• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1294407
審判番号 不服2011-20815  
総通号数 181 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-09-27 
確定日 2014-11-26 
事件の表示 特願2008-504062「多相アルキル芳香族の製造」拒絶査定不服審判事件〔平成18年10月12日国際公開、WO2006/107470、平成20年10月2日国内公表、特表2008-537939〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,2006年3月1日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2005年3月31日 米国(US))を国際出願日とする出願であって,平成19年11月1日に特許協力条約第34条補正の翻訳文が提出され(補正書の提出日は平成19年2月1日),平成22年8月12日付けで拒絶理由が通知され,平成23年2月17日に意見書及び手続補正書が提出されたところ,同年5月24日付けで拒絶査定がされ,同年9月27日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正書が提出され,平成24年6月27日付けで審尋がされ,同年10月3日に回答書が提出され,平成25年3月29日付けで拒絶理由が通知され,同年7月31日に意見書及び手続補正書が提出され,さらに,同年10月30日付けで拒絶理由が通知され,平成26年3月5日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,平成26年3月5日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「第1反応領域でエチルベンゼンを製造するプロセスであって:
(a)ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と、エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料とを前記第1反応領域へ供給する工程であって、前記第1反応領域の入口を100?260℃の温度と689?4601kPa-aの圧力として、前記反応領域は前記第1原材料と前記第2原材料の混合物が前記反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転される、工程と;
(b)前記原材料の混合物と第1アルキル化触媒とを前記第1反応領域で接触させる工程であって、前記エチルベンゼンとポリアルキル化芳香族化合物とを含む第1流出物を生成し、前記第1反応領域から流出するときに150?285℃の温度と689?4601kPa-aの圧力と0.1?10/時間のエチレンに基づくWHSVとして、前記第1流出物は主として液相で前記反応領域から流出する、工程とを備え;
前記反応領域の前記条件は、前記反応領域の少なくとも一部において混相から液相へ相変化することを確実にするものであり;
前記第1アルキル化触媒がモレキュラーシーブを含有する、プロセス。」

第3 審判合議体が通知した拒絶の理由の概要
平成25年10月30日付けで審判合議体が通知した拒絶の理由は,以下の3つの理由を含むものである。

[理由1]本願の発明の詳細な説明は,当業者がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないというものであり,要約すると,
発明の詳細な説明には,例2のコンピュータ・シミュレーション以外に,本願発明において,混相から液相をもたらす反応についての具体的な根拠が記載されておらず,また,例2で示されたシミュレーション・プログラムがどのような内容のものであるか,発明の詳細な説明には記載がないから,当業者といえども,このシミュレーションを実際の反応に適用し,追試をすることは困難であり,
さらに,本願発明では,原料の組成,反応圧力,反応温度のほかに,触媒の種類,反応原料の空間速度,反応装置の形状などによっても,得られる結果が変化し,これらの諸条件について何ら記載されていない例2と同じ反応結果を得られるその他の反応条件を見いだすことは,当業者といえども困難であるから,
発明の詳細な説明からは,本願発明を実施するのに当業者が過度の試行錯誤を強いるものである,というものである。

[理由2]本願の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではなく,特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから,特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないというものであり,要約すると,
本願発明は,原材料の混合物の組成が発明特定事項とされていないところ,特定の原材料の混合物の組成範囲でなければ,本願発明の課題を解決できないのであるから,本願発明には課題を解決するために必要な発明特定事項が含まれていないこととなり,本願発明は,そのすべての範囲において,本願発明の課題を解決できると当業者が認識し得る範囲内のものであるということはできない,というものである。

[理由4]本願の請求項1に係る発明は,本願の優先日前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1,2に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものであり,その刊行物1,2として,
刊行物1:特開平4-253925号公報
刊行物2:特開2000-281595号公報
が示されたものである。

第4 当審の判断
1 理由1について
(1)特許法第36条第4項第1号について
特許法第36条第4項は,「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」とし,その第1号で,「経済産業省令の定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。特許法第36条第4項第1号は,明細書のいわゆる実施可能要件を規定したものであって,物の製造方法の発明では,その物を製造する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか,そのような記載がない場合には,明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき,当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく,その物を製造することができる程度にその発明が記載されてなければならないと解される。
よって,この観点に立って,本願発明の実施可能要件について検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には,以下の事項が記載されている。

(a)「【0014】
本発明は、原材料が混相(一部が気体で一部が液体)で生成物の流れが液相である新規なアルキル化プロセスを提供する。アルキル化反応領域のどこかで混相から液相への相転換がある。本発明の1つの利点は、原材料を液相でなく混相に維持する費用が低いことである。本発明の他の利点は、液相アルキル化の温度が低いことである。」

(b)「【0015】
一実施の形態において、本発明は反応領域でアルキル化芳香族製品を製造するプロセスに関し、
(a)アルキル化可能な芳香族化合物を含む主として液相の第1原材料と少なくとも1種のアルケン化合物を含む少なくとも一部が気相の第2原材料とを反応領域へ供給する工程であって、反応領域は第1原材料と第2原材料の混合物が反応領域の少なくとも一部で混相となることを確実にする条件で運転される、工程と;
(b)反応領域で原材料混合物とアルキル化触媒を接触させる工程であって、アルキル化芳香族生成物を含む第1流出物を生成し、第1流出物は主として液相で反応領域から流出する、工程とを備える。」

