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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F02F
管理番号 1295493
審判番号 不服2013-4760  
総通号数 182 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-03-12 
確定日 2014-12-10 
事件の表示 特願2008-501215「硬化ピストン周溝を備えた往復動内燃機関におけるピストン」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 9月21日国際公開、WO2006/097265、平成20年 8月21日国内公表、特表2008-533373〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2006年3月14日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2005年3月18日、ドイツ連邦共和国)を国際出願日とする出願であって、平成19年9月18日に特許法第184条の5第1項に規定する書面が提出され、同年11月1日に同法第184条の4第1項に規定する明細書、請求の範囲及び要約書の翻訳文が提出され、平成23年1月7日付けで拒絶理由が通知され、同年7月6日に意見書及び手続補正書が提出され、平成24年1月24日に最後の拒絶理由が通知され、同年5月25日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年11月8日付けで拒絶査定がされ、平成25年3月12日に拒絶査定に対する審判請求がされ、同年4月18日に審判請求書の請求の理由を補正する手続補正書(方式)が提出され、その後、当審において同年12月6日付けで拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、平成26年6月5日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明は、平成26年6月5日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲、平成23年7月6日に提出された手続補正書により補正された明細書及び国際出願時の図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
複数のピストン周溝(4)を有するピストン上部(1)を備え、前記ピストン周溝のうちの少なくとも燃焼室近くの最上位周溝(4a)が、境界層(6)により摩耗に対して防護され硬化された溝フランク(溝壁、5a、5b)を有している窒化物形成性基合金鋼から成る往復動内燃機関におけるピストンにおいて、
摩耗に対して防護された周溝(4a、b、c)を有するピストン上部(1)の少なくとも外側面に、更に窒化層の形態をした他の摩耗・腐食防護層(7)が設けられ、該摩耗・腐食防護層(7)が、窒素雰囲気内ないし窒素・炭素雰囲気内におけるプラズマ窒化法あるいはプラズマニトロ浸炭法による窒化物形成基合金鋼の転換によって発生され、これにより、硬化溝フランク(5a、b)が窒化層(7)で追加的に防護されているピストンであって、前記ピストン上部(1)の全外側面に窒化層(7)が設けられ、ピストン上部(1)の内側面は窒化層(7)が設けられていないものとし、
前記窒化層(7)は、硬化された溝フランク(5a、5b)において、窒化により硬化された境界層(6)を含めて0.2mm?1.0mmの厚さ(窒化硬化深さ)を有し、また、前記窒化層(7)は、拡散層とその上に形成された化合物層とを有し、前記化合物層の厚さは2μm?15μmとし、さらに、前記窒化層は、550HV(ビッカース硬さ)より大きな表面硬さを有していることを特徴とする往復動内燃機関におけるピストン。」

第3 引用文献の記載、引用文献の記載事項及び引用発明
1 引用文献の記載
当審拒絶理由で引用された、本願の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平9-170489号公報(以下、「引用文献」という。)には、「内燃機関用鋳鉄ピストン」に関して、図面とともに概ね次の記載(以下、順に、「記載1a」ないし「記載1g」という。)が記載されている。

1a 「【0002】
【従来の技術】従来、車両用高出力のディーゼルエンジンで耐熱負荷性が要求されるピストンに、最近、ダクタイル鋳鉄から成る仕上げ加工後のピストン本体の外形形成面所要部にガス軟軟窒化処理を施した事例が実開平3-87848号公報で知られている。図6に基づき説明する。図6に示すように、内部にアンモニアガス等22を導入したガス軟窒化炉、23は仕上げ加工が終了したダクタイル鋳鉄製のピストン本体、24、25、26はピストン本体23の外形形成面の所要箇所、すなわち、ピストン本体23の外周23aの表面、ピストンリング溝23bの表面、ピストンピン穴23cの内周面、燃焼室23dの内面等の各外形形成面28a、28b、28c、28d、を加熱するための高周波加熱コイル、27はピストン本体を載置するための架台である。ピストン本体23に軟窒化処理を施す際には、先ずピストン本体23を軟窒化処理炉21の架台に載置し、続いて高周波加熱コイル24をピストン本体23の外周23a及びピストンリング溝23b近傍に設置し、高周波加熱コイル25をピストンピン孔28cの外形成面28c近傍に設置し、高周波加熱コイル26を燃焼室23dの外形成面28d近傍に設置する。次に外部から炉21内へアンモニアガス等2を導入すと共に高周波加熱コイル24、25、26、に通電を行ってピストン本体23の外周23a、ピストンリング溝23b、ピストンピン孔23c、燃焼室23dの各外形形成面28a、28b、28c、28dを高周波により所定の温度(約550℃)に加熱する。このため、アンモニアガス等は加熱されて窒素ガスと水素ガスに分解され、窒素ガスがピストン本体23の外周23a、ピストンリング溝23b、ピストンピン穴23c、燃焼室23dの各外形形成面28a、28b、28c、28dに含侵されて、図6の斜線で示す部分にガス軟窒化処理が施される。・・・(略)・・・なお、本考案の実施例においては、ピストン本体のガス軟窒化処理を高周波加熱により行う場合について説明したが、所要部分の加熱をおこなうことができるなら高周波加熱に限らず、種々の加熱手段を採用することが可能なこと、その他、本考案の要旨を逸脱しない範囲内で種々変更を加え得ること、等は勿論であることが記載されている。」(段落【0002】)

