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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16D
管理番号 1304346
審判番号 不服2014-5734  
総通号数 190 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-03-28 
確定日 2015-08-13 
事件の表示 特願2009-286432「湿式多板摩擦クラッチ装置」拒絶査定不服審判事件〔平成23年6月30日出願公開、特開2011-127687〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明
本願は、平成21年12月17日の出願であって、平成25年12月27日付けで拒絶査定がなされ(発送日:平成26年1月7日)、これに対し、平成26年3月28日に拒絶査定不服審判が請求され、その後、当審において、同年12月2日付けで拒絶理由が通知され、その指定期間内である平成27年1月30日に意見書が提出されたが、再び同年2月25日付けで拒絶理由が通知され、その指定期間内である同年4月21日に意見書が提出されたものである。
そして、本願の請求項1ないし6に係る発明は、平成25年10月15日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された次のとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
平板環状に形成された芯金の表面に複数の摩擦材および同複数の摩擦材相互間の隙間によって前記芯金の内周側から外周側に亘って形成された複数の油溝を有するクラッチ摩擦板において、
前記油溝は、
前記摩擦材における前記芯金の周方向の幅より短い幅の複数の小溝からなる小溝群と、
前記小溝群に対して前記芯金の周方向に隣接して配置され、前記芯金の内周側から外周側に向かって幅広に形成された扇状溝とを備え、
前記扇状溝は、前記芯金の最内周部から外周部に向かって延びるとともに最内周部と最外周部との中間位置から外周部に向かって幅広かつ前記芯金の周方向において対称に形成されていることを特徴とするクラッチ摩擦板。」

第2 刊行物
1 刊行物1
これに対して、当審が平成27年2月25日付けで通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された特開2004-76896号公報(以下「刊行物1」という。)には、「湿式クラッチ用摩擦板」に関して、図面(特に、図2ないし図4参照。)と共に、次の事項が記載されている。

(1)「【0003】
【発明が解決しようとする課題】
かゝる湿式クラッチ用摩擦板においては,例えば少ない油量条件下でもクラッチの接続過渡時に摩擦特性を安定させて,スティックスリップによる異音や振動の発生を抑えるために,摩擦特性の向上させる必要(第1の課題)があり,またクラッチの遮断時にはオイルの粘性抵抗による引き摺り現象を低減させる必要(第2の課題)がある。
【0004】
ところが,従来では,第1の課題に対しては,摩擦材表面のオイル溝の溝幅を狭くしてオイル排出性を低減させる対応策を採り,第2の課題の対しては,摩擦材表面のオイル溝の溝幅を広くしてオイル排出性を高めるという,上記対応策とは正反対の対応策を採っており,結局,両方の課題を同時に解決することは困難であり,湿式クラッチの用途や仕様に応じて第1及び第2の課題の一方を犠牲にしているのが実情である。」

(2)「【0005】
本発明は,かゝる事情に鑑みてなされたもので,前記第1及び第2の課題を同時に解決することを可能にした前記湿式クラッチ用摩擦板を提供することを目的とする。」

