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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1292995
審判番号 不服2012-16469  
総通号数 180 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-12-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-08-24 
確定日 2014-10-15 
事件の表示 特願2007-540655「顔面紅潮の治療のためのSミルタザピン」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 5月18日国際公開、WO2006/051111、平成20年 6月12日国内公表、特表2008-519810〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、国際出願日である平成17年11月14日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2004年11月15日、(EP)欧州特許庁)を出願日とする特許出願であって、平成20年10月28日に手続補正書が提出され、平成23年10月25日付けで拒絶理由が通知され、平成24年2月29日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年4月20日付けで拒絶査定がなされた。これに対し、平成24年8月24日に拒絶査定不服審判が請求され、同年10月11日に審判請求書の手続補正書(方式)が提出されたものである。

2.本願発明
本願の請求項1に係る発明は、平成20年10月28日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのもの(以下、「本願発明」という。)と認められる。

「顔面紅潮の治療のための薬剤の製造のためのSミルタザピンの使用。」

3.原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由は、本願発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明であるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものであり、刊行物として以下の引用文献1乃至7を引用するものである。

引用文献1 Maturitas,(2000),36,p.165-8
引用文献2 J.Supportive Oncology,(2004),2(1),p.50-6
引用文献3 European J.Pharmacology,(2003),482(1-3),p.329-333
引用文献4 J.Chromatography B,(2004),809,p.351-6
引用文献5 Neuropharmacology,(1994),33(3/4),p.501-7
引用文献6 Neuropharmacology,(1988),27(4),p.399-408
引用文献7 Life Sciences,(1994),54(10),p.641-4

4.当審の判断
(1)引用文献の記載事項
(1-1)
平成23年10月25日付け拒絶理由通知書で引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物であるMaturitas,(2000),36,p.165-8(引用文献1)には、以下の事項が記載されている。なお、原文は英語であり、訳は当審による。

「概要
目的:女性の顔面紅潮の程度と発汗に対するミルタザピンの効果を評価すること 方法:日量15-30mgのミルタザピンによる顔面紅潮の処置中、二人の女性において鬱症状の改善が発見された。鬱症状のない二人の顔面紅潮の患者に対しても同様にミルタザピンの処置を行った。結果:4つの事例とも処置開始後一週間でほぼ完全に顔面紅潮及び関連する発汗が解消した。結論:ミルタザピンは、顔面紅潮と発汗に対して実質的な改善効果を有するように思われる。顔面紅潮の軽減は、ミルタザピンの5-HT_(2A)遮断特性で説明できると仮定された。加えて、顔面紅潮及び発汗の発症にセロトニン作動系が関与していると仮定された。プラセボ対照二重盲法を用いてさらに評価されることが期待される。」(165頁、Abstract)

(1-2)
平成23年10月25日付け拒絶理由通知で引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物であるJ.Chromatography B,(2004),809,p.351-6(引用文献4)には、以下の事項が記載されている。なお、原文は英語であり、訳は当審による。

「ミルタザピンの薬力学及び薬物動態学は、そのエナンチオマーの力学パラメータや効果における相違によって示されるようにエナンチオ選択的であるように思われる。ミルタザピンのエナンチオマーは、受容体に対し異なる親和性を示す。ミルタザピンのα_(2)自己受容体と5-HT_(2)遮断効果は、主として(+)-(S)-エナンチオマーによるものであるのに対し、α_(2)ヘテロ受容体と5-HT_(3)型受容体アンタゴニスト活性は、(-)-(R)-エナンチオマーの方が優性である。」(351頁右下欄5-13行)

(1-3)
平成23年10月25日付け拒絶理由通知で引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物であるNeuropharmacology,(1994),33(3/4),p.501-7(引用文献5)には、以下の事項が記載されている。なお、原文は英語であり、訳は当審による。

「抗鬱剤であるミアンセリンとその炭素骨格の6位がNに置換されている類似化合物であるORG3770は、ラットの脳におけるヒスタミンH_(1)及びセロトニン5-HT_(2)受容体に対する強力なアンタゴニストであり、α_(2)アドレナリン受容体を阻害することで、大脳皮質切片とシナプトソームからノルアドレナリンと5-HTの放出を促進する。ミアンセリンとORG3770のエナンチオマーは、5-HT_(1)、5-HT_(2)及びα_(2)受容体を立体選択的に阻害するが、S体は、R体よりもより強力に阻害する。」(501頁右下欄10-18行)

(2)技術常識を示す文献、及び、その記載事項
(2-1)技術常識1
ア.山中宏他「光学活性体のプレパレーション」、光学異性体の分離[季刊 化学総説No.6]、1999年6月10日(3冊)、2-14頁
「研究の精密化に伴い,医薬品,農薬,食品,飼料,香料などの分野で光学活性体を扱うことの重要性が日ごとに増大していることはいうまでもない.光学活性体が対掌体により生理活性をまったく異にする場合が多いからである.・・・対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである.」(2頁3?12行)

