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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01L
管理番号 1287743
審判番号 無効2012-800033  
総通号数 175 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-07-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-03-23 
確定日 2014-04-03 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4314887号発明「窒化物半導体素子」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4314887号についての手続の経緯の概要は以下のとおりである。
平成15年 5月26日 本件分割出願(特願2003-148359号)
平成10年 5月15日 原出願(特願平10-132831号:国内
優先権主張 平成 9年11月26日
(特願平9-324997号))
平成21年 5月29日 設定登録
平成24年 3月23日 無効審判請求書(請求人)
平成24年 6月22日 答弁書(被請求人)
平成24年 7月12日 審理事項通知書
平成24年 8月31日 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成24年 8月31日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成24年 9月14日 口頭審理の実施
平成24年10月 5日 上申書(請求人)
平成24年10月17日 無効理由通知書
平成24年10月17日 職権審理結果通知書
平成24年11月19日 意見書並びに訂正請求書及び訂正明細書(被請求人)
平成24年12月27日 審判事件弁駁書(請求人)

なお、上記手続の経緯において、審判請求書に記載された「請求の理由」及び口頭陳述要領書における請求人の主張が不明瞭であり、口頭審理において、前記請求人の主張が整理されたところ、上記請求人の主張を整理したものを改めて「請求の理由」として請求人が上申書を提出し、この整理された「請求の理由」に対する意見及び訂正の機会を確保するために、当審において上記上申書の内容をもって無効理由として通知し、被請求人に反論の機会を与えたものである。


第2 訂正の請求の可否
1 訂正の内容
平成24年11月19日付け訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。)による訂正(以下、「本件訂正」或いは単に「訂正」という。)の要旨は、設定登録された本件特許第4314887号の願書に添付した明細書を本件訂正請求書に添付された全文訂正明細書のとおりに訂正することを求めるものであり、訂正の内容は以下のとおりである。(なお、下線部は訂正箇所である。)

(1)訂正事項1
訂正前の特許請求の範囲

「【請求項1】 少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板と、
前記GaN基板の上に積層された、活性層を含む窒化物半導体層と、
前記窒化物半導体層に形成されたリッジストライプと、該リッジストライプ上に形成されたp電極と、
前記GaN基板の下面に形成されたn電極と、
を備えたことを特徴とする窒化物半導体素子。
【請求項2】 前記GaN基板は、結晶欠陥が1×10^(6)個/cm^(2)以下の領域を有する請求項1に記載の窒化物半導体素子。
【請求項3】 前記窒化物半導体層にはn側クラッド層、活性層、p側クラッド層が順に積層されており、該p側クラッド層には前記リッジストライプが形成されている請求項1に記載の窒化物半導体素子。」

において、上記請求項1に記載されている「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」に、「厚みが50μm以上であり、」との限定を加えて、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」に訂正する。

(2)訂正事項2
訂正前の明細書の

「【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明の窒化物半導体素子は、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板と、前記GaN基板の上に積層された、活性層を含む窒化物半導体層と、前記窒化物半導体層の表面層に形成されたp電極と、前記GaN基板の下面に形成されたn電極と、を備えたことを特徴とする。」

において、「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」との記載に、「厚みが50μm以上であり、」との記載を加えて、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」に訂正する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1における「厚さ方向に5μmよりも上の領域」を有している「GaN基板」の厚みを、「50μm以上」に限定するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 訂正の根拠(新規事項の有無)
願書に添付した明細書の【0013】の下記記載において、「第2の窒化物半導体層」は、請求項1の「GaN基板」に対応するから、訂正事項1に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、平成23年法律第63号改正前の特許法(以下、「特許法」という。)第134条の2第5項で準用する第126条第3項に規定された要件を満たす。
「【0013】
一方、前記下地層が除去されて素子構造とされる場合、第2の窒化物半導体層の厚さが50μm以上であることが望ましい。これは50μm以上の膜厚であると、結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなって、その上に活性層を含む窒化物半導体を成長させると、非常に結晶欠陥の少ない素子構造が形成できることによる。」

ウ 訂正により実質上特許請求の範囲を拡張又は変更することの有無
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1における「厚さ方向に5μmよりも上の領域」を有している「GaN基板」の厚みを、「50μm以上」に限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものには該当せず、特許法第134条の2第5項で準用する第126条第4項に規定された要件を満たす。

(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、訂正事項1に係る訂正に伴って特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合をとるものであるから、上記訂正事項1と同様の理由により、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものには該当しないから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明りょうでない記載の釈明を目的とし、特許法第134条の2第5項で準用する第126条第3項及び4項に規定された要件を満たす訂正である。

(3)まとめ
したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項並びに特許法第134条の2第5項で準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、適法な訂正と認める。


第3 本件発明
1 本件の特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明
上記「第2 訂正の請求の可否」のとおり、本件訂正は認められるので、本件の特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明は、訂正された本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される下記のとおりのものである(以下、それぞれ、「本件訂正発明1」、「本件訂正発明2」、「本件訂正発明3」という。)。(なお、下記請求項の下線は、訂正箇所を示す。)

「【請求項1】 厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板と、
前記GaN基板の上に積層された、活性層を含む窒化物半導体層と、
前記窒化物半導体層に形成されたリッジストライプと、該リッジストライプ上に形成されたp電極と、
前記GaN基板の下面に形成されたn電極と、
を備えたことを特徴とする窒化物半導体素子。
【請求項2】 前記GaN基板は、結晶欠陥が1×10^(6)個/cm^(2)以下の領域を有する請求項1に記載の窒化物半導体素子。
【請求項3】 前記窒化物半導体層にはn側クラッド層、活性層、p側クラッド層が順に積層されており、該p側クラッド層には前記リッジストライプが形成されている請求項1に記載の窒化物半導体素子。」


第4 請求人の主張
1 請求人の主張の概要
請求人は、審判請求書において、「本件発明1」?「本件発明3」に係る特許を無効とする、審判費用は披請求人の負担とする、との審決を求めている。

ここで、上記「第1 手続の経緯」のように、請求人の主張は、口頭審理を踏まえて上記上申書によって整理され、その後、本件特許が被請求人により上記訂正明細書のように訂正され、当該訂正明細書及び訂正請求書に基づく被請求人の意見書に対して、請求人は審判事件弁駁書を提出したものであるところ、上記上申書及び審判事件弁駁書によって整理された請求の理由及び主張の概要を整理すると以下のとおりである。

「本件訂正発明1ないし本件訂正発明3は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第8号証に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件訂正発明1ないし本件訂正発明3に係る特許は特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とされるべきである。」
また、上記主張に伴い、審判請求書において下記甲第1号証?甲第6号証を、口頭審理陳述要領書において下記甲第7号証及び甲第8号証が、上申書において甲第9号証及び甲第10号証が、さらに審判事件弁駁書において甲第11号証及び甲第12号証が提出された。

<各甲号証>
(1) 甲第1号証:国際公開第97/11518号
(2) 甲第2号証:Akira Usui 他、"Thick GaN Epitaxial Growth with Low Dislocation Density by Hydride Vapor Phase Epitaxy"、 Jpn. J. Appl. Phys.、15 July 1997、Vol. 36(1997)、Part 2, No. 7B、 pp. L899-L902
(3) 甲第3号証:特開平9-115832号公報
(4) 甲第4号証:伊賀健一編著、「応用物理学シリーズ 半導体レーザ」、平成6年10月25日、オーム社、199?214頁
(5) 甲第5号証:小沼 稔他編著、「よくわかる半導体レーザ」、平成7年4月10日、工学図書、141?149頁、158?160頁
(6) 甲第6号証:特開平8-116090号公報
(7) 甲第7号証:特開平7-273367号公報
(8) 甲第8号証:柴田巧他、”CPM97-19 HVPE法による選択成長を用いた高品質GaNバルク単結晶の作製及び評価”、「電子情報通信学会技術研究報告」、信学技報、1997年5月23日、Vol.97、No.61、35?40頁
(9) 甲第9号証:知財高裁平成22年(行ケ)第10334号判決
(平成23年7月11日判決言渡)
(10)甲第10号証;東京高裁平成15年(行ケ)第287号判決
(平成17年2月1日判決言渡)
(11)甲第11号証:特開平7-165498号公報、
(12)甲第12号証:特開平9-71496号公報

2 上申書および審判事件弁駁書による請求人の主張
(1)上申書による主張
なお、上申書による請求人の主張は、訂正前の特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明をそれぞれ本件発明1?3としており、本項目(1)ではそのままの記載を用いている。(なお、下線は当審で引いたものである。)

ア 本件発明1における「ハライド気相成長法(HVPE)」の技術的意義について
「本件発明1において、「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である」GaN基板の形成方法を、ハライド気相成長法(HVPE)に特定することに格別の技術的意義があるとすべき記載は全く存在しないのである。」(上申書6頁最終行?7頁4行)

イ 本件発明1における「結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である」の技術的意義について
「すなわち、本件発明1において、半導体素子の機能に関係しないGaN基板の領域について結晶欠陥の数を1×10^(7)個/cm^(2)以下とすることには何らの技術的意義もないから、本件発明1には半導体素子の機能には関係しないGaN基板の領域に関する結晶欠陥の数の規定は存在しないのであって、本件発明1の「結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm以下である」とは、半導体素子としての機能に関係するGaN基板の領域について、結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下であることを意味するものと解される。」(上申書8頁5?12行)

ウ 甲第1号証に記載された発明の認定
「したがって、甲第1号証には、図6A(2)の構成を採用して形成した図6Bの素子構造として、半導体素子の機能に関係する領域の結晶欠陥密度が10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲であるn型クラッド層62を備えることが開示されている。・・・
以上のことから、本件発明1の構成要件にあわせて記載すれば、甲第1号証には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

a:半導体素子の機能には関係しない領域の結晶欠陥密度は最大10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度又は10^(8)?10^(11)cm^(-2)であるが、半導体素子の機能に関係する領域の結晶欠陥密度が10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲であり、有機金属気相成長法を用いて形成され、GaN層にn型の不純物をドープしたn型クラッド層62と、
b:n型クラッド層62の上に積層された、n型のAl_(0.15)Ga_(0.85)N層からなる光導波層63、アンドープのInGaN多重量子井戸層からなる活性層66、p型のAl_(0.15)Ga_(0.85)Nからなる光導波層、p型のGaNからなるクラッド層65、p型GaNのキャップ層68から形成された層と、
c:活性層66におけるキャリア注入領域を制限するためにp型のクラッド層65に埋め込まれて形成されたn型のGaN層67と、p型GaNのキャップ層68上に形成されたp型電極10と、
d:n型クラッド層62の下面に形成されたn型電極11と、
e:を備えたことを特徴とする半導体レーザ素子。」(上申書17頁1行?18頁13行)

エ 本件発明1と引用発明との対比・判断について
(ア)本件発明1と引用発明との対比
「したがって、本件発明1と引用発明とを対比すると、両者は、・・・である点で一致しており、次の点で相違している。
相違点1: GaN層が、本件発明1ではGaN基板であるのに対し、引用発明の「層62」は基板であることが明記されていない点。
相違点2: 本件発明1では、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下であるのに対し、引用発明では、結晶欠陥密度が10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲であるものの、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域の密度として特定されていない点。
相違点3: 本件発明1では、GaN基板がハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されるのに対し、引用発明では有機金属気相成長法である点。
相違点4: 本件発明1では、リッジストライプが窒化物半導体層に形成され、p電極が該リッジストライプ上に形成されるのに対し、引用発明では、活性層66におけるキャリア注入領域を制限するためにn型のGaN層67がp型のクラッド屑65に埋め込まれて形成され、p型電極10はp型GaNのキャップ層68上に形成される点。」(19頁7?31行)

(イ)相違点の判断
「ア 相違点1について
引用発明の「層62」は、・・・実質的にはGaN基板であるということができる。
また、本件発明1・・・「第2の窒化物半導体層4」が、・・・本件発明1の「GaN基板」に相当する。引用発明の「層62」も、・・・本件特許明細書の実施例7における「GaN基板」に相当する「第2の窒化物半導体層4」と同様に機能する層・・・図6Bにおける層62がGaN基板であることは、甲第1号証に実質的に記載・・・
イ 相違点2について
・・・一般に基板に対応するGaN層は、・・・5μmよりも厚く形成・・・単体の素子に切り出すに際し十分な強度を維持するためにも、基板に対応するGaN層の厚さは、当然に5μm以上は必要・・・引用発明では、結晶欠陥密度が10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲であるから、GaN層の下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域での結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下・・・
ウ 相違点3について
(ア)・・・甲第1号証の「引用発明」において、結晶欠陥密度が低い(10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲)窒化物半導体層が形成される理由は、「結晶成長技術1」の選択性結晶成長を行うことにあり、有機金属気相成長方法を用いるのは、単に、GaN層をエピタキシャル成長する目的による・・・
(イ)・・・GaN系化合物半導体索子の製造・・・GaN層のエピタキシャル成長のために、有機金属気相成長法を用いることも、ハライド気相成長法(HVPE)を用いることも、当業者のよく知る、周知技術・・・
(ウ)・・・本件発明1において、GaN基板の形成方法をハライド気相成長法(HVPE)に特定することに格別の技術的意義があるとすべき記載は全く存在しない。
(エ)・・・クラッド層62はGaN基板であり、機械的強度の点から厚い層であることが有利である・・・ハライド気相成長法(HVPE)は、有機金属気相成長方法と比べて、成長速度が速く、厚い層を作製するのに有利・・・引用発明のGaN基板を、有機金属気相成長方法に代えて、厚膜の結晶を得るのに適しているハライド気相成長法(HVPE)により形成しようとする動機付けは、甲第1号証自体に十分に存在する。
(オ)・・・甲第1号証の「結晶成長技術1」において、・・・ハライド気相成長法(HVPE)に代えたとしても、上記の選択性成長が行われ、有機金属気相成長方法の場合と同様に、10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲の結晶欠陥密度の窒化物半導体層が得られると推測・・・甲第1号証・・・本件発明1の10^(7)cm^(-2)よりも2桁以上低いことからすれば、たとえハライド気相成長法(HVPE)に代えたことにより、結晶欠陥密度が多少高くなったとしても、10^(7)cm^(-2)以下の結晶欠陥密度が十分得られるものと推測・・・
工 相違点4について
(ア)・・・甲第1号証に・・・半導体光素子の効果を高めるにあたり、リッジストライプ構造の採用が有効であることが記載・・・実施例1及び11?13として、p型光導波層7にリッジストライプを形成し、該リッジストライプ上にp電極を形成すること・・・図7C、図16C、図17Cの素子は、リッジストライプ構造のない素子からリッジストライプ構造を有する素子への変形例・・・図6Bの半導体装置に関しても、半導体光素子の効果を高めるためにリッジストライプ構造を採用できることは、甲第1号証の記載全体から十分に読み取れる・・・
(イ)・・・該リッジストライプ上にp電極を形成すること・・・甲第4号証ないし甲第6号証・・・半導体レーザにおいて従来周知の技術であり、また、p側クラッド層にリッジストライプを形成し、該リッジストライプ上にp電極を形成した窒化物半導体レーザも、甲第6号証に記載・・・
(3)・・・
(4)・・・本件発明1の「結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である」・・・仮に、半導体素子の機能に関係しないGaN基板の領域を含め全部の領域で結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下の意味であると解釈された場合は、引用発明では、半導体素子の機能に関係しない領域において結晶欠陥の数が最大10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度又は10^(8)?10^(11)cm^(-2)となる点で本件発明1と相違があることになる。・・・
まず、知財高裁平成22年(行ケ)第10334号判決(平成23年7月11日判決言渡)(甲第9号証)・・・本件発明の相違点として、何らかの構成を採用した場合において、その構成により何らかの技術的意義があると認めることができないときには、実質的な相違点とはならないものであり、その構成とすることは容易に想到することできたといえると判示している。
また、東京高裁平成15年(行ケ)第287号判決(平成17年2月1日判決言渡)(甲第10号証)・・・本件発明の構成が、他の発明と比校して格別の作用効果を奏する発明の特定事項ではない場合には、このような構成については、取り立てて本件発明の進歩性判断の要素とするのは相当でないと判示している。
そうすると、これらの判示事項を踏まえて、本件についてみると、本件発明1において、半導体素子の機能に関係しない領域について結晶欠陥の数を1×10^(7)個/cm^(2)以下とすることに、何らかの技術的意義があると認めることはできないものであり、また、本件発明1において、半導体素子の機能に関係しない領域について結晶欠陥の数を1×10^(7)個/cm^(2)以下とすることが、引用発明と比較して格別の作用効果を奏する発明の特定事項ではないのである。したがって、本件発明1と引用発明とはともに、半導体素子の機能に関係する領域について、結晶欠陥の数を1×10^(7)個/cm^(2)以下としているのであるから、本件発明1に、発明の進歩性が認められるべきものではない。」(上申書19頁最終行?29頁2行)

