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審決分類 審判 訂正 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降) 訂正する C23C
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正する C23C
審判 訂正 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 訂正する C23C
管理番号 1290820
審判番号 訂正2014-390069  
総通号数 178 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-10-31 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2014-05-26 
確定日 2014-07-23 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第4142705号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4142705号に係る明細書、特許請求の範囲を本件審判請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 
理由 第1 手続の経緯
本件訂正審判の請求に係る特許第4142705号(以下「本件特許」という。)は、平成18年9月28日を出願日とする出願(特願2006-263978号)の請求項1?3に係る発明について平成20年6月20日に特許権の設定登録がなされ、平成26年5月26日に本件訂正審判の請求がなされたものである。

第2 請求の趣旨及び訂正事項
1 請求の趣旨
本件訂正審判請求の趣旨は、「特許第4142705号の明細書、特許請求の範囲を本件審判請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲のとおり一群の請求項ごとに訂正することを認める、との審決を求める。」というものであり、すなわち、本件特許に係る願書に添付した特許請求の範囲を下記訂正事項のとおりに訂正することを求めるというものである。

2 訂正事項
本件訂正審判の請求に係る訂正の内容は、以下のとおりである。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、式(1)及び(2)の後に、「12≦Vs-Vf(V)≦35 (但し、12=Vs-Vf(V)においては、400≦Ts(℃)<475を除く。) ・・・(4)」を加入し、「下記式(1)及び(2)」、 「式(1)及び(2)中」とあるのを、それぞれ、「下記式(1),(2),及び(4)」、 「式(1),(2),及び(4)中」と訂正する。
(2) 訂正事項2
請求項3を削除する。

第3 当審の判断
1 訂正の目的について
(1) 訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1?3からなる一群の請求項の発明特定事項として(2)式に示された「Vs-Vf(V)」の数値範囲について、新たに(4)式を導入し、「12≦Vs-Vf(V)≦35 (但し、12=Vs-Vf(V)においては、400≦Ts(℃)<475を除く。) ・・・(4)」とさらに限定し、これに整合するように、「下記式(1)及び(2)」、 「式(1)及び(2)中」とあるのを、それぞれ、「下記式(1),(2),及び(4)」、 「式(1),(2),及び(4)中」と訂正するものである。
このため、訂正事項1は、特許法第126条第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2) 訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項3を削除する訂正であるので、同じく、特許法第126条第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

2 新規事項の追加の有無について
訂正事項2は、訂正前の請求項3を削除する訂正なので、本件特許に係る願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであって、新規事項の追加にあたらないことことは明らかである。そこで、訂正事項1についても、同様に新規事項の追加にあたらないかを検討する。
これに関し、「Vs-Vf(V)」の数値範囲の上限が35であることは、願書に添付した明細書の段落【0049】、【0057】に記載されている。
また、段落【0090】に、「Vs-Vf(V)=約12の条件では、成膜温度Ts=475?575℃の範囲内において、結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られた。成膜温度Ts=450℃では、パイロクロア相がメインの膜が得られたので、「×」と判定した。」と記載されている。
この記載から、「12≦Vs-Vf(V)」であること、及び、「12=Vs-Vf(V)においては、400≦Ts(℃)<475を除く。」ことは、願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内であるといえる。
したがって、訂正事項1、2は、特許法第126条第5項の規定に適合する。

3 特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
訂正事項1、2は、上記2のとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、これらの訂正事項によって、実質上特許請求の範囲が拡張されたり、変更されたりするものでもない。
したがって、訂正事項1、2は、特許法第126条第6項の規定に適合する。

4 訂正後の請求項1、2に係る発明の独立特許要件について
訂正後の特許請求の範囲の請求項1、2に記載された発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものでないとする理由は見当たらない。
したがって、訂正事項1、2は、特許法第126条第7項の規定に適合するものである。

第4 むすび
以上のとおりであるから、訂正事項1、2は、特許法第126条第1項ただし書第1号に規定する事項を目的とし、かつ、同条第3項ないし第7項の規定に適合するものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
