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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C10M
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C10M
審判 全部無効 2項進歩性  C10M
管理番号 1290399
審判番号 無効2013-800143  
総通号数 177 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-09-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-07-31 
確定日 2014-08-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第4420940号発明「乾性潤滑被膜組成物及び該乾性潤滑被膜組成物を摺動層としたすべり軸受」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件審判に係る特許(以下、「本件特許」という。)は、平成19年6月15日に特許出願(特願2007-158273号。以下、「本件出願」という。)がされ、平成21年12月11日に設定登録(特許第4420940号、発明の名称「乾性潤滑被膜組成物及び該乾性潤滑被膜組成物を摺動層としたすべり軸受」(請求項数8)。以下、その特許請求の範囲、明細書の発明の詳細な説明を「本件特許請求の範囲」、「本件発明の詳細な説明」という。)がされたものである。
そして、本件特許を無効とすることについて、大豊工業株式会社(以下、「請求人」という。)から、本件審判の請求がされた。
本件審判の手続の経緯は、以下のとおりである。

平成25年 7月31日付け 審判請求書、甲第1?第6号証提出
同年 10月24日付け 審判事件答弁書提出、乙第1号証提出
平成26年 1月10日付け 審理事項通知書
同年 1月27日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)、甲第7?
11号証提出
同年 1月27日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)提出
同年 2月10日 口頭審理
同年 2月24日付け 上申書(請求人)、実験成績書提出
同年 3月17日付け 上申書(被請求人)提出
同年 3月25日付け 上申書(請求人)提出
同年 5月15日 審理終結

第2 本件特許に係る発明
本件特許に係る発明は、本件特許請求の範囲の請求項1?8に記載された以下のとおりのものである(以下、「本件特許発明1」?「本件特許発明8」といい、まとめて「本件特許発明」ともいう。)。
「【請求項1】
主成分であるポリアミドイミド樹脂にポリアミド樹脂を添加し、高せん断を加え樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化した樹脂バインダーと、1?75質量%の固体潤滑剤を分散含有していることを特徴とする乾性潤滑被膜組成物。
【請求項2】
前記固体潤滑剤が、二硫化モリブデン、ポリテトラフルオロエチレン、グラファイト、二硫化タングステンから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載の乾性潤滑被膜組成物。
【請求項3】
前記ポリマーアロイ化樹脂100重量部中のポリアミド樹脂の配合量が3?40重量部であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の乾性潤滑被膜組成物。
【請求項4】
前記ポリマーアロイ化樹脂のポリアミド樹脂が、重合脂肪酸系ポリアミド、重合脂肪酸系ポリアミド共重合体、又は末端官能基を有する重合脂肪酸系ポリアミドのいずれかであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の乾性潤滑被膜組成物。
【請求項5】
前記ポリアミドイミド樹脂のガラス転移温度が、150?350℃であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の乾性潤滑被膜組成物。
【請求項6】
銅系又はアルミニウム系合金からなる軸受合金層の表面の摺動層を、請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の乾燥潤滑組成物としたことを特徴とするすべり軸受。
【請求項7】
前記摺動層は、摺動層表面粗さが、Ra0.5μm以下であることを特徴とする請求項6記載のすべり軸受。
【請求項8】
前記摺動層は、摺動層膜厚が1?30μmであることを特徴とする請求項6又は請求項7記載のすべり軸受。」

第3 請求人の主張する無効理由の概要および請求人が提出した証拠方法
1.審判請求書における無効理由の概要
請求人は、請求の趣旨の欄を「特許第4420940号の特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」とし、概略以下の無効理由1?4を主張している。

【無効理由1】
本件の請求項1?8に係る各特許発明は、甲第1?4号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(注:周知技術を示す等のために、甲第5?11号証が提出されている。)
【無効理由2】
発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が請求項1?8に係る各特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないものであり、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。よって、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
【無効理由3】
本件の請求項1?8に係る各特許発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないものであるので、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。よって、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
【無効理由4】
本件の請求項1?8に係る各特許発明は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないものであるので、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。よって、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

2.請求人が提出した証拠方法
請求人は、以下の証拠方法を提出した。
[審判請求書に添付]
甲第1号証:特開2007-31501号公報
甲第2号証:特開2001-343022号公報
甲第3号証:特開2004-149622号公報
甲第4号証:特開2007-77250号公報
甲第5号証:日立化成株式会社のホームページ(「高機能化イミド系耐熱性樹脂」の資料)
甲第6号証:世界大百科事典26巻392頁(平凡社:2007年改訂新版発行)

[口頭審理陳述要領書に添付]
甲第7号証:特開2008-69196号公報
甲第8号証:特開2008-189713号公報
甲第9号証:特開2005-232404号公報
甲第10号証:特開2004-27063号公報
甲第11号証:特開平7-238209号公報

[平成26年2月24日付け上申書に添付]
実験成績書(実験内容 ポリアミドイミド樹脂/ポリアミド樹脂/溶剤混合物の塗膜形成試験)

(なお、以下においては、「甲第1号証」?「甲第11号証」を「甲1」?「甲11」と略記する。)

第4 被請求人の主張の概要および被請求人が提出した証拠方法
1.被請求人の主張の概要
被請求人は、答弁の趣旨の欄を「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」とし、請求人が主張する無効理由のいずれにも理由がない旨の反論をしている。

2.被請求人が提出した証拠方法
被請求人は、以下の証拠方法を提出した。
[審判事件答弁書に添付]
乙第1号証:「化学工学の進歩34 ミキシング技術」、社団法人 化学工学会編(槇書店)2000年11月1日発行、第201?207頁

(なお、以下においては、「乙第1号証」を「乙1」と略記する。)

第5 当審の判断
当審は、上記無効理由1?4はいずれも理由がない、と判断する。
その理由は、以下のとおりである。
なお、事案に鑑み、無効理由2?4(無効理由4、2、3の順で検討する。)、無効理由1の順で検討する。

1.無効理由2?4について
(1)本件発明の詳細な説明の記載事項および甲6と乙1の記載事項
ア.本件発明の詳細な説明の記載事項
無効理由2?4は、いずれも特許請求の範囲ないし発明の詳細な説明の記載要件に係る無効理由であるので、これらの無効理由を検討するにあたって、いずれかの無効理由に関連すると認められる本件発明の詳細な説明の記載を摘記する。

a「【0003】

【特許文献3】特開2001-343022号公報(段落0007)

【特許文献5】特開2003-56566号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記した特許文献1?特許文献5に記載される発明においては、近年の内燃機関の高出力及び高回転による高性能化、高荷重化に基くすべり軸受の軸受性能(非焼付性・初期なじみ性・耐キャビテーション性)を充分に充足するものではなかった。例えば、上記の特許文献5に開示される発明は、PAI樹脂、PI樹脂、EP樹脂及びPBI樹脂を混合し樹脂バインダーとするとの記載があるが、単純なポリマーブレンドであると、樹脂どうしが相溶しておらず、樹脂がクラスター状に分散されているのみである。そのため、摺動層内において物性のバラツキが発生し、充分な非焼付性、特に耐キャビテーション性が得られないという欠点があった。
【0005】
また、上記した特許文献3には、『熱硬化性樹脂及び熱可塑性樹脂は溶媒に溶かされると、分子に近い極微細な単位で渾然と混じり合い、・・・・・中間の性質を持つようになる。』との記載があるが、『渾然と混じり合う』とは溶媒中にて熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂が極微細ではあるが、クラスター状となっていること意味している(マイクロクラスター)。そのため、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂は相溶しておらず、熱硬化性樹脂に熱可塑性樹脂を微細な分散を行うことにより、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂の中間の性質を実現している。キャビテーション現象がおこる条件で使用されるすべり軸受の摺動層として用いられる場合には、キャビテーションによる応力が物理的性質の連続しなくなる各樹脂相の界面に集中するため耐キャビテーション性は低下するという欠点があった。
【0006】
本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、軸受性能、特に非焼付性、初期なじみ性、耐キャビテーション性を一層向上できる乾性潤滑被膜組成物及び該乾性潤滑被膜組成物を摺動層としたすべり軸受を提供することにある。」

b「【発明の効果】
【0015】
請求項1に係る発明において、摺動層の主成分となるポリアミドイミド樹脂(以下、「PAI樹脂」という。)は、熱硬化性樹脂のなかでも耐熱性に優れていると共に、材料強度が高いので、耐摩耗性を向上できる。また、高温雰囲気における材料強度の低下や、摺動時の発熱による材料強度の低下も少ないので、高温摺動時でも良好な耐摩耗性を維持できる。さらにPAI樹脂は、ポリアミド樹脂(以下、「PA樹脂」という。)を添加し高せん断を加えポリマーアロイ化されることにより、摺動層に靭性、強度が付与されると伴に、樹脂バインダー自体の摺動性が向上することにより摺動時の発熱が抑制されるため、非焼付性、初期なじみ性、耐キャビテーション性も向上できる。ポリマーアロイ化する前のPAI樹脂、PA樹脂は、それぞれの樹脂の高分子どうしが絡み合った状態にある。通常の混合方法では、高分子どうしの絡み合いを、完全にはほぐすことができないので樹脂どうしを完全に相溶させることができない。高せん断を加えながら混合すると各樹脂の高分子どうしの絡み合いがほぐされて樹脂どうしを均質に相溶させることができる。
【0016】
また、摺動層は固体潤滑剤を含有しているため、摩擦係数を小さくでき、非焼付性を向上できる。この場合、固体潤滑剤の含有率が1質量%未満では固体潤滑剤による潤滑性向上効果がほとんど得られず、75質量%を超えると、耐キャビテーション性が低下する。…」

