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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K |
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管理番号 | 1289050 |
審判番号 | 不服2012-4095 |
総通号数 | 176 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2014-08-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2012-03-01 |
確定日 | 2014-06-18 |
事件の表示 | 特願2007-515762「痴呆の予防および治療におけるL-n-ブチルフタリドの適用」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 1月13日国際公開、WO2005/002568、平成20年 1月31日国内公表、特表2008-502607〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は、2004年6月18日を国際出願日とする出願であって、平成23年10月27日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成24年3月1日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同日付けで手続補正がなされたものである。 2.本願発明 本願の請求項1?4に係る発明は、平成24年3月1日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。 「【請求項1】 痴呆を予防または治療するための医薬の製造における、式(I): 【化1】 に示される、D-n-ブチルフタリドを実質的に含んでいない、L-n-ブチルフタリドの利用。」 3.引用例に記載された事項 (1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開平5-247022号公報(以下「引用例1」という。)には、以下の事項が記載されている。 (ア)「【産業上の利用分野】本発明は、コリンアセチルトランスフェラーゼ(CAT)賦活作用を有し、脳機能改善剤等の医薬として有用なフタリドに関するものである。」(【0001】) (イ)「また、アルツハイマー病およびアルツハイマー型痴呆症の患者においては、大脳皮質中のアセチルコリンの減少が認められており、脳内のアセチルコリン量を増加することにより症状が改善するといわれている。」(【0003】) (ウ)「アセチルコリンは生体内のあらゆる組織中で合成されるものであり、現在、組織中のアセチルコリン濃度を高めるために、以下に示す方法が用いられている。 ・・・ コリンアセチルトランスフェラーゼ活性を賦活し、アセチルコリンの生合成を促進する。」(【0006】?【0008】) (エ)「【課題を解決するための手段】本発明者らは、コリンアセチルトランスフェラーゼ活性を賦活する薬剤を開発すべく鋭意検討を行った結果、セリ科の植物であり、中枢抑制作用、筋弛緩作用、抗血栓作用等を有し、漢方薬である温経湯、葛根湯加川きゅう辛夷等に配剤されている生薬川きゅう、その原植物であるセンキュウまたはその他同属植物に含まれるフタリド類にその作用があることを見いだし、本発明を完成するに至った。」(【0011】) (オ)「【0063】具体例10 具体例8で得られた3-8フラクション[n-ヘキサン-酢酸エチル(7:1)溶出部]について、さらにn-ヘキサン-酢酸エチル(10:1)およびベンゼンを溶出溶媒として用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィーを繰り返すことにより、無色油状物質0.50gを得た。 【0064】この無色油状物質は、下記に示した理化学的性質を有することから、文献[山岸喬、金島弘恭、薬学雑誌,97,237(1977)]記載のブチルフタリド(Butylphthalide)であると確認された。 【0065】比旋光度(C=1.01,CHCl3):[α]26D=-64.9° 紫外線吸収スペクトル[λ max nm(log ε),EtOH]:203(4.46),227(4.00),274(3.30),281(3.29) 赤外線吸収スペクトル(IR,ν max cm-1,neat):1762,1616,1600,1468,1286,1062,742 プロトン核磁気共鳴スペクトル(δ ppm in CDCl3):0.91(3H,t,J=7.3Hz),1.31?1.54(4H,m),1.72 ?1.82(1H,m),2.01?2.09(1H,m),5.48(1H,dd,J=4.4,7.8Hz),7.44(1H,d,J=7.3Hz),7.52(1H,t,J=7.3Hz),7.67(1H,t,J=7.3Hz),7.90(1H,d,J=7.3Hz) マススペクトル(EI-MS)m/z(%):190(M+,7),133(100),105(30),77(8)」(【0063】?