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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1296593
審判番号 不服2012-17440  
総通号数 183 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-03-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-09-07 
確定日 2015-01-22 
事件の表示 特願2008-532601「内耳疾患を治療するための医薬品組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 4月12日国際公開、WO2007/038949、平成21年 3月12日国内公表、特表2009-509982〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成17年9月28日を国際出願日とする出願であって、平成23年9月29日付け拒絶理由通知に対して平成24年1月11日に手続補正書と意見書が提出された後、平成24年4月27日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成24年9月7日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正がなされ、その後、前置報告書を用いた平成25年11月12日付け審尋に対して平成26年5月19日に回答書が提出されたものである。

2.平成24年9月7日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成24年9月7日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
(1)補正の概略
本件補正は、特許請求の範囲を、
補正前(平成24年1月11日に提出された手続補正書参照)の
「【請求項1】
(i)2-(2-クロロフェニル)-2-(メチルアミノ)-シクロヘキサノン(ケタミン)もしくはその光学異性体、およびその薬学的な活性を有する塩からなる群より選択される薬学的な活性剤、および(ii)生体適合性を有するポリマーまたは生体適合性を有するポリマーの混合物を含み、
上記生体適合性を有するポリマーが、ヒアルロン酸、レシチンゲル、(ポリ)アラニン誘導体、プルロニクス(pluronics)、ポリ(エチレン)グリコール、ポロキサマー、キトサン、キシログルカン、コラーゲン、フィブリンまたはそれらの混合物より選択されることを特徴とする、内耳疾病の治療に用いる薬剤を調合するための組成物。
【請求項2】
上記組成物は、固体、半固体、ゲル様、または液体であることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
上記組成物は、溶液、懸濁液、エマルジョン、または熱硬化性ゲルであることを特徴とする請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
上記生体適合性を有するポリマーは、生物分解性を有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
上記ケタミンが(S)-ケタミンであることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
薬学的に許容されている媒介物質、緩衝液、結合剤、添加剤および中耳-内耳仲介組織構造の浸透性を増加する物質からなる群より選択されるさらなる成分を含むことを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
上記浸透性を増加する物質は、ヒスタミンであることを特徴とする請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
薬品放出製剤として形成されていることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
薬品放出製剤である上記薬剤は、数時間から数週間の間、上記薬学的な活性剤を放出することを特徴とする請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
中耳または中耳-内耳仲介組織構造への投与のために処方されていることを特徴とする請求項1から9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
上記薬剤は、注射可能であり、中耳において付着するように粘性が変更されていることを特徴とする請求項1から10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
上記薬剤は、化学薬品に曝されることにより放出特性が変化することを特徴とする請求項1から11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
上記薬剤は、生体粘着性または機械的な性質により、選択された中耳-内耳仲介組織構造において、目的とした放出を行うことを特徴とする請求項1から12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
上記薬剤は、インプラントの形態で供されることを特徴とする請求項1から13のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
上記内耳疾病は、耳鳴り、難聴、内耳炎もしくは内耳感染症、自己免疫性疾患、めまいまたはメニエール病より選択されることを特徴とする請求項1から14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
上記内耳疾病は、興奮毒性により誘発する聴覚細胞退行または経年により誘発する聴覚細胞退行より選択されることを特徴とする請求項1から15のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項17】
上記薬剤は、注入、注射、または外科的な器具を用いた沈着により投与されることを特徴とする請求項1から16のいずれか1項に記載の組成物。」から、
補正後の
「【請求項1】
(i)2-(2-クロロフェニル)-2-(メチルアミノ)-シクロヘキサノン(ケタミン)もしくはその光学異性体、およびその薬学的な活性を有する塩からなる群より選択される薬学的な活性剤、および(ii)ヒアルロン酸ゲルもしくはポロキサマーゲルまたはそれらの混合物を含む、内耳疾病の治療に用いる薬剤を調合するためのゲル様組成物。
【請求項2】
上記ケタミンが(S)-ケタミンであることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
薬学的に許容されている媒介物質、緩衝液、結合剤、添加剤および中耳-内耳仲介組織構造の浸透性を増加する物質からなる群より選択されるさらなる成分を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
上記浸透性を増加する物質は、ヒスタミンであることを特徴とする請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
薬品放出製剤として形成されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
薬品放出製剤である上記薬剤は、数時間から数週間の間、上記薬学的な活性剤を放出することを特徴とする請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
中耳または中耳-内耳仲介組織構造への投与のために処方されていることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
上記薬剤は、注射可能であり、中耳において付着するように粘性が変更されていることを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
上記薬剤は、化学薬品に曝されることにより放出特性が変化することを特徴とする請求項1から8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項10】
上記薬剤は、生体粘着性または機械的な性質により、選択された中耳-内耳仲介組織構造において、目的とした放出を行うことを特徴とする請求項1から9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
上記薬剤は、インプラントの形態で供されることを特徴とする請求項1から10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
上記内耳疾病は、耳鳴り、難聴、内耳炎もしくは内耳感染症、自己免疫性疾患、めまいまたはメニエール病より選択されることを特徴とする請求項1から11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
上記内耳疾病は、興奮毒性により誘発する聴覚細胞退行または経年により誘発する聴覚細胞退行より選択されることを特徴とする請求項1から12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
上記薬剤は、注入、注射、または外科的な器具を用いた沈着により投与されることを特徴とする請求項1から13のいずれか1項に記載の組成物。」(注:下線は、原文のとおり。)
に変更する補正である。