c「【0024】
…本発明においては、PA樹脂(注:「PAI樹脂」の誤記である。)とPA樹脂をポリマーアロイ化することにより、樹脂バインダーの摺動特性が向上しているため、PAI樹脂単体をベース樹脂とした場合に比べ、発熱が少なくなり、摺動層の厚さを1?3μmとしても摺動面より容易に消失するようなことはなく、充分に局部的な負荷の上昇を緩和するので焼付性の低下が起こらない。」

d「【0026】
次に、本実施例による摺動層を設けた実施例品と従来の摺動層を設けた比較例品について非焼付試験、耐キャビテーション試験を実施し、その結果を表1に示す。実施例品は、裏金となる鋼板上に銅系軸受合金層を接合して、これを平板形状に加工後、脱脂処理し、続いて軸受合金層の表面をブラスト加工により粗面化する。さらに酸洗・湯洗、乾燥後、表1の実施例1?11に示す組成物を有機溶剤(N-メチル?2-ピロリドン、キシレンおよびエタノール)で希釈し、ホモジナイザーにより組成物に高せん断力を長時間(1時間以上)加え、相溶および均一化を行った組成物を上記軸受合金層表面にエアースプレーで吹付けて塗布した。その後、有機溶剤を乾燥除去し、250℃で60分間焼成する。ここで摺動層の厚さは、焼付試験用、耐キャビテーション試験用共に実施例1?8は5μm、実施例9,10,11は2μmとした。なお、ホモジナイザーにより、組成物に高せん断を加え、ポリマーアロイ化している。ポリマーアロイ化の確認は、被膜を形成し、被膜断面を観察できるように試料調整を行った後、PA樹脂よりなるクラスターのみを溶解する溶媒(例えば、エタノール)にて洗浄後、電子顕微鏡(SEM)によって倍率1000倍で観察し、溶解によって形成される凹部の有無により確認した。
【0027】
一方、比較例品は、裏金となる鋼板上に銅系軸受合金層を接合して、これを平板形状に加工後、脱脂処理し、続いて軸受合金層の表面をブラスト加工により粗面化する。さらに酸洗・湯洗、乾燥後、表1の比較例1?7に示す組成物を有機溶剤(N-メチル?2-ピロリドンおよびキシレン)で希釈し、ホモジナイザーにより希釈した組成物に高せん断力を加え、相溶および均一化を行った組成物を上記軸受合金層表面にエアースプレーで吹付けて塗布した。その後、有機溶剤を乾燥除去し、250℃で60分間焼成する。ここで摺動層の厚さは、焼付試験用、耐キャビテーション試験用共に5μmとした。なお、比較例1から7は、ホモジナイザーにより、組成物に高せん断を加え、ポリマーアロイ化している。また、比較例7は実施例6と同等の組成物を超音波攪拌機で混合攪拌し、上記軸受合金層表面にエアースプレーで吹付けて塗布した。その後、有機溶剤を乾燥除去し、250℃で60分間焼成する。ここで摺動層の厚さは、焼付試験用、耐キャビテーション試験用共に5μmとした。
【0028】
【表1】


【0032】
上記表1において、摺動層の各成分の数字は、それぞれ質量百分率(質量%)である。まず、摺動層のベース樹脂をPAI樹脂のみで構成したもの(比較例2)では、ベース樹脂がPAI樹脂のみであるのに対し、実施例1,2,3,4では、PAI樹脂とPA樹脂がポリマーアロイとなっていることが異なる。試験結果を見ると、焼付荷重、耐キャビテーション性について実施例1,2,3,4の方が優れている。これは、PAI樹脂にPA樹脂が添加されポリマーアロイ化されたことにより、靭性が付与されたため初期なじみ性、非焼付性が向上し、またキャビテーションによるエロージョンの発生が抑制されてきたことによるものである。
【0033】
また、比較例3と実施例3を比較してみると、焼付荷重、体積減量について、実施例3の方が優れている。これは、比較例3の固体潤滑剤の添加量が75質量%より多いため、摺動層の強度の低下により、焼付荷重、耐キャビテーション性の低下が起こったことによるものである。
【0034】
また、比較例6と実施例5を比較してみると、体積減量についてはほぼ同じであるが、焼付荷重については、実施例5の方が優れている。これは、比較例6の固体潤滑剤の添加量が1質量%より少ないため、摺動特性が充分でなく、また摺動層の靭性が不十分なことにより、初期なじみが起こりにくいことによるものである。従って固体潤滑剤の添加量は1?75重量%が望ましい。
【0035】
また、比較例7と実施例6を比較してみると、焼付荷重、体積減量については、実施例6の方が優れている。これは、比較例7が、樹脂が溶媒に溶かされ、分子に近い極微細な単位で混合攪拌されてはいるが、均一物質ではなく、マイクロクラスター状となっているため、キャビテーションによる応力が物理的性質の連続しなくなる(または、強度が弱い)各樹脂相の界面に集中するため耐キャビテーション性の低下が起こったものである。
【0036】
これに対し、実施例6では混合時に高せん断を加え、PAIとPAを単分子どうしで存在させることによりポリマーアロイ化することができ、樹脂どうしを相溶させ、単一物質となるため、樹脂バインダー内において、不連続部が発生しないため、耐キャビテーション性が向上している。
【0037】
また、実施例2,3をみるとポリマーアロイ化した樹脂バインダー中のPA樹脂の添加量が3?40質量%であり、非焼付性がとくに良好であることがわかる。
【0038】
また、実施例3と実施例9、実施例5と実施例10、実施例8と実施例11を比較してみると、焼付荷重、体積減量については、実施例9,10,11の方が優れている。これは、PA樹脂(注:「PAI樹脂」の誤記である。)とPA樹脂をポリマーアロイ化することにより、樹脂バインダーの摺動特性が向上しているため、PAI樹脂単体をベース樹脂とした場合に比べ、発熱が少なくなり、摺動層の厚さを1?3μmとしても摺動面より容易に消失するようなことはなくばかりでなく、薄膜になるため放熱性が向上し、非焼付性も向上したことがわかる。なお、表1には、固体潤滑剤として二硫化タングステンを分散含有した摺動層についての試験結果を示していないが、出願人らは、二硫化タングステンを分散含有した摺動層において同様の実験を行っており、それらが実施例1?11とほぼ同等の結果となったことを確認している。」

e「【0039】
本発明は上記しかつ図面に示した実施例にのみ限定されるものではなく、次のように変形または拡張できる。樹脂組成物に高せん断を加える装置としては、ホモジナイザーに限らず、高圧ジェット撹拌混合機等でも良い。…」

イ.甲6と乙1の記載事項
請求人、被請求人の提出した証拠のうち、特許請求の範囲ないし発明の詳細な説明の記載要件に係る無効理由を検討するにあたって、関連すると認められる甲6と乙1の記載事項を摘記する。

a 甲6(世界大百科事典26巻392頁(平凡社:2007年改訂新版発行))
「ホモジナイザー homogenizer
固体と液体(塗料など)、液体と液体(ミルクなど)の2相流に激しい機械的作用を加えて均一で安定したサスペンションをつくる機械装置の総称。高速の回転羽根の強いかくはん(攪拌)作用を利用する方法、高圧流体を狭いギャップを通して流し、その際受ける強いせん(剪)断作用を利用する方法などがある。超音波を用いる分散機もこのなかに含めることができる。また、湿式の微粉砕機の多くはホモジナイザーとして用いることができ、とくにコロイドミル、かくはん粉砕機、ときには振動ミルなどもホモジナイザーとして利用される。」

b 乙1(「化学工学の進歩34 ミキシング技術」、社団法人 化学工学会編(槇書店)2000年11月1日発行、第206?207頁)
「…

以上回転翼タイプからジェットそして超音波式まで,乳化・分散の機能を示すミキサー,ホモジナイザーそして磨砕機の各々の概要を示してきた.以上の各機種での乳化・分散に影響を与えるパラメータによって具体的に数量対比したものを表13.1に示す.」

(2)無効理由4について
審判請求書第2?8頁の「(1)請求の理由の要約」の「…しかしながら、「高せん断を加え樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化した」は、「高せん断」、「相溶させた状態のポリマーアロイ化」が必ずしも明確とは言えない。「高せん断」がどのようなものか明確でなく、かつ「ポリマーアロイ化の確認」は、…確認できる…とは考え難いのである。…」(審判請求書第7頁)との記載等からみて、請求人の主張する無効理由4は、「高せん断」および「相溶させた状態のポリマーアロイ化」が明確でないため、請求項1の「高せん断を加え樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化した」との記載は明確でなく、本件特許請求の範囲の請求項1および請求項1を引用する請求項2?8の記載は明確でないことを主張するものと認められる。
そこで、請求項1の「高せん断を加え樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化した」との記載が明確なものであるか否かについて検討する。
ポリマーアロイとは、一般に、2成分以上の高分子の混合あるいは化学結合により得られる多成分系高分子(「岩波 理化学事典 第5版」長倉三郎等編(2004年12月20日発行)、第1321頁「ポリマーアロイ」の項)であるところ、当該記載は、文言上、高いせん断を加えて樹脂どうしを相互に溶け合わせてポリマーアロイとすること、を意味することは明らかなものといえるが、さらに、「樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化」、「高せん断」の具体的な内容が本件発明の詳細な説明の記載に照らし、明確なものであるか否か検討する。

