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審決分類 |
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 A61K |
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管理番号 | 1303984 |
審判番号 | 不服2013-20345 |
総通号数 | 189 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2015-09-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2013-10-18 |
確定日 | 2015-08-05 |
事件の表示 | 特願2009-554742「カチオン脂質による免疫応答の刺激」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 9月25日国際公開、WO2008/116078、平成22年 7月 1日国内公表、特表2010-522206〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は、2008年3月20日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2007年3月22日 (US)米国、 2007年4月13日 (US)米国、 2007年7月9日 (US)米国、 2007年10月30日 (US)米国、 2008年3月17日 (US)米国)を国際出願日とする出願であって、平成24年10月19日付けで拒絶理由通知書が通知され、これに対し平成25年4月23日付けで意見書ならびに手続補正書が提出されたが、平成25年6月13日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年10月18日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、審判請求の理由について同年12月5日付けで手続補正書(方式)が提出されたものである。 2.本願発明 本願の特許請求の範囲に記載された発明は、上述の平成25年4月23日付け手続補正書の特許請求の範囲に請求項1?17として記載されたとおりのものであるところ、その請求項1、2,5は以下のとおりである。(以下、順に「本願発明1」、「本願発明2」、「本願発明5」ということがある。また、これらをまとめて単に「本願発明」ということがある。) 『 【請求項1】 少なくとも1種のカチオン脂質を含む、MAPキナーゼ活性化剤(但し、DNA、MF59、及び3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質を含むものを除く)。 【請求項2】 対象において、免疫賦活アジュバント効果を誘導する免疫賦活アジュバント効果誘導剤であって、免疫系細胞において、MAPキナーゼのシグナル伝達経路を活性化するのに十分な用量の少なくとも1種のカチオン脂質を含む免疫賦活アジュバント効果誘導剤(但し、DNA、MF59、及び3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質を含むものを除く)。 【請求項5】 対象において、調節性T細胞を減少させる調節性T細胞減少剤であって、少なくとも1種のカチオン脂質を含む剤(但し、DNA、MF59、及び3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質を含むものを除く)。 』 3.当審の判断 (1)刊行物の記載 ・文献1:特表2002-537102号公報 (1-1) 原査定の拒絶の理由に引用され、本願の第一優先日の前に頒布されたことが明らかな刊行物である上記文献1には、次の事項が記載されている。(下線は当審による。) ア.特許請求の範囲 『 【請求項1】 吸着性表面を有するミクロエマルジョンであって、該ミクロエマルジョンは、以下: (a)代謝可能な油;および (b)乳化剤; を含む微小滴エマルジョンを含み、 ここで、該乳化剤は、界面活性剤を含む、ミクロエマルジョン。 ・・・ 【請求項3】 前記油が、動物油、不飽和炭化水素、テルペノイドおよび植物油からなる群のメンバーである・・・ミクロエマルジョン。 ・・・ 【請求項9】 前記乳化剤が、カチオン性界面活性剤を含む、請求項1に記載のミクロエマルジョン。 【請求項10】 前記カチオン性界面活性剤が、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド、・・・、DOTAP、・・・からなる群より選択される、請求項9に記載のミクロエマルジョン。 ・・・ 【請求項13】 その表面に吸着された生物学的に活性な高分子をさらに含み、該生物学的に活性な高分子が、ポリペプチド、ポリヌクレオチド、ポリヌクレオシド、抗原、薬剤、ホルモン、酵素、転写メディエーターまたは翻訳メディエーター、代謝経路における中間体、イムノモジュレーターおよびアジュバントからなる群より選択される少なくとも1つのメンバーである、請求項1に記載のミクロエマルジョン。 【請求項14】 前記高分子が、CpGオリゴヌクレオチド、ミョウバン、細菌細胞壁成分およびムラミルペプチドからなる群より選択されるアジュバントである、請求項13に記載のミクロエマルジョン。 ・・・ 【請求項19】 前記抗原がウイルス由来である、請求項13に記載のミクロエマルジョン。 ・・・ 【請求項22】 前記抗原が、・・・gp120およびHIV p55 gagからなる群より選択される、請求項19に記載のミクロエマルジョン。 ・・・ 【請求項27】 宿主動物において免疫応答を誘導する方法であって、該動物に請求項13?26のいずれかに記載のミクロエマルジョンを投与する工程を包含する、方法。 ・・・ 【請求項33】 Th1免疫応答を宿主動物において誘導する方法であって、該動物に、請求項13?26のいずれかに記載のミクロエマルジョンを投与する工程を包含する、方法。 ・・・ 』 イ.10頁 段落【0008】 『 【0008】 アジュバントは、抗原に対して免疫応答を増強し得る化合物である。アジュバントは、体液性および細胞性の免疫の両方を増強し得る。しかし、特定の病原体は、細胞性免疫を刺激することが好ましく、特に、Th1細胞はそうである。現在使用されるアジュバントは、Th1細胞応答を適切に惹起しないし、そして/または有害な副作用を有する。 』 ウ.12?15頁 段落【0014】?【0018】 『 【0014】 スクアレン、三オレイン酸ソルビタン(Span85^(TM))、および均一な大きさにされた微小滴を提供するように微小流体化された、ポリソルベート80(Tween80^(TM))を含むエマルジョン(すなわち、MF59)もまた、強力な免疫応答を誘発することが示された。・・・。MF59の作用機構は、強力なCD4+T細胞の生成、すなわちTh2細胞の応答に依存するようである。しかし、MF59アジュバントは、あったとしてもほとんどTh1応答も細胞傷害性Tリンパ球(CTL)応答も惹起しない。 【0015】 抗原と混合されたCpGモチーフを含むオリゴヌクレオチドは、強力なTh1抗原応答を惹起することが実証されている。・・・ ・・・ 【0018】 従って、予防的処置および治療的処置のために使用され得る、Th1細胞応答の増加を生じるアジュバントは、なお所望されている。・・・ 』 エ.19?21頁 段落【0035】?【0039】 『 【0035】 本発明はまた、イオン性界面活性剤を用いて処方された油滴エマルジョンを含むミクロエマルジョンに関する。そのような組成物は、容易に、DNA、タンパク質および他の抗原性分子のような高分子を吸着する。アジュバント組成物は、少なくとも1つのCpGモチーフを含むオリゴヌクレオチドを含み得る。そのアジュバント組成物はまた、正に荷電したエマルジョンを生じる任意の成分を含み得る。この油滴エマルジョンは、好ましくは、代謝可能な油および乳化剤を含む。・・・そのオリゴヌクレオチドは、以下からなる群より選択されるヌクレオチド配列を含む:配列番号1?28。・・・最も好ましいのは、配列番号28にである。本発明のいくつかの好ましい実施形態において、そのアジュバント組成物は、さらに、別々の免疫刺激剤を含む。・・・ 【0036】 本発明はまた、免疫原性組成物に関する。この組成物は、免疫刺激量の抗原性物質、および免疫刺激量の本明細書に記載されるアジュバント組成物を含む。・・・ 【0037】 本発明はまた、宿主細胞において免疫応答を刺激する方法に関する。この方法は、その動物に、本明細書において記載される免疫原性組成物を免疫応答を誘発するに有効な量で投与する工程を包含する。・・・ ・・・ 【0039】 本発明はまた、宿主動物におけるTh1免疫応答を増強する方法に関する。