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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01L
審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  H01L
審判 全部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  H01L
審判 全部無効 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  H01L
管理番号 1288914
審判番号 無効2011-800257  
総通号数 176 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-08-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-12-16 
確定日 2014-06-09 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第2751963号発明「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 事案の概要
本件は、請求人が、被請求人が特許権者である特許第2751963号(以下「本件特許」という。平成12年2月23日付けの訂正請求による訂正後の請求項の数は4である。)の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とすることを求める事案である。

第2 手続の経緯
1 設定登録の経緯
本件特許は、平成5年5月7日に出願され(国内優先権主張の日平成4年6月10日及び平成4年11月4日)、平成10年2月27日にその設定登録がなされ、その後、特許異議の申立て(平成10年異議第75365号)がなされ、取消理由通知がなされ、平成12年2月23日に訂正請求がなされ、上記異議に係る異議決定において、「訂正を認める。特許第2751963号の請求項1ないし4に係る発明の特許を維持する。」とされたものである。
上記国内優先権主張の日のうち、最先の平成4年6月10日を、以下「優先日」という。

2 本件審判の経緯
平成23年12月16日 審判請求
平成24年 3月16日 審判事件答弁書提出(被請求人)
平成24年 3月16日 訂正請求書提出(被請求人)
平成24年 5月17日 審判事件弁駁書提出(請求人)
平成24年 6月27日 審判事件答弁書提出(被請求人)
平成24年 6月27日 訂正請求書提出(被請求人)
平成24年10月23日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
平成24年11月 5日 口頭審理

第3 訂正請求についての当審の判断
1 訂正請求の内容
平成24年6月27日付けの訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)は、平成12年2月23日付けの訂正請求により訂正された明細書(以下「本件明細書」という。)についてするものであり、その訂正の内容は、次のとおりである(下線は、平成24年6月27日付けの訂正請求書に添付した明細書のとおりである。)。
(1)訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1について、
「有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該窒化ガリウム層の上に、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」とあったのを、
「基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、
前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」と訂正する。

(2)訂正事項b
特許請求の範囲の請求項2について、
「前記原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」とあったのを、
「前記有機金属気相成長法において、原料ガスを前記基板に押圧するガスを流すと共に、前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」と訂正する。

(3)訂正事項c
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(4)訂正事項d
特許請求の範囲の請求項4について、項の番号を3として請求項3とするとともに、
「前記窒化インジウムガリウム半導体成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、0.1以上にすることを特徴とする請求項1乃至3の内のいずれか1項に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」とあったのを、
「前記窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」と訂正する。

(5)訂正事項e
段落【0007】について、
「即ち、本発明の成長方法は、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該窒化ガリウム層の上に、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、窒化インジウムガリウム層を成長させることを特徴とする。」とあったのを、
「即ち、本発明の成長方法は、基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする。」と訂正する。

(6)訂正事項f
段落【0018】について、
「続いて、温度を510℃まで下げ、石英ノズル5からアンモニア(NH_(3))4リットル/分と、キャリアガスとして水素を2リットル/分で流しながら、TMGを27×10^(-6)モル/分流して1分間保持してGaNバッファ一層を約200オングストローム成長する。この間、コニカル石英チューブ7からは水素を5リットル/分と、窒素を5リットル/分で流し続け、サセプター2をゆっくりと回転させる。」とあったのを、
「続いて、温度を510℃まで下げ、石英ノズル5からアンモニア(NH_(3))4リットル/分と、キャリアガスとして水素を2リットル/分で流しながら、TMGを27×10^(-6)モル/分流して1分間保持してGaNバッファ一層を約200オングストローム成長する。この間、コニカル石英チューブ6からは水素を5リットル/分と、窒素を5リットル/分で流し続け、サセプター2をゆっくりと回転させる。」と訂正する。

(7)訂正事項g
段落【0020】について、
「GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ7から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。」とあったのを、
「GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。」と訂正する。

(8)訂正事項h
段落【0025】について、
「[比較例]実施例と同様にして、サファイア基板をクリーニングした後、800℃にして、キャリアガスとして水素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNをサファイア基板の上に60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ7からは窒素5リットル/分、水素5リットル/分で流し続ける。」とあったのを、
「[比較例]実施例と同様にして、サファイア基板をクリーニングした後、800℃にして、キャリアガスとして水素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNをサファイア基板の上に60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6からは窒素5リットル/分、水素5リットル/分で流し続ける。」と訂正する。

2 訂正の適否
(1) 訂正事項aについて
ア 訂正事項aの内訳
訂正事項aは、次の訂正事項a1ないし訂正事項a4からなる。
(ア) 訂正事項a1
訂正前は、バッファ層を成長させる対象が特定されていなかったのを、訂正により、該対象を基板とする。

(イ) 訂正事項a2
訂正前は、窒化ガリウム層を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスが特定されていなかったのを、訂正により、該キャリアガスを水素とする。

(ウ) 訂正事項a3
訂正前は、窒化インジウムガリウム半導体を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスが特定されていなかったのを、訂正により、該キャリアガスを窒素とする。

(エ) 訂正事項a4
訂正前は、窒化インジウムガリウム半導体を形成する際の成長温度及びインジウム源のガスのインジウムとガリウムのモル比が特定されていなかったのを、訂正により、該成長温度を、600℃より高く900℃以下とし、該モル比を、ガリウム1に対し1.0以上とする。

イ 訂正事項aによる訂正の目的
訂正事項a1による訂正は、バッファ層が成長する対象を明確にするもの、またはバッファ層の成長条件を限定するものであるから、明りょうでない記載の釈明、または特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項a2による訂正は、窒化ガリウム層の成長条件を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項a3及び訂正事項a4による訂正は、窒化インジウムガリウム半導体の成長条件を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 訂正事項aについての本件明細書の記載
(ア) 訂正事項a1についての記載
基板上にバッファ層を形成することについては、本件明細書の段落【0028】に、「また、GaN層を成長させる前にサファイア基板上に低温でバッファ層を成長させることにより、」と記載されている。

(イ) 訂正事項a2についての記載
窒化ガリウム層を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスとして水素を用いることについては、本件明細書の段落【0019】に「バッファ層成長後、TMGのみ止めて、温度を1030℃まで上昇させる。温度が1030℃になったら、同じく水素をキャリアガスとしてTMGを54×10^(-6)モル/分で流して30分間成長させ、GaN層を2μm成長させる。」と記載されている。

(ウ) 訂正事項a3についての記載
窒化インジウムガリウム半導体を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることについては、本件明細書の段落【0020】に「GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。」と記載されている。

