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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1299110
審判番号 不服2014-9029  
総通号数 185 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-05-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-05-15 
確定日 2015-03-27 
事件の表示 特願2009-287452「圧電膜型アクチュエータおよびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成23年 6月30日出願公開、特開2011-129746〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成21年12月18日の出願であって、平成25年10月10日付けで拒絶の理由が通知され、同年12月11日に意見書と手続補正書が提出され、平成26年2月10日付けで拒絶査定がされ、同年5月15日に、拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正書が提出されたものである。

第2 平成26年5月15日に提出された手続補正書による手続補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成26年5月15日に提出された手続補正書による手続補正を却下する。

[理 由]
1 本件手続補正の内容
平成26年5月15日に提出された手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲についてするものであって、補正前後の請求項の記載は、各々以下のとおりである。

(補正前)
「【請求項1】
基板上に形成された圧電膜と前記圧電膜に電圧を印加するための電極とからなり、前記電極に電圧を印加することにより前記圧電膜に生ずる変位を利用して基板を介して物体の駆動を行う圧電膜型アクチュエータであって、前記圧電膜は粒径が0.2?0.5μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶から構成されていることを特徴とする圧電膜型アクチュエータ。
【請求項2】
前記圧電膜はエアロゾルデポジション法により形成され、その後、850?1100℃の温度で熱処理されることを特徴とする請求項1記載に圧電膜型アクチュエータの製造方法。」

(補正後)
「【請求項1】
基板上に形成された圧電膜と前記圧電膜に電圧を印加するための電極とからなり、前記電極に電圧を印加することにより前記圧電膜に生ずる変位を利用して基板を介して物体の駆動を行う圧電膜型アクチュエータであって、前記圧電膜は粒径が0.2?0.5μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶(ただし柱状結晶粒を除く)から構成されていることを特徴とする圧電膜型アクチュエータ。
【請求項2】
前記圧電膜はエアロゾルデポジション法により形成され、その後、850?1100℃の温度で熱処理されることを特徴とする請求項1記載に圧電膜型アクチュエータの製造方法。」

2 補正事項の整理
本件補正の補正事項は、補正前の請求項1の「圧電膜は粒径が0.2?0.5μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶から構成されていること」を補正後の請求項1の「圧電膜は粒径が0.2?0.5μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶(ただし柱状結晶粒を除く)から構成されていること」と補正するものである。

3 新規事項の追加の有無についての検討
ア 特許法第17条の2第3項は、拒絶査定不服審判を請求する場合において、その審判の請求と同時にする補正の要件を定めるものであり、明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をするときは、誤訳訂正書を提出してする場合を除き、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、願書に最初に添付した明細書を「当初明細書」と、また、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面を合わせて「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしなければならないことを規定する。

イ 上記補正事項は、補正前の発明の「多結晶」から「柱状結晶粒を除く」ものである。

ウ そこで、当初明細書等に、「多結晶」から「柱状結晶粒を除く」という技術的事項が記載されていたかを検討する。

エ 審判請求書において、審判請求人は、「この補正は、段落0023、図2の記載に基づくものであって、圧電膜の構造に関して、補正前の請求項に記載された発明の発明特定事項の限定であり、補正前と補正後の発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるため、特許請求の範囲の減縮に該当するものである。
さらに、この特許請求の範囲の補正に伴い、形式的に、段落0015を補正した。
これらの補正は、出願当初の明細書及び図面の記載の範囲内で行うもので、新規事項の追加には該当しない。」と補正の根拠を主張している。

オ 当初明細書の【0023】には、以下の記載がある。
「【0023】
熱処理した圧電膜2の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、圧電膜2を構成するチタン酸バリウム結晶の粒径を測定した。その結果、圧電膜2は粒径0.2?0.5μmの結晶からなる多結晶膜であることが確認された。図2は実施例のチタン酸バリウムの多結晶からなる圧電膜の表面の観察結果の一例を示す写真である。」
そして、その図2は以下のとおりである。


カ 当初明細書の【0023】には、「圧電膜2を構成するチタン酸バリウム結晶の粒径を測定した。その結果、圧電膜2は粒径0.2?0.5μmの結晶からなる多結晶膜であること」が記載されるものの、「柱状結晶粒を除く」はおろか「柱状結晶粒」について記載はなく、これに相当する語句も認められない。

