• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61B
管理番号 1290965
審判番号 不服2013-7947  
総通号数 178 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-10-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-04-30 
確定日 2014-08-14 
事件の表示 特願2008-260885「被検体情報処理装置および被検体情報処理方法」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 4月22日出願公開、特開2010- 88627〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成20年10月7日を出願日とする出願であって,平成24年7月10日付けで拒絶理由が通知され,同年9月24付けで意見書及び手続補正書が提出され,さらに,同年10月11日付けで最後の拒絶理由が通知され,同年12月25日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが,その同年12月25日付け手続補正書による補正を平成25年1月16日付けで補正却下し,同日付けで拒絶査定されたのに対し,同年4月30日に拒絶査定不服の審判請求がされ,同時に手続補正(以下「本件補正」という。)がなされたものである。

第2 本件補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]
1 補正後の請求項1に係る発明
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は,
「【請求項1】
固定された被検体に光を照射する光源と、
前記固定された被検体内の光吸収体が光を吸収することによって発生する音響波を検出して電気信号に変換する音響波検出器と、
前記固定された被検体の外形を測定することのできる位置に配置された測定部と、
前記測定部が測定した前記外形の情報に基づき、3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式を解くための計算手法により前記固定された被検体内の光量分布を取得し、前記光量分布と、前記電気信号とから前記固定された被検体内部の情報を取得する信号処理部と、
を備えることを特徴とする被検体情報処理装置。」(下線は補正箇所を示す)と補正された。

2 補正事項について
補正前の請求項1における「被検体」及び「外形を測定する測定部」を「固定された被検体」及び「外形を測定することのできる位置に配置された測定部」に限定する補正は,特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また,補正前の「前記被検体の外形の情報」を「前記外形の情報」とする補正は,その前で「前記固定された被検体の外形を測定する」と補正されたことにともない,「前記外形」と補正することにより,「被検体の外形」から「固定された被検体の外形」に限定されるものであるから,当該補正も特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法17条の2第6項で準用する同法126条7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3 本願明細書又は図面
本願の願書に添付された明細書又は図面(以下「本願明細書」又は「本願図面」という。)には,以下の事項が記載されている。なお,下線は当審において付与したものである。
ア 背景技術
「【0004】
非特許文献1によれば、光音響トモグラフィーにおいて、光吸収により被検体内の吸収体から発生する光音響波の初期音圧(P_(0))は次式で表すことができる。
P_(0)=Γ・μ_(a)・Φ 式(1)
【0005】
ここで、Γはグリューナイゼン係数であり、体積膨張係数(β)と音速(c)の二乗の積を定圧比熱(CP)で割ったものである。μ_(a)は吸収体の吸収係数、Φは局所的な領域での光量(吸収体に照射された光量で、光フルエンスとも言う)である。Γは組織が決まれば、ほぼ一定の値をとることが知られているので、音響波の大きさである音圧Pの変化を複数の個所で測定及び解析することにより、各局所領域でのμ_(a)とΦの積の分布、すなわち、光エネルギー吸収密度分布を得ることができる。」

イ 発明が解決しようとする課題
「【0006】
従来のPATでは、式(1)から分かるように、音圧(P)の計測結果から被検体内の吸収係数(μ_(a))の分布を求めるためには、光音響波を発生する吸収体に照射された光量の分布(Φ)を求め、光エネルギー吸収密度分布を補正する必要がある。
【0007】
光源からの被検体への照射光量Φ_(0)を一定とし、かつ、被検体の厚さに対して大きな領域に光を照射し、光が被検体内を平面波のように伝播すると仮定した場合、光量の分布(Φ)は次式であらわすことができる。
Φ=Φ_(0)・exp(-μ_(eff)・d_(1)) 式(2)
【0008】
ここで、μ_(eff)は被検体の平均的な有効減衰係数、Φ_(0)は光源から被検体内に入射した光量である。また、d_(1)は光源からの光が照射された被検体上の領域(光照射領域)から被検体内における光吸収体までの距離、つまり光吸収体の深さである。
【0009】
このような被検体内部で指数関数的に光が減衰するモデルにおいては式(2)のように、解析解を用いて被検体内の光量を求めることが出来る。これにより光照射に対し深さ方向の光量補正を行うことが出来る。しかしこのような解析解を用いて光量分布を表すことが出来るのは、特定の被検体形状、特定の照射光など、限られた場合のみである。
【0010】
被検体の形状が単純形状でないものや光照射分布が均一でない場合などはこのような解析解モデルで被検体内の光量分布を表すことが出来ない。特に光照射が広範囲で均一に照射されていない場合は、被検体内において照射面に対し面内方向に不均一な光量分布となるため、この不均一性を考慮した光量補正が必要となる。」

