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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1303954
審判番号 不服2013-6238  
総通号数 189 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-09-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-04-05 
確定日 2015-08-07 
事件の表示 特願2009-503032「治療剤の標的化送達のためのシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成20年9月4日国際公開、WO2008/105773、平成21年9月24日国内公表、特表2009-534309〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2007年3月30日(パリ条約による優先権主張 2006年3月31日、米国(US))を国際出願日とする特許出願であって、原審における拒絶査定に対して、平成25年4月5日に拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正書が提出され、その後、当審において、平成26年2月12日付けで前置報告書を用いた審尋がなされ、平成26年8月13日付けで回答書が提出され、平成26年10月1日付けで拒絶理由が通知され、平成27年1月23日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?18に係る発明は、平成27年1月23日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。

「【請求項1】
前立腺特異的膜抗原(PSMA)に特異的に結合する複数の小分子標的化部分(targeting moiety)が結合しており、かつ結合部位でのナノ粒子の分解および/またはナノ粒子からの拡散によって放出される治療、診断、もしくは予防用の薬剤を中に封入しているか分散している、界面活性剤、親水性ポリマー、または脂質に結合したポリマーで形成された、標的ナノ粒子(targeted nanoparticle)であって、
前記複数の小分子標的化部分が、2-PMPA、GPI5232、VA-033、チオールおよびインドールチオールをベースとしたPSMA阻害剤、3-(2-メルカプトエチル)-1H-インドール-2-カルボン酸誘導体PSMA阻害剤、ヒドロキサメート誘導体PSMA阻害剤、PDBAをベースとしたPSMA阻害剤、ならびに、尿素をベースとしたPSMA阻害剤からなる群より選択される、該標的ナノ粒子。」

第3 当審の拒絶理由
当審において平成26年10月1日付けで通知した拒絶の理由の概要は次のとおりである。

「本件出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(下記省略)」

第4 当審の判断
1 本願明細書の発明の詳細な説明の記載
(a)「【0007】化学療法は、患者への細胞傷害性薬剤の全身投与を含むので、このような重篤な副作用を生じさせる。これらの薬剤は、腫瘍細胞と正常細胞とを区別することが出来ず、従って、腫瘍細胞と同様に正常細胞を死滅させる。腫瘍部位へ治療的に有効な用量を送達するためには非常に大量の用量が患者へ投与されなければならないので、副作用は悪化する。・・・
【0008】従って、治療剤を(例えば、特定の組織または細胞型に対して;正常組織に対してではなく特定の病変組織に対してなど)標的化することは、癌(例えば、前立腺癌)などの組織特異的疾患の治療において望ましい。例えば、細胞傷害性抗癌剤の全身送達とは対照的に、標的化送達は、該薬剤が正常細胞を死滅させることを防ぐ。さらに、標的化送達は、より低い用量の薬剤の投与を可能にし、これは、従来の化学療法と一般的に関連する不要な副作用を減少させ得る。
【0009】従って、所望の組織または細胞へ治療剤を選択的に送達するためのシステムに対して、当該分野において強い必要性が存在する。さらに、前立腺癌と関連する腫瘍などの腫瘍へ細胞傷害性抗癌剤の送達を標的化するためのシステムに対する必要性が存在する。患者における治療剤の正確な濃度および配置を制御する能力は、用量を減少させ、副作用を最小化し、かつ「個別」療法に新しい道を開く。」

(b)「【0010】発明の概要
本発明は、特定の器官、組織、細胞、および/または細胞内区画へ治療剤を選択的に送達するためのシステムを提供する。ある態様において、治療剤は病変組織へ特異的に送達される。ある態様において、治療剤は腫瘍(例えば、悪性腫瘍または良性腫瘍)へ特異的に送達される。ある態様において、治療剤は、前立腺癌と関連する腫瘍へ送達される。
【0011】本発明は、粒子、1または複数の標的化部分(targeting moiety)、ならびに器官、組織、細胞、および/または細胞内区画へ送達される1または複数の治療剤を含む、標的粒子(targeted particle)を提供する。一般的に、細胞は、標的化部分と特異的に結合し得る標的と結合している。標的が標的化部分へ特異的に結合すると、治療剤は、特定の標的化された器官、組織、細胞、および/または細胞内区画へ送達され得る。」