オ 本件発明2について
「本件発明2は、本件発明1に対して、「前記GaN基板は、結晶欠陥が1×10^(6)個/cm^(2)以下の領域を有する」と限定したものである。
しかしながら、引用発明のGaN層にn型の不純物をドープしたn型クラッド層62は、結晶欠陥密度が10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲・・・特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。」(上申書29頁4?11行)

カ 本件発明3について
「本件発明3は、本件発明1に対して、・・・限定したものである。
しかしながら、半導体層としてn側クラッド層、活性層、p側クラッド層を順に積層し、該p側クラッド層にリッジストライプを形成することは、・・・甲第4号証ないし甲第6号証・・・半導体レーザにおいて従来周知の技術・・・特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。」(上申書29頁13?24行)

(2)審判事件弁駁書(以下、「弁駁書」という。)の主張(反論)
ア 被請求人の主張する相違点1に対する請求人の反論
(ア)「本件特許明細書には、・・・GaN基板の厚みを50μm以上とすることで、結晶欠陥がどの程度の数になるのかについては、記載されていない。・・・結晶欠陥の数は、「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域」で得られるのであるから、GaN基板の厚みを50μm以上とすることとは、無関係・・・本件訂正発明1では、本件特許明細書の段落【0019】?【0022】に記載されているような結晶欠陥を横方向に伸ばすことによって厚さ方向に伸びる結晶欠陥を少なくしたものであることが特定されていないのであるから、そもそも本件訂正発明1は、第2の窒化物半導体層を厚くすることによって結晶欠陥の少ない領域が多くなるという作用効果を奏するものではない。したがって、本件訂正発明1において、GaN基板の厚みを50μm以上とすることに技術的意義は存在しない。」(弁駁書3頁14行?4頁4行)

(イ)「引用発明では、単体の素子に切り出す前に基板1側をラッピングしており、・・・甲第12号証・・・窒化ガリウム単結晶の厚さが100μmに満たないと、成長用の基板を剥離する際の強度が不足して崩れてしまい・・・甲第7号証・・・n型GaN基板の厚さを200μmとすることが開示・・・サファイア基板をラッピングしてから単体の素子に切り出す甲第1号証の図6Bの素子構造では、十分な強度を維持するためには、基板に対応するGaN層の厚みが当然に50μm以上は必要であることは明らか・・・」(弁駁書4頁12行?5頁20行)

(ウ)「本来所望の第2の窒化物半導体層を得るためには、その厚さが3μm以上であれば足りるが、下地層が除去されて素子構造とされる場合には50μm以上必要・・・この違いは、下地層が除去されるか否か、すなわち、第2の窒化物半導体層を基板とするか否かにより生じている・・・本件訂正発明1においても、GaN基板の厚みを50μm以上としているのは、専ら下地層が除去された後に十分な強度を維持するためと解される。」(弁駁書5頁下から2行?6頁6行)

(エ)「引用発明のクラッド層62と記されたGaNからなる層は、乙第5号証?乙第11号証に記載されたクラッド層とは機能的に全く別の層であり、乙第5号証?乙第11号証に記載されたクラッド層の厚みを根拠にした被請求人の主張は、引用発明を正解しない・・・」(6頁23?27行)

(オ)「本件訂正発明1において、GaN基板の厚みを50μm以上とすることに技術的意義は存在せず、また、引用発明における基板に対応するGaN層の厚みは50μm以上必要であることは明らかであるから、GaN基板の厚みが50μm以上であることは、本件訂正発明1と引用発明との実質的な差異ではなく、少なくとも甲第7号証の記載に基づいて容易に想到できる程度のことである。」(弁駁書6頁28?最終行)

イ 被請求人の主張する相違点2に対する請求人の反論
「ア ・・・引用発明における基板に対応するGaN層の厚みが、当然に50μm以上である・・・したがって、下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域の結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下とすることも、本件訂正発明1と引用発明との実質的な差異ではない。
イ ・・・甲第7号証の実施例6・・・厚みは200μm・・・引用発明と同様に、サファイア基板上にGaN基板となるGaN層、及び活性層を含む窒化物半導体層を形成し、その後、サファイア基板を除去・・・
ウ ・・・乙第5号証?乙第11号証・・・基板に対応する層の上に形成される層は一般に薄いため、基板・・・により切り出しの際の強度を確保・・・乙第12号証は、・・・未公知の文献・・・チップ全体でみても厚みが5?8μm程度にすぎず、このような厚さの素子は機械的な強度が弱いので実現は疑わしい・・・したがって、乙第12号証に基づく被請求人の主張は誤り・・・甲第11号証・・・基板に対応する層は80μm以上・・・」(弁駁書7頁2行?9頁4行)

ウ 被請求人の主張する相違点3に対する請求人の反論
「ア ・・・ハライド気相成長法(HVPE)に変更してGaN基板を形成しても、その結晶欠陥密度が10^(7)cm^(-2)以下となることは明らかである。
イ ・・・本件訂正発明1は、・・・ハライド気相成長法(HVPE)による具体的な製造方法が特定されている訳ではない。・・・引用発明において、結晶欠陥密度が低い(10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲)窒化物半導体層が形成される理由は、「結晶成長技術1」の選択性結晶成長を行うこと・・・GaN層のエピタキシャル成長法として、有機金属気相成長方法とハライド気相成長法(HVPE)はどちらも周知の技術・・・
ウ ・・・引用発明における基板に対応するGaN層を厚膜に形成する必要があることは、前示(1)のとおり・・・厚膜の結晶を得るのに適しているハライド気相成長法(HVPE)により形成しようとする動機付けは、甲第1号証自体に十分に存在する。」(弁駁書9頁6行?10頁下から6行)

エ 被請求人の主張する相違点4に対する請求人の反論
「図6Bの半導体装置に関しても、半導体光素子の効果を高めるためにリッジストライプ構造を採用できることは、甲第1号証の記載全体から十分に読み取れ・・・図6Bの半導体装置において、窒化物半導体層の形成された活性層におけるキャリア注入領域を制限するための構造に代えて、窒化物半導体層にリッジストライプを形成し、該リッジストライプ上にp電極を形成したリッジストライプ構造の素子とすることも、実質的に甲第1号証に記載・・・リッジストライプを採用することに格別の困難性は存在しない。」(弁駁書11頁3?12行)


第5 被請求人の主張
1 被請求人主張の概要
被請求人は、答弁書において、本件発明は、甲第1号証の引用発明及び請求人が主張する周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとはいえず、本件無効審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求めると主張した。
また、「第1 手続の経緯」のように、請求人の主張を整理した上申書の内容を無効理由として通知したところ、被請求人は、訂正請求書及び訂正明細書を提出すると共に意見書において、「本件訂正発明は、甲1などに基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。したがって、本件無効審判請求は成り立たない。」と主張した。
そして、上記主張に伴い、答弁書において下記乙第1号証?乙第3号証が、口頭審理陳述要領書において下記乙第4号証が、そして意見書において下記乙第5号証?乙第12号証が提出された。

<各乙号証>
(1) 乙第1号証:米津宏雄著、「光通信素了光学(4版)」、工学図書株式会社、平成3年5月25日
(2) 乙第2号証:米津宏雄著、「半導体基礎用語辞典(4版)」、工学図書株式会社、平成4年6月1日
(3) 乙第3号証:物理学辞典編集委員会編、「物理学辞典(改訂第4刷)」、株式会社培風館、平成10年12月10日
(4) 乙第4号証:「平成24年3月30日付被告第2準備書面」と題する書面
(5) 乙第5号証 特開平6-326416号公報
(6) 乙第6号証 特開平9-148247号公報
(7) 乙第7号証 特開平8-116092号公報
(8) 乙第8号証 特開平8-83928号公報
(9) 乙第9考証 特開平10-270756号公報
(10)乙第10号証 特開平8-125275号公報
(11)乙第11号証 特開平7-249820号公報
(12)乙第12号証 特開平11-238913号公報

2 意見書の主張
意見書では、本件訂正発明1を単に本件訂正発明と記載しており下記の引用箇所の記載ではそのままの標記を用いている。また、意見書に記載された注意書きについては、番号と共に「()」書きで標記した。

ア 本件訂正発明1について
「本件訂正発明は、50μm以上の厚みを有するGaN基板を用いた発明である。さらに、本件明細書で記載されているとおり、本件訂正発明では、結晶欠陥が横方向に伸びることによって、結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなって、その上に活性層を含む窒化物半導体層を成長させると、非常に結晶欠陥の少ない素子構造が形成できるとの作用効果を奏する(本件明細書の段落0013参照)。」(意見書3頁下から4行?4頁2行)

イ 甲第1号証に記載された発明(引用発明)について
「結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2) 以下である、有機金属気相成長法を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板^(1)(^(1 )正確には「GaN結晶層」とでもいうべき層ではあるが、ここではこの点は措いて、「GaN基板」とする。)、
・・・とする窒化物半導体素子。
引用発明は、結晶欠陥が目空き部上では真っ直ぐ伸び、保護膜上では横方向に成長してきたGaN結晶が合体することで、その中央部分で結晶欠陥密度が高くなるとの成長方法を採用した発明である。そのため、引用発明では、厚膜に成長させても、結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなるということはない。」(意見書4頁8?18行)

ウ 本件訂正発明1と引用発明との対比・判断について
(ア)対比について
「本件訂正発明と引用発明とを対比させると、・・・次の点で相違する。
(1)相違点1
・・・引用発明では、GaN基板の厚みが不明である点。
(2)相違点2
・・・引用発明では、GaN基板が5μm以上の厚みを有しているかどうかが不明であるため、結晶欠陥の数を検討する対象となる5μmよりも上の領域を観念できない点。
(3)相違点3
本件訂正発明では、ハライド気相成長法(HVPE)を用いてGaN基板が形成されるのに対し、引用発明では、有機金属気相成長法(MOCVD)を用いてGaN基板が形成される点。
(4)相違点4
・・・引用発明では、このようなリッジストライプが形成されず、したがってその上に形成されるp電極を有さない点。」(意見書4頁最終行?6頁1行)

(イ)各相違点1?4について
「(1)相違点1について
・・・一般的に、クラッド層の厚みは、厚めに見積もってもせいぜい数μm程度であって(乙5?11)・・・引用発明の・・・GaN基板では、多数の結晶欠陥が目空き部(窓領域)の上方に伸びる結果、本件訂正発明とは異なり、これをたとえ厚膜に成長させたとしても結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなるわけではなく、結晶欠陥の数の分布に変化はない。・・・引用発明では、当該GaN基仮に厚膜を採用すべき理由がない。・・・
(2)相違点2について
・・・引用発明ではクラッド層を基板としており、GaN基板が5μm以上の厚みを有していない・・・下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域における結晶欠陥の数を議論する前提を欠いている。・・・甲2及び甲6は、当該GaN層を半導体層の成長用の基板として使用している例であるからある程度の厚みが必要なだけ・・・から、引用発明とはその前提が異かる甲2、甲6を根拠に引用発明のGaN層の厚みが5μm以上あるとはいえない。
・・・切り出しの際の強度は、素子全体の厚みで決まる・・・GaN層のみを問題にするとしても、例えば、乙12では、・・・GaN層を4μmに成長させ、その後、チップに切り出しているから(乙12の段落0006)、単体の素子に切り出すために5μm以上の厚みが必要であるとする請求人の主張はそれ自体誤り・・・
(3)相違点3について
・・・横方向成長技術を用いた甲1(MOCVDを採用)と甲2(HVPEを採用)であっても、それぞれ結晶欠陥の数は・・・異なっているのであるから、MOCVDをHVPEに代えた場合に、同じ結晶欠陥の数が得られるとはいえない・・・それぞれの引例ではそれぞれが規定する前提条件があるのであって、これを無視して、常にMOCVDに代えてHVPEを用いることでできるなどともいえるはずがない。・・・各証拠を見ても、ハライド気相成長法(HVPE)を甲1の成長方法・・・に使った例はないから、この意味においても、甲1にHVPEを適用することは単なる周知技術の転用などとはいえない。・・・甲2ではHVPEを用いて得られた結晶における結晶欠陥密度が本件訂正発明の1×10^(7)/cm^(2)よりも劣る6×10^(7)/cm^(2)・・・請求人が主張するような「推測」にも根拠がない。・・・引用発明にはGaN基板を厚膜に形成する動機がないから、引用発明のGaN基板をハライド気相成長法(HVPE)で形成する理由は存在しない^(3)。(^(3)これに対し、本件訂正発明の場合は、厚膜にすることによって、結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなるから・・・成長速度の速いハライド気相成長法HVPE)を採用することに意味がある。)数μm程度の薄膜であるクラッド層を形成するために、厚膜成長に適するハライド気相成長法(HVPE)を用いる理由などない・・・
(4)相違点4について
図6Bに記載のとおり、引用発明では、電流狭窄するために層67を設ける層構造を採用しているのであるから、その層構造を全体的に入れ替えてリッジストライプを採用する積極的な理由はない。」(意見書6頁3行?9頁18行)


第6 無効理由に対する当審の判断
1 本件訂正発明1?3
上記「第2 訂正の請求の可否」のとおり、本件訂正は認められるので、本件発明は、上記「第3 本件発明」で認定した訂正された本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明である「本件訂正発明1」?「本件訂正発明3」のとおりである。

2 各甲号証の記載事項及び引用発明並びに各乙号証の記載事項
<各甲号証>
(1)甲第1号証(国際公開第97/11518号)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第1号証には、「半導体材料、半導体材料の製造方法及び半導体装置」(発明の名称)に関する発明について、図面と共に以下の記載がある。(下線は、当審で付した。以下、他の甲号証の記載事項に関する下線も同様。)

(甲1ア)「本発明者は、上述の本発明の半導体レーザ素子を絶縁膜にSiO_(2)を用いて数ロット作製し、・・・観察した。半導体レーザ素子は、サファイア(α-Al_(2)O_(3))単結晶基板の(0001)C面上に第1の窒化物半導体層、目空き部(窓領域)を有する絶縁膜、第2の窒化物半導体層を順次積層して作製した。また、絶縁膜の目空き部には第2の窒化物半導体層の一部が形成され、目空き部の底部にて第1の窒化物半導体層に接合している。この半導体レーザ素子の所謂断面TEM像から、次の知見を得た。
知見1:SiO_(2)膜(絶縁膜)上で成長した第2の窒化物半導体層の結晶欠陥密度は10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲かこれよりも低い。これに対し、SiO_(2)の目空き部にて第1の窒化物半導体層の上面から成長した第2の窒化物半導体層の結晶欠陥密度は、これまで報告されているような10^(9)?10^(11)cm^(-2)のレベルである。目空き部で成長した第2の窒化物半導体層に見られる欠陥(転位)の殆どはサファイア基板の界面で発生し、第1の窒化物半導体層を貫通してこの層に入り、そのごく一部がSiO_(2)上に形成された第2の窒化物半導体層に侵入していることである。換言すれば、SiO_(2)上の第2の窒化物半導体層に見られる欠陥はSiO_(2)の目空き部から離れるにつれて急激に減少している。この欠陥の発生は、図1に破線で模式的に示される。
・・・c軸方向に延伸する欠陥は絶縁膜上の窒化物半導体層には殆ど見られない。第2の窒化物半導体層を目空き部側壁上に延伸する仮想界面(図1A、1Bに点破線で示す)で2つの領域に分けると、絶縁膜上の領域の欠陥は略全て目空き部側の領域の欠陥を仮想界面にて継承している。従って、絶縁膜上の領域は仮想界面からc軸に対して略垂直方向に成長する(即ち、ホモエピタキシャル成長)と仮定すれば、その領域の欠陥密度の低さはc軸方向以外には欠陥が増殖しないウルツ鉱構造の結晶成長の性質によるものと説明できる。
そこで、本発明者は次の結論を得た。
結論1:窒化物半導体の結晶は、絶縁膜の目空き部にて結晶構造を有する領域の表面から当該表面の原子配列に倣って縦方向(即ち、当該表面に対し垂直方向)に延伸するように成長し、絶縁膜上にて目空き部から突出して成長した窒化物半導体の側面を新たな成長界面として横方向(即ち、当該絶縁膜上面に略平行な方向)に成長する。換言すれば、窒化物半導体の結晶成長は、絶縁膜の目空き部と当該絶縁膜上とで異なる態様を選択的に示す所謂選択性結晶成長であり、また後者の場合、実質的にホモエピタキシャル成長である。」(明細書5頁5行?6頁15行)