1b 「【0006】
【課題を解決するための手段】上記目的を解決するために、本発明の内燃機関用鋳鉄ピストンの第1発明では、耐摩耗及び/又は、耐酸化性/及び/又は、耐高温強度向上のため表面に窒化又は、軟窒化処理を施す鋳鉄又は、鉄系ピストンにおいて、ピストンピン穴9中心からピストン1下端までの長さLに対するスカート8中央部の肉厚t1の比と、長さLに対するスカート8下端の肉厚t2との比の積が0.0125?0.2500の範囲にあり、かつ、ピストンの表面に、窒化又は、軟窒化処理を施すことを特徴とする。このようなピストンのスカート部の剛性と、窒化処理によるスカート部の窒化処理前と窒化処理後との寸法変化が小さい、窒化処理したピストンが得られる。又、このように窒化処理をおこなうことにより、ピストンの燃焼室リム部の長時間稼働で微細亀裂を起点とする疲労破壊が防止することができ、かつ、高出力化によるピストンのスカート8部分の耐焼つき性、耐摩耗性、及び、トップリング溝5、及び、ピストンピン穴9の耐摩耗性を向上することができる。」(段落【0006】)

1c 「【0008】第1発明あるいは第2発明において、ピストンの表面の窒化又は、軟窒化処理は、イオン窒化である。このようなイオン窒化は、プラズマ中に発生する陰イオンを鋳鉄表面に蒸着させる電気的窒化法である。窒化ポテンシャルが高く、ガス窒化方法に比べて処理時間が短い上、深い窒化層を得られる点が大きな特徴である。加えて、表面脆化層の生成を抑えるため後加工の必要がない。又、部分窒化が容易で、歪みが少なく、加工表面を清浄にすることができる。」(段落【0008】)

1d 「【0009】
【発明の実施の形態及び実施例】以下に、第1実施例を図1及至図4を参照して、詳細に説明する。第1実施例は鋳鉄ピストンの表面に窒化又は、軟窒化処理を施したした例、及び、イオン窒化の例である。先ず、図1の左側で表面に窒化又は、軟窒化処理を施した鋳鉄ピストン1の構成から説明する。図1の左側は鋳鉄ピストン1の半断面図を示している。材質はフェライト焼鈍化した球状黒鉛鋳鉄で、機械加工完了後、窒化又は、軟窒化処理を施す。図中の1点鎖線に示すように鋳鉄ピストン1の全部の表面に軟窒化処理2を施す。すなわち、ピストン頂部3、燃焼室4、リム部4a、トップリング溝5、セカンドリング溝6、オイルリング溝7、スカート8、およびピストンピン穴9部の表面に処理を施す。」(段落【0009】)

1e 「【0010】・・・(略)・・・次に、ピストンの材質がフェライト焼鈍化した球状黒鉛鋳鉄で、軟窒化処理した場合の効果を図4で説明する。図4は縦軸に酸化膜厚さを、横軸はエンジン耐久の運転時間を示している。縦軸の酸化膜厚さはピストンの劣化を表す特性で、厚みが大きい程劣化が大きい、従来の経験から、許容限度は70μmを基準とし、この値以上は危険域、この値以下を安全域としている。測定箇所はピストンに亀裂の入り易い燃焼室のリム部としている。図中の実線Gは軟窒化処理なしの劣化特性で、m点で耐久運転時間950hで許容限度に達する。又、図中の点線Hは軟窒化処理ありの劣化特性で、耐久運転時間1000hで余裕のある安全域にある。軟窒化処理の有り、無しを、耐久運転時間500hで比較すると、酸化膜厚さはj点からk点(太い点線の矢印)に下がり、約1/5に低減される。」(段落【0010】)

1f 「【0011】次に、イオン窒化について説明する。イオン窒化は1?10mmHgの低圧ガス雰囲気中で炉体を陽極+、被処理物を陰極-とし、通常350?1000Vの直流電圧を印加し、グロー放電を発生させ窒化を行わせる。グロー放電により窒化用ガスはイオン化し、電場によつて加速され、被処理物に衝突する。このエネルギーは熱エネルギーに変換され被処理物を加熱するとともに、カソード・スパッタリングを起こし、その表面から鉄等(Fe,C,O)の原子及び電子を叩きだす。飛び出した鉄原子はグロープラズマ中の原子状窒素と結合して窒化鉄FeNを形成し、被処理物表面状に蒸着する。そして低位の窒化物に分解過程で放出される窒素Nが鋼内部に拡散する。窒素を放出した鉄原子はグロープラズマ中に戻って再びFeNを形成、先述した反応を繰返し行い窒化を促進する。このようなイオン窒化は、従来のガス窒化方法に比べて処理時間が短い上、歪みが少なく、加工表面を清浄にすることができる点が大きな特徴である。又、表面脆化層の生成を抑えるため後加工の必要がない。」(段落【0011】)