(c)「【0020】標的化部分は、核酸(例えば、アプタマー)、ポリペプチド(例えば、抗体)、糖タンパク質、小分子、糖質、脂質などであり得る。例えば、標的化部分は、特定の標的(例えば、ポリペプチド)へ結合する一般的にオリゴヌクレオチド(例えば、DNA、RNA、またはそれらのアナログもしくは誘導体)である、アプタマーであり得る。一般的に、アプタマーの標的化機能は、アプタマーの三次元構造に基づく。ある態様において、標的化部分は、ポリペプチド(例えば、腫瘍マーカーを特異的に認識する抗体)である。」

(d)「【0026】本発明の標的粒子は、標的化部分の標的化機能に干渉しない任意の利用可能な方法を使用して製造され得る。ある態様において、標的化部分および/または治療剤は粒子と共有結合しており、該結合を崩壊させることによって、標的部位への治療剤の放出および送達が生じる。ある態様において、標的化部分および/または治療剤は、粒子と共有結合していない。例えば、粒子は、ポリマーマトリクスを含んでもよく、治療剤は、ポリマーマトリクスの表面と結合しているか、ポリマーマトリクス内に封入されているか、および/またはポリマーマトリクスにわたって分散されていてもよい。治療剤は、粒子の拡散、分解、および/またはそれらの組み合わせによって放出され得る。」

(e)「【0051】小分子:一般的に、「小分子」は、サイズが約2000g/mol未満である有機分子であると当該分野において理解される。・・・ある態様において、小分子は、タンパク質、ペプチド、またはアミノ酸ではない。ある態様において、小分子は、核酸またはヌクレオチドではない。ある態様において、小分子は、糖類または多糖類ではない。」

(f)「【0058】標的化部分:本明細書中において使用される場合、「標的化部分」という用語は、細胞と結合した成分に結合する任意の部分を指す。このような成分は、「標的」または「マーカー」と呼ばれる。標的化部分は、ポリペプチド、糖タンパク質、核酸、小分子、糖質、脂質などであり得る。・・・ある態様において、標的化部分は、細胞型特異的マーカーへ結合する核酸標的化部分(例えば、アプタマー)である。一般的に、アプタマーは、特定の標的へ、例えば、ポリペプチドへ特異的に結合するオリゴヌクレオチド(例えば、DNA、RNA、またはそれらのアナログもしくは誘導体)である。ある態様において、標的化部分は小分子である。」

(g)「【0119】核酸標的化部分
本明細書中において使用される場合、「核酸標的化部分」は、標的へ選択的に結合する核酸である。ある態様において、核酸標的化部分は、核酸アプタマーである。・・・
・・・
【0121】ある態様において、本発明に従って使用されるアプタマーは、前立腺癌関連抗原、例えば、PSMAを標的化し得る。本発明に従って使用される例示的なPSMA標的化アプタマーとしては、以下のヌクレオチド配列を有するA10アプタマー・・・」

(h)「【0130】小分子標的化部分
ある態様において、本発明に従う標的化部分は小分子であり得る。・・・
【0132】ある態様において、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る小分子標的化部分は、PSMAペプチダーゼ阻害剤、例えば、2-PMPA、GPI5232、VA-033、フェニルアルキルホスホンアミデート(・・・)、ならびに/またはそのアナログおよび誘導体を含む。ある態様において、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る小分子標的化部分は、チオールおよびインドールチオール誘導体、例えば、2-MPPAおよび3-(2-メルカプトエチル)-1H-インドール-2-カルボン酸誘導体(・・・)を含む。ある態様において、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る小分子標的化部分は、ヒドロキサメート誘導体を含む(・・・)。ある態様において、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る小分子標的化部分は、PBDAおよび尿素をベースとした阻害剤、例えば、ZJ43、ZJ11、ZJ17、ZJ38(・・・)、ならびに/またはそれらのアナログおよび誘導体を含む。ある態様において、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る小分子標的化部分は、アンドロゲン受容体標的化剤(ARTA)・・・を含む。ある態様において、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る小分子標的化部分は、ポリアミン、例えば、プトレシン、スペルミン、およびスペルミジンを含む(・・・・)。」

