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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G06Q
管理番号 1286808
審判番号 不服2012-20358  
総通号数 174 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-06-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-10-16 
確定日 2014-04-10 
事件の表示 特願2006- 6127「結果予測装置」拒絶査定不服審判事件〔平成18年11月 9日出願公開、特開2006-309709〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は平成18年1月13日(優先権主張 平成17年3月30日 日本)の出願であって,平成23年11月17日付けの拒絶理由通知に対して,平成24年1月19日に意見書の提出とともに手続補正がなされ,平成24年7月9日付けで拒絶査定され,これに対し,平成24年10月16日に審判が請求されたものである。

第2 本願発明
平成24年1月19日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の記載によれば,本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。
「製造条件とその結果を格納した実績データベースの各サンプルと要求点との類似度を計算する手段と,
前記類似度を重みとした重み付き回帰により要求点近傍の予測式を作成する手段と,
前記予測式のパラメータを,対象の物理的特性の制約条件として上限値および/または下限値を設けた上で,数理計画法により求める手段と,
前記予測式を用いて,要求点の結果を予測する手段とを備えたことを特徴とする結果予測装置。」

第3 原査定の拒絶の理由について
原査定の拒絶理由の概要は,以下のとおりである。
【拒絶理由】
『この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記(引用文献等については引用文献等一覧参照)
【請求項 1-3】
・引用文献 1
・備考
引用文献1には,条件の値と,その条件によって得られた結果とを保存した実績データベースを備え,前記実績データベースに保存されているデータと結果を予測したい要求条件との類似度を計算し,得られた類似度に基づいて,前記要求条件近傍の予測式を作成し,得られた予測式に基づいて,要求条件に対する結果を計算する結果予測装置,の発明(以下,引用文献1記載の発明という)が記載されている。
(途中略)
引用文献等一覧
1.特開2004-355189号公報』
【拒絶査定】
『この出願については,平成23年11月17日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶をすべきものです。
なお,意見書及び手続補正書の内容を検討しましたが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせません。
備考
[理由:特許法第29条第2項について]
・請求項1
(途中略)
しかしながら,周知文献1(特に【0064】-【0072】)に記載されているように,当然満たしているべき物理(化学)法則に矛盾する結果が出ることを防ぐために,予測式のパラメータを算出する際に,物理(化学)法則に関する制約条件を考慮し,最適化問題を解くことは周知であって,引用文献1に記載された発明においても,物理(化学)法則に関する制約条件を考慮し,最適化問題を解くようすることは当業者が容易になし得たことである。
(途中略)
周知文献等一覧
1.特開2004-62440号公報 』

第4 当審の判断
1.引用例について。
(1)引用例について。
原査定の拒絶理由通知で引用文献として引用した「特開2004-355189号公報」(以下「引用例」という。)には,図面とともに以下のことが記載されている。
(以下「引用例摘記事項」という。)
(ア)「【0001】【発明が属する技術分野】
