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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 G01N
管理番号 1301387
審判番号 不服2014-1882  
総通号数 187 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-07-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-02-03 
確定日 2015-05-28 
事件の表示 特願2009-203264「加熱装置」拒絶査定不服審判事件〔平成23年 3月17日出願公開、特開2011- 53122〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成21年9月3日の出願であって,平成25年2月28日付けで拒絶理由が通知され,同年4月17日付けで意見書が提出されるとともに手続補正がなされ,同年10月31日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成26年2月3日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正(以下「本件補正」という。)がなされたものである。

第2 平成26年2月3日付けの手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成26年2月3日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 本件補正について
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1?3は,次のとおり補正された。(下線部は補正箇所を示す。)
「【請求項1】
テラHz帯の高周波通信手段による吸収量、反射量から食品のカロリー情報を加熱中に非接触で検出するカロリー算出手段と、前記食品のカロリーを算出するために必要な重量、形状を測定する物理量検出手段と、前記食品を加熱するマグネトロンで発振されるマイクロ波による加熱手段と、前記加熱手段等を制御する制御手段とを有し、
前記食品の種類によらずカロリーを測定する加熱装置。
【請求項2】
前記物理量検出手段において、テラHz帯の高周波通信手段による透過量から形状を算出する形状算出手段を有する請求項1記載の加熱装置。
【請求項3】
前記制御手段は、加熱開始前と加熱終了後にそれぞれカロリー算出手段から読取った情報を表示手段で表示する請求項1記載の加熱装置。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の,平成25年4月17日付けの手続補正による特許請求の範囲の請求項1?3の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
テラHz帯の高周波通信手段による吸収量、反射量から被加熱物のカロリー情報を加熱中に非接触で検出する被加熱物カロリー算出手段と、
前記被加熱物のカロリーを算出するために必要な重量、形状を測定する物理量検出手段と、
前記被加熱物を加熱するマグネトロンで発振されるマイクロ波による加熱手段と、
前記加熱手段等を制御する制御手段とを有する加熱装置。
【請求項2】
前記物理量検出手段において、テラHz帯の高周波通信手段による透過量から形状を算出する形状算出手段を有する請求項1記載の加熱装置。
【請求項3】
前記制御手段は、加熱開始前と加熱終了後にそれぞれ被加熱物カロリー算出手段から読取った情報を表示手段で表示する請求項1記載の加熱装置。」

(3)本件補正の目的
本件補正は,補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「被加熱物」を「食品」に,そして「加熱装置」が「前記食品の種類によらずカロリーを測定する」ように,それぞれ限定を付加する補正を含むものであって,特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

2 補正の適否
そこで,本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか否か)について,以下に検討する。

(1)原審の拒絶理由の概要
テラHz帯の高周波の吸収量,反射量から被加熱物のカロリー情報を検出することに関して,審査官は平成25年2月28日付け拒絶理由通知書にて,発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとして,次のことを指摘した。
「食品に含まれる成分は多様であるから、引用文献1に開示されているように、各成分による吸収に関与する周波数の重なりや吸収量の違いを考慮した解析技術が必要と認められるところ、本願明細書【0017】-【0027】及び図面には、装置構成の記載はあるものの、たんぱく質、脂質、炭水化物等の食品に含まれる成分に対応するTHzの周波数や吸収量や反射量のデータ、計算式等の解析技術が開示されておらず、当業者が実施できるように記載されたものではない。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1-3に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。」

(2)意見書の主張の概要
上記(1)に対し,出願人(請求人)は平成25年4月17日付けで提出された意見書で以下を主張した。
「引用文献1は、近赤外線という光学系での測定であるため、光の周波数の重なりを、区別する分光分析技術が必要となります。一方、本願発明のテラHz帯というのは、電磁波の特性であるため、周波数スペクトルはただ一意のところになります。したがって、データで示してはおりませんが、たんぱく質、脂質、炭水化物はそれぞれ化学式が異なるから、テラHzによるこれら成分に共振するテラHz周波数帯を発振し、反射、吸収量(テラHzの特定周波数スペクトル強度)をみれば、よいという考えに基づくものです。
以上の説明から明らかなように、本願の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲に記載された発明を実施するために、当業者が通常の作業により実施することができる程度に説明が記載されているものであります。」

