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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1304975
審判番号 不服2014-21282  
総通号数 190 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-10-21 
確定日 2015-08-26 
事件の表示 特願2011-76006「車輪用軸受装置」拒絶査定不服審判事件〔平成24年10月25日出願公開、特開2012-207769〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成23年3月30日の出願であって、平成26年4月28日付けの拒絶理由通知に対して、同年7月7日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年7月24日付け(発送日:7月30日)で拒絶査定がなされ、これに対して、同年10月21日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、その審判の請求と同時に手続補正がなされたものである。

第2 平成26年10月21日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成26年10月21日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明
平成26年10月21日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)により、特許請求の範囲の請求項1は、次のように補正された。
「懸架装置を構成するナックルに内嵌され、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
この内方部材と前記外方部材の両転走面間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の両側開口部に装着されたシールとを備えた車輪用軸受装置において、
前記シールのうちインナー側のシールが、互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とで構成され、前記スリンガが、前記内方部材に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とを有し、前記シール板が、前記外方部材の端部内周に圧入される円筒部と、この円筒部の一端から径方向内方に延びる立板部とからなる芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部に所定の軸方向シメシロを介して摺接される一対のサイドリップを有するシール部材とからなり、前記サイドリップのうち外径側のサイドリップが摩耗してシメシロが無い状態で、内径側のサイドリップのリップ外径との間に隙間が存在するように設定されると共に、前記芯金の円筒部の端部が前記スリンガの立板部よりインナー側に配置されて前記シール部材が前記芯金の円筒部の端部外表面にまで回り込んで固着され、この外周部の端部から径方向外方に延び、断面略くの字形の外周リップが形成され、この外周リップが前記外方部材とナックルの鍔部との間隙に嵌り込むように配置され、前記スリンガの立板部のインナー側の側面にエラストマに磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁された磁気エンコーダが一体に加硫接着されると共に、前記外周リップの根元部にストレート部が形成され、このストレート部と前記磁気エンコーダのインナー側の側面が軸方向に略同一面に設定されていることを特徴とする車輪用軸受装置。」
なお、下線は補正箇所であり、請求人が付したとおりである。

本件補正は、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「芯金」について、当該芯金が「円筒部と、この円筒部の一端から径方向内方に延びる立板部とからなる」こと、「芯金の円筒部の端部が前記スリンガの立板部よりインナー側に配置されて」いること、シール部材が芯金の「円筒部の」端部外表面にまで回り込んで固着されることを限定するものであり、かつ、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、特許法第17条の2第5項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について、以下に検討する。

2.引用刊行物とその記載事項
(1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に国際公開された国際公開2008/081586号(以下「刊行物1」という。)には、「車輪用軸受装置」に関し、図面(特に図2?4参照)とともに、次の事項が記載されている。
以下、下線は当審で付与するものである。

ア.「[0001] 本発明は、自動車等の車輪を懸架装置に対して回転自在に支承する車輪用軸受装置に関し、詳しくは、外方部材とナックル間の密封性を向上させて発錆を防止した車輪用軸受装置に関するものである。」

イ.「[0021] この車輪用軸受装置は駆動輪用で、内方部材1と外方部材10、および両部材1、10間に転動自在に収容された複列の転動体(ボール)7、7とを備え、第3世代と称される構成をなしている。内方部材1は、ハブ輪2と、このハブ輪2に所定のシメシロを介して圧入された内輪3とからなる。」

ウ.「[0024] 外方部材10は、外周に懸架装置を構成するナックル(図示せず)に取り付けられるための車体取付フランジ10bを一体に有し、内周に内方部材1の内側転走面2a、3aに対向する複列の外側転走面10a、10aが一体に形成されている。これら両転走面10a、2aおよび10a、3a間には保持器6を介して複列の転動体7、7が転動自在に収容されている。この外方部材10はS53C等の炭素0.40?0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、少なくとも複列の外側転走面10a、10aが、高周波焼入れによって58?64HRCの範囲に表面が硬化処理されている。」

エ.「[0025] 外方部材10の両端部にはシール8、9が装着され、外方部材10と内方部材1との間に形成される環状空間の開口部を密封している。このシール8、9により、軸受内部に封入された潤滑グリースの外部への漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内部に侵入するのを防止している。」

