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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1298681
審判番号 不服2012-23699  
総通号数 185 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-05-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-11-30 
確定日 2015-03-09 
事件の表示 特願2008-517080「脱髄障害を処置するための方法」拒絶査定不服審判事件〔平成18年12月28日国際公開、WO2006/138412、平成20年12月25日国内公表、特表2008-546704〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2006年 6月14日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2005年 6月14日、2006年 4月13日、同年同月14日及び同年 5月 9日(3件) いずれもアメリカ合衆国(US))を国際出願日とする出願であって、以降の手続の経緯(提出された書面)は概略以下のとおりである。
平成20年 2月 7日 翻訳文提出書
平成21年 6月12日 手続補正書
平成23年12月 6日付け 拒絶理由通知書
平成24年 6月11日 意見書・手続補正書
平成24年 7月26日付け 拒絶査定
平成24年11月30日 審判請求書・手続補正書
平成25年12月13日付け 審尋
平成26年 6月16日 回答書

第2 平成24年11月30日付けの手続補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成24年11月30日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の内容
平成24年11月30日付けの手続補正書(以下、この手続補正書による補正を「本件補正」という。)の特許請求の範囲に記載された請求項1?8は、その補正前の請求項1?8に対応すると認められるから、本件補正は、補正前の請求項5を、補正後の請求項5へと変更する補正を含むものである。補正前後の請求項5の記載は、以下のとおりである。
(補正前)
「【請求項5】
インビトロでのトランスジェニックに基づくシステムにおいて、神経脱髄を減少させる生物活性剤を開発する方法であって、
(a)候補薬剤を髄鞘形成細胞と接触させる工程と、
(b)コントロール細胞と比較して遺伝子もしくは遺伝子産物の発現の変化または該遺伝子産物の活性の変化を検出する工程であって、該遺伝子または遺伝子産物が小胞体(ER)ストレスに相関する、工程と、
(c)該遺伝子もしくは遺伝子産物の発現レベルまたは該遺伝子産物の活性レベルが該コントロール細胞と比較して変化した場合、該薬剤を候補として選択する工程と
を含む、方法。」
(補正後)
「【請求項5】
インビトロでのトランスジェニックに基づくシステムにおいて、神経脱髄を減少させる生物活性剤を開発する方法であって、
(a)候補薬剤を髄鞘形成細胞と接触させる工程と、
(b)コントロール細胞と比較して遺伝子もしくは遺伝子産物の発現の変化または該遺伝子産物の活性の変化を検出する工程であって、該遺伝子または遺伝子産物が小胞体(ER)ストレスに相関し、そして、成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)、および、膵臓ERキナーゼ(PERK)からなる群より選択される、工程と、
(c)該コントロール細胞と比較して、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の発現レベルが増加したか、または、該成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)の発現レベルが減少したか、または、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の活性レベルが増加したか、または、該成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)の活性レベルが減少した場合、該薬剤を候補として選択する工程と
を含む、方法。」

2 補正の目的
本件補正は、補正前の請求項5の工程(b)における「コントロール細胞と比較して遺伝子もしくは遺伝子産物の発現の変化または該遺伝子産物の活性の変化を検出する工程」を「小胞体(ER)ストレスに相関し、そして、成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)、および、膵臓ERキナーゼ(PERK)からなる群より選択される」ものに限定して特定するとともに、工程(c)における「薬剤を候補として選択する工程」を「該コントロール細胞と比較して、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の発現レベルが増加したか、または、該成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)の発現レベルが減少したか、または、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の活性レベルが増加したか、または、該成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)の活性レベルが減少した場合」に限定して特定する補正(補正事項1)を含むものである。
上記補正事項1は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

3 独立特許要件
上記補正事項1は平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号に掲げる事項を目的とするものに該当するので、同法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものであるか、すなわち、本件補正後の請求項5に記載される事項により特定される発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかをさらに検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1に示した本件補正後の請求項5に記載される事項により特定されるとおりのものと認める。

(2)刊行物及び刊行物の記載
以下に示す文献は、出願(優先日)前に国内又は外国において頒布されたことが明らかな刊行物である(以下、それぞれ「刊行物1」などという。)。
刊行物1:Mult. Scler.,2001年,Vol.7, pp.277-284
刊行物2:J. Cell Biol.,2005年5月23日,Vol.169, pp.603-612