まず、本件発明の詳細な説明において、「高せん断を加え樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化した」樹脂バインダーを用いる本件特許発明の具体例を記載した実施例、および比較例の内容について、具体的に検討する(以下に、実施例および比較例に係る【表1】を再掲する。)。
【表1】


【表1】には、実施例1?11に示された成分から構成される組成物に対して、有機溶剤(N-メチル?2-ピロリドン、キシレンおよびエタノール)で希釈し、ホモジナイザーにより高せん断力を長時間(1時間以上)加え、相溶および均一化したものを軸受合金層表面にエアースプレーで吹付けて塗布した後、有機溶剤を乾燥除去し、250℃で60分間焼成する処理を行って、得られた摺動層(摘記d)について焼付試験・キャビテーション試験(焼付き荷重・体積減量)を行った結果および比較例1?7のものについて同様の焼付試験・キャビテーション試験を行った結果が記載されている。
そこで、【表1】に開示された実施例1?11と比較例1?7の焼付試験・キャビテーション試験の結果を対照すると、前者は焼付き荷重が24?33MPa、体積減量が0.58?1.00mm^(3)の範囲であるのに対して、後者は焼付き荷重が9?24MPa、体積減量が0.70?1.57mm^(3)の範囲であって、実施例は比較例に比べて焼付き荷重が大きく、体積減量が小さい傾向にあることが理解できるから、【表1】からは、実施例と比較例との間に非焼付き性、耐キャビテーション性といった潤滑被膜組成物の潤滑性能の点で、差異が生じていることが明確に把握できる。
そして、【表1】において、ホモジナイザーにより高せん断力を長時間(1時間以上)加える処理を行った(摘記d)実施例6について、焼付き荷重が27MPa、体積減量が0.80mm^(3)であり、同等の成分から構成される組成物に対して、ホモジナイザーによる処理に換えて、超音波攪拌機で混合攪拌する処理を行った(摘記d)比較例7について、焼付き加重が18MPa、体積減量が1.07mm^(3)となっていることから、両者における非焼付き性、耐キャビテーション性の差異は、組成物を攪拌する程度の違いが主たる要因であるものと理解される。
そうすると、本件発明の詳細な説明の実施例および比較例の記載から、少なくとも、組成物を攪拌する程度の違いに基づいて潤滑被膜組成物の潤滑性能に差異が生じていることは、十分に確認できるものである。

また、本件発明の詳細な説明には、本件特許発明において斯かる潤滑性能の差異が生じたことについて、「…上記の特許文献5に開示される発明は、…単純なポリマーブレンドであると、樹脂どうしが相溶しておらず、樹脂がクラスター状に分散されているのみである。そのため、摺動層内において物性のバラツキが発生し、充分な非焼付性、特に耐キャビテーション性が得られないという欠点があった。…また、上記した特許文献3には、… クラスター状となっていること意味している(マイクロクラスター)。そのため、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂は相溶しておらず、…耐キャビテーション性は低下するという欠点があった。」(摘記a)と、先行技術においては樹脂どうしがクラスター状に分散されるのみで相溶していないため、充分な非焼付性、耐キャビテーション性が得られない等の欠点があったことを説明したうえで、本件特許発明について、「ポリマーアロイ化する前のPAI樹脂、PA樹脂は、それぞれの樹脂の高分子どうしが絡み合った状態にある。通常の混合方法では、高分子どうしの絡み合いを、完全にはほぐすことができないので樹脂どうしを完全に相溶させることができない。高せん断を加えながら混合すると各樹脂の高分子どうしの絡み合いがほぐされて樹脂どうしを均質に相溶させることができる。」(摘記b)および「本発明においては、…ポリマーアロイ化することにより、樹脂バインダーの摺動特性が向上しているため、…焼付性の低下が起こらない。」(摘記c)と、本件特許発明においては、各樹脂の高分子どうしの絡み合いがほぐされて、PAI樹脂、PA樹脂を均質に相溶させることができること、および、ポリマーアロイ化することにより、焼付性の低下が起こらないことが説明されており、これらの本件発明の詳細な説明に記載された内容は、前記の実施例、比較例に係る潤滑被膜組成物の潤滑性能の差異についての開示と何ら矛盾するものではない。
そして、高せん断力での攪拌によりクラスターが破壊されることによって、クラスターに起因する高分子どうしの絡み合いがほぐされ、樹脂どうしが均質に相溶するであろうことは、技術的に首肯されることであり、さらに、潤滑被膜組成物を構成する樹脂どうしの相溶の程度によって、潤滑性能に明確な差異が生じるような違いが発生し得ることも、技術的に首肯されることである。

以上に照らせば、本件発明の詳細な説明は、組成物を攪拌する程度の違いに基づいて潤滑被膜組成物の潤滑性能に差異が生じていることを示す実施例および比較例が記載され、そのような実施例および比較例の結果と何ら矛盾せず、技術的に首肯されるような、本件特許発明についての説明が記載されたものである。

そこで、改めて、本件特許発明における「樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化」、「高せん断」との記載が、本件発明の詳細な説明の記載に照らし、明確なものであるか否かについて検討する。

本件発明の詳細な説明には、「相溶させた状態のポリマーアロイ化」したものとして記載された実施例のものが、そのようなものでないものとして記載された比較例のものに比べて、非焼付性、耐キャビテーション性といった潤滑性能について、優れたものであることが開示され、そのような「相溶させた状態のポリマーアロイ化」したものを得る手段として、「ホモジナイザーにより組成物に高せん断を加える」手段が開示され(摘記d)、さらに、「高圧ジェット撹拌混合機」であればその代替手段となり得ること(摘記e)、「超音波攪拌機」では不十分であること(摘記d)が、実施例等において、開示されている。そして、本件発明の詳細な説明には、それらの開示された事項と矛盾する記載もない。
そうすると、本件特許発明における「相溶させた状態のポリマーアロイ化」、「高せん断」との記載は、本件特許発明にあたる実施例のものが本件特許発明にあたらない比較例のものに比べてどのようなものであるかを表すための記載であって、いわば、実施例と比較例との差異を表現するための記載と明確に理解することができるから、斯かる記載によって本件特許発明の特徴を表現した本件特許請求の範囲の請求項1および請求項1を引用する請求項2?8の記載が、技術的に明確性の欠如したものとはいえない。

よって、請求人の主張する無効理由4によって、本件特許を無効とすることはできない。

(3)無効理由2について
審判請求書第2?8頁の「(1)請求の理由の要約」の「…かつ「ポリマーアロイ化の確認」は、…倍率1000倍(すなわち、1μmが1mm)でマイクロクラスターの痕跡を確認できる…とは考え難いのである。また、ホモジナイザーが多義的であり不明確であるのに特定されておらず、当業者は、どのようなホモジナイザーを用いればよいか、過度の実験を当業者に強いることになるので、本件特許明細書は、当業者が発明を実施できるように十分に明確に記載されていないことになる。…」(審判請求書第7?8頁)との記載等からみて、請求人の主張する無効理由2は、本件特許発明は「どのようなホモジナイザーを用いればよいか、過度の実験を当業者に強いるものであること」および「「ポリマーアロイ化の確認」は、マイクロクラスターの痕跡を確認できるとは考え難いものであること」を理由として、本件発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないことを無効理由として主張するものと認められる。
そこで、斯かる主張について検討する。

ア.「ホモジナイザー」について
本件発明の詳細な説明の記載をみると、実施例において高せん断を加える手段としてホモジナイザーを用いることが記載されている(摘記d)が、ホモジナイザーとして如何なるものを用いるかを当業者が本件発明の詳細な説明の記載および技術常識に照らし理解できるか否か検討する。

本件発明の詳細な説明には、前記「(2)」でも述べたとおり、高せん断を加える手段として、超音波攪拌機によるせん断程度では不十分であり(摘記d)、「高圧ジェット撹拌混合機」であればその代替手段となり得ること(摘記e)が開示され、本件特許発明が高せん断を加えることによって各樹脂の高分子どうしの絡み合いをほぐして樹脂どうしを均質に相溶させるものであること(摘記b)が開示されているから、高せん断を加える目的、および、そのための適切な手段、不適切な手段の例示がされていることは明らかである。
また、一般にホモジナイザーに類する機械的装置が各々どの程度のせん断力を有するものであるかは技術常識と認められる(例えば、乙1の「表13.1」(前記「(1)イ.b」)参照。)。

以上の事項から総合的にみて、一般にホモジナイザーに多種類のものが存在することが技術常識であったとしても(請求人の提出した甲6(前記「(1)イ.a」)によると、ホモジナイザーとは「激しい機械的作用を加えて均一で安定したサスペンションをつくる機械的装置の総称」と定義されている。)、本件特許発明において用いるホモジナイザーが、どの程度以上のせん断力を有するものであるかは、本件発明の詳細な説明の高せん断を加える目的およびそのための適切な手段、不適切な手段の例示についての実施例等の記載および技術常識に照らし、当業者が理解し得たものといえる。

