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審決分類 |
審判 査定不服 4項4号特許請求の範囲における明りょうでない記載の釈明 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 4項3号特許請求の範囲における誤記の訂正 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 4項1号請求項の削除 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 G02B |
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管理番号 | 1286455 |
審判番号 | 不服2013-10262 |
総通号数 | 173 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2014-05-30 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2013-06-04 |
確定日 | 2014-04-03 |
事件の表示 | 特願2006-295469「光学フィルタの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 5月15日出願公開,特開2008-112032〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は,平成18年10月31日の出願であって,平成24年2月1日及び平成25年1月7日に手続補正がなされ,平成25年1月7日付けの手続補正が平成25年2月28日付けで却下され,同日付けで拒絶査定がなされ,これに対して,同年6月4日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正がなされたものである。 なお,審判請求人は,当審における平成25年9月5日付け審尋に対して,同年11月11日付けで回答書を提出している。 第2 平成25年6月4日付けの手続補正についての補正却下の決定 〔補正却下の決定の結論〕 平成25年6月4日付けの手続補正を却下する。 〔理由〕 1 補正の内容 (1)平成25年6月4日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は,平成24年2月1日付けの手続補正で補正された(以下「本件補正前」という。)特許請求の範囲及び明細書について補正しようとするもので,そのうち,特許請求の範囲の補正については,次のとおりである。 ア 本件補正前 「【請求項1】 透明合成樹脂基板の片面に複数層から成る蒸着膜を形成し,少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を,他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタの製造方法であって,厚さが0.1mm以下,曲げ弾性率が4000MPa以上,ガラス転移温度が70℃以上の前記基板を,冷媒により冷却される冷却板上に配置し,前記基板を冷却しながら前記基板の片面に前記複数層から成る蒸着膜を形成することを特徴とする光学フィルタの製造方法。 【請求項2】 前記複数層から成る蒸着膜は40層以上から成るように構成することを特徴とする請求項1に記載の光学フィルタの製造方法。 【請求項3】 透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成し,少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を,他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタの製造方法であって,厚さが0.1mm以下,曲げ弾性率が2400MPa以上,ガラス転移温度が70℃以上の前記基板を,冷媒により冷却される冷却板上に配置し,前記基板を冷却しながら前記基板の両面に前記複数層から成る蒸着膜を形成することを特徴とする光学フィルタの製造方法。 【請求項4】 前記複数層から成る蒸着膜は20層以上から成るように構成することを特徴とする請求項3に記載の光学フィルタの製造方法。 【請求項5】 前記冷却板は冷媒を流す冷却パイプが配置された平板形状をなし,前記冷却板に冷媒を流して前記基板の温度の上昇を抑制しながら前記蒸着膜を成膜することを特徴とする請求項1?4の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタの製造方法。 【請求項6】 前記蒸着膜は前記特定の波長領域が近赤外波長領域及び紫外波長領域のうちの少なくとも一方を含むように形成することを特徴とする請求項1?5の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタの製造方法。 【請求項7】 前記請求項1?6の何れかの方法で製造されたことを特徴とする光学フィルタ。」 イ 本件補正後 「【請求項1】 透明合成樹脂基板の片面及びその反対側の裏面に複数層から成る蒸着膜を形成し, 少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を,他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタの製造方法であって, 厚さが0.1mm以下,曲げ弾性率が4000MPa以上,ガラス転移温度が70℃以上の前記透明合成樹脂基板を,冷媒により冷却される冷却板上に配置し, 前記複数層から成る蒸着膜が形成された前記透明合成樹脂基板の片面側から前記透明合成樹脂基板を冷却しながら,前記透明合成樹脂基板の裏面側に対して,成膜開始から成膜終了までの全層において各層毎に成膜面の温度を70℃以下として, 前記透明合成樹脂基板の片面に形成された前記複数層から成る蒸着膜と同程度の膜厚となるように前記透明合成樹脂基板の裏面に前記複数層から成る蒸着膜を形成することを特徴とする紫外線及び近赤外線カット用の光学フィルタの製造方法。 【請求項2】 透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成し,少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を,他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタの製造方法であって, 厚さが0.1mm以下,曲げ弾性率が2400MPa以上,ガラス転移温度が70℃以上の前記透明合成樹脂基板を,冷媒により冷却される冷却板上に配置し, 前記透明合成樹脂基板を冷却しながら成膜開始から成膜終了までの全層において各層毎に成膜面の温度を70℃以下として, 前記透明合成樹脂基板の両面に同程度の膜厚となるように前記複数層から成る蒸着膜を形成することを特徴とする紫外線及び近赤外線カット用の光学フィルタの製造方法。 【請求項3】 前記冷却板は冷媒を流す冷却パイプが配置された平板形状をなし,前記冷却板に冷媒を流して前記透明合成樹脂基板の温度の上昇を抑制しながら前記蒸着膜を成膜することを特徴とする請求項1又は2に記載の紫外線及び近赤外線カット用の光学フィルタの製造方法。」(下線は補正箇所を示す。) (2)上記(1)の補正は,次のアないしカ(以下,それぞれを「補正事項ア」ないし「補正事項カ」という。)からなる。 ア 本件補正前の請求項2,4,6及び7を削除する。 イ 上記アに伴い項番を整理して,本件補正前の請求項3及び5をそれぞれ本件補正後の請求項2及び3とし,本件補正後の請求項3が引用する請求項を請求項1又は2とする。 ウ 請求項1の「光学フィルタの製造方法」によって製造される光学フィルタの構造を,「透明合成樹脂基板の片面に複数層から成る蒸着膜を形成」したものから,「透明合成樹脂基板の片面及びその反対側の裏面に複数層から成る蒸着膜を形成」し,かつ,「片面及びその反対側の裏面」に形成した「複数層から成る蒸着膜」が「同程度の膜厚」であるものに変更するとともに,透明合成樹脂基板を冷却しながら形成するという工程(以下「冷却成膜工程」という。)が適用される「複数層から成る蒸着膜」を,透明合成樹脂基板の片面に形成する「複数層から成る蒸着膜」から,片面に「複数層から成る蒸着膜」が形成された透明合成樹脂基板の裏面側に形成する「複数層から成る蒸着膜」に変更する。 