オ.「[0026] ここで、シール8、9のうちインナー側のシール9は、図2に拡大して示すように、互いに対向配置されたスリンガ11と環状のシール板12とからなる、所謂ハイパックシールで構成されている。スリンガ11は、強磁性体の鋼鈑、例えば、フェライト系のステンレス鋼鈑(JIS規格のSUS430系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼鈑(JIS規格のSPCC系等)からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、内輪3に圧入される円筒部11aと、この円筒部11aから径方向外方に延びる立板部11bとからなる。これにより、スリンガ11の発錆を防止してシール9の耐久性を向上させることができる。」

カ.「[0027] また、立板部15b(審決注:11bの誤記)のインナー側の側面には、ゴム等のエラストマにフェライト等の磁性体粉が混入された磁気エンコーダ15が一体に加硫接着されている。この磁気エンコーダ15は、周方向に交互に磁極N、Sが着磁され、車輪の回転速度検出用のロータリエンコーダを構成している。」

キ.「[0028] 一方、シール板12は、外方部材10の端部に内嵌される円筒部13aと、この円筒部13aの一端から径方向内方に延びる立板部13bとからなる芯金13と、この芯金13に加硫接着されたシール部材14とからなる。芯金13は、オーステナイト系ステンレス鋼鈑(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼鈑(JIS規格のSPCC系等)からプレス加工にて形成されている。」

ク.「[0029] シール部材14はニトリルゴム等の弾性部材からなり、スリンガ11の立板部11bに摺接するサイドリップ14aと、円筒部11aに摺接するラジアルリップ14b、14cとを有している。サイドリップ14aは芯金13の立板部13bから外径側に傾斜して形成され、先端がスリンガ11の立板部11bに所定のシメシロをもって摺接している。また、スリンガ11における立板部11bの外縁とシール部材14の外周部とが僅かな径方向すきまを介して対峙してラビリンスシール16が構成され、外部から雨水やダスト等が直接サイドリップ14aに降りかかるのを防止して密封性を向上させている。」

ケ.「[0030] ここで、本実施形態では、シール部材14は芯金13の円筒部13aの外表面に回り込んで固着され、外方部材10との嵌合部に密着されて気密性の向上が図られると共に、外周部の端部から径方向外方に延びる外周リップ17が形成されている。この外周リップ17は断面がくの字形に形成され、外方部材10とナックルNの鍔部18との間隙eに嵌り込むように配置されている。そして、外周リップ17のリップ頂点17aの径dが所定値に設定されている。すなわち、図3(a)に示すように、ナックルNの組み込み途中で、外周リップ17の先端部17bが外方部材10の端面との間に所定の軸方向すきまe0がある状態で、リップ頂点17aとナックルNとの掛かり代δが所定値以上になるように設定されている。」

コ.「請求の範囲
[1] 内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に所定のシメシロを介して圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
この内方部材と前記外方部材の両転走面間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の開口部に装着されたシールとを備え、
これらシールのうちインナー側のシールが、前記内方部材と外方部材にそれぞれ圧入され、互いに対向配置された断面略L字状の環状のスリンガとシール板とからなり、このシール板が、鋼板製の芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、前記スリンガに摺接する複数のシールリップを有するシール部材からなる車輪用軸受装置において、
前記シール部材の外周部に、径方向外方に延び、断面略くの字形の外周リップが形成され、この外周リップが前記外方部材とナックルの鍔部との間隙に嵌り込むように配置されると共に、当該外周リップのリップ頂点の径が所定値に設定され、前記ナックルの鍔部に対して所定の掛かり代を持って当接されていることを特徴とする車輪用軸受装置。」

サ.刊行物1の図3、図5には、外方部材10がナックルNに内嵌されている点が、また、同じく図2?4には、芯金13の円筒部13aの端部が、スリンガ11の立板部11bよりインナー側に配置されている点、外周リップ17の根元部にストレート部(図4(a)では、くの字形の外周リップ17の下方右側の側面)が形成されている点、及びストレート部が磁気エンコーダのインナー側の側面よりインナー側に設定されている点が、図示されている。

上記記載事項及び図示内容を総合して、本願補正発明に則って整理すると、刊行物1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