この方法は、その動物に、本明細書に記載される免疫原性組成物を、Th1免疫応答を誘発するに有効な量で投与する工程を包含する。・・・ 』 オ.27頁 段落【0058】 『 【0058】 抗原または組成物に対する「免疫学的応答」は、目的の組成物に存在する分子に対する体液性および/または細胞性の免疫応答の、被験体における発生をいう。・・・「体液性免疫応答」とは、抗体分子によって媒介される免疫応答をいう。他方、「細胞性免疫応答」は、Tリンパ球および/または他の白血球によって媒介されるものである。細胞性免疫の重要な1つの局面は、細胞傷害性T細胞(CTL)による抗原特異性応答を包含する。・・・。細胞性免疫の別の局面は、ヘルパーT細胞による抗原特異性応答を包含する。・・・。「細胞免疫応答」とはまた、活性化されたT細胞および/またはたの白血球による、サイトカイン、ケモカインおよび他のそのような分子の産生をいう(これらには、CD4+T細胞およびCD8+T細胞に由来するものが含まれる)。 』 カ.41頁 段落【0093】 『 【0093】 本発明の代替の実施形態は、イオン表面活性剤を有するサブミクロンのエマルジョンを含む微粒子調製物である。MF59または他のものは基本的な粒子として使用され得るが、イオン性表面活性剤は、以下を包含し得るがそれに限定されない:ジオレオイル-3-トリメチルアンモニウム-プロパン(DOTAP)、・・・(DEPC)および・・・(DPA)。これらは各々、スクアレン中で可溶性である。プロトタイプのイオン性エマルジョンは、4-52mg/mlスクアレンの範囲の濃度で、スクアレン/10%Span85中に界面活性剤の各々を溶解することによって処方され得る。・・・ 』 キ.45?54頁 段落【0104】?【0129】 『 【0104】 (2.油滴エマルジョン) ・・・油滴エマルジョンは、代謝可能な油および乳化剤を含ませて調製される。少なくとも1つのCpGを含むオリゴヌクレオチドのような分子は、油滴エマルジョンと合わせらて、アジュバントを形成し得る。油滴エマルジョンは好ましくは、代謝可能な油および乳化剤を含む。・・・。好ましい実施形態において、そのエマルジョンは、カチオン正解面活性剤が乳化剤として使用される結果として正に荷電されているか、または代替的に、乳化剤とは別個のカチオン性界面活性剤を含む。・・・ ・・・ 【0106】 これらの組成物の1成分は、代謝可能な、非毒性油・・・である。その油は、植物油、魚油、動物油、または合成調製された油であって、・・・ ・・・ 【0129】 生物学的状況のために特に設計され、そしてそこにおいて一般に使用される、多数の油乳化剤が存在する。例えば、多数の生物学的界面活性剤(表面活性剤)・・・。カチオン性界面活性剤は以下を包含するがそれらに限定されない:セトリミド(ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド-CTAB)、・・・、DOTAP、・・・。正に荷電したエマルジョンを生じるアジュバント組成物の任意の成分は、例えば、上記のカチオン性界面活性剤のいずれかであり得る。あるいは、上記のカチオン性界面活性剤は、そのエマルジョンを正に荷電させるために上記の油滴エマルジョンのいずれかとともに使用され得る。 』 ク.58?60頁 段落【0144】?【0147】 『 【0144】 本発明のミクロエマルジョン組成物は、水中で代謝可能な油および・・・乳化剤を含み得る。乳化剤は、何らかの特定の免疫刺激活性を有する必用はない。・・・しかし、増加された免疫刺激活性は、公知の免疫刺激剤のいずれかをその組成物中に含ませることによって提供され得る。免疫刺激剤は、乳化剤および油とは別個であり得るか、または免疫刺激剤および乳化剤は1つのそして同じ分子であり得る。・・・ 【0145】 好ましい油滴エマルジョンは、MF59である。・・・ 【0146】 他の油滴エマルジョンとしては以下が挙げられる:例えば、SAF(・・・)、ならびにRibiアジュバント系(RAS)、・・・ 【0147】 ・・・。本発明の組成物のさらなる成分は、オリゴヌクレオチドである。これは、少なくとも1つのCpGモチーフを含む。・・・ 』 ケ.116頁 段落【0303】?【0304】 『 【0303】 ・・・。CpG1は、配列番号28を含む。