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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61L
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 A61L
管理番号 1290511
審判番号 不服2012-3608  
総通号数 177 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-09-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-02-24 
確定日 2014-08-06 
事件の表示 特願2007- 66149「生体適合性架橋ポリマー」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 8月30日出願公開、特開2007-217699〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成11年12月3日(パリ条約による優先権主張1998年12月4日,米国)を国際出願日とする特願2000-586259号の一部を平成19年3月15日に新たな特許出願としたものであって、拒絶理由通知に応答して平成23年4月18日付けで手続補正書と意見書が提出され、平成23年4月27日付け(4月28日受付け)で物件(宣誓書)が提出されたが、平成23年10月11日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成24年2月24日に拒絶査定不服審判が請求され、その審判の請求と同時に平成24年2月24日付けの手続補正がなされたものであり、その後、前置報告書を用いた審尋に応答して平成26年1月23日付けで回答書が提出されたものである。

2.平成24年2月24日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成24年2月24日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
(1)補正の概略
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1について、
補正前(平成23年4月18日付け手続補正書参照)の
「【請求項1】
合成生体適合性架橋ヒドロゲルを、標的位置で調製し、かつ視覚化する方法であって:
n個の架橋剤官能基を有する生体適合性小分子架橋剤を提供すること、ここで、nは2以上であり、そしてここで、該架橋剤官能基が、求電子性または求核性のいずれかであり、かつ、該生体適合性小分子架橋剤の分子量が2000以下である;
該生体適合性小分子架橋剤を第一の溶媒に溶解し、架橋剤溶液を形成する工程;
m個の合成官能性ポリマー官能基を有する合成生体適合性官能性ポリマーを提供すること、ここで、mは2以上であり、そしてnとmとの和が5以上であり、かつここで、該架橋剤官能基が全て求電子性である場合、全ての該官能性ポリマー官能基が全て求核性であり、かつ該合成架橋剤官能基が全て求核性である場合、全ての該合成官能性ポリマー官能基が求電子性である;
該合成生体適合性官能性ポリマーを第二の溶媒に溶解し、合成官能性ポリマー溶液を形成すること;並びに
該合成架橋剤および合成官能性ポリマー溶液を混合して、該架橋剤官能基と該合成官能性ポリマー官能基を反応させ、該標的位置でヒドロゲルを形成すること、ここで、前記合成架橋剤、および合成官能性ポリマー溶液の混合前又は混合中に、裸眼で見た場合に該ヒドロゲルの視覚性を強化し、かつ該架橋剤、該ポリマー及び該ヒドロゲルと反応しない視覚化剤を加えること;を含む前記方法。」を、
補正後の
「【請求項1】
合成生体適合性架橋ヒドロゲルを、標的位置で調製し、かつ視覚化する方法であって:
n個の架橋剤官能基を有する生体適合性小分子架橋剤を提供すること、ここで、nは2以上であり、そしてここで、該架橋剤官能基が、求電子性または求核性のいずれかであり、かつ、該生体適合性小分子架橋剤の分子量が2000以下である;
該生体適合性小分子架橋剤を第一の溶媒に溶解し、架橋剤溶液を形成する工程;
m個の合成官能性ポリマー官能基を有する合成生体適合性官能性ポリマーを提供すること、ここで、mは2以上であり、そしてnとmとの和が5以上であり、かつここで、該架橋剤官能基が全て求電子性である場合、全ての該官能性ポリマー官能基が全て求核性であり、かつ該合成架橋剤官能基が全て求核性である場合、全ての該合成官能性ポリマー官能基が求電子性である;
該合成生体適合性官能性ポリマーを第二の溶媒に溶解し、合成官能性ポリマー溶液を形成すること;並びに
該合成架橋剤および合成官能性ポリマー溶液を混合して、該架橋剤官能基と該合成官能性ポリマー官能基を反応させ、該標的位置でヒドロゲルを形成すること、ここで、前記合成架橋剤および合成官能性ポリマー溶液の混合前又は混合中に、裸眼で見た場合に該ヒドロゲルの視覚性を強化し、該架橋剤、該ポリマー及び該ヒドロゲルと反応せず、かつ生理的水溶液における拡散により該ヒドロゲルから除去可能な視覚化剤を加えること;を含む前記方法。」(下線は原文のとおり。)
とする補正を含むものである。