(甲1イ)「発明を実施するための最良の形態
1.総論
まず、本発明の基本概念たる半導体結晶成長技術について説明・・・
<結晶成長技術1>
・・・第1の工程として、例えばサファイア基板1の(0001)表面上にSiO_(2)膜を形成する。この工程は、・・・サファイア基板表明にSiO_(2)膜を気相成長法により直接形成する。次にSiO_(2)膜表面にフォトレジストを塗布して、ストライプ状に目空き部形成領域を感光させて除去する。最後に目空き部を・・・SiO_(2)膜のウェットエッチングで形成する。・・・
次の第3の工程から、図3A?3Dを参照して説明する。まず、第2の工程で得られた目空き部40付SiO_(2)膜4(以降、SiO_(2)膜マスク4と呼ぶ)が形成されたサファイア基板1を窒化物半導体結晶成長炉に入れる。・・・本発明者は既存のMOCVD装置を利用し、原料ガスの供給路の一つをアンモニアガス供給用に用いた。第3の工程にて、炉の圧力を略大気圧(760Torr)にして、この炉にアンモニア(NH_(3))ガスを毎分2?5リットル(2?5SLM)、トリメチルガリウム(TMG)ガスを毎分約10cc(10sccm)で連続的に供給し、炉内にセットされたサファイア基板を成長温度1030℃に加熱した。
図3A-3Cは、第3の工程における窒化物半導体層たるGaN結晶の成長を時系列的に示す。まず、目空き部40内でサファイア基板表面上にGaNの微結晶50が形成される(図3A)。・・・微結晶毎にc軸方向がばらついていることが確認できる。・・・
従って、微結晶が成長するにつれて結晶間の成長面が擦れ合い、食い込み合う現象が生じる。その結果、微結晶から成長してきた複数のGaN結晶は目空き部にて合体するものの、合体面を中心に結晶内に掛かる応力が原因で多数の転位を形成する(図3B)。このように目空き部に成長したGaN結晶は、サファイア基板とのヘテロ接合界面の原子配列により結晶構造が規定されるため、便宜的にヘテロエピタキシャル部51と呼ぶ。
このヘテロエピタキシャル部51が目空き部より突出して成長すると、目空き部40の縁に沿うヘテロエピタキシャル部51の側面を新たな成長界面としてSiO_(2)膜マスク4上面に沿うようにGaN結晶のホモエピタキシャル成長が始まる(図3C)。即ち、SiO_(2)膜マスク4上面に形成されるGaN結晶は目空き部内及びその上部に成長する結晶とは成長メカニズムが異なる。本発明者は、SiO_(2)膜マスク4上に形成された領域を便宜的にホモエピタキシャル部52と呼ぶ。・・・
本発明者は、・・・観察した結果、既に説明したようにヘテロエピタキシャル部51に比べてホモエピタキシャル部52に発生する結晶欠陥の密度が格段に低いことを発見した。図19は、図3Dに相当する透過電子顕微鏡の写真である。この写真の中央付近で縦芳香に走る線はSiO_(2)膜マスク4の開口端部を示すが、これを境に左側の領域に見られる多数の筋状の欠陥が右の領域で殆ど見られないことが確認できる。即ち、結晶欠陥の密度は左側の領域(図3Dのヘテロエピタキシャル部51)で10^(8)?10^(11)cm^(-2)、左側の領域(図3Dのホモエピタキシャル部52)で10^(4)?10^(5)cm^(-2)の範囲であった。また、成長過程におけるGaN結晶同志の合体はホモエピタキシャル部52においても確認された。・・・ホモエピタキシャル部は合体し、合体部の欠陥密度も最大10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度であった。
上述のSiO_(2)膜マスク4を利用した窒化物半導体の新たな結晶成長技術に関し、本発明者は窒化物半導体を用いた半導体装置の量産技術として図6Aの(1)と(2)に示すプロセスを提案する。双方の技術とも、ホモエピタキシャル部52の合体を利用したものであるが、例えばサファイア又は六方晶系の結晶構造を有する基板材料1上に複数の目空き部を持つSiO_(2)膜(又はこれに代わる非晶質の絶縁膜)マスク4を形成し、窒化物半導体から成る積層構造55を形成する。図6A?図6Cは、半導体レーザ素子・・・要は、キャリア注入により素子動作を行う領域をホモエピタキシャル部上に形成することであり、僅かの結晶欠陥にも性能が左右される素子においては、マスク4上における結晶の合体領域上部を避けて素子動作を行う領域を形成する図6A(2)の構成を採用することが望ましい。図6Aの(1)及び(2)とも、電極10を形成した後に矢印方向にダイシングを行い、図6Bに示すような単体の半導体レーザ素子を得る。因みにこの半導体レーザ素子は、マスク4上に形成されたホモエピタキシャル部(GaN層)にn型の不純物をドープしたn型クラッド層62とn型のA1_(0.15)Ga_(0.85)N層からなる光導波層63、アンドープのInGaN多重量子井戸層からなる活性層66、p型のA1_(0.15)Ga_(0.85)Nからなる光導波層(図示せず)、p型のGaNからなるクラッド層65、p型クラッド層65より高い濃度の不純物を含むp型GaNのキャップ層68,p型電極10を積層して形成され、p型のクラッド層65に埋め込まれて形成されたn型のGaN層67(n型クラッド層と同レベルの不純物を含有)で活性層66におけるキャリア注入領域を制限する。即ち、この素子ではn型のGaN層67が形成されない領域の下部の活性層が実質上の素子動作に関与するため、この部分をヘテロエピタキシャル部の上方から外していることは、図6Aの(1)及び(2)から明らかであろう。なお、図6Aの(1)及び(2)の量産技術においては、単体の素子に切り出す前に基板1側をラッピングし、n型クラッド層の下面を露出させることでこの面にn型電極11を形成することもできる。図6Bの素子構造は、このようにして作製された一例を示すものである。」(明細書18頁5行?21頁10行)

(甲1ウ)図1Aには、半導体レーザ素子構造の断面が示されており、サファイア基板上の第1の窒化物半導体層には、結晶欠陥を示す線が全面的に上方に伸びており、第1の窒化物半導体層上の絶縁マスクの目空き部においては、前記結晶欠陥を示す線が第2の窒化物半導体層においても、引き続き上方に伸びているが、前記絶縁マスク上の第2の窒化物半導体層には、前記結晶欠陥を示す線が無いことが看取できる。

(甲1エ)図6Aには、図6Bとして示された半導体装置のダイシング前の積層構造55のダイシングを位置を示した、結晶成長技術1或いは結晶成長技術2を応用した半導体装置の量産プロセスを説明する図が示されている。
図6A(1)から、サファイア基板1の上に複数の目空き部を設けたSiO_(2)膜マスク4が配置され、各SiO_(2)膜マスク4の中央上方に、p型のクラッド層65に埋め込まれたn型のGaN層67で制限された領域が有り、各目空き部の中央にダイシング方向下向きを示す矢印が記載されていることが看取できる。
また、図6A(2)から、上記制限された領域がSiO_(2)膜マスク4の目空き部の中央とSiO_(2)膜マスク4の中央との間のSiO_(2)膜マスク4の上方に配置され、ダイシング方向下向きを示す矢印が、目空き部の中央とSiO_(2)膜マスク4の中央にそれぞれ記載されていることが看取できる。

(甲1オ)図6Bには、半導体装置の一完成例の縦断面図が示されており、n型クラッド層62の素子形成領域と反対の面全面に直接n型電極11が形成されていることが看取できる。

上記記載事項(甲1ア)?(甲1オ)及び図6A(2)をまとめると、甲第1号証には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

「サファイア基板1の(0001)表面上にSiO_(2)膜(絶縁膜)を気相成長法により直接形成し、上記SiO_(2)膜にストライプ状に複数の目空き部を形成して、SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4とし、
前記SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4が形成されたサファイア基板1を窒化物半導体結晶成長炉(MOCVD装置)に入れ、
アンモニア(NH_(3))ガス、トリメチルガリウム(TMG)ガスを連続的に供給し、サファイア基板1を成長温度1030℃に加熱し、
前記SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4の目空き部にて結晶構造を有する領域の表面から縦方向に延伸するように成長し、SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク上にて目空き部から突出して成長した窒化物半導体の側面を新たな成長界面として横方向(即ち、当該SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク上面に略平行な方向)に成長させることで、成長したGaN結晶の結晶欠陥の密度が、目空き部の上側において10^(8)?10^(11)cm^(-2)、SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4の上側で10^(4)?10^(5)cm^(-2)、また、SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4の上側であって前記横方向に成長したGaN結晶の合体部の欠陥密度が最大10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度となる、SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4を利用した窒化物半導体の結晶成長技術を用いて形成した半導体レーザ素子において、
キャリア注入により素子動作を行う領域をSiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4上に形成された領域であるホモエピタキシャル部上であって、SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4上における結晶の合体領域上部を避けて素子動作を行う領域が形成されるように、SiO_(2)膜(絶縁膜)マスク4上に形成されたホモエピタキシャル部(GaN層)にn型の不純物をドープしたn型クラッド層62とn型のA1_(0.15)Ga_(0.85)N層からなる光導波層63、アンドープのInGaN多重量子井戸層からなる活性層66、p型のA1_(0.15)Ga_(0.85)Nからなる光導波層、p型のGaNからなるクラッド層65、p型クラッド層65より高い濃度の不純物を含むp型GaNのキャップ層68,p型電極10を積層して形成され、前記p型のクラッド層65に埋め込まれて前記活性層66におけるキャリア注入領域を制限するn型のGaN層67から成る積層構造55を形成し、
サファイア基板1側をラッピングし、n型クラッド層の下面を露出させ、n型クラッド層の露出した下面にn型電極11を形成し、
その後、単体の素子に切り出すために、各目空き部の中央と各SiO_(2)膜マスク4の中央に、積層構造55の上から下に向けてそれぞれダイシングして、
形成した半導体レーザ素子。」

(2)甲第2号証(“Thick GaN Epitaxial Growth with Low Dislocation Density by Hydride Vapor Phase Epitaxy ”(ハイドライド気相成長エピタキシーによる低転位密度の厚いGaNエピタキシャル成長):以下、英文の後の日本語は請求人による甲第2号証翻訳文を参照した当審による翻訳である。)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第2号証には、以下の記載がある。(なお、以下の記載では、ミラー指数における負の成分を示すオーバーライン(アッパーバー)を標記できないため、前に「-」をつけ、「-1」と標記する。)
(甲2ア)「Thick GaN layers were grown by hydride vapor phase epitaxy (HVPE) with the aim of using these layers as a homoepitaxial substrate to improve device quality of laser diodes or light emitting diodes. HVPE is very useful for thick layer growth since the growth rate can reach from several ten up to one hundred micron per hour. In this experiment, the growth began as selective growth through openings formed in a SiO_(2) mask. Facets consisting of {1-101} planes were formed in the early stage and a continuous film developed from the coalescence of these facets on the SiO_(2) mask. As a result, GaN layers with a dislocation density as low as 6×10^(7) cm ^(-2 )were grown on 2-inch-diameter sapphire wafers. (ハイドライド気相成長エピタキシー(HVPE)により、厚膜GaN層を成長させた。その目的は、これらの層をホモエピタキシャル基板として用いることで、レーザダイオードや発光ダイオードのデバイス品質の向上を図ることである。HVPEは成長速度が毎時数十から百ミクロンに達することから厚膜層の成長に極めて有用である。本実験では、Si0_(2)マスクにより形成した開口を通して膜を選択成長させることから成長を開始した。{1-101}面から成るファセットが初期段階で形成され、これらのファセット構造がSi0_(2)マスク上で合体することにより連続膜を成長させた。その結果、6×10^(7)cm^(-2)の低転位密度のGaN層を2インチ径のサファイアウェハ上に成長できた。)」(L899頁要約)

(甲2イ)「Using a hydride VPE system, thick GaN with a dislocation density as low as 6×10^(7) cm ^(-2 )was successfully grown. The growth began with selective growth at stripe openings formed in a SiO_(2) mask. The continuous film was grown by the coalescence of a selectively grown facet structure. A crack-free mirror-like surface was obtained on a 2-inch-diameter wafer. Photoluminescence measurements showed a very strong band-edge emission with a narrow FWHM of 1.6meV and distinct free-exciton emission was observed. By using the thick GaN as a substrate, the crystalline quality for InGaN/GaN laser diodes and light emitting diodes could be significantly improved.(ハイドライドVPE装置を使用することで、6×10^(7)cm^(-2)という低い転位密度を持つ厚膜GaNを成長させることができた。まずSiO_(2)マスクに形成された複数のストライプ状の窓への選択成長を開始し、選択成長させたファセット構造同士を合体させることで連続的な膜を形成した。その結果、亀裂のない鏡状の表面を持つ2インチ径ウェハを作製することができた。また、光ルミネセンス測定により、1.6mevという狭いFWHMを持つ非常に強いバンド端発光が測定され、自由励起子発光も確認された。この厚膜GaNを基板として使用することで、InGaN/GaN系レーザダイオードや発光ダイオードの結晶品質を大幅に向上させることができるだろう。)」(L902頁左欄「4.Conclusion(結論)」)

(甲2ウ)L900頁の図1には、この実験で用いられた基板構造の断面図が示されており、サファイア基板の上に、MOVPE成長によるGaN層(1?1.5μm)、その上に窓を複数形成したSi0_(2)マスク(1?4μmの幅)を形成したものが看取できる。

(甲2エ)L900頁の図3には、2.5分経過、5分経過、10分経過後の成長面のSEM像が示されており、三角形状の面が成長し、合体していく様子が看取できる。また、第3図の説明として、「Figure3(a) shows an SEM image of the facet structure as it appeared after 2.5min of growth.(図3(a)は成長開始から2.5分経過した後に発生したファセット構造を撮影したSEM画像である。)」(L900頁15?16行)との記載がある。

(3)甲第3号証(特開平9-115832号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第3号証には、「III族窒化物半導体基板とその製造方法」(発明の名称)に関する発明に関して、図面と共に以下の記載がある。
(甲3)「【0042】尚、これら実施例では、窒化物の結晶成長方法として有機金属気相成長方法を用いたが、ハライド気相成長法や分子線成長方法など他の結晶成長方法を用いても可能なことは言うまでもない。また、製造するIII族窒化物層の組成は、実施例に記載のものに限定されるものではなく、A1_(x)Ga_(y)In_(z)N:x十y十z=1の任意の組成を含むことは言うまでもない。」

(4)甲第4号証(「応用物理学シリーズ 半導体レーザ」)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第4号証には、以下の事項が記載されている。
(甲4)図9・1(b)リッジストライプ構造(SBR)として、InGaAlP半導体レーザの素子構造例である、n電極、n-GaAs基板、n-InGaAlPクラッド層、InGaP活性層、p-InGaAlPクラッド層、p-GaAsコンタクト層、p電極が順に積層され、p-InGaAlPクラッド層にリッジストライプ構造を形成するn-GaAs電流狭窄層を形成したInGaAlP半導体レーザが図示されている。

(5)甲第5号証(「半導体レーザ」)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第5号証には、以下の事項が記載されている。
(甲5)半導体レーザの構造として、レーザ光を閉じ込めるためのストライプ構造として、図6-4(c)には、利得導波型の基本構造の例として内部ストライプ形を示し、クラッド層/ブロック層を部分的にN/P構造にして電流を狭窄したものが、図7-3(a)には、代表的素子の製作工程概念図として、エピタキシャル結晶成長による積層構造の形成後、エッチングによりリッジを形成するリッジ導波型の製造工程が図示されている。

(6)甲第6号証(特開平8-116090号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第6号証には、「半導体発光素子の製法」(発明の名称)に関する発明に関して、図面と共に以下の記載がある。
(甲6ア)図3にリッジストライプ型の半導体レーザの断面図が示されている。
(甲6イ)「【0044】実施例2
本実施例は半導体レーザ型発光素子の実施例で、各層の形成および電極の形成までは実施例1と全く同様に形成し、電極形成後に上部電極11(審決注:「電極10」の誤記。)の両側のキャップ層9およびp型クラッド層8の上部をエッチングしてメサ型形状にしたものである。このような構造にすることにより電流を活性層の中心部だけに集中させることができ、しかも劈開により端面が鏡面になっているため、端面で反射させて発振させることができ、出力が0.2mW程度の青色半導体レーザ型発光素子がえられた。」

(7)甲第7号証(特開平7-273367号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第7号証には、「半導体基板の製造方法および発光素子の製造方法」(発明の名称)に関する発明に関して、図面と共に以下の記載がある。
(甲7ア)「【0002】【従来技術】・・・基板1上にZnO等より成るバッファ層2を形成し・・・バッファ層2上にGaN層4をHVPE・・・法等により高速度成長させた後、図4(c)に示すように酸等により上記バッファ層をエッチング除去してGaN基板Sを得るものである。」
(甲7イ)「【0015】上記マスク3を構成する材料は、その上に実質的に結晶が成長し得ないものであることが必要である。・・・
【0016】・・・該間隔が上記範囲内であれば、マスク3上での半導体層4のオーバーグロウスもなく、製造コストも低く抑えることができる。」
(甲7ウ)「【0021】上記半導体層4の形成方法としてはHVPE、MOVPE,・・・半導体層4として・・・HVPEまたはMOVPEが好適に用いられ・・・」
(甲7エ)図1及び図3には、マスク3のバッファ層を露出した部分から半導体層が成長し、マスク3の上には半導体層が成長していないことが看取できる。