ウ 発明の効果
「【0015】
本発明によれば、光音響トモグラフィーにおいて、被検体内の吸収係数(μ_(a))の分布をより正確に取得することができる。」

エ 実施の形態
「【0026】
測定部107は、被検体100の三次元的な形状(例えば厚み)を測定する装置である。測定部107としては例えばCCDカメラなどの撮像装置を用いることが出来る。その場合は、取り込まれた画像から、信号処理部が被検体の外形や厚みを算出する。また図2に示すように、被検体情報処理装置が被検体100を固定(挟持)するための固定部材200を備える場合には、固定された被検体の厚み(2つの固定部材間の距離)を測定する測光装置を測定部107として用いることが出来る。なお、このような装置に限らず、被検体100の形状を測定できるものであればどのような装置を測定部107として用いてもかまわない。あるいは、音響波検出器106から超音波を発信しエコー測定を行うことにより被検体の形状や厚みを測定しても良い。その場合は、音響波検出器106が測定部107を兼ねることになる。」
「【0031】
一方、信号処理部108は、測定部107(図2参照)で得られた情報から被検体300の形状(ここでは厚み)を決定し(S15)、その形状を基に被検体内の光量分布(光強度分布)306を計算する(S16)。」

オ 【図2】


4 特許法第29条第2項について

(1)引用刊行物及びその記載事項
ア 本願の出願前に頒布され,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物であるMinghua Xu et al, Photoacoustic imaging in biomedicine, REVIEW OF SCIENTIFIC INSTRUMENTS, 2006年4月, vol.77, no.4, pp.041101-1?22(以下「引用例1」という。)には,次の事項が記載されている。なお,引用発明の認定に関連する記載に下線を付与した。
(ア-1)
「In general, light propagation in tissues can be described by the radiative transport equation or, with knowledge of the tissue's optical properties, by a Monte Carlo model.」(2頁右欄33?36行)
(当審訳:一般に,生体組織における光の伝搬は,輸送方程式によって表されるものであり,生体組織の光学特性値の情報をともなったモンテカルロモデルによって表されるものである。)

(ア-2)
「As shown in Fig.1, an optically absorbing semi-infinite medium (neglecting optical scattering) in response to a wide-beam impulse δ(t) illumination generates an initial pressure or stress distribution p_(0)(z) as

where F_(0) is the incident laser fluence in J /m^(2). The pressure p_(0)(z) serves as the source of an acoustic wave and further prompts two plane waves of equal amplitude to propagate in opposite directions along ±z, respectively. Without considering the reflected acoustic wave from the boundary or acoustic attenuation, the PA wave, measured at z_(0) (= -ct_(0)), is

The absorption coefficient μ_(a) can be determined from the amplitude Γμ_(a)F_(0) /2, if the detection system is calibrated for absolute measurement or from the exponential slope of the PA wave through fitting the curve with exp (-μ_(a)ct).」(4頁右欄40行?5頁左欄9行)
(当審訳:図1に示されるように,光の吸収を行う半無限媒体(光の散乱は無視できる)は,広角ビームのδ(t) インパルスの光照射に応じて,最初の圧力を発生させ,そして,それは応力分布 p_(0)(z)として,(2)式のように表される。ここで,F_(0) は単位がJ /m^(2).で表される入射するレーザー光の流量である。圧力p_(0)(z)は,音響波の源として作用し,さらに,それぞれ反対方向である±z方向に伝搬する同じ振幅の二つの平面波を引き起こす。境界によって反射する音響波としての減衰を無視するならば,z_(0) (= -ct_(0))における光音響波は,(3)式のように表される。検出システムが,絶対的な測定として,すなわちexp (-μ_(a)ct)の曲線に適応することで光音響波の指数関数的な勾配から補正されるとすると,吸収係数μ_(a) は,振幅であるΓμ_(a)F_(0) /2 から決定されることになる。)なお,訳においては,(2)と(3)の式自体の記載は省略している。