(3)拒絶査定の概要
上記(2)に対し,備考欄に以下を示して拒絶査定がなされた。
「しかしながら、本願の目的は「食品の種類を問わず」(【0006】を参照)食品のカロリーを測定するのであるから、多種多様の食品について、各種の脂質や糖質及びタンパク質という多種の成分を対象としていると認められるところ、本願明細書等には、測定可能な食品や成分、共振スペクトル、濃度範囲、カロリー量、温度変化の影響といったデータが一切開示されておらず、特に、共振スペクトルの重なりや温度依存性といった、解析に重要な指針が記載されていない。
また、出願人は上記主張を証明するデータも開示していない。
してみれば、請求項1-3に係る発明を実施するに際しては、温度が異なる多様の食品に含まれる成分を決定し、各種成分の共振スペクトルを求め、各共振スペクトルの干渉や重なり、温度の影響を求めた上で各成分の濃度の算出を行い、さらに、各成分に対応するカロリー量を算出するという、当業者に過度の試行錯誤を強いるものと認められ、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとは言えない。」

(4)請求の理由の概要
上記(3)を受け,請求人は審判請求書の請求の理由において,以下を主張した。
「しかしながら、本願明細書で提示している特許文献1(特開2005-292128号公報)に記載されているように、例えば、カロリー既知のサンプル物体を用い、必要に応じて測定条件を選択することは、技術常識と言えます。
したがって、本願は、当業者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると、思料いたします。 」

(5)当審の判断
ア はじめに
特許法第36条第4項第1号は,明細書のいわゆる実施可能要件を規定したものであるところ,物の発明では,その物を作り,かつ,その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか,もしそのような記載がない場合には,明細書及び図面の記載及び当業者の技術常識に基づき,当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく,その物を製造することができ,かつ,使用できなければならないと解される。
そこで,当審は上記の観点に基づき,いわゆる実施可能要件を満たすのか否かについて判断する。

なお,上記を観点としたことについては,以下を参照されたい。
(ア)特許庁編 特許実用新案審査基準 第I部第1章
3.2 実施可能要件
「(1) この条文は、その発明の属する技術分野において研究開発(文献解析、実験、分析、製造等を含む)のための通常の技術的手段を用い、通常の創作能力を発揮できる者(当業者)が、明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、請求項に係る発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならない旨を意味する(「実施可能要件」という)。
(2) したがって、明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)には、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないこととなる。
・・・
(4) 条文中の「その(発明の)実施をすることができる」とは、請求項に記載の発明が物の発明にあってはその物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、方法の発明にあってはその方法を使用できることであり、さらに物を生産する方法の発明にあってはその方法により物を作ることができることである。」

(イ)知財高判平18.10.4(平成17年(行ケ)10579)
「この規定は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,明細書及び図面に記載された事項と出願時の技術常識とに基づき,請求項に係る発明を容易に実施することができる程度に,発明の詳細な説明を記載しなければならない旨の規定であって,明細書及び図面に記載された事項と出願時の技術常識とに基づいて,当業者が発明を実施しようとした場合に,どのように実施するかが理解できないとき(例えば,どのように実施するかを発見するために,当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤等を行う必要があるとき)には,この規定の要件が満たされていないことになる。」

(ウ)東京高判平14.2.7(平成12年(行ケ)120)
「このように,本件明細書には,漠然とした操作,PH,温度範囲が示されているだけであって,本件粉末又はこれを含む水酸化ニッケル粉末を製造するために必要な,具体的な指針もない以上,当業者がこれに従って製造しようとしても,製造できるかどうかも不明のまま不相当に多くの試行錯誤をしなければならないことになるのである。このようなとき,当業者が,本件粉末を含む水酸化ニッケル粉末を容易に製造することができるとすることはできず,このような明細書の記載について,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度」に記載されているということができないことは,明らかというべきである。」

