして相手材に合った高い表面硬さを付与して耐摩耗性を高めるとともに、芯部硬さを300?450Hvに抑えて頭飛びが発生しないようにできるのである。表2に高張力鋼の種類毎にタッピンねじとして要求される表面硬さと芯部硬さの関係を示している。本発明は、この表2に示した表面硬さと芯部硬さを備えたタッピンねじを提供するのである。 【0026】 【表2】 」 (2d)「【0048】 (19)有効硬化層深さ:0.05?0.70mm 高張力鋼板に雌ねじを成形する上で表面に所望の硬さを必要とするが、その硬化深さが浅すぎる雌ねじ成形性に劣り、深すぎると芯部の靭性が低下し亀裂進展が促進されるために0.05?0.70mmの範囲とする。因みに、M4の量産品では硬化深さは約0.3mmである。」 3.引用発明の認定 ア)甲第2号証の(2a)の特許請求の範囲の請求項4を引用する請求項5の記載事項、及び、(2c)の【0025】の「相手材に合った高い表面硬さを付与し」との記載事項によれば、甲第2号証には、「相手材に合った高い表面硬さを付与する、引張り強さが80kg級?150kg級の高張力鋼用のタッピンねじの製造方法であって、鋼材料として、C:0.05?0.20wt%、Si:0.20wt%以下、Mn:0.5?1.8wt%、P:0.015wt%以下、S:0.015wt%以下、Al:0.02?0.08wt%、N:0.0060wt%以下とCr:0.95wt%以下、Mo:0.30wt%以下、B:0.0005?0.0050wt%のうち少なくとも1種、及び/またはTi:0.005?0.050wt%、Nb:0.005?0.050wt%、V:0.005?0.050wt%、Ni:0.05?0.10wt%、Cu:0.05?0.10wt%のうち少なくとも1種を含有し、残部、鉄及び不可避的不純物からなる鋼を用い、熱間圧延した所定径のねじ素材を、冷間鍛造してねじ形状に成形し、炉内雰囲気ガス量に対してNH_(3)を1.0?3.0%添加した連続ガス浸炭炉による浸炭窒化焼入れ処理を施した後、焼戻し処理を施して、表面硬さが600?900Hv、芯部硬さが300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mm、引張り強さ700?1500N/mm^(2)を有するタッピンねじを製造する、高張力鋼用のタッピンねじの製造方法。」が記載されているといえる。 イ)また、甲第2号証の(2b)の【0002】の「鋼板同士や、鋼板と部品等を連結立する場合に多く用いられているのが鋼製鋼板用タッピン類(以降「タッピンねじ」と称する)による締結方式である。これは鋼板にプレス等で専用下穴をあけ、タッピンねじの雌ねじ成形機能を利用して締結する方式である。」との記載事項、及び、甲第2号証の(2c)の【0025】の「表2に高張力鋼の種類毎にタッピンねじとして要求される表面硬さと芯部硬さの関係を示している。」及び「表2 鋼板の種類と要求されるタッピングねじの硬さ」との記載事項によれば、前記「高張力鋼用のタッピンねじの製造方法」において、「高張力鋼」とは、「高張力鋼板」を含み、その場合に「相手材に合った高い表面硬さを付与する」とは、「締結する相手鋼板の張力に合った高い表面硬さを付与すること」を意味し、さらに、「引張り強さが80kg級?150kg級の高張力鋼用のタッピンねじの製造方法であって、・・・表面硬さが600?900Hv、芯部硬さが300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mm、引張り強さ700?1500N/mm^(2)を有するタッピンねじを製造する、高張力鋼用のタッピンねじの製造方法」とは、具体的には、甲第2号証の(2c)の「表2」に記載された、「鋼板が80kg級高張力鋼板(鋼板硬さ250?320Hv)であるとき、表面硬さが600?670Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、鋼板が100kg級高張力鋼板(鋼板硬さ290?360Hv)であるとき、表面硬さが630?700Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、鋼板が130kg級高張力鋼板(鋼板硬さ385?435Hv)であるとき、表面硬さが670?730Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、鋼材が150kg級高張力鋼板(鋼板硬さ450Hv以上)であるとき、表面硬さが760?830Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有するタッピングねじを製造する、高張力鋼板用のタッピングねじの製造方法」をいうものといえる。 ウ)そこで、上記ア)及びイ)の記載事項及び認定事項を本件特許発明1の記載振りに則し整理すると、甲第2号証には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。 