(8)甲第8号証(信学技報、「HVPE法による選択成長を用いた高品質GaNバルク単結晶の作製及び評価」)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第8号証には、以下の記載がある。
(甲8ア)「現在までにHVPE法・・・を用いることによりGaNバルク単結晶を作成する研究が進められてきた。・・・HVPE法は、成長速度が大きいために厚膜の結晶が得られる、・・・MOVPE法で用いられている選択成長をHVPE法に適用した。・・・転位の低減の2点に注目してGaNバルク単結晶の高品質化を目指した。」(36頁左欄20?最終行)
(甲8イ)「<1-100>方向への横方向成長は{1-101}ファセットを形成して成長する様子が観察される。」(38頁左欄下から5?3行)
(甲8ウ)「4.まとめ 本研究では、GaNバルク単結晶を作製するにあたって、選択成長法を用いることにより高品質のGaNを得ることを目的とした。その結果、成長領域を小さくして歪みを低減させたことにより、クラックのない結晶性の良好なGaNが得られた。・・・」(40頁左欄「4.まとめ」)

(9)甲第9号証(知財高裁平成22年(行ケ)第10334号判決)
上記判決には、以下の事項が判示されている。
(甲9)「相違点3は、本件補正発明においては、「エレベータの巻上機によって駆動されるトラクションシーブ」の外側直径が「たかだか約250mm」であるとの構成を採用した点にある。
・・・比較して、少なくとも軽量であることが示されているといいえても、それを超えて何らかの技術的な内容を開示するものではない。以上のとおりであり、トラクションシーブの外側直径を約250mmとすることにより、何らかの技術的な意義があると認めることはできない。したがって相違点3は、実質的な相違点ではない。・・・
以上によれば、本件補正発明のうち、「該エレベータの巻上機によって駆動される前記トラクションシープの外側直径はたかだか約250mm」とすることは、容易に想到することができたといえる。」(22頁?23頁の「第5、1(1)イ(イ)」)

(10)甲第10号証(東京高裁平成15年(行ケ)第287号判決)
上記判決には、以下の事項が判示されている。
(甲10)「以上の記載によれば。第2の略台形部分については・・・という作用効果を奏するものであることが認められる。これに対し、第1の略台形部分については、・・・どのような作用効果を奏するのかは判然としないのであって、本件発明2の第1の略台形部分が、本件発明1と比較して、格別の作用効果を奏する発明の特定事項であるとは認めることができない。そして、このような構成については、取り立てて本件発明2の進歩性判断の要素とするのは相当でないのであって、引用する本件発明1の構成部分と合わせてみるならば、本件発明2は、引用例1ないし3記載の発明及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといわなければならない。」(「第4、2(3)」)

(11)甲第11号証(特開平7-165498号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第11号証には、「GaN単結晶およびその製造方法」(発明の名称)に関する発明に関して、図面と共に以下の記載がある。
(甲11ア)「【0003】・・・結晶を成長させる方法がMOVPEであるために膜厚が5μm程度しか得られず非常に薄いので、GaN単結晶をもとの基板から分離し、例えば半導体発光素子の基板として、単独に用いることは困難であった。このためGaN単結晶を利用する場合は、もとの基板上に形成された状態のまま用いることを余儀なくされていた・・・」
(甲11イ)「【0008】・・・本発明のGaN単結晶は、・・・単独で基板として用いることができる程、充分な厚み80μm以上・・・」
(甲11ウ)「【0015】・・・GaNやバッファ層となる物質をエピタキシャル成長させる成膜法が最も好ましく、・・・HVPE,MOVPE・・・」

(12)甲第12号証(特開平9-71496号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である甲第12号証には、「窒化ガリウム単結晶厚膜の製造方法」(発明の名称)に関する発明に関して、図面と共に以下の記載がある。
(甲12ア)「【0015】・・・Gaペロブスカイト基板・・・上に窒化ガリウムの単結晶層をエピタキシャル成長させた後に、該成長層を前記基板から剥離して窒化ガリウム単結晶の厚膜を得ること・・・」
(甲12イ)「【0018】・・・ハイドライドVPE法を採用する理由は、・・・MOCVD法・・・に比べ格段に速く、・・・」
(甲12ウ)「【0019】・・・窒化ガリウム単結晶・・・厚さが100μmに満たないと、強度が不足して剥離させる際に崩れてしまうからである。厚さが200μm以上であれば、発光素子製作のプロセスで割れ難いと言う利点がある。・・・」

<各乙号証>
(21)乙第1号証(光通信素子工学)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第1号証には、MH-CVDとMO-CVDについての一般的な説明が記載されている。

(22)乙第2号証(半導体基礎用語辞典)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第2号証には、エピタキシャル成長、MOCVDについての定義が記載されている。

(23)乙第3号証(物理学辞典)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前において、未公知である乙第3号証には、エピタキシー成長についての定義が記載されている。

(24)乙第4号証(平成23年(ワ)第34237号 被告第2回準備書面)
乙第4号証の16頁「第4.1.(1)」で、上記事件で提示された乙第2号証(本件事案の甲第1号証と同じ刊行物)には、結晶成長技術2による図6Bの素子構造を有する半導体装置が記載され、さらにリッジストライプが採用可能であることを主張し、結晶成長に有機金属気相成長法とハライド気相成長法の何れを選択するかは設計的事項であるから、結晶成長技術2においてハライド気相成長法を使用することが当然行われる旨主張している。

(25)乙第5号証(特開平6-326416号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第5号証には、「化合物半導体素子」(発明の名称)に関して、SiC等の基板上に形成するクラッド層は、光を発光層に閉じ込めるための層であり、0.2μm程度の薄い層であることが【0003】に記載されている。

(26)乙第6号証(特開平9-148247号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第6号証には、「n型窒化物半導体の成長方法」(発明の名称)に関して、レーザダイオードにおいては、クラッド層で活性層の光を閉じ込めるため、0.1μm以上の厚膜を必要とすることが【0004】に記載され、【0011】、【0018】に、サファイア基板上のクラッド層を0.5μm程度とすることが記載されている。

(27)乙第7号証(特開平8-116092号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第7号証には、「半導体発光素子およびその製法」(発明の名称)に関して、n電極を下面に配置した50?500μmの厚さのGaAs基板等の上に、低温バッファ層4、2?5μmの厚さの高温バッファ層5、0.1?2μmの厚さのn型クラッド層6、活性層7、p型クラッド層8、キャップ層9、p電極10と積層し、p型クラッド層8上部をメサ型にエッチングした半導体レーザが図2に示されている。

(28)乙第8号証(特開平8-83928号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第8号証には、「半導体発光素子およびその製法」(発明の名称)に関して、図1に、【0021】?【0024】の記載を参酌すれば、100?300μmの基板の上に、0.01?0.2μmの低温バッファ層、2?5μmの高温バッファ層、0.1?0.3μmのn型クラッド層、0.05?0.1μmの活性層、0.1?0.3μmのp型クラッド層、0.3?2μmのキャップ層が順次積層した半導体が示されている。

(29)乙第9号証(特開平10-270756号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前において、未公知である刊行物である乙第9号証には、「窒化ガリウム系化合物半導体装置」(発明の名称)に関して、図4に、サファイア基板上に、バッファ層を介して0.3μmのn型クラッド層他が積層されることが示されている。

(30)乙第10号証(特開平8-125275号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第10号証には、「半導体装置」(発明の名称)に関して、図1に、裏面にn電極を設けたSiC基板上に、2?4μmのn型のGaN層を介して、0.8?1μmのn型クラッド層他が積層されることが示されている。

(31)乙第11号証(特開平7-249820号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である乙第11号証には、「半導体発光素子」(発明の名称)に関して、図1に、サファイア基板能重にGaNバッファ層を介して厚さ1μmのn型GaNクラッド層他が順次積層されることが示されている。

(32)乙第12号証(特開平11-238913号公報)
分割出願としての本件特許に係る原出願の優先権主張の日において、未公知である刊行物である乙第12号証には、「半導体発光デバイスチップ」(発明の名称)に関する発明に関して、【0006】、【0007】に、図1にサファイア基板の上に、GaNバッファー層、4μmのn型GaN層を4μm成長させ、その他活性層等を成長させた後、基板及びバッファー層を除去し、N,P電極を両面に形成後、チップに分割して発光素子を得ることが記載ないし図示されている。


3 本件訂正発明1と引用発明との対比・判断
(1)本件訂正発明1の技術的意義について
本件請求人は、上申書の「5.2.3.1本件発明1について」のなお書き(4)において、「本件発明1の「結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である」・・・仮に、半導体素子の機能に関係しないGaN基板の領域を含め全部の領域で結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下の意味であると解釈された場合は、引用発明では、半導体素子の機能に関係しない領域において結晶欠陥の数が最大10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度又は10^(8)?10^(11)cm^(-2)となる点で本件発明1と相違があることになる。・・・」としつつも、甲第9号証及び甲第10号証として判決を提示して、半導体素子の機能に関係しない領域について技術的意義がないから、進歩性が認められないとの主張をしているので、まず、本件訂正発明1の技術的意義について検討する。

<素子自体の信頼性・寿命について>
そもそも、結晶欠陥がない基板と結晶欠陥が偏在している基板とでは、基板自体が物として異なることは明らかである。
そして、従来法による結晶欠陥を偏在させたGaN基板を用いた場合の素子の課題として、本件訂正明細書の【0007】には、 「しかしながら、・・・窒化物半導体素子についても、結晶欠陥が未だ偏在するため、信頼性も十分とは言えない。そのため一枚のウェーハからレーザ素子を多数作製しても、満足できる寿命を有しているものはわずかしか得られない。・・・」と説明されている。
結晶欠陥が偏在している素子の場合、素子の機能領域と結晶欠陥の少ない領域とが精度良く位置合わされる事が必要なことは明らかであり、一枚のウェーハからレーザ素子を多数作製する場合において、結晶欠陥が偏在するような素子では、結晶欠陥の少ない領域と素子機能領域との位置合わせに精密さが要求され、上記訂正明細書に記載されているような課題である、信頼性の低い、或いは寿命の短い素子となり得る可能性が高くなるものである。
一方、結晶欠陥の領域が偏在せず、素子機能として直接関係ないと思われる領域を含めた全面において結晶欠陥の極めて少ない領域となっていれば、位置合わせの精度に従来程度の精度が要求されず、結果、信頼性をあげ、満足できる寿命を有しているものも増えるで有ろうことは明らかであり、素子領域の機能に関係のない領域を含め全部の領域で結晶欠陥の程度を低くするとの特定をすることには技術的意義を有しているものである。
また、素子機能領域以外の領域において、結晶欠陥が極めて多くなっても、素子としての機能に全く何らの影響をもなさないとし得る根拠も不明である。

<本件訂正発明1の製造方法に起因する技術的意義について>
ア 従来の成長方法による結晶欠陥の偏在(厚さ方向に直角な面方向における偏在)について
本件訂正明細書の【0006】【発明が解決しようとする課題】には、
「従来の窒化物半導体の成長方法によると、・・・LOGによって、結晶欠陥を部分的に集中させられることによる。この方法では、保護膜の上部に結晶欠陥を集中させて、窓部に結晶欠陥の少ない領域を作製・・・即ち、意図的に結晶欠陥を偏在させる・・・」
事が記載されている。
これは、従来の製造方法では、三角形状の一般的にファセットと呼ばれる形状で成長が開始されることにより、下記の記載及び図5?7に示されているように、結晶欠陥が偏析する事を説明しているものである。
「【0024】・・・最初の成長で、図5に示すように窓部から成長した第2の窒化物半導体層4’は、その窓部において三角形状(屋根状)に成長する。第2の窒化物半導体層4’が三角形状に成長すると、第1の窒化物半導体層2’から第2の窒化物半導体層4’に伸びる結晶欠陥は、その三角形状の辺部(屋根部)に向かう。
【0025】・・・成長を続けると、第2の窒化物半導体層4’は横方向に成長して、三角形の底辺である保護膜の表面において先に繋がる。さらに成長を続けると、屋根部に向かう結晶欠陥は上方向にも伸びてくる。
【0026】・・・第2の窒化物半導体層4’の結晶欠陥は、図7に示すように、保護膜上部で繋がり第2の窒化物半導体層の表面に貫通転位となって現れる。従って、第2の窒化物半導体層の表面には結晶欠陥の多い領域と少ない領域とが偏在するようになる。」

イ 厚さ方向に直角な面方向における結晶欠陥の偏在による問題点
(ア)上記のような貫通転位等の結晶欠陥が偏在することにより、【0007】には、
「しかしながら、・・・窒化物半導体素子についても、結晶欠陥が未だ偏在するため、信頼性も十分とは言えない。そのため一枚のウェーハからレーザ素子を多数作製しても、満足できる寿命を有しているものはわずかしか得られない。・・・」と説明されている。
(イ)厚膜に成長させた基板を用いて窒化物半導体を成長させ、リッジストライプを形成する場合、
a 膜成長後に炉から基板(ウェーハ)を取り出すと膜成長させた基板が反るので、この段階で下地基板及び保護膜を除去して平面とした後に、リッジストライプを形成すること、及び、
b 上記aでは、反りの回避のために下地基板と共に保護膜も除去しているので、リッジストライプを形成すべき位置と、除去してしまった保護膜の窓部の位置とを一致させることが困難である旨、下記の【0058】、【0059】の実施例7に記載されている。
してみると、従来の成長法によって成長を行った場合は、保護膜を除去したことにより、結晶欠陥の偏在位置を特定しづらくなるため、従来法による結晶欠陥の少ない窓部とリッジストライプの形成すべき位置とを一致させることが困難であり信頼性が劣ることになる一方、結晶欠陥が偏在していなければ、窓部等との一致をさせずとも、信頼性関係を損なうことがないことを示しているのは明らかである。

「【0058】[実施例7]
実施例1において、第2の窒化物半導体層4を成長させる際に、Siをドープして膜厚を90μmの膜厚で成長させる。後は実施例1と同様にしてその第2の窒化物半導体層の上に活性層を含む窒化物半導体層を成長させる。成長後、反応容器からウェーハを取り出したところ、サファイアと第2の窒化物半導体層との熱膨張係数差の関係で、ウェーハが皿のように反っていた。そこで、このウェーハの異種基板側を研磨して、異種基板1、第1の窒化物半導体層2、及び保護膜3を除去する。この異種基板の除去によってウェーハはほぼ平面が得られるようになった。
【0059】
次に、実施例1と同様にしてp側クラッド層18から上をリッジ形状とし、p電極20及びpパッド電極21を形成する。但し、リッジストライプの位置は保護膜が除去されているので、窓部に一致させることは困難である。一方保護膜が除去されて露出された結晶欠陥が多い側の第2の窒化物半導体層表面のほぼ全面にTi/Alよりなるn電極を設け、p電極とn電極とが対向した状態のレーザ素子とする。」

ウ したがって、本件訂正明細書に記載されている発明は、1枚のウェーハから多数の素子を製作する場合の上記イ(ア)に記載した信頼性の確保を課題とするだけではなく、イ(イ)に記載の、厚膜のGaN基板上にリッジストライプを有しGaN基板形成用の下地基板を取り除いた素子を形成する場合において、従来法では、反りの発生とそのための製造工程によるリッジストライプの形成位置と、結晶欠陥の少ない部位である窓部だった場所の上部領域とを一致させることが困難であることから、結晶欠陥を偏在させる箇所を極力減らして、全面的に結晶欠陥を少なくさせることで、これを解決したものである。
そして、本件訂正明細書には、結晶欠陥の偏在を極力減らすためには、下記【0018】?【0022】に記載のように、窓部の下地基板から発生した結晶欠陥が保護膜の上部において横方向に伸びるように成長させればよい旨説明されていることから、結晶の成長方法として、有機金属成長方法、ハライド気相成長法(HVPE)の何れを採用しても、結晶欠陥を保護膜上で横方向に伸ばし、直上方に向かわないように成長させることで、結晶欠陥の偏在を極力減らした基板となることは明らかである。
「【0018】
異種基板1の上に成長した第1の窒化物半導体層2は、その層内においてほぼ均一に結晶欠陥を有している。そして、その第1の窒化物半導体層2の表面に部分的(例えばストライプ状)に保護膜3を形成する。・・・
【0019】・・・図1に示すように窓部(保護膜が形成されていない部分)から成長した第2の窒化物半導体4が、保護膜3の上においてほぼ垂直な方向、若しくは逆台形に近い形状で成長する。第1の窒化物半導体層2に発生している結晶欠陥は、第2の窒化物半導体層4にも伸びてくるが、第2の窒化物半導体4をほぼ垂直な方向で成長させると、図1に示すように保護膜上部において、結晶欠陥が横方向(端面方向)に伸びる傾向にある。・・・
【0020】・・・ 本発明の方法によると、第2の窒化物半導体4の端面が、異種基板水平面に対してほぼ垂直に成長するので、図2に示すように第2の窒化物半導体4は、保護膜に近い側よりも、保護膜から離れた側で先に繋がるか、若しくは端面同士がほぼ同時に繋がる傾向にある。ここで重要なことは、第2の窒化物半導体層に発生している結晶欠陥は、横方向に伸びているため、第2の窒化物半導体層表面に現れにくいという・・・
【0021】・・・第2の窒化物半導体層4は上に向かっても成長するが、図3に示すように、保護膜の真上にある空隙部を埋めるために横方向、若しくは下方向に成長する。そしてその成長に従うように、第2の窒化物半導体層4の結晶欠陥は、保護膜3の方向を向いて成長するか若しくは、真横に広がる傾向にある。
【0022】・・・図4に示すように第2の窒化物半導体層の結晶欠陥が、第2の窒化物半導体の成長方向に合わせて、横方向にのみ伸びて、表面にまで繋がって貫通転位とならないため、表面に現れてくるものは非常に少なくなるのである。さらに厚膜で成長させると結晶欠陥が成長中に止まるものもある。このため、下地層の上に第2の窒化物半導体層を厚膜で成長していくに従って結晶欠陥は少なくなる傾向にあり、例えば第2の窒化物半導体層を30μm以上で成長させると、表面に現れる結晶欠陥が非常に少ない第2の窒化物半導体層が得られ、特に現実的なGaN基板として作用する。」