本発明は,結果予測装置に係り,特に過去に適用した条件及びその条件を適用して得られた結果を実績データとして格納したデータベースを使用し,任意の要求条件に対する結果を予測する際に適用して好適な結果予測装置に関する。」
(イ)「【0010】【課題を解決するための手段】
本発明は,過去の条件の値と,その条件によって得られた結果とを保存した実績データベースと,実績データベースに保存されている条件により規定される条件空間において,結果を予測したい要求条件の近傍における各条件の結果に対する影響係数を計算する手段と,得られた影響係数に基づいて条件空間の軸を変換し,変換された条件空間において,前記実績データベースに保存されている過去の条件の値と前記要求条件との距離を計算する手段と,得られた距離に基づいて,各条件の値と前記要求条件との類似度を計算する手段と,得られた類似度に基づいて,前記要求条件近傍の予測式を作成する手段と,得られた予測式に基づいて,要求条件に対する結果を計算する手段とを備えたことにより,前記課題を解決したものである。
【0011】即ち,本発明においては,結果を予測したい要求条件から実績データとして保存されている各条件までの距離を,該要求条件の近傍における各条件の結果に対する影響係数に基づいて軸変換した条件空間において計算するようにしたので,該距離に基づいて特別なルールを入力することなく,複雑・非線形な対象についても,要求条件に対する結果を高精度に予測することができる。
【0012】本発明は,又,前記影響係数が,前記要求条件の近傍における各条件と結果との関係を近似する線形式における各条件に対する係数であるようにすることができる。
【0013】本発明は,又,予測計算する前記結果が,鋼材の材質であるようにすることができる。」
(ウ)「【0014】【発明の実施の形態】
以下,図面を参照して,本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】図1は,本発明に係る一実施形態の結果予測装置の要部構成を示すブロック図である。
【0016】本実施形態の結果予測装置は,過去に適用した条件の値と,その条件によって得られた結果とを保存した実績データベース10と,該実績データベース10に保存されている条件により規定される条件空間において,結果を予測したい要求条件の近傍における各条件が,結果に対して影響する程度を表わす影響係数を計算する影響係数計算部12と,得られた影響係数に基づいて,条件空間の軸を変換し,変換された条件空間において,前記実績データベースに保存されている過去の条件の観測値と前記要求条件との距離を計算する距離計算部14と,得られた距離に基づいて,各条件の観測値と前記要求条件との類似度を計算する類似度計算部16と,得られた類似度に基づいて,前記要求条件近傍の予測式を作成する予測式作成部18と,得られた予測式に基づいて,要求条件に対する結果を計算する予測計算部20とを備えている。以下,本実施形態の予測装置について詳述する。
【0017】前記実績データベース10には,図2のテーブルで示すように,実績データとして,過去に適用された条件であるM個の入力変数と,これらの入力変数の組合せにより得られた(観測された)結果である出力変数からなるN個の観測データが,予め保存されているとする。このようにデータベースで与えられる観測データとしては,例えば製鉄の場合であれば,鉄鋼の素材成分や操業条件を入力変数(条件)とし,鉄鋼の材質,例えば強度を出力変数(結果)とする例を挙げることができる。
【0018】 ここでは,図示してあるように,出力変数の項目名称をY,M個の入力変数の項目名称をXm(m=1,2,…,M)とする。観測データはN個あり,n番目(n=1,2,…,N)の出力変数の値をynとし,入力変数の値をxmnと表記することにする。
(当審注:ここでmは下付文字であり,nは上付文字である。)
【0019】前記影響係数計数部12では,図2に示したM個の入力変数により規定される条件空間において,要求条件の近傍に位置する各条件について,過去に得られている結果に対する影響係数を計算により求める。ここでは,結果を予測したい要求条件を入力ベクトルとし,これを
xr=[x1r,x2r,…,xMr]T …(1)
で表記する。
(当審注:式(1)の1?Mは下付文字であり,rとTとは上付文字である。)