(c)「【0049】
アルキル化反応およびトランスアルキル化反応
本発明のプロセスは、主として液相の第1原材料と、気相の第2原材料をアルキル化反応領域、すなわち原材料の混合物を混相に維持する条件下で運転される入口部へ供給する工程を備える。本書では、「混相」という語は、一部が液体で一部が気体であることをいう。混合物は反応領域内でアルキル化触媒とさらに接触し、第1流出物の流れを生ずる。第1流出物の流れは、主として液相で、反応領域から流出する。第1流出物の流れは、モノアルキル化芳香族生成物、未反応のアルキル化可能な芳香族化合物、未反応のアルケン、未反応のアルカンおよびポリアルキル化芳香族化合物を含む。未反応のアルケンと未反応のアルカンとは、反応領域出口の条件で、モノアルキル化芳香族生成物、未反応のアルキル化可能な芳香族化合物およびポリアルキル化芳香族化合物中に溶解する。
【0050】
混相から液相への相変化は、気相のオレフィンが液相の反応生成物(モノアルキル化芳香族やジアルキル化芳香族)へ変化するために、触媒床中で生ずる。本発明は、触媒床(すなわち反応領域)の入口あるいはいかなる部分で混相であってもよいので、高価なコンプレッサを据え付ける必要がない、低い運転圧力でよいという点で、従来技術に対する優位性を有する。同時に、触媒床の出口で液相となるようにプロセスを設計することで、混相環境よりも液相の方がオレフィン転化率が高いので、高オレフィン転化率が達成可能となる。」

(d)「【0051】
運転条件、すなわち温度や圧力は、第1原材料や第2原材料の成分と共に、第1原材料と第2原材料の混合物の相をコントロールする。低温高圧下では液相混合物が形成され、高温低圧下では気相混合物が形成されるのが、典型的である。ある条件では、典型的にはある温度と圧力の範囲で、混相(一部が気体で一部が液体)混合物が形成される。第1原材料と第2原材料の成分もまた重要なパラメータである。低分子量の分子、たとえばメタンおよび/または水素、の成分が高い原材料では、低分子量の分子の成分が低い原材料に比較して、混合物を液相に維持するのにより高圧でより低温であることが要求される。混相が存在するときには、低分子量成分(たとえば、メタン、エチレンおよびエタンなど)は優先的に気相で構成される傾向があるが、高分子量成分(たとえば、ベンゼン、モノアルキル化ベンゼンおよびポリアルキル化ベンゼンなど)は優先的に液相で構成される傾向がある。
【0052】
一実施の形態では、アルキル化反応領域の条件には、特に反応領域の入口部では、100?260℃(212?500°F)の温度と689?4601kPa-a(100?667psia)の圧力、好ましくは、1500?3500kPa-a(218?508psia)の圧力が含まれる。その条件とは、反応領域の入口部分で第1原材料と第2原材料とを混ぜた後に、第2原材料中のアルケンとアルカンの部分だけが第1原材料中のアルキル化可能芳香族化合物中に溶解するような条件をいう。その混合物は、混相(気体/液体)である。
【0053】
アルキル化反応領域の下流部分の条件には、150?285℃(302?545°F)の温度と689?4601kPa-a(100?667psia)の圧力、好ましくは、1500?3000kPa-a(218?435psia)の圧力、0.1?10/時間、好ましくは0.2?2/時間、さらに好ましくは0.5?1/時間のリアクタ全体でのアルケンに基づくWHSV、あるいは10?100/時間、好ましくは20?50/時間のリアクタ全体でのアルケンとベンゼンとに基づくWHSVが、含まれる。典型的に温度は、アルキル化反応の発熱特性のため、反応領域の下流部分の方が、反応領域の入口よりも高い。アルキル化可能な芳香族化合物は、少なくとも1つの反応領域を有するリアクタにおいてアルキル化触媒の存在下で第2原材料中のアルケンによりアルキル化される。各反応領域は単一のリアクタ容器中に配置されるのが典型であるが、バイパス可能で、反応ガード層として作用する別の圧力容器中に配置される反応領域を含んでもよい。反応領域には、アルキル化触媒床や多層アルキル化触媒床が含まれる。反応ガード層で用いられる触媒成分は、アルキル化リアクタで用いられる触媒成分と異なっていてもよい。反応ガード層で用いられる触媒成分は、多種の触媒成分を有していてもよい。少なくとも第1アルキル化反応領域は、通常はそれぞれのアルキル化反応領域は、アルキル化可能な芳香族化合物がアルキル化触媒の存在下で第2原材料のアルケン成分とアルキル化するように効果的な条件で運転される。」

(e)「【0055】
本書で用いる「主として液相」という用語は、原材料あるいは流出物が少なくとも95重量%の液相を有し、好ましくは少なくとも98重量%の液相であり、さらに好ましくは少なくとも99重量%の液相であり、もっと好ましくは少なくとも99.5重量%の液相であることを意味する。」

(f)「【0059】
ベンゼンとエチレンを混相から液相でアルキル化するための特定の条件には、約120℃?285℃の温度、好ましくは約150℃?260℃の温度と、689?4601kPa-a(100?667psia)の圧力、好ましくは1500?3000kPa-a(218?435psia)の圧力と、0.1?10/時間、好ましくは0.2?2/時間、さらに好ましくは0.5?1/時間のリアクタ全体でのエチレンに基づくWHSV、あるいは10?100/時間、好ましくは20?50/時間のリアクタ全体でのエチレンとベンゼンとを共にベースとしたWHSVと、約1から約10のベンゼンのエチレンに対するモル比が含まれる。」

(g)「【0069】
本発明のプロセスにおいて、少なくとも最初の、通常はそれぞれの、運転可能に接続されたアルキル化反応領域におけるアルキル化反応は液相状態で行われ、よってアルキル化可能な芳香族化合物は液相である。
本発明は、以下の例を参照により具体的に説明される。
【0070】
例1:液相アルキル化
以下の例は、液相でのエチレンを用いたベンゼンエチル化のコンピュータ・シミュレーションである。シミュレーションの結果は、独自に開発した数値ソフトウェア・パッケージを用いることによって得られた。気液平衡が、ソアブ・レドリッヒ・クゥオン(Soave-Redlich-Kwong)状態方程式(最適相互係数付き)により計算された。
【0071】
各触媒床への原材料は、B/E比(ベンゼンのエチレンに対するモル比)およびE/E比(エチレンのエタンに対するモル比)で特徴付けられる。非常に高いE/E比は、エチレン原材料が化学的あるいはポリマーグレードのエチレン純度であることを示す。液相のアルキル化は液相中で運転するように構成される。それぞれの触媒床の原材料と流出物の流れの温度と圧力は、触媒床中で全てが液相の運転を可能とするのに十分な温度と圧力である。シミュレーションの結果を、表1に示す。
【表1】