本件補正前後の発明特定事項を対比すると、本件補正は、補正前の請求項2に記載された発明を特定するために必要な事項である「上記組成物は、固体、半固体、ゲル様、または液体である」の選択肢から「ゲル様」を選択し、同「上記生体適合性を有するポリマーが、ヒアルロン酸、レシチンゲル、(ポリ)アラニン誘導体、プルロニクス(pluronics)、ポリ(エチレン)グリコール、ポロキサマー、キトサン、キシログルカン、コラーゲン、フィブリンまたはそれらの混合物より選択される」の選択肢から「ヒアルロン酸」及び「ポロキサマー」を選択するとともに、その「ヒアルロン酸」及び「ポロキサマー」の形態を「ゲル」に限定し、さらに補正前の請求項1、3、4を削除したものである。
そうすると、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、単に「平成18年改正前特許法」ともいう。)第17条の2第4項第1号にいう請求項の削除、第2号にいう特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の前記請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」ともいう。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(2)引用例
原審の拒絶査定に引用された文献4(本願国際出願日前に頒布された刊行物である国際公開2004/022069号)(以下、「引用例1」という。)、及び、同文献5(本願国際出願日前に頒布された刊行物である「Choi, D.W. et al, Pharmacology of Glutamate Neurotoxicity in Cortical Cell Culture: Attenuation by NMDA Antagonists, The Journal of Neuroscience, 米国, (1988), Vol.8, pp.185-196」)(以下、「引用例2」という。)、同文献1(本願国際出願日前に頒布された刊行物である米国特許第6017961号明細書)(以下、「引用例3」という。)及び同文献2(本願国際出願日前の頒布された刊行物である特表2005-501844号公報)(以下、「引用例4」という。)には、以下の事項が記載されている。
なお、引用例1?引用例3は英文で記されているため翻訳文で示す(下線は当審で付した。)。また、引用例1については、その国際公開に係る国際出願の明細書等を翻訳したものに相当する特表2006-502158号公報(以下、「対応公表公報」という。)の記載を参考とした。

