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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1300440
審判番号 不服2013-8921  
総通号数 186 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-05-15 
確定日 2015-05-07 
事件の表示 特願2009-524943「抗VEGF抗体による腫瘍治療」拒絶査定不服審判事件〔平成20年2月28日国際公開、WO2008/022746、平成22年1月21日国内公表、特表2010-501498〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2007年8月17日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2006年8月21日、欧州特許庁(EP))を国際出願日とする出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成23年11月11日付け 拒絶理由通知書
平成24年 5月22日 意見書・手続補正書
平成25年 1月 9日付け 拒絶査定
平成25年 5月15日 審判請求書
平成25年 6月26日 手続補正書(請求の理由の補充)

第2 本願発明の認定
本願の請求項1?8に係る発明は、平成24年5月22日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?8に記載されたとおりのものと認められるところ、その請求項1に記載された発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
抗HER2抗体で治療中又は治療後に、再発したHER2陽性乳癌に罹患した患者における転移を抑制又は減少させるための医薬品の製造のための、抗VEGF抗体の使用であって、当該再発したHER2陽性乳癌は、抗HER2抗体での先の治療に最初に応答した腫瘍患者であって、当該治療応答が抗HER2抗体での治療中に維持されなかった患者における、HER2タンパク質過剰発現によって特徴付けられる異常細胞の無秩序な増殖を意味する、使用。」

第3 引用刊行物に記載された事項
1 刊行物1に記載された事項
原査定の引用文献1である「Breast Cancer Research and Treatment, 2004, Vol.88, No.Supplement1, pp.S124-S125, 項目3039」(以下、「刊行物1」という。)には、以下の事項が記載されている。
なお、原文は英語であるので当審にて翻訳した訳文を記載する。また、下線は当審にて付与したものである。以下、同様である。

(刊1-1)「HER2癌原遺伝子と血管内皮細胞増殖因子(VEGF)に対する2つのヒト化モノクローナル抗体を用いた乳癌のフェーズI併用生物学的治療」(S124頁右欄の項目3039の表題)

(刊1-2)「背景:・・・異種移植モデルにおいて、抗HER2抗体トラスツズマブが抗VEGF抗体ベバシズマブと共に投与されたときに優れた効果が観察される。まとめると、これらのデータは、HER2変化を伴う乳癌の治療のためにHER2とVEGFの両者に対する併用治療の使用をサポートする。」(S124頁右欄下から6行?S125頁左欄6行)

(刊1-3)「方法:これは、負荷用量4mg/kgののち毎週2mg/kg 静注のトラスツズマブと共に、14日ごとに3、5又は10mg/kg 静注の用量のベバシズマブを癌の進行まで投与する非盲検フェーズI用量漸増試験である。HER2増幅された再発性または転移性の乳癌を有する3名の被験者が各々の用量群に振り分けられた。血清試料がベバシズマブとトラスツズマブの濃度測定のため採取された。薬物動態(PK)パラメーターはNONMEM(バージョンV,Globomax, Hanover, MD)を用いた線形2コンパートメントモデルのベイズ統計学処理により評価された。」(S125頁左欄7?16行)

(刊1-4)「結果:9名の患者に投与された。等級III/IV有害事象はなかった。2またはそれ以上の被験者における抗体併用に関連するのかもしれない等級I/II有害事象は、下痢、疲労、吐き気を含む。・・・
考察:これはヒト被験者に対して2種のヒト化抗体を併用投与した最初の報告である。ベバシズマブ・プラス・トラスツズマブは良好な耐容性を示した。推奨されるフェーズIIの用量は、14日ごとに10mg/kgのベバシズマブ・プラス・負荷用量4mg/kgののち毎週2mg/kgのトラスツズマブである。・・・臨床応答は、9人中5名の患者で観察され、その中には化学療法・プラス・トラスツズマブで過去に病状進行のあった1名の患者が含まれていた。これらのデータは、HER2変化を伴う乳癌の治療のためにHER2およびVEGFに対する併用治療の使用をサポートする。」(S125頁左欄17?40行)