よって、本件発明の詳細な説明には、ホモジナイザーとして如何なるものを用いるかについて、当業者が本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。

イ.「ポリマーアロイ化の確認」について
本件発明の詳細な説明の実施例にはポリマーアロイ化の確認について、「…ポリマーアロイ化の確認は、被膜を形成し、被膜断面を観察できるように試料調整を行った後、PA樹脂よりなるクラスターのみを溶解する溶媒(例えば、エタノール)にて洗浄後、電子顕微鏡(SEM)によって倍率1000倍で観察し、溶解によって形成される凹部の有無により確認した。…」(摘記d)と記載されており、請求人は、斯かるポリマーアロイ化の確認について、倍率1000倍では1μmが1mmにしか拡大されず、そのような確認手段ではマイクロクラスターの痕跡を確認できるとは考え難いため、本件発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものといえないことを主張するものと認められる。
そこで、斯かる主張について検討する。

まず、電子顕微鏡(SEM)による倍率1000倍での観察では1μmが1mmにしか拡大されず、マイクロクラスターの痕跡を確認できるとは考え難いとの主張は、その根拠が十分に明らかといえないものである(1mm程度であったとしても、確認できないことが明らかとまではいえない。)。
また、本件発明の詳細な説明の実施例の記載をみると、電子顕微鏡(SEM)による確認のほかに、同等の組成物について「ホモジナイザーにより組成物に高せん断力を長時間(1時間以上)加え、相溶および均一化」する処理を行った実施例(実施例6)およびそれよりもせん断力が小さいものといえる「超音波攪拌機で混合攪拌」する処理を行った比較例(比較例7)が記載され、実施例(実施例6)のものは比較例(比較例7)のものに比べて焼付き荷重、体積減量の物性に優れたものであることが開示されているから、組成物がポリマーアロイ化したことは、焼付き荷重、体積減量の物性によっても確認することができるといえる。
さらに、ポリマーアロイ化の確認手段として種々のものがあることは技術常識である(例えば、「甲4の図2(A)」(後記4f)には、樹脂のtanδからポリマーアロイ化を確認できることが開示されている。)。

なお、請求人は、電子顕微鏡(SEM)による確認について、倍率1000倍程度での観察によってマイクロクラスターが確認できる大きさでなく、例えば、1μmであれば1mmに拡大されるに過ぎないとして、平成26年2月24日付け上申書において、電子顕微鏡(SEM)による凹部の有無の確認に関する実験成績書を提出したが、当該実験成績書のデータは、本件発明の詳細な説明に記載された実施例と同じ条件で行った実験に係るものとはいえず(例えば、攪拌の条件についてはスプーンによる攪拌の例のみであり、それよりもせん断力の大きな場合についての例等は何らないものである。また、潤滑被膜の厚み等の点も本件発明の詳細な説明に記載された実施例と同じといえない。)、斯かる実験成績書では、本件特許発明の実施例における「ポリマーアロイ化の確認」を当業者が実施できないとする根拠とはならないから、請求人の主張は認められない。

よって、本件発明の詳細な説明は、ポリマーアロイ化の確認について、当業者が本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものである。

ウ.無効理由2のまとめ
したがって、請求人の主張する無効理由2によっては、本件特許を無効とすることはできない。

(4)無効理由3について
審判請求書第2?8頁の「(1)請求の理由の要約」の「…かつ「ポリマーアロイ化の確認」は、…倍率1000倍(すなわち、1μmが1mm)でマイクロクラスターの痕跡を確認できる…とは考え難いのである。また、ホモジナイザーが多義的であり不明確であるのに特定されておらず、当業者は、どのようなホモジナイザーを用いればよいか、過度の実験を当業者に強いることになるので、本件特許明細書は、当業者が発明を実施できるように十分に明確に記載されていないことになる。また、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載されているとはいえないものである。」(審判請求書第7?8頁)との記載等からみて、請求人の主張する無効理由3は、本件特許発明は「どのようなホモジナイザーを用いればよいか、過度の実験を当業者に強いるものであること」および「「ポリマーアロイ化の確認」は、マイクロクラスターの痕跡を確認できるとは考え難いものであること」を理由として、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載された発明といえないことを無効理由として主張するものと認められる。
そこで、斯かる主張について検討する。

「どのようなホモジナイザーを用いればよいか」および「ポリマーアロイ化の確認」については、前記「(3)ア.およびイ.」に記載したとおり、本件発明の詳細な説明に、当業者が本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。
そして、本件発明の詳細な説明には、本件特許発明が、当該発明の解決すべき課題(摘記a)を解決できるものであること(摘記b?e)が開示されている。
そうすると、本件発明の詳細な説明には、本件特許発明について、当業者が、当該発明の課題を解決できると認識できるように記載されているといえる。

したがって、請求人の主張する無効理由3によっては、本件特許を無効とすることはできない。

(5)無効理由2?4のまとめ
以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由2?4によっては、本件特許を無効とすることはできない。

(6)請求人の主張について(口頭審理陳述要領書における「溶媒」に関する主張について)
請求人は、口頭審理陳述要領書において、「…このように、実施例と比較例においては、いずれも溶媒を使用し、かつ「ホモジナーザー」を使用して高せん断力を加える点では軌を一にするが、溶剤が異なる点で差異があり、さらに比較例において高せん断力について時間の記載を欠く点で差異があります…。そうだとすると、本件特許発明1において、「溶媒」を使用することについて何ら規定されていないが、溶媒の使用は必須でないか、…等について疑問が生じますが 、このような点について本件特許明細書には何ら記載がありません。…このように、本件特許発明1は、新規性進歩性の判断とされるべき発明が、十分に特定されて記載されているとは言い難いと思料します。」(口頭審理陳述要領書(請求人)第5頁)と主張する。

当該主張は、「溶媒」を使用することについての規定の有無という、審判請求書においては、何ら無効理由とされていなかった事項に関する主張であるが一応検討する。
当該主張は、発明の詳細な説明に記載された実施例、比較例の記載を比べると、溶媒が異なる点で差異があり、実施例と比較例の実験データの差異は、斯かる点によるものである蓋然性があるところ、本件特許請求の範囲の請求項1には、溶媒の使用に係る点が発明特定事項として記載されていないため、本件特許請求の範囲には、新規性進歩性の判断に係る発明が、十分に特定されて記載されているといえないことを主張するものと認められる。
しかしながら、溶媒は本件特許発明において製造過程で蒸発してなくなるものであり、また、その種類等は当業者が適宜決定するものであることが技術常識であるところ、請求人の提出した口頭審理陳述要領書、平成26年2月24日付けおよび同年3月25日付け上申書の内容を参照しても、本件特許発明において溶媒の使用が発明特定事項とされるべきものであることについて、単に疑いがあるとの主張の域を脱するに足りる程の客観的な根拠が示されているまでのものとはいえないし、本件特許請求の範囲の請求項1の記載は溶媒を必須のものとしていなくとも、その発明特定事項は明確なものであるから、請求人の主張は認められない。

2.無効理由1について
(1)甲各号証に記載された事項
請求人の提出した甲1?11には、各々、以下の事項が記載されている。
なお、甲7?11は、固体潤滑剤組成物において、充填剤の使用が周知技術であることを示すために提出されたものである。

ア.甲1(特開2007-31501号公報)
1a「【特許請求の範囲】
【請求項1】
バインダー樹脂100重量部、固体潤滑剤5?100重量部および充填剤20?40重量部を含有してなる摺動部材用組成物。
【請求項2】
バインダー樹脂がポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂またはフェノール樹脂である請求項1記載の摺動部材用組成物。
【請求項3】
固体潤滑剤がフッ素化ポリマー、二硫化モリブデンまたは二硫化タングステンである請求項1記載の摺動部材用組成物。
【請求項4】
充填剤が層状構造を有し、かつその吸油量が40?100ml/100gである請求項1記載の摺動部材用組成物。
【請求項5】
層状構造を有する充填剤が焼成カオリンまたは乾式カオリンである請求項4記載の摺動部材用組成物。
【請求項6】
摺動部材の表面に適用され、そこに被膜を形成せしめる請求項1乃至5のいずれかに記載の摺動部材用組成物。
【請求項7】
請求項6記載の摺動部材用組成物から形成される被膜を、その表面に形成させた摺動部材。
【請求項8】
2?50μmの膜厚の被膜が形成された請求項7記載の摺動部材。」

1b「【0005】
本発明の目的は、バインダー樹脂に固体潤滑剤を添加した摺動部材用組成物であって、摺動部材表面に適用されたとき、摩擦・摩耗特性や塗膜強度特性を改善せしめた被膜を形成し得るものを提供することにある。

【0007】
本発明に係る摺動部材用組成物は、バインダー樹脂および固体潤滑剤に加えて層状構造を有しかつその吸油量が40?100ml/100gである充填剤、好ましくは焼成カオリンを添加しているので、それを摺動部材、例えば自動車エンジンのピストンやエアコンのコンプレッサ用摺動部材の表面に適用したとき、そこに形成された被膜は摩擦・摩耗特性や強度特性にすぐれているという特徴を有する。また、ここに形成された被膜は、従来の適正被膜厚よりも薄くすることができ、従来の被膜厚のものと同等以上の摩擦・摩耗特性と塗膜強度特性とを両立させることを可能としている。」

