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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  F16C
管理番号 1287393
審判番号 無効2013-800160  
総通号数 174 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-06-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-08-30 
確定日 2014-05-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第3715512号発明「複層摺動材料」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3715512号に係る出願(以下、「本件出願」という。)は、平成12年6月1日に特許出願され、平成17年9月2日にその発明について特許権の設定登録(請求項の数2)がなされたものである。

以後の本件に係る手続の概要は、以下のとおりである。
1.平成25年 8月30日 本件無効審判の請求
2.平成25年11月18日 審判事件答弁書
3.平成26年 1月15日(起案日)審理事項通知書
4.平成26年 2月14日 口頭審理陳述要領書(請求人)
5.平成26年 2月24日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
6.平成26年 2月28日 口頭審理

第2 本件特許発明
本件特許第3715512号の請求項1及び2に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された以下の事項により特定されるものである。(以下、「本件特許発明1」及び「本件特許発明2」という。)

「【請求項1】
軸受合金層の表面を保護層により被覆してなる複層摺動材料において、
前記保護層を、
固体潤滑剤と、それぞれ極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を前記極性溶媒に溶かした後に当該極性溶媒を蒸発させることによって形成したバインダとにより構成し、
前記保護層における前記固体潤滑剤の含有率を、全組成100容量%に対し、80容量%以下に定め、前記熱可塑性樹脂の割合を、前記熱硬化性樹脂100容量部に対し、1?100容量部に定めたことを特徴とする複層摺動材料。
【請求項2】
前記保護層には、全組成100容量%に対し、5容量%以下の硬質粒子が含有されていることを特徴とする請求項1記載の複層摺動材料。」

第3 請求人主張
請求人は、審判請求書において、「特許第3715512号の特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、審判請求書、口頭審理陳述要領書、口頭審理を総合すると、請求人が主張する無効理由は、概略、次のとおりのものである。

本件特許発明1?2は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

その具体的な理由は、以下の2点である。
1.甲第1号証に記載された発明の合成樹脂多孔質焼結軸受の表面層の部分は、接触物に対して保護層の機能を有する。同じく甲第1号証に記載された発明の合成樹脂多孔質焼結軸受を形成する熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂とからなる基体樹脂は、焼結前の未硬化品のときには溶液状であるから、本願特許発明1のバインダに相当する。また、摺動部材において、金属軸受と熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂とを含む保護層とを組み合わせることは、甲第6号証、甲第7号証、甲第9号証及び甲第10号証に示されるように周知技術である。そして、樹脂のみによるか、金属製表面に被覆するかは、当業者の日常的な設計事項であり、金属と保護層との複層にすることは容易である。

2.甲第1号証に記載された発明の熱可塑性樹脂の割合は、熱硬化性樹脂100容量部に対し、82容量部(EP:50wt%、PES:50wt%の場合)?2013容量部(PI:5wt%、PPS:95wt%の場合)であり、本件特許発明1の熱可塑性樹脂の割合と重複している。また、保護層として、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂の合成樹脂を用いることは甲第6号証及び甲第7号証に示されるように周知であり、各樹脂の配分は当業者が適宜設定できるところ、熱可塑性樹脂の割合が熱硬化性樹脂の割合よりも低く設定することも甲第8号証、甲第9号証及び甲第10号証に示されるように周知であるから、甲第1号証のる熱可塑性樹脂の割合を、熱硬化性樹脂100容量部に対し、1?100容量%に設定することは容易である。

[証拠方法]
甲第1号証:特開昭58-8605号公報
甲第2号証:特開平11-108062号公報
甲第3号証:特開2000-80329号公報
甲第4号証:(株)工業調査会発行、プラスチック・データブック、1999年12月1日初版第1刷、269頁、281頁?282頁、673頁?674頁、679頁?680頁及び719頁
甲第5号証:(株)東京化学同人発行、化学辞典、2003年4月1日第1版第7刷、528頁及び752頁
甲第6号証:特開平10-212534号公報
甲第7号証:特開平11-325077号公報
甲第8号証:特開2000-87981号公報
甲第9号証:特開昭58-108299号公報
甲第10号証:特開2000-6265号公報
甲第11号証:特許第4420940号公報
甲第12号証:(株)東京化学同人発行、化学辞典、1994年10月1日第1版第1刷、2003年4月1日第1版第7刷、428頁、1277頁、1278頁、1330頁、1467頁、1468頁及び1469頁

第4 被請求人主張
被請求人は、審判事件答弁書において「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、審判事件答弁書、口頭審理陳述要領書、口頭審理を総合すると、概略次のとおり主張している。

その具体的な理由は、以下の2点である。

1.甲第1号証の合成樹脂多孔質焼結軸受を形成する熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂の合成樹脂は、「多孔質の焼結品」として用いるものであり、バインダではない。また、甲第1号証の合成樹脂多孔質焼結軸受は潤滑油の含浸を促すための多孔質を前提としており物理的な構造が大きく相違しているので、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂の割合が一部重複したとしても、本件特許発明1にはなりえない。