刊行物1には、日本語にして以下の記載がある。
(1a)「二重盲プラシーボコントロール試験により、45人の活動性の二次性進行性MSの患者を15名の3群に無作為に分け、それぞれ、IFN-γに対する抗体、腫瘍壊死因子(TNF)-αに対する抗体、プラシーボを短期間投与した。12ヶ月間の障害についての分析(Expanded Disability Status Scaleスコア)と、その間に測定されたリンパ球比率、サイトカイン産生レベル、MRI及び誘発電位から、IFN-γに対する抗体を投与された患者のみが、プラシーボと比較して統計的に有意な改善-障害の進展のないことが確認された患者数の増加-を示すことが見出された。これは、MRIのデータ(活動性の病変の数の減少)、全身のサイトカインの状態(活性化されたMS患者の血球上清中のIL-1β、TNF-α及びIFN-γ濃度の減少と、TGF-β産生の増加)により支持された。IFN-γの中和は二次性進行性のMSの処置に対する新たなアプローチとなり得る。」(pp.277アブストラクト2行?9行)

(1b) 「多発性硬化症(MS)は、中枢神経(CNS)の脱髄性疾患である。・・・MS患者のサイトカインについての研究から、いくつかの免疫機構が、これらサイトカイン産生の障害と関連し、特に、インターフェロン(IFN)-γは、MSの病態プロセスの開始と延長に重要な役割を果たしていると示唆された。」(pp.277左欄イントロダクション 1?11行)

(1c)「我々は、炎症性サイトカインであるTNF-α及びIFN-γに対する抗体の二次進行性MSでの初めての臨床試験の一つについての結果を報告する。」(pp.278左欄3?5行)

(1d)「IFN-γに対するAB(審決の注:抗体)を投与された群全体についての肯定的な結果は、MRIで(表2)によって確定された。ベースラインでは、全ての群は、類似するMRIの特徴を示した。6ヶ月後は、T2-病変の総数は類似していたが、MRI上の活動病変の数の減少(P<0.05)は、IFN-γに対するABを投与された群でのみ見られた。」(pp.281左欄下から9行?下から2行)

刊行物2には、日本語にして以下の記載がある。
(2a)「インターフェロン-γ(IFN-γ)は、タンパク合成と分泌経路の変動に高度に敏感な細胞として知られるミエリン産生オリゴデンドロサイトを標的とする免疫媒介脱髄障害に関与すると考えられている。我々は、培養ラットオリゴデンドロサイトでIFN-γによって誘導されるアポトーシスが、細胞内小胞体(ER)ストレスと関連することを見出した。また、ERストレスは、不適切に中枢神経系(CNS)でIFN-γを発現するトランスジェニックマウスにおける、オリゴデンドロサイトのアポトーシスと髄鞘低形成にも随伴していた。野生型のバックグラウンドと比較して、膵臓ERキナーゼ(PERK)の機能喪失ヘテロ変異を導入した上で、IFN-γを強制発現したマウスの生存率は劇的に低下し、CNSの髄鞘低形成、オリゴデンドロサイトの喪失がみられた。PERKは、ストレス状態のERで、特異的にクライアントタンパクのホメオスタシスを保つ核内翻訳開始因子2αをリン酸化するERストレス-誘導キナーゼをコードする。そのため、PERK+/-マウスのIFN-γに対する高感受性は、CNS炎症による脱髄障害におけるERストレスを示唆する。」(pp.603アブストラクト)

(2b)「多面的サイトカインであるインターフェロン-γ(IFN-γ)は、活性化されたTリンパ球及びナチュラルキラー細胞から分泌され、多発性硬化症(MS)や実験的自己免疫性脳脊髄炎などのような免疫媒介性の脱髄性障害において、有害な役割を果たしている(Popko et al., 1997; Popko and Baerwald, 1999; Steinman, 2001a)。このサイトカインは、通常はCNSには存在しないが、これらの障害の発症時には検出される(Panitch, 1992)。MSを有する患者へのIFN-γの投与は疾病の経過の悪化につながり(Panitch, 1987)、そのような患者をIFN-γ抗体で処置すると障害の進行を遅らせる(Skurkovich et al., 2001)。インビトロでのIFN-γは純化した発達中のオリゴデンドロサイトのアポトーシスを促進することができ(Andrews et al., 1998; Baerwald and Popko, 1998; Feldhaus et al., 2004)。さらに、CNSで異所性にIFN-γを発現するトランスジェニックマウスは、振戦性のフェノタイプとミエリン異常を示す(Corbin et al., 1996; LaFerla et al., 2000)。それにもかかわらず、IFN-γの存在がオリゴデンドロサイトの異常とミエリン鞘の変化を起こす機構は依然としてよくわかっていない。我々は、IFN-γに曝された培養細胞とトランスジェニックマウスにおけるオリゴデンドロサイトでのERストレス応答の惹起の証拠を示す。さらに、我々は、ERストレスに特異的に応答するリン酸化酵素であるPERKが異所性のIFN-γ発現による病態の重症度を変動させ、オリゴデンドロサイトをアポトーシスから保護する役割を担うことを示す。」(p.604左欄2段落)