(エ) 訂正事項a4についての記載
窒化インジウムガリウム半導体を形成する際の成長温度を、600℃より高く900℃以下とすることについては、本件明細書の段落【0011】に、「InGaNの成長温度は600℃より高い温度が好ましく、さらに好ましくは700℃以上、900℃以下の範囲に調整する。」と記載されている。
窒化インジウムガリウム半導体を形成する際のインジウム源のガスのインジウムとガリウムのモル比を、ガリウム1に対し1.0以上とすることについては、本件明細書の段落【0009】に、「InGaN成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比は、ガリウム1に対し、0.1以上に調整することを特徴とする。さらに好ましくは1.0以上に調整する。」と記載されている。

上記(ア)ないし(エ)によれば、訂正事項a1ないし訂正事項a4による訂正は、本件明細書に記載されている事項の範囲内のものである。

エ 小括
上記アないしウによれば、訂正事項a1ないし訂正事項a4からなる訂正事項aによる訂正は、特許請求の範囲の減縮、明りょうでない記載の釈明を目的とし、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項aによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(2)訂正事項bについて
訂正事項bによる訂正は、訂正前の請求項2の「原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いる」との限定が、訂正事項aによる訂正によって、請求項2の引用する請求項1で既にされたことにともない、重複を避けるために、該限定を請求項2から削除するとともに、有機金属気相成長法について、「原料ガスを基板に押圧するガスを流すと共に、前記押圧するガスとして窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いる」との限定を付加するものであるから、明りょうでない記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、「原料ガスを基板に押圧するガスを流すと共に」との事項については、本件明細書の段落【0015】に「6は不活性ガスを基板に向かって垂直に供給することにより、原料ガスを基板面に押圧して、原料ガスを基板に接触させる作用のあるコニカル石英チューブ」と記載されており、「押圧するガスとして窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いる」との事項については、本件明細書の段落【0020】に「・・・InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ7から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。」と記載されている。したがって、訂正事項bによる訂正は、本件明細書に記載した事項の範囲内のものである。
以上のことから、訂正事項bによる訂正は、特許請求の範囲の減縮、明りょうでない記載の釈明を目的とし、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項bによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(3)訂正事項cについて
訂正事項cによる訂正は、特許請求の範囲の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項cによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(4)訂正事項dについて
訂正事項dによる訂正は、訂正事項cによる訂正(請求項3の削除)にともない、項番を4から3に繰り上げるとともに、訂正前の請求項4において、「窒化インジウムガリウム半導体成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、0.1以上にする」との記載によって、インジウムとガリウムのモル比が限定されているところ、訂正事項aによる訂正によって、訂正後の請求項3の引用する訂正後の請求項1で該モル比の限定がされたことにともない、該記載を訂正前の請求項4から削除するとともに、「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」を、「X線ロッキングカーブの半値幅が8分以下」の窒化インジウムガリウム半導体が得られる成長方法に限定するものであるから、明りょうでない記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、本件明細書には、
「【0016】[実施例1]まず、よく洗浄したサファイア基板を・・・
【0022】さらに、InGaN層のX線ロッキングカーブを取ると、In0.25Ga0.75Nの組成を示すところにピークを有しており、その半値幅は8分であった。この8分という値は従来報告されている中では最小値であり、本発明の方法によるInGaNの結晶性が非常に優れていることを示している。
【0023】[実施例2]実施例1において、GaN層成長後、InGaNを成長させる際に、TMIの流量を2×10^(-7)モル/分にする他は同様にして、InGaNを成長させる。このInGaNのX線ロッキングカーブを測定すると、In0.08Ga0.92Nの組成のところにピークが現れ、その半値幅は6分であった。」
との記載がある。上記記載によれば、実施例1及び実施例2において、X線ロッキングカーブの半値幅が8分以下である窒化インジウムガリウム半導体が得られたことが理解できる。
よって、訂正事項dによる訂正は、本件明細書に記載した事項の範囲内のものである。
以上のことから、訂正事項dによる訂正は、特許請求の範囲の減縮、明りょうでない記載の釈明を目的とし、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項dによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(5)訂正事項eについて
訂正事項eによる訂正は、訂正事項aによる特許請求の範囲の訂正にともない、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の整合性を図るために、本件明細書の段落【0007】に訂正事項aによる訂正と同様の訂正を加えるものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、訂正事項eによる訂正は、上記「(1) ウ」で述べたのと同じ理由により、本件明細書に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項dによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(6)訂正事項fないし訂正事項hについて
訂正事項fないし訂正事項hによる訂正は、コニカル石英チューブの符号を7から6に変更するものであり、本件明細書段落【0029】の【符号の説明】に「6・・・・コニカル石英チューブ6」とあることに整合させるものであるから、誤記の訂正を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項fないし訂正事項hによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

3 括り
以上のとおりであるから、本件訂正は、適法な訂正であり、これを認める。

第4 本件発明
上記のとおり、本件訂正が認められたので、本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」ないし「本件発明3」という。)は、次の各請求項に記載したとおりのものと認められる。
「 【請求項1】 基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、
前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項2】 前記有機金属気相成長法において、原料ガスを前記基板に押圧するガスを流すと共に、
前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項3】 前記窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」

第5 請求人の主張の概要
1 無効理由(特許法第29条第2項違反)
本件発明1ないし本件発明3は、優先日前に頒布された甲第1号証(特開平3-203388号公報)に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。

2 甲号証
請求人が提出した甲号証は、以下のとおりである。
甲第1号証:特開平3-203388号公報
甲第2号証:特開昭52-23600号公報
甲第3号証:日本結晶学会誌vol.15 No.34、1988、平松和政外「MOVPE法によるサファイア基板上のGaN結晶成長におけるバッファ層の効果」
甲第4号証:JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS, VOL.30. NO.10A, OCTOBER 1991, PP.L1705-L1707, GaN Growth Using GaN Buffer Layer
甲第5号証:特開平4-297023号公報
甲第6号証:平成13年行(ケ)第172号審決取消請求事件の判決
(以上、審判請求書に添付して提出。)
甲第7号証:特開平4-10665号公報
甲第8号証:特開平4-209577号公報
(以上、審判事件弁駁書に添付して提出。)

3 請求人の主張の要点
請求人の主張の要点は、以下の(1)ないし(6)である。
(1)訂正前の本件特許発明1と甲第1号証との対比
甲第1号証に、バッファ層が2層である場合の層構成として、基板/第1のバッファ層/GaN層/GaInN層という層構成が示唆されていることと、GaN層の下にバッファ層を低温で成長させることが、甲第2?5号証に記載されているように、周知慣用の手段として認められることとを総合すると、本件特許発明1は、甲第1号証に開示された事項及び周知慣用の技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものと認めることができる。(審判請求書10頁18行?12頁15行)