2.甲第1号証には、「熱可塑性樹脂が50重量%以下、熱硬化性樹脂50重量%以下では機械的強度望ましくない。」と記載されており、熱可塑性樹脂の割合を熱硬化性樹脂の割合より少なくすることを特徴としている本件特許発明1とは、技術思想が異なっている。

第5 甲各号証について
1.甲第1号証
甲第1号証は、本件出願の出願前に頒布された刊行物であり、図面と共に次の事項が記載されている。 (なお、ローマ数字は算用数字で標記した。)
(1)「(2) ポリフェニレンサルファィド樹脂、パラオキシベンゾイル樹脂、ポリサルホン樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂から選ばれた一種もしくは二種以上の熱可塑性樹脂50?95wt%と熱硬化性樹脂5?50wt%とを基体樹脂とし、該基体樹脂100重量部に対し固体潤滑剤5?30重量部を混じてなる合成樹脂多孔質焼結軸受。」(特許請求の範囲)

(2)「本発明は、耐熱性ならびに高速性にすぐれる合成樹脂多孔質焼結軸受ならびにその製造方法に関するものである。
・・・
本発明はこれらに鑑み、耐熱性ならびに高速性にすぐれ、製造が簡易で、かつ寸法精度の良好なる合成樹脂多孔質焼結軸受を得るためになされたものである。」 (公報2頁左上欄8行?同右上欄4行)

(3)「熱硬化性樹脂は、結合材の役割をなすため、熱可塑性樹脂との混和性がよく、かつ該熱可塑性樹脂の融点・・・近傍において硬化するものであればよく、一般に用いられているポリイミド樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、メラミン樹脂などを用いることができるものである。」(公報2頁左下欄10行?同右下欄4行)

(4)「そして、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂の混合割合は熱可塑性樹脂50?95wt%に対し、熱硬化性樹脂5?50wt%が適当で、好ましくは70?90:10?30(重量比)が用いられる。
・・・また、熱可塑性樹脂が50w%以下で熱硬化性樹脂が50wt%以上の場合には、焼結品としては良好であるが軸受としての機械的強度が低下するため好ましくないものである。」(公報2頁右下欄5行?15行)

(5)「また、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂を混じた混合樹脂(以下「基体樹脂」という)に混じる固体潤滑剤は軸受性能、とくに乾燥潤滑性の向上を計るために混じるもので、一般に用いられているフッ素樹脂、グラファイト、二硫化モリブデン粉末、さらには鉛、インジウムなどの軟質金属粉末などが良好である。」(公報2頁右下欄16行?3頁左上欄2行)

(6)「そして、これらの混合は樹脂のみの場合、あるいは該樹脂を基体として固体潤滑剤およびあるいは該樹脂を基体として固体潤滑剤およびあるいは補強材を混じる場合のいずれにおいても、熱可塑性樹脂ならびに熱硬化性樹脂は粉末状あるいは溶液状の状態とし、樹脂のみの場合は単に両者を混合機で混合する方法が、また該樹脂を基体として固体潤滑剤およびあるいは補強材を混じる場合は、あらかじめ熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂を混合して得られた基体樹脂と固体潤滑剤およびあるいは補強材を混合機によって混合する方法、あるいは熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂ならびに固体潤滑剤およびあるいは補強材を同時に混合機によって混合する方法のいずれかが採られるものである。」(公報3頁右上欄12行?同左下欄5行)

(7)「さらに、焼結はその焼結温度を常温より熱可塑性樹脂の融点を0?50℃超える温度まで1?8℃/分の昇温率で連続的に累積昇温せしめる、あるいは該昇温率で一定の温度に達した時点で一定の保持時間を持たせるいわゆる段階的に累積昇温せしめるいずれかの温度条件で行うものである。」(公報3頁左下欄17行?同右下欄2行)

(8)「このように累積昇温せしめて焼結を行うことにより、初めに熱硬化性樹脂が徐々に硬化を始めて、その結合で焼結品の骨格が形成せしめられ、しかる後熱可塑性樹脂の融点を0?50℃超える温度に達すると該熱可塑性樹脂が熱硬化性樹脂の骨格に支持されるように融着せしめられるため、全体が強固に一体化された多孔質の焼結品が得られるものである。」(公報3頁右下欄3行?10行)