エ そして、本件訂正発明1において、「ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」として、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下」である基板を製造するためには、上記ウで摘記したように、結晶欠陥を保護膜の方向に向けて成長させる方法しか本件訂正明細書には記載されておらず、また、他の製造方法によって得ることが公知であったとも言えないから、本件訂正発明1における「ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」として、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下」である基板は、上記ウで摘記した結晶欠陥を保護膜の方向に向けて成長させる方法によって製造された基板である。
更に、本件訂正明細書には、窓部から保護膜上へ伸びる結晶欠陥の数が厚くなるに従い、減っていくことは、前記【0022】及び図1?図4に示されており、また、本件訂正明細書の実施例1のようにGaNが30μm程度の厚さでは、「リッジストライプ位置を結晶欠陥がやや現れやすい傾向を有するストライプ状の窓部中央部を避ける位置とする。」(【0043】)旨記載されている。
この場合、窒化物半導体層を成長させるための下地層としての異種基板(下地基板)及び保護膜を除去せずに残しているため、リッジストライプ位置をストライプ状の窓部中央部を避ける位置とすることができるものの、実施例7のように厚膜で下地基板を除去する場合は、【0013】に記載のように、50μm以上であれば結晶欠陥の少ない領域が更に多くなることで、窓部の位置が不明であっても、リッジストライプの形成に際して信頼性を得る事ができることは明らかである。

実施例1におけるリッジストライプの位置について
「【0043】・・・ウェーハを反応容器から取り出し、・・・p側クラッド層17とをエッチングして、4μmのストライプ幅を有するリッジ形状とする。重要なことは・・・リッジストライプ位置を結晶欠陥がやや現れ易い傾向を有するストライプ状の窓部中央部を避ける位置とする。このように結晶欠陥がほとんどない位置にストライプを形成すると、結晶欠陥が活性層まで伸びてこなくなる傾向にあるため、素子の長寿命とすることができ、信頼性が向上する。」

下地基板を除去する場合の第2の窒化物半導体層厚さについて
「【0013】・・・下地層が除去されて素子構造とされる場合、第2の窒化物半導体層の厚さが50μm以上であることが望ましい。これは50μm以上の膜厚であると、結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなって、その上に活性層を含む窒化物半導体を成長させると、非常に結晶欠陥の少ない素子構造が形成できることによる。」

オ したがって、本件訂正発明1による「ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」として、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下」である基板は、上記ウで摘記した製造方法によってのみ製造され、かつ上記エで摘記したように厚さ50μmのGaN基板を用いているから、結晶欠陥を表面において全面的に結晶欠陥を少なくしているものである。
そして、全面的に結晶欠陥を少なくしていることにより、従来の結晶欠陥が一部の領域において偏在する場合に有する場合の課題である一枚の厚膜基板から多数の素子を形成する際のリッジストライプ形成における信頼性の欠如を回避していることから、結晶欠陥を表面において全面的に結晶欠陥を少なくしている本件訂正発明1による「ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」として、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下」である基板は、技術的意味を有しているものである。

カ なお、本件訂正発明は、GaN基板の下面にn電極を形成したものであり、上記ウで摘記した製造方法によってのみ製造されたものに限定されるべきものであることは上記エで摘記したとおりであり、このような成長方法によれば、層の下層では結晶欠陥が多く、上層では結晶欠陥が少ないという、厚み方向で結晶欠陥に差が生じている層となる。
この点に関して、本件訂正明細書には素子の機能として、
「【0012】・・・窒化物半導体では結晶欠陥が多いものは、結晶欠陥が少ないものよりもキャリア濃度が大きくなる傾向にある。従って、第2の窒化物半導体層の結晶欠陥の多い領域は自然とn+となっており、このn+の方にn電極を設けると、閾値、Vf(順方向電圧)が低下しやすい。 」
「【0014】・・・第2の窒化物半導体層が同一組成で結晶欠陥の少ない低キャリア濃度領域と、結晶欠陥の多い高キャリア濃度領域とを有しているので、この高キャリア濃度領域にn電極を設けることにより、効率のよい素子を作製することができる。」
との効果を有する旨説明されているが、結晶欠陥が窓部に偏在し、保護膜等のマスク上に結晶欠陥がほとんど成長しない本件訂正明細書に記載された選択成長方法と異なる選択成長方法による素子の場合は、上記効果が期待できないことも明らかである。


(2)本件訂正発明1と引用発明との対比
ア 本件訂正発明1と引用発明とを対比すると、引用発明における「欠陥密度」、「n型のA1_(0.15)Ga_(0.85)N層からなる光導波層63、アンドープのInGaN多重量子井戸層からなる活性層66、p型のA1_(0.15)Ga_(0.85)Nからなる光導波層、p型のGaNからなるクラッド層65、p型クラッド層65より高い濃度の不純物を含むp型GaNのキャップ層68・・・を積層して形成され、前記p型のクラッド層65に埋め込まれて前記活性層66におけるキャリア注入領域を制限するn型のGaN層67から成る積層構造55」、「n型電極11」、「p型電極10」および「半導体レーザ」は、それぞれ、本件訂正発明1における「結晶欠陥の数」、「積層された、活性層を含む窒化物半導体層」、「n電極」、「p電極」および「窒化物半導体素子」に相当する。

イ 引用発明の「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」は、「第1の工程として、サファイア基板1の(0001)表面上にSiO_(2)膜を気相成長法により直接形成し、上記SiO_(2)膜ストライプ状に複数の目空き部を形成し、SiO_(2)膜マスク4とし、第2の工程として、前記SiO_(2)膜マスク4が形成されたサファイア基板1を窒化物半導体結晶成長炉(MOCVD装置)に入れ、第3の工程として、アンモニア(NH_(3))ガス、トリメチルガリウム(TMG)ガスを連続的に供給し、サファイア基板を成長温度1030℃に加熱」する成長技術を利用してn型の不純物をドープしたn型クラッド層62を形成しており、「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」の成長に、窒化物半導体結晶成長炉(MOCVD装置)を用いて、アンモニア(NH_(3))ガス、トリメチルガリウム(TMG)ガスを連続的に供給して窒化物半導体を成長させているのであるから、有機金属気相成長法を利用していることは明らかである。
また、「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」の成長後、窒化物半導体系の積層構造55を形成し、サファイア基板1側をラッピングし、n型クラッド層の下面を露出させ、n型クラッド層の露出した下面にn型電極11を形成してから、ダイシングを行っている。
一方、本件訂正明細書に記載された下地基板を除去する場合の実施例7においては、サファイア基板上の窓部を有する保護膜上にハライド気相成長法により本件訂正発明1のn型不純物を含有するGaN基板である第2の窒化物半導体を形成し、その上に活性層等を形成した後、サファイア基板及び保護膜を除去し、露出した第2の窒化物半導体の下面にn電極を形成するものである。
したがって、素子構造の機能として「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」は、本願訂正発明1の「GaN基板」としての機能をも有している。
してみると、引用発明の「サファイア基板1の?窒化物半導体の結晶成長技術を用いて形成した半導体レーザ素子において、キャリア注入により素子動作を行う領域をSiO_(2)膜マスク4上に形成された領域であるホモエピタキシャル部上であって、SiO_(2)膜マスク4上における結晶の合体領域上部を避けて素子動作を行う領域が形成されるように、SiO_(2)膜マスク4上に形成されたホモエピタキシャル部(GaN層)にn型の不純物をドープしたn型クラッド層62」と、本件訂正発明1の「ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」とは、「気相成長方法を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」の点で一致する。

ウ また、引用発明の「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」は、上記結晶成長技術1を用いて製造しているので、欠陥密度は、キャリア注入により素子動作を行う領域で10^(4)?10^(5)cm^(-2)であり、窓部領域では、10^(8)?10^(11)cm^(-2)、SiO_(2)膜マスク4上における結晶の合体領域では、10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度であるが、窓部と合体部とのそれぞれのダイシングに際して、欠陥密度の高い領域が全て除去されているのか否かは不明である。
よって、引用発明の「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」と、本件訂正発明1の「n型不純物を含有するGaN基板」とは、結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である領域を少なくとも部分的に有している点で一致している。
エ 引用発明の「p型電極10」は、積層構造55の最上層に形成されていることから、引用発明の「p型電極10」と本件訂正発明1の「リッジストライプ上に形成されたp電極」とは、「窒化物半導体層の上に形成されたp電極」である点で一致している。

よって、両者は、
「結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下の領域を少なくとも部分的に有している、気相成長方法を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板と、
前記GaN基板の上に積層された、活性層を含む窒化物半導体層と、
前記窒化物半導体層の上に形成されたp電極と、
前記GaN基板の下面に形成されたn電極と、
を備えた窒化物半導体素子。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件訂正発明1の「n型不純物を含有するGaN基板」は、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下であ」り、「ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成され」ているのに対して、引用発明の「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」は、厚みに関する特定がなされておらず、結晶欠陥の数については、キャリア注入により素子動作を行う領域では10^(4)?10^(5)cm^(-2)であるが、ダイシング領域近傍において、10^(8)?10^(11)cm^(-2)、10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度の領域が除去されているか否か不明であり、有機金属気相成長法を用いて形成されている点で相違する。

<相違点2>
本件訂正発明1は、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下であ」る「n型不純物を含有するGaN基板」を用いた窒化物半導体素子において、「窒化物半導体層に形成されたリッジストライプ」を有し、p電極が、該リッジストライプ上に形成されているのに対して、引用発明は、p型クラッド層65中に「キャリア注入領域を制限するn型のGaN層67」を有し、p型電極10は、p型クラッド層65に積層されたp型GaNのキャップ層68の上に形成されている点で相違する。


(3)上記相違点1、2についての判断
ア 相違点1について
(ア)本件訂正発明1は、「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である」が、n型不純物を含有するGaN基板の面方向に関して、結晶欠陥の数が、1×10^(7)個/cm^(2)を超えるような結晶欠陥の偏在箇所を有していないものであることは、上記「(1)本件訂正発明1の技術的意義」で、摘示したように明らかである。
一方、引用発明は、甲第1号証の摘記事項(甲1イ)にあるように、図6Aの(2)において、「要は、キャリア注入により素子動作を行う領域をホモエピタキシャル部上に形成することであり、僅かの結晶欠陥にも性能が左右される素子においては、マスク4上における結晶の合体領域上部を避けて素子動作を行う領域を形成する図6A(2)の構成を採用することが望ましい。」と記載されており、また、甲第1号証において例示された実施例1?5、7?12、14を示す、図7A?図18Cには、いずれも活性層に絶縁膜マスク及び活性層の中央領域以外の中央領域近傍において結晶欠陥密度が10^(8)?10^(11)cm^(-2)である絶縁膜マスク窓部をそれぞれ複数有しているか、或いは、上下2層でずれた絶縁膜マスク窓を設けていることが図示されている。
しかも、図7Cに示される構造は、甲第1号証の25頁下から6、5行に、「図7Cに示す構成では、発光活性層内における低欠陥密度で低光損失の中央領域にのみ電流を注入するリッジストライプ構造を有している」と記載されており、リッジストライプを形成する際にも、結晶欠陥密度が10^(8)?10^(11)cm^(-2)である絶縁膜マスク窓部を残してもよいことが説明されている。
してみると、図6A(1)、(2)において、結晶欠陥密度が「1×10^(7)個/cm^(2)」よりも大きい、目空き部40(10^(8)?10^(11)cm^(-2)、)及び合体部(10^(6)?10^(7)cm^(-2)程度)をダイシングする際に、それらの欠陥密度の大きい領域を積極的に全て除去すべき動機づけがない。

(イ)ハライド成長法の適用について
引用発明は、選択成長を用いる発明であるが、本件訂正明細書に記載されている選択成長と欠陥の成長方向が異なっている。
即ち、引用発明では、結晶欠陥が、窓部では、上方まで貫通欠陥として偏在し、10^(8)?10^(11)cm^(-2)となっており、マスク方向には欠陥が伸びないために、10^(4)?10^(5)cm^(-2)の低欠陥密度となるのに対して、本件訂正明細書に記載されている選択成長では、窓部に形成された結晶欠陥が保護膜上に横方向に伸び、保護膜の両側の窓部双方から伸びた結晶欠陥が合体し、上方には伸びないために、結晶欠陥が偏在することがないものである。
また、高速成長、厚膜成長等の要求から、有機金属成長法を単純にハライド成長法に変えること自体は、請求人主張のように周知の技術手法であるが、有機金属成長法を単純にハライド成長法に変えただけで結晶欠陥等の品質が同一とは必ずしもならない事も同様に周知の事項であり、結晶品質を向上させるために適宜前処理を行ったり、成長条件を変更することが通常行われている。
ところで、引用発明の結晶欠陥の伸びる方向が特定された選択成長では、マスク上方に結晶欠陥が伸びないことから、有機金属成長法を単純にハイドライド成長法に変えることで、マスク上方において、有機金属成長法と同程度の低欠陥密度となるであろう事は予想されるものの、依然として、マスクの窓部から表面まで達する貫通欠陥が偏在することは避けられず、当該窓部では、直接下地基板からのヘテロエピタキシャル成長を行うのであるから、一般的によく知られている有機金属成長法を用いた場合よりも結晶欠陥が多くなると言うことを考慮すれば、窓部における結晶欠陥もよく知られた通常の範囲において増加する事が推測される。
したがって、引用発明において、ハライド成長法を採用することが可能であったとしても、ハライド成長法によって、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である」、「n型不純物を含有するGaN基板」を成長させることはできないことは明らかである。

(ウ)厚みを50μm以上とすることについて
上記「(1)本件訂正発明1の技術的意義について」で、摘示したように、厚みを50μm以上とし、且つ結晶欠陥の偏在を極力少なくするようにすることは技術的意義を有しているものである。
請求人主張のように、窒化ガリウム単結晶基板を異種基板上に形成し、窒化ガリウム単結晶基板上に、窒化物種半導体層を形成し、当該異種基板を除去して半導体素子とする際に、所定の加工強度を得るために膜厚とすることは、下記甲第6号証或いは甲第12号証記載のように周知ではあるものの、厚膜成長に際して、膜厚を厚くすることにより結晶欠陥の偏在を減少させ、結晶欠陥の偏在を生じさせない選択成長を用いることを示す証拠は提示されておらず、また、甲第1号証には、引用発明における結晶欠陥の偏在領域を、膜厚を厚くすることでこれを減少させることについては説明されていない。

さらに、厚膜による反りの課題解決をはかりながら低欠陥領域とキャリア注入領域とを一致させる具体的な方法を示した証拠は、提示されておらず、また、周知技術であるとも言えない。
例えば、甲第6号証には、メサ型形状(リッジストライプに相当)のp型クラッド層を有する素子の製造方法として、下地異種基板となる半導体単結晶基板に、MOCVDにより50?200μmの窒化ガリウム系半導体を成長させ、活性層等を形成する前に半導体単結晶基板を除去することが記載され、甲第12号証には、結晶基板上に窒化ガリウムの単結晶をエピタキシャル成長させた後、成長層を結晶基板から剥離して厚膜の窒化ガリウムを得る際に、窒化ガリウム単結晶の厚さが100μmに満たないと、強度が不足して剥離させる際に崩れてしまい、厚さが200μm以上であれば、発光素子製作のプロセスで割れ難いことから、厚膜の窒化ガリウム単結晶として、100μm以上のものを得ることが必要であり、その際、膜成長速度が、MOCVD法に比べ格段に速いハイドライドVPE法を用いる事が記載されているものの、何れも、結晶欠陥の偏在を生じさせない選択成長を用いること、及び、反りの課題解決をはかりながら低欠陥領域とキャリア注入領域とを一致させる手順について記載されていない。

