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審決分類 |
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01S 審判 全部無効 1項3号刊行物記載 H01S 審判 全部無効 2項進歩性 H01S |
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管理番号 | 1291842 |
審判番号 | 無効2011-800203 |
総通号数 | 179 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2014-11-28 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2011-10-07 |
確定日 | 2014-09-30 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第4180107号発明「窒化物系半導体素子の製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 本件の概要及び経緯 1 本件の概要 本件は、請求人(日亜化学工業株式会社)が、被請求人(三洋電機株式会社)が特許権者である特許第4180107号(以下、「本件特許」という。特許登録時の請求項の数は10である。)の請求項1?10に係る発明についての特許を無効とすることを求める事案である。 なお、本審決において、摘記箇所を行により特定する場合、行数は空行を含む。 2 出願の経緯概要 本件特許の出願の経緯概要は、次のとおりである。 平成14年 3月26日 先の出願(特願2002-85085号) 平成15年 3月19日 原々出願(優先権主張、特願2003-74966号) 平成18年12月25日 原出願(分割出願、特願2006-348161号) 平成20年 3月24日 本件出願(分割出願、特願2008-76844号)(以下、「本願」という。) 平成20年 6月20日 手続補正書 平成20年 7月18日 特許査定 平成20年 9月 5日 設定登録(特許第4180107号) 平成20年11月12日 特許公報発行 3 本件審判の経緯 本件審判の経緯は、次のとおりである。 平成23年10月 7日 特許無効審判請求 平成23年12月26日 答弁書 平成24年 2月24日 審理事項通知書(合議体) 平成24年 3月28日 口頭審理陳述要領書(請求人) 平成24年 4月11日 口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成24年 4月25日 口頭審理 平成24年 5月14日 上申書(請求人) 平成24年 5月28日 上申書(被請求人) 平成24年 6月12日 上申書(請求人) 第2 両当事者の主張の概要 1 請求人の主張の概要 請求人は、「特許第4180107号の請求項1ないし10に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、本件特許は次の理由により無効とすべきものであると主張している。 (1)新規性・進歩性欠如(以下、「無効理由1」という。) 本件特許の請求項1ないし10に係る発明は、本件特許の出願日前に頒布された原々出願の公開公報(特開2004-6718号公報、甲第3号証)に記載された発明と同一であるか、原々出願の公開公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1ないし10に係る発明は、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、又は同法同条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきである。 (2)特許請求の範囲の記載不備(以下、「無効理由2」という。) 本件特許の請求項1ないし10に係る発明は、その特許請求の範囲に特許を受けようとする発明を明確に記載したものとはいえないから、特許法第36条第6項第1号又は第2号に規定する要件を満たしておらず、その特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とすべきである。 (3)証拠方法 請求人が提出した甲第1号証ないし甲第25号証(以下、それぞれ「甲1」?「甲25」という。)は次のとおりである。 甲1:特許第4180107号公報(本件特許) 甲2:特願2003-74966号(原々出願)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、「原々出願の当初明細書等」という。) 甲3:特開2004-6718号公報(原々出願の公開公報) 甲4:特願2006-348161号(原出願)の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面(以下、「原出願の当初明細書等」という。) 