成膜方法、圧電膜、圧電素子、及び液体吐出装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマを用いる気相成長法により成膜する成膜方法、及び該成膜方法を用いて成膜された圧電膜、該圧電膜を用いた圧電素子、並びに該圧電素子を備えた液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電膜と、圧電膜に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載されるアクチュエータ等として使用されている。圧電材料としては、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)系等のペロブスカイト型酸化物が知られている。
【0003】
圧電膜は、スパッタリング法等の気相成長法により成膜することができる。PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜では、高温成膜するとPb抜けが起こりやすくなる。そのため、Pb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜では、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶が良好に成長し、かつPb抜けが起こりにくい成膜条件を求める必要がある。
【0004】
例えば、非特許文献1では、成膜温度以外の条件を固定し、成膜温度を振ることで、圧電膜の好適な成膜条件が求められている。非特許文献1に記載の図3には、PbTiO3膜では、概ね成膜温度500℃以下でパイロクロア相構造となり、概ね成膜温度550?700℃でペロブスカイト結晶が成長し、概ね成膜温度700℃以上で非晶質構造となることが示されている。
【0005】
特許文献1では、PZT膜において、成膜圧力と膜中のPb量との関係、及び成膜温度と膜中のPb量との関係が求められている(特許文献1の図1及び図2を参照)。特許文献1では、成膜圧力は1?100mTorrが好ましく、成膜温度は600?700℃が好ましいことが記載されている(特許文献1の請求項2,5を参照)。
【特許文献1】特開平6-49638号公報
【非特許文献1】セラミックス21(1986)119
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1及び特許文献1に記載されているように、従来、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜では、成膜温度550?700℃の条件が好ましいとされている。しかしながら、本発明者らが検討を行ったところ、420?480℃程度でもパイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶が成長し、良好な圧電特性を示す圧電膜が得られることが分かった。より低温で成膜できることはPb抜けを抑制することができ、好ましい。
【0007】
Pbの含有/非含有に関係なく、成膜温度が高くなると、基板と圧電膜との熱膨張係数差に起因して、成膜中又は成膜後の降温過程等において圧電膜に応力がかかり、膜にクラック等が発生する恐れがあるので、より低温で成膜できることは好ましい。より低温で成膜できれば、ガラス基板などの比較的耐熱性が低い基板を用いることができるなど、基板選択の幅も広がり、好ましい。
【0008】
圧電膜の成膜においては、温度と圧力以外にも何らかのファクターが効いており、膜特性に対して影響を与えるファクターが好適な範囲内にあるときに、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶が成長すると考えられる。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法において、膜特性に対して影響を与える成膜条件のファクターを明らかにし、これによって、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法により良質な膜を安定的に成膜することが可能な成膜方法を提供することを目的とするものである。
【0010】
本発明は特に、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることが可能な圧電膜の成膜方法、及び該成膜方法により成膜された圧電膜を提供することを目的とするものである。
【0011】
本発明は特に、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜方法において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することが可能な圧電膜の成膜方法、及び該成膜方法により成膜された圧電膜を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記課題を解決するべく鋭意検討を行い、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法においては、成膜される膜の特性が、成膜温度Ts(℃)と、プラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs-Vf(V)との2つのファクターに大きく依存し、これらファクターを好適化することにより、良質な膜を成膜できることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
本発明の成膜方法は、プラズマを用いる気相成長法により膜を成膜する成膜方法において、
成膜温度Ts(℃)と、
成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs-Vf(V)と、
成膜される前記膜の特性との関係に基づいて、
成膜条件を決定することを特徴とするものである。
【0014】
本明細書において、「成膜温度Ts(℃)」は、成膜を行う基板の中心温度を意味するものとする。
【0015】
本明細書において、「プラズマ電位Vs及びフローティング電位Vf」は、ラングミュアプローブを用い、シングルプローブ法により測定するものとする。フローティング電位Vfの測定は、プローブに成膜中の膜等が付着して誤差を含まないように、プローブの先端を基板近傍(基板から約10mm)に配し、できる限り短時間で行うものとする。プラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの電位差Vs-Vf(V)はそのまま電子温度(eV)に変換することができる。電子温度1eV=11600K(Kは絶対温度)に相当する。