「懸架装置を構成するナックルNに内嵌され、内周に複列の外側転走面10aが一体に形成された外方部材10と、
外周に前記複列の外側転走面10aに対向する複列の内側転走面2a、3aが形成された内方部材1と、
この内方部材1と前記外方部材10の両転走面間に保持器6を介して転動自在に収容された複列の転動体7と、
前記外方部材10と内方部材1との間に形成される環状空間の開口部に装着されたシール8、9とを備えた車輪用軸受装置において、
シール8、9のうちインナー側のシール9が、互いに対向配置された環状のスリンガ11とシール板12とで構成され、
前記スリンガ11が、内輪3に圧入される円筒部11aと、この円筒部11aから径方向外方に延びる立板部11bとからなり、
前記シール板12が、外方部材10の端部に内嵌される円筒部13aとこの円筒部13aの一端から径方向内方に延びる立板部13bとからなる芯金13と、この芯金13に加硫接着により一体に接合され、芯金13の立板部13bから外径側に傾斜し、先端がスリンガ11の立板部11bに所定のシメシロをもって摺接するサイドリップ14aを有するシール部材14とからなり、
前記芯金13の円筒部13aの端部がスリンガ11の立板部11bよりインナー側に配置されて前記シール部材14が、芯金13の円筒部13aの外表面に回り込んで固着され、この外周部の端部から径方向外方に延び、断面略くの字形の外周リップ17が形成され、この外周リップ17が前記外方部材10とナックルNの鍔部18との間隙eに嵌り込むように配置され、
前記スリンガ11の立板部11bのインナー側の側面にエラストマに磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁された磁気エンコーダ15が一体に加硫接着され、
外周リップ17の根元部にストレート部が形成され、ストレート部が磁気エンコーダのインナー側の側面よりインナー側に設定されている
車輪用軸受装置。」

(2)同じく原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に国内で頒布された特開2009-127790号公報(以下「刊行物2」という。)には、「車輪用軸受」に関し、図面(特に図1、3、4参照)とともに、次の事項が記載されている。

シ.「【0002】
この種の軸受密封装置として、例えば図9に示すように、軸受内輪に取付けられる断面L字状のシール板62と、このシール板62の外径側に立ち上がる立板部62bに対して、径方向に並んで摺動自在に接する2枚のサイドリップ63a,63bを有し、軸受外輪に取付けられる芯金付きの弾性シール63とでなり、耐泥水性能向上を図ったものが提案されている(例えば特許文献1)。
また、図10のように、転動体であるボール64の径の小さい車輪用軸受70においても、図9の場合と同様の2枚のサイドリップ63a,63bを有する軸受密封装置61で、軸受外輪71と軸受内輪72の間の軸受空間の端部を密封して、耐泥水性能向上を図ったものが提案されている(例えば特許文献2)。
【特許文献1】特開2007-9938号公報
【特許文献2】特開2001-165179号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、上記したように2枚のサイドリップ63a,63bを有する構造の軸受密封装置では、幅寸法は4.5?5.0mm程度に収まるが、8.5?10mmの断面高さが必要で、サイドリップが1枚だけの一般的な構造の軸受密封装置に比べて断面高さが高くなってしまうという問題がある。自動車の分野においては、近年、低燃費化の要求が高まっていることから、このような軸受密封装置を自動車の車輪用軸受に設ける場合、車輪用軸受の軸方向および径方向のコンパクト化による軽量化を可能にする構造のものが求められる。この要望に応えるために、軸受密封装置として、耐泥水性能を向上させることができ、かつ断面高さを低くしたものが望まれている。」

ス.「【0019】
図1に示すように、軸受密封装置1は、前記内方部材22および外方部材21にそれぞれ取付けられて互いに対向する環状のシール板2および弾性シール部材3からなる。
シール板2は、前記内方部材22の外周面に嵌合する円筒部2aと、この円筒部2aの端部から立ち上がる立板部2bとからなる断面L字状の金属製とされ、例えば板金のプレス加工品とされる。このシール板2の立板部2bの外向きの面には、ゴム磁石を加硫接着してなる多極磁石6が設けられている。多極磁石6は、円周方向に並ぶ複数の磁極を有する環状の部材である。これにより、シール板2は、スリンガと磁気エンコーダに兼用される。すなわち、前記シール板2と、その多極磁石6の外向きの面に対面配置される図示しない磁気センサとで、回転側部材である内方部材22の回転を検出する回転検出装置が構成される。多極磁石6、ゴム磁石の他にプラスチック磁石、焼結磁石、磁石材料の加工品等であっても良い。
弾性シール部材3は、環状の芯金4に弾性体5を固着したものである。芯金4は、前記外方部材21の内周面に嵌合する円筒部4aと、この円筒部4aの端部から立ち下がる立板部4bとを有し、前記シール板2と軸方向に対向する断面逆L字状とされている。芯金4は、例えば板金のプレス加工品とされる。弾性体5は、芯金4の内側を覆って設けられたものであり、2枚のサイドリップ5a,5bと、1枚のラジアルリップ5cとを有する。2枚のサイドイップ5a,5bは、互いに芯金4の径方向の内外に並んで配置され、芯金4の立板部4bから斜め外径側へ互いに略平行に延びて、それぞれ先端が前記シール板2の立板部2bに接する。ラジアルリップ5cはグリース漏れ防止用であり、芯金4の立板部4bの先端からシール板2の立板部2bと反対側へ斜め内径側へ延びて、先端が前記シール板2の円筒部2aに接する。」