甲5:拒絶理由通知書(原出願:平成19年8月10日付け) 甲6:手続補正書(原出願:平成19年10月15日付け) 甲7:特許第4148976号公報(原出願特許公報) 甲8:高橋清ら監修、「半導体・金属材料用語辞典」、株式会社工業調査会、1999年9月20日発行、857?858ページ、奥付 甲9:半導体用語大辞典編集委員会編、「半導体用語大辞典」、株式会社日刊工業新聞社、1999年3月20日発行、731?732ページ、奥付 甲10:特開2003-51614号公報 甲11:特開2001-313422号公報 甲12:特開2001-322899号公報 甲13:拒絶理由通知書(原々出願:平成18年10月19日付け) 甲14:意見書(原々出願:平成18年12月25日付け) 甲15:報告書(1)(平成24年3月13日、請求人従業者作成) 甲16:報告書(2)(平成24年3月19日、請求人従業者作成) 甲17:特開平5-145117号公報 甲18:特開2010-67858号公報 甲19:特開2001-176823号公報 甲20:特開2001-85736号公報 甲21:平田照二著、「わかる半導体レーザの基礎と応用」、CQ出版株式会社、2001年11月20日発行、112?131ページ、奥付 甲22:奥野保男著、「発光ダイオード」、産業図書株式会社、平成5年1月20日発行、106?113ページ、奥付 甲23:口頭審理における技術説明で請求人が用いた資料 甲24:陳述書(4)(平成23年6月13日、被請求人従業者作成)、(平成23年(ワ)第26676号特許権侵害差止損害賠償等請求事件(原告 三洋電機株式会社、被告 日亜化学工業株式会社)の甲第14号証) 甲25:報告書(平成24年5月7日、請求人従業者作成) 2 被請求人の主張の概要 被請求人は、「本件請求は成り立たない。」との審決を求め、請求人が主張する無効理由はいずれも存在しないと主張している。 被請求人が提出した乙第1号証ないし乙第9号証(以下、それぞれ「乙1」?「乙9」という。)は次のとおりである。 乙1:意見書(原出願:平成19年10月15日付け) 乙2:国際科学振興財団編、「科学大辞典」、丸善株式会社、昭和60年3月5日発行、428ページ、947ページ、奥付 乙3:特開平6-244112号公報 乙4:特開昭60-117742号公報 乙5:陳述書(平成24年4月10日、被請求人従業者作成) 乙6:分析結果報告書(平成24年2月14日、株式会社UBE科学分析センター作成) 乙7:口頭審理における技術説明で被請求人が用いた資料 乙8:陳述書(平成24年5月21日、被請求人従業者作成) 乙9:Shuji Nakamuraら著、「InGaN-Based Multi-Quantum-Well-Structure Laser Diodes」、Jpn.J.Appl.Phys.Vol.35、Part 2、No.1B、1996年1月15日発行、L74?L76ページ 第3 本件特許発明に対する当審の判断 1 本件特許発明 本件特許の請求項1?10に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明10」という。)は、明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。 「 【請求項1】 n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層の上面上に、活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と、 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と、 前記第1工程及び前記第2工程の後、前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする第3工程と、 その後、前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に、n側電極を形成する第4工程とを備え、 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm^(2)以下とする、窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項2】 前記第1半導体層の裏面は、前記第1半導体層の窒素面である、請求項1に記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項3】 前記第3工程により、前記転位密度は、1×10^(6)cm^(-2)以下に低減される、請求項1又は2に記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項4】 前記第3工程により、前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が0.5μm以上除去される、請求項1?3のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項5】 