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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01B
管理番号 1294732
審判番号 不服2013-12379  
総通号数 181 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-06-28 
確定日 2014-12-04 
事件の表示 特願2007-271387「酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成21年 5月 7日出願公開,特開2009- 99450〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は,平成19年10月18日の出願であって,平成24年11月16日付けの拒絶の理由の通知に対して,平成25年1月15日に意見書と手続補正書が提出され,同年4月8日付けで拒絶査定がなされ,同年6月28日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

2 本願発明
本願の請求項1-5に係る発明は,平成25年1月15日に提出された手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1-5に記載されている事項により特定されるとおりのものと認められるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明1」という。)は,次のとおりである。

「【請求項1】
アルミニウム素線を電解液中で陽極酸化処理することにより該アルミニウム素線の表面に陽極酸化皮膜を形成した後に,沸騰水又は蒸気圧力容器中に入れて封孔処理し,次いで熱処理を行なう酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法において,
熱処理後にエナメル塗装を行うことにより,高温雰囲気下で屈曲性のある酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法。」

3 引用例とその記載事項,及び,引用発明
本願の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物である下記の引用例1-3には,次の事項が記載されている。(なお,下線は,当合議体において付したものである。以下同じ。)

ア 引用例1:特開平9-63359号公報(拒絶理由の引用文献3)
(1a)「【0002】
【従来の技術】自動車のエンジンルーム,溶鉱炉の周辺等の高温雰囲気下で使用される電線には,耐熱性の優れる電線が要求される。そのような耐熱電線としては,従来より,図3に示すようなアルミニウム導体31上に陽極酸化処理による酸化膜32を設けたアルマイト電線が提案,開発されている。
【0003】アルマイト電線は,曲げても皮膜が剥がれ落ちることがなく可撓性に優れるが,導体がアルミニウムに限られるため銅を導体に用いた電線に比べ導電性が低く電気効率が悪いという問題があった。また,アルミニウムの融点は660℃であるために耐熱温度も自ずと限界があり,融点より低い温度でも高温下ではアルミニウムが軟化し強度が低下するため,実際に使用できる温度は660℃よりもさらに低い温度とならざるを得ない。また,アルマイト電線は,一般に絶縁破壊電圧等の電気絶縁特性が低いという問題もある。さらに,陽極酸化処理による酸化膜の主成分である酸化アルミニウムの線膨張係数(8.5×10^(-6)/K)はアルミニウムの線膨張係数(26.5×10^(-6)/K)に比べて小さいために,アルミニウム導体上に酸化アルミニウム膜が形成された従来のアルマイト電線を高温下で使用すると,アルミニウム導体の熱膨張に酸化膜が追随できず,酸化膜に亀裂が入ってしまうことがあった。」

(1b)「【0014】
【発明の実施の形態】本発明の耐熱電線は,図1に示すように,銅もしくは銅合金線材11上にステンレス層12を設け,この上にアルミニウムもしくはアルミニウム合金層13を設けた導体上に,陽極酸化処理により酸化膜14が形成された構造になっている。」

(1c)「【0020】上記のようにして得られる銅/ステンレス/アルミニウム複合導体に,酸化膜を形成する方法としては,導体を硫酸水溶液,燐酸水溶液,しゅう酸水溶液またはクロム酸水溶液等に漬けて陽極とし,別にこの溶液に漬けた電極を陰極とし通電することにより形成する陽極酸化処理による方法が一般的である。溶液の種類,電圧,電流,温度等は所望の陽極酸化皮膜の性質に応じて適宜選択する。」

(1d)「【0023】酸化膜が多孔型である場合には,封孔処理を行うのが好ましい。
【0024】封孔処理方法としては,沸騰水または過熱蒸気で処理する方法があるが,耐熱塗料を塗り込み焼き付ける,または粉体を埋め込む方法がより効果的である。」

(1e)「【0029】耐熱電線の最外層には,有機ポリマや無機ポリマを主体とする保護層を設けるのが好ましく,耐熱電線の加工性を考慮して,表面滑り性のよい保護層が選択される。このような表面滑り性のよい保護層としては,巻線の絶縁ワニスに通常使用される有機ポリマを使用することができ,例えばポリイミド,ポリアミドイミド,ポリエステルが挙げられる。この保護層は,耐熱電線の加工あるいは配線をした後,実際の使用あるいは強制的処理による高温により分解,消失してもかまわないので有機ポリマでもよい。無機ポリマとしては,例えばシリコーン等が挙げられる。」