[引用例1]
(1-i)「1.異常なグルタメート媒介神経伝達により引き起こされる被験者の内耳障害を治療する方法であって、
内耳障害を患う被験者に、グルタメート媒介神経伝達またはナトリウムチャネル機能をモジュレートする作用物質を含む製剤を投与することにより、該被験者の内耳障害を治療するステップ、
を含む、上記方法。
2.前記製剤が前記被験者の正円窓膜に投与され、かつ該正円窓膜への前記作用物質の送達の結果として前記作用物質が該正円窓膜を介して前記被験者の内耳中に至り前記被験者においてグルタメート媒介神経伝達のモジュレーションおよび内耳障害の治療が提供される、請求項1に記載の方法。
3.前記作用物質がグルタメートのシナプス前部への放出を阻害する、請求項1に記載の方法。
4.前記作用物質がグルタメート媒介神経伝達をシナプス後部で阻害する、請求項1に記載の方法。
5.前記作用物質がグルタメート向イオン性レセプターアンタゴニストである、請求項1に記載の方法。
6.前記グルタメート向イオン性レセプターアンタゴニストがNMDAレセプターアンタゴニストである、請求項5に記載の方法。
7.前記NMDAレセプターアンタゴニストが、D-AP5、MK 801、7-クロロキヌレネート、ガシクリジン、およびそれらの誘導体または類似体よりなる群から選択される、請求項6に記載の方法。
8.前記製剤が、埋植された薬剤送達デバイスを用いて投与される、請求項1に記載の方法。
9.前記製剤が前記正円窓膜に接触した状態になるように、前記製剤が注射により中耳内に投与される、請求項1に記載の方法。
10.前記製剤が、少なくとも24時間にわたり連続的に毎時約0.1μg?毎時200μgの速度で製剤から送達される、請求項1に記載の方法。
11.前記作用物質が、少なくとも約3日間にわたり前記内耳障害の治療を提供するように前記製剤から送達される、請求項1に記載の方法。
12.前記内耳障害が、耳鳴、騒音により誘発される傷害、加齢により誘発される退化、および虚血により誘発される傷害よりなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
13.グルタメート媒介神経伝達をモジュレートするNMDAレセプターアンタゴニストを含む、内耳障害を治療するための医薬組成物。
14.前記NMDAレセプターアンタゴニストが、D-AP5、MK 801、7-クロロキヌレネート、ガシクリジン、およびそれらの誘導体または類似体よりなる群から選択される、請求項13に
記載の医薬組成物。
15.内耳の正円窓膜に薬剤を送達するためのシステムであって、該システムが持続放出薬剤送達デバイスと薬剤とを含み、かつ該薬剤がグルタメート媒介神経伝達をモジュレートし、かつ該薬剤が少なくとも24時間にわたり該正円窓膜に配達される、上記システム。
16.前記薬剤がNMDAレセプターアンタゴニストである、請求項15に記載のシステム。
17.前記薬剤が、D-AP5、MK 801、7-クロロキヌレネート、ガシクリジン、およびそれらの誘導体または類似体よりなる群から選択される、請求項16に記載のシステム。
18.前記薬剤送達デバイスがポンプを含む、請求項15に記載のシステム。
19.前記薬剤送達デバイスがカテーテルを含む、請求項15に記載のシステム。
20.前記薬剤が、グルタメート媒介神経伝達をモジュレートするNMDAレセプターアンタゴニストである、請求項19に記載のシステム。
21.前記薬剤が、D-AP5、MK 801、7-クロロキヌレネート、ガシクリジン、およびそれらの誘導体または類似体よりなる群から選択される、請求項20に記載のシステム。」(第37?39頁の特許請求の範囲(対応公表公報の第2?3頁の特許請求の範囲))
(1-ii)「発明の分野
本発明は、耳鳴のような内耳障害を治療すべく内耳に薬剤を送達するためのデバイスおよび方法に関する。とくに、本発明は、L-グルタメート媒介神経伝達(MGMN)のモジュレーターの使用に関する。具体的には、本発明は、アルファ-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソオキサゾールプロピオネート(AMPA)レセプター媒介シグナルの抑制に関連付けられる聴覚損失を引き起こすことなく過剰のNMDAレセプター媒介シグナルを抑制するように内耳の正円窓ニッシェにN-メチル-D-アスパルテート(NMDA)レセプターアンタゴニストを送達することに関する。とくに、本発明は、耳鳴を治療すべく内耳の正円窓ニッシェにD-2-アミノ-5-ホスホノペンタノエート(D-AP5)、ジゾシルピン(MK 801)、7-クロロキヌレネート(7-CK)、およびガシクリジン(GK-11)(ただし、これらに限定されるものではない)のようなNMDAレセプターアンタゴニストを送達することを包含する。」(第1頁5?16行(対応公表公報の段落【0001】))
(1-iii)「サリチレートの投与により耳鳴を引き起こす動物モデルを作製した。このモデルでは、過剰シグナリングは、AMPAレセプターではなくNMDAレセプターにより媒介される。本発明では、特異的NMDAレセプターアンタゴニストを用いて過剰シグナルを阻止することにより耳鳴を治療する。
とくに、本発明は、耳鳴を治療すべく内耳の正円窓ニッシェにまたはその近傍にD-AP5(特異的NMDAアンタゴニストであるD-2-アミノ-5-ホスホノペンタノエート)(Clin Med J (Engl) 2002 Jan;115(1):89-93)、ジゾシルピン(MK 801)(J Neurotrauma 2000 Nov;17(11):1079-93)、7-クロロキヌレネートまたはガシクリジン(GK-11)(Curr Opin Investig Drugs 2001 Jun, 2(6):814-9)(ただし、これらに限定されるものではない)のようなNMDAレセプターアンタゴニストを送達することを包含する。本方法によれば、耳鳴を引き起こす過剰NMDAレセプター媒介シグナルは、AMPAレセプター媒介シグナルの抑制に関連付けられる望ましからぬ聴力損失を引き起こすことなく抑制される。」(第4頁1?13行(対応公表公報の段落【0011】?【0012】))
(1-iv)「他の利点は、本発明を用いることによりグルタメート媒介神経伝達のモジュレーターを比較的少量で正確かつ精密に所定の期間にわたり送達できることである。長期薬剤送達デバイスを用いれば、患者による定期的投与の必要がなくなるので、指定の治療的レジメンでの患者のコンプライアンスが向上し、とくに、症状の発生前における指定の予防的レジメンでのコンプライアンスが向上する。これは、そのような投薬でのコンプライアンスがより困難である集団、たとえば、幼児および高齢者では、とくに有用である。」(第4頁27行?第5頁2行(対応公表公報の段落【0016】))
(1-v)「定義
本明細書中で使用される「異常なグルタメート媒介神経伝達により引き起こされる内耳障害」という用語は、グルタメートレセプターの過剰刺激または過少刺激に起因する症状、たとえば、耳鳴、虚血により誘発される突発性難聴、騒音により誘発される突発性難聴などに関連付けられる。」(第9頁1?7行(対応公表公報の段落【0024】))