一方、本件訂正明細書の実施例1においては、下地基板を有し、第2の窒化物半導体層4を30μm成長させた場合について、
「【0031】
(第2の窒化物半導体層4)
保護膜3形成後、・・・第2の窒化物半導体層4を30μmの膜厚で成長させる。成長後、第2の窒化物半導体層を断面TEMにより観察すると、第1の窒化物半導体層の界面からおよそ5μm程度までの領域は結晶欠陥の数が多く(10^(8)個/cm^(2)以上)、5μmよりも上の領域では結晶欠陥が少なく(10^(6)個/cm^(2)以下)、十分に窒化物半導体基板として使用できるものであった。また成長後の表面は、保護膜上部にはほとんど結晶欠陥が見られず、窓部上部(ストライプ中央部)にはやや結晶欠陥が表出する傾向があるが、従来の方法(V/III比が2000より大)に比べて結晶欠陥の数は2桁以上少ない。」
「【0043】
・・・重要なことはリッジストライプを形成する場合、図8に示すようにリッジストライプ位置を結晶欠陥がやや現れ易い傾向を有するストライプ状の窓部中央部を避ける位置とする。このように結晶欠陥がほとんどない位置にストライプを形成すると、結晶欠陥が活性層まで伸びてこなくなる傾向にあるため、素子の長寿命とすることができ、信頼性が向上する。」
としている一方、実施例2において、膜厚を10μmとした場合
「【0051】
[実施例2]
実施例1において、第2の窒化物半導体を成長させる際、その膜厚を10μmとする他は同様にしてレーザ素子を作製したところ、第2の窒化物半導体層の表面に現れる結晶欠陥の数は実施例1に比較して1桁ほど多い傾向にあり、・・・」
としており、下地基板を有して膜厚が30μm程度以下の場合、窓部上部(ストライプ中央部)にはやや結晶欠陥が表出する傾向があることが伺えるものの、膜厚を厚くすることで結晶欠陥が表面に現れにくくなることが理解し得るものであり、【0013】には、50μm以上で「結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなって、その上に活性層を含む窒化物半導体を成長させると、非常に結晶欠陥の少ない素子構造が形成できる」旨記載されていることは既に指摘したところである。

したがって、単に加工に対する強度を得るという点で、膜厚を厚くすること自体が周知であったとしても、本件訂正発明1においては、製造工程時における反りの課題を解決するためのリッジストライプ形成前の基板及び保護膜除去への対処のために、膜厚を厚くすることにより、結晶欠陥の偏在を極力抑える事で、保護膜及び窓の位置にかかわらず信頼性のおける素子を得られるとの効果を有していることは明らかであり、引用発明において膜厚を厚くしても結晶欠陥の偏在を抑えることができないのであるから、リッジストライプを有して下地基板を除去する素子構造として且つ膜厚を50μm以上とすることが容易に想到し得たとはいえない。

(エ)ところで、請求人は、上記上申書において、甲第9号証の「その構成により何らかの技術的意義があると認めることができないときには、実質的な相違点とはならない」及び甲第10号証の「本件発明の構成が、他の発明と比校して格別の作用効果を奏する発明の特定事項ではない場合には、このような構成については、取り立てて本件発明の進歩性判断の要素とするのは相当でない」との判例を示し、「本件発明1において、半導体素子の機能に関係しない領域について結晶欠陥の数を1×10^(7)個/cm^(2)以下とすることが、引用発明と比較して格別の作用効果を奏する発明の特定事項ではない・・・本件発明1と引用発明とはともに、半導体素子の機能に関係する領域について、結晶欠陥の数を1×10^(7)個/cm^(2)以下としているのであるから、本件発明1に、発明の進歩性が認められるべきものではない」と主張しているが、上記「(1)ア?カ」で摘示したように、本件訂正発明1において、素子領域以外の結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下とする事は技術的な意味を有しているものである。
また、仮に、請求人が主張しているように、下地基板の除去及び素子単体へのスクライビング等の加工上の点から基板強度を得るために引用発明において「n型の不純物をドープしたn型クラッド層62」を50μm以上の厚みとし、さらに半導体光素子の効果を高めるために周知のリッジストライプ構造を採用し得たとしても、下地基板が除去される素子構造においてリッジストライプを形成する場合の具体的な製造方法が、甲第1号証には記載されていないこと、甲第1号証の図6A(1)、(2)、図6Bの例及び実施例1?5、7?12、14においては、キャリア注入により素子動作を行う領域で10^(4)?10^(5)cm^(-2)の低欠陥密度領域を対応させなければならず、低欠陥密度で低損失の中央領域であるマスク領域を正確に知る必要があることは明らかであること、加えて、甲第1号証には、本件訂正明細書に記載されている厚膜を形成する際に生じる反り発生の問題点(上記(1)イ(イ))について何ら認識しておらず、図6Bの素子構造を形成する際には、「単体の素子に切り出す前に基板1側をラッピングし、n型クラッド層の下面を露出させることでこの面にn型電極11を形成」することが説明されていることから、マスク及びマスク窓部を残したまま、リッジストライプ、p電極を形成してから、基板1側をラッピングすることになるのは明らかである。
これに対し、本件訂正発明1の「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×107個/cm2以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」との発明特定事項により、本件訂正発明1は、上記(1)ア?カで検討したように、本件訂正明細書に記載された結晶欠陥を偏在させない方法によってのみ形成されるものであり、これにより、厚膜による反りに対する課題解決等を図ることができるという引用発明には見出せない効果を有しているものである。

(オ)甲第1号証以外の甲号証について
甲第2号証には、サファイア基板上でのSiO_(2)マスクを用いたハイドライド気相成長エピタキシー(HVPE)選択成長によって、6×10^(7)cm^(-2)の低転位密度のGaN層を得ることが記載されているが、結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下ではなく、また、結晶欠陥が偏在しているか否か明確な記載はないもの、本件訂正明細書において、結晶欠陥が偏在する従来例として挙げられている窓部における三角形状(屋根状)であるファセットが形成される成長方法を用いているものであるから、「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域で結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である」か不明である。
また、その他の甲号証の何れにも、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」及び結晶欠陥の偏在を生じさせない選択成長にハライド気相成長法(HVPE)を用いて下地異種基板を有しない厚み50μm以上のn型不純物を含有するGaN基板の製造方法の何れについても、記載も示唆もされていない。

したがって、甲第1号証に記載された引用発明において、甲第2号証?甲第12号証の何れの甲号証を参酌しても、上記相違点1に係る本件訂正発明1の発明特定事項の構成を当業者が容易に想到し得たとはいえない。


イ 相違点2について
リッジストライプの採用に関して、甲第1号証の13頁9?15行には、「本発明の半導体光素子の効果を高めるにあたり、以下に述べる導波路構造の採用は有効である。公知の導波路構造として、電流狭窄層によって利得が得られる発光活性層の領域を制限した利得導波型構造と、リッジストライプ構造や・・・等のストライプ構造によって発光活性層の横方向に屈折率差を設けた屈折率導波型構造がある。とりわけ、屈折率導波型構造は横モードを基本として安定に導波できるので、低閾値高効率動作には非常に有効である。」と記載され、電流狭窄層を用いた利得導波型構造とリッジストライプ構造等のストライプ構造を用いた屈折率導波型構造とが、半導体光素子の効果を高める構造として同列に説明されているとともに、後者が低閾値高効率動作には非常に有効である事も記載され、リッジストライプ構造自体は、請求人が主張するように周知である。
しかしながら、甲第1号証に記載されている全てのリッジストライプ構造を有している実施例において、基板及びマスクを除去した例は無く、基板及びマスクを除去せずにマスク及び目空き部(窓)を複数設けた例のみが示されているにすぎない。
また、一般的なリッジストライプ構造自体にも種々のものがあり、例えば、甲第4号証には、リッジを形成したクラッド層が電流狭窄層に挟まれた構造を内部に設けたものが例示され、甲第6号証の図3には、最上層のp型クラッド層をエッチングによりメサ形状とし、電流狭窄層を設けてはいないものが例示されているが、甲第1号証以外の甲号証において、リッジストライプを有する素子を形成する際に、選択成長を用いることは記載されていない。
してみると、甲第1号証の図6A、Bに記載された素子構造において、リッジストライプ構造を採用しようと考えること自体は容易かも知れないが、リッジストライプを採用する際に、具体的なマスクの大きさ及び窓部の大きさ等をどの様に設定するのか、また、上記「ア 相違点1について」で検討したように、厚膜とした場合の反りの問題解決の際におけるリッジストライプとマスクとの対応関係をどの様に図るのか他の甲号証を参酌してもこれを特定することはできない。

したがって、信頼性をあげ、満足できる寿命を有した素子を増やした窒化物半導体素子として、窒化物半導体層にリッジストライプを形成しようとする際に、「厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下であ」る「n型不純物を含有するGaN基板」とすることが容易であるとは言えない。

したがって、甲第1号証に記載された引用発明において、甲第2号証?甲第12号証の何れの甲号証を参酌しても、上記相違点2に係る本件訂正発明1の発明特定事項の構成を当業者が容易に想到し得たとはいえない。

ウ まとめ
したがって、上記相違点1、2の検討に依れば、本件訂正発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第8号証、甲第11号証ないし甲第12号証に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。


なお、被請求人は、当初、本件審判請求外の裁判事件における準備書面を乙第4号証として提出し、甲第1号証の「結晶成長技術2」を用いた準備書面の主張と本件無効審判における請求の理由とが同様の主張であるとの前提で反論を行っていた。
本件請求人は請求の理由として、当初、甲第1号証において成長方法の異なる「結晶成長技術1」及び「結晶成長技術2」を同列に扱い、製造方法に係わらない「物」の発明を認定しながら、ハライド気相成長法の採用が容易であると言う特定の製造方法との関係を主張していたため、議論に混乱が生じていた。そのため、改めて、本願発明と引用発明との関係を、製造方法によって特定される物の発明として対比すべく、上申書により請求の理由を整理した経緯がある。
上記裁判事件の準備書面である上記乙第4号証の16頁「第4.1.(1)」には、明確に甲第1号証の「結晶成長技術2」を用いることが主張されており、一方、本件審判請求において最終的に整理された請求の理由では、「結晶成長技術1」を用いた主張となっていることから、両主張に差違があることは明白であるが、本件審判請求についても、「結晶成長技術」に関する主張について当初混乱が生じていたことから、「結晶成長技術2」の点についても、以下、付言する。

「結晶成長技術2」自体は、原料として有機金属を用いているものの、窓部を設けた選択成長ではなく、絶縁膜としての非晶質のSiO_(2)膜上のみにGaN膜の成長のための核となるGa原子を、核形成位置のみにGa原子の液滴からなる核を形成し、その後、核形成位置を中心にGaN結晶の成長を行うものであり、下地基板の結晶性を利用するエピタキシャル成長ではない特殊な成長原理によるものである。
そして、周知の有機金属気相成長法は、下地基板の結晶性を利用したエピタキシャル成長であり、上記結晶成長技術2のような特殊な成長原理のものが有機金属気相成長法として周知であるとは言えない。
したがって、周知の有機金属気相成長法を前提とし、有機金属気相成長法に代えてハライド法を採用することが周知であるとの転用手法を、上記結晶成長技術2に適用することが容易であるとは言えない。


4 本件訂正発明2および3について
(1)本件訂正発明2は、上記「1 本件訂正発明1?3」で認定したように、上記「第3 本件発明」で認定した訂正明細書の特許請求の範囲の請求項2に記載されたとおりのものである。
そうすると、上記「3(3)上記相違点1、2についての判断」のように、本件訂正発明1が、甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることができないのであるから、本件訂正発明1の発明特定事項を全て含み、GaN基板の結晶欠陥の数を更に「結晶欠陥が1×10^(6)個/cm^(2)以下の領域を有する」と限定したものに相当する本件訂正発明2もまた、甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることができない。

(2)本件訂正発明3は、上記「1 本件訂正発明1?3」で認定したように、上記「第3 本件発明」で認定した訂正明細書の特許請求の範囲の請求項3に記載されたとおりのものである。
そうすると、上記「3(3)上記相違点1、2についての判断」のように、本件訂正発明1が、甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることができないのであるから、本件訂正発明1の発明特定事項を全て含み、更に「窒化物半導体層にはn側クラッド層、活性層、p側クラッド層が順に積層されており、該p側クラッド層には前記リッジストライプが形成されている」と限定したものに相当する本件訂正発明3もまた、甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることができない。