(i)「【0133】タンパク質標的化部分
ある態様において、本発明に従う標的化部分は、タンパク質またはペプチドであり得る。・・・
【0134】「ポリペプチド」および「ペプチド」という用語は、本明細書中において交換可能に使用され、「ペプチド」は、典型的に、約100個未満のアミノ酸の長さを有するポリペプチドを指す。・・・
・・・
【0140】ある態様において、IL-11受容体-αを認識するペプチドは、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る(・・・)。・・・
【0142】ある態様において、PSMAを認識する抗体が、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る。・・・
【0143】ある態様において、他の前立腺腫瘍関連抗原を認識する抗体が、当該分野において公知であり、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために、本発明に従って使用され得る(・・・)。・・・
【0144】ある態様において、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得るタンパク質標的化部分は、立体配座的に収縮されたジペプチド模倣物を含む(・・・)。」

(j)「【0351】実施例
実施例1:インビボ標的化薬物送達のための官能化PLGA-PEGナノ粒子の製剤化
・・・
【0353】PLGA-b-PEGの合成
カルボキシレート官能化コポリマーPLGA-b-PEGを、COOH-PEG-NH_(2)をPLGA-COOHへ結合することによって合成した。・・・得られたPLGA-PEGブロックコポリマーを真空乾燥し、さらに処理することなしにナノ粒子(NP)調製のために使用した。
・・・
【0354】タキサン薬物負荷された(drug-loaded)PLGA-b-PEG NPの形成
以前に記載されたように(・・・)、薬物封入されたカルボキシレート化PLGA-b-PEG NPの形成のために、ナノ析出法を使用した。簡単に記載すると、ドセタキセル(または^(14)C-パクリタキセル)を、水と混和性である種々の有機溶媒に溶解した。ポリマーを同様に溶解し、前記薬物と混合した。前記薬物-ポリマー溶液を非溶媒である水へ添加することによって、NPが形成された。・・・」
・・・
【0359】アプタマーとPLGA-b-PEG-COOH NPとの結合
PLGA-b-PEG NP(10μg/μL)を水に懸濁し、EDC(400mM)およびNHS(200mM)と共に20分間インキュベートした。次いで、NPを、DNアーゼ、RNアーゼを含まない水(3x15mL)で繰り返し洗浄し、続いて限外濾過を行った。NHS活性化されたNPを、5’-アミノ-RNAアプタマー(1μg/μL)と反応させた。得られたNP-Apt標的粒子を、限外濾過によって超純水(15mL)で洗浄し、表面結合したアプタマーを90℃で変性させ、氷上でのスナップ冷却(snap-cooling)の間、結合立体配座をとらせた。NP懸濁液を使用まで4℃で維持した。
・・・
【0361】NP-Apt標的粒子のインビボ腫瘍標的化および生体内分布
・・・ヒト異種移植前立腺癌腫瘍を、8週齢balb/cヌードマウス(・・・)において誘発した。媒体およびマトリゲル(・・・)の1:1混合液に懸濁された3×10^(6)LNCaP細胞(即ち、ヒト前立腺腺癌の転移病巣から確立された細胞株)を、マウスの右横腹に皮下注射した。・・・
【0362】前記マウスが約100mgの腫瘍を発達させた後に、腫瘍標的化研究を行った。マウスを4つのグループに分割し、グループ間の腫瘍サイズ変動を最小化した。マウスを、アバーティン(avertin)(200mg/kg体重)の腹腔内注射によって麻酔し、眼窩後部注射によって、NPまたはNP-Apt標的粒子を投薬した。・・・腫瘍、心臓、肺、肝臓、脾臓、および腎臓を、各動物から採取した。・・・組織1グラム当たりのパーセント注射用量として、データを示す。」
・・・
【0364】結果
・・・
【0372】アプタマーとナノ粒子の結合
NPとアプタマーとの結合を調べるために、および反応後にNPと結合していないアプタマーの成功した除去を実証するために、PAGEを使用した。・・・
【0373】ナノ粒子-アプタマー標的粒子のインビボ腫瘍標的化および生体内分布
形成パラメータおよびNPサイズに対するそれらの効果の研究の結果、サイズおよび薬物負荷の点で最適なNP製剤を、インビボ研究のために選択した。研究のために、^(14)C-パクリタキセル(トレース薬剤として役立つ)を、PLGA-b-PEG NPへの1%の薬物負荷で封入した。・・・得られたNPは156.8+/-3.9nmのサイズであり(sized)、アプタマーとのバイオ結合後、NP-Apt標的粒子の最終サイズは、188.1±4.0nmであると測定された。全3時点で、腫瘍において回収された^(14)C-パクリタキセル用量は、対照NPグループと比較して、NP-Apt標的化グループについてより高かった(図7)。NP-Apt標的化グループについて2、6、および24時間での組織1グラム当たりの%注射用量の値は、それぞれ、1.49±0.92、1.98±1.72、および0.83±0.21であった(平均値±S.D.、n=4)。NP対照グループについて、2、6、および24時間でのそれぞれの値は、1.10±0.20、0.96±0.44、および0.22±0.07であった。研究の24時間終了時で、腫瘍におけるレベルは、NP-Aptグループについて3.77倍より高かった(p=0.002、n=4)。2および6時間の時点で、腫瘍におけるNP-Aptのレベルは、対照よりも、それぞれ、1.35倍および2.06倍より高く、しかし、差は統計的に有意ではなかった。2時間グループおよび6時間グループの両方において、NP-Aptの腫瘍内濃度は、NP対照と比較して増加し、一方、大半の他の組織におけるレベルは、循環中のより少ないNPと平行して減少した。・・・24時間で腫瘍中における顕著により高い濃度を維持するNP-Apt標的粒子の能力は、恐らく、標的化されたLNCaP細胞による取り込みに起因し、一方、標的化リガンドを有しないNPグループは、細胞取り込みがなく、時間とともに腫瘍から拡散した。・・・
【0374】心臓、肺、および腎臓への生体内分布パターンは、いずれの群においても、実質的な蓄積は示さず、有意に相違していなかった(図8)。脾臓および肝臓を含む、細網内皮系(RES)による取り込みは、対照NPと比較した場合、NP-Apt標的粒子についてより高くなると観察された。・・・」