2 刊行物2に記載された事項
原査定の引用文献2である「Seminars in Oncology, 2002, Vol.29, No.3, Suppl.11, pp.29-37」(以下、「刊行物2」という。)には、以下の事項が記載されている。
なお、原文は英語であるので当審にて翻訳した訳文を記載する。また、刊行物2は、刊行物1のファースト・オーサーであるMark D. Pegram氏が刊行物1の公表の2年前にファースト・オーサーとして公表した論文である。

(刊2-1)「HER2/neu蛋白質および血管内皮細胞増殖因子に対するモノクローナル抗体を用いた乳癌の併用生物学的治療」(29頁の表題)

(刊2-2)「・・・最近、ヒト乳癌異種移植体において微小血管密度とVEGFの遺伝子工学的発現との相関関係が観察された。乳癌の進行におけるVEGFの役割は、浸潤性乳癌における上昇した血清VEGFを示した臨床研究から明らかである。・・・HER2過剰発現乳癌におけるVEGFの上昇はHER2陽性事例における悪性の表現型に貢献しており、HER2に関連する“血管新生スイッチ”はトラスツズマブによって弱められる、と我々は仮定した。・・・VEGF及び/又はその受容体をターゲットとした新たな治療用分子、すなわち組換えヒト化モノクローナル抗VEGF抗体(rhuMAbVEGF)は、HER2過剰発現乳癌に対して類のない活性を示すかもしれない、と我々は仮定した。」(29頁左欄の要約)

(刊2-3)「ヒト乳癌における血管内皮細胞増殖因子
血管内皮細胞増殖因子は、内皮細胞に複数の効果を有する分泌性ヘパリン結合糖タンパク質である。それは血管透過性を高め、イオンの流れの変化を誘導し、細胞の増殖と遊走を高め、癌の浸潤に関与するプロテアーゼの放出を誘導する。これらの観察は、ヒトの癌における血管新生と引き続く浸潤および転移を制御するたぶん最も重要な分子としてVEGFを位置付ける。」(30頁右欄31?42行)

(刊2-4)「血管内皮細胞増殖因子の発現と臨床結果
・・・最終的に、診断時および再発時の双方でVEGFの増加した患者は、無進行および寛解を減少させることが観察された。したがって、VEGF過剰発現は原発性乳癌の増殖および転移に貢献するかもしれない一方で、ホルモン療法や細胞傷害療法への耐性も(ある程度)仲介すると思われる。」(31頁左欄15行?32頁右欄15行)

(刊2-5)「抗HER2および抗血管内皮細胞増殖因子抗体による併用治療
前述した研究室で実施された前臨床試験に基づく我々の仮定は、HER2過剰発現乳癌における悪性の生物学的表現型がHER2介在によるVEGF発現の増加の結果である血管新生の増加に部分的に起因しているということである。我々は今、生体内で癌の血管新生に関与するHER2とVEGF/VEGFRシステムの関係を確立した前臨床モデルに基づく、この仮定を試験する臨床/移行研究の機会を得た。我々の提案した2種の組換えヒト化モノクローナル抗体(HER2に対するものとVEGFに対するもの)の新規の併用をテストする臨床試験のための科学的論拠は、HER2誘導性VEGF発現が血管新生の潜在力を高めており、HER2受容体ならびにVEGF及び/又はVEGFRの組合せ阻害が優れた抗癌活性をもたらすかもしれないという我々の観察に基づく。この臨床プロトコールの第1の目的は、トラスツズマブ併用治療を受けた、HER2増幅された再発性または転移性の乳癌を有する患者に対して14日ごとに静注投与した場合のrhuMAb VEGFの最大許容薬用量または推奨されるフェーズIIの薬用量を確立することである。臨床プログラムの第2の目的は、rhuMAb VEGFとトラスツズマブの組合せによる薬物動態を特徴づけるトラスツズマブとの併用した場合のrhuMAb VEGFの臨床上の安全性と毒性を評価し、転移性または再発性の乳癌を有する患者に静注投与した場合の臨床活性に関するrhuMAb VEGF・プラス・トラスツズマブの有効性を評価することである。」(34頁左欄8行?右欄21行)