(h)「【0072】
例2:混相/液相設計
下記の例は、本発明のプロセスによるエチレンを用いた混相/液相でのベンゼンエチル化のコンピュータ・シミュレーションである。このケースは、混相/液相で運転するように構成される。それぞれの触媒床の原材料と流出物の流れの温度と圧力は、触媒床中で混相/液相の運転を可能とするのに十分な温度と圧力である。シミュレーションの結果を、表2に示す。下方流れでの運転のために、触媒床1(RGB)を超えて圧力が上昇することに注目されたい。
【表2】



(3)判断
本願発明は,「ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と、エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料・・・の混合物が前記反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転される」ものであり,第1原材料と第2原材料を反応させて得られる「エチルベンゼンとポリアルキル化芳香族化合物とを含む第1流出物・・・は主として液相で前記反応領域から流出する」とともに,「反応領域の前記条件は、前記反応領域の少なくとも一部において混相から液相へ相変化することを確実にする」ものである。
したがって,当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことなく,発明の詳細な説明の記載から,本願発明の発明特定事項となっている圧力,温度,組成,空間速度などの運転条件を設定して,「ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と、エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料の混合物が反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転され、また、前記反応領域の条件は前記反応領域の少なくとも一部において混相から液相へ相変化することを確実にするものでもあり、第1原材料と第2原材料を反応させて得られるエチルベンゼンとポリアルキル化芳香族化合物とを含む第1流出物は主として液相で前記反応領域から流出する」ことができると理解できるものでなければならない。

ア 発明の詳細な説明の一般記載について
本願の発明の詳細な説明には,本願発明の製造プロセスを包含する上位概念として製造プロセスが形式的に記載され(摘記b参照),また,この製造方法(プロセス)の運転条件である温度や圧力,空間速度(WHSV)についても,その実施する範囲について本願発明と同じ条件が一応記載されている(摘記d,f参照)。
そして,発明の詳細な説明の「混相から液相への相変化は、気相のオレフィンが液相の反応生成物(モノアルキル化芳香族やジアルキル化芳香族)へ変化するために、触媒床中で生ずる。」及び「第1流出物の流れは、モノアルキル化芳香族生成物、未反応のアルキル化可能な芳香族化合物、未反応のアルケン、未反応のアルカンおよびポリアルキル化芳香族化合物を含む。未反応のアルケンと未反応のアルカンとは、反応領域出口の条件で、モノアルキル化芳香族生成物、未反応のアルキル化可能な芳香族化合物およびポリアルキル化芳香族化合物中に溶解する。」(摘記c参照)との記載からすれば,本願発明は,ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と,エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む,少なくとも一部が気相の第2原材料の混合物が反応領域の入口で混相でも,エチレンがベンゼンと反応してエチルベンゼンやポリアルキル芳香族となり(相変化し),未反応のエチレンやエタンは未反応のベンゼンや生成したエチルベンゼンなどに溶解することで液相として出口から流出するものと解される。
しかしながら,なぜ,本願発明に規定される運転条件を設定すると,反応領域の入口では,ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と,エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む,少なくとも一部が気相の第2原材料の混合物が混相となるのか,また,反応領域でエチレンとベンゼンが反応するとしても,未反応のエチレンやエタンが未反応のベンゼンや生成したエチルベンゼンなどに溶解する状態をもたらす程度にエチレンとベンゼンの反応が進行するのか,その具体的な根拠が記載されてはいない。
そうすると,発明の詳細な説明の一般記載からでは,本願発明に規定される運転条件を設定して,なぜ,「ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と、エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料の混合物が反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転され、また、前記反応領域の条件は前記反応領域の少なくとも一部において混相から液相へ相変化することを確実にするものでもあり、第1原材料と第2原材料を反応させて得られるエチルベンゼンとポリアルキル化芳香族化合物とを含む第1流出物は主として液相で前記反応領域から流出する」ことになるのか,その理由が理解できるとはいえない。

イ 例1,例2の記載について
発明の詳細な説明には,例1に,液相アルキル化の反応が,「液相でのエチレンを用いたベンゼンエチル化のコンピュータ・シミュレーション」の結果として表1に示されており(摘記g参照),表1に示された触媒床1?6の運転条件は,本願発明の圧力,温度,組成の条件を満たしていても,原材料の「液相率」が1であるから,「ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と、エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料の混合物が反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転さ」れてはおらず,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された本願発明の運転条件を設定しただけでは,本願発明は必ずしも実施できないと解さざるを得ない。
一方,発明の詳細な説明には,例2に,「エチレンを用いた混相/液相でのベンゼンエチル化のコンピュータ・シミュレーション」の結果として,表2に示されている(摘記h参照)が,ここには,本願発明の運転条件を満たす条件で実施して,原材料の「液相率」が0.93で流出物の「液相率」が1となることが記載されているから,「ベンゼンを含む主として液相の第1原材料と、エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料の混合物が反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転され、また、前記反応領域の条件は前記反応領域の少なくとも一部において混相から液相へ相変化することを確実にするものでもあり、第1原材料と第2原材料を反応させて得られるエチルベンゼンとポリアルキル化芳香族化合物とを含む第1流出物は主として液相で前記反応領域から流出する」ことが一応記載されているといえる。
ところで,例2の結果は「エチレンを用いた混相/液相でのベンゼンエチル化のコンピュータ・シミュレーション」によって計算されたものであり,これは,例1に記載される「独自に開発した数値ソフトウェア・パッケージ」に基づくもの(摘記g参照)と解されるが,このような「独自に開発した数値ソフトウェア・パッケージ」がどのような内容のものであるか,発明の詳細な説明には記載がなく,実際に,表2で示される運転条件からその反応の結果をどのように決定したのか,すなわち,液相率,エチレン転化率,累積EB収率を,B/E比,原材料,流出物の温度や圧力によって,どのように決定しているのかが,発明の詳細な説明の記載から理解することができず,また,この「独自に開発した数値ソフトウェア・パッケージ」の内容が当該技術分野における当業者の技術常識であるとも認められない。
そして,コンピュータ・シミュレーションによる運転条件とその結果が示されていたとしても,実際にこのような運転条件(組成,温度,圧力)で反応を実施して同じ結果(液相率,エチレン転化率,EB累積収率)が得られる理由については,本願明細書の発明の詳細な説明からは理解できず,そもそも,どのようなシミュレーション・プログラムなのかその内容が不明である以上,当業者といえども,例2の結果が正しいことを確認することができないし,このシミュレーション(運転条件)を実際の反応に適用したとしても,異なる結果が生じた場合に,何が原因でシミュレーションの結果と異なるのかを検証することもできない。