【0016】
本発明の成膜方法は、プラズマを用いる気相成長法により膜を成膜する場合に適用することができる。本発明の成膜方法を適用可能な膜としては、絶縁膜、誘電体膜、及び圧電膜等が挙げられる。
【0017】
本発明の成膜方法は、1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)の成膜に好ましく適用できる。ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜は、電圧無印加時において自発分極性を有する強誘電体膜である。
【0018】
本発明の成膜方法を下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)に適用する場合、下記式(1)及び(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することが好ましく、下記式(1)?(3)を充足する範囲で成膜条件を決定することが特に好ましい。
一般式AaBbO3・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子。
a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs-Vf(V)≦35・・・(3)
【0019】
本発明の圧電膜は、下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)において、
プラズマを用いる気相成長法により成膜されたものであり、
下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で成膜されたものであることを特徴とするものである。
本発明の圧電膜は、下記式(1)?(3)を充足する成膜条件で成膜されたものであることが好ましい。
一般式AaBbO3・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子。
a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs-Vf(V)≦35・・・(3)
【0020】
本発明は、下記一般式(P-1)で表されるPZT又はそのBサイト置換系、及びこれらの混晶系に好ましく適用できる。
Pba(Zrb1Tib2Xb3)O3・・・(P-1)
(式(P-1)中、XはV族及びVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。a=1.0であり、かつb1+b2+b3=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
【0021】
本発明によれば、1.0≦a、好ましくは1.0≦a≦1.3であるPb抜けのない圧電膜を提供することができる。
【0022】
本発明の圧電素子は、上記の本発明の圧電膜と、該圧電膜に電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記の本発明の圧電素子と、
液体が貯留される液体貯留室及び該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口を有する液体貯留吐出部材とを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法において、膜特性に対して影響を与える成膜条件のファクターが、成膜温度Ts(℃)、及び、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs-Vf(V)であることを明らかにしたものである。
【0024】
本発明の成膜方法によれば、膜特性に対して影響を与える上記2つのファクターと成膜される膜の特性との関係に基づいて、成膜条件を決定する構成としているので、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法により良質な膜を安定的に成膜することができる。
【0025】
本発明の成膜方法は、圧電膜の成膜等に好ましく適用することができる。本発明によれば、ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることが可能となる。本発明によれば、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
「成膜方法」
本発明の成膜方法は、プラズマを用いる気相成長法により膜を成膜する成膜方法において、
成膜温度Ts(℃)と、
成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs-Vf(V)と、
成膜される前記膜の特性との関係に基づいて、
成膜条件を決定することを特徴とするものである。
【0027】
本発明の成膜方法を適用可能な気相成長法としては、スパッタリング法、イオンビームスパッタリング法、イオンプレーティング法、及びプラズマCVD法等が挙げられる。本発明の成膜方法において、前記関係が求められる前記膜の特性としては、膜の結晶構造及び/又は膜組成が挙げられる。
【0028】
図1に基づいて、スパッタリング装置を例として、プラズマを用いる成膜装置の構成例について説明する。図1(a)はRFスパッタリング装置の概略断面図であり、図1(b)は成膜中の様子を模式的に示す図である。
【0029】
RFスパッタリング装置1は、内部に、基板Bが装着されると共に、装着された基板Bを所定温度に加熱することが可能なヒータ11と、プラズマを発生させるプラズマ電極(カソード電極)12とが備えられた真空容器10から概略構成されている。ヒータ11とプラズマ電極12とは互いに対向するように離間配置され、プラズマ電極12上に成膜する膜の組成に応じた組成のターゲットTが装着されるようになっている。プラズマ電極12は高周波電源13に接続されている。
【0030】
真空容器10には、真空容器10内に成膜に必要なガスGを導入するガス導入管14と、真空容器10内のガスの排気Vを行うガス排出管15とが取り付けられている。ガスGとしては、Ar、又はAr/O2混合ガス等が使用される。図1(b)に模式的に示すように、プラズマ電極12の放電により真空容器10内に導入されたガスGがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成する。生成したプラスイオンIpはターゲットTをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲットTの構成元素Tpは、ターゲットから放出され中性あるいはイオン化された状態で基板Bに蒸着される。図中、符号Pがプラズマ空間を示している。