(3)「【0017】
さて,図1及び図2により本発明の摩擦板15について説明する。
【0018】
摩擦板15は,金属製の芯板20と,この芯板20の両側面に接着剤等により接合される摩擦材21とからなっており,各摩擦材21には,摩擦材21の内外周縁間を連通する,直線状に延びる多数条のオイル溝22,22…が形成される。
【0019】
その際,摩擦板15を周方向に並ぶ複数の領域A,A…に分けて,各領域Aの摩擦材21には,互いに平行な複数条のオイル溝22が形成され,且つ各領域Aの周方向中央部のオイル溝22(c)が摩擦板15の半径線L上に配置される。こゝで,オイル溝22の摩擦板15内周側端部を内端,その外周側端部を外端と呼ぶ。
【0020】
而して,各領域Aにおいて,中央部のオイル溝22(c)を境にして,摩擦板15の回転方向Rに沿う後方側のオイル溝22には,該オイル溝22を,その内端を通る摩擦板15の半径線Lに対して,摩擦板15の回転方向R前方に傾ける流入角αが付与され,これと反対に回転方向Rに沿う前方側のオイル溝22には,該オイル溝22を,その内端を通る摩擦板15の半径線Lに対して,摩擦板15の回転方向R後方に傾ける排出角βが付与される。そしてこの第1実施例の場合,各領域Aの回転方向Rに沿う後端部のオイル溝22(a)の流入角αと,回転方向Rに沿う前端部のオイル溝22(b)の排出角βとは同角度となる。
【0021】
摩擦材21の各隣接する領域A,Aの境界には,摩擦材21の三角形の小片21aが残存させてある。
【0022】
またこの実施例の場合,短冊状に剪断した多数の摩擦材21,21…が一定の間隔を置いて芯板15に接着され,それらの間がオイル溝22,22…とされる。
【0023】
尚,摩擦板15の回転方向Rとは,摩擦板15の,クラッチ板14に対する相対回転方向をいう。
【0024】
次に,この第1実施例の作用について説明する。
【0025】
クラッチCの油圧室11に作動油圧を供給すれば,その油圧を受けた加圧ピストン10は,戻しばね12の荷重に抗して前進し,即ち摩擦板15及びクラッチ板14群側に摺動して,これらを受圧板16との間で挟圧するので,摩擦板15及びクラッチ板14は相互に摩擦係合される。こうしてクラッチオン状態となったクラッチCは,入力軸5から出力軸6への動力伝達を可能にする。また油圧室11から油圧を解放すれば,加圧ピストン10は戻しばね12の荷重をもって後退するので,摩擦板15及びクラッチ板14はそれぞれ自由になり,クラッチCは,入力軸5及び出力軸6間の動力伝達を遮断するクラッチオフ状態となる。
【0026】
このようなクラッチオフ状態もしくは半クラッチ状態では,入力軸5及び出力軸6の相対回転により,摩擦板15及びクラッチ板14間でも相対回転が生ずる。このとき,摩擦板15がクラッチ板14に対して矢印R方向へ回転すると,各摩擦材21の各領域Aにおいて,流入角αを付与されたオイル溝22は,隣接するクラッチ板14との協働によりねじポンプ作用を発揮して,摩擦板15の外周に接するオイルをオイル溝22を通して図2の矢印Nのように摩擦材21の内周側に引き込み,これと反対に排出角βを付与されたオイル溝22は,隣接するクラッチ板14との協働によりねじポンプ作用を発揮して,該オイル溝22内のオイルを図2の矢印Mのように摩擦材21の外周側に押し出す。
【0027】
このように,摩擦板15には,オイルの流入を促進する複数条のオイル溝22と,オイルの排出を促進する複数条のオイル溝22とが略等間隔置きに混在することになるから,少ない油量条件下での半クラッチ状態でも,オイルの流入を周方向偏り無く適当に得て摩擦特性を安定させ,スティックスリップによる異音や振動の発生を防ぐことができ,またクラッチオフ状態では,オイル排出性を周方向偏り無く適当に得て,オイルの粘性抵抗による引き摺り現象を低減させることができる。」

(4)「【0029】
次に,図3に示す本発明の第2実施例について説明する。
【0030】
この第2実施例では,摩擦板15の周方向に分けられた各領域Aにおいて,平行な複数のオイル溝22,22…は,該領域Aの回転方向Rに沿う後端部のオイル溝22(a)の流入角αが,回転方向Rに沿う前端部のオイル溝22(b)の排出角βより大きくなるように配置される。その他の構成は,前実施例と同様であるので,図3中,前実施例と対応する部分には同一の参照符号を付して,その説明を省略する。
【0031】
この第2実施例の摩擦板15は,特に摩擦特性の安定を重視したクラッチに有効である。
【0032】
このように,摩擦板15の分けられた各領域Aの回転方向Rに沿う後端部のオイル溝22の流入角αと,前端部のオイル溝22の排出角βと大きさを適当に相違させることにより,摩擦特性を調整することができる。
【0033】
図4に示す本発明の第3実施例は,上記第2実施例において,摩擦板15の各隣接する領域A,Aの境界に存在する摩擦材の三角形の小片21aを取り去ったものに当たる。」

(5)図2には、各隣接する領域A,Aの境界に残存する三角形の小片21aについて、芯金20の内周側から外周側に向かって幅広に形成された三角形の小片21aであって、芯金20の最内周部と最外周部との中間位置から外周部に向かって幅広かつ前記芯金20の周方向において対称に形成されることが示されている。