キ 図2には、粒状に混じって縦横比の大きい長粒状の結晶粒も認められる。

ク オで記載したように当初明細書には「柱状結晶粒」について記載はなく、何を意味するのかも定かではないが、一般的な「柱」の概念から縦横比の大きい長粒状の結晶粒が該当するのであれば、図2にはそれが除かれているものとは認められない。

ケ したがって、審判請求書において、審判請求人が補正の根拠として主張する、当初明細書の【0023】及び図2には、「多結晶」から「柱状結晶粒を除く」という技術的事項の記載、若しくは、前記技術的事項に相当する記載は認めることはできない。

コ また、当初明細書等の他の箇所にも、「多結晶」から「柱状結晶粒を除く」という技術的事項の記載、若しくは、前記技術的事項に相当する記載は認めることはできず、しかも、前記技術的事項が、当初明細書等に記載された事項から自明であるとも認めることはできない。

サ したがって、前記「多結晶」から「柱状結晶粒を除く」という技術的事項を導入する補正事項は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものということはできない。

以上ア?サで検討したように、補正事項が、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものということはできないから、本件補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものということはできない。
したがって、補正後請求項1を、いわゆる「除くクレーム」として許容することはできない。

4 独立特許要件についての判断
本件補正は、上記「3」において検討したとおり、特許法第17条の2第3項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものであるが、仮に、本件補正が、当初明細書等の記載の範囲内でなされ、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とし、補正の目的要件を満たすものであるとして、本件補正が、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定を満たすものであるか否か、即ち、補正後の請求項に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か、以下に検討する。

(ア)特許法第36条第4項第1号、第6項第2号について
補正後請求項1の「柱状結晶粒を除く」における「柱状結晶粒」なる特定事項は、いかなる技術的意義を有するのか明細書に具体的に記載されておらず、また、上記補正後請求項1の記載は「柱状結晶粒を除く」ことが具体的にどのように実施されるのか明細書に記載されておらず、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
したがって、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反する。

また、補正後請求項1の「柱状結晶粒」との記載は、どの程度の縦横比までを意味するのか、例えば針状結晶までを含むのか等内容が明細書を参照しても明りょうでなく、いかなる結晶粒を特定しているのか明確でない。
したがって、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確でないので、特許法第36条第6項第2号の規定に違反する。

(イ)特許法第29条第2項について
上記(ア)において検討したとおり、補正後請求項1に係る発明(以下、これを「本件補正発明」という)は、特許請求の範囲の記載が明確ではなく、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないが、一応、前記「本件補正」において、補正後請求項1として引用した以下の記載のとおりのものとして、特許法第29条第2項についての検討を行う。

「【請求項1】
基板上に形成された圧電膜と前記圧電膜に電圧を印加するための電極とからなり、前記電極に電圧を印加することにより前記圧電膜に生ずる変位を利用して基板を介して物体の駆動を行う圧電膜型アクチュエータであって、前記圧電膜は粒径が0.2?0.5μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶(ただし柱状結晶粒を除く)から構成されていることを特徴とする圧電膜型アクチュエータ。」

(1)引用文献1
原審が、平成25年10月10日付けの拒絶理由に引用した、本願出願前に頒布された刊行物である特開2002-124712号公報(以下、「引用文献1」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている(なお、下線は、当合議体において付したものである。以下同じ。)。

A.「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、インクジェット式記録ヘッド等に用いられる圧電体膜および圧電体素子に係る。特に、チタン酸バリウム(BaTiO_(3):BT)又はその一部を他の金属原子に置換した圧電体膜において柱状で粒径が大きな圧電体膜、およびこれを用いた圧電体素子に関する。
【0002】
【従来の技術】インクジェット式記録ヘッドのようなアクチュエータとして用いられる圧電体素子は、電気機械変換機能を呈する圧電体膜を2つの電極で挟んだ素子であり、圧電体膜は結晶化した圧電性セラミックスにより構成されている。この圧電性セラミックスとしては、ペロブスカイト型結晶構造を有し、化学式ABO_(3)で示すことのできる複合酸化物が知られている。例えばAにはバリウム(Ba),Bにチタン(Ti)の混合を適用したチタン酸バリウム(BT)や、バリウムの一部をストロンチウム(Sr)に置換したチタン酸ストロンチウムバリウム(BST)が知られている。」