・・・ 【0304】 (実施例29 p55 gagタンパク質のIM免疫および種々のアジュバント) 9匹のマウスのグループを以下のように筋肉内免疫した(記載される場合を除く):グループ1)CpG1オリゴヌクレオチドの存在下での組換えHIV p55 gagタンパク質を有するMF59、およびDOTAP80; グループ2)CpG1オリゴヌクレオチドの存在下での組換えHIV p55 gagタンパク質を有するMF59、およびDOTAP160; グループ3)組換えHIV p55 gagタンパク質を有するMF59およびDOTAP; グループ4)組換えHIV p55 gagタンパク質を有するMF59; グループ5)CpG1オリゴヌクレオチドの存在下での組換えHIV p55 gagタンパク質を有するMF59; グループ6)組換えHIV p55 gagタンパク質およびDOTAP160;グループ 7)組換えHIV p55 gagタンパク質およびCpG1オリゴヌクレオチド; グループ8)CpG1オリゴヌクレオチドの存在下での組換えHIV p55 gagタンパク質、およびDOTAP160;および グループ9)vv-gag-pol(2×10^(7)pfu)IP。MF59no用量は25μl/動物であり、HIV p55タンパク質は25μg/動物であり、そしてCpGオリゴヌクレオチドは50μg/動物であった。免疫後、血清抗p55 IgG力価を測定し、測定結果を図3に示した。示されるように、正に荷電したエマルジョン(DOTAPを有する)の存在下での抗体力価は、正に荷電したエマルジョン(DOTAPを有さない)の存在下の2倍の高さである。CTLによる標的(SvB細胞株)の溶解をまた、各グループで測定し、測定結果を図4に表した。示されるように、正に荷電したエマルジョンを生じるためのDOTAPの添加は、CTL応答を増加する。 』 コ.122頁 図3 『 』 サ.123頁 図4 『 』 (1-2) 文献1には、表面に抗原やアジュバント等の高分子を吸着し得るミクロエマルジョン,ならびに,同エマルジョンをアジュバント組成物として抗原成分と共に含有せしめた免疫原性組成物に関して記載されており(ア,エ),ミクロエマルジョン中に含まれる乳化剤又はそれ以外の界面活性剤としてジオレオイル-3-トリメチルアンモニウム-プロパン(DOTAP)(カ)等のカチオン性界面活性剤を採用し得ること、正に荷電したエマルジョンを生じるアジュバント組成物の任意の成分は上記のカチオン性界面活性剤のいずれかであり得ること(キ)や,或いは,免疫刺激剤は上記乳化剤と別個であり得るか又は免疫刺激剤と乳化剤とが同一成分であってもよいこと(ク)、も併せて記載されている。 そして、そのような免疫原性組成物を構成する処方物ならびにその薬理試験の例として,実施例29の項には,エマルジョン成分MF59,アジュバントであるCpGモチーフを含むCpG1,カチオン性界面活性剤DOTAP,のいずれか一又は二以上の組合せをHIVp55gag抗原と共に含む,前脛骨筋内投与(IM TA)用の免疫原性組成物(「グループ1」?「グループ8」)ならびにそれらの投与による免疫応答性について記載されている(ケ?サ)ところ,それら実施例29の項及びその結果を示す図3,4には、MF59及びCpGモチーフを有するCpG1オリゴヌクレオチドと共にDOTAPを併せてHIVp55gag抗原と共に投与したグループ(ケ?サの「グループ1」,「グループ2」)では、MF59及びCpG1を含むがDOTAPを含まずにp55gag抗原と共に投与したグループ(ケ?サの「グループ5」)に比較して、抗原に対する抗体価が「2倍」程度増加しており(ケ下線部、コ)、また、CTLによる標的細胞株SvBp7gの溶解活性もより高いことが示されている(ケ下線部、コ、サ)。さらに、実施例29では、MF59エマルジョンもCpG1も含めずDOTAPとp55gag抗原のみを含有せしめて同様に投与した試験例についても記載されているところ(ケ?サの「グループ6」)、その結果、DOTAPと共にMF59及びCpG1を併せて含むグループの免疫原性組成物(「グループ1」,「グループ2」)による程ではないものの、CpG1とp55gag抗原のみを含む組成物の投与例(ケ?サの「グループ7」)と比較して抗体価が同程度かそれ以上であり(コ)、また、(CTL応答を惹起しないとされているMF59(ウ)とは異なって)CTLによる標的細胞株SvBp7gの溶解活性を現実に示し、その程度もCpG1のみをp55gag抗原と用いた「グループ7」より高いことも示されている(サ)。 即ち、これら実施例29及び図3,4(ケ?