前記基板は、成長用基板上に成長することを利用して形成されている、請求項1?4のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項6】 前記第1工程によって前記第1半導体層の上面上に前記第2半導体層を形成した後に、前記第2工程によって前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工を行う、請求項1?5のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項7】 前記第1半導体層及び前記第2半導体層を劈開することにより、共振器端面を形成する第5工程をさらに備える、請求項1?6のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項8】 前記第1半導体層は、HVPE法により形成される、請求項1?7のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項9】 前記第2半導体層は、MOCVD法により形成される、請求項1?8のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項10】 前記第1半導体層は、前記第2工程により180μm以下の厚みになるまで厚み加工される、請求項1?9のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。」 2 無効理由1(新規性・進歩性欠如) (1)審判請求書において、請求人は、本件特許は、出願の分割の実体的要件を満たしていない違法な分割出願に基づいており、その出願日は原々出願(特願2003-74966号)の出願日までは遡及せず、遡ってもせいぜい原出願(特願2006-348161号)の出願日までであり、したがって、原々出願の公開公報(甲3)に記載された発明に照らして新規性・進歩性が欠如すると主張している。 出願の分割の実体的要件を満たしていないとの論旨は、要するに、 『原々出願当初明細書には、「研磨により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下」とし、n側電極とのコンタクト抵抗を低減する手段としては、「反応性エッチング」、「反応性イオンエッチング(RIE)」等のドライエッチングやウエットエッチングにより、n型GaN基板(窒素面)の裏面近傍の領域を除去することの記載しかな』く(審判請求書11ページ21?26行)、 『これに対し、本件特許の請求項1乃至10に係る発明は、「研磨により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領域を除去」する手段に何ら限定がなく、反応性エッチング、反応性イオンエッチング(RIE)、ウエットエッチングなどの「エッチング」以外に、機械的研磨作用を伴うケミカル・メカニカル・ポリッシング(CMP)、さらには機械的研磨までを含む広い内容となっているから、明らかに原々出願当初明細書に記載された事項の範囲を超えている。』(審判請求書12ページ9?14行) というものである。 (2)ところが、原々出願の当初明細書等(甲2)の【0058】には、 「また、Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約1μmの厚み分だけ除去した試料4では、Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約0.5μmの厚み分だけ除去した試料3よりも、低いコンタクト抵抗を得ることができた。これは、約0.5μmの厚み分の除去では、機械研磨により発生した結晶欠陥を含むn型GaN基板の裏面近傍の領域を十分に除去することができなかったためであると考えられる。これらの試料において、n型GaN基板の裏面の結晶欠陥(転位)密度を、TEM分析により測定したところ、試料3の結晶欠陥密度は1×10^(9)cm^(-2)であった。一方、試料4では、観察した視野中に結晶欠陥は観察されず、結晶欠陥密度は1×10^(6)cm^(-2)以下であった。したがって、RIE法によりn型GaN基板の裏面を約1.0μm以上の厚み分除去するのが好ましい。」 との記載がある。つまり、原々出願の当初明細書等には、n型GaN基板の裏面を機械研磨したことにより該裏面近傍に集中して発生した結晶欠陥(転位を含む)領域を、約0.5μmの厚みで除去した場合(試料3)と、その倍の約1.0μmの厚みで除去した場合(試料4)とを比べ、試料4の方が転位密度が3桁も低くなり、その結果、試料4の方がより低いコンタクト抵抗が得られたことが記載されていたものと認められる。 (3)当業者が当該記載に接すれば、試料4において試料3に比べて転位密度がより低くなりコンタクト抵抗がより低くなるという結果は、機械研磨によって生じた転位を含む領域が比較的に厚く(多く)除去された、すなわち転位そのものがより多く除去されたことによってもたらされたものであって、従ってその場合の除去手段がエッチングか他の手段であるかは関係がない、ということを理解することができる。 