(ア-3)
「Recently, Manohar et al.^(114) presented what they called a photoacoustic mammoscope (PAM) for breast imaging [Fig.12(c)]. The breast was mildly compressed between a glass window and a flat detector array. The light source 1064 nm was a Q-switched Nd:YAG laser (Brilliant-B, Quantel, Paris)with a pulse duration of 5 ns and a repetition rate of 10 Hz. PA generated ultrasound propagated through the breast to be recorded by the ultrasound detector matrix at the opposite side. Their 3D image reconstruction was based on a delay-and-sum beam-forming algorithm.」(17頁右欄最下行?18頁左欄8行)
(当審訳:最近,Manohar等は,乳房を画像化するものとしてとして,光音響マンモスコープ(PAM)と呼ばれるものを提供した(図12(c))。乳房は,ガラス窓板と薄型検出器アレーとに挟まれて軽く圧縮されている。1064nmの光源は,5nsのパルス間隔で10Hzの繰り返し数であるQスイッチNd:YAGレーザー(Brilliant-B, Quantel, Paris)である。光音響作用によって,乳房の中を通じて伝搬される超音波が発生し,それは光源とは反対側にある超音波検出器基盤に記録されることになる。それらの三次元画像の再構成は,遅延和ビームフォーミングのアルゴリズムに基づいている。)

(ア-4)以下の図12(c)には,腫瘍のある乳房が,ガラス窓板とトランデューサーアレー(変換器アレー)とに挟まれており,その乳房にパルス光を照射することが記載されている。


上記摘記(ア-2)において,F_(0) は入射する光の光量であり,光量は光源からの距離によって指数関数的に減衰することはランベルト・ベールの法則として物理常識であるから,式(2)の「F_(0)exp (-μ_(0)z) 」は,深さ方向の距離であるzにおける光量分布を示しているものである。すなわち,式(2)は,z位置における光音響波として測定される応力分布p_(0)(z)は,z位置における減衰した光量分布に基づく値となることを示しており,これは,時間の要素を考慮した(3)式においても同様である。そして,その摘記(ア-2)には,吸収係数μ_(a) を決定する際に,光音響波の指数関数的な勾配で補正することが記載されており,これは,上記z位置における指数関数的に減衰した光量分布に基づいて補正することを示していることに他ならない。してみれば,摘記(ア-2)には,「深さ方向の距離であるz位置における吸収係数を決定する際に,そのz位置における指数関数的に減衰した光量分布に基づいて補正する」ことが記載されていることになる。
また,摘記(ア-3)と図12(c)から,超音波検出器基盤は,薄型検出器アレーと変換器アレーを有するものであるから,光音響作用によって発生した超音波は薄型検出器アレーで検出され,変換器アレーで電気信号に変換されていることは明らかである。

これらの記載事項を総合するとともに,引用例1には,以下の発明が記載されていると認められる。
「腫瘍のある乳房が,ガラス窓板と薄型検出器アレーとに挟まれて軽く圧縮されており,
その乳房にパルス光を照射する光源と,
光音響作用によって超音波が発生し,その超音波は乳房の中を通じて伝搬され,光源と反対側にある薄型検出器アレーで検出され,変換器アレーで電気信号に変換され,記録される超音波検出器基盤と,
遅延和ビームフォーミングのアルゴリズムに基づいて,それらの三次元画像を再構成する手段と,
を有する光音響マンモスコープにおいて,
その乳房組織における光の伝搬は,輸送方程式によって表されるものであり,
深さ方向の距離であるz位置における吸収係数を決定する際に,そのz位置における指数関数的に減衰した光量分布に基づいて補正する,光音響マンモスコープ。」(以下「引用発明」という。)