イ 引用発明
上記摘記(1a)の記載から,引用例1には,以下の発明(引用発明)が,従来の技術として記載されていると認められる。

「自動車のエンジンルーム,溶鉱炉の周辺等の高温雰囲気下で使用される耐熱性の優れる電線として開発されている耐熱電線の製造方法であって,
アルミニウム導体31上に陽極酸化処理により酸化膜32を設ける工程を有する,曲げても皮膜が剥がれ落ちることがなく可撓性に優れるアルマイト電線の製造方法。」

ウ 引用例2:特開昭60-135596号公報(拒絶理由の引用文献1)
(2a)「2.特許請求の範囲
アルミニウムまたはアルミニウム合金である被処理体の表面に,陽極酸化により酸化被膜を形成し,この被膜の封孔処理をした後に,速やかに該封孔処理体を140?200℃に加熱することを特徴とする陽極酸化被膜の処理方法。」(第1ページ左下欄第4-9行)

(2b)「〔発明の技術分野〕
本発明は,アルミニウムまたはアルミニウム合金製の被処理体の表面に陽極酸化により形成した酸化物被膜の耐熱性を向上させるための処理方法に関する。」(第1ページ左下欄第11-15行)

(2c)「〔従来技術〕
従来,アルミニウムやアルミニウム合金製の被処理体の表面に陽極酸化により酸化アルミニウムの被膜を形成する場合には,被処理体を陽極とする電解酸化法が採用されていた。
しかしながら,かかる従来の電解酸化法で形成された酸化被膜では,高温使用時と常温使用時の温度差によってアルミ母材と酸化被膜との熱膨張差によってクラックが生じ,酸化被膜の剥離,脱落や,被膜が着色されている場合には脱色するなど耐熱性が低下する欠点があった。」(第1ページ左下欄第16行-同ページ右下欄第6行)

(2d)「本発明においては,まずアルミニウムまたはアルミニウム合金である被処理体を陽極として電解酸化をし,被処理体の表面に酸化被膜を形成させる。
アルミニウム合金としては,通常,銅,マンガン,珪素,およびマグネシウムなどとの合金が用いられる。
陽極酸化は,電解液として蓚酸水溶液を用いる蓚酸法,クロム酸水溶液を用いるクロム酸法,あるいは硫酸水溶液を用いる硫酸法のいずれによっても行うことができる。
なお,陽極酸化の具体的条件は特に限定されるものではなく,従来の陽極酸化の条件を適宜適用することができる。
陽極酸化が終了した後に,被処理体の表面に形成された酸化被膜の封孔処理をする。
その封孔処理は薬液,例えば重クロム酸ソーダ水溶液,脱イオン沸騰水,ニッケルまたはコバルト酢酸塩の加熱水溶液,その他の封孔処理液中で行われる。
次に本発明において重要なことは,封孔処理の後に,速やかに封孔処理体を140?200℃,好ましくは170?190℃にに加熱することである。
この加熱時間は,通常では30?60分であり,好ましくは40?50分である。
加熱温度が140℃よりも低いと耐熱温度が低くなり(耐熱性が低下し),また200℃を越えると被膜剥離が発生しやすくなるので好ましくない。
ここで速やかにとは,封孔処理後12時間以内の意味であり,好ましくは1時間以内である。
また,封孔後,加熱開始時間は短いほど良好な結果が得られるが,12時間よりも長いと効果が低下する。
封孔処理の後,加熱にいたる間の時間が12時問を越えると,後述するように,たとえ加熱処理をしても酸化被膜の耐熱性を向上させることができなくなる。
なお,酸化被膜に着色処理をする場合には,通常行われるように,陽極酸化の後に酸化被膜の染色を行い,次いで封孔処理をした後に,上記と同様に加熱する。」(第1ページ右下欄第18行-第2ページ右上欄第20行)

(2e)「〔発明の効果〕
以上述べたように,本発明によれば,陽極酸化,次いで封孔処理の後に,速やかに封孔処理体を140?200℃に加熱するので,被処理体の表面に形成された酸化被膜の脱落,剥離を防止し,耐熱性を著しく向上させることができる。
従って本発明により形成され酸化被膜は,高温使用時と常温使用時の大きな温度差にもかかわらず,長期間にわたって酸化被膜を安定して存統させることができる。」(第2ページ左下欄第1-10行)