これらの記載事項及び図面の図示内容を総合し、本願発明の記載ぶりに則って整理すると、刊行物1には、第1実施例(図2参照。)の摩擦板15に関して、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

「平板環状に形成された芯板20の表面に複数の摩擦材21および同複数の摩擦材21相互間の隙間によって前記芯板20の内周側から外周側に亘って形成された複数のオイル溝22を有する摩擦板15において、
前記オイル溝22は、
各領域A内に前記摩擦材21における前記芯板20の周方向の幅より短い幅の複数のオイル溝22からなるオイル溝22群を備え、
前記オイル溝22群に対して前記芯金20の周方向に隣接して配置され、前記芯金20の内周側から外周側に向かって幅広に形成された三角形の小片21aを備え、
前記小片21aは、前記芯金20の最内周部と最外周部との中間位置から外周部に向かって幅広かつ前記芯金20の周方向において対称に形成されている摩擦板15。」

2 刊行物2
また、当審が平成27年2月25日付けで通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された特開2005-180651号公報(以下「刊行物2」という。)には、次の事項が記載されている。

(1)「【0011】
先ず図1において、クラッチ用摩擦板15Aは、金属製の環状芯板16と、該環状芯板16が両面に有する環状平面16a…に、たとえば三角形状の摩擦材セグメント17と、その摩擦材セグメント17から図1の反時計まわりに並ぶ4つの方形の摩擦材セグメント18…とを1組のセグメント群19Aとして8組のセグメント群19A…が接着されて成るものであり、各摩擦材セグメント17,18…は、繊維成分、添加成分およびバインダ成分等から成るものである。また相互に隣接する摩擦材セグメント17,18;18,18間には油溝20…が形成される。
【0012】
図2において、クラッチ用摩擦板15Aの製造にあたっては、次の(a)?(d)の各工程を実行して1組のセグメント群19Aを環状芯板16の環状平面16aに同時に接着し、以後、(a)?(d)の工程を8回繰り返すことによって、環状芯板16の一側の環状平面16aに各摩擦材セグメント17,18…を接着する。
【0013】
(a)環状芯板16の一直径線に沿う方向に帯状摩擦材21を送りつつ該帯状摩擦材21にその長手方向に沿う切り込みを入れて複数の短冊状摩擦材22,23…を形成する。この際、第1実施例では1組のセグメント群19Aが5つの摩擦材セグメント17,18…から成るものであるので、帯状摩擦材21の幅方向に間隔をあけた4箇所に切り込みを入れることで5つの短冊状摩擦材22,23…を形成することになる。
【0014】
(b)5つの短冊状摩擦材22,23…の先端部のうち各摩擦材セグメント17,18…に対応する部分を、環状芯板16の周方向および前記一直径線に沿う方向での位置を定めつつ、環状芯板16の上方位置で位置決め保持する。
【0015】
(c)環状芯板16の上方で位置決めした状態にある5つの短冊状摩擦材22,23…の先端部を少なくとも環状芯板16の外周部に沿う円弧線24aを含む切除線24で切り離して5つの摩擦材セグメント17,18…を形成する。而して第1実施例では、セグメント群19Aを構成する5つの摩擦材セグメント17,18…のうち環状芯板16の周方向すなわち各摩擦材セグメント17,18…の配列方向に沿う一端側の摩擦材セグメント17は三角形状であるので、前記切除線24は、円弧線24aだけでなく、円弧線24aと交差する直線24bを含むものとなる。
【0016】
(d)接着剤が塗布された状態にある環状平面16aに5つの摩擦材セグメント17,18…を押しつけて接着する。
【0017】
このような製造方法によると、図3で示すように、1組のセグメント群19Aを構成する5つの摩擦材セグメント17,18…が、帯状摩擦材21の長手方向に沿って順に並ぶようにして形成されることになり、各群19A…のうち1つの摩擦材セグメント17…が三角形状であることから、図3において相互に交差する斜線で示す部分がスクラップ25…となる。」