(9)「<実施例1>
熱可塑性樹脂として・・・ポリフェニレンサルファィド樹脂粉末・・・90wt% と熱硬化性樹脂として・・・ポリイミド樹脂粉末10wt%を混合して混合粉を得た。このようにして得た混合粉を常温で金型に充填し、・・・成型品を得た。そして、該成型品をを加熱炉に入れ、・・・焼結品を得た。ついで、該焼結品に潤滑剤としてSEA-#30エンジンオイルを真空含浸せしめて、合成樹脂多孔質焼結軸受とした。
<実施例2>
実施例1で用いた熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂を基体樹脂とし、該基体樹脂100重量部に対し固体潤滑剤としてフッ素樹脂粉末・・・10重量部を混合して混合粉を得、該混合粉を実施例1と同様に金型に充填して、・・・成型品を得た。
そして、該成型品を実施例1と同1条件で焼結して合成樹脂多孔質焼結軸受を得、・・・
<実施例3>
実施例1で用いた樹脂を基体樹脂とし、該基体樹脂100重量部に対し補強材として銅粉・・・20重量部ならびに酸化亜鉛・・・15重量部を混合して混合粉を得、該混合粉を実施例2と同1条件で成型焼結して合成樹脂多孔質焼結軸受を得た。・・・
<実施例4>
実施例1で用いた樹脂を基体樹脂とし、該基体樹脂100重量部に対し固体潤滑剤としてフッ素樹脂粉末(実施例2と同一品)15重量部、また補強材として銅粉(実施例3と同一品)25重量部ならびに酸化亜鉛(実施例3と同一品)20重量部を混合して混合粉を得、該混合粉を実施例2と同1条件で成型焼結して、合成樹脂多孔質焼結軸受を得た。・・・
<実施例5>
熱可塑性樹脂として・・・パラオキシベンゾィル樹脂粉末・・・90wt%と熱硬化性樹脂として・・・ポリイミド樹脂粉末(実施例1と同一品)10wt%を基体樹脂とし、該基体樹脂100重量部に対し固体潤滑剤ならびに補強材を実施例4と同一材を同一量混合して混合粉を得た。このようにして得た混合粉を実施例2と同1条件で成型焼結して合成樹脂多孔質焼結軸受を得、・・・。
<実施例6>
熱可塑性樹脂として・・・ポリフェニレンサルファィド樹脂(実施例1と同一品)と熱硬化性樹脂として・・・ポリイミド樹脂粉末(実施例1と同一品)の混合割合(熱可塑性樹脂/熱硬化性樹脂)を100:0(重量比)から5重量比ずつ45:55まで変化させて基体樹脂を構成し、該基体樹脂100重量部に対し補強材を実施例3と同一品を同量混合し、・・・基体樹脂の混合割合が異なる合成樹脂多孔質焼結軸受を得、該合成樹脂多孔質焼結軸受の混合割合に対する圧環強度定数を測定した結果を第3図に示す。・・・
この結果より、軸受としては圧環強度定数が4kg/mm^(2)以上あることが望ましいため、熱可塑性樹脂/熱硬化性樹脂の混合割合は95?50:5?50(重量比)が適当であり、望ましくは90?70:10?30が良好である。
<実施例7>
実施例1で用いた樹脂を基体樹脂とし、該基体樹脂100重量部に対し固体潤滑剤としてフッ素樹脂粉末(実施例2と同一品)3重量部と補強材として銅粉(実施例3と同一品)5重量部を混じた混合粉を、・・・成型し、以下実施例1と同1条件で合成樹脂多孔質焼結軸受を得た。
<実施例8>
実施例1で用いた樹脂を基体樹脂とし、該基体樹脂100重量部に対し固体潤滑剤としてフッ素樹脂粉末(実施例2と同一品)30重量部と補強材として銅粉(実施例3と同一品)30重量部ならびに酸化亜鉛(実施例3と同一品)20重量部を混じた混合分を、以下実施例7と同1条件で成型焼結して合成樹脂多孔質焼結軸受を得、・・・」(公報4頁左上欄7行?5頁右下欄3行)

(10)「本発明の合成樹脂多孔質焼結軸受は耐熱性にすぐれる熱可塑性樹脂あるいは該樹脂のブレンド材と熱硬化性樹脂、あるいはこれらを基体樹脂として固体潤滑剤およびあるいは補強材を混合して成型焼結した多孔質体であるため、潤滑剤の含浸率が高くすぐれた軸受性能(高速性、耐荷重性、摩擦係数)を有し、かつ機械的強度ならびに耐熱性にすぐれるため、高温雰囲気での使用が可能となるものである。
また、常温で成型した成形品を金型を用いずに、かつ累積昇温雰囲気で焼結するため製造が簡易で、かつまた寸法変化の少ない焼結品を得ることができるものである。」(公報5頁右下欄18行?6頁左上欄10行)

上記記載事項を総合し、本件特許発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

「合成樹脂多孔質焼結軸受において、
多孔質の焼結品を、
固体潤滑剤と、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を混合して得られた基体樹脂とを混合した後に焼結させることによって形成し、
前記多孔質の焼結品における前記固体潤滑剤の含有率を、前記基体樹脂100重量部に対し、5?30重量部とし、前記基体樹脂の混合割合を前記熱可塑性樹脂50?95wt%に対し、前記熱硬化性樹脂5?50wt%にする合成樹脂多孔質焼結軸受。」

2.甲第2号証
甲第2号証は、本件出願の出願前に頒布された刊行物であり、次の事項が記載されている。
(11)「【請求項1】 内外輪、転動体及び転動体を案内保持する保持器からなる転がり軸受において、前記保持器がフッ素系界面活性剤を含有した樹脂材料で構成されたことを特徴とする転がり軸受保持器。」