してみれば、「研磨により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領域を除去」する手段について、特定の方法(エッチング)に限定されない除去手段は、当初明細書等の記載から当業者にとって自明な事項であったといえる。 (4)また、審判請求人は、念のための補足として、 『原出願の出願時の特許請求の範囲には、請求項1に「転位を低減する工程」、請求項3に「前記転位を低減する工程は、前記基板の裏面側を0.5μm以上除去する工程を含む」と記載されており、その明細書の記載は原々出願当初明細書と実質上同一であったところ(甲第4号証)、審査官からの平成19年8月10日付(起案日)拒絶理由通知(甲第5号証)において、「基板の裏面近傍の転位を低減する工程について何ら規定がないために、あらゆる方法を包含しているが、発明の詳細な説明には特定の方法しか記載されていない。よって、請求項1-3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」との指摘がされたため、出願人はこの指摘を受け入れて、請求項の記載に「基板の裏面側を0.5μm以上エッチング除去する」との文言を付加する補正をし(甲第6号証)、その後にも更なる補正をして、最終的に請求項の記載に「基板の裏面側を0.5μm以上エッチング除去することにより、前記研磨により発生した転位を含む裏面近傍の領域を除去する」(下線は請求人による付加)との限定を記載することによって、原出願の特許査定を得たという経緯がある(甲第7号証)。 前記の経緯からしても、原々出願当初明細書には、n型GaN基板の裏面近傍の領域を除去して転位密度を低減させ、コンタクト抵抗を低減させる手段として、「エッチング」以外のものは記載されていなかったことが明らかである。』(審判請求書12ページ20行?13ページ9行) とも主張している。 (5)しかし、原出願に対する平成19年8月10日付け拒絶理由通知書(甲5)における審査官の指摘は、請求項1の「基板の裏面近傍の転位を低減する工程」という記載が、基板の裏面近傍の転位を低減するという、いわゆる作用的記載であって、あらゆる方法を包含するが、発明の詳細な説明には転位を低減するための方法としては転位を含む領域を除去する方法しか記載されていないことを問題にした特許法第36条第6項第1号に規定する要件違反(いわゆるサポート要件違反)の指摘であると考えられる。これに対し、出願人は、転位を低減する工程という広すぎる記載を削除することによってサポート要件違反の拒絶理由を解消し、一方、前記拒絶理由通知書において同時に通知されていた新規性・進歩性欠如の拒絶理由を解消するために、請求項1に「0.5μm以上エッチング除去する」との限定を導入したものである。以上の経緯は、平成19年10月15日付け意見書(乙1)の記載内容から明らかである。 (6)したがって、原出願において、出願人は、サポート要件違反を解消するために、「基板の裏面近傍の転位を低減する工程」を「基板の裏面側を0.5μm以上エッチング除去する工程」に限定したのではないから、前記原出願の審査経緯は、原出願や原々出願の当初明細書等に除去手段としてエッチング以外のものは記載されていなかったとの根拠にはならない。 (7)さらに、請求人は、『原々出願の当初明細書には、研磨により生じた「結晶欠陥」をエッチングする発明が記載されているだけで、「研磨により生じた転位」を除去する発明は記載されていない。』と主張している(口頭審理陳述要領書20ページ5行?7行)。 しかし、研磨により転位が生じることは被請求人が乙5、乙6をもって証明したとおりである。さらに、甲9に「結晶が応力を受けて塑性変形する場合、通常、最密原子面に沿って原子がすべることにより応力を解放する。すべりはすべての原子が同時に結合を切る必要はなく、まず線状にボンドが切断され(転位)・・・」とあり、また、例えば、乙3(【0019】【0020】)、乙4(2ページ右下欄15行?3ページ左上欄4行)には、研磨により発生する欠陥に「転位」が含まれる旨の記載があり、本件特許の出願当時、結晶が研磨時に受ける応力により転位が発生することは当業者に知られていたとともに、「転位」は薄膜の形成過程で生じる線状の格子欠陥のみをいうのではなく、研磨により発生する欠陥のうちの線状の格子欠陥も当業者が「転位」と称呼していた場合があったものと認められる。 してみれば、原々出願の当初明細書の結晶欠陥を含むn型GaN基板の裏面近傍の領域を除去する旨の記載(【0058】等)は、研磨により生じた原子レベルより大きな結晶欠陥(例えばクラック)に加えて研磨により生じた転位をも除去していることを意味していたといえるから、請求人の主張は失当である。 (8)また、原々出願の出願当初の請求項13は、明確に「転位密度」の数値を規定しており、原々出願の当初明細書の【0027】には、当該規定の技術的意義が「結晶欠陥(転位)を低減することができる」ということである旨が記載されている。前記(7)に記載した事情を踏まえて、当該【0027】の記載を読むと、転位密度が規定された数値となるような位置まで、研磨面を除去することで、研磨により生じた転位を充分低減できるという意味に解するのが合理的である。 