1c「【0008】
バインダー樹脂としては、例えばポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂等の熱可塑性樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂等の熱硬化性樹脂が用いられ、好ましくはポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂が用いられる。これらの樹脂は、耐熱性を有しており、比較的可撓性があるという性質を利用して耐荷重性を高めるために使用され、さらに曲げ加工ができるため、バイメタル材のハウジングへの変形固定を可能とする。…
【0009】
固体潤滑剤としては、ポリテトラフルオロエチレン〔PTFE〕、テトラフルオロエチレン-パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロペン共重合体、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン、エチレン-クロロトリフルオロエチレン共重合体等のフッ素化ポリマー、二硫化モリブデン、二硫化タングステン等が用いられる。…これらの粉末状固体潤滑剤は、バインダー樹脂100重量部当り約5?100重量部、好ましくは約15?45重量部の割合で用いられる。このような固体潤滑剤の添加割合は、必要な耐摩擦・摩耗特性を確保し、かつ必要な塗膜強度特性を低下させないという見地から選定される。」

1d「【0010】
充填剤としては、層状構造を有し、かつその吸油量(ASTM D281-95(2002)により測定)が約40?100ml/100g、好ましくは約50?70ml/100gであるものが用いられ、例えば焼成カオリン、乾式カオリン、マイカ等が用いられ、好ましくは焼成カオリンまたは乾式カオリンが用いられる。このように規定された吸油量の充填剤を用いることにより、つぎのような効果が奏せられる。
(1)バインダー樹脂や固体潤滑剤の使用比率を減らし、その減少分を吸油量を特定した充填剤によって補い、より薄い被膜厚で摩擦・摩耗特性と塗膜強度特性の両立を図ることができる。
(2)吸油量は、バインダー樹脂とのなじみ性が塗膜強度特性に影響するため、吸油量を特定することにより、充填剤の配合量をより増すことができ、バインダー樹脂と充填剤との密着性にすぐれた、安価で高強度の摺動部材用組成物を得ることができる。
(3)この組成物は、有機溶媒分散液として塗布し、適用されるが、吸油量は有機溶媒との相溶性にも影響し、それを特定することにより、保存安定性が改善される。
(4)好ましい充填剤として焼成カオリンが用いられた場合には、焼成処理により有機物が分解されるため、さらに白色度が高まるばかりではなく、分散性も向上する。
(5)したがって、これ以下の吸油量のものでは、組成物を塗布する際用いられる溶媒とのなじみ性が低下し、充填剤の均一な分散が困難となるため、所期の目的を達成することができず、一方これ以上の吸油量のものを用いると、固体潤滑剤や着色充填剤のバインダー樹脂へのなじみ性が阻害され、目的とする特性が得られないようになる。また、充填剤は、バインダー樹脂100重量部当り約20?40重量部、好ましくは約25?35重量部の割合で用いられる。使用割合がこれ以上では、所期の目的を達成することができず、一方これ以上の割合で使用されると、成膜性が阻害され、十分な強度を得ることができなくなる。
【0011】
以上の各成分を必須成分とする本発明の摺動部材用組成物には、所期の目的に影響を与えない範囲内で他の配合剤、例えば着色充填剤、界面活性剤、消泡剤等の少くとも一種を混合して用いることができる。」

1e「【0017】
実施例1
ポリアミドイミド樹脂(日立化成製品HPC-5000)100部(重量、以下同じ)、乳化重合法PTFE 40部および焼成カオリン(吸油量60ml/100g)25部よりなる組成物形成成分を、N-メチル-2-ピロリドン-メチルイソブチルケトン等重量混合物75部と共に、ボールミルで十分に混合分散させた組成物分散液を、摺動部材としてのアルミニウム試験片(材質A6061ディスク)にスプレー塗布し、用いられたバインダー樹脂の種類に応じて200?230℃で焼成し、塗膜厚30?40μmの摺動部材用組成物層を形成させた。
【0018】
焼成後、組成物層の塗膜厚が10μmになる迄、研磨紙により研磨した。このとき、粗さRz〔DIN〕=1.0±0.5μmの範囲内に収まるように、徐々に目の細かい番手の研磨紙で研磨した。この摺動部材用組成物層形成アルミニウム試験片について、次の各項目の特性評価を行った。
摩擦・摩耗特性:リングオンディスク型試験機を用い、相手材リングとしてディスク同様に摺動面粗さが調整されたアルミニウム材(A6061)をディスク上に載せ、オイルに満たされた状態の試験摺動部にセットし、上から面圧3.92MPaとなる荷重を負荷し、周速500mm/秒の回転速度で回転させ、試験時間100時間後の摩擦係数を摩擦特性として評価すると共に、100時間後のディスク上の摩耗深さを摩耗特性として評価した
強度特性:ボールオンディスク型試験機を用い、相手材ボール(SUS、5mm径)を荷重9.8Nで点圧させ、幅10mmを40mm/秒の速度で往復摺動させ、その摺動面塗膜の状態を目視で観察し、塗膜が破壊に至る回数を測定し、塗膜強度として評価した
【0019】
実施例2
実施例1において、焼成カオリンの代わりに乾式カオリン(吸油量55ml/100g)35部が用いられた。
【0020】
実施例3
実施例1において、PTFEの代わりにMoS_(2)(THOMPSON CREEK MINING社製品UP-15)20部が、また焼成カオリンの代わりに乾式カオリン(吸油量55ml/100g)30部がそれぞれ用いられた。
【0021】
実施例4
実施例1において、PTFEの代わりにMoS_(2)(UP-15)20部が、また焼成カオリン量が40部に、それぞれ変更されて用いられた。
【0022】
実施例5
実施例1において、組成物形成成分としてポリイミド樹脂(新日本理化製品リカコートPN-20L)100部、MoS_(2)(UP-15)15部および乾式カオリン(吸油量55ml/100g)35部が用いられた。
【0023】
実施例6
実施例5において、乾式カオリンの代わりに焼成カオリン(吸油量55ml/100g)30部が用いられた。
【0024】
実施例7
実施例5において、MoS_(2)の代わりにPTFE 35部が用いられた。
【0025】
実施例8
実施例5において、MoS_(2)の代わりにPTFE 35部が、乾式カオリンの代わりに焼成カオリン(吸油量55ml/100g)25部がそれぞれ用いられた。

【0038】
以上の各実施例、参考例および比較例で得られた特性評価結果は、次の表に示される。


特性評価項目
例 摩耗深さ(μm) 摩擦係数 破壊回数(回)
実施例1 0.3 0.030 2485
〃 2 0.4 0.050 3201
〃 3 0.6 0.032 3106
〃 4 0.3 0.039 2359
〃 5 0.3 0.031 1727
〃 6 0.1 0.038 1961
〃 7 0.8 0.061 1843
〃 8 0.2 0.029 2164
…」

イ.甲2(特開2001-343022号公報)
2a「【特許請求の範囲】
【請求項1】軸受合金層の表面を保護層により被覆してなる複層摺動材料において、
前記保護層を、
固体潤滑剤と、極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂からなるバインダとにより構成したことを特徴とする複層摺動材料。
【請求項2】前記熱可塑性樹脂の割合は、前記熱硬化性樹脂100容量部に対し、1?100容量部であることを特徴とする請求項1記載の複層摺動材料。
【請求項3】前記保護層における前記固体潤滑剤の含有率は、全組成100容量%に対し、80容量%以下であることを特徴とする請求項1または2記載の複層摺動材料。
【請求項4】前記保護層には、全組成100容量%に対し、5容量%以下の硬質粒子が含有されていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の複層摺動材料。」

2b「【0006】本発明は…、その目的は、保護層の摩耗粉による早期摩耗や相手材の局部当たりによる焼き付きを防止できる複層摺動材料を提供するにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】請求項1の発明は、保護層を、固体潤滑剤と、極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂からなるバインダとにより構成したことを特徴とする。この構成によれば、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂は溶媒に溶かされると、分子に近い極く微細な単位で渾然と混じり合い、バインダとしては、熱可塑性樹脂の性質と熱硬化性樹脂の性質との中間の性質を持つようになる。」

2c「【0014】保護層10は、固体潤滑剤と、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂からなるバインダとからなり、…この保護層10を構成する固体潤滑剤としては、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFE)、二硫化モリブデン(MoS_(2))、二硫化タングステン(WS_(2))、グラファイト(以下、Gr)などが用いられる。また、熱可塑性樹脂としては、ジメチルアセトアミド(以下、DMAC)、N-メチル-2-ピロリドン(以下、NMP)などの極性溶媒に可溶なポリエーテルサルフォン(以下、PES)などが用いられ、熱硬化性樹脂としては、同じく極性溶媒に可溶なポリアミドイミド(以下、PAI)、エポキシ(以下、EP)などが用いられる。