(2)補正の可否
上記補正によって、視覚化剤について、
「かつ生理的水溶液における拡散により該ヒドロゲルから除去可能な」
との限定が追加されたものである。

そこで、この点を検討する。
視覚化剤について、本願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、「本願当初明細書等」ともいう。)の記載を検討すると、次の様な記載が認められる。
(i)「【請求項13】
請求項1に記載の方法であって、以下:
可視化剤を提供する工程;および
該可視化剤を前記第一の溶媒に溶解する工程、
をさらに包含する、方法。
【請求項14】
請求項1に記載の方法であって、以下:
可視化剤を提供する工程;および
該可視化剤を前記第二の溶媒に溶解する工程、
をさらに包含する、方法。」(請求項13,14)
(ii)「【0014】
(視覚化)
上述のように、現代外科の進歩は、最小に侵襲的な外科デバイスを用いた、器官内の最深部へのアクセスを提供する。また上述したように、インサイチュで形成され得る生体適合性架橋ポリマーは、このような外科的手順において有用である。しかしながら、多くのこのような処方物(例えば、フィブリンにかわ)は、無色であり、そして用いられる材料の量は一般に大変少なく、ほんの約0.05?1mmの厚さのフィルムを生じる。従って、得られる無色の溶液またはフィルムは、特に、代表的に湿った(wet and moist)外科的環境において、視覚化することが困難である。腹腔内視鏡手術の条件下において、視覚化は、このような手順において用いられるモニター上で、外科領域の2次元の画像しか得られない事実に起因して、さらにより難しい。
【0015】
従って、生体適合性架橋ポリマーおよび前駆体における色の使用は、外科手術の環境において、特に最小に侵襲的な外科的手順の下で、その有用性を大いに改善し得る。さらに、色の使用で有用なより良い視界はまた、最小の消耗を伴う材料の効率的な使用を可能にする。
【0016】
従って、フリーラジカル化学物質を用いることなく形成され得、少なくとも1つの小分子前駆体(最小の組織毒性を有する)から形成し得、生分解性であり得、そして着色され得る、生体適合性架橋ポリマーの必要性が存在する。」(段落【0014】?【0016】)
(iii)「【0019】
本発明のさらなる別の目的は、このような生体適合性架橋ポリマー、ならびにそれらの調製および使用のための方法(ここで、生体適合性架橋ポリマーは、生分解性である)を提供することである。
本発明の別の目的は、このような生体適合性架橋ポリマー、ならびにそれらの調製および使用のための方法(ここで、生体適合性架橋ポリマー、その前駆体、又はその両方が着色している)を提供することである。
本発明の別の目的は、所望の形態、大きさ、および形状で、組織適合性である生体適合性架橋ポリマーを調製するための方法を提供することである。」(段落【0019】)
(iv)「【0026】
(前略)・・・。
(視覚化剤)
都合の良い場合、生体適合性架橋ポリマーまたは前駆体の溶液(または両方)は、外科的手順の間それらの可視性を改善するために、視覚化剤を含み得る。視覚化剤は、他の理由の中で特にカラーモニターにおける改善された可視性に起因して、MIS手順において使用される場合に、特に有用である。
【0027】
視覚化剤は、医療用の移植可能な医療用装置における使用のために適切な、種々の非毒性着色物質(例えば、FD&C色素3およびFD&C色素6、エオシン、メチレンブルー、インドシアニングリーン、または合成的な外科手術用縫合糸に通常見出される着色色素)の任意のものから選択され得る。好ましい色は、緑または青である。なぜならば、血液の存在下、またはピンクまたは白の組織バックグラウンド上で、より良い可視性を有しているからである。赤色は最も好ましくない色である。
【0028】
この視覚化剤は、架橋剤の溶液、または官能性ポリマーの溶液中のいずれかに存在し得、好ましくは、官能性ポリマー溶液中に存在し得る。この好ましい着色物質は、生体適合性架橋ポリマー中へ組み込まれても良いし組み込まれなくても良い。しかし、好ましくは、この視覚化剤は、架橋剤または官能性ポリマーと反応し得る官能基を有さない。
この視覚化剤は、少量で使用され得、好ましくは1%重量/体積濃度未満、より好ましくは0.01%重量/体積濃度未満そして最も好ましくは、0.001%重量/体積濃度未満で、使用され得る。
【0029】
さらなる視覚化剤が、使用され得る(例えば、蛍光性(例えば、可視光下で緑または黄の蛍光性)化合物(例えば、フルオレセイン、またはエオシン)、X線画像化装置の下での可視性のためのX線造影剤(例えば、ヨー素化化合物)、超音波造影剤、またはMRI造影剤(例えば、ガドリニウム含有化合物))。」(段落【0026】?【0029】)
(v)「【0120】
(実施例9:合成架橋生分解性ゲルの調製)
1.57g(0.8mM)の4アーム(arm)アミン終結したポリエチレングリコール(分子量2000)を、10mlの0.1Mホウ酸ナトリウム緩衝液(pH9.5)中に溶解した。2gの4アームSNHS活性化4PEG2KGSポリマー(分子量2500)を、リン酸緩衝化生理食塩水中に溶解した。これらの2つの溶液を混合して、架橋ゲルを生成した。この方法の別の変法において、この4PEG2KGSポリマー固体を直接そのアミン終結ポリマー溶液に加えて架橋ポリマーを生成した。
【0121】
別の変法において、ジリジンの等モルの溶液からなる架橋剤を4アームPEGアミン溶液の代わりに用いてヒドロゲルを形成した。ゲル化が、その2つの溶液の混合の10秒以内に生じることが観察された。同様に、実施例1?7に記載される他の架橋剤が、他のアミン終結ポリマー(例えば、アルブミンまたは実施例2に記載されるものに類似するアミン終結生分解性ポリマー)と等モルの比率で反応され得る。生分解性ヒドロゲルを作製するための好ましい組成物を表2に記載した。上記のアミン終結ポリマー溶液を、0.1%のFDおよびCブルーまたはインジゴ染料とともに、架橋反応の前に加えた。染料の添加によって、着色されたゲルの調製が可能になる。
【0122】
(実施例10:着色された複合合成架橋生分解性ゲルの調製)
3gのウシ血清アルブミンを、3mlのリン酸緩衝化溶液中に溶解した。合成生分解性ポリマーベースの市販の縫合糸(例えば、Vicryl)を超低温粉砕を用いて切断/粉砕して、いくつかの小片(1mm未満のサイズ)に分けた。これらの着色された縫合糸粒子(約100mg)を、そのアルブミン溶液と混合して懸濁物を生成した。100mgの架橋剤(例えば、4PEG10KTNMC2GNHS)を、0.2mlのアルブミン懸濁物と混合した。次いで、この粘性溶液を40mgのトリエタノールアミン(緩衝剤)と混合した。トリエタノールアミンゲルの溶液への添加は60秒内に行った。その架橋ゲルに捕捉されたその着色された縫合糸粒子は、腹腔鏡検査条件下の場合に特にゲルを可視化することを補助し、そしてまた、増強剤としてそのヒドロゲルを強化するようにも作用する。上記実施例における縫合糸粒子は、薬物または生体活性化合物で充填された生分解性微小粒子と置き換えられ得る。」(段落【0120】?【0122】)