(2)キャリアガス切替えについて
被請求人の主張は、「原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、前記キャリアガスを窒素に切替え、・・・窒化インジウムガリウム半導体を成長させる」ことを、甲1発明と本件訂正発明との相違点として認定した上で、本件訂正発明1は進歩性を有するというものである。しかしながら、かかる相違点は周知技術に過ぎず、当業者が容易に想到し得たものであるから、本件訂正発明1は、依然として進歩性を有しないものである。以下、詳述する。(審判事件弁駁書3頁9?17行)

ア 甲1には、キャリアガスとして水素又は窒素を用いて、GaN層及びGaInN層を形成することが記載されている。(審判事件弁駁書4頁10、11行)

イ キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成することは、例えば、甲7に記載されているとおり、周知技術である。(審判事件弁駁書4頁20、21行)
キャリアガスとして窒素を用いてGaInN層を形成することも、例えば、甲8に記載されているとおり、周知技術に過ぎない。(審判事件弁駁書5頁4、5行)

ウ 上記アで述べたとおり、甲1では、キャリアガスとして水素又は窒素を用いて、GaN層及びGaInN層を形成することができるところ、上記イで述べたとおり、キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成することも、キャリアガスとして窒素を用いてGaInN層を形成することも、周知技術である。そうすると、GaN層及びGaInN層を、水素又は窒素のいずれを用いても形成することができる甲1発明において、キャリアガスを適宜選択して、キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成し、キャリアガスとして窒素を用いてGaInN層を形成することは、当業者であれば容易に想到できたものである。(審判事件弁駁書5頁18行ないし6頁1行)

(3)押圧ガスとして窒素のみを用いる点について
被請求人は、本件訂正発明2は、「有機金属気相成長法において、原料ガスを基板に押圧するガスを流すと共に、前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いること」を構成要件とするから、進歩性を有する旨主張する。
しかしながら、甲4の図1及び甲5の図8に示すとおり、「原料ガスを基板に押圧するガスを流す」ことは周知技術に過ぎない。そして、キャリアガスとして窒素を用いてGaInN層を形成することは周知技術であるところ、かかる「押圧するガス」として、キャリアガスと同一のガスを用いることは、当業者が適宜選択できることに過ぎない。(審判事件弁駁書6頁9?17行)

(4)成長温度について
甲1には、GaInN層を600℃より高い温度で成長させることが記載されているから、本件訂正発明の「窒化インジウムガリウム半導体を600℃より高い温度で成長させること」との構成要件は、甲1発明との相違点にはなり得ない。(審判事件弁駁書6頁20行?7頁7行)

甲1発明において、成長温度を800℃にすることが記載されている以上、「成長温度」を「900℃以下」に限定したとしても、それが甲1発明に対する相違点となり得ないことは明らかである。(口頭審理陳述要領書4頁4?7行)

(5)インジウムとガリウムのモル比について
甲1において、インジウムとガリウムのモル比を20/5、即ち4とすることが記載されている以上、「モル比」を「1.0」以上に限定しても、それが甲1発明に対する相違点になり得ないことは明らかである。(口頭審理陳述要領書4頁14?17行)

(6)X線ロッキングカーブ半値幅について
「窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であること」との特徴は、窒化インジウムガリウム半導体の成長方法についての特徴ではなく、本件訂正発明の成長方法によって成長した窒化インジウムガリウム半導体の特徴を示すものであるから、成長方法である本件訂正発明の特徴とはなり得ない。(審判事件弁駁書7頁19?24行)

第6 被請求人の主張の概要
1 無効理由に対して
本件発明1ないし3は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、請求人の主張する無効理由によって無効とされるべきものではない。

2 乙号証
被請求人が提出した乙号証は、以下のとおりである。
乙第1号証:「エピタキシャル成長のメカニズム」、中嶋一雄編集、共立出版株式会社、2002年5月25日発行、118?119頁
(以上、平成24年3月16日付け審判事件答弁書に添付して提出。)
乙第2号証:Japanese Journal of Applied Physics, Vol.31, Part 2, No.10B(1992), pp.L1459, High-Quality InGaN Films Grown on GaN Films
(以上、平成24年6月27日付け審判事件答弁書に添付して提出。)

3 被請求人の主張の要点
被請求人の主張の要点は、以下の(1)ないし(4)である。
(1)本件発明の技術的意義
本件発明は、窒化インジウムガリウムの成長においては、成長温度を、従来の500?600℃程度から、600℃より高く、900℃以上とするとともに、成長温度を高くすることによる窒化インジウムガリウム中のInNの分解を抑制するために、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整してInNをGaNの結晶中に入れるとともに、キャリアガスを水素から窒素に切替えてInNが分解して結晶格子中から出て行くのを抑制して高品質な窒化インジウムガリウムの結晶を得るものである(本件明細書の【0009】?【0013】)。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書4頁7?19行)

(2)キャリアガス切替えについて
甲1号証は、GaN層の成長時にはキャリアガスとして水素を用い、InGaN層の成長時には、キャリアガスである水素を窒素に切替えて、下地となるGaN層の結晶性を良好に保ちながら、同時に、InGaNの成長時におけるInGaN中のInNの分解を抑制して高品質なInGaNの成長を可能とするものではなく、解決課題及び手段において本件発明とは異なる。また、甲第7号証及び甲第8号証も、キャリアガスの切替えを行うものではない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書4頁22?29行)

甲第7号証には、H_(2)をキャリアガスに用いることが記載されているが、全結晶成長工程を通じてH_(2)をキャリアガスに用いてGaN層を成長するものであり、甲第1号証の記載を超えるものではない。甲第8号証には、H_(2)(あるいはN_(2)ガス)をキャリアガスに用いることが記載されているが、H_(2)(あるいはN_(2)ガス)をバブリングガスや合流させるガスに用いて、酸化物基板上にInGaAlNバッファ層を堆積するものであり、特定のInGaNをキャリアガスにN_(2)を用いて成長させることは記載されていおらず、当然に、InGaNを成長させるにあたりキャリアガスをH_(2)からN_(2)に切替えるとの記載もない。更には、InGaNを成長させる場合の課題についても記載されていない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書5頁15行?6頁12行)

このように、甲第7号証及び甲第8号証には、InGaNを成長する場合に、キャリアガスを水素から窒素に切替えとの内容は記載も示唆もされておらず、甲第1号証に記載された、キャリアガスに「H_(2)又はN_(2)を用い」てサファイア基板上にGaInN層を形成するとの内容と実質的に異なるものではない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書6頁24?27行)

(3)押圧ガスとして窒素のみを用いる点について
本件発明2は、窒化インジウムガリウムの成長時に、原料ガスのキャリアガスだけでなく、原料ガスを押圧するガスにも窒素を用いることで、窒化インジウムガリウム中の窒化インジウムの分解をさらに抑制して、一層高品質の窒化インジウムガリウムを実現できる。この特徴も、甲第1号証には記載も示唆もない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書7頁20?27行)