【0016】一方、DMAC、NMPなどの極性溶媒に、PTFE、MoS_(2)、WS_(2)、Grなどの固体潤滑剤、場合によってはTiO_(2)などの硬質粒子、PESなどの熱可塑性樹脂、PAI、EPなどの熱硬化性樹脂を加え、混合撹拌して分散液を製造する。熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂は溶媒中に溶けて分子に近い極く微細な単位で混じり合った状態となる。この場合、固体潤滑剤は80容量%以下、熱可塑性樹脂の割合は熱硬化性樹脂100容量部に対して1?100容量部とすることが好ましい。また、硬質粒子を加える場合には、その硬質粒子は5容量%以下であることが好ましい。」

2d「【0018】次の表1は本実施例による保護層10を被着したすべり軸受と従来の保護層を被着したすべり軸受とについて、摩擦係数を測定すると共に、摩擦・摩耗試験、焼付試験を実施した結果を示す。なお、表1においてバインダ欄の括弧内の数値は熱硬化性樹脂に対する熱可塑性樹脂の容量比である。

【0020】
【表1】


【0029】なお、本発明は上記し且つ図面に示す実施例に限定されるものではなく、以下のような拡張或いは変更が可能である。固体潤滑剤はPTFE、MoS_(2)、WS_(2)、Grに限らない。熱可塑性樹脂はPESに限らない。 熱硬化性樹脂はPAI、EPに限らない。
【0030】本発明の適用は舶用エンジンの軸受に限らず、ポリエステル系樹脂、ビニル系樹脂ま可能である。硬質粒子はTiO_(2)に限らず、AlO_(3)、BN、SiO_(4)も可能である。」

ウ.甲3(特開2004-149622号公報)
3a「【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材と、該母材の摺動面となる表面の少なくとも一部に形成されている乾性被膜潤滑剤よりなる被覆層と、を有する摺動部材であって、
前記母材の摺動面となる表面の少なくとも一部は、表面粗さが十点平均粗さで8?18μmRzとなるように条痕を有し、
前記乾性被膜潤滑剤は、ポリアミドイミド樹脂と,エポキシシランおよびエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種の塗膜改質剤と,窒化珪素およびアルミナから選ばれる少なくとも1種の硬質粒子と,を有することを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記塗膜改質剤はエポキシシランである請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記乾性被膜潤滑剤は、さらに、ポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン、グラファイトから選ばれる少なくとも1種の固体潤滑剤を含む請求項1または請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記被覆層の表面粗さは十点平均粗さで0.5?7μmRzである請求項1?請求項3の何れかに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記被覆層の膜厚は、8?20μmで形成されている請求項1?請求項4の何れかに記載の摺動部材。
【請求項6】
前記摺動部材はピストンであり、前記条痕および前記被覆層はピストンスカート部に形成されている請求項1?5の何れかに記載の摺動部材。」

3b「【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は…耐摩耗性や密着性を向上させつつ、より摩擦係数を低減させる摺動部材を提供することを目的とする。」

3c「【0022】
エポキシ樹脂の添加量は、乾性被膜潤滑剤の耐摩耗性および密着性の向上のためには、ポリアミドイミド樹脂100体積部に対しエボキシ樹脂を0.5?10体積部の範囲とすることが好ましい。エポキシ樹脂の添加量が0.5体積部未満であると添加効果が認められないので好ましくない。また、添加量が10体積部を超えると耐摩耗性および密着性が逆に低下されるため好ましくない。
【0023】
エポキシ樹脂は、液状タイプのポリアミドイミド樹脂と相溶性がよい。このためこのポリアミドイミド樹脂に塗膜改質剤としてエポキシ樹脂を添加する場合は、アルミニウム表面になじみやすくしてポリアミドイミド樹脂の密着性を向上させることができるとともにポリアミドイミド樹脂との反応(ポリアミドイミド樹脂自体の縮合反応)により、耐摩耗性を向上させることができる。
【0024】
エポキシシランは、固体潤滑剤及び硬質粒子のポリアミドイミド樹脂に対する分散性を向上させることができる。すなわち、エポキシシランは液状で無機構造を有しており、アルミナなどの無機固体と親和性があり,また有機基を有している。このため塗膜改質剤としてエポキシシランを用いる場合は、ポリアミドイミド樹脂と無機固体との分散性が向上する。さらにエポキシシランもまたエポキシ基をもっているため密着性も向上する。
【0025】
エポキシシランの添加量は、ポリアミドイミド樹脂100体積部に対し、0.5?5体積部の範囲が好ましい。添加量が0.5体積部未満では添加効果が得られないので好ましくない。添加量が5体積部を超えると耐摩耗性および密着性が低下するため好ましくない。

【0028】
その他のフェノール樹脂、メラミン樹脂等ではポリエステル変性シリコーン樹脂のような効果が得られないため好ましくない。フェノール樹脂、メラミン樹脂等が効果が無いのは、ポリアミドイミド樹脂との相溶性が無くポリアミドイミド樹脂との反応も無いため、樹脂バインダー中で異物としての存在しているためと考えられる。」

3d「【0033】
本発明の乾性被膜潤滑剤には、さらに固体潤滑剤を添加することができる。
【0034】
固体潤滑剤としてはポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二硫化モリブデン(MoS_(2))、グラファイトなどを単独或いは併用して使用することができる。特に、ポリテトラフルオロエチレンの使用が望ましく、このポリテトラフルオロエチレンとしては、乳化重合,懸濁重合あるいは粉砕等の製法で造られたものが用いられる。
【0035】
固体潤滑剤の添加量は、ポリアミドイミド樹脂100体積部に対して、1?12体積部、望ましくは1?6体積部である。」

3e「【0062】
〈実施例1〉
本発明の実施例1の摺動部材は、母材としてアルミニウム合金製のテストピース(AC8A)を用いたものである。母材は、表面粗さが十点平均粗さで11μmRzとなるように切削加工にて溝幅200?300μmピッチ,深さ6?12μmで条痕を設けた後に予めアルカリ脱脂したものを用いた。また、本実施例1において、乾性被膜潤滑剤としては30重量部のポリアミドイミド樹脂,塗膜改質剤として1重量部のエポキシシラン,硬質粒子として10重量部のアルミナを用いた。本実施例1及び後述する実施例2?5および比較例1?5の摺動部材における乾性被膜潤滑剤等の構成を表1に示す。
【0063】
【表1】


【0065】
(乾性被膜潤滑剤の調製)
15重量%のポリアミドイミド樹脂を溶解したN-メチルピロリドン溶液に対して、表1に示す実施例1の配合で塗膜改質剤および硬質粒子をポリアミドイミド樹脂100体積部に対する各体積部添加して攪拌混合した。次いで、ボールミル或いは3本ロールで混合して、固形物がN-メチルピロリドン溶液に均一分散した実施例1の乾性被膜潤滑剤を得た。
【0066】
(被覆層形成)
上述のように準備したテストピースを母材として、この母材に上述のように調製した乾性被膜潤滑剤を塗布することで被覆層を形成した。塗布はスクリーン印刷により、膜厚が13μmとなるようにおこなった。スクリーン印刷の条件は、スキージ;ウレタン性/硬度80/剣状,スクリーン目;#80,スキージとスクリーンの接触角度;90°,ワークの送り速度15rpmであった。塗布後、60℃×10分間の予備乾燥をおこない、次いで180℃×90分の条件で被覆層を焼付け・硬化して実施例1の摺動部材を得た。」

エ.甲4(特開2007-77250号公報)
4a「【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミド樹脂(a)、ポリアミドイミド樹脂(b)から構成される樹脂組成物であって、絶乾時の動的粘弾性測定から求められるポリアミド樹脂に相当する損失正接(tanδ)の最大ピークトップ温度が下記式[1]を満足することを特徴とするポリアミド樹脂組成物。
(樹脂組成物におけるポリアミド樹脂に相当するtanδの最大ピークトップ温度)>(ポリアミド樹脂のtanδの最大ピークトップ温度)+{(ポリアミドイミド樹脂のtanδの最大ピークトップ温度)-(ポリアミド樹脂のtanδの最大ピークトップ温度)}×(ポリアミドイミド樹脂添加率(重量%))/100×0.3 [1]
…」

4b「【0001】
本発明は、ポリアミド樹脂とポリアミドイミド樹脂からなる樹脂組成物において、ポリアミド樹脂中にポリアミドイミド樹脂が一部分子相溶した樹脂組成物とその製造方法に関するものである。更に詳しくは、ポリアミド樹脂が本来有する優れた機械的特性を保持しながら、吸水特性、成形加工時の流動性が大幅に改善されたポリアミド樹脂組成物およびその製造方法に関するものである。

【0005】
特許文献1では熱可塑性樹脂に芳香族ポリアミドイミド粒子を複合化した摺動特性に優れる樹脂組成物を提案しているが、3?300μmの芳香族ポリアミドイミド粒子を溶融させずに複合化させており、芳香族ポリアミドイミドはアロイ化されているというよりは補強材としての役割を果たしている。そのためポリアミド樹脂の弱点である吸水性の抜本的改良はなされていない。