第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件訂正請求によって訂正された請求項1?3に係る発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用は、特許法169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものである。
よって、結論の通り審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
窒化物半導体素子
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板と、
前記GaN基板の上に積層された、活性層を含む窒化物半導体層と、
前記窒化物半導体層に形成されたリッジストライプと、該リッジストライプ上に形成されたp電極と、
前記GaN基板の下面に形成されたn電極と、
を備えたことを特徴とする窒化物半導体素子。
【請求項2】
前記GaN基板は、結晶欠陥が1×10^(6)個/cm^(2)以下の領域を有する請求項1に記載の窒化物半導体素子。
【請求項3】
前記窒化物半導体層にはn側クラッド層、活性層、p側クラッド層が順に積層されており、該p側クラッド層には前記リッジストライプが形成されている請求項1に記載の窒化物半導体素子。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は基板となり得るような結晶欠陥の少ない窒化物半導体(In_(X)Al_(Y)Ga_(1-X-Y)N、0≦X、0≦Y、X+Y≦1)の成長方法と、発光ダイオード(LED)、レーザダイオード(LD)、太陽電池、光センサー等の発光素子、受光素子、あるいはトランジスタ、パワーデバイス等の電子デバイスに使用される窒化物半導体素子に関する。
【0002】
【従来の技術】
青色LED、純緑色LEDの材料と知られている窒化物半導体は、サファイア基板上に格子不整合の状態で成長されている。格子不整合で半導体材料を成長させると、半導体中に結晶欠陥が発生し、その結晶欠陥が半導体デバイスの寿命に大きく影響することは知られている。窒化物半導体の場合、結晶欠陥として非常に多い貫通転位がある。しかし、窒化物半導体LED素子の場合、その貫通転位が例えば10^(10)/cm^(2)以上と多いにも関わらず、その寿命にはほとんど影響しない。これは窒化物半導体が他の半導体材料と異なり、非常に劣化に強いことを示している。
【0003】
一方、窒化物半導体レーザ素子では、LEDと同様にサファイア基板の上に成長されるが、サファイアの上に例えばLEDと同じようにバッファ層を介して素子構造となる窒化物半導体を積層すると結晶欠陥はLEDと同じである。しかし、レーザ素子の場合は、LEDに比較して電流密度が1?2桁も大きいので、結晶欠陥がLEDと異なり直接寿命に影響する傾向にある。レーザ素子のような極微小な領域に電流を集中させるデバイスでは、半導体中の結晶欠陥を少なくすることが非常に重要である。
【0004】
そこで、例えばサファイアのような窒化物半導体と異なる材料よりなる基板の上に、窒化物半導体基板となるような結晶欠陥の少ない窒化物半導体を成長させる試みが、最近盛んに行われるようになった(例えば、Proceedings of The Second International Conference on Nitride Semiconductors-ICNS’97予稿集,October 27-31,1997,P492-493、同じくICNS’97予稿集,October 27-31,1997,P500-501)。これらの技術は、サファイア基板上に、従来の結晶欠陥が非常に多いGaN層を薄く成長させ、その上にSiO_(2)よりなる保護膜を部分的に形成し、その保護膜の上からハライド気相成長法(HVPE)、有機金属気相成長法(MOVPE)等の気相成長法により、再度GaN層を横方向に成長させる技術である。この方法は窒化物半導体を保護膜上で横方向に成長させることから、一般にラテラルオーバーグロウス(lateral over growth:LOG)と呼ばれている。
【0005】
また、我々はLOGにより作製した窒化物半導体基板の上に、活性層を含む窒化物半導体レーザ素子を作製して、世界で初めて室温での連続発振1万時間以上を達成したことを発表した(ICNS’97予稿集,October 27-31,1997,P444-446)。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
従来の窒化物半導体の成長方法によると、確かに異種基板上に直接成長させた窒化物半導体よりも、結晶欠陥の数は減少する。これはLOGによって、結晶欠陥を部分的に集中させられることによる。この方法では、保護膜の上部に結晶欠陥を集中させて、窓部に結晶欠陥の少ない領域を作製することができる。即ち、意図的に結晶欠陥を偏在させることができる。
【0007】
しかしながら、従来の成長方法では、未だ窒化物半導体表面に現れている結晶欠陥の数は多く未だ十分満足できるものではなかった。また窒化物半導体素子についても、結晶欠陥が未だ偏在するため、信頼性も十分とは言えない。そのため一枚のウェーハからレーザ素子を多数作製しても、満足できる寿命を有しているものはわずかしか得られない。寿命に優れた素子を作製するためには、窒化物半導体表面に現れた結晶欠陥の数をさらに減少させる必要がある。従って、本発明はこのような事情を鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、基板となり得るような結晶欠陥の少ない窒化物半導体の成長方法を提供すると共に、主として信頼性に優れた窒化物半導体素子を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明の窒化物半導体素子は、厚みが50μm以上であり、少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10^(7)個/cm^(2)以下である、ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板と、 前記GaN基板の上に積層された、活性層を含む窒化物半導体層と、前記窒化物半導体層の表面層に形成されたp電極と、前記GaN基板の下面に形成されたn電極と、を備えたことを特徴とする。
【0009】
前記GaN基板は、結晶欠陥が1×10^(6)個/cm^(2)以下の領域を有することが望ましい。前記窒化物半導体層にはn側クラッド層、活性層、p側クラッド層が順に積層されており、該p側クラッド層には前記リッジストライプが形成されていることが望ましい。
【0010】
本発明の窒化物半導体の成長方法は、窒化物半導体と異なる材料よりなる異種基板の上に成長された第1の窒化物半導体層と、その第1の窒化物半導体層の表面に部分的に形成され、表面に窒化物半導体が成長しにくい性質を有する保護膜とからなる下地層を加熱し、その下地層の表面に窒素源のガスと、3族源のガスとを同時に供給して、前記保護膜及び下地層の上に、連続した第2の窒化物半導体層を成長させる窒化物半導体基板の成長方法において、前記3族源のガスに対する窒素源のガスのモル比(窒素源/3族源:以下、V/III比という。)を2000以下に調整することを特徴とする。好ましいモル比としては1800以下、さらに望ましくは1500以下に調整する。下限は化学量論比以上であれば特に限定するものではないが、望ましくは10以上、さらに好ましくは30以上、最も好ましくは50以上に調整する。本発明において、窒素源のガスとは、アンモニア、ヒドラジン等の水素化物ガスが相当し、Ga源のガスとしては有機金属気相成長法であれば、TMG(トリメチルガリウム)、TEG(トリエチルガリウム)等の有機Gaガス、HVPEでは、HClのようなIII族源と反応するハロゲン化水素ガス、若しくはハロゲン化水素ガスと反応したハロゲン化ガリウム(特にGaCl_(3))等がGa源のガスに相当する。
【0011】
本発明の窒化物半導体素子は、窒化物半導体と異なる材料よりなる異種基板の上に成長された第1の窒化物半導体層と、その第1の窒化物半導体層の上に部分的に形成され、表面に窒化物半導体が成長しにくい性質を有する保護膜とからなる下地層の上に、下地層に接近した側に結晶欠陥が多い領域と、下地層より離れた側に結晶欠陥が少ない領域とを有する第2の窒化物半導体層を有し、その第2の窒化物半導体層の上に活性層を含む複数の窒化物半導体層が成長されてなることが望ましい。
前記下地層が残されて素子構造とされる場合、その第2の窒化物半導体層の厚さが1μm以上?50μm以下の範囲にあることが望ましい。第2の窒化物半導体層の厚さは好ましくは3μm?40μm、さらに好ましくは5μm?20μmの範囲に調整する。下地層には窒化物半導体と格子定数、及び熱膨張係数が異なる異種基板を有している。そのため下地層の上に成長された窒化物半導体には常に歪みが係っている。この歪みは成長後のウェーハを反らせたり、窒化物半導体基板を割ってしまったりする。そこで、窒化物半導体基板の厚さを前記範囲に調整することにより、ウェーハの反りを少なくして、第2の窒化物半導体層が割れるのを少なくすることができる。また第2の窒化物半導体層の厚さが1μmよりも薄いと、保護膜上に第2の窒化物半導体層が十分に成長せず、結晶欠陥が未だに多く、基板となるような層ができにくい。
【0012】
また前記下地層が残されて素子構造とされる場合、第2の窒化物半導体層の上に成長されn型不純物がドープされた窒化物半導体よりなるn側コンタクト層にn電極が形成されてなることが望ましい。n型不純物としてはSi、Geを好ましく用いる。この第2の窒化物半導体層をアンドープGaNとして結晶性を良くすると、抵抗率が高くなるため、その上にn型不純物がドープした窒化物半導体、好ましくはSiドープGaN層をコンタクト層とすると、結晶欠陥の転位を少なくして、信頼性に高い素子が得られる。
また前記下地層が残されて素子構造とされる場合、結晶欠陥が多い領域側の第2の窒化物半導体層にn電極が形成されてなることが望ましい。窒化物半導体では結晶欠陥が多いものは、結晶欠陥が少ないものよりもキャリア濃度が大きくなる傾向にある。従って、第2の窒化物半導体層の結晶欠陥の多い領域は自然とn+となっており、このn+の方にn電極を設けると、閾値、Vf(順方向電圧)が低下しやすい。
【0013】
一方、前記下地層が除去されて素子構造とされる場合、第2の窒化物半導体層の厚さが50μm以上であることが望ましい。これは50μm以上の膜厚であると、結晶欠陥の少ない領域がさらに多くなって、その上に活性層を含む窒化物半導体を成長させると、非常に結晶欠陥の少ない素子構造が形成できることによる。
【0014】
また、下地層が除去される場合、結晶欠陥が多い領域の第2の窒化物半導体層にn電極が形成されてなることが望ましい。下地層は例えばエッチング、研磨等の手法により窒化物半導体基板と分離できる。下地層が除去された第2の窒化物半導体層はその裏面が露出するが、n電極とp電極とを設けて最終的な素子とする場合、n電極をその裏面全体に形成して、活性層を含む窒化物半導体層側に設けられるp電極と、前記n電極とが対向した状態とする。第2の窒化物半導体層が同一組成で結晶欠陥の少ない低キャリア濃度領域と、結晶欠陥の多い高キャリア濃度領域とを有しているので、この高キャリア濃度領域にn電極を設けることにより、効率のよい素子を作製することができる。
【0015】
第2の窒化物半導体層は基本的にはアンドープの状態であるのが結晶欠陥が最も少なく、かつ移動度が大きく、キャリア濃度が小さいものが得られる傾向にあるが、キャリア濃度を高めるために、n型不純物をドープして成長させてもよい。特に、下地層を除去して、その第2の窒化物半導体層の表面に電極を形成する場合、第2の窒化物半導体層にはSi、Ge等のn型不純物をドープしてキャリア濃度を、例えば1×10^(17)/cm^(3)?5×10^(19)/cm^(3)に調整することが望ましい。
【0016】
なお本発明の素子の第2の窒化物半導体層は前記請求項1または2の成長方法によって、成長されることが最も望ましいが、本発明の素子では、第2の窒化物半導体層の結晶欠陥の多い領域と、少ない領域とが窒化物半導体積層方向に対してほぼ同じ方向にあれば、その成長方法は特に限定されない。
【0017】
【発明の実施の形態】
図1?図4は本発明の成長方法による第2の窒化物半導体層の結晶構造を示す模式的な断面図であり、一方、図5?図7は窒素源ガスの供給量が少ない従来の成長方法による窒化物半導体層の結晶構造を示す模式的な断面図である。これらの図において、1、1’は例えばサファイアよりなる異種基板、2、2’は異種基板上に成長されて、結晶欠陥が層内ほぼ均一にある第1の窒化物半導体層、3、3’は窒化物半導体が表面に成長しにくい性質を有する例えばSiO_(2)よりなる保護膜、4、4’は基板となるような第2の窒化物半導体層を示している。以下、これらの図を元に本発明の窒化物半導体の成長方法の作用を従来の方法と比較しながら説明する。図1?図7において示す細線は窒化物半導体の結晶欠陥を模式的に示している。
【0018】
異種基板1の上に成長した第1の窒化物半導体層2は、その層内においてほぼ均一に結晶欠陥を有している。そして、その第1の窒化物半導体層2の表面に部分的(例えばストライプ状)に保護膜3を形成する。この異種基板1、第1の窒化物半導体層2及び保護膜3を有する下地層を例えば900℃?1100℃に加熱して、その下地層の表面に基板となるような連続した第2の窒化物半導体層4を成長させる。
【0019】
本発明の方法では3族源のガスに対する窒素源のガスのモル比(V/III比)を2000以下に調整する。このようにV/III比を小さくすることにより、図1に示すように窓部(保護膜が形成されていない部分)から成長した第2の窒化物半導体4が、保護膜3の上においてほぼ垂直な方向、若しくは逆台形に近い形状で成長する。第1の窒化物半導体層2に発生している結晶欠陥は、第2の窒化物半導体層4にも伸びてくるが、第2の窒化物半導体4をほぼ垂直な方向で成長させると、図1に示すように保護膜上部において、結晶欠陥が横方向(端面方向)に伸びる傾向にある。なお、この図では保護膜の面積と、窓部の面積とをほぼ同じとしているが、本発明の成長方法では保護膜の面積を窓部の面積よりも大きくする方が、結晶欠陥がより少ない第2の窒化物半導体層が得られる。
【0020】
さらに成長を続けると、保護膜3の上において、窒化物半導体は上方向にも成長するが、横方向にも成長する(LOG)。本発明の方法によると、第2の窒化物半導体4の端面が、異種基板水平面に対してほぼ垂直に成長するので、図2に示すように第2の窒化物半導体4は、保護膜に近い側よりも、保護膜から離れた側で先に繋がるか、若しくは端面同士がほぼ同時に繋がる傾向にある。ここで重要なことは、第2の窒化物半導体層に発生している結晶欠陥は、横方向に伸びているため、第2の窒化物半導体層表面に現れにくいということである。
【0021】
さらに成長を続けると、第2の窒化物半導体層4は上に向かっても成長するが、図3に示すように、保護膜の真上にある空隙部を埋めるために横方向、若しくは下方向に成長する。そしてその成長に従うように、第2の窒化物半導体層4の結晶欠陥は、保護膜3の方向を向いて成長するか若しくは、真横に広がる傾向にある。
【0022】
従って、成長後の第2の窒化物半導体層4は、図4に示すように第2の窒化物半導体層の結晶欠陥が、第2の窒化物半導体の成長方向に合わせて、横方向にのみ伸びて、表面にまで繋がって貫通転位とならないため、表面に現れてくるものは非常に少なくなるのである。さらに厚膜で成長させると結晶欠陥が成長中に止まるものもある。このため、下地層の上に第2の窒化物半導体層を厚膜で成長していくに従って結晶欠陥は少なくなる傾向にあり、例えば第2の窒化物半導体層を30μm以上で成長させると、表面に現れる結晶欠陥が非常に少ない第2の窒化物半導体層が得られ、特に現実的なGaN基板として作用する。
【0023】
このように第2の窒化物半導体を成長することにより、下地層に接近した側に結晶欠陥が多い領域と、下地層より離れた側に結晶欠陥の少ない領域を有する第2の窒化物半導体層を成長できる。本発明の成長方法によると、例えば表面に現れる結晶欠陥の数は、断面TEMで観察すると、1×10^(8)個/cm^(2)以下、さらには1×10^(6)個/cm^(2)以下にすることができる。
【0024】
一方、図5?図7に示す従来のV/III比が2000より大きい成長方法では、最初の成長で、図5に示すように窓部から成長した第2の窒化物半導体層4’は、その窓部において三角形状(屋根状)に成長する。第2の窒化物半導体層4’が三角形状に成長すると、第1の窒化物半導体層2’から第2の窒化物半導体層4’に伸びる結晶欠陥は、その三角形状の辺部(屋根部)に向かう。
【0025】
さらに成長を続けると、第2の窒化物半導体層4’は横方向に成長して、三角形の底辺である保護膜の表面において先に繋がる。さらに成長を続けると、屋根部に向かう結晶欠陥は上方向にも伸びてくる。
【0026】
そのため従来の成長方法による第2の窒化物半導体層4’の結晶欠陥は、図7に示すように、保護膜上部で繋がり第2の窒化物半導体層の表面に貫通転位となって現れる。従って、第2の窒化物半導体層の表面には結晶欠陥の多い領域と少ない領域とが偏在するようになる。
【0027】
本発明の成長方法において、第2の窒化物半導体を基板に対して垂直、若しくは逆台形に成長させるためには、窒素源のガスと、3族源のガスとのモル比を調整することは非常に重要であり、その比(窒素源/3族源)を2000よりも多くすると、第2の窒化物半導体が従来のように三角形状に成長するため、結晶欠陥の少ない第2の窒化物半導体層を得ることが難しい傾向にある。
【0028】
【実施例】
[実施例1]
図8は本発明の一実施例に係るレーザ素子の形状を示す模式的な斜視図であり、リッジストライプに垂直な方向で切断した際の断面も同時に示している。以下、この図を基に実施例1について説明する。
【0029】
2インチφ、C面を主面とするサファイアよりなる異種基板1をMOVPE反応容器内にセットし、温度を500℃にして、キャリアガスに水素、反応ガスにTMG(トリメチルガリウム(Ga(CH_(3))_(3):TMG)及びアンモニア(NH_(3))を用い、GaNよりなるバッファ層(図示せず)を200オングストロームの膜厚で成長させる。バッファ層成長後、温度を1050℃にして、同じくGaNよりなる第1の窒化物半導体層2を5μmの膜厚で成長させる。第1の窒化物半導体層2はAl混晶比X値が0.5以下のAl_(X)Ga_(1-X)N(0≦X≦0.5)を成長させることが望ましい。0.5を超えると、結晶欠陥というよりも結晶自体にクラックが入りやすくなってしまうため、結晶成長自体が困難になる傾向にある。また膜厚はバッファ層よりも厚い膜厚で成長させて、10μm以下の膜厚に調整することが望ましい。基板はサファイアの他、SiC、ZnO、スピネル、GaAs等、窒化物半導体を成長させるために知られている、窒化物半導体と異なる材料よりなる基板を用いることができる。
【0030】
第1の窒化物半導体層2成長後、ウェーハを反応容器から取り出し、この第1の窒化物半導体層2の表面に、ストライプ状のフォトマスクを形成し、CVD装置によりストライプ幅10μm、ストライプ間隔(窓部)2μmのSiO_(2)よりなる保護膜3を1μmの膜厚で形成する。保護膜の形状としてはストライプ状、ドット状、碁盤目状等どのような形状でも良いが、窓部よりも保護膜の面積を大きくする方が、結晶欠陥の少ない第2の窒化物半導体層3が成長しやすい。保護膜の材料としては、例えば酸化ケイ素(SiO_(X))、窒化ケイ素(Si_(X)N_(Y))、酸化チタン(TiO_(X))、酸化ジルコニウム(ZrO_(X))等の酸化物、窒化物、またこれらの多層膜の他、1200℃以上の融点を有する金属等を用いることができる。これらの保護膜材料は、窒化物半導体の成長温度600℃?1100℃の温度にも耐え、その表面に窒化物半導体が成長しないか、若しくは成長しにくい性質を有している。