さらに,本願発明を実施するにあたっては,発明の詳細な説明の表2に示される,原料の組成,反応圧力,反応温度のほかに,触媒の種類,原材料の空間速度,反応装置の形状なども設定しなければならない。例2がどのような触媒(モレキュラーシーブの中にも様々な種類があり,触媒特性は必ずしも同じではない。)や原材料の空間速度,反応装置の形状を選択してシミュレーションをしたのかは発明の詳細な説明に記載されておらず,また,これらの条件の設定によっては,得られる結果が変化するものであるから,これらの諸条件について何ら記載されていない例2の結果から,例2と同じ反応結果を得られるその他の反応諸条件を見いだすことは,当業者に,過度の試行錯誤を強いるものである。

(4)請求人の主張について
ア 請求人の主張
請求人は理由1について以下のような主張をしている。

(ア)例1,2で用いられたコンピュータ・シミュレーションについて
例1,2の「独自に開発した数値ソフトウェア・パッケージ」とは,発明者らが,エチレンを用いた混相/液相でのベンゼンエチル化反応の結果の計算を行うに当たり、計算作業を効率的にするための便宜として「エチレンを用いた混相/液相でのベンゼンエチル化のコンピュータ・シミュレーション」を作成して使用したものであり,何ら特別なプログラムではない。この解析に必要な計算は,気液平衡を含む熱力学の知識,化学反応、特にベンゼンエチル化反応についての理解,図式的な基本的プログラムを書く能力を持つ当業者であれば誰でも,このようなプログラムを作成することができ,この計算を行うことができる。また,気液平衡の計算のために用いた「ソアブ・レドリッヒ・クゥオン(Soave-Redlich-Kwong)状態方程式(最適相互係数付き)」([0070])も、当業者が一般に利用できる公知の知識に過ぎない。
従って,本願明細書の開示に接した当業者は,本願発明を実施するための反応条件について,過度の試行錯誤を要することなく再現,検証をすることができる。

(イ)例2に記載されていない実施条件について
表2に示された反応結果は,反応ガード層(触媒床1)の入口(原材料),出口(流出物),第1反応領域(触媒床2)の入口(原材料),出口(流出物),次の反応領域(触媒床3)の入口(原材料),出口(流出物),さらに次の反応領域(触媒床4)の入口(原材料),出口(流出物)のそれぞれについて,表2に示される反応パラメータであるエチレン転化率(%),EB累積収率(モル%),B/E比,E/E比,液相率,温度(℃),圧力(kPa-a)によって,それぞれの反応系を記述しているのであって,その他の諸条件について記載されていなくても気液平衡を含む熱力学の知識,化学反応,特にベンゼンエチル化反応についての理解を有する当業者,例2の結果が正しいことを過度の試行錯誤を要することなく再現,検証をすることができ,例2と同じ反応結果が得られるその他の反応条件を見いだすことができる。

イ 請求人の主張の検討
(ア)例1,2で用いられたコンピュータ・シミュレーションについて
請求人の主張は,「独自に開発した数値ソフトウェア・パッケージ」がどのような内容のものか釈明するものではない。請求人は,この解析に必要な計算は,気液平衡を含む熱力学の知識,ベンゼンエチル化反応についての理解,図式的な基本的プログラムを書く能力を持つ当業者であれば誰でも,このようなプログラムを作成することができ,この計算を行うことができるとしているが,そもそも,プログラムの内容がどのようなものかわからないのであるから,当業者がそのプログラムを作成できるかどうかの判断すらできない。
また,気液平衡を含む熱力学の知識,ベンゼンエチル化反応についてのどのような一般的な技術知識を用い,また,「ソアブ・レドリッヒ・クゥオン(Soave-Redlich-Kwong)状態方程式(最適相互係数付き)」をどのように適用すると,この反応のシミュレーションプログラムが作成できるのかについても何ら説明していない。
なお,請求人は,液相率,エチレン転化率,EB累積収率などを,原材料,流出物の組成,温度,圧力によって,どのように決定するのか具体的に説明していないが,少なくとも「EB累積収率(モル%)」とは,原材料のベンゼンに対する流出物のエチルベンゼンの収率(モル比)を計算しているものと解される。そして,例2に示される触媒床1における流出物の「EB累積収率(モル%)」は5.1%となっているが,原材料のエチレンはベンゼンに対して1/20でしか供給されていない(B/E比20.0)から,5.0%を上回ることはありえず,通常は,ポリアルキル化芳香族も副生するからより低い値になるはずで,例2の結果は技術常識からしてもこれが正しいものであると直ちに認めることはできない。
よって,請求人の主張は採用できない。

(イ)例2に記載されていない実施条件について
上記(3)イで述べたように,例2で,どのような触媒の種類や反応原料の空間速度,反応装置の形状を使用したのかが不明であって,例2には原材料と流出物の各触媒床におけるエチレン転化率(%),EB累積収率(モル%),B/E比,E/E比,液相率,温度(℃),圧力(kPa-a)が記載されていたとしても,このような結果になるような触媒の種類や反応原料の空間速度,反応装置の形状を見い出すには,それが実際にできることが確認されたものではない以上,当業者に,これらの諸条件を設定して本当にそのような結果が得られるのかを確認していく必要があり,過度の試行錯誤を強いるものといわざるを得ない。
また,請求人は,気液平衡を含む熱力学の知識,ベンゼンエチル化反応についての理解をどのように活用すれば,例2の結果が正しいことを再現,検証をすることができるのかについても何ら説明していない。
よって,請求人の主張は採用できない。