【0007】

【特許文献1】特開平2-202552号公報(特許請求の範囲)
…」

4c「【0058】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、PAI樹脂(b)の添加量(重量%)のうちの30重量%以上がポリアミド樹脂(a)に分子相溶していること、すなわち絶乾時の動的粘弾性測定から求められるポリアミド樹脂(a)に相当する損失正接(tanδ)の最大ピークトップ温度が下記式[1]を満足することが必要である。
(樹脂組成物におけるポリアミド樹脂に相当するtanδの最大ピークトップ温度)>(ポリアミド樹脂のtanδの最大ピークトップ温度)+{(ポリアミドイミド樹脂のtanδの最大ピークトップ温度)-(ポリアミド樹脂のtanδの最大ピークトップ温度)}×(ポリアミドイミド樹脂添加率(重量%))/100×0.3 [1]
ここで言う動的粘弾性は、各原料および樹脂組成物のペレットから溶融プレスにより調整したプレスフィルムを用い、粘弾性測定装置を使用して窒素雰囲気下で測定できる。また絶乾状態とは、プレスフィルム作成後、即座に防湿袋および防湿缶に入れて保存した状態のことを言い、吸水による重量変化率が0.2%以下の状態を言う。非相溶系ポリマーアロイであれば、樹脂組成物中のtanδは図1(A)に示すように、ポリアミド樹脂(B)とPAI樹脂(C)単体のtanδがピークシフトすることなく観察される。一方、完全分子相溶系ポリマーアロイであれば、図2(A)に示すようにポリアミド樹脂(B)とPAI樹脂(C)のtanδが両者接近してシングルピークとなり、そのピーク温度は形成する樹脂組成物の組成比に比例した値となる。本発明のポリアミド樹脂組成物はその中間の位置付けられる一部分子相溶した系であり、図3(A)に示すように樹脂単体のtanδと比較するとピークシフトが見られる。本発明では吸水性、成形加工性の観点から、PAI樹脂(b)の添加量(重量%)のうちの30重量%以上がポリアミド樹脂(a)に分子相溶していることが必要であり、その場合樹脂組成物におけるポリアミド樹脂に相当するtanδの最大ピークトップ温度が式[1]を満足する。式[1]を満足しない場合、すなわちPAI樹脂(b)の添加量(重量%)の30%未満が相溶する場合には、低吸水性、成形加工性が大幅に改良されたポリアミド樹脂組成物を得ることができない。」

4d「【0071】
本発明のポリアミド樹脂組成物の製造に用いる混練機は、単軸、2軸の押出機、バンバリーミキサー、ニーダー、及びミキシングロールなど通常公知の溶融混練機に供給してポリアミド樹脂の融点以上、ポリアミドイミド樹脂のガラス転移温度以上の加工温度で混練する方法などを代表例として挙げることができるが、本発明の成形加工性、低吸水性に優れた樹脂組成物を得るためには、押出時の混練エネルギー(吐出量あたりの押出機仕事量(kW/(kg/h)))を大きくすることが必要である。好ましい混練エネルギーは、0.3kW/(kg/h)以上2.0以下であり、特に好ましくは0.5以上である。しかしながら、通常混練エネルギーを大きくするとせん断による発熱で樹脂温度が上昇し、ポリアミド樹脂の熱分解を引き起こし、目的の相分離構造を形成することが困難となる。そのため押出時の樹脂温度は300℃?350℃にすることが好ましく、310℃?340℃にすることが特に好ましい。

【0074】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、機械的特性、成形加工性および低吸水性にバランスして優れることから射出成形体用途に特に有用である。その特徴を活かして、機械的特性、低吸水性が必要とされる機械部品、電気・電子部品、医療、食品、家庭・事務用品、建材関係部品、家具用部品などへの使用に適している。また成形加工性が良好であることから、薄肉成形が必要な部品にも適している。」

4e「【0086】
[実施例1?10]、[比較例1?7]
参考例および下に示す各成分を表1、表2に記載の各割合でドライブレンドした後、日本製鋼所社製TEX30型2軸押出機のメインフィーダーに供給し、シリンダー温度、スクリュー回転数を表1に示した条件に設定して、実施例1?10、比較例6、7はスクリュー混練部に低発熱混練エレメントを導入したスクリューを用い、比較例4、5はスクリュー混練部に従来のニーディングディスクを導入したスクリューを用いて溶融混練を行い、ダイから吐出されるガットは即座に水浴にて冷却し、ストランドカッターによりペレット化した。その後80℃で12時間真空乾燥したペレットを用い、射出成形(住友重機社製SG75H-MIV、シリンダー温度300℃、金型温度80℃)により試験片を調製した。各サンプルの動的粘弾性、成形加工性、機械的特性、吸水性を評価した結果を表1に示す。比較例4、5は従来のニーディングディスクを導入したスクリューを用いて、従来シリンダー温度条件にて溶融混練を行ったものであるが、樹脂温度が高温かつ混練エネルギーが低いため、樹脂組成物は式1、2、3を満足できず、実施例と比較して吸水特性、成形加工性に劣るものであった。比較例6、7は、高いガラス転移温度を有する非晶性樹脂であるPPE樹脂、PEI樹脂を複合化したものであるが、実施例と比較して吸水特性、成形加工性に劣るものであった。一方、本実施例では比較例1?7と比較して、機械的特性、吸水特性、成形加工性にバランスして優れるものであった。
【0087】
[実施例11]、[比較例8、9]
無機充填材を除く各成分を表1、表2に記載の各割合でドライブレンドし日本製鋼所社製TEX30型2軸押出機のメインフィーダーに供給し、無機充填材はシリンダー途中のサイドフィーダーから供給する方法で、シリンダー温度、スクリュー回転数を表1に示した条件に設定して、実施例11はスクリュー混練部に低発熱混練エレメントを導入したスクリューを用い、比較例8、9はスクリュー混練部に従来のニーディングディスクを導入したスクリューを用いて溶融混練を行い、ダイから吐出されるガットは即座に水浴にて冷却し、ストランドカッターによりペレット化した。その後80℃で12時間真空乾燥したペレットを用い、射出成形(住友重機社製SG75H-MIV、シリンダー温度300℃、金型温度80℃)により試験片を調製した。各サンプルの動的粘弾性、成形加工性、機械的特性、吸水性を評価した結果を表1に示す。比較例9は従来のニーディングディスクを導入したスクリューを用いて、従来シリンダー温度条件にて溶融混練を行ったものであるが、樹脂温度が高温かつ混練エネルギーが低いため、樹脂組成物は式1、2、3を満足できず、実施例と比較して吸水特性、成形加工性に劣るものであった。一方、実施例11では比較例8、9と比較して、機械的特性、吸水特性、成形加工性にバランスして優れるものであった。
【0088】
本実施例および比較例に用いたポリアミド樹脂(a)は以下の通りである。
(A-1):融点265℃、98%硫酸1g/dlでの相対粘度3.70のナイロン66樹脂。
(A-2):融点225℃、98%硫酸1g/dlでの相対粘度3.40のナイロン6樹脂。
(A-3):融点290℃、96%硫酸1g/dlでの相対粘度3.00のナイロン46樹脂。
【0089】
同様に、無機充填材(c)は以下の通りである。
(C-1):ガラス繊維(エヌエスジー・ヴェトロテックス(株)製:TP57)
同様に、PPE樹脂は以下の通りである。
(D-1):ガラス転移温度220℃、固有粘度が0.50dl/g(30℃、クロロホルム中)であるポリ(2,6-ジメチル-1,4-フェニレン)エーテル樹脂100重量部と無水マレイン酸1重量部とラジカル発生剤(パーヘキシン25B:日本油脂製)0.1重量部をドライブレンドし、シリンダー温度320℃にて溶融混練して得た変性PPE樹脂。
【0090】
同様に、PEI樹脂は以下の通りである。
(E-1):ガラス転移温度214℃のPEI樹脂(GEプラスチックス社製:ウルテム1010)。
【0091】 【表1】

【0092】
【表2】



4f「【図1】

【図2】

【図3】



オ.甲5(日立化成株式会社のホームページ(「高機能化イミド系耐熱性樹脂」の資料))
5a「



カ.甲6(世界大百科事典26巻392頁(平凡社:2007年改訂新版発行))
6a
前記「1.(1)イ.a」参照。

キ.甲7(特開2008-69196号公報)
7a「【0002】
従来、ポリテトラフルオロエチレン樹脂(以下、「PTFE」と略称する場合がある。)と充填剤(例えば、他の耐摩耗性樹脂粉末、硬質物粒子、固体潤滑剤、金属粒子等)とを混合させたPTFE混合物からなる摺動部材用樹脂材料として、例えば、特表2001-508526や特表2002-522593に示されるように、PTFE水性ディスパージョンに充填剤と有機溶剤(例えば、トルエン)とを加えて均一に混合し、凝集剤(例えば、硝酸アルミニウム)を添加することにより得られるPTFE混合物を裏金等の基材の表面に形成される空孔に含浸被覆して摺動部材を得ていた。」

ク.甲8(特開2008-189713号公報)
8a「【0024】
さらに、本発明に用いる熱可塑性ポリエステルエラストマーには、目的に応じて種々の添加剤を配合して組成物を得ることができる。添加剤としては、…、充填剤、…などを添加することができる。」

8b「【0032】
本発明において配合することができる充填剤としては、…、酸化珪素、…、酸化チタン(ルチル型、アナターゼ型)、…、シリカ、…などを挙げることができる。」