セ.「【0020】
前記弾性シール部材3の2枚のサイドリップ5a,5b間の距離dは、2枚のサイドリップ5a,5bの先端がシール板2の立板部2bに接した状態で、0.1mm以上とされている。この実施形態では、距離dは、0.1?2.0mmの範囲内の値とされている。この距離dの範囲は、軸受組み付け時の圧入位置のばらつき(シール板2と弾性シール部材3の軸方向位置のずれ:Δg)が最悪の状態でも確保されるようにする。上記の距離dは、2枚のサイドリップ5a,5bが略平行に延びる方向に対する直交方向の距離であって、かつこれらサイドリップ5a,5bの先端間の距離である。また、シール板2の内径面から、弾性シール部材3の外径面までの径方向長さである密封装置断面高さHは6?8mmとされている。さらに、シール板2と弾性シール部材3を組み合わせた軸方向寸法である密封装置幅Bに対する前記密封装置断面高さHの比:H/Bは、1.2?1.8とされている。」

3.対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「ナックルN」、「外側転走面10a」、「外方部材10」、「内側転走面2a、3a」、「内方部材1」、「保持器6」、「転動体7」、「開口部に装着されたシール8、9」、「インナー側シール9」、「スリンガ11」、「シール板12」、スリンガ11の「円筒部11a」、スリンガ11の「立板部11b」、シール板12の「円筒部13a」、シール板12の「立板部13b」、「外周リップ17」、「磁気エンコーダ15」は、その構造、機能からみて、本願補正発明の「ナックル」、「外側転走面」、「外方部材」、「内側転走面」、「内方部材」、「保持器」、「転動体」、「両側開口部に装着されたシール」、「インナー側シール」、「スリンガ」、「シール板」、スリンガの「円筒部」、スリンガの「立板部」、シール板の「円筒部」、シール板の「立板部」、「外周リップ」、「磁気エンコーダ」に、それぞれ相当する。
また、引用発明において、スリンガ11の円筒部11aは内輪3に圧入されるものであるところ、内輪3は、内方部材1を構成するもの(上記記載事項イ参照)であるから、内方部材に圧入されているといえる。
そして、引用発明の「芯金13に加硫接着により一体に接合され、芯金13の立板部13bから外径側に傾斜し、先端がスリンガ11の立板部11bに所定のシメシロをもって摺接するサイドリップ14a」は、本願補正発明の「芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部に所定の軸方向シメシロを介して摺接される一対のサイドリップ」と、「芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部に所定の軸方向シメシロを介して摺接されるサイドリップ」という限りで一致する。

したがって、本願補正発明と引用発明とは、
[一致点]
「懸架装置を構成するナックルに内嵌され、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
この内方部材と前記外方部材の両転走面間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の両側開口部に装着されたシールとを備えた車輪用軸受装置において、
前記シールのうちインナー側のシールが、互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とで構成され、前記スリンガが、前記内方部材に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とを有し、前記シール板が、前記外方部材の端部内周に圧入される円筒部と、この円筒部の一端から径方向内方に延びる立板部とからなる芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部に所定の軸方向シメシロを介して摺接されるサイドリップを有するシール部材とからなり、前記芯金の円筒部の端部が前記スリンガの立板部よりインナー側に配置されて前記シール部材が前記芯金の円筒部の端部外表面にまで回り込んで固着され、この外周部の端部から径方向外方に延び、断面略くの字形の外周リップが形成され、この外周リップが前記外方部材とナックルの鍔部との間隙に嵌り込むように配置され、前記スリンガの立板部のインナー側の側面にエラストマに磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁された磁気エンコーダが一体に加硫接着されると共に、前記外周リップの根元部にストレート部が形成される車輪用軸受装置。」
である点で一致し、次の点で相違する。
[相違点1]
径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部に所定の軸方向シメシロを介して摺接されるサイドリップについて、本願補正発明では、「一対のサイドリップ」であり、「前記サイドリップのうち外径側のサイドリップが摩耗してシメシロが無い状態で、内径側のサイドリップのリップ外径との間に隙間が存在するように設定される」のに対し、引用発明では、サイドリップが一対でない点。
[相違点2]
本願補正発明では、「ストレート部と前記磁気エンコーダのインナー側の側面が軸方向に略同一面に設定されている」のに対し、引用発明では、「ストレート部が磁気エンコーダのインナー側の側面よりインナー側に設定されている」点。