(4)X線ロッキングカーブ半値幅について
「窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であること」との特徴は、結果物である窒化インジウムガリウム半導体についてX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下の場合に限定したものである。この特徴も、甲第1号証には記載も示唆もない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書8頁2?6行)

第7 無効理由についての当審の判断
1 甲号証の記載
(1)甲第1号証
優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証(特開平3-203388号公報)には、以下の記載がある。
ア 「2. 特許請求の範囲
(1) 窒化処理した基板と、この基板上に形成したバッファ層と、このバッファ層上に形成したGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造とを備え、前記バッファ層がAlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層である半導体発光素子。
(2) 基板が、酸化アルミニウム単結晶であることを特徴とする請求項(1)記載の半導体発光素子。
(3) キャリアガスとして、H_(2)またはN_(2)を用い、III族の原料ガスとして、有機In化合物、有機Al化合物、有機Ga化合物を用い、V族の原料ガスとして、NH_(3)を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって、
基板を昇温する際、NH_(3)雰囲気中で行い、前記基板の表面を窒化処理した後に、この窒化処理した基板の表面に、バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層および
Al_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程と、
この表面にGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程とを含む半導体発光素子の製造方法。」(1頁左下欄4行?右下欄7行)

イ 「〔実施例]
第1図はこの発明の一実施例の半導体発光素子を示す構造図である。
第1図に示すように、サファイア基板1と、このサファイア基板1上にバッファ層として形成したAlN層2と、このAlN層2上に形成したn-Ga_(x)In_(1-x)N層3(0≦x≦1)およびp-Ga_(x)In_(1-x)N層4(0≦x≦1)からなるpn接合構造と、この表面に形成したAlの電極5,6とを備えたものである。
なおバッファ層として、AlN層2を形成したが、AlN/GaN歪超格子層またはAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦Z≦1)を形成しても良い。
このように構成された半導体発光素子Xは、波長420nmの青色で発光する(A方向)。
第2図はこの発明の一実施例のために用いられる有機金属気相(MOVPE)装置を示す概念図である。
第2図に示すように、有機金属気相(MOVPE)装置Yは、キャリアガス20として、H_(2)またはN_(2)を用い、原料ガスとして、III族にはTMA(トリメチルアルミニウム)10,TMG(トリメチルガリウム)11,TMI(トリメチルインジウム)12を用い、V族にはNH_(3)を用いた。またp型ドーパントには、CP_(2)Mg(シンクロペンタジエニルマグネシウム)13を用い、n型ドーパントには、H_(2)Se(セレン化水素)15を用いた。
有機金属気相(MOVPE)装置Yは、石英製のリアクタ16内に載置されたカーボン製のサセプタ17を高周波誘導加熱することにより、このサセプタ17上に載置した基板21を加熱し、この基板21上に化合物半導体層単結晶等を成長させるものである。
なおリアクタ16内の圧力は、76Torrである。
この発明の一実施例の半導体発光素子の製造方法を第2図および第3図に基づいて説明する。
第3図はこの発明の一実施例の半導体発光素子の製造方法を示す工程図である。
なお有機金属気相(MOVPE)装置として、第2図に示す装置を用いた。
第3図(a)に示すように、結晶成長を開始する前に、サファイア基板1をNH_(3)雰囲気中で1000℃まで昇温して、10分間熱処理を施し、サファイア基板1の表面を薄いAlN膜(図示せず)で覆ってしまう。その後、サファイア基板1の温度を950℃に下げて、バッファ層として厚さ0.5μmのAlN膜2を成長させる。
このように、結晶成長前の昇温時に、サファイア基板1の表面を窒化処理し、薄いAlN膜を形成することにより、この表面に形成するAlN層2(バッファ層)とサファイア基板lとの格子定数および熱膨張係数の整合性が共に良くなる。
次に第3図(b)に示すように、サファイア基板1の温度を800℃まで下げ、AlN層2(バッファ層)の表面に、n型のGa_(x)In_(1-x)N層3およびp型のGa_(x)In_(1-x)N層4を形成する。
なお、n型のGa_(x)In_(1-x)N層3は層厚1μmであり、n型ドーパントであるH_(2)Se15をドープして結晶成長させたものであり、p型のGa_(x)In_(1-x)N層4は層厚1.5μmであり、p型ドーパントであるCp_(2)Mg13をドープして結晶成長させたものである。
なおこの際、原料ガスの流量は、TAM10は10_(cc)/_(min)、TMG11は5_(cc)/_(min)、TMI12は20_(cc)/_(min)とし、
NH_(3)の流量は、12_(cc)/_(min)とし、ドーパントの流量は、各々H_(2)Se(セレン化水素)15は25_(cc)/_(min)、Cp_(2)Mg13は10_(cc)/_(min)とした。
またリアクタ16内に入るキャリアガスの総流量は、5l/_(min)とした。」(3頁左上欄8行?右下欄20行)

ウ 「以下第1図および第3図に示すバッファ層(AlN層2)として、AlN/GaN歪超格子層またはAl_(z)Ga_(1-z)N(0≦z≦1)層を形成した場合について、以下説明する。
バッファ層の形成には、AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていき、AlN/GaN歪超格子層を形成する方法と、組成のみのAl_(z)Ga_(1-z)N(0≦z≦1)層を形成する方法とがあるが、この表面に形成するGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)の結晶性は、後者に比較すると、前者の方が優れる傾向がある。ただし、後者もバッファ層として、十分に使用できる。」(4頁右上欄末行?左下欄12行)

(2)甲第7号証
同じく甲第7号証(特開平4-10665号公報)には、以下の記載がある。
ア 「2.特許請求の範囲
n型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlxGa1-xN;X=0を含む)からなるn層と、i型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlxGa1-xN;X=0を含む)からなるi層とを有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、
前記i層のドーピング元素は、亜鉛(Zn)とシリコン(Si)であることを特徴とする発光素子。」(1欄4?11行)