エ 本件補正前の請求項1及び3の「光学フィルタの製造方法」における冷却成膜工程について,「成膜開始から成膜終了までの全層において各層毎に成膜面の温度を70℃以下」の状態にして行うことを限定する。 オ 本件補正前の請求項3の「光学フィルタの製造方法」における冷却工程について,透明合成樹脂基板の両面の「複数層から成る蒸着膜」を「同程度の膜厚」となるように形成することを限定する カ 本件補正前の請求項1,3及び5の「前記基板」なる記載を,「前記透明合成樹脂基板」に補正する。 キ 本件補正前の請求項1,3及び5の「光学フィルタの製造方法」によって製造される光学フィルタについて,「紫外線及び近赤外線カット用」のものであることを限定する。 2 補正の目的について 上記補正事項ウは,請求項1に係る発明によって製造される対象物を異なる構造のものに変更し,かつ,請求項1に係る発明における「冷却成膜工程」を「片面」について適用することを削除し,補正により付加された「反対側の裏面」に適用することを限定することで,上記「冷却成膜工程」が適用される対象部位を異なる部位に変更するものであるから,平成18年法律55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)17条の2第4項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。 また,上記補正事項ウが,改正前特許法17条の2第4項1号に掲げる請求項の削除を目的とするものではなく,同法17条の2第4項3号に掲げる誤記の訂正を目的とするものではなく,同法17条の2第4項4号に掲げる明りょうでない記載の釈明を目的とするものでもないことは明らかである。 したがって,補正事項ウを含む本件補正は,改正前特許法17条の2第4項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 3 独立特許要件について 本件補正後の請求項2に係る上記補正事項エは,本件補正前の請求項3に記載された「前記基板を冷却しながら前記基板の両面に前記複数層から成る蒸着膜を形成する」という発明特定事項を限定するものであり,本件補正後の請求項2に係る上記補正事項オは,本件補正前の請求項3に記載された「前記基板を冷却しながら前記基板の両面に前記複数層から成る蒸着膜を形成する」という発明特定事項を限定するものであり,本件補正後の請求項2に係る上記補正事項キは,本件補正前の請求項3に記載された「光学フィルタ」という発明特定事項を限定するものであって,本件補正の前後で当該請求項に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であると認められるから,改正前特許法17条の2第4項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮とするものに該当する。 また,本件補正後の請求項2に係る上記補正事項イ及びカは,改正前特許法17条の2第4項4号に掲げる明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。 そこで,本件補正は上記2で検討したように却下されるものであるが,本件補正後の請求項2に係る発明(以下,「本願補正発明」という。)についても,一応,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(改正前特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に適合するか)について以下に検討する。 (1)本願補正発明 本願補正発明は,本件補正によって補正された特許請求の範囲,明細書及び図面の記載からみて,上記1(1)にて本件補正後の請求項2として示したとおりのものと認められる。 (2)引用例 ア 原査定の拒絶の理由に引用された特開2006-30944号公報(以下「引用例1」という。)は,本願出願前に日本国内において頒布された刊行物であって,当該引用例1には図面とともに次の記載がある。(下線は,後述する引用発明の認定に特に関係する箇所を示す。) (ア)「【技術分野】 【0001】 本発明は,近赤外線カットフィルターに関する。詳しくは,本発明は,近赤外線をシャープにカットでき,特にCCD,CMOSなどの固体撮像素子用視感度補正フィルターとして好適に用いることができる近赤外線カットフィルターに関する。 【背景技術】 ・・・(中略)・・・ 【0004】 そこで,市販されているPDPの多くは,その前面板に,自らが発する近赤外線をカットするためのフィルター機能を備えるようになっている。 また,ビデオカメラ,デジタルスチルカメラ,カメラ機能付き携帯電話などにはカラー画像の固体撮像素子であるCCDやCMOSイメージセンサが使用されているが,これら固体撮像素子はその受光部において近赤外線に感度を有するシリコンフォトダイオードを使用しているために,視感度補正を行うことが必要であり,近赤外線カットフィルターを用いることが多い。 【0005】 前記近赤外線カットフィルターとしては,従来から各種方法で製造されたものが使用されている。例えば,ガラスなど透明基材の表面に銀などの金属を蒸着して近赤外線を反射するようにしたもの,ガラス,アクリル樹脂,あるいはポリカーボネート樹脂などの透明基材に近赤外線吸収色素を添加したものなどが実用に供されている。 【0006】 しかしながら,ガラス基材に金属を蒸着した近赤外線カットフィルターは製造コストがかかるだけでなく,カッティング時に異物として基材のガラス片が混入してしまうという問題があった。 【0007】 また,透明基材に近赤外線吸収剤を分散させた近赤外線カットフィルターとしては,近赤外線吸収能を有する銅化合物をリン酸塩ガラスに分散させたフィルターが知られているが,このフィルターは薄肉化のために研磨が必要であり,製造コストも高いという問題があった。また,固体撮像装置用の近赤外線カットフィルターとして用いる場合には,リン酸塩ガラスは比較的吸湿性が高く,固体撮像素子に対して悪影響を与える場合もあった。さらに,基材として無機質材料を用いる場合は,近年の固体撮像装置の薄型化・小型化に対応していくためには限界があった。 【0008】 一方,基材として透明樹脂を用い,透明樹脂中に近赤外線吸収色素を含有させた近赤外線カットフィルターも知られている(例えば,特許文献1参照。)。しかし,基材として透明樹脂を用いた近赤外線カットフィルターは,リン酸塩ガラスを基材とした前記近赤外線カットフィルターと比較して,近赤外線吸収能が必ずしも十分ではない場合があった。 【0009】 本発明者らは,このような状況に鑑みて鋭意検討を進めた結果,特定のガラス転移点および熱膨張率を有する熱可塑性樹脂製の透明基板の両面に誘電体多層膜からなる近赤外線反射膜などを特定の構成で有する近赤外線カットフィルターが,耐吸湿性,生産性,耐衝撃性などに優れること,特に,CCD,CMOSなどの固体撮像素子の保護機能に優れることを見出し本発明を完成するに至った。 【特許文献1】特開平6-200113号公報 【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0010】 本発明は,近赤外線カット能に優れ,吸湿性が低く,異物や反りの少ない,特にCCD,CMOSなどの固体撮像素子の視感度補正に好適に用いることができる近赤外線カットフィルターを得ることを課題とする。」 (イ)「【課題を解決するための手段】 【0011】 ・・・(中略)・・・ 【0012】 また,本発明に係る近赤外線カットフィルターは, ガラス転移温度が90℃以上500℃以下であって,線膨張係数が9.0×10^(-5)/℃以下である熱可塑性樹脂製の透明基板の両方の面に, 誘電体層Aと,誘電体層Aが有する屈折率よりも高い屈折率を有する誘電体層Bとを交互に積層した誘電体多層膜からなる近赤外線反射膜を有することを特徴としてもよい。」 (ウ)「【発明の効果】 【0015】 本発明によれば,特定のガラス転移点,および線膨張係数を有する熱可塑性樹脂製の透明基板,誘電体多層膜からなる近赤外線反射膜などを特定の構成で組みわせて用いることにより,製造時のカッテイングが容易で,異物の混入が少なく,さらに反りの少ない近赤外線カットフィルターを製造することができる。」 (エ)「【発明を実施するための最良の形態】 【0016】 以下,本発明について具体的に説明する。 〔透明基板〕 本発明に係る近赤外線カットフィルターには特定のガラス転移点,および線膨張係数を有する熱可塑性樹脂製の透明基板を用いることを特徴とする。 【0017】 〈熱可塑性樹脂〉 本発明に用いられる熱可塑性樹脂のガラス転移温度は通常90℃以上500℃以下の範囲,好ましくは155℃以上500℃以下の範囲,さらに好ましくは170℃以上250℃以下の範囲である。 【0018】 本発明におけるガラス転移温度とは,窒素気流下,昇温速度毎分10℃の条件で示差走査熱量計で測定を行い,補外ガラス転移開始温度と補外ガラス転移終了温度の中間点温度から求めた値をいう。 【0019】 ガラス転移温度が上記範囲内にあると,誘電体層と透明樹脂基板の密着性に優れたフィルターが得られる。 本発明に用いられる熱可塑性樹脂の線膨張係数は通常,9.0×10^(-5)/℃以下,好ましくは7.0×10^(-5)/℃以下,さらに好ましくは6.5×10^(-5)/℃以下の範囲である。 【0020】 本発明における線膨張係数とは,大気中,昇温速度毎分2℃の条件下,熱機械分析装置で測定を行い,測定した温度と変位量の関係から求めた値をいう。 線膨張係数が上記範囲内にあると,誘電体層の割れの少ないフィルターが得られる。 【0021】 このような熱可塑性樹脂としては,ポリメチルメタクリレート樹脂(PMMA)などのアクリル樹脂,ポリカーボネート樹脂,ノルボルネン系樹脂,ポリアリレート樹脂(PAR),ポリサルホン樹脂(PSF),ポリエーテルサルホン樹脂(PES),ポリパラフェニレン樹脂(PPP),ポリアリーレンエーテルフォスフィンオキシド樹脂(PEPO),ポリイミド樹脂(PPI),ポリエーテルイミド樹脂(PEI),ポリアミドイミド樹脂(PAI)などを挙げることができる。 【0022】 これらの中でも,ノルボルネン系樹脂やPESを好ましく用いることができる。 ・・・(中略)・・・ 【0037】 《透明基板の性能》 上述のようにして得られた透明基板の飽和吸水率は,通常2.0重量%以下,好ましくは1.0重量%以下,さらに好ましくは0.8重量%以下である。飽和吸水率が上記範囲を超える場合,係る樹脂から得られた樹脂基板が,使用される環境によっては経時的に吸水(湿)変形するなど耐久性に問題が生じる場合がある。なお,前記飽和吸水率はASTM D570に従い,23℃の水中で1週間浸漬して増加重量を測定することにより得られる値である。 【0038】 また,透明基板の厚みとしては通常0.1?1.0mmの厚み,好ましくは0.15?0.4mmの厚み,特に好ましくは0.2?0.4mmの厚みとして使用することができる。 【0039】 このような厚みとすることにより,近赤外線カットフィルターを軽量化,薄型化することができ,固体撮像素子の視感度補正用の近赤外線カットフィルターとして,特に,固体撮像素子収納用パッケージの透光性蓋体として好適に用いることができる。 【0040】 〔近赤外線反射膜〕 本発明に係る近赤外線カットフィルターは誘電体層Aと,誘電体層Aが有する屈折率よりも高い屈折率を有する誘電体層Bとを交互に積層した誘電体多層膜からなる近赤外線反射膜を有することを特徴とする。このような誘電体多層膜を少なくとも透明基板の一方の面に有することにより,近赤外線を反射する能力に優れた近赤外線カットフィルターとすることができる。 【0041】 〈誘電体層A〉 誘電体層Aを構成する材料としては,屈折率が1.6以下の材料を通常用いることができ,好ましくは,屈折率の範囲が1.2?1.6の材料が選択される。 【0042】 これら材料としては,例えば,シリカ,アルミナ,フッ化ランタン,フッ化マグネシウム,六フッ化アルミニウムナトリウムなどが挙げられる。 〈誘電体層B〉 誘電体層Bを構成する材料としては,屈折率が1.7以上の材料を用いることができ,好ましくは,屈折率の範囲が1.7?2.5の材料が選択される。 【0043】 これら材料としては,例えば,酸化チタン,酸化ジルコニウム,五酸化タンタル,五酸化ニオブ,酸化ランタン,酸化イットリウム,酸化亜鉛,硫化亜鉛,酸化インジウムを主成分とし酸化チタン,酸化錫,酸化セリウムなどを少量含有させたものなどが挙げられる。 【0044】 〈積層方法〉 誘電体層Aと誘電体層Bとを積層する方法については,これら材料層を積層した誘電体多層膜が形成される限り特に制限はないが,例えば,CVD法,スパッタ法,真空蒸着法などにより,誘電体層Aと誘電体層Bとを交互に積層することにより誘電体多層膜を形成することができる。 【0045】 これら誘電体層Aおよび誘電体層Bの各層の厚みは,通常,遮断しようとする近赤外線波長λ(nm)の0.1λ?0.5λの厚みである。厚みが上記範囲外になると,屈折率(n)と膜厚(d)との積(n×d)がλ/4で算出される光学的膜厚と大きく異なって反射・屈折の光学的特性の関係が崩れてしまい,特定波長の遮断・透過をするコントロールができなくなってしまう傾向になる。 【0046】 前記誘電体多層膜の積層数は,透明基板の一方の面にのみ前記誘電体多層膜を有する場合は,通常10?80層の範囲で,好ましくは25?50層の範囲である。一方,透明基板の両面に前記誘電体層膜を有する場合は,前記誘電体層の積層数は,基板両面の積層数全体として,通常10?80層の範囲で,好ましくは25?50層の範囲である。 ・・・(中略)・・・ 【0054】 〔近赤外線カットフィルターの構成〕 ・・・(中略)・・・ 【0055】 また,本発明に係る近赤外線カットフィルターは,前記透明基板の両面に前記誘電体多層膜からなる近赤外線反射膜を有することを特徴としてもよい。 このような特徴を有することにより,本発明に係る近赤外線カットフィルターは,反りや誘電多層膜の割れが少なくなる。 ・・・(中略)・・・ 【0059】 〔近赤外線カットフィルターの用途〕 これら本発明で得られる近赤外線カットフィルターは,優れた近赤外線カット能を有し,割れにくい。したがって自動車や建物などのガラスなどに装着される熱線カットフィルターなどとして有用であるのみならず,特に,デジタルスチルカメラや携帯電話用カメラなどのCCDやCMOSなどの固体撮像素子の視感度補正に有用である。」 (オ)「【0060】 〔実施例〕 以下,本発明を実施例により説明するが,本発明は,この実施例により何ら限定されるものではない。なお,「部」および「%」は,特に断りのない限り「重量部」および「重量%」を意味する。 【0061】 ・・・(中略)・・・ 〔実施例1〕 JSR(株)製のノルボルネン系透明樹脂「アートンF」(ガラス転移点:170℃,線膨張係数:7.0×10^(-5))よりなる厚さ0.2mm,一辺が60mmの基体の両面に,蒸着温度150℃で近赤外線を反射する多層膜〔シリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とが交互に積層されてなるもの,積層数は片面25,計50〕を蒸着により形成するし,光学フィルターを製造した。この光学フィルターの分光透過率曲線を測定した。その結果を図1に示す。 【0062】 図1のグラフの横軸は波長,縦軸は透過率を示すが,このグラフから明らかなように,波長400?700nmの可視域における透過率は約90%,また波長750?1000nmの近赤外域における透過率は5%以下であった。 【0063】 こうして作成した近赤外線カットフィルターの室温(20℃)での反りの程度を波長633nmのレーザ光を用いたニュートンリング法で測定したところ,直径60mmの領域内でニュートンリング+5本(λ=633nm,60mmΦ)以下であり,反りはほとんど生じていないことを確認した。 【0064】 〔比較例1〕 実施例1と対比するため,実施例1と同じJSR(株)製の透明樹脂「アートンF」(ガラス転移点:170℃,線膨張係数:7.0×10^(-5))よりなる厚さ0.7mmで一辺が60mmの正方形をした基板の片面に,実施例1と同様に,蒸着温度150℃で光学多層膜50層を蒸着した。こうして作成した近赤外線カットフィルターの室温(20℃)での反りの程度を測定したところ,ニュートンリング-25本(λ=633nm,60mmΦ)となり,固体撮像装置の色補正に使用する近赤外線カットフィルターとしてはほとんど使用に耐えない程度の反りを生じた。 