これらの記載からみても、本願当初明細書等において、視覚化剤について、「かつ生理的水溶液における拡散により該ヒドロゲルから除去可能な」視覚化剤のことは、全く記載されていないし、記載されているに等しい事項であるとは認められない。
そして、審判請求理由において請求人は、その補正の根拠を何等説明していない。

そうすると、視覚化剤について、「かつ生理的水溶液における拡散により該ヒドロゲルから除去可能な」との限定を付す補正は、本願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない。

(3)むすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
平成24年2月24日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?9に係る発明のうち、請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、平成23年4月18日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものと認める。
「【請求項1】
合成生体適合性架橋ヒドロゲルを、標的位置で調製し、かつ視覚化する方法であって:
n個の架橋剤官能基を有する生体適合性小分子架橋剤を提供すること、ここで、nは2以上であり、そしてここで、該架橋剤官能基が、求電子性または求核性のいずれかであり、かつ、該生体適合性小分子架橋剤の分子量が2000以下である;
該生体適合性小分子架橋剤を第一の溶媒に溶解し、架橋剤溶液を形成する工程;
m個の合成官能性ポリマー官能基を有する合成生体適合性官能性ポリマーを提供すること、ここで、mは2以上であり、そしてnとmとの和が5以上であり、かつここで、該架橋剤官能基が全て求電子性である場合、全ての該官能性ポリマー官能基が全て求核性であり、かつ該合成架橋剤官能基が全て求核性である場合、全ての該合成官能性ポリマー官能基が求電子性である;
該合成生体適合性官能性ポリマーを第二の溶媒に溶解し、合成官能性ポリマー溶液を形成すること;並びに
該合成架橋剤および合成官能性ポリマー溶液を混合して、該架橋剤官能基と該合成官能性ポリマー官能基を反応させ、該標的位置でヒドロゲルを形成すること、ここで、前記合成架橋剤、および合成官能性ポリマー溶液の混合前又は混合中に、裸眼で見た場合に該ヒドロゲルの視覚性を強化し、かつ該架橋剤、該ポリマー及び該ヒドロゲルと反応しない視覚化剤を加えること;を含む前記方法。」

(1)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された本願優先権主張日前の刊行物である
国際公開第97/22371号(以下、「引用例1」という。)と、
特表平3-502704号公報(以下、「引用例2」という。)、
特表平5-508161号公報(以下、「引用例3」という。)、
特表平6-508169号公報(以下、「引用例4」という。)、
には、それぞれ次のことが記載されている。なお、下線は当審で付与したものであり、引用例1は英文のため翻訳文で示した。