イ 「次に温度を400℃まで低下させて、第1ガス管28からH_(2)を10l/分、15℃のTMA中をバブリングしたH_(2)を50ml/分、第2ガス管29からH_(2)を10l/分、NH_(3)を10l/分で2分間供給した。この成長工程で、AlNのバッファ層52が約500Åの厚さに形成された。
次に、2分経過した時にTMAの供給を停止して、サファイア基板51の温度を1150℃に保持し、第1ガス管28からH_(2)を10l/分、-15℃のTMG中をバブリングしたH_(2)を200ml/分、H_(2)で1ppmに希釈したシラン(SiH4)を200ml/分、第2ガス管29からH_(2)を10l/分、NH3を10l/分で15分間供給して、膜厚約2.5μm、キャリア濃度2×10^(16)/cm3のGaNから成る高キヤリア濃度n層53を形成した。
続いて、サファイア基板51の温度を1150℃に保持し、同様に、第1ガス管28、第2ガス管29から、H_(2)を20l/分、-15℃のTMG中をバブリングしたH_(2)を100ml/分、NH_(3)を10l/分の割合で20分間供給し、膜厚約1.5μm、キャリア濃度1×10^(16)/cm3のGaNから成る低キヤリア濃度n層54を形成した。
次に、サファイア基板51を900℃にして、同様に、第1ガス管28、第2ガス管29から、それぞれ、H_(2)を10l/分、-15℃のTMG中をバブリングしたH_(2)を100ml/分、5℃のDEZ中をバブリングしたH_(2)500ml/分、H_(2)で1ppmに希釈したシラン(SiH_(4))を100ml/分、NH_(3)を10l/分の割合で1分間供給して、膜厚750ÅのGaNから成るi層55を形成した。」(9欄9行?10欄18行)

(3)甲第8号証
同じく甲第8号証(特開平4-209577号公報)には、以下の記載がある。
ア 「【請求項2】 In_(1-x-y) Ga_(x) Al_(y) N(0≦x≦1;0≦x+y≦1)薄膜を少なくとも一層を含み、基板、バッファ層、クラッド層または低抵抗層、発光層を備え、前記基板はMnO、ZnO、MgAl_(2)O_(4) 、MgO、CaOのいずれかであり、かつ基板上に接して形成されたバッファ層はIn_(1-x-y) Ga_(x)Al_(y)N(0≦x≦1;0≦x+y≦1)よりなる半導体発光素子の製造において、前記バッファ層を1000℃以下の成長温度で基板上に堆積することを特徴とする半導体発光素子の作製方法。」

イ 「【0009】(実施例1)図2は本発明の第一の実施例を説明する図であって、発光素子の断面を示す。この発光素子はMnO(111)基板1の上に成長した膜厚500ÅのアンドープGaAlNバッファ層2、膜厚5μmのSnドープn型低抵抗GaAlN層3、膜厚0.5μmのZnドーピングにより半絶縁化したGaAlN発光層4、前記発光層上に設けた半絶縁層の電極5、及び低抵抗層3上に設けたn型抵抗層のオーミック電極6からなる。・・・」

ウ 「【0010】(実施例2)図3は本発明の第二の実施例を説明する図であって、発光素子の断面を示す。この発光素子はMgO(111)基板10の上に成長した膜厚500ÅのアンドープInGaNバッファ層11、膜厚5μmのSnドープn型InGaAlNクラッド層12、膜厚0.5μmのアンドープInGaN活性層13、膜厚2μmのMgドープp型InGaAlNクラッド層14、p型クラッド層のオーミック電極15、n型クラッド層のオーミック電極16からなる。」

エ 「【0011】(実施例3)図4は本発明の第三の実施例を説明する図であって、発光素子の断面を示す。この発光素子は低抵抗ZnO(111)基板17の上に成長した膜厚500ÅのアンドープAlNバッファ層18、膜厚5μmのSnドープn型InGaAlNクラッド層19、膜厚0.5μmのアンドープInGaN活性層20、膜厚2μmのMgドープp型InGaAlNクラッド層21、p型クラッド層のオーミック電極22、n型クラッド層のオーミック電極23からなる。」

オ 「【0012】次に本発明の素子の作製方法について説明する。図5は、原料ガスとしてIII族有機金属とNH_(3)を用いる場合について、本発明の半導体発光素子の作製方法を実施するための成長装置の一例を示すものである。石英反応管32の内部に成長基板30を保持するカーボン・サセプタ31を収めると共に石英反応管の外部に高周波誘導コイル33を配置する。また石英反応管32に対して有機金属ガス導入管35、NH_(3) ガス導入管36、H_(2)ガス及びN_(2)ガス導入管37、及び排気口38を設ける。34は熱電対を示す。
【0013】この装置で、本発明の半導体発光素子用の多層膜構造を作製するには、まず石英反応管30内を真空排気装置により排気する。次に、石英反応管32内に0.5?20l/分の不活性ガスであるN_(2)ガスを導入した後、高周波誘導コイル33に通電することによりカーボン・サセプタ31を500?600℃に加熱し、N_(2)ガスを0.5?20l/分のNH_(3)ガスに切り替える。この状態で、バブラの温度を-30?50℃に設定したトリメチルインジウム(TMIn)、トリメチルガリウム(TMGa)及びトリメチルアルミニウム(TMAl)のうち必要な原料を1?1000cc/分のH_(2)ガス(あるいはN2ガス)でバブリングし、0?10l/分のH_(2)ガス(あるいはN_(2)ガス)と合流させた後、導入管37より石英反応管32へ供給し、成長基板上にIn_(1-x-y)Ga_(x)Al_(y)N(0≦x≦1、0≦x+y≦1)バッファ層を堆積する。成長中の石英反応管32内の総ガス圧は40?1000Torrに調整する。
【0014】これに続けて、必要な膜厚を堆積したIn_(1-x-y)Ga_(x)Al_(y)N(0≦x≦1、0≦x+y≦1)バッファ層をNH_(3)雰囲気中600?1300℃の温度で1?60分保持した後、600?1300℃に基板温度を設定し上記と同様の手順で発光素子用の多層膜構造(例えばクラッド層、活性層)を作製する。・・・」

カ 「【0015】・・・また、上記の実施例では、キャリアガス、バブリングガスとしてH_(2)またはN_(2)を用いたが、これに代えてHeやAr等のその他の不活性ガスを用いても同様の効果が得られる。」

2 甲第1号証に記載された発明
(1) 上記「1 (1) ア」には、(3)として、次のとおりの半導体発光素子製造方法が記載されている。
「キャリアガスとして、H_(2)またはN_(2)を用い、III族の原料ガスとして、有機In化合物、有機Al化合物、有機Ga化合物を用い、V族の原料ガスとして、NH_(3)を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって、
基板を昇温する際、NH_(3)雰囲気中で行い、前記基板の表面を窒化処理した後に、この窒化処理した基板の表面に、バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層および
Al_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程と、
この表面にGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程とを含む半導体発光素子の製造方法。」