(5)小括
以上のとおりであるから,発明の詳細な説明には,当業者が,本願請求項1に記載された発明を実施できる程度に,明確かつ十分に記載されているとは認められず,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法第36条第4項第1号に適合するとはいえない。

2 理由2について
(1)特許法第36条第6項第1号について
特許法第36条第6項は,「第二項の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は,明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下,この観点に立って検討する。

(2)特許請求の範囲の記載
上記「第2」に記載されたとおりである。

(3)発明の詳細な説明の記載
上記1(2)に記載したとおりである。

(4)本願発明の課題
本願発明の解決しようとする課題は,「本発明は、原材料が混相(一部が気体で一部が液体)で生成物の流れが液相である新規なアルキル化プロセスを提供する。アルキル化反応領域のどこかで混相から液相への相転換がある。本発明の1つの利点は、原材料を液相でなく混相に維持する費用が低いことである。本発明の他の利点は、液相アルキル化の温度が低いことである。」との記載(摘記a参照)からみて,「原材料が混相(一部が気体で一部が液体)で生成物の流れが液相である新規なアルキル化プロセスを提供する」ことにあるものと認める。

(5)判断
発明の詳細な説明に記載された例1には,原材料のE/E比(エチレン/エタンの比)が152?261のものが記載され,これは本願発明の発明特定事項である「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料」に相当する。
また,例1の原材料の温度は222.2?243.1℃で圧力が4270?3660kPa-aのものが記載されているので,本願発明の発明特定事項である「第1反応領域の入口を100?260℃の温度と689?4601kPa-aの圧力」にしている。
さらに,例1の流出物の温度は246.32?265.0℃で圧力が4220?3590kPa-aのものが記載されているので,本願発明の発明特定事項である「第1反応領域から流出するときに150?285℃の温度と689?4601kPa-aの圧力」にしている。
そして,例1においては,原材料の液相率はすべて1である。
そうすると,例1には,触媒として何を使用したか,流出するときのWHSV(エチレンに基づく空間速度)がわからないが,それ以外の運転条件は,本願発明の発明特定事項の範囲に含まれており,単に本願発明で特定された原材料の組成や反応領域の入口や流出するときの温度や圧力の範囲を満たしただけでは,本願発明の特定事項である「反応領域は前記第1原材料と前記第2原材料の混合物が前記反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転される」とはいえないし,本願発明の課題が解決できないことが理解できる。
一方,例2をみると,触媒床1では,原材料としてB/E比が20.0,E/E比が48.8のものを使用して液相率が1であるが,触媒床2において,触媒床1から流出する流出物に第2原材料を加えた原材料のB/E比が6.1,E/E比が48.8のものを使用すると,液相率が0.93となっており,本願発明特定事項となっていない,触媒床1から流出する流出物に第2原材料を加えた原材料のB/E比が6.1とすることによって,混相となることが理解できる。
そうすると,仮に,例2の結果が正しいものであったとしても,例1,例2の結果からは,本願発明に発明特定事項として記載される原材料の組成や入口,流出するときの温度や圧力などを満たしただけでは,本願発明の課題が解決することができず,本願発明に発明特定事項として記載のない原材料のB/E比を適切な範囲に設定することによりはじめて課題が解決できると解さざるを得ない。
よって,本願発明は課題を解決するために必要な発明特定事項が含まれていないのであるから,そのすべての範囲において,本願発明の課題を解決できると当業者が認識し得る範囲内のものであるということはできない。

また,本願発明には,「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料」との発明特定事項を含むが,例2の触媒床1の原材料の記載から明らかなように,この発明特定事項によって,原材料が混相になるわけではない。そして,「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料」とは,エタンを最大50モル%含むエチレンを包含することになるが,エタンはベンゼンとの反応には関係なく,未反応ガスとしてして含まれていると解されるから,エタンが未反応のベンゼンや生成したエチルベンゼンなどに一部溶解するとしても,このような高い比率でエタンを含む流出物までもが「主として液相で前記反応領域から流出する」とは,技術常識に照らしても考えられない。
そうすると,この点でも,本願発明は,そのすべての範囲において,本願発明の課題を解決できると当業者が認識し得る範囲内のものであるということはできない。

(6)請求人の主張について
ア 請求人の主張
請求人は,理由2について以下のような主張をしている。
本願発明のプロセスにおいて,原材料の混合物がどの相で存在するかは,プロセスの温度及び圧力のみで決定されるのではなく,混合物の組成によっても影響を受け,その上,原材料の混合物の組成によって,プロセス条件は広い範囲で変化する。
請求項1における発明特定事項「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料」との構成によって,本願発明の課題を解決することができる。
本願発明では,希釈エチレンを使用した液相操作プロセスの利点が,反応混合物が反応の過程の一部において混相にあっても反応出口において液相であるように相変化をさせれば,保持できることを見い出したもので,このことは,反応の過程の一部においてはエチレン/エタン第2原材料の一部が液体芳香族化合物相中に溶解していないが,エチレンが消費されるにつれて,非反応性のエタンをも含む第2原材料のより多くの部分が芳香族化合物中に溶解することで可能になる。

イ 請求人の主張の検討
上記(5)で述べたように,発明特定事項「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料」との構成によって,本願発明の課題が解決できるとは認められない。
また,希釈エチレン(E/E比48.8)を用いても,例2の触媒床1では液相率は1で,第2原材料はエタンを含んでも液体芳香族化合物相中に完全に溶解しているといえるから,請求人の主張は,発明の詳細な説明の記載と整合しないし,いずれにしても,「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む、少なくとも一部が気相の第2原材料」を使用した場合,そのすべての範囲で,流出物が「主として液相で前記反応領域から流出する」とは考えられないから,請求人の主張は採用できない。

(7)小括
以上のとおりであるから,請求項1の特許を受けようとする発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められず,本願の特許請求の範囲の記載は,特許法第36条第6項第1号に適合するものとはいえない。