[引用例1]
(1-i)「42.第1の組織および第2の組織の接着を防止する方法であって、以下の工程を包含する、方法:
求核性基を含む第1の合成ポリマーおよび求電子性基を含む第2の合成ポリマーを提供する工程;
該第1の合成ポリマーおよび該第2の合成ポリマーを混合することにより混合物を形成して、架橋を開始する工程;
実質的な架橋が起こる前に該混合物を該第1の組織に塗布する工程;および
該第1の合成ポリマーおよび該第2の合成ポリマーをインサイチュで架橋させ続ける工程。
43.前記第1の合成ポリマーがm個の求核性基を有し、そして前記第2の合成ポリマーがn個の求電子性基を有し、ここで、mおよびnがそれぞれ2以上であり、そしてm+nが5以上である、請求項42に記載の方法。」(第47頁 CLAIM 42,43)
(1-ii)「さらに、本発明の組成物は、生体適合性、非免疫原性成分で構成され、投与される組織部位において毒性の、潜在的に炎症性または免疫原性の反応産物を残さない。」(第5頁6?8行)
(1-iii)「本発明の組成物および方法での使用のために好ましい多求核性ポリマーは、複数の1級アミノ基およびチオール基のような求核性基を含むか、あるいは含むように修飾された合成ポリマーを含む。好ましい多求核性ポリマーは以下のものを含む:(i)2個以上の1級アミノ基またはチオール基を含むように合成された合成ポリペプチド;および(ii)2個以上の1級アミノ基またはチオール基を含むように修飾されたポリエチレングリコール。一般的に、チオール基と求電子性基の反応は1級アミノ基と求電子性基の反応よりも遅く進行する傾向がある。
好ましい多求核性ポリペプチドは、1級アミノ基を含むアミノ酸(例えば、リシン)および/またはチオール基を含むアミノ酸(例えば、システイン)を組み込むように合成された合成ポリペプチドである。アミノ酸リシン(分子量145)で合成したポリマーであるポリリシンは特に好まれる。ポリリシンは任意の場所に6?約4000の1級アミノ基、分子量で約870?約580,000に相当するものを有するように調製された。
本発明での使用のためのポリリシンは好ましくは、約1,000?約300,000の範囲の分子量を有し、より好ましくは、約5,000?約100,000の範囲であり;最も好ましくは、約8,000?約15,000の範囲である。……
ポリエチレングリコールは、……に記載された方法に従って複数の1級アミノ基またはチオール基を含むように化学的に修飾され得る。2個以上の1級アミノ基を含むように修飾されたポリエチレングリコールを、本明細書中では「多アミノPEG」という。……
エチレンジアミン(H_(2)N-CH_(2)CH_(2)-NH_(2))、テトラメチレンジアミン(H_(2)N-(CH_(2))_(4)-NH_(2))、ペンタメチレンジアミン(カダベリン)(H_(2)N-(CH_(2))_(5)-NH_(2))、ヘキサメチレンジアミン(H_(2)N-(CH_(2))_(6)-NH_(2))、ビス(2-ヒドロキシエチル)アミン(HN-(CH_(2)CH_(2)OH)_(2))、ビス(2-アミノエチル)アミン(HN-(CH_(2)CH_(2)NH_(2))_(2))、およびトリス(2-アミノエチル)アミン(N-(CH_(2)CH_(2)NH_(2))_(3))のようなポリアミンもまた、複数の求核性基を含む合成ポリマーとして使用され得る。」(第10頁19行?第11頁29行)
(1-iv)「架橋合成ポリマー組成物の接着防止のための使用
本発明の架橋ポリマー組成物の他の用途は、内部組織または器官への外科手術または傷害に続く接着の形成を防ぐため、組織をコーティングすることである。外科手術後の接着の形成を防ぐために、組織をコーティングする通常の方法において、第1のおよび第2の合成ポリマーは混合されて、次に、第1の合成ポリマー上の求核性基および第2の合成ポリマー上の求電子性基の間に実質的な架橋が起こる前に、反応混合物の薄層が、手術部位を含む、それを取り囲むおよび/またはそれに隣接する組織に塗布される。……
通常、比較的短時間内(すなわち、第1の合成ポリマーおよび第2の合成ポリマーの混合後5?15分)で、完全な架橋に到達した組成物が、外科接着の防止における使用に好ましく、手術部位は、外科手術手順の完了後、比較的まもなく閉じられ得る。」(第31頁1?22行)
(1-v)「実施例2
(架橋多アミノPEG組成物の調製)
以下の種々のジアミノPEGの貯蔵溶液を調製した:
Jeffamine ED-2001(Texaco Chemical Company,Houston,TXから入手)10gを水9mlに溶解した。 Jeffamine ED-4000(同様にTexaco Chemical Companyから入手)10gを水9mlに溶解した。
ジアミノPEG(3400MW,ShearwaterPolymers,Huntsville,ALから入手)0.1gを水300μlに溶解した。
以下の表1で示すように、上記で調製した3種のジアミノPEG溶液それぞれを、3官能性に活性化されたSC-PEG(TSC-PEG,5000MW,同様にShearwater Polymersから入手)の水溶液と混合した。……
ジアミノPEGおよびTSC-PEGの溶液をシリンジからシリンジへの混合を用いて混合した。各々の材料を、シリンジから押出し、そして37℃で1時間保持した。
各々の材料は、ゲルを形成した。一般に、ゲルは、水含有量が増加するにつれて、より柔らかくなる;最も少ない量の水性溶媒(水またはPBS)を含むゲルが最も硬い。」(第34頁5行?末行)

[引用例2]
(2-i)「1.HAを活性化剤で活性にして活性化されたHAを形成し、
該活性化されたHAを求核性試薬と、水不溶性のバイオ適合性ゲルを生成する条件下で反応させることを含む水不溶性のバイオ適合性ゲルの製造方法。」(第1頁の請求の範囲の1.)
(2-ii)「35.更に、検出可能なマーカを混和することを含む請求の範囲第1項記載の方法。」(請求の範囲の35.)
(2-iii)「また、発明のフィルム及びゲルは、染料或はスティンを反応混合物に入れて、着色した形で作ることができる。このような着色フィルム及びゲルは、決まった場所にある際或は配置する間、見るのが一層容易であり、無着色のものに比べて外科手術中の取扱いを一層容易にさせることができる。」(第4頁左下欄17?22行)
(2-iv)「着色生成物を望むならば、染料或はスティン、例えばServaが「Serva Blue」として配布している青色染料「Brilliant Blue R」(また、「Coomassie(登録商標)Brilliant Blue R-250」としても知られている)をこの点で反応混合物に混和することができる。生成した生成物は青色を有し、体組織の色と良好な対比をなし、フィルム或はゲルを手術中取扱う間及び一担決まった場所において、見るのを容易にする。」(第5頁右上欄5?12行)
(2-v)「所望の場合、ゲル或はフィルムを使用する前に、例えば水或は1Mの塩化ナトリウム水溶液を潅流させることによって洗浄することができる。別法として、反応混合物を透析して残留試薬を除いた後にフィルムとしてキャストすることができる。フィルム或はゲルを治療用途用に用いるつもりならば、洗浄して残留試薬或は試薬誘導化物質、例えば置換尿素を除くことが望ましい。上述した通りにしてBrilliant Blue Rで青色に着色したゲル或はフィルムは、このように洗浄する間に着色を失わない。試薬或は反応生成物の除去は高圧液体クロマトグラフィーでモニターすることができる。」(第5頁左下欄23行?同頁右下欄?行)
(2-vi)「例15:本例は着色フィルムの製造を例示する。
HAの溶液(H_(2)O 30ml中400mg)を例13の通りにして pH4,75にもたらし、次いで、ETC(475mg;1.6mモル)及びロイシンメチルエステルヒドロクロリド(190mg;1.05mモル)を加えた。次いで、H_(2)O(0.5ml)に溶解した「Serva Blue」(5mg/ml)染料の希薄溶液を反応混合物に加えた。生成した混合物をペトリ皿に注いで、16時間後に、水不溶性青色フィルムが得られた。フィルムを1MNaC1、次いでH_(2)Oで洗浄した際に、フィルムは青色を保持した。」(第7頁右上欄17行?同頁左下欄2行)
(2-vii)「用途
発明のフィルム或はゲルは、例えばDe Belder等のPCT公表第WO86/00912号に記載されている通りにして、外科分野において知られている手順に従って、手術後或は治癒する期間の間、体組織が癒着或は付着しないようにさせる外科用エイドとして使用することができる。」(第7頁左下欄14?20行)