(1-vi)「「薬剤送達デバイス」という用語は、薬剤を収容かつ放出するための任意の手段に関連付けられる。ここで、薬剤は、被験者に放出される。薬剤送達デバイスは、カテーテルを包含しうる。この場合、薬剤は、カテーテルを通って送達される。収容手段は、壁付き容器内への収容に限定されるものではなく、非注射用デバイス(ポンプなど)および注射用デバイス、たとえば、ゲル、粘性材料もしくは半固体材料、またはさらには液体をはじめとする任意のタイプの収容デバイスであってよい。薬剤送達デバイスは、5つの主要なグループ、すなわち、吸入デバイス、経口デバイス、経皮デバイス、非経口デバイス、および坐剤デバイスに分けられる。吸入デバイスとしては、ガス化、ミスト化、乳化、および微細スプレー化気管支吸入器(経鼻吸入器を含む)が挙げられ;経口デバイスとしては、ほとんどの場合、丸剤が挙げられ;一方、経皮デバイスとしては、ほとんどの場合、貼付剤が挙げられる。非経口デバイスには、2つのサブグループ、すなわち、注射用デバイスおよび非注射用デバイスが包含される。非注射用デバイスは、一般的には、「インプラント」または「非注射用インプラント」と呼ばれ、たとえば、固体生分解性ポリマーおよびポンプ(たとえば、浸透圧ポンプ、生分解性インプラント、電気拡散システム、電気浸透圧システム、蒸気圧ポンプ、電解ポンプ、気泡ポンプ、圧電ポンプ)が挙げられる。注射用デバイスは、注射されて散逸し薬剤をすべて一度に放出するボーラス注射剤および注射部位に別個に残存し時間をかけて薬剤を放出するデポ剤に分けられる。デポ剤としては、たとえば、油剤、ゲル剤、液体ポリマー剤および非ポリマー剤、ならびにマイクロスフェア剤が挙げられる。本発明の薬剤送達デバイスは、デバイスから標的部位に薬剤を送達するためのカテーテルに装着することが可能である。また、薬剤送達デバイスとしてカテーテルを利用することも可能である。すなわち、本質的には薬剤送達端の少なくとも一方に開口を有するチューブ(ただし、ほとんどの場合、薬剤を送り込むときに圧力を平衡化させるべく他端にも開口を有する)である密閉カテーテルに薬剤を充填し、薬剤がカテーテルから正円窓ニッシェに流入するように薬剤送達端を正円窓ニッシェ中に着座させた状態で、たとえば鼓膜を貫通して、耳に挿入することが可能である。薬剤が正円窓を介して吸収され、より多くの薬剤が薬剤送達端を通ってカテーテル本体から抜き出される際、この流れは、毛管作用により達成されうる。多くの薬剤送達デバイスが、Encyclopedia of Controlled Drug Delivery (1999), Edith Mathiowitz (Ed.), John Wiley & Sons, Inc.に記載されている。」(第10頁21行?第11頁14行(対応公表公報の段落【0035】))
(1-vii)「本明細書中で使用される「治療する」、「治療」などの用語は、所望の薬理学的および/または生理学的効果を得ることに関連付けられる。効果は、健康状態もしくはその症状を完全にもしくは部分的に予防するという意味で予防的であってもよく、かつ/または疾患および/もしくは疾患に帰属しうる有害作用を部分的にもしくは完全に治癒または抑制するという意味で治療的であってもよい。本明細書中で使用される「治療」は、動物、とくにヒトにおける内耳障害(たとえば、聴力損失、耳鳴などが挙げられるが、これらに限定されるものではない)の治療をすべて包含し、たとえば、(a)罹患する可能性があるがその時点では症候が表れていない被験者において内耳障害の発生を防止すること;(b)内耳障害を阻害すること、たとえば、聴力損失もしくは耳鳴または他のそのような疾患もしくは障害の進行を停止させること;あるいは(c)疾患を軽減させること、すなわち、疾患の退行および/または改善を引き起こすことが挙げられる。」(第11頁27行?第12頁4行(対応公表公報の段落【0040】))
(1-viii)「概観
本発明は、中耳?内耳の膜(たとえば、正円窓膜または鐙骨底の輪状靭帯)を貫通する拡散によりグルタメート媒介神経伝達のモジュレーターを内耳に送達できること、さらには、そのような送達がグルタメート媒介神経伝達を弱めるのに有効であることを発見したことに基づく。とくに、本発明者らは、AMPAレセプター媒介シグナルの抑制に関連付けられる望ましからぬ聴力損失を引き起こすことなく過剰のNMDAレセプター媒介シグナル(ある特定の場合には耳鳴を引き起こす)を抑制するように、NMDAレセプターアンタゴニスト(たとえば、D-AP5、MK 801、7-クロロキヌレネート、またはガシクリジンが挙げられるが、これらに限定されるものではない)を内耳の正円窓ニッシェに送達しうることを見いだした。
理論に固守するものではないが、正円窓膜を横切ってグルタメート媒介神経伝達のモジュレーターを送達することは、グルタメート媒介神経伝達に関連付けられる活動電位およびカルシウム流入を弱めるのに有効である。グルタメート媒介神経伝達を弱める結果として、グルタメートレセプターの過剰刺激が回避または軽減され、グルタメート活性の増大に通常関連付けられる症状が低減される(たとえば、聴覚の保持が可能であったり、耳鳴症状が低減されたりするなど)。神経伝達を弱めるために使用される薬剤がNMDAレセプター媒介シグナルを特異的に阻害する薬剤であるならば、AMPAレセプター媒介シグナルまたは他のレセプターにより媒介されるシグナルの阻害に関連付けられる望ましくない作用、たとえば聴力損失を回避することができる。」(第12頁6?26行(対応公表公報の段落【0041】?【0042】))
(1-ix)「グルタメート媒介神経伝達をモジュレートする作用物質は、中耳?内耳の膜を横切って送達するのに適合したさまざまな製剤のうちのいずれの製剤としても提供することができるが、ただし、そのような製剤は安定でなければならない(すなわち、体温において許容できない量まで分解されるものであってはならない)。製剤中の作用物質の濃度は、約0.1重量%?約50または75重量%の範囲で変化させうる。作用物質は、中耳?内耳の膜構造体を横切って作用物質を送達および拡散させるのに好適な任意の形態、たとえば、固体剤、半固体剤、ゲル剤、液体剤、サスペンジョン剤、エマルジョン剤、浸透圧投与製剤、拡散投与製剤、被侵食性製剤などで提供することができる。一実施形態では、製剤は、内耳の正円窓ニッシェの近傍に挿入されたカテーテルに連結された埋植可能なポンプ、たとえば、浸透圧ポンプを用いて送達するのに好適である。」(第16頁21行?第17頁3行(対応公表公報の段落【0059】))
(1-x)「一般的には、本発明に係るグルタメート媒介神経伝達のモジュレーターの投与は、数時間(たとえば、2時間、12時間、もしくは24時間?48時間、またはそれ以上)から、数日間(たとえば、2?5日間またはそれ以上)まで、数ヶ月間または数年間までにわたり、持続させうる。典型的には、送達は、数日間(1、2、7、14日間)から約1ヶ月間?約3ヶ月間もしくは6ヶ月間もしくは9ヶ月間もしくは約12ヶ月間またはそれ以上までの期間にわたり継続させうる。グルタメート媒介神経伝達のモジュレーターは、たとえば、約2時間?約72時間、約4時間?約36時間、約12時間?約24時間、約2日間?約30日間、約5日間?約20日間、約7日間以上、約10日間以上、約100日間以上、約1週間?約4週間、約1ヶ月間?約24ヶ月間、約2ヶ月間?約12ヶ月間、約3ヶ月間?約9ヶ月間、約1ヶ月間以上、約2ヶ月間以上、もしくは約6ヶ月間以上の期間;または必要に応じてこれらの範囲内で増加分を含む他の期間にわたり個体に投与しうる。特定の実施形態では、製剤は、デバイスへの再アクセスを必要とすることなくかつ/またはデバイスの再充填を必要とすることなくあらかじめ選択された時間にわたり被験者に送達される。これらの実施形態では、グルタメート媒介神経伝達のモジュレーターを高濃度で有する製剤は、とくに興味深い。」(第18頁16?32行(対応公表公報の段落【0065】))