4.判断
(1)相違点1について
刊行物2には、軸受密封装置において、耐泥水性能の向上を図る構造として、芯金に固着される弾性体5(本願補正発明の「シール部材」に相当する。)が、2枚のサイドリップ5a、5bを有し、芯金4の立板部4bから斜め外径側へ互いに略平行に延びて、それぞれ先端がシール板2の立板部2bに接する構造が記載されている(上記記載事項ス参照)。
そして、引用発明のサイドリップ14aは外部から雨水やダストの侵入を防止するため(上記記載事項エ参照)に設けられるものであり、引用発明も当該機能を向上させるという課題を内在するものといえるから、上記刊行物2に記載された技術事項に基いて、サイドリップを一対のものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
ここで、本願補正発明における上記相違点1の「前記サイドリップのうち外径側のサイドリップが摩耗してシメシロが無い状態で、内径側のサイドリップのリップ外径との間に隙間が存在するように設定される」という技術事項について、検討する。
本願明細書の段落【0046】の「本実施形態では、図3(a)に示すように、外周リップ17の立上角αと、スリンガ11にセットする前の状態でのサイドリップ14a、14bの傾斜角β、γが略同一に設定されている。これにより、製造時の型抜き性の向上を図ることができる。…(略)…、一対のサイドリップ14a、14b間の距離Cが最も接近する条件で隙間が存在するように設定されている(C>0)ため、泥水環境下で使用されていく中で、外径側のサイドリップ14aが早く摩耗してシメシロを失い、外径側のサイドリップ14aがスリンガ11aの立板部11bに対して立ってきて内径側のサイドリップ14bに接近しても一対のサイドリップ14a、14bが接触することはなく、内径側のサイドリップ14bの良好な摺接状態を維持することができ」という記載からみて、上記相違点1に係る設定事項は、外径側のサイドリップ14aが摩耗して最も接近する場合でも一対のシール機能を確保するために、一対のサイドリップ間の距離Cを設定しているものと解される。
他方、刊行物2に記載された「2枚のサイドリップ5a,5b」は、芯金4の立板部4bから斜め外径側へ互いに略平行に延び(上記記載事項シ参照)、2枚のサイドリップ5a,5b間の距離dは、2枚のサイドリップ5a,5bの先端がシール板2の立板部2bに接した状態で、0.1mm以上とされており、軸受組み付け時の圧入位置のばらつきが最悪の状態でも一対のシール機能を確保するために、一対のサイドリップ間の距離dを設定しているものと解される(上記記載事項セ参照)。
上記のとおり、本願補正発明も、刊行物2記載の技術事項も、一対のサイドリップによるシール機能を確保するための設定を行うものである。もっとも、本願補正発明は使用により摩耗した後での一対のシール機能を考慮して設定するものであるのに対し、刊行物2記載の技術事項は組み付け時の圧入位置のばらつきによる一対のシール機能を考慮して設定するものである点において相違するが、組み付け初期の状態だけでなく、摩耗した後におけるシール機能も考慮することは、当業者における設計事項の範囲であり、相違点1の設定事項は、一対のサイドリップを採用する際に、当業者が設計事項として容易になし得たことである。
したがって、上記相違点1に係る特定事項は、刊行物2記載の技術事項に基いて、当業者が容易に想到し得たことである。