そして、甲第1号証の(1a)?(1c)の記載事項によれば、高張力鋼板用のタッピングねじの成分組成や製造方法、及び、対象となる高張力鋼板の特性値を含む引用発明の発明特定事項のすべては、本件特許出願後に甲第1号証により、出願公開されているから、引用発明は、特許法第41条第2項の規定により本件特許出願の日前に特許出願されたとみなされ、本件特許出願後に出願公開された甲第1号証(特願2007-214429号の願書に最初に添付された明細書又は特許請求の範囲;特開2008-144266号として公開)に記載された発明のうち、特許法第41条第3号の規定により出願公開されたものとみなされる、優先権の基礎とされた先の出願である甲第2号証(特願2006-310813号の願書に最初に添付された明細書又は特許請求の範囲)に記載された発明であるといえる。 引用発明; 「締結する相手鋼板の張力に合った高い表面硬さを付与する、高張力鋼板用のタッピンねじの製造方法であって、 重量%で、C:0.05?0.20%、Si:0.20%以下、Mn:0.5?1.8%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Al:0.02?0.08%、N:0.0060%以下とCr:0.95%以下、Mo:0.30%以下、B:0.0005?0.0050%のうち少なくとも1種、及び/またはTi:0.005?0.050%、Nb:0.005?0.050%、V:0.005?0.050%、Ni:0.05?0.10%、Cu:0.05?0.10%のうち少なくとも1種を含有し、残部、鉄及び不可避的不純物からなる鋼を用い、 熱間圧延した所定径のねじ素材を、冷間鍛造してねじ形状に成形し、炉内雰囲気ガス量に対してNH_(3)を1.0?3.0%添加した連続ガス浸炭炉による浸炭窒化焼入れ処理を施した後、焼戻し処理を施し、 鋼板が80kg級高張力鋼板(鋼板硬さ250?320Hv)であるとき、表面硬さが600?670Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、 鋼板が100kg級高張力鋼板(鋼板硬さ290?360Hv)であるとき、表面硬さが630?700Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、 鋼板が130kg級高張力鋼板(鋼板硬さ385?435Hv)であるとき、表面硬さが670?730Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、 鋼板が150kg級高張力鋼板(鋼板硬さ450Hv以上)であるとき、表面硬さが760?830Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有するタッピングねじを製造する、高張力鋼板用のタッピングねじの製造方法。」 4.本件特許発明1と引用発明との対比・判断 ア)本件特許発明1と引用発明とを対比すると、引用発明の「締結する相手鋼板の張力」及び「タッピンねじ」は、それぞれ、本件特許発明1の「締結しようとする鋼板の引張強度」及び「タッピングねじ」に相当するから、引用発明の「締結する相手鋼板の張力に合った高い表面硬さを付与する、高張力鋼板用のタッピンねじの製造方法」は、本件特許発明1の「締結しようとする鋼板の引張強度に応じて表面硬さを調整する、高強度部材締結用タッピングねじの製造方法」に相当する。 イ)また、本件特許発明1と引用発明とは、製造するタッピンねじの原材料である鋼を構成する成分として、C、Si、Mn、Al、Cu、Ni、P、S、N、更に、Ti、Nb、V、Cr、Mo、Bを含有し、残部が鉄及び不可避的不純物であり、C、Si、Mn、Alは必須成分として、Ti、Nb、V、Cr、Mo、Bは選択必須成分として、P、S、Nは技術常識として不純物として含む鋼であって、さらに、これらの鋼を構成する成分元素の含有量についてみると、引用発明における「重量%」は、「質量%」と数値としてみたときに異ならないから、本件特許発明1における「質量%」に相当し、引用発明における、P、Sの含有量は、いずれも「0.015%以下」であって、本件特許発明1と一致し、また、引用発明における、Si、Al、N、Cr、Mo、B、Ti、Nb、V、Ni、Cuの含有量範囲は、本件特許発明1のそれぞれの元素の含有量範囲に包含されるから、更にこれらの元素の含有量においても、本件特許発明1と引用発明は一致するものである。 ウ)次に、タッピングねじの製造方法についてみると、引用発明は、原材料である鋼を「熱間圧延した所定径のねじ素材を、冷間鍛造してねじ形状に成形し、浸炭窒化焼入れ処理を施した後、焼戻し処理を施す」のに対し、本件特許発明1は、「熱間圧延後、冷間加工でねじ形状に成形し、次いで浸炭焼入れ後焼戻し処理を行う」ものであるところ、引用発明の「冷間鍛造」は、「冷間加工」に含まれるから、本件特許発明の「冷間加工」に相当する。 