(1-xi)「本発明に係る内耳へのグルタメート神経調節剤の送達は、さまざまな方法で達成することができる。これらには、作用物質を含む溶液または他の担体を中耳に充填することが包含される。たとえば、Shea (1997) Otolaryngol Clin North Am. 30(6):1051-9を参照されたい。また、作用物質を含むゼラチンまたはGelfoam^(TM)を挿入することにより作用物質の送達を達成することも可能である。たとえば、Silverstein (1984) Ann Otol Rhinol Laryngol Suppl. 112:44 8; Lundman et al. (1992) Otolaryngol 112:524; Nedzelski et al. (1993) Am. J. Otol. 14:278-82; Silverstein et al. (1996) Ear Nose Throat J 75:468-88; Ramsay et al. (1996) Otolaryngol. 116:39; Ruan et al. (1997) Hear Res 114:169; Wanamaker et al. (1998) Am. J. Otology 19:170; Arriaga et al. (1998) Laryngoscope 108:1682-5; およびHusmann et al. (1998) Hear Res 125:109を参照されたい。また、作用物質と混合されたヒアルロナンまたはヒアルロン酸を挿入することにより作用物質の送達を達成することも可能である。たとえば、WO 97/38698; Silverstein et al. (1998) Am J Otol. 19(2):196 201を参照されたい; 」(第20頁1?14行(対応公表公報の段落【0070】))
(1-xii)「特定の実施形態では、送達デバイスは、長期間にわたる製剤の送達に適合したデバイスである。そのような送達デバイスは、数時間?数週間またはそれ以上にわたる製剤の投与に適合したものでありうる。薬剤送達は、聴力損失、耳鳴、または他の内耳障害に対する治療または予防を提供する。一般的には、グルタメート媒介神経伝達のモジュレーターは、少なくとも1週間、もしくは少なくとも数週間、1ヶ月間、2ヶ月間、3ヶ月間、6ヶ月間、1年間、またはそれ以上にわたり個体に投与される。
本発明の薬剤放出デバイスは、拡散システム、対流システム、または侵食システム(たとえば、侵食に基づいたシステム)に依拠しうる。たとえば、薬剤放出デバイスは、浸透圧ポンプ、電気浸透圧ポンプ、蒸気圧ポンプ、または浸透圧破裂マトリックスでありうる。この場合、たとえば、薬剤はポリマー中に組み込まれ、ポリマーは、薬剤含浸高分子材料(たとえば、生分解性の薬剤含浸高分子材料)の分解と同時に薬剤製剤の放出を提供する。他の実施形態では、薬剤放出デバイスは、電気拡散システム、電解ポンプ、気泡ポンプ、圧電ポンプ、加水分解システムなどに依拠する。」(第21頁10?24行(対応公表公報の段落【0073】?【0074】))
(1-xiii)「サリチレート耳鳴モデル
サリチレート(アスピリンの活性成分)は、ヒトにおいて耳鳴を誘発するので、聴覚科学において特別な関心が払われている。サリチレートの存在下で聴覚神経繊維の発射レートを測定することにより、耳鳴を治療する作用物質の効力を試験した。」(第30頁27?29行(対応公表公報の段落【0107】))
(1-xiv)「実施例4: サリチレートにより誘発される耳鳴に及ぼすNMDAアンタゴニストの効果
聴覚神経繊維に及ぼすナトリウムサリチレートの興奮作用が耳鳴の知覚を引き起こすことを確認するために、能動的回避動作に基づいて、ラットにおいて行動モデルを設計した。3秒間の持続時間の10kHzのトーンバーストよりなる条件刺激に応答するように、動物を訓練した。実験を行って得られた結果を図5に示す。
図5Aは、2日目?5日目にサリチレートを送達したときの音に対する陽性応答の数を音に暴露された全体を基準にしたパーセント(スコア%)vs日数単位の期間として表した結果を示している。
図5Bは、2日目?5日目にサリチレートを送達したときの音なしにおける応答(偽陽性)の数を表した結果を示している。この行動パラダイムを用いた場合、生理食塩溶液による処理(4日間毎日腹腔内注射)では、スコアも偽陽性の数も変化しなかった。これとは対照的に、ナトリウムサリチレート処理(300mg/kg/日で4日間毎日腹腔内注射)では、スコアの可逆的な減少および偽陽性の数の劇的な増加を生じた。
図5Cは、サリチレート処理前(0日目)、処理中(3日目および4日目)、処理後(6日目)に記録された行動訓練済み動物における複合活動電位(CAP)オーディオグラムの結果を示している。正円窓に長期埋植された電極を用いて、毎秒10回のレートで提示される上昇/下降時間1ミリ秒および持続時間9ミリ秒のトーンバーストに対して、CAP閾値を測定した。サリチレート処理(300mg/kg/日で4日間毎日腹腔内注射)により、2?26kHzの振動数範囲にわたり30dBの聴力損失を生じた。
図5Dは、サリチレート処理前、処理中、および処理後の10kHzにおけるCAP閾値変動を示している。0日目の聴覚閾値とそれぞれの日の聴覚閾値と間のdB差としてCAP閾値変動を算出した。聴力損失による変化を回避するために、行動応答を引き起こす音の強度をCAP閾値変動の関数として調整した。
図5Eは、2日目?5日目にサリチレートを送達した場合にスコアの有意な減少が観測されなかったことを示している。
図5Fは、サリチレート処理後に偽陽性応答が依然として残存していたことを示している。これは、ナトリウムサリチレート処理中の偽陽性応答の数の増加が聴力損失に起因するものではなく耳鳴の発生に起因するものであったことを示している。正円窓に配置されたゲルフォームを用いて蝸牛の流体中に薬剤を適用した。(G)スコアが変化しなかったことに留意されたい。これとは対照的に、50μMの7-CKの正円窓適用では、偽陽性応答の発生が阻止された。これらの知見は、ナトリウムサリチレートにより耳鳴を誘発するのに蝸牛NMDAレセプターの活性化が必要であることを示唆する。この実験から、NMDAアンタゴニストの正円窓灌流がサリチレートにより誘発される耳鳴を抑制すると結論付けることができる。(第33頁32行?第35頁5行(対応公表公報の段落【0119】?【0125】))
(1-xv)実施例4: サリチレートにより誘発される耳鳴に及ぼすNMDAアンタゴニストの効果の比較
サリチレートが蝸牛NMDAレセプターを介して偽陽性を誘発するという仮説を立証するために、我々は、両耳の正円窓に配置されたゲルフォームを用いて外リンパ流体中に他のNMDAアンタゴニストを適用した。対照の人工の外リンパの局所適用は、スコアの減少にも(図6)、サリチレートにより誘発される偽陽性応答の数の増大にも(図6)、影響を及ぼさなかった。これとは対照的に、10μMのMK 801; 50μMの7-CKまたは50μMのガシクリジンの局所適用は、サリチレートにより誘発される偽陽性応答の発生を大幅に減少させ、スコアの減少は、依然として不変のままであった(図6)。4日目における対照の人工の外リンパ動物(偽陽性数6.2±0.86)と比較したとき、偽陽性応答の数は、MK 801、7-CK、およびガシクリジンについて、それぞれ、0.7±0.21; 0.7±0.26、および1±0.21に減少した(図5C)。全体的にみて、これらの結果は、サリチレートがNMDAレセプターの活性化を介して蝸牛の迅速なシナプス伝達に作用し、耳鳴の発生の原因になっているという証拠を提供する。(第35頁7?19行(対応公表公報の段落【0126】))
(1-xvi)結論
以上の実験から、NMDAレセプターにより媒介される異常なグルタメート媒介神経伝達によってヒトの耳鳴が生成され、そのような耳鳴を治療するためにNMDAレセプターアンタゴニストを使用しうると結論付けることができる。本開示は、特異的NMDAレセプターアンタゴニストが、AMPAレセプター媒介シグナルの抑制に関連付けられる望ましからぬ聴力損失を引き起こすことなく、サリチレートにより誘発される耳鳴を阻止することを示唆する。そのようなNMDAアンタゴニストとしては、(限定されるものではないが)D-AP5(D-2-アミノ-5-ホスホノペンタノエート)、ジゾシルピン(MK 801)、7-クロロキヌレネート、またはガシクリジン(GK-11)が挙げられる。そのような治療は、内耳の正円窓ニッシェへのまたはその近傍への送達、たとえば、中耳?内耳の膜へのまたは鐙骨底の輪状靭帯への送達を含む。そのような薬剤の類似体および誘導体も同様に使用可能である。」(第35頁21?33行(対応公表公報の段落【0127】))