(2)相違点2について
刊行物2の図1、3、4に、芯金4の円筒部4aの端部が、シール板2(本願補正発明の「スリンガ」に相当する。)の立板部2bより図面において右側(インナー側であることは明らかである。)に配置され、且つ、弾性体5が、芯金4の円筒部4aの端部外表面にまで回り込み、回り込んだ端面にストレート部が形成されており、更に、該ストレート部と、シール板2の立板部2aの外向きの面に加硫接着された多極磁石6(本願補正発明の「磁気エンコーダ」に相当する。)の外面(インナー側)とが、略同一面である軸受密封装置が記載されているように、軸受密封装置において、ストレート部と磁気エンコーダのインナー側の側面を軸方向に略同一面に設定することは、特別な構造ではない。他にも、ストレート部と磁気エンコーダのインナー側の側面を略同一に設定したものは、特開2003-56579号公報(図1参照)、特開2005-83537号公報(図4参照)に開示されており、引用発明とは逆に、ストレート部が磁気エンコーダのインナー側の側面よりアウター側としたものも特開2004-206547号公報(図1参照)、特開2004-162744号公報(図3、図4参照)に記載されている。結局、ストレート部と磁気エンコーダのインナー側の側面をどのような配置関係にするかは、当業者が適宜設定し得る事項にすぎないものである。
したがって、上記相違点2に係る特定事項は、当業者が容易に想到し得たことと言わざるを得ない。
なお、審判請求人は、上記相違点2に係る「ストレート部と磁気エンコーダのインナー側の側面が軸方向に略同一面に設定されている」との特定事項は、「芯金の円筒部の端部がスリンガの立板部よりインナー側に配置されて」いるという特定事項と相俟って、芯金の円筒部の端部とストレート部との距離が抑えられ、外周リップの根元部のボリュームが小さくなり、ストレート部が押されても弾性変形による外周リップへの悪影響を防止できる、という効果を奏するものである(審判請求書7頁7?12行参照)旨主張しているが、刊行物2の図1には請求人の主張する構成が開示されているから、結果的に外周リップの根元部のボリュームが小さくなることは特別な構造ではない。

(3)作用効果について
そして、本願補正発明による効果も、引用発明及び刊行物2記載の技術事項から当業者が予測し得た程度のものにすぎない。

(4)まとめ
したがって、本願補正発明は、引用発明及び刊行物2記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

5.むすび
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1.本願発明
平成26年10月21日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし12に係る発明は、平成26年7月7日付けの手続補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「懸架装置を構成するナックルに内嵌され、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
この内方部材と前記外方部材の両転走面間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の両側開口部に装着されたシールとを備えた車輪用軸受装置において、
前記シールのうちインナー側のシールが、互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とで構成され、前記スリンガが、前記内方部材に圧入される円筒部と、この円筒部から径方向外方に延びる立板部とを有し、前記シール板が、前記外方部材の端部内周に圧入される芯金と、この芯金に加硫接着により一体に接合され、径方向外方に傾斜して延び、前記スリンガの立板部に所定の軸方向シメシロを介して摺接される一対のサイドリップを有するシール部材とからなり、前記サイドリップのうち外径側のサイドリップが摩耗してシメシロが無い状態で、内径側のサイドリップのリップ外径との間に隙間が存在するように設定されると共に、前記シール部材が前記芯金の端部外表面にまで回り込んで固着され、この外周部の端部から径方向外方に延び、断面略くの字形の外周リップが形成され、この外周リップが前記外方部材とナックルの鍔部との間隙に嵌り込むように配置され、前記スリンガの立板部のインナー側の側面にエラストマに磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁された磁気エンコーダが一体に加硫接着されると共に、前記外周リップの根元部にストレート部が形成され、このストレート部と前記磁気エンコーダのインナー側の側面が軸方向に略同一面に設定されていることを特徴とする車輪用軸受装置。」

2.引用刊行物とその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された刊行物の記載事項は、上記第2の2に記載したとおりである。

3.対比・判断
本願発明は、上記第2で検討した本願補正発明から、「芯金」について、当該芯金が「円筒部と、この円筒部の一端から径方向内方に延びる立板部とからな」り、「芯金の円筒部の端部が前記スリンガの立板部よりインナー側に配置され」、かつ、シール部材が芯金の「円筒部の」端部外表面にまで回り込んで固着されることを限定するとの事項を省いたものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含む本願補正発明が、上記第2の3及び4に記載したとおり、引用発明及び刊行物2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明及び刊行物2記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.まとめ
したがって、本願発明は、引用発明及び刊行物2記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-06-18 
結審通知日 2015-06-23 
審決日 2015-07-06 
出願番号 特願2011-76006(P2011-76006)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16C)
P 1 8・ 121- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 稲垣 彰彦  
特許庁審判長 冨岡 和人
特許庁審判官 中川 隆司
森川 元嗣
発明の名称 車輪用軸受装置  
代理人 越川 隆夫  

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