(12)「【0006】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために、本発明による転がり軸受保持器は、熱可塑性耐熱樹脂材料または熱硬化性樹脂材料のマトリックス中にフッ素系の界面活性剤を配合して形成されていることを特徴としている。なお、保持器は、樹脂材料のみにより形成されたもの、あるいは金属製の地金に樹脂材料をコーティングして形成されたもののいずれであってもよい。」

(13)「【0009】また、上記フツ素系界面活性剤を配合する樹脂としては、PBI(ポリベンソイミダソール)、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、全芳香族ポリエステル、ポリエーテルニトリル、ポリイミド、ポリアミドイミド、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、ナイロン、エポキシ樹脂等がある。
【0010】・・・さらに、所定の保持器形状を得る方法として、有機溶媒により樹脂を溶解したものに界面活性剤を配合し、その後金属製の保持器の表面上に先の溶解樹脂を硬化させ、樹脂層を形成させる方法もある。
【0011】この場合、樹脂材料を溶解するために用いられる有機溶媒としては、N、N-ジメチルフォルムアミド、N、N-ジメチルアセトアミド、N-メチルー2ピロリドン、アルコール、セルソルブアセテート、トルエン、MEK(メチルエチルケトン)、キシレン、クロロセン等があり、これらは2種類以上の混合物でもよく、・・・
【0012】・・・なお、この工程に用いられる樹脂材料としては、PBI、ポリアミドイミド、エポキシ樹脂、フラン樹脂などがあり、有機溶媒と相溶性のある樹脂材料との組合せを選択することにより樹脂材料を溶液化することができる。
【0013】・・・また、本発明が目的とする軸受性能に支障がない範囲で、4フツ化エチレン、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛、アンチモン硫化物等の固体潤滑剤を適量配合してもよい。

(14)「【0015】例えば、使用温度が200℃の場合には、・・・PAI(ポリアミドイミド)をN-メチル2ピロリドンに溶解せしめ、さらにサーフロンを配合したものをSUS304製の金属保持器にコーティングして樹脂保持器を作成し、これらを用いることにより軸受の長寿命化か達成できる。」

3.甲第3号証
甲第3号証は、本件出願の出願前に頒布された刊行物であり、次の事項が記載されている。
(15)「【請求項1】 ポリエーテルスルホンをN-メチル-2-ピロリドンまたはジメチルアセトアミド、或いはこれらの混合液に溶解させて得られた溶液に、N-メチル-2-ピロリドンまたはジメチルアセトアミドに溶解する水溶性溶媒を添加混合した後、界面活性剤を含有した水溶液を添加混合することを特徴とする、平均粒径1μm以下のポリエーテルスルホンのコロイダル粒子から成るポリエーテルスルホン水性分散液の製造方法。
【請求項2】 N-メチル-2-ピロリドンまたはジメチルアセトアミドに溶解する水溶性溶媒が、アルコール、グリコール、ケトン、エステルから選ばれる少なくとも1種の溶媒であることを特徴とする請求項1記載のポリエーテルスルホン水性分散液の製造方法。
【請求項3】 界面活性剤がノニオン系界面活性剤またはアニオン系界面活性剤であることを特徴とする請求項1または2記載のポリエーテルスルホン水性分散液の製造方法。
【請求項4】 ポリエーテルスルホンを溶解させた溶液中のポリエーテルスルホン含有量が20重量%以下であることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載のポリエーテルスルホン水性分散液の製造方法。」

(16)「【0012】本発明においてポリエーテルスルホンを溶解させる溶媒はN-メチル-2-ピロリドン(NMP)またはジメチルアセトアミドであり、またこれらの混合液を使用することもできる。NMP、ジメチルアセトアミドは市販のものを使用することが出来る。
【0013】本発明においてはNMP及び/またはジメチルアセトアミドにPESを溶解させ、NMPまたはジメチルアセトアミド或いはこれらの混合液の溶液とすることが必要である。単にPESを分散含有させたものは、最終的に得られるPES水性分散液中のPESの平均粒径が大きくコロイダル粒子とならないため分散性に劣り好ましくない。NMPまたはジメチルアセトアミド、或いはこれらの混合液にPESを溶解させる方法は、特に限定されるものではない。」

4.甲第4号証
甲第4号証は、本件出願の出願前に頒布された刊行物であり、次の事項が記載されている。(なお、丸付き数字は単に数字で表記した。)
(17)エポキシ樹脂(EP)の比重(25℃)が1.13であることが示されている。(269頁中(11)市販基本エポキシ樹脂の例、2)旭電化工業:「アデカレジン」EPシリーズ、EP-4400^(a))のデータ)

(18)ポリイミド樹脂(PI)の比重が1.43であることが示されている。(282頁中2ベスぺルSPの物性一覧表(続き)、ポリイミド樹脂 試験法ASTM D-792によるSP-1のデータ)

(19)ポリエーテルスルホン樹脂(PES)の比重:1.37であることが示されている。 (674頁中2「スミカエクセル」PESの物性値、テスト方法ASTM D-792による4100G/4800G(非強化)のデータ)