【0065】 〔実施例2〕 住友化学(株)製のポリエーテルサルホン「スミカエクセルPES4100G」(ガラス転移点:225℃,線膨張係数:5.5×10^(-5))よりなる厚さ0.2mm,一辺が60mmの基体の両面に,蒸着温度150℃で近赤外線を反射する多層蒸着膜〔シリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とが交互に積層されてなるもの,積層数は片面25,計50〕を形成することにより光学フィルターを製造した。この光学フィルターの分光透過率曲線を測定した。その結果を図2に示す。 【0066】 このグラフから明らかなように,波長400?700nmの可視域における透過率は約80%,また波長750?1000nmの近赤外域における透過率は5%以下であった。 こうして作成した近赤外線カットフィルターの室温(20℃)での反りの程度を波長633nmのレーザ光を用いたニュートンリング法で測定したところ,直径60mmの領域内でニュートンリング+5本(λ=633nm,60mmΦ)以下であり,反りはほとんど生じていないことを確認した。 【0067】 〔実施例3〕 等価屈折率膜を蒸着した実施例1の透明樹脂基板を用いて,比較例1と同様に,蒸着温度150℃で光学多層膜を蒸着した。透明樹脂基板の形状は,実施例1と同じく厚さ0.7mm,一辺が60mmの正方形とした。こうして形成された近赤外線カットフィルターの室温(20℃)での反りの程度を測定したところ,ニュートンリング-10本(λ=633nm,60mmΦ)以下であり,反りはほとんど生じていないことを確認した。 【0068】 〔実施例4〕 シリコーン系ハードコートをほどこした実施例2の透明樹脂基板を用いて,比較例1と同様に,蒸着温度150℃で光学多層膜を蒸着した。透明樹脂基板の形状は,実施例1と同じく厚さ0.7mm,一辺が60mmの正方形とした。こうして形成された近赤外線カットフィルターの室温(20℃)での反りの程度を測定したところ,ニュートンリング-10本(λ=633nm,60mmΦ)以下であり,反りはほとんど生じていないことを確認した。 【0069】 〔実施例5〕 帝人(株)製のポリカーボネート樹脂「ピュアエース」(ガラス転移点:155℃,線膨張係数:7.0×10^(-5))よりなる厚さ0.2mm,一辺が60mmの基体の両面に,蒸着温度135℃で近赤外線を反射する多層蒸着膜〔シリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とが交互に積層されてなるもの,積層数は片面25,計50〕を形成することにより光学フィルターを製造した。この光学フィルターの分光透過率曲線を測定したところ,波長400?700nmの可視域における透過率は約90%,また波長750?1000nmの近赤外域における透過率は5%以下であった。 【0070】 こうして作成した近赤外線カットフィルターの室温(20℃)での反りの程度を波長633nmのレーザ光を用いたニュートンリング法で測定したところ,直径60mmの領域内でニュートンリング+5本(λ=633nm,60mmΦ)以下であり,反りはほとんど生じていないことを確認した。」 上記(ア)ないし(オ)からみて,引用例1には,次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「ガラス転移温度が90℃以上500℃以下であって,線膨張係数が9.0×10^(-5)/℃以下である熱可塑性樹脂からなり,厚みが0.1?1.0mmである透明樹脂基板の両方の面に,誘電体層Aと,誘電体層Aが有する屈折率よりも高い屈折率を有する誘電体層Bとを交互に積層した誘電体多層膜からなる近赤外線反射膜を有しており,誘電体層と透明樹脂基板の密着性に優れ,誘電体層の割れが少なく,反りが少なく,軽量で薄型の近赤外線カットフィルターを製造する方法であって, 前記熱可塑性樹脂からなる透明樹脂基板として,JSR(株)製のノルボルネン系透明樹脂「アートンF」(ガラス転移点:170℃,線膨張係数:7.0×10^(-5)/℃)からなる厚さが0.2mm,一辺が60mmの基体を用い, 当該基体の両面に,蒸着温度150℃でシリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とを,蒸着により交互に積層し,積層数が片面で25,両面で50となるように形成して前記誘電体多層膜とする, 近赤外線カットフィルターを製造する方法。」 イ 原査定の拒絶の理由に引用された特開2002-198688号公報(以下「引用例2」という。)は,本願出願前に日本国内において頒布された刊行物であって,当該引用例2には次の記載がある。(下線は,後述する技術的事項の認定に特に関係する箇所を示す。) (ア)「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,透視性電磁波シールド・近赤外線カット材料及びその製造方法に関する。さらに詳しくは,本発明は,優れた電磁波シールド機能及び近赤外線カット機能を有すると共に,良好な透視性及び視認性を有し,各種ディスプレイ,特に大画面のプラズマディスプレイパネル(PDP)用として好適な透視性電磁波シールド・近赤外線カット材料,及びこのものを効率よく製造する方法に関するものである。」 (イ)「【0007】 【発明の実施の形態】本発明の透視性電磁波シールド・近赤外線カット材料(以下,単に本発明の材料と略称することがある。)は,透明基材上に,少なくとも(A)透視性電磁シールド層と,(B)透明性近赤外線カット層が接触して積層されてなる構造を有するものである。本発明の材料において用いられる透明基材としては,高い透明性,強度及び耐熱性を有するものであればよく,特に制限されず,様々なものを使用することができる。例えばガラス,強化ガラス,さらにはオレフィン-マレイミド共重合体,ノルボルネン系樹脂,アクリル系樹脂,ポリカーボネート,ポリエチレンテレフタレート,トリアセチルセルロースなどのプラスチックからなるものを挙げることができるが,これらの中で,強度及び耐熱性に優れる点から,強化ガラス,オレフィン-マレイミド共重合体及びノルボルネン系樹脂からなるものが好適である。 【0008】プラスチック製透明基材を用いる場合,プラスチックの熱変形温度は140?360℃,熱線膨張係数は6.2×10^(-5)cm/cm・℃以下,鉛筆硬度は2H以上,曲げ強度は120?200N/mm^(2) ,曲げ弾性率は3000?5000N/mm^(2) ,引張強度は70?120N/mm^(2) であることが好ましい。このようなプラスチックは,高温下でも反りにくく,傷つきにくいため広範な環境下で使用できる。・・・(中略)・・・ 【0009】この透明基材の形については特に制限はなく,フィルム状,シート状,板状など,いずれであってもよい。さらに厚さは,通常0.05?10mmの範囲で選定される。この厚さが0.05mm未満では取扱い性が悪く,また10mmを超えると重量が重くなり,好ましくない。好ましい厚さは0.1?5mmの範囲である。」 (ウ)「【0026】一方,本発明の材料における(B)透明性近赤外線カット層としては,例えば・・・(中略)・・・(B-2)屈折率の異なる二種の透明無機層が交互に積層されたもの,好ましくは6層以上の偶数層のもの・・・(中略)・・・などを挙げることができる。・・・(中略)・・・ 【0027】・・・(中略)・・・一方,(B-2)層は,屈折率の異なる二種の透明無機層が交互に積層されたものであり,上記透明無機層を構成する無機化合物としては,・・・(中略)・・・特に酸化ケイ素からなる透明無機層と酸化チタンからなる透明無機層との組合せが,透明性がよく,かつ屈折率の差が大きいことから,好適である。 【0028】・・・(中略)・・・該(B-2)層は,例えば真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティングなどのドライプレーティング法により,形成することができる。」 上記(ア)ないし(ウ)からみて,引用例2には,次の技術的事項が記載されていると認められる。 「プラスチック製透明基材上に,透視性電磁シールド層と透明性近赤外線カット層が積層されてなる構造を有し,前記透明性近赤外線カット層が,真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティングなどのドライプレーティング法により,酸化ケイ素と酸化チタンのような屈折率の異なる二種の透明無機層を交互に積層したものであるような構成の透視性電磁波シールド・近赤外線カット材料において, 前記プラスチック製透明基材の材質については,熱変形温度が140?360℃,熱線膨張係数が6.2×10^(-5)cm/cm・℃以下,鉛筆硬度が2H以上,曲げ強度が120?200N/mm^(2) ,曲げ弾性率が3000?5000N/mm^(2) ,引張強度が70?120N/mm^(2) であるものを用いると,高温下でも反りにくく,傷つきにくいため広範な環境下で使用できること。」 