また、本件特許発明1における「浸炭焼入れ」に関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0056】?【0059】には、「【実施例】」として、「表1に示す化学成分を有する鋼材を・・・(審決注;「・・・」は、記載の省略を示す。以下同じ。)ビレットに鍛伸後、熱間圧延により6.0mmφ線材に熱間圧延を行った。 表1において、No.1?No.16が本発明例・・・である。 得られた線材を冷間伸線、冷間鍛造、ねじ転造後、浸炭窒化焼入れ焼戻しを行い・・・タッピングねじとした。」と記載され、該表1と合わせ見れば、表1の「No.1?No.16」のすべての実施例について、「浸炭窒化焼入れ」が行われているから、引用発明の「浸炭窒化焼入れ処理」は、本件特許発明1における「浸炭焼入れ」に相当する。 また、引用発明の「芯部硬さ」は、本件特許発明の「内部硬さ」に相当することは明らかである。 エ)そうすると、本件特許発明1と引用発明とは、「締結しようとする鋼板の引張強度に応じて表面硬さを調整する、高強度部材締結用タッピングねじの製造方法であって、 原材料である鋼は、C、Si、Mn、Al、Cu、Ni、P、S、N、更に、Ti、Nb、V、Cr、Mo、Bを含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、C、Si、Mn、Alは必須成分として、Ti、Nb、V、Cr、Mo、Bは選択必須成分として、P、S、Nは不純物として含み、 質量%で、Si:0.2%以下、Al:0.02?0.1%、Cu:0.05?2%、Ni:0.05?2%、更に、Ti:0.005?0.05%、Nb:0.005?0.05%、V:0.005?0.05%、Cr:2%以下、Mo:0.3%以下、B:0.0005?0.005%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、N:0.01%以下を含有する鋼を、熱間圧延後、冷間加工でねじ形状に成形し、 次いで浸炭焼入れ後焼戻し処理を行う、ねじの内部硬さが320超え?430HVである高強度部材締結用タッピングねじの製造方法」である点において一致し、以下の点において相違する。 相違点1;鋼中のC及びMnの含有量に関して、本件特許発明1は、C:0.01?0.15%、Mn:0.8?2%であるのに対し、引用発明は、C:0.05?0.20%、Mn:0.5?1.8%である点。 相違点2;鋼中のNi及びCuに関し、本件特許発明1においては、必須成分元素であるのに対し、引用発明においては、任意選択成分であって常に含有するものではない点。 相違点3;ねじの表面硬さ(HV1)に関し、本件特許発明1では、「下記式を満たし、 HV1≧HV2 ここで、HV1はねじの表面硬さ(ビッカース硬さ)で、HV2は{TS×3/9.81+160}×1.3で求まる値を小数点以下四捨五入した値とし、TSは締結しようとする鋼板の引張強度(N/mm^(2))とする」のに対し、引用発明では、 「鋼材が80kg級高張力鋼板(鋼板硬さ250?320Hv)であるとき、表面硬さが600?670Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、 鋼材が100kg級高張力鋼板(鋼板硬さ290?360Hv)であるとき、表面硬さが630?700Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、 鋼材が130kg級高張力鋼板(鋼板硬さ385?435Hv)であるとき、表面硬さが670?730Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有し、 鋼材が150kg級高張力鋼板(鋼板硬さ450Hv以上)であるとき、表面硬さが760?830Hv、芯部硬さ300?450Hv、硬化層深さ0.05?0.7mmを有する」点。 相違点4;ねじの表面から0.1mm位置における硬さが、本件特許発明1では、480HV以上であるのに対し、引用発明では、当該位置における硬さが不明である点。 相違点5;ねじ内部の金属組織における旧オーステナイト結晶粒度が、本件特許発明1では、No.8以上とするのに対し、引用発明では、該旧オーステナイト結晶粒径が不明である点。 5.相違点についての判断 相違点の検討に先立ち、本件特許発明1について見てみると、本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、従来のタッピングねじの製造方法においては、締結する相手材の強度については記載がなく、また、締結後のねじのメッキ剥離と腐食による耐遅れ破壊の劣化に関しては着目されておらず、相手材が高強度化する中で施工後のねじの耐食性の点で締結ねじの信頼性が不十分である点を発明が解決すべき課題とするものであって、かかる課題に対して、タッピングねじ素材である鋼の成分組成を規定するとともに、ねじの表面硬さ(HV1)を締結しようとする鋼板の引張強度との関係において特定の関係式を満足するよう調整し、合わせてねじの内部硬さや表面から0.1mm位置における硬さも調整することにより、引っ張り強さ980N/mm^(2)以上の高強度部材用としてねじ切りが発生せず、更に耐食性を兼備したタッピングねじの製造方法を提供できることを見出したものである。 (段落【0014】?【0019】、【0026】?【0049】を参照。) 以下、相違点1?相違点5が実質的な相違点であるかについて検討する。 (1)相違点1について 鋼中におけるC及びMnの含有量に関し、引用発明のC及びMnの含有量範囲は、それぞれ、本件特許発明1のC及びMnの含有量範囲に包含されるものではないので、本件特許発明1と引用発明とは、鋼中のC及びMnの含有量において一致するものとはいえず、また、甲第2号証には、本件特許発明1の範囲のC及びMn量を選択する具体的な記載がないのであるから、相違点1は実質的なものである。 (2)相違点2について 本件特許発明1において、鋼中においてNi及びCuの所要量を同時添加することについて、本件特許明細書の発明の詳細な説明(表1、表2(その1)及び表3の鋼No.9の実施例、No.23及びNo.24比較例を参照。)には、Ni及びCu以外の成分については所要量を含有し、Ni及びCuのいずれかについてのみ所要量を含有しない場合には、ねじ込み性は満たすとしても、頭部じん性試験において首下割れが発生したり、耐食性遅れ破壊試験において頭飛びが発生するため、頭部じん性、及び、耐食性遅れ破壊特性が劣るのに対し、Ni及びCuを含めて全成分について所要量を満たす場合には、ねじ込み性、頭部じん性、及び、耐食性遅れ破壊特性のすべてにおいて、良好な結果が得られることが記載されているから、鋼中におけるNi及びCuの所要量の同時添加は、有意な作用効果を奏する。 これに対し、引用発明においては、Cu及びNiはいずれも選択成分であって、必須成分とはされておらず、しかも、甲第2号証には、実施例を含めてCu及びNiが同時に添加されることについて一切記載されていないのであるから、前記作用効果を把握することはできない。 したがって、相違点2は実質的なものである。 参考.本件特許明細書の表1、表2(その1)、表3 (3)相違点3について 本件特許発明1と引用発明は、いずれも締結しようとする鋼板の引張強度に応じて高強度部材締結用タッピングねじの表面硬さを調整する、高強度部材締結用タッピングねじの製造方法の発明であって、本件特許発明1は、最適なねじの表面硬さを締結しようとする鋼板の引張強度の関数として特定の関係式を計算することにより算出し、その表面硬さがその算出値となるよう、製造条件等を調整するものであるのに対し、引用発明は、甲第2号証の(2c)の表2の記載事項に基づくものであって、4種類の鋼材の種類に基づいて定まる鋼板硬さに対応する表面硬さを同様に4種類に区分しそれぞれが対応するよう製造条件等を調整するものであるから、製造条件等の調整に係る技術思想が異なるものである。 そして、引用発明において、4種類の鋼材のそれぞれの鋼板硬さの範囲を鋼板の引張強度の範囲に換算すると、鋼板の引張強度は、80kg級では、834?1069N/mm^(2)、100kg級では、971?1196N/mm^(2)、130kg級では、1275?1196N/mm^(2)、150kg級では、1500N/mm^(2)以上となるので、本件特許発明1において、これらの数値を、HV2を定める式中のTSとして代入し、ねじの表面硬度の下限値HV1を算出すると、80kg級では、540?633Hv、100kg級では、594?683Hv、130kg級では、715?785Hv、150kg級では、804Hv以上となる。 これに対して、引用発明におけるタッピングねじの表面硬度の範囲は、80kg級では、600?670Hv、100kg級では、630?700Hv、130kg級では、670?730Hv、150kg級では、760?830Hvである。 そうすると、本件特許発明1と引用発明とは、同じ強度の鋼板に対して調整すべき表面硬さが異なるものであるから、具体的に調整すべき表面硬度においても相違している。 したがって、相違点3は、実質的なものである。 (4)相違点4について 甲第1号証の(1a)及び甲第2号証の(2a)の「表面硬さが600?900Hv」、「芯部硬さが300?450Hv」、「硬化層深さ0.05?0.7mm」との記載、並びに、甲第1号証の(1d)及び甲第2号証の(2d)の段落【0048】の「硬化層深さは約0.3mm」との記載によれば、表面硬さの値が最も低い600Hvとし、表面から0.3mmの位置での硬さを、芯部硬さの値が最も低い300Hvとし、表面硬さまで直線補間を行った場合には、表面から0.1mmの位置での硬度は500Hvとなるから、引用発明において、表面から0.1mm位置における硬さは480Hv以上であるといえる。 