[引用例3]
(3-i)「1.ゲルを形成するために十分な条件下において水溶液中に0.4?2.6%v/v範囲内の濃度でHA、ポリアニオン系多糖及び活性化剤を含むことからなる非水溶性生物適合性ゲルの製造方法。」(第1頁の請求の範囲の1.)
(3-ii)「本発明のフィルム及びゲルは反応混合液中に色素又は染料を含有させることで着色形に製造することもできる。このような着色フィルム及びゲルは適所にあるか又は配置中により見易くでき、手術操作中に取扱う上でそれらを無色物よりも容易にする。」(第3頁右下欄13?17行)
(3-iii)「着色生成物が望まれるならば、サーバ(Serva)により“サーバブルー”として販売される、”クマシー(Coomassle^(TM)”)ブリリアントブルーR-250”としても知られるブルー色素“ブリリアントブルー-R″のような色素又は染料の溶液がこの時点で反応混合液に混和できる。得られる生成物は体組織の色と良いコントラストを示せる青色を有し、そのためそれが手術時に取扱われるとき及びそれが適所におかれたときフィルム又はゲルを見易くする。
試薬(及び存在するとすれば染料又は色素)が混和されると、反応混合液は単純にしばらく放置されるかあるいはそれは継続的に又は時々攪拌又はかきまぜられる。」(第4頁左下欄22行?同頁右下欄9行)
(3-iv)「所望であれば、ゲル又はフィルムは例えば水又は1M水性塩化ナトリウムによる潅流で使用前に洗浄してよい。一方反応混合液はフィルムとして流延する前に残留試薬を除去するため透析してもよい。残留試薬又は置換尿素のような試薬由来物質を除去するための洗浄はフィルム又はゲルが治療用途に用いられるならば望ましい。前記のようにブリリアントブルーRで青色に着色されたゲル又はフィルムはこのような洗浄中にそれらの着色を失わない。試薬又は反応生成物の除去は高圧液体クロマトグラフィーでモニターすることができる。」(第5頁左上欄12?21行)
(3-v)「例16:この例は着色フィルムの製造について示している。
HAの溶液(H_(2)O 30ml中400mg)を例13のようにpH4.75にし、しかる後ETC(475mg;1.6mmol)及びロイシンメチルエステル塩酸塩(190mg;1.05mmol)を加えた。次いでH_(2)O(0.5ml)中“サーブブルー”(5mg/ml)の希溶液を反応混合液に加えた。得られた混合液をベトリ皿に注ぎ、非水溶性ブルーフィルムを16時間後に得た。青色はフィルムが1M NaClしかる後H_(2)Oで洗浄された後もフィルムに残留した。」(第7頁左上欄13?23行)
(3-vi)「用途
本発明のフィルム又はゲルは、例えばDeBelderらの国際出願公開第WO86/00912号明細書で記載されるように、外科業界で公知の操作に従い術後又は治癒期間中に体組織の付着又は癒着を防止するため外科補助物として使用できる。手術中に適切な1以上のゲル又はフィルム片が分離したままにされる組織間に挿入又は注入される。」(第7頁左下欄14?21行)

[引用例4]
(4-i)「1.非水溶性生物適合性組成物の製造方法であって、
上記組成物を形成するために十分な条件下においてポリアニオン性多糖、求核剤及び活性化剤を水性混合液中で混合することからなる方法。」(第1頁の請求の範囲の1.)
(4-ii)「本発明のゲル、フオーム及びフィルムは反応混合液中に色素又は染料を含有させることで着色形に製造してもよい。このような着色フィルム及びゲルは適所にあるとき又は配置中にもっと容易にみることができ、無色物よりも容易に外科処置中取扱えるようになる。」(第7頁右上欄21行?同頁左下欄1行)
(4-iii)「着色製品が望まれるならば、サーバ(Serva)により“サーバ・ブルー”として配布される“クマシー(Coomassie^(TM))ブリリアントブルーR-250”としても知られる青色色素“ブリリアントブルーR″のような色素又は染料の溶液がこの時点で反応混合液に混合できる。得られた製品は体組織の色と良い対照をなす青色を有し、手術時に取扱われるとき及び適所にあるときにフィルム又はゲルをみやすくさせる。
試薬(もしあるならば染料又は色素も)が混合されると、反応混合液は単純にしばらく放置されるか、あるいはそれは連続的に又は時々攪拌又はかきまぜられる。」(第8頁左上欄9?19行)
(4-iv)「所望であれば、ゲル又はフィルムは例えば水又は1M水性塩化ナトリウムでの潅流により使用前に洗浄することができる。一方、反応混合液はフィルムとして流延する前に残留試薬を除去するために透析できる。残留試薬又は置換尿素類のような試薬由来物質を除去するための洗浄はフィルム又はゲルが治療適用向けに用いられるならば望ましい。前記のようにブリリアントブルーRで青に着色されたゲル又はフィルムはこのような洗浄時にそれらの着色を失わない。試薬又は反応生成物の除去は高圧液体クロマトグラフィーでモニターできる。」(第9頁右下欄1?10行)
(4-v)「例15:この例は着色フィルムの製造について示す。
HA(H_(2)O 30ml中400mg)の溶液を例13のようにpH4.75にし、しかる後ETC(475mg;1.6mmol)及びロイシンメチルエステル塩酸塩(190mg;1.05mmol)を加えた。次いでH_(2)O(0.5ml)中“サーバブルー”(5mg/ml)の希溶液を反応混合液に加えた。得られた混合液をペトリ皿に注ぎ、非水溶性青色フィルムを16時間後に得た。青色はフィルムを1M NaClしかる後H_(2)Oで洗浄したときにフィルムに留まった。」(第11頁右上欄20行?同頁左下欄5行)
(4-vi)「用途
本発明のフィルム、フオーム又はゲルは、例えばDeBelderらのPCT公開第WO86/00912号明細書で記載されたように、外科業界で知られる操作に従い術後又は治癒期間中に体組織の癒着又は付着を妨げるために外科補助品として使用できる。手術中に1枚以上のゲル又はフィルムが分離させたままにしておく組織の間又は中に適宜に挿入又は注入される。」(第14頁左上欄23行?同頁右上欄6行)