ウ 原査定の拒絶の理由に引用された特開2005-82837号公報(以下「引用例3」という。)は,本願出願前に日本国内において頒布された刊行物であって,当該引用例3には図とともに次の記載がある。(下線は,後述する技術的事項の認定に特に関係する箇所を示す。) (ア)「【技術分野】 【0001】 本発明は,真空チャンバ内において基材上に多層膜を形成する真空成膜方法,装置,及びそれらを用いて製造された光学フィルタに関する。 【背景技術】 【0002】 従来から,ガラス板等の基材の表面に多層膜を形成して,所定の波長帯域の光を透過する等の目的で用いられる光学フィルタを製造するための成膜装置として,種々の真空成膜装置が用いられている。 【0003】 真空成膜装置としては,例えば,イオンプレーティング装置が好適に用いられている。・・・(中略)・・・ 【0005】 ところで,このように動作する従来のイオンプレーティング装置では,・・・(中略)・・・電子銃から電子ビームを照射することによって蒸発源の温度が上昇すると,その温度上昇した蒸発源からの輻射熱によって基材の温度が著しく上昇する。この場合,その温度上昇によって基材の形状が変形又は変質等し,これによって基材上に成膜される薄膜の光学特性が悪化するという問題が発生する場合がある。 【0006】 そこで,上記電子ビームが照射され温度上昇した蒸発源からの輻射熱により基材の温度が著しく上昇する問題を回避すべく,基材ホルダの内部に冷却水等の冷媒が流れる流路を形成し,該流路の内部に前記冷却水等の冷媒を所定の流量で流すことによって基材の温度上昇を防止する基材冷却構造が提案されている(例えば,特許文献1参照)。 【特許文献1】特開2001-212446号公報(特に,第1図) 【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0007】 ・・・(中略)・・・ 【0008】 しかしながら,上記提案の基材ホルダの内部に冷却水等の冷媒が流れる流路を形成し,該流路の内部に冷却水等を所定の流量で流す形態のイオンプレーティング装置では,前述の如く基材がガラス板等の高耐熱性材料で構成されている場合には効果的であるが,基材が耐熱限界温度を有する樹脂で構成されている場合には効果的でない。そして,これは,基材の蒸着面上に形成する多層膜の層数が例えば30層以上の高多層である場合には,特に効果的でない。その理由は,電子ビームを照射することにより蒸着源の温度が上昇し,その温度上昇した蒸発源からの輻射熱によって基材の温度が上昇する場合,前述した冷却水等の冷媒による基材の冷却では,基材の温度が,その基材を構成する樹脂の耐熱温度を超える場合があるためである。又,基材の蒸着面上に成膜する多層膜が高多層になるにつれて成膜時間が長時間となり,輻射熱による基材の加熱が促進されるので,基材の温度がその基材を構成する樹脂の耐熱温度を超える危険性がより一層高まるからである。 【0009】 つまり,基材ホルダの内部に冷却水等の冷媒が流れる流路を形成し,該流路の内部に冷却水等を所定の流量で流して基材を冷却する従来のイオンプレーティング装置では,適用可能な基材の種類がガラス板等の高耐熱性材料からなる基材に限定される(樹脂製基材は適用不可能)と共に,樹脂製の基材を用いる場合,基材の蒸着面上に形成可能な多層膜の層数に限界があるという問題があった。 【0010】 本発明は,上記のような課題を解決するためになされたものであり,樹脂製基材若しくは少なくとも表層部に樹脂層を有する基材の蒸着面上に高多層な多層膜を形成することが可能な真空成膜方法,装置,及びそれらを用いて製造された光学フィルタを提供することを目的としている。」 (イ)「【課題を解決するための手段】 【0011】 ・・・(中略)・・・ 【0012】 又,本発明に係る真空成膜方法及び装置は,真空チャンバ内に設けられ流路内に所定の熱媒液が流れる基材ホルダに基材を装着し,前記真空チャンバ内を実質的な真空状態に保持し,前記真空チャンバの内部で2以上の蒸発源から蒸発材料を蒸発させ,該蒸発させた前記蒸発材料を所定の順序で前記真空チャンバの内部に拡散させ,該拡散させた前記蒸発材料を前記基材の蒸着面に蒸着させて前記蒸発材料からなる多層膜を前記基材の蒸着面上に成膜する成膜方法において,前記基材ホルダが有する流路内に流れる前記所定の熱媒液として不凍液を用いる(請求項2)。かかる構成とすると,不凍液を用いることによって基材ホルダの温度を氷点以下とすることができるので,多層膜を成膜するための基材として耐熱限界温度を有する樹脂を用いることが可能になる。 【0013】 又,前記所定の熱媒液として用いる前記不凍液を,-5℃以上+30℃以下の温度範囲内において温度制御して用いる(請求項3)。かかる構成とすると,必要に応じて基材ホルダの温度を-5℃以上+30℃以下の温度範囲内で調整することができるので,成膜中における基材の温度を最適に調整することが可能になる。」 (ウ)「【0046】 (実施の形態2) 図4は,本発明の実施の形態2に係る真空成膜装置の構成を模式的に示す断面図である。又,図5は,図4に示す真空成膜装置の回転駆動部の構成を模式的に拡大して示す断面図である。尚,本実施の形態においても,真空成膜装置として,イオンプレーティング装置を例示している。 【0047】 ・・・(中略)・・・ 【0054】 次に,以上のように構成されたイオンプレーティング装置の動作について,図4及び図5を参照しながら説明する。 【0055】 イオンプレーティング装置200を用いて基材の蒸着面上に多層膜を成膜する際,作業者は,その成膜を行う前に,ここでは樹脂製のレンズである基材21bを基材ホルダ6bの基材取り付け面上に熱伝導アダプタ35を介して固定具36を用いて装着する。・・・(中略)・・・ 【0057】 次いで,蒸発源2a及び2bにおいて各々電子銃を動作させて,電子ビームをハース部5a及び5b内の各薄膜形成材料に向けて所定の強度で照射する。すると,各薄膜形成材料は,照射される電子ビームのエネルギーによって,所定の温度まで予備加熱される。そして,各薄膜形成材料を真空チャンバ1の内部に交互に拡散させる際には,蒸発源2a及び2bにおける各電子銃から発射される電子ビームの照射強度を交互に強め,これによって,ハース部5a及び5b内の各薄膜形成材料を交互に溶解する。又,この時,溶解した薄膜形成材料の上方のみが開放されるように,回転軸4a及び4bを交互に回転させることによって,シャッタ3a及び3bを蒸発源2a及び2bの上方に交互に移動させる。これにより,既に真空チャンバ1の内部は実質的な真空状態となっているので,蒸発源2a及び2bからは,各薄膜形成材料が交互に真空チャンバ1の内部に拡散するようになる。すると,拡散した薄膜形成材料が高周波電力により発生したプラズマによって励起され,この励起された薄膜形成材料が直流電力によって生じる基材ホルダ6bと真空チャンバ1との間の電界により加速されて,基材21bの表面に衝突して付着する。それにより,基材21bの表面には緻密な薄膜が交互に形成されるようになる。つまり,基材21bの蒸着面上には,緻密な薄膜からなる多層膜が形成される。ここで,多層膜の成膜時には,蒸発源2a及び2bからの輻射熱による基材21bの過剰な温度上昇を防止するために,液送ポンプ27aを動作させて,冷ブラインタンク29bに充填されている約-5℃に温度制御された不凍液を接続配管25aに所定の流量で流し込む。これにより,約-5℃に温度制御された不凍液は,回転軸体7uの内部に形成されているパイプ7gの内部を流れ,基材ホルダ6bの内部に形成されている冷却パイプ7jの内部を基材ホルダ6bの中央部から端部に向かって流れる。そして,基材ホルダ6bの端部に達した不凍液は該端部でUターンして基材ホルダ6bの中央部へ向けて流れ,回転軸体7uの内部に形成されているパイプ7fの内部を流れて排出パイプ22aから排出される。又,この時,液送ポンプ27bを動作させて,温ブラインタンク29aに充填されている約25℃に温度制御された不凍液を供給パイプ22bに所定の流量で流し込む。