(エ)知財高判平18.9.20(平成17年(行ケ)10720)
「以上のとおり,本願発明の駆動方法に従い,当業者が白から黒への光透過率の変化を高速化しようとしても,本願明細書には,絶対値0Vの電圧を一定周期で一定時間印加することにより光透過率の変化速度が向上する原理や,印加電圧の絶対値を0Vとする具体的な周期や時間について何ら記載がなく,また,白から黒への光透過率の変化速度に影響を与えるとされている液晶材料の特性についても何ら具体的な特定はなされていないのであるから,本願明細書に接した当業者が,本願明細書に記載された事項から,白から黒への光透過率の変化速度を,過度の試行錯誤を経ずに向上させることは困難であるといわざるを得ない。」

(オ)知財高判平26.10.29(平成25年(行ケ)10225)
「しかしながら,(1)本願明細書には,別紙明細書図面の図4記載の「伝達関数Hstab(s)」が前提とするタワーの振動がどのような態様であるかについての記載はなく,また,別紙明細書図面の図7ないし10に係るシミュレーションテストの結果が,いかなる機械的振動系を前提とするシミュレーションであるのか,そのタワーの振動がどのような態様であるかについての記載もないこと,(2)上記のとおり,本願発明1により減衰の対象となる「タワー上部の水平な変位ΔZの振動」に含まれる「ピッチ」の振動の場合又は「サージ」と「ピッチ」を組み合わせた振動の場合におけるブレード角に増分Δβを加えて行う制御は,「サージ」の振動の場合に比べて,複雑な制御が必要になると考えられること,(3)さらには,本件証拠上,当業者にとってそのような制御を行うことが容易であることをうかがわせる技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はないことからすると,別紙明細書図面の図4記載の「伝達関数Hstab(s)」に示された情報及び図7ないし10に係るシミュレーションテストの結果に基づいて,上記「ピッチ」の振動や「サージ」及び「ピッチ」を組み合わせた振動について,具体的な「伝達関数Hstab(s)」を設定することは,当業者に過度の試行錯誤を強いるものといえる。」(上記「(1)」?「(3)」は,原文では丸付き数字であったが,この審決では入力できないので括弧で代用した。)

イ 明細書及び図面の記載事項
そこで,本件補正発明の「テラHz帯の高周波通信手段による吸収量、反射量から食品のカロリー情報を加熱中に非接触で検出するカロリー算出手段」に関連する明細書の記載に着目すると,次のことが記載されている。

(ア)「【0002】
・・・また、非接触でカロリーを測定する方法としては、近赤外領域の波長を用いて、食品の各成分を測定する方法も知られている。
【0003】
これらは、専用の分析装置としては有用であるが、一般消費者への普及は浸透できているとは言えない。また、加熱機器への組込みとなる例は、殆どみられない(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-292128号公報」
【0005】
しかしながら、特許文献1に示されている方法によれば、専用の分析装置であり、非常に高価であり、一般家庭への加熱装置への組み込みに課題がある。また、近赤外領域の分析においては、液体のカロリーの測定はその特性から正確にはかりにくい課題がある。」

(イ)「【0018】
載置台9には被加熱物5を載せた皿8が載置される。テラHz帯高周波通信手段10、11は、テラHz帯の高周波を発振し受信する。カロリー算出手段12は、テラHz帯高周波通信手段10、11で得られた電界強度から被加熱物に吸収、反射されてきた電波量からカロリーを算出する。
【0019】
重量センサ13は、載置台9に付随して、被加熱物5の重量を検出する物理量検出手段である。なお、本実施の形態では、重量による歪ゲージによる抵抗変化などで重量を検出する。温度センサ14は、加熱の進行とともに、被加熱物5の温度を検出する。制御手段15は、これら各手段の信号に基づいて加熱手段1などを制御する。載置台9は、給電室3を覆い、その上に被加熱物5を載置する。これらにより加熱装置16が構成されている。
【0020】
図1において、制御手段15はテラHz帯高周波通信手段10、11が、被加熱物5に対して高周波を放射し、被加熱物5に吸収される電波量、反射される電波量を検出する。テラHz帯の高周波は、被加熱物5に含まれるたんぱく質、脂質、炭水化物のそれぞれにあわせて周波数を変化させてその吸収量,反射量をカロリー算出手段12により演算するとともに、物理量検出手段13の重量センサの信号から被加熱物の各成分の比率を算出する。」