B.「【0029】振動板30は圧力室基板20の他方の面に貼り合わせられている。振動板30には圧電体素子(図示しない)が設けられている。振動板30には、インクタンク口(図示せず)が設けられて、図示しないインクタンクに貯蔵されているインクを圧力室基板20内部に供給可能になっている。
【0030】(層構造)図3に、本実施形態の方法により製造されるインクジェット式記録ヘッドおよび圧電体素子のさらに具体的な構造を説明する断面図を示す。この断面図は、一つの圧電体素子の断面を拡大したものである。図に示すように、振動板30は、絶縁膜31および下部電極32を積層して構成され、圧電体素子40は圧電体膜層41、上部電極42および下部電極32を積層して構成されている。特にこのインクジェット式記録ヘッド1は、圧電体素子40、キャビティ21およびノズル穴11が一定のピッチで連設されて構成されている。このノズル間のピッチは、印刷精度に応じて適時設計変更が可能である。例えば400dpi(dot perinch)になるように配置される。
【0031】絶縁膜31は、導電性でない材料、例えばシリコン基板を熱酸化等して形成された二酸化珪素(SiO_(2))により構成され、圧電体膜層の変形により変形し、キャビティ21の内部の圧力を瞬間的に高めることが可能に構成されている。
【0032】絶縁膜31上には下部電極32を形成するが、絶縁膜31と下部電極32との間に、20nm程度のチタン又は酸化チタンの膜(密着層)を形成しても良い。
【0033】下部電極32は、圧電体膜層に電圧を印加するための一方の電極であり、導電性を有する材料、例えば、白金(Pt)などにより構成されている。なお、下部電極32はこれに限らず、白金と同じFCC構造を有する金属であるイリジウム(Ir)で構成しても良い。下部電極32は、圧力室基板20上に形成される複数の圧電体素子に共通な電極として機能するように絶縁膜31と同じ領域に形成される。ただし、圧電体膜層41と同様の大きさに、すなわち上部電極と同じ形状に形成することも可能である。
【0034】上部電極42は、圧電体膜層に電圧を印加するための他方の電極となり、導電性を有する材料、例えば膜厚0.1μmの白金(Pt)又はイリジウム(Ir)で構成されている。
【0035】圧電体膜層41は、本発明の製造方法で製造された例えばペロブスカイト構造を持つ圧電性セラミックスの結晶であり、振動板30上に所定の形状で形成されて構成されている。
【0036】圧電体膜層41の組成は、例えばチタン酸バリウム(BaTiO_(3):BT)等の圧電性セラミックスを用いる。その他、チタン酸ストロンチウムバリウム((Ba,Sr)TiO_(3):BST)など、チタン酸バリウムを構成するバリウムの一部を他の元素に置換したものでもよい。
【0037】この圧電体膜層41は、多結晶体で構成され、柱状結晶粒で構成される。また、この圧電体膜の少なくとも下層側はバリウム/チタンのモル比が1未満であり、上層側はバリウム/チタンのモル比が1以上1.2以下である。なお、チタン酸ストロンチウムバリウムの場合は、(バリウム+ストロンチウム)/チタンのモル比を上記の範囲にする。また、この多結晶体は、粒径0.4μm以上の結晶粒を少なくとも含むことが望ましい。」

C.「【0044】圧電体前駆体膜第1層の形成(S3)
次に、下部電極32上に圧電体前駆体膜の第1層411’を成膜する。圧電体前駆体膜は、後述の処理で結晶化されて圧電体膜41となる以前の、非晶質膜として構成される。本実施例ではチタン酸バリウムの前駆体膜をゾル・ゲル法で成膜する。なお、チタン酸バリウムの成膜方法はゾル・ゲル法に限定されるわけではなく、MOD(Metal-Organic Decomposition)法等の溶液塗布法であれば良い。」