【0020】まず,大域的な回帰式のパラメータを推定する。即ち,図2で,与えられたN個の観測データを用いて,結果(Y)を予測するための回帰式モデルを作成し,該回帰式のパラメータを推定する。
【0021】モデル式は次の線形式
Y=b+a1・X1+a2・X2+…+aM・XM …(2)
とし,この回帰式のパラメータ:b,a1,a2,…,aMを最小2乗法により求める。(当審注:式(2)の1?Mは下付文字である。)
【0022】このパラメータから定数bを除いて係数のみを抽出した次式の偏回帰係数ベクトル
α=[a1,a2,…,aM]T …(3)
を,次に説明する距離計算に用いる影響係数とする。
(当審注:式(3)の1?Mは下付文字であり,Tは上付文字である。)
【0023】前記距離計算部14では,各観測データの入力変数について,前記要求条件からの距離計算を行なう。そのために,まず入力空間(条件空間)のある点x=[x1,x2,…,xM]Tに対する,前記(1)式の要求条件xrからの距離Lを計算するための距離関数を,前記(3)式の影響係数を考慮した次式
【数1】
L(X,Xr,α)=sum{m=1}?{M}|am|・|Xm-Xmr|…(4)
により定義する。
(当審注:式(4)のsumはΣであり,am,Xmのmは下付文字であり,rは上付文字である。)
【0024】この(4)式では,各変数と要求条件との差の絶対値に,それぞれ影響係数amの絶対値を掛けたものを,全ての変数について足し合わせる処理を行なっている。
【0025】前記(3)式で与えられる偏回帰係数(影響係数)amは,出力変数Yの変化量に対する各入力変数Xmの寄与度と考えることができる。従って,上記(4)式の距離関数は,その寄与度を加味した重み付きの距離を表わしていることになる。
【0026】又,この距離関数により距離を計算することは,同時にこの影響係数により条件空間における軸変換の操作を実行していることになる。これを,便宜上,X1,X2の2次元に対する出力変数Yの場合の観測データの空間におけるデータ分布のイメージが,図3(A)に破線で囲んだ点で示すようであるとし,このデータ分布における要求条件近傍の回帰式が,
Y=b+a1X1+a2X2 …(2´)
で表わされるとすると,同図(B)に示すように,影響係数a1,a2を用いて軸をX1/|a1|,X2/|a2|に変換し,この軸変換された空間におけるxとxrとの距離Lを計算していることになる。因みに,正規化ユークリッド距離の場合は,各変数に対応する条件軸をそれぞれのデータ分布の標準偏差で割っているが,ここでは係数で割っている。
(当審注:段落【0024】?【0026】のmは下付文字であり,1,2は下付文字であり,rは上付文字である。
【0027】次いで,前記(4)式で定義した距離関数を用いて,各観測データの要求条件からの距離を計算する。即ち,前記図2に示したN個の観測データのそれぞれについて,要求条件xrからの距離を求める。
【0028】具体的には,n番目(n=1,2,…,N)の観測データxnの要求条件からの距離は,次の式
Ln=L(xn,xr,α) …(5)
ここで,xn=[x1n,x2n,…,xMn]T
n=1,2,…,N
から求めることができる。又,1?N番目の観測データについて計算された要求条件からの各距離をまとめて次式
l=[L1,L2,…,LN]T …(6)
のように表記する。
当審注:式(5)や式(6)などのnは上付小文字であり,rは上付小文字であり,1?Nは上付小文字であり,Tは上付小文字である。)
【0029】前記類似度計算部16では,以上のように,対象とする全ての観測データについて,要求条件からの距離計算を実行した後,各観測データの要求条件からの類似度を計算する。そのために,まず要求条件からの近さを表わす類似度関数Wを,次式W(L,p,l)=exp{-(L/(p・σ(l)))2} …(7)ここで,σ(l):正規化に使用するlの標準偏差p:調整パラメータ(初期値:1.5)のように定義する。
(当審注:式(7)の2は自乗の上付文字である。)
【0030】図4には,この類似度関数の特徴を示す。即ち,前記(5)式により得られる各観測データの要求条件からの距離が短いほど類似度が高く,長いほど低い値をとる。なお,類似度関数はこれに限定されず,同様の特徴を持つ,例えば折れ線関数としても,あるいは,前記非特許文献1に記載されているトリキューブ関数を用いてもよい。