エ 引用例3:特開昭61-18472号公報(拒絶理由の引用文献2)
(3a)「2.特許請求の範囲
陽極酸化皮膜形成後のアルミニウム又はアルミニウム合金に,湯洗又は封孔による水和処理を施し,次いで第1次乾燥処理を行なつた後,塗装処理を施してから塗料の焼付けを目的とする第2次乾燥処理を行なう一連の表面処理工程に於いて,第1次乾燥処理時の加熱温度を第2次乾燥処理時の加熱温度よりも高くして処理することを特徴とするアルミニウム又はアルミニウム合金の表面処理方法。」(第1ページ左下欄第5-14行)

(3b)「従来,此の種の複合皮膜を有するアルミニウムは,(イ)陽極酸化皮膜処理,(ロ)湯洗又は封孔による水和処理,(ハ)水切り乾燥処理,(ニ)塗装処理,(ホ)焼付乾燥処理の各工程順に処理され,アルミニウムの表面に陽極酸化皮膜と塗装皮膜とを形成する・・・」(第1ページ右下欄第6-11行)

(3c)「また封孔処理の場合は,陽極酸化皮膜の孔を水和物で塞ぐ程度に水和させる処理により耐食性を向上することを主な目的とし,その処理方法には,純水もしくは雑イオンの少ない地下水か,これに各種の物質を添加して温度95℃位に加温した液中に10分間以上浸漬する方法,あるいは1気圧?数気圧の加圧蒸気の雰囲気中にて10?数10分間処理する方法等があり・・・」(第2ページ左上欄第15行-同ページ右上欄第5行)

(3d)「(ニ)の塗装処理では,前記の各処理を完了した下地皮膜の上面に塗装皮膜を形成させることを目的とするもので,TFS塗装用のアクリル系熱硬化性樹脂塗料を用いて浸漬塗装を行なう方法,水溶性アクリル系熱硬化性樹脂塗料を用いて電着塗装を行なう方法,あるいはポリウレタン系樹脂塗料を使用して吹付け塗装を行なう等の方法によって厚さ数μm-10数μmの塗装皮膜を形成する。
(ホ)の焼付乾燥処理では,塗装後に於ける塗料の硬化を目的とするもので,一般には温度120°C以上で10?数10分間処理する。」(第2ページ右上欄第14行-同ページ左下欄第9行)

4 対比
(1)引用発明の「酸化膜32」が,「酸化アルミニウム」であり,また,引用発明の「アルマイト電線」の「アルミニウム導体31」が,前記「酸化膜32」によって,被膜絶縁されていることは明らかであるから,引用発明の「アルマイト電線」は,本願発明1の「酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線」に相当する。

(2)引用発明の「アルミニウム導体31」は,本願発明1の「アルミニウム素線」に相当する。また,アルミニウム導体上に酸化膜を設ける陽極酸化処理が,電解液中で行われることは明らかである。
そうすると,引用発明の「アルミニウム導体31上に陽極酸化処理による酸化膜32を設けた」と,本願発明1の「アルミニウム素線を電解液中で陽極酸化処理することにより該アルミニウム素線の表面に陽極酸化皮膜を形成した後に,沸騰水又は蒸気圧力容器中に入れて封孔処理し,次いで熱処理を行なう」とは,「アルミニウム素線を電解液中で陽極酸化処理することにより該アルミニウム素線の表面に陽極酸化皮膜を形成」する点で一致する。

(3)そうすると,引用発明と,本願発明1の,一致点,相違点は以下のとおりとなる。

<一致点>
「アルミニウム素線を電解液中で陽極酸化処理することにより該アルミニウム素線の表面に陽極酸化皮膜を形成する,酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法。」

<相違点>
・相違点1:酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法において,本願発明1は,「アルミニウム素線を電解液中で陽極酸化処理することにより該アルミニウム素線の表面に陽極酸化皮膜を形成した後に,沸騰水又は蒸気圧力容器中に入れて封孔処理し,次いで熱処理を行なう」のに対して,引用発明は,「アルミニウム導体31上に陽極酸化処理による酸化膜32を設けた」ものである点。
すなわち,本願発明1が,アルミニウム素線の表面に陽極酸化皮膜を形成した後に,「沸騰水又は蒸気圧力容器中に入れて封孔処理し,次いで熱処理を行なう」工程を有するものであるのに対して,引用発明には,このような工程が示されていない点。