(2)「【0040】
図12は本発明の第2実施例を示すものであり、このクラッチ用摩擦板15Bは、金属製の環状芯板16と、該環状芯板16が両面に有する環状平面16a…に、同一形状かつ相互に平行な複数たとえば5つの摩擦材セグメント18…を1組のセグメント群19Bとしてたとえば10組のセグメント群19B…が、各群19B…の相互に隣接する摩擦材セグメント18,18…間に油溝20…を形成するとともに各群19b…相互間には三角形状の油溝68…を形成するようにして接着されて成るものである。
【0041】
この第2実施例によれば、5つの短冊状摩擦材から摩擦材セグメント18…をそれぞれ切り離す際の切除線は円弧線だけでよく、製造装置における切り離し手段32の構成をより単純化することができ、しかもスクラップが生じないので歩留りを100%まで高めることができる。」

第3 対比
本願発明と引用発明とを対比すると、後者の「芯板20」は前者の「芯金」に相当し、以下同様に、「摩擦材21」は「摩擦材」に、「オイル溝22」は「油溝」に、「摩擦板15」は「クラッチ摩擦板」に、各領域A内の「オイル溝22」は「小溝」に、「オイル溝22群」は「小溝群」にそれぞれ相当する。

したがって、両者は、
「平板環状に形成された芯金の表面に複数の摩擦材および同複数の摩擦材相互間の隙間によって前記芯金の内周側から外周側に亘って形成された複数の油溝を有するクラッチ摩擦板において、
前記油溝は、
前記摩擦材における前記芯金の周方向の幅より短い幅の複数の小溝からなる小溝群を備えるクラッチ摩擦板。」
で一致し、次の点で相違する。

〔相違点〕
本願発明は、油溝が小溝群「と、前記小溝群に対して前記芯金の周方向に隣接して配置され、前記芯金の内周側から外周側に向かって幅広に形成された扇状溝と」を備え、「前記扇状溝は、前記芯金の最内周部から外周部に向かって延びるとともに最内周部と最外周部との中間位置から外周部に向かって幅広かつ前記芯金の周方向において対称に形成されている」のに対し、
引用発明は、「前記オイル溝22群に対して前記芯金20の周方向に隣接して配置され、前記芯金20の内周側から外周側に向かって幅広に形成された三角形の小片21aを備え、前記小片21aは、前記芯金20の最内周部と最外周部との中間位置から外周部に向かって幅広かつ前記芯金20の周方向において対称に形成されている」点。

第4 当審の判断
そこで、相違点を検討する。
刊行物1には、第1実施例の他に、第2実施例及び第3実施例が記載され、第2実施例は「摩擦板15の周方向に分けられた各領域Aにおいて,平行な複数のオイル溝22,22…は,該領域Aの回転方向Rに沿う後端部のオイル溝22(a)の流入角αが,回転方向Rに沿う前端部のオイル溝22(b)の排出角βより大きくなるように配置され」「その他の構成は,前実施例(当審注:第1実施例のこと)と同様」(段落【0030】)であり、第3実施例は「上記第2実施例において,摩擦板15の各隣接する領域A,Aの境界に存在する摩擦材の三角形の小片21aを取り去ったものに当たる」(段落【0033】)ことが記載されている。また、図3には、小片21aが芯金20の最内周部と最外周部との中間位置から外周部に向かって幅広に形成されることが示されている。

また、刊行物2には、「クラッチ用摩擦板」に関して、 第1実施例と第2実施例が記載され、第1実施例(図1参照。)は「金属製の環状芯板16と、該環状芯板16が両面に有する環状平面16a…に、たとえば三角形状の摩擦材セグメント17と、その摩擦材セグメント17から図1の反時計まわりに並ぶ4つの方形の摩擦材セグメント18…とを1組のセグメント群19Aとして8組のセグメント群19A…が接着されて成るものであり、・・・相互に隣接する摩擦材セグメント17,18;18,18間には油溝20…が形成される」(段落【0011】)ものであり、第2実施例(図12参照。)は「金属製の環状芯板16と、該環状芯板16が両面に有する環状平面16a…に、同一形状かつ相互に平行な複数たとえば5つの摩擦材セグメント18…を1組のセグメント群19Bとしてたとえば10組のセグメント群19B…が、各群19B…の相互に隣接する摩擦材セグメント18,18…間に油溝20…を形成するとともに各群19b…相互間には三角形状の油溝68…を形成するようにして接着されて成るものである」(段落【0040】)ことが記載されており、これらの記載を踏まえて、図1と図12とを比べると、図12には、図1の三角形状の摩擦材セグメント17が設けられた領域が三角形状の油溝68となることが示されている。また、図1には、三角形状の摩擦材セグメント17が環状芯板16の最内周部から外周部に向かって幅広に形成されることが示されている。