3 刊行物3に記載された事項
原査定の引用文献3である「Clinical Cancer Research, 2006.2.1, Vol.12, No.3, pp.904-916」(以下、「刊行物3」という。)には、以下の事項が記載されている。
なお、原文は英語であるので当審にて翻訳した訳文を記載する。

(刊3-1)「ヒト乳癌異種移植片におけるトラスツズマブに対する生体内獲得耐性を遅延または治療する戦略」(904頁の表題)

(刊3-2)「トラスツズマブ耐性癌のセカンドライン治療
化学療法の追加(特に規則正しいシクロホスファミド投与)は、トラスツズマブへの応答を著しく延長したが、さらに、私たちは、既に薬に対する明らかな抵抗性を獲得した腫瘍を処理するのに有効かもしれない治療法の選択肢を評価したかった。この点では、前述の結果は、1つのそのような潜在的なセカンドライン治療法として、抗ヒトVEGF抗体(ベバシズマブ)をテストする研究に我々が着手することを刺激した。トラスツズマブに対する抵抗性の別の潜在的なメカニズムはEGFRリガンド(30, 32)の過剰発現である。そこで、我々は、トラスツズマブ抵抗性を克服する付加的手段として、EGFR抗体をターゲットとするセツキシマブ(C225)およびerbB-2異種ダイマー化抑制剤ペルツズマブをテストした。腫瘍が図2Aの中で示されるような治療開始後の100日ごろに進行し始めるまで、231-H2N腫瘍を有するマウスは、トラスツズマブおよび規則正しいシクロホスファミド投与で処理された。その後、マウスにはこの療法が継続され、ベバシズマブ、セツキシマブあるいはペルツズマブを用いた治療が追加された。腫瘍成長のモニタリングは、ベバシズマブとセツキシマブの両者が更なる進行(図7)の前に約25日間(つまり125日目頃)腫瘍成長を遅らせることで有効であることを例証した。」(911頁右欄3?24行)

(刊3-3)「

」(914頁Fig.7)

第4 刊行物1に記載された発明
刊行物1には、「異種移植モデルにおいて、抗HER2抗体トラスツズマブが抗VEGF抗体ベバシズマブと共に投与されたときに優れた効果が観察され」(刊1-2)たことから、「HER2増幅された再発性または転移性の乳癌を有する」「被験者」(刊1-3)に対して、抗HER2抗体トラスツズマブと抗VEGF抗体ベバシズマブを併用投与する非盲検フェーズI用量漸増試験を実施した結果、「臨床応答は、9人中5名の患者で観察され、その中には化学療法・プラス・トラスツズマブで過去に病状進行のあった1名の患者が含まれていた」(刊1-4)ことが記載されている。

ここで、新規抗癌剤のフェーズI試験は、健常被験者を対象に行う一般薬のフェーズI試験とは異なり、癌患者を対象に実施されることから、単に新規抗癌剤の毒性の種類と程度を評価しフェーズII試験での推奨投与量を決定することを目的とするのみならず、被験者となった癌患者の治療を行うことも主たる目的となっていることは、医療倫理の観点から疑いのないところである。したがって、刊行物1において実施されたHER2抗体トラスツズマブと抗VEGF抗体ベバシズマブを併用投与する非盲検フェーズI用量漸増試験の目的には、「HER2増幅された再発性または転移性の乳癌」を治療することが含まれていると認められる。

したがって、刊行物1には、「HER2増幅された再発性または転移性の乳癌に罹患した患者における乳癌を治療するための医薬品の製造のための、抗HER2抗体トラスツズマブと抗VEGF抗体ベバシズマブの使用。」に係る発明(以下、これを「引用発明」という。)が記載されている。