【0031】
プラズマ空間Pの電位はプラズマ電位Vs(V)となる。通常、基板Bは絶縁体であり、かつ、電気的にアースから絶縁されている。したがって、基板Bはフローティング状態にあり、その電位はフローティング電位Vf(V)となる。ターゲットTと基板Bとの間にあるターゲットの構成元素Tpは、プラズマ空間Pの電位と基板Bの電位との電位差Vs-Vfの加速電圧分の運動エネルギーを持って、成膜中の基板Bに衝突すると考えられる。
【0032】
プラズマ電位Vs及びフローティング電位Vfは、ラングミュアプローブを用いて測定することができる。プラズマP中にラングミュアプローブの先端を挿入し、プローブに印加する電圧を変化させると、例えば図2に示すような電流電圧特性が得られる(小沼光晴著、「プラズマと成膜の基礎」p.90、日刊工業新聞社発行)。この図では電流が0となるプローブ電位がフローティング電位Vfである。この状態は、プローブ表面へのイオン電流と電子電流の流入量が等しくなる点である。絶縁状態にある金属の表面や基板表面はこの電位になっている。プローブ電圧をフローティング電位Vfより高くしていくと、イオン電流は次第に減少し、プローブに到達するのは電子電流だけとなる。この境界の電圧がプラズマ電位Vsである。
Vs-Vfは、基板とターゲットとの間にアースを設置するなどして、変えることができる(後記実施例1?3を参照)。
【0033】
プラズマを用いる気相成長法において、成膜される膜の特性を左右するファクターとしては、成膜温度、基板の種類、基板に先に成膜された膜があれば下地の組成、基板の表面エネルギー、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電極、基板/ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度及び電子密度、プラズマ中の活性種密度及び活性種の寿命等が考えられる。
【0034】
本発明者は多々ある成膜ファクターの中で、成膜される膜の特性は、成膜温度TsとVs-Vfとの2つのファクターに大きく依存することを見出し、これらファクターを好適化することにより、良質な膜を成膜できることを見出した。すなわち、成膜温度Tsを横軸にし、Vs-Vfを縦軸にして、膜の特性をプロットすると、ある範囲内において良質な膜を成膜できることを見出した(図11を参照)。
【0035】
Vs-Vfが基板Bに衝突するターゲットTの構成元素Tpの運動エネルギーに相関することを述べた。下記式に示すように、一般に運動エネルギーEは温度Tの関数で表されるので、基板Bに対して、Vs-Vfは温度と同様の効果を持つと考えられる。
E=1/2mv2=3/2kT
(式中、mは質量、vは速度、kは定数、Tは絶対温度である。)
Vs-Vfは、温度と同様の効果以外にも、表面マイグレーションの促進効果、弱結合部分のエッチング効果などの効果を持つと考えられる。
【0036】
特開2004-119703号公報には、スパッタリング法により圧電膜を成膜する際に、圧電膜にかかる引張応力を緩和するために、基板にバイアスを印加することが提案されている。基板にバイアスを印加することは、基板に突入するターゲットの構成元素のエネルギー量を変えていることになる。しかしながら、特開2004-119703号公報には、プラズマ電位Vs、及びプラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの差であるVs-Vfについては記載がない。
【0037】
通常、ある成膜装置のVs-Vfは装置の構造によってほぼ決まり、大きく変えることができないので、従来はVs-Vfを変えるという発想自体がほとんどなかった。唯一、特開平10-60653号公報に、アモルファスシリコン膜等を高周波プラズマCVD法により成膜する成膜方法において、Vs-Vfを特定の範囲内に制御することを特徴とする成膜方法が開示されている。この発明では、Vs-Vfが基板面上で不均一になることを解消するために、Vs-Vfを特定の範囲内に制御するようにしたものである。しかしながら、特開平10-60653号公報には、成膜温度TsとVs-Vfと成膜される膜の特性との関係に基づいて、成膜条件を決定することについては記載がない。
【0038】
本発明の成膜方法は、プラズマを用いる気相成長法により成膜することが可能なものであれば、いかなる膜にも適用することができる。本発明の成膜方法を適用可能な膜としては、絶縁膜、誘電体膜、及び圧電膜等が挙げられる。
【0039】
本発明の成膜方法は、1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)の成膜に好ましく適用できる。ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜は、電圧無印加時において自発分極性を有する強誘電体膜である。
【0040】
本発明者は、本発明の成膜方法を下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜に適用する場合、下記式(1)及び(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することが好ましいことを見出している(図11を参照)。
【0041】
一般式AaBbO3・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子。
a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)
【0042】
上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物としては、チタン酸鉛、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ジルコニウム酸鉛、チタン酸鉛ランタン、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン、マグネシウムニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛、ニッケルニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛等の鉛含有化合物、及び、チタン酸バリウム、チタン酸ビスマスナトリウム、チタン酸ビスマスカリウム、ニオブ酸ナトリウム、ニオブ酸カリウム、ニオブ酸リチウム等の非鉛含有化合物が挙げられる。圧電膜は、これら上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物の混晶系であってもよい。