(2)対比・判断
ア 対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
(ア)引用発明の「乳房」及び「腫瘍」は,本願補正発明の「被検体」及び「被検体内の光吸収体」に相当し,引用発明の「ガラス窓板と薄型検出器アレーとに挟まれて軽く圧縮されて」いる「乳房」は,本願補正発明の「固定された被検体」に相当する。
してみれば,引用発明の「腫瘍のある乳房が,ガラス窓板と薄型検出器アレーとに挟まれて緩やかに圧縮されており,その乳房にパルス光を照射する光源」は,本願補正発明の「固定された被検体に光を照射する光源」に相当する。

(イ)上記のとおり,引用発明の「腫瘍」は本願補正発明の「被検体内の光吸収体」に相当し,光が光吸収体で吸収され光音響作用によって超音波が発生するから,引用発明の「光音響作用によって超音波が発生し,その超音波は乳房の中を通じて伝搬され,光源と反対側にある薄型検出器アレーで検出され,変換器アレーで電気信号に変換され,記録される超音波検出器基盤」は,本願補正発明の「前記固定された被検体内の光吸収体が光を吸収することによって発生する音響波を検出して電気信号に変換する音響波検出器」に相当する。

(ウ)引用発明の「遅延和ビームフォーミングのアルゴリズムに基づいて,それらの三次元画像を再構成する手段」について,「遅延和ビームフォーミング」されるものは,「光音響作用によって」「発生し,乳房の中を通じて伝搬され,光源と反対側にある薄型検出器アレーで検出され,変換器アレーで電気信号に変換され」る「超音波」である。そして,この「超音波」は,上記(ア)及び(イ)より,「固定された被検体内部の情報を取得」したものといえるから,引用発明の「遅延和ビームフォーミングのアルゴリズムに基づいて,それらの三次元画像を再構成する手段」は,本願補正発明の「前記電気信号」「から前記固定された被検体内部の情報を取得する信号処理部」に相当している。

(エ)本願補正発明の「測定部が測定した前記外形の情報に基づき、3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式を解くための計算手法により前記固定された被検体内の光量分布を取得」することについて,上記本願明細書には「図2に示すように、被検体情報処理装置が被検体100を固定(挟持)するための固定部材200を備える場合には、固定された被検体の厚み(2つの固定部材間の距離)を測定する測光装置を測定部107として用いる」(【0026】),「測定部107(図2参照)で得られた情報から被検体300の形状(ここでは厚み)を決定し、その形状を基に被検体内の光量分布(光強度分布)306を計算する」と記載されていることから,「測定部が測定した前記外形の情報」とは,「固定された被検体の厚み」を含むものである。してみれば,「外形の情報に基づき」「前記固定された被検体内の光量分布を取得」するとは,被検体の厚みに基づいて被検体内の光量分布を取得することを含むものであり,上記本願明細書の【0007】?【0009】には「被検体の厚さに対して大きな領域に光を照射し、光が被検体内を平面波のように伝播すると仮定した場合、光量の分布(Φ)は次式であらわすことができる。
Φ=Φ_(0)・exp(-μ_(eff)・d_(1)) 式(2)」「d_(1)は光源からの光が照射された被検体上の領域(光照射領域)から被検体内における光吸収体までの距離、つまり光吸収体の深さである。」「このような被検体内部で指数関数的に光が減衰するモデルにおいては式(2)のように、解析解を用いて被検体内の光量を求める」「これにより光照射に対し深さ方向の光量補正を行う」「このような解析解を用いて光量分布を表す」と記載されていることから,本願補正発明は,被検体の深さ方向のd_(1)に基づいて深さ方向の光量補正を行うことにより,被検体の光量分布を得るものを含むことになる。そして,本願補正発明では,「光量分布」「から前記固定された被検体内部の情報を取得する」ことにより,上記本願明細書【0015】に記載されているとおり「被検体内の吸収係数(μ_(a))の分布をより正確に取得することができる」ものである。
一方,引用発明の「深さ方向の距離であるz位置における吸収係数を決定する際に,そのz位置における指数関数的に減衰した光量分布に基づいて補正する」ことについて,z位置とは,引用例の摘記(ア-2)の式(2)の「z」であり,当該式は,上記本願明細書【0004】に記載されている「P_(0)=Γ・μ_(a)・Φ」に上記「Φ=Φ_(0)・exp(-μ_(eff)・d_(1))」を代入したところの「P_(0)=Γ・μ_(a)・Φ_(0)・exp(-μ_(eff)・d_(1))」に対応するものであるから,引用発明の「z」はこの「d_(1)」に相当するといえる。そして,引用発明は「深さ方向の距離であるz位置における吸収係数を決定する」のであるから,引用発明の「光量分布に基づいて補正する」ことは,本願補正発明の「光量分布」「から前記固定された被検体内部の情報を取得する」ことに相当している。
したがって,引用発明の「深さ方向の距離であるz位置における吸収係数を決定する際に,そのz位置における指数関数的に減衰した光量分布に基づいて補正する」ことは,本願補正発明の「外形の情報に基づき」「前記固定された被検体内の光量分布を取得し、前記光量分布」「から前記固定された被検体内部の情報を取得する」ことに相当しているといえる。