3 理由4について
(1)刊行物の記載について
ア 刊行物1の記載事項
(1a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 芳香族化合物を液相および/または気液混合相下で、選択的にC_(2)?C_(4)オレフィンと接触させる方法において、触媒としてY型および/またはX型ゼオライトを用いて10,000ppm以下の水を共存させることを特徴とする芳香族化合物のアルキル化法。」
(1b)「【0009】・・・本発明における反応温度は70?500℃、好ましくは80?300℃の範囲である。また、圧力は常圧又は加圧で行なわれるのが好ましい範囲は大気圧?40kg/cm^(2)の範囲である。
【0010】本発明は、液相および/または気液混合相下流通法で行なわれ、反応器へ供給される芳香族化合物/オレフィンのモル比は1?100、好ましくは2?20の範囲で行なわれる。更に、反応器内液相中の水分濃度は10,000ppm以下である必要があり、好ましくは100?4000ppmの範囲で行なわれる。水分濃度が10,000ppm以上では、触媒が活性を失い反応しなくなる。」
(1c)「【0012】
【実施例1】プロトン交換したY型ゼオライト(UCC製、LZ-Y82)1/8″ペレット40gを16φmmの反応管に充填し、ベンゼンとエチレンの反応を水の共存下で行なった。実験条件は、ベンゼン/エチレン/水モル比=8/1/0.04、WHSV(ベンゼン基準)=19Hr^(-1)、反応温度190℃、反応圧力20kg/cm^(2)で行なった。
【0013】反応開始後10時間の結果を表1に示す。
【0014】
【比較例1】プロトン交換したY型ゼオライト(UCC製、LZ-Y82)1/8″ペレット40gを16φmmの反応管に充填し、ベンゼンとエチレンの反応を行なった。実験条件は、ベンゼン/エチレンモル比=8/1、WHSV(ベンゼン基準)=19Hr^(-1)、反応温度190℃、反応圧力20kg/cm^(2)で行なった。
【0015】反応開始後10時間の結果を表1に示す。
【0016】
【表1】



イ 刊行物2の記載事項
(2a)「【請求項1】ベンゼンとエチレンを反応させてエチルベンゼンを製造する方法において、ゼオライト触媒を用い、一部液相を維持した連続式の反応方式を用い、且つ、原料油にベンゼンの他にパラフィンまたはナフテンを共存させることによって、ジエチルベンゼン等のポリエチルベンゼンの生成量を極力少なくすることを特徴とするエチルベンゼンの高選択的製造方法。」
(2b)「【0012】本発明に使用する触媒は、熱安定性に優れた中、大孔系ゼオライト、例えばY型、USY型、ZSM-5,12型、モルデナイト型、β型、MCM-22,42,59等を用いることが出来る。中でも細孔の入り口が酸素12員環で構成されたゼオライト、例えばUSY型、モルデナイト型、β型、MCM-22等が好ましく用いられる。β型ゼオライトは、ベンゼンのオレフィンによるアルキル化能力が高いため本発明においては特に好ましく用いられる。」
(2c)「【0021】本発明の反応系に供給するエチレンはナフサの熱分解によって製造されるエチレンや、FCCのオフガスに含まれるエチレン等を用いることが出来る。もっとも、これらの工程を経て得られるエチレンには、プロピレンといった不飽和分の不純物を含んでいるため、エチルベンゼンの選択性を高めるためには分離して用いることが好ましい。
【0022】供給ガスは、エチレン単独、若しくは反応に関して不活性な成分、例えば、メタン、エタン、プロパン、窒素、ヘリウム、アルゴン、一酸化炭素といった成分で希釈されて供給されることが適用できる。」

(3)刊行物に記載された発明(引用発明)
刊行物1には,実施例1として,「プロトン交換したY型ゼオライト・・・を・・・反応管に充填し、ベンゼンとエチレンの反応を水の共存下で行なった。実験条件は、ベンゼン/エチレン/水モル比=8/1/0.04、WHSV(ベンゼン基準)=19Hr^(-1)、反応温度190℃、反応圧力20kg/cm^(2)で行なった。」と記載され,反応開始後「エチルベンゼン」のほかに「ジエチルベンゼン」,「トリエチルベンゼン」も生成することが記載されている(摘記1c参照)。また,刊行物1には,比較例1として,実施例1において水を含まない条件のものも記載されている(摘記1c参照)。
そして,原料であるベンゼンとエチレンが反応管に供給され,生成物であるエチルベンゼンなどが反応管から流出していることは明らかである。
そうすると,刊行物1には,
「反応管内でエチルベンゼンを製造する方法であって、
ベンゼンとエチレンを8/1のモル比で反応管に供給し、
ベンゼンとエチレンとをY型ゼオライトとを反応管内で接触させ、反応温度が190℃、反応圧力20kg/cm^(2)、WHSV(ベンゼン基準)=19Hr^(-1)の条件で反応させ、生成したエチルベンゼンとジエチルベンゼン、トリエチルベンゼンを反応管から流出する方法」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

(4)対比・判断
ア 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「反応管」,「ベンゼン」,「エチレン」は,それぞれ,本願発明の「第1反応領域」,「ベンゼンを含む第1原材料」,「エチレンを含む第2原材料」に相当する。
引用発明の「ジエチルベンゼン、トリエチルベンゼン」は,本願発明の「ポリアルキル化芳香族化合物」に相当する。
引用発明の「Y型ゼオライト」は,「触媒として・・・用い」るものであるから,本願発明の「第1アルキル化触媒」であって,「モレキュラシーブ」に相当する。
そうすると,本願発明と引用発明とは,
「第1反応領域でエチルベンゼンを製造するプロセスであって:
(a)ベンゼンを含む第1原材料と、エチレンを含む第2原材料とを前記第1反応領域へ供給する工程と;
(b)前記原材料の混合物と第1アルキル化触媒とを前記第1反応領域で接触させる工程であって、前記エチルベンゼンとポリアルキル化芳香族化合物とを含む第1流出物を生成し、前記反応領域から流出する、工程とを備え;
前記第1アルキル化触媒がモレキュラーシーブを含有する、プロセス。」である点で一致し,以下の点で相違している。
(i)本願発明は,「エチレンを含む第2原材料」が「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む」ものであるのに対して,引用発明は「エチレン」である点(以下「相違点(i)」という。)
(ii)本願発明は,「ベンゼンを含む第1原材料」が「主として液相」で,「エチレンを含む第2原材料」が「少なくとも一部が気相」であり,「エチルベンゼンとポリアルキル化芳香族化合物とを含む第1流出物」は「主として液相」であるのに対して,
引用発明では,「ベンゼン」,「エチレン」,「エチルベンゼン、ジエチルベンゼン、トリエチルベンゼン」の相が明確でない点(以下「相違点(ii)」という。)
(iii)「前記第1反応領域の入口を100?260℃の温度と689?4601kPa-aの圧力として、前記反応領域は前記第1原材料と前記第2原材料の混合物が前記反応領域の少なくとも一部で混相であることを確実にする条件で運転される」とともに,「前記第1反応領域から流出するときに150?285℃の温度と689?4601kPa-aの圧力と0.1?10/時間のエチレンに基づくWHSVとして」,「前記反応領域の前記条件は、前記反応領域の少なくとも一部において混相から液相へ相変化することを確実にするものであ」るのに対して,引用発明では,反応管内を「反応温度が190℃、反応圧力20kg/cm^(2)、WHSV(ベンゼン基準)=19Hr^(-1)の条件で反応させ」ている点(以下「相違点(iii)」という。)