1g 図1から、トップリング溝5は、溝フランク状の部分を有していることが看取される。

2 引用文献の記載事項
記載1aないし1g及び図面の記載から、引用文献には、次の事項が記載されていると認める(以下、順に「記載事項2a」ないし「記載事項2e」という。)。

2a 記載1aの「このため、アンモニアガス等は加熱されて窒素ガスと水素ガスに分解され、窒素ガスがピストン本体23の外周23a、ピストンリング溝23b、ピストンピン穴23c、燃焼室23dの各外形形成面28a、28b、28c、28dに含侵されて、図6の斜線で示す部分にガス軟窒化処理が施される。」、記載1bの「上記目的を解決するために、本発明の内燃機関用鋳鉄ピストンの第1発明では、耐摩耗及び/又は、耐酸化性/及び/又は、耐高温強度向上のため表面に窒化又は、軟窒化処理を施す鋳鉄又は、鉄系ピストンにおいて、ピストンピン穴9中心からピストン1下端までの長さLに対するスカート8中央部の肉厚t1の比と、長さLに対するスカート8下端の肉厚t2との比の積が0.0125?0.2500の範囲にあり、かつ、ピストンの表面に、窒化又は、軟窒化処理を施すことを特徴とする。」、記載1dの「材質はフェライト焼鈍化した球状黒鉛鋳鉄で、機械加工完了後、窒化又は、軟窒化処理を施す。図中の1点鎖線に示すように鋳鉄ピストン1の全部の表面に軟窒化処理2を施す。すなわち、ピストン頂部3、燃焼室4、リム部4a、トップリング溝5、セカンドリング溝6、オイルリング溝7、スカート8、およびピストンピン穴9部の表面に処理を施す。」、記載1g及び図面によると、引用文献には、トップリング溝5及びセカンドリング溝6を有するピストン1上部を備え、前記トップリング溝5及びセカンドリング溝6のうちの少なくとも燃焼室近くのトップリング溝5が、摩耗に対して防護された溝フランク状の部分を有している窒化可能な鉄系の合金から成る内燃機関におけるピストン1が記載されている。

2b 記載事項2a、記載1dの「材質はフェライト焼鈍化した球状黒鉛鋳鉄で、機械加工完了後、窒化又は、軟窒化処理を施す。図中の1点鎖線に示すように鋳鉄ピストン1の全部の表面に軟窒化処理2を施す。すなわち、ピストン頂部3、燃焼室4、リム部4a、トップリング溝5、セカンドリング溝6、オイルリング溝7、スカート8、およびピストンピン穴9部の表面に処理を施す。」及び図面によると、引用文献には、摩耗に対して防護されたトップリング溝5及びセカンドリング溝6を有するピストン1上部の少なくとも外側面に、窒化層が設けられることが記載されている。

2c 記載事項2a及び2b並びに記載1eの「ピストンの材質がフェライト焼鈍化した球状黒鉛鋳鉄で、軟窒化処理した場合の効果を図4で説明する。図4は縦軸に酸化膜厚さを、横軸はエンジン耐久の運転時間を示している。縦軸の酸化膜厚さはピストンの劣化を表す特性で、厚みが大きい程劣化が大きい、従来の経験から、許容限度は70μmを基準とし、この値以上は危険域、この値以下を安全域としている。測定箇所はピストンに亀裂の入り易い燃焼室のリム部としている。図中の実線Gは軟窒化処理なしの劣化特性で、m点で耐久運転時間950hで許容限度に達する。又、図中の点線Hは軟窒化処理ありの劣化特性で、耐久運転時間1000hで余裕のある安全域にある。軟窒化処理の有り、無しを、耐久運転時間500hで比較すると、酸化膜厚さはj点からk点(太い点線の矢印)に下がり、約1/5に低減される。」によると、引用文献には、窒化層が摩耗を防護するとともに腐蝕を防護するものであること、即ち窒化層が摩耗・腐蝕防護層であることが記載されている。

2d 記載事項2aないし2c、記載1cの「第1発明あるいは第2発明において、ピストンの表面の窒化又は、軟窒化処理は、イオン窒化である。このようなイオン窒化は、プラズマ中に発生する陰イオンを鋳鉄表面に蒸着させる電気的窒化法である。」、記載1fの「次に、イオン窒化について説明する。イオン窒化は1?10mmHgの低圧ガス雰囲気中で炉体を陽極+、被処理物を陰極-とし、通常350?1000Vの直流電圧を印加し、グロー放電を発生させ窒化を行わせる。グロー放電により窒化用ガスはイオン化し、電場によつて加速され、被処理物に衝突する。このエネルギーは熱エネルギーに変換され被処理物を加熱するとともに、カソード・スパッタリングを起こし、その表面から鉄等(Fe,C,O)の原子及び電子を叩きだす。飛び出した鉄原子はグロープラズマ中の原子状窒素と結合して窒化鉄FeNを形成し、被処理物表面状に蒸着する。そして低位の窒化物に分解過程で放出される窒素Nが鋼内部に拡散する。」及び図面によると、引用文献には、窒化層が、窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法による窒化可能な鉄系の合金の転換によって発生され、これによって、溝フランク状の部分が窒化層で防護されているピストン1が記載されている。