・相違点2:本願発明1が,「熱処理後にエナメル塗装を行うことにより,高温雰囲気下で屈曲性のある酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法」であるのに対して,引用発明が,「『自動車のエンジンルーム,溶鉱炉の周辺等の高温雰囲気下で使用される耐熱性の優れる電線として開発されている耐熱電線の製造方法であって,』『曲げても皮膜が剥がれ落ちることがなく可撓性に優れるアルマイト電線の製造方法』」である点。
すなわち,本願発明1が,「熱処理後にエナメル塗装を行う」ものであるのに対して,引用発明には,このような工程が示されておらず,また,本願発明1が,熱処理後にエナメル塗装を行うことにより,「高温雰囲気下で屈曲性のある」酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法であると特定するのに対して,引用発明は,このような特定がない点。

5 相違点についての検討
・相違点1について
引用例1の上記摘記(1b)の「アルミニウムもしくはアルミニウム合金層13を設けた導体上に,陽極酸化処理により酸化膜14が形成された構造」,上記摘記(1c)の「酸化膜を形成する方法としては,・・・陽極酸化処理による方法が一般的である。」,及び,上記摘記(1d)の「酸化膜が多孔型である場合には,封孔処理を行うのが好ましい。封孔処理方法としては,沸騰水または過熱蒸気で処理する方法がある」との記載,引用例2の上記摘記(2d)の「『陽極酸化が終了した後に,被処理体の表面に形成された酸化被膜の封孔処理をする』『その封孔処理は薬液,例えば,・・・脱イオン沸騰水,・・・の封孔処理液中で行われる』『封孔処理の後に,速やかに封孔処理体を140?200℃,好ましくは170?190℃に加熱する』」との記載,及び,引用例3の上記摘記(3b)の「従来,此の種の複合皮膜を有するアルミニウムは,(イ)陽極酸化皮膜処理,(ロ)湯洗又は封孔による水和処理,(ハ)水切り乾燥処理,・・・の各工程順に処理」,及び,上記摘記(3c)の「封孔処理の場合は,・・・加圧蒸気の雰囲気中にて10?数10分間処理する方法」の記載からも明らかなように,アルミニウムを電解液中で陽極酸化処理することにより該アルミニウムの表面に陽極酸化皮膜を形成した後に,沸騰水または過熱蒸気で封孔処理すること,脱イオン沸騰水による封孔処理と当該封孔処理後の加熱処理を行うこと,あるいは,加圧蒸気の雰囲気中での封孔処理と,その後の水切り乾燥処理を行うことは,アルミニウムの陽極酸化処理に付随した周知の工程であると認められる。
すなわち,引用発明の「アルミニウム導体31上に陽極酸化処理による酸化膜32を設けた」工程は,陽極酸化皮膜を形成した後に付随する,沸騰水又は蒸気圧力容器中に入れて封孔する処理,及び,これに続く熱処理という周知の工程を含むものと理解することが自然といえるから,相違点1は,実質的なものではない。