(2)対比、判断
上記(1)の[引用例1]に摘示した記載によれば、引用例1には、第1の組織および第2の組織の接着を防止する方法が記載されている(摘記(1-i)の請求項42,43、(1-iv)参照)。この方法において第1の合成ポリマーおよび該第2の合成ポリマーはそれぞれ水溶液に溶解して使用されている(摘記(1-v)参照)。また、各ポリマー及びその架橋反応物は生体適合性であり(摘記(1-ii)、架橋反応物は水性溶媒を含むゲル(摘記(1-v)参照)すなわち架橋ヒドロゲルであることは明らかであるから、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されていると認められる。
<引用例1発明>
「第1の組織および第2の組織の接着を防止する方法であって、以下の工程を包含する、方法:
m個の求核性基を有する第1の合成ポリマーおよびn個の求電子性基を有する第2の合成ポリマー(mおよびnはそれぞれ2以上であり、そしてm+nが5以上である)について、各ポリマーの水性溶媒の溶液をそれぞれ調製する工程;
該第1の合成ポリマー溶液および該第2の合成ポリマー溶液を混合することにより混合物を形成して、架橋を開始する工程;
実質的な架橋が起こる前に該混合物を該第1の組織に塗布する工程;および
該第1の合成ポリマーおよび該第2の合成ポリマーをインサイチュで架橋させ続け、生体適合性架橋ヒドロゲルを形成する工程。」

そこで、本願発明において、架橋剤官能基が全て求核性基であり、合成官能性ポリマー官能基が全て求電子性基である場合と引用例1発明とを対比する。
引用例1発明のm個の求核性基を含む第1の生体適合性合成ポリマーは、n個の求電子性基を含む第2の生体適合性合成ポリマーと架橋反応を行うことができるものであるから、本願発明の「n個の架橋剤官能基を有する生体適合性架橋剤」に相当する。
また、引用例1発明において第1と第2の合成ポリマーは第1の組織に塗布されインサイチュで架橋するのであるから、ヒドロゲル形成は第1の組織上即ち本願発明の「標的部位」でおこることは明らかである。

そうすると、両発明は、
「合成生体適合性架橋ヒドロゲルを標的部位で調製する方法であって、
n個の架橋剤官能基を有する生体適合性架橋剤を提供する工程;
該生体適合性架橋剤を第一の水性溶媒に溶解し、架橋剤溶液を形成する行程;
m個の合成官能性ポリマー官能基を有する合成生体適合性官能性ポリマーを提供する行程であって、ここで、mおよびnがそれぞれ2以上であり、そしてm+nが5以上であり、
該合成架橋剤官能基が全て求核性であり、該全ての合成官能性ポリマー官能基が全て求電子性である、工程;
該合成生体適合性官能性ポリマーを第二の水性溶媒に溶解し、合成官能性ポリマー溶液を形成する行程;ならびに
該合成架橋剤および合成官能性ポリマー溶液を混合して、該架橋剤官能基と該合成官能性ポリマー官能基を反応させ、合成生体適合性架橋ヒドロゲルを標的部位で形成する行程であって、架橋反応が進んで、該合成官能性ポリマー溶液がゲル化する工程を包含する、前記方法」
で一致し、次の相違点1,2で相違する。
<相違点>
1.「生体適合性架橋剤」について、本願発明では、「生体適合性小分子架橋剤の分子量が2000以下である」と特定されているのに対し、引用例1発明では、そのように特定されていない点
2.本願発明では、「視覚化する方法」であって、「前記合成架橋剤、および合成官能性ポリマー溶液の混合前又は混合中に、裸眼で見た場合に該ヒドロゲルの視覚性を強化し、かつ該架橋剤、該ポリマー及び該ヒドロゲルと反応しない視覚化剤を加えること」が特定されているのに対し、引用例1発明では、そのように特定されていない点