【0031】次に,上記のように定義した類似度関数を用いて,各観測データの要求条件からの類似度を計算する。即ち,前記図2のN個の観測データそれぞれについて,前記(5)式により計算された距離を用いて要求条件からの類似度を求める。
【0032】n番目(n=1,2,…,N)の観測データの要求条件からの類似度は,次の式Wn=W(Ln,p,l) …(8)
(n=1,2,…,N)
から求めることができる。又,ここでは,1?N番目の観測データの要求条件からの類似度を求めて次式
w=[W1,W2,…,WN]T …(9)
のように表記する。
(当審注:式(8)のnは上付文字であり,式(8)(9)の1?Nは上付文字である。)
【0033】前記予測式作成部18では,以上のように全ての観測データについて要求条件からの類似度の計算が終了した後,局所回帰式のパラメータを推定計算し,与えられたN個の観測データと,それぞれの類似度wを用いて,回帰式モデルを作成する。
【0034】モデル式は,次の線形式
Y=b+a1・X1+a2・X2+…+aM・XM …(10)
とする。この式が,要求条件の結果を予測するために使用する最終的な予測式である。
(当審注:式(10)の1?Mは下付文字である。)
【0035】便宜上,この予測式(10)は,前記(2)式の線形式と同一式で表わされているが,この(10)式では,パラメータθ=[b,a1,a2,…,aM]Tを,類似度wを重みとする重み付き最小2乗法により求める。
(当審注:パラメータθの1?Mは下付文字であり,Tは上付文字である。)
【0036】このようにすることにより,類似度の大きい観測データ(要求点(条件)に近いデータ)は,重みが大きく,類似度の小さい観測データ(要求点から遠いデータ)は,重みが小さくなるような回帰式が得られ,要求条件の近傍のデータをより精度良くフィッティングする回帰式モデルができる。
【0037】ここに,(10)式の局所回帰式と前述した(2)式の大域的な回帰式との差異を説明する。局所回帰式と大域的な回帰式は,いずれも実績データベース10に蓄積されているすべての観測データを用いて,パラメータを最小2乗法を用いて推定することにより求めるが,大域的回帰式(2)は,すべての観測データの重みを等しくして,最小2乗法によりパラメータを推定しているため,どの要求条件においても,パラメータは同じ値になり,製造条件空間すべてにおいて共通な,即ち大域的に使用できる回帰式である。
【0038】これに対し,局所回帰式(10)は,要求条件に近い観測データの重みを大きくして,遠い観測データの重みを小さくして,最小2乗法によりパラメータを推定しているため,要求条件の値によって,パラメータの値は異なり,局所的にしか使用できない(有効でない)が,精度の高い回帰式である。
【0039】前記予測計算部20では,要求条件の値を,上で得られた局所回帰式(10)の右辺に与えて,結果予測値を計算する。」
(エ)「【0042】本発明の方法を,薄鋼板の強度推定に適用したところ,図6に示すような実績値に対する予測値の結果が得られた。なお,この図の単位MPaはメガパスカルである。
【0043】この図6に示した予測精度評価は,100個の熱延鋼板の観測データを基に評価を行った結果であり,100個の中の1つの観測データの例を次に示す。
【0044】板厚:15.66[mm],板幅:1257[mm],
化学成分[%]C:0.063,Si:0.19,Mn:1.44,P:0.018,S:0.0023,Al:0.021,Nb:0.04,V:0.019,Ti:0.008,Cu:0.01,Ni:0.01,Cr:0.03,Ca:0.0001,N:0.0038,O:0.0036,Mo:0.001,B:0.001,
加熱炉抽出温度:1191[℃],仕上ミル前面温度:948[℃],仕上ミル後面温度:824[℃],巻取温度:519[℃]
【0045】この図6の結果より,1σ=9.9[MPa]の精度が得られ,前記特許文献1に開示されている従来方法(条件空間のマハラノビス距離を用いる場合)に比べて,推定誤差の標準偏差を35%低減できた。」

(2)引用発明について。
上記(1)の摘記事項(ア)?(エ)によれば,引用例1には,以下の発明が開示されている。