また,仮に,引用発明の「アルミニウム導体31上に陽極酸化処理による酸化膜32を設けた」工程が,「封孔処理」及び「熱処理」を付随する工程であると解することができなかったとしても,上記相違点1について,本願発明1の特定事項とすることは,以下の理由から当業者が容易になし得たことである。
すなわち,引用発明には,引用例1の上記摘記(1a)の記載からも明らかなように,「アルミニウム導体上に酸化アルミニウム膜が形成された従来のアルマイト電線を高温下で使用すると,アルミニウム導体の熱膨張に酸化膜が追随できず,酸化膜に亀裂が入ってしまうことがあった。」という課題が存在する。
他方,引用例2の上記摘記(2c),及び(2b)の記載から,引用例2には,従来の処理方法における,アルミニウムやアルミニウム合金製の被処理体の表面に陽極酸化により形成した酸化アルミニウムの被膜が,高温使用時と常温使用時の温度差によってアルミ母材と酸化被膜との熱膨張差によってクラックが生じ,酸化被膜の剥離,脱落するなどの耐熱性が低下する欠点を解決することを課題とした,アルミニウムまたはアルミニウム合金製の被処理体の表面に陽極酸化により形成した酸化物被膜の耐熱性を向上させるための処理方法が開示されていることを理解できる。
そうすると,引用発明と引用例2に接した当業者であれば,引用発明の上記課題を解決するために,引用例2に記載された,同種の課題を解決するための処理方法を適用すること,すなわち,引用発明の「アルミニウム導体31上に陽極酸化処理による酸化膜32を設け」る工程において,例えば,引用例2の上記摘記(2d)に記載された「『陽極酸化が終了した後に,被処理体の表面に形成された酸化被膜の封孔処理をする』『その封孔処理は薬液,例えば,・・・脱イオン沸騰水,・・・の封孔処理液中で行われる』『封孔処理の後に,速やかに封孔処理体を140?200℃,好ましくは170?190℃に加熱する』」方法を適用することは容易に想到し得たことである。
したがって,相違点1が実質的なものであったとしても,相違点1について,本願発明1の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことである。また,このような特定事項を採用したことによる効果は当業者が予測し得た範囲内のものである。

・相違点2について
(1)引用例1の上記摘記(1e)の「耐熱電線の最外層には,有機ポリマや無機ポリマを主体とする保護層を設けるのが好ましく」等の記載からも明らかなように,耐熱電線の最外層に保護層を設けることが好ましいとされていることは当業者にとって技術常識といえる。

(2)また,陽極酸化皮膜を形成したアルミニウムの表面に,エナメル塗装を行うことは,上記の引用例1及び引用例3の記載から,アルミニウムの表面処理方法として周知であるといえる。

(3)すなわち,引用例1の上記摘記(1b)-(1e)の記載から,アルミニウムもしくはアルミニウム合金層を設けた導体上に,陽極酸化処理により酸化膜を形成した構造の耐熱電線の製造方法において,前記耐熱電線の最外層には,有機ポリマや無機ポリマを主体とする保護層を設けるのが好ましく,当該保護層としては,巻線の絶縁ワニスに通常使用される有機ポリマを使用することができ,例えばポリイミド,ポリアミドイミド,ポリエステルが挙げられていることが理解できる。

(4)また,引用例3の上記摘記(3a)-(3d)の記載から,陽極酸化皮膜形成後のアルミニウム又はアルミニウム合金に封孔を施し,次いで第1次乾燥処理を行なつた後,塗装処理を施してから塗料の焼付けを目的とする第2次乾燥処理を行なう,アルミニウム又はアルミニウム合金の表面処理方法において,前記塗装処理は,塗装皮膜を形成させることを目的とするもので,TFS塗装用のアクリル系熱硬化性樹脂塗料を用いて浸漬塗装を行なう方法,水溶性アクリル系熱硬化性樹脂塗料を用いて電着塗装を行なう方法,あるいはポリウレタン系樹脂塗料を使用して吹付け塗装を行なう等の方法によって厚さ数μm-10数μmの塗装皮膜を形成するものであり,前記焼付乾燥処理は,塗装後に於ける塗料の硬化を目的とするもので,一般には温度120°C以上で10?数10分間処理するものであるアルミニウム又はアルミニウム合金の表面処理方法を理解することができる。

(5)そして,本願発明1と技術分野が共通するエナメルアルミニウム線という技術分野においては,「エナメル皮膜(coating)」を,「硬化樹脂を適切な方法によって導体又は線に乾燥及び/又は硬化したもの。」を意味する技術用語として用い,「エナメル線(enamelled wire)」を,「硬化樹脂によって絶縁塗装した線。」を意味する技術用語として用いることは,平成11年3月20日に制定された,日本工業規格 JIS C 3215-0-3:1999「巻線個別規格-第0部:一般特性-第3節:エナメルアルミニウム線」における,「3.1 定義」等にも記載されているように,「エナメル」という語を含む技術用語の通常の使用方法であると認められる。
そうすると,同様に「エナメル」という語を含む技術用語である,本願発明1の「エナメル塗装」という用語は,「硬化樹脂を適切な方法によって線に乾燥及び/又は硬化した塗装」という程度の意味を有する用語として用いられているものと理解することが自然といえる。本願明細書の【0015】の「エナメル塗装の手法としては,従来公知の手法を採ることができる。エナメル塗装としては,従来のアルキッド樹脂(エポキシ変性メラミン樹脂,ウレタン変性樹脂,シリコーン変性樹脂,アクリル変性樹脂等)や,ポリイミド,ポリアミドイミドを使用する。」との記載は,前記理解と整合するものと認められ,本願の明細書又は特許請求の範囲には,前記理解が適切でないとする特段の記載は認められない。