第5 対比
本願明細書の段落【0065】には、「"抗HER2抗体で治療中"なる語は、抗HER2抗体と投与される抗VEGF抗体の"共投与"を表す。"共投与"は、同時か連続的のいずれかで抗HER2抗体に加えて抗VEGF抗体が投与されることを意味する。」と記載されていることから、刊行物1に記載された「HER2抗体トラスツズマブと抗VEGF抗体ベバシズマブを併用投与する」ことは、本願発明の「抗HER2抗体で治療中」に該当する。

したがって、本願発明と引用発明とを対比すると、次の点で一致している。
「抗HER2抗体で治療中に、HER2陽性乳癌に罹患した患者における乳癌を治療するための医薬品の製造のための、抗VEGF抗体の使用。」

そして、次の点で相違している。
(1)本願発明では、「乳癌に罹患した患者における転移を抑制又は減少させるための医薬品」に特定されているのに対して、引用発明では乳癌の治療を目的とした医薬品である点(以下、「相違点1」という。)

(2)本願発明では、「抗HER2抗体での先の治療に最初に応答した腫瘍患者であって、当該治療応答が抗HER2抗体での治療中に維持されなかった患者における、HER2タンパク質過剰発現によって特徴付けられる異常細胞の無秩序な増殖を意味する」「再発したHER2陽性乳癌」を治療対象としているのに対して、引用発明ではそのことが明確でない点(以下、「相違点2」という。)

第6 判断
1 相違点1について
引用発明では、その治療対象として、「HER2増幅された乳癌」のうち「再発性または転移性の乳癌」に特定している。
刊行物1の著者であるMark D. Pegram氏等は、刊行物1において抗HER2抗体と抗VEGF抗体を併用投与する臨床試験で臨床応答が確認されたことを公表した2年前に、刊行物2において、「乳癌の進行におけるVEGFの役割は、浸潤性乳癌における上昇した血清VEGFを示した臨床研究から明らかである」(刊2-2)こと、VEGFに係る各種の「観察は、ヒトの癌における血管新生と引き続く浸潤および転移を制御するたぶん最も重要な分子としてVEGFを位置付ける」(刊2-3)こと、「VEGF過剰発現は原発性乳癌の増殖および転移に貢献するかもしれない」(刊2-4)ことを記載しており、「転移性または再発性の乳癌を有する患者に静注投与した場合の臨床活性に関するrhuMAb VEGF・プラス・トラスツズマブの有効性を評価する」(刊2-5)ために「2種の組換えヒト化モノクローナル抗体(HER2に対するものとVEGFに対するもの)の新規の併用をテストする臨床試験」(刊2-5)を行う機会が得られたことを記載している。
してみると、刊行物1および2に記載された抗HER2抗体と抗VEGF抗体を併用投与する臨床試験において、原発性乳癌の治療のみならず、原発性乳癌の「転移を抑制又は減少させる」こともMark D. Pegram氏等が期待していたものと理解できる。
また、刊行物1および2に記載されているように、「再発性または転移性の乳癌」(刊1-3)(刊2-5)を有する患者に対して、抗HER2抗体と抗VEGF抗体を併用投与する臨床試験が行われていることからもMark D. Pegram氏等の「転移を抑制又は減少させる」課題への対応が読み取れる。

そして、刊行物1には、抗HER2抗体と抗VEGF抗体を併用投与する臨床試験において、「臨床応答は、9人中5名の患者で観察され」(刊1-4)たことが記載されている。ここで、刊行物1には、「転移を抑制又は減少させ」たことを確認した明示的な記載はないものの、「再発性または転移性の乳癌」を患った被験者(癌患者)にとっては、原発巣か転移巣かにかかわらず癌を治療するのが目的であるから、「再発性または転移性の乳癌」の治療効果を評価するに際して、予後の観察により「転移」の有無を確認するのは当然の対応である。
ただし、「転移」の有無を短期間に決定し刊行物1に記載するためには、被験者(癌患者)に癌治療とは直接関係しない生体材料の摂取等の侵襲的な検査を実施する必要があり、医療倫理上許容されなかったために刊行物1には記載できなかったものと推測される。

したがって、刊行物2に記載された発明を考慮すれば、引用発明における「HER2増幅された再発性または転移性」の「乳癌を治療するため」に「転移を抑制又は減少させる」目的を含めることは当業者であれば容易に想到し得ることである。