(ウ)図面には,次の図1のように,カロリー算出手段12が,テラHz帯高周波通信手段10及び11からの信号を入力し,制御手段へ信号を出力する箱として示されている。
「図1」




ウ 明細書及び図面の記載事項から把握されること
上記イ(ア)から,従来知られていた近赤外領域の波長を用いた分析では,液体のカロリーを測定することに困難があったことが把握される。
また,上記イ(ア)の【0003】で引用された特開2005-292128号公報には,その【0057】等に,予め,カロリー既知のサンプル物体Mについての反射あるいは透過された近赤外線領域の波長に対する吸光度における二次微分スペクトルの重回帰分析により算出された回帰式を用いて,対象となる食品のカロリー演算を行うことが記載されているものの,全て近赤外領域でのものである。そして,近赤外領域とテラHz帯とは,例えばX線と可視光とで物質に対する挙動が異なるように,近赤外領域とテラHz帯とで食品に対する挙動は異なると想定されるから,特開2005-292128号公報に開示されたことを参考にすることはできない。
そして,上記イ(イ)から,テラHz帯において,たんぱく質,脂質,炭水化物それぞれにあわせた周波数で送受信を行い,その吸収量又は反射量を得て,カロリーを算出すれば良いことは理解される。
しかし,テラHz帯において,たんぱく質,脂質及び炭水化物について,それぞれ具体的にどういった周波数が望ましいのか,そして,得られた吸収量又は反射量から具体的にどのようにカロリーを算出すれば良いのか,明細書には一切記載されていないし,それは上記(ウ)から図面にも記載されていない。

エ 出願時の技術水準
上記ウのとおり,明細書及び図面には,カロリーの算出の仕方について具体的な記載が見当たらない。そこで,出願時の技術水準について検討する。

(ア)まず,上記(4)で,請求人が提示した特開2005-292128号公報には,【0057】等に ,予め,カロリー既知のサンプル物体Mについての反射あるいは透過された近赤外線領域の波長に対する吸光度における二次微分スペクトルの重回帰分析により算出された回帰式を用いて,対象となる食品のカロリー演算を行うことが記載されている。

(イ)原審の拒絶理由で引用文献2として引用された特開2004-286716号公報には,【0002】に,従来テラヘルツの領域が未開拓の分野として取り残されていたことが,【0028】に,テラヘルツ波を被対象物に透過させることが,【0034】及び図4(この図4を下に摘記する。)に,テラヘルツ波の周波数とターゲットの吸光度の関係について,紙,プラスチック,繊維等は波長にかかわらず一定の透過率を示し,5-アスピリン,パラチノース,リボフラビンには,それぞれ異なる波長依存性を示すことが,そして,【0035】?【0042】及び【0048】に,2つの異なる波長で,5-アスピリン,パラチノース,リボフラビンの濃度分布を得ることが,記載されている。
「図4



(ウ)原審の拒絶理由で引用文献4として引用された特開2007-198854号公報には,【0003】に,従来の近赤外による青果物の検査では,果皮表面の状態や水分量や果肉状態などにより反射光や透過光が影響を受けやすいことが,【0013】及び図4(この図4を下に摘記する。)に,模擬試料で得られた糖度とテラヘルツ波の反射率の関係が示され,これと対応させることにより青果物の糖度が判定されることが記載されている。
「図4