(6)そして,前記引用例1の「巻線の絶縁ワニスに通常使用される,例えばポリイミド,ポリアミドイミド,ポリエステル」,及び,引用例3の「『TFS塗装用のアクリル系熱硬化性樹脂塗料』,『水溶性アクリル系熱硬化性樹脂塗料』,『ポリウレタン系樹脂塗料』は,いずれも「硬化樹脂」といえる。
そうすると,前記引用例1の「巻線の絶縁ワニスに通常使用される,例えばポリイミド,ポリアミドイミド,ポリエステル等の有機ポリマを主体とする保護層」,及び,引用例3の「『TFS塗装用のアクリル系熱硬化性樹脂塗料を用いて浸漬塗装を行なう方法,水溶性アクリル系熱硬化性樹脂塗料を用いて電着塗装を行なう方法,あるいはポリウレタン系樹脂塗料を使用して吹付け塗装を行なう等の方法によって厚さ数μm-10数μmの塗装皮膜を形成』し,その後『塗装後に於ける塗料の硬化を目的と』した『焼付乾燥処理』を行う処理によって得た塗装」は,いずれも「硬化樹脂を適切な方法によって線に乾燥及び/又は硬化した塗装」,すなわち,「エナメル塗装」であるということができる。

(7)すなわち,引用例1及び引用例3の記載から,陽極酸化皮膜を形成したアルミニウムの表面に,エナメル塗装を行うことは,アルミニウムの表面処理方法として周知であると認められる。

(8)そうすると,耐熱電線の最外層に保護層を設けることが好ましいとされていることが当業者にとって技術常識であり,また,陽極酸化皮膜を形成したアルミニウムの表面に,エナメル塗装を行うことが,アルミニウムの表面処理方法として周知であると認められるのであるから,アルミニウム導体31上に陽極酸化処理により酸化膜32を設ける工程を有する耐熱電線の製造方法である引用発明において,好ましいとされている保護層の形成を,周知のエナメル塗装によって行うことは,当業者が容易に想到し得たことである。
しかも,引用例1の上記摘記(1a)の「アルマイト電線は,一般に絶縁破壊電圧等の電気絶縁特性が低いという問題もある。」との記載から,引用発明の絶縁破壊電圧等の電気絶縁特性が低いという問題が理解できるところ,引用発明の表面にエナメル塗装を行うと,前記絶縁破壊電圧等の電気絶縁特性が低いという問題が改善することは,当業者であれば直ちに理解するといえるから,この点においても,引用発明にエナメル塗装を適用する動機があると認めることができる。

(9)そして,このような特定事項を採用したことによる効果は当業者が予測し得た範囲内のものであると認められる。そして,「高温雰囲気下で屈曲性のある」という発明特定事項は,引用発明に周知のエナメル塗装を行った場合においても奏される特性であると認められる。すなわち,本願の明細書又は特許請求の範囲には,「高温雰囲気下で屈曲性のある」という発明特定事項について,具体的な数値等が示されていないから,前記「高温雰囲気下で屈曲性のある」が,当業者の予測を超えた顕著なものであると認めることはできない。

(10)したがって,相違点2について,本願発明1の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことである。また,このような特定事項を採用したことによる効果は当業者が予測し得た範囲内のものである。