(2c)「IFN-γに曝されたオリゴデンドロサイトのERストレス応答を特徴付けるための我々のはじめの努力は、インビトロで実施された。純化したオリゴデンドロサイト前駆細胞は、定義された培地中で5日間、?40%の細胞がミエリンタンパク2’,3’-サイクリックヌクレオチド 3’-ホスホジエステラーゼ(CNP)と分岐伸長が発現するまで分化させた。これらの細胞は、より成熟したオリゴデンドロサイトに特徴的な平らな膜シートを展開しなかった。70U/mlのIFN-γで48h処理すると、これらの細胞は、細胞の収縮と細胞体の凝集を含む、異常な形態学的変化を示し、次いで、培養プレートから剥離した。(図.1,A及びB)。TUNEL及びCNP二重ラベルにより、IFN-γは相当数のオリゴデンドロサイトでアポトーシスを誘導したことが明らかになった(図.1,C-E)。さらに、IFN-γ処理オリゴデンドロサイトの細胞溶解物中のカスパーゼ-3の活性は顕著に増加していた(図.1F)。このように、70U/mlのIFN-γは、活発にミエリン成分を合成しているオリゴデンドロサイトでアポトーシスを誘導し得る。
IFN-γがER機能に影響を与えられるかを明らかにするため、我々は、サイトカイン処理したオリゴデンドロサイト培養細胞で、ERストレスマーカーの発現をモニターした。・・・eIF-2複合体のヌクレオチド交換を阻害し、殆どのタンパク合成を変化させる、eIF-2αのリン酸化がERストレスの発生の数分以内に起こる(Ron, 2002)。ウェスタンブロット分析により、IFN-γは、オリゴデンドロサイト培養細胞で、リン酸化されたeIF-2α(p-eIF-2α)のレベルを、有意に上昇させることが明らかとなった(図.1H)・・・これらの結果は、IFN-γにより誘導された培養オリゴデンドロサイトのアポトーシスは、ERストレス経路と関連するものであることを示す。」(pp.604左欄最終段落?pp.605右欄1段落)

(2d)「GFP/tTA及びTRE/IFN-γマウスをPERK+/-マウスと交配して生じた子孫間でさらに交配し、PERK変異に関してホモ又はヘテロであるダブルトランスジェニックマウスを得た。既に報告されたように、PERK-/-バックグラウンドのトランスジェニックマウスは、ドキシサイクリンが与えられるかどうかにかかわらず、生後12日以内に死亡した。E 14にドキシサイクリンから開放されたPERK+/+バックグラウンドを持つダブルトランスジェニックマウスGFP/tTA; TRE/IFN-γマウスは、予測された僅かな振戦とアタキシアを示したが、良好な生存を示した。これに対し、PERK+/-バックグラウンドを持つマウスは、より重症なフェノタイプであった。これらの動物は、PERK+/+の同腹子またはGFP/tTAとTRE/IFN-γアレルの組み合わせを受け継がなかったPERK+/-の動物に較べてかなり小さく、重篤な振戦とアタキシアを示した。これらの動物の約3分の2が強直痙攣を起こした。驚くべきことに、E 14でドキシサイクリンから開放したPERK+/-バックグラウンドマウスの>90%が生後27日で死亡したのに対し、野生型のバックグラウンドを持つダブルトランスジェニックマウスは、通常の生存率を示した(図.3A)。



図3. PERK+/-マウスのIFN-γ条件付け誤発現に対する高感受性(A)マウスの生存曲線(各群に対し、n=40)」(pp.606左欄最終段落?右欄1段落、pp.606図3Aと図3の説明)