(エ)本願出願日前に頒布された刊行物である,
保科宏道 他,テラヘルツパルスによる凍結生体組織のイメージング,2009年電子情報通信学会総合大会 エレクトロニクス講演論文集1,2009年3月,pp.S56-S57
には,筋肉組織と脂肪組織を含む豚ロース肉について,凍結時(-33°C)と常温時(22°C)について透過率を測定したことについて記載され,その,図2(以下に図2を摘記する。)及び「3.測定結果」に,凍結により透過テラヘルツ波の強度が上がり,特に,筋肉組織は常温ではほとんどテラヘルツ波を透過しないが,凍結時は透過率が劇的に上昇した旨が記載されている。




(オ)本願出願日前に頒布された刊行物である,
光科学及び光技術調査委員会,光学工房-テラヘルツ波を利用したセンシング技術,光学(ISSN: 0389-6625),日本光学会,2007年8月,第36巻,第8号,pp.59-60
の図1(下に図1を摘記する。)には,氷と水におけるテラヘルツ波の吸収係数が相違する旨が記載されている。




(カ)上記(ア)は,上記ウの2段落目で述べたとおり,開示されているのは近赤外領域のものであって,テラHz帯のものではない。
そして,テラHz帯については,上記(イ)?(オ)のようなことが本願出願時に公知であったのであるが,それが何ら言及しなくとも当業者には自明な技術常識であったか否かはともかく,上記(イ)?(オ)にも,本件補正発明の加熱対象である食品のカロリーを算出するために必要な,たんぱく質,脂質,そして各種の炭水化物についての,テラHz帯における吸収率や反射率,そしてその温度依存性について記載されていないし,得られた吸収率又は反射率からカロリーを計算する式も記載されていない。

また,請求人から他にそれらが技術常識であることを示す証拠も何ら示されていない。

オ 判断
(ア)上記「ウ 明細書及び図面の記載事項から把握されること」及び「エ 出願時の技術水準」から,出願時の技術常識を勘案して明細書及び図面の記載をどのように参酌しても,本件補正発明の加熱対象である食品のカロリーを算出するために必要な,たんぱく質,脂質,及び各種の炭水化物のテラHz帯の周波数における吸収率や反射率は不明であり,さらに吸収率や反射率からカロリーを算出する計算式等の解析技術も不明である。
この状況において,本件補正発明を実施するためには,温度等の環境に応じた,たんぱく質,脂質,そして各種の炭水化物についての,テラHz帯における吸収率又は反射率を調べ,そして,カロリーを算出するために好適な周波数及び吸収率又は反射率からカロリーを算出する計算方式を見出すという,過度の試行錯誤を要する。
以上は,上記「(1)原審の拒絶理由の概要」及び「(3)拒絶査定の概要」でも指摘されたとおりである。

(イ)さらに,本件補正発明は「加熱中に」カロリーを算出するものであるから,特に解凍を伴うような加熱においては,加熱の最中に固体から液体へと変化する。また,本願の明細書【0014】に加熱の進行とともに被加熱物から脂質が除かれることが記載されている。したがって,加熱の進行に伴い,たんぱく質,脂質,及び各種の炭水化物のおかれた環境は変化する。
また,本件補正発明は,「食品の種類によらずカロリーを測定する」のであるから,加熱対象となる各種の食品に応じて,たんぱく質,脂質,及び各種の炭水化物のおかれた環境は異なる。

ここで,上記エ(エ)及び(オ)から,固体と液体で吸収率又は反射率が変化することが想定される。
また,上記エ(ウ)に糖度に応じて反射率が変化することが記載されていることから,たんぱく質,脂質,及び各種の炭水化物が,食品を構成する他の物質と,どのような濃度関係で存在するかに応じて,波長に対する吸収率や反射率が変化することが想定される。