2 相違点2について
刊行物1には、「臨床応答は、9人中5名の患者で観察され、その中には化学療法・プラス・トラスツズマブで過去に病状進行のあった1名の患者が含まれていた」(刊1-4)こと、すなわち抗HER2抗体で治療後に再発した患者に対して抗HER2抗体と抗VEGF抗体の併用療法が奏効したことが記載されており、かつ全ての被験者が「HER2増幅された再発性または転移性の乳癌を有する」患者であることから、引用発明は、「再発した」HER2陽性乳癌も治療対象としており、よって相違点2は実質的な相違点ではない。

また仮にそうでなくとも、刊行物2や刊行物3に記載された抗HER2抗体と抗VEGF抗体の併用療法の目的に関しても「転移性または再発性の乳癌を有する患者に静注投与した場合の臨床活性に関するrhuMAb VEGF・プラス・トラスツズマブの有効性を評価する」(刊2-5)及び「トラスツズマブ耐性癌のセカンドライン治療」において「既に薬に対する明らかな抵抗性を獲得した腫瘍を処理するのに有効かもしれない治療法の選択肢を評価したかった」(刊3-2)と記載されているように、乳癌の治療において「抗HER2抗体での先の治療に最初に応答した腫瘍患者であって、当該治療応答が抗HER2抗体での治療中に維持されなかった患者における、HER2タンパク質過剰発現によって特徴付けられる異常細胞の無秩序な増殖を意味する」「再発したHER2陽性乳癌」を治療することは周知の課題であったと認められる。
してみれば、周知の課題を理解している当業者が刊行物1の記載に接すれば、抗HER2抗体と抗VEGF抗体の併用療法を「抗HER2抗体での先の治療に最初に応答した腫瘍患者であって、当該治療応答が抗HER2抗体での治療中に維持されなかった患者における、HER2タンパク質過剰発現によって特徴付けられる異常細胞の無秩序な増殖を意味する」「再発したHER2陽性乳癌」に適用することは容易になし得ることである。

3 本願発明の効果について
本願明細書の発明の詳細な説明には、
「【0105】
肝転移の治療効果を図2及び表2に示す。トラスツズマブ治療失敗後のトラスツズマブとベバシズマブの組み合わせは、転移の顕著な減少をもたらした。ヒトAlu配列のレベル(第2組織への腫瘍細胞の侵襲と一致する)は、73日目に犠牲にされた媒体で治療された動物と比較して、61日目から開始した31日間の組み合わせ治療で治療した動物において明らかに低い。トラスツズマブ又はベバシズマブの単剤治療で治療された動物で、それぞれ83日目又は112日目に犠牲にされた動物においても、転移は抑制されていた。」との記載がある。
一方、刊行物1には、
「HER2増幅された再発性または転移性の乳癌を有する」9名の「被験者」(刊1-3)に対する「臨床応答は、9人中5名の患者で観察され、その中には化学療法・プラス・トラスツズマブで過去に病状進行のあった1名の患者が含まれていた。これらのデータは、HER2変化を伴う乳癌の治療のためにHER2およびVEGFに対する併用治療の使用をサポートする」(刊1-4)と記載されている。

ここで、刊行物1において「転移を抑制又は減少させる」ことを確認した明示的な記載はないものの、「再発性または転移性の乳癌」を患った被験者(癌患者)にとっては、原発巣か転移巣かにかかわらず癌を治療するのが目的であるから、「再発性または転移性の乳癌」の治療効果を評価するに際して、予後の観察により「転移」の有無を確認するのは当然の対応であって、本願発明の効果に照らせば、刊行物1の当該予後の観察から「転移」の「抑制又は減少」が確認されたことは明らかである。