(2e)「CNSにおいてIFN-γを発現するPERK+/-が示す硬直痙攣を示す振戦フェノタイプはミエリン変動を示唆するものであった。CNSにおけるミエリン塩基性タンパク(MBP)の免疫染色において、14日齢でドキシサイクリンから開放されたGFAP/tTA;TRE/IFN-γ;PERK+/-マウスでは、野生型バックグラウンド(図4)のダブルトランスジェニックマウスと比較して、染色が著明に減少していた。それだけでなく、超構造観察によると、CNSにおいてIFN-γを発現するPERK+/-マウスの大部分(81%±14.9%)の脊髄軸索が脱髄を起こしていた(図5)。対照的に、E14にドキシサイクリンから開放された、野生型のバックグラウンドを有するダブルトランスジェニック動物は、脱髄した軸索が顕著に少なかった(30%±12.9%)、他方、ドキシサイクリンを投与し続けてIFN-γの発現を抑えた動物では、脱髄した軸索はさらに少なかった(9.8%±6.1%)。これらのデータは、PERK+/-バックグラウンドにおけるIFN-γ誘導重症振戦フェノタイプが髄鞘低形成と相関することを確認した。」(p.606右欄最終段落?pp.607左欄1段落)

(2f)「次に、我々は、CNSでIFN-γを発現しているPERK+/-マウスにおけるミエリン低形成に寄与する細胞機能に関する知見を得るために、オリゴデンドロサイトの機能の状態を調べた。我々は、定常状態におけるMBP、PLP及びセラミドガラクトシルトランスフェラーゼ(CGT)をコードするmRNAのレベルを決定した。リアルタイムRCRにより、MBP、PLP及びCGTのmRNAレベルは、E 14でドキシサイクリンから解放された14日齢の野生型のバックグラウンドを有するダブルトランスジェニックマウスでは、通常より僅かに低かった。これらのmRNAレベルは、E 14でドキシサイクリンから解放されたGFAP/tTA;TRE/IFN-γ;PERK+/-マウスのCNSではさらに低かった(図.6)。定常状態でのミエリンタンパクコードmRNAの減少が、ミエリン産生細胞の数の減少によるものであるのかを決定するために、オリゴデンドログリアの数をこれらのマウスで決定した。コントロールのマウスと比較して、野生型のバックグラウンドを有し、E 14でドキシサイクリンから開放されたFAP/tTA;TRE/IFN-γマウスのCNSでは、CC1免疫染色を示すオリゴデンドロサイトは僅かに少なかった(図.7A)。これに対し、非常に少ないオリゴデンドロサイトがIFN-γを発現しているPERK+/-バックグラウンドを有するマウスでは確認され、脊髄のオリゴデンドロサイトの数は、>50%以上減少していた(図.7A)
加えて、頸椎におけるTUNEL陽性のオリゴデンドロサイトは、E 14でドキシサイクリンから開放された野生型のバックグラウンドを有するダブルトランスジェニックマウスの2.5倍も高かった(図.7,B-F)。加えて、超構造解析は、アポトーシスを起こしているオリゴデンドロサイトが高度に凝縮したクロマチン体、無傷の細胞膜、収縮した細胞質とアポトーシス体を含むことを示した(図.7G)。これらのデータは、ERストレス応答は、IFN-γで誘導されるオリゴデンドロサイトのアポトーシスに関連しているという仮説を補強し、PERKがIFN-γにより誘導されるERストレスの悪影響からオリゴデンドロサイトを保護するのに重要な役割を果たしていることを示す。」(pp.607左欄2段落?右欄2段落)

(2g)「免疫性脱髄障害におけるT細胞由来のサイトカインであるIFN-γのCNSでの存在は、病態に関与するものと考えられている(Steinman, 2001b; Wingerchuk et al., 2001 )。それにもかかわらず、このサイトカインの作用機構は未だ解明されていない。この研究で、我々は、ERストレスに応答する能力がIFN-γの脱髄過程における有害な作用が、少なくとも部分的には、オリゴデンドロサイトにおけるタンパク分泌経路を妨げることによって、変化させていることを示唆する。まず、我々のインビトロのデータは、培養ラットオリゴデンドロサイトにおけるIFN-γ誘導アポトーシスが、これらの細胞におけるERストレス経路の活性化と相関することを示した。2番目に、我々は、発達過程で異所性にIFN-γをCNSで発現するマウスにおけるミエリン低形成とオリゴデンドロサイトのアポトーシスも、ERストレスと関連することを見出した。3番目に、不活性なPERK対立遺伝子のためにERストレスに応答する能力が低下している動物は、CNSにおけるIFN-γの存在に対して、劇的に感受性が増大する。・・・
まとめると、我々は、免疫サイトカインIFN-γのオリゴデンドロサイトへの有害な作用をインビトロ、インビボで示し、これがERストレス応答の活性化によることを示した。さらに、我々は、遺伝学的なアプローチによって、オリゴデンドロサイトのERストレスに対する応答性は、IFN-γによるミエリン形成過程への有害な作用を変化させることを示した。これらの研究は、免疫性の脱髄疾患の重要な臨床標的となり得るものを同定した。脱髄病変におけるこのサイトカインの存在は、有意にERストレスの活性化による、新規に動員されるオリゴデンドロサイトによる脱髄病変の再髄鞘形成の低下に寄与している可能性がある。このストレスを軽減する治療的アプローチは、免疫媒介脱髄障害におけるミエリン修復の促進に有益であることが解明され得るものである。」(pp.608右欄最終段落?pp.610最終段落)