(2) 上記「1 (1) イ」には、上記(1)の半導体発光素子製造方法の実施例が記載されていると認められるところ、これによれば、上記(1)の半導体発光素子製造方法における「バッファ層」、「『有機In化合物とその流量」、「『有機Al化合物』とその流量」、「『有機Ga化合物』とその流量」、「『基板』を『NH_(3)雰囲気中』で『昇温』し『窒化処理』する工程」、「窒化処理した基板の表面に、バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程」及び「この表面にGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程」は、具体的には、「AlN層」、「TMI(トリメチルインジウム)20_(cc)/_(min)」、「TMA(トリメチルアルミニウム)10_(cc)/_(min)」、「TMG(トリメチルガリウム)5_(cc)/_(min)」、「サファイア基板をNH_(3)雰囲気中で1000℃まで昇温して、10分間熱処理を施し、サファイア基板の表面を薄いAlN膜で覆い」、「サファイア基板の温度を950℃に下げて、バッファ層として厚さ0.5μmのAlN膜2を成長させ」及び「サファイア基板の温度を800℃まで下げ、バッファ層の表面に、n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層からなるpn接合構造を形成する」であることが認められる。

(3) 上記(1)の半導体発光素子製造方法の「バッファ層」は、「AlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層」を成長させたものである。
加えて、上記「1 (1) イ」の「なおバッファ層として、AlN層2を形成したが、AlN/GaN歪超格子層またはAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦Z≦1)を形成しても良い。」との記載によれば、バッファ層は、AlN層に代えてAlN/GaN歪超格子層でもよいことが認められる。
そして、上記「1 (1) ウ」のとおり、甲第1号証には、バッファ層をAlN/GaN歪超格子層で形成する方法について、「AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていき」との記載があり、これによれば、上記(2)で検討した実施例において、バッファ層を、AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていき、AlN/GaN歪超格子層として形成してよいことが認められる。

(4) 以上によれば、甲第1号証には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「キャリアガスとして、H_(2)またはN_(2)を用い、III族の原料ガスとして、TMA(トリメチルアルミニウム),TMG(トリメチルガリウム),TMI(トリメチルインジウム)を用い、該原料ガスの流量は、TMAは10_(cc)/_(min)、TMGは5_(cc)/_(min)、TMIは20_(cc)/_(min)とし、V族の原料ガスとして、NH_(3)を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって、
サファイア基板をNH_(3)雰囲気中で1000℃まで昇温して、10分間熱処理を施し、サファイア基板の表面を薄いAlN膜で覆い、
その後、サファイア基板の温度を950℃に下げ、AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていくことにより、バッファ層としてのAlN/GaN歪超格子層を形成し、
次に、サファイア基板の温度を800℃まで下げ、該バッファ層の表面に、n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層からなるpn接合構造を形成することを含む、半導体発光素子の製造方法。」

3 本件発明1と甲1発明との対比、判断
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
ア 甲1発明における「サファイア基板」、「TMG(トリメチルガリウム)」、「TMI(トリメチルインジウム)」、「NH_(3)」、「n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層」及び「半導体発光素子の製造方法」は、それぞれ、本件発明1における「基板」、「ガリウム源のガス」、「インジウム源のガス」、「窒素源のガス」、「窒化インジウムガリウム半導体」及び「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」に相当する。

イ 甲1発明における「AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていくことにより」形成される「バッファ層としてのAlN/GaN歪超格子層」の、AlN層から徐々に組成が変わっていく部分及びGaN層となった部分は、それぞれ、本件発明1の「バッファ層」及び「窒化ガリウム層」に相当する。

ウ 甲1発明における「窒化インジウムガリウム半導体」(n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層)の成長温度である「800℃」は、本件発明1における「窒化インジウムガリウム半導体」の成長温度である「600℃より高く、900℃以下」に含まれる。

エ 炭素C、水素H、ガリウムGa、インジウムIn、TMG(トリメチルガリウム)C_(3)H_(9)Ga、TMI(トリメチルインジウム)C_(3)H_(9)Inの質量数は、それぞれ、12、1、70、115、115、160であるから、甲1発明における、TMG5_(cc)/_(min)、TMI20_(cc)/_(min)は、インジウム源のガスのインジウムのガリウムに対するモル比でいえば、
20×115/160:5×70/115=4.7:1であり、これは、本件発明1における、「インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上」との条件を満たしている。

オ 本件発明1と甲1発明とは、キャリアガスとして、水素または窒素を用いる点で共通している。

カ 本件発明1は、「窒化ガリウム層」が「バッファ層」より高温で成長するのに対して、甲1発明の「バッファ層」(AlN/GaN歪超格子層の、AlN層から徐々に組成が変わっていく部分)及び「窒化ガリウム層」(AlN/GaN歪超格子層のGaN層となった部分)は、AlN/GaN歪超格子層が基板温度950℃で形成されることから、ともに同じ温度950℃で成長している。

キ 以上によれば、本件発明1と甲1発明は、以下の<一致点>で一致し、以下の<相違点1>及び<相違点2>で相違する。
<一致点>
「キャリアガスとして、水素または窒素を用い、
基板上に、有機金属気相成長法により、バッファ層を介して成長させた窒化ガリウム層の上に、
原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させる窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」

<相違点1>
本件発明1は、キャリアガスとして水素を用いて「窒化ガリウム層」を成長させ、その後、キャリアガスを切替えて、キャリアガスとして窒素を用いて「窒化インジウムガリウム半導体」を成長させるのに対して、甲1発明は、キャリアガスとして水素または窒素を用いるものの、「窒化ガリウム層」成長時と「窒化インジウムガリウム半導体」成長時とで、それぞれキャリアガスとして水素または窒素のどちらを用いるのか不明である点。

<相違点2>
本件発明1は、「窒化ガリウム層」が「バッファ層」より高温で成長するのに対して、甲1発明の「バッファ層」(AlN/GaN歪超格子層の、AlN層から徐々に組成が変わっていく部分)及び「窒化ガリウム層」(AlN/GaN歪超格子層のGaN層となった部分)は、同じ温度950℃で成長している点。

(2)判断
<相違点1>について検討する。
ア 半導体発光素子の製造において、キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成し、続けてGaInN層を形成する際に、キャリアガスを窒素に切り替えれば製造工程が複雑になることは自明であるから、該切り替えを採用するには相応の動機が必要と認められる。

イ 請求人は、「『原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、前記キャリアガスを窒素に切替え、・・・窒化インジウムガリウム半導体を成長させること』は周知技術に過ぎない。甲1では、キャリアガスとして水素又は窒素を用いて、GaN層及びGaInN層を形成することができるところ、キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成することは甲7に、キャリアガスとして窒素を用いてGaInN層を形成することは甲8に記載されており、ともに周知技術である。そうすると、GaN層及びGaInN層を、水素又は窒素のいずれを用いても形成することができる甲1発明において、キャリアガスを適宜選択して、キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成し、キャリアガスとして窒素を用いてGaInN層を形成することは、当業者であれば容易に想到できたものである。」旨を主張している(上記「第5 3 (2)」参照。)。