(以下「引用発明」という。)
「鉄鋼の素材成分や操業条件を入力変数とし,鉄鋼の強度を出力変数とした実績データであって,過去に適用された条件であるM個の入力変数と,これらの入力変数の組合せにより得られた観測結果である出力変数からなるN個の観測データを,出力変数項目名称Y,M個の入力変数項目名称Xm(m=1,2,…,M)とするN個の観測データであって,n番目(n=1,2,…,N)の出力変数の値をyn,入力変数の値をxmnとして実績データとして蓄積し,
各観測データの入力変数について,要求条件からの距離計算を行なうために,入力空間のある点x=[x1,x2,…,xM]Tに対する,要求条件xrからの距離Lを計算するための距離関数を「L(X,Xr,α)=sum{m=1}?{M}|am|・|Xm-Xmr|…(4)」とし,この距離関数を用いて,各観測データの要求条件からの距離,つまり,N個の観測データのそれぞれについて,要求条件xrからの距離を求め,対象とする全ての観測データについて,要求条件からの距離計算を実行し,
各観測データの要求条件からの類似度を,要求条件からの近さを表わす類似度関数「W(L,p,l)=exp{-(L/(p・σ(l)))2}…(7),(σ(l):正規化に使用するlの標準偏差,p:調整パラメータ(初期値:1.5))」として,n番目(n=1,2,…,N)の観測データの要求条件からの類似度を「Wn=W(Ln,p,l)…(8)」から求め,1?N番目の観測データの要求条件からの類似度を「w=[W1,W2,…,WN]T…(9)」として全ての観測データについて要求条件からの類似度の計算を行い,
与えられたN個の観測データと,それぞれの類似度wを用いて,回帰式モデルを作成するものであって,モデル式を「Y=b+a1・X1+a2・X2+…+aM・XM…(10)」とし,モデル式のパラメータθ=[b,a1,a2,…,aM]Tを,類似度wを重みとする重み付き最小2乗法により求めること,
適用例として具体的には,板厚[mm],板幅[mm],C,Si,Mn,P,S,Al,Nb,V,Ti,Cu,Ni,Cr,Ca,N,O,Mo,Bの各化学成分[%],加熱炉抽出温度[℃],仕上ミル前面温度[℃],仕上ミル後面温度[℃],巻取温度[℃]の100個の観測データから,熱延鋼板の強度を推定する結果予測装置。」

なお,上記引用発明の認定は,末尾の5行を除き,本件出願の出願人と同一の出願人の関連する後の出願(特願2006-294245号)に係る拒絶査定不服審判請求事件(不服2012-13398号)の審決の引用発明の認定と実質的に同じである。

2.対比
本願発明と,引用発明とを比較する。
(ア)引用発明は,距離関数を用いて,N個の観測データのそれぞれについて,要求条件xrからの距離を求め,対象とする全ての観測データについて,要求条件からの距離計算を実行し,各観測データの要求条件からの類似度を,要求条件からの近さを表わす類似度関数として全ての観測データについて要求条件からの類似度の計算を行い,与えられたN個の観測データと,それぞれの類似度wを用いて,回帰式モデルを作成するものであって,モデル式を「Y=b+a1・X1+a2・X2+…+aM・XM…」とし,モデル式のパラメータθ=[b,a1,a2,…,aM]Tを,類似度wを重みとする重み付き最小2乗法により求めるものであり,板厚[mm],板幅[mm],C,Si,Mn,P,S,Al,Nb,V,Ti,Cu,Ni,Cr,Ca,N,O,Mo,Bの各化学成分[%],加熱炉抽出温度[℃],仕上ミル前面温度[℃],仕上ミル後面温度[℃],巻取温度[℃]の100個の観測データから,熱延鋼板の強度を推定するものである。
(イ)つまり,引用発明は,熱延鋼板の強度「Y」を,「Y=b+a1・X1+a2・X2+…+aM・XM」(ここで,X1?XMは,板厚[mm],板幅[mm],C,Si,Mn,P,S,Al,Nb,V,Ti,Cu,Ni,Cr,Ca,N,O,Mo,Bの各化学成分[%],加熱炉抽出温度[℃],仕上ミル前面温度[℃],仕上ミル後面温度[℃],巻取温度[℃])の「モデル式」で推定するべく,「θ」つまり「b,a1?aM」の係数を求めるものである。