8c「【0126】
…本発明のポリエステルエラストマー組成物は、…、摺動部材などとして用いた場合、作動時に発生する音の低減が可能なことが分かる。」

ケ.甲9(特開2005-232404号公報)
9a「【0032】
本発明のポリアセタール共重合体に、ポリアルキレングリコール以外にその目的に応じ所望の特性を付与するため、後述する従来公知の各種の…充填剤等の添加剤を配合することが好ましい。」

9b「【0046】
また、充填剤として…、ニ酸化ケイ素、…、酸化チタン、…等を添加しても良い。…」

9c「【0054】
本発明のポリオキシメチレン組成物は、…、摺動部材、…等により好適に用いられる。」

コ.甲10(特開2004-27063号公報)
10a「【0028】
また、本発明の樹脂組成物には本発明の効果を損なわない範囲で…、酸化チタン、酸化珪素、…のような充填剤、…などの添加剤を任意に含有させることができる。」

10b「【0032】
本発明の成形品は、…具体的には、OA機器、自動車の各種摺動部材、…摺動部品に好適に使用できる。」

サ.甲11(特開平7-238209号公報)
11a「【0009】
又、本発明のポリオキシメチレン樹脂組成物には必須ではないが、その目的に応じて充填剤、強化剤を配合することができる。その充填剤、強化剤としては、…、シリカ、…、ケイ酸等の無機酸塩もしくは二酸化ケイ素を主たる構成成分とする無定形、板状或いは球状粉粒体、…、酸化チタン、…などが例示され、それらの1種以上が好適に使用される。
【0010】
本発明のポリオキシメチレン樹脂組成物は、…特に摺動部材に好適に使用することができる。…」

(2)本件特許発明1について
ア.甲1に記載された発明
甲1には、摘記1a?1eの事項からみて(特に、摘記1aの請求項2参照。)、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「バインダー樹脂がポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂またはフェノール樹脂である、バインダー樹脂100重量部、固体潤滑剤5?100重量部および充填剤20?40重量部を含有してなる摺動部材用組成物。」

イ.対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「バインダー樹脂がポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂またはフェノール樹脂である、バインダー樹脂100重量部」、「固体潤滑剤5?100重量部」、「摺動部材用組成物」は、順に、本件特許発明1の「樹脂バインダー」、「1?75質量%の固体潤滑剤」、「乾性潤滑被膜組成物」に相当するから、両者は、
「樹脂バインダーと、1?75質量%の固体潤滑剤を分散含有している乾性潤滑被膜組成物。」
の点で一致し、次の点で相違すると認められる。

相違点1:樹脂バインダーが、本件特許発明1は「主成分であるポリアミドイミド樹脂にポリアミド樹脂を添加し、高せん断を加え樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化した」ものであるのに対して、甲1発明は「ポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂またはフェノール樹脂」である点。

相違点2:充填剤について、本件特許発明1は発明特定事項としないものであるのに対して、甲1発明は「充填剤20?40重量部を含有してなる」ものである点。

ウ.相違点の検討
まず、相違点1について検討する。
本件特許発明1は、所定量の固体潤滑剤を含有する乾性潤滑被膜組成物において、ポリアミドイミド樹脂とポリアミド樹脂とに高せん断を加え樹脂どうしを相溶させてポリマーアロイ化したもの(すなわち、完全分子相溶させたもの)を用いるものであって、軸受性能、特に非焼付性、初期なじみ性、耐キャビテーション性を一層向上できる乾性潤滑被膜組成物が提供される等の効果を奏するものと認められるところ、甲各号証の記載をみると、甲2には、固体潤滑剤、極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂からなるバインダとにより構成した複層摺動材料(摘記2a?2e)において熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂として分子に近い極く微細な単位で渾然と混じり合うものを用いること(摘記2b、2c)が記載され、甲3には、ポリアミドイミド樹脂とエポキシシランおよびエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種の塗膜改質剤と窒化珪素およびアルミナから選ばれる少なくとも1種の硬質粒子とを有する摺動部材(摘記3a?3e)において液状タイプのポリアミドイミド樹脂とエポキシ樹脂等が相溶性のよいものであること(摘記3c)が記載されているが、それらのいずれにも、高せん断を加え樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化したものを用いることは記載されていない。
また、甲4には、ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂から構成される樹脂組成物を一部分子相溶させたもの(摘記4a?4f)は記載されているが、樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化したもの、すなわち、完全分子相溶したものについては、一部分子相溶させたものについて説明をするにあたっての対照物として言及されるに過ぎないものである(摘記4c、4f)。そもそも、甲4は、樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化したものを甲1発明のような乾性潤滑被膜組成物に用いることを開示するものでないことは明らかである(摘記4d段落【0074】)。
そうすると、乾性潤滑被膜組成物に係る甲1発明において、樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化したものを用いることの動機付けが、甲2?4に存するものとはいえない。
さらに、甲5?12に記載された技術的事項をみても、当業者が、樹脂どうしを相溶させた状態のポリマーアロイ化したものを乾性潤滑被膜組成物において用いることを容易になし得たものとは認められない。

なお、請求人は、審判請求書第2?8頁の「(1)請求の理由の要約」の「…本件特許発明1は、甲2および/または3に記載された発明に基づき、甲第4号証記載のポリアミド樹脂とポリアミドイミド樹脂の分子相溶系ポリマーアロイを、甲第1号証記載の摺動部材用組成物のバインダー樹脂である「ポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂またはフェノール樹脂」として適用してみることは、当業者であれば容易。」(審判請求書第3頁)との記載等からみて、甲2および/または3に記載された発明に基づいて、甲4の発明を甲1発明に適用することは、当業者が容易になし得たことであることを主張しているものと認められる。
しかしながら、甲2および/または3に記載された相溶性のよい樹脂(ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂とは異なる組み合わせの樹脂)の知見に、甲4に記載されたポリアミド樹脂とポリアミドイミド樹脂が相溶性のよい樹脂であるとの知見を適用し、さらにそれを完全分子相溶したものとしたうえで、甲1発明に適用するという推考の過程を経て本件特許発明1の構成に到達することは、当業者が本件特許発明1を知らずに甲1?4に記載された発明に基づいて容易になし得た程のものとは認められないし、それによって奏される本件特許発明1の、乾性潤滑被膜組成物において、軸受性能、特に非焼付性、初期なじみ性、耐キャビテーション性を一層向上できるという顕著な効果(実施例等参照)は、当業者といえども、甲1発明および甲2?4に記載された発明から予測し得たものとはいえない。
よって、請求人の主張する論理構成により当業者が甲1?4に記載された発明に基づいて本件特許発1明を容易になし得たものとすることもできない。

以上のとおりであるから、相違点1に係る本件特許発明1の構成の点は、甲1?11に記載された発明に基づいて、当業者が容易になし得たものとは認められない。

エ.本件特許発明1の効果について
上記「ウ.」の後段においても記載したとおり、本件特許発明1の非焼付性、初期なじみ性、耐キャビテーション性のいずれもが向上した乾性潤滑被膜組成物が得られるという効果については、甲1?4に記載された発明から当業者が予測し得た効果とは認められないし、甲7?11に記載された技術的事項を考慮しても当業者が予測し得た効果とは認められない。

オ.本件特許発明1についてのまとめ
よって、相違点1に係る本件特許発明1の構成の点は、甲1?11に記載された発明に基づいて、当業者が容易になし得たものとはいえないし、本件特許発明1は甲1?11に記載された発明から当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものといえるから、相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1?11に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

(3)本件特許発明2?8について
本件特許請求の範囲の請求項2?8は、いずれも請求項1を直接的ないし間接的に引用して記載されたものであり、本件特許発明2?8はいずれも本件特許発明1に係る発明特定事項を有するものといえる。
そうすると、本件特許発明2?8と甲1発明とを対比すると、本件特許発明1と甲1発明とを対比した場合の前記「(2)イ.」に記載した相違点1、2と同様の相違点が存在するといえる。
そして、前記「(2)ウ.」に記載したとおり、それらの相違点のうち、相違点1に係る本件特許発明2?8の構成は、甲1?11に記載された発明に基づいて、当業者が容易になし得たものと認められないから、本件特許発明2?8は、甲1?11に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

(4)小括
よって、請求人の主張する無効理由1によって、本件特許発明1?8に係る特許を無効とすることはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由1?4および証拠方法によっては、本件請求項1?8に係る発明の特許を無効にすることはできない。
また,他に本件特許を無効とすべき理由を発見しない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-05-16 
結審通知日 2014-05-21 
審決日 2014-06-03 
出願番号 特願2007-158273(P2007-158273)
審決分類 P 1 113・ 536- Y (C10M)
P 1 113・ 537- Y (C10M)
P 1 113・ 121- Y (C10M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 安田 周史  
特許庁審判長 新居田 知生
特許庁審判官 冨岡 和人
星野 紹英
登録日 2009-12-11 
登録番号 特許第4420940号(P4420940)
発明の名称 乾性潤滑被膜組成物及び該乾性潤滑被膜組成物を摺動層としたすべり軸受  
代理人 青木 篤  
代理人 小林 良博  
代理人 石田 敬  
代理人 田崎 豪治  
代理人 今崎 一司  
代理人 今崎 一司  
代理人 古田 広人  
代理人 古田 広人  
代理人 小林 直樹  
代理人 古賀 哲次  

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