(20)ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)の比重:1.35であることが示されている。(680頁中 (10)PPSの特性と成形加工性 1)一般的性質の試験法ASTM D-792による0220A9(非強化グレード)のデータ)

(21)ポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)の比重:2.14?2.20であることが示されている。(719頁中(26)FRの一般的性質、1ふっ素樹脂の物性一覧表中の試験法ASTM D-792によるPTFEのデータ)」

5.甲第5号証
甲第5号証は、本件出願の出願前に頒布された刊行物であり、次の事項が記載されている。
(22)酸化チタンの密度が4.23g/cm^(-3 )であることが示されている。(528頁、右欄、酸化チタンの[3]酸化チタン(4)の項目中10行)
(23)グラファイトの密度が2.3 g/cm^(-3) であることが示されている。(752頁、右欄、石墨の項目中4行)

第6 対比
1.本件特許発明1
本件特許発明1と甲1発明を対比すると、その機能、作用、構造からみて、
後者の「合成樹脂多孔質焼結軸受」と前者の「軸受合金層の表面を保護層により被覆してなる複層摺動材料」とは、「軸受摺動部材」である点で共通する。
後者の「多孔質の焼結品」と前者の「保護層」とは、「摺動部」という限りにおいて共通する。
本件特許発明1の「固体潤滑剤と、それぞれ極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を前記極性溶媒に溶かした後に当該極性溶媒を蒸発させることによって形成したバインダとにより構成し」に関し、本件特許明細書の段落【0016】には「DMAC、NMPなどの極性溶媒に、PTFE、MoS_(2)、WS_(2)、Grなどの固体潤滑剤、場合によってはTiO_(2)などの硬質粒子、PESなどの熱可塑性樹脂、PAI、EPなどの熱硬化性樹脂を加え、混合撹拌して分散液を製造する。」と記載され、また同段落【0017】には「分散液をスプレー法によって中間製品の合金層9上に塗布する。その後、中間製品を180℃に加熱して分散液を乾燥、焼成する。この焼成により、溶媒は蒸発し、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂からなるバインダと固体潤滑剤や硬質粒子を含んだ保護層10が合金層9表面に強固に被着された半割軸受7が得られる。」と記載されているので、本件特許発明1の「極性溶媒を蒸発させることによって形成したバインダ」は、固体潤滑剤と熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂とを極性溶媒に溶かして混合し分散液を製造した後に、該分散液を焼成により極性溶媒を蒸発させて形成するものと理解できるから、後者の「固体潤滑剤と、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を混合して得られた基体樹脂とを混合した後に焼結させることによって形成」すると前者の「固体潤滑剤と、それぞれ極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を前記極性溶媒に溶かした後に当該極性溶媒を蒸発させることによって形成したバインダとにより構成」するとは「固体潤滑剤と、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂とを混合した後に焼成して構成」するという限りにおいて共通する。
後者の「固体潤滑剤の含有率を、前記基体樹脂100重量部に対し、5?30重量部と」することにおいて、固体潤滑剤として甲第1号証(記載事項(5))に例示されているフッ素樹脂(PTFE)及びグラファイトを、該基体樹脂を構成する熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂について、熱可塑性樹脂として同じく甲第1号証(記載事項(1))に例示されているポリフェニレンサルファイド(PPS)及びポリエーテルサルホン(PES)を、熱硬化性樹脂として同じく甲第1号証(記載事項(3))に例示されているポリイミド(PI)及びエポキシ樹脂(EP)を選んで、甲第4号証に記載された各成分の比重(フッ素樹脂(PTFE):2.17 、グラファイト:2.3、ポリエーテルサルホン(PES):1.37、ポリフェニレンサルファイド:1.35、エポキシ樹脂(EP):1.13、ポリイミド(PI):1.43)を用いて、固体潤滑剤の含有率を全組成100容量%に対する値として計算すると、3?16容量%になるので、後者の「固体潤滑剤の含有率を、前記基体樹脂100重量部に対し、5?30重量部と」することは前者の「固体潤滑剤の含有率を、全組成100容量%に対し、80容量%以下に定め」ることに含まれる。
そうすると、本件特許発明1と甲1発明の一致点及び相違点は次のとおりである。

<一致点>
「軸受摺動部材において、
摺動部を、
固体潤滑剤と、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を混合した後に焼成して構成し、
前記摺動部における前記固体潤滑剤の含有率を、全組成100容量%に対し、80容量%以下に定めた軸受摺動部材。」

<相違点1>
本件特許発明1は、軸受摺動部材が「軸受合金層の表面を保護層により被覆してなる複層摺動材料」であって、「保護層を、固体潤滑剤と、それぞれ極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を前記極性溶媒に溶かした後に当該極性溶媒を蒸発させることによって形成したバインダとにより構成」するのに対し、
甲1発明は、軸受摺動部材が「合成樹脂多孔質焼結軸受」であって、「多孔質の焼結品を、固体潤滑剤と、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を混合して得られた基体樹脂とを混合した後に焼結させることによって形成」する点。