(ウ)他方,本願発明は,製造条件とその結果を格納した実績データベースの各サンプルと要求点との類似度を計算する手段と,類似度を重みとした重み付き回帰により要求点近傍の予測式を作成する手段とを有し(【0007】),制御量目標を定め,制御対象の製造条件実績及び,操作変数の基準値を入力し,製造条件としての要求点を局所モデル作成手段に出力し,得られた局所予測式から,操作量を決定するもの(【0022】)であって,【表1】の「板厚」,「スラブ厚」,「過熱炉抽出スラブ温度」,「制御圧延温度」などの温度,「化学成分Cr濃度」などの濃度,「材料試験片温度」などの各「項目」を各製造条件としてシャルピー吸収エネルギーを材質予測モデルで鋼材の強度を予測するシミュレーションでは,【表1】の「算出パラメータ」がモデル式の「θ」として決定され,モデル式により要求点の結果が得られるものである。
(エ)してみると,引用発明の「入力変数」と「出力変数」とを蓄積した「実績データ」,「観測データ」,「要求条件」「類似度」は,それぞれ本願発明の,「製造条件」とその「結果」を格納した「実績データベース」,「各サンプル」,「要求点」,「類似度」に相当する。
(オ)以上,(ア)?(エ)のことから,引用発明と本願発明とは,後記する点で相違するものの,「製造条件とその結果を格納した実績データベースの各サンプルと要求点との類似度を計算」し,「類似度を重みとした重み付き回帰により要求点近傍の予測式を作成」し,「予測式のパラメータを求め」,「予測式を用いて要求点の結果を予測」する「結果予測装置」である点で共通する。

そうすると引用発明と本願発明とは,以下の点で一致し,また相違する。
[一致点]
「製造条件とその結果を格納した実績データベースの各サンプルと要求点との類似度を計算する手段と,
類似度を重みとした重み付き回帰により要求点近傍の予測式を作成する手段と,
予測式のパラメータを求める手段と,
予測式を用いて,要求点の結果を予測する手段と
を備えたことを特徴とする結果予測装置」
[相違点]
本願発明が,「予測式のパラメータ」を,「対象の物理的特性の制約条件として上限値および/または下限値を設けた上で,数理計画法により求める」のに対して,引用発明は,そのような構成ではない点。

3.判断
[相違点]について。
(ア)本願明細書の記載によれば,[相違点]に係る事項はつまり,明細書の【表1】の「板厚」,「スラブ厚」,「過熱炉抽出スラブ温度」,「制御圧延温度」などの温度,「化学成分Cr濃度」などの濃度,などの各「項目」を製造条件として,鋼材の強度であるシャルピー吸収エネルギーを材質予測モデルで予測する際,各「項目」に「LOW」と「UP」の制約条件を設けること,具体的には,板厚の「LOW」が「0」であるから鋼材の強度は板厚が厚いほど強いこと,過熱炉抽出スラブ温度の「UP」が「0」であるから鋼材の強度は過熱炉抽出スラブ温度が高いほど弱いこと,例えば化学成分Crの濃度の「LOW」が「0」であるから鋼材の強度は化学成分Crの濃度が高いほど強いこと,など,鋼材の強度に関する物理的特性を制約条件として強度を予測するものを含むものと理解できる。
(イ)他方,まず,「当然満たしているべき物理法則に矛盾する結果が出ることを防ぐために,予測式のパラメータを算出する際に,物理法則に関する制約条件を考慮し,最適化問題を解く」ことは周知の事項である。(以下「周知の事項」という。)
例えば,原査定の拒絶査定時の周知例である「特開2004-62440号公報」(以下「周知例1」という。)には,「システム同定などを行うことにより実データから予測モデルを構築する方法(ブラックボックス的アプローチと呼ばれる)」(【0003】)では「当然満たしているべき物理(化学)法則に矛盾する結果を出す場合がある」(【0004】)ことから,「ブラックボックス的アプローチ」の「システム同定手法による予測」において「物理法則(保存則)を考慮して予測モデルを構築する」(【0008】)ことが記載されている。
(ウ)さらに,「回帰モデルの回帰係数に先験的な制約条件を設ける」ことは慣用手段である。
例えば,「浅野長一郎ほか1名,”基本 多変量解析”,財団法人日本規格協会,1996年8月26日,p.95-98」(以下「周知例2」という。)には,
「第6章 多変量線形模型の推測」の,
「6.1 線形回帰式の最小自乗推定と推測」に,
「いま,次のよう線形回帰モデルを考える。