イ 相違点の検討
(ア)相違点(i)について
エチレンは,エタンの熱分解や石油分解法(ナフサ熱分解)などによって工業的に製造され,低温分留法などによって精製されて得られるものである(摘記2c,化学大辞典第1巻,第916?917頁,「エチレン製造法」参照)ので,精製の程度の低いエタンを含む低純度のエチレンは高純度のエチレンよりもコスト的に有利になることが理解できる。
そして,刊行物2には,引用発明と同じゼオライト触媒を使用したベンゼンとエチレンとの反応によってエチルベンゼンを連続的に製造する方法において,供給ガスとしてエチレンの他にエタンを含めてもよいことが記載されている(摘記2a,2b,2c参照)から,引用発明においてもエチレンのほかにエタンを含んでも同様に反応が進行することが理解できる。
そうすると,一般の化学反応において,コスト的に有利な原料を使用することは,当業者にとって自明の課題であって,引用発明の「エチレン」よりエタンを含む純度の低いエチレン(例えば,本願明細書の例2で示されるE/E比48.8程度のもの)を使用する動機付けが当業者にはあり,そのようなエタンを含む低純度のエチレンを使用してもエチルベンゼンの合成反応が進行することが刊行物2に示されていたのであるから,引用発明のエチレンとして,本願発明の「エタンおよび少なくとも50モル%のエチレンを含む」ものとすることは当業者が容易になし得たことと認められる。

(イ)相違点(iii)の反応領域の入口,流出時の温度,圧力,WHSVについて
刊行物1には,反応管の入口と流出時に分けて,その温度,圧力について記載はされていないものの,刊行物1に記載される反応管は,空間速度である「WHSV」が規定されていることからみて明らかに連続反応式のものであって,反応管の入口から出口までが空間として連続しているものであるから,反応管の入口から出口の間で多少の圧力変化が生じ得るとしても,通常,大きく圧力が変化することはないものと推認される。
そうすると,引用発明の反応管内の圧力20kg/cm^(2)は,1961kPa-aに相当するから,引用発明の入口の圧力は,本願発明の入口の「689?4601kPa-aの圧力」の範囲に含まれ,引用発明の出口の圧力も,本願発明の出口の「689?4601kPa-aの圧力」の範囲に含まれるものと推認することができる。
また,連続式で反応管に原料を導入し,流出物を出口から導出するにあたっては,反応管での加熱や反応熱による温度変化が入口と出口の間で生じ得るとしても,連続式であれば反応条件を定常状態に維持するために,反応温度と大きくかけはなれた温度で入口に導入することはなく,また,出口の温度も,反応管の一部である以上,内部と大きくかけはなれた温度にはならないものと推認される。
そうすると,引用発明における反応管内の反応温度190℃からみて,引用発明の反応管の入口の温度は,本願発明の入口の「100?260℃の温度」の範囲に含まれ,引用発明の出口の温度も本願発明の「150?285℃の温度」の範囲に含まれるものと推認することができる。
さらに,引用発明の「WHSV(ベンゼン基準)=19Hr^(-1)」は,エチレン基準では,ベンゼン/エチレンモル比8/1とモル重量比(ベンゼン78/エチレン28)とから計算して,「エチレン基準に基づくWHSV」は,0.85/時間に相当するから,引用発明の反応管出口におけるエチレン基準に基づくWHSVは,本願発明の「0.1?10/時間のエチレンに基づくWHSV」に含まれると推認することができる。
そうすると,相違点(iii)の反応領域の入口,流出時の温度,圧力,WHSVについての相違は実質的な相違ではない。

(ウ)相違点(ii)及び相違点(iii)の相状態について
上記の(イ)の推認を前提とし,また,本願明細書の例2の結果が正しいものと仮定して,さらに検討する。

引用発明における反応管の入口の温度,圧力は,本願発明で規定される範囲にあって,本願明細書の例2に示される触媒床2の原材料の温度より高く,圧力は逆に低くなっているので,本願明細書の例2よりも混相になりやすい条件であるといえる。
また,引用発明の組成はベンゼン/エチレンのモル比が8/1であるのに対して,例2の触媒床2の原材料は,ほかにエチルベンゼンやエタンを含むものの,ベンゼン/エチレン比は6.1と比較的近い値であり,本願明細書の「ベンゼンとエチレンを混相から液相でアルキル化するための特定の条件」として「約1から約10のベンゼンのエチレンに対するモル比」が示されている(摘記f参照)ことからすれば,組成からしても,引用発明の温度,圧力条件では混相になっていると推認できる。また,引用発明のベンゼンを含む第1原材料は液相として,エチレンを含む第2原材料は気相として供給されているものといえ,反応管の入口では,液相のベンゼンと気相のエチレンが混相になっているものと推認することができる。
仮に,引用発明の入口では混相ではないとしても,刊行物1には,「液相および/または気液混合相下で」反応することが記載されている(摘記1a,1b参照)ので,この記載に基づいて,反応を気液混合相で実施することは当業者が容易になし得たことと認められる。