[引用例2]
(2-i)「報告されたNMDA拮抗薬のケタミンとDL-2-アミノ-7-ホスホノヘプタノエートは、幅広いスペクトルのアンタゴニストkynurenateと同様に、実質的に全てのグルタミン酸神経毒性を弱めることがわかった;」(第185頁左欄29?36行)
(2-ii)「スクリーニング試験は、急性GNTに拮抗する他の興奮性アミノ酸拮抗薬の能力を決定するために行われた(図9)。選択的なNMDA拮抗薬ケタミン(KET)(Anisら,1983年)は、グルタメート暴露の間100μM?1mMで添加した時に、GNTを完全にブロックした,」(第191頁左欄下から10行?下から4行)

[引用例3]
(3)「ケタミンは、強力なNMDAレセプターアンタゴニストであることが見出されている。」(第1欄44?45行)
[引用例4]
(4)「NMDA受容体拮抗薬が、ケタミンまたは薬学上許容されるその塩である、」(請求項13)

(3)対比、判断
引用例1には、上記「(2)」の[引用例1]で示した記載(特に、(1-i)に示される「グルタメート媒介神経伝達をモジュレートする作用物質」が「NMDAレセプターアンタゴニスト」であること、及び、(1-xv)に示される実施例でゲルフォームで薬剤(NMDAレセプターアンタゴニスト)が提供されていること)からみて、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されていると認められる。
<引用例1発明>
「グルタメート媒介神経伝達をモジュレートするNMDAレセプターアンタゴニストを含む、内耳障害を治療するための医薬用ゲル組成物。」

ここで、本件補正発明と引用例1発明を対比する。
(a)引用例1発明の「内耳障害を治療するための」は、本件補正発明の「内耳疾病の治療に用いる」に相当する。
(b)引用例1発明の「(グルタメート媒介神経伝達をモジュレートする)NMDAレセプターアンタゴニスト」は、内耳障害の治療に用いる活性剤であると認められることから、本件補正発明の「薬学的な活性剤」に相当する。
(c)引用例1発明の「ゲル組成物」は、本件補正発明の「ゲル様組成物」に相当する。