してみれば,たんぱく質,脂質,及び各種の炭水化物のおかれた環境に応じて,テラHz帯の波長における吸収率や反射率がどのように変化するのかというデータも必要となるが,上記「ウ 明細書及び図面の記載事項から把握されること」及び「エ 出願時の技術水準」を参酌しても,そのデータは不明である。
よって,本件補正発明を実施するためには,そのデータ及びそのデータを利用した解析技術を見出すという,さらに過度の試行錯誤を要する。
仮に,たんぱく質,脂質,及び各種の炭水化物が,テラHz帯域においては,環境によらず吸収スペクトルが変化しないとしても,変化するのか否かということも,上記「ウ 明細書及び図面の記載事項から把握されること」及び「エ 出願時の技術水準」から把握できないから,それを確認するための過度の試行錯誤を要する。

(ウ)請求人の主張について
上記「(2)意見書の主張の概要」の,「引用文献1は、近赤外線という光学系での測定であるため、光の周波数の重なりを、区別する分光分析技術が必要となります。一方、本願発明のテラHz帯というのは、電磁波の特性であるため、周波数スペクトルはただ一意のところになります。したがって、データで示してはおりませんが、たんぱく質、脂質、炭水化物はそれぞれ化学式が異なるから、テラHzによるこれら成分に共振するテラHz周波数帯を発振し、反射、吸収量(テラHzの特定周波数スペクトル強度)をみれば、よい」との主張については,その意味が必ずしも明確とはいえないものの,テラHz帯ではたんぱく質,脂質,炭水化物のスペクトルが重ならないからテラHzの特定周波数スペクトル強度を知ることができるという意味かと一応解される。
これについて上記「エ 出願時の技術水準」の(イ)に摘記した「図4」から明らかなように,異なる化学式の物質毎にスペクトルの形は異なるものの,そこに示された5-アスピリンやパラチノース等は互いに重なりを有する。してみれば,上記「ウ 明細書及び図面の記載事項から把握されること」及び「エ 出願時の技術水準」からみれば,請求人が主張するようにたんぱく質、脂質、炭水化物のスペクトルが互いに重ならないのか否か不明である。
また,上記「(4)請求の理由の概要」の,「カロリー既知のサンプル物体を用い、必要に応じて測定条件を選択することは、技術常識と言えます。」との主張している。しかし,カロリーの算出に必要な,たんぱく質,脂質及び各種の炭水化物についての反射や吸収の具体的なスペクトルが示されていないし,そうしたスペクトルを利用してカロリーを演算するのに有効な測定波長と計算式も不明な状況において,「測定条件」を見出すために過度の試行錯誤を要するのは,上記(ア)及び(イ)に述べたとおりである。
よって,請求人の主張を踏まえても,本件補正発明の加熱装置を製造するために過度の試行錯誤を要することに変わりはない。

(エ)以上より,本件補正発明を実施するためには過度の試行錯誤を要するから,発明の詳細な説明の記載は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分になされているとはいえず,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
よって、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(6)本件補正についてのむすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたから,本願の請求項1?3に係る発明は,平成25年4月17日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,上記第2[理由]1(2)に記載のとおりのものである。

2 判断
本願発明の「加熱装置」が有する「テラHz帯の高周波通信手段による吸収量,反射量から被加熱物のカロリー情報を加熱中に非接触で検出する被加熱物カロリー算出手段」の「被加熱物」には「食品」が含まれる。
その「カロリー算出手段」を当業者が製造することができる程度に明確かつ十分な記載が発明の詳細な説明になされていないのは,上記第2[理由]2(5)オ(ア)で指摘したとおりであり,したがって,上記「(1)原審の拒絶理由の概要」及び「(3)拒絶査定の概要」で指摘されたとおりである。

3 むすび
以上のとおり,発明の詳細な説明の記載は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分になされているとはいえず,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから,本願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-03-25 
結審通知日 2015-03-31 
審決日 2015-04-14 
出願番号 特願2009-203264(P2009-203264)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (G01N)
P 1 8・ 536- Z (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 横尾 雅一  
特許庁審判長 森林 克郎
特許庁審判官 右▲高▼ 孝幸
信田 昌男
発明の名称 加熱装置  
代理人 藤井 兼太郎  
代理人 鎌田 健司  
代理人 前田 浩夫  

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