イ.宮崎浩他「光学活性体の生理活性」、光学異性体の分離[季刊 化学総説No.6]、1999年6月10日(3冊)、16-29頁
「生理(薬理)活性をもつ物質が生体に摂取され吸収されると,その物質に特異的な親和性をもつ受容体(receptor)との結合により生理活性が発現することになるので,基質が不斉中心をもっていれば,その(S)体と(R)体とでは生理活性に相違が生ずるのはこれまた自然であろう.医薬品の多くは生体にとって異物(xenobiotics)であり,副作用が認められない場合でも,疾病という異常状態から正常状態への復帰に必要な最少限度の用量を(必要期間だけ)投与されるべきである.したがって,医薬品の構造中に不斉中心が存在している薬物は,たとえ一方の光学異性体が生体に対して何らかの生理活性を示さないラセミ体であっても,光学分割して目的に適合した対掌体のみを提供すべきであると主張されるようになった.」(16頁8?15行)

ウ.村上尚道「光学活性体の利用」、光学異性体の分離[季刊 化学総説No.6]、1999年6月10日(3冊)、212-225頁
「医薬品はヒトや動物の病気の治療に用いられる化学物質であるが,その作用は薬物が生体内の特定の受容体(レセプター)に結合して活性を発現するものと考えられている.したがって,薬理活性の発現には医薬品と受容体の双方の立体構造が重要な役割を演じ,不斉をもつ薬物ではその鏡像体によって受容体との結合のしやすさに差があり,これにより薬理活性の強さに差を生じることになる.場合によっては,まったく異なった薬理作用を示すこともある.さらに薬物が受容体に到達するまでに各種の酵素によって分解されて活性を失ったり,逆により活性の強い形に変換される場合もあり,その分解あるいは変換の速さが鏡像体によって大きく異なることがしばしば認められていて,これも薬理活性の差となって現れる.また,分解物が毒性をもつ場合には,鏡像体によって異なった副作用を示すこととなる.
このように,医薬品の立体化学は薬効だけでなく,吸収,分布,代謝,排泄,さらに副作用まで,その薬理作用にきわめて大きな役割を果たしている.治療の目的に適した特定の薬理作用のみをもつ医薬品が強く求められる傾向にあり,今後ますます,目標とする受容体のみに作用する特定の化学構造と立体構造をもつ医薬品開発の重要性が増加するものと考えられる.」(212頁12?24行)

そうすると、本願発明が属する技術分野において、薬物は、その光学異性体によって受容体との結合のしやすさに差があり、これにより薬理活性の強さに差を生じたり、まったく異なる薬理作用を示したりすること、したがって、薬物を、必要に応じ特定の光学異性体のみからなるものとすることが、本件優先日前に技術常識(以下、「技術常識1」という。)となっていたと認められる。

(2-2)技術常識2
ア.Life Sciences,(1994),54(10),p.641,下から9行目(平成23年10月25日付け拒絶理由通知で引用された引用文献7)
5-HT_(2)は、5-HT_(2A)に名称が変更になり、ラットの胃の底部のレセプターは、5-HT_(2B)に名称が変更になり、5-HT_(1C)は、5-HT_(2C)に名称が変更になった。

そうすると、本願発明が属する技術分野において、5-HT_(2)と5-HT_(2A)は、同一の物質を意味すると認められる。(以下、「技術常識2」という。)

(2-3)技術常識3
ア.特表2004-524298号公報(平成24年2月29日付け拒絶査定に記載された刊行物8。)
「5-HT_(2A)アンタゴニストは、精神分裂病、不安症、うつ病、および片頭痛の治療に効果があることが示されている[コエックらの文献(Koek, W., Neuroscience and Behavioral reviews, 16, 95, 1996)]。」(段落【0006】)

イ.特表2003-516356号公報(平成24年2月29日付け拒絶査定に記載された刊行物9。)
「偏頭痛の医薬治療に用いられる有効成分の群は以下のとおりであり、特に:非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)およびセロトニンアンタゴニストある。前記有効成分は予防的使用にはやや不向きであるが、その理由は高用量で投与される必要があり、および/または重篤な副作用を伴うからである。対照的に、それらは激しい、および極めて激しい形態の偏頭痛に用いられ成功している。現在までのところ、偏頭痛の予防的処置は、5-HT_(2)タイプのセロトニンアンタゴニストの使用によってのみ可能になっている。」(段落【0005】)

ウ.特表平8-509749号公報(平成24年2月29日付け拒絶査定に記載された刊行物10。)
「片頭痛の攻撃頻度を減少させるために、ベータブロッカー、カルシウム拮抗剤および5-HT_(2)拮抗剤が予防的に採用され、種々の成功を収めている。
初めは、自明であると見做されていたセロトニンそれ自体の使用は、5-HTが種々の器官システムに対して作用し、かなりの望ましくない付随作用が生じることから、治療の観点からは適当ではない。セロトニンは強力な血管収縮作用を有することから、この名前が与えられている。」(第4頁17-25行)