2 特許法第36条第6項第1号についての判断
本願発明が、発明の詳細な説明に記載したものであるという規定に適合するか否かは、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できるか否か、あるいはその記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らしてその発明の課題を解決できると認識できるといえるか否かで判断される。
そこで、これらの点を考慮して以下に検討する。

(1)本願発明の解決しようとする課題
本願明細書の発明の詳細な説明には、従来の化学療法では、薬剤が腫瘍細胞と正常細胞とを区別することができず正常細胞を死滅させることや、腫瘍部位へ治療的に有効な用量を送達するためには大量の用量を投与しなければならず副作用が悪化するという問題があったため、薬剤を前立腺癌と関連する腫瘍細胞などに対して標的化して選択的に送達することで、これらの問題を解決し得ることが記載されている(上記(a)、(b))。
したがって、本願発明の解決しようとする課題は、前立腺特異的膜抗原(以下、「PSMA」という。)を多く発現している前立腺癌と関連する腫瘍細胞などに対して薬剤を選択的に送達できる、PSMAに特異的に結合する複数の小分子標的化部分が結合している標的ナノ粒子を提供することと解される(上記(a)、(b))。

(2)本願明細書の発明の詳細な説明の記載に関する検討
ア 実施例の記載
(ア)実施例1には、「インビボ標的化薬物送達のための官能化PLGA-PEGナノ粒子の製剤化」について記載されている(上記(j)【0351】。
ここでは、カルボキシレート官能化コポリマーPLGA-b-PEGを用いて、タキサン薬物(ドセタキセル又は^(14)C-パクリタキセル)を封入したナノ粒子を調製し、これにアプタマーを結合したことが記載されている(上記(j)【0353】?【0354】、【0359】、【0372】)。
そして、得られたアプタマーが結合しているナノ粒子(Np-Apt標的粒子)について、ヌードマウスに誘発したヒト前立腺癌に対してインビボ腫瘍標的化と生体内分布について実験を行い、標的化部分を結合していないナノ粒子と比較して選択的に腫瘍細胞へ取り込まれたことが示されている(上記(j)【0361】?【0362】、【0373】?【0374】)。