したがって、この点からも、原々出願の当初明細書には、「研磨により生じた転位」を除去する発明が記載されていたといえるから、請求人の主張は失当である。 (9)(2)?(8)のとおり、本件特許がその出願時に出願の分割の実体的要件を満たしていなかったとすべき根拠は見出せない。そうすると、本件特許は違法な分割出願に基づくものとはいえず、その出願日は原々出願の出願日に遡及するから、該遡及した出願日後に公開された甲3(原々出願の公開公報)に記載された発明と本件特許発明との対比については、検討するまでもないといわざるを得ない。 (10)無効理由1(新規性・進歩性欠如)についてのまとめ 以上のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし10に係る発明の新規性及び進歩性については、少なくとも原々出願の公開公報に記載された発明に基づく限りにおいては、これらが欠如するということはできない。 3 無効理由2(記載不備) (1)請求人の主張 A 請求人は、本件特許請求の範囲の記載について、 『本件請求項には、「研磨により発生した転位」ともあるが、上述のとおり、「転位」は、通常、薄膜の形成過程で生じる線状の格子欠陥をいうのであって、「研磨により発生する」のは、当業者が「ダメージ層」と称呼している層であるから、「研磨により発生する」のは、せめて「結晶欠陥」(この用語は多義語であるが、ここでは、転位を含め、結晶に欠陥が生じているあらゆる状態を含む広い意味で述べている。)とでも特定されるべきであって、少なくとも「転位」ではない。』(審判請求書16ページ22行?17ページ1行)、 『請求項では「転位」という一般的な用語を使用しながら、その用語が通常の意味で使用されているのかどうかを含め、その意味しているところが理解できないものとなっている。』(審判請求書17ページ11?13行) と、また、本件明細書の発明の詳細な説明の記載については、 『本来的に概念が異なるはずの「結晶欠陥」と「転位」とをあたかも同義であるかのように使用しており、その意味内容が理解できるようには記載されていない。』(審判請求書17ページ19?21行) などと、特許請求の範囲及び/又は発明の詳細な説明に記載不備があるとし、そのため請求項1乃至10に係る特許発明が不明確である(特許法第36条第6項第2号違反)か、又は、請求項と発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果両者の対応関係が不明瞭である(特許法第36条第6項第1号違反)、と主張している。 B また、請求人は、 『本件明細書に記載されているのは、「研磨により発生した結晶欠陥」を含む領域をエッチングで除去して「結晶欠陥」を低減することでコンタクト抵抗を低下させる発明であるのに対し、本件発明は、「研磨により発生した転位」を含む領域を除去して「転位密度」を一定以下の値とすることでコンタクト抵抗を低下させる発明となっているところ、技術的意味における「結晶欠陥」と「転位」が同義でないことは、本件において争いがない事項である(中略)。このことを前提とするなら、「結晶欠陥・・を除去する」ことと「転位・・・を除去する」ことは、明らかに意味が異なるから、明細書に記載された発明と本件発明は、対応しておらず、この点のみを取り上げても、本件発明は、本件明細書に記載された発明ではない。』(口頭審理陳述要領書4ページ5行?14行) などとも主張している。 C さらに、請求人は、口頭審理において、本件特許明細書【0009】?【0012】には、発明が解決しようとする課題として、「・・・特許文献1に開示された従来の方法では、n型GaN基板の裏面を機械研磨する際に、n型GaN基板の裏面近傍に応力が加わる・・・ため、n型GaN基板の裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥が発生する・・・結果、n型GaN基板と、n型GaN基板の裏面(窒素面)上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加する・・・という問題点があった。・・・この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の1つの目的は、窒化物系半導体基板などの窒素面と電極とのコンタクト抵抗を低減することが可能な窒化物系半導体素子の製造方法を提供することである。」(下線は当審で付与。)と記載されていることをもって、課題がクラックに起因する問題であるのだから、その解決手段が転位を含む領域の除去であるとすると、矛盾が生じると主張している。 D そこで、まず、請求項の記載がそれ自体で明確かどうか、及び、特許明細書又は図面中の請求項の用語についての説明によって請求項の記載が不明確にならないか(特許法第36条第6項第2号関係)を検討し、次いで、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否か(特許法第36条第6項第1号関係)について検討する。 (2)請求項の記載がそれ自体で明確かどうか 「転位」という用語は、甲8、甲9、乙2のような辞典にも掲載されている用語であって、本件特許の出願当時(遡及して原々出願の出願日の当時。以下、この審決において同様。)、広く用いられていた用語であることは明らかである。 また、「転位密度」という用語も、例えば、特開2000-340511号公報(【0005】参照。)、特開2000-223779号公報(【0024】参照。)、特開2000-223790号公報(【0026】参照。)、特開2001-102690号公報(【0011】参照。)(これらの公報を以下、「周知例」という。)で用いられている用語であって、本件特許の出願当時、当業者が慣用していた用語であることは明らかである。 さらに、請求人は、用語の点以外には、具体的に請求項のどの記載が不明確であるといった指摘をしておらず、また、当審でも請求項の記載中にそれ自体が明確でない記載を見出していない。 よって、請求項の記載がそれ自体で明確でないとすることはできない。 (3)特許明細書又は図面中の請求項の用語についての説明によって請求項の記載が不明確にならないか A 請求項の「転位」及び「転位密度」という用語が前記(2)の辞典や周知例で用いられているのと同じ意味で用いられているとすると、特許明細書又は図面中の「転位」や「転位密度」についての説明によって矛盾が生じ、その結果、請求項の記載が不明確にならないか、について検討する。 本件特許明細書又は図面中に、「転位」又は「転位密度」について、直接的に、これらの用語を定義しようとする記載や、これらの用語の意味を説明しようとする記載はない。 そこで、本件特許明細書中で、「転位」又は「転位密度」の用語が使用されている箇所を摘記すると次のようになる。なお、下線は当審で付した。 ア 「【0003】 通常、窒化物系半導体レーザ素子を形成する場合、絶縁性のサファイア基板が用いられる。しかし、サファイア基板上に、窒化物系半導体層を形成する場合、サファイア基板と窒化物系半導体層との格子定数の差が大きいので、窒化物系半導体層内に格子定数の差に起因した多数の結晶欠陥(転位)が発生するという不都合があった。その結果、窒化物系半導体レーザ素子の特性が低下するという問題点があった。」 イ 「【0014】 上記目的を達成するために、この発明の窒化物系半導体素子の製造方法は、n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層の上面上に、活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と、前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と、前記第1工程及び前記第2工程の後、前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする第3工程と、その後、前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に、n側電極を形成する第4工程とを備え、前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm^(2)以下とする。」 ウ 「【0027】 上記の局面による窒化物系半導体素子において、好ましくは、第1半導体層のn側電極との界面近傍における転位密度は、1×10^(9)cm^(-2)以下である。このように構成すれば、第1半導体層のn側電極との界面近傍における結晶欠陥(転位)を低減することができるので、第1半導体層のn側電極との界面におけるコンタクト抵抗を低減することができる。」 エ 「【0049】 ここで、上記したエッチングによる効果を確認するために、エッチング前後におけるn型GaN基板1の裏面の結晶欠陥(転位)密度を、TEM(Transmission Electron Microscope)分析により測定した。その結果、エッチング前には、結晶欠陥密度は、1×10^(10)cm^(-2)以上であったのに対して、エッチング後には、結晶欠陥密度は、1×10^(6)cm^(-2)以下にまで減少していることが判明した。また、エッチング後のn型GaN基板1の裏面近傍の電子キャリア濃度を、エレクトロケミカルC-V測定濃度プロファイラーにより測定した。その結果、n型GaN基板1の裏面近傍の電子キャリア濃度は、1.0×10^(18)cm^(-3)以上であった。これにより、RIE法によるエッチングによって、裏面近傍の電子キャリア濃度を、n型GaN基板1の基板キャリア濃度(5×10^(18)cm^(-3))と同程度にできることがわかった。」 オ 「【0061】 また、Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約1μmの厚み分だけ除去した試料4では、Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約0.5μmの厚み分だけ除去した試料3よりも、低いコンタクト抵抗を得ることができた。これは、約0.5μmの厚み分の除去では、機械研磨により発生した結晶欠陥を含むn型GaN基板の裏面近傍の領域を十分に除去することができなかったためであると考えられる。