2e 記載事項2aないし2d、記載1dの「図中の1点鎖線に示すように鋳鉄ピストン1の全部の表面に軟窒化処理2を施す。すなわち、ピストン頂部3、燃焼室4、リム部4a、トップリング溝5、セカンドリング溝6、オイルリング溝7、スカート8、およびピストンピン穴9部の表面に処理を施す」及び図面によると、引用文献には、ピストン1上部の全外側面に窒化層が設けられ、ピストン1上部の内側面は窒化層が設けられていないものであることが記載されている。

3 引用発明
記載1aないし1g、記載事項2aないし2e及び図面の記載を整理すると、引用文献には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認める。

「トップリング溝5及びセカンドリング溝6を有するピストン1上部を備え、前記トップリング溝5及びセカンドリング溝6のうちの少なくとも燃焼室近くのトップリング溝5が、摩耗に対して防護された溝フランク状の部分を有している窒化可能な鉄系の合金から成る内燃機関におけるピストン1において、
摩耗に対して防護されたトップリング溝5及びセカンドリング溝6を有するピストン1上部の少なくとも外側面に、摩耗・腐蝕防護層である窒化層が設けられ、
窒化層が、窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法による窒化可能な鉄系の合金の転換によって発生され、これにより、溝フランク状の部分が窒化層で防護されているピストン1であって、ピストン1上部の全外側面に窒化層が設けられ、ピストン1上部の内側面は窒化層が設けられていないものである内燃機関におけるピストン1。」

第4 対比
本願発明と引用発明を対比する。

引用発明における「トップリング溝5及びセカンドリング溝6」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、本願発明における「複数のピストン周溝(4)」及び「周溝(4a、b、c)」に相当し、以下、同様に、「ピストン1上部」は「ピストン上部(1)」に、「トップリング溝5」は「最上位周溝(4a)」に、「溝フランク状の部分」は「溝フランク(溝壁、5a、5b)」、「溝フランク(5a、b)」及び「硬化溝フランク(5a、b)」に、「内燃機関」は「往復動内燃機関」に、「ピストン1」は「ピストン」に、「摩耗・腐蝕防護層である窒化層」及び「窒化層」は、「窒化層の形態をした」「摩耗・腐蝕防護層(7)」及び「窒化層(7)」に、それぞれ、相当する。
また、引用発明における「窒化可能な鉄系の合金」は、本願発明における「窒化物形成性基合金鋼」及び「窒化物形成基合金鋼」と、「窒化物形成性基合金」という限りにおいて一致する。
さらに、引用発明における「窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法」は、本願発明における「窒素雰囲気内ないし窒素・炭素雰囲気内におけるプラズマ窒化法あるいはプラズマニトロ浸炭法」と、「窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法」という限りにおいて一致する。

したがって、本願発明と引用発明は、以下の点で一致する。
「複数のピストン周溝を有するピストン上部を備え、前記ピストン周溝のうちの少なくとも燃焼室近くの最上位周溝が、摩耗に対して防護された溝フランクを有している窒化物形成性基合金から成る往復動内燃機関におけるピストンにおいて、
摩耗に対して防護された周溝を有するピストン上部の少なくとも外側面に、窒化層の形態をした摩耗・腐蝕防護層が設けられ、該摩耗・腐食防護層が、窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法による窒化物形成性基合金の転換によって発生され、これにより、硬化溝フランクが窒化層で防護されているピストンであって、前記ピストン上部の全外側面に窒化層が設けられ、ピストン上部の内側面は窒化層が設けられていないものである内燃機関におけるピストン1。」

そして、以下の点で相違又は一応相違する。
1 相違点1
「窒化物形成性基合金」に関して、本願発明においては、「窒化物形成性基合金鋼」及び「窒化物形成基合金鋼」であるのに対し、引用発明では、「窒化可能な鉄系の合金」である点(以下、「相違点1」という。)。

2 相違点2
本願発明においては、「最上位周溝(4a)が、境界層(6)により摩耗に対して防護され硬化された溝フランク(溝壁、5a、5b)を有して」おり、「摩耗に対して防護された周溝(4a、b、c)を有するピストン上部(1)の少なくとも外側面に、更に窒化層の形態をした他の摩耗・腐食防護層(7)が設けられ」、「これにより、硬化溝フランク(5a、b)が窒化層(7)で追加的に防護されている」のに対し、引用発明においては、「トップリング溝5が、摩耗に対して防護された溝フランク状の部分を有して」おり、「摩耗に対して防護されたトップリング溝5及びセカンドリング溝6を有するピストン1上部の少なくとも外側面に、摩耗・腐蝕防護層である窒化層が設けられ」、「これにより、溝フランク状の部分が窒化層で防護されている」点(以下、「相違点2」という。)。