D.「【0051】結晶化工程(S4)
上記の工程によって得られた圧電体前駆体膜の第1層411’を加熱処理することによって結晶化させ、圧電体膜の第1層411を形成する。焼結温度は材料により異なるが、本実施形態では650℃で5分から30分間加熱を行う。加熱装置としては、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置、拡散炉等を使用することができる。
【0052】この結晶化により、圧電体膜の第1層411が形成される。この実施形態では、ゾルの塗布、乾燥、脱脂、結晶化の工程を1回実施することにより圧電体膜の第1層411を形成したが、これに限らず、2回またはそれ以上繰り返すこととしても良い。
【0053】圧電体膜の積層(S5?S7)
次に、圧電体前駆体膜の第2層412’を成膜する(S5)。この際、塗布するゾルのバリウム/チタンのモル比は1以上1.2以下とすることが好ましい。特に、バリウム/チタンのモル比は1に近い値とすることが好ましい。これにより、化学量論比に近い、圧電特性に優れた圧電体膜を形成することができる。例えばここでは、バリウム/チタンのモル比を1.05とする。」

E.「【0053】圧電体膜の積層(S5?S7)
次に、圧電体前駆体膜の第2層412’を成膜する(S5)。この際、塗布するゾルのバリウム/チタンのモル比は1以上1.2以下とすることが好ましい。特に、バリウム/チタンのモル比は1に近い値とすることが好ましい。これにより、化学量論比に近い、圧電特性に優れた圧電体膜を形成することができる。例えばここでは、バリウム/チタンのモル比を1.05とする。
・・・(中略)・・・
【0055】次に、上記と同様に結晶化させ、圧電体膜第2層412を形成する(S6)。この前駆体膜の成膜及び結晶化の工程を所定回数繰り返すことにより、圧電体膜第2層412を更に厚膜化することができる(S7)。このようにして形成される圧電体膜第2層412は、上記の第1層411の上に結晶成長するために、大粒径でかつ柱状の結晶粒となる。粒径は例えば最大粒径で0.4μmとなる。
【0056】圧電体膜第1層411の膜厚と圧電体膜第2層412の膜厚との比は、高誘電率を抑制するとともに圧電特性を保持できるように、例えば1:9乃至3:7の間とすることが好ましい。圧電体膜第1層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の誘電率を下げることができ、圧電体膜第2層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の圧電特性を向上させることができる。例えばここでは、第1層411の膜厚と第2層412の膜厚との比を2:8とする。」

(A)上記A.には「インクジェット式記録ヘッドのようなアクチュエータ」との記載があり、インクジェット式記録ヘッドは、アクチュエータであるといえる。

(B)上記B.は、「インクジェット式記録ヘッド」に関し、当該「振動板30は、絶縁膜31および下部電極32を積層して構成され、圧電体素子40は圧電体膜層41、上部電極42および下部電極32を積層して構成されている。」、「絶縁膜31は、導電性でない材料、例えばシリコン基板を熱酸化等して形成された二酸化珪素(SiO_(2))により構成され、圧電体膜層の変形により変形し、キャビティ21の内部の圧力を瞬間的に高めることが可能に構成されている。」及び「圧電体膜層41の組成は、例えばチタン酸バリウム(BaTiO_(3):BT)等の圧電性セラミックスを用いる。」との記載されている。また、前記B.の「圧電体膜層41」に関し、上記C.に「結晶化により、圧電体膜の第1層411が形成される。」との記載がある。

(C)前記B.の「圧電体膜層41」に関し、上記D.に、「圧電体膜第2層412は、上記の第1層411の上に結晶成長するために、大粒径でかつ柱状の結晶粒となる。粒径は例えば最大粒径で0.4μmとなる。」及び「圧電体膜第1層411の膜厚と圧電体膜第2層412の膜厚との比は、高誘電率を抑制するとともに圧電特性を保持できるように、例えば1:9乃至3:7の間とすることが好ましい。圧電体膜第1層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の誘電率を下げることができ、圧電体膜第2層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の圧電特性を向上させることができる。」との記載がある。