【0031】
(第2の窒化物半導体層4)
保護膜3形成後、ウェーハを再度MOVPEの反応容器内にセットし、温度を1050℃にして、アンモニアを0.27mol/min、TMGを225μmol/min(V/III比=1200)でアンドープGaNよりなる第2の窒化物半導体層4を30μmの膜厚で成長させる。成長後、第2の窒化物半導体層を断面TEMにより観察すると、第1の窒化物半導体層の界面からおよそ5μm程度までの領域は結晶欠陥の数が多く(10^(8)個/cm^(2)以上)、5μmよりも上の領域では結晶欠陥が少なく(10^(6)個/cm^(2)以下)、十分に窒化物半導体基板として使用できるものであった。また成長後の表面は、保護膜上部にはほとんど結晶欠陥が見られず、窓部上部(ストライプ中央部)にはやや結晶欠陥が表出する傾向があるが、従来の方法(V/III比が2000より大)に比べて結晶欠陥の数は2桁以上少ない。
【0032】
第2の窒化物半導体層はハライド気相成長法(HVPE)を用いて成長させることができるが、このようにMOVPE法により成長させることもできる。第2の窒化物半導体層はIn、Alを含まないGaNを成長させることが最も好ましく、成長時のガスとしては、TMGの他、トリエチルガリウム(Ga(C_(2)H_(5))_(3):TEG)等の有機ガリウム化合物を用い、窒素源はアンモニア、若しくはヒドラジンを用いることが最も望ましい。また、この第2の窒化物半導体層にSi、Ge等のn型不純物をドープしてキャリア濃度を適当な範囲に調整してもよい。特に異種基板、第1の窒化物半導体層、保護膜を除去する場合には、この第2の窒化物半導体層にn型不純物をドープすることが望ましい。
【0033】
(n側バッファ層11=兼n側コンタクト層)
次に、アンモニアとTMG、不純物ガスとしてシランガスを用い、第2の窒化物半導体層4の上にSiを3×10^(18)/cm^(3)ドープしたGaNよりなるn側バッファ層11を5μmの膜厚で成長させる。このバッファ層は、図8のような構造の発光素子を作製した場合にはn電極を形成するためのコンタクト層としても作用する。また異種基板、及び保護膜を除去して、第2の窒化物半導体層に電極を設ける場合には、省略することもできる。このn側バッファ層は高温で成長させるバッファ層であり、例えばサファイア、SiC、スピネルのように窒化物半導体と異なる材料よりなる基板の上に、900℃以下の低温において、GaN、AlN等を、0.5μm以下の膜厚で直接成長させるバッファ層とは区別される。
【0034】
(クラック防止層12)
次に、TMG、TMI(トリメチルインジウム)、アンモニアを用い、温度を800℃にしてIn_(0.06)Ga_(0.94)Nよりなるクラック防止層12を0.15μmの膜厚で成長させる。クラック防止層は少なくともインジウムを含む窒化物半導体、好ましくはIn_(X)Ga_(1-X)N(0<X<0.5)を0.5μm以下の膜厚で成長させることにより、その上に成長させるAlを含む窒化物半導体にクラックが入るのを防ぐことができる。
【0035】
(n側クラッド層13=超格子層)
続いて、1050℃でTMA、TMG、アンモニア、シランガスを用い、Siを1×10^(19)/cm^(3)ドープしたn型Al_(0.2)Ga_(0.8)Nよりなる第1の層を25オングストロームの膜厚で成長させ、続いてシランガス、TMAを止め、アンドープのGaNよりなる第2の層を25オングストロームの膜厚で成長させる。そして第1層+第2層+第1層+第2層+・・・というように超格子層を構成し、総膜厚0.8μmの超格子よりなるn側クラッド層12を成長させる。バンドギャップエネルギーが異なる窒化物半導体を積層した超格子を作製した場合、不純物はいずれか一方の層に多くドープして、いわゆる変調ドープを行うと閾値が低下しやすい傾向にある。
【0036】
(n側光ガイド層14)
続いて、シランガスを止め、1050℃でアンドープGaNよりなるn側光ガイド層14を0.1μmの膜厚で成長させる。このn側光ガイド層は、活性層の光ガイド層として作用し、GaN、InGaNを成長させることが望ましく、通常100オングストローム?5μm、さらに好ましくは200オングストローム?1μmの膜厚で成長させることが望ましい。またこの層をアンドープの超格子層とすることもできる。超格子層とする場合には超格子を構成するバンドギャップエネルギーの大きい方の窒化物半導体層のバンドギャップエネルギーは活性層の井戸層よりも大きく、n側クラッド層のAl_(0.2)Ga_(0.8)Nよりも小さくする。
【0037】
(活性層15)
次に、TMG、TMI、アンモニアを用い活性層14を成長させる。活性層は温度を800℃に保持して、アンドープIn_(0.2)Ga_(0.8)Nよりなる井戸層を40オングストロームの膜厚で成長させる。次にTMIのモル比を変化させるのみで同一温度で、アンドープIn_(0.05)Ga_(0.95)Nよりなる障壁層を100オングストロームの膜厚で成長させる。井戸層と障壁層とを順に積層し、最後に障壁層で終わり、総膜厚440オングストロームの多重量子井戸構造(MQW)の活性層を成長させる。活性層は本実施例のようにアンドープでもよいし、またn型不純物及び/又はp型不純物をドープしても良い。不純物は井戸層、障壁層両方にドープしても良く、いずれか一方にドープしてもよい。
【0038】
(p側キャップ層16)
次に、温度を1050℃に上げ、TMG、TMA、アンモニア、Cp_(2)Mg(シクロペンタジエニルマグネシウム)を用い、p側光ガイド層17よりもバンドギャップエネルギーが大きい、Mgを1×10^(20)/cm^(3)ドープしたp型Al_(0.3)Ga_(0.7)Nよりなるp側キャップ層16を300オングストロームの膜厚で成長させる。このp型キャップ層16は0.1μm以下の膜厚で形成することにより素子の出力が向上する傾向にある。膜厚の下限は特に限定しないが、10オングストローム以上の膜厚で形成することが望ましい。
【0039】
(p側光ガイド層17)
続いてCp_(2)Mg、TMAを止め、1050℃で、バンドギャップエネルギーがp側キャップ層16よりも小さい、アンドープGaNよりなるp側光ガイド層17を0.1μmの膜厚で成長させる。この層は、活性層の光ガイド層として作用し、n型光ガイド層14と同じくGaN、InGaNで成長させることが望ましい。なお、このp側光ガイド層をアンドープの窒化物半導体、若しくはp型不純物をドープした窒化物半導体よりなる超格子層とすることもできる。超格子層とする場合にはバンドギャップエネルギーの大きな方の窒化物半導体層のバンドギャップエネルギーは、活性層の井戸層より大きく、p側クラッド層のAl_(0.2)Ga_(0.8)Nよりも小さくすることが望ましい。
【0040】
(p側クラッド層18)
続いて、1050℃でMgを1×10^(20)/cm^(3)ドープしたp型Al_(0.2)Ga_(0.8)Nよりなる第3の層を25オングストロームの膜厚で成長させ、続いてTMAのみを止め、アンドープGaNよりなる第4の層を25オングストロームの膜厚で成長させ、総膜厚0.8μmの超格子層よりなるp側クラッド層18を成長させる。この層もn側クラッド層13と同じくバンドギャップエネルギーが異なる窒化物半導体を積層した超格子を作製した場合、不純物はいずれか一方の層に多くドープして、いわゆる変調ドープを行うと閾値が低下しやすい傾向にある。
【0041】
(p側コンタクト層19)
最後に、1050℃で、p側クラッド層18の上に、Mgを2×10^(20)/cm^(3)ドープしたp型GaNよりなるp側コンタクト層18を150オングストロームの膜厚で成長させる。p側コンタクト層19はp型のIn_(X)Al_(Y)Ga_(1-X-Y)N(0≦X、0≦Y、X+Y≦1)で構成することができ、好ましくはMgをドープしたGaNとすれば、p電極21と最も好ましいオーミック接触が得られる。またp型Al_(Y)Ga_(1-Y)Nを含む超格子構造のp側クラッド層17に接して、バンドギャップエネルギーの小さい窒化物半導体をp側コンタクト層として、その膜厚を500オングストローム以下と薄くしているために、実質的にp側コンタクト層18のキャリア濃度が高くなりp電極と好ましいオーミックが得られて、素子の閾値電流、電圧が低下する。
【0042】
以上のようにして窒化物半導体を成長させたウェーハを反応容器内において、窒素雰囲気中700℃でアニーリングを行い、p型不純物をドープした層をさらに低抵抗化させる。
【0043】
アニーリング後、ウェーハを反応容器から取り出し、図7に示すように、RIE装置により最上層のp側コンタクト層18と、p側クラッド層17とをエッチングして、4μmのストライプ幅を有するリッジ形状とする。重要なことはリッジストライプを形成する場合、図8に示すようにリッジストライプ位置を結晶欠陥がやや現れ易い傾向を有するストライプ状の窓部中央部を避ける位置とする。このように結晶欠陥がほとんどない位置にストライプを形成すると、結晶欠陥が活性層まで伸びてこなくなる傾向にあるため、素子の長寿命とすることができ、信頼性が向上する。
【0044】
次にリッジ表面にマスクを形成し、RIEにてエッチングを行い、n側バッファ層11の表面を露出させる。露出させたこのn側バッファ層11はn電極23を形成するためのコンタクト層としても作用する。なお図8ではn側バッファ層11をコンタクト層としているが、第2の窒化物半導体層4の結晶欠陥の多い領域までエッチングを行い、その第2の窒化物半導体層4をコンタクト層とすることもできる。
【0045】
次にp側コンタクト層19のリッジ最表面にNiとAuよりなるp電極20をストライプ状に形成する。p側コンタクト層と好ましいオーミックが得られるp電極20の材料としては、例えばNi、Pt、Pd、Co、Ni/Au、Pt/Au、Pd/Au等を挙げることができる。
【0046】
一方、TiとAlよりなるn電極22を先ほど露出させたn側バッファ層11の表面にストライプ状に形成する。n側バッファ層11、またはGaN基板10と好ましいオーミックが得られるn電極22の材料としてはAl、Ti、W、Cu、Zn、Sn、In等の金属若しくは合金が好ましい。
【0047】
次に、図1に示すようにp電極20と、n電極22との間に露出した窒化物半導体層の表面にSiO_(2)よりなる絶縁膜23を形成し、この絶縁膜23を介してp電極20と電気的に接続したpパッド電極21を形成する。このpパッド電極21は実質的なp電極21の表面積を広げて、p電極側をワイヤーボンディング、ダイボンディングできるようにしている。
【0048】
以上のようにして、n電極とp電極とを形成したウェーハを研磨装置に移送し、ダイヤモンド研磨剤を用いて、窒化物半導体を形成していない側のサファイア基板をラッピングし、サファイア基板の厚さを70μmとする。ラッピング後、さらに細かい研磨剤で1μmポリシングして基板表面を鏡面状とし、Au/Snで全面をメタライズする。
【0049】
その後、Au/Sn側をスクライブして、ストライプ状の電極に垂直な方向でバー状に劈開し、劈開面に共振器を作製する。共振器面にSiO_(2)とTiO_(2)よりなる誘電体多層膜を形成し、最後にp電極に平行な方向で、バーを切断してレーザチップとした。次にチップをフェースアップ(基板とヒートシンクとが対向した状態)でヒートシンクに設置し、それぞれの電極をワイヤーボンディングして、室温でレーザ発振を試みたところ、室温において、閾値電流密度2.0kA/cm^(2)、閾値電圧4.0Vで、発振波長405nmの連続発振が確認され、1万時間以上の寿命を示した。さらに同一ウェーハから、500個のレーザ素子を無作為に抽出し、レーザ素子の寿命を測定したところ70%以上が1万時間以上の寿命を示した。
【0050】
[比較例]
実施例1において、第2の窒化物半導体層4を成長させる際、アンモニアを0.36mol/min、TMGを162μmol/min(V/III比=2222)としてアンドープGaNよりなる第2の窒化物半導体層4を30μmの膜厚で成長させ、リッジストライプを任意の位置に形成する他は、同様にしてレーザ素子を得たところ、500個の内で1万時間以上を達成したものは5%以下であった。
【0051】
[実施例2]
実施例1において、第2の窒化物半導体を成長させる際、その膜厚を10μmとする他は同様にしてレーザ素子を作製したところ、第2の窒化物半導体層の表面に現れる結晶欠陥の数は実施例1に比較して1桁ほど多い傾向にあり、500個の内、1万時間以上の寿命を達成したものは、50%以上であった。
【0052】
[実施例3]
図9は本発明の他の実施例に係る一レーザ素子の構造を示す模式断面図であり、図8と同一符号は同一箇所を示している。以下この図を基に実施例2について説明する。
【0053】
実施例1において第2の窒化物半導体層4を成長させる際に、アンモニアを0.27mol/min、TMGを150μmol/min(V/III比=1800)とし、さらにシランガスを加えてSiドープGaNよりなる第2の窒化物半導体層を30μmの膜厚で成長させる。この第2の窒化物半導体層4、第1の窒化物半導体層2界面からおよそ5μm程度までの領域は結晶欠陥の数が多く、5μmよりも上の領域では結晶欠陥が少なく(10^(7)個/cm^(2)以下)、十分に窒化物半導体基板として使用できるものであった。
【0054】
後は実施例1と同様にして活性層を含む窒化物半導体を積層した後、図9に示すように、エッチングにより第2の窒化物半導体層の上からおよそ6μm程度をエッチングにより除去して、結晶欠陥の多い領域の第2の窒化物半導体層4の表面を露出させ、その面にn電極22を形成してレーザ素子とする。このレーザ素子も実施例1と同様に低閾値で連続発振し、1万時間以上の寿命を達成したものは500個の内で50%以上あった。
【0055】
[実施例4]
実施例1において、第2の窒化物半導体層4を成長させる際に、アンモニアを0.27mol/min、TMGを180μmol/min(V/III比=1500)とする他は、実施例1と同様にしてレーザ素子を作製したところ、同じく低閾値で連続発振し、実施例1とほぼ同等の個数でレーザ素子が得られた。
【0056】
[実施例5]
実施例1において、第2の窒化物半導体層4を成長させる際に、TMGのみの流量を多くして、V/III比を800とする他は、実施例1と同様にしてレーザ素子を作製したところ、同じく低閾値で連続発振し、実施例1とほぼ同等の個数でレーザ素子が得られた。
【0057】
[実施例6]
実施例1において、第2の窒化物半導体層4を成長させる際に、アンモニアを0.15mol/min、TMGを5mmol/min(V/III比=30)とする他は、実施例1と同様にしてレーザ素子を作製したところ、同じく低閾値で連続発振し、1万時間以上の寿命を示したものは500個の内で30%以上であった。
【0058】
[実施例7]
実施例1において、第2の窒化物半導体層4を成長させる際に、Siをドープして膜厚を90μmの膜厚で成長させる。後は実施例1と同様にしてその第2の窒化物半導体層の上に活性層を含む窒化物半導体層を成長させる。成長後、反応容器からウェーハを取り出したところ、サファイアと第2の窒化物半導体層との熱膨張係数差の関係で、ウェーハが皿のように反っていた。そこで、このウェーハの異種基板側を研磨して、異種基板1、第1の窒化物半導体層2、及び保護膜3を除去する。この異種基板の除去によってウェーハはほぼ平面が得られるようになった。
【0059】
次に、実施例1と同様にしてp側クラッド層18から上をリッジ形状とし、p電極20及びpパッド電極21を形成する。但し、リッジストライプの位置は保護膜が除去されているので、窓部に一致させることは困難である。一方保護膜が除去されて露出された結晶欠陥が多い側の第2の窒化物半導体層表面のほぼ全面にTi/Alよりなるn電極を設け、p電極とn電極とが対向した状態のレーザ素子とする。
【0060】
同様に、このレーザ素子も低閾値で室温で連続発振し、1万時間以上の寿命を示したものは500個の内で70%以上であった。
【0061】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の窒化物半導体の成長方法によると、一ヶ所に結晶欠陥が集中しないで、表面に現れた結晶欠陥が非常に少ない窒化物半導体素子を実現できる。そのため、結晶欠陥が第2の窒化物半導体層全体に渡って少なくできるため、レーザ素子を作製した場合において、信頼性の高い素子が従来よりも高い歩留まりで得られるようになる。また、本発明の素子では表面に現れた結晶欠陥が少ない第2の窒化物半導体層の上に活性層を含む窒化物半導体層を積層しているので、非常に信頼性の高い素子が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の成長方法において得られる窒化物半導体層の結晶構造を模式的に示す断面図。
【図2】本発明の成長方法において得られる窒化物半導体層の結晶構造を模式的に示す断面図。
【図3】本発明の成長方法において得られる窒化物半導体層の結晶構造を模式的に示す断面図。
【図4】本発明の成長方法において得られる窒化物半導体層の結晶構造を模式的に示す断面図。
【図5】従来の成長方法において得られる窒化物半導体層の結晶構造を模式的に示す断面図。
【図6】従来の成長方法において得られる窒化物半導体層の結晶構造を模式的に示す断面図。
【図7】従来の成長方法において得られる窒化物半導体層の結晶構造を模式的に示す断面図。
【図8】本発明の一実施例に係るレーザ素子の構造を示す模式的な斜視図。
【図9】本発明の他の実施例に係るレーザ素子の構造を示す模式的な斜視図。
【符号の説明】
1・・・異種基板
2・・・第1の窒化物半導体層
3・・・保護膜
4・・・第2の窒化物半導体層
11・・・n側バッファ層
12・・・クラック防止層
13・・・n側クラッド層
14・・・n側光ガイド層
15・・・活性層
16・・・p側キャップ層
17・・・p側光ガイド層
18・・・p側クラッド層
19・・・p側コンタクト層
20・・・p電極
21・・・pパッド電極
22・・・n電極
23・・・絶縁膜
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2013-01-15 
結審通知日 2013-01-18 
審決日 2013-02-05 
出願番号 特願2003-148359(P2003-148359)
審決分類 P 1 113・ 121- YA (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宮本 靖史加藤 浩一  
特許庁審判長 藤原 敬士
特許庁審判官 井上 茂夫
川端 修
登録日 2009-05-29 
登録番号 特許第4314887号(P4314887)
発明の名称 窒化物半導体素子  
代理人 ▲廣▼瀬 文雄  
代理人 蟹田 昌之  
代理人 堀籠 佳典  
代理人 加治 梓子  
代理人 牧野 知彦  
代理人 豊岡 静男  
代理人 加治 梓子  
代理人 古城 春実  
代理人 牧野 知彦  
代理人 尾崎 英男  
代理人 堀籠 佳典  
代理人 上野 潤一  
代理人 古城 春実  
代理人 蟹田 昌之  

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