<相違点2>
本件特許発明1は、「熱可塑性樹脂の割合を、熱硬化性樹脂100容量部に対し、1?100容量部に定め」るのに対し、
甲1発明は、「基体樹脂の混合割合を前記熱可塑性樹脂50?95wt%に対し、前記熱硬化性樹脂5?50wt%にする」点。

第7 当審の判断
1.本件特許発明1について
<相違点1>について
本件特許発明1の「それぞれ極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を前記極性溶媒に溶かした後に当該極性溶媒を蒸発させることによって形成した」「バインダ」に関し、本件特許明細書の段落【0008】の「固体潤滑剤が80容量%を越えると、バインダとして機能する熱硬化性樹脂および熱可塑性樹脂の割合が少なくなり、固体潤滑剤を保持できず」との記載、及び段落【0017】の「この焼成により、溶媒は蒸発し、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂からなるバインダと固体潤滑剤や硬質粒子を含んだ保護層10が合金層9表面に強固に被着された半割軸受7が得られる。」との記載から、本件特許発明1の「バインダ」は、固体潤滑剤や硬質粒子を保持する機能と、保護層10が合金層9表面に強固に被着する機能を有するものと理解できる。
他方、甲1発明の「熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂を混合して得られた」「基体樹脂」は、記載事項(3)の冒頭の「熱硬化性樹脂は、結合材の役割をなすため、熱可塑性樹脂との混和性がよく」との記載から、「結合材」としての機能を有し、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂との結合と、これに加え固体潤滑剤の結合まではしているといえるが、甲1発明は、前記基体樹脂を混合した後に焼結させることによって多孔質の焼結品を形成し、「合成樹脂多孔質焼結軸受」そのものを構成するものであり、多孔質の焼結品を層として用い、金属軸受や合金層等の保護層として被覆することは想定していない。
この点に関し、請求人は陳述要領書の3頁16行?4頁5行で、「甲第1号証は『熱可塑性樹脂ならびに熱硬化性樹脂は・・溶液状の状態とし、・・・・混合機で混合』(3頁、右上欄、14行?17行)したものを『常温より・・・1?8℃/分の昇温率で連続的に累積昇温せしめ』(甲第1号証、3頁、左下欄、17行?19行)る間に生成する、溶媒を蒸発させただけで熱硬化性樹脂が硬化していないもの(以下、『未硬化品』と呼びます)を開示しています。
これは、甲第1号証に係る発明では『熱硬化性樹脂は‥・熱可塑性樹脂の融点(・・・)近傍の温度において硬化する』(2頁、左下欄、11行?右下欄、1行:下線は請求人が強調のために付しました。)ため、上記のような速度で昇温すれば、熱可塑性樹脂の融点(230℃?320℃(甲第1号証、2頁、左下欄、18行?20行))より低い温度において、溶媒のみが蒸発し、熱硬化性樹脂は硬化していないからです。
そうすると、甲第1号証における上記の未硬化品は、本件特許発明1の構成要件Bにおけるバインダーに相当するものであり、さらに固体潤滑剤を用いる点においても差異がありません。」と主張しているが、
連続的に累積昇温する間での未硬化品は、バインダとして他の部材に結合する機能を有する可能性はあるものの、甲第1号証には、連続的に累積昇温する間での該未硬化品を途中で抜き出して使用し、かつ金属軸受や合金層に被覆することは記載されていないし、その示唆もない。
さらに、請求人は陳述要領書の5頁20行?6頁17行において、「摺動部材において、金属軸受と熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂とを含む保護層とを組み合わせた例(甲第6号証、請求項1、段落[0008]、甲第7号証、請求項1、段落[0009]、甲第9号証、請求項1、表-1,および甲第10号証、段落[0034]、[0037]、[0041]、図2(c)(d))は、周知です。
また、甲第2号証は、PPS、PEEKなどの熱可塑性樹脂の場合でなく、熱硬化性樹脂であるPAIの場合にSUS製金属保持器上にコーティングすることを記載しています(甲第2号証、段落[0015])。
さらに例えば本件特許明細書には、[従来の技術]の欄に、甲第9号証などを引用し『例えば舶用エンジンや自動車用エンジンのクランクシャフト用の軸受には、鋼板製の裏金上にCu系軸受合金やA1系軸受合金を接合したすべり軸受が使用されている。このエンジン用すべり軸受では、なじみ性や耐摩耗性などの向上を目的に、軸受表面に保護層をコーティングすることが行われてきている。』(段落[0002])等と記載されています。
そうしたことから本件特許発明1における軸受では、例えば『裏金8になる鋼板上に接合用のA1合金とA1系軸受合金板とを重ねてロール圧延法により圧接して合金層9を形成し、鋼板上に合金層を被着したバイメタル』(段落[0015])のような場合には、当然に保護層が必要になるものと思料します。
このように、金属軸受と保護層とを組み合わせることは、単なる設計事項であり、なんら阻害要因を有するものではありません。」と主張しているが、
甲第1号証の記載事項(10)によれば、甲1発明の合成樹脂多孔質焼結軸受は機械的強度及び耐熱性を既に有するものであるから、多孔質の焼結体に、さらに合金層を介在して補強する必要性は低く、また、記載事項(2)に記載されているように、甲1発明は製造の簡易性を課題とするものであるから、合金層を介在させるための工程を増やすことは製造の簡易性に背反することになる。さらに、記載事項(10)に「潤滑剤の含浸率が高く」と記載されているように、甲1発明は潤滑剤を多孔質の孔に含浸させる効果を狙うものであるから、潤滑剤の含浸に寄与しない合金層を介在させ、潤滑剤の含浸率の低下を招くようなことをすることは阻害要因と考えられるものであるから、摺動部材として、合金層若しくは金属軸受に保護層としての樹脂層を被覆するものが、甲第2号証、甲第6号証、甲第7号証、甲第9号証、甲第10号証及び甲第11号証の従来の技術から周知技術であるとしても、甲1発明の多孔質の焼結品を保護層として用いて、合金層の表面に被覆する複合摺動材料とする構造に到達することは困難であると言わざるを得ない。
また、甲第1号証の記載事項(6)に熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂を溶液状の状態として混合することが開示され、甲第2,3号証に記載されているように樹脂の溶媒として極性溶剤を用いることが周知であるとしても、上述したとおり、甲1発明は、多孔質の焼結品を層として用いるものではないから、該多孔質の焼結品を保護層として用いて、合金層の表面に被覆する構成を導くことはできない。
よって、甲1発明において、上記相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得るものではない。