なお,審判請求人は,審判請求書の請求の理由の欄において,
「(2)本願請求項1記載の発明の効果:
請求項1記載の「熱処理後にエナメル塗装を行うこと」(構成A)により,「高温雰囲気下で屈曲性のある酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線」が得られるという効果が得られます。」,及び,
「引用文献3には,段落番号[0029]に「耐熱電線の最外層には,有機ポリマや無機ポリマを主体とする保護層を設けるのが好ましく,耐熱電線の加工性を考慮して,表面滑り性のよい保護層が選択される。このような滑り性のよい保護層としては,巻線の絶縁ワニスに通常使用される有機ポリマを使用することができ,例えばポリイミド,ポリアミドイミド,ポリエステルが挙げられる。」と審査官はここまでしか引用しておられませんが,実はその後に,「阻害事由」が記載されています。「この保護層は,耐熱電線の加工あるいは配線を施した後,実際の使用あるいは強制的処理による高温により分解,消失しても構わないので有機ポリマ(審判請求人の注:ここは「無機ポリマ」の誤記?)でもよい。無機ポリマとしては,例えばシリコーン等が挙げられる。」とあります。
この保護層は,施工時に滑り易くて配線がスムーズにいく保護層であればよいのであって,したがって配線後は無くなってもよい層であり,「高温により分解,消失するもの」でよい(これに対して,本願請求項1記載の発明のエナメル層は「高温雰囲気下で屈曲性のある」もので,配線後無くなってはならない層。真逆です。)のです。
このような「高温により分解できるものでよい保護層」の引用文献3から「高温雰囲気下で屈曲性のある」エナメル層は想定されません。すなわち,構成Aについて記載がありません。」
と主張するので,以下検討する。
引用例1の上記摘記(1b)には,次の記載がある。
「この保護層は,耐熱電線の加工あるいは配線をした後,実際の使用あるいは強制的処理による高温により分解,消失してもかまわないので有機ポリマでもよい。無機ポリマとしては,例えばシリコーン等が挙げられる。」
そして,「かまわない」とは,「差し支えない。気にしない。」という程度の意味を有する用語である。そうすると,引用例1の前記記載は,「この保護層は,耐熱電線の加工あるいは配線をした後,実際の使用あるいは強制的処理による高温により分解,消失しても差し支えない,気にしない」という意味に解される。
すなわち,引用例1の前記記載は,「保護層」の分解,消失を許容していると解することができるものの,「保護層」の分解,消失が必ず起こることを前提としているとは認めることはできない。
そうすると,引用例1には,実際の使用あるいは強制的処理による高温により分解,消失しないエナメル塗装を行うことも示されていると理解できるから,引用発明において,実際の使用あるいは強制的処理による高温により分解,消失しないエナメル塗装を行うことに阻害事由が存在するとまでは認められない。

さらに,審判請求人は,審判請求書の請求の理由の欄において,「アクリル系熱硬化性樹脂塗料」を用いた塗装,及び,「ポリウレタン系の塗料」を用いた塗装が,「エナメル塗装」ではないと主張する。
しかしながら,本願発明1における「エナメル塗装」は,上記(5)で検討したように,「硬化樹脂を適切な方法によって線に乾燥及び/又は硬化した塗装」という程度の意味を有する用語として用いられているものと解されるところ,前記「アクリル系熱硬化性樹脂塗料」及び前記「ポリウレタン系の塗料」は,当該「硬化樹脂」に該当するものと認められる。しかも,下記の周知例1の記載からも明らかなように,「ポリウレタンエナメル線絶縁塗料」を用いた塗装は,電気・電子機器等の電気絶縁電線として幅広く使用されていることも認められる。したがって,前記「アクリル系熱硬化性樹脂塗料」を用いた塗装,及び,「ポリウレタン系の塗料」を用いた塗装は,いずれも「エナメル塗装」であるといえるから,審判請求人の前記主張は採用することができない。

・周知例1:特開2006-89556号公報
(周1a)「【背景技術】
【0002】
ポリウレタンエナメル線絶縁塗料は,銅線やアルミニウム線などの電気伝導体(導体)に塗布焼付けして,導体上にポリウレタンの電気絶縁皮膜を形成させて,電気・電子機器等の電気絶縁電線として幅広く使用されている。」

よって,審判請求人の前記各主張は,いずれも採用することができない。

6 むすび
以上のとおり,本願発明1は,引用例1-3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

したがって,本願の他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-10-03 
結審通知日 2014-10-07 
審決日 2014-10-22 
出願番号 特願2007-271387(P2007-271387)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 近藤 政克大久保 智之  
特許庁審判長 松本 貢
特許庁審判官 加藤 浩一
恩田 春香
発明の名称 酸化アルミニウム被膜絶縁アルミニウム電線の製造方法  
代理人 本多 弘徳  

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