サ)、ならびに、カチオン性界面活性剤が乳化剤としてか又は乳化剤とは別個にアジュバント組成物の任意の成分であり得ること(キ、ク)から、カチオン性界面活性剤であるDOTAPが、MF59やCpGといったエマルジョン/アジュバント成分の共存下/非共存下によらず、それらとは独立して、p55gag抗原に対する抗体価を向上せしめ、CTL応答を増加せしめる作用を有するものである、ということが明らかに把握されるが、このことは、DOTAPが上述のようなエマルジョン/アジュバント成分の共存下/非共存下によらず、抗原に対する「免疫学的応答」である「体液性免疫応答」ならびに「細胞性免疫応答」(オ)のいずれをも増強する作用、即ちアジュバント作用(イ)、を有するものである、と理解できることに他ならない。 そうすると、これらア?サの摘記事項を含む文献1の記載からみて、文献1には、 MF59及び/又はCpGの共存下又は非共存下でDOTAPを含む、免疫応答増強剤又はアジュバント剤 の発明(以下、引用発明ということがある。)が記載されているといえる。 (2)対比・判断 (i)本願発明1について (i-1) 本願発明1と引用発明とを対比する。 引用発明のDOTAPが本願発明の「カチオン脂質」に相当することは、例えば、本願発明1の従属項である本願請求項9において「前記少なくとも1つのカチオン脂質がDOTAPである・・・」と規定されていることから明らかであることを踏まえると、両者は カチオン脂質であるDOTAPを含む、剤 である点で一致する一方、 1) 本願発明1が「MAPキナーゼ活性化剤」であるのに対し、引用発明は免疫応答増強剤又はアジュバント剤である点、 2) 本願発明1は「DNA、MF59、及び3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質を含むものを除く」ものであるのに対し、引用発明ではそのような規定はない点、 において、文言上相違する。(以下、1)、2)の点を順に「相違点1」、「相違点2」という。) (i-2) 以下、上記各相違点について検討する。 1) 相違点1について 本願明細書には、本願発明に関して、例えば以下のような記載がある。(下線は当審による。) (a)『 【0007】 本発明は、特定の用量及び組成条件のもとで(1)免疫系に効果的に抗原を提示又は送達し、且つ(2)免疫系を刺激して抗原に応答するための、新規の部類の免疫賦活剤として作用する、カチオン脂質の使用に関する。 【0008】 ・・・。米国特許第7,303,881号は、単純だが有効な脂質に基づいた免疫療法と、2つの分子、すなわちカチオン脂質と抗原から成り、たとえば、安定剤、アジュバント及び表面改質剤のような追加の成分を添加すればよい、カチオン脂質/抗原複合体を記載している・・・。カチオン脂質と抗原・・・から成る製剤は、マウスのモデルにてHPV陽性のTC-1腫瘍に対して予防的且つ治療的な抗腫瘍免疫応答を誘導する。・・・抗原と複合体形成したカチオンリポソームが免疫応答を刺激し、T細胞との樹状細胞(APC)の相互作用を起こさせるのに役立つことを明らかにしている。 【0009】 本発明では、強力な免疫応答を誘導するためのカチオン脂質/抗原複合体の能力をさらに理解するために行われた追加の研究によって、カチオン脂質自体が、あらゆる哺乳類種に存在するMAPキナーゼ・・・のシグナル伝達経路の成分を活性化することによって、低用量条件下にて強力な免疫活性化因子として作用し得るという発見がもたらされた。カチオン脂質/抗原複合体は、・・・複合体にて製剤化された抗原に特異的な強力な免疫応答を誘導する。・・・ 【0010】 従って、本発明の態様の1つは、対象の免疫系の細胞によってMAPキナーゼのシグナル伝達を活性化することにより対象において免疫応答を誘導するのに十分な用量の、少なくとも1つのカチオン脂質の組成物を提供する。 』 (b)『 【0029】 ・・・本発明のカチオン脂質複合体は、たとえば、ERK・・・経路・・・、p38経路、又はホスファチジルイノシトール-3(PI-3)経路のような、細胞性のキナーゼ経路を活性化することによって免疫応答を刺激する。・・・ 』 (c)『 【0165】 結論として、我々の知見は、カチオンリポソームが強力な免疫系賦活剤であることを初めて示唆している。本明細書で報告される結果は、たとえば、DOTAPのようなカチオン脂質のアジュバント活性の分子メカニズムの解明に役立つ。 』 これら(a)?