(イ)ここで、本願発明の標的化部分は、特定の群より選択される小分子標的化部分に限定されているが、実施例1で用いたアプタマーは、本願発明の標的化部分の選択肢とは無関係のものである。
すなわち、上記(c)には、標的化部分の選択肢として、核酸(アプタマー)と小分子が区別して記載され、上記(e)には、小分子は、核酸又はヌクレオチドではないと記載されている。

(ウ)したがって、本願明細書の発明の詳細な記載には、本願発明の小分子標的化部分が結合した標的ナノ粒子を製造し、その効果について確認した実施例の記載はない。

イ 実施例以外の記載
そこで、次に実施例以外の標的化部分に関する記載について検討する。
(ア)上記(c)に、標的化部分の選択肢として、核酸(アプタマー)、ポリペプチド(抗体)、小分子があげられ、上記(f)にも、核酸、ポリペプチド、小分子があげられている。
そして、核酸(アプタマー)標的化部分(上記(g))、小分子標的化部分(上記(h))、タンパク質(ポリペプチド)標的化部分(上記(i))については、それぞれ前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る物質が例示されている。
しかしながら、これらの標的化部分に関する記載は、実施例で具体的に効果を確認したアプタマー以外については、単に公知のPSMA阻害剤やPSMAを認識する抗体を、前立腺癌腫瘍と関連する細胞を標的化するために使用され得る物質として羅列したに過ぎず、これ以外の標的ナノ粒子と関連した説明はない。

(イ)また、標的ナノ粒子の製造方法や標的部位への薬剤の放出及び送達について、上記(d)に一般的な記載がなされているだけで、他には、「標的粒子の作製」として、核酸(アプタマー)を用いた場合の説明が【0238】?【0261】(転記せず)に記載されているだけである。

(ウ)そして、他には、PSMAを認識する抗体も含め、PSMA阻害剤としての小分子など、PSMAと関連する公知の物質に関して、実施例に相当する程度の技術的説明を伴う記載はない。また、PSMAと関連することが公知であるということのみで、実施例で効果を確認したアプタマーと同様に、PSMAが結合している前立腺癌と関連する腫瘍細胞に対して薬剤を選択的に送達できる標的ナノ粒子として機能することを理解できる説明もない。

(エ)したがって、本願明細書の発明の詳細な記載の実施例以外について検討しても、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる程度の記載はない。

ウ 技術常識の参酌
(ア)本願優先日あるいは本出願時に、PSMAが結合している前立腺癌と関連する腫瘍細胞に対して薬剤を選択的に送達できる標的ナノ粒子において、PSMAと関連することでのみ共通していることによって、標的化部分として、アプタマーと小分子とが同等の機能を奏することが自明であったとはいえない。

(イ)また、米国特許出願公開第2005/0037075号明細書(本件の前審の拒絶理由で引用された引用文献1)を参酌すると、制御放出ポリマーを用いた薬物送達において、結合されたモノクローナル抗体の大きいサイズに起因する低い腫瘍浸透の問題を改善するため、モノクローナル抗体にかえて比較的小さい核酸リガンド(アプタマー)を採用したことが記載されている([0002]?[0012])。
このことから、特定の組織や細胞を標的化することが知られている物質であっても、制御放出ポリマーを用いた薬物送達においては、抗体とアプタマーとが同等ではないことが理解でき、標的化部分として、アプタマーと小分子とが、単にPSMAと関連することでのみ共通していることでは、標的ナノ粒子において同等の機能を奏すると推認できるものではないというのが技術常識であったといえる。

(ウ)したがって、本願優先日あるいは本出願時の技術常識に照らしても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。