3 相違点3
「窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法」に関して、本願発明においては、「窒素雰囲気内ないし窒素・炭素雰囲気内におけるプラズマ窒化法あるいはプラズマニトロ浸炭法」であるのに対し、引用発明においては、「窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法」である点(以下、「相違点3」という。)。

4 相違点4
本願発明においては、「前記窒化層(7)は、硬化された溝フランク(5a、5b)において、窒化により硬化された境界層(6)を含めて0.2mm?1.0mmの厚さ(窒化硬化深さ)を有し、また、前記窒化層(7)は、拡散層とその上に形成された化合物層とを有し、前記化合物層の厚さは2μm?15μmとし、さらに、前記窒化層は、550HV(ビッカース硬さ)より大きな表面硬さを有している」のに対し、引用発明においては、「窒化層」が、そのようなものであるか不明な点(以下、「相違点4」という。)。

第5 相違点に対する判断
そこで、相違点1ないし4について、以下に検討する。

1 相違点1について
窒化可能な合金として、鋳鉄や窒化鋼等種々の窒化物形成性基合金鋼が存在することは技術常識(以下、「技術常識1」という。)である。
また、引用発明において、窒化可能な鉄系の合金として、適宜の窒化物形成性基合金鋼を選択することに格別の困難性があるとはいえない。
したがって、引用発明において、技術常識1を考慮して、相違点1に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

2 相違点2について
本願発明における「境界層」は、本願明細書の「このピストン上部(1)は熱処理された窒化物形成性合金鋼から成っている。図2において、上側3個の周溝(4a、b、c)はそれらの上下の溝フランク(5a、5b)の部位がそれぞれ、溝フランク幅の担持領域にわたる全面的な境界層(6)の形態の硬化領域が生ずるように硬化処理されている。その硬化過程自体は、ここでは公知のように誘導式に行われている。」(段落【0016】)という記載からみて、誘導加熱による焼き入れ焼き戻し等の硬化処理により生ずるものである。
そして、一般に、窒化処理の前に、素材の焼き入れ焼き戻しを行うことは技術常識(必要であれば、下記2-1 社団法人日本機械学会著,「機械工学便覧 B.応用編」,新版,2001年9月25日発行,丸善株式会社,B2-160ページ右欄下から第15行ないしB2-161ページ左欄第7行の記載及び2-2 社団法人日本金属学会編,「改訂6版 金属便覧」,平成16年4月5日発行,丸善株式会社,第512ページ左欄下から第12行ないし右欄第7行の記載を参照。以下、「技術常識2」という。)である。
したがって、技術常識2を考慮すれば、引用発明においても、窒化処理に先だって焼き入れ焼き戻しによる硬化処理が施され、境界層が形成されていると考えるべきであり、そうすると、引用発明において、溝フランク状の部分は、境界層により、摩耗に対して防護され硬化され、更に、他の摩耗・腐蝕防護層である窒化層により追加的に防護されているということができるので、相違点2は、実質的な相違点とはいえない。
仮に、相違点2が実質的な相違点であるとしても、引用発明において、技術常識2を考慮して、相違点2に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

2-1 社団法人日本機械学会著,「機械工学便覧 B.応用編」,新版,2001年9月25日発行,丸善株式会社,B2-160ページ右欄下から第15行ないしB2-161ページ左欄第7行の記載(なお、下線は当審で付したものである。他の文献も同様。)
・「窒化(nitriding)とは,鋼材の表面に窒素を拡散浸透させ硬い窒化層を形成する処理である。ガス窒化は,通常、アンモニアガスの気流中で鋼材を475?580℃に20?100h加熱保持して行う。この加熱で,アンモニアは分解し,一部が発生期の窒素となって鋼材表面に吸着され,内部へ拡散し,アルミニウム,クロム,バナジウム,モリブデンなどを含む鋼(窒化鋼)は著しく硬化する。・・・(略)・・・一般に,窒化処理の前に,素材の焼入れ焼きもどしを行い,規定寸法まで仕上げを行うことができる。窒化では,浸炭よりも硬化層の深さは小さいが,高い表面硬さが得られる。
さらに軟窒化(soft nitriding)があり,・・・(略)・・・さらに,浸炭性ガスふん囲気中に適量のアンモニアガスを加えて行うガス浸炭窒化(carbonitriding)がある。・・・(略)・・・
以上のいずれの処理も鋼材の耐摩耗性の向上とともに疲労強度の改善に極めて効果的である。」(B2-160ページ右欄下から第15行ないしB2-161ページ左欄第7行)

2-2 社団法人日本金属学会編,「改訂6版 金属便覧」,平成16年4月5日発行,丸善株式会社,第512ページ左欄下から第12行ないし右欄第7行の記載
・「(ii)窒化(nitriding)
窒化法は浸炭法とは異なり,・・・(略)・・・
Nとの化学的親和力の強いAlやCrを添加した中炭素低合金綱(窒化鋼)を焼入れ,高温焼もどしを行った後,NH_(3)雰囲気中で約770Kに保つことによりNを拡散浸透させるガス窒化法や・・・(略)・・・
イオン窒化法は,処理室を真空に排気してから数百PaのN_(2)あるいはNH_(3)などを含む雰囲気とし,処理物が陰極になるようにして直流電圧を印加し,グロー放電を起させて処理品表面温度を加熱しつつNを拡散,浸透させる方法である。」(第512ページ左欄下から第12行ないし右欄第7行)