一方,引用発明において,エチレンの転化率は100%である(摘記1c参照)であるから,反応によって生成したエチルベンゼンやポリアルキル化芳香族化合物を含む流出物は原料のエチレンがすべて反応して,液相になっている(混相から液相への相変化することを確実にする)ものと推認され,エチレンの他にエタンを含むエチレンを使用したとしても,同様に反応が進行すると解され(摘記2c参照),実際,本願明細書の例2でも,E/E比48.8のエタンを含むエチレンを使用してもエチレン転化率が100%となっている(摘記h参照)。
そして,引用発明の容器から流出する際の温度,圧力は,本願発明で規定される範囲にあって,本願明細書の例2に示される触媒床2の原材料の温度より低く,圧力も低いが,気相成分の大部分を占めるエチレンがすべて液相となっているのであるから,相違点(i)のようにエタンを含む低純度のエチレンガスを使用したとしても,例2に示されるとおり,E/E比48.8程度のエタンを含む低純度エチレンは,溶媒に溶解して液相になるものと推認できる。
なお,仮に,エタンガスがベンゼンやポリアルキル化芳香族の溶媒に完全に溶解し得ないとしても,E/E比48.8であれば,エチレンガス中のエタンモル比は2%にすぎず,流出物中の重量比は0.6%にしかならない((30×0.02)/(78×8+28×1+30×0.02)で計算した。)から,流出物は「主として液相」(「主として液相」とは重量比で液相が95%以上であると本願明細書に定義されている(摘記e参照)。)になるということができる。
また,仮に,引用発明が入口部で気液混合の混相ではなかったとしても,上記のとおり,刊行物1には,「気液混合相下で」反応することが記載され,その際には,反応率であるエチレン転化率が100%となるように,反応管の入口,出口の圧力や温度,原料の組成などを適宜選定することは当業者が容易になし得たことと認められ,そのようにすれば,上記のとおり,流出物が「主として液相」になることは明らかである。
したがって,引用発明において,相違点(ii)及び相違点(iii)の相状態とすることは,引用発明において,相違点(i)の構成を採用しても当業者が容易に想到し得たことと認められる。

ウ 本願発明の効果
本願明細書には,「本発明の1つの利点は、原材料を液相でなく混相に維持する費用が低いことである。本発明の他の利点は、液相アルキル化の温度が低いことである。」(摘記a参照)と記載され,さらに,「本発明は、触媒床(すなわち反応領域)の入口あるいはいかなる部分で混相であってもよいので、高価なコンプレッサを据え付ける必要がない、低い運転圧力でよいという点で、従来技術に対する優位性を有する。同時に、触媒床の出口で液相となるようにプロセスを設計することで、混相環境よりも液相の方がオレフィン転化率が高いので、高オレフィン転化率が達成可能となる。」(摘記c参照)と記載されていることから,本願発明の効果は,反応領域の入口部を混相にして運転圧力を低下させ,かつ,反応領域の出口が液相となるようにプロセス設計することで,液相アルキル化の温度を低下させ,高オレフィン転化率(エチレン転化率)が達成できるというものであると認める。
しかしながら,反応領域の入口部を混相とすること,出口部を液相となるようにプロセス設計することは,上記イで述べたように,当業者が容易になし得たことであり,引用発明の運転圧力は1961kPa-a,温度190℃とも本願発明と同様に低いものであり,かつエチレンの転化率も100%であるから,本願発明の効果は,引用発明及び刊行物2の記載から,当業者が容易に予測し得たものと認められる。

(5)請求人の主張について
ア 請求人の主張
請求人は,理由4について以下のような主張をしている。
本願発明は,非反応性のエタンが含まれる系であるから,流出物中にエタンが含まれるので,刊行物1に記載された発明において,エチレンの転化率は100%であることを根拠として,反応によって生成したエチルベンゼンやポリアルキル化芳香族化合物を含む流出物は原料のエチレンがすべて反応して,液相になるとはいえない。
刊行物2に記載された発明は,上記反応を「一部液相を維持した連続式の反応方式」(請求項1,[0010],[0028])によって行うものであり,「反応生成物は反応器上部から抜き出され、気液分離器にて一度ガス分と液分に分けたのち」([0034])と記載されていることからも明らかなとおり,反応器の入口から出口まですべて気液混相で操作されるものであって,本願発明の,反応領域の入口において反応系は混相であり反応領域の流出時において反応系は液相である製造方法とは異なる。当業者が,本願発明に規定された反応領域の入口において反応系は混相であり,反応領域の流出時において反応系は液相である反応方式に想到するために,刊行物1に記載された発明と刊行物2に記載された発明とを組み合わせる動機付けは存在しない。

イ 請求人の主張の検討
上記(4)イ(ア)で述べたとおり,引用発明において,刊行物2の記載及び本願優先日時点の技術常識を考慮すれば,エタンを含む低純度のエチレンガスを使用する動機付けは存在していたということができる。また,刊行物2は,気液相で反応させるものではあるが,そのことが引用発明において,エタンを含む低純度のエチレンガスの適用を阻害する理由にはならない。
そして,引用発明において,エタンを含む低純度のエチレンガスを使用してもエチレンの転化率が高いと推認できること,流出物に未反応のエタンガスを含んでいたとしても,反応領域の流出物が液相になる(少なくとも「主として液相」になる)と推認できることも上記(4)イ(イ),(ウ)で述べたとおりである。
よって,請求人の主張は採用できない。

(6)小括
以上のとおり,本願発明は,刊行物1,2に記載された発明に基いて,本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり,本願の発明の詳細な説明は,当業者がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
また,本願の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではなく,特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから,特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。
さらに,本願発明は,本願の優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1,2に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,その余の請求項について検討するまでもなく,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-06-26 
結審通知日 2014-07-01 
審決日 2014-07-14 
出願番号 特願2008-504062(P2008-504062)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C07C)
P 1 8・ 536- WZ (C07C)
P 1 8・ 121- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 坂崎 恵美子  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 木村 敏康
氏原 康宏
発明の名称 多相アルキル芳香族の製造  
代理人 山崎 行造  
代理人 山崎 行造  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