(3)刊行物1に記載された発明
刊行物1の上記摘記(1c)には、TNF-α及びIFN-γに対する抗体を二次進行性MSの患者に投与する臨床試験を行ったことが記載されている。
そうすると、刊行物1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。
「TNF-α及びIFN-γに対する抗体を二次進行性MSの患者に投与する臨床試験」

(4)対比
上記摘記(1a)及び(1d)に記載されるように、刊行物1には、引用発明の試験方法において、MRIにより病変の減少を確認したことが記載されている。ここで、上記摘記(1b)に記載されるとおり、引用発明の臨床試験の対象疾患であるMSは、中枢性の脱髄性疾患であって、(1d)で観察されたT2-病変は、脱髄を検出する通常の方法であるから、引用発明においては、脱髄も減少しているといえる。そして、引用発明で用いたTNF-α及びIFN-γは生物活性剤であるということができ、引用発明において、これら抗体のMSの患者に対する効果を確認しているのは、MSに対し、脱髄性の病変を減少する治療活性を有する生物活性剤を開発することを目的としていることは明らかである。そうすると、引用発明と本願補正発明とは、「神経脱髄を減少させる生物活性剤を開発する方法」である点において一致し、以下の点で相違する。
(引用発明と本願補正発明の相違点)
本願発明の方法は、「インビトロでのトランスジェニックに基づくシステムにおいて、
(a)候補薬剤を髄鞘形成細胞と接触させる工程と、
(b)コントロール細胞と比較して遺伝子もしくは遺伝子産物の発現の変化または該遺伝子産物の活性の変化を検出する工程であって、該遺伝子または遺伝子産物が小胞体(ER)ストレスに相関し、そして、成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)、および、膵臓ERキナーゼ(PERK)からなる群より選択される、工程と、
(c)該コントロール細胞と比較して、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の発現レベルが増加したか、または、該成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)の発現レベルが減少したか、または、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の活性レベルが増加したか、または、該成長およびDNA損傷タンパク質34(GADD34)の活性レベルが減少した場合、該薬剤を候補として選択する工程と
を含む」のに対し、引用発明の方法は、MSの患者に候補薬剤を投与して、障害の程度の評価、サイトカインの量、MRIによる病変の検出により評価する点