そうすると、両発明は、
「薬学的な活性剤を含む、内耳疾病の治療に用いるゲル様組成物」
で一致し、次の相違点A?Cで相違する。
<相違点>
A.本件補正発明では「薬学的な活性剤」が「2-(2-クロロフェニル)-2-(メチルアミノ)-シクロヘキサノン(ケタミン)もしくはその光学異性体、およびその薬学的な活性を有する塩からなる群より選択される薬学的な活性剤」とされているのに対し、引用例1発明では「グルタメート媒介神経伝達をモジュレートするNMDAレセプターアンタゴニスト」とされている点。
B.本件補正発明では「ヒアルロン酸ゲルもしくはポロキサマーゲルまたはそれらの混合物を含む」ことが発明特定事項とされているのに対し、引用例1発明ではそれに対応する発明特定事項がない点。
C.本件補正発明では「薬剤を調合するための」が発明特定事項とされているのに対し、引用例1発明ではそれに対応する発明特定事項がない点。

そこで、これらの相違点について検討する。
(A)相違点Aについて
上記(2)で示したとおり、引用例2?引用例4には「ケタミン」が「NMDAレセプターアンタゴニスト」(NMDA拮抗剤)であることが記載されており(摘記(2-i)、摘記(2-ii))、摘記(3)および摘記(4))、「ケタミン」は「NMDAレセプターアンタゴニスト」(NMDA拮抗剤)の代表的なものと認められる。
してみると、引用例1発明における「グルタメート媒介神経伝達をモジュレートするNMDAレセプターアンタゴニスト」として、ケタミン、その光学異性体又は薬学的に許容される塩を用いてみることは、当業者であれば容易になし得たことと認められる。

ところで、請求人は、審判請求書の請求の理由において、
(イ)例えば引用例1の第34頁2?5行の記載を参照すると、引用例1では、「サリチル酸による耳鳴りの誘発」と「蝸牛NMDAレセプターの活性化」との因果関係については、「示唆する」と結論づけているに過ぎないと主張し(平成25年11月12日付け審尋に対して平成26年5月19日に提出された回答書においても同じ主張がなされている)、また、
(ロ)サリチル酸による耳鳴りモデルではNMDA受容体のNR1サブユニットの発現上昇が引き起こされないことを示す実験データを提示し、「サリチル酸による耳鳴り」によって「NMDAレセプターのアップレギュレーション」が引き起こされないことからも明らかである旨を主張し、そして、
(ハ)学術論文(Sun et al., Neuroscience 159 (2009) 325-334)を提出し、その論文には、ケタミンがサリチル酸による耳鳴りの問題を増加させてしまうことが示されていることを主張し、
(ニ)それゆえ、引用例1に記載されている事項は、サリチル酸による耳鳴りという特定の現象に対する、MK801、7-CK、ガシクリジンという特定の物質の効果を検証したということに過ぎず、あらゆるNMDAアンタゴニストが治療効果を奏するとは解されない旨を主張している。
しかし、以下のとおり、請求人のこれらの主張はいずれも受け入れられない。
(イ)の点については、引用例1の第34頁2?5行に「サリチル酸による耳鳴りの誘発」と「蝸牛NMDAレセプターの活性化」との因果関係についての記載は見いだせない。さらに、引用例1の記載全体からみて「サリチル酸による耳鳴りの誘発」と「蝸牛NMDAレセプターの活性化」との間の因果関係を引用例1は示していると認められる。例えば、引用例の実施例4(2つ目の実施例4)において、「サリチレートが蝸牛NMDAレセプターを介して偽陽性を誘発するという仮説を立証する」として、MK 801、7-CK、およびガシクリジンを用いて検討し、「サリチレートがNMDAレセプターの活性化を介して蝸牛の迅速なシナプス伝達に作用し、耳鳴の発生の原因になっているという証拠を提供する。」との説明がされている(摘記(1-xv)参照)。
(ロ)の点については、その審判請求書で提出された実験データが何時なされた実験についてのものか不明であって、本願国際出願時の技術水準を示すものと解すべき理由は見出せない。よって、本願国際出願時に引用例1の記載を、NMDAアンタゴニストが有効でないことを示すと理解する理由とはなり得ないし、また、本願国際出願時前には、例えば前置報告書で提示されている「Sahley TL, et al., A biochemical model of peripheral tinnitus, Hearing Research, (2001.2), Vol. 152, No. 1-2, p. 43-54」や、「Oestreicher E, et al., New approaches for inner ear therapy with glutamate antagonists, Acta Oto-Laryngologica, (1999.3), Vol. 119, No. 2, p. 174-178」においても、サリチル酸ナトリウムがNMDA受容体におけるグルタミメートの興奮刺激を増強すること(前者の第46頁左欄第4?29行参照)や、NMDAアンタゴニストが耳鳴りなどの内耳疾病の治療に有効であること(前者の第49頁左欄第2?12行、及び、後者の第174頁要約文、第174頁左欄第12?24行、第174頁右欄第22?32行)参照)が示されていたのである。そして、上記「(イ)の点について」で検討したように、「サリチル酸による耳鳴りの誘発」と「蝸牛NMDAレセプターの活性化」との間の因果関係を引用例1は示していると解するのが相当であるから、その実験データを以て、いわゆる進歩性についての上記判断は左右されない。
(ハ)の点については、提示された学術論文は、出願後に公開されたものであって、本願国際出願時の技術水準を示すものとは認められず、いわゆる進歩性の判断に影響を与えるものではない。しかも、当該学術論文は、ケタミンの全身投与による大脳の聴覚皮質に対する影響に関するものであって、薬剤を内耳へ局所投与している場合とは異なる(例えば、第333頁左欄33?38行参照)とされていることから、いわゆる進歩性についての上記判断は左右されない。
(ニ)の点については、前記(イ)?(ハ)の点について検討したとおり、引用例1の記載は、NMDAアンタゴニストが内耳疾患の治療効果を奏することを示していると解されるものであって、MK801、7-CK、ガシクリジン以外のNMDAアンタゴニストが効果を奏し得ないことを示すものと解することはできない。