ウ そこで、甲第7号証及び甲第8号証の記載を検討する。
(ア) 上記「1 (2)」によれば、甲第7号証には、キャリアガスに水素を用いてGaN層を形成することが記載されていると認められる。
しかし、GaN層を形成する際にキャリアガスとして水素を用いるとともに、GaInN層を形成する際にキャリアガスとして窒素を用いることの記載もそれを示唆する記載も認められない。

(イ) 上記「1 (3)」によれば、甲第8号証には、キャリアガスに水素、窒素、及びHe、Ar等の不活性ガスを用いて、GaAlN層、InGaAlN層、InGaN層、AlN層等のIn_(1-x-y) Ga_(x) Al_(y) N(0≦x≦1;0≦x+y≦1)層を形成することが、広く一般的に記載されていると認められる。
しかし、GaN層を形成する際にキャリアガスとして水素を用いるとともに、GaInN層を形成する際にキャリアガスとして窒素を用いることの記載もそれを示唆する記載も認められない。

エ 上記ウによれば、キャリアガスとして水素又は窒素を用いて、GaN層及びその上のInGaN層を形成する甲1発明において、GaN層を形成する際にキャリアガスとして水素を用いるとともに、GaInN層を形成する際にキャリアガスとして窒素を用いることを、甲第7号証及び甲第8号証の記載が示唆するものとは認められない。
してみると、「GaN層及びGaInN層を、水素又は窒素のいずれを用いても形成することができる甲1発明において、キャリアガスを適宜選択して、キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成し、キャリアガスとして窒素を用いてGaInN層を形成することは、当業者であれば容易に想到できたものである。」との請求人の主張は採用できない。

オ 以上によれば、甲1発明において、甲第7号証及び甲第8号証に記載された周知技術に基づいて、本件発明1の<相違点1>に係る構成を備えることが、当業者に想到容易であったとは認められない。
したがって、<相違点2>について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

4 本件発明2及び本件発明3について
本件発明2及び本件発明3は、それぞれ、本件発明1が記載された請求項1を引用する請求項2及び請求項3に記載された発明であり、本件発明1の特定事項をすべて含むものであるから、本件発明1が、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえない以上、本件発明2及び本件発明3が、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえないことは明らかである。