(5)相違点についての判断
上記相違点について検討する。
上記摘記(2b)の記載からみて、刊行物2は、刊行物1と同様に、MSのようなIFN-γの作用が関与する脱髄性の疾患に関する研究報告であって、「そのような患者をIFN-γ抗体で処置すると障害の進行を遅らせる(Skurkovich et al., 2001)」と刊行物1に対応する文献が示されていることからもわかるように、引用発明の研究を踏まえた研究の報告であると認められる。
刊行物2の上記摘記(2a)には、膵臓ERキナーゼ(PERK)の機能喪失変異を導入した上で、ヘテロマウスIFN-γを強制発現したマウスの生存率は劇的に低下し、CNSの髄鞘低形成、オリゴデンドロサイトの喪失がみられたこと、PERKは、ストレス状態のERで、特異的にクライアントタンパクのホメオスタシスを保つ核内翻訳開始因子2αをリン酸化するERストレス-誘導キナーゼをコードするので、PERK+/-マウスのIFN-γに対する高感受性は、CNS炎症による脱髄障害におけるERストレスを示唆することが記載されている。そして、刊行物2には、摘記(2c)?(2f)に記載された実験によって、この知見を導いたことが詳細に記載され、摘記(2g)に「不活性なPERK対立遺伝子のためにERストレスに応答する能力が低下している動物は、CNSにおけるIFN-γの存在に対して、劇的に感受性が増大する。」「まとめると、我々は、免疫サイトカインIFN-γのオリゴデンドロサイトへの有害な作用をインビトロ、インビボで示し、これがERストレス応答の活性化によることを示した。」と記載されている。
刊行物2のこれらの記載によれば、IFN-γが関与する脱髄が起こる局面において、PERKがERストレスを解消し、オリゴデンドロサイトを保護するように働く分子であることが記載されていると理解することができる。そして、刊行物2には、上記摘記(2g)の「脱髄病変におけるこのサイトカインの存在は、有意にERストレスの活性化による、新規に動員されるオリゴデンドロサイトによる脱髄病変の再髄鞘形成の低下に寄与している可能性がある。このストレスを軽減する治療的アプローチは、免疫媒介脱髄障害におけるミエリン修復の促進に有益であることが解明され得るものである。」との記載があり、免疫媒介脱髄障害の治療的アプローチとして、ERストレスを軽減することが示唆されているのであるから、脱髄病変を減少させる生物活性剤を開発しようとする当業者にとって、刊行物2の記載に基づき、PERKがオリゴデンドロサイトのストレスを解消する作用に着目して、髄鞘形成細胞であるオリゴデンドロサイトと候補薬剤を接触させ、コントロール細胞と比較して遺伝子もしくは遺伝子産物の発現の変化または該遺伝子産物の活性の変化を検出する工程で、該遺伝子または遺伝子産物が小胞体(ER)ストレスに相関するものであるPERKすなわち膵臓ERキナーゼについて、該コントロール細胞と比較して、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の発現レベルが増加したか、または、該膵臓ERキナーゼ(PERK)の活性レベルが増加した場合、該薬剤を候補として選択する工程とを含むようにすることは、容易に想到し得たことである。ここで、医薬品等の生物活性剤の開発の初期段階には、動物から取り出した細胞等を用いたインビトロの試験系を用いるのが通常であって、上記摘記(2b)に記載されたように、刊行物2においては、GFAP/tTAとTRE/IFN-γを導入することにより、IFN-γを本来発現しない細胞で異所性に発現させ、MSにおける脱髄のモデルとして使用できるトランスジェニックシステムも記載されていることからみれば、トランスジェニックに基づくシステムを用いることも、刊行物2に接した当業者が当然に行うことであって、格別のものでない。
そうすると、本件補正発明は、優先日前に当業者が刊行物1及び2に記載された発明に基づいて、容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(6)独立特許要件のむすび
以上のとおり、補正後の特許請求の範囲に記載される発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるとはいえないから、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反する。

4 補正の却下の決定のむすび
本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記[補正の却下の決定の結論]のとおり、決定する。

第3 本願発明
上記第2に述べたように、本件補正は却下されたので、この出願において、特許を受けようとする発明は、本件補正前の平成24年 6月11日付けの手続補正書の特許請求の範囲に記載されたとおりの事項により特定されるものであって、その請求項5の記載は上記第2 3(本件補正前)に記載したとおりである(以下、この発明を「本願発明」という。)。

第4 原査定の理由
平成24年 7月26日付けの拒絶査定は、平成23年12月 6日付けの拒絶理由通知書に示した理由によるものであり、当該拒絶理由通知書には、理由3として特許法第29条第2項違反が指摘され、請求項5を含む請求項1-10に対して、引用文献1-2が引用されている。したがって、原査定の拒絶の理由は、請求項5に記載された発明である本願発明について、出願前(優先日前)に国内又は外国において頒布された刊行物である引用文献1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許を受けることができないという理由を含むものであると認められる。

第5 当審の判断
当審は、本願は、原査定のとおり、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと判断する。

1 刊行物及びその記載
原査定において、本願発明に対する特許法第29条2項に基づく拒絶の理由に関して提示された引用文献1及び2は、それぞれ、上記第2 3(2)の刊行物1及び2であって、その記載も上記第2 3(2)に指摘したとおりである。

2 対比・判断
上記第2 1で既に述べたとおり、本願補正発明は、本願発明を限定的に減縮した発明である。そして、上記第2 3において検討したとおり、本願発明をより限定して特定した発明に相当する本願補正発明が刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が出願(優先日)前に容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであることからみれば、本願発明が同様の理由で特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであることは明らかである。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、その余の点について検討するまでもなく、本願は、拒絶すベきものである。
よって、上記結論のとおり、審決する。
 
審理終結日 2014-10-10 
結審通知日 2014-10-14 
審決日 2014-10-27 
出願番号 特願2008-517080(P2008-517080)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 575- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 幸田 俊希  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 齋藤 恵
川口 裕美子
発明の名称 脱髄障害を処置するための方法  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  

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