【0043】
本発明は、下記一般式(P-1)で表されるPZT又はそのBサイト置換系、及びこれらの混晶系に好ましく適用できる。
Pba(Zrb1Tib2Xb3)O3・・・(P-1)
(式(P-1)中、XはV族及びVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。a=1.0であり、かつb1+b2+b3=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
【0044】
上記一般式(P-1)で表されるペロブスカイト型酸化物は、d=0のときチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)であり、d>0のとき、PZTのBサイトの一部をV族及びVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素であるXで置換した酸化物である。Xは、VA族、VB族、VIA族、及びVIB族のいずれの金属元素でもよく、V,Nb,Ta,Cr,Mo,及びWからなる群より選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。
【0045】
本発明者は、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、上記式(1)を充足しないTs(℃)<400の成膜条件では、成膜温度が低すぎてペロブスカイト結晶が良好に成長せず、パイロクロア相がメインの膜が成膜されることを見出している(図11を参照)。
【0046】
本発明者はさらに、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、上記式(1)を充足するTs(℃)≧400の条件では、成膜温度TsとVs-Vfが上記式(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造及び膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜することができることを見出している(図11を参照)。
【0047】
PZTのスパッタ成膜において、高温成膜するとPb抜けが起こりやすくなることが知られている(「背景技術」に挙げた特許文献1の図2等を参照)。本発明者は、Pb抜けが、成膜温度以外にVs-Vfにも依存することを見出している。PZTの構成元素であるPb,Zr,及びTiの中で、Pbが最もスパッタ率が大きく、スパッタされやすい。例えば、「真空ハンドブック」((株)アルバック編、オーム社発行)の表8.1.7には、Arイオン300evの条件におけるスパッタ率は、Pb=0.75、Zr=0.48,Ti=0.65であることが記載されている。スパッタされやすいということは、スパッタされた原子が基板面に付着した後に、再スパッタされやすいということである。プラズマ電位と基板の電位との差が大きい程、すなわち、Vs-Vfの差が大きい程、再スパッタの率が高くなり、Pb抜けが生じやすくなると考えられる。このことは、PZT以外のPb含有ペロブスカイト型酸化物でも、同様である。また、スパッタリング法以外のプラズマを用いる気相成長法でも同様である。
【0048】
成膜温度TsとVs-Vfがいずれも過小の条件では、ペロブスカイト結晶を良好に成長させることができない傾向にある。また、成膜温度TsとVs-Vfのうち少なくとも一方が過大の条件では、Pb抜けが生じやすくなる傾向にある。
すなわち、上記式(1)を充足するTs(℃)≧400の条件では、成膜温度Tsが相対的に低い条件のときには、ペロブスカイト結晶を良好に成長させるためにVs-Vfを相対的に高くする必要があり、成膜温度Tsが相対的に高い条件のときには、Pb抜けを抑制するためにVs-Vfを相対的に低くする必要がある。これを表したのが、上記式(2)である。
【0049】
本発明者は、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、下記式(1)?(3)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、圧電定数の高い圧電膜が得られることを見出している。
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs-Vf(V)≦35・・・(3)
【0050】
本発明者は、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、成膜温度Ts(℃)=約420の条件では、Vs-Vf(V)=約42とすることで、Pb抜けのないペロブスカイト結晶を成長させることができるが、得られる膜の圧電定数d31は100pm/V程度と低いことを見出している。この条件では、Vs-Vf、すなわち基板に衝突するターゲットTの構成元素Tpのエネルギーが高すぎるために、膜に欠陥が生じやすく、圧電定数が低下すると考えられる。本発明者は、上記式(1)?(3)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、圧電定数d31≧130pm/Vの圧電膜を成膜できることを見出している。
【0051】
本発明は、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法において、膜特性に対して影響を与えるファクターが、成膜温度Ts(℃)、及び、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs-Vf(V)であることを明らかにしたものである。
【0052】
本発明の成膜方法によれば、膜特性に対して影響を与える上記2つのファクターと成膜される膜の特性との関係に基づいて、成膜条件を決定する構成としているので、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法により良質な膜を安定的に成膜することができる。
本発明の成膜方法を採用することで、装置条件が変わっても良質な膜を成膜できる条件を容易に見出すことができ、良質な膜を安定的に成膜することができる。
【0053】