以上(A)?(D)をふまえれば、引用文献1には、以下の発明(以下、「引用文献1発明」という。)が記載されていると認められる。

「絶縁膜31および下部電極32を積層して構成され、圧電体素子40は圧電体膜層41、上部電極42および下部電極32を積層して構成され、絶縁膜31は、圧電体膜層40の変形により変形し、キャビティ21の内部の圧力を瞬間的に高めることが可能に構成され、
圧電体膜層41の組成は、例えばチタン酸バリウム(BaTiO_(3):BT)等の圧電性セラミックスを用い、
結晶化により、圧電体膜の第1層411が形成され、圧電体膜第2層412は、上記の第1層411の上に結晶成長するために、大粒径でかつ柱状の結晶粒となり、粒径は例えば最大粒径で0.4μmとなり、
圧電体膜第1層411の膜厚と圧電体膜第2層412の膜厚との比は、高誘電率を抑制するとともに圧電特性を保持できるように、例えば1:9乃至3:7の間とすることが好ましく、圧電体膜第1層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の誘電率を下げることができ、圧電体膜第2層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の圧電特性を向上させることができる、
アクチュエータ。」

(2)周知例
本願出願前に頒布された刊行物である特開2009-49220号公報(以下、「周知例」という。)には以下の事項が記載されている。

a.「【背景技術】
【0002】
一般に、圧電体薄膜素子は、圧電体薄膜をその厚み方向に2つの電極で挟んでなる積層体を備えている。ここで、圧電体の材料は、機械的エネルギーを電気的エネルギーに変換し、あるいは電気的エネルギーを機械的エネルギーに変換する材料である。圧電体材料の代表的なものは、ペロブスカイト型結晶構造の酸化物であるチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O_(3))(PZT)や、このPZTにマグネシウム、マンガン、ニッケル、ニオブなどを添加したものなどがある。
【0003】
特に、ペロブスカイト型結晶構造の正方晶系PZTの場合には<001>軸方向(C軸方向)に、菱面体晶系PZTの場合には<111>軸方向に、大きな圧電変位が得られる。しかし、多くの圧電体材料は、結晶粒子の集合体からなる多結晶体であり、各結晶軸は不規則な方向を向いている。このため、自発分極Psも不規則に配列しているが、圧電体薄膜素子の場合には、それらのベクトルの総和が、電界と平行方向になるように作られている。そして、この圧電体薄膜素子の1つの利用形態として、従来技術では、開口部を有する基板上に、この開口部を覆うように振動板が設けられていて、この振動板上に下電極、圧電体薄膜、上電極が配設されてなるダイアフラム型圧電体薄膜素子が知られており、このダイアフラム型圧電体薄膜素子は液体吐出機構やインクジェットヘッド等に広く利用されている(例えば、(特許文献1))。従来のインクジェットヘッドの作製方法は、圧電体薄膜の形成法としてグリーンシートを圧力発生室の形状に合わせて貼り付け、これを焼成するといった比較的簡単な工程であり、振動板上に圧電体薄膜素子を作りつけて形成されていたが、高密度配列が困難であるといった問題があった。」

上記の記載によれば、周知例には、「インクジェットヘッド等に広く利用されている」「圧電体薄膜素子」の「多くの圧電体材料は、結晶粒子の集合体からなる多結晶体であ」ることが示されている。

(3)対比
本件補正発明と引用文献1発明とを対比する。

ア 引用文献1発明の「絶縁膜31」、「下部電極32」、「圧電体膜層41」及び「上部電極42」は、それぞれ、本件補正発明の「基板」、「圧電膜に電圧を印加するための電極」、「圧電膜」及び「圧電膜に電圧を印加するための電極」に相当する。
また、引用文献1発明の「絶縁膜31は、圧電体膜層40の変形により変形し、キャビティ21の内部の圧力を瞬間的に高めることが可能に構成され」ることにより「吐出信号に対応して、ノズルからインクを吐出」(【0022】)することから、本件補正発明の「電極に電圧を印加することにより前記圧電膜に生ずる変位を利用して基板を介して物体の駆動を行う」に相当する。

イ 引用文献1発明の「圧電体膜層41の組成は、例えばチタン酸バリウム(BaTiO_(3):BT)等の圧電性セラミックスを用い」「粒径は例えば最大粒径で0.4μmとな」ることは、本件補正発明の「圧電膜は粒径が0.2?0.5μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶(ただし柱状結晶粒を除く)から構成されていること」と「圧電膜は粒径が0.2?0.4μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶から構成されていること」する点で共通するといえる。