(c)の記載によれば、本願発明1に係る剤において、その「MAPキナーゼ活性化」作用機序により導かれることが意図されている所望の生理活性作用は、上述のような「免疫賦活剤として」の作用、「免疫応答を刺激」する作用、「免疫応答を誘導する」作用、「免疫活性化因子として」の作用、「免疫応答を刺激する」作用、或いは、「免疫系賦活剤」としての作用であるところ、これらの作用は、引用発明にいう免疫応答増強剤又はアジュバント剤としての作用と何ら異なるものではない。 そうすると、本願発明1に係る剤は、その「MAPキナーゼ活性化」作用機序において文言上引用発明に係る剤と異なるものでこそあれ、その現実の用途において引用発明のそれを超えるものではないから、相違点1は実質的な相違点ではない。 2) 相違点2について 本願発明における各「除く」規定は、1.の平成25年4月23日付け手続補正書による補正で付加されたものであるところ、同規定中の「3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質」についてはその包含する「カチオン脂質」の範囲が必ずしも明確とはいえないが、当該手続補正書と同日付けの意見書中の以下の記載: 『 引用文献2で、請求項などで免疫賦活剤として用いられているのは、3つの炭化水素鎖を有するもの、特に13頁および14頁に記載されているものだけである。しかも、12頁には、「本発明の両親媒性化合物(・・・)の親油性の部分は、同一または相違する3個の炭化水素鎖R1,R2,R3により構成される」と記載されており、3個の炭化水素鎖を有する以外の両親媒性化合物が、免疫賦活剤として用いられるかどうかについて、一切記載がない・・・』 からみて、本願発明の各括弧書き中で「DNA」、「MF59」と共に「除く」対象とされている「3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質」として請求人が意図しているのは、上述の拒絶理由通知書で引用された文献2:特表平10-501822号公報の13?14頁に記載された化学式で示されるカチオン脂質であるか、或いはそれらを含む、同文献2の請求項1に記載された以下の化学式で示される「カチオン性両親媒性化合物」: 『 ・・・ R_(1)、R_(2)、R_(3)は、同一または異なって、アルキルまたは高級アシル基を示す。 ・・・ 』 であるものと解される。 この点を踏まえてみるに、引用発明では、含まれているカチオン脂質はDOTAPであって、上記化学式のカチオン脂質のいずれにも該当しない。 そして、上述のとおり、文献1には、引用発明としてMF59及び/又はCpGの共存下にDOTAPを含む免疫応答増強剤又はアジュバント剤の態様のみならず、CpGに代表されるDNAやMF59の非共存下にDOTAPを含む免疫応答増強剤又はアジュバント剤の態様についても記載されており、特に後者の例として、CpG等のDNA成分もMF59も含まない(勿論,上記化学式のカチオン脂質のいずれをも含まない)実施例29の「グループ6」の態様(ケ?サ)も具体的に記載されている。 また、そもそも文献1では、DOTAPと併せて採用し得るエマルジョン/アジュバント成分として、MF59/CpGに代表されるDNA成分以外のアジュバント成分を採用することについて何ら除外するものではない(例えば、ア請求項13?14,エ【0035】、キ、ク)。 よって、文献1には、引用発明のうち「DNA、MF59、及び3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質を含むものを除く」ものも記載されているといえるのであるから、相違点2も実質的な相違点とはいえない。 3) そうすると、結局、上記相違点1,2はいずれも実質的な相違点とはいえないから,本願発明1は引用発明と区別し得ない。 (ii)本願発明2について (ii-1) (i-1)での対比事項をも踏まえつつ,本願発明2と引用発明とを対比するに,両者は, 対象において,免疫賦活アジュバント効果を誘導する免疫賦活アジュバント効果誘導剤であって,カチオン脂質であるDOTAPを含む免疫賦活アジュバント効果誘導剤 の点で一致する一方、 1)’ カチオン脂質の用量が,本願発明2では「免疫系細胞において、MAPキナーゼのシグナル伝達経路を活性化するのに十分な用量」であるのに対し,引用発明ではそのような規定はない点, 2)’ 本願発明2は「DNA、MF59、及び3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質を含むものを除く」ものであるのに対し、後者ではそのような規定はない点、 において、文言上相違する。