本発明の成膜方法は、圧電膜の成膜等に好ましく適用することができる。本発明によれば、ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることが可能となる。本発明によれば、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することが可能となる。
【0054】
「圧電膜」
上記の本発明の成膜方法を適用することで、以下の本発明の圧電膜を提供することができる。
すなわち、本発明の圧電膜は、下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜において、
プラズマを用いる気相成長法により成膜されたものであり、
下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で成膜されたものであることを特徴とするものである。
一般式AaBbO3・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子。
a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)
【0055】
本発明によれば、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶構造を有し、しかもPb抜けが抑制され、結晶構造及び膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に提供することができる。
【0056】
本発明によれば、1.0≦aであるPb抜けのない組成の圧電膜を提供することができ、1.0<aであるPbリッチな組成の圧電膜を提供することもできる。aの上限は特に制限なく、本発明者は、1.0≦a≦1.3であれば、圧電性能が良好な圧電膜が得られることを見出している。
【0057】
本発明の圧電膜は、下記式(1)?(3)を充足する成膜条件で成膜されたものであることが好ましい。かかる構成とすることで、圧電定数の高い圧電膜を提供することができる。
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs-Vf(V)≦35・・・(3)
【0058】
「圧電素子及びインクジェット式記録ヘッド」
図3を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図3はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0059】
本実施形態の圧電素子2は、基板20上に、下部電極30と圧電膜40と上部電極50とが順次積層された素子であり、圧電膜40に対して、下部電極30と上部電極50とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0060】
下部電極30は基板20の略全面に形成されており、この上に図示手前側から奥側に延びるライン状の凸部41がストライプ状に配列したパターンの圧電膜40が形成され、各凸部41の上に上部電極50が形成されている。
【0061】
圧電膜40のパターンは図示するものに限定されず、適宜設計される。また、圧電膜40は連続膜でも構わない。但し、圧電膜40は、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部41からなるパターンで形成することで、個々の凸部41の伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0062】
基板20としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板20としては、シリコン基板の表面にSiO2酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0063】
下部電極30の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO2,RuO2,LaNiO3,及びSrRuO3等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。
上部電極50の主成分としては特に制限なく、下部電極30で例示した材料、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0064】
圧電膜40は、上記の本発明の成膜方法により成膜された膜である。圧電膜40は、好ましくは、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜である。
【0065】
下部電極30と上部電極50の厚みは特に制限なく、例えば200nm程度である。圧電膜40の膜厚は特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば1?5μmである。
【0066】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、上記構成の圧電素子2の基板20の下面に、振動板60を介して、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)71及びインク室71から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)72を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)70が取り付けられたものである。インク室71は、圧電膜40の凸部41の数及びパターンに対応して、複数設けられている。
【0067】
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子2の凸部41に印加する電界強度を凸部41ごとに増減させてこれを伸縮させ、これによってインク室71からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
本実施形態の圧電素子2及びインクジェット式記録ヘッド3は、以上のように構成されている。
【0068】
「インクジェット式記録装置」
図4及び図5を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図4は装置全体図であり、図5は部分上面図である。
【0069】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
【0070】
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0071】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