(B)相違点Bについて
引用例1には、ゲル剤などを用い「注射部位に別個に残存し時間をかけて薬剤を放出するデポ剤」が使用できること(摘記(1-vi)参照)が記載されているし、実施例でも「ゲルフォーム」が提供されている(摘記(1-xv)参照)。ゲル剤として何を用いたのかは明示されていないものの、内耳へのグルタメート神経調節剤の送達はさまざまな方法で達成できるとされ、ヒアルロン酸を用いる態様も既に知られていると説明されている(摘記(1-xi)参照)。
ヒアルロン酸が、ゼリー様成分であり、ゲル性能を有する生体適合性成分であることは当業界における技術常識である(例えば、日本化粧品技術者会編,「化粧品事典」,丸善株式会社,平成17年4月25日第3刷発行、第672頁「ヒアルロン酸」の項、八杉龍一ら編,「岩波 生物学辞典 第4版」,株式会社岩波書店,1998年11月10日第4版第4刷発行,第1131頁右欄「ヒアルロン酸」の項を参照。なお、本願明細書段落【0038】にも「ヒアルロン酸の主な特性は、水に結合し、高粘性の分解可能であるゲルを形成することである」と説明されている。)から、そのような成分をゲル剤として用いることに格別の創意工夫が必要であったとは認められない。
よって、引用例1発明において、相違点Aに係る発明特定事項を採用した上で、さらに、ゲル成分として「ヒアルロン酸ゲル」を含むことは当業者が容易になし得たことであると認められる。

(C)相違点Cについて
「薬剤を調合する」ことに関しては、本願明細書の記載(特に、段落【0094】)を参酌しても、製剤を調合することを意味するものと解され、当業者にとって格別の創意工夫を要するものとは認められない。
よって、引用例1発明において、相違点A及び相違点Bに係る発明特定事項を採用した上で、さらに、「薬剤を調合する」とすることは、当業者が容易になし得るものと認められる。

(D)作用効果について
本願明細書には、単に透過量のデータが示されているにすぎず、NMDAレセプターアンタゴニストとしてケタミンを採用したことによって、また、ヒアルロン酸ゲルを採用したことによって、格別予想外の作用効果を奏しているとは認められない。

なお、回答書において、請求人は、「本願発明は、中耳-内耳仲介組織構造(特に正円窓膜)を超えて内耳へケタミンを効果的に送達し、これらより内耳疾患の処置を可能にするという、予想しない効果を奏します。」と主張している。しかし、引用例1においても、正円窓膜に投与され、作用物質が該正円窓膜を介して被験者の内耳中に至ることが説明されている(摘記(1-i)の請求項2を参照)のであり、該主張する効果は、格別予想外のものと言えないことは明らかである。ケタミンが、他のNMDAレセプターアンタゴニストに比べて著しく膜透過性に劣ると解すべき事情も見いだせない。

以上のとおり、相違点A?Cに係る発明特定事項を併せ採用することにも格別の困難性は見いだせず、また、併せ採用したことによっても格別予想外の作用効果を奏しているとも認められない。

したがって、本件補正発明は、引用例1?4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

ところで、回答書において、請求人は、請求項7によって限定する補正を行う機会を求めている。特許法では審判の請求と同時に補正することが定められているところ、既にその補正はされており、これまでに補正の機会は十分あったと認められるので、さらなる補正の機会は与えない。

(4)むすび
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明について
平成26年9月7日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?17に係る発明は、平成24年1月11日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定されるとおりのものと認められる。そのうち請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は次のとおりである。
「(i)2-(2-クロロフェニル)-2-(メチルアミノ)-シクロヘキサノン(ケタミン)もしくはその光学異性体、およびその薬学的な活性を有する塩からなる群より選択される薬学的な活性剤、および(ii)生体適合性を有するポリマーまたは生体適合性を有するポリマーの混合物を含み、
上記生体適合性を有するポリマーが、ヒアルロン酸、レシチンゲル、(ポリ)アラニン誘導体、プルロニクス(pluronics)、ポリ(エチレン)グリコール、ポロキサマー、キトサン、キシログルカン、コラーゲン、フィブリンまたはそれらの混合物より選択されることを特徴とする、内耳疾病の治療に用いる薬剤を調合するための組成物。」

(1)引用例
拒絶査定の理由に引用される引用例、およびその記載事項は、前記「2.(2)」に記載したとおりである。

(2)対比、判断
本願発明は、前記「2.」で検討した本件補正発明から、「(ii)ヒアルロン酸ゲルもしくはポロキサマーゲル」との発明特定事項について、「ゲル」との特定を省き、新たな選択肢を追加することによって、「(ii)生体適合性を有するポリマーまたは生体適合性を有するポリマーの混合物を含み、 上記生体適合性を有するポリマーが、ヒアルロン酸、レシチンゲル、(ポリ)アラニン誘導体、プルロニクス(pluronics)、ポリ(エチレン)グリコール、ポロキサマー、キトサン、キシログルカン、コラーゲン、フィブリンまたはそれらの混合物より選択されることを特徴とする」と拡張し、且つ「ゲル組成物」から「ゲル」との特定を省き、「組成物」と拡張したものである。

そうすると、本件補正発明が、前記「2.(3)」に記載したとおり、引用例1?4記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件補正発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の発明特定事項を付加したものに相当する本願発明も、同様の理由により、引用例1?4記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。それ故、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-08-21 
結審通知日 2014-08-26 
審決日 2014-09-08 
出願番号 特願2008-532601(P2008-532601)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小松 邦光  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 辰己 雅夫
前田 佳与子
発明の名称 内耳疾患を治療するための医薬品組成物  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  

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