(オ)本願補正発明の「3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式を解くための計算手法」について,当該表現自体は本願明細書には記載されていないが,上記第1の「手続の経緯」の平成24年9月24付けの意見書の主張とおり,光の伝搬が一般的な輸送方程式に基づくとの計算手法であるから,本願明細書では,上記(エ)で検討したように,深さ方向すなわち1次元的な光の伝搬をモデルとしており,当該「3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式」には1次元のものが含まれるといえる。してみれば,引用発明の「その乳房組織における光の伝搬は,輸送方程式によって表されるもの」であることは,補願補正発明の「3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式を解くための計算手法」を用いていることに相当するといえる。

(カ)引用発明の「光音響マンモスコープ」は,本願補正発明の「被検体情報処理装置」に相当する。

(キ)してみれば,本願補正発明と引用発明とは,
(一致点)
「固定された被検体に光を照射する光源と,
前記固定された被検体内の光吸収体が光を吸収することによって発生する音響波を検出して電気信号に変換する音響波検出器と,
前記固定された被検体の外形の情報に基づき,3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式を解くための計算手法により前記固定された被検体内の光量分布を取得し,前記光量分布と,前記電気信号とから前記固定された被検体内部の情報を取得する信号処理部と,
を備える被検体情報処理装置。」
の点で一致し,以下の点で相違する。

(相違点)
被検体の外形の情報を得るために,本願補正発明では,「固定された被検体の外形を測定することのできる位置に配置された測定部」を備えているのに対し,引用発明では,このような測定部を備えていない点。

イ 相違点に対する判断
引用発明は「深さ方向の距離であるz位置における吸収係数を決定する際に,そのz位置における指数関数的に減衰した光量分布に基づいて補正する」もので,被検体の深さ方向の距離を求める必要があることは明らかであるから,その距離を「測定することのできる位置に配置された測定部」を備えることは当業者が容易になし得ることであり,上記アの(エ)で検討したように,本願補正発明における固定された被検体の「外形」とは,固定された被検体の「厚み」すなわち被検体の深さ方向の距離d_(1)を含むものであるから,引用発明においても「固定された被検体の外形を測定することのできる位置に配置された測定部」を備えることは,当業者が容易になしえたことといわざるをえない。
そして,その相違点に基づく効果も格別顕著なことではなく,請求人が審判請求の理由で「本願発明は、図2に見られるように、固定された状態にある被検体の外形を測定可能な位置に測定部107が配置されている点に構成上の特徴を有しており、かかる構成により、固定された被検体の外形に基づく光量分布の取得精度向上、ひいては光学特性値分布の取得精度向上という効果を得ています。」と主張している効果も,測定部を「測定することのできる位置に配置」することより精度が上がるという自明の効果に過ぎない。