【0072】
ロール紙を使用する装置では、図4のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0073】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0074】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0075】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図4上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図4の左から右へと搬送される。
【0076】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
【0077】
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0078】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図5を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0079】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0080】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
【0081】
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0082】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0083】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0084】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0085】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
【0086】
(実施例1)
図1に示したスパッタリング装置を用い、真空度0.5Pa、Ar/O2混合雰囲気(O2体積分率2.5%)の条件下で、Pb1.3Zr0.52Ti0.48O3又はPb1.3Zr0.43Ti0.44Nb0.13O3のターゲットを用いて、PZT又はNbドープPZTからなる圧電膜の成膜を行った。以降、NbドープPZTは「Nb-PZT」と略記する。
【0087】
成膜基板として、Siウエハ上に30μm厚のTi密着層と150nm厚のPt下部電極とが順次積層された電極付き基板を用意した。基板/ターゲット間距離は60mmとした。
【0088】
基板を浮遊状態にして、ターゲットと基板との間ではない基板から離れたところにアースを配して、成膜を行った。このときのプラズマ電位Vsとフローティング電位(基板近傍(=基板から約10mm)の電位)Vfを測定したところ、Vs-Vf(V)=約12であった。
【0089】
このプラズマ条件下で、450?600℃の範囲内で成膜温度Tsを変化させて、成膜を行った。成膜温度Ts=525℃ではNb-PZT膜を成膜し、それ以外の成膜温度TsではPZT膜を成膜した。得られた膜のX線回折(XRD)測定を実施した。得られた主な膜のXRDパターンを図6に示す。
【0090】
図6に示すように、Vs-Vf(V)=約12の条件では、成膜温度Ts=475?575℃の範囲内において、結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られた。成膜温度Ts=450℃では、パイロクロア相がメインの膜が得られたので、「×」と判定した。成膜温度Ts=475℃は、同一条件で調製した他のサンプルではパイロクロア相が見られたため、「▲」と判定した。成膜温度Ts=575℃から配向性が崩れ始めたので、成膜温度Ts=575℃を「▲」と判定し、成膜温度Ts=600℃を「×」と判定した。成膜温度Ts=500?550℃の範囲内において、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が安定的に得られたので、「●」と判定した。
【0091】
得られた各圧電膜について、XRFによる組成分析を実施した。結果を図7に示す。図7中の「Pb/Bサイト元素」は、Pbのモル量とBサイト元素の合計モル量(Zr+Ti、又はZr+Ti+Nb)との比を示している。
【0092】
図7に示すように、Vs-Vf(V)=約12の条件では、成膜温度Ts=350?550℃の範囲において、1.0≦Pb/Bサイト元素≦1.3のPb抜けのないPZT膜又はNb-PZT膜を成膜することができた。ただし、成膜温度Tsが450℃以下では成膜温度不足のためペロブスカイト結晶が成長しなかった。また、成膜温度Tsが600℃以上では、Pb抜けのためペロブスカイト結晶が成長しなかった。
【0093】
例えば、Vs-Vf(eV)=約12、成膜温度Te=525℃の条件で成膜したNb-PZT膜の組成は、Pb1.12Zr0.43Ti0.44Nb0.13O3であった。
【0094】
上記Pb1.12Zr0.43Ti0.44Nb0.13O3のサンプルについて、圧電膜上にPt上部電極をスパッタリング法にて100nm厚で形成した。圧電膜の圧電定数d31を片持ち梁法により測定したところ、圧電定数d31は250pm/Vと高く、良好であった。
【0095】
(実施例2)
装置のプラズマ状態を変えるため、基板の付近にアースを配して、成膜を行った。このときのプラズマ電位Vsとフローティング電位Vfを実施例1と同様に測定したところ、Vs-Vfは約42Vであった。このプラズマ条件下で、380?500℃の範囲内で成膜温度Tsを変化させて、PZT膜の成膜を行い、得られた膜のXRD測定を実施した。得られた主な膜のXRDパターンを図8に示す。
【0096】
図8に示すように、Vs-Vf(V)=約42の条件では、成膜温度Ts=420℃において、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られたので、「●」と判定した。成膜温度Ts=400℃以下及び460℃以上では、パイロクロア相がメインの膜が得られたので、「×」と判定した。
【0097】
実施例1と同様に、得られた各PZT膜について組成分析を実施した。結果を図9に示す。図9に示すように、Vs-Vf(V)=約42の条件では、成膜温度Ts=350℃以上450℃未満の範囲において、1.0≦Pb/Bサイト元素≦1.3のPb抜けのないPZT膜を成膜することができた。ただし、成膜温度Tsが400℃以下では成膜温度不足のためペロブスカイト結晶が成長しなかった。