(エ)なお、審判請求人が平成27年1月23日付けで提出した意見書には、これに添付した手続補足書を参照しつつ、次のように記載されている。
「請求人はさらに、ナノ粒子(NP)上の小分子内の構造的な修飾が、タンパク質を標的化する能力を有意に減少させたことを示す文献を証拠として提出いたします。・・・(甲第3号証)は、表面が小分子で修飾されたNPの細胞への取り込みについて記載しています。図2に示される結果は、表面上に様々な小分子が結合されたNPの細胞標的化および取り込みの成功例と失敗例の両方を示しています。」
「この文献はさらに、種々の架橋型酸化鉄NP(表面に修飾のないもの、ペプチド修飾したもの、そして、小分子、スクシンイミジルヨードアセテート(SIA)で修飾したもの)を用いた標的化実験を記載しています。・・・SIA有とSIA無しのNPによる標的化およびVCAM-1発現細胞による取り込みには有意差はなく、NP-SIA結合体がVCAM-1を標的化できないことが示されました(図4をご参照ください)。」
これらの記載からは、特定の組織や細胞を標的化することが知られている物質であれば、標的ナノ粒子の標的化部分として同等の機能を奏することが自明であったとか、推認できるなどと理解することはできない。むしろ、小分子であっても標的化できないものがあることが理解でき、特定の小分子が標的ナノ粒子の標的化部分として機能するかどうかは具体的に確かめてみなければ予測できないことが技術常識であったといえる。
そして、このことは、先に述べた標的化部分として、アプタマーと小分子とが、単にPSMAと関連することでのみ共通していることでは、標的ナノ粒子において同等の機能を奏すると推認できるものではないというのが技術常識であったといえることと矛盾するものではない。

3 まとめ
以上のことから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を参酌しても、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる程度に記載されているということはできない。
よって、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

4 審判請求人の主張について
平成27年1月23日付けで提出した意見書において、平成26年8月13日付けで提出した回答書に添付した手続補足書の甲第1号証について、「第一に、請求人が回答書に添付して提出した甲第1号証は、小分子が標的化部分としてRNAアプタマーよりも優れていることを示すためではなく、小分子もまたPSMAのための標的化部分として使用可能であることを示すことを意図したものです。」と主張し、同甲第1号証及び甲第2号証について、「本願は(甲第1?2号証において)、本願出願当初明細書からの情報によって、前立腺癌の治療におけるこのような様式の使用の成功を実証したのです。」などと主張する。
しかしながら、甲第1号証に示された試験が本出願前のものであるか否かの説明はない。
しかも、これらの証拠には、「13.この臨床研究は、アプタマー標的化ナノ粒子で得られた結果からは予測できなかった。」(甲第1号証)や、「10.したがいまして、ナノ粒子に付着した小分子PSMA基質インヒビターが、効果的にPSMAを標的化できることは驚くべき予想外の結果であり、FarokhzadおよびFossからは(単独でも組み合わせても)容易想到なものではありません。」(甲第2号証)(いずれも審判請求人の抄訳文による)と記載されているように、アプタマーと小分子が同等に機能することは予想外であったことが示されている。
なお、仮に、甲第1号証で示された試験結果を参酌したとしても、小分子標的化部分として特定の尿素化合物(回答書に添付した手続補足書の54頁の7.に記載された化合物)について試験を行った結果が示されているに過ぎない。既に検討したとおり、小分子であっても標的ナノ粒子の標的化部分として機能するかどうかは具体的に確かめてみなければ予測できないことを考慮すると、尿素化合物以外の、構造も異なる化合物から選択される本願発明の小分子標的化部分全体について、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる程度の裏付けがなされているともいえない。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

なお、上記意見書に添付した甲第4号証は、PSMAに関連しないものであり、また、甲第5?7号証は、いずれも本出願日後の臨床データなどであるから、これらを参酌しても、上記審判請求人の主張を採用できないことにかわりない。

第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-03-13 
結審通知日 2015-03-16 
審決日 2015-03-30 
出願番号 特願2009-503032(P2009-503032)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 原田 隆興  
特許庁審判長 松浦 新司
特許庁審判官 関 美祝
新居田 知生
発明の名称 治療剤の標的化送達のためのシステム  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  

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