<相違点2>について
甲1発明の「基体樹脂の混合割合を前記熱可塑性樹脂50?95wt%に対し、前記熱硬化性樹脂5?50wt%にする」ことに関し、請求人は審判請求書の17頁3行?23行において、「甲第1号証において、熱硬化性樹脂として例示されているポリイミド(PI)およびエポキシ樹脂(EP)を、熱可塑性樹脂としてもっとも好ましいとして挙げられているポリフェニレンサルファイド(PPS)およびポリエーテルサルホン(PES)を例として選んで、以下に示す、各成分の比重値を密度に変換した値(単位はいずれも、(g/cm^(3))であり、以下、これらの密度の値を「密度値1」という。)を用いて計算する。
<熱硬化性樹脂>
エポキシ樹脂(EP):1.13、ポリイミド(PI):1.43、
<熱可塑性樹脂>
ポリエーテルサルホン(PES):1.37、ポリフェニレンサルファイド(PPS):1.35(以上、甲第4号証中(4a)より)、
<固体潤滑剤>
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE):2.17(甲第4号証中(4a)の2.14?2.20 g/cm^(3) の平均値を密度に変換)、グラファイト:2.3(甲第5号証中(5a)より)。
・・・そして熱可塑性樹脂の割合は、熱硬化性樹脂100容量部に対し、82容量部(EP:50wt%、PES:50wt%の場合)?2013容量部(PI:5wt%、PPS:95wt%の場合)となる。」と述べた上で、甲1発明の熱可塑性樹脂の割合が、本件特許発明1の熱可塑性樹脂の割合と重複する旨、主張している。
しかしながら、甲第1号証の実施例では、熱可塑性樹脂としてポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)を、熱硬化性樹脂としてポリイミド(PI)を採用し、熱可塑性樹脂と該熱硬化性樹脂との重量比を90:10(熱硬化性樹脂100重量部に対し900重量部)としているので、本件特許発明1の、熱硬化性樹脂100容量部に対し1?100容量部とは、重量部と容量部との違いがあるにしても相当量の隔たりがあることは明白である。さらに、重量比を下限の50:50にして熱可塑性樹脂(PPS)の割合を減らしても、熱硬化性樹脂としてポリイミド(PI)を採用した場合は換算値で熱硬化性樹脂100容量部に対し約106容量部であり、本件特許発明1の該容量部の範囲外である。前記請求人の主張する、本件特許発明1の熱可塑性樹脂の割合と重なる場合は、熱可塑性樹脂としてポリエーテルサルホン(PES)を採用し、熱硬化性樹脂として甲第1号証の2頁右下欄2?4行に「ポリイミド樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、メラミン樹脂など」と単にその名称のみが例示されている熱硬化性樹脂の中から、密度の小さいエポキシ樹脂(EP)を採用し、かつ、熱可塑性樹脂の重量比を設定範囲内で下げた場合であって、このような条件を積極的に選択する理由がない以上、熱硬化性樹脂100容量部に対し、熱可塑性樹脂の割合を82?100容量部に定めることは、甲第1号証に記載されているとはいえない。
さらにいうならば、甲第1号証において、熱硬化性樹脂といっても性状はさまざまであり、たまたま名称のみが例示されているにすぎないエポキシ樹脂(EP) についても、ポリエーテルサルホン(PES)との混合割合として50:50という限界的事例が実施例として想定されているのかどうか、必ずしも明確でないこと、その限界的事例の場合、熱硬化性樹脂(EP)100容量部に対し、熱可塑性樹脂(PES)の割合が82容量部になるとしても、それは、相違点2に係る本件特許発明1の上記数値限定を念頭におき、甲第1号証をみて混合割合を探求したときにはじめて見出される割合であって、後知恵的知見というべきであること、以上からすると、上記の容量部の割合が、甲第1号証に基づいて当業者が通常認識し理解し得る事項といえるかどうか、はなはだ疑問であるといわざるを得ない。
また、請求人は、口頭審理陳述要領書の4頁19行?5頁1行において、「摺動部材において、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂との混合物を用いることは当業者に周知であり(甲第6号証、段落[0008]、および甲第7号証、段落[0009])、さらにはそこで熱可塑性樹脂以上の量で熱硬化性樹脂を用いることは、当業者には周知です(甲第8号証、段落[0034]の実施例5、甲第9号証、2頁、左下欄の表-1中のNo.2?4、および甲第10号証、段落[0031]および[0033]?[0034]の実施例1)。そして熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂との比率の決定は、目的に応じて日常的に決定されるべき単なる設計事項であり、なんら阻害要因を有するものではありません。」と主張している。