3 相違点3について
本願発明における「窒素雰囲気内ないし窒素・炭素雰囲気内におけるプラズマ窒化法あるいはプラズマニトロ浸炭法」は、「窒素雰囲気内におけるプラズマ窒化法」を含むことから、相違点3は実質的な相違点とはいえない。
仮に、相違点3が実質的な相違点であるとしても、「窒素・炭素雰囲気内におけるプラズマニトロ浸炭法」は窒化処理の方法として、周知(必要であれば、下記3-1 特開2003-27211号公報の記載、3-2 特開2001-73072号公報の記載及び3-3 特開2000-8121号公報の記載を参照。以下、「周知技術」という。)であるから、引用発明において、周知技術を適用して、相違点3に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

3-1 特開2003-27211号公報の記載
・「【0002】
【従来の技術】従来より、鉄系材料等に施す窒化処理として、鉄系材料の表面に窒素を反応させるアンモニアガス雰囲気中で行う純窒化処理と、低圧窒素含有ガス雰囲気中で行うプラズマ窒化処理が知られている。さらに窒化処理を施した鉄系材料に空気等の酸化性ガスを添加し酸素も反応させると、窒化層が酸化され酸素を含んだ酸窒化層が生成する。またアンモニアガスと炭素水素ガス(例えば、一酸化炭素ガス、二酸化炭素ガス、炭化水素ガス等)の混合ガス雰囲気中で鉄系材料を熱化学処理するガス窒化処理や、シアン酸を主たる作用成分とする溶融塩浴中で鉄系材料を熱化学処理する塩浴浸炭窒化処理を施すと、窒素と炭素が反応し、炭素を含んだ窒化層すなわち低温浸炭窒化層が生成する。さらに熱化学反応工程で同時に酸素を反応させ、あるいは、別の第2工程で酸素を反応させると酸素を含む低温酸浸炭窒化層となる。
【0003】この様な表面改質層を生成させる方法として工業的に実施されている低温熱化学処理としての窒化及び低温浸炭化方法として、上述した純窒化処理、プラズマ窒化処理、ガス窒化処理および塩浴浸炭窒化処理の他、ガス浸炭窒化処理、ガス窒化処理、プラズマ浸炭窒化処理、低圧窒化処理粉末窒化処理及び流動床窒化処理等が挙げられる。前述したこれらの処理は、鉄系材料をA1変態点以下の温度である450?650℃の温度範囲に加熱して表面の改質を行う低温表面熱化学処理であり、変態歪が発生せず低歪でその最表面に硬化層を生成させることができる。従って、低温表面熱化学処理によれば、耐焼付性、耐摩耗性、疲労強度、耐熱性、強靱性、耐食性等の材料特性を向上させることができる。」(段落【0002】及び【0003】)

3-2 特開2001-73072号公報の記載
・「【0032】先ず、使用する鋼材としては前記成分組成を満たす鋼材を使用し、これを所定の部品形状に加工した後、浸炭処理と窒化処理を順次もしくは同時に行なって浸炭窒化処理が行われる。浸炭窒化の具体的な方法には特に制限がなく、通常のガス浸炭窒化法やプラズマ浸炭窒化法などを採用すればよい。その条件も特に制限されないが、ガス浸炭窒化法を採用する場合の一般的な方法は、浸炭ガスとしてCO_(2)含有ガス、窒化ガスとしてNH_(3)含有ガスを使用する方法であり、浸炭窒化量は、浸炭および/または窒化ガス中のCO_(2)濃度やNH_(3)濃度、それらのガス流量、温度などによって調整すればよい。」(段落【0032】)

3-3 特開2000-8121号公報の記載
・「【0033】また、浸炭もしくは浸炭窒化処理は、プラズマ浸炭もしくはプラズマ浸炭窒化法で行ない、硬質皮膜形成は、プラズマCVD法で行ない、連続して行なうことが望ましいのは、浸炭もしくは浸炭窒化したのち、焼き入れをする前の段階で硬質皮膜を形成することによって、母材が軟化し、強度が低下するのを防ぐためである。
【0034】この場合のプラズマ浸炭もしくはプラズマ浸炭窒化は、真空中に浸炭もしくは窒素ガスを導入し、直流電圧を印加した際に得られるグロー放電を利用して、浸炭もしく浸炭窒化する方法である。」(段落【0033】及び【0034】)