また、上記「1」に記載したように、刊行物1の著者であるMark D. Pegram氏等は、刊行物2において、「乳癌の進行におけるVEGFの役割は、浸潤性乳癌における上昇した血清VEGFを示した臨床研究から明らかである」(刊2-2)こと、VEGFに係る各種の「観察は、ヒトの癌における血管新生と引き続く浸潤および転移を制御するたぶん最も重要な分子としてVEGFを位置付ける」(刊2-3)こと、「VEGF過剰発現は原発性乳癌の増殖および転移に貢献するかもしれない」(刊2-4)ことを記載して、抗HER2抗体と抗VEGF抗体の併用療法が乳癌の「転移を制御又は減少させる」ことを臨床研究の結果から合理的に予測している。

さらに、刊行物1において、原発性乳癌に対する臨床応答のみが確認されたとしても、原発性乳癌がなくなれば、結果として、「転移」のリスクもより小さくなることから、「転移を制御又は減少させる」効果が自ずと生じることになる。

してみると、本願発明の効果は、刊行物1の著者が予測した抗HER2抗体と抗VEGF抗体の併用療法による「転移を制御又は減少させる」効果をヒト胸部異種移植マウスモデルを用いて推定した程度のものであって、ヒト患者に関する臨床研究に基づく刊行物1および2の記載から予測される範囲内のものである。
よって、本願発明の効果は、刊行物1?3に記載された事項との対比において格別に優れているとはいえない。

4 審判請求人の主張について
なお、審判請求人は、審判請求書の手続補正書(請求の理由の補充)において、
(1)「原発性腫瘍の沈静が必ずしも抗転移活性を示すものとは言えないことを支持する具体的な証拠を出願人は示していないとする点について、・・・具体的には、Anticancer Res 8 (1998) 1335-40は、ドキソルビシンを原発性腫瘍(前立腺癌)の外科的切除前に投与したところ、肺への転移の顕著な増大を招き、ドキソルビシンの静脈内投与は、抗転移効果を与えないと結論付けています(Abstract)(下線部は本出願人が加筆)。また、Cancer Res. 61 (2001) 2857-61は、「これらの実験は、化学療法剤への腫瘍細胞のインビトロでの曝露がより悪性な細胞を選択するかあるいは生存細胞の転移能力を亢進することを示す」(Abstract)(下線部は本出願人が加筆)、「この結果は、化学療法を受けた患者の再発乳癌が、外科手術後に化学療法を受けなかった患者の再発乳癌よりも悪性であること示唆するものである」(第2861頁左欄第3?6行)と記載しています。すなわち、原発性腫瘍の沈静は必ずしも抗転移活性を示すものとは言えないことは、具体的な証拠をお示しするまでもなく、本願優先日前に当業者には知られていたことであります。」および
(2)「本願発明は、抗HER2抗体で(乳癌を)治療中又は治療後に再発した(乳癌の)転移を抑制等するための抗VEGF抗体の使用であって、既に転移した腫瘍(転移性乳癌)を対象とするものではありません。」と主張している。

しかしながら、主張(1)については、いずれの証拠も本願発明に係る抗HER2抗体と抗VEGF抗体の併用療法に関するものではなく、刊行物1および2の著者であるMark D. Pegram氏等が各種の前臨床試験や臨床研究の結果からの合理的に推論した仮定を否定するほどのものではない。
主張(2)については、本願明細書においても、肝転移の治療効果は、図2及び表2に示されるように、原発巣の転移を抑制したものなのか、或いは転移した腫瘍(転移性乳癌)の増殖を抑制したものかを区別せず、結果としての転移した腫瘍の存在をAlu DNAで定量しただけのものであるから、本願発明の併用療法が前者の作用機序に基づくものである旨の主張には合理的な根拠がない。

したがって、審判請求人の主張は、いずれも採用できない。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明は、刊行物1?3に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願に係る他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-11-12 
結審通知日 2014-11-18 
審決日 2014-12-09 
出願番号 特願2009-524943(P2009-524943)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 大輔  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 大久保 元浩
大宅 郁治
発明の名称 抗VEGF抗体による腫瘍治療  
代理人 青木 篤  
代理人 石田 敬  
代理人 武居 良太郎  
代理人 中村 和美  
代理人 福本 積  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 古賀 哲次  

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