これにより,約25℃に温度制御された不凍液は,回転軸体7uの内部に形成されているパイプ7nの内部を流れ,基材ホルダ6bの内部に形成されている加温パイプ7qの内部を基材ホルダ6bの中央部から端部に向かって流れる。そして,基材ホルダ6bの端部に達した不凍液は該端部でUターンして基材ホルダ6bの中央部へ向けて流れ,回転軸体7uの内部に形成されているパイプ7mの内部を流れて排出パイプ23bから排出される。このように,成膜中において基材ホルダ6bに対し冷ブライン及び温ブラインを前述の如く供給することにより,基材21bは,基材ホルダ6bを介して間接的にかつ面内均一に冷却される。」 (エ)「【0063】 尚,以上の説明では,真空成膜装置としてイオンプレーティング装置を例示して説明したが,特にこのイオンプレーティング装置に限定されることは無く,基材ホルダに基材を装着して樹脂製若しくは樹脂を有する基材上に高多層の多層膜を成膜等する真空成膜装置等全般において本発明を実施又は応用することができる。」 上記(ア)ないし(エ)からみて,引用例3には,次の技術的事項が記載されていると認められる。 「真空チャンバ内に設けられた基材ホルダに基材を装着し,前記真空チャンバ内を実質的な真空状態に保持し,前記真空チャンバの内部で2以上の蒸発源から蒸発材料を蒸発させ,該蒸発させた前記蒸発材料を所定の順序で前記真空チャンバの内部に拡散させ,該拡散させた前記蒸発材料を前記基材の蒸着面に蒸着させて前記蒸発材料からなる多層膜を前記基材の蒸着面上に成膜する成膜方法において, 成膜時に基材の温度が上昇して基材の形状が変形又は変質等し,基材上に成膜される薄膜の光学特性が悪化するという問題が発生することがあるので,特に基材が耐熱限界温度を有する樹脂で構成され,多層膜の層数が例えば30層以上の高多層である場合には,成膜中に,低温に温度制御された不凍液を前記基材ホルダ内の流路に流して基材ホルダを冷却して,基材ホルダに装着された基材を所望の温度となるように冷却しながら成膜を行うのが良いこと。」 (3)対比 本願補正発明と引用発明とを対比する。 ア 引用発明の「熱可塑性樹脂からなる透明樹脂基板」,「蒸着温度150℃でシリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とを,蒸着により交互に積層し,積層数が片面で25,両面で50となるように形成」することで得られる「誘電体多層膜」,「近赤外線カットフィルター」,「近赤外線カットフィルターを製造する方法」,「ガラス転移点」及び「蒸着温度」は,それぞれ,本願補正発明の「透明合成樹脂基板」,「複数層から成る蒸着膜」,「光学フィルタ」,「光学フィルタの製造方法」,「ガラス転移温度」及び「成膜開始から成膜終了までの全層」における「各層毎」の「成膜面の温度」に相当する。 イ 引用発明の「近赤外線カットフィルター」は,「蒸着温度150℃でシリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とを,蒸着により交互に積層し,積層数が片面で25,両面で50となるように形成」することで得られる「誘電体多層膜」を,「透明樹脂基板」である基体の両面に有しているから,本願補正発明の「透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成」した「光学フィルター」に相当する。 ウ 引用発明によって製造される「近赤外線カットフィルター」において,近赤外線に属する波長領域の光の透過率が可視光に属する波長領域の光の透過率よりも低いことが当業者に自明であるから,引用発明の「近赤外線カットフィルター」は本願補正発明の「少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を,他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルター」に相当し,本願補正発明の「紫外線及び近赤外線カット用の光学フィルタ」とは「近赤外線カット用」である点で一致する。 エ 引用発明の「透明樹脂基板」である基体は,ガラス転移点が170℃である「JSR(株)製のノルボルネン系透明樹脂『アートンF』」からなるから,本願補正発明の「厚さが0.1mm以下,曲げ弾性率が4000MPa以上,ガラス転移温度が70℃以上」の「透明合成樹脂基板」とは,「ガラス転移温度が70℃以上」の「透明合成樹脂基板」である点で一致する。 オ 引用発明の「蒸着温度150℃でシリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とを,蒸着により交互に積層し,積層数が片面で25,両面で50となるように形成」することで得られる「誘電体多層膜」は,「透明樹脂基板」である基体の両面に同じ積層数で形成されるものであるから,表面に形成される「誘電体多層膜」と裏面に形成される「誘電体多層膜」は同程度の膜厚であることは明らかである。 したがって,引用発明の「蒸着温度150℃でシリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とを,蒸着により交互に積層し,積層数が片面で25,両面で50となるように形成」することは,本願補正発明の「光学フィルタの製造方法」における「透明合成樹脂基板の両面に同程度の膜厚となるように複数層から成る蒸着膜を形成する」ことに相当する。 カ 上記アないしオから,本願補正発明と引用発明とは, 「透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成し,少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を,他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタの製造方法であって, ガラス転移温度が70℃以上の前記透明合成樹脂基板の両面に同程度の膜厚となるように前記複数層から成る蒸着膜を形成する近赤外線カット用の光学フィルタの製造方法。」である点で一致し,次の点で相違している。 相違点1:製造時に用いる透明合成樹脂基板の厚さについて,本願補正発明では0.1mm以下であるのに対して,引用発明では0.2mmである点。 相違点2:製造時に用いる透明合成樹脂基板の曲げ弾性率について,本願補正発明では2400MPa以上であるのに対して,引用発明ではそのような構成が特定されていない点。 相違点3:透明合成樹脂基板の両面に複数層から成る蒸着膜を形成する際に,本願補正発明では,透明合成樹脂基板を,冷媒により冷却される冷却板上に配置し,前記透明合成樹脂基板を冷却しながら成膜開始から成膜終了までの全層において各層毎に成膜面の温度を70℃以下にして形成するのに対して,引用発明では,蒸着温度150℃で形成する点。 相違点4:本願補正発明により製造される光学フィルタが近赤外線のみをカットするのでなく,紫外線をもカットするのに対して,引用発明により製造される近赤外線カットフィルターは,近赤外線をカットするものの,紫外線をカットする機能は有していない点。 (4)判断 上記相違点1ないし4について検討する。 ア 相違点1について 引用例1には,透明基板の厚みを0.1?1.0mmという範囲内の値とすることができること,及び,透明基板の厚みを当該範囲内の値とすることで近赤外線カットフィルターを軽量化,薄型化できることが記載されているところ(上記3(2)ア(エ)の【0038】及び【0039】を参照。),軽量化,薄型化という効果を最大限に得るために,引用発明における熱可塑性樹脂からなる透明樹脂基板として,厚さが上記記載中の0.1?1.0mmという範囲の下限値である0.1mmのものを用いることは,当業者が適宜なし得た設計上の事項である。 そして,上記0.1mmという透明樹脂基板の厚さの値は,本願補正発明の透明合成樹脂基板の厚さである「0.1mm以下」という範囲内の値であるから,当業者であれば,引用発明において,上記のように引用例1自体に記載された効果を発揮させるために,熱可塑性樹脂からなる透明樹脂基板として厚さが0.1mmのものを用いるという変更を行うことで,相違点1に係る本願補正発明の構成を容易に想到し得たものである。 イ 相違点2について (ア)引用例1には,ガラス転移温度が90℃以上500℃以下であると誘電体層と透明樹脂基板の密着性に優れたものとなり(上記3(2)ア(エ)の【0017】及び【0019】を参照。),線膨張係数が9.0×10^(-5)/℃以下であると誘電体層の割れの少ないものとなる(上記3(2)ア(エ)の【0019】及び【0020】を参照。)