刊行物1の上記事項及び刊行物2の上記事項からみて、平板環状に形成された芯金の表面に複数の摩擦材および同複数の摩擦材相互間の隙間によって前記芯金の内周側から外周側に亘って形成された複数の油溝を有するクラッチ摩擦板において、外周部に向かって幅広に形成される三角形状の摩擦材を配置しない構造は特別な構造ではない。なお、三角形状の摩擦材を配置しない領域は、三角形状の「油溝」となる(刊行物2の上記「相互間には三角形状の油溝68…を形成する」との記載参照。)。

次に、クラッチ摩擦板における上記三角形状の摩擦材を配置しない構造の機能を検討する。
油溝とは、文字どおり、オイルの通路である。
刊行物1には、湿式クラッチ用摩擦板に関して「少ない油量条件下でもクラッチの接続過渡時に摩擦特性を安定させて,・・・摩擦特性の向上させる必要(第1の課題)があり,またクラッチの遮断時にはオイルの粘性抵抗による引き摺り現象を低減させる必要(第2の課題)がある。ところが,従来では,第1の課題に対しては,摩擦材表面のオイル溝の溝幅を狭くしてオイル排出性を低減させる対応策を採り,第2の課題の対しては,摩擦材表面のオイル溝の溝幅を広くしてオイル排出性を高めるという,上記対応策とは正反対の対応策を採っており,結局,両方の課題を同時に解決することは困難であり,湿式クラッチの用途や仕様に応じて第1及び第2の課題の一方を犠牲にしているのが実情である。」(段落【0003】、段落【0004】)との記載がある。

この記載によれば、油溝の溝幅を広くすると、オイル排出性が高まり、クラッチの遮断時の引き摺り現象を低減させ得ることが理解できるから、上記構造において、三角形状の摩擦材を配置せず油溝を形成したときには、三角形状の摩擦材の領域分だけ溝幅が広がることになるから、オイル排出性が更に高まり、クラッチの遮断時の引き摺り現象をより低減させ得ることが分かる。

また、刊行物2には、「第2実施例によれば、5つの短冊状摩擦材から摩擦材セグメント18…をそれぞれ切り離す際の切除線は円弧線だけでよく、製造装置における切り離し手段32の構成をより単純化することができ、しかもスクラップが生じないので歩留りを100%まで高めることができる。」(段落【0042】)との記載がある。

この記載によれば、上記構造において、三角形状の摩擦材を配置しないときには、摩擦材の歩留りを高めることが分かる。

ここで、刊行物1には、第1実施例の小片21aを配置しないことについての記載や示唆はないが、第2実施例の小片21aを取り去ることが記載されており、また、上記構造の機能からみて、第1実施例の小片21aを取り去って配置しない構造とすることも考慮され得ることであり、かつ、技術的にも可能である。

そうすると、上記構造の機能を理解する当業者であれば、引用発明において、三角形の小片21aを配置しないで、「油溝が小溝群『と、前記小溝群に対して前記芯金の周方向に隣接して配置され、前記芯金の内周側から外周側に向かって幅広に形成された扇状溝と』を備え、『「前記扇状溝は、前記芯金の最内周部から外周部に向かって延びるとともに最内周部と最外周部との中間位置から外周部に向かって幅広かつ前記芯金の周方向において対称に形成されている』」ようにすることは、容易に想到することができたことである。

また、本願発明が奏する効果は、引用発明において三角形の小片21aを配置しない場合に奏されるものに比して、格別なものでない。

したがって、本願発明は、引用発明、刊行物1の前記事項及び刊行物2にの前記事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明、刊行物1の前記事項及び刊行物2の前記事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願のその他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-06-16 
結審通知日 2015-06-17 
審決日 2015-06-30 
出願番号 特願2009-286432(P2009-286432)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小川 克久  
特許庁審判長 森川 元嗣
特許庁審判官 冨岡 和人
小柳 健悟
発明の名称 湿式多板摩擦クラッチ装置  
代理人 居藤 洋之  

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