そこで、これらの相違点について検討する。
(A)相違点1について
引用例1には、引用例1発明に使用しうる求核性ポリマー(本願発明の架橋剤に相当)として多求核性ポリペプチド、多アミノPEG、ポリアミン等が挙げられ、多求核性ポリペプチドの例として分子量約870?約580,000のポリリシン、ポリアミンの例としてエチレンジアミン(H_(2)N-CH_(2)CH_(2)-NH_(2))(分子量60)、テトラメチレンジアミン(H_(2)N-(CH_(2))_(4)-NH_(2))(分子量88)、ペンタメチレンジアミン(カダベリン)(H_(2)N-(CH_(2))_(5)-NH_(2))(分子量102)等いずれも分子量の小さいポリアミンが例示されている(摘記(1-iii)参照)。また、多アミノPEGとして実施例2には、分子量2000の「Jeffamine ED-2001」(例えば、特開平7-48393号公報の段落【0020】参照)が用いられている(摘記(1-v)参照)。
このように、分子量の比較的小さいものが多求核性ポリマー(あるいは架橋剤)として使用可能であることは引用例1において既に開示されているのであるから、引用例1発明において、例えば、引用例1中に列挙されている分子量870のポリリシンや分子量2000の多アミノPEGなどの分子量2000以下の多求核性ポリマーを利用することも当業者が容易に行う範囲内のものであるし、その「分子量2000以下」との数値限定に臨界的な技術的意義があることは本願明細書に示されていない。また、そもそも、組織上のインサイチュで架橋するのであるから、架橋する両成分の溶液が適切な流動性(低粘度)を必要とすることは自明であり、そのため、粘度が高い高分子量のものの使用を避けるべきであることは自ずと明らかである。
ここで、引用例1では、ポリマーとの表現が用いられていても、かように小分子のもの(架橋剤)が例示され、使用されているのであるから、それらを小分子架橋剤と表現することに、格別の困難性があるわけではないし、また齟齬が生じるわけでもない。
なお、審判請求人は、Jarrett博士のDeclarationを物件提出し、エチレンジアミン分子は毒性を有することを指摘する。しかし、どの程度の毒性であれば、生体適合性でないのかその基準は不明であり、本願発明においてエチレンジアミンが使用できないと明示されているわけでもないし、また、引用例1では「生体適合性、非免疫原性成分で構成され」、「投与された組織部位において毒性の・・・反応物を残さない。」(摘示(1-ii)参照)とされていることから、「生体適合性」の点で両発明に実質的な差異があるとは認められない。
よって、相違点1は、実質的な相違点とは言えないし、一歩譲っても、当業者であれば、相違点1に係る本願発明の発明特定事項を容易に採用し得たものと言える。

(B)相違点2について
引用例2?4には、外科分野において知られている術後または治療期間中に体組織の付着又は癒着を防止するための外科補助に用いるゲルにおいて、色素や染料をゲル反応混合物に含有させることにより、着色させたゲルを適所にあるとき又は配置中にもっと見やすくし、無着色のものに比べて外科手術中の取扱いを一層容易にさせることができる旨が記載されている(摘示(2-iii),(2-iv),(2-vii),(3-ii),(3-iii),(3-vi),(4-ii),(4-iii),(4-vi)など参照)。
そうすると、引用例2?4の前記ゲルの使用用途と同様に、外科手術に続く接着の形成を防ぐために用いられる(摘示(1-iv)も参照)引用例1発明において、外科手術中の取扱いを一層容易にするために、色素や染料を用いてゲルを着色させ、「裸眼でみた場合に該ヒドロゲルの視覚性を強化」することは、当業者にとって、容易に想到し得たことというべきである。
そして、その際に、視覚化剤(色素、染料など)をどの時点で配合する(加える)かは必然的に適宜検討することにすぎず、ゲル形成後に加えることは前記目的にそぐわないことに鑑みれば、「合成架橋剤、および合成官能性ポリマー溶液の混合前又は混合中に」加えることに当業者に格別の創意工夫が必要であったとは認められない。また、加える視覚化剤(色素、染料など)として、どのようなものを採用するかは当然に検討することにすぎず、単に加えることやゲル材(ゲルそのもの、架橋剤、架橋対象のポリマー)に反応させて固定する態様は、当業者が適宜採り得る程度のことと認められる。そして、前記の着色させる目的に照らし、あえてゲル材と反応させる必然性はなく、単に加える、すなわち「ポリマー及び該ヒドロゲルと反応しない視覚化剤」を採用することは適宜な選択と認められ当業者が容易に想到し得たものと言うべきであり、本願明細書を検討しても、その選択によって格別に予想外の作用効果を奏しているとは認められない。

そして、相違点1,2に係る発明特定事項を併せ採用することにも格別の創意工夫が必要であったとは認められないし、予想外の作用効果を奏していると解すべき理由もない。
というのも、本願明細書には、「この好ましい着色物質は、生体適合性架橋ポリマー中へ組み込まれても良いし組み込まれなくても良い。しかし、好ましくは、この視覚化剤は、架橋剤または官能性ポリマーと反応し得る官能基を有さない。」(段落【0028】;前記「2.(2)の(iii)の摘示を参照)とされ、反応し得る官能基を有さないことが好ましいとされてはいるけれども、どのように好ましいのか何等記載されていないし、また、非毒性の着色物質としてあげられている「FD&C色素3およびFD&C色素6、エオシン、メチレンブルー、インドシアニングリーン、または合成的な外科手術用縫合糸に通常見出される着色色素」(段落【0027】)や実施例9の「FDおよびCブルーまたはインジゴ染料」(段落【0121】)のいずれがその「反応し得る官能基を有さない」染料に該当するのか明らかにされているわけではないし(なお、そもそも後記(イ)についてや(ニ)についてで説明するように、「FD&C色素(+数字)」の表現では、染料を特定できない。)、染料が(ゲル材の)官能基と反応し得るか否かによって、作用効果上の差異があることは記載も示唆もされていない。