上記主張のなかで例示されている甲第6,7号証には、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂との混合物を用いることが示されているものの、熱可塑性樹脂以上の量で熱硬化性樹脂を用いることが周知として提示された甲第8号証の段落【0034】には、熱硬化性樹脂100重量部にPTFE粉末20重量部となることが記載されているが、該PTFE粉末は、本件特許発明1の「固体潤滑剤」に相当するものであり、本件特許発明1の「熱可塑性樹脂」に相当するものでないから、熱可塑性樹脂以上の量で熱硬化性樹脂を用いることは示されていない。同じく甲第9号証の表-1のNo.2?4には、ポリテトラフルオロエチレン樹脂以上の量で樹脂熱硬化性樹脂(フェノール樹脂又はエポキシ樹脂)を用いることが示されているが、該ポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)は固体潤滑剤であり、本件特許発明1の「熱可塑性樹脂」に相当するものでないから、熱可塑性樹脂以上の量で熱硬化性樹脂を用いることは示されていない。同様に、甲第10号証の段落【0033】には、熱硬化性樹脂であるアクリルメラミン樹脂をベースレンジとして、該ベースレンジに対して10体積%のフッ素樹脂(PVDF)を添加することが記載されているが、該フッ素樹脂は粒状に形成されたものであり(甲第10号証の段落【0032】を参照。)、甲第1号証の実施例2においてフッ素樹脂粉末が固体潤滑剤として用いられているように、甲第10号証の「フッ素樹脂」も「固体潤滑剤」に相当するものであるから、熱可塑性樹脂以上の量で熱硬化性樹脂を用いることは示されていない。以上のことから、摺動部材として、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂との混合物を用いることは当業者に周知であるとしても、熱可塑性樹脂以上の容量で熱硬化性樹脂を用いることは、周知とはいえない。
また、甲第1号証の2頁右下欄11?15行の「熱可塑性樹脂が50wt%以下で熱硬化性樹脂が50wt%以上の場合には、焼結品としては良好であるが、軸受としての機械的強度が低下するため好ましくないものである。」との記載及び第3図のグラフを参酌すると、熱可塑性樹脂が50wt%以下、つまり、熱硬化性樹脂100重量部に対して熱可塑性樹脂が100重量部以下では好ましくないことが、甲第1号証に示されており、本件特許発明1が、熱可塑性樹脂の割合を、熱硬化性樹脂と同程度以下にすることが良いとしているのに対して、甲第1号証では同程度以上が良いとしているので、熱可塑性樹脂の配分に関し、両者の技術思想は相反しているといえる。
してみると、甲1発明の多孔質の焼結品において、熱可塑性樹脂以上の容量で熱硬化性樹脂を用いることに変更することには阻害要因があるともいえ、甲1発明の熱可塑性樹脂の割合を、熱硬化性樹脂100容量部に対し、1?100容量部に定めることに到達することは困難である。
よって、甲1発明において、上記相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得るものではない。

以上のとおりであるから、本件特許発明1は、甲1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1の内容をすべて含むものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3.まとめ
以上のとおり、本件特許発明1及び2は、甲1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないので、特許法29条第2項の規定に違反するものではない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1及び2の特許を、無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条により、請求人が負担すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-03-12 
結審通知日 2014-03-14 
審決日 2014-03-25 
出願番号 特願2000-164433(P2000-164433)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鳥居 稔  
特許庁審判長 島田 信一
特許庁審判官 山岸 利治
森川 元嗣
登録日 2005-09-02 
登録番号 特許第3715512号(P3715512)
発明の名称 複層摺動材料  
代理人 田崎 豪治  
代理人 古賀 哲次  
代理人 小林 直樹  
代理人 小林 良博  
代理人 青木 篤  
代理人 石田 敬  
代理人 南島 昇  

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