ウ 引用文献1発明の「アクチュエータ」は、「圧電体膜」を用いるから本件補正発明の「圧電膜型アクチュエータ」に相当するといえる。

上記ア?ウの対比によれば、本件補正発明と引用文献1発明とは以下の事項を有する発明である点で一致し、そして相違する。

〈一致点〉
「基板上に形成された圧電膜と前記圧電膜に電圧を印加するための電極とからなり、前記電極に電圧を印加することにより前記圧電膜に生ずる変位を利用して基板を介して物体の駆動を行う圧電膜型アクチュエータであって、前記圧電膜は粒径が0.2?0.4μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶から構成されていることを特徴とする圧電膜型アクチュエータ。」

〈相違点〉
チタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶に関し、本件補正発明は、「ただし柱状結晶粒を除く」として多結晶の結晶粒から「柱状」の物をの除外するものであるのに対し、引用文献1発明は、「結晶化により、圧電体膜の第1層411が形成され、圧電体膜第2層412は、上記の第1層411の上に結晶成長するために、大粒径でかつ柱状の結晶粒となり、圧電体膜第1層411の膜厚と圧電体膜第2層412の膜厚との比は、高誘電率を抑制するとともに圧電特性を保持できるように、例えば1:9乃至3:7の間とすることが好ましく、圧電体膜第1層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の誘電率を下げることができ、圧電体膜第2層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の圧電特性を向上させることができる」点。

(4)当審の判断
引用文献1発明は、チタン酸バリウムを結晶化した第1層411上に大粒径でかつ柱状の結晶粒の第2層412を結晶成長させたものからなる圧電体膜から構成されるものであるが、第1、2層は、それぞれ、「圧電体膜第1層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の誘電率を下げることができ、圧電体膜第2層の膜厚比を大きくすると、圧電体膜全体の圧電特性を向上させることができる」と機能を分担するもので膜厚保の比は第1、2層が「例えば1:9乃至3:7の間とすることが好ましい」とされ、好適な範囲を例示するに留まるものである。一方、周知例には、インクジェットヘッド等に広く利用されている圧電体薄膜素子の多くの圧電体材料は、結晶粒子の集合体からなる多結晶体であることが示されるように結晶成長を伴わない多結晶の状態がアクチュエータの圧電素子において従来から用いられてきたている。
そうすると、引用文献1発明において、「圧電体膜全体の誘電率を下げること」に主眼を置いて従来用いられてきた第1、2層が「10:0とすること」、すなわち柱状の結晶粒を0とすることにより相違点に係る特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得ることであるといえる。

そして、本件補正発明の構成により奏する効果も、引用文献1発明、及び周知例に記載の技術的事項等から当然予測される範囲内のもので、格別顕著なものとは認められない。

したがって、本件補正発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

5 補正却下のむすび
以上検討したとおり、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
仮に、本件補正が、当初明細書等の記載の範囲内でなされたものであるとしても、本件補正発明は、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

よって、上記補正却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について

1 平成26年5月15日付けの手続補正は前記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成25年12月11日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの以下の事項により特定されるものである。(以下、「本願発明」という。)

「【請求項1】
基板上に形成された圧電膜と前記圧電膜に電圧を印加するための電極とからなり、前記電極に電圧を印加することにより前記圧電膜に生ずる変位を利用して基板を介して物体の駆動を行う圧電膜型アクチュエータであって、前記圧電膜は粒径が0.2?0.5μmのチタン酸バリウム(BaTiO_(3))の多結晶から構成されていることを特徴とする圧電膜型アクチュエータ。」

2 引用刊行物
原審の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物である、前記引用文献1には、前記(1)の項で摘記した事項が記載されている。

3 対比・判断
本願発明は、前記(2)、(3)で検討した本件補正発明における発明特定事項であって、引用文献1発明との相違点である「(ただし柱状結晶粒を除く)」なる限定を省いたものである。
そうすると、本願発明は、引用文献1発明であり、仮にそうでないとしても引用文献1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に記載された発明は、引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
仮に、そうでないとしても、引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願の他の請求項に係る発明については検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-01-14 
結審通知日 2015-01-21 
審決日 2015-02-03 
出願番号 特願2009-287452(P2009-287452)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01L)
P 1 8・ 561- Z (H01L)
P 1 8・ 113- Z (H01L)
P 1 8・ 121- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 加藤 俊哉  
特許庁審判長 鈴木 匡明
特許庁審判官 松本 貢
飯田 清司
発明の名称 圧電膜型アクチュエータおよびその製造方法  

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