(3)小括
したがって,本願補正発明は,引用発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。


5 特許法第36条第4項第1号について

本願補正発明が解決しようとする課題は,上記本願明細書の【0010】に記載されているとおり,
「被検体の形状が単純形状でないものや光照射分布が均一でない場合などはこのような解析解モデルで被検体内の光量分布を表すことが出来ない。特に光照射が広範囲で均一に照射されていない場合は、被検体内において照射面に対し面内方向に不均一な光量分布となるため、この不均一性を考慮した光量補正が必要となる。」ことであるから,本願補正発明における「固定された被検体の外形」とは,単純形状でないものであり,上記本願明細書の【0026】に「被検体100の三次元的な形状(例えば厚み)」,「被検体の外形や厚みを算出」と記載されていることに鑑みると,「固定された被検体の外形」とは「厚み」だけでなく,厚みだけでは特定できない複雑形状(単純形状でない)のものを特定する他のパラメータも必要であることは明らかである。
しかしながら,本願明細書で具体的に記載されているのは「固定された被検体の外形」が「厚み」の場合だけであり,上記本願明細書の【0026】に「測定部107としては例えばCCDカメラなどの撮像装置を用いることが出来る」と記載され,そのCCDカメラによって被検体の外形を映像化できるといえるが,そのCCDカメラにより得られる厚み以外の情報として何を利用し,その厚み以外の情報から,どのように複雑形状の光量分布を取得するのかについては,本願明細書には何ら具体的に記載されていない。また,技術常識として「輸送方程式」自体が3次元的な光の伝搬を表わすとしても,上記CCDカメラによって得られた厚み以外の情報をどのように「輸送方程式」適用するかまでは技術常識とはいえない。
よって,本願補正発明の「測定部が測定した前記外形の情報に基づき、3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式を解くための計算手法により前記固定された被検体内の光量分布を取得し、前記光量分布と、前記電気信号とから前記固定された被検体内部の情報を取得する」ことについて,「外形の情報」として「厚み」以外のものについては,発明の詳細な説明が,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいない。
したがって,本願補正発明について,発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないことから,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

6 まとめ
以上のとおり,本件補正は,特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について

1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されることとなるので,本願の請求項1?17に係る発明は,平成24年9月24付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定されるものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりのものである。
「【請求項1】
被検体に光を照射する光源と、
前記被検体内の光吸収体が光を吸収することによって発生する音響波を検出して電気信号に変換する音響波検出器と、
前記被検体の外形を測定する測定部と、
前記測定部が測定した前記被検体の外形の情報に基づき、3次元的な光の伝搬を表わす輸送方程式を解くための計算手法により前記被検体内の光量分布を取得し、前記光量分布と、前記電気信号とから前記被検体内部の情報を取得する信号処理部と、
を備えることを特徴とする被検体情報処理装置。」

2 本願明細書又は図面
本件補正が却下されることになるが,上記第2の3で摘記した本願明細書及び本願図面については,【0031】の「測定部107(図2参照)」が「測定部107(図1,図2参照)」に戻る以外,変わらないものである。

3 特許法第29条第2項について
(1)引用刊行物及びその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である上記引用例1の記載事項は,上記第2の4の(1)「引用刊行物及びその記載事項」に記載したとおりである。

(2)対比・判断
上記第2の2「補正事項について」に記載したとおり,本願補正発明は,本願発明にさらに限定事項を追加したものであるから,本願発明は,本願補正発明から限定事項を省いた発明といえる。その本願補正発明が,前記第2の4の(2)「対比・判断」に記載したとおり,引用発明に基いて,当業者が容易に発明することができたものである以上,本願発明も同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 特許法第36条第4項第1号について
本願発明は,上記のとおり,本願補正発明から限定事項を省いた発明であり,本願補正発明を含むものである。そして,本願発明に対応する発明の詳細な説明の記載内容は,上記2で指摘したとおり,本願補正発明のものと実質的に変わらないものである。してみれば,本願補正発明についての発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない以上,本願発明についての発明の詳細な説明の記載も特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているとはいえない。


第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,また,本願発明についての発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないことから,その余の請求項に係る発明について言及するまでもなく,本願は,拒絶されるべきものである。

よって,結論のとおり,審決する。
 
審理終結日 2014-06-16 
結審通知日 2014-06-17 
審決日 2014-06-30 
出願番号 特願2008-260885(P2008-260885)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61B)
P 1 8・ 575- Z (A61B)
P 1 8・ 121- Z (A61B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 右▲高▼ 孝幸  
特許庁審判長 神 悦彦
特許庁審判官 信田 昌男
三崎 仁
発明の名称 被検体情報処理装置および被検体情報処理方法  
代理人 和久田 純一  
代理人 中村 剛  
代理人 川口 嘉之  
代理人 世良 和信  
代理人 坂井 浩一郎  
代理人 丹羽 武司  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