(以下、1)’、2)’の点を順に「相違点1’」、「相違点2’」という。) (ii-2) 以下、上記各相違点について検討する。 1) 相違点1’について 本願発明2において,同発明規定の「MAPキナーゼのシグナル伝達経路を活性化する」作用機序は,本願発明1の「MAPキナーゼ活性化」と同様の作用機序であることは明らかであり,また,かかる「MAPキナーゼ活性化」と同様の作用機序により導かれる所望の生理活性作用が「免疫賦活アジュバント効果を誘導する免疫賦活アジュバント効果誘導」作用であることが規定されているものと解される。 そして,(i-2)1)で検討したとおり,その「MAPキナーゼ活性化」作用機序により導かれることが意図されている所望の生理活性作用は、引用発明にいう免疫応答増強剤又はアジュバント剤としての作用と何ら異なるものではないし、また、当該免疫応答増強剤又はアジュバント剤としての作用が本願発明2の上記「免疫賦活アジュバント効果を誘導する免疫賦活アジュバント効果誘導」作用に相当することも文言上明らかである。 そうすると,引用発明の剤におけるDOTAPの用量は,免疫応答増強剤又はアジュバント剤としての作用を現実に奏効し得る用量,即ち本願発明2の「免疫賦活アジュバント効果を誘導する免疫賦活アジュバント効果誘導」作用をもたらす用量、であるのだから,本願発明2の「MAPキナーゼのシグナル伝達経路を活性化するのに十分な用量」に相当する用量であるものと解される。 よって,引用発明の剤におけるDOTAPの用量は,本願発明2の「カチオン脂質」の用量と何ら区別し得ない。 2) 相違点2’について この相違点は(i)の「相違点2」と同じであることから,(i-2)2)で述べたのと同様の理由により,実質的な相違点とはいえない。 3) そうすると、結局、上記相違点1’,2’はいずれも実質的な相違点とはいえないから,本願発明2もまた引用発明と区別し得ない。 (iii)本願発明5について (iii-1) (i-1)や(ii-1)での対比事項をも踏まえつつ,本願発明5と引用発明とを対比するに,両者は, カチオン脂質であるDOTAPを含む,剤 の点で一致する一方, 1)’’ 本願発明1が対象において「調節性T細胞を減少させる調節性T細胞減少剤」であるのに対し、引用発明は対象において免疫応答増強剤又はアジュバント剤である点、 2)’’ 本願発明1は「DNA、MF59、及び3つの炭化水素鎖からなるカチオン脂質を含むものを除く」ものであるのに対し、引用発明ではそのような規定はない点、 において、文言上相違する。(以下、1)’’、2)’’の点を順に「相違点1’’」、「相違点2’’」という。) (iii-2) 以下、上記各相違点について検討する。 1) 相違点1’’について 本願明細書中の,例えば次の段落【0030】の記載(下線は当審による。): 『 【0030】 本発明のカチオン脂質複合体は、T細胞の活性を調節して免疫応答を刺激してもよい。・・・調節性T細胞は、CTL介在性の免疫を弱化することに責務を負うと考えられている。調節性T細胞の活性の低下が結果としてCTL活性の増大を生じ、さらに強大な細胞性免疫応答を招くことが知られている。以下の実施例で示されるように、最適な脂質用量組成での本発明のカチオン脂質複合体は、調節性T細胞の集団を減少させることによって強力な免疫応答を刺激してもよい。 』 によれば,本願発明5に係る剤において,その「調節性T細胞を減少させる調節性T細胞減少」作用機序により導かれることが意図されている所望の生理活性作用は,「免疫応答を刺激」する作用であるところ,この作用は引用発明にいう免疫応答増強剤又はアジュバント剤としての作用と何ら異なるものではない。 そうすると、本願発明5に係る剤は、その「調節性T細胞を減少させる調節性T細胞減少」作用機序において文言上引用発明に係る剤と異なるものでこそあれ、その現実の用途において引用発明のそれを超えるものではない。 よって、相違点1’’は実質的な相違点ではない。 2) 相違点2’’について この相違点は,(i)の「相違点2」ならびに(ii)の「相違点2’」と同じであることから,(i-2)2)ならびに(ii-2)2)で述べたのと同様の理由により,実質的な相違点とはいえない。 3) そうすると、結局、上記相違点1’’,2’’はいずれも実質的な相違点とはいえないから,本願発明5もまた引用発明と区別し得ない。 (iv) なお、請求人は、1.