4 相違点4について
本願発明における「拡散層」は、本願明細書の「換言すれば、硬度、摩耗抵抗、疲れ強度および腐食強度を高めるために、材料の境界層の窒素による拡散飽和が行われる。境界層は窒化後/ニトロ浸炭後に、外側の窒化物層ないし炭素窒化物層(化合層)と、それに続く富窒素化された混晶から成る層と、析出した窒化物(拡散層)から成っている。」(段落【0009】)、「窒化層(7)は既知のように二層構造を成し、即ち、部品表面に隣接する少なくとも1つの拡散層と、その上に形成された化合層とを有する。本発明における特徴として、窒化層(7)は、硬化溝フランク(5a、5b)において、硬化境界層を含めて0.2mm?1.0mmの厚さ(窒化硬化深さ)を有し、その硬化溝フランク(5a、5b)はその上に形成された2μm?15μmの厚さの化合層を有し、550HV(ビッカース硬さ)より大きな表面硬度を有している。」(段落【0020】)及び「窒化硬化の効果がそれを制御する拡散過程のために深さと共に低下するので、拡散層の硬さは、厚さないし表面からの距離の増大と共に低下する。」(段落【0021】)という記載からみて、境界層の内、窒化によって窒素が拡散した層、即ち窒化により硬化された境界層のことであると解される。
他方、鉄系の合金の窒化によって生じる化合物層や、窒化によって硬化された境界層すなわち拡散層の厚さは、窒化の条件によって適宜設定可能なものである。
そして、化合物層の厚さは、1?20μm程度が望ましいことは技術常識(必要であれば、下記4-1 特開平9-42447号公報の記載及び4-2 特開2002-31055号公報の記載を参照。以下、「技術常識3」という。)であるし、その際、拡散層の厚さを、300μm程度とすることも技術常識(必要であれば、下記4-2 特開2002-31055号公報の記載を参照。以下、「技術常識4」という。)である。
さらに、窒化により表面硬さは、窒化鋼であればHV1000以上となり、軟窒化によってもHV600ないし800程度の表面硬さが得られることも技術常識(必要であれば、下記4-2 特開2002-31055号公報の記載及び4-3 越後亮三ほか4名編,「機械工学辞典」,初版,1993年6月1日,株式会社朝倉書店,第613ページ右欄下から第14ないし末行,第719ページ右欄第8ないし24行の記載を参照。以下、「技術常識5」という。)である。
したがって、技術常識3ないし5を考慮すれば、引用発明における窒化層は、300μm程度の厚さの拡散層と1?20μm程度の厚さ(本願発明における化合物層の厚さの2μm?15μmを包含する。)の化合物層(化合物層と拡散層の厚さを合計すると、301μm?320μmであり、本願発明における0.2mm?1.0mmの厚さ(窒化硬化深さ)と重なる。)とからなり、HV600より大きな表面硬さ(本願発明における550HV(ビッカース硬さ)より大きな表面硬さより大きい。)を有していると考えるのが自然である。
そうすると、相違点4は実質的な相違点とはいえない。
仮に、相違点4が実質的な相違点であるとしても、引用発明において、技術常識3ないし5を考慮して、窒化によって生じる各層の厚さや表面硬さ等を設定することによって、相違点4に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

4-1 特開平9-42447号公報の記載
・「【0031】本発明の摺動部材の組合せは、第1部材および第2部材のそれぞれと摺動し合う第3部材を有してもよく、この第3部材は、鉄含有金属からなる基体と、この基体の摺動表面に形成された硬質皮膜を有するものであってもよく、この硬質皮膜は窒化処理、又は硬質クロムめっき処理により形成されたものであってもよい。第3部材の基体を形成する鉄含有金属は、必要に応じて適宜選定することができるが、例えば球状黒鉛鋳鉄、ねずみ鋳鉄、ステンレス鋼などから選ぶことができる。
【0032】第3部材の硬質皮膜が窒化処理により形成される場合、この窒化処理は、既知の方法によって施すことができ、得られる硬質皮膜の厚さも必要に応じて適宜設定すればよく、例えば窒化皮膜は、1?20μmの厚さに形成される。また、第3部材の硬質皮膜を硬質クロムめっき処理で形成する場合、その処理条件、皮膜組成、皮膜厚さなどは必要に応じて適宜設定することができるが、一般に、Hv750程度の硬さを有する金属クロムを含む皮膜を、既知のめっき条件、例えば三酸化クロム及び硫酸を含むサージェント浴(45?55℃、10?80A/dm^(2))の条件下に、1?20μmの厚さに形成すればよい。」(段落【0031】及び【0032】)

4-2 特開2002-31055号公報の記載
・「【0019】本実施の形態と従来例との大きな違いは用いたシャフトにある。すなわちシャフトの表面硬度と、それを実現するための材料と製作工程である。以下そのシャフトの製作方法および形態について説明する。
【0020】図1は製作されたシャフト5の表面近傍の断面図であり、素材として用いた材料はAlを含む窒化鋼で、JIS規定のSACM645である。図1に示すように、窒化処理により表面に厚さδ1(例えば約8μm)の緻密な窒素化合物層が形成され、更にその下に厚さδ2(例えば約300μm)の窒素の拡散層が形成され、表面の硬度はHv1000以上((表1)参照)となっている。図3に、その断面の硬度分布(工程仕様1の曲線参照)を示す。
【0021】図2に示す製作工程に従い、焼鈍等の熱処理されたシャフト素材を、荒加工工程で、ほぼ設計図面の形状に荒加工し、その後仕上げ加工工程で設計図面の形状に仕上げ加工し、そしてその後、仕上げされた表面を窒化処理することでシャフトが完成する。」(段落【0019】ないし【0021】)