これらの試料において、n型GaN基板の裏面の結晶欠陥(転位)密度を、TEM分析により測定したところ、試料3の結晶欠陥密度は1×10^(9)cm^(-2)であった。一方、試料4では、観察した視野中に結晶欠陥は観察されず、結晶欠陥密度は1×10^(6)cm^(-2)以下であった。したがって、RIE法によりn型GaN基板の裏面を約1.0μm以上の厚み分除去するのが好ましい。」 B まず、「結晶欠陥(転位)」(【0003】【0027】)又は「結晶欠陥(転位)密度」(【0049】【0061】)なる記載について検討する。 a 乙2に、「転位」は「格子欠陥」の下位概念であり、また、「格子欠陥」は「結晶欠陥」ともいうことが示されており、甲8、甲9も同様のことを示しているから、「転位」は「結晶欠陥」の下位概念として、本件特許の出願当時広く用いられていた用語であると認められる。 なお、請求人も、 『「結晶欠陥」(この用語は多義語であるが、ここでは、転位を含め、結晶に欠陥が生じているあらゆる状態を含む広い意味で述べている。)』(審判請求書16ページ25行?17ページ1行、下線は当審が付与。) といっていることから、少なくとも「転位」が「結晶欠陥」の下位概念として用いられる場合があることは認めている。 したがって、本件特許明細書においても、「結晶欠陥(転位)」なる用語は、結晶欠陥のうち特にその下位概念である「転位」を表す場合に用いられていると通常は考えられる。 b そこで、「結晶欠陥(転位)」なる用語は結晶欠陥のうち特にその下位概念である「転位」を表す、と解しても、技術的におかしな点や矛盾が生じないかを検討する。 まず、【0003】については、サファイア基板上に窒化物系半導体層を形成する場合、サファイア基板と窒化物系半導体層との格子定数の差に起因した転位が窒化物系半導体層内に発生することは、請求人も認めている(審判請求書16ページ23行参照。)とおり、本件特許の出願当時当業者に知られていた事項であり、したがって、「結晶欠陥(転位)」は「転位」を表すと解しても技術的に特段おかしな点は生じない。 次に、【0049】【0061】については、転位がTEM(Transmission Electron Microscope)で観察できることは被請求人が証拠(乙5、乙6)をもって証明したとおり客観的事実と認められるから、「結晶欠陥(転位)」は「転位」を表すと解して、転位密度をTEM分析により測定した旨の記載になること自体には技術的におかしな点はない。 c ただし、【0049】【0061】において、「結晶欠陥(転位)密度」の記載の直後に、「結晶欠陥密度」なる記載があることから、請求人が主張するように、本件特許明細書は、「結晶欠陥」イコール「転位」との認識で記載されているのではないかとの疑念が生じる余地がまったくないとはいえない。 しかしながら、【0049】【0061】の「結晶欠陥(転位)密度」の直後の「結晶欠陥密度」も、文脈を考えれば、転位密度の意に解すべきであり、【0049】【0061】の「結晶欠陥密度」は、本来は、「結晶欠陥(転位)密度」と記載すべきものだったところ、繰り返し記載の煩雑を避けて「(転位)」を省略したものとみるべきである。 d 前記b、cのとおり、本件特許明細書の「結晶欠陥(転位)」なる用語は、結晶欠陥のうち特にその下位概念である「転位」を表すと解しても、技術的におかしな点や矛盾は生じない。 そして、特許明細書中の【0003】【0027】【0049】【0061】の記載によっても請求項の記載が不明確になっているとはいえない。 C 次に、「転位密度」と記載されている箇所(【0014】【0027】)について検討する。 【0014】【0027】では、その値が「1×10^(9)cm^(-2)以下」と記載されており、「転位密度」の単位として「cm^(-2)」が使われている。この「cm^(-2)」(=/cm^(2))という単位は、単位断面積(1cm^(2))当たりを通過する転位の本数を表すと考えられ、線状の格子欠陥(結晶欠陥)である転位の密度を測る単位として極めて妥当なものであると認められる。 しかも、前記(2)に示した周知例のいずれにおいても、転位密度の単位として「cm^(-2)」が用いられている。 してみれば、本件特許明細書において「転位密度」の用語は、本件特許の出願当時、当業者が通常使用していたとおりの意味で用いられていることは明らかであり、したがって、特許明細書中の【0014】【0027】の記載によって請求項の記載が不明確になっているとはいえない。 D よって、特許明細書又は図面中の請求項の用語についての説明によって請求項の記載が不明確になってはいない。 (4)請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否か A 発明が解決しようとする課題については、請求人は、本件特許明細書【0009】等の記載から、課題はクラックに起因する問題であると主張している(前記3(1)C参照。)。 しかし、発明が解決しようとする課題は、必ずしも、明細書中の【発明が解決しようとする課題】と題された箇所(本件特許明細書においては【0009】?