の平成25年12月5日付け手続補正書(方式)において、 ・原査定中の「DOTAPをアジュバントとして・・・投与する場合・・・」とは文献1のどの部分に基づくのか理解できない、 ・文献1ではDOTAPは界面活性剤として使用されているのであって,DOTAPがアジュバントとして使用されていることは記載も示唆もされていない, ・平成25年4月23日提出の意見書に記載したように,文献1の図3,4のデータは,免疫賦活にはアジュバントであるMF59及びCpGが必要であることを示しているのであり,グループ6のようにDOTAPのみが含まれている場合には免疫賦活反応は生じないことを示しているのである, といったことを主張する。 しかしながら,上の(1-1)の摘記事項に基づき(1-2)で説示したとおり,文献1の実施例29の項ならびに図3,4(ケ?サ)には,MF59及びCpG1と共にDOTAPを含有せしめてp55gag抗原と投与した場合(「グループ1,2」),MF59及びCpG1のみをp55gag抗原と投与した場合(「グループ5」)と比較して抗体価及びCTL活性において増強されることや,MF59/CpG1なしでDOTAPのみをp55gag抗原と共に投与した場合(「グループ6」)であっても,「グループ1」「グループ2」の場合程ではないにしろ,例えばCpG1とp55gag抗原のみを含む組成物の投与例(「グループ7」)と比較して抗体価ならびにCTL活性において優れることが読み取れ,以て,DOTAPがMF59やCpGといったエマルジョン/アジュバント成分の存在下/非共存下によらずそれらとは独立して免疫応答増強作用,即ちアジュバント剤としての作用を有することが理解できるのであるから,上記請求人の主張はいずれも採用できない。 なお,そもそも,DOTAP含有カチオン性リポソームが,LPDに代表されるようなCpG含有細菌性DNAアジュバントをも併せて含むリポソーム程ではないにしろ,ある程度の樹状細胞活性化作用、或いは腫瘍関連抗原と組み合わせて投与することによる抗腫瘍免疫誘導作用をもたらすものであることは,例えば 1) 1.の拒絶理由通知書で文献5として引用され,同一ファミリーの特許出願に係る公報である米国特許第7,303,881号が本願明細書中の段落【0008】等で引用されてもいる,米国特許出願公開第2006/0008472号明細書; 2) 同じく本願明細書中の段落【0125】で引用されている,MOL. PHARM., (2005) 2(1) P.22-28; 3) 同じく本願明細書中の段落【0178】で引用されている,MOL. MEMBR. BIOL., (2006) 23(5) P.385-395; の記載にみられるとおりであって[特に、1)の9頁右欄34?39行,10頁左欄36?38行,図6?9; 2)の25頁右欄35?38行,図1A,図2; 3)の要約欄,388頁左欄下から3行?右欄7行,図1B,図3A; を参照のこと。ちなみに、これらの文献の発明者/著者には本願の発明者の一部が含まれてもいる。]、DOTAPがMF59やCpG等とは独立して単独で免疫賦活剤としての作用を有すること自体,文献1の記載事項であるのみならず本願の第一優先日前当業者にとり広く知られた周知の事項であると認められ、かつ、そのことは本願発明者自身も認識し得ていたものである。そして、この点を踏まえればなおのこと,当業者が文献1のDOTAPを免疫刺激剤或いはアジュバントとして認識することはできないとしているかのような上述の請求人の主張は,上記周知の事項を踏まえた合理的なものともいえず,認容できない。 (3)むすび 以上のとおり、本願の請求項1、2、ならびに5に記載された各発明は、いずれも文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 したがって,他の請求項について論及するまでもなく,この特許出願は拒絶すべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-03-04 |
結審通知日 | 2015-03-10 |
審決日 | 2015-03-23 |
出願番号 | 特願2009-554742(P2009-554742) |
審決分類 |
P
1
8・
113-
Z
(A61K)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 小堀 麻子 |
特許庁審判長 |
田村 明照 |
特許庁審判官 |
大久保 元浩 新留 素子 |
発明の名称 | カチオン脂質による免疫応答の刺激 |
代理人 | 一色国際特許業務法人 |