・「【0031】また、上記専用の窒化用鋼でなくても、図4の窒化の観点からCrが多く含まれる合金鋼、例えば、2.00%?15.00%含む金型用合金工具鋼工具鋼、Crを11.50%?18.00%含むマルテンサイト系及び15.00%?18.00%含む析出硬化ステンレス鋼などでも、窒化条件により硬い化合物層を形成でき、表面硬度Hv1000以上のシャフトを製作することができる。これらの材料は比較的入手のしやすいという利点がある。しかし、コストと窒化の容易性については、先の窒化用鋼の方が有利である。また、窒化用鋼を用いたほうが、低温で短時間の窒化処理でHv1000を越える表面の硬さを得ることが出来る。従ってシャフトの曲がり、振れや寸法変化といった窒化処理工程での変形を抑制することが出来き、精度の良い耐摩耗性の高いシャフトを得ることができる。
【0032】また、図1に示す窒素の化合物層の膜厚を変えた場合の表面硬度と摩耗量を、(表4)に示す。化合物層の膜厚δ1が8μmと3μmの場合では、表面硬度がほぼ同じであっても膜厚が薄いと、摩耗量が大きくなる。したがって、膜厚は、少なくとも5μm以上は必要である。しかし、膜厚が厚過ぎても、表面硬度が硬いがためにひび割れを発生しやすくなる。したがって、膜厚は厚くても20μm以下とすべきである。
【0033】
【表4】
・・・(略)・・・
【0034】以上に示したシャフトの材料は、窒素と化合物を形成しやすいAl、Cr、V、Mo、Ti、Siの内少なくとも一つの成分を0.2%以上含むもので、さらに、Cを0.1?0.45%含む縦弾性係数が190GPa以上を有する合金鋼である。このように縦弾性係数が鋳鉄材より高い190GPa以上の材料でシャフト5を製作することで、過酷な運転条件等でもシャフト5に生じるたわみを小さくでき、偏心軸受3aおよびジャーナル軸受け6aでの片当たりなどによる摺動条件の劣化を防止でき信頼性を向上できるるとともに、それら軸受けでの損失を低減する事ができる。」(段落【0031】ないし【0034】)

4-3 越後亮三ほか4名編,「機械工学辞典」,初版,1993年6月1日,株式会社朝倉書店,第613ページ右欄下から第14ないし末行,第719ページ右欄第8ないし24行の記載
・「窒化 nitriding 鉄鋼を窒素の供給剤とともに500?600℃に加熱し,その表面から窒素を侵入拡散させ表面層を硬化させる処理であり,耐摩耗性,耐疲労性,耐食性が向上する。・・・(略)・・・窒化による硬化は,Al,Cr,Ti,Vなどを含有する鋼で著しく,HV1000?1200の硬さが得られる。窒化は処理温度が低く,あらかじめ焼入れ焼戻しを施した後に行われるので,ほかの表面硬化法にくらべて変形がきわめて小さい。(→軟窒化) (中島)」(第613ページ右欄下から第14ないし末行)

・「軟窒化 nitrocarburizing 通常の窒化よりやや高い温度(約570℃)と短い処理時間(2?5h程度)で窒素とともに炭素も侵入させる窒化法であり,低温浸炭窒化に相当する。・・・(略)・・・この場合,表面硬さはHV600?800程度で窒化鋼のように高くならないことから,軟窒化と呼ばれる。・・・(略)・・・(中島)」(第719ページ右欄第8ないし24行)

5 効果について
そして、本願発明を全体としてみても、本願発明が、引用発明、技術常識1ないし5及び周知技術からみて、格別顕著な効果を奏するともいえない。

6 請求人の主張について
請求人は、平成26年6月5日提出の意見書において、相違点1ないし4に関わる文献の内、ピストンに関する文献は、特開平9-42447号公報のみであり、数値限定の要件に関して最も近い記載が認められる文献である特開2002-31055号公報は、「スクロール圧縮機の旋回運動するシャフト」を対象とするものであるから、相違点1ないし4は、当業者が適宜なし得たことではない旨主張するが、相違点1ないし4に関して提示した文献は、窒化処理に関しての一般的な技術常識及び周知技術を示すためのものであり、引用発明において用いられた窒化処理に適用できないものではないことから、請求人の上記主張は採用できない。

第6 むすび
したがって、本願発明は、引用発明及び技術常識1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、又は引用発明、技術常識1ないし5及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-07-14 
結審通知日 2014-07-15 
審決日 2014-07-28 
出願番号 特願2008-501215(P2008-501215)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F02F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 亀田 貴志今関 雅子  
特許庁審判長 伊藤 元人
特許庁審判官 槙原 進
加藤 友也
発明の名称 硬化ピストン周溝を備えた往復動内燃機関におけるピストン  
代理人 山口 巖  

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