ことが記載されており,引用発明の「透明樹脂基板」の材質として用いられる「JSR(株)製のノルボルネン系透明樹脂『アートンF』(ガラス転移点:170℃,線膨張係数:7.0×10^(-5))」は,引用例1の上記目的に基づき,ガラス転移温度及び線膨張係数の値が上記範囲内にある物質として選ばれたものである。 また,本願出願当初明細書の【0045】の比較例にも記載されているように,JSR株式会社製のArtonが3000MPa程度の曲げ弾性率を有していることは良く知られた事実であり,本願補正発明の2400MPa以上の曲げ弾性率である透明合成樹脂基板と引用発明の「アートンF」からなる基体とに実質的な差異はない。 (イ)なお,引用例1自体には,具体的な曲げ弾性率についての記載がないことから,この点について一応検討してみると,まず,引用発明によって製造される「近赤外線カットフィルター」は,「自動車や建物などのガラスなどに装着される熱線カットフィルター」や「デジタルスチルカメラや携帯電話用カメラなどのCCDやCMOSなどの固体撮像素子の視感度補正」といった用途に用いられるところ(上記3(2)ア(エ)の【0059】を参照。),引用発明の「近赤外線カットフィルター」についても,引用例2記載の技術的事項における「透視性電磁波シールド・近赤外線カット材料」と同様に,高温下等の「広範な環境下」で使用できるようにしたほうが望ましいことが当業者に自明である。 (ウ)引用例2記載の技術事項において,「高温下でも反りにくく,傷つきにくい」という効果を得るための「プラスチック製透明基材」の条件は,熱変形温度が140?360℃,熱線膨張係数(引用発明の「線膨張係数」に相当する。)が6.2×10^(-5)cm/cm・℃以下(当該「cm/cm・℃」なる単位は,引用発明の「線膨張係数」の単位「/℃」と一致する。),鉛筆硬度が2H以上,曲げ強度が120?200N/mm^(2) ,曲げ弾性率が3000?5000N/mm^(2)(当該「N/mm^(2)」なる単位は,本願補正発明の「曲げ弾性率」の単位「MPa」と一致する。),引張強度が70?120N/mm^(2) というものであるところ,上記「曲げ弾性率」が「高温下でも反りにくく」という効果に影響するパラメータであることが当業者に自明である。 (エ)上記(ア)ないし(ウ)からみて,引用発明において,製造される「近赤外線カットフィルター」をできるだけ「高温下で反りにくく」することで高温という環境下でも使用できるようにするために,「透明樹脂基板」の材質である熱可塑性樹脂として,引用例1において必須とされた「ガラス転移温度が90℃以上500℃以下で,線膨張係数が9.0×10^(-5)/℃以下」という条件を満たした上で,さらに,曲げ弾性率が3000?5000N/mm^(2)であるようなものを,「JSR(株)製のノルボルネン系透明樹脂『アートンF』(ガラス転移点:170℃,線膨張係数:7.0×10^(-5))」に代えて用いることは,引用例2記載の技術事項に基づいて当業者が容易になし得たことである。 (オ)上記(エ)の曲げ弾性率の範囲「3000?5000N/mm^(2)」は,本願補正発明の透明合成樹脂基板の曲げ弾性率である「2400MPa以上」という範囲内の値であるから,当業者であれば,引用発明において,「透明樹脂基板」の材質である熱可塑性樹脂として「曲げ弾性率が3000?5000N/mm^(2)であるようなものを用いる」ことで,相違点2に係る本願補正発明の構成を容易に想到し得たものである。 ウ 相違点3について (ア)引用発明において蒸着温度として150℃という値を採用する理由は,引用例1には明記されていないが,物質の温度をガラス転移温度近傍に上昇させると当該物質が変形しやすくなるため,蒸着温度は基材のガラス転移温度よりもある程度低い温度とすべきものであることが当業者に自明であること(特開2006-256209号公報の【0016】,特開平7-76048号公報の【0013】等を参照。),引用発明においては「透明樹脂基板」の材質である「JSR(株)製のノルボルネン系透明樹脂『アートンF』」のガラス転移温度は170℃であり,蒸着温度が当該ガラス転位温度より20℃低い温度であること,及び,引用例1に記載された引用発明以外の実施例2ないし5において,蒸着温度がいずれも「透明樹脂基板」のガラス転移温度より20℃以上低い温度となっていること(上記3(2)ア(オ)の【0065】ないし【0070】を参照。)からみて,引用発明においては,誘電体多層膜の成膜時における「透明樹脂基板」の変形を防止するために,「透明樹脂基板」のガラス転移温度より20℃低い温度である150℃が,蒸着温度として設定されたものと認められる。 (イ)引用例1には,ガラス転移温度が90℃以上500℃以下の範囲にある熱可塑性樹脂を用いると,誘電体層と透明樹脂基板の密着性に優れたものとなることが記載されていることから(上記3(2)ア(エ)の【0017】及び【0019】を参照。),引用発明の「透明樹脂基板」の材質として用いられる熱可塑性樹脂として,ガラス転移温度が170℃である「JSR(株)製のノルボルネン系透明樹脂『アートンF』」に代えて,上記範囲内の値である90℃(本願補正発明のガラス転移温度の範囲内の値である。)というガラス転移温度の熱可塑性樹脂を用いることは,当業者が行う通常の創作能力の発揮でしかないところ,当該熱可塑性樹脂からなる「透明樹脂基板」に誘電体多層膜を成膜する際の蒸着温度を,当該熱可塑性樹脂のガラス転移温度90℃より20℃低い70℃もしくはそれより低い値に設定することは,上記(ア)からみて,当業者が当然に考慮すべき設計上の事項である。 (ウ)蒸着温度が「70℃もしくはそれより低い値」等の低温での蒸着で多層膜を形成する際に,基板を冷媒により冷却される基板ホルダ上に配置し,基板を冷却しながら蒸着するような冷却手段を用いることは周知の事項にすぎない(後述の(カ)を参照。)。加えて,引用例3は,「電子ビームを照射することにより蒸着源の温度が上昇し,その温度上昇した蒸発源からの輻射熱によって基材の温度が上昇・・・(中略)・・・その基材を構成する樹脂の耐熱温度を超える場合がある」(上記3(2)ウ(ア)の【0008】を参照。)ことや,「多層膜が高多層になるにつれて成膜時間が長時間となり,輻射熱による基材の加熱が促進されるので,基材の温度がその基材を構成する樹脂の耐熱温度を超える危険性がより一層高まる」(上記3(2)ウ(ア)の【0008】を参照。)ことから,「特に基材が耐熱限界温度を有する樹脂で構成され,多層膜の層数が例えば30層以上の高多層である場合には,成膜中に,低温に温度制御された不凍液を前記基材ホルダ内の流路に流して基材ホルダを冷却して,基材ホルダに装着された基材を所望の温度となるように冷却しながら成膜を行うのが良いこと」(引用例3記載の技術的事項)を開示しているところ,上記(ア)に示したように,引用発明において,蒸着温度を所定の温度にするのは,誘電体多層膜の成膜時における透明樹脂基板の変形を防止するという,引用例3に記載の目的と同様の目的のためと認められ,また,引用例1には,基板両面の積層数全体として通常10?80層とすることが記載され(上記3(2)ア(エ)の【0046】を参照。),引用発明自体も両面で50層であり,多層膜の用途に応じて適宜引用例3に記載の「高多層」状態となるものである。 したがって,引用発明において,蒸着温度を「70℃もしくはそれより低い値」に設定するための具体的手段として,引用例3記載の技術的事項の「成膜時に,低温に温度制御された不凍液を前記基材ホルダ内の流路に流して基材ホルダを冷却して,基材ホルダに装着された基材を所望の温度となるように冷却しながら成膜を行う」という手段を採用することは,引用例3記載の技術的事項に基づいて当業者が容易になし得たことである。 (エ)上記(イ)及び(ウ)からみて,引用発明において,「透明樹脂基板」の材質としてガラス転移温度が90℃の熱可塑性樹脂を用い,蒸着温度を70℃もしくはそれより低い値に設定するとともに,当該蒸着温度を制御する手段として,低温に温度制御された不凍液を「透明樹脂基板」が装着される基材ホルダ内の流路に流して基材ホルダを冷却して,「透明樹脂基板」を所望の温度となるように冷却しながら成膜を行うという手段を採用することは,引用例1の記載及び引用例3記載の技術的事項に基づいて当業者が容易になし得たことである。 (オ)上記(エ)の「70℃もしくはそれより低い値」という蒸着温度の値は,本願補正発明の「70℃以下」という成膜面の温度の範囲と一致し,上記エの「不凍液」及び「基材ホルダ」は,本願補正発明の「冷媒」及び「冷却板」にそれぞれ相当するから,当業者であれば,引用発明において,「蒸着温度を70℃もしくはそれより低い値に設定するとともに,当該蒸着温度を制御する手段として,低温に温度制御された不凍液を透明樹脂基板が装着される基材ホルダ内の流路に流して基材ホルダを冷却して,透明樹脂基板を所望の温度となるように冷却しながら成膜を行う」ことで,引用発明において相違点3に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものである。 (カ)また,引用例3のほかにも,例えば,特開平10-287969号公報(【0002】ないし【0007】,【0013】,【0025】ないし【0027】等を参照。)や特開2006-137968号公報(【0002】ないし【0010】,【0032】,【0039】ないし【0041】等を参照。)等にも示されているように,「光学部品の技術分野において,基板上に薄膜を蒸着により形成する際の基板の温度上昇による熱変形を防止するために,基板を冷媒により冷却される基板ホルダ上に配置し,基板を冷却しながら蒸着すること」(以下「周知技術1」という。)は,本願出願前に周知である。 したがって,上記(イ)ないし(オ)と同様の理由で,当業者であれば,引用発明において,周知技術1を適用することで,相違点3に係る本願補正発明の構成を容易に想到し得たということもできる。 エ 相違点4について 例えば,特開2006-178261号公報(【0002】ないし【0004】,【0025】等を参照。),特開2004-163869号公報(【0002】,【0020】,【0021】等を参照。),特開2006-262106号公報(【0009】,【0052】,【0055】等を参照。)等に示されているように,「TiO_(2)からなる高屈折率層とSiO_(2)からなる低屈折率層を交互に積層した誘電体多層膜で構成され,紫外線と赤外線とをカットする機能を有し,CCD等の固体撮像素子に入射する光の波長を人間の眼の感度にあったものとするために用いられる光学フィルタ。」(以下「周知技術2」という。)は,本願出願前に周知である。 引用発明によって製造される「近赤外線カットフィルター」は,「デジタルスチルカメラや携帯電話用カメラなどのCCDやCMOSなどの固体撮像素子の視感度補正」といった用途に用いられるものであり,かつ,シリカ(SiO_(2):膜厚120?190nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?120nm )層とを交互に積層し,積層数が片面で25,両面で50となるように,基体の両面に誘電体多層膜を形成したものであるところ(上記3(2)ア(エ)の【0059】を参照。),固体撮像素子に入射する光の波長を人間の眼の感度にあったものとするために,引用発明によって製造する「近赤外線カットフィルター」の「誘電体多層膜」の積層数(上記特開平10-287969号公報の【0004】,【0025】を参照。)や膜厚(すなわち膜厚を決定するための設計波長。上記「第2 3(2)ア(エ)」の【0045】を参照。)を,近赤外線ばかりでなく,紫外線をもカットするようなものに調整することで,相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは,周知技術2に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。 (5)効果について 本願補正発明の奏する効果は,引用例1ないし3の記載及び周知技術2に基づいて,または,引用例1,2の記載及び周知技術1,2に基づいて,当業者が予測できた程度のものである。 (6)独立特許要件についてのまとめ したがって,本願補正発明は,引用発明,引用例2,3記載の技術的事項,及び,周知技術2に基づいて,または,引用発明,引用例2記載の技術的事項,及び,周知技術1,2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 したがって,補正事項エ及びカを含む本件補正は,改正前特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明について 1 本願発明 本件補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項3に係る発明(以下「本願発明」という。)は,平成24年2月1日付けの手続補正によって補正された特許請求の範囲及び明細書の記載からみて,上記「第2 1(1)ア」に本件補正前の請求項3として示したとおりのものと認められる。 2 引用例 原査定の拒絶の理由に引用された引用例1ないし3の記載事項については,上記「第2 3(2)」のとおりである。 3 対比・判断 本願発明と引用発明とを対比すると,本願発明と引用発明とは,上記「第2 3(3)カ」にて示した相違点1及び2(ただし「本願補正発明」を「本願発明」に読み替える。)に加えて次の点で相違し,その余の点で一致する。 相違点3’:透明合成樹脂基板の両面に複数層から成る蒸着膜を形成する際に,本願補正発明では,透明合成樹脂基板を,冷媒により冷却される冷却板上に配置し,基板を冷却しながら基板の両面に複数層から成る蒸着膜を形成するのに対して,引用発明では,蒸着温度150℃で形成するものの,どのようにして蒸着温度を制御するのかは不明な点。 引用発明において,相違点1及び相違点2に係る本願補正発明の構成とすることは,上記「第2 3(4)ア」及び上記「第2 3(4)イ」と同様の理由で,引用例1の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たこと,及び,引用例2記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。 上記相違点3’に係る本願発明の構成は,上記相違点3に係る本願補正発明の構成から,「透明合成樹脂基板を冷却しながら成膜開始から成膜終了までの全層において各層毎に成膜面の温度を70℃以下にして形成する」なる限定を省いたものであるから,上記「第2 3(4)ウ(ア)」ないし「第2 3(4)ウ(オ)」に示したように,引用発明において相違点3に係る本願補正発明の構成とすることが引用例3記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことである以上,同様の理由で,引用発明において相違点3’に係る本願発明の構成とすることは引用例3記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。 そして,本願発明の奏する効果は,引用例1ないし3の記載に基づいて,当業者が予測できた程度のものである。 したがって,本願発明は,引用発明,引用例2,3記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 4 むすび 以上のとおり,本願発明は,引用発明,引用例2,3記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。 したがって,本願は,他の請求項について検討するまでもなく,拒絶すべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2014-01-30 |
結審通知日 | 2014-02-04 |
審決日 | 2014-02-17 |
出願番号 | 特願2006-295469(P2006-295469) |
審決分類 |
P
1
8・
573-
Z
(G02B)
P 1 8・ 121- Z (G02B) P 1 8・ 572- Z (G02B) P 1 8・ 574- Z (G02B) P 1 8・ 571- Z (G02B) P 1 8・ 575- Z (G02B) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 西岡 貴央、早川 貴之 |
特許庁審判長 |
藤原 敬士 |
特許庁審判官 |
鉄 豊郎 清水 康司 |
発明の名称 | 光学フィルタの製造方法 |
代理人 | 日比谷 洋平 |
代理人 | 日比谷 征彦 |