ところで、審判請求人は、意見書や審判請求理由、回答書において、次の(イ)?(ニ)の如き主張をしている。
(イ)引用例2?4に記載の染料は、材料に永続的に反応し、かつ結合するものであり、たとえ洗浄しても該染料は除去されないこと、例えば、引用例2?4では洗浄しても除去されないと教示している旨
(ロ)視覚化剤の非反応性により共有化学的反応における新たな化学種の生成を防ぐ(潜在的相互干渉を避けられる)ことができ、安全を維持し、危険を避けることができる旨
(ハ)視覚化剤の非結合性は、該視覚化剤が適用部位から迅速に拡散することを可能にする旨
(ニ)本願明細書の実施例には、例えばFD&C BlueまたはFD&C dye3の色素が記載されており、これらの色素はいずれも、水溶性色素であるが、水溶液中の溶解性は、水溶液中でのヒドロゲルから拡散し得るか否かに関わる重要な特性であるのに対し、引用例2?4に係るCoomassie BlueやServa Blueなどの色素は、ほぼ完全に水に不溶性であり、水溶性が要求される本願発明の色素としての不適格性を示すものである旨
しかし、いずれの主張も次の理由で失当であり採用できるものではない。
(イ)の点について
意見書で指摘されている引用例2?4の参照頁は、いずれも引用例に存在しない頁であって、その主張の根拠は不明であるが、前記「3.(1)」で摘示した(2-vi),(3-v),(4-v)に摘示の各実施例では、洗浄しても青色を保持した旨の記載を見いだせるから、洗浄して除去されないことの記載は引用例2?4にあるものの、その除去されない原因が反応し結合したことによると断定すべき根拠はない。水に溶けるか否かと反応するか否かは全く異なる概念であり、例えば、反応しなくても水に溶けない物もあることから、本願発明で特定する「該架橋剤、該ポリマー及び該ヒドロゲルと反応しない視覚化剤」が、必ず、洗浄によって除去できると理解することはできない。
なお、仮に反応するのであれば、本願明細書段落【0027】に例示された多くのものが、引用例2?4で具体的に用いられている「Serva Blue」(Coomassie Brilliant Blue-R250)と同様な官能基を有していること(クマシーブリリアントブルーR250は、スルホン酸基を有するのに対し、本願明細書に記載された、例えば「FD&C色素3」が例えばFD&C GreenNo.3又はFD&C RedNo.3であっても(赤色より青色、緑色が良いとされているから、前者の可能性が大きいとしても)、また、実施例9で用いられている「FDおよびCブルー」がFD&CBlueNo.1(即ち、ブリリアントブルーFCF)であったとしても、同様にスルホン酸基を有しているし、他の例示されたエオシンやインドシアニングリーンなども、カルボキシル基やスルホン酸基を有する)に鑑みると、程度の差があるとしても本願でも反応していると理解するのが相当であるが、本願発明でそれらの染料が反応しないとするのであるから、引用例2?4に記載された染料も架橋する官能基と実質的に反応しないと解する他ない。
また、引用例2?4では、ゲル材の官能基と反応することを前提としてCoomassie Blue-R250が用いられているとまで記載されているわけではないし、洗浄によっても残存するのでありさえすれば、視覚化剤として、反応しない染料又は色素を用いることも包含されると解するのが自然である。
(ロ)と(ハ)の点について
請求人が主張する(ロ)と(ハ)の点は、本願明細書になんら記載されていないし自明なこととも言えないから、そもそも勘案すべき事項ではない。仮に検討しても、(ロ)の点については、反応したことによって、安全が維持できないとか危険を避けることができないと一義的に解すべき理由はないし、反応しないから、安全を維持でき、危険を避けることができると一義的に解すべき理由もなく、主張する判断を裏付けるデータすら示されていない。また、(ハ)の点については、非結合性であること(反応しないこと)が、必ずしも適用部位から迅速に拡散することを意味しないことは当然のことである。
(ニ)の点について
「FD&C BlueまたはFD&C dye3」は、どのような染料か不明であり特定できない(その表記だけでは、染料を特定できない。例えば、「FD&C dye3」は、FD&C RedNo.3かも知れないし、FD&C GreenNo.3かも知れず、それら以外の染料であるかも知れないし、また、「FD&C Blue」は、FD&C BlueNo.3かも知れないが、FD&C BlueNo.1やFD&C BlueNo.2などの他の染料であるかも知れない。)ので、その物性(溶解性)を特定できない点でその前提が不明である(水に溶解するとの断定はできない)から、直ちに水溶性であるということはできない。 他方、そもそも、「Serva Blue」(Coomassie Brilliant Blue-R250)は、H_(2)O中の希溶液(5mg/ml)を反応混合液に加えたと引用例2?4に明示的に記載(摘示(2-vi),(3-v),(4-v)参照)されているように、目的に必要な程度に水溶性はあるものというべきであるから、水に不溶性であるとの請求人の主張は失当である。なお、Coomassie Brilliant Blue-R250(クマシーブリリアントブルー-R250,略称CBB)の水溶解度は20g/l(即ち20mg/ml)であるとされている(例えば、http://www.merckmillipore.jp/chemicals/coomassie-brilliant-blue-r-250-c-i-42660/MDA_CHEM-112553/japanese/p_G5ib.s1LZb4AAAEWZuEfVhTl参照)から、前記希溶液は、染料が水に溶解している液であることに疑義はない。

したがって、本願発明は、引用例2?4の記載を勘案し引用例1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。それ故、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-03-12 
結審通知日 2014-03-18 
審決日 2014-03-25 
出願番号 特願2007-66149(P2007-66149)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61L)
P 1 8・ 561- Z (A61L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小森 潔  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 岩下 直人
前田 佳与子
発明の名称 生体適合性架橋ポリマー  
代理人 石川 徹  

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