そうすると、本願発明が属する技術分野において、5-HT_(2)タイプのセロトニンアンタゴニストが偏頭痛の医薬治療や予防的処置に使用されうることも、本件優先日前に技術常識(以下、「技術常識3」という。)となっていたと認められる。

(3)引用文献に記載された発明
引用文献1(摘示(1-1))には、顔面紅潮の患者にミルタザピンを投与することにより、顔面紅潮の症状が解消したことが記載されていることから、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「顔面紅潮の治療のための薬剤の製造のためのミルタザピンの使用。」

(4)対比、判断
本願発明と引用発明とを対比すると、両者の一致点、相違点は以下のとおりである。

<一致点>
「顔面紅潮の治療のための薬剤の製造のためのミルタザピンの使用。」

<相違点>
本願発明は、「ミルタザピン」について「Sミルタザピン」との限定を有しているのに対し、引用発明は、そのような限定を有していない点。

薬物を必要に応じ特定の光学異性体のみからなるものとすることが技術常識(技術常識1)であるところ、引用文献1(摘示(1-1))には、ミルタザピンによる顔面紅潮の軽減効果が5-HT_(2A)遮断特性で説明できると記載され、引用文献4(摘示(1-2))には、ミルタザピンの薬力学及び薬物動態学は、エナンチオ選択的であること、及び、5-HT_(2)遮断効果は、主として(+)-(S)-エナンチオマーによるものであることが記載されている。
そうすると、5-HT_(2)と5-HT_(2A)が同一の物質を意味すること(技術常識2)を勘案すれば、引用発明において顔面紅潮の治療効果をより高めるために、ミルタザピンをSミルタザピンに限定する程度のことは本願発明が属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)であれば容易に着想しうると認められる。
また、発明の詳細な説明には、本願発明において顔面紅潮の治療に関しミルタザピンをSミルタザピンに限定したことにより、当業者に予測できない格別顕著な効果が奏されていることを具体的に確認することができる記載、例えば実施例、比較例などのデータも一切記載されていない。

なお、平成24年2月29日提出の意見書に添付して実験データ(「Fennema氏のデクラレーション」(以下、「参考資料1」という。))が提出されているが、以下に理由を記載するとおり、参酌しない。

すなわち、参考資料1に記載されている実験データは、顔面紅潮を含む様々な病状の患者にミルタザピンを投与した際の頭痛発生率が記載されているものであり、具体的には、不眠症の男女に2週間ラセミのミルタザピンを0.5?4.5mg投与した実験における頭痛発生率(DREAM)、顔面紅潮の症状がある更年期の女性に12週間Sエナンチオマーを2.25?18mg投与した実験における頭痛発生率(Moonstone)、鬱の症状がある男女に6週間ラセミのミルタザピン5?60mgを投与した実験における頭痛発生率(003-008)、睡眠時無呼吸の症状がある男女に4週間Rミルタザピンを1.5?13.5mg投与した実験における頭痛発生率(24102)が記載されているが、顔面紅潮の治療にどのような効果があったのかが記載されていない上に、頭痛発生率についても、そもそも各実験において投与したミルタザピンの種類(S、R、ラセミ)に加えて患者の性別や症状、ミルタザピンの投与量や期間、などの実験条件が異なっていることから、各実験における頭痛発生率が相互に異なる理由がミルタザピンの種類によるものであると特定することはできない。
結局、参考資料1は、Sエナンチオマーによる顔面紅潮に対する治療を受けた患者における頭痛発生率がRエナンチオマーやラセミエナンチオマーの場合よりも減少する旨を読み取れるものではない。

そして、ミルタザピンのSエナンチオマーが5-HT_(2)遮断効果を有すること(摘示1-2、1-3)、及び、5-HT_(2)タイプのセロトニンアンタゴニストが偏頭痛の医薬治療や予防的処置に使用されうることが本件優先日前に技術常識(技術常識3)であったことを勘案すると、ミルタザピンのSエナンチオマーによって頭痛発生率が低下する程度の効果は当業者であれば予想可能(自明)であると認められる。

6.まとめ
よって、本願発明は、引用文献1、4、5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明であるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4.むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明についての原査定の拒絶の理由は妥当なものであり、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願はこの理由により拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-05-13 
結審通知日 2014-05-20 
審決日 2014-06-02 
出願番号 特願2007-540655(P2007-540655)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 冨永 保  
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 内田 淳子
穴吹 智子
発明の名称 顔面紅潮の治療のためのSミルタザピン  
代理人 城山 康文  
代理人 岩瀬 吉和  
代理人 重森 一輝  
代理人 安藤 健司  
代理人 小野 誠  
代理人 金山 賢教  
代理人 坪倉 道明  

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