【0012】)の記載のみから把握すべきものでなく、明細書の他の箇所の記載も斟酌して把握すべきである。そして、【0061】の記載から、転位密度とコンタクト抵抗の間に関係があることが理解できるから、【0009】の「クラックなどの微細な結晶欠陥」の「など」には「転位」が含まれると善解することができる。 B してみれば、本件特許発明について、発明が解決しようとする課題は、n型GaN基板の裏面を機械研磨する際に、n型GaN基板の裏面近傍に応力が加わるため、n型GaN基板の裏面近傍に転位が発生する結果、n型GaN基板と、n型GaN基板の裏面(窒素面)上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加するという問題を解決することであり、請求項1には、その解決手段を反映して「研磨により発生した転位を含む(前記)第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする(第3)工程」が記載されているといえる。 C そもそも、転位密度が請求項1に規定の数値(1×10^(9)cm^(-2))となる位置(深さ)まで研磨面を除去すれば、それに伴って転位以外のクラック等の結晶欠陥が多数生じている(浅い)領域が除去されることは明らかであるから、本件特許発明が請求人が主張する課題(クラックに起因する問題)を解決できないということもできない。 D さらに、前記(3)で検討したとおり、請求項と発明の詳細な説明に記載された用語(「転位」、「転位密度」)が不統一であるとはいえず、したがって、両者の対応関係が不明瞭であるともいえない。 E よって、請求項に係る発明は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではない。 (5)本件特許明細書の記載に、例えば、【0009】の「クラックなどの微細な結晶欠陥」なる記載と解決手段の対応関係がわかりにくい(前記(4)A参照。)とか、【0049】【0061】で「結晶欠陥」と「結晶欠陥(転位)」が正確に書き分けられていないのではないか(前記(3)B、c参照。)といった問題があるとしても、本件特許明細書の全体的な記載は、当業者が本件特許の技術的意義を誤解したり、技術的思想の把握に支障を来たすほどに不明瞭なものとはいえず、したがって、本件特許を無効とすべきほどの瑕疵があるとはいえない。 (6)結論として、本件特許の特許請求の範囲の記載に関する、 『「研磨により発生する」のは、・・・「転位」ではない』(審判請求書16ページ25行?17ページ1行) 『請求項では「転位」という一般的な用語を使用しながら、その用語が通常の意味で使用されているのかどうかを含め、その意味しているところが理解できないものとなっている』(審判請求書17ページ11行?13行) 『本来的に概念が異なるはずの「結晶欠陥」と「転位」とをあたかも同義であるかのように使用しており、その意味内容が理解できるようには記載されていない』(審判請求書17ページ19?21行) という請求人の指摘はいずれも当たらず、特許請求の範囲の記載について請求人が主張するような明確性要件違反の問題やサポート要件違反の問題はないといわざるを得ない。 (7)無効理由2(特許請求の範囲の記載不備)についてのまとめ 以上のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし10に係る発明は、その特許請求の範囲に特許を受けようとする発明を明確に記載しており、また、その特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載したものであり、特許法第36条第6項第1号又は第2号に規定する要件を満たしているといえる。 第4 むすび 以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1?10についての特許を無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2012-06-29 |
結審通知日 | 2012-07-05 |
審決日 | 2012-07-20 |
出願番号 | 特願2008-76844(P2008-76844) |
審決分類 |
P
1
113・
113-
Y
(H01S)
P 1 113・ 537- Y (H01S) P 1 113・ 121- Y (H01S) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 橿本 英吾 |
特許庁審判長 |
西村 仁志 |
特許庁審判官 |
金高 敏康 清水 康司 |
登録日 | 2008-09-05 |
登録番号 | 特許第4180107号(P4180107) |
発明の名称 | 窒化物系半導体素子の製造方法 |
代理人 | 今田 瞳 |
代理人 | 蟹田 昌之 |
代理人 | 堀籠 佳典 |
代理人 | 牧野 知彦 |
代理人 | 鷹見 雅和 |
代理人 | 尾崎 英男 |
代理人 | 豊岡 静男 |
代理人 | ▲廣▼瀬 文雄 |
代理人 | 加治 梓子 |
代理人 | 古城 春実 |