【0098】
(実施例3)
さらに、アースの位置を変えることでVs-Vf(V)を変えて、PZT膜又はNb-PZT膜の成膜を行い、実施例2と同様に評価した。Vs-Vf(V)=約22、約32、約45、約50の条件について、それぞれ成膜温度Tsを変えて、成膜を実施した。実施例1?3を通して、成膜温度Ts=525℃であり、Vs-Vf(V)=約12、約32、約45の成膜条件で成膜したサンプルがNb-PZT膜であり、それ以外のサンプルがPZT膜である。
【0099】
XRD測定結果が「×」のサンプルのXRDパターン例を図10に示す。図10は、Vs-Vf(V)=約32、成膜温度Ts=525℃の条件で成膜したNb-PZT膜のXRDパターンである。パイロクロア相がメインであることが示されている。
【0100】
(実施例1?3の結果のまとめ)
図11に、実施例1?3のすべてのサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、Vs-Vfを縦軸にして、XRD測定結果をプロットした。図11には、Vs-Vf=-0.2Ts+100の直線と、Vs-Vf=-0.2Ts+130の直線を引いてある。
【0101】
図11には、PZT膜又はNb-PZT膜においては、下記式(1)及び(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造及び膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜できることが示されている。
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明の成膜方法は、プラズマを用いる気相成長法により膜を成膜する場合に適用することができ、インクジェット式記録ヘッド、強誘電体メモリ(FRAM)、及び圧力センサ等に用いられる圧電膜等の成膜に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】(a)はRFスパッタリング装置の概略断面図、(b)は成膜中の様子を模式的に示す図
【図2】プラズマ電位Vs及びフローティング電位Vfの測定方法を示す説明図
【図3】本発明に係る実施形態の圧電素子及びインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す断面図
【図4】図3のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図5】図4のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図6】実施例1で得られた主な圧電膜のXRDパターン
【図7】実施例1で得られた圧電膜の組成分析結果を示す図
【図8】実施例2で得られた主な圧電膜のXRDパターン
【図9】実施例2で得られた圧電膜の組成分析結果を示す図
【図10】実施例3において、Vs-Vf(V)=約32、成膜温度Ts=525℃の条件で成膜した圧電膜のXRDパターン
【図11】実施例1?3のすべてのサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、Vs-Vfを縦軸にして、XRD測定結果をプロットした図
【符号の説明】
【0104】
1 RFスパッタリング装置(成膜装置)
2 圧電素子
3、3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
20 基板
30、50 電極
40 圧電膜
70 インクノズル(液体貯留吐出部材)
71 インク室(液体貯留室)
72 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタリング法により下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)を成膜する成膜方法において、
下記式(1),(2),及び(4)を充足する範囲で成膜条件を決定することを特徴とする成膜方法。
一般式A_(a)B_(b)O_(3)・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子。
a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
-0.2Ts+100<Vs-Vf(V)<-0.2Ts+130・・・(2)
12≦Vs-Vf(V)≦35 (但し、12=Vs-Vf(V)においては、400≦Ts(℃)<475を除く。) ・・・(4)
(式(1),(2),及び(4)中、Ts(℃)は成膜温度、Vs-Vf(V)はプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差である。)
【請求項2】
前記圧電膜が、下記一般式(P-1)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)ことを特徴とする請求項1に記載の成膜方法。
Pb_(a)(Zr_(b1)Ti_(b2)X_(b3))O_(3)・・・(P-1)
(式(P-1)中、XはV族及びVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。a=1.0であり、かつb1+b2+b3=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
【請求項3】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2014-07-11 
出願番号 特願2006-263978(P2006-263978)
審決分類 P 1 41・ 856- Y (C23C)
P 1 41・ 851- Y (C23C)
P 1 41・ 841- Y (C23C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 吉田 直裕  
特許庁審判長 河原 英雄
特許庁審判官 川端 修
真々田 忠博
登録日 2008-06-20 
登録番号 特許第4142705号(P4142705)
発明の名称 成膜方法、圧電膜、圧電素子、及び液体吐出装置  
代理人 柳田 征史  
代理人 佐久間 剛  
代理人 柳田 征史  
代理人 佐久間 剛  

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