しかしながら、前記甲第1号証の(1a)及び甲第2号証の(2a)の記載によれば、硬化層深さの下限値は、0.05mmであり、その場合には、表面から0.1mmの位置での硬度としては芯部硬さの最低値である300Hvから取り得ることとなるので、請求人が、引用発明において、ねじの表面から0.1mm位置における硬さが480Hv以上になる程度のことは当業者が認識できる事項であるとの主張は理由がない。 また、請求人は、引用発明において、ねじの表面から0.1mm位置における硬さが480Hv以上であることは技術常識から十分に把握できるとか、引用発明は、本件特許発明1と鋼材が略同一であり、引用発明には、浸炭窒化焼入れ、焼戻し条件が記載され、その条件で熱処理することにより高張力鋼板用タッピングねじの表面から0.1mm位置における硬さが480Hv以上になることは自明のことであると主張するが、いずれも具体的根拠に基づくものではなく失当である。 したがって、相違点4は、実質的なものである。 (5)相違点5について 請求人は、審判請求書(14頁下から1行?15頁17行)及び請求人側の口頭審理陳述要領書(9頁10行?11頁17行)において、(a)「引用発明においても、靱性、耐遅れ破壊特性を向上させるため、結晶粒微細化元素(Ti、Nb、V)を添加しており、『ねじ内部の金属組織における旧オーステナイト結晶粒度がNo.8以上』になっていることは当然のことである。」と主張し、また、(b)「甲第3号証には、低炭素材の『SWCH10AM』及び従来材『SWCH18A』において、浸炭焼入後の結晶粒度がNo.8以上であることが記載されているから、『ねじ内部の金属組織における旧オーステナイト結晶粒度がNo.8以上』は、達成できる程度の値である。」と主張する。 しかしながら、(a)について、合金を構成する成分の含有量や製造条件、熱処理条件等が異なれば、合金の特性や組織が異なることは通常のことであり、その場合にどのような特性や組織を有するかを予測することは困難であることは技術常識といえる事項であり、しかも、前記(1)、(2)に述べたように、甲第2号証には、鋼合金の成分組成について具体的な記載がないから、本件特許発明1と引用発明とが鋼合金の成分組成において一致しているとはいえず、また、具体的な製造条件や熱処理条件においても、本件特許発明1と引用発明とが一致しているものともいえないのであるから、合金成分として結晶粒微細化元素(Ti、Nb、V)が添加され、単に、浸炭焼入れ、焼戻し処理が行われていることのみをもって、引用発明において、鋼材の組織の旧オーステナイト結晶粒度がNo.8以上であるとはいえない。 また、(b)について、甲第3号証に関し、作成者を特定する証拠が提出されておらず、甲第3号証は真正なものと認めることはできない。また、仮に甲第3号証が真正なものであるとしても、いつ頒布され得る状態となり公知となったといえるか明らかでないし、また、仮にこれらの事項が明らかであり、証拠として採用できるものであったとしても、甲第3号証に記載された鋼材は、具体的に添加される合金元素や微細化元素の含有量や硬度などの特性値が明らかではなく、引用発明の実施例ということはできないから、甲第3号証の鋼材の組織の旧オーステナイト結晶粒度がNo.8以上であったことをもって、引用発明において、鋼材の組織の旧オーステナイト結晶粒度がNo.8以上であるといえない。 したがって、相違点5は実質的なものである。 6.まとめ 前記「5.」において検討したとおり、相違点1?相違点5は、いずれも実質的なものであるから、本件特許発明1は、引用発明と同一ではない。 よって、本件特許発明1に係る本件特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものではない。 したがって、無効理由は理由がない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許発明1についての特許を無効とすることはできない。 また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担するものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2013-11-28 |
結審通知日 | 2013-12-02 |
審決日 | 2014-01-24 |
出願番号 | 特願2007-68021(P2007-68021) |
審決分類 |
P
1
113・
16-
Y
(C22C)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 河野 一夫 |
特許庁審判長 |
山田 靖 |
特許庁審判官 |
大橋 賢一 木村 孔一 |
登録日 | 2012-06-22 |
登録番号 | 特許第5022070号(P5022070) |
発明の名称 | 高強度部材締結用タッピングねじの製造方法 |
代理人 | 柳野 嘉秀 |
代理人 | 柳野 隆生 |
代理人 | 苫米地 正敏 |
代理人 | 苫米地 正敏 |
代理人 | 森岡 則夫 |
代理人 | 苫米地 正敏 |
代理人 | 苫米地 正敏 |