yj=β1xj1+β2xj2+・・・βpxjp+ej (6.1)」
(途中略)
このような条件下で未知母数のβとσ2を推定するのが当面の問題である。」
と記載され,さらに,
「6.2回帰係数に制約条件をもつ最小自乗推定」に,
「いま,線形回帰モデルを式(6.1)と同様に,
y=Xβ+e (6.21)
とし,このうちの回帰係数に関し先験的に与えられた次のような制約条件
Hβ=γ (6.22)
を有しているとする。
(途中略)
したがって,この線形回帰モデルの最小自乗推定は,上式(6.22)の条件のもとに,
e′e=(y-Xβ)′(y-Xβ)
を最小にするβを推定することになる。」
と記載されている。
例えば,「特開2005-016852号公報」(以下「周知例3」という。)には,
「ごみ処理量を推定する関数を求めるときに,係数に制約条件を設定したような場合には,例えば二次の目的関数を伴った最小化問題の解法である周知の二次計画法を用いればよい。」(【0042】)と記載され,さらに,
「関数を求める際に実績データは多いほどよいが,データが少なくても関数の精度を向上させることができる。例えば理論的な知見に基づいて各係数に制約条件を設け,上記二次計画法によって係数を最適化すればよい。」(【0059】)
と記載されている。
(エ)ここで,鋼材の強度は,板厚が厚いほど強いこと,過熱炉抽出スラブ温度が高いほど弱いこと,化学成分Crの濃度が高いほど強いこと,などは物理的特性として良く知られている。

以上(イ)?(エ)のとおり,「回帰モデルの回帰係数に制約条件を設ける」ことが慣用手段であり,「当然満たしているべき物理法則に矛盾する結果が出ることを防ぐために,予測式のパラメータを算出する際に,物理法則に関する制約条件を考慮し,最適化問題を解く」ことが「周知の事項」であったこと,鋼材の強度は,板厚が厚いほど強いこと,過熱炉抽出スラブ温度が高いほど弱いこと,化学成分Crの濃度が高いほど強いこと,などの物理的特性が知られていることから,引用発明が,『板厚[mm],板幅[mm],C,Si,Mn,P,S,Al,Nb,V,Ti,Cu,Ni,Cr,Ca,N,O,Mo,Bの各化学成分[%],加熱炉抽出温度[℃],仕上ミル前面温度[℃],仕上ミル後面温度[℃],巻取温度[℃]の観測データ』から,『熱延鋼板の強度』を『推定』する際,鋼材の強度は,板厚[mm]が厚いほど強いこと,過熱炉抽出温度[℃]が高いほど弱いこと,化学成分Crの濃度[%]が高いほど強いこと,などの物理的特性を理論的な知見として各回帰係数に制約条件を設け,二次計画法などにより回帰係数を求めるよう構成することは,当業者が容易に想到することができたものである。
つまり,引用発明において「予測式のパラメータ」(つまり「θ」)を,「対象の物理的特性の制約条件として上限値および/または下限値を設けた上で,数理計画法により求める」よう構成することは,当業者が容易に想到することができたものである。

以上,判断したとおり,本願発明における上記[相違点]に係る発明特定事項は,当業者が容易に想到することができたものであり,想到することが困難な格別の事項は見いだせない。
また,本願発明の作用効果も,引用発明及び周知の事項から当業者が予測できる範囲のものである。
したがって,本願発明は,引用発明及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり,本願発明は引用発明及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-01-29 
結審通知日 2014-02-04 
審決日 2014-02-18 
出願番号 特願2006-6127(P2006-6127)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G06Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 齋藤 正貴岡北 有平  
特許庁審判長 清田 健一
特許庁審判官 手島 聖治
須田 勝巳
発明の名称 結果予測装置  
代理人 松山 圭佑  
代理人 牧野 剛博  
代理人 高矢 諭  

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