5 まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当しないから、無効とすることはできない。

第8 むすび
以上のとおり、請求人が主張する無効理由によっては、本件発明1ないし3についての特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
窒化インジウムガリウム半導体の成長方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、
前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項2】前記有機金属気相成長法において、原料ガスを前記基板に押圧するガスを流すと共に、
前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項3】前記窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は青色発光ダイオード、青色レーザーダイオード等に使用される窒化インジウムガリウム半導体の成長方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
青色ダイオード、青色レーザーダイオード等に使用される実用的な半導体材料として窒化ガリウム(GaN、以下GaNと記す。)、窒化インジウムガリウム(In_(x)Ga_(1-x)N、0<X<1、以下InGaNと記す。)、窒化ガリウムアルミニウム(Al_(Y)Ga_(1-Y)N、0<Y<1、以下AlGaNと記す。)等の窒化ガリウム系化合物半導体が注目されており、その中でもInGaNはバンドギャップが2eV?3.4eVまであるため非常に有望視されている。
【0003】
従来、有機金属気相成長法(以下MOCVD法という。)によりInGaNを成長させる場合、成長温度500℃?600℃の低温で、サファイア基板上に成長されていた。なぜなら、InNの融点はおよそ500℃、GaNの融点はおよそ1000℃であるため、600℃以上の高温でInGaNを成長させると、InGaN中のInNの分解圧がおよそ10気圧以上となり、InGaNがほとんど分解してしまい、形成されるものはGaのメタルとInのメタルの堆積物のみとなってしまうからである。従って、従来InGaNを成長させようとする場合は成長温度を低温に保持しなければならなかった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
このような条件の下で成長されたInGaNの結晶性は非常に悪く、例えば室温でフォトルミネッセンス測定を行っても、バンド間発光はほとんど見られず、深い準位からの発光がわずかに観測されるのみであり、青色発光が観測されたことはなかった。しかも、X線回折でInGaNのピークを検出しようとしてもほとんどピークは検出されず、その結晶性は、単結晶というよりも、アモルファス状結晶に近いのが実状であった。
【0005】
青色発光ダイオード、青色レーザーダイオード等の青色発光デバイスを実現するためには、高品質で、かつ優れた結晶性を有するInGaNの実現が強く望まれている。よって、本発明はこの問題を解決するべくなされたものであり、その目的とするところは、高品質で結晶性に優れたInGaNの成長方法を提供するものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
我々は、InGaNをMOCVD法で成長するにあたり、従来のようにサファイア基板の上に成長させず、次に成長させるGaN層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該GaN層の上に成長させることによりその結晶性が格段に向上することを新規に見出した。
【0007】
即ち、本発明の成長方法は、基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする。
【0008】
原料ガスには、Ga源としてトリメチルガリウム(TMG)、トリエチルガリウム(TEG)、窒素源としてアンモニア(NH_(3))、ヒドラジン(N_(2)H_(4))、インジウム源としてトリメチルインジウム(TMI)、トリエチルインジウム(TEI)等を好ましく用いることができる。
【0009】
原料ガスを供給しながら、InGaN成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比は、ガリウム1に対し、0.1以上に調整することを特徴とする。さらに好ましくは1.0以上に調整する。インジウムのモル比が0.1より少ないと、InGaNの混晶が得にくく、また結晶性が悪くなる傾向にある。なぜなら、例えば600℃より高い温度でInGaNを成長させた場合、多少なりともInNの分解が発生する。従ってInNがGaN結晶中に入りにくくなるため、好ましくその分解分よりもインジウムを多く供給することによって、InNをGaNの結晶中に入れることができる。インジウムのモル比は高温で成長するほど多くする方が好ましく、例えば、900℃前後の成長温度では、インジウムをガリウムの10?50倍程度供給することにより、例えばX値を0.5未満とするIn_(X)Ga_(1-X)Nを得ることができる。
【0010】
また、原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることを特徴とする。窒素をキャリアガスに用いることにより、成長中にInGaN中のInNが分解して結晶格子中から出ていくのを抑制することができる。
【0011】
InGaNの成長温度は600℃より高い温度が好ましく、さらに好ましくは700℃以上、900℃以下の範囲に調整する。600℃以下であるとGaNの結晶が成長しにくいため、結晶性のよいInGaNの結晶ができにくくなる傾向にある。また、900℃より高い温度であるとInNが分解しやすくなるため、InGaNがGaNになりやすい傾向にある。
【0012】
インジウムガスのモル比、成長温度は目的とするInGaNのインジウムのモル比によって適宜変更できる。例えばInを多くしようとすれば650℃前後の低温で成長させるか、または原料ガスのInのモル比を多くすればよい、一方Gaを多くしようとするならば900℃前後の高温で成長させればよい。
【0013】
【作用】
最も好ましい本発明の成長方法によると、原料ガスのキャリアガスを窒素として、600℃より高い成長温度において、InGaNの分解を抑制することができ、またInNが多少分解しても、原料ガス中のインジウムを多く供給することにより高品質なInGaNを得ることができる。
【0014】
さらに、従来ではサファイア基板の上にInGaN層を成長させていたが、サファイアとInGaNとでは格子定数不整がおよそ15%以上もあるため、得られた結晶の結晶性が悪くなると考えられる。一方、本発明ではGaN層の上に成長させることにより、その格子定数不整を5%以下と小さくすることができるため、結晶性に優れたInGaNを形成することができる。図2は本発明の一実施例により得られたInGaNのフォトルミネッセンスのスペクトルであるが、それを顕著に表している。従来法では、InGaNのフォトルミネッセンスの青色のスペクトルは全く測定できなかったが、本発明では明らかに結晶性が向上しているために450nmの青色領域に発光ピークが現れている。
【0015】
【実施例】
以下、図面を元に実施例で本発明の成長方法を詳説する。
図1は本発明の成長方法に使用したMOCVD装置の主要部の構成を示す概略断面図であり、反応部の構造、およびその反応部と通じるガス系統図を示している。1は真空ポンプおよび排気装置と接続された反応容器、2は基板を載置するサセプター、3はサセプターを加熱するヒーター、4はサセプターを回転、上下移動させる制御軸、5は基板に向かって斜め、または水平に原料ガスを供給する石英ノズル、6は不活性ガスを基板に向かって垂直に供給することにより、原料ガスを基板面に押圧して、原料ガスを基板に接触させる作用のあるコニカル石英チューブ、7は基板である。TMG、TMI等の有機金属化合物ソースは微量のバブリングガスによって気化され、メインガスであるキャリアガスによって反応容器内に供給される。
【0016】
[実施例1]
まず、よく洗浄したサファイア基板7をサセプター2にセットし、反応容器内を水素で十分置換する。
【0017】
次に、石英ノズル5から水素を流しながらヒーター3で温度を1050℃まで上昇させ、20分間保持しサファイア基板7のクリーニングを行う。
【0018】
続いて、温度を510℃まで下げ、石英ノズル5からアンモニア(NH_(3))4リットル/分と、キャリアガスとして水素を2リットル/分で流しながら、TMGを27×10^(ー6)モル/分流して1分間保持してGaNバッファー層を約200オングストローム成長する。この間、コニカル石英チューブ6からは水素を5リットル/分と、窒素を5リットル/分で流し続け、サセプター2をゆっくりと回転させる。
【0019】
バッファ層成長後、TMGのみ止めて、温度を1030℃まで上昇させる。温度が1030℃になったら、同じく水素をキャリアガスとしてTMGを54×10^(ー6)モル/分で流して30分間成長させ、GaN層を2μm成長させる。
【0020】
GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。
【0021】
成長後、反応容器からウエハーを取り出し、InGaN層に10mWのHe-Cdレーザーを照射して室温でフォトルミネッセンス測定を行うと、図2に示すように450nmにピークのある強い青色発光を示した。
【0022】
さらに、InGaN層のX線ロッキングカーブを取ると、In_(0.25)Ga_(0.75)Nの組成を示すところにピークを有しており、その半値幅は8分であった。この8分という値は従来報告されている中では最小値であり、本発明の方法によるInGaNの結晶性が非常に優れていることを示している。
【0023】
[実施例2]
実施例1において、GaN層成長後、InGaNを成長させる際に、TMIの流量を2×10^(-7)モル/分にする他は同様にして、InGaNを成長させる。このInGaNのX線ロッキングカーブを測定すると、In_(0.08)Ga_(0.92)Nの組成のところにピークが現れ、その半値幅は6分であった。
【0024】
【0025】
[比較例]
実施例と同様にして、サファイア基板をクリーニングした後、800℃にして、キャリアガスとして水素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNをサファイア基板の上に60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6からは窒素5リットル/分、水素5リットル/分で流し続ける。
【0026】
以上のようにして成長したInGaNのフォトルミネッセンス測定を同様にして行った結果を図3に示す。この図を見ても分かるように、このInGaNの結晶は550nmの深い準位の発光が支配的である。しかも、この発光センターは一般に窒素の空孔と考えられており、InGaNは成長していないことが明らかである。従って、この結果を見る限り、成長中にInNの形でほとんどのInGaNが分解し、GaNの形で少しだけ成長しているように見受けられる。
【0027】
このことを確かめるために同様にしてX線ロッキングカーブを測定したところ、その半値幅は約1度近くあり、またピーク位置はGaNの所にあり、結晶はInGaNではなく、GaNがアモルファス状になっていることが判明した。
【0028】
【発明の効果】
本発明の成長方法によると従来では不可能であったInGaN層の単結晶を成長させることができる。また、GaN層を成長させる前にサファイア基板上に低温でバッファ層を成長させることにより、その上に成長させるGaN層の結晶性がさらに向上するため、InGaNの結晶性もよくすることができる。
【0029】
このように本発明の成長方法は、将来開発される青色発光デバイスに積層される半導体材料をダブルヘテロ構造にできるため、青色レーザーダイオードが実現可能となり、その産業上の利用価値は大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法の一実施例に使用したMOCVD装置の主要部の構成を示す概略断面図。
【図2】本発明の一実施例により形成されたInGaNのフォトルミネッセンスを測定した図。
【図3】従来法により形成されたInGaNのフォトルミネッセンスを測定した図。
【符号の説明】
1‥‥‥‥反応容器 2‥‥‥‥サセプター
3‥‥‥‥ヒーター 4‥‥‥‥制御軸
5‥‥‥‥石英ノズル 6‥‥‥‥コニカル石英チューブ
7‥‥‥‥基板
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2012-11-27 
出願番号 特願平5-106555
審決分類 P 1 113・ 851- YA (H01L)
P 1 113・ 852- YA (H01L)
P 1 113・ 853- YA (H01L)
P 1 113・ 121- YA (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 門田 かづよ  
特許庁審判長 服部 秀男
特許庁審判官 江成 克己
松川 直樹
登録日 1998-02-27 
登録番号 特許第2751963号(P2751963)
発明の名称 窒化インジウムガリウム半導体の成長方法  
代理人 中野 晴夫  
代理人 田村 啓  
代理人 阿部 隆徳  
代理人 鮫島 睦  
代理人 升永 英俊  
代理人 田村 啓  
代理人 阿部 隆徳  
代理人 言上 恵一  
代理人 言上 惠一  
代理人 鮫島 睦  
代理人 佐藤 睦  
代理人 中野 晴夫  

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