【0065】) (カ)「【0084】実験例 ・・・ 【0085】コリンアセチルトランスフェラーゼ活性の測定は、金田、永津らの方法[J.Choromatogra.,341,23-30(1985)]により行った。すなわち、・・・ 【0089】実験の結果をコリンアセチルトランスフェラーゼ賦活率(%)として表1に示した。 【0090】 【表1】 【0091】表1から、式の化合物がコリンアセチルトランスフェラーゼ賦活作用を有し、脳機能改善薬等の医薬として有用であることが確認された。 【0092】また、式の化合物の急性毒性試験をICR系雄性マウスを用いて行ったところ、1g/kgの経口投与で死亡例はなかった。従って、式の化合物は安全性の高い化合物であることが確認された。 【0093】次に、式の化合物の投与量および製剤化について説明する。 【0094】式の化合物はそのまま、あるいは慣用の製剤担体と共に動物および人に投与することができる。投与形態としては、特に限定がなく、必要に応じ適宜選択して使用され、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、注射剤、坐剤等の非経口剤が挙げられる。 【0095】経口剤として所期の効果を発揮するためには、患者の年令、体重、疾患の程度により異なるが、通常成人で式の化合物の重量として50mg?5gを、1日数回に分けての服用が適当と思われる。」(【0084】?【0095】) 同じく、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である山岸 喬ら,薬学雑誌,97(3),pp.237-243 (1977)(以下「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。 (キ)「川きゅう(審決注:「きゅう」は、原文では、くさかんむりに弓の漢字)の成分研究」(237ページ最上段のタイトル部分) (ク)「 ・・・III:ブチルフタリド・・・ 」(238ページのチャート1及び表Iの脚注) (ケ)「最終的に、VIが空気酸化構造既知のIIIに導かれることからVIのC-3の配位はIIIと同一のS配位と決定した。」(241ページ本文の1?2行) (2)引用例1の記載事項(ア)によれば、引用例1には、コリンアセチルトランスフェラーゼ(CAT)賦活作用を有し、脳機能改善剤等の医薬として有用なフタリドが記載され、記載事項(エ)によれば、生薬川きゅうに含まれるフタリド類にその作用があることを見いだしたことが記載され、記載事項(オ)によれば、該フタリド類の具体例10として、比旋光度(C=1.01,CHCl3):[α]26D=-64.9°などの理化学的性質を有することから、文献[山岸喬、金島弘恭、薬学雑誌,97,237(1977)]記載のブチルフタリド(Butylphthalide)であると確認されたものが記載されている。ここで、該文献は、その文献名からみて引用例2のことであるところ、引用例2の記載事項(キ)によれば、引用例2は川きゅうの成分研究に関する文献であり、記載事項(ク)?(ケ)によれば、引用例2には、ブチルフタリドとされる化合物として化合物IIIが記載され、このものが、記載事項(ク)に記載の化学構造式で表され、そのC-3の配位はS配位であることが記載されている。そして、再び引用例1の記載事項(カ)によれば、引用例1には、種々のフタリドについて、コリンアセチルトランスフェラーゼ賦活率(%)を測定したことが記載され、具体例10で得た化合物の賦活率も記載され、さらに、フタリド類について、急性毒性試験をマウスを用いて行ったところ、安全性の高い化合物であることが確認されたことが記載され、その投与量および製剤化についての説明も記載されている。 そうすると、これら引用例1の記載を総合すれば、引用例1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。 「脳機能を改善するための医薬の製造における、化学構造式: に示され、そのC-3の配位はS配位であり、比旋光度(C=1.01,CHCl3):[α]26D=-64.9°などの理化学的性質を有する、ブチルフタリドの利用。」 4.対比 本願発明と引用発明とを対比する。 まず、引用発明の化合物と、本願発明にいう「L-n-ブチルフタリド」は、その化学構造からみて、同義であることは明らかである。また、引用発明の化合物は、比旋光度(C=1.01,CHCl3):[α]26D=-64.9°という性質を有すること、及び、引用例2に、川きゅうにD-n-ブチルフタリドが含まれることについて何らの記載もないこと、からみて、D-n-ブチルフタリドを実質的に含んでいないものといえる。 したがって、両者は、 「医薬の製造における、式(I): 【化1】 に示される、D-n-ブチルフタリドを実質的に含んでいない、L-n-ブチルフタリドの利用。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 ・医薬が、引用発明では「脳機能を改善するための」ものであるのに対し、本願発明では「痴呆を予防または治療するための」ものである点(以下、「相違点」という。) 5.判断 上記相違点について検討する。 前述のように、引用発明のL-n-ブチルフタリドは、コリンアセチルトランスフェラーゼ賦活活性を有することが賦活率の測定結果によって示され、さらに、急性毒性試験で安全性の高さも確認され、その投与量および製剤化についての説明もなされたうえで、脳機能を改善するために利用するものとされている。 そして、引用例1の記載事項(イ)によれば、引用例1には、アルツハイマー病およびアルツハイマー型痴呆症の患者においては、大脳皮質中のアセチルコリンの減少が認められており、脳内のアセチルコリン量を増加することにより症状が改善するといわれていることが記載され、記載事項(ウ)によれば、組織中のアセチルコリン濃度を高めるために、コリンアセチルトランスフェラーゼ活性を賦活し、アセチルコリンの生合成を促進することが記載されている。 してみると、これら引用例1の記載に接した当業者ならば、引用発明のL-n-ブチルフタリドが、アルツハイマー病およびアルツハイマー型痴呆症の患者において、脳内のアセチルコリン量を増加することにより症状が改善することを予想し、痴呆を予防または治療するために利用することに、格別の創意を要したものとはいえない。 また、本願明細書によれば、本願発明は、アルツハイマー病のモデル動物において一定の効果を示したとされているが、かかる効果が当業者にとって引用例1の記載から格別予想外のことであったともいえない。 審判請求人は、審判請求書の中で、参考文献1?6を挙げて、 「以上のことから、出願人は、「アルツハイマー型痴呆症の患者においては、大脳皮質中のアセチルコリンの減少が認められており、脳内のアセチルコリン量を増加することにより症状が改善するといわれている」ことが、当業者にとっての技術常識であるとは認めることはできません。引用文献1には、L-n-ブチルフタリドがChATの活性を向上させることが記載されています。しかし、上述のようにChATの活性がADまたはVDの発症のメカニズムに大きく寄与する訳ではない以上、引用文献1の記載からL-n-ブチルフタリドがADまたはVDの治療または予防に使用できることに容易く想到し得るとはいえません。よって、本願発明は、L-n-ブチルフタリドの新たな有効性を突き止めた点において、従来技術に対する進歩性を有しているものと考えます。」 と主張する。また、当審における審尋に対する回答書の中で、 「ChAT活性を増大させる化合物は、非常に数多く見出されております。その一方で、当該化合物うち、痴呆に対する有効性(予防または治療の効果)を示し得る化合物は、特定されておりません。つまり、ChAT活性を増大させる化合物は、ADまたはVDに有効であると必ずしもいえないことが明らかです。 そうしますと、ChAT活性を増大させる多数の化合物から、ADまたはVDに有効な化合物としてL-ブチルフタリドを選択することは、痴呆のメカニズムの複雑さを考慮しますと、容易に実施し得る範囲を超えた多大な実験を要します。したがいまして、L-ブチルフタリドを用いて、アセチルコリンの量を向上させることによって、痴呆の予防または治療を可能にした点は、当業者にとって容易に想到され得ません。」 とも主張する。 しかしながら、審判請求人が挙げる参考文献1?6を検討しても、「アルツハイマー型痴呆症の患者においては、大脳皮質中のアセチルコリンの減少が認められており、脳内のアセチルコリン量を増加することにより症状が改善するといわれている」ことが、当業者にとっての技術常識でない、とする根拠を見いだすことができないし、ChATの活性がADまたはVDの発症のメカニズムに大きく寄与する訳ではないとか、ChAT活性を増大させる化合物はADまたはVDに有効であると必ずしもいえない、という審判請求人の見解の当否にかかわらず、引用例1に、上記記載事項(イ)や(ウ)の記載がある以上、引用例1の記載に接した当業者ならば、引用発明のL-n-ブチルフタリドを、痴呆を予防または治療するために利用することの十分な示唆を受け、また、そのことによる効果を予測し得たとするほかはない。 したがって、審判請求人の上記主張は採用できない。 6.むすび 以上のとおり、本願発明は、引用例1に記載された発明に基いて、あるいは、引用例1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2014-01-14 |
結審通知日 | 2014-01-21 |
審決日 | 2014-02-03 |
出願番号 | 特願2007-515762(P2007-515762) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(A61K)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 荒木 英則、吉住 和之 |
特許庁審判長 |
内藤 伸一 |
特許庁審判官 |
穴吹 智子 増山 淳子 |
発明の名称 | 痴呆の予防および治療におけるL-n-ブチルフタリドの